FLESH&BLOOD 二次創作小説:Rewrite The Stars 6
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄 1
火宵の月 芸能界転生パラレル二次創作小説:愛の華、咲く頃 2
火宵の月 ハーレクインパラレル二次創作小説:運命の花嫁 0
火宵の月 帝国オメガバースパラレル二次創作小説:炎の后 0
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻 10
黒執事 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧の騎士 2
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ 5
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て 5
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法 7
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁 12
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:幸せの魔法をあなたに 3
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は 10
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁 1
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華 14
YOI火宵の月パロ二次創作小説:蒼き月は真紅の太陽の愛を乞う 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女 0
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜 18
火宵の月 昼ドラ大奥風パラレル二次創作小説:茨の海に咲く華 2
火宵の月 転生航空風パラレル二次創作小説:青い龍の背に乗って 2
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊 1
火宵の月×薔薇王の葬列 クロスオーバー二次創作小説:薔薇と月 0
金カム×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:優しい炎 0
火宵の月×魔道祖師 クロスオーバー二次創作小説:椿と白木蓮 1
薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月 10
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:それを愛と呼ぶなら 1
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華 1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母 13
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫 20
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:黄金の楽園 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳥籠の花嫁 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:蒼き竜の花嫁 0
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん 6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥 7
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師 4
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:月の国、炎の国 1
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている 3
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚 2
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥 27
火宵の月 転生昼ドラパラレル二次創作小説:それは、ワルツのように 1
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計 9
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師 1
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉 54
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~ 6
FLESH&BLOOD×黒執事 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧の器 1
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華 0
火宵の月 現代ファンタジーパラレル二次創作小説:朧月の祈り~progress~ 1
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:ガラスの靴なんて、いらない 2
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師 1
火宵の月 吸血鬼オメガバースパラレル二次創作小説:炎の中に咲く華 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:黎明を告げる巫女 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:光の皇子闇の娘 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:闇の巫女炎の神子 0
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く 1
火宵の月 昼ドラファンタジー転生パラレル二次創作小説:Ti Amo~愛の軌跡~ 0
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~ 3
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら 2
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で 9
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して 20
火宵の月 異世界ハーレクインファンタジーパラレル二次創作小説:花びらの轍 0
火宵の月 異世界ファンタジーロマンスパラレル二次創作小説:月下の恋人達 1
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花 2
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔 6
名探偵コナン腐向け火宵の月パラレル二次創作小説:蒼き焔~運命の恋~ 1
火宵の月 千と千尋の神隠し風パラレル二次創作小説:われてもすえに・・ 0
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~ 15
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて 10
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう 8
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇ 2
火宵の月×天愛クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー 0
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい 4
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう) 10
魔道祖師×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想うは、あなたひとり 2
火宵の月×ハリー・ポッタークロスオーバーパラレル二次創作小説:闇を照らす光 0
火宵の月 現代転生フィギュアスケートパラレル二次創作小説:もう一度、始めよう 1
火宵の月 異世界ハーレクインファンタジーパラレル二次創作小説:愛の螺旋の果て 0
火宵の月 異世界ファンタジーハーレクイン風パラレル二次創作小説:愛の名の下に 0
火宵の月 和風転生シンデレラファンタジーパラレル二次創作小説:炎の月に抱かれて 1
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず 1
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師 1
薄桜鬼×天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿 1
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰 2
火宵の月 異世界ファンタジーハーレクイン風昼ドラパラレル二次創作小説:砂塵の彼方 0
全115件 (115件中 101-115件目)
「お前が持っている紅玉を儂に寄越せ!」「何のことだ?俺はそんなもの持っていない!」「とぼけるな!そなたから紅玉の気を感じたのだ!お前が持っているのは鬼族の次期統領の証!穢れた者のお前が持つものではないわ!」目の前にいる老いた鬼は、そう言って柚葉を睨んだ。「知らない・・そんなもの、俺は知らない・・」「そうか・・ではお前をここで始末してくれよう。」助けを呼ぼうとしても、こんな夜更けに起きているものなどいない。柚葉が諦めて目を閉じたとき、鬼が悲鳴を上げた。彼の皺だらけの手は、真っ赤に焼け爛れていた。柚葉は一体何が起きたのかわからなかった。「おのれ・・いつかその首、掻き切ってくれるわ!」鬼はそう叫んで闇の中へと消えた。「何だったのだ、今のは・・」柚葉は恐怖に震えながら、少し身体が熱くなっているのを感じた。懐から紅玉を取り出すと、それは真っ赤に輝いていた。(一体これは何なんだ・・あいつは次期統領の証だとか言っていたが・・)これ以上ここにいると危険だと思い、柚葉は懐に紅玉をしまい、弘?殿にある自分の寝所へと向かった。「おのれ・・紅玉があの者を護るとは・・人との間に産まれた者だというに・・」鬼は赤く焼け爛れてしまった右手を見た。(あれは鬼族にしか扱えぬ紅玉・・紅玉があの者を守った・・ということは、火鶯様の魂が、紅玉を守ったということになる・・)あの紅玉は本来、純粋の鬼の血をひいた者でしか扱えない代物だ。あの少年は人との混血でありながら、護身のために紅玉を発動させた。いや、紅玉の中に生きている火鶯の魂が、我が子を守ったといった方が正しい。だとすれば、あの紅玉はもう自分達のものではなくなる可能性が高い。そんなことはあってはならない。あれは我々鬼族の証なのだから。老鬼―輔は御所を出て、主人の元へと向かった。「遅かったな、輔。お前を待つだけで夜が明けそうだと思ったぞ。」菫乃はそう言って輔を睨んだ。「北の方様、紅玉の在り処がわかりました。」「なんじゃと?どこにあったのじゃ?」菫乃は興味深そうに蒼い瞳を煌めかせた。「はい・・それが、火鶯様と人間の女との間に産まれた男児が持っておりました。力ずくでわたくしが奪おうとしたところ、紅玉がわたくしの右手を燃やしました。」輔はそう言って焼け爛れた右手を掲げた。「そうか・・人との混血が紅玉を扱えるとは・・」「大変言い辛いことなのですが・・紅玉には火鶯様の魂が宿っておいでです。もしかすると、紅玉は我らの手から離れるかもしれませぬ。」「ならぬ、それはあってはならぬことじゃ!」菫乃はそう言って両手で頭を抱えた。「北の方様、わたくしに考えがございます。」「聞かせておくれ。」「それはですね・・」輔は菫乃の耳元で何かを囁いた。「そうか、その手があったか。輔、お前は必ずやその者から紅玉を奪え。殺しても構わぬ。」「ですが北の方様、その者はあなたの御孫様に当たります。」「わたくしは認めぬ。鬼族の掟を破り、秩序を乱した人間との子など、孫とは認めぬわ!」菫乃はそう言って輔を睨んだ。「輔よ、妾の味方はお前だけ。そなたの今後の働きぶりには期待しておるぞ。」「北の方様のご期待にお応えできるよう、精進いたします。」輔と菫乃は互いの顔を見て笑い合った。「して、輔、その者の名はなんという?」「柚葉にございます、北の方様。」「柚葉、か・・良き名を火鶯はつけたものよ。われらにとってはそやつは凶事を呼ぶ者でしかないのにな・・」菫乃はそう言って溜息を吐いた。にほんブログ村
2011年07月23日
コメント(0)
「初めまして。土御門様のことは、妹からお話は聞いております。」柚葉はそう言って有人を見た。「私も、柚葉様の噂を聞いておりますよ。あなた様の奏でる筝の音はとても素晴らしいものだと。」「そうですか・・それは嬉しいです。」柚葉はそう言って俯いた。「では、わたくしこれで・・」衣擦れの音をさせながら、柚葉がその場を立ち去ろうとしたが、有人が柚葉の手を突然掴んだ。「あなたは何故、人と接しようとしないのです?」「おっしゃっている意味がわかりません。わたくしは妹や兄達とは仲良くしておりますし・・」「そんなことを言っている訳ではありません。あなたはいつも人と距離を置いている。いつも人の輪の中に入ろうとしない。」図星だった。「わたくしの何が、あなたにわかるというのですか?あなたとわたくしはついさっき会ったばかりですよ?」柚葉は有人を睨みながら言った。「私には生まれつき初めて会った人のことが不思議とわかってしまいます。たとえば、今あなたが抱えている秘密とか。」(こいつ・・一体何者だ?)自分が男だとバレているのではないのかと思い、柚葉の顔が少し強張った。「何をおっしゃられているのかわかりませんわ。わたくしには秘密などありません。それにしてもあなたは無礼な方ですね。初対面の方には必ずそのような物言いをなさるのかしら?」「いいえ。あなたがあまりにも私を避けようとしているので、ちょっかいを出してみただけです。」「本当に失礼な方ですね、あなたは。あなたの所為で気分が悪くなりましたので、これで失礼いたします。」柚葉はそう言って有人の手を乱暴に振り払い、桐壷を去っていった。「姫様、有人様のことはどうお思いですか?」「失礼な奴だな。もう2度と会いたくない。」その頃、藤原国葦は溜息を吐きながら仕事をしていた。「どうしたんだ、国葦?元気がないではないか?」そう言って頼篤は部下に声をかけた。「少し気分が優れないのです・・原因はわからないのですが、何かこう・・胸につかえるようなものがあって・・」国葦はそう言って胸を押さえた。「浮世を流すお前はまた恋煩いをしているのか?今度の姫は一体どこのどなたなのだ?」「名前はわかりません・・ただこの前、その方が水浴びしているのを垣間見て、わたしはその方の美しさに魂と目を奪われてしまいました。」「お前のことだから、その姫を自分のものにして、いままでの女たちと同じようにまた泣かせるのであろう。」頼篤はそう言って笑った。「頼篤様、今度は遊びではありません。今度は真剣なのです。わたしは絶対その方が誰なのかを突き止めてみせます。」「頑張ることだな。」そう言って頼篤は国葦の肩を叩いて去っていった。仕事を済ませた頼篤は、柚葉に宛てて文を書いた。「これを柚葉に。」使いの者から兄からの文を受け取った柚葉は、その夜桐壷の所で落ち合った。「お久しぶりです、兄上。」「ああ。それよりも柚葉、昼間有人殿に会ったそうだな?」「ええ。とても無礼な方でした。お話とは何でしょう?」「お前に聞きたいことがあるんだが・・お前は水浴びしたことはあるか?」「水浴びですか?去年の夏、あまりに暑かったので池で水浴びしましたが、それが何か?」「ああ・・わたしの部下で、恋煩いした奴がいるんだ。その相手がもしかしたらお前だと思ってな・・つまらぬことで呼び出してすまない。」「いいえ、兄上と会えて嬉しかったです。」兄と別れて弘?殿へと向かう途中、柚葉は葉影の中で何かが光るのを見た。「気の所為か・・」そう呟いて再び弘?殿へと向かおうとしたとき、柚葉の前に1人の老人が現れた。「お主が持っている紅玉を儂に寄越せ!」老人はそう叫んで仕込み杖から刃を出し、刃先を柚葉の首筋に押し当てた。にほんブログ村
2011年07月23日
コメント(0)
宴の後、柚葉達は疲れた体を引きずりながらそれぞれの寝所へと向かった。「柚葉様、肩でも凝っておりませんか?」綏那はそう言って主を見た。「ああ、頼む。今日は女御様が筝を弾けと煩くてな、肩と神経が凝ってしまった。」「そうですか・・」綏那は柚葉の肩を揉み解し始めた。「痛くはありませぬか?」「丁度いい。遥は今どこで何をしているんだろうな?弘徽殿女御は気難しい女帝だが、桐壺の女御様はどんな方なのだろうな?」「『源氏物語』に出てくるような、とてもお優しく愛らしい御方だというお噂がございますよ。それにしてもご存知ですか、柚葉様?最近宮中の女達が熱を上げている2人の陰陽師のことを?」「陰陽師?あの占いや呪いとかをする奴らのことか?それがどうした?」柚葉はそう言って肩を揉んでいる綏那を見た。「その陰陽師の1人が、姫様にお会いしたいと申していると、旦那様からお聞きしたんですが、会われますか?」「会うも会わないも何も、俺は呪いとか占いとかいった類には興味がない。陰陽師にはこう伝えておけ、会う気はないと。」柚葉は畳の上に寝転がって目を閉じた。陰陽師が一体自分に何の用なのだろう。どうせ父上が自分の将来を見てほしいなどと依頼したのだろう。占いで将来が決まるなど馬鹿馬鹿しい。あんなの適当に言っているだけだ。自分の人生は、自分で決めるものだー柚葉はそう思いながら眠りに就いた。翌日、柚葉は綏那を伴って遥がいる桐壷へと向かった。「姉様!」柚葉の姿を見た遥は、もう何年も自分と会っていないかのような喜びようで柚葉の方へと駆け寄って抱きついてきた。「会いたかったわ、姉様!ずっと会えないのかと思ったわ!」「大袈裟だな、1日しか離れていただけなのに。」柚葉はそう言って呆れたように妹を見た。「だっていつも、お家では姉様にべったりだったでしょう?だから昨夜は寂しくて寂しくて死んでしまいそうだったわ。」そう言って遥は柚葉を見た。「桐壷の女御様はどんな方か?よくして貰ってるか?」「ええ。女御様はとてもお優しい御方で、観音様のような方よ。いつもわたしにお菓子をくださるの。今日だって姉に会いたいと言ったら、女御様は姉様の分までお菓子をくれたのよ。」「随分と優しくして下さっているようだな、お前は。それに比べて俺は初日から色々と大変だった・・神経と肩が凝って凝って仕方がない。」柚葉は溜息を吐いた。「姉様は大変でしょうね、あんな気難しい女のところで働かなければならないんだもの。女御様に姉様のことをお願いしてみようかしら?」「余計なことはするな。お前が女御様に俺のことなど頼んだりしたら、弘?殿の女御様が気を悪くされるだけだろう?」「わかったわ。」柚葉と遥が桐壷女御・爵子(たかこ)に挨拶しようとした時、濃紺の直衣を纏い、結いあげた黒髪を烏帽子に隠している男と、若草色の直衣を纏っている男が爵子の元を訪れていた。「あいつら誰だ?見ない顔だな?」「姉様、知らないの?今都で有名な陰陽師よ。濃紺の直衣を纏っている方が田淵ヶ浦灑実(たぶちがうらのさねのぶ)様で、若草色の方が土御門有人(つちみかどありひと)様よ。いい男でしょう?宮中の女房達の大半が2人に熱を上げているって噂よ。2人の元には女からの文が絶えないんですって。」「へえ、そうか。」柚葉は大して興味がない口調で言って2人の男を見た。その時、若草色の直衣を着た男と目が合った。「遥、俺帰るわ。」「え~、待ってよ姉様!これから女御様に姉様のことを紹介したいと思ってるのに・・」「弘?殿の女御様は俺のことが気に入らなくて何かと仕事を言いつけるんだ。だから女御様へのご挨拶は今度にして・・」「失礼ですが、あなたは山野裏為人様のご息女、柚葉様でいらっしゃいますか?」若草色の直衣を着た男は、そう言って柚葉を見た。「はい、そうですが・・あなたは?」「初めまして、柚葉様。私は土御門有人と申します。」(もしかして、綏那が言っていた陰陽師か?)にほんブログ村
2011年07月23日
コメント(0)
柚葉は春風にあたりながら、風の音に耳を澄ました。 さわさわと心地よい自然の音を聞くと、弘?殿女御の前で張り詰めていた気持が少し緩んだ。弘?殿女御は、噂によれば独占欲が強く、自分が邪魔だと思う相手はどんな悪どい手段を厭わずに徹底的に蹴落とす恐ろしい女だという。藤原の姫と似たり寄ったりの性格だと、柚葉は女御に会った時にそう思った。自分達より早く入内した藤原の姫は、弘?殿女御にべったりだと母が噂をしていたが、同じ性格と野心を持つ者同士、うまが合うのだろう。(あんな気難しい女にこれから仕えなければならないと思うと、憂鬱だな・・)このまま家に帰ってしまいたいが、御所の敷居を跨いだ以上、そんな勝手なことは許されない。柚葉は溜息を吐いて、気難しい女主人がいる弘?殿へと向かった。「どこへ行っておった?お前に油を売らせるような時間は与えていないが?」總子はそう言って柚葉を睨んだ。「申し訳ございません、女御様。少し気分が優れませんでしたので、外の風を当たりに行っておりました。」柚葉はそう言って頭を下げた。「そうか。柚葉、彩加に聞いたのだが、お前は筝の名手らしいな?何かわたくしの為に弾いてくれぬか?」總子は彩加と何か目配せしながら言った。「女御様のお望みとあらば、この柚葉、天上の神々まで涙する音を奏でましょう。」柚葉はそう言って女御に頭を下げ、自分付の女房に愛用の筝を出すように言った。「筝ならばこちらが用意しよう。そなたの筝は大変古いものだときくからのう。」「あの筝はわたくしの身体の一部のようなもの。あれがないとわたくしは美しい音を奏でることができませぬ、どうかお許しを。」女御は不満そうな顔をした。「古いものでも、新しいものでも、筝には違いないだろう。それとも、お前はわたくしが用意した筝が弾けぬというのか?」「いいえ、そのようなつもりは・・」「ないというのなら、わたくしの用意した筝で天上の神々を涙させるような音を奏でよ。」困惑した柚葉を前に、女御付の女房が柚葉の前に筝を置いた。「どうしました、早う奏でなされ。」こうなったらやるしかないー柚葉は腹を括って女御が用意した筝を奏で始めた。柚葉が奏でる美しい音色に、皆は極楽にいるかのように恍惚の表情を浮かべ、その音に聞き惚れていた。無事曲を弾き終わり、柚葉は女御に頭を下げた。「よき音色であった。お前が筝を奏でている時、わたくしは極楽にいるような気分であった。そなたは鬼の子だと誰もが噂するが、よき音色を奏でるお前は鬼ではなく天女のように見えた。」「ありがたきお言葉、感謝いたします。」女御の隣に座っている彩加を見ると、彼女は悔しそうに唇を噛み締めてこちらを睨んでいた。その夜、弘?殿では女御によって春の宴が催され、女御達は柚葉が奏でる筝の音に聞き惚れながら、春の夜を楽しんだ。「随分と賑やかだと思っておったら、宴を開いておったのか?」玲瓏とした声がして、柚葉が振り向くと、そこには背の高い切れ長の目をした美しい男が立っていた。「主上がおいでになられるなどお珍しい。いつもはお仕事の後わたくしのところにはおいでにならずにすぐに休まれてしまわれますのに。」總子は穏やかな口調で男に言って微笑んだ。目の前に立っている男が、この日本を治める帝。柚葉はしばし帝の美しさに見惚れ、筝を奏でるのを止めてしまった。「いかがした?続けよ。」帝はそう言って柚葉を見た。「申し訳ございません、しばし主上の美しさに見惚れ、筝を奏でる手が止まってしまいました。」柚葉は慌てて帝に頭を下げた。「愛い奴じゃ。名はなんと申す?」「山野裏為人の娘、柚葉と申します。」「柚葉、と申すのか。覚えておこう。」そう言って帝は優雅な足取りで弘?殿を出て行った。にほんブログ村
2011年07月23日
コメント(0)
瞬く間に歳月は過ぎ、遥と柚葉の入内まであと数日となった。 入内するとこれから里帰りなどそう簡単にはできないと思った柚葉は、兄達と過ごす時間を一分一秒も無駄にせずに楽しんだ。「柚葉、お前に話がある。そこへ座りなさい。」入内前夜、頼篤はそう言って柚葉を自分の部屋へと呼んだ。「お話とは何でしょうか、兄上?」「覚えているか、お前が大病で寝込んだ時のことを?」柚葉は静かに頷いた。9つの頃、柚葉は高熱を出し、生死の境を彷徨っていた。邸では加持祈祷が行われ、護摩壇の炎が恐ろしかったのを幼心に覚えている。「それがどうなさったのですか?」「あの時・・お前の部屋から筝の音が聞こえたのだ。わたしは空耳だと思っていたが、一応お前の部屋に入ってみることにした。そしたら、1人の女が筝を奏でていた。わたしはその女に問うた。“そなたは何者だ?”と。すると女はわたしの手を握り、こう言った。“柚葉をどうぞ守ってやってください。わたしはこの筝の音しかあの子に与えてやることはできなかった。あの子に伝えてください、わたしの魂が常にお前の傍にいると”わたしが頷くと、女は煙のように掻き消えてしまった。あれから6年間、わたしはあの出来事を片時も忘れなかった・・いや、忘れられなかった。もしかしたらあの女はお前の実母なのかもしれないと思ったからだ。」そう言った頼篤は、慈愛に満ちた目で柚葉を見た。「柚葉、わたしはお前にとって少々至らなかった兄かもしれぬ。だがお前と離れていても魂は常にお前の傍にいると思ってよい。」「兄上・・ありがとうございます。」柚葉は兄の言葉に胸が熱くなり、涙を流した。「宮中が辛かったらいつでも帰って来てもよいのだぞ。お前と再び楽を奏でたい。」「気が向いたら、帰ってきます。」柚葉は兄に頭を下げ、自分の部屋へと戻っていった。翌朝、太陽が東の空に昇った頃、柚葉と遥を乗せた牛車は大勢の供を引き連れて山野裏邸を出発した。沿道には宮中で権勢を振るっている実力者の娘の姿を見ようと、大勢の者達が集まっていた。「姉様、宮中ってどんなところなのかしら?なんだか怖いわ・・」遥はそう言って不安そうに柚葉の顔を見た。「心配するな、遥。俺がついてる。」どんなことが宮中で起こるのか、柚葉はまだわからない。だがどんな時も、柚葉は遥を守ろうと誓った。血は繋がっていないが、同じ屋根の下で暮らした妹だ。それに宮中では自分以外、遥の味方はいないのだから。2人を乗せた牛車は、やがて帝がおわす御所へと入って行った。入内した柚葉は弘?殿(こきでん)へ、遥は桐壷(きりつぼ)へと入れられた。「姉様、わたし姉様と離れるなんて耐えられません。」桐壷へと向かう前、遥はそう言って柚葉の前を離れようとしなかった。「何も明日死ぬ訳ではないのだから、そんなに大袈裟に嘆くことはないだろう。寂しかったら、弘?殿へ遊びに来るがいい。」妹を何とか宥めて桐壷へと向かわせた柚葉は、弘?殿の主であり帝の寵姫・總子(さとこ)に挨拶をしようと弘?殿へと入って行った。「あら、あなたもここで女御様にお仕えするのね。なんだか憂鬱な気分になってしまったわ。」神経を逆撫でする声がして振り向くと、弘?殿女御の隣に侍っている彩加が柚葉を見るなり不快感を露わにして鼻に皺を寄せた。「見ない顔だね。」總子はそう言ってじっと柚葉を見た。「お初にお目にかかります、女御様。わたくしは山野裏為人の娘御・柚葉にございます。今日から女御様の下で精一杯仕えて参ります。」柚葉は弘?殿女御に向かって頭を下げた。「お前が噂に聞く鬼の子か。ほんに、この世のものとは思えぬ美しさよ。まるでお前を見ていると、魔に取り憑かれてしまいそうじゃ。」總子はそう言って口元を檜扇で隠した。彼女の隣では、彩加が勝ち誇ったように口元に笑みを浮かべている。「お褒めに預かり光栄に存じます。」柚葉は頭を下げて弘?殿を出て溜息を吐いた。宮中に潜む恐ろしいものとは、野望や憎しみを抱いた女達かもしれないと、柚葉は思った。にほんブログ村
2011年07月23日
コメント(0)
柚葉が藤原の姫・彩加を脅してから数日が過ぎ、柚葉は為人のいる寝殿へと呼び出された。「お前達の入内の日が決まった。来年の春だ。蛇足だが、藤原の姫は今年の秋には入内する予定だそうだ。」為人はそう言って柚葉を睨んだ。「柚葉、お前はとんでもないことをしてくれたな。」「何のことですか、父上?」柚葉は蒼い瞳で為人を見た。「昨夜の彩加姫に対するあの態度は何だ!無礼千万にもほどがあるぞ!」「俺は妹を侮辱した姫に言い返しただけのこと。それに彼女があの強欲で自己中心的な種嵩の娘であることは、父上がよくご存知の筈。」「お前の所為で宮中での立場が悪くなったらどうするつもりだ!」「そうなったらそうなったまでのことです。まあ父上は悪名高い種嵩とは違い、皆に慕われておりますから。」お話がないのでしたらこれで失礼します、と言って柚葉は父親の話を碌に聞かずに寝殿を出て行った。「何が宮中での立場が悪くなったらどうするだ。ふざけんなよ、あのクソ親父が。」柚葉は吐き捨てるように言って部屋に入った。綏那は柚葉と遥の入内の準備で忙しく、今日は外出して邸にはいない。半年前まで寝込んでいた兄の頼篤は、職場復帰を果たし、職場へと向かった。遥は母と清水寺へと参拝に行っており、邸には自分と父、そして幼い弟しかいない。(退屈だな・・)御帳台に入って畳の上に寝転んだ柚葉は、何もやる気が起きなかった。本を読もうにも白居易や李白などの本はとうに読み終えてしまったし、かといって源氏物語を読む気にもならなかった。いつもは隣で小言を言う綏那を適当にあしらいながら筝を奏でるのだが、1人になると筝を弾く気がしない。そもそも、物心ついた時には柚葉には綏那や大勢の家人達に囲まれ、いつも1人になる時は寝るとき以外なかった。しかし今日はやけに柚葉は孤独というものを感じるのだった。なぜなら、薄々自分はこの家の誰とも似ていないと思い始めているからだ。昨夜は藤原の姫の前で自分は捨て子だから実の親がわからないと言ったが、それは紛れもない真実だった。両親は自分を疎ましがり、家人達は自分を恐れて近づこうともせず、自分に優しくしてくれるのは兄の頼篤と妹の遥、そして弟の雅介(まさのすけ)しかいない。兄に可愛がられ、妹や弟から慕われているが、それでも柚葉の心の奥底にある深い孤独はそう簡単に拭えなかった。(俺は一体何者なんだ?何故俺は父上と母上から疎まれているんだ?)一体自分は誰の子なのか・・柚葉はそんなことを考えながらいつしか眠りに就いた。目を覚ますと、外にはもう夜の帳が下りていた。隣には綏那が眠っている。寝殿には灯りがついていないので、父も母も床に就いているのだろう。変な時間帯に昼寝をしてしまった所為か、柚葉の神経は妙に高ぶって眠ろうとすると意識は覚醒するばかりでなかなか眠れなかった。少し庭を散歩して水浴びすれば眠くはなるだろうーそう思った柚葉は綏那を起こさぬように忍び足で部屋から庭へと出た。広大な庭は昼の美しい姿とは一変して少し不気味な雰囲気を醸し出していた。柚葉は手探りで池を探し、袴を脱ぎ捨て池に浸かった。パシャリという水音以外、何も聞こえなかった。柚葉はゆっくりと目を閉じようとしたとき、向こうの茂みからガサガサという物音がして、恐怖で身体を強張らせた。(風かなんかで揺れたんだろう・・) 気にせず再び目を瞑ろうとすると、物音が次第に大きくなり、やがて柚葉の前に黒い獣が出てきた。獣は犬の4倍ほどの大きさで、池の近くに植えられている桜の枝に届くほどだった。獣はただ真紅の瞳で何かを訴えかけるかのように柚葉を見つめていた。「お前、あの時の・・」柚葉の脳裏に突然、幼い時の光景が浮かんだ。あれは確か3つになるかならないかの時で、池の傍で遊んで転んでしまい、立ち上がろうとしたらいつの間にか背後に獣がいた。その獣を見たとき何故か柚葉は恐怖よりも親近感を抱いた。 自分と同じ、世間から隔離され、恐怖の目で見られる悲しさを持つ者だと、柚葉はその時感じた。その後あの獣は柚葉の前に姿を現さなくなった。だがその獣が、今目の前にいる。「俺を喰らうつもりか?俺は筋ばかりで旨くないぞ。」柚葉はそう言って獣を睨んだ。すると獣がゆっくりと口を開いてこう言った。“お前を喰らうつもりはない、柚葉。やっと会えた。”「お前、話せるのか?」“ああ。俺は便宜上この姿を取っている。俺の名は紅(こう)。お前の父親の友人だった者だ。”そう言って獣は真紅の瞳で柚葉を愛おしそうに見た。「俺の父の・・友人だと?俺は一体何者なんだ?」“お前の父は鬼族の若君で、次期統領だった。名は火鶯。そして火鶯は人間の女と恋に落ちた。その女はお前の母で、名は瑠璃。2人は世を儚んで自害し、お前を俺達に託した。俺達はお前をこの家に捨てた。”獣の言葉を聞き、柚葉は青ざめた。(俺は本当に・・鬼の子だったんだ・・)いままで周囲の者達から鬼の子と呼ばれ恐れられてきたが、それが本当だったとは。「そうか・・教えてくれてありがとう。お前は俺にそれを教えに来たのか?」“いいや、違う。お前を守りにきた。宮中には恐ろしいものが潜んでいる。俺達鬼族よりも遥かに恐ろしいものが。そのものたちはお前が持っている紅玉を狙っている。”「・・話が見えないが、まぁいい。紅とか言ったな?お前は俺を守ってくれるのか?」紅は暫く黙って柚葉を見つめていたが、静かに頷いた。「これからよろしくな、紅。」柚葉はそう言って獣の頭を撫でた。獣は嬉しそうにく~んと鳴いた。夏はもう、終わろうとしていた。にほんブログ村
2011年07月23日
コメント(0)
(あの夢はいったい、なんだったのだろう・・)柚葉はその日1日中、昨夜見た夢のことが頭から離れなかった。夢に出てきた男は、自分の父親だと言った。だが自分の父親は山野裏為人の筈。彼らは一体何者なのだろう?「・・様、姫様っ!」綏那に肩を叩かれ、柚葉は我に返った。「どうした?」「“どうした?”じゃございませんよ、姫様!藤原の姫が、今日ここにやって来ます!」「藤原の姫が?どうしてここに?」「さぁ・・敵情視察でしょうね、きっと。きっとご自分よりお道具類がどれほど豪華なのか、観察に来たのでしょう。そうだったら負けてられませんわ!」綏那は1人で張り切っている。「何をそんなに張り切っている?入内如きで。」柚葉はボソッとつぶやくと、綏那は柚葉をキッと睨んだ。「入内如き、ですって!?いいですか、姫様、宮中は戦場なのです!いかに姫様がお美しく、教養高いかを皆様に見せつけてやらねば!藤原の姫があっと驚くような豪華なお道具類を揃えなくては!」「俺は別に今のままでいいと思うが?どうせ俺はおまけだし。」「何をおっしゃいます!さぁ姫様、碁を打つのはおやめになってくださいまし!」それから柚葉は、妙に張り切る綏那に嫌々付き合いながらも入内の準備をした。「で、その藤原の姫というのは一体どんなやつなんだ?」朝早くからたたき起こされて眠い柚葉は、あくびを噛み殺しながら綏那を見た。「彩加様は今年15となられるそうです。性格は自己中心的かつ高慢、欲しいものは他人のものでも平気で略奪するという欲深な女だそうです。」そう言った乳母の言葉は棘だらけだった。「欲深で高慢な女か・・恋敵は徹底的に叩き潰しそうだな。用心しないと・・」柚葉がそう呟いた時、御簾越しに派手な牛車が邸に入ってくるのが見えた。「姫の到着だ。」柚葉と遥は両親に呼ばれ、藤原の姫が待つ寝殿へと向かった。「姉様、彩加様ってどんな方かしら?仲良くなれるかしら?」「仲良くなるどころか、一生敵同士だろうな。」2人が寝殿に入ると、毛先に癖のある黒髪の少女が、値踏みするかのように黒真珠の瞳で上から下まで見ていた。「彩加殿、わたくしどもの娘の、柚葉と遥でございます。金髪の方が柚葉で、黒髪の方が遥です。」「知っているわ、そんなこと。派手でいかにも鼻っ柱が強そうなのが姉で、気弱そうなのが妹でしょう?妹の方はわたくしの敵にはならないわね。」(高慢で欲深な女・・綏那、お前の情報は正しかったようだ。)「初めまして、彩加様。彩加様のお噂はよく聞いております。」「そう。殿方はわたくしを放っておくわけないものね。」「ええ、彩加様のそのお美しさなら帝も心を奪われましょう。高慢で欲深な性格を知らずに近づいて後で泣きを見るのはわかっておられないでしょうけれど。」彩加の美しい顔が怒りで少し歪んだ。「どこの誰が、そんなことを言ったのかしら?」「さぁ、誰でしょう。何しろ情報源が多いものですから、どこをどう辿っていけば最初に言い出した方がわかるやら・・」柚葉はそう言って笑った。「あなた、柚葉とかいったわよね?わたくしもあなたのお噂をお聞きしていてよ。何でも、あなた鬼の子らしいじゃないの?この家に凶事(まがごと)を持ってきたというのは、本当なのかしら?」「さぁ、それはわかりかねますわ。何せわたしは産まれてすぐに捨てられ、実の親の顔さえも知らないんですから。けれども、今度妹のことを侮辱なさったらあなたの身に災難が降りかかるやもしれませんよ?」そう言った柚葉は勝ち誇った笑みを藤原の姫に浮かべた。さっきまで高飛車な口調で話していた彩加は、柚葉の言葉を聞いて慄いた。「姫様、彩加様とお会いになっていかがでしたか?」「お前の情報通り、いやな女だったよ。まぁ、うんと脅してやったから、当分遥のことをいじめないだろう。」にほんブログ村
2011年07月23日
コメント(0)
「今宵はお前と楽を奏でられて嬉しかった。」頼篤はそう言って柚葉に微笑んだ。「俺もです、兄上。」「今日はもう遅い。これから忙しくなるだろうから、ゆっくり休め。」琵琶を抱えた頼篤が部屋に向かっていくのを見送りながら、柚葉は筝を抱えて部屋に入って行った。「姫様、まだ起きていらしたんですか?」柚葉の帰りを待っていた綏那は、そう言って眠い目を擦った。「ああ。兄上と楽を奏でていた。兄上の琵琶の音を聞くのは久しぶりだったな。」「どこかで風流な音が聞こえてくると思ったら、あれは柚葉様と頼篤様でしたか。それにしても、北の方様は本気で柚葉様を入内させるおつもりなのでしょうかねぇ?」「父上が俺と遥の入内を望んでいるんだ。仕方がないことだ。おやすみ。」柚葉は御帳台の中で体を横たえ、ゆっくりと目を閉じた。どこからか筝の音が聞こえる。目を開けた柚葉はゆっくりと立ち上がり、音が聞こえる方へと歩いた。彼が辿り着いたのは、ある邸の中庭だった。かつては栄華を誇った貴族のものだったらしいその邸は、今やすっかり荒れ果てていた。その中で、1組の男女が楽を奏でていた。女は古びた筝を、男は篳篥(ひちりき)を奏でていた。女は艶やかな黒髪と、黒曜石の瞳をもち、男は自分と同じ金色の髪と蒼い瞳をもっていた。彼らは一体何者なのだろうー柚葉は彼らに興味を持ち、邸の中へと入っていった。すると、彼らは突然楽を奏でるのをやめ、自分を見た。「柚葉、なのか・・?」男はそう言って自分を見た。「何故、俺の名前を知っている?」柚葉は彼らから一歩後ずさった。「怖がるな、わたしはお前の父だ。そしてこの女は、お前の母だ。」男の言葉を聞いて、柚葉は目を丸くした。「何を言う。俺の両親は山野裏為人とその北の方、桜の方だ。お前達など知らない。」「・・わたし達のことを覚えていないのか。それもその筈だ、わたし達はお前をこの世に置いて逝ってしまったのだから・・」男はそう言って柚葉を抱き締めた。「許してくれ、わたし達を。お前をこの世に置いて勝手に逝ってしまった父と母を、許しておくれ・・」柚葉は男を見た。彼の瞳は、自分と同じ、澄みきった蒼をしていた。「教えてくれ、お前達は一体・・」柚葉が男の元に行こうとすると、男はそれを手で制した。「これをお前に。わたし達の魂が、お前をどんな災難から守ることだろう。絶対に手放さぬように。」徐々に柚葉の意識は薄れてゆき、彼らの姿はやがて霞んで消えていった。「輔、あれを見なかったかい?」「あれ、と申しますと?」輔はそう言って菫乃を見た。「鬼族の次期統領の証じゃ、馬鹿者!一体どこへやったのじゃ!まさかどこかへ売り飛ばしていないだろうね!」「し、知りません・・あれは火鶯様が持ち出して、それっきり行方不明に・・」「持ち出しただと?お前という者がついていながら、何たることだ!もうよい、下がれ!お前の顔など見たくもないわ!」「は、はぁ・・」(何としてでもあれを見つけ出さなければ・・北の方様に殺される~!)菫乃の部屋から出た老いた鬼は、あるものを探しに外へと出た。一方、朝を迎えた柚葉は、何かが畳の上に転がっていることに気づき、それを拾い上げた。それは真紅の紅玉だった。 捨てようかと思ったが、何故か大切なようなものに思えて、柚葉はそっとそれを懐紙に包んで懐に入れた。にほんブログ村
2011年07月23日
コメント(2)
「はぁ~」藤原国葦は、邸に帰ってからずっと溜息を吐いていた。「どうしたんだ、国葦?その溜息それで6回目だぞ?」また女のことでも考えてるんだろうと思いながら、聡経は親友を見た。「なぁ聡経、俺は天女に会ったんだ。」「さっき何度も聞いたよ。天女がどうしたんだ?お前にとってそれは何人目の天女だ?」「さぁ、何人目かな?」国葦は各地で浮世を流し、星の数ほど女を泣かせている公達(きんだち:貴公子)だ。彼は今や飛ぶ鳥を落とす勢いの藤原家の嫡子としての立場と、派手で目立つ外見を生かし、暇さえあれば女に言い寄っている。その後始末をするのはいつも親友である聡経だ。「お前・・このままだと誰かに呪い殺されるぞ。」「わたしを呪い殺せる女などいない。呪い殺す前に、わたしの美しさにみな見惚れて呪を唱えるのを忘れてしまうさ。」(・・もう何も言うまい。)「お前は知らないかもしれないが、最近宮中では呪詛だの呪殺だの物騒な出来事が続いているからな。お前も近々狙われるぞ。」聡経はそう言うと親友の邸を出た。聡経は陰陽寮に籍を置く陰陽生だ。陰陽頭(おんみょうのかみ)・矢代里海(やしろのさとうみ)下で弟の陶由(すえよし)とともに働いているが、宮中という権力闘争が渦巻く場所では、いつも呪詛だの、誰かが呪殺されただのという物騒なことが時折耳に入ってくる。呪詛や呪殺の標的は政敵であったり、その政敵の息子や娘だったりする。当然、国葦もその中に入る。国葦の父・藤原種嵩(ふじわらのたねがさ)は今や飛ぶ鳥を落とす勢いの左大臣で、その権力と地位を山野裏為人とかろうじて“分かち合っている”状態だ。だが彼は自分の目的の為ならどんなにあくどい手段も厭わないため、彼を憎む者は多い。その中の誰かが国葦に呪詛をかけてもおかしくはない。聡経はいつもそのことを心配して国葦に派手な事はしないように言っているのに、当の本人は聡経の忠告など聞きもしない。(碌なことになっても知らないからな。)午前中は晴れていたが、午後から急に雲行きが怪しくなり、雨が降ってきた。「部屋に戻ったのは正解だったな。なぁ、賢い乳母殿?」柚葉はそう言って綏那を見た。「ええ、そうですね。それよりも姫様、2度とあんな真似はなさらないでくださいね!」「暑い日に池で泳いで何が悪い?お前は常に自分の感情に正直に生きろと俺に教えただろう?忘れたのか?」「それはそうでございますけれど・・けれども、あなた様は仮にも山野裏家の姫君なのですよ!派手な行動は慎んで・・」「もうその辺にしておきなさい、綏那。」凛とした声がして柚葉と綏那が振り向くと、丁度頼篤が部屋に入ってきたところだった。「頼篤様、お体のお加減は・・」「もうだいぶよくなったよ。それよりも綏那、最近のお前は柚葉に厳し過ぎる。」「わたくしも姫様が憎いから言っている訳ではありません。親心から言っているのです。」綏那はそう言って溜息を吐いた。「柚葉と2人きりで話がしたいから、席を外してくれないか?」綏那は答える代りに頼篤に頭を下げ、部屋を出て行った。「話とは何でしょうか、兄上?」柚葉は頼篤を見た。「さっきここへ来る途中、父上と母上の話を聞いた・・お前は近々遥とともに入内させるそうだ。」「入内、ですか?」柚葉の顔が少し強張った。男である自分が、“姫”として遥とともに入内するなんて、そんなのはあってはならないことだ。父や母は自分を一生この邸に幽閉させるつもりではなかったのか。「何故、俺を入内させようなど・・俺は男ですよ?それなのに何故・・」震える柚葉の手を、頼篤は優しく握り締めた。「今度、藤原家の娘・彩加が入内するそうで、父上はそれに対抗しようとしているらしい。愛らしく家庭的な遥と、頭が切れて教養高いお前を揃って入内させれば、帝の目に留まるだろうという卑しい考えからだ。父上は全くどうかしている、お前の気持ちなど考えやしないで。」頼篤は吐き捨てるように言った。「・・兄上、申し訳ございません。俺がこの家に居る所為で、兄上がお辛い目に・・」「何を言う、柚葉。そう自分を責めるな。わたしが健康な体で産まれていれば、お前に辛い思いをさせずに済んだ。時々わたしは自分が恨めしくなる。だがそんなことを嘆いても現実は変わらない。それよりもお前のことが心配だ。あんなところに送られるお前が不憫で・・」頼篤はそう言って柚葉を抱き締めた。「俺は大丈夫です、強いですから。」柚葉は無理に笑顔を浮かべて兄を安心させたが、内心は不安でいっぱいだった。男である自分が、性別を偽って帝にどこまで仕えられるのだろうかという不安で。「入内の日はまだ決まってないが、藤原の娘が入内する前に早くお前達を入内させたいらしい。となれば、お前と過ごす時間も余り残されていないようだな。」頼篤はそう言って寂しげに笑った。「雨が上がったら縁側でわたしと楽でも奏でないか?」「いいですね。それまでに雨が止むかどうか・・」柚葉は降り続ける雨を恨めしく見た。夜になると、土砂降りだった雨は止み、美しい月が雲の隙間から顔を覗かせた。「雨が上がってよかったな。」「ええ。」頼篤と柚葉は月夜を眺めながら楽を奏でた。柚葉が奏でる筝の音と、頼篤が奏でる琵琶の音は、美しい音色の調和を生み出した。「お母様、わたしは入内なんかしたくないわ。」兄と姉が奏でる音を聞きながら、遥は母を見た。「これはもう決まったことなのですよ、遥。それにお前は1人ではありません。お前には頼もしい姉がついているではありませんか。」そう言った桜の方は、娘に優しく微笑んだ。だがその笑みは、遥にとっては恐ろしいものに見えた。にほんブログ村
2011年07月23日
コメント(0)
桜の方は下男が赤ん坊を抱えながら北の対を出て行くのを見送って、寝殿へと向かった。「あなた、お話があります。」「おう、なんだ?」山野裏為人は、そう言って妻を見た。「体の方は大丈夫か?産まれたのは女児だと聞いたが?」「ええ・・さっき、下男が裏門で男の赤ん坊を拾って来たんです。金色の髪に、蒼い瞳をした禍々しい子でしたわ。」「男か・・では下男にその子を連れてここに来いと言え。どこの子か知らんが、この家で育てることにしよう。」「はい・・」数分後、下男が赤ん坊を抱いて寝殿にやって来た。「どれ。」下男から赤ん坊を受け取った為人は、その顔を見て思わず頬が弛んだ。この赤ん坊が女児であったのならよかったが、この際文句は言ってられまい。「子の名は?」「この子の傍に置いてあった筝の裏に“柚葉”と彫られておりました。それがこの子の名前でしょう。」「柚葉、か・・良い名前だと思わぬか、桜?」「ええ・・」こうして山野裏為人は、柚葉を自分の“娘”として育てることにした。数年後、愛らしく成長した柚葉は、山野裏邸の庭で駆け回っていた。「柚葉はあんなに可愛らしくなって・・10数年経てば美しく成長することだろう。」為人は目を細めながら柚葉の姿を見た。柚葉は池の傍を優雅に舞う蝶を捕まえようと追いかけていた。あと少しで手が届きそうな時に、柚葉は手を伸ばそうとして派手に転んでしまった。柚葉は火がついたように泣きだした。「柚葉!」為人が柚葉の元に駆け寄ろうとしたその時、ザワリと池の後ろにある葉影が不気味に揺れ、灼眼の、犬のような獣が為人と桜の方を睨んだ。「ひぃっ」「もののけだ、もののけが出たぞっ!」為人の声を聞きつけた家人どもが獣に向かって矢を放った。獣は唸り声を上げながら、庭から逃げて行った。柚葉はその間、泣きも騒ぎもしなかった。“もののけ事件”から数日経ち、家人達の間で柚葉について妙な噂が広まっていた。「柚葉様は鬼の子でないか?」「そうに違いねぇ。あんな恐ろしい獣の前で泣きもしなかったんだから。」「大体柚葉様は汚らしい筝と一緒に裏門に捨てられてたっていうじゃないか。もしかしたら鬼がこの家に災いを置いていったんだよ。ああ恐ろしい・・」為人と桜の方は、柚葉が鬼の子ではないかと思い始めていた。「あなた、わたしはあんな恐ろしい子を育てられません。どうかよそへやってくださいまし。」「だがあんな目立つ容姿の子を、どこへ捨てるというのだ?それにもう山野裏には鬼の子がいると噂になっておるのだぞ。」「そうですか・・では乳母にあの子を育て、あの子を邸から出さないようにいたしましょう。」「ああ、そうしよう。」事件から数日後、為人は柚葉の乳母・綏那(やすな)を雇った。彼女は赤ん坊を亡くしたばかりだった。綏那は柚葉に乳を与えた時、死ぬまでこの子の母親となろうと決意した。15年後、山野裏為人の“姫君”・柚葉は美しく成長し、赤ん坊のころに死別した母の形見である筝や和琴などを奏で、歌を詠み、縫物などをしていた。腰まである金色の髪に、澄んだ蒼い瞳をした柚葉は、平安貴族の姫君達と何ら変わらない。柚葉が男で、人と鬼との間に生まれた子どもである以外は。「姫様、次は何をいたしましょうか?」「綏那、御簾の外に出てもいいか?今日は父上も母上もいない。」「ですが、旦那様に見つかったら・・」「見ろ、綏那、外には蒼い空が広がってるぞ。部屋の中は暑いから、俺は池で泳ぐぞ。」柚葉は浅葱色の薄い衣を脱ぎ捨て、御簾を捲りあげて外に出た。初めて見る外の世界は、眩しかった。15年間、邸の外れにある部屋に幽閉されていた柚葉は、ゆっくりと外の空気を吸った。外では蝉たちが喧しく鳴いていた。池を見ると、蒼い水面はきらきらと宝石のように光っていた。柚葉は外に降りて、緋の袴を脱いで近くの木にかけ、池の中に入った。池の水はひんやりとして、気持が良かった。「姫様、おやめください、そんなはしたないことはっ」綏那はオロオロしながら池の周辺を右往左往した。「誰にも見つからないだろ、そんなに大騒ぎするな。綏那も入ったらどうだ?」「からかわないで下さいまし、姫様!」「冗談だ。全くお前は頭が固くて困るな。」柚葉は綏那に水飛沫をかけながら笑った。「何か物音がしないか、聡経?」牛車に揺られながら、藤原国葦(ふじわらのくによし)はそう言って自分の前に座っている親友で陰陽生の槇浦聡経(まきのうらのさとつね)を見た。「さぁ、俺には蝉の声しか聞こえんぞ。」「耳を澄ませてみろ、聡経。聞こえるだろう、水と戯れる天女の笑い声が。」「聞こえないな。」聡経はそう言って国葦にそっぽを向いた。「お前は中で待っていろ。わたしは天女の水浴びを見てくる。」国葦は牛車から下り、父の政敵である邸の中へと入って行った。声が聞こえるのは、庭の方だった。国葦が葉影の隙間から池を覗くと、そこには美しい天女が水浴びをしていた。夏の陽光に輝く金色の髪に、透き通った蒼い瞳。白絹は水に濡れ、雪花石膏(アラバスター)のような美しい肌が見えた。その姿を見た瞬間、国葦は胸がときめいた。「どうした、国葦?顔が呆けてるぞ?」「国葦、わたしはさっき、天女に会った。」「ああそうか、それはよかったな。」それ何人目の女に言ってるんだよと、聡経は心の中で毒づいた。「あ~、気持良かった。」柚葉はそう言って池から上がろうとした時、強い視線を感じた。「気の所為か・・」「姫様、早くお部屋にっ」柚葉は綏那に背を押され、慌てて部屋の中に入った。「あんなに小さかった柚葉があんなに大きくなって・・あの姿を火鶯に見せたかったな・・」にほんブログ村
2011年07月23日
コメント(0)
瑠璃は産まれたばかりの柚葉をじっと見ていた。光はとうの昔に失ったが、心の目で彼女は息子の姿を見ることができた。父親に似た淡い金色の髪に、澄み切った蒼い瞳。その愛らしい姿は、いつ見ていても飽きなかった。 瑠璃は子守唄代わりに筝を弾き、その音を聞いた柚葉は足をバタつかせながらきゃっきゃっと声を出して喜んだ。火鶯はそんな母と子の姿を微笑んで見ていた。このままずっと、幸せな生活が続くと、彼は思っていた。だが瑠璃に柚葉の妊娠を告げられた時に感じた暗い予感は、的中した。「なんと?今なんと申した?」菫乃はそう言って1人の男を見た。男は藤和の父に仕えていた家令で、名を輔(すけ)と言った。「若君様・・火鶯様は人間の女と暮らし、子を生しております。」それを聞いた菫乃はあまりの衝撃で床に蹲った。「北の方様、大丈夫でございますか?」輔が心配そうに菫乃の肩に手を置いた。「大丈夫じゃ・・それよりも妾の可愛い火鶯が・・なんということじゃ・・」菫乃は瘧(おこり)に罹ったかのようにぶるぶると身を震わせた。「その女を始末せよ。鬼族の次期統領が人間との間に子を成すという汚らわしい事実は直ちに消し去ってしまえ!」「火鶯様は・・どうされますか?」菫乃は輔の言葉に鼻を鳴らして、寝所へと引き籠ってしまった。「聞いたか、北の方様が・・」「ああ・・」「まさか若様が人間の女なんかと・・」「若様はどうなさるのだろう?」火鶯が人間の女と暮らし、そのうえ子を生したことは、あっという間に鬼族中に知れ渡った。「ついに知られちゃったな・・」「北の方様はお怒りだ・・」「俺達で何とか火鶯を説得しよう。」火鶯の友人達はすぐさま火鶯の邸へと向かい、彼とその妻に現在の状況を説明した。「そうか・・母君様に知られてしまったか・・」火鶯はそう言って溜息を吐いた。「北の方様は大層お怒りだ。下手したらお前は殺されるぞ。だからその女を連れて都を出ろ。」「どこに行けばいいんだ?俺達は都でも、どこにも居場所はない。ならばもう、逃げも隠れもせずに堂々とここで暮らすまでだ。」火鶯はそう言って妻に抱かれている我が子を見た。可愛いわが子の成長をもっと見たかったが、それは叶わなくなってしまった。せめて誰かに、自分と瑠璃との愛の結晶を託そう。「お前たち、柚葉を頼む。」火鶯は友人達に柚葉を託した。「火鶯・・」「お前ら、達者に暮らせよ。」そう言って火鶯は寂しい笑みを浮かべた。「あなた、これを。」瑠璃はそう言って火鶯に筝を差し出した。「お前、それは母親の形見じゃ・・」「柚葉に残してやれるものはこの筝以外何もありません。」火鶯は少し躊躇ったあと、瑠璃から筝を受け取った。友人達が去った後、火鶯は邸に火を放ち、瑠璃とともに自害した。火鶯の友人達は柚葉と筝を抱きながら、闇夜を歩いていた。やがて彼らはある貴族の邸の前で止まった。「この家ならこの子は大切に育てられるだろう。」「ああ。」友人達は柚葉と筝を邸の裏門に置き、闇の中へと消えた。あくる朝、裏門にゴミを捨てようとした下男が赤ん坊と古い筝を見つけ、赤ん坊と筝を抱いて北の対へと向かった。「なんです、その子は?」桜の方は、下男が抱いている赤ん坊を見た。「裏門のところに捨てられてたんで、拾ってきやした。」「男か、女か?」「立派なもんがついてるんで、男です。」「そうか・・旦那様にはわたくしが話しておくから、目障りなその子と薄汚い筝を持ってここから出ておゆき。」にほんブログ村
2011年07月23日
コメント(0)
火鶯と瑠璃はその夜から一緒にあばら家で暮らし始めた。 瑠璃は火鶯が鬼であることを知らず、彼の愛に包まれて生まれて初めて幸福というものを感じた。これまで彼女はとある貴族の愛人の子として冷遇され、世間の好奇の視線に耐えながら母とともに生きてきた。だがその母も亡くなり、途方に暮れていた時、火鶯が現れた。これからはもう1人で寂しく生きることはないのだー瑠璃はそう思いながら縁側に座り、美しく輝く真紅の月を眺めながら筝を奏で始めた。その頃火鶯の友人達は、火鶯の父に呼ばれた。「お話とは何でございましょうか、お館様?」彼らはそう言って恐る恐る目の前に座っている厳つい顔をした男を見た。この男が、火鶯の父で鬼族の頭・藤和(ふじより)である。熊のようながっしりとした身体をし、岩のような厳つい顔をした藤和は、下座に座り俯いている若者達を睥睨した。「あやつはどこにおる?」人間の女と一緒に暮らしています、などと誰が言えるだろうか。もしそんなことを言ったらこの場で自分達は八つ裂きにされるだろう。「火鶯は・・都見物に出かけました。人間の世を見てみたいと言って。」友人の1人がそう言って藤和を見た。「人間の世を見てみたいだと?それでこそ我が息子よ。人間どもの行動に怪しいところあれば、やつらを殲滅せねばならん。」藤和は藤色の瞳を煌めかせながら言った。「火鶯は今、どこにいるのか知らぬのか?」藤和の隣に座っていた彼の妻・菫乃(すみれの)がそう言って若者達を見た。真紅の月に照らされた彼女の金髪は美しい光を放ち、澄みきった蒼い瞳は憂いで少し曇っている。それでも彼女は美しかった。「安心せい菫乃、火鶯のことだ、すぐに頭を冷やして帰ってくるであろう。」「何を呑気なことをおっしゃいますの、あなた。妾の愛しい息子が行方知れずとなっているんですよ。何故あなたはあの子のことを心配なさろうとしないのです?」美しく整った眉を吊り上げながら、菫乃は夫を睨んだ。「そ、そんなつもりで言ったつもりではない・・」「では、どういうつもりでおっしゃったんですの?」藤和はう~んと唸りながら目を閉じ、両手で頭を抱えた。彼は昔から妻に頭が上がらない。「まったく、あなたがそんなのだからあの子はいつも家出をするんですわ。ああ吾子や、どこかで怪我をして死にかけてはいないだろうか・・」菫乃はよよと泣きながら袖元で涙を拭った。 両親(特に母親)が心配していることなど知らずに、火鶯は瑠璃との2人きりの生活を満喫していた。これまで星の数ほど女と付き合ってきたが、瑠璃は今まで付き合ったどの女よりも最高だった。火鶯にとって瑠璃は自分の全てであった。やがて冬が訪れ、火鶯は降りしきる雪を眺めながら瑠璃が奏でる筝の音に耳を澄ませていた。「火鶯様、お腹におややが出来ました。」そう言って瑠璃は頬を恥ずかしげに赤らめた。「それはまことか?」「ええ。」瑠璃が自分の子を身籠ったーそれは本来、自分にとってはとても嬉しい知らせである筈なのに、何故か火鶯は暗い気持ちになった。掟を破ってしまったという後ろめたさと、これから瑠璃と産まれてくる子どもとは幸せに暮らすことはできないであろうという暗い予感を、彼はこのとき抱いた。だがそれを彼はすぐさま打ち消し、笑顔を瑠璃に浮かべた。「丈夫な子を産めよ。」火鶯はそう言って瑠璃の下腹をそっと撫でた。「ええ・・」翌年の夏、瑠璃は元気な男児を出産した。「可愛い子だ。」「ええ・・」瑠璃はそう言って我が子に微笑んだ。 人と鬼との間に産まれた赤子は、柚葉(ゆずは)と名付けられた。にほんブログ村
2011年07月23日
コメント(0)
火鶯と瑠璃を乗せた牛車は、荒れ果てた邸の前で止まった。 元は宮中で飛ぶ鳥を落とす勢いだった貴族の持ち物だったが、その貴族は遠い地で病に倒れ、昔の栄華は見る影もなく荒れ果てて、住人と言えば黒猫だけだ。「お前たちもう帰れ。」「おい火鶯、まさかこの女とここで一緒に暮らすって言い出すんじゃないだろうな?」「ああ、そうだ。」「冗談言うなよ!鬼族の掟は知ってるだろ!?」友人の言葉を聞いた火鶯は、険しい表情を浮かべた。人間とは恋に落ちてはならない。ましてや、子を生すなどもってのほか。鬼族は長い間人間から迫害を受け、彼らは厳しい掟を作った。その中で最も禁じられているのが、人間との恋愛だった。“あいつらは信じるな。人間はいつも裏切る。”脳裏に、父の言葉が浮かんだ。父から火鶯はいやというほど人間の恐ろしさや残酷さを教えられてきた。自身も人間から迫害を受けたことがあるから、人間が自分達よりも残酷な生き物であることは知っている。だが、目の前で筝を抱きしめ、不安そうに牛車の中に座っている女を見ていると、何だか彼女を守ってやれるのは自分しかいないと火鶯は思っていた。「親父達には黙っておけよ。」「わかったよ・・じゃあな。」友人達はそう言って牛車に乗り、邸から去っていった。「ここはどこなのですか?」女は不安そうに火鶯の手を握り締めた。「ここは俺達の家だ。」火鶯は女の手をひきながら、ゆっくりと廊下を歩いて寝室へと入った。「今夜はここに泊まるんですか?」「・・いいや、お前はずっと俺と暮らすんだ。」火鶯はそう言って女の髪を優しく梳いた。「あなたと一緒に?」女はそっと火鶯の頬を撫でながら言った。「ああ。俺とお前が死ぬまでな。」火鶯は女の唇を塞ぎ、御帳台の上に押し倒した。女の顔が一瞬恐怖でひきつった。「わたしを・・犯すつもりですか?」その声は恐怖で震えている。「犯しはしない。お前を愛してやるだけだ。」震える華奢な身体を抱き締めながら、火鶯は女の耳元で優しく囁いた。秋虫達が歌を歌い始め、やがて空には銀色の月が浮かんだ。「・・大丈夫か?」火鶯は隣で眠っている女の髪を梳いた。艶やかな黒髪に指を埋めると、それは絹糸のように滑らかで心地よい感触がした。「おい、聞いているのか?」そう言って火鶯が女を見ると、女は火鶯の厚い胸板に顔を埋めてすやすやと寝息を立てていた。「可愛いやつだ・・」火鶯はクスリと笑い、ゆっくりと目を閉じた。同じ頃、宮中で権勢を振るう貴族、山野裏為人(やまのうらためひと)の北の方・桜の方は、産みの苦しみに耐えていた。「もう少しでございますよ、お嬢様!」桜の方は最後の力を振り絞り、新しい命を産み落とした。「おめでとうございます、お嬢様。可愛らしい姫君様でございますよ。」乳母(めのと)がそう言って彼女に白絹で包んだ赤ん坊を抱いて見せた。「女だったのね・・」桜の方はそう言って落胆の表情を浮かべた。「?砂(やすな)、気分が悪いの。この子を外に出して頂戴。」「でも、お嬢様・・」「いいから!」「・・かしこまりました。」 乳母や女房達がいなくなると、桜の方は静かに悔し涙を流した。にほんブログ村
2011年07月23日
コメント(0)
1050年、京。 豪華絢爛な宮中の外を見ると、そこには貧困と飢餓に喘ぐ平民達がただ死を待っていた。筝を弾いている若い女も、その平民の1人だった。女の名は瑠璃。 1ヶ月前に唯一の肉親である母親を亡くし、母の形見である筝を街角で奏でながら生計を立てていた。彼女が奏でる音は貧困と飢餓、暴力が蔓延るこの世に救いの音であり、まるで天上から響いているかのような神々しい音だった。その音に惹かれ、人々はいつの間にか彼女の周りに集まる。だが、彼女の元に集まるのは人だけではなかった。その夜、瑠璃はいつものように街角で筝を弾いていた。夜の帳が下り、薄暗く不気味な雰囲気を醸し出す路地には、誰もいなかった。だが瑠璃は盲しいている為、昼と夜の区別がつかない。しかし、視力以外の五感が鋭くなった彼女は、路地に満ちるただならぬ空気に身を強張らせた。「誰か、そこにいるのですか?」助けを呼ぼうとして声をあげた瑠璃は、漸く周りに人がいないことに気づいた。「誰か、誰かいませんか?一体何が起きているんですか?」瑠璃が必死になって周りの状況を把握しようとしていた時、路地の向こう側から百鬼夜行の行列がやってきた。濃い妖気と瘴気を辺りに撒き散らしながら、怪たちは我が物顔で路地を通っている。その行列の中に、豪華な装飾を施した牛車があった。その中にいるのは、最近素行の悪さで親に勘当を言い渡された鬼族の若君・火鶯(かおう)とその友人達が乗っていた。「本当にいいのか、火鶯?親父さんとこ飛び出しちまって?」そう言って火鶯の友人が彼を見た。「いいんだよ、あんな石頭親父の顔なんざ見たくもねぇや。」火鶯が窓を開けて外を見ると、路上で盲目の女が筝を奏でていた。筝の音を聞いた途端、火鶯は父から拒絶され傷ついた心が急に癒されるように感じた。火鶯は走行中の牛車から飛び降り、女の前に立った。「誰か、そこにいるのですか?」人の気配を感じた瑠璃は、筝を奏でる手を止めた。(美しい・・)火鶯は目の前にいる女を見て息を呑んだ。澄み切った黒曜石の瞳、艶やかな黒髪、そして雪のように肌理が細かくて白い肌。火鶯はそっと女の手を握った。女は彼の手を握り返し、安堵の溜息をついた。「よかった、誰もいらっしゃらないと思ったので、怖かったんです。」女はそう言って花のような笑みを浮かべた。彼女の目が見えなくて幸いだったー火鶯はそう思った。自分が都を騒がし、恐怖の坩堝に陥れる鬼だと彼女はわからないのだから。金髪蒼眼の容姿ゆえに“蒼鬼”と呼ばれ、恐れられる自分のことを。「あなたはどなたですか?」今自分が危機的な状況に陥っていることに気づかない女は、無邪気にそう言って火鶯の手を握った。「俺はお前の味方だ、俺と一緒に来い。」女は一瞬躊躇ったが、片手に筝をしっかりと握りしめてゆっくりと立ち上がった。「わたしは瑠璃。あなたは?」「俺は火鶯。炎の鶯だ。」「火鶯さん・・素敵な名前ですね。」1人の女と鬼は、漆黒の闇の中へと消えていった。にほんブログ村
2011年07月23日
コメント(2)
平安日本編(蒼之章)柚葉(ゆずは)本編の主人公。宮中で権勢を振るう山野裏為人(やまのうらのためひと)の“息子”だが、卑しい出生の所為で邸に幽閉され、姫君として育てられる。金髪蒼眼。頼篤(よりあつ)為人の長男だが、病弱。柚葉の一番の理解者。綏那(やすな)柚葉付きの女房。柚葉の母親代わり。藤原彩加(ふじわらのさやか)為人の政敵・藤原種嵩(ふじわらのたねがさ)の娘。高慢で自己中心的な性格。藤原種嵩(ふじわらのたねがさ)宮中で権勢を振るう貴族。為人とは犬猿の仲。藤原国葦(ふじわらのくによし)種嵩の嫡子。浮名を流す貴公子。池で水浴びをしている柚葉を見て、一目惚れする。槇浦聡経(まきのうらのさとつね)国葦の親友で、陰陽生。柚葉に一目惚れする。北の方・桜の方(さくらのかた)為人の正妻。柚葉を忌み嫌う。遥(はるか)為人の娘。矢代里海(やしろのさとうみ)陰陽頭(おんみょうのかみ)。田淵ヶ原灑実(たぶちがうらさねのぶ)京で有名な陰陽師。柚葉を付け狙う。葭野(よしの)彩加付の女房。總子・弘徽澱女御(さとこ・こきでんのにょうご)帝の寵姫。自分の利益と目的の為なら他人を踏み台にすることを厭わない策略家。尊仁(たかひと)帝。浮世を流すプレイボーイ。藤和(ふじかず)柚葉の父方の祖父。鬼族の頭。菫乃(すみれの)柚葉の父方の祖母。紅(こう)柚葉の父・火鶯の友人。柚葉を守る為、獣の姿を取る。輔(すけ)菫乃に仕える鬼。家宝である紅玉を奪う為、柚葉の命を狙う。土御門有人(つちみかどありひと)陰陽師で、灑実と実力は一、二を争うほどの腕前。柚葉に惹かれる。土御門頼人(つみかどよりひと)有人の弟で、陰陽生。眞佐乃(まさの)柚葉の叔父。寧久(やすひさ)柚葉の従兄。絢子・麗景殿女御(あやこ・れいけいでんのにょうご)總子の恋敵。有爾(まさちか)有人と柚葉の長男。母・柚葉と同じく、数奇な運命を辿ることになる。黒髪紅眼。柚聖(ゆずまさ)有人と柚葉の次男。兄と共に数奇な運命に翻弄されることになる双子の片割れ。金髪蒼眼。雅爾(まさちか)尊仁と弘徽殿女御・總子の嫡子で、東宮。気位が高く、柚聖とは犬猿の仲。周りから大事に育てられたお坊ちゃん育ちの為、自己中心的で我儘な性格。16世紀ヴェネチア編(紫紺之章)ルチアイタリアの名門伯爵家・サルディーニ家の令嬢。金髪蒼眼の美しい容姿から“生きた宝石”と呼ばれる。アルフォンソルチアの婚約者。マリアルチアの親友。カルロ突然ルチアの前に現れた謎の男
2011年07月23日
コメント(0)
全115件 (115件中 101-115件目)