全208件 (208件中 1-50件目)
何だかあちこちで1000トレのオープンミーティングの告知を見る。何だか、盛り上がってますなあ。オイラも、運営者のひとりなもんで、ボーっとしているわけにもいきますまいて。ちなみに、1000トレを知らない人のために、 ■1000トレ=1000日トレーニング(別名:1000日修行) 己の精神力を鍛えるために、 これと決めたことを毎日、 1000日間行うと宣言し、実際に行うこと。これをビジネス仲間とやろうと決めて始めたの約437日前。もう1年と2ヶ月もやってるんですなあ。おかげさまで、色々と良いことがありました。それは、9/30の「1000トレオープンミーティング」でお話しさせていただきますんで、ぜひぜひ、お越し下さいまし。--- 告知 ------------------------------------------------------決めたことを1000日続ける。1日でもサボったら、0に戻る。これが千日トレーニング。これであなたも3日坊主も解消です!9月30日(金)の夜、青山でチャリティイベントをやります。収益はすべて寄付します。本の著者多数参加!あなたも参加しませんか? チャリティーイベント「第2回1000日の会 オープンミーティング」 日時 : 2005年9月30日(金) ○一次会 18:30開場、19:00 開始、 21時終了 コンフォート http://www.aoyama-comfort.com/ 東京都港区北青山2-9-16 電話:03-3479-2814 地下鉄銀座線「外苑前駅」 徒歩2分▼参加者の喜びの声も掲載されていますので、ぜひこちらをご覧ください。 ▼スグに申し込まれる方は、こちらから。人生を楽しみながら自然に変化させたい方には、1000日トレーニング(千日修行)がお奨めです。こーんな人たちが…現時点で50名以上参加です。『小さな会社の逆転戦略 最強ブログ営業術』横須賀 てるひささん『「朝」日記の奇跡』佐藤 伝さん『なぜ、就業規則を変えると会社は儲かるのか? ―ヒト・モノ・カネを最大に活かす6つのヒント』下田 直人さん『モテ本!―なぜか男を魅きつける150のテクニック』恋愛マニア(藤沢あゆみ)さん『ここで差がつくメモ術・手帳術―この59の使い方で「仕事力」が10倍つき「自分の時間」が豊かになる!』大勝 文仁さん『「やめたいのにヤメられない!」がスパッとやめられる10秒日記』水野 浩志さん『軟水のお風呂で赤ちゃんの肌に―Soft water book』上関 久美子さん『実務入門 営業力がUPするプレゼン術』野村 尚義さん『これだけある!お金をかけずにマスターするビジネス英語』牧野 和彦さん『ショートカットキー活用事典―ビジネスが10倍速くなる!』猪早 圭(オイラ)『笑う豚〔2〕の生活 ―10万人読者が笑ったハム屋のメルマガ傑作集!』中谷 昌弘さんそれから、「さおだけ屋」がミリオンセラーとなった山田真哉さんから、1000日会プレゼント用の本をもらってきました。サイン入りです。(参加はできないそうですが…残念)
2005年09月23日
コメント(84)
先日、オイラの好きな安田美沙子タンの載っている新聞広告が職場の机の上に。誰かが記事を見つけて置いてくれたんだろう。で、美沙子タンが手にしているのがルービックキューブ。よく記事をみると、「ルービックキューブ日本大会開催決定」と書いてある。場所は東京、丸ビル・マルキューブ。丸ビル・マルキューブでルービックキューブって何か早口言葉みたいだな。ルービックキューブが発売されて今年で25年ということでブームがチロチロと再燃しているそうな。そう言えば、ルービックキューブ、流行りましたな。当時は小学6年生。オイラと言えば、ブームに乗り遅れ完成できるようになった頃にはブームは完全に下火に。もう誰もが興味をうしなった頃にルービックリベンジ(4×4×4)を完成させ、そんなもん誰も知らんっていうプロフェッサールービックキューブ(5×5×5)も自力で完成させ、さらにマイナーなテンビリオンなるものをクリアしては悦に入っていたものですが、うーん、孤独だったな。誰も、スゴさが分からないんだもん。喜びは分かち合ってこそですな。最近ドンキでルービックリベンジを見かけたので思わず買ってチャカチャカやってたんだけど、この技、誰かに伝授したいなあと思ってます。でも、けっこう難しいんだよねえ。教えてもらう方に受け入れてもらうのが。ガテン系の人間は、自分は頭が悪いと思っているので、そんなの無理と言うし、頭脳労働系の人間は、自分は頭が良いと思っているので、プライドが邪魔して教えてもらってまでやろうとは思わないんですよねえ。誰か教えてほしい!!って方、います?http://www.megahouse.co.jp/index.html
2005年07月17日
コメント(11)
いや~、びっくりしたさ。以前から目を付けていた100円ショップが開店しているかさっき確認しにいったんだけども、まあ、お店はやってたんよ。それはいいんだよ、うん。銀座に100円ショップっつうのもけっこうあり得ないと思うんだけどね。けどね。問題はね。そこにあるわけじゃないんだ。びっくりしたのは、その地下にある "釣り堀"なんだよ。ちょっと想像できる?銀座の地下に釣り堀だよ?明日あたり釣りにいってみようかな。
2005年07月03日
コメント(4)
伝説のサーファーさんからミュージックバトンなるものが・・・。1.パソコンの中の音楽の容量 22.14GB(5353曲) 全ての曲が入るようにとNOMADのZEN60を以前買ったんですが、 ぶっこわれたまま1年以上放置してありますねえ。--------------------------------------------------------2.今聴いている曲 レニークラビッツの『ロックンロールイズデッド』 いや~、レニークラビッツは渋い!! ちょうど図書館で借りてきたところ。--------------------------------------------------------3.一番最近買ったCD 記憶にないなあ。 THE東南西北の『飛行少年』ですかねえ。 最近はもっぱらダウンロードなもんで。--------------------------------------------------------4.よく聴く、または特別な思い出のある5曲 え~っ、五曲ですかぁ。 こりゃ、難しいなあ。 1.斉藤和義『桜』 名曲なのにカラオケに入ってないんだよなあ。 頼む!! 一度でイイから歌わせてくれぇ。 2.SION『街は今日も雨さ』 16歳で東京に家出してきたシオン氏。 滅茶苦茶な都会の暮らしが始まるんですな。 で、ある日母親に電話をするわけですよ。 まあ、このおっかさんもいい加減肝が据わってますわ。 ↓ 久しぶりにおふくろに電話をかける 雨降る街の赤茶けた公衆電話から おふくろは静かな声でたったひと声 生きてなさい そう言った 3.トムウェイツ『Closing Time』 上記シオンの師匠筋の人ですな。 よっ、元祖酔いどれ詩人!! 4.U2『ヘルプ』 ビートルズのカヴァーなわけですが、 ボノが歌うとホント、悲しいわけですわ。 5.平沢進『ナーシサス次元から来た人』 歌詞が秀逸。 そりゃ、終わりも訪れますって。--------------------------------------------------------5.つぎに質問する人5人 とりあえず次の5人誰にしようかな。 これって他の人とカブっててもいいのかな? 1.コロすけ♪氏 楽天の酔いどれ詩人です。 2.つるり子ちゃん ネガティブ思考の女社長。 税金もガッポリ払ってるとか。 お肌つるつるです。 3.まぐろ姉さん サモアのぶっ飛び娘。 つねに疾走しています。 4.ドラド。⇒子育てとキャリアのセカンドオピニオンさん フラメンコ踊りの美女。 子育てのプロでっせ。 5.チコ1021さん 葬儀相談員のチコちゃん。 お墓のアイドル=「ハカドル」を目指しているとか、いないとか。
2005年06月30日
コメント(5)
正直、驚いた。みんな欠伸ができないらしい。誰も自分なりのモノサシというものを持っていて、常識というものはいつも誰にとっても微妙に異なっているわけだ。でも今回は驚いた。自分のモノサシでは、 欠伸とはいつでも自分の意志で自由にできるそんなもんだと思っていた。ところが、これができるのはどうやら五人に一人の割合らしい。周囲に確認してみて得たデータなので多少精度に欠けるが、それでも全員が全員、自由自在に欠伸ができるわけではないというのはどうやら確かなようだ。いや、衝撃だ。欠伸をすれば脳に酸素が行き渡るので、眠い時にはもう連発させている。わざと口を大きくあけて、欠伸を誘発しているのである。ん?待てよ。今、何気なく書いたが、そもそも欠伸が自発的に起こせるという発想が希有なのであれば、「欠伸を誘発する」という表現を使ったのは有史以来、自分が初めてなんじゃないか?なんてくだらないこと書きながら、今、大きな欠伸をしてしまった。ちなみに楽天日記は小中学生も読んでいるらしいので、蛇足ながら「欠伸」とは「あくび」のことです。-------------------------------------------------- 「欠伸力」より「英語力」 伝説のサーファーこと牧野和彦さんが満を持して英語の本を出版です。 今、現在アマゾンキャンペーン中とのこと。 皆様、何卒ご協力を!! これだけある!お金をかけずにマスターするビジネス英語 牧野 和彦 (著)
2005年04月27日
コメント(5)
正直、驚いた。みんな欠伸ができないらしい。誰も自分なりのモノサシというものを持っていて、常識というものはいつも微妙に異なっているわけだ。でも今回は驚いた。自分のモノサシでは、 欠伸とはいつでも自分の意志で自由にできるそんなもんだと思っていた。ところが、これができるのはどうやら五人に一人の割合らしい。周囲に確認してみて得たデータなので多少精度に欠けるが、それでも全員が全員、自由自在に欠伸ができるわけではないというのはどうやら確かなようだ。いや、衝撃だ。欠伸をすれば脳に酸素が行き渡るので、眠い時にはもう連発させている。わざと口を大きくあけて、欠伸を誘発しているのである。ん?待てよ。今、何気なく書いたが、そもそも欠伸が自発的に起こせるという発想が希有なのであれば、「欠伸を誘発する」という表現を使ったのは有史以来、自分が初めてなんじゃないか?なんてくだらないこと書きながら、今、大きな欠伸をしてしまった。ちなみに楽天日記は小中学生も読んでいるらしいので、蛇足ながら「欠伸」とは「あくび」のことです。-------------------------------------------------- 「欠伸力」より「英語力」 伝説のサーファーこと牧野和彦さんが満を持して英語の本を出版です。 今、現在アマゾンキャンペーン中とのこと。 皆様、何卒ご協力を!! これだけある!お金をかけずにマスターするビジネス英語 牧野 和彦 (著)
2005年04月27日
コメント(1)
楽天日記は、最近、心が動いたことについて備忘録的に書くことになんとなく決めました。別に対したこと(事象)でもなくて、ホント、備忘録なんで、読んでつまんねえ、とか言わないように。先日、電車に乗っていたら、わりと良く行く中華料理店のレジ打ちのおねえさんを見かけた。このおねえさん、やたら元気が良くて中国人だから少し日本語は変なのだが、すごく一生懸命なのが伝わってきて好感が持てる。いっつも笑顔なのだ。だけど、電車の中で座席に座っている彼女はなぜか仏頂面。初めは良く似た他人かと思った。でも、自分と同じ駅で降りたからたぶん、間違いないだろう。よくよく考えたら電車の中でも笑顔でいるわけ、ないのだ。そこで、ふと心が動いた。そうだ、彼女もいつも笑顔でいるわけじゃないんだ。お店の中の笑顔は、努力の賜物なんだろう。その時、このおねえさんのことを何の邪念もなく、とてつもなく、いとおしく感じた。こんなふうに自分の心を動かして、優しい気持ちにしてくれた彼女に、感謝したいと思う。
2005年03月01日
コメント(2)
この日記も50日ぶりくらいに書くが、その間、日に平均20人くらいの方にご訪問いただいていた。まったくもって、すんませんです。何も書かないのに何度も足を運んでいただいて。ま、今日書いたら次はいつになるかわかりませんけど・・・。というわけで、「明日はこのテーマの続編を書きまっせ~。ちょいと自分で気づいたことを。」についてですな。 できない×できない=マイナス×マイナス=「プラス」という公式が成り立つことに気づいたんですね。じゃ、他のマイナスの取り合わせでもイケるんじゃないか、そう思って「面倒くさい」を式に代入してみた。 な~んか面倒くさいなあ×な~んか面倒くさいなあ =面倒くさいと思うことが面倒くさい =ポジティブう~ん、いいですね。実際、「面倒くさいと思うことが面倒くさい」そう心の中で呟いてみると何となくそんな気がしてきました。面倒なことに対しても自然体で臨めるというか。調子に乗って次。「寒い」はダメでしたね。 寒い×寒い=暖かい とはなりません。「暑い」、「寒い」はいくらそれが苦痛であったとしても、単に体感であって、良いも悪いもないわけですな。だからいくら念仏のように唱えても暖かくはなりませんでした。じゃ、疲れるはどうだろ? 疲れる×疲れるイマイチ、意味不明だなあ。ところが、 疲れていると思う×疲れていると思う =疲れていると思うことが疲れるって感じで成り立っちゃうわけですね。こんなふうに見てみると、この公式でプラスになるモノについてはネガティブな心根で、成り立たないモノは、単なる体感であったり、事実であったりする、ということが言えそうだ、という気がしなくもない。「疲れる」は単なる体感なんだけども、「疲れていると思う」ことはネガティブな思い、ということですかね。言葉は言霊だと考えると、あながちバカにもできまいと考えるのだが、さて、どんなもんでしょ?
2005年01月31日
コメント(2)
だいぶサボっていましたが、今日から楽天日記を再開します。ナニげに始めてから1年経ったことですし。で、今日のテーマ。「できない」、ということが「できない」ということですが、これどういうことか。あっ、その前に、ネタ元は蔵本天外先生です。このお方、量子力学の世界から成功哲学を語ってらっしゃいます。すんごいお方ですよ。で、いわゆる普通の成功哲学では、「できる」という意識を持つことが大事で、それを繰り返し潜在意識に刷り込めば「できる」ようになると。確かにそうです。でも、ですよ。「できる」って自分に言い聞かせるほど、心のどこかで、「でも、できるかな?」「ホントに、できるかな?」自分自身への信頼がイマイチない。今まで「できない」記憶で、脳味噌の中はギッチリなわけですよ。そんな状態で何度「できる」と繰り返しても、ほとんど意味ないわけですな。で、登場するのが魔法の言葉、「できない、ということができない」「できる」ということに自信が持てないとしたら、反対の「できない」ということには自信があるわけですね。だとすると「できない」ということも「できない」んじゃない?そんなことなんですよね。これ、不思議なことに心の中でつぶやいてみると方の力の抜けた自信がふつふつ湧いてきます。だって、できなくたっていいんですよ。プレッシャー、なくなりますです。明日はこのテーマの続編を書きまっせ~。ちょいと自分で気づいたことを。 ─────────────────────────────────── ■■■PCの操作スピードが2~5倍(実測値)になりました■■■ --------- 実験結果 --------- ・Aさん 75秒 → 35秒 2.1倍 ・Bさん 158秒 → 38秒 4.2倍 ・Cさん 90秒 → 18秒 5.0倍 ・Dさん 82秒 → 25秒 3.3倍 被験者をして、「全部覚えたら末恐ろしいことになる」と言わしめた 驚異のPC操作方法とは? ⇒ http://sarunami.com
2004年12月09日
コメント(4)
実はもう2ヶ月くらい続いている潜行プロジェクトがある。それが1000日修行だ。ライブドアに本拠を移してしまったが、ゑ☆びす社長が首謀者。それぞれのメンバーがけっこう頻繁に報告を行っているので、知っている人は知っていると思う。実は自分もそのメンバーだったわけです。1000日修行とは、そもそも常勝教育の原田先生からアイディアをいただいて、メンバーそれぞれが独自の解釈のもと日々、苦行を行っていて、ゑ☆びす社長はさすが、言い出しっぺだけに凄まじいばかりの執念で荒行を行っている。血の小便を出しながら、毎日4時に起床しているということだから、まったく恐れ入ります。その点、オイラは気楽なものしかお題目にしていないので、わりかし順調に続いている。一番続いているのが、掲題の「毎日、愛を送る」というやつで、こいつは76日目を突破した。やり方は簡単。5分間のタイマーをセットしたら目をつぶり(耳栓もしたらより集中できる)、「××さんに愛を送る」と心の中で言うのである。これを5分間、思いつくままの人達に対して「愛を送る」。これ、ついつい好きな人中心になりがちなので、なるべく嫌いな人に愛を送るのがポイント。そうすると不思議なもので、嫌いだったあの人も、あまり嫌いじゃなくなりまっせ。次回は「瞑想を10分以上する」についてご報告の予定。───────────────────────────── ■■■PCの操作スピードが2~5倍(実測値)になりました■■■ --------- 実験結果 --------- ・Aさん 75秒 → 35秒 2.1倍 ・Bさん 158秒 → 38秒 4.2倍 ・Cさん 90秒 → 18秒 5.0倍 ・Dさん 82秒 → 25秒 3.3倍 被験者をして、「全部覚えたら末恐ろしいことになる」と言わしめた 驚異のPC操作方法とは? ⇒ http://sarunami.com
2004年09月28日
コメント(7)
【真夏の邂逅】第75日目 9/10 翌朝、金沢へは列車で向かった。 到着がちょうど12:00頃となったので三人で昼飯を食べた。 彼女はしきりに、うらやましいという言葉を口にした。 自分も若い時にもっと色んなことをしておけばよかったんだというようなことを言う。 しかしそんなことを言われても僕としては恥ずかしいような 照れくさいような気になってしまう。 確かに旅に出る前には大それたことを企てているというふうに思っていたが、 しかし実際、今こうして過ぎ去った時間をふりかえると そんなにたいしたことはなかったような気がする。 結局、一日、一日、ちょっとずつ移動しつづけた結果に過ぎない。 とは言うものの、もう一度まったく同じ体験をしてみろと言われれば ごめん蒙りたいが。 とにかく感動した彼女が昼飯代をおごってくれた。 ホテル加賀には金沢に置いてあった車で戻る。 それから分校駅というところまで送ってもらった。 そこから豊田さんと二人で名古屋方面へと向かった。 豊田さんは所用があって行くのだが僕の帰りの方向と同じになるので 一緒に行くことにしたのである。 僕は青春18きっぷがあるので各駅停車で行こうと思っていたのだが、 豊田さんが新横浜までの乗車券と特急券のお金を出すから一緒に行こうよ、 と言ってくれたので図々しいが甘えさせてもらうことにした。 まあ、こうして人の好意に甘えるのもこれが最後だ。 名古屋で豊田さんに別れを告げると、 いよいよ新幹線に乗って、懐かしい東京へと帰る。 さすがの僕も今日は家に帰れるんだと思えばウキウキしてくる。 思えば旅に出てから今日で75日目である。 さすがに、こんなに長い間、家に帰らなかったという経験はない。 新横浜から横浜線に乗り換えると成瀬駅で降り、 そこから歩いて家に向かう。 そして玄関にたどり着くと何やら紙が貼ってある。 そこにはこう書いてあった。 『猪早圭君、徒歩日本縦断達成おめでとう。』 これは母親の字である。 紙もよく見るとカレンダーの裏を使用してある。 いったいいつから貼ってあるんだか。 家に入ると母親と兄がいる。 家の中は引っ越しの準備を少しずつしているらしく、落ち着きがない。 「ただいま。」 僕は久しぶりに家族と顔を合わせるので少し照れくさかった。 「お帰り。いきなりだね。」 「あの玄関の紙はいつから貼ってあるの。」 「ああ、あれね。鹿児島から電話してきてから、すぐに帰ってくると思ったから。 二三日はああしてあるね。おまえもいつ帰ってくるもんだかわからないし。」 まったく恥ずかしい。だが悪い気はしない。 やっぱり我が家はいいものである。 こうして帰ってくるとそのありがたみがよくわかる。 せっかく帰ってきたのに、 この家ともあと少しでお別れだと思うと少し寂しい気がする。 晩飯は隣の家のおばさんがお祝いにと寿司を届けてくれたので 家族でありがたく、いただくことにした。 僕は当然、旅の疲れがたまっているはずなのだが、 家に帰った興奮からか、あまり眠たくならない。 兄と夜更けまで色々と話をして、自室に入った時にはもう午前2時を過ぎていた。 寝床に入り、闇の中に身を横たえる。 それからジーッと天井を見上げる。 そうしていると安堵感と、 なんとも言えないさびしさのようなものが胸の奥底でぐるぐると渦巻きはじめた。 今ここにいる自分がまるで嘘のように空々しく感じられた。 この二カ月間、 なんだかフワフワと現実ではない世界をさ迷っていたような気がする。 旅の出来事や風景、出会った人たちも 今はまるでひとごとのように遠く感じられた。 ぜんぶ夢だったのかもしれないな…。 僕は目を閉じると思った。 (終) ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 旅のはじまりから読みたい方はコチラ----------------------------★おすすめ!!セミナー情報★----------------------------・自分の魅力を発見し、表現したいと思っている方。・小手先のテクニックで一時的に人をひきつけるのではなく、自分をきちんと・表現することで、人をひきつけられるようになりたいと思っている方。 ★『自身力』で書く!★ あなたを魅力を100%伝える文章の作り方」 ~素材発掘編~■講師:水野浩志先生■場所:FKCスクエア セミナールーム(地図はこちら) 〒151-0053 東京都渋谷区代々木2ー4ー9新宿三信ビル2F ・JR・小田急線・京王線 新宿駅南口より徒歩3分 ・都営新宿線新宿駅 4番出口より徒歩2分 ・都営大江戸線新宿駅 A1出口より徒歩1分 ■日時:2004年9月18日(土曜日) 16:45開場 17:00開始 21:00終了 ■料金:15,000円(懇親会参加の方はプラス4,000円)お申込はこちら → http://www.m-stn.com/sem/20040918/form.html
2004年09月10日
コメント(2)
【真夏の邂逅】第74日目 9/9 さて大阪に舞い戻ってきた。 まずは金券屋に行こうと思い昨夜の駅前第四ビルまでやって来た。 それで18きっぷを売ろうと思ったのだが、なんと買い取りをしてくれない。 たしかにこの切符は明後日になれば紙屑同然になってしまう。 無理もないことである。 しかしこんなことならもう少し早く売っておくべきであった。 というわけでどうやら切符が一日分余ってしまった。 もったいないのでもう一日帰京するのは遅らせて、 琵琶湖から北陸を回って行くことに決めた。 ホテル加賀の豊田さんや藤波亭の北風さんにもう一度会って旅の報告をしよう。 そう思えばなかなか楽しみである。 もうひとつの用事を果たすために江坂に向かう。 今度はちゃんと西川さんに会えたのでお守りを渡すと、予想どおり喜んでくれた。 多少無理をした甲斐があったというものである。 授業中ということもあり、まああまり長居をしても悪いのでさっさと退散すると、 一路大阪駅に向かいそこから列車に飛び乗った。 時刻は12:30を少し過ぎている。 今日は小原さん宅で時刻表をもらってきたので 待ち合わせ時間に乗り継ぎを調べなくてもよい。 それで時刻表を見ると16:00には武生に到着する予定であった。 が、列車が少し遅れたせいで実際の到着は16:30になった 。 駅から藤波亭へと向かう。 しかし少しばかり道に迷ってしまった。 もう夕暮れ近い時間であるし、 雨がパラついてる。 やっと懐かしい藤波亭へとたどり着いたときには17:00を少し回っていた。 だがそこはもう閉まっていた。 中には誰もいない。 曜日の関係か、営業時間の関係かはわからないが、 とにかくもぬけの殻である。 まったくここの所こんなのばかりである。 しかたない。 いつかまたここに来る機会があるにちがいない。 北風さんにはその時にじっくりと旅の話を聞かせてやろう。 武生の駅にもどり、さらに北上するべく列車に乗る。 今晩はホテル加賀に泊めてもらおう。 そう勝手に決めつけると列車の中で少し眠った。 地図を見たところホテル加賀にいちばん近い駅は加賀温泉駅である。 19:30にその駅を降りて歩きはじめた。 まだ小雨がパラついている。 さて、歩きはじめてみたものの いったいホテル加賀はどちらの方向にあるのかわからない。 記憶をたどれば国道から見えるところにあったことは確かである。 しかしそれが何号であったのかまでは思い出せない。 何しろあの時は体調が最悪で あまりはっきりしたことは覚えていないのである。 とにかくその国道に出なければ話にならない。 それで何とか匂いを嗅ぐようにして野性のカンを頼りに見当をつけながら、 どうもそれらしい道へ出た。 出るには出たが、目標地点に対する自分の位置がわからないので、 右に行くべきか、左に行くべきかの判断に迷った。 さてどうすべきか。 ここはよく考えなければならない。 もし反対方向に行けばえらいことである。 僕はとりあえず左へ行ってみることにした。 方角としては富山の方である。 旅をした時とは逆方向に進むことになる。 道沿いの風景は何だか見たことがあるような気がする。 しかし、それは期待をもって眺めるからそんなふうに感じるだけなのかもしれない。 もしも反対の方向へ向かっているのだとしたら、 どんどん目的地からは遠のいてゆくわけで、 ことによると、そもそもこの道沿いにあるのではないということもありうる。 こうやってはっきりしない状態で歩くのはつらいものである。 結局、道は正しくて21:30にホテル加賀に着いた。 ホテルの裏口の方から入ってゆこうとすると、そのドアが少しだけ開いている。 そしてそこからよしおが顔だけを出して唸っている。 奴はどうやら僕のことを覚えていないらしい。 僕は近づいてゆきながら、よしお、久しぶりだな、と声をかけた。 すると奴は、なんで俺の名前、知ってんの、とでも言いたげな顔をして黙り込んだ。 そして奥の方から、よしお、どうしたんだ、という豊田さんの声が聞こえてきた。 「こんばんは。」 僕が挨拶をすると、おーっ、と豊田さんは声をあげた。 僕はとりあえず部屋に上げてもらった。 「ここまでどうやって来たの。」 「加賀温泉駅まで電車で来て、そこから歩いてきたんですよ。 でも、さんざん迷っちゃって。」 「なんだ、電話してくれれば車で迎えに行ったのに。」 豊田さんはそう言うが、それでは呼びつけるみたいである。 それにいきなり行って驚かせてやろうという気持ちもあった。 まあラブホテルなら今までのように 営業時間外や定休日で会えないということもないだろうと思ったのである。 「その様子だと鹿児島まで歩ききったようだね。」 「ええ、その報告も兼ねて、こうしてやって来たんですよ。」 「あいつと話してたんだよ。だいたいこの辺りで旅の半分くらいになるから、 残りの半分もたぶん大丈夫だろうってね。」 あいつとは僕に最初に声をかけてくれた女の人のことである。 そういえば彼女の姿が見当たらない。 どうしたのかと訊ねると 金沢市内で経営しているラブホテルが人手不足なので応援に行っているということであった。 豊田さんは彼女に電話をして 僕が今、来ているということを告げると、 彼女はぜひ会いたいというので、 明日、豊田さんと金沢まで行くことにした。 晩飯を食わせてもらい、 ホテル加賀を出てから起こった様々な出来事を僕は夢中になって話した。 そうして僕と豊田さんは明け方近くまで語りあった。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 旅のはじまりから読みたい方はコチラ----------------------------★おすすめ!!セミナー情報★----------------------------・自分の魅力を発見し、表現したいと思っている方。・小手先のテクニックで一時的に人をひきつけるのではなく、自分をきちんと・表現することで、人をひきつけられるようになりたいと思っている方。 ★『自身力』で書く!★ あなたを魅力を100%伝える文章の作り方」 ~素材発掘編~■講師:水野浩志先生■場所:FKCスクエア セミナールーム(地図はこちら) 〒151-0053 東京都渋谷区代々木2ー4ー9新宿三信ビル2F ・JR・小田急線・京王線 新宿駅南口より徒歩3分 ・都営新宿線新宿駅 4番出口より徒歩2分 ・都営大江戸線新宿駅 A1出口より徒歩1分 ■日時:2004年9月18日(土曜日) 16:45開場 17:00開始 21:00終了 ■料金:15,000円(懇親会参加の方はプラス4,000円)お申込はこちら → http://www.m-stn.com/sem/20040918/form.html
2004年09月09日
コメント(0)
【真夏の邂逅】第72日目 9/7 思いがけず長崎の旅をすることになった。 長崎の駅を降りると適当な公園を見つけてまず朝食の準備である。 彼らは僕に比べれば幾分ましな装備をしていて小型バーナーなどを持っている。 そこで「こてっちゃん」をみんなで焼いて食った。 こいつは意外なほどうまかった。 長崎の空は晴れている。 その中をリュックサックを背負った三人と手提げ袋の僕が行く。 まずは原爆の投下地点へと向かう。 このあたりは公園になっているのだが、 グニャリとへし曲げられた鉄の塊が無造作に置いてある。 これは当時のものをそのままにして置いてあるということである。 さらに公園の奥へと進むと教科書などにも載っている有名な銅像の前にやって来た。 実際にこうして目の前で見てみると意外なほど小さい。 しかし、その銅像の前に佇んでいると何とも言えない静かな力強さを感じる。 団体の観光客はそんなことは感じないらしく、記念撮影をするのに熱心であった。 さて長崎といえばチャンポンである。 僕らはグラバー邸の玄関口まで行って、引き返してきて (金がもったいないからと中には入らなかったのである) 中華街を歩き回り、うまそうなチャンポンを探し求めた。 今日はけっこう気温も高い。 歩くと汗だくである。 しかし、だいたいにおいて地元の情報など全く持ちあわせていないのだから、 どの店のチャンポンがうまいかなどわかるわけもない。 それでも意味もなくウダウダと町を歩き回る。 やがて入った中華料理店も、 そこがうまそうだったからというよりも歩き疲れたためだった。 しかし、そうして歩き回ったおかげでチャンポンにはおいしくありつけた。 午後になると市内を見渡せる丘に登って行く。 目当ては亀山社中である。 この亀山社中とは海援隊の前身となった組織で、 坂本竜馬の長崎での拠点である。 斎藤克也は竜馬好きで、 以前、京都の伏見にある寺田屋を一緒に見に行ったことがある。 考えてみれば今回の旅ではけっこう坂本竜馬ゆかりの地を訪れている。 寺田屋もそうだし、神戸の海軍塾跡、鹿児島の塩浸温泉、 それに今回の亀山社中である。 この亀山社中の建物は普通の住宅地の中にあって、 当時のまま残されている。 町の有志による保存会のようなものが管理をしているのである。 その保存会のおじさんが維新当時の逸話などを話してくれる。 さすがにマニアックな話が多くてなかなか堪能させてくれた。 それから丘を下って、 有名な眼鏡橋を見てから、 港の方へ行ってみようということになった。 港の中は静かに凪いで波もない。 太陽の力はもう盛りを過ぎ、あたりに夕暮れの匂いを漂わせはじめていた。 その太陽の光が水面にキラキラと反射して輝く様子を 僕らはずっと飽きもせず眺めていた。 観光名所でも何でもない場所だが、これは心に残る風景であった。 長崎はよい町である。 何がよいのかはわからないが、 とにかく落ち着きがあって、 でもどこか不思議と明るい色調を持っている。 だが、その長崎ともお別れである。 これから博多へ向かわなければならない。 長崎から博多までは各駅停車で4時間というところである。 すっかり暗くなってから博多に着いたのだが、 ここでの目当てはラーメンである。 この町はさすがに九州一の大都市だけあって、 その規模の大きさは大変なものであった。 ガイドブックで選んだ長浜ラーメンの店にたどり着くまで たっぷり一時間以上は歩き続けなければならなかった。 ここはけっこう有名な店なのだが客の回転がよいせいか 行列などはできていない。 回りには他にもたくさんのラーメン屋が並んでいる。 博多ラーメンは何といっても安い。 一杯350円から400円というところが相場だろう。 それに替玉をしても50円とか100円である。 まったく東京のラーメンは高過ぎる。 こんなにうまいラーメンを安く食べられる博多の人がうらやましいかぎりである。 ラーメンを食った後は、その店のすぐ近くにある公園で寝ることにした。 といっても、僕には寝袋がないわけで、ちょとばかり野ざらしで寝るには気温が低い。 僕はしかたなく、そのあたりから防寒に役立ちそうなものを拾い集めた。 幸いなことに傘を二三本調達できたので、 こいつを組み合わせてテントのようにして眠ることにした。 九州とはいえ、そろそろ夜の寒さが身にしみる。福岡の夜は寒いのである。------------------------------------------------------- 9/8 やはり寒い。 傘で作った簡易テントは隙間が多すぎるのである。 ちっとも暖かくない。 克也達は寝袋の中なので何とか凌げそうであったが、 僕はもうこの寒さには耐えられそうもない。 時刻を見ると夜中の3時半である。 夜明けにはまだだいぶあるが僕はもう行くことにした。 歩いてゆくうちに体も暖まるだろうし、駅に着くころには始発も走り出すだろう。 「おい、克也。俺はもういくぜ。」 寝ている克也に声をかけると寝ぼけているらしく、むにゃむにゃ言っている。 「じゃあな。」 僕はもう一度声をかけると、歩き出した。 克也は起きたらしく、それじゃ、と背後で声がするのが聞こえた。 克也達は博多で学会に参加するのである。 だから今日でお別れだ。 奴らとは二日の間だったがけっこう楽しく過ごした。 まだ眠っている街の中をすり抜けながら僕は駅へと向かった。 さて予定外ではあるが博多に来てしまったので 太宰府に行くためには熊本方面に戻らなければならない。 といってもせいぜい20分も乗ればよいくらいの距離である。 しかし、どうせ戻るのであるから熊本まで行ってみることにした。 もう一度、北熊のラーメンが食いたい。 この時間から動き出せば熊本まで行って、 取って返して来てもけっこう移動できるにちがいない。 青春18きっぷの期限切れが迫っているが、 一日中、列車に乗っていれば何とかあと二日で東京に戻れるだろう。 太宰府天満宮はJRの二日市という駅から 西日本鉄道という私鉄を乗り継いで太宰府駅で下車すると、 そこから歩いて15分くらいのところにある。 さて太宰府には7:00頃に着いてしまった。 それで着くには着いたが、 まだ朝早いせいで観光客などは誰もいない。 お守りを買えるだろうかと心配していたが、 寺だとか神社の類いは朝早くから活動しているものである。 売り場で難なく買えた。 それでついでにおみくじをひかせてもらうと、 これが大吉であった。 今日は何かいいことでもあるかもしれない。 そう思って二日市駅から列車に乗りこんだのだった。 その列車は熊本に向かっているはずであった。 ところが間抜けなことに二時間ばかり乗ってから 下関方面の列車に乗ってしまったことに気がついた。 どうしても北熊でラーメンは食えないようである。 しかたがない。 あきらめよう。 また来ればいい。 でも食いたかったなあ、あのラーメン。 それで今日はどこまで行けるだろう。 各駅停車の旅なので時々とんでもなく列車同士の連絡が悪い時があって、 そういう隙にみどりの窓口に行って時刻表を見るに、 どうやら大阪までは行けそうである。 よし、西川さんに今日中にお守りを渡せそうだな。 それに青春18きっぷも一枚余りそうなので、 大阪の金券屋で売り払うことにしよう。 それで小原さんの家にでも泊めてもらおう。 もう小原さん本人はいないが、家族の人とはすっかり仲良しなので大丈夫だろう。 いきなり訪ねていっても悪いので いちおう小原家には列車の連絡時間の隙をついて電話をしておいた。 小原マザーはいいよと言ってくれたので今夜の寝床は小原家に決定である。 というわけであんなにいくつもの町を時間をかけて歩いたの はいったい何だったのかと思うくらいあっけなく大阪に着いてしまった。 時刻は19:45である。 とりあえずは金券屋に行こう。 大阪の駅前第四ビルのあたりにはその手の店がたくさん並んでいる。 以前、何度か足を運んだことがあるので行き方のだいたいの目星はついている。 そう思ったのは甘かった。 ビルに行くのに地下などを通ってゆくためにさんざん迷ってしまった。 そしてさらにようやくたどり着いた金券屋はすべて営業時間を終えていたのである。 しかたなく金券屋は明日の朝訪ねることにして、 次は江坂に向かった。大阪駅から地下鉄に乗って10分というところである。 それで駅について予備校を目指して行ったのだが、 こちらももう閉まっていて誰もいない。 まったくあの大吉はいったい何だったのかと思う。 それでも腐っていても始まらない。 お守りも明日だ。 さらに電車に乗って高槻市の小原家へ向かう。 高槻市は大阪駅と京都駅のちょうど真中に位置している。 今日中に大阪での所用を済ませられれば、 そのまま東京に帰るのにちょうどよいはずであった。 しかし、明日また戻って来なければならない。 小原家に着くとマザーしかいなかった。 僕は晩飯を食べていなかったので食わせてもらい、 それから二階に上がると 電気をつけたままうつらうつらしている間に眠ってしまった。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 旅のはじまりから読みたい方はコチラ----------------------------★おすすめ!!セミナー情報★----------------------------・自分の魅力を発見し、表現したいと思っている方。・小手先のテクニックで一時的に人をひきつけるのではなく、自分をきちんと・表現することで、人をひきつけられるようになりたいと思っている方。 ★『自身力』で書く!★ あなたを魅力を100%伝える文章の作り方」 ~素材発掘編~■講師:水野浩志先生■場所:FKCスクエア セミナールーム(地図はこちら) 〒151-0053 東京都渋谷区代々木2ー4ー9新宿三信ビル2F ・JR・小田急線・京王線 新宿駅南口より徒歩3分 ・都営新宿線新宿駅 4番出口より徒歩2分 ・都営大江戸線新宿駅 A1出口より徒歩1分 ■日時:2004年9月18日(土曜日) 16:45開場 17:00開始 21:00終了 ■料金:15,000円(懇親会参加の方はプラス4,000円)お申込はこちら → http://www.m-stn.com/sem/20040918/form.html
2004年09月08日
コメント(0)
【真夏の邂逅】第71日目 9/6 商店の朝は早い。早い時間こそ忙しいのである。 僕も起き出して店のことをいろいろと手伝った。 やって来る人はパンなどを買ってゆくのだが、常連さんばかりである。 それで見慣れない人間がひとり立ち働いているのを見て、少しばかり変な顔をしてゆく。 おばさんはそういう顔を見ては、 これはうちの息子だよと人をケムに巻くようなことを言っては喜んでいた。 やっぱり夫婦二人だけで暮らしているのは少しばかり寂しいのかもしれない。 僕のような者でも生活の中にちょっとした刺激を与えることができたのだろうか。 僕はおばさんの笑い顔を見ながら、訪ねてみてもよかったんだよなと思った。 店も落ち着いてから出発することにして、二階に上がった。 荷物を整理して、もう家に送り返してしまおうと思うのである。 この先は電車で行けば二三日で東京に着く。 野宿することもないだろうし、服などもそれほどたくさんは要らない。 商売柄、田尻商店には段ボールなどはいくらでもある。 僕は手提げ袋をもらい、これに入れる以外の物は段ボールに詰めこんでゆく。 釣竿はもう要らない。 「写るんです」も箱に入れた。 荷物の大部分は衣類である。 これもほとんど入れる。 リュックサックも入れる。 靴はまだこの先必要なのでそのままにしておくことにした。 そういえば靴は何とかこの一足で事足りた。 ボロボロにはなっているが、まだ十分使用に耐えうる。 僕は田尻夫妻に別れを告げ、店の外に出ると、 ここまで大活躍してきたペットボトルを店のゴミ箱に捨てた。 思えば北海道のコンビニで買った麦茶のペットボトルが こうして鹿児島の片隅で捨てられているのである。 これほど移動したペットボトルというのもあまりないだろう。 僕はこいつに、それじゃあな、と声をかけ、 駅に向かって歩き出した。 九州を去るにあたってぜひやっておきたいと思うことがある。 熊本で食ったあのラーメンをもう一度、食いたい。 店の人も僕のことは覚えていてくれていると思うので、 旅が無事に終えられたことを報告しようとも思う。 何しろあのラーメンはうまかった。 熊本にはそうそう何度も来る機会があるとも思えないので、 ここは食っておくべし、である。 さてもうひとつある。 太宰府に立ち寄ってお守りを買ってゆこうと思うのである。 太宰府は学業の神様、菅原道真公が祀られているのだが、 これを大阪の西川さんにお土産に持ってゆこうと思っていた。 何しろ学業成就の総本家みたいなところのお守りである。 予備校の玄関にでも貼っておけば、生徒全員というわけにはいかないだろうが、 まあ、ご利益にあずかれる人間も出てくるにちがいない。 ほかにも博多や長崎にも寄っていきたいところであるが、 帰りのコースからはちと外れている。 いちおうは青春18きっぷの有効期限もあることなので あまりのんびりもしていられない。 今回はパスすることにした。 だらだらと市内見物をしながら行き、11時過ぎには鹿児島駅に着いたのであるが、 みどりの窓口で時刻表を調べると4時頃、熊本に到着できることがわかった。 そこでラーメンを食ってさらに今日中に太宰府に着くのは ちょっとばかり難しいかもしれない。 北熊でラーメンを食べてからのことは時刻表を見ながらその場で決めるしかない。 基本的には行けるところまで行くである。 各駅停車の旅であるが、これとても歩くよりは数十倍は速い。 もし仮に新幹線に乗るとすると時速200kmで移動できるわけで、 僕の時速が4kmとすると約50倍の速さである。 待てよ、50倍ということは50人分ってことか。 つまり僕が50人いれば新幹線に匹敵することになる。 自分が一斉に50人歩いている姿を想像してみて、 ばかばかしいが、ひとり車内で笑いをかみ殺した。 熊本駅に着くと、いよいよ北熊を目指す。 熊本はさんざん歩き回ったおかげですっかり詳しくなっている。 そこで15分ほどで店の前にやって来た。 だが、やな予感がした。扉から店の中を見ることはできないのだが、 それでも扉越しから感ずるに妙に人の気配がしない。 その扉を見てみると紙が貼ってある。 案の定、今日は月に三度しかない定休日であった。 僕は自分の間の悪さを思った。 だいたい僕は良きにつけ悪しきにつけ、 あまり考えられないようなタイミングで物事が起こる傾向がある。 このおかげで今まで随分と助けられもしてきたし、逆の場合もあった。 今回の旅に関してもそうである。 まったく自分でも運がいいのか悪いのか分からない。 それでもこうして何とか今日まで生き長らえてこれたのだから、 よしとしなければならないだろう。 すっかり空腹でまた駅まで戻る。 この北熊でラーメンを食うために今日は朝から何も口にしていない。 だがもう耐えられなくなり、駅前のラーメン屋で食べることにした。 そこそこうまくはあったが、さすがに北熊にはかなわない。 まあ仕方ない、今日はとりあえず下関方面に向かう電車に乗って 行けるところまで行くしかない。 そう思って、熊本駅の改札を通り抜けると ちょうど東郷行きの列車が出るところであった。 こいつは怪しい。 果たしてこれに乗るべきや否や。 方角的には鹿児島とは逆の方向に行くようである。 何となく乗っても大丈夫なような気もする。 しかし一抹の不安もある。 東郷とはいったいどこだろう。 熊本は九州の中心に位置しているせいで四方八方に列車が走っている。 逆戻りすることはあるまいが、しかし思わぬところに連れていかれるかもしれない。 そんなふうに迷っているうちに列車は行ってしまった。 後で調べてわかったことだが、この列車に乗っても大丈夫だったのである。 しかし、その時はそんなこともわからないので、 しかたなく次の列車を待つことにした。 まあ30分ほども待てばよい。次の列車はやって来る。 こうして17:50の下関行きの列車に乗り込んだ。 僕は窓の外をすることもなく見ていた。 外の景色はだんだん暗くなって行く。 そうしていつの間にかうつらうつらと眠り込んでしまったらしい。 ふと気がつくと窓の外は真っ暗である。 そして、列車が止まっている。 どこかの駅に着いたのだろうか。 ずいぶんと長い停車である。 待ち合わせのための停車にしてはこの駅は小さ過ぎるようだし。 そう思っていると車内にアナウンスが流れた。 「ただいま、この先の人身事故のため、列車は止まっております。」 なるほど、それならば当分、電車は動くまい。 それじゃちょっとホームに降りてみるか。 ゴミも捨てたいしな。 そう思ってホームに出てみると、 ひとり呑気そうに煙草をふかしている人間がいる。 斎藤克也だ。 「おい、こんな所で何やってんだ。」 「あっ、猪早さん。猪早さんこそ。」 そうか、東郷行きの列車に乗らなかったことにはこういう意味があったのか。 神様も粋なことをする。 話を聞くと僕と克也は熊本からは同じ列車にずっと乗っていたらしい。 「いや、しかしこんなところで会うとはねえ。」 僕は克也の顔をまじまじと見ながら言った。 「猪早さん、旅は無事に終えられたんですか。」 「ああ、なんとかね。でも最後に台風が来ちゃって大変だったよ。 そういえばあの時はどこにいたんだよ。」 「下関で足止めを食っちゃって。あっ、そうだ他の二人も紹介しますよ。」 克也について列車の中に入ってゆくと二人の若者が座席に座っている。 彼ら三人は明日は長崎に行くという。 僕はせっかくここで会ったのだから、彼らとこの先も同行することにした。 三人とも大学院生であまり金を持っていない。 それで青春18きっぷを使いながら夜は無人駅で寝てということを繰り返して、 ここまでやってきたらしい。 そういう旅であるなら大変けっこうである。 ただ寝袋を送り返してしまったことが悔やまれるが。 僕は彼らの旅にゲストとして参加したという形なので、 どこへ行くか、どこで寝るか、何を食うかということはすべて委ねることにした。 結局、この夜は肥前山口という駅で寝ることになった。 この駅には寝るのにおあつらえむきの畳じきのスペースがある。 ここで四人で雑魚寝して朝を迎えた。 夜中に猫がやって来たらしく 翌朝、目をさますとそいつがちょこんと座っていた。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 旅のはじまりから読みたい方はコチラ----------------------------★おすすめ!!セミナー情報★----------------------------・自分の魅力を発見し、表現したいと思っている方。・小手先のテクニックで一時的に人をひきつけるのではなく、自分をきちんと・表現することで、人をひきつけられるようになりたいと思っている方。 ★『自身力』で書く!★ あなたを魅力を100%伝える文章の作り方」 ~素材発掘編~■講師:水野浩志先生■場所:FKCスクエア セミナールーム(地図はこちら) 〒151-0053 東京都渋谷区代々木2ー4ー9新宿三信ビル2F ・JR・小田急線・京王線 新宿駅南口より徒歩3分 ・都営新宿線新宿駅 4番出口より徒歩2分 ・都営大江戸線新宿駅 A1出口より徒歩1分 ■日時:2004年9月18日(土曜日) 16:45開場 17:00開始 21:00終了 ■料金:15,000円(懇親会参加の方はプラス4,000円)お申込はこちら → http://www.m-stn.com/sem/20040918/form.html
2004年09月07日
コメント(0)
【真夏の邂逅】第70日目 9/5 朝早くパークロードの人々に別れを告げ、東京への帰途についた。 今日の予定では鹿児島半島に渡って指宿に着き、それから池田湖まで行って イッシー君とご対面だ。 できれば鹿児島市内までたどり着いて、状況によっては田所家に行くことにしよう。 途中、ヒッチハイクなどを織りまぜて行けばこれくらいは移動できるにちがいない。 止まってほしくもないのにあれだけ止まってくれたのだ。 ちょっとその気になれば、車はいくらでも捕まりそうである。 さて、向かいの鹿児島半島に渡るために根占町というところで フェリーに乗らねばならないのだが、ここまでがけっこう遠い。 行きに来た道をひたすら引き返しているのだが、それがまたもどかしく感じる。 ヒッチハイクなども試みるが、ほとんど車が通らないような有り様である。 何とか根占町にたどり着いたが緊張の糸が切れるとこんなものかと思う。 これぐらいの距離は昨日までなら何とも思わずに歩いていたのだが。 フェリーに1時間も乗ると山川港という港に着く。 そこからはバスで指宿に向かった。 そこで有名な砂風呂なるものに入る。 これは浴衣に着替えて指定された砂浜に行き、 横たわるとおばちゃん達が砂をかけてくれるのである。 この砂の重量がけっこう重い。 それにやたら体が熱い。 あまり長い間、がんばっていると体に悪そうである。 むろんその後、ちゃんとした風呂に入って砂は洗い落とすのである。 指宿から池田湖までは約20kmといったところだろうか。 この湖までの道の途中、何度もヒッチハイクをしたのだが、 まるで車は止まってくれない。 ヒッチハイクとはこんな大変なものだったのかということをこの時、初めて知った。 最初から歩くつもりであればそうでもないのだろうが、 車に乗ることをあてにしながら歩いているのだから、これは辛い。 こうやって行くうちに結局は池田湖まで歩いてしまった。 さてこの池田湖はイッシーで有名なのだが、もうひとつ名物がある。 大ウナギという奴である。 こいつも見てみるかと思っていると、 ふと見た看板に「大ウナギいます」と書いてある。 オンボロの土産物屋である。 こんなしみったれた所に本当に大ウナギなんているんだろうか。 もう営業もしているのかどうかすら怪しい雰囲気のバラック小屋である。 しかし、ここから湖沿いに歩いて行くとその手の看板が林立していた。 僕はこの大ウナギというのは固有名詞なのかと思っていたのだ。 一匹だけ伝説的にバカでかいウナギがいて、 どこかの水族館のようなところにそいつがいるのだと思っていた。 だがそうではないらしい。 この池田湖に棲息する種類のウナギで、 単に大きいウナギということなのだ。 観光地の戦略としてはこうである。 まずは大ウナギを見物するためだといって建物に観光客を入れる。 しかし、その大ウナギの水槽は一番、奥に置いてある。 そしてそこにたどり着くまでの間は土産物がこれでもかというぐらい置いてある。 地元民にとってのメインはウナギなどではなく、この土産である。 そういう次第であるので、 このあたりの土産物屋は規模の大小に関係なく皆、 大うなぎを水槽に入れて飼っている。 なるほどそういうことかということが実際に土産物屋に入ってみてわかった。 この建物は巧妙なことにあたかも水族館のごときたたずまいになっている。 しかし、上記のような事情であるので入場料などは取らない。 僕は団体の観光客の間に紛れこみ店の中を通って 一番奥の大ウナギの鎮座する場所へと行ってみた。 実際の大ウナギ様はどうもナマズのようであった。 大きさは1mくらいだろう。 胴回りは直径約15cm。 なるほどウナギと思えば確かにデカイ。 しかし、どうしてもその大きさからナマズを連想してしまって、 素直にそうも思えないところである。 まあ食ってみるとすればずいぶん食いでがあることだろう。 しかし、味のほうはあまり良さそうにも思えない。 土産などには目もくれずにまた店の中を通って外に出ようとしたのだが 観光客がたくさんいてなかなか前に進まない。 僕の荷物が大きいのでこれもしょうがないところである。 そんなことで前に進むのに難渋していると その観光客のひとりが売り子のおばちゃんに声をかけるのが聞こえた。 「おばちゃん、イッシー見たことあるの。」 「はい、ありますよー。」 おばちゃんは忙しそうに立ち振舞いながら穏やかな笑顔を見せて言った。 おいおい、イッシーってそんな軽い存在なんかい、僕はそれを聞いていて思った。 おばちゃんの答え方はまるで、たばこが置いてあるかと訊かれたときのように こともなげだったからである。 さて肝心のイッシーだが、湖をつらつらと見てみるにつけ、 こいつはいねえな、というかんじであった。 九州最大ということらしいが、まあそれほど大きくもない湖である。 さして神秘的でもないし、どうも大型水棲生物が棲息しているという話は眉唾である。 ただし釣り人は面白いくらいに魚をボンボン釣り上げている。 この辺りはさすがに原始性を垣間見せていると言えなくもない。 池田湖の周りをそうして見て歩いているうちに夕方になってしまった。 今日中に鹿児島市内に行きたいのだが、 ちょっと難しいかもしれないと思いはじめていた。 車はちっとも止まってくれないし、 歩いていけばあとたっぷり二日間はかかる行程である。 もっとも鹿児島市内に向かう国道226号はこの夏の集中豪雨や台風やらで 道路が決壊していて歩いてはゆけない。 一般道で市内まで行けるルートはそれしかなく、 あとは指宿スカイラインという自動車専用の有料道路があるだけだ。 列車は指宿枕崎線というのが走っているがこれも不通の状態である。 とすればよくよく考えてみれば、 この有料道路の入り口で車を捕まえなければ、 この先には進めないということではないか。 僕は初めて事の重大さに気がついた。 道路の崩壊という物理的な障害によって前に進めないというのは どうにも閉塞感を煽りたてる。 そこで今度は必死である。 それが通じたというわけではないだろうが、 二三台の車が通りすぎた後、やっと止まってくれる車があった。 これでやっと一安心である。 乗せてくれたのは結婚式に出席した帰りだというおじさんであった。 この人のおかげで鹿児島市内にはあっという間に到着してしまった。 車ってすごいな、 僕は一瞬にしてあのどんよりとして寂しげなたたずまいの池田湖から この駅前のにぎやかな場所への移動を可能にしてしてしまった文明の利器の底力に 心から感心した。 今日中には着けないと覚悟していたのに、 まだまだ日の高い明るいうちに来れてしまうのだ。 考えてみれば車とはタイムマシーンのようなものである。 歩けば二日はかかる距離をほんの数時間で済ましてしまうのだ。 その分、時間を飛び越えてしまうのだ。 いや待てよ。ちょっとちがうな。 二日間の時間を短縮するといっても 二日後にここに着いたときには自分はここにはいないわけで。 何だか考えていると頭がおかしくなりそうである。 まあ、それ以上は考えるのを止めた。 さて駅前のボックスから旅を無事に終えられたことを言うために家に電話をした。 懸案の引っ越しは9/17に決まったそうで、それまでには何とか帰宅できるだろう。 ここで今日の今後の予定を決定しなければならない。 とりあえず鹿児島市へとやって来たものの 田所氏の実家に立ち寄るかどうかの判断は先延ばしにしてきたのだ。 今、そのたたずまいをみたところ何ともないように見えるが、 この町はこの夏の記録的な大雨の影響をもろに受けるはめになった。 とくに「平成五年八月豪雨」と名づけられた八月六日の集中豪雨は 甲突川に架かる新上橋と武之橋を流し去り、市内を水浸しにしてしまった。 そんな状況のところに僕のような得体の知れないものが いきなり訪ねていってもいいものなんだろうか。 僕はさんざん迷ったが、結局、行くことにした。 田尻氏の実家はちいさな商店を営んでいる。 途中、道に迷い、そこにたどり着くともう19:00になっていたが、 この店の人々はいきなりの訪問者も快く迎え入れてくれた。 田尻氏はちゃんと話をしておいてくれたようである。 この店は夫婦で経営していて煙草やあんパンなどの日常生活品を売っている。 おばさんのほうは見たところ目が細長く切れていて恐ろしげな感じの人であったが 実際に話をしてみると、とてもよい人であることがわかった。 一方、おじさんのほうはもう見た目も、それから実際もすこぶるよい人であった。 店を経営してゆくというのは大変なことである。 ふたりの働く様を見ていてそれがよくわかった。 商品が足りなくなれば、店の奥から運んできて並べなくてはならない。 それ以外にもこまごまとした雑用がごまんとある。 僕も遊んでいても悪いので、 おじさんが自動販売機に煙草を補充するのを手伝うことにした。 僕は煙草は吸わない。 で、煙草というのは実に色々と種類があるもので、 同じ商品名と思っていても後ろに「スーパーライト」「スリムライト」などとつくだけで もうちがう種類なのである。 実に紛らわしい。 それでその微妙な違いまではすぐにはわからない。 間違ったところに入れてしまっては大変なので、 いちいちこのおじさんに訊くのだが、 この人は、すいません、すいませんと恐縮しながら入れる場所を教えてくれる。 今朝起きたときにはこんなふうに煙草をつめている自分の姿なんて想像もしなかったな。 僕は我が身のことながらおかしくなってしまった。 見知らぬ土地の見知らぬ人と、よくわからないことをしているよな。 しかし、そんな風にやってゆくので、 作業そのものはあまり効率的ではなく、 僕が手伝ったことはあまり役に立たなかったようである。 それから夕食のときには母屋のほうにあげてもらったのだが、 よく見ると壁にスーっと定規で引いたような線が入っている。 なんだろうと思っていると、これは浸水した跡なのだという。 店をやっているので、商品も台無しになってしまったとおばさんは言った。 彼女はそういう話をむしろ淡々とするので僕は思わず黙り込んでしまった。 この人たちからは僕のような苦労知らずの小僧はいったいどんな風に見えるんだろう。 近所の銭湯に行き、それから天文館という繁華街をひとり見て歩いた後、 帰ってみると、ふたりはもう眠ってしまったらしく、 二階にふとんが敷いてあるというメモが残っていた。 まだ九時過ぎだったが、 僕は二階に上がって、田所氏が使っていたという部屋で体を横たえた。 今日は何だか疲れた。それで、すぐに眠りに落ちた。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 旅のはじまりから読みたい方はコチラ----------------★オススメ本です★---------------- 『ツキの天使がやってくる秘密のレッスン』 (恒吉彩矢子著・徳間書店) ツキが人生のすべてのカギを握っていると言っても過言 ではないと思いませんか?ツキに見放された人、もっと ツキを引き寄せたい人。必読ですよ。
2004年09月06日
コメント(0)
【真夏の邂逅】第69日目(後編) 9/4 やがて車はふもとへとたどり着いた。 このあたりはまったく地の果てという感じのうら淋しい漁村である。 僕はその砂浜でとりあえずは食事をしながら、 今後のことについて考えを巡らした。 むろん岬に行くことをあきらめるつもりはさらさらない。 問題はいつどうやってアプローチするかである。 明日の早朝に岬を目指すという手もある。 しかし、これには問題があった。 朝早くといっても田舎の町のことである。 きっと皆起き出してくるのも早いにちがいない。 僕がえっちらおっちらと道を登ってゆく間に また見回りでやって来る可能性もある。 何しろ一度失敗しているのだ。 また捕まればやっかいである。 そこで夜が来るのを待って、闇に紛れて岬を目指すことにした。 あの山中に入ってしまえば誰かに見つかることもあるまい。 明かりなどはあまりないところである。 夜の6時になるとかなり暗くなった。 そこで僕は夜陰に乗じて、ふたたびパークロードへと侵入した。 道は真暗である。 星が出ているのだが、 これがまるでバチバチと音をたてるようにして瞬いている。 その闇の中をひとり行く。 ざっく、ざっくと自分の足音が聞こえてくる。 そうして進むうちに、やがてトンネルが見えてきた。 中に入ると向こうの出口がかすかに明るくなっている。 しかしこれだけ暗いと歩いていても、 あちら側の出口には永遠につけないのではないかというような錯覚にとらわれてくる。 少し息苦しいような感覚に襲われながら進んで行く。 恐ろしく長く感じられたそのトンネルを抜けて、 しばらく歩くと何軒か家の立ち並ぶ集落にたどり着いた。 こんな所にも人が住んでるんだな、と思っていると、 いきなりどこからともなく犬が走り出てきた。 さて、この犬ころ狂ったように吠えまくっている。 まったく手に負えない。 噛みつかれでもしたら大変である。 かといって走って逃げれば反射的に追いかけてくるだろうし、 第一、荷物が重くてそういうわけにもいかない。 爆竹でも用意しておくんだったな。 そうすりゃ、今すぐこいつの鼻っぱしらに投げつけてやるのに。 奴の吠える様を見ながら思った。 だが幸いなことに犬はある程度の距離を保ったまま それ以上は近づいて来なかった。 やがて僕はその犬のテリトリーを通過したのだろう。 奴も吠えるのを止め、追いかけて来ることもなかった。 それからしばらく行くと今度はバリケードのようなもので道が塞がれている。 こいつは夜の間は閉まっているんだろう。 そのバリケードを越えると、 そこからは道はふたたび山中へと分け入ってゆく。 その道を息を切らしながら歩いてゆく。 坂道がキツイのと、 もうすぐ目的地に着くんだという興奮のせいである。 すると道の傍らの藪がガサガサと揺れた。 -何だろう- 僕は警戒して足を止めた。 何か動物だろうか。 もしそうならあの物音からすれば大型動物である。 確か九州には熊はいないはずである。 とすれば猿だろうか。 僕は昼間の看板を思い出した。 この暗闇で奴にかかってこられてはたまらない。 そう思っているとその物音のしたあたりから 今度は「グウ」と何か鳴き声のような音がした。 -グウって、何だ- 僕はますます混乱してふと 今、歩いて来た道を振り返り、見た。 すると、何か白い物体がふたつこちらに近づいてくる。 -今度は何だ。幽霊でもやって来たか- そう思ってよくよくその方向を見てみた。 するとどうやら生きている人間であった。 しかし、ほっとしてもいられない。 またもや地元の人間に見つかってしまった。これはまずい。 どうするか、と思って立ちすくんでいると、 近づいてきたその影はどうやら若者のようである。 「こんばんは。」 彼らのうちのひとりが話しかけてきた。 「どうも。」 僕も挨拶をする。 どうも地元の人間ではないらしい。 彼らはバイク乗りであった。 彼らは静岡からバイクでこの佐多岬を目指してやって来たという。 だが、パークロードは通行止めである。 そこでせめて歩いてでもいいから岬に行こうと思ったらしい。 それで夜になるのを待ってここまで来たというわけである。 年令は僕よりもふたつほど下ということである。 ということは目的は同じである。 そこで岬まで同行することにした。 彼らは明かりを持っている。 この先トンネルがあっても大丈夫である。 僕は三人になったことでもあるし、 さっきの奇怪な物音のことなど忘れて歩き出した。 さてようやくパークロードの終点とおぼしき場所にたどり着いた。 といってもまだその先があるようである。 ここらはちょっとした駐車スペースになっている。 それからトンネルをくぐって岬の最南端の碑はこのさらに奥である。 ふたりはそのトンネルの様子を見てビビっている。 確かに中は真暗であった。 ちょっとばかり気味が悪いが、 しかし、僕にすれば今までの道のりを思えばこんなものは何でもない。 行くか、と言って足を踏み入れた。 そのうしろを明かりをもって彼らもついてくる。 「僕らふたりだけだったら、ここで引き返してますよ。」 ライダーの一人が言った。 しかし僕としても彼らと出会って助かった。 何しろこのトンネルの中は台風の影響なのだろう、 ガラスやら何やら色々なものが散乱していて、 ライトも何もなければ危なくって歩けたものではない。 さてトンネルを抜けると犬が一匹近寄ってきた。 何か人懐っこい感じの犬である。 こいつも仲間に加えて岬の最南端を目指す。 空を見上げるとギラギラと瞬く星と、それから月がぽっかりと浮かんでいた。 僕が二カ月もの間、求めつづけたその碑は唐突に現れた。 観光地であるからレストランや土産物屋などがあるのだが、 そうした建物の裏側にぽつんと建っている。 -これが、そうか…。- あまりに呆気ない旅の幕切れに思わず気が抜けてしまった。 見ればその碑の向こう側は崖になっていて、 海岸線までにはまだだいぶある。 せっかく宗谷岬で海水に手を触れてきたのである。 その同じ手で、この最南端の地の海水にも触れるつもりだったのだが、 どうやらそれは叶わないらしい。 それでも何とか歩く旅はまっとうしたのである。 バイク乗りの彼らとお互いに記念の写真を取りながら満足感でいっぱいだった。 僕は例の犬と一緒に旅の勇姿をフィルムに焼きつけてもらった。 僕の『写るんです』にはフラッシュがついていないので 彼らのカメラで写真を取ってもらって、 できあがれば僕のところへ送ってもらうことにした。 彼らと出会っていてよかったな、僕は思った。 さて記念撮影も終えたことだし引き上げることにするか、 と意気揚々と帰途へとつく。 そこで先ほどのトンネルをくぐって駐車スペースまでやって来た。 するとそこに誰か立っている。 今度は正真正銘、地元の人々であった。 「なんで悪いことをするんだ。」 怒声を発したのはあの昼間のドライバーであった。 「すいません。」 確かにやるなと言われたことをやったのだから 悪いことにまず間違いない。 僕はすぐに謝った。 ライダーのふたりもうなだれている。 「何か盗ってたらすぐにわかるからな。」 そう言って懐中電灯を手にトンネルに姿を消したのは 昼間、助手席に乗っていた青年である。 そういえばトンネルの中には屋台やら何やらがゴタゴタと入っていた。 それらの品物が盗まれていないかを見に行ったようである。 しかし、そういうことは一切していないので、これは平気である。 「大丈夫みたいだ。」 青年はしばらくしてから戻ってくると言った。 「じゃ、ふもとまで乗っけてくから、乗りなさい。」 ドライバーのおじさんは昼間と同じことを言った。 見てみると車も例のライトバンである。 しかし昼とちがうのはもう岬へはたどり着いてしまったことである。 僕はむしろ颯爽と車に乗り込んだ。 例の狂犬のような犬に吠えつかれないで済むと思えば 感謝したいぐらいのものである。 ライダー達はバリケードのところまではバイクで来ていたらしく、 そこで車を降りた。 僕はむろんそんなところで降ろされてはたまらないのでその先も車にゆられて行く。 さて今夜は浜のあたりで寝るかな、と思って 窓の外をボンヤリ眺めていると、青年が話しかけてきた。 「あんちゃん、歩いてきたのかい。どっから歩いてんだ。」 「北海道からですよ。」 「へえーっ、そりゃ大したもんだな。まあそれなら岬まで行きたい気持ちもわかるな。」 彼は意外と人懐っこい。 「まあ、あんたは悪い人じゃねえみてえだからな。」 今度は運転席のおじさんが言った。 この人たちの口調は先ほどまでの警察官のような調子ではなくなっていた。 「ブンゲ下げたのはあんただけだったもんな。」 青年はそう言った。 どうやらブンゲとは頭のことらしい。 さきほどから会話のはしばしで鹿児島弁がとびかっていて時々意味不明になるのだが、 それでも彼らは僕に話しかけるときには本気ではしゃべってないのだ。 ネイティブスピーカー同士の彼らの会話は聞いていてもさっぱりわからない。 まあそれでもだんだん彼らともうちとけてきた。 「あんた、でも岬の先まで行けなくて残念だったな。」 おじさんが言った。 どうもこの人たちはかんちがいしているらしい。 「いえ、岬の碑のところまで行きましたよ。犬が一匹いて、僕らを導いてくれましたよ。」 「ははっ、そりゃ、チコのことだ。」 青年が笑いながら言った。 なるほどあの犬はチコというのか。 話を聞いてみると、どうもあの岬の一帯に住みついているらしく、 地元の人々に可愛がられているのだという。 「チコの奴、台風の時はどうしてたんだろう。あいつスゲエな。」 青年がうれしそうに言った。 そういえば妙に落ち着いた奴で僕が食パンをやっても食べなかった。 「なんだ、あそこまで行ったのか。 そりゃご苦労様。それにしてもよくこんな暗い道をひとりで歩くよな。」 青年は少し呆れたように言った。 「まあ、必死でしたからね。 でも途中でよくわからない物音を聞いたんですよ。 グウって鳴いてたんですけどね。あれは何ですか。 猿か何かですかね。」 「そりゃ、たぶんイノシシだろう。」 おじさんが言った。 そして、この辺りにはいるんだよ、とつけ加えた。 そうか、イノシシか、そいつは予想だにしなかったなと思っていると、 このおじさんが言った。 「あんた、今夜うちに泊まってゆくか。どうせ泊まるところなんかないんだろう。」 「はい。お願いします。」 旅の最後もやっぱりこういう展開であった。 このおじさんの家に着いたが、 ここもやはり停電している。 まだ復旧作業が進んでいないのだろう。 それでも風呂に入れてもらって、 ロウソクの薄暗い明かりの中でおにぎりを食べさせてもらった。 そして焼酎を飲みながら、この辺境の人たちとしばしの宴をともにした。 僕は旅を終えた安心感もあってすぐに酔っ払ってしまった。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 旅のはじまりから読みたい方はコチラ
2004年09月05日
コメント(0)
【真夏の邂逅】第69日目(前編) 9/4 いよいよ旅の最終日、気合いを入れて歩く。 台風一過のおかげで気分よく晴れ上がる。 さて徳永家の人々と朝食をともにし、出かけることにした。 坂道を下って行くと昨日歩いていた国道に出る。 空は猛烈に晴れている。 しばらく道を行く。 すると一昨日、徳永さんと出会った電話ボックスがあった。 これが信じられないくらいメチャメチャに壊されている。 強風のためだろう。 ガラスは割れ、フレームがグニャリとへし曲げられている。 やっぱり凄い台風だったんだな。 僕はその無惨な姿を見て思った。 さらに道を行く。 すると台風の爪痕があちらこちらに残されている。 電信柱は傾いて立っているし、 電線が切れてしまってぶら下がっている。 信号の灯かりは全部消えている。 停電しているのだ。 それでも道ゆく人々の表情は 台風が過ぎ去ったせいか明るいように思えた。 今日は佐多岬に着く。 それで、いよいよ北海道で出会った列島縦断男の言葉を吟味してみることにした。 たしか彼は夜中に岬に着くようにするんだと言っていた。 しかし、できれば夕方ごろに到着して夕日でも眺めながら 旅の終わりを噛みしめたいものである。 詳しいことはやはりわからないので急ぐことにしよう。 そう思っていると、バイク乗りが向こうからやって来た。 彼は右手の親指を立ててこちらに合図を送ってくる。 そこで僕もあわてて同じように親指を立ててそれに応えた。 旅人どうしの挨拶といったところである。 ところがちょうど僕がその動作をした時に傍らを車が一台通りかかった。 そしてその車は少し先のところで止まった。 「乗って行きますか。」 車の中から声をかけてくる。 見ると、うら若き女性ばかりが三人乗っている。 「いや、歩いてゆきますから。」 僕がそう答えると、 声の主は怪訝そうな顔をして去って行った。 走り去る車を見て僕ははっと気がついた。 そうか彼女は僕がバイク乗りへの送った合図を ヒッチハイクの合図と勘違いしたんだ。 いや、悪いことをした。 偶然とはいえ、せっかく止まってくれたものを…。 まあ、しかしここまで来て車に乗るわけにも行かないしな。 そう考えていると今度はさっきのバイク乗りが戻ってきた。 「佐多岬まで行くの。」 彼はヘルメットのフェースを上げながら言った。 「ええ。そうですけど。」 「パークロードには入れないよ。 昨日の台風のせいで通行止めになってるから。」 彼は親切にもそれを言うためにもどってきてくれたのであった。 なるほど岬に着くためには『佐多岬パークロード』という有料道路を通らなければならない。 その道が通行止めだという。 「どうも、わざわざありがとうごさいます。 でもとりあえず行けるところまでは行ってみますよ。」 僕は彼にそう言った。 実際、その話を聞いたからといって、 はいそうですかと、ここで引き返す気にもなれない。 行けるところまでは行ってみよう。 佐多町というところを過ぎると だいぶ山がちな地形になってきた。 看板が立っていて野性の猿には十分気をつけるように ということが書いてある。 熊に比べればだいぶましではあるが、 そうかといって猿もまた侮りがたい相手であることは確かである。 僕は道端で万が一の時のために棒きれを拾っておいた。 飛ぶがごとく歩きつづけ、 パークロードの入り口に着いたのが16:00である。 地図を見たところ、ここからはあと8kmといったところだろうか。 何とか岬から夕日を眺められるような時間に着けそうである。 そのパークロードは、と見ると入り口の料金所には誰もいない。 どうやら夕刻なので帰ってしまったらしい。 これは好都合である。 僕は料金所を通り、堂々とパークロードへと入っていった。 道はくねくねと登ってゆく。 陸の孤島というだけあって、 さすがに強烈な山の中を通っている。 夕日の中をそうして登って行く。 早く着かなければと思いながら歩いてゆく。 日が暮れて真暗な中での到着というのは できれば勘弁してほしいところである。 何しろこの旅の締め括りなのである。 感動的なフィナーレにしたいところだ。 思えばこの旅は急いでばかりいる。 道端には猿などがいたが、対して気にせずに先を急ぐ。 さっき拾った棒きれももう捨ててしまった。 あと少しで、旅が終わる。 残りはあとどれくらいだろうか、 と思っていたそのときである。 向こうからライトバンが坂を下りてやって来る。 そして僕の目の前で止まった。 「ここは歩いちゃ駄目だよ。」 ドライバーが恐い声で言った。 僕が黙っていると、そのおじさんは言った。 「ふもとまで乗っけてゆくから乗りなさい。」 僕はそこで観念した。 捕まってしまったものはしょうがない。 僕はここまで来て、パークロードの入り口まで連行されるはめになってしまった。 車にはそのドライバーのおじさんとおばさんが二人、 それに助手席には20歳くらいの青年が乗っている。 このひとたちは地元の住民で、 このパークロードの管理、運営を委託されているらしい。 ドライバーのおじさんはゆっくりと山路を下りながら言った。 「この道は自転車や歩行者は歩いちゃいけないことになってるんだよ。 それに台風のせいで通行止めになってるから。どっちにしろ通れないよ。」 僕は終始黙っていた。 さてこの思いがけない事態をどうしたものかと、 そればかり考えていたのである。 (後編に続く) ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 旅のはじまりから読みたい方はコチラ----------------★オススメ本です★---------------- 『ツキの天使がやってくる秘密のレッスン』 (恒吉彩矢子著・徳間書店) ツキが人生のすべてのカギを握っていると言っても過言 ではないと思いませんか?ツキに見放された人、もっと ツキを引き寄せたい人。必読ですよ。
2004年09月04日
コメント(0)
【真夏の邂逅】第68日目 9/3 台風は夜が明けてもまだ去らない。今日はどうやら一日、徳永さんのお宅で 台風の通過待ちをするしかないようであった。そこでしかたなく広島で中吉 さんにもらった『土と兵隊』を読む。-------------------------------------------------------- 雨戸は締め切っているし、停電しているのでローソクの明かりだけが頼りである。 一日中ごろごろしているというのも退屈ではあったが、 まあ今日のところは鋭気を養って明日の佐多岬到着に備えよう。 そう思えば行尸走肉のごとき生活にも意味があるというものだ。 しかし、やがて読書にも飽きると、 今までのことやら、これからのことやらを色々と考えはじめた。 最終的には旅は何日で終えられるのだろう。 6/30に出発したのだから、七月と八月それぞれ31日に1日を足して、 さらに九月が明日で4日目である。 つまりこれらを全部足しあわせると67日ということになる。 足掛けということでいえば四カ月だが、実質的には二カ月というところだろうか。 次に距離を計算してみた。 地図に出ている距離をいちいち足してゆくので 正確なところはわからないが、 総歩行距離はおそらく2500kmくらいであると思われる。 一日の歩行距離に直すと40km弱。 だいたいそんなところだろう。 旅の最初の頃は体もなれていないせいもあり一日に35~38kmくらいしか歩けなかった。 さらに北海道という特殊な条件でもあった。 日が暮れたらもう歩けないのでこれ以上歩くのは難しかったと思われる。 しかし旅の後半になると体も慣れたし、 都市と都市の距離も近いところが多くなって 夜でも歩ける条件が整っていた。 そういうこともあって、毎日50kmくらいは行くつもりで歩いていた。 ちなみに今まで最高に歩いた日は広島を目指した8/20で、 恐らく65kmから、もしかすると70kmぐらい歩いているかもしれない。 さて距離の次はお金の計算である。 こちらは本来、出てゆくばかりのはずなのだが、 何故だかけっこうな収入があった。 まず親切な人々によるカンパである。 それから少額ではあるが道端で拾うこともある。 そんなこんなで旅をしている間の収入が合計で40,000円ちょっとあった。 使ったお金が81,529円である。 これを日にちで割ると一日1,216円の出費である。 こいつは安い。もらった分を差し引いて計算してみると、 さらに安くなり、一日620円なりである。 まあ、これは純粋に歩いている時に使ったお金だけの話であるので、 稚内までの旅費と、今後のかかると予想される分を足してみると、 多めに見積もって合計で約130,000円。 日割りでは約1,770円になる。 これでもやっぱり安い。 僕は今さらながら野宿の力を思い知った。 帰りは青春18きっぷで帰ろうと思っている。 もうすでに購入済みなのであるが、このトクトクきっぷを使うと 期間中はJRの各駅停車が一日中、乗り放題である。 だからうまく乗り継いで帰れば三日分の汽車賃、 つまり約6000円で帰れるのである。 しかし問題はこのトクトクきっぷは五日分綴り11500円で売っているので 二日分ほど切符が余ってしまうことであった。 そこでその余った二日分を売りさばこうと広島や熊本で金券屋を探したのであるが どうにもうまいことゆかない。 しかし、考えてみれば帰りの途中には大阪や名古屋といった大都市を通るのである。 どうにかなるにちがいない。 思えばもうひとつ問題がある。 このトクトクきっぷには期間があるといったが、 もうそろそろリミットが近づきつつある。 たしか9/10までは有効であったような気がする。 しかし、今日はまだ9/3であるのでギリギリで間に合いそうである。 まあ、それほど心配するほどのことはあるまい。 佐多岬に着いてから実際どうやって帰るのかも考えなければならない。 岬のあたりには、さすが陸の孤島と呼ばれるだけあって交通機関がない。 だから目的地に到着したといっても やっぱり交通機関のあるところまでは歩いて戻らなければならない。 もっとも歩く旅はその時点では終了しているのでヒッチハイクはありである。 さて最終的にはJRに乗るのだが、 一番近い駅というと鹿児島駅ということになる。 そこまで行くのに来た道をひきかえしてもいいのだが、 どうせならちがう道を行きたいところである。 そこで僕は向かいの薩摩半島に渡り北上して鹿児島に行くことにした。 この台風さえ来なければ斎藤克也と鹿屋で落ち合うはずであったが、 先方のお宅に電話したところ、もう出発してしまった後であった。 JRは台風の影響でダイヤに大幅な乱れが出ているので どうやら9/4に鹿屋で会うというのは無理そうである。 まあ、奴には東京に帰ってからでも会える。 さて薩摩半島のほうには開聞岳や砂風呂で有名な指宿がある。 それになんといっても池田湖が見てみたい。 いや正確に言えば池田湖に棲息するというイッシーを見てやるのだ。 せっかく近くまで来ているのだから、 ぜひその水棲生物の姿を拝んでみたいものである。 鹿児島の市内に着いてからの予定であるが、 ここでも寄らせてもらおうと思っているところがある。 新潟で出会った田所氏の実家である。 たぶん彼が電話をしていてくれているはずである。 しかし鹿児島市は8/6の集中豪雨でかなりの被害を受けていて、 僕のような者がお邪魔してもよいような状況なのかとも思う。 まあ、その場になってから決めることにしよう。 その鹿児島から鈍行列車を乗りついでゆけば、 その日のうちに岡山あたりまでは行けそうである。 しかし、途中下車してラーメンを食っていこうと思っている。 例の北熊である。あのラーメンはうまかった。 それに店の人にも無事に旅が終わったこと(まだ終わっていないが)を報告しようと思う。 さて幸いなことに、この台風はこちら側の大隅半島ではなく、 薩摩半島に上陸したということだった。 おかげで僕は土砂に飲み込まれることもなく、 川に流されることもなかった。 夕方には風も止み、少しばかり陽が差しはじめていた。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 旅のはじまりから読みたい方はコチラ----------------★オススメ本です★---------------- 『ツキの天使がやってくる秘密のレッスン』 (恒吉彩矢子著・徳間書店) ツキが人生のすべてのカギを握っていると言っても過言 ではないと思いませんか?ツキに見放された人、もっと ツキを引き寄せたい人。必読ですよ。
2004年09月03日
コメント(0)
【真夏の邂逅】第67日目 9/2 夜中に人が来る。垂水市内で「写るんです」を買う。コンビニでラーメン、 菓子を買いレジでお金を払っていると猛然と雨が降り始める。JR九州のバス の待合室に駆け込む。ここでラーメンを食べ、雨勢が弱まるのを待って出発。 小雨の中を進む。105円拾う。何度か集中豪雨に会う。大根占まで必死に歩 く。寺にでも泊めてもらおうとしていたら突然車が止まる。そのお宅に行く。------------------------------------------------------------------- 朝起きるとくもり模様であった。 そして8:00ごろになると小雨がぱらつきはじめた。 それからすぐに垂水市の繁華街を通りかかったが、 ここでカメラを買うことにした。 吹春の小僧どもに写真を取られたせいもあり、 ついに「写るんです」のフィルムがなくなってしまった。 旅の終わりの瞬間の写真はぜひ残しておきたいところであるので、 もう旅の行程も残り少なくなったがカメラを買うことにしたのである。 店に入り、一番安いやつをレジにもっていった。 そして店のおやじさんと話をしたのであるが、 このおやじさん最後にとんでもないことを言った。 「台風が来てるよ」 僕はハンマーで頭をなぐりつけられたようなショックを受けた。 そりゃないぜ。 ここまで来て…。 たしかに錦江湾に出てからというもの空気が妙に生ぬるい。 しかしこの日の昼からはそんな悠長なものではなく、 激しい雨に何度も見舞われるようになった。 海辺で昼食を取っていたときである。 パンをぱくついていたが、 もう一枚、食うべきか、食わざるべきか迷っていたのである。 しかし、結局もう一枚食うことにして、ジャムを塗っていた、 まさにその時である。 右手のほうで何か叩きつけるよう激しい音が聞こえた。 見ると50mほどむこうで雨が滝のように降っている。 -こりゃ、いかん。- 僕はあわてて広げた荷物をたたんで 撤収の準備にかかったが、もう遅い。 3秒後にはもう僕の頭上にも雨が降りそそいでいた。 こんな調子で夕立のような激しい雨が突然、何度もやって来る。 やがて鹿屋市内に入ると、 役所の広報車が緊迫感を煽るように台風の襲来を告げ回っていた。 それによると今回の台風はどうやら「めちゃめちゃデカイ」らしい。 まったくなんてことだ。 今まで、ここまで何とか台風はやり過ごしてやって来たのだ。 佐多岬まであと明日一日の距離のところまで来ているのだ。 もう何日かくらい遅くやって来たってよさそうなものである。 しかし、考えてみれば北海道の最終日には地震には遭うし、 この旅もなかなか簡単には終わらせてくれない。 さて、ここらに来ると、だいぶ風景も南国っぽくなってきていて、 椰子のような木が海沿いの道路には植えられている。 そして、その椰子の向こうの海はただ暗く、無気味にも波はない。 ただ波紋が幾筋もたっているのが見える。 その波紋はみな沖に向かってなだらかに弧を描きながら走っている。 僕には台風がすべてを飲み込もうとして、引き寄せているように思えた。 今夜はどこか泊まる場所を探そう。 そうだ、寺にでも泊めてもらおう。 僕はちょうど電話ボックスを見つけたことであるし、 タウンページで寺の所在地などを調べることにした。 そこでボックスに入って、 この大根占という町の寺の欄を見つけたちょうどその時である。 「今日は台風が来とるよ。」 車が止まり中からおじさんが話しかけてきた。 「ええ、そうみたいですね。」 僕がそう答えるとこの人はにっこりと笑った。 「うちに泊まってゆきなさいよ。まあうちも崖の途中に建っとるから 危ないのは同じかも知れないけど。」 僕は一も二もない。 そうさせていただくことにした。 幸いそのお宅は今来た道を少し戻ったところにあるらしいので、 そこまで車に乗せてもらった。 「もう二十年も前だけども、私も学生の時にね、 自転車で旅をしたことがあって、その時にやっぱり台風が来たんだけども、 知らなくて、それでも親切な人がいて教えてくれてね。 おかげで助かったんだけど、その時のことがあったもんで、 あなたも知らないかもしれないと思ったもんだから。」 家へ向かう途中でおじさんはそう言った。 この人の名前は徳永さんというのだった。 その徳永さんの家に着くと、 まずじいさんが出てきて、なんだか、がやがや言っている。 知らない怪しいやつが来たと思って警戒しているらしい。 すると、千葉に行っとった×××が帰ってきたんだ、と徳永さんが言った。 それを聞くとじいさんは納得してしまったらしく、 急におとなしくなり家の奥へと引っ込んでいった。 「ちょっとボケがきとるもんで。孫が帰ってきたと言ったんだ。」 徳永さんは僕に言った。 そうか、まあ納得してくれたんならいいか。 さて、この徳永家は大家族であった。 離れのほうにはさっきのじいさんとおばあさんがいるということだった。 それから母屋には徳永さんの奥さんに息子さんがふたり、 娘さんがひとり、そして徳永さんの弟さんという家族構成である。 風呂に入れてもらったあと、母屋のほうで夕食をいただいた。 それから焼酎をお湯割りで飲ませてもらう。 そしてテレビで流れる台風情報を見ていたのだが、 これはどうやら大変なことになりそうな気配であった。 その番組では今、接近中の台風を戦後最大級という言葉で形容していた。 そして実際、夜中過ぎには激しい風が屋根を叩きつけはじめた。 僕はローソクを手渡された。 このあたりは台風が来るとすぐに停電になるからということであった。 さすが台風銀座のようなところに住んでいる人々である。 このへんは慣れている。 ところがその慣れているはずの徳永さんですら、 風に揺れる家屋を見上げながら、 今回のような台風は初めてだといった。 屋根を叩きつける風はますます激しくなってきている。 ただでさえ鹿児島県地方は数週間来、 降り続く雨のせいで地盤がゆるみきっている。 そこへもってきて今回の台風である。 崖崩れが県内のあちらこちらで起こっているようである。 そしてそれはいつもテレビのニュースで見ているときとはちがい 他人事ではない話であった。 徳永さんは信用組合の職員なのだそうで、 ハマチの養殖場が台風で被害にあわないかどうかを心配していた。 融資先なのだろう。 それから弟さんはNTTの社員なのでこの日は大忙しであった。 どこかで電話線が切れたといえば出かけていって、 やがてずぶ濡れで帰ってくる。 僕は用意してもらった寝床で明日のことを思った。 もう目と鼻の先にある佐多岬は、 少しばかり気まぐれで小悪魔的な女性のようなものである。 僕をじらし、拒み、焦らせる。 僕は今はただ、じっとしているしかないようである。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 旅のはじまりから読みたい方はコチラ------------------------------------------------------------------------------------★おすすめ!!セミナー情報★---------------------------- 明日のあなたの行動が変わる 具体的な一歩が踏み出せるセミナー開催します! ■7つのツールでみるみる自身力がつく! 行動改革成功セミナー ~完全実践編~ 講師:水野浩志先生 2004年9月4日 10:00~17:00 池袋にて 詳しくはこちら!
2004年09月02日
コメント(0)
【真夏の邂逅】第66日目 9/1 夜中、何度か目覚める。錦江湾へ向かう。自販機がなぜか半開きになっていた のでジュースを失敬した。少し雨が降ってビビる。派出所で職質。工事現場の 人にジュースをもらう。錦江湾に出る。曇っていて桜島はよく見えない。海水 はもう九月というのにまだ温かい。なんだか空気もなまぬるい。垂水の土砂崩 れを見る。ひどいものだ。牛根麓のガスステーションで寝る。斎藤克也となか なか連絡がとれない。明後日には佐多岬に着く。-------------------------------------------------------- 朝、起きるとくもっている。 さらにこの先の道を海に向かって南下しつづけたのであるが、 しばらく通行止めになっていたという意味がよくわかった。 豪雨による水害のために各所で壊滅的な打撃を被っている。 妙見温泉で見かけたドーベルマンはそれを象徴していた。 川が右手を流れている。 幅はそれほど大きくもないがものすごい急流だ。 道の川向こうに建物があり、 そこにはどこだかの研修所と書いてある。 その建物のあたりを一匹のドーベルマンが狂ったように吠えながら、 うろつきまわっている。 うわっ、なんだ、こちらに向かってきたらどうしようと思ったが、 その心配はないことがじきにわかった。 その建物と道をつなぐ橋が崩れ落ちているのである。 そのドーベルマンは孤立しているのであった。 どういう経緯で取り残されたのかはわからないが、 とにかく悲痛な様子で吠えまくっている。 おそらくもう幾日も何も食べていないにちがいない。 どうにかしてやりたいとも思ったが、恐ろしくもあったし、 何よりドーベルマンの方へ渡ってゆくすべがないのだ。 奴はおそらく飢えて死ぬか、 山に入って野犬となって生きてゆくしかないだろう。 野性化したドーベルマンなんて考えただけでぞっとする。 僕はいたたまれなくなって、その場を立ち去った。 川の流れに時々かき消されながら、 しばらくは奴のなき声が聞こえていた。 通って行く道のいたるところで 生々しい災害の爪痕をまのあたりにしたが、 やがてそれも他人事ではなくなってきた。 曇っていた空がついに雨を降らせはじめたのだ。 たいした量ではなくても、 そんなところを歩いているのである。 なんとなく不気味である。 頼む、降らないでくれ、 僕は天を仰いで祈るような気持ちでそう思った。 やがて山の地帯を抜け町が見えてきた。 雨は時々、思いだしたように降るが、 その町の姿を見て何となく安心した。 あれはたぶん国分市だろう。 とすれば海はもうすぐだ。 日当山というところまで来ると僕は地図を広げた。 ここらあたりはもう完全な文明地帯である。 この道から国道10号に出たいのであるが、 そのためにはそろそろショートカットしていかなければならない。 それで座り込んで地図を眺めはじめたのであるが、 場所がよくなかったようである。 何しろ交番の目の前だ。 ここで地図を広げたのにはそれなりの理由がある。 もしよく道がわからなければ、 そのまま交番に入って尋ねてみればよい。 だが警官にしてみれば交番の目の前で こんな怪しげな人物に座り込まれれば、 職務質問をしないわけにはいかないだろう。 そうしなければ職務怠慢とさえ言える。 「君、何してるのかね」 やがて新井将敬(政治家)のような 鋭い顔つきをした警官が中から出てきた言った。 「はあ、地図をみているんですが」 僕はそのまんまを話した。 すると、とにかく中に入れ、という。 言われるままに中に入ると、 もうひとり警官が椅子に座って何やら書類に記入している。 やがて僕が北海道から旅をしていること、 これから国道10号に出ようと思っていること、 大学生であることを話し、 学生証も見せると解放してくれた。 10号に行く道も教えてもらい、 僕は交番を出た。 空は曇っていたが、なんとなく日の光が洩れてくるような、 そんなかんじであった。 さて、せっかく道を教えてもらったのであるが、 どうもその行き方というのはよくよく検討してみると 遠回りであることがわかった。 そこで僕は適当なところを左へ折れて 10号を目指すことにした。 そしてやがて敷根というところで目指す国道へと出た。 この道沿いで僕は しばらく出会わなかった物に出会った。 コンビニである。 思い起こしてみれば、 最後のコンビニを見たのが熊本市の八代だったのではないか。 ここ三、四日の道はそれぐらいすさまじいものだったのだ。 僕はさっそくそこに入り文明の香りに浸った。 しかし物は買わなかった。 ろくでもない奴であると我ながら思った。 国道を行くとやがて海に出た。 僕は砂浜に腰を下ろして休憩することにした。 そしてそろそろ旅の終わりに向けての準備を始めることにした。 今まで会った人達の住所を確認したり、 家に帰る日を計算したりした。 この分で行けばあと三日か四日で佐多岬に到着するはずだ。 どうやら台風との直接対決はなさそうだな、と僕は思った。 今までなんだかんだと台風をうまくかわしてきたものである。 いま、台風が接近中である、というような話も聞かない。 もっともろくに人と話をしていないが。 だが、もう心配はいるまい。 あともうちょっとなのだから。 だが空気が何やらなまぬるい、ということ。 それが、『奴』の到来を暗示していたのではないか、 ということに気づいたのは、 それからだいぶたってからのことであった。 さて夕方も近くなり 僕はそろそろ今夜の泊まる場所を物色しながら歩いていた。 するといきなり凄まじい光景が出現した。 家、二件分が土砂に完全に埋まっている。 よく注意して見なければそこに家があったことなどわからないかもしれない。 僕は大阪で見たテレビのニュースの映像を思いだした。 あのとき、たしか土砂に埋まった家のことを話していたが…。 そうだ、垂水だ。 地図を見ればその垂水は20kmほど先である。 まさにもっとも被害の甚大だった地帯に 僕はさしかかろうとしているのである。 今が雨の降っていない時でよかった。 ぼくは心のそこからそう思った。 それからずっと海沿いの道を歩いた。 町があり、しばらくは何もなくなり、 また町があるといったかんじで道は続いている。 そして歩き続けて、ついに日が暮れてしまった。 そうなると遠く、所々に見える町の灯かり以外はまったくの闇である。 その闇の中をタッタッタッと足音が聞こえてきた。 やがて前方から父親と二人の小学二年生ぐらいの子供達が走ってきて 僕とすれちがった。 この暗い中、マラソンをしているのである。 ごくろうなことだ、と思っていると、 ランナー達は10分もすると引き返してきた。 父親が先頭を走っている。 そしてそれから300mぐらい離れて子供達が走ってきた。 「おとーさん。待ってよ」 半ベソの声を出しながら息子達は走っている。 僕はこの子供達が通り過ぎるときに、 がんばれよ、と声をかけてやった。 すると殊勝にも「はーい」と言って走っていった。 そのときにはスパルタ親父は もうずっとずっと先の方を走っているようであった。 さて泊まるあてもないまま9時を回ってしまった。 僕は斉藤克也に連絡を取ろうと思った。 この時間ならやつも家にいるにちがいない。 奴に小倉から電話をした際に 大隅半島のどこかで落ち合おうということを話した。 ただあの男の言っていた「ちかや」という地名は 僕の地図にはのっていない。 それがどのあたりなのかも確認しておきたい。 そこで時々、電話をしながら行くのだが、 なぜか常に話し中であった。 僕にしてみれば今日中に連絡を取らなければ、 この先どういうコースを歩いて行くのか決定できない。 それにこのあたりは電話がそこかしこにあるという場所ではなかった。 町を過ぎてしまうとしばらくはそういう文明の利器はなくなってしまう。 電話をして居なければ、 また歩き続けるしかないのだが、 つぎに電話をかけられるのがいったい何時になるものだか 皆目、見当もつかない。 僕はとりあえず10時になると進行を止めた。 そしてここでなんとしても連絡をとろう、 そう思って電話をかけるのだがいっこうに電話が切れる様子がない。 誰かと長電話をしているんだろうか。 電話が通じないということは僕にとって眠ることができない、 ということを意味していた。 だんだんいらいらしてきたが、 辛抱して15分ごとに電話をしてみた。 そして何度目かの電話の後、ある疑惑が心に浮かんだ。 もしかしたら受話器が外れているのかもしれない。 しかしそんなことがあるかな。 こんなにタイミングよく、というか悪くというか。 とにかくそうそうしょっちゅうあることではないのは確かだ。 しかし僕は念のためNTTに電話してみた。 NTTでは受話器が外れていないかどうか調べてくれるサービスがあるのである。 そして外れていればその家に気づくよう促してくれる。 すると、やはり受話器が外れていたらしい。 それから15分くらいたって電話をすると、えっへっへっ、すいません、 といって斉藤克也が出てきた。 どうもこの男は憎めない。 奴とは予備校のアルバイトをしているときに知り合った。 なかなか良い顔である、という評判であったが、 どうも僕にはそのあたりは解せないところであった。 たしかに松方弘樹に似ている。 その男が言うに学会で博多まで行くので 友達と九州を回るということであった。 そして9/4の夜に鹿屋にいるということである。 「ちかや」ではなく、「かのや」であった。 鹿屋といえばここから25kmほど先ではないか。 明日には着いてしまう。 さてどうするかということになった。 だが、うまいことを思いついた。 佐多岬までの距離が約90km。 二日で行ける。 そしてそこから鹿屋までもどって一日の行程である。 これで四日の夜に鹿屋で落ちあえる。 それで旅先のことなので、 お互い連絡がとれなくなったらその時は会うのはあきらめよう、 ということにして電話を切った。 今日は長い一日だったような気がする。 墓場の向かいのガスステーションに寝袋をだして眠った。 すぐそこにトンネルが見えている。 明日はあのトンネルを抜けねばなるまい。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 旅のはじまりから読みたい方はコチラ------------------------------------------------------------------------------------★おすすめ!!セミナー情報★---------------------------- 明日のあなたの行動が変わる 具体的な一歩が踏み出せるセミナー開催します! ■7つのツールでみるみる自身力がつく! 行動改革成功セミナー ~完全実践編~ 講師:水野浩志先生 2004年9月4日 10:00~17:00 池袋にて 詳しくはこちら!
2004年09月01日
コメント(0)
【真夏の邂逅】第65日目 8/31 ループ橋を通る。加久藤越え。途中から山道を創りながら進み、直接京町に出る。 宮崎県に突入。宮崎県には四時間しかいなかった。すぐに鹿児島県に突入。暑い。 通行止めの道を通る。岩がごろごろしている。道がえぐりとられている。栗野で 少し迷う。横川町には予定よりも早く着いた。坂本竜馬ゆかりの地で寝る。------------------------------------------------------------------------- ここら一帯は加久藤越えという言葉で表現されている難所である。 僕はまたも迂闇なことにそんな言葉も知らずに この山中に分け入ってきたわけである。 しかも夜中に。 朝になって歩いて行くごとに 自分の無知と無謀さを思い知った。 さて、この道を進んで行くと世界最長というループ橋がある。 ループ橋とは文字どおりループ状に架けられた橋のことで、 そんなふうにするのは、普通に橋を架けると斜度がきつくなりすぎるためだろう。 それでゆるやかに螺旋を描きながら車は橋を渡って行く。 しかし歩く人間にしてみたらこのループが生み出すロスは バカにならない問題である。 実際ループが始まる地点から終わりの地点までは直線距離にして200mぐらいだろう。 ところがグルグルと回ることによって 実歩行距離は1.1kmにもなるというのである。 僕はまじめにショートカットできる地点を探した。 2,3ケ所そこらをよじのぼってみたが、 結局は馬鹿正直にループ橋を渡るはめになった。 腹立ちさまぎれに、旅の記念、旅の記念とつぶやく。 地図を見るとこのループを渡っても この先にまたミニループがある。 もうグルグル回るのはまっぴらごめんだ。 それに僕が出たいのは京町というところなのであるが、 それにはえびのを経由して、 つまリ遠回りをしていかなければならなかった。 そこで僕は山中を突っ切ってゆくことにした。 トンネルの手前から僕は眼下の景色を見下ろした。 右手が京町、左手がえびのである。 僕はとりあえず方向のあたりをつけると林の中へ突っ込んでいった。 斜度はきつい。 木の幹につかまると足場を固め、 また次の木にうつるという手順で下って行く。 このときは木が密集していなかったので わりとうまくゆき、なんとか近道をして道路に出られたのである。 ここで味をしめた。 さらに道なき道を行こうと次の林へと突っ込んでいった。 が、ここはさきほどとは勝手がちがった。 まず植物の密集度合いが濃く、 前進を妨げる。 さらに腐った木などが倒れていて足場も確保できない。 そうした倒木を越え、生い茂る植物をくぐり抜け、 道に出たときには手足が擦り傷だらけになっていた。 やっと山のふもとの工事現場につき、 そこを横切って野性のカンだけを頼りに歩き続けた。 すでに文明地帯に入っていたため「道」を通っていかなければならない。 方角だけをひたすら追求できないもどかしさを感じながら、 やっと目指す京町にたどりつく。 この町で買い物を済ませ、歩き続け、 そしてついに鹿児島県へと突入した。 道ですれちがう女の子たちが元気よく「こんにちは」と挨拶してゆく。 ああ、ここが鹿児島なのだ。やっと、ここまで来たんだな。 さて、とりあえず牧園町へと向かうのであるが、 この道を進むうちトンネルにぶち当たった。 歩行者が通れるような雰囲気ではない。 しかたなく迂回路を行くことにした。 ところがこの迂回路が通行止めなのである。 連日の雨で崖崩れが起きたのだろう。 しかし今日は晴れているし、誰かがそこに立っているわけでもない。 僕は突破することにした。 右手にガードレールがあり、 その下を川が流れている。 左手が崖である。 しばらく行くと、その崖が崩れた形跡があった。 いや形跡などいう生やさしいものではない。 道の真ん中に巨大な岩が転がっている。 そして流れ落ちた土砂はアスファルトごとガードレールを持っていったのだろう。 そのガードレールは無残にひきちぎられている。 そしてなぜだか道に水が溢れだしていた。 僕は鹿児島を襲った豪雨の猛威を思った。 今日が晴天であることを僕は感謝した。 栗野、横川を抜け、牧園町に着いたときにはもう夕暮れ時であった。 この町からは四方に道が伸びている。 目指す塩浸への道を探しつつ歩いていると、 何やら前方に車が止まっていて僕に合図を送っているように見えた。 しかし気のせいだろうと思い、 車の横は素通りした。 すると信号まで来たときにその車がサーっとやって来て 窓がスーっと開いた。 信号はちょうど赤である。 「これで温泉でも入ってください。 この先に私達の親戚がやっている銭湯がありますから。」 そう言うとおばちゃんが500円玉を差し出した。 運転席には男のひとが座っている。 「あっ、ありがとうございます。」 僕がそういうと同時に信号は青になり、 その車は立ち去った。 あっという間の出来事だった。 僕はやや呆然としながらも思った。 温泉のはしごも悪くないか。 ここ二三日がんばって歩いたのも なんとか日のあるうちに塩浸に着きたいという思いからだ。 しかしその目的地もすぐ目と鼻の先である。 せっかくお金をもらったのだから、 ここで温泉に入って、 それから塩浸に向かい、 そこでまた温泉に入るということにしよう。 そう思い、その温泉とやらを探し、 すぐにそれらしいものを見つけた。 が、はたしてこれが本当にあのおばちゃんの言っていたところなのだろうか。 はっきり言ってそれを確かめる手立てがないではないか。 ここ牧園町は飲むと胃腸に良いという温泉が湧き出るところで、 それをボトルにして全国発売しているくらいである。 銭湯の数は二軒や三軒ではないだろう。 もらったお金ではあるがぜひともあのおばちゃんの親戚に還元したいものだ。 だが結局、よくわからないことで悩んでいても仕方ないので、 少しためらいを感じたがその銭湯に入ることにした。 ここがおばちゃんの親戚の湯だと思い、浸かることにしよう。 料金はなんと100円という安さである。 僕は服を脱ぎ風呂場へと入ったが、 まだ誰も来ていない。 体を洗い、湯船につかっていると、 やがておじさんが入ってきた。 その人はペットボトルを手に持っている。 どうやらここのお湯をお持ちかえりするつもりらしい。 彼と一緒に湯船に浸かっているうちに自然に話をしはじめた。 彼はしきりにここのお湯の効能について話していた。 胃を悪くして医者にも見放された人間が一週間ここのお湯を飲み続け すっかり直ってしまったとか、そんな話である。 僕も少し飲んでみたが、まあ味はふつうのお湯と変わらない。 ところで、今日は塩浸まで行くのだということを言うと、 その人は、この時間からと少し呆れ顔であった。 最終目的地は佐多岬だと言うと、さらに呆れ、 あそこは「陸の孤島」だと言った。 ふーんそんなにすごいのか、と思っていると、 あんたは運が良いと言った。 なんのことかと訝っていると、 つい先日まで佐多岬までの道は通行止めになっていたのだという。 なるほどそれが本当なら運がいい。 湯から上がると一路、塩浸を目指し歩き始めた。 ちょっとばかりよい気分である。 あたりはすっかり暗くなっていた。 やがて道からは完全に明かりが消えた。 また夜の山中というパターンにはまってしまった。 右手は川である。 くねくねとした山道を行く。 と突然、真っ暗な路上に白く切りとられたような部分があることに気がついた。 いったい何だろうと思ったが、これは月の明かりである。 月明かりのもつ本当の明るさというものを、 僕はこの時、初めて知った。 背後にあり、僕との間に何も遮るものがなければ、 月は白い影を落とすのだ。 ところが道の曲がり具合によっては 月が右手に来たり左手に来たりする。 すると山が月からの光をさえぎってしまって闇をつくる。 こうなると足元さえよく見えない。 右手を流れる川はごうごうと音をたてている。 目指していた塩浸に着いたのはまもなくであった。 そこには一軒の公営施設とちょっとした空間に 竜馬と妻のお竜の銅像が立っている。 僕はまずそこに書かれてある歴史的な背景を読んだ。 日本人最初の新婚旅行を敢行したのが坂本竜馬である、 うんぬん、ということが書いてある。 それからいよいよ温泉に入ろうと思い、 建物の方へ向かい中を覗き込んだ。 だが、どうもこの建物からは人の気配がしない。 入り口はガラスの扉になっているのだが カーテンが引かれている。 ふと僕は、何か掲示してあるのに気がついた。 そこには温泉の営業時間が書かれてあり、 19:00までとなっているではないか。 僕は時計をのぞきこんだ。すでに19:30である。 あと30分。 あと30分はやく来ればよかったのである。 そうすれば入れたのである。 うーん、と思わずうなってしまった。 なんのために、ここ二三日無理をしたのだかわからない。 明日の朝、入浴しようかとも考えたが それでは出発が遅くなるし、営業時間まで何をしていればよいだろう。 ここは気持ちを切り替えることにした。 まあ入れないものはしょうがない。 今夜はとにかくここで寝ることにしよう。 僕は竜馬の銅像の前で寝袋を広げた。 それから横になり夜空を見上げた。 眼を開けてボーっとしていると、 モモンガが闇夜をスーっと滑空するのが見えた。 行司の軍配みたいだ。 僕は思った。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 旅のはじまりから読みたい方はコチラ------------------------------------------------------------------------------------★おすすめ!!セミナー情報★---------------------------- 明日のあなたの行動が変わる 具体的な一歩が踏み出せるセミナー開催します! ■7つのツールでみるみる自身力がつく! 行動改革成功セミナー ~完全実践編~ 講師:水野浩志先生 2004年9月4日 10:00~17:00 池袋にて 詳しくはこちら!
2004年08月31日
コメント(0)
【真夏の邂逅】第63日目 8/29 松橋でおばあちゃんの世話になる。飯、おかず、くだものなどを大量にもらう。 荷物がメチャクチャ重い。熊本の地図を拾う。これがけっこう役立った。家に TEL。八代から小林村にいたるまでの道程は危険だった。-------------------------------------------------------- 熊本市から10kmばかり行ったところに松橋という町がある。 「まつばせ」と読む。 この町の手前で地図を拾った。 熊本県の地図で、一冊の本になっているようなものである。 これは使えるかもしれないと思い、携行することにした。 ただし重くなるので、これから通るルート上の地図の頁だけ切り取って、 あとの大部分は捨て去った。 その地図を見ながら歩いていて、 その松橋を通りかかったときのことである。 日傘をさしたおばあさんが僕に話しかけてきた。 日差しが強いのである。 「お兄さん、大変だね。家で休んでいきなさいな。」 「はい。」 僕は素直に言うことに従った。 今さらいちいち人を疑っていてもしょうがない。 誘われたらついてゆく。 僕はこの長い旅をするうちに、 自分自身の運だめしをしているような気持ちになっていた。 この運だめしも、 今までのところ琵琶湖で少しやばくなったのをのぞけば、ほぼ順調である。 その家に着くと古い木造の家屋であった。 おばあさんはひとりで暮らしているということだった。 彼女はある宗教を信仰しているという。 僕はそれでてっきり入信を勧められるのかと思った。 すると彼女はこう言った。 色々と世の中を見てみなさいよ。 それで僕は飯を食わせてもらうばかりで、 あとはたわいもない話をして、その家を辞去した。 さて、おばあさんは出しなに、 恐ろしくたくさんの食糧を持たせてくれたのだが、 このことは少しばかり僕を苦しませた。 荷物がとんでもなく重くなったのである。 だいたいにおいてここ二三日は携行する食い物がダブつき気味であった。 昨日もらったドリンク剤はまだ飲んでいないし、 熊本の手前で買ったバナナはまだ余っている。 そのうえ彼女にもバナナをもらってしまった。 さらに天ぷらなどの惣菜、 それに米山浜でもらったのに匹敵するぐらいの巨大なおにぎりを三個も作ってくれた。 松橋を出てから15分もしないうちに、 この重くなった原因を取り除くことにした。 食っちまおうと思ったのである。 おばあちゃんの家で食事を取ったばかりであったが、 こう重くっちゃ歩けない。 荷物を軽くするという意味あいからもここは食わねばなるまい。 この時、さすがにすべての食料を食べきることはできなかった。 しかし、このことは後で幸いした。 これから先、食料の調達などできないような 人跡まれな山奥へと突入してゆくのであった。 八代の町を通った頃は日差しもやや傾きかけていた。 この町を球磨川が流れている。 この球磨川沿いを人吉へ向かうのである。 しかし川沿いの道には歩道がなかった。 徐々に暗くなりかけているし、 この先の道は明らかに山道である。 見たとおり歩道もない。 そんなことで僕はいったんは歩くのを止めようかと思った。 それで寺の回りなどで寝られそうな場所を物色して歩いた。 しかしそうしているうちに、 もっと歩かねばという思いがだんだん強くなってきた。 ここから100kmほど行ったところに塩浸という土地がある。 ここに坂本竜馬が湯治と新婚旅行を兼ねて訪れたという温泉がある。 ここの温泉に浸かってみたいというのが僕のささやかな希望である。 そのためにはここで今日泊まってしまうのはまずい。 明日、明後日とがんばって100km歩くということも できなくはないが、実際は難しい。 塩浸に着くのが真夜中になってしまうにちがいなかった。 そうすると、さすがに温泉には入れまい。 さりとてこの行程に三日かけるわけにもいかない。 そういう意味で非常に微妙な距離を残しているわけである。 しかし、あと15kmも歩いておけば 何とか明後日の早い時間に塩浸に到着することも可能である。 僕は胸がギリギリと締めつけられるような心細さを感じたが、 それでも歩くことにした。 幸い車はそう頻繁に通るわでもなさそうである。 もし車が来たらその都度、山壁にへばりつけばいい。 道は川に沿って大きく右へ左へと蛇行している。 そのおかげで前方からやって来る車はすぐにわかる。 そこで僕は道路の右側を歩くことにした。 もし前方からやって来る車があればサッと壁にひっつくつもりである。 気休めにしかならないかもしれないが、 こうでもした方が多少は安全が確保できるように思われた。 まったくもって淋しい山路である。 もうすっかり日も暮れた。 僕は壁にひっつく作戦を遂行しながら前に進むのであるが、 やはりこの暗夜行路は実に危険であった。 そもそもドライバーはこんな場所を 暗くなってから歩いている人間などいるとは思っていない。 いくら僕のほうで気をつけていてもそこには自ずと限界がある。 実際、大型ダンプがもの凄いスピードでやって来て、 僕を見てビビッたのだろう、あわててハンドルを切り、 反対斜線を走る車と正面衝突しそうになっていた。 僕はヒヤヒヤしながらそうして歩きつづけ、 小林という無人駅まで何とかたどり着き、やっと今日の行程を終えた。 ここでおにぎりを食べたせいで残りはあとひとつになってしまった。 8/30 あまり眠れず。起きると霧が出ていて、雨かと思いあせった。球磨川沿いをゆく。 二回ほど声をかけられた。おばあちゃんにもらったおにぎりを食べる。マヨネーズ を使いきる。-------------------------------------------------------- このあたりの光景は凄まじい。 たとえて言うならば中国の山峡に雰囲気は近い。 仙人でも住んでいそうな雰囲気である。 しかし縄文時代から人が住んでいる地域なのだという。 この球磨川というのは日本三大急流のひとつだそうで、 人吉から八代に向かって川を下ってゆくことを球磨川下りというらしく、 それを書いた看板などを見かける。 僕は迂闊なことに、そんなことも知らずに歩いていた。 おそらく山が険しくてほかに道がつくれなかったのだろう。 道はこの川沿いにしかない。 司馬遼太郎の著作に「翔ぶがごとく」という 西郷隆盛と薩摩士族の最期について書かれた本があるが、 彼らは官軍に敗れ、熊本から鹿児島まで強行軍を重ねて退却してゆくのである。 彼らが通ったのがこのあたりであり、 しかも、それは僕がいま歩いているような「道」ではなく、 山中を踏み破って行ったものであるという。 僕は森林に覆われたその山々を見あげたが、とうてい信じられなかった。 それぐらいこのあたりの景観には凄まじいものがある。 そして同時に薩摩隼人の性根の凄まじさを思った。 17:00、球磨川沿いの道を歩き終え、 やっとこさ人吉に至る。 まあ文明の香りのする地帯へと入ってきた。 18:00クラフトパークの横を通り過ぎる。 ここからは国道221号を進み錦江湾へと向かうことになる。 19:00、日没。 国道221号から先は恐らく人の住んでいない山中なのだろう。 地図を見れば、だいたいの見当はつく。 というのに日が暮れてしまうとはどういうことだろう。 人吉に留まるか、それとも先を急ぐか迷うところである。 だが国道を入ってすぐのところに大きなジャスコと郊外型の書店があり、 それにファミリーレストランのようなものもある。 それらは、この先も案外こんな感じかもしれないな と思わせるようなたたずまいであった。 塩浸まであと60km以上は残されている。 明日中に着くためには今日のうちに もう少し行っておきたいところである。 僕は先に進むことにした。 だが、歩き進むうちに、 国道からは唐突に何もなくなった。 これは稚内で遭遇したパターンとまったく同じであった。 道はどんどん暗くなって行く。 最初のうちはあたりもただの平地であったが、 だんだんと山勝ちの地形へと変わりつつあった。 この分ではいつ歩道がなくなるかわかったものではない。 まあ、それでも歩き続けないわけにはいかない。 さすがに歩道に寝るわけにはいかないのだ。 結局、しばらく歩き続けて見つけた 峠のドライブインの駐車場で寝ることになった。 こうしたほんの少しの明かりでもなんだかホッとするものである。 だが、油断して、寝ているときに 車にひかれないように気をつけなければならない。 僕はなるべく端っこの、車の来ないようなところに寝袋を敷いた。 もっともこんな山中の夜のドライブインに来る車もないだろうとは思うが。 とにかく今日はここで断念。 明日がんばって歩こう。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 旅のはじまりから読みたい方はコチラ------------------------------------------------------------------------------------★おすすめ!!セミナー情報★---------------------------- 明日のあなたの行動が変わる 具体的な一歩が踏み出せるセミナー開催します! ■7つのツールでみるみる自身力がつく! 行動改革成功セミナー ~完全実践編~ 講師:水野浩志先生 2004年9月4日 10:00~17:00 池袋にて 詳しくはこちら!
2004年08月30日
コメント(0)
【真夏の邂逅】第62日目 8/28 子供らと別れる。熊本県に突入。晴れていて暑い。体と髪を洗う。つぶれた ドライブインで鏡を見て、髪を切る。髭も切る。熊本城を見る。駅で今後の 予定をたてる。「北熊・世安町店」でラーメンを食べる。めちゃめちゃうま かった。駐車場で寝る。-------------------------------------------------------- 僕は寒さに震え、寝袋にうずくまっていた。 やはり山の中である。 九州とはいえ、明け方はかなりの冷えこみである。 どうにもせつない寒さだ、と思って、寝袋にしがみついていると、 「やつら」は約束どおりやって来た。 そのイデタチたるやハンパじゃない。 この冷え込みの中、半袖、半ズボンである。 こいつら寒くねえのか、と驚いていると、貞行が寒いと言った。 そりゃそうだろうよ。僕はなかばあきれながら思った。 気温は低くはあったが快晴である。 九州に上陸してからはほとんど晴れている。 僕はやつらと少しばかりじゃれあって、 それからいよいよ別れることにした。 僕はお宮の階段を下り、 まだそこにいる子供らに手を振って歩きはじめた。 今日はいよいよ熊本市に行くな、と思っていると、 奴らが何やら大声を張り上げている。 そうか別れを惜しんでいるのか、かわいいやつらだぜ、と思い、 よくよく聞いてみると、何やら、「反対」と叫んでいる。 なんのこっちゃと思ったが、合点した。 僕はまた久留米の方に戻ろうとしていたのだった。 昨日さんざん、このあたりを走り回ったせいで、 自分がどっちの方から来たのか、 わからなくなってしまっていたのである。 かっこよく別れるつもりだったのが、 照れ笑いの別れになってしまった。 僕は来た道を引き返した。今度こそ本当にさよならだ。 道は予想していたよりは平板なものだった。 もっと標高の高い山道を登ってゆくのか、と思えば、 ただ単に森と田んぼが続くだけである。 そうやって歩くうちに昼まえには熊本県に突入した。 これでいよいよ残すは鹿児島県のみということになる (実はこの後、宮崎県をかすめて通るのだということを知らなかった)。 途中バナナが安かったので二房ばかり買って、 そいつを食べながら進んでゆく。 熊本市に着いた時には、もうすでに日が暮れていた。 この街でラーメンを食べるために、 昼以来、途中の国道では何も食わずに来たのである。 まずはラーメンを食べること、 これがここでの最大の目的である。 しかし、その他にも、ここでしかできないことがいくつかあった。 熊本城を見ること。 青春18きっぷを売りさばくこと。 帰りの電車の時刻表を調べること。 この三つである。 僕はまず熊本城見物をすることにした。 見物と言っても、もう夜なので中には入れない。 ただ外から城郭の威容を見るだけだ。 もっとも昼間だとしても金を惜しんで入りはしないが。 それでもライトアップされた城の姿というのもなかなかによいものであった。 かってこの城をめぐって西南戦争が戦かわれたのだ、と思い その時の情景を想像してみる。 が周囲の環境はその時とはがらっと変わっているのであって、 今は怪しげな一団がトランペットやその他の楽器で前衛音楽を奏でている。 即興で演奏しているのだろう。 その音色には、いつ曲を終わりにしたらいいのか、 というとまどいが感じられた。 熊本城を後にすると、橋を渡り、熊本駅へと向かった。 次は時刻表を調べることにしたのだ。 途中、ラーメン屋が何軒かあったが、屋台で食べようと思っていたので、 そのまえは全部、素通りした。 なんとも小さな街である、 というのが僕の熊本に対する印象であった。 駅の回りにはたくさん店があるが、 この程度であれば関東の地方都市に行けばいくらでもある規模である。 まあ熊本という名前が大きいせいもあるのだろう。 こういう感想は高知に行ったときにも持った。 たとえば郡山と熊本を比べたら 熊本の方がはるかにメジャーな都市であろう。 しかし、街の大きさ、というか賑わいを比べたら 郡山のほうが断然、上というのが僕の印象である。 その都市としての地方ぶりを露呈したのが、 18きっぷを売りさばこうとしたときである。 帰りの電車の時刻表をみどりの窓口で調べたところ、 やはりきっぷは余る。 この先、大きな町はないので、 熊本が実質的には金券屋に寄るラストチャンスといっていい。 まあ熊本になら何軒か、店があるだろう、と思い、 タウンページをめくったところ 市内にはたったの二軒しか店が存在しないことがわかった。 しかも一軒は152号バイパスの近くにあるらしく、 正確な場所はわからないが、歩いてゆける場所ではなさそうである。 そしてもう一軒のほうはタウンページによれば休みであった。 ここでも18きっぷは売れないということになる。 もうひとつ僕が熊本に対して期待外れだと思ったのは 屋台のラーメン屋が見あたらないことだった。 駅の反対側には行っていないのでわからないが、 見たところそういうものはひとつもなかった。 僕はしかたなく何か店で食うことにした。 もうラーメンにはこだわらない。 そろそろ、ひもじさも限界に近い。 そこで駅前から、まっすぐ伸びた道を行ってみることにした。 そちらへ行けば、何か店がありそうだったからである。 方角的には久留米の方に戻ることになる。 すぐにカレー屋などがあったが、 なんとなくグズグズと入らずにいると、 川を越えて、やがて昔からあるような商店街へと出てしまった。 このあたりは道も広く、街灯がついていて明るかったが、 店はほとんど閉まっていた。 無理もない、もう22:00になろうか、という時間である。 僕は駅前の繁華街で決断しなかったことを悔やんだ。 だがもう遅い。 そうこうする間に太い道につき当たった。 国道3号である。 国道沿いになら、何かあるだろう。 もう何でもいいから食わせてくれ、という心境である。 僕は八代の方角に向けて歩き出した。 ところが、こういうときにかぎって 目的とするものがなかったりするものである。 結局、またさっきの川を渡って同じくらいもどってきてしまった。 もうだめだ、と思って、 ふと交差点から横に入る道を見ると、 何やら明るい看板が見える。 あれは食べ物屋にちがいない。 僕は行ってみることにした。 近づいてみると、その看板には「支那そば」と書いてある。 これには一瞬、ためらった。 だいたい「ラーメン」とは書かずに「支那そば」と書いてある店は たいがい、しょうゆ味のラーメン屋のことである。 すくなくとも東京ではそういうニュアンスが少なからずある。 僕はあまり、しょうゆ味が好きではない。 どちらかというと味噌かトンコツがいいのである。 しかし、ことここにいたって、そんなことは言っていられないだろう。 駅前でもこんな風にして決断を遅らせたために、 このように今、飢えているのだ。 とにかく、うまかろうが、まずかろうが、その店に入ることにした。 店の中にはカウンターしかなく、 何人かが後ろの控え席に座っていた。 僕はその人達の中にまじって、席が開くのを待った。 どうやらそろそろ閉店時間らしい。 夫婦らしいおじさんとおばさんが忙しいそうに立ち働いている。 店にはポスターが貼ってあり、 この店の名前の由来が書いてある。 北海道のちぢれ麺に熊本のとんこつスープを合体させて作ったのが この店のラーメンであるということだった。 それゆえ、この店の名は北熊というのである。 この北熊のラーメンはじつにうまかった。 どれくらいうまかったかというと、 いままでの一生をふりかえり、僕の食べたラーメンの中でいちばんうまい、 と思われるほどのものである。 これは空腹の時に食べた、ということを割り引いても、 おそらく変わらないだろう。 とくにスープは絶品であった。 僕は腹が減っていたこともあって ライスにギョーザも頼んだ。 ギョーザは僕の頼んだ分で最後であった。 それらを全部たいらげてレジでお金を払うときに、 店のおばさんは僕の変な格好に気づいたらしい、話しかけてきた。 僕は北海道から歩いているということをすらっと言った。 するとたちまち店の中がパニックを起こした。 「なに、北海道から歩いて来ただって。」 「どれぐらい、かかったの。」 「すごいね。どうりで真っ黒なはずだ。」 などなど店のお客さんは おたがい見知らぬ同志であるはずなのに、 僕のことですっかり盛り上がっている。 僕はお客さんが投げかけてくる質問にひとつひとつ答えた。 このあたりの人にしてみれば、 この先、どこに行くかというのはもうどうでもよいことらしい。 それよりも、九州まで来たということでもう十分なのだろう。 店のおばさんは感動したらしく、ドリンク剤を僕にくれた。 おばちゃんは、あなた、きっとえらくなるわ、と言った。 店を出て、今夜も寝床を探す。 ドリンク剤はとっておくことにした。 お腹いっぱいで飲めない。 結局、国道沿いのテント会社の駐車場に忍びこんで寝ることになった。 夜中に誰も来ませんように。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 旅のはじまりから読みたい方はコチラ------------------------------------------------------------------------------------★おすすめ!!セミナー情報★---------------------------- 明日のあなたの行動が変わる 具体的な一歩が踏み出せるセミナー開催します! ■7つのツールでみるみる自身力がつく! 行動改革成功セミナー ~完全実践編~ 講師:水野浩志先生 2004年9月4日 10:00~17:00 池袋にて 詳しくはこちら!
2004年08月29日
コメント(0)
【真夏の邂逅】第61日目 8/27(後編) 朝、起きると唇がはれていた。久留米の市場の食堂で朝食。羊羹をもらう。 吹春で子供たちと仲よくなる。カレー、パン、弁当、ビールをもらう。-------------------------------------------------------- ときどき地図を広げて熊本までの残りの距離を計算する。 山道はなさそうにも見えるが、 八女と山鹿のまんなかあたりに小栗峠と書いてあるのが気になる。 さっきまで晴れていたのになんだか雲行きもあやしくなってきた。 とにかく山は早く抜けることだ。 そう思い、さらにピッチをあげて歩くことにした。 そして二時を過ぎるころになるとだいぶ山勝ちの地形になってきた。 僕はさらにペースをあげようと思った。 しかしその前に飯を食うことにした。 熊本まであと45km。まあとにかく急ぐことだ。 僕は道沿いの川の川原に下りると、 毎度毎度の食事をした。 パンにマヨネーズ、ソーセージというやつである。 飯を食い終わると空はすっかりくもっていた。 僕は、再び国道を歩き始めた。 ここからは時速5km以上で歩かねばならない。 そうしなければ熊本などおぼつかない。 僕はザックザックと音がしそうなほど急いで歩いた。 さあ、がんばるんだ。 自分に言いきかせながら歩き続けて、15分もしたころだろうか。 お一い、と誰かが呼んでいる。 ふと右手を見ると空き地があり、 子供達が四人並んで手を振っている。 声の主はこの子供達であった。 「どこまで行くの。」 色の黒い男の子が訊いた。 「鹿児島までなんだけど。」 僕は答えてやった。 するとその子は、鹿児島などどうでもいいといったかんじで 今度はまるっきりちがうことを言った。 「さっき車で通り過ぎるとき見たよ。」 彼らには鹿児島というところがどこかよくわからないのかも知れない。 僕がふーんと答えると、彼らは口々にいろいろなことを言いだした。 「かっちゃん食堂でご飯たべたと?」 どうやら、かっちゃん食堂というのは このあたりの子供にとってはシンボリックな場所らしい。 山間の小さな村で何もないようなところなのだ。 「ああ、そういえばかっちゃん食堂ってあったな。 でもそこでは食べてないよ。」 と僕が答えると、おむすびのような顔の形をした男の子が言った。 「水はどこで飲んでるの。」 僕は正直に答えることにした。 「うーん、公園とか、あと川の水とかかな。」 そう言うと、彼らはいっせいに歓声をあげた。 「ホイトと一緒や」 僕はホイトという言葉がよくわからなかった。 がちょっと考えてみるとわかりそうなものである。 「ホイトって、乞食のことか」 尋ねると、うんうん、と彼らはうれしそうにうなずいた。 「おれは、乞食じゃないぜ」 僕は苦笑いしながら答えた。 しかしたしかにやっていることは乞食と変わらない。 彼らによると、 そのホイトさんがこのあたりを以前通ったことがあるらしい。 彼らには珍しかったのだろう。 ホイトの行状をよく覚えていた。 「そこの川で水を飲んで、あのお宮で寝ていったんだよ」 おにぎりあたまの男の子は 小高いところに建立された神社を指さした。 ほーっ、たしかにあそこなら寝られるかもしれん、 と思っていると、 何か食べ物ないの、と一番背の高い男の子が言った。 別に腹が減ったわけでもなく、 ただ訊いてみただけなのだろう。 僕は羊羹があることを思い出し、やつらに一口ずつ分けてやった。 それを食い終わると やつらは野球をやろうと言いだした。 ここで何をしていたのかと思ったら野球をやっていたのだと言う。 だがにわかには信じがたかった。 たった四人で女の子がひとり混じっている。 道具はフワフワの空気のぬけたようなゴムのボールと板っきれである。 野球ごっこだな、僕は思った。 この小僧たちと話をしている間にかなり時間をつぶしてしまった。 そのうえ野球につきあっているひまはないところだった。 だがやつらがあまりに熱心に言うので、 ついに承諾してしまい野球をやるはめになってしまった。 僕は時計を眺め、半分、今日の熊本行きをあきらめた。 こいつらにつかまったのが運のつきだ、そう思った。 四人の子供達は実は二組の兄弟であるらしかった。 色黒の男の子と一番背の高い男の子が兄弟であり、 それぞれ貞行、佑太といった。 佑太のほうが兄である。 そしておにぎり頭が弟で女の子がお姉さんということだった。 おにぎりは、ともゆき。女の子はみほちゃんというのだった。 四人とそれに僕を加えたメンバーで それからしばらく野球をした。 二十四にもなって、こんなとこで野球ごっこをするとは思わなかった。 しかしあきっぽい子供のことである。 めざとく僕の釣り竿を見つけると今度は魚釣りをしようと言いだした。 僕はもう熊本行きはあきらめていたので、 とことんやつらにつきあうことにした。 「しかし、餌がないぜ」 僕が言うと、貞行が捕まえようと言いだした。 それで川原に降りると哀れな蜘蛛を捕まえ、 釣り針にかけて川に垂らした。 あーあー、これじや絶対、釣れないぜ。 流れのめちゃめちゃ早い川を見て僕は思った。 「向こうの方へ行ってみよう。」 僕は川上を指差して言った。 あちらのほうが水が溜まっていそうだった。 うーん、と貞行がうなずいた。 川上のほうへ行ってみると橋がかかっている。 僕らはそこから釣糸を垂れた。 だが事態は絶望的だった。 川の水が澄んでいて、 そこには一匹の魚もいないのがはっきりと見てとれた。 すると貞行は何を思ったのか、 いきなりその川に飛び込み泳ぎ始めた。 どんよりとくもって気温はかなり下がっているはずである。 やがて泳ぎ疲れて陸に上がってきたが、 服ごとずぶ濡れであった。 こいつは寒くねえのか、と思い、 おい寒くないのか、と訊くと 唇をブルブル震わせながら、 寒い、と言った。 僕はやつのTシャツを脱がせてやり、 タオルで体を拭いてやった。 「いったん家に帰んな。そのタオルやるからさ。服を取り替えてきなよ」 と言うと、さきほどまでの元気はどこへやら。 しおらしく貞行はうなずいた。 それからしばらく釣糸を垂れていたが釣れるわけもない。 そのうち貞行が帰ってきた。 すると奴は思い出したように、羊羹が食べたい、と言った。 僕にしてみればさっきあげたのは友好のしるしである。 それをまた食いたいとぬかすとは 僕はやつらのずうずうしさに閉口した。 しかしせこいことも言いたくないので羊羹を取り出した。 するとやつらはたちまち奪い合うようにして全部、食べてしまった。 疲れたら食おうと思っていたのに、 僕はその消えゆく羊羹を悲しく見つめながら思った。 もう今夜はここらに泊まることに決めていたので、 神社がどんなものか見ておきたかった。 そこで、お宮に行くことを提案した。 するとそろそろ帰る時間だから 家に電話しておきたいとともゆきが言った。 そこで僕のテレホンカードを使わせてやることにして、 近くの公衆電話に向かった。 貞行がもうすっかり元気な様子で、 けいちゃん、こっち、こっち、と走って行く。 ともゆきは家に電話をかけ、 まだ帰らないでいいかと必死に親を掻き口説いている。 それでようやくOKをもらったらしい。 それから皆で神社に向かった。 神社へは石段を昇っていかなければならない。 そのかわりその上からは村を見渡せる。 その神社で今度は相撲を取るはめになってしまった。 まあ小僧が相手のことなのでたいしたことはないのだが、 それでも三人がかりでかかってこられると それなりに疲れたりするわけである。 とくに裕太は小学三年生ということだったが、 じっさいの体の大きさは五年生なみであった。 この裕太という奴がほっておくと何をしでかすかわからないやつで、 相撲の後で休んでいると、 僕のリュックをがさがさとさぐり始めた。 そして「写るんです」を見つけると何やらいじくりまわしていた。 写真の残りもあとわずかである。 旅もあと数日で終わりなので、カメラはもう買わないことにしていた。 そのぶん節約して写真を取らないようにしていたのである。 ところがこの裕太が写真取ってもいい、というのである。 僕はダメダメ、と言ってほっておいた。 どうせ使い方がわからないだろう、とタカをくくっていた。 ところが裕太はカメラのノブ回すと パシャパシャ写真を取り始めたのである。 僕は慌ててカメラを取り上げた。 まったくこいつらといるとパワーをすべて吸い取られるような気がする。 さていよいよ姉弟が帰ると言いだした。 が今日はカレーライスだからあとでこっそり持ってきてくれるという。 兄弟も帰ることになった。 あたりはまだ明るい。 時刻は五時半であった。 僕はお宮にひとり残された。 それから一時間もすると姉弟が現われた。 ともゆきが手にタッパを持っている。 どうやら本当にカレーを持ってきてくれたらしい。 奴は僕にそいつを手渡しながら、 こっそり持ってこなくちゃならなかったからドキドキしたよ、と言った。 まるで捨て犬にこっそりエサを持ってゆくような口ぶりである。 しかし、なかなか可愛いことを言う。 するとそこへ兄弟が母親をともなって現われた。 貞行がタオルをもって家に帰ったからだろう。 こちらは親には内緒にできなかったらしい。 親子は階段をのぼってきた。 貞行が手に何か持っていると思ったら弁当とビールであった。 母親が気をきかせてくれたのだろう。 僕は彼女に会釈をした。 子供たちは明日の朝またやって来るという。 ラジオ体操があるので早く起きるのだそうだ。 そう言って彼らが去って行った後、 静かになったその場で腰を下ろしてボーッとしていると 少しばかり拍子抜けしてしまった。 それから小高い神社から村を見下ろしながら眠ったのはまだ18:00であった。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 旅のはじまりから読みたい方はコチラ------------------------------------------------------------------------------------★おすすめ!!セミナー情報★---------------------------- 明日のあなたの行動が変わる 具体的な一歩が踏み出せるセミナー開催します! ■7つのツールでみるみる自身力がつく! 行動改革成功セミナー ~完全実践編~ 講師:水野浩志先生 2004年9月4日 10:00~17:00 池袋にて 詳しくはこちら!
2004年08月28日
コメント(1)
【真夏の邂逅】第61日目 8/27(前編) 朝、起きると唇がはれていた。久留米の市場の食堂で朝食。羊羹をもらう。 吹春で子供たちと仲よくなる。カレー、パン、弁当、ビールをもらう。-------------------------------------------------------- 翌朝、久留米の町に到着した。 次のラーメン都市は熊本である。 久留米ではラーメンを食いそこねたので 熊本ではぜひうまいやつをいただきたい。 僕は地図を広げ距離を計算した。 ちょうど夜に熊本につくようにするには 今日どれくらい歩けばいいんだろう。 今、久留米だから、 八女、山鹿を経由して約60kmといったところだろうか。 無理をすれば今日中につける。 僕は道中を急ぐことにした。 そう決めたとたん、なんだか急に腹が減ってきた。 何を食おうかと思い歩いていると、 ふと魚市場が左手に見えた。 食堂もある。 市場の食堂なら安くてうまいにちがいない、 僕はそう思い、その店の中に入った。 時刻は7:00である。 中にはテレビが置いてある。 ちょうどニュースの盛んな時間帯で 僕はなにげなくテレビを見ていた。 すると次は台風に関する情報ですと言って、 傘をさした女のレポーターが映しだされた。 僕は一瞬驚いてなにがなんだかわからなくなった。 ここ二三日は晴れているときが多かったし、 台風が来ているとは思えなかった。 しかもよく見ると、その映像は東京のものである。 ますますわけがわからない。 すると次の瞬間、台風の進路図が画面に映しだされた。 ふつう台風というものは沖縄のほうで発生して九州を通って、 そこから先は大陸に向かうか、 それとも日本のどこかに上陸するか、 まあどうなるかわからない、というものだろう。 僕の認識というものはそういうところだった。 ところがこの台風はそういうプロセスをまったく無視して、 まっすぐ東京に向かっているのである。 思えば東北地方を歩いているときに 台風がたてつづけに上陸したが、 それは西日本の話で僕には影響はなく、 大阪で台風7号に遭遇したが、 ここではちょうどうまく小原家でしのぐことができた。 そして今、台風の襲来というものが身近な九州を歩いているのである。 それにもかかわらず台風は自分を避けていってくれた。 我ながら悪運が強い、と僕は思った。 テレビでは神田川の水が溢れそうだと言っていた。 朝飯を食い終わると店を出て、 いよいよ国道3号を通って熊本に向かうことにした。 店ではおやじさんが僕が北海道から歩いてきたと聞き、感動したらしく、 甘いものだから疲れたら食べなさいと羊羹をくれた。 思えば僕の旅はこうした人たちの無数の善意と そして紙一重の運に支えられてきたのだった。 八女市を過ぎたあたりで 疲れて国道のわきに座り込んでいると、 また親切なひとが現われた。 どうしたの、とそのおばさんは話しかけてきた。 僕が毎度の話を繰り返すと、 おばさんはエプロンのポケットに手を突っ込んだ。 そして、今、買い物の帰りだからこれしかないけど、 といって550円を差し出した。 僕は断ったが結局はそのお金をありがたく頂戴した。 (後編に続く) ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 旅のはじまりから読みたい方はコチラ------------------------------------------------------------------------------------★おすすめ!!セミナー情報★---------------------------- 明日のあなたの行動が変わる 具体的な一歩が踏み出せるセミナー開催します! ■7つのツールでみるみる自身力がつく! 行動改革成功セミナー ~完全実践編~ 講師:水野浩志先生 2004年9月4日 10:00~17:00 池袋にて 詳しくはこちら!
2004年08月27日
コメント(0)
【真夏の邂逅】第60日目 8/26 チキンピラフを食いながら行く。犬ころにも少しやる。山田から迷って大隅に至る。 酒屋で道を訊き、キャンデーをもらう。国道322号に向かう途中、小荷物を配送中の 兄ちゃんにコーラをもらう。電話線修理中のNTTの人々に麦茶をごちそうになる。途 中とんでもない峠道。八丁越えはきつかった。下る途中、近道と書いてあるので行っ てみたが行き止まりになっていた。甘木を抜ける。国道322号はわかりにくく、しば しば迷う。夜になり雨がパラつき始める。田んぼのあぜ道から国道に出ようとして葦 の中をつき進むも撤退を余儀なくされる。結局、久留米にはたどりつけず。工事中の バイパスで寝る。-------------------------------------------------------- さて今日は久留米まで行く予定である。 山田からまっすぐ嘉穂町まで行くつもリであったが、 なにしろ九州の道路標識はわかりにくい。 少しずつ南へ進路がずれ、 いつのまに大隅というところへ出てしまった。 酒屋で道を訊いてみたが、 ここから進路を軌道修正しても ざっと10kmはロスしてしまったようである。 うんざりしたが仕方ない。 とりあえず国道322号に復帰することを 当面の目標として歩くしかないだろう。 やがて昼まえには国道322号へ復帰できた。 が、ここで安心してはいられなかったのだ。 やがて道は強烈な峠道へとつき進んで行ったのである。 最初のうちはまだ日も高いことだし 気分よく山道を歩いていたのだが、 これが二時間たっても三時間たっても 一向に峠にいたらないのである。 この調子じゃ今日のうちに久留米なんて とても無理であるように思えてきた。 山道には沢ガニなどがたくさんいたが、 火もないことなので、とりあえず食うのはやめにした。 へろへろになりながら ふもとの甘木へと降り立った時には16:00を過ぎていた。 それから久留米へと向かったのであるが そのうち日が暮れてしまった。 道は例によってわかりにくく、 いつの間に、またもや国道322号を外れてしまっていた。 田んぼの中の農道を歩いているので真暗である。 見通しはよく、遠くを車が列になって走っているのが見える。 あれが国道なのだろうか。 迷いながら歩くというのはつらいものである。 歩けば歩くほど目的地から遠ざかって行く場合だってある。 それから三、四時間歩いた。 いまだに自分がどのあたりにいるのだか よくつかめないが、 恐らく左手に見える車の列が国道なのだろう。 とにかく今歩いている道から そちらの方にアクセスしてみよう。 そう決断すると左手に折れる道を曲がった。 夜空を見上げると、どんよりと重い。 胸がクーっとしめつけられるようなかんじがした。 そのうち雨がパラつき始めた。 やがて国道らしき道に出たが、 その道は先の方で大きく左に曲がっている。 そして、その曲がっているぶんだけ遠回りになっているのだが、 それを帳消しにしてくれるような、 おあつらえむきの農道がまっすぐと伸びている。 ただ、道はまっすぐ伸びているように思えたが、 いったいどこまで、その道がまっすぐなのか定かではない。 第一うまく国道へとアクセスするのかどうかもよくわからない。 少しばかりどうすべきか迷っていたが、 そこへちょうど車が一台、その道を進んでいった。 よし、行ってみよう。 僕はその農道に賭けることにした。 結果的には、この賭けは大きな失敗であった。 この道もまた国道と平行して大きく左に曲がっていたのである。 それに気づいたときにはだいぶ来てしまっていた。 いまさら引き返すのもしゃくである。 そこから右手の国道にアクセスを試みることにした。 この農道からはせいぜい200mぐらいのものである。 すぐそこに見えていることだし 簡単に出られるものとタカをくくっていた。 しかしこれがあまかったのである。 僕は農道を右に曲がり 田んぼのあぜ道を国道へ向かって歩きはじめた。 そして国道へ出られそうな地点のあたりをつけた。 国道と交差して小川が流れている。 この小川沿いを行くのが一番障害がなく 目的を達することができるだろう。 そう思いその小川にそって歩き始めた。 が、だんだんと草深くなってきた。 そして国道の手前30mほどのところで このコースは断念せざるをえなくなった。 草が自分の身長よりも高くなってしまったのである。 しかたなく僕は対岸に渡って 同じ方法で国道へのアクセスを試みることにした。 向こう岸はかなり国道の近くまで行くことができた。 もう少しである。 だが葦が生えている。 これが森とでもいったらいいほどの勢いで 僕のまえに立ちふさがっている。 僕は迂回できないものかと思い、 ぐるりと回ってみたが どうもこの葦はずーっと左のほうまでつながっているようである。 僕はこのとき雨と疲労のせいで、 すでに冷静な判断力を失っていた。 その高さ2mほどもあろうかという葦の密生地に 突っ込んでいったのである。 何しろ国道はすぐそこなのだ。 20mもないだろう。 がむしゃらに突き進めばなんとかなる、 そう思い、右手に釣り竿を持ち、 それでもって葦を薙倒しながら進んだ。 しかし1mもゆかないうちにである。 にっちもさっちもゆかなくなってしまった。 葦は僕の前に立ちはだかる。 そしてだんだん息苦しいような感覚に襲われ始めた。 -イノハヤケイは、いったいここで何をしているんだ- 僕は自分で自分のしていることがよくわからなくなってきた。 ようするにパニックに陥ってしまったのだ。 とりあえず引き返すしかない。 そう思い、逆もどりしようとするのだが 今度はなぎ倒したはずの葦がもうちゃんとまっすぐになっていて 僕の退路をさまたげる。 「あっ-、も-っ」 僕は思わず叫び声をあげた。 と、その時さらに追い打ちをかけるように 左足が水の中へと突っ込んだ。 いつのまに水辺のほうへ来てしまっていたのだ。 足を取られそうになりながら 必死に陸地に上がろうとする。 葦のせいで目の前は真っ暗である。 ほんとに何してるんだろう。 僕はつぶやきながら何とかほうほうの体で、その窮地を脱した。 こうなったら、 もうこのまま田んぼのあぜ道を通ってゆくしかあるまい。 僕はそう決めた。 国道にアクセスするのはあきらめて、 何とか田んぼ道をたどって国道と平行に行くのだ。 最初からそうすればよかったのである。 どうしてそうしなかったのだろう。 幸い雨はそう激しくならずに上がった。 民家の密集する地帯に出られたときは ホッとすると同時にバカらしくもなった。 まあとにかく、ここまで来れば国道へは出られるはずである。 そう思ったのだが受難はまだまだ続くのである。 右手にあるはずの国道がいつのまになくなっている。 僕の持っているおよそ粗末な地図では 住宅地に入ってしまえばお手上げである。 もう23:00を回っているというのに 僕はまだ歩き続けなければならなかった。 そもそもなぜ今日中に久留米に着きたいかというと ラーメンが目的である。 何しろラーメンどころの北九州である。 久留米ならうまい屋台ラーメンが食えるにちがいない。 そう思って歩いてきたのだ。 これで、もし今日中につけないとすれば 久留米の街を通るのが朝ということになってしまう。 朝っぱらからやっている屋台など聞いたことがない。 だが事態はすでに絶望的であった。 まだ街の明かりさえ見えてこない。 ただひと筋の光明を見いだしたとすれば、 電車の線路を見つけたことである。 こいつをたどって行けば久留米に着くにはちがいない。 しかしもうそろそろ今歩き続けることにあまり意味がないことを 十分にわかりはじめていた。 だが半分は意地になっている状態である。 寝るのに適当な場所が見当たらないこともあって、 僕は線路ぞいを歩き続けた。 そして工事中のバイパスまでやってきたとき、 ついにもう歩けなくなった。 久留米の町はもうすぐである。 しかしそのすぐというのが今はつらい。 雨がまたふりだしそうであった。 だが僕はもうかまわずバイパスの下で眠った。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 旅のはじまりから読みたい方はコチラ------------------------------------------------------------------------------------★おすすめ!!セミナー情報★---------------------------- 明日のあなたの行動が変わる 具体的な一歩が踏み出せるセミナー開催します! ■7つのツールでみるみる自身力がつく! 行動改革成功セミナー ~完全実践編~ 講師:水野浩志先生 2004年9月4日 10:00~17:00 池袋にて 詳しくはこちら!
2004年08月26日
コメント(0)
【真夏の邂逅】第59日目 8/25 小倉城を見る。小倉の町にはやたらレゲエのおっちゃんが目につく。たぶん暖かく 豊かなところだから過ごし安いのだろう。ここらのコンビニは地図が置いていない。 それと工業地帯のわりに川はきれいだ。斎藤克也にTEL。奴も近々九州を旅する予 定とかで落ち合えるようならどこかで会おうということになった。腿の裏がつるよ うに痛い。とりあえず田川市を目指す。九州の道路標識はわかりにくい。道に迷う。 夕食に旅に出て初めてほかほか弁当で弁当を買う。後藤寺を越え、喫茶店か何かの 建築中のところで寝る。-------------------------------------------------------- 夕方近く、交差点の手前を歩いていると 信号がちょうど赤で車が止まっていた。 その車の窓を開け、中からおっちゃんが、九州一周か、と大声で訊いてきた。 反対斜線にあるので車までけっこう距離があるのである。 僕が「日本縦断」と言うと、 聞き取れなかったらしく、 「にほんじゅうか」と聞き返してきた。 僕はもういちど「に・ほ・ん・じ・ゅ・う・だ・ん」と叫んだ。 と同時に信号が青になった。 おっちゃんは手をあげて去っていった。 おっちゃん、ちゃんとわかってくれたのかな。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 旅のはじまりから読みたい方はコチラ------------------------------------------------------------------------------------★おすすめ!!セミナー情報★---------------------------- 明日のあなたの行動が変わる 具体的な一歩が踏み出せるセミナー開催します! ■7つのツールでみるみる自身力がつく! 行動改革成功セミナー ~完全実践編~ 講師:水野浩志先生 2004年9月4日 10:00~17:00 池袋にて 詳しくはこちら!
2004年08月25日
コメント(0)
【真夏の邂逅】第58日目 8/24 夜露がひどい。 ゆうべ拾った新間が役立つ。 10:00ごろジュースを拾う。 何でもなさそうなので飲む。 250円のとんこつラーメンを食う。 山ばかりを歩く。 山陽町には厚狭(あさ)と寝太郎という地名があった。 ギンギンに陽が照っている。 暑いが今日はけっこういいペースで歩いている。 夕方、畑でおばちゃんにジュースをもらう。 下関に入ってから、見知らぬおやじさんにおにぎり、天ぷらをもらう。 陽も暮れたが関門海峡を目指す。 下手をするとトンネルが閉められてしまうかもしれない。 壇ノ浦のあたりまで来ると関門橋が見えてきた。 ライトアップされている。 どうにも胸がいっぱいになる。 僕がこの旅でいちばん印象に残ったのはこの光景だった。 21:00ついに九州に渡る。 渡るとすぐにめかり公園というのがある。 この公園の展望台に忍び込んで寝る。 高い位置なのであたりを一望できる。 あまり知られていないことだが 本州と九州は歩いて渡って行くことができる。 エレベーターで地下にもぐり、 その地下道を歩いてゆくらしいということは 旅に出るまえに情報として仕入れていた。 だが、その稼動時間であるとか、 その他の情報がなかったので、 九州に渡れるかどうか行ってみなければわからない状態であった。 実際、僕が本州側の渡り場である下関に着いたのは 19:30であったので営業時間外である可能性もあったのだが、 どうやらトンネルは通行可能であった。 九州に渡ったのであるが、どうにも実感が湧かない。 というのも本州-九州間が近すぎるのである。 関門海峡は見たところ少し大きい河が流れているようにしか見えない。 そういうわけで 本州と九州を隔てている明確なものを実感することがなかったのであるが、 しかしこれからは九州を歩くのだ、という実感は湧いてきた。 いよいよ明日から九州の地を踏み越えてゆくのである。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 旅のはじまりから読みたい方はコチラ-----------------------------------------------------------------------------------★おすすめ!!セミナー情報★--------------------------- 明日のあなたの行動が変わる 具体的な一歩が踏み出せるセミナー開催します! ■7つのツールでみるみる自身力がつく! 行動改革成功セミナー ~完全実践編~ 講師:水野浩志先生 2004年9月4日 10:00~17:00 池袋にて 詳しくはこちら!
2004年08月24日
コメント(0)
【真夏の邂逅】第57日目 8/23 昨夜はよく眠れた。雲ひとつない快晴。公園で体を洗う。ローソンのおねえ ちゃんがきれいだったので、ついパンとカレーを買ってしまった。防府市を 通り、小郡へ。途中国道2号を歩いているつもりが、いつのまに自動車専用 道路になってしまい、道に迷う。小郡のセブンイレブンのおねえちゃんもき れいだった。新聞紙を拾う。-------------------------------------------------------- 起きると少しばかり寒かった。 ゆうべの野良はもういなくなっていた。 今日もよく晴れている。 そのせいでやたらジュースを飲んでしまった。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 旅のはじまりから読みたい方はコチラ-----------------------------------------------------------------------------------★おすすめ!!セミナー情報★--------------------------- 明日のあなたの行動が変わる 具体的な一歩が踏み出せるセミナー開催します! ■7つのツールでみるみる自身力がつく! 行動改革成功セミナー ~完全実践編~ 講師:水野浩志先生 2004年9月4日 10:00~17:00 池袋にて 詳しくはこちら!
2004年08月23日
コメント(0)
【真夏の邂逅】第56日目 8/22 昨晩はよく眠れなかった。虫よけを買う。錦帯橋を見る。激しい雨。 「ラーメンハウスあり」で味噌ラーメンを食べる。車と接触。家にTEL。 昼過ぎからは晴れる。久々に寝袋を干す。さつまラーメンの店で焼豚 定食を食べる。公園で寝る。-------------------------------------------------------- キンタイキョウはすぐに見つかった。 錦帯橋と書くのであった。 しかしそこから先がいけない。 山道になってしまった。 その上、新岩国の駅を過ぎたあたりから、 またもや雨が降りはじめた。 西日本の各地で崖崩れが起きているらしく、 どうにもこういう雨は緊張感を煽る。 雨はいつ止むとは知れず降りつづけている。 国道を離れたので道はどんどん細くなって行く。 いちおう県道のはずなのだが。 さてポンチョはほとんど役に立たなくなってきているため、 岡山あたりからはゴミ袋(黒いポリ袋になっているやつ)を 雨を防ぐのに使っている。 どうするのかというと 袋の底の部分に三箇所、穴をあけ、 そこから首と両手を出すようにして すっぽりとかぶってしまうのである。 いわゆる縄文式貫頭衣方式である。 その上から服を着て、 さらに申し訳程度にポンチョを羽織って、 頭にタオルを巻いていれば、 姿は異様なれども、 まあそこそこの雨は対応できるのである。 ところが今日の雨はしぶとい。 そんな装備ではだんだん意味がなくなってきた。 雨で体温を奪われるせいで、かなり寒い。 ガチガチと唇を震わせながら 細々とした山道を登って行く。 そんな状態が二時間半も続いた。 山道は山道なりに、 どこかで他の道と合流するものである。 その合流したあたりに 「ラーメンハウスあり」という店があった。 ありとは蟻のことであるらしい。 僕はすぐにその店に入ることにした。 とにかく寒さをしのがなければ切なくてならない。 店に入る前に、 服やタオルの水をよくしぼらなければならなかった。 それくらいずぶ濡れになってしまったのである。 まだ朝の9:00なので他に客はいない。 僕は店のメニューを見て、味噌ラーメンを頼んだ。 とりあえず体が暖まりそうだったからである。 「県内全域に大雨洪水警報が出とるらしいよ。」 店のおじさんが、 いきなりとんでもないことを言ってくれた。 窓から外を見ると、シンシンと雨が降っている。 これ以上、先に進んでもだいじょうぶなんだろうか。 ふとそんな思いにかられる。 30分くらいその店で温もらせてもらい、 雨がやや小降りになるのを待って店を出た。 それからふたたび山道を一時間ほど歩くと雨は上がった。 雨は上がったのだが、新たな問題が生じた。 「この先、通行止め」という看板が山道の真ん中に立っている。 こんなところではもちろん迂回路などはない。 ということは道を戻って行かなければならない。 しかし、戻るといって、 いったいどこまで戻ればいいのだろう。 岩国までということになるのだろうか。 色々悩んだが、 ここはとりあえず突破することにした。 幸い雨は上がったのだ。 気をつけて行けばだいじょうぶだろう。 看板の横をすり抜け、 しばらく行くと、 たしかに道の半分が土砂で埋まっている。 そして電線が切れたままぶらさがっていた。 車なら通れまいが、人間なら通れる。 こうして山道を通り、 里に下りるころになると 晴れ間がのぞくようになっていた。 僕はとりあえず家に電話することにした。 いったいいつから連絡していないだろうか。 山口県に入ったことだし、そろそろ、 生きているよコールをしてやらねばなるまい。 いつものように コレクトコールで家に電話すると親父殿が出た。 しかし山口県の周東町の辺りだと言っても よくわからないようであった。 とにかく生存確認はできたと思われたのですぐに電話を切った。 それからやや疲れて歩いていた。 朝のうちとはうって変わって、 カンカン照りなのである。 それで道を渡るときも、あまり注意を払わずにいた。 するといきなり脇道から突っ込んで来る車がある。 僕にはその車の姿が目に映ったが、 たぶん止まるだろうと思って捨てておいた。 暑さのせいで判断力が鈍ってしまっていたのだろう。 ところが車のほうでも同じように思っていたらしく、 どんどん進んでくる。 そしてついに車が僕の右膝を小突いたのである。 コノヤローと思ったが、 たいした怪我ではない。 車の運転手は若い兄ちゃんだ。 この兄ちゃん、 車から下りてこない。 気が動転していたのだろう。 僕は歩くのに支障さえなければ 余計な関わり合いは無用と思ったので、 そのまま車を軽く蹴っとばして歩き始めた。 兄ちゃんはなぜだかニヤニヤしていた。 助かった、と思ったのだろう。 俺がヤクザ者だったら、 あんたの人生終わってるぜ。 僕は兄ちゃんの顔を見て、よかったじゃんと思った。 「牧場を越えて」でも歌いたくなるような上天気の中、 歩き続けて、日が暮れて、徳山市に入った。 バイパスを行くので駅前は通らない。 そのかわり郊外型の店舗がたくさんある。 晩飯はこのバイパス沿いの店で食べようと思った。 今はぜひラーメンを食いたい気分である。 ところがファミリーレストランや コンビニはたくさんあるのだが、 ラーメン屋がない。 いっそファミリーレストランで食うか、とも思った。 しかし何となく気が進まない。 そうやって店をパスすると、 しばらく何もなくなってしまうことがあった。 その度に、今のところで食っておけばよかった、 と思うのだった。 その上、交差点ごとにあやしい宗教関係者が寄ってきては、 手をかざしやがる。 こちらは腹も減っていることなので、 なんともいらつくのである。 そんな風にして歩いていて、 22:00近くなった頃である。 さつまラーメン、と書かれたのれんが目に入った。 僕はすぐにこの店に入ることにした。 店の中にはもう食い終わろうとしているカップルが一組いるだけだった。 もしかしたら、もう閉店…。 店にはそんな雰囲気が流れている。 「あの、まだやってますか。」 僕が尋ねると、 人のよさそうな店のおやじさんは、いいよ、と答えた。 僕はカウンターに腰かけると、 ラーメンと焼豚定食をお願いします、と言った。 「ああ、ごめんね。ちょっと麺は終わっちゃったんだ。」 「えっ。そうなんですか。」 まあ、閉店時間なのだからしょうがない。 「じゃ、焼豚定食のご飯を大盛りにしてもらえますか。」 焼豚定食はこの店でいちばん高いメニューであった。 「うん、いいけど。うちのは普通盛りでもけっこうあるよ。 食べてみて足りなかったら大盛りにしたら、いいんじゃない。」 店のおやじさんが言うので、 そうすることにした。 女の人が水を持ってきてくれた。 たぶん奥さんなのだろう。 喉も乾いていたので、グイッと一気に飲み干した。 五分もすると焼豚定食にありつくことができた。 やっぱりご飯を大盛りにしてもらった。 「さつまラーメンって書いてありましたけど、 鹿児島の御出身なんですか。」 僕はぱくつきながら、御主人に訊いたみた。 「いや、九州の出身ではあるけれども、 鹿児島ではないね。まあ、だけど、さつまラーメンをやってるんだよ。」 「ふーん。そうなんですか。 実は僕、鹿児島まで行くつもりなんですよ。 それで訊いてみたんですけどね。」 珍しく僕のほうから自分のことについて語った。 するとおやじさん興味を持ったらしく、 自転車で旅してるのかね、と言った。 「いや、歩いているんですけど。」 「へえーっ、今時ね。それでどこから歩いていなさる。」 「北海道からですよ。」 おやじさんしばらく腕組みをして 何やら考えているようであったが、 ここまで何日くらいでこれるのかね、と訊いた。 「えっと、6/30に出発してますから、 今日が何日でしたかね。8/22ですか。だから…50日くらいですか。」 「そんなに早く来れるかい。」 「ええ。」 僕が一連の質問に答えると、 へーっと言って、しばらくは言葉が出ない。 ようやく口を開くと言った。 「そうかい。そんな風にがんばってるんじゃ、大変だ。 この飯はタダでいいよ。」 僕は昨日に続いてタダ飯を喰ってしまうことになる。 あわてて断わった。 だが、やはり、いいよ、いいよの一言で押し切られてしまった。 しかし、考えてみれば店にとってこれほど迷惑な客もいまい。 閉店ギリギリの時間にやって来て、 店でいちばん高いメニューを頼み、 ご飯は大盛りにしてくれと言い、 決局は金を払わないのである。 別に仕組んでやったことではないが、 結果だけを見れば、そういうことになる。 「今夜は、どこで寝るんだい。」 店を出る時におやじさんが訊いた。 「まあ、そのあたりの公園で。」 そう答えて『さつまラーメン』に別れを告げた。 店を出ると本当にすぐ近くに公園があった。 僕はもう疲れていたので、ここで寝ることにした。 砂場のほうでは野良犬が一匹うずくまっている。 「おまえも、今夜はここで寝るのか。」 僕は奴に声をかけた。 野良は起き上がると、ぐるぐるとその場を回って、 それからまたうずくまった。 「おやすみ。」 僕はまた奴に声をかけると寝袋の中で眠りにおちた。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 旅のはじまりから読みたい方はコチラ
2004年08月22日
コメント(1)
【真夏の邂逅】第55日目 8/21原爆ドームを見る。涙が出そうになった。久々に海を見る。髪の毛を切った。 線路を横断。ものすごく晴れる。暑い。お好み焼きを食う。山口県に突入。 岩国の裁判所前というバス停で寝る。-------------------------------------------------------- 広島から国道2号で西へと向かうのであるが、 たいして遠回りにもならないので原爆ドームを見てゆくことにした。 まだ朝の6:30である。 平和記念公園は人もまばらである。 ドームはその公園にポツンと建っている。 この建物だけは50年前と変わらぬ姿で建っているのである。 僕はその威容に心をうたれた。 その場を離れ、爆撃の目標になったといわれるT字の橋の途中で、 僕はもういちどその建物をふりかえった。 なぜだか胸の奥が焼けるような気がした。 今日はものすごくよい天気になった。 そして竹原以来、久しぶりに瀬戸内海を目にした。 この内海は太平洋とはちがい、 ごちゃごちゃと島などが入り組んでいて、 僕にしてみるとあまり海という感じがしない。 しかし、その入り組み方が美しいということなのであろう。 午後になると厳島への渡り場、宮島口を通った。 観光地の賑わいに僕も、なんとなく浮かれてくる。 しかし金などないので厳島観光はおあずけである。 本州側からでも十分に神社などが見える。 日々こんなふうにして歩いているのであるから、 友達には長いこと会えない。 電話などをして時々、話すだけである。 そんな毎日をくり返していると、 だんだん言いたいことがたまってくる。 とくに何かおもしろいことを思いついたりしたときなどは、 ついついこれは誰々向きだな、などと考え、 あいつならこんな突っこみを返してくるだろう と想像すると思わず笑ってしまう。 人が見たらさぞかし無気味に思うだろうから、 そのへらへらと笑った顔を見られないようにうつむきながら行く。 はたから見るとつらくて 下を向いてひたむきに歩いているように見えるかも知れないな、 などと思えば、またまたおかしくなって クックックッと笑いがこみ上げてくる。 一日のうちでもっとも調子よく歩くのは午前10時ごろである。 この時間帯にはかなりハイな精神状態になっているので、 晴れたりしていて、まわりに誰もいないような時には 大声で歌を歌いながら歩いてゆく。 歌はその場の気分で思いついたものをかたっぱしから歌ってゆく。 逆に落ち込みが激しいとき(夕暮れ時で雨が降っているような場合) なども自分自身を鼓舞するために歌を歌う。 そうすると孤独やら寂しさやら倦怠がほんの少しだけ癒される。 さて今日は天気もよいので海で泳いだ。 海水浴場ではない場所でもけっこう人が泳いでいる。 僕もその中に混じって短パンのまま泳ぐ。 海から上がって二時間も歩けば乾いてしまう。 それから誰もいない海辺で髪の毛を切った。 といっても鏡がないので、地面に落ちる影を見て、 はさみで切るのである。 当然、前や後ろは切れない。 ただサイドが伸びてきたので切り落とすだけである。 どうせ知り合いになど会いっこないのだから、 髪の毛などどうでもいいのだが。 夕刻になって、 さてそろそろ広島県ともお別れが近くなってきた。 ぜひ広島風お好み焼きをもう一度、 食っておきたいところである。 そうやって街道沿いを物色するうちに なかなかよい感じの店を見つけた。 僕はその店の中に入っていった。 店の作りは屋台に毛の生えたようなものである。 しかし、えてしてこんな風に おしゃれじゃない店のほうがうまいものである。 カウンターに座ると、僕は豚肉・そば入りのお好み焼きを頼んだ。 380円である。安い。 店は夫婦でやっているらしい。 客は僕以外にはいない。 「お兄ちゃん、自転車?」 川藤(元阪神タイガース)のような顔をしたおやじさんが卵を割りながら訊いた。 「いや、歩いてるんですよ。」 僕がそう答えると一瞬、そばをかき回すおやじさんの手が止まった。 「ふーん。それで、どっから歩いとるん。」 「北海道からなんですけど。」 「じゃ、あんた今、北海道に住んどるんか。」 「いえね。東京に住んでるんですけど、 いったん北海道まで電車で行ってね。そこから歩いてるんです。」 「なるほど。」 おやじさんはちゃっちゃっとお好み焼きを作りながら言った。 「お好み焼きはもう食ったかね。」 「ええ、昨日食べたんですけど。 うまかったもんで、もう一回食べようかなと思いましてね。」 そんなことを言っている間にお好み焼きが出来上がった。 「箸で食うかね。」 おやじさんは尋ねた。 僕は仁義に反してはいかんと思い、いらないと言った。 「へらでこうやって割って食べるんよな。」 そう言うとおやじさんは 鉄板の上のお好み焼きを鉄のへらで四等分した。 「あんた、キンタイキョウは見ていかんのかね。」 僕がお好み焼きを四苦八苦しながら食べていると おやじさんが唐突に言った。 「キンタイキョウ?」 僕が聞き返すと、 なんだそんなんも知らんのかい、 といってキンタイキョウの説明をしてくれた。 なんでも江戸時代に作られた木造の橋で、 五つの橋をつなげたような形をしているそうだ。 有名らしい。 僕はまったく知らなかった。 どうやらルート上にそのキンタイキョウがあるらしいので 明日の朝にでも見てゆくことにしよう。 そんなことを思いつつ お好み焼きをほとんど食べ終えようとしたとき、 ドヤドヤと店に入って来た一団がある。 その一団はおじさん、おばさん連中が四、五人といったところで、 店のおやじさんと話をしはじめた。 聞いていると、どうやら千葉からやって来たらしい。 そのうちとなりに座ったおばさんが 僕の存在に気づいたらしく、話しかけてきた。 「あれっ、ずいぶん真っ黒だね。このお兄さんは。」 「はあ。」 僕がそう答えると、かわりに店のおやじさんが説明をした。 「歩いて旅しているんだって。」 「へーっ。で、どこから。」 テーブルのほうに座っていたおじさんが訊いた。 また店のおやじさんが答える。 「北海道からだってゆうんだよな。」 僕が何も言わなくても全部、 おやじさんが答えてくれる。 するとテーブルに座っていたおじさんは、よしっ、と言うと 「これ、とっときな。」 と五千円札を取り出した。 「いえ、そんないただけないですよ。そんな急に。」 やはり、いきなり五千円出されたからといって、 はいそうですか、というわけにもいかない。 「いいから、もらっときな。」 と言ったのは店のおやじさんであった。 「この人が気持ちよく出すと言ってんだ。もらっときなよ。」 「そうよ。あんたがまた誰かに親切にすれば、 それでいいんだから。」 となりのおばちゃんもそう言う。 そこでいただくことになってしまった。 すると店のおやじさん、 感動したらしい。 僕のお好み焼きを指さし、 「じゃ、これもタダだ。」 と言い始めた。 なんだかんだ言って、 お好み焼きを食べた上に5000円儲けてしまうことになった。 このお好み焼き屋を出て少し行くと、 もう山口県であった。 山口県といえばもう本州の端っこである。 よくまあここまで来たもんだ、 我がことながら少しばかり感動してしまった。 しかし、そんな呑気なことも言っていられなくなった。 日が暮れると雲行きがあやしくなってきたのである。 時々、ピカッと空が光るのである。 夕立が、おそらくあるだろう。 雨が降りだす前になんとか寝ぐらを探さなければ。 岩国駅の賑わいを横目に国道は走っている。 その駅を過ぎたあたりから雨が降り始めた。 僕はリュックを下ろし、 ポンチョを取り出さなければならなかった。 しかし、いいかげんこのポンチョも ボロボロでそろそろ物の役に立たなくなってきていた。 大活躍しているのだから仕方ない。 今夜は寺に泊めてもらおうか、と思っていた。 雨も降っていることだし、 ことによると晩めしを食わせてもらえるかもしれない。 実際、歩いているうちに、いくつか寺があった。 しかしいざ泊めてもらうとなるとなかなか言い出しにくいものである。 なんと言えばいいのだろう。 今までにずいぶんと見知らぬ人々に泊めてもらったが、 僕のほうからお願いしたことは、 ただの一度もないのである。 だいたい全国どこの寺でも泊めてもらえるものなのだろうか。 いきなりにべもなく断られたらどうしよう。 そんなことを思っているうちに だんだん寺に泊まるのが億劫になってきた。 結局、今晩もバス停で寝ることになった。 今さらたいして苦痛というわけでもないのだし。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 旅のはじまりから読みたい方はコチラ-----------------------------------------------------ワークショップ? 夏休みなんだもの・・・親子で参加しませんか? ・ ∴l∴ ・ ∴\∨/∴ │ ->*<- ━━━━━━━━━━━━ ! \ ∵/∧\∵ ~⌒ ヽ 10代を真剣に考える一日 i (⊆\ ∵│∵ ((((( ヾ ━━━━━━━━━━━━ ~ヽ \ ! ノの)) 丿 \ /\ フ (( (( / ^──7 ノ)))) | /||// ヽ ──── Designed by ishitoko < http://oomono.way-nifty.com/ >──── ■開催日 2004年8月22日(日) 受付開始 9時30分~ ■会 場 東京ウィメンズ・プラザ ●傷害、殺人、窃盗、放火、拉致・・・ なぜだ?━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━なぜこんなに多くなってしまったのか?! すぐにキレてしまう若者たちが!───────────────────────────────────何が変わったの? 今の日本で何が起きているの? どこに向かっているの?あなたは、子供に説明出来ますか? 子供たちの心の悲鳴が聞こえてますか?●就職難、フリーターの増加、自立できない若者たち・・・━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━前代未聞の経済不況と大変革の時代です。あなたは子供の将来が描けますか?───────────────────────────────────ボロボロになって助けを求めているのは、今目の前にいるあなたの子供です!親の不安が、まるで鏡のように、子供に映っていあるからではありませんか? あなたがやるべきことは何か? 将来のために子供に伝えるべきことは何か? 答えはここに → http://www.11form.com/brusr/8if/index.html --------------------------------------------------------─── Designed by Yoshimi★ < http://www11.ocn.ne.jp/~rescue/ >───
2004年08月21日
コメント(0)
【真夏の邂逅】第54日目 8/20 弁当をつくってもらい、出発。広島大学のキャンパスをまちがえてえらい目にあう。 広島市内に入り、お好み焼きを食す。なかなかうまい。広島城で寝る。今日はよく 歩いた。ほとんど雨も降らなかった。-------------------------------------------------------- 名残り惜しかったが、 中吉さんたちとは別れをつげ、歩き始めた。 女の人が僕のために弁当を作ってくれた。 中吉さんは記念にと『土と兵隊』という本をくれた。 今日は広島をめざす。 さて広島では泊まるあてがあった。 広島大学である。 以前テレビで見たのだが、 大学の寮を一般の人にも貸してくれるそうで、 一泊400円ということであった。 まあ詳しい話はそれ以上はよく覚えていないのだが、 とにかく広島大学まで行けばなんとかなるにちがいない。 それにはなるべく早い時間に着くことである。 夜中の12時にいきなり行っても泊めてはくれないだろう。 そんなわけで今日は急いで歩いているわけである。 西野から広島市街までおよそ50kmはあるにちがいない。 よほど気合を入れて行かなければ、と気をひきしめる。 ところが、まだまだ先のはずの広島大学がいきなり現れた。 といっても、標識だけである。 しかし広島大学としっかり書いてあり、 国道から左に曲がるとある。 どうもあやしい、とは思ったもののとりあえず、 行ってみることにした。 たぶん広島大学の東広島キャンパスか何かなのだろう。 うすうすはわかっているのだが どうも僕は希望的観測に基づき行動してしまう。 きれいに整備された並木道をしばらく行くと、 突如、広島大学のキャンパスが出現した。 大学の新しい校舎というのはたいがいはこんなふうなのだろう。 周囲に何もないところに校舎という器だけが、 デーンと置かれている、という感じである。 やはり僕がテレビで見た雰囲気とはかなり違っていた。 ブラウン管に映っていたのは、 汚くて、古い寮であった。 どう見ても、そんな建物は周囲にはなさそうであった。 しかたなく広島市をふたたびめざすことにした。 国道からはほとんど真横に来ただけなので 距離的には広島には近づいてはいない。 国道に復帰しなければならないが、 まったく同じ道を戻るのは精神的ショックが大きすぎる。 僕は国道となるべく平行で、 しかもいつかは国道に出られるように道を探しながら行くことにした。 むろん僕の地図はこの場面では役に立たない。 こう決断したことは間違いではないだろう。 そのときではベストの選択だったのだ。 しかし、結果だけを考えるならば、 これは明らかな失敗であった。 ただでさえ、広島大学のために時間も距離もロスしているのである。 そのうえ、よくわからない道を行ったため迷ってしまった。 国道にもどるために、 それから2時間はさまよわなければならなかった。 山道を歩き、海田町というところに着いたときにはもう19:00であった。 国道2号と185号がここで合流する。 広島の市街地までは7~8kmというところである。 すでに47~8kmは歩いている。 足が棒になっている。 広島大学をうまく探しあてられるとしても、 今からなら着くのは23:00近くになってしまう、と思われる。 それに電話帳で調べてみると大学の寮は十数個もあるのである。 僕がテレビで見た寮がいったいどれなのかわからない。 いろいろとめんどうなので、寮泊りはあきらめた。 あきらめたのだから、進行を止めればよさそうなものである。 ちょうど泊まるには絶好の川も流れている。 しかしなんというか、 止めるに止められないという感じである。 ほとんどマゾヒスティックな快感に浸りながら 足を引きずってゆく。 広島の市街地に行っても何もありはしないのだ。 それはわかっているのだ。 それでも歩みつづけ、 広島駅のあたりに着いたときには22:00をまわっていた。 僕はとりあえず何か食おうと思った。 今日は昼に作ってもらった弁当を食って以来、 何も食っていない。 疲れている。 店に入ろう。 僕が入ったのはお好み焼きの店である。 わりかし小ぎれいな店である。 僕が注文をすると、 お箸はどうなさいますか、と店のあんちゃんが訊いた。 僕にはその意味がよくわからなかった。 箸をどうするとは、いったいどういうことだろう。 こっちが訊きたいくらいである。 まあとりあえずお願いします、と答えておいた。 ところがまわりを見渡してみると 誰も箸を使っていない。 皆、鉄のへらを使って上手に食べている。 しかも皿を使わず鉄板の上から直接、食べている。 どうやら広島風お好み焼きは こうやって食べるのが仁義らしいのだ。 兄ちゃんも僕の旅の風体から流れ者だと思って訊いたのだろう。 食い方はともかく、 このお好み焼きはなかなかうまかった。 県内を出る前にもう一度くらい広島風お好み焼きを食べたいものだ、 と思ったほどである。 さて、店を出てあてもなく歩くうちに、 ふと金券屋の前に出た。 もう時間が遅いせいで閉まっている。 そうだ青春18きっぷを売ってしまわなければならないんだった。 店の看板を見ながら思い出した。 青春18きっぷとはJRが売り出している得々きっぷで、 五枚つづりで売られている。 これ一枚で各駅停車は一日中乗り放題という便利物である。 帰りはこれで東京まで帰ろうと思っていた。 ところが鹿児島からなら五枚もいらないのである。 すでに18きっぷは買ってあるのだが、 どうも計算上は二枚は余ってしまう。 これを金券屋で売ってしまえば4000円ぐらいは返ってくる。 けっこうバカにならない。 ただ、金券屋というものは都市にしか存在しないのであって、 ほとんど山の中ばかり歩いている僕にしてみれば 広島のような大都市でぜひ18きっぷを売ってしまいたいところではあった。 まあ、まだ広島である。 鹿児島に着く前にどこかで売りさばければいいのだ。 この時間なら他の店もやっていまい。 僕はあきらめて、ふたたび歩きはじめた。 今夜の寝床を確保しなければ。 市街に入ってからもけっこう歩いている。 今日はいったい何kmくらい歩いただろう。 一日の歩行距離の記録を更新していることはまちがいない。 北海道を歩いていたころは 夜は移動できないということもあって 一日に35kmくらいしか歩けなかったものだ。 それがどうだろう。 今日あたりはすでに 60kmは歩いているのではあるまいか。 まあ、こうしてぺースが上がってきているおかげで 旅は何とかまっとうできそうである。 少なくとも時間切れの可能性はかなり減ってきた。 さて今夜も寝床探しをしなければならない。 僕が選んだのは広島城である。 都市の片隅で寝るとしたら、 こういう公園しかないだろう。 お堀があるせいで、ずいぶんと蚊が多かったが、 それでももう午前0時を回っている。 ベンチに横になるとくたくたで寝てしまった。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 旅のはじまりから読みたい方はコチラ-----------------------------------------------------ワークショップ? 夏休みなんだもの・・・親子で参加しませんか? ・ ∴l∴ ・ ∴\∨/∴ │ ->*<- ━━━━━━━━━━━━ ! \ ∵/∧\∵ ~⌒ ヽ 10代を真剣に考える一日 i (⊆\ ∵│∵ ((((( ヾ ━━━━━━━━━━━━ ~ヽ \ ! ノの)) 丿 \ /\ フ (( (( / ^──7 ノ)))) | /||// ヽ ──── Designed by ishitoko < http://oomono.way-nifty.com/ >──── ■開催日 2004年8月22日(日) 受付開始 9時30分~ ■会 場 東京ウィメンズ・プラザ ●傷害、殺人、窃盗、放火、拉致・・・ なぜだ?━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━なぜこんなに多くなってしまったのか?! すぐにキレてしまう若者たちが!───────────────────────────────────何が変わったの? 今の日本で何が起きているの? どこに向かっているの?あなたは、子供に説明出来ますか? 子供たちの心の悲鳴が聞こえてますか?●就職難、フリーターの増加、自立できない若者たち・・・━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━前代未聞の経済不況と大変革の時代です。あなたは子供の将来が描けますか?───────────────────────────────────ボロボロになって助けを求めているのは、今目の前にいるあなたの子供です!親の不安が、まるで鏡のように、子供に映っていあるからではありませんか? あなたがやるべきことは何か? 将来のために子供に伝えるべきことは何か? 答えはここに → http://www.11form.com/brusr/8if/index.html --------------------------------------------------------─── Designed by Yoshimi★ < http://www11.ocn.ne.jp/~rescue/ >───
2004年08月20日
コメント(0)
【真夏の邂逅】第53日目 8/19 昨晩はよく寝た。西野で声をかけられ、そのままそこに泊まる。入浴、洗濯。 中吉氏、藤本氏と知り合う。中吉氏はなかなかおもしろい人物だった。-------------------------------------------------------- 昨日の夕方の五時から、 朝の五時までぐっすりと眠った。 雨は、とりあえず上がっていた。 それから三時間ほど歩いて、 西野というところを歩いていたときのことである。 「コーヒーでも飲んでいかんか。」 と誰かが声をかける。 見ると髪の毛がぼさぼさの 何となく冴えないかんじのおじさんである。 昨日、歩いていないぶん 今日はがんばって歩こうと思っていたのだが、 なぜだかその誘いにのってしまった。 さあ、中へ入ってと、 プレハブのような建物の中へ案内された。 そこは一見、何かの事務所のようであった。 ただし机と椅子と本棚がある以外は何もない。 僕がその椅子に座ると、 そのおじさんはコーヒーを持ってきてくれた。 そして、やがて奥へとひっこんでいった。 その奥には、もうひとり背の高い男のひとがいるのが見える。 僕はあのおじさんの家族か何かだろうと思った。 その男の人はこちらにやってくると、立ったまま話をはじめた。 「あんた、歩いてるんだって。」 「ええ。」 僕が答えると、その人は訊いた。 「どこまでゆくんだね。」 「鹿児島までなんですけど。」 そう言うと、その人は、ほーっと声をあげた。そして言った。 「歩いているときは何を考えながら行くのかいね。」 僕は何と答えていいかわからずに ちょっとばかり黙っていた。 するとそのひとは言った。 「右足の次は、左ってかんじかいね。」 「まあ、そんな感じですね。」 「前にもね。歩いて旅している人がおったんよ。 その人がそうゆうとったからね。 そんなもんなんかな、と思ってきいたんだけど。」 そう言うと、 今、朝飯を食っているから、 あんたも食べていきなさいと部屋の奥をゆびさした。 朝飯は食べたばかりであったし 先を急ごうとも思っていたので断わろうかとも思ったが、 なぜかまたその人のあとについて、 ふらふらと奥の方へと入っていってしまった。 奥には畳敷きの部屋があり、 さっきのおじさんと、 もうひとり女のひとがいた。 それから毛がすっかり抜け落ちた犬が一匹いる。 「さあさあ、あがって。」 背の高い男のひとは畳の上に座りながら言った。 僕もその畳の上に上がると丸く食卓を囲むようにして座った。 「たいした物はないけど。食べてください。」 女の人が言った。 「じゃ、遠慮なく。」 僕は箸を持つと皆さんと一緒に食べ始めた。 外を見ると強烈に雨が降りだしていた。 「雨が上がるまで、ここで雨宿りしてゆけばええ。」 背の高い男の人が言った。 だが結局、雨はその日いちにち上がらなかった。 この得体の知れないひとたちは実に親切であった。 風呂に入れてくれたし、 洗濯もさせてもらった。 このところの連日の雨で洗濯どころか、 洋服や靴の乾く間もなかったのでこれは大変、ありがたかった。 部屋の中ですることもないので話をするのであるが、 これがけっこうおもしろい。 少なくとも この人たちは普通に大学に通っていては 会えない種類の人達であることはたしかであった。 僕に最初に声をかけてきた男の人は 藤本という名前らしかった。 このひとのズボンのチャックはなぜか反開きのままで、 どうも背の高い男のひとに頭が上がらないようである。 ところがそれもそのはずで 話を聞いているとどうやら居候の身分らしい。 しかも、一昨日、転がりこんできたというから 立場は僕と対して変わらないではないか。 そのわりには、あんたも二三日ゆっくりしていったらいいんじゃ、 と言っていたような気もするが。 背の高い男の人は中吉さんというのであった。 中吉さんは右手の指が三本しかなかった。 昔、鳶をやっていて事故で指を切り落としてしまったということであった。 女の人はどういう人で、 誰とどういう関係なのかはわからなかったが、 とにかく優しい人であった。 中吉さんは、米は置かないようにしている、と言った。 そのほうがありがたみがわくからな、ということであった。 今はトチ餅を売って暮らしをたてているらしいが、 やはり暮らしはあまり豊かではないらしい。 それでもこの人にはそういうことから来る卑屈さは感じられなかった。 さて話といっても中吉さんが一方的にしゃべるのである。 それを皆が黙って聞く。 しかしこの人の半生を聞いていると、 なまじな小説を読むよりも面白い。 流れ流れて、今はここにいるらしいが 昔はそれこそ色んなことをしていたらしい。 人生には三度のチャンスがある、 というのがこの人の口癖であるらしかった。 中吉さんは、また朝鮮人のことをよく口にした。 あいつらは、すごいよ、というのである。 日本人の借金取りはケツの毛までむしりとってゆくが、 朝鮮人は、相手がもうこれ以上は無理だとわかったら スッと手をひくよ、というのである。 というから昔、借金取りに追われたことがあるのだろう。 寝床に入って、 皆が眠ってしまっても中吉さんの話は続いた。 あんたのような若いもんが 世の中をよくしていってくれにゃ。 中吉さんはふとん話の中で何度も、そう言った。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 旅のはじまりから読みたい方はコチラ-----------------------------------------------------ワークショップ? 夏休みなんだもの・・・親子で参加しませんか? ・ ∴l∴ ・ ∴\∨/∴ │ ->*<- ━━━━━━━━━━━━ ! \ ∵/∧\∵ ~⌒ ヽ 10代を真剣に考える一日 i (⊆\ ∵│∵ ((((( ヾ ━━━━━━━━━━━━ ~ヽ \ ! ノの)) 丿 \ /\ フ (( (( / ^──7 ノ)))) | /||// ヽ ──── Designed by ishitoko < http://oomono.way-nifty.com/ >──── ■開催日 2004年8月22日(日) 受付開始 9時30分~ ■会 場 東京ウィメンズ・プラザ ●傷害、殺人、窃盗、放火、拉致・・・ なぜだ?━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━なぜこんなに多くなってしまったのか?! すぐにキレてしまう若者たちが!───────────────────────────────────何が変わったの? 今の日本で何が起きているの? どこに向かっているの?あなたは、子供に説明出来ますか? 子供たちの心の悲鳴が聞こえてますか?●就職難、フリーターの増加、自立できない若者たち・・・━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━前代未聞の経済不況と大変革の時代です。あなたは子供の将来が描けますか?───────────────────────────────────ボロボロになって助けを求めているのは、今目の前にいるあなたの子供です!親の不安が、まるで鏡のように、子供に映っていあるからではありませんか? あなたがやるべきことは何か? 将来のために子供に伝えるべきことは何か? 答えはここに → http://www.11form.com/brusr/8if/index.html --------------------------------------------------------─── Designed by Yoshimi★ < http://www11.ocn.ne.jp/~rescue/ >───
2004年08月19日
コメント(0)
【真夏の邂逅】第52日目 8/18 「写るんです」を買う。本郷でひどい雨になる。 つぶれたガスステーションで寝る。-------------------------------------------------------- 尾道は「さびしんぼう」という映画の舞台になったところである。 僕はその映画にけっこう感動したし、 美しい風景も印象に残っていた。 だから尾道を訪れるに際しては、 期待していたのである。 だが雨が降っていては、 せっかくの期待も台無しになるところである。 そこで、晴れてくれ、と思って歩いていると、 8:00ごろ本当に雨が上がった。 どうも姫路以来、しとしと降る雨にはうんざりしていたのだが、 尾道に至るころには、 そんな気持ちを吹き飛ばしてくれるぐらいスカッと晴れた。 さて、じっくりと町を見てやろうと思ったが、 どうも尾道見物というのは国道から脇に入って 山の方に登って行かなければならないようなのである。 それに映画で見たような風景は あてずっぽうに探して見つかるような雰囲気でもなかった。 結局、尾道は素通りに近い形になってしまった。 まあ、これもしかたない。 今回の旅は歩くことが目的なのだから。 尾道から15kmほど行くと竹原市に入る。 ここからのルートをどうするか、 ということでずいぶんと迷った。 国道2号をまっすぐ行く山ルートと 国道185号を行く海ルートのふたつが考えられるのである。 このふたつの道は、広島市の手前で合流する。 海を行き、呉の町を見てみようかとも思うのであるが、 どうも山ルートに比べると遠回りなのである。 結局は少しだけ近い山ルートを取ることにした。 やがて昼を過ぎるころになると、 雨がふたたび降ってきた。 うんざりである。 僕は癇癪を起こし、 もういいかげんしろよと空に向かって叫んだ。 さりとてどうなるわけでもない。 最初のうちは細かい雨だったがじきに強くなってきて、 夕方にはまさに豪雨になった。 山の中を歩いているので、 雨宿りできる場所というのも限られている。 それに一日に45kmぐらいは歩きたいのであるが、 雨のせいでずいぶん早い時間に暗くなってしまった。 まだ35kmほどしか歩いていないのだが、 これ以上は進むのは無理と判断した。 山の中であるのでいつ歩道がなくなるかもわからない。 それに泊まるのに、 おあつらえむきの場所を見つけたのである。 だいたい雨の降っているときの寝床探しほど大変なものはない。 まず雨を避けるために 屋根がついていなければならない。 こういう条件を満たしつつ、 寝ていても文句の言われない場所となると、 かなり見つけるのは難しい。 ここ数日間は頭の痛いところであったが、 今日はうまいぐあいに寝ぐらを見つけられた。 つぶれたガソリンスタンドである。 そのガソリンスタンドは 山の中に一軒だけぽつんと建っていた。 ひとめ見ただけで、 もう営業はしていていないことはわかったのであるが、 建物の中に入れるかどうかが問題である。 ところが試しにドアを引っ張ってみると これが簡単に開いたのである。 こいつは幸運とばかり、その中へと入っていった。 中はかなりの混乱状態である。 しかし、ソファとベッドが置いてある。 クモの巣だらけではあったが 僕はとりあえずポンチョをソファにかけて乾かすことにした。 明日までにはだいぶ乾くだろう。 それからいつもどおりの貧しい食事をすると、 まだ17:00ではあったが眠ることにした。 疲れがたまっていたのだろう、 そのベッドに寝袋を敷くと、 本当にすぐに眠ってしまった。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 旅のはじまりから読みたい方はコチラ-----------------------------------------------------ワークショップ? 夏休みなんだもの・・・親子で参加しませんか? ・ ∴l∴ ・ ∴\∨/∴ │ ->*<- ━━━━━━━━━━━━ ! \ ∵/∧\∵ ~⌒ ヽ 10代を真剣に考える一日 i (⊆\ ∵│∵ ((((( ヾ ━━━━━━━━━━━━ ~ヽ \ ! ノの)) 丿 \ /\ フ (( (( / ^──7 ノ)))) | /||// ヽ ──── Designed by ishitoko < http://oomono.way-nifty.com/ >──── ■開催日 2004年8月22日(日) 受付開始 9時30分~ ■会 場 東京ウィメンズ・プラザ ●傷害、殺人、窃盗、放火、拉致・・・ なぜだ?━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━なぜこんなに多くなってしまったのか?! すぐにキレてしまう若者たちが!───────────────────────────────────何が変わったの? 今の日本で何が起きているの? どこに向かっているの?あなたは、子供に説明出来ますか? 子供たちの心の悲鳴が聞こえてますか?●就職難、フリーターの増加、自立できない若者たち・・・━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━前代未聞の経済不況と大変革の時代です。あなたは子供の将来が描けますか?───────────────────────────────────ボロボロになって助けを求めているのは、今目の前にいるあなたの子供です!親の不安が、まるで鏡のように、子供に映っていあるからではありませんか? あなたがやるべきことは何か? 将来のために子供に伝えるべきことは何か? 答えはここに → http://www.11form.com/brusr/8if/index.html --------------------------------------------------------─── Designed by Yoshimi★ < http://www11.ocn.ne.jp/~rescue/ >───
2004年08月18日
コメント(0)
【真夏の邂逅】第51日目 8/17 やっぱり今日も雨。わりかし順調に歩き、広島県に入る。福山はけっこう でかい街だった。NTTの松永支所で寝る。夜中にひどい雨で起こされる。 明日はいよいよ尾道であるので、ぜひ晴れてほしいものである。------------------------------------------------------- 今日は雨の降りが激しく、 ところどころで雨宿りをしてゆかなければならなかった。 運送会社のターミナルで雨を避けて、 どんよりとした空を見上げていると、 もう二度と晴れることはないんじゃないか、 そんな気にさえなってくる。 さて今晩も寝床探しをしなければならない。 松永という町で探すわけなのであるが、 なかなかよい場所が見当たらない。 やっとNTTの目の前にバス停を見つけたが、 夜更けに降りだした雨のせいで寝ているどころではなくなった。 しかたなくNTTの植えこみの中に入って寝た。 いつになったら雨は止むのだろうか。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 旅のはじまりから読みたい方はコチラ-----------------------------------------------------ワークショップ? 夏休みなんだもの・・・親子で参加しませんか? ・ ∴l∴ ・ ∴\∨/∴ │ ->*<- ━━━━━━━━━━━━ ! \ ∵/∧\∵ ~⌒ ヽ 10代を真剣に考える一日 i (⊆\ ∵│∵ ((((( ヾ ━━━━━━━━━━━━ ~ヽ \ ! ノの)) 丿 \ /\ フ (( (( / ^──7 ノ)))) | /||// ヽ ──── Designed by ishitoko < http://oomono.way-nifty.com/ >──── ■開催日 2004年8月22日(日) 受付開始 9時30分~ ■会 場 東京ウィメンズ・プラザ ●傷害、殺人、窃盗、放火、拉致・・・ なぜだ?━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━なぜこんなに多くなってしまったのか?! すぐにキレてしまう若者たちが!───────────────────────────────────何が変わったの? 今の日本で何が起きているの? どこに向かっているの?あなたは、子供に説明出来ますか? 子供たちの心の悲鳴が聞こえてますか?●就職難、フリーターの増加、自立できない若者たち・・・━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━前代未聞の経済不況と大変革の時代です。あなたは子供の将来が描けますか?───────────────────────────────────ボロボロになって助けを求めているのは、今目の前にいるあなたの子供です!親の不安が、まるで鏡のように、子供に映っていあるからではありませんか? あなたがやるべきことは何か? 将来のために子供に伝えるべきことは何か? 答えはここに → http://www.11form.com/brusr/8if/index.html --------------------------------------------------------─── Designed by Yoshimi★ < http://www11.ocn.ne.jp/~rescue/ >───
2004年08月17日
コメント(1)
【真夏の邂逅】第50日目 8/16 夜更けに雨漏りがしだした。板で作られた立派なバス停なのにである。 もっとも外の雨はひどいもので、雷は鳴るし、雨がダンダンと屋根に叩 きつける音が聞こえる。少し雨にぬれながらも翌朝めざめるとなぜだか 左頬が痛い。そのバス停から300mも行くと倉敷市の標識が立っていた。 けっこう昨夜は歩いていたのである。9:30市内に入る。美観地区を見る。 鶴形山公園で洗濯。謎の動物がいた。久々に太陽を見る。おばあさんふ たりと話す。アイビースクエアーで大友と落ち合う。パンなどたくさん もらう。新倉敷の駅まで歩き、バス停で寝る。夜更けに刑事が来る。職 質、何事もなく帰る。-------------------------------------------------------- 倉敷という町はおもしろいところで、 いわゆる都市としての機能を持つ地域と 観光のための地域というのがはっきりと別れている。 駅前のどこにでもあるようなビルの立ち並ぶところから 商店街を抜けると突然、美観地区という観光スポットが出現する。 その美観地区とやらをブラブラと歩いてみたが、 ようするに古い家並みが続いているだけで何がおもしろいのだか、 さっぱりわからない。 これではたいして時間もつぶせないので 鶴形山公園というところに行ってみることにした。 この公園は美観地区と隣接してあった。 公園とはいっても杜の中にところどころに 座るためのベンチが置いてあるようなところである。 こういうところのほうが落ち着くというものだ。 さて、その杜の中を歩いてゆくとちょっとした空間に 何やら檻が置いてある。 何事かと思えば簡易動物園といった趣向らしい。 やることがいきなりである。 何の前触れもない。 まずは左手の一番大きな檻には猿がいる。 ちゃんと猿と書いてある。 そして右手にはいくつか檻が並んでいる。 まず軍鶏。 それからインドの鶴と書いてある檻。 まったくインドならではの色彩感覚でやたら派手な鶴である。 この檻には小さな池があり、 そこから亀が顔をのぞかせていた。 鶴と亀とはなかなか粋なはからいである。 そして一番手前の檻にいる動物。 奴らが何だかよくわからない。 みたところ狸のようでもある。 しかし狸なら見たことがある。 どうもちがう。 そして一番奇妙なことはこの檻にだけ何の説明書きもないことだった。 その謎の小動物の正体を考えながら 水道で洗濯をさせてもらい、 洗い終わった服を陳列して乾かしていると、 そこにカップルが現われた。 彼らは檻の前で立ち止まり、あーっ猿だ、 とかなんとか言っていちゃついたりしていたが、 やはり最後の檻の前に来たときには絶句していた。 これ何?と女が訊いた。 男は狸じゃないか、と答えるのが精一杯であった。 こりゃ、たぶん誰にだってわからない。 なぜいちばんなじみのない動物にだけ 何の説明も加えられていないのだろう。 なにか秘められた意図があるのだろうか。 ここの動物園を作った人間にぜひ訊いてみたいものである。 さて、そんなことを考えながら時間をつぶしていたが 髪を洗うことにした。 今日はこれから女の子達と会うのである。 やはりそれなりに清潔にしておきたいものである。 洗濯のときと同様、公園の水道でバシャバシャ髪を洗う。 シャンプーもまだ少し残っている。 髪を洗ったら今度は体である。 僕は石鹸を腕や足につけ、タオルでごしごし洗いはじめた。 するとそこへ犬を連れた夫婦がやってきた。 そしておじさんのほうが話しかけてくる。 「自転車の旅ですか。」 「いや、歩いてるんですけど」 僕はゴシゴシしながら答えた。 「へえ、今どき。たいへんですな」 「はあ、」 なるべくそちらのほうを見ないで返事をする。 垢すりをしているところを人に見られることほど恥ずかしいことはない。 なぜ見られるかというと、こんなところでやっているからである。 まあ僕としては早くこの人達に立ち去ってもらいたかったのだが、 この夫婦すっかり落ち着いてしまって、 犬を遊ばせている。 そして僕に話しかけるのだ。 僕は早くこの作業を終えなければと思った。 だが、こんどはそこにカップルがやって来た。 彼らはなるべく僕のほうは見ないようにして行ってしまった。 その夫婦が立ち去ったのと、 僕が体を洗い終わったのがほとんど同時だった。 太陽が久しぶりに顔をのぞかせていた。 鶴形山公園で時間をつぶそうと思っていたのであるが、 どうもここは薮蚊が多い。 そうだ、アイビースクエアーの場所を確認しておこう、 そう思い、僕は洗濯物が乾くとほどなくそこを離れた。 ふたたび美観地区に戻る。 ここではところどころに地図が設置してある。 そこにアイビースクエアーの所在地もかいてあるのですぐに見つけることができた。 このアイビースクエアーというのは 倉敷の古い町並みにたいして洋風の建物と空間で構成され、 ちょっとばかりおしゃれである。 はっきり言って僕の今の格好でその場所をウロウロ歩き回るのには 抵抗があるような場所である。 建物の所在地はつかんだが、門をくぐるのは遠慮した。 そこでまたそのあたりをブラブラと歩くことにした。 駅のほうになんとなく歩いてゆく。 するといきなり観光客があふれんばかりに出現した。 小川がある。 その小川にそって土産店などが並んでいる。 僕はその観光地の真っ只中を行ってみることにした。 なんだか時代劇のセットの中を歩いているようである。 僕はその通りに置いてある縁台のようなところに腰をおろした。 日が照って暑い。 川をみると大きな錦鯉が泳いでいる。 ここで釣りをしたら大変なことになるだろうな、ふと思った。 目の前はそば屋である。 観光客の数が多いため、店にはたくさん人が並んでいる。 僕はこの縁台で昼飯を食うことにした。 朝のうちに買っておいた焼きぶたチャーハンが ちょうどよい具合に溶けている。 ぱくぱく食べ始めると、 そこへおばあさんがやって来て僕のとなりに腰をおろした。 「おや、真っ黒だね。」 彼女は言った。 「ええ、もう一月以上旅をして歩いているもので」 「ふーん、えらいね」 彼女は感心している様子だった。 それから毎度のことで北海道から来て鹿児島まで行くという話になった。 僕と彼女がそうして話していると、 そこにもうひとりおばあさんが現われた。 彼女が縁台の前で立っていると 最初にいたおばあさんが、座んなさい、座んなさい、 と言って彼女を座らせた。 そしてこの人、北海道から歩いてきたんですってよ、と言った。 僕はてっきりこのおばあさんの連れなのだと思った。 彼女は、まあと言って僕のほうを見た。 それから最初にいたおばあさんは 彼女に僕のことをいろいろ説明しはじめた。 僕は黙って彼女達の会話を聞いていた。 最初のうちは僕のことを話していたはずである。 ところが、だんだん話がヘビーなものになってきた。 よく日本もここまで立ち直ったね、 戦争中は大変でしたよね、 などと観光地の賑わいを見ながら 二人は感慨深げに話すのだった。 そしてよくよく聞いていると 彼女らはさっき出会ったばかりであるらしかった。 やがてそれぞれの家族がふたりを迎えに来た。 僕は縁台での食事を終え、これからどうしようかと考えた。 まあここらをもう少し見てみるかと思った。 そして川沿いを歩き始め、 やがて疲れて暑くなったので資料館と無料休憩所を兼ねたようなところを見つけ、 そこでしばらく涼む。 ここはクーラーが効いている。 時刻はそろそろ三時になろうとしていた。 僕はもう一度アイビースクエアーに行ってみることにした。 まだ少し早いがもう彼女達もチェックインしているかもしれない。 僕はさっきはビビッて入らなかったアイビースクエアーに入ってみた。 ここは宿泊施設だけでなく、 いろいろなものが展示したコーナーもある。 しかし有料のものは避けることにしたら どこも入るところがなくなってしまった。 僕はしかたなく中庭の椅子に腰をおろした。 ビアガーデンのように椅子と机が並んでいるのである。 ここで少しばかり眠った。 だが雨が降り出して寝ているどころではなくなった。 時刻は四時である。 僕は受付に行ってみることにした。 建物の中に入り、フロントで訊いてみると 大友様はもうチェックインされていますが外出中です、 という返事だった。 僕は中庭に面した廊下に置いてある椅子に腰掛けると、 しばらく大友が帰ってくるのを待った。 やがて僕の知らない女の子を連れて大友がやって来た。 彼女は僕に気がつかなかった。 「おおともさん」 声をかけるとびっくりしていたが、やがて僕だと気がついた。 「真っ黒だね」 彼女はまずそう言った。 それからもうひとりの女の子を紹介してくれた。 「彼女は井野さん。会社の同僚なの」 「あっ、どうも、猪早です。」 僕が自己紹介をすると 彼女は目を丸く、大きくさせてびっくりしていた。 それからどこかに入ろうか、ということになり、 アイビースクエアの一角にある喫茶店に入ることにした。 当然ここもおしゃれで高級感あふれる場所である。 テーブルにつき注文を済ませると僕は大友に訊いた。 「今日どの辺にいたの」 僕としてはてっきり倉敷の町のどこかで バッタリ会うものだとばかり思っていた。 僕の『対人アポルツ能力』から絶対にそういう展開になると確信していたのだ。 「美観地区とか回ってたんだよね」 「あっ、そう。鶴形山公園とかは行ってないの。 あそこにはあやしげな動物園があるんだぜ」 僕はあの小動物を思い出して言った。 だがふたりは公園には行っていないという。 なんだ、あそこはなかなかわけわかんなくて面白いぜ、と僕は言った。 もっとも行っていれば垢すりしているところを見られたかもしれない。 「ところで、どういうところに泊まってるのよ。」 大友が尋ねた。 「無人駅とかバス停。それに海や川だね。」 「じゃ野宿だね。」 「まあ、ほとんどそうだね。でも時々親切な人に泊めてもらったりしてるからね。」 それを訊いて大友が言った。 「あぶない目にあったりしなかったの。」 あぶない目か。あぶないにも色々あるわけで、 貞操の危機という意味なら琵琶湖のホモおやじにあったことである。 その話をしてやると彼女らは大喜びであった。 さてふたりはこのアイビースクエアーに泊まるわけであるが 僕はこの先、旅を続けなければならない身の上である。 今日ももう少し歩こうと思っていた。 そこでさんざん話をして、もう行くことにした。 喫茶店の外では雨が降りだしていた。 僕はポンチョを取りだし、タオルを頭に巻いて、 いつもの雨対応型の姿となった。 すると大友はこの格好がいたく気に入ったらしく、 写真に取ろうと言い出した。 まったくただでさえ僕はこの環境から浮いているのに、 辺りにいる人に頼んで三人並んで写真に取ってもらった。 彼女らと別れ、薄暗く、雨の降る中を歩き続け、 新倉敷の駅で何とか眠れそうなバス停を見つけ横になった。 夜中に刑事が来たこと以外は何事もなく眠った。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 旅のはじまりから読みたい方はコチラ
2004年08月16日
コメント(0)
【真夏の邂逅】第49日目 8/15 朝めざめるとなぜかパンが置いてあった。何がなんだかわからないが、 とりあえず食う。今日も雨降り。うんざりします。岡山市に突入。実は 電車で三年前に岡山まで来たことがあるが、ここより西には行ったこと がない。僕にとってはこの先、未踏の地を行く、というわけだ。15:00 岡山市内に入る。しばらく駅のあたりをうろつく。すこし懐かしい。-------------------------------------------------------- こんな風に旅をしていると色々な人たちに出会い、 言葉をかわすことが多くなる。 そこでの会話の内容も、その時によって様々であるが、 よく言われる言葉に「えらいねぇ」というのがある。 そこで僕はハタと考えるわけである。 はたして自分はえらいのか。 はっきり言って何もしていないではないか。 少なくとも生産的な行為をしているとは思えない。 それでそんなことを言われると、 内心こそばゆくなったりしていたのだが、 そのうちあることに気がついた。 どうも「えらい」というのは方言によっては 「疲れる」という意味をもって用いられることがあるようなのである。 つまり全員とは言わないまでも、 この言葉を言う人間の何人かは、 お疲れ様ということを伝えようとしていたのである。 それなのに何だか謙遜して、何もしていないのに、 なんて考えるのはちょっとばかり赤面ものなのであった。 さて今日は歩けるだけ歩いておこうと思う。 倉敷までの距離を15kmくらいにしておけば 明日の昼ごろにちょうど到着できる。 というわけで陽が暮れてからも歩いたのだが 22:00ごろになっていよいよ雨が激しくなった。 寺にでも泊めてもらおうと思ったが 運よくバス停をみつけられたのでここで寝ることにする。 このあたりまで来るとあまり普通のバス停で 小屋のような作りになっているところは少ない。 バス会社にもよるのだろうが、 冬の厳しくない地方であれば わざわざ待合室のような物を作る必要もないのだろう。 おかげでこちらは最近は泊まる場所を確保するのも一苦労である。 ただし営業所の前にはなぜか待合室のようになっているバス停が多い。 今日も営業所の前で寝る。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 旅のはじまりから読みたい方はコチラ-----------------------------------------------------ワークショップ? 夏休みなんだもの・・・親子で参加しませんか? ・ ∴l∴ ・ ∴\∨/∴ │ ->*<- ━━━━━━━━━━━━ ! \ ∵/∧\∵ ~⌒ ヽ 10代を真剣に考える一日 i (⊆\ ∵│∵ ((((( ヾ ━━━━━━━━━━━━ ~ヽ \ ! ノの)) 丿 \ /\ フ (( (( / ^──7 ノ)))) | /||// ヽ ──── Designed by ishitoko < http://oomono.way-nifty.com/ >──── ■開催日 2004年8月22日(日) 受付開始 9時30分~ ■会 場 東京ウィメンズ・プラザ ●傷害、殺人、窃盗、放火、拉致・・・ なぜだ?━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━なぜこんなに多くなってしまったのか?! すぐにキレてしまう若者たちが!───────────────────────────────────何が変わったの? 今の日本で何が起きているの? どこに向かっているの?あなたは、子供に説明出来ますか? 子供たちの心の悲鳴が聞こえてますか?●就職難、フリーターの増加、自立できない若者たち・・・━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━前代未聞の経済不況と大変革の時代です。あなたは子供の将来が描けますか?───────────────────────────────────ボロボロになって助けを求めているのは、今目の前にいるあなたの子供です!親の不安が、まるで鏡のように、子供に映っていあるからではありませんか? あなたがやるべきことは何か? 将来のために子供に伝えるべきことは何か? 答えはここに → http://www.11form.com/brusr/8if/index.html --------------------------------------------------------─── Designed by Yoshimi★ < http://www11.ocn.ne.jp/~rescue/ >───
2004年08月15日
コメント(0)
【真夏の邂逅第48日目】 8/14 翌朝、目覚めると大将が喉が乾くやろ、 と言って僕のペットボトルにお茶を入れてくれた。 ふたりで表に出ると霧が出ていた。 しばらく行くと、 「ここからまっすぐ行けば国道やから」 大将がふりかえった。 僕は彼の手を握り締めた。 「大将がんばれよな。俺もがんばるからさ」 そう言うと彼は何だか照れくさそうにしていた。 そして、おう、と答えた。 そこで僕等は別れた。 相生から播磨シーサイドロードを通って赤穂にいたる。 この道は一度も海を見せてくれないで、 しまいには峠にはいってしまった。 “シーサイドロード”なのに…。 雨がぱらつく。 喪服の人達に声をかけられる。 葬式の人々かと思ったが、それにしてはやけに明るい。 がんばれよ、と威勢よく声をかけてくれる。 よくよく考えてみたが、そろそろお盆の時期なのだ。 墓参りにゆく一族にちがいない。 それにしてもわざわざ喪服を着用するとは さすが田舎は律義である。 岡山県に突入。 雨、滝のごとし。 日生(ひなせ)という町のバス停でしかたなく雨宿りしがてら昼寝。 それでも多少濡れる。 昭和シェルシーサイドサービスステーションでコーヒーを御馳走になる。 カルピスウォーターももらう。 歩いている人間なんてサービスしたって一文の得にもなりやしないのに、 親切なガソリンスタンドである。 日生というのは景色もよく良い町である。 このあたりの瀬戸内海の様相は島や岬が入り組んで 少しばかり海とは思えない。 陽が沈んでからも、この内海を見ながら歩く。 ちょっとたとえようもない。 印象的な風景だ。 さて瀬戸内海の幻想的とさえ言える夜景を見ながら僕は歩いていたが、 ひとり連絡をとらなければならない人物があった。 町田の友人のひとりで大友さんという女の子である。 彼女は友達と夏休みの旅行をするということであったが、 そこでもし時期と場所がうまく折り合えばどこかで会おうか という話を旅の前にしていたのである。 たしかお盆の時期に山陽道を旅しているはずである。 そこでそろそろ連絡を取ってみることにした。 とりあえず彼女の自宅に電話をすると母親が宿泊先を教えてくれた。 さらにそのホテルに電話を入れると 彼女達はまだチェックインしていないということだった。 もう夜の八時を回っている。 どうしたのかな、と思ったが、 もうしばらくしてから電話をすることにした。 やがて歩き続けて備前片上という町まで来ると、 ちょっとした田舎の無人駅よりも立派なバスの待合所があった。 僕は今夜の泊まりをここに決め、 もういちどホテルに電話をしてみた。 すると今度は大友が出てきた。やっとつかまった。 「もしもし猪早だけど。」 僕がそういうと彼女はびっくりしていた。 「あんた、なんでここがわかったの」 「なんでって、大友のかあちゃんが教えてくれたぜ。 なんだかすんなり教えてくれたから俺のこと言って あんのかと思ったけど、ちがうの」 「えっ、べつに何にも言ってこなかったよ。」 「ところで、今どこにいるのよ。電話番号しか教えてもらってないからさ。」 僕は肝心のことを訊いた。 今どこにいて今後どうする予定になってるのかによって 僕の歩くペースも変わってくる。 「今、尾道にいるのよ。あんたこそいったい全体どこにいるの」 彼女は逆に問い返してきた。 いきなり電話したのだ。 そりゃ見当もつくまい。 僕が備前片上というところだと言うと、 どこかわからないらしい。 僕にしてみれば今までの道のりがあっての備前片上である。 わかるだろう、という気持ちだったが、 彼女にしてみれば日本全国を頭にうかべなければならないのである。 これもわからないのは当然である。 まあとにかく岡山県だよ、と言うとやっと納得してくれた。 そして明日は高梁(たかはし)に行くということであった。 僕も明日には岡山市を突破する予定である。 すると明日にはお互い50kmのところまで接近することになる。 何の打ち合わせもしてないにしては上等である。 しかしまだ遠い。 それに高梁は僕の旅のルートから外れてしまっている。 すると明後日は倉敷に宿泊の予定であるという。 そこならルート上でもあるし二日もあれば余裕で到着できる。 そこで僕らは倉敷のアイビースクエアという所で落ち合うことにした。 彼女たちがそこに泊まるということなので、僕が訪ねてゆけばよい。 僕は電話を切るとすぐに寝る支度を始めた。 いつのまにか時刻は10時を回っている。 外ではまた雨が降りはじめていた。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 旅のはじまりから読みたい方はコチラ-----------------------------------------------------ワークショップ? 夏休みなんだもの・・・親子で参加しませんか? ・ ∴l∴ ・ ∴\∨/∴ │ ->*<- ━━━━━━━━━━━━ ! \ ∵/∧\∵ ~⌒ ヽ 10代を真剣に考える一日 i (⊆\ ∵│∵ ((((( ヾ ━━━━━━━━━━━━ ~ヽ \ ! ノの)) 丿 \ /\ フ (( (( / ^──7 ノ)))) | /||// ヽ ──── Designed by ishitoko < http://oomono.way-nifty.com/ >──── ■開催日 2004年8月22日(日) 受付開始 9時30分~ ■会 場 東京ウィメンズ・プラザ ●傷害、殺人、窃盗、放火、拉致・・・ なぜだ?━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━なぜこんなに多くなってしまったのか?! すぐにキレてしまう若者たちが!───────────────────────────────────何が変わったの? 今の日本で何が起きているの? どこに向かっているの?あなたは、子供に説明出来ますか? 子供たちの心の悲鳴が聞こえてますか?●就職難、フリーターの増加、自立できない若者たち・・・━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━前代未聞の経済不況と大変革の時代です。あなたは子供の将来が描けますか?───────────────────────────────────ボロボロになって助けを求めているのは、今目の前にいるあなたの子供です!親の不安が、まるで鏡のように、子供に映っていあるからではありませんか? あなたがやるべきことは何か? 将来のために子供に伝えるべきことは何か? 答えはここに → http://www.11form.com/brusr/8if/index.html --------------------------------------------------------─── Designed by Yoshimi★ < http://www11.ocn.ne.jp/~rescue/ >───
2004年08月14日
コメント(0)
【真夏の邂逅第47日目】 8/13 姫路城を見る。姫路市内近くで迷う。親父殿にTEL。雨はどうだ、と訊かれたので、 毎日晴れているよ、と答えた。すると、とたんに午後から雨が降り出した。こうい うパターンは多い。太子町の神社で雨宿りしながら昼寝。夕方、セイコーマートで 弁当を食っているとヤンキー軍団が現われた。仲良くなって泊めてもらう。-------------------------------------------------------- 揖保川というところのコンビニの表で僕は弁当を食っていた。 雨が降っている。 今夜、寝る場所を確保できるだろうか。 そう思いながら空を見上げていると、 そこにドヤドヤとやって来た一団がある。 いわゆるヤンキー君達である。 彼らは僕を見つけると話しかけてきた。 みたところ皆まだ15、6歳の少年である。 僕が北海道から歩いてきたのだというと 彼らは口々にいろいろな質問をしだした。 僕はそれにいちいち答えてやった。 いくら持っているのか、と訊かれたが、 カツアゲされてはたまらないので少なめに言っておいた。 するとその中の大将が、 おまえら、何かカンパしてやれ、と言いだした。 いや、いいよ、いいよ、と押しとどめたが、 それでもティッシュだとか何だとか色々ともらってしまった。 とられるかと思っていたのに逆の展開になってしまったわけである。 僕が「写るんです」を持っていることがわかると 写真を取ろうと彼らは言いだした。 フラッシュがついてないぜ、というと、だいじょうぶだという。 どうするのかと思ったら店の中で取るのだという。 彼らは店員の香取君と仲がよいらしい。 ドカドカと店の中に入ってゆき、 店長がいないのをいいことに、 香取君とってよ、とレジに押し掛ける。 こいつらムチャムチャするな、と思ったが、 それほど悪い奴らでもなさそうである。 写真を香取君に取ってもらうと、店の外に出た。 まだ雨は降り続いている。 すると、さっきの大将が、 今夜はうちに泊まっていったらいいやんか、と言った。 僕は少しためらったが、まあ、あてもないことなので、 そうさせてもらうことにした。 彼だけは17歳で一番年上ということだった。 さて彼らのうちの何人かがいつの間にかどこかへ散っていた。 もう帰ったのかと訊くと、大将はちがうと言った。 そして八時になったら来るはずやと言って、 国道にかけられている歩道橋を見上げた。 そこにはどこかへ行ってしまったはずの奴らがいた。 どうやら八時になると誰かがその歩道橋を通るらしい。 僕は、ははーん、待ち合わせをしてるんだなと思い、 大将に訊いてみた。 するとまた彼はちがうと言った。 どういうことかと思ったが、じきに納得した。 待ち合わせじゃなくて、待ち伏せなのね。 奴らには奴らなりのせめぎあいがあるのである。 しかし八時を過ぎても誰も来ない。 やがて今度こそ本当にみな散りはじめた。 大将は原チャリで先に家に帰って部屋を片づけるという。 僕は残ったもうひとりに案内してもらい、 田んぼ道をふたりで歩いて大将の家に向かった。 彼は仕事が朝早いので眠くてしかたないとグチっていた。 あぜ道の蛙がゲロゲロ鳴いているのが聞こえる。 国道を右手に入り10分ばかり行くとそこに大将の家はあった。 彼の部屋は二階にある。 その部屋に直接、通された。 僕は家族の方に挨拶というか、 まあひとことお礼をしたいと言ったが、 彼は、ええよそんなのと取りあわなかった。 結局、彼の家族とは最後まで顔を合わせずじまいであった。 さて、それからありがたいことに風呂に入れてもらった。 湯から上がると、まだ九時であるが、 もう寝たらええよと彼が言った。 大将はもうひとりの少年と下に降りるという。 「『蛍の墓』を見るんや」 大将は子供のような顔をして言った。 僕は何時ころ起きるかということもあるので 明日の予定はどうなっているのか訊いたみた。 彼は、何もない、と言った。 もしかすると彼にとってあまり訊いて欲しくなかったことかもしれない。 僕は何か言おうと思ったが言葉が見つからなかった。 やっと一言だけ、いろいろあるからな、と言った。 それから自分の氏名と住所を教え、 君らのも教えてくれよと言うと、 彼らは自分の氏名、住所、年齢と、 そして期待どおりに「夜露死苦!!」と書いてくれた。 「旅の人は寝るから、下へ行くで。」 大将はもうひとりの少年をうながした。 「『蛍の墓』もはじまるしな。」 そういうと大将たちは階下へと行ってしまった。 ありがたいことに今日もふとんで寝られた。 それですぐに眠りへと落ちた。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 旅のはじまりから読みたい方はコチラ-----------------------------------------------------ワークショップ? 夏休みなんだもの・・・親子で参加しませんか? ・ ∴l∴ ・ ∴\∨/∴ │ ->*<- ━━━━━━━━━━━━ ! \ ∵/∧\∵ ~⌒ ヽ 10代を真剣に考える一日 i (⊆\ ∵│∵ ((((( ヾ ━━━━━━━━━━━━ ~ヽ \ ! ノの)) 丿 \ /\ フ (( (( / ^──7 ノ)))) | /||// ヽ ──── Designed by ishitoko < http://oomono.way-nifty.com/ >──── ■開催日 2004年8月22日(日) 受付開始 9時30分~ ■会 場 東京ウィメンズ・プラザ ●傷害、殺人、窃盗、放火、拉致・・・ なぜだ?━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━なぜこんなに多くなってしまったのか?! すぐにキレてしまう若者たちが!───────────────────────────────────何が変わったの? 今の日本で何が起きているの? どこに向かっているの?あなたは、子供に説明出来ますか? 子供たちの心の悲鳴が聞こえてますか?●就職難、フリーターの増加、自立できない若者たち・・・━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━前代未聞の経済不況と大変革の時代です。あなたは子供の将来が描けますか?───────────────────────────────────ボロボロになって助けを求めているのは、今目の前にいるあなたの子供です!親の不安が、まるで鏡のように、子供に映っていあるからではありませんか? あなたがやるべきことは何か? 将来のために子供に伝えるべきことは何か? 答えはここに → http://www.11form.com/brusr/8if/index.html --------------------------------------------------------─── Designed by Yoshimi★ < http://www11.ocn.ne.jp/~rescue/ >───
2004年08月13日
コメント(0)
8/12 須磨から明石へ。晴天。太陽がまぶしい。舞子から淡路島がすぐ近くに見える。 印象に残る風景だ。トイレを借りるため明石の海岸沿いのレストランで朝食。 ちょっとばかり自分の姿はその雰囲気から浮いていたが、まだ客がそれほど多く なかったので、それが救いだった。時間という規準で考えれば明石が日本のちょ うど中間ということになる。昼ごろ、松江というところで泳ぐ。親不知で拾った ゴーグルは浸水してきて役立たずであるということが判明。瀬戸内海一きれいな 海とかいうふれこみであったが日本海にくらべるとそれほどでもない。途中の沼 で釣り。ブルーギルしか釣れない。加古川近くの公園で寝る。今日は気分よく歩 いた。-------------------------------------------------------- 国道2号沿いの舞子というところを過ぎたあたりに 「たたき地蔵」というのがある。 駅前の観光案内にはそのいわれとして、 木槌で地蔵を叩くと願いが叶う、うんぬんとあり、 みなさんどうぞ叩いて行ってくださいというような調子で書いてある。 僕もせっかく近くを通ったのだからひとつ叩いてゆくかなと思い、 実際にその地蔵のところへ行ってみた。 すると立て札があり、 「このお地蔵さんをたたかないで」と書かれてある。 叩くと願いが叶うというのは俗説であり、 お地蔵さんが傷むのでなんとか叩かないでくれ、 とどうにも悲痛な調子である。 僕は何だかおかしくなってしまった。 したり顔でたたけ、たたけと勧める駅前の観光案内。 ここを訪れ、力まかせにおもいっきり地蔵をたたいてゆく人々。 そして、ただただ壊れてしまうことを心配する地蔵管理者(そんなのいるのか?)。 三者三様の地蔵模様といったところであろうか。 こんな名所も珍しい。 -----------------------------------------------------ワークショップ? 夏休みなんだもの・・・親子で参加しませんか? ・ ∴l∴ ・ ∴\∨/∴ │ ->*<- ━━━━━━━━━━━━ ! \ ∵/∧\∵ ~⌒ ヽ 10代を真剣に考える一日 i (⊆\ ∵│∵ ((((( ヾ ━━━━━━━━━━━━ ~ヽ \ ! ノの)) 丿 \ /\ フ (( (( / ^──7 ノ)))) | /||// ヽ ──── Designed by ishitoko < http://oomono.way-nifty.com/ >──── ■開催日 2004年8月22日(日) 受付開始 9時30分~ ■会 場 東京ウィメンズ・プラザ ●傷害、殺人、窃盗、放火、拉致・・・ なぜだ?━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━なぜこんなに多くなってしまったのか?! すぐにキレてしまう若者たちが!───────────────────────────────────何が変わったの? 今の日本で何が起きているの? どこに向かっているの?あなたは、子供に説明出来ますか? 子供たちの心の悲鳴が聞こえてますか?●就職難、フリーターの増加、自立できない若者たち・・・━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━前代未聞の経済不況と大変革の時代です。あなたは子供の将来が描けますか?───────────────────────────────────ボロボロになって助けを求めているのは、今目の前にいるあなたの子供です!親の不安が、まるで鏡のように、子供に映っていあるからではありませんか? あなたがやるべきことは何か? 将来のために子供に伝えるべきことは何か? 答えはここに → http://www.11form.com/brusr/8if/index.html --------------------------------------------------------─── Designed by Yoshimi★ < http://www11.ocn.ne.jp/~rescue/ >───
2004年08月12日
コメント(0)
8/11 15:00ごろ出発。弁当を作ってもらう。晴れ。市内を抜け、兵庫県に突入。 国道2号をひたすら南下。ラジオを買おうと思い、物色しながら行くが値 段が高いのであきらめた。運がよければ、台風には遭わずに旅を終えられ るだろう。-------------------------------------------------------- 宝塚、芦屋を過ぎて、夕方、三宮に至る。 小原さんの言うことを信じなくてよかった。 寝られるどころか、このあたりは完全な大都市であった。 ここで坂本竜馬ゆかりの「神戸海軍伝習所跡」を探した。 が、一体全体どこにあるのかさっぱりわからない。 見つけるまでに小一時間ぐらいウロチョロして、 やっとその跡をさがしあてたが、 記念碑などは工事中のために場所が移動してあるとのことだった。 しかし、こうして神戸を歩き回ったおかげで、 町の雰囲気は満喫できた。 神戸はなかなかいい町である。 さて、目的地の須磨に着いたのは夜の11:00過ぎである。 この浜では若者達がたくさんいて花火をしている。 少しばかり寝るにはふさわしくない環境だったが、 かまわず眠ることにした。 どうしてそういうことになるのかわからなかったが、 海の向こうにも明かりがたくさん見える。 波打ち際ではカップルがただならぬ立ち居振る舞いをしている。 まったく寝るどころのさわぎではない。 僕は空を見上げた。 この浜にいる誰も気づかなかったにちがいないが、 星がスーッと流れた。 いちゃつき終わったカップルが僕のそばを通った。 誰か寝てるよ、と女が言うのが聞こえた。-----------------------------------------------------ワークショップ? 夏休みなんだもの・・・親子で参加しませんか? ・ ∴l∴ ・ ∴\∨/∴ │ ->*<- ━━━━━━━━━━━━ ! \ ∵/∧\∵ ~⌒ ヽ 10代を真剣に考える一日 i (⊆\ ∵│∵ ((((( ヾ ━━━━━━━━━━━━ ~ヽ \ ! ノの)) 丿 \ /\ フ (( (( / ^──7 ノ)))) | /||// ヽ ──── Designed by ishitoko < http://oomono.way-nifty.com/ >──── ■開催日 2004年8月22日(日) 受付開始 9時30分~ ■会 場 東京ウィメンズ・プラザ ●傷害、殺人、窃盗、放火、拉致・・・ なぜだ?━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━なぜこんなに多くなってしまったのか?! すぐにキレてしまう若者たちが!───────────────────────────────────何が変わったの? 今の日本で何が起きているの? どこに向かっているの?あなたは、子供に説明出来ますか? 子供たちの心の悲鳴が聞こえてますか?●就職難、フリーターの増加、自立できない若者たち・・・━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━前代未聞の経済不況と大変革の時代です。あなたは子供の将来が描けますか?───────────────────────────────────ボロボロになって助けを求めているのは、今目の前にいるあなたの子供です!親の不安が、まるで鏡のように、子供に映っていあるからではありませんか? あなたがやるべきことは何か? 将来のために子供に伝えるべきことは何か? 答えはここに → http://www.11form.com/brusr/8if/index.html --------------------------------------------------------─── Designed by Yoshimi★ < http://www11.ocn.ne.jp/~rescue/ >───
2004年08月11日
コメント(0)
8/10 台風7号の様子見。針と糸を借りてリュックサックの破損箇所を修繕。13:00ごろ小原 さんの家を出る。予備校に行き西川さんに会う。しゃぶしゃぶを食わせてもらい、泊め てもらう。テレカを3枚もらう。-------------------------------------------------------- この日の朝早く、小原さん宅を発つつもりであったが、 どうも台風の進路が気にかかるところである。 結局、午前中は雨が止まず、出発を遅らせたのだが、 13:00ごろになり、どうやら晴れ間がのぞいてきたので出発することにした。 小原さんによれば、三宮まで行けば公園とかいっぱいあって 猪早なら寝るところに困らんで、ということであった。 しかし、この時間に出発して神戸まで行けるものだろうか。 まあ、とにかく小原さんに別れをつげ国道167号を歩き始めた。 大阪の江坂に僕がアルバイトをしていた予備校の大阪校がある。 僕が働いていたのは町田校であるが、 その町田校での責任者であった西川さんという人が 今度は大阪校での責任者として赴任しているのである。 どうせ通り道でもあるし、 今日はその西川さんを訪ねてみようと思っていた。 とりあえず千里のほうへ向かってゆけばよい。 その予備校に着いたのは16:30ぐらいであった。 校舎へと入っていったが、 その他の教員や事務員は現地採用しているので、 僕のことを知っているのは西川さんだけである。 その人がいないと少しばかり面倒なのだが、 幸運なことに受付の窓口にいるのが見えた。 ただし西川さんは、僕のことがわからなかったらしく、 一瞬けげんな顔をしてみせた。 無理もない。 真っ黒に日焼けしているし、 旅のせいでちょっと痩せた。 それに例の旅姿である。 いきなり東京にいるはずの人間がそんな風体で現れても、 まずわからないのにちがいない。 「ああ、猪ちゃんか。わからなかったよ。」 西川さんはそう言うと立ち上がった。 とりあえず生徒たちもいることなので 事務所の中にいれてもらった。 今は授業の最中らしく、忙しくはなさそうであった。 僕は今回の旅の趣旨を話した。 西川さんは以前から僕を知っているので、 さして驚きはしなかったが、 まわりにいた人間はびっくり仰天していた。 西川さんは、質問に来ていた生徒たちに 僕のことを紹介したりしていたが、 その間に外では猛烈に雨が降りだしていた。 早く着いてよかった、と思うのであった。 さて、今日はどこまで行くの、と西川さんがいうので、 三宮までですよ、と僕は答えた。 すると、なんなら家に泊めてあげようか、ということになった。 そして、夕飯もおごってくれるという。 僕はすぐに三宮行きはあきらめた。 本当のことを言えば、 三宮なんて今日のうちにはいけないことはわかっていた。 さて、それからすぐ近くにある、 しゃぶしゃぶの食い放題の店に連れていってくれた。 さすが僕のことをわかっている。 僕は大食漢なので、おごる場合は ぜったいに食い放題系に連れていったほうが得策なのである。 だいたい我が家は大食なのであって、 エンゲル係数が最盛期には100%を越えていたのではないか、 という疑惑があるくらいである。 あまり食うので寿司屋に行っても松とか竹とか、 要するに何人前か決まった量のものしか頼まないのだが、 ある日、親父殿が格好つけて、たまにはカウンターで食ってみるかと言った。 それは明らかに失敗であった。 次々と頼むために、寿司屋ではシャリがなくなってしまった。 板前さんも、よし気にいった、お客さんたちゃ半額でいいよ、 と言ったが、おそらくにぎっているうちに 勘定がわからなくなってしまったのにちがいない。 結局、半額でも数万円払って寿司屋を出たのである。 我が家は男三人兄弟に両親の五人構成である。 僕は次男であるが、長男がこの三人の中ではもっとも食わない男である。 僕も実際、少食であると思っていた。 だからある晩、食卓で、こう言ったことがある。 「うちは兄貴が少食でよかったね。これで同じぐらい食う奴だったら大変だ。」 すると兄貴はすぐに反論した。 「俺は外ではよく食べるね、って言われてるんだぜ。」 一般的にはよく食うと言われている人間も猪早家では、 ただの少食としてあつかわれてしまう始末であった。 さて、しゃぶしゃぶであるが、これもへどを吐くほど食った。 食い放題というと燃えるたちである。 まして、今は旅の空、いつ食いっぱぐれるかという緊張感の中にいる。 まあ、西川さんが呆れるほど食ってから、 いよいよお宅へお邪魔することになった。 西川さんは家族と一緒に大阪に来ているので マンションに帰ると奥さんと小学生の息子さんがいる。 初対面であったので息子さんは少しばかり人見知りの様子であった。 こちらでも風呂に入れていただき極楽気分である。 関西ではだいぶゆっくりしてしまった。 しかしまた過酷な旅が始まるのである。 明日からはがんばらねばなるまい。 風呂に浸かりながら、 つらつらとそんなことを思うのであった。 さて風呂からあがり、色々と旅の話をしているうちに、 家族の皆さんともうちとけてきた。 そして話しこんでいるうちに遅くなってしまった。 床についたのは23:30であったが、 今日は15kmしか移動していないので疲れていないようである。 すぐには寝つけなかった。 明日からはいよいよ、西日本の旅が始まる。-----------------------------------------------------ワークショップ? 夏休みなんだもの・・・親子で参加しませんか? ・ ∴l∴ ・ ∴\∨/∴ │ ->*<- ━━━━━━━━━━━━ ! \ ∵/∧\∵ ~⌒ ヽ 10代を真剣に考える一日 i (⊆\ ∵│∵ ((((( ヾ ━━━━━━━━━━━━ ~ヽ \ ! ノの)) 丿 \ /\ フ (( (( / ^──7 ノ)))) | /||// ヽ ──── Designed by ishitoko < http://oomono.way-nifty.com/ >──── ■開催日 2004年8月22日(日) 受付開始 9時30分~ ■会 場 東京ウィメンズ・プラザ ●傷害、殺人、窃盗、放火、拉致・・・ なぜだ?━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━なぜこんなに多くなってしまったのか?! すぐにキレてしまう若者たちが!───────────────────────────────────何が変わったの? 今の日本で何が起きているの? どこに向かっているの?あなたは、子供に説明出来ますか? 子供たちの心の悲鳴が聞こえてますか?●就職難、フリーターの増加、自立できない若者たち・・・━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━前代未聞の経済不況と大変革の時代です。あなたは子供の将来が描けますか?───────────────────────────────────ボロボロになって助けを求めているのは、今目の前にいるあなたの子供です!親の不安が、まるで鏡のように、子供に映っていあるからではありませんか? あなたがやるべきことは何か? 将来のために子供に伝えるべきことは何か? 答えはここに → http://www.11form.com/brusr/8if/index.html ----------------------------------------------------------------------─── Designed by Yoshimi★ < http://www11.ocn.ne.jp/~rescue/ >───
2004年08月10日
コメント(1)
8/9 小原さん宅で休息。各所に葉書を書く。昼寝14:00~16:00。 ゴロゴロする。どうも台風が来ているらしい。-------------------------------------------------------- 小原さんは昨夜の夜中に帰ってきたようである。 二階に上がると僕が、ぐーすか寝ているので、 なんで猪早のほうが俺より先に帰ってんねん、とまずは思ったそうである。 そう言えば、寝ぼけながら、おかえりぃ、と言ったような記憶がある。 小原さんは地元に帰ってくれば、いろいろとあるらしく 朝早くにいそいそと出かけて行った。 僕はといえば、まるでわが家にいるがごとく、くつろいでゆったりと体を休めた。 テレビでは台風および集中豪雨に関する情報を流している。 鹿児島県の垂水というところで民家が土砂に埋まってしまったようである。 まだ先のことではあるが僕の鹿児島県の予定ルート上である。心配だ。-----------------------------------------------------ワークショップ? 夏休みなんだもの・・・親子で参加しませんか? ・ ∴l∴ ・ ∴\∨/∴ │ ->*<- ━━━━━━━━━━━━ ! \ ∵/∧\∵ ~⌒ ヽ 10代を真剣に考える一日 i (⊆\ ∵│∵ ((((( ヾ ━━━━━━━━━━━━ ~ヽ \ ! ノの)) 丿 \ /\ フ (( (( / ^──7 ノ)))) | /||// ヽ ──── Designed by ishitoko < http://oomono.way-nifty.com/ >──── ■開催日 2004年8月22日(日) 受付開始 9時30分~ ■会 場 東京ウィメンズ・プラザ ●傷害、殺人、窃盗、放火、拉致・・・ なぜだ?━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━なぜこんなに多くなってしまったのか?! すぐにキレてしまう若者たちが!───────────────────────────────────何が変わったの? 今の日本で何が起きているの? どこに向かっているの?あなたは、子供に説明出来ますか? 子供たちの心の悲鳴が聞こえてますか?●就職難、フリーターの増加、自立できない若者たち・・・━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━前代未聞の経済不況と大変革の時代です。あなたは子供の将来が描けますか?───────────────────────────────────ボロボロになって助けを求めているのは、今目の前にいるあなたの子供です!親の不安が、まるで鏡のように、子供に映っていあるからではありませんか? あなたがやるべきことは何か? 将来のために子供に伝えるべきことは何か? 答えはここに → http://www.11form.com/brusr/8if/index.html ----------------------------------------------------------------------─── Designed by Yoshimi★ < http://www11.ocn.ne.jp/~rescue/ >───
2004年08月09日
コメント(0)
8/8 京都市内をさ迷う。伏見で寺田屋見物。12:00過ぎ、小原さん宅に到着。-------------------------------------------------------- やはり関西地方の大都市圏に入ってしまうと 僕の地図ではとうてい歯がたたない。 道がわからなくなってしまった。 それでも方向だけをあわせ道を行けば、 それなりに太い道に出るものである。 そこで標識があればそいつを頼りにあたりをつけながら行く、 というようなことをくりかえしているうちに、 なんだか見覚えのある風景に出くわした。 -なんだ、この川は。- 僕は立ち止まり、しばらく自分の記憶をたぐった。 そうだ、伏見のあたりじゃないか。 コンクリートでしっかりと固められている小さな川である。 この川は以前、友達と寺田屋を見に来たときに見たものである。 僕はなつかしくなりその寺田屋まで行ってみることにした。 まだ朝早くて中に入っての見学はできないが、 たしかにここには以前、来たことがある。 この寺田屋は坂本竜馬が幕末に活躍の拠点とした場所のひとつである。 僕は司馬遼太郎氏の一連の作品群が好きなので 「竜馬が往く」は何度も読みかえしたものである。 その「竜馬が往く」には寺田屋が何度も出てくるのである。 こうしてさ迷いながらも寺田屋の前に来てしまうとは。 僕は不思議な気分になってしまった。 今後も司馬遼太郎氏の作品にゆかりの地は時間がゆるせば見てみたいと思う。 さて国道171号を探しあててからはもう道に迷うこともなくなった。 道一本で高槻まで行ける。 やがて大阪府へと突入した。 小原さんの家には以前、一度だけ泊めてもらったことがある。 だから家族の方々とは顔見知りである。 ただひとり弟さんがいるとのことであったが、 こちらとはまだ会ったことはない。 この小原さん宅に着いたのは 12:00をちょっとまわったくらいであった。 家の呼び鈴を鳴らすとお母さんが出てきた。 以下小原家の人々が複数登場するので、 家族にはそれぞれファザー、マザー、ブラザーの呼称をつけることとする。 このマザー小原は、体は細身なれど、 肝っ玉母さんというタイプのひとで、 話をしていると切れもある。 マザー小原と僕はよく話が合った。 マザーは、まず昼飯を食わせてくれた。 そして汚い体を一刻も早く洗ってほしかったのにちがいない。 僕が飯を食っている間、風呂を炊いておいてくれた。 風呂から上がると、眠いだろうから、 と二階にフトンを敷いてくれた。 それで眠ってしまって、起きたときには、もう陽も暮れていた。 かんじんの小原さんは、まだ帰ってきていないようである。 フラフラしながら階段を下りてゆくと見知らぬ男が立っている。 彼がブラザー小原であるらしかった。 ファザーはいずこかへ出かけているらしく 僕と、マザー、ブラザーとの三人での夕食となった。 このブラザーは気さくなよい男であった。 彼は地元の大学に通う四年生で、忙しいらしく、 夕食が済むと出かけてしまった。 マザーと僕は食事が終わると、 花火を見物しにでかけることにした。 今日は地元の花火大会なのだそうで、 そう言えば、ドンドン音が聞こえている。 二人で自転車に乗ると摂津富田の方へと向かう。 マザーは、通る車など気にせずに、 すいすいと進んでゆく。 やがて小さな川に架かる橋の上まで来ると彼女は自転車を下りた。 ここにはすでにたくさんの見物人が繰り出していた。 「この花火大会は毎年やってるんだけど、 まだ息子と一緒に見たことがないのよ。」 打ち上げられる花火を見上げながら彼女はクスクス笑った。 息子とは見たことがないのに、 まだ二回しか会ったことのない僕と こうして花火を見ていることが、 なんだかおかしくなってしまったのにちがいない。 僕も、そんな彼女の姿を見ているとなんだか妙な気分だった。-----------------------------------------------------ワークショップ? 夏休みなんだもの・・・親子で参加しませんか? ・ ∴l∴ ・ ∴\∨/∴ │ ->*<- ━━━━━━━━━━━━ ! \ ∵/∧\∵ ~⌒ ヽ 10代を真剣に考える一日 i (⊆\ ∵│∵ ((((( ヾ ━━━━━━━━━━━━ ~ヽ \ ! ノの)) 丿 \ /\ フ (( (( / ^──7 ノ)))) | /||// ヽ ──── Designed by ishitoko < http://oomono.way-nifty.com/ >──── ■開催日 2004年8月22日(日) 受付開始 9時30分~ ■会 場 東京ウィメンズ・プラザ ●傷害、殺人、窃盗、放火、拉致・・・ なぜだ?━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━なぜこんなに多くなってしまったのか?! すぐにキレてしまう若者たちが!───────────────────────────────────何が変わったの? 今の日本で何が起きているの? どこに向かっているの?あなたは、子供に説明出来ますか? 子供たちの心の悲鳴が聞こえてますか?●就職難、フリーターの増加、自立できない若者たち・・・━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━前代未聞の経済不況と大変革の時代です。あなたは子供の将来が描けますか?───────────────────────────────────ボロボロになって助けを求めているのは、今目の前にいるあなたの子供です!親の不安が、まるで鏡のように、子供に映っていあるからではありませんか? あなたがやるべきことは何か? 将来のために子供に伝えるべきことは何か? 答えはここに → http://www.11form.com/brusr/8if/index.html ----------------------------------------------------------------------─── Designed by Yoshimi★ < http://www11.ocn.ne.jp/~rescue/ >───
2004年08月08日
コメント(2)
8/7 今日も湖沿いを歩く。琵琶湖バレーという遊園地のようなところの入り口で髪を洗う。 このときラジオを落としてしまった。-------------------------------------------------------- 雄琴という場所は、 何の変哲もない湖沿いの道に、 いきなり出現する。 ここは一大ソープ街である。 本当に唐突にその姿を現わすのである。 さて、その雄琴の前を歩いていると、 呼び込みの兄ちゃんに声をかけられた。 お茶でも飲んでいかんかと言われたが、あわてて断る。 こんなところでうかつに金および体力を浪費するわけにはいかない。 もっとも兄ちゃんは本気でお茶だけのつもりだったようだが。 さて湖沿いの道もそろそろ終わりに近づくあたりである。 某公営レース場の近くでおっちゃんが話しかけてきた。 この人も例によって飯を食わせてくれ泊めてやる、 というようなことを言ってきた。 そいつはありがたいと思って話を聞いていたのだが、 どうもちとばかり言動があやしい。 話をしながらやたらと僕の体に触れてくる。 危険な匂いがプンプンする。 まあ本来なら断って先を急ぐべきであるが、 ひとつ話の種についていってみるかなと思った。 それでおっちゃんにはお願いすると言った。 するとこのおっちゃんはまだ人がいるからと言う。 何のことかと思っていると、 どうやら彼はすぐそこの某公営レースの管理人らしいのである。 だから夕方まで時間をつぶしてから来いとのことであった。 僕は仕方なくしばらく琵琶湖で釣りをしてから その公営レース場の管理人室を訪れた。 するとまたまた僕の体に触れながら、 ついに彼は具体的なことを口にしだした。 「今晩、俺のを×××××しないと駄目だぞ。 それでなきゃ泊めてやらないぞ。」 僕が、えっと言うと、 おっちゃんは、お前それでも四回生か、と言った。 このさい学年は関係ないだろうよ、まったく。 僕はさすがにこのとき、ここから逃げることに決めた。 幸い、まだ人がいるからもう少し時間をつぶさなければならないという。 そこでそこからよろしく遁走することにした。 いや、まったくとんだ目にあうところだった。 世間には色んな人間がいるな。 関西方面に抜ける逢阪の関を歩きながら僕は思った。 少しばかり不安なのは おっちゃんに関西のほうに行くと言ってしまってあるということであった。 ことによると追っかけてくるかもしれない。 何しろこの逢阪の関というところは 大津から関西へ行くための一本道なのである。 もしその気になれば見つかってしまう。 その逢阪の関には雨がパラつき始めていた。 さて、やがて京都府内に入ったが、 おっちゃんはどうやら追いかけては来ないようであった。 だが今度は道に迷ってしまった。 住宅街のようなところにまよいこんでしまい 大雑把な僕の地図は物の役には立たない。 しかたなく野性のカンを頼りに歩く。 とにかく京都市内に入りたいのだ。日はとっくに暮れている。 歩き続け何とかコンビニなどで地図を見ては窮地を脱する。 20:00京都まで来てなぜかサッポロラーメンを食う。 今日はまだまだ歩くつもり。 寝ようにも野宿できそうな場所はちょっとなさそうだし。 23:00ひたすら歩き続け桃山まで来る。 原っぱで寝る。 スーパーマーケットの建設予定地らしい。 3:00雨が降ってきて起こされる。 近くのファミリーレストランの屋根の下に緊急避難。 この店はもう閉店しているので誰もいない。 雨は止みそうもないので、 このファミリーレストランの植え込みのところで寝ることにする。 ここなら道からは隠れていて見えないし雨も避けられる。 石が敷き詰められているので少しゴツゴツするが賛沢は言っていられない。 この植え込みの植物に放尿し、寝る。 店長さん、ごめんなさい。-----------------------------------------------------ワークショップ? 夏休みなんだもの・・・親子で参加しませんか? ・ ∴l∴ ・ ∴\∨/∴ │ ->*<- ━━━━━━━━━━━━ ! \ ∵/∧\∵ ~⌒ ヽ 10代を真剣に考える一日 i (⊆\ ∵│∵ ((((( ヾ ━━━━━━━━━━━━ ~ヽ \ ! ノの)) 丿 \ /\ フ (( (( / ^──7 ノ)))) | /||// ヽ ──── Designed by ishitoko < http://oomono.way-nifty.com/ >──── ■開催日 2004年8月22日(日) 受付開始 9時30分~ ■会 場 東京ウィメンズ・プラザ ●傷害、殺人、窃盗、放火、拉致・・・ なぜだ?━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━なぜこんなに多くなってしまったのか?! すぐにキレてしまう若者たちが!───────────────────────────────────何が変わったの? 今の日本で何が起きているの? どこに向かっているの?あなたは、子供に説明出来ますか? 子供たちの心の悲鳴が聞こえてますか?●就職難、フリーターの増加、自立できない若者たち・・・━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━前代未聞の経済不況と大変革の時代です。あなたは子供の将来が描けますか?───────────────────────────────────ボロボロになって助けを求めているのは、今目の前にいるあなたの子供です!親の不安が、まるで鏡のように、子供に映っていあるからではありませんか? あなたがやるべきことは何か? 将来のために子供に伝えるべきことは何か? 答えはここに → http://www.11form.com/brusr/8if/index.html ----------------------------------------------------------------------─── Designed by Yoshimi★ < http://www11.ocn.ne.jp/~rescue/ >───
2004年08月07日
コメント(0)
8/6 山を降り琵琶湖に出る。ふもとのセブンイレブンで朝食。 50円拾う。曇り気味。湖沿いを歩く。キャンプ場近くの 知内川で釣り。魚の姿は見えているのにザリガニ以外は全 く釣れない。夕方、ポテトチップスを買う。店のおやじが ガムをくれた。ラジオを聞きながら日が暮れてからも歩く。 ニュースでは細川首相の誕生について伝えている。20:00 歩道がなくなる。琵琶湖畔の砂浜で寝る。------------------------------------------------------- 昼ごろ、見知らぬおばあちゃんと知り合いになった。 疲れを癒すために腰掛けて休んでいると心配だったらしく 声をかけてきた。 しばらく話をしていたが、 おばあちゃんは別れ際に千円札を僕にさしだした。 さすがに悪いと思い、断ったのだが、なかなか言うことを聞いて くれない。 しかたなく頂戴することにした。 まったく人からの施しばかり受けている。-----------------------------------------------------ワークショップ? 夏休みなんだもの・・・親子で参加しませんか? ・ ∴l∴ ・ ∴\∨/∴ │ ->*<- ━━━━━━━━━━━━ ! \ ∵/∧\∵ ~⌒ ヽ 10代を真剣に考える一日 i (⊆\ ∵│∵ ((((( ヾ ━━━━━━━━━━━━ ~ヽ \ ! ノの)) 丿 \ /\ フ (( (( / ^──7 ノ)))) | /||// ヽ ──── Designed by ishitoko < http://oomono.way-nifty.com/ >──── ■開催日 2004年8月22日(日) 受付開始 9時30分~ ■会 場 東京ウィメンズ・プラザ ●傷害、殺人、窃盗、放火、拉致・・・ なぜだ?━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━なぜこんなに多くなってしまったのか?! すぐにキレてしまう若者たちが!───────────────────────────────────何が変わったの? 今の日本で何が起きているの? どこに向かっているの?あなたは、子供に説明出来ますか? 子供たちの心の悲鳴が聞こえてますか?●就職難、フリーターの増加、自立できない若者たち・・・━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━前代未聞の経済不況と大変革の時代です。あなたは子供の将来が描けますか?───────────────────────────────────ボロボロになって助けを求めているのは、今目の前にいるあなたの子供です!親の不安が、まるで鏡のように、子供に映っていあるからではありませんか? あなたがやるべきことは何か? 将来のために子供に伝えるべきことは何か? 答えはここに → http://www.11form.com/brusr/8if/index.html ----------------------------------------------------------------------─── Designed by Yoshimi★ < http://www11.ocn.ne.jp/~rescue/ >───
2004年08月06日
コメント(2)
8/5 トンネルばっかり。小原さんにTEL。挙野の海水浴場の大衆食堂で昼飯。敦賀入り。 寺で霊水を飲む。意外と早く疋田まで着いたので、さらに山道をゆくことにする。 トラックの運ちゃんから情報を得てバス停を見つける。ラーメンを作る。ライター がふたつダメになった。-------------------------------------------------------- 武生からは、すぐに山になってしまった。 山道は何がいやと言えば、 すぐに歩道がなくなってしまうことである。 さらにトンネルも多いとなれば危険度は増す。 トンネルにも歩道のないものがあるからである。 しかも山深くなればなるほどその長さも長くなるわけで、 こいつはまったく恐ろしいものである。 これが夜行軍となれば最悪である。 その山道夜行軍が現実のものとなってしまった。 今日はペースよく歩いて、 昼ごろにはいったんは山岳地帯を抜け、 敦賀の町に入った。 そして今日の目的地である疋田には16:00に着いてしまったのである。 このあたりはふたたびの山岳地帯で、 この疋田で泊まる場所を探すべきか、 それとも、これから先のさらに山深い場所へと向かうか、 迷うところである。 とくに地図の等高線の込みぐあいを見ていると、 これ以上進むのはためらわれる。 この先には山があるだけだ。 しかし、まだかなり明るいこともあって、 結局はさらにさきへと行くことにした。 早いところ琵琶湖に出たかったのである。 さて今日の昼間は曇り空であった。 ところが暗くなるのに合わせたように、 雨がぽつぽつと降りはじめた。 道のわきには森しかない。 なんとか寝られる場所を探さねばなるまいが 何しろ山の中のことである。 賛沢なことは言っていられない。 僕は道の脇に、少しばかり広くなっている空間を見つけ、 そこに寝ることにした。 ドライバーが眠くなったりしたら、 ここで仮眠してゆくのだろうと思われる。 僕はまず丈夫で長さが1mほどの木の枝を探し求めた。 持っているつり竿と組み合わせ、 骨組みを作ろうというわけである。 その骨組みにポンチョをかぶせて 簡易テントのできあがりである。 その作業をするためにまだ少しは日のあるうちに早めにと思って、 この場を選んだのである。 しかし、この作業はうまくはゆかなかった。 まず丈夫な木の枝というのが見つからなかった。 人工の建造物か木の幹にポンチョの端を結びつけられれば、 あとはつり竿を紐でぐるぐる巻きにして 何とか骨組みを作ることが可能である。 ところが、その木の幹などが適当な場所にないのである。 だから骨組みはすべて木の枝と竿で作らねばならない。 しかし、まっすぐな枝など、そうそうはないものである。 まあそれでも使えそうな素材を見つけだし、 四苦八苦しながらも、なんとかそれらしいものを作りあげ、 ポンチョをかぶせてみる。 だが、それは見た目にも、 これでだいじょうぶなんだろうか、 と思わせるようなイビツな形のテントである。 だいたいポンチョの面積がいかにも小さい。 どんなにうまくやっても体が入れば頭が出てしまう。 しかし、すっかり日も暮れてしまい、 すでにこれ以上の作業の続行は不可能であった。 雨が降らなければこれでもだいじょうぶだろう。 だが、雨はぽつりぽつりとではあるが今も降りつづけている。 今後、降りが激しくならないという保証はどこにもない。 僕は試しにその中に体を入れてみたが、何とも具合が悪い。 無理やり寝ようとしてみたがだめである。 さて、どうしたものかと考えていると、 車のライトがこちらに近づいてくる。 仮眠するドライバーがやって来たのにちがいない。 テントの位置は車が入ってきてもだいじょうぶな場所には置いてあったが、 念のため少しばかり山のほうに位置をずらすことにした。 リュックなどを拾いあげたりしているうちに車はエリアに入ってきた。 どうやら大型トラックである。 「おお、あんちゃん、ここでキャンプか。」 トラックの運ちゃんは僕を見つけると話しかけてきた。 「ええ、ちょっと泊まる場所が見つからなかったもので。」 僕がそう答えると運ちゃんはタバコを取り出しながら言った。 「どっちに向かってんだい。敦賀方面かい。」 「いえ。琵琶湖のほうなんですけどね。」 「なんだ。同じ方向なら乗っけていってやったのによ。」 「ああ、でも僕、歩いて旅してるんで。車には乗らないことにしているんですよ。」 僕がそう言うと運ちゃんはいろいろと尋ねてきた。 「じゃ、泊まりはだいたい野宿かい。」 「そうですね。バス停とか無人駅があれば、そういうところに泊まるんですけど。」 「なるほどね。ところであんたいくつだい。」 「24歳です。」 「24か。俺の息子がもし24でそんなことしてたらぶん殴っちゃうぞ。働けってな。」 「どうも、すいません。」 「まあいいってことよ。でもな、あんた、ここで寝てるのはまずいぜ。 このあたりは今夜は大雨洪水警報が出てるからよ。」 「えっ、ほんとですか。」 こいつはちょっとばかり衝撃的だ。 だとしたら確実に今晩、降るではないか。 「この先によ。2kmぐらいかな。峠を越えたあたりにバス停があるよ。 そこまで行ったほうがいいんじゃないか。」 「ああ、そうですか。ありがとうございます。」 僕はお礼を言って、すぐにその場を撤収し、 そのバス停に向かうことにした。 夜の山道は真っ暗ではあったが。 敦賀を出てからは泊まれるようなバス停は たしか見かけなかったように思う。 だからそういうものにはまったく期待していなかったのである。 しかし、この先にバス停があるとは思わなかった。 とにかく降りが激しくなる前に、その場に着かなければなるまい。 道は何度もいうように真っ暗である。 いや、ときどき蛍が飛ぶのが見える。 そして、それ以外の光が見えたら要注意である。 それは車のライトだ。 こんなところを人間が歩いているとは ドライバーも思うまい。 ひかれる可能性がある。 むろん歩道などはない。 僕は道の右側を歩いていたので前方から車が来るたびに ガードレールをひょいと乗り越えて 通り過ぎるのを待つということを繰り返した。 だが、暗いせいで ガードレールの向こう側の足場がどうなっているのかよくわからない。 ときどき足をくじきそうになった。 僕の緊迫感を煽ったのは車だけではなかった。 雨が降りつづいている。 この雨も、いつどしゃ降りになるかわからない。 そうなればさらに危険なファクターが増えることになる。 それでも歩きつづけたのは2kmくらいの移動で済むと思っていたからだ。 しかし、一時間以上も歩きつづけても、それらしいものは現れなかった。 あのおやじに乗せられたかもしれない、 と僕はだんだん思い始めていた。 何しろ相手はドライバーである。 もしかしたら10kmくらいの距離を2kmと言った可能性もある。 しかし、かといってあのまま、 あの場所に留まるのがベストの選択であったとは思われない。 もうへとへとではあったが今は歩きつづけるしかない。 やがて峠は越えたがバス停はなかった。 しかしだんだん民家が増えてきた。 こういう風に山を抜けると何となくほっとするものである。 しかし逆に民家のあるあたりでは寝れない、というジレンマがある。 時刻は22:00を過ぎ、すでに県境を越え、滋賀県へと突入していた。 それから40分ほど歩いてやっと目的の物を発見した。 たしかにコンクリートで作られたバス停がある。 入口は閉まらなかったが、雨はしのげる。 僕は荷物を下ろし、やっと今日の歩行を終えることができた。 例によって空き缶を使って湯を沸かし インスタントラーメンを作ろうと思ったのだが、 これは失敗に終わった。 ライターは熱に耐えられず自壊した。 それでこの夜の晩飯は無しになった。-----------------------------------------------------ワークショップ? 夏休みなんだもの・・・親子で参加しませんか? ・ ∴l∴ ・ ∴\∨/∴ │ ->*<- ━━━━━━━━━━━━ ! \ ∵/∧\∵ ~⌒ ヽ 10代を真剣に考える一日 i (⊆\ ∵│∵ ((((( ヾ ━━━━━━━━━━━━ ~ヽ \ ! ノの)) 丿 \ /\ フ (( (( / ^──7 ノ)))) | /||// ヽ ──── Designed by ishitoko < http://oomono.way-nifty.com/ >──── ■開催日 2004年8月22日(日) 受付開始 9時30分~ ■会 場 東京ウィメンズ・プラザ ●傷害、殺人、窃盗、放火、拉致・・・ なぜだ?━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━なぜこんなに多くなってしまったのか?! すぐにキレてしまう若者たちが!───────────────────────────────────何が変わったの? 今の日本で何が起きているの? どこに向かっているの?あなたは、子供に説明出来ますか? 子供たちの心の悲鳴が聞こえてますか?●就職難、フリーターの増加、自立できない若者たち・・・━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━前代未聞の経済不況と大変革の時代です。あなたは子供の将来が描けますか?───────────────────────────────────ボロボロになって助けを求めているのは、今目の前にいるあなたの子供です!親の不安が、まるで鏡のように、子供に映っていあるからではありませんか? あなたがやるべきことは何か? 将来のために子供に伝えるべきことは何か? 答えはここに → http://www.11form.com/brusr/8if/index.html ----------------------------------------------------------------------─── Designed by Yoshimi★ < http://www11.ocn.ne.jp/~rescue/ >───
2004年08月05日
コメント(0)
8/4 福井市を突破。リュックの背負い方を変えたので肩凝りになってしまった。 今日はよく金を使った。武生の紫式部公園で寝る。-------------------------------------------------------- 今日はよく金を使った。 福井市に入ると、朝っぱらから天ぷら焼肉弁当などという ヘビーなものを食べてしまった。412円なりである。 体調はもう完壁である。 その天ぷら焼肉弁当を買ったコンビニで、 レジのおねえちゃんに福井城跡はどこですか、と訊ねた。 軽い気持ちで訊いてみたのである。 取りあえず興味があったのでちょっと見てやろうかという感じである。 それに、どうせわからないと言われても自力で探すつもりであった。 ところがレジのお姉ちゃん考えこんでしまった。 そしてカウンターの下から、やおら地図を取り出すと、 じっとその地図に見いってしまったのである。 僕の次に並んでいたお兄ちゃんは待たされている。 あの、と言うお兄ちゃんの一言で、お姉ちゃん、やっと顔をあげた。 そしてバーコードでピーッピーッとやりながら 「すいません。お客さんは御存知ありませんか。福井城跡はどこか。」 お姉ちゃんはさわやかに言った。 彼もいきなりそんな事を訊かれるとは思わなかったらしく、 あわあわ言っていたが、結局どこのあたりにあるのかはわからなかった。 「いや、もういいですよ。自分で探しますから。」 レジにこれ以上、客が並んでしまってはまずいので、 僕はお姉ちゃんにお礼を言って店を出た。 北陸の人は親切である。 さて自分で探し当てたところ、福井城跡には県の建物が建っていた。 つまり県庁はどこですか、と訊けばよかったのである。 この市の中心から、県道でもって鯖江市まで向かうことにした。 その鯖江から敦賀までは国道で行けるはずである。 これより先、琵琶湖の南端に到達するまでは方角的にはひたすら南下することになる。 今日は晴れている。 腹痛は治ったし、何の問題もないはずであった。 ところが今度は肩凝りに見舞われてしまったのである。 肩凝りの原因はわかっている。 リュックの背負い方を変えたためである。 僕はちょっとばかり特殊な背負い方をしていて、 独自に考え出した首や肩に負担のかからない背負い方というのをしていた。 詳しい説明は面倒なので省くが、 そのためには革のベルトとそれを支えるための紐が必要である。 その紐が昨日、切れてしまったのである。 それで紐のスペアもあったのだが、 取り替える作業が多少面倒なこともあって、 いわゆる普通の背負い方に昨日から変えていたのである。 そのせいだろう。やたら肩が凝る。 凝るどころか、首すじがひどく痛みだし、 しまいには頭痛がしてくる始末であった。 鯖江を過ぎ、夕方近く、武生(たけふ)というところまで来ると、 痛みは絶頂に達した。 僕は仕方なく公園を見つけるとリュックを枕に横になった。 その公園は紫式部公園という名前らしく、 普通の公園よりも幾分、広く、立派であった。 多少はダメージから立ち直ると水を汲んだり、 公園を見て回ったりした。 今日はここに泊まればいいかなと思ったのである。 さてその公園の敷地の横に、何やら建物が建っている。 くずし字で書いてあるのでよくわからないが、 どうやら『藤波亭』と書いてあるようであった。 もっとよく見ると「無料休憩所」とある。 なになに無料だって。 僕はその言葉に即座に反応した。 なんだか吸いよせられるようにしてその建物に近づいて行くと、 中へと入っていった。 中は和風の作りで、まだ新しい感じであった。 入口は二箇所あり、 ひとつは食堂のように机と椅子が並んでいるところに通じている。 もうひとつはトイレや電話コーナーに直接、行けるようになっていた。 そしてそこにはベンチが置いてある。 僕はそのベンチに多少、落ち着かないが腰を下ろした。 無料って書いてあるんだから、いいんだよな。ここにいても。 自らに問いかけるでもなく、言い聞かせるでもなく、そのベンチに座っている。 すると食堂になっているところから おばさんが二人、こちらを見ている。 だいじょうぶ。無料休憩所なんだから。 僕がそう思っていると、二人はとくに何も言ってこなかった。 僕がそのベンチで休んでいる間、 ひっきりなしに人の出入りがある。 そういえば公園にもなんだか人がたくさん集まっていた。 盆踊りという雰囲気でもないが何かの集会でもあるのかもしれない。 そんなことをぼんやり考えていると 二人のおばさんのうちのひとりがやって来た。 彼女は眼鏡をかけている。 「あの、もうここは時間だから閉めるんですけど。」 おばさんは得体の知れない相手に警戒しているようであった。 「すいません。あの僕はここにいてもよかったんですかね。」 僕は立ち上がりながら疑問に思っていたことを訊いた。 無料体憩所とはいったいどういう意味あいなのか、ということである。 するとおばさんは僕に興味を持ったらしい、 「あんた、そんな格好して。どうしたの。」 と言った。 「歩いて旅してるんですよ。」 そう答えると、かなりのインパクトだったらしい。 閉店時間はどこへやら、座って座って、とベンチを指さした。 「それで。」 「北海道から鹿児島まで行く途中なんですけどね。」 「うんうん。」 おばさんはすっかり興奮している。 「去年、自転車で小学生が日本縦断したときも、 このあたりを通ったのよね。 でも、まさかこうして旅している人と話すなんて、思わなかった。」 なんだかそんなことを言われて照れ臭くなってしまった。 日本縦断というと必ず話題に登るのが、 自転車の小学生と植村直己のことである。 あの冒険家も若いころ日本縦断をしているのである。 ただし、それは北極を横断するための予行演習ということであったらしいが。 「それで泊まる場所は、どうしてるの。」 「野宿ですよ。お金がないですからね。 この先にはどこか泊まれそうな場所はありますかね。」 僕は国道の敦賀方面を指さして尋ねた。 この公園から見るかぎりは、まだ市街地がちょっとはありそうであった。 「そうね。信号を四つも行ったら、その先は山よ。」 ここに泊まることにして正解だったな、僕は思った。 するとそこヘもうひとりのおばさんがやって来た。 「ちょっと、ちょっと。この人、歩いて旅しているんだって。」 眼鏡のおばさんが言うと、彼女もヘーっと驚いていた。 ふたりともおばさんとはいっても、まだ三十代の前半くらいである。 「あの、もうおいとましますよ。」 僕は言った。何やら忙しそうだったのである。 すると眼鏡のおばさんが、 まだ、いいわよ、そこで休んでなさいよ、と言ってくれた。 彼女はもっと色々、話を聞きたいようであった。 僕はまだベンチに座っていてよいことになった。 おばさんたちはしきりに食堂から公園の方に物を運んでいる。 「忙しそうですね。」 話しかけると、眼鏡のおばさんが言った。 「中に入って、椅子に腰かけててもいいわよ。」 今度は堂々と食堂に入る権利を手に入れたわけである。 僕がどれどれと立ち上がると、中と外を行ったり来たりしていた眼鏡のおばさんが、 「これ、少ないけど。私たちの気持ちだからね。がんばんなさいよ。」 と三千円を差し出した。 もちろん断わったけれども結局はもらってしまった。 今の僕にとって三千円は決して少ない金額ではなかった。 そして働いている彼女たちにしても、そうだろう。 まったく、かたじけないと思う。 椅子に座ってからも、何かと頂いてしまった。 とうもろこしやブドウなどの果物、ジュースなどである。 そうこうするうち、やがて男の人がやって来た。 彼女たちが社長と呼んでいる人物である。 いったい何の社長だか知らないが、 とにかく、おばさんたちは僕のことをその社長に話している。 彼も諒解したらしく、まだ僕はここにいてもよさそうであった。 この社長が来てからというもの、さらに忙しくなった。 「ライオンズクラブの集会があるのよ。それでこんなに忙しいのよ。」 眼鏡のおばさんはそう言うと、つけ加えた 「今日は偶然、こんなに遅くまで営業してたのよ。 普段だったらもっと早く閉まっているのよ。」 僕はどうやら幸運だったらしい。 彼女たちはそーめんの入った大きなたらいや コップなど物を運んでは帰ってくる。 そして少し手が空くと僕と話をするといったことを繰り返すのだ。 そのうち忙しさがこうじてきたのか、 人手が足りないのか、いろいろと手違いが生じてきたらしく、 社長とおばさんたちの間が険悪になってきた。 僕としてはいたたまれない気分である。 たのむ、仲良くしてくれ。 僕は椅子に座ってテレビを見ながら祈るようにして思った。 それから10分もすると、喧嘩腰ながらも、 だいたい仕事を終えたらしい。おばさんたちとゆっくり話ができた。 「ライオンズクラブの人が誰か泊めてくれればいいのにね。 私の家に泊めてあげたいけど、娘と二人きりだからね。」 しきりに眼鏡のおばさんは今日の宿泊のことを気にしていた。 僕はすっかり公園に泊まるつもりでいたので、彼女ほど深刻ではなかった。 「そこの公園に泊まりますよ。何も問題ないですよ。」 そう言うのだが、おばさんはそれでも心配そうである。 「今までも、そうしてきたんですから。」 僕は彼女にそう言って安心してもらった。 今晩のライオンズクラブの集会はどうやらうまくいったようである。 藤波亭の人達は、これから打ち上げに行くらしい。 僕もそろそろ寝ることにしよう。 「またいつか訪ねてきてね。何年後かにかならずおいでよ。」 おばさんは名残り押しそうに、そう言った。 「あの、お名前を教えていただけませんか。」 「北風っていうのよ。おもしろいでしょ。」 「北風さんですか。」 童話に出てくるような名前だ。僕は思った。 「さよなら、北風さん。またいつか来ますよ。」 そう言うと公園の方へ向かって歩き始めた。 ここへはまたいつか必ずやって来よう、僕は思った。-----------------------------------------------------ワークショップ? 夏休みなんだもの・・・親子で参加しませんか? ■開催日 2004年8月22日(日) 受付開始 9時30分~ ■会 場 東京ウィメンズ・プラザ ●傷害、殺人、窃盗、放火、拉致・・・ なぜだ?━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━なぜこんなに多くなってしまったのか?! すぐにキレてしまう若者たちが!──────────────────────────────何が変わったの? 今の日本で何が起きているの? どこに向かっているの?あなたは、子供に説明出来ますか? 子供たちの心の悲鳴が聞こえてますか?●就職難、フリーターの増加、自立できない若者たち・・・━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━前代未聞の経済不況と大変革の時代です。あなたは子供の将来が描けますか?──────────────────────────────ボロボロになって助けを求めているのは、今目の前にいるあなたの子供です!親の不安が、まるで鏡のように、子供に映っていあるからではありませんか? あなたがやるべきことは何か? 将来のために子供に伝えるべきことは何か? 答えはここに → http://www.11form.com/brusr/8if/index.html
2004年08月04日
コメント(2)
8/3今日は一日中、雨。腹痛を起こす。------------------------------------------------------- 翌朝になると、もう調子はよくなっていた。 豊田さんが薬でもあげようか、と 言ってくれたが断わった。 もうだいじょうぶだろう。 僕の体調が悪いことに気づいていたのではなく、 何かあったときのために、そう言ってくれたらしい。 豊田さんに別れを告げ、しばらく歩いて朝食をとることにした。 しっかり食べて、より完全な健康体に近づけるのだ。 僕は道端に腰を下ろし、パンにジャムをつけると食べ始めた。 今日中に何とか福井市内に着きたいな、 そんなことを思いながらムシャムシャと食う。 空はなにやら曇っている。 そして、ちょうど最後のパンを食べようとしたときである。 ぽつぽつと雨が降りはじめた。 僕はパンをしまって雨に対する備えをしなければならなかった。 ポンチョを取り出して頭から被るのである。 僕はポンチョを身にまとい歩きはじめた。 こいつさえあれば雨に濡れずにすむ。 だが五分もせずに雨は止んでしまったのである。 こうして雨が止むこと自体は歓迎すべきことなのだが、 せっかく被ったポンチョはしまわなければならない。 そのままでいると暑くってしようがない。 しかしである。ポンチョをしまうと、また雨が降ってきた。 被ると止み、しまうと降るということが、 旅を通じてこの先も何度もあった。 別に僕に合わせて天気が変わっているわけでもないのだろうに。 とにかく雨が小降りのうちに、今後の降りを見極めなければならない。 まあ、じきに止むだろう。 僕は今回はそのように判断した。 ところが、これが外れだったのである。 雨は止むどころか、勢いがどんどん強くなっていって、 しまいには、ふたたびポンチョを取り出す間もないほどに降りはじめた。 こうやっていったん強い雨になってしまうとやっかいであった。 地面が濡れているのでリュックを下ろすこともできない。 どこか屋根がついた乾いた地面のところを探さなければ、 ポンチョを取り出すことも、タオルを頭に巻くこともできないのである。 僕は苦労してバス停を見つけると、 そこでやっと雨仕様の格好になることができた。 しかしもうだいぶびしょ濡れである。 だからといって歩くのをやめるわけにもいかない。 小止みになるのを待って、ふたたび歩きはじめた。 ところが今度は笑えないことに腹が痛みだした。 おいおい、どうしんだ。頼むぜ。 僕は自分の腹に向かって話しかけた。 まったくこんなときの腹痛ほどつらいものはない。 雨がしとしと降る中を腹を押さえながらトボトボ行くのである。 道はだいたいにおいて森や田んぼの間を縫うように走っていたが、 だんだんと山道になりつつあった。 休む場所も確保できない有様である。 それに加え、濡れたせいで寒くなってきた。 そして国道はやがて完全に山の中に入ってしまった。 状況としては最悪である。 それでも二時間も歩くと、何やら店の看板を見つけた。 今は寒さをしのぐこと、休息を取ることが何よりである。 とりあえず入ってみることにした。 店は国道より少し脇に入ったところにある。 しかしどうにもあやしいのである。 店の中にはまったく人のいる気配がない。 定休日でもなさそうである。 もしかすると店が潰れてしまったのかもしれない。 こんな山の中ならめったに客も来ないのだろう。 何だか気味悪いので、とりあえず退散することにした。 すると背後で何やら物音がする。 何だろう、と思い、後ろを振り返ってみると、 そこに熊がすわっていた。 といっても、檻の中である。 なぜだかわからないが檻の中に熊が囚われている。 この店の人が飼っているのだろうか。 とすれば店が潰れたというのは間違っていることになる。 この熊は檻の中に入っているので危険はないが、 もしかするとここらにも熊は出るのかもしれない。 東北地方を抜け、すっかり油断していたが昨日の豊田さんとの話の中で、 温泉街にも熊が出てひと騒動あったということを言っていた。 やっぱり早くここは立ち去ろう。 そして町に下りるのだ。 山の中じゃ埒があかない。 雨は降りつづけている。 すっかり弱々しい足取りながら進み続ける。 すると山道の途中に県境の標識が立っていた。 こんな状況の時であるから嬉しいものである。 何とか福井県に突入である。 しかし、それから里におりるまでガタガタ震えながら歩いた。 車道が高速道路のような感じになったところで ようやく僕は休息できるところを見つけた。 あまりきれいではないが、バス停がある。 コンクリートで造ってあるので、中に入ってしまえば雨に濡れることはない。 僕はその中に入るとリュックをベンチに置いて、 その隣に壁に寄りかかるようにして座った。 寒い。 その中はさして暖かくはなかったが、 それでも雨に濡れ続けているよりはだいぶましであった。 まずはこの寒さをどうにかしなければならない。 僕はコーンの空き缶にポタージュの粉末、それから水を30ccほど入れた。 そしてライターの火でもってその液体を暖めてみた。 ライターの火力では苦しいものがあったが、仕方ない。 これしかないのだから。 それでもしばらくがんばっているうちに 中の量が少ないせいもあって、なんとかぬるま湯程度には暖まった。 そいつを喉に流しこむ。 なんだか、体中にポタージュが染みこんでゆくようであった。 そうだ。まだパンが一枚残っているんだ。 カロリーを摂取すれば体も多少は暖まるだろう。 そう思い、僕はリュックの中をゴソゴソと探った。 その時である。 僕はふと昨日のことを思い出した。 パンに、いちごジャムをつけて食べてから急に気持ち悪くなったんだ。 たぶん食べすぎたんだろうと思って、 いや、もしかしたらジャムが悪くなっていたのかもしれない、 でもジャムが悪くなるなんてあるんだろうか、と思って、 でもパンのことは疑わなかった。 そうだパンだ。 このパンはどこで買ったんだっけか。 そうだ金沢だ。 どうみても200円はするのを100円で売っていたから、 ついうれしくなって買っちゃったんだ。 だけどあの時点でもうだいぶ危なかったんだな。 それを後生大事に今まで取っておいて。もう三日もたってる…。 僕は最後の一枚はさすがに捨てることにした。 せっかく今朝は体調が良くなったのに、 こんな物を食べてまた調子を崩すなんて、 僕は自分の間抜けさに、やや呆然とした。 14:00ごろになると、雨は上がった。 しかし太陽が顔をのぞかせるわけでもないので、 服が乾くこともなく、びしょ濡れのままである。 腹痛はおさまったが、何しろ寒い。 しばらくの間、そうして田園風景の中を歩いていると 食べ物屋が一軒あるのが見えた。 僕はすぐに入ることにした。 まったく山の中に入ってしまってから、 あの怪しげな店をのぞけば、最初に出会った店である。 店はラーメン屋さんで、まだ開業したばかりらしかった。 ふだんならば賛沢はしていられないところだが今日は特別だ。 しっかり食べて、体を暖めよう。 というわけでラーメン、ギョウザ、野菜スープにご飯を頼んだ。 店の時計を見ると16:30であった。 やっぱり今日中に福井というのは無理である。 体調が悪ければ顕著にペースが落ちるものである。 まあ、行けるところまで行くしかあるまい。 僕はその店を出て、ふたたび歩きはじめた。 雨がまた少し降りはじめていた。 そのせいで、かなり早い時間から暗くなってしまった。 それで丸岡という町で見つけたバス停で寝ることにした。 立派なバス停なので、もしかしたら文句を言われるかもしれない。 だが、それさえなければ泊まるには最高の場所であった。 福井市内までにはまだだいぶある。 何とか明日には着けるだろうか。-----------------------------------------------------ワークショップ? 夏休みなんだもの・・・親子で参加しませんか? ・ ∴l∴ ・ ∴\∨/∴ │ ->*<- ━━━━━━━━━━━━ ! \ ∵/∧\∵ ~⌒ ヽ 10代を真剣に考える一日 i (⊆\ ∵│∵ ((((( ヾ ━━━━━━━━━━━━ ~ヽ \ ! ノの)) 丿 \ /\ フ (( (( / ^──7 ノ)))) | /||// ヽ ──── Designed by ishitoko < http://oomono.way-nifty.com/ >──── ■開催日 2004年8月22日(日) 受付開始 9時30分~ ■会 場 東京ウィメンズ・プラザ ●傷害、殺人、窃盗、放火、拉致・・・ なぜだ?━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━なぜこんなに多くなってしまったのか?! すぐにキレてしまう若者たちが!───────────────────────────────────何が変わったの? 今の日本で何が起きているの? どこに向かっているの?あなたは、子供に説明出来ますか? 子供たちの心の悲鳴が聞こえてますか?●就職難、フリーターの増加、自立できない若者たち・・・━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━前代未聞の経済不況と大変革の時代です。あなたは子供の将来が描けますか?───────────────────────────────────ボロボロになって助けを求めているのは、今目の前にいるあなたの子供です!親の不安が、まるで鏡のように、子供に映っていあるからではありませんか? あなたがやるべきことは何か? 将来のために子供に伝えるべきことは何か? 答えはここに → http://www.11form.com/brusr/8if/index.html ----------------------------------------------------------------------─── Designed by Yoshimi★ < http://www11.ocn.ne.jp/~rescue/ >───
2004年08月03日
コメント(0)
8/2 昨夜は夜露でよく眠れなかった。体がだるい。疲れているのだろう。 暗いうちから歩きだす。夜が明けても気分が悪い。おじさんがいきな り一万円くれる。昼寝。体調は最悪。ラブホテルの経営者に拾われる。 洗濯、入浴、ベットで寝る。------------------------------------------------------------------------------ 手取川の川っぺりで寝ていたのだが、なんだかものすごい夜露で、 寝袋はぐっしょりと濡れてしまって、気持ち悪いことこの上ない。 これ以上は安息な睡眠は望むべくもないので出発することにした。 まだ暗い。午前3:00である。 夜が明けて小松市に入ったがどうにも調子が悪い。 ここまでケチケチと節約しながら貧乏旅行をしてきたが、 ここは一番、体を元の状態に戻すために大散財をしてもよい、ということにした。 体調不良の原因として考えられるのは疲労と栄養不足だろう。 何しろ一ケ月間もロクな場所で寝ていないのだ。 それに加えて食費は一日千円というどうにもならない貧しさである。 僕はとりあえずスーパーを見つけると中に入リ、 納豆、バナナ、ベジータベータなどなど、 とにかく栄養のつきそうなものを買い漁った。 そしてそれらを食いながら道を進む。 しかし体が熱くなるだけでいっこうに良くなる様子がない。 風呂にでも入るか、と僕は思った。 心身ともにリフレッシュできるし疲れもとれるかもしれない。 このあたりは温泉があちこちにあるようなので 探すのには不自由しないように思えた。 ところが歩いているうちにどうやら国道から脇にそれ、 山の奥の方に入っていかなければ温泉地はないことがわかってきた。 もう今日は大散財をすると決めたことだし、宿にでも泊まるかとも思った。 まだ11:00であるが事情を言えば多少早い時間でも泊めてもらえるだろう。 そう思って歩くのだが宿の方も見当たらない。 うーん、だるい、と思って歩いていると 歩道の真ん中に見知らぬおじさんが立っている。 どうも僕を待ち伏せしていたようである。 「おう、どっからあるいてんだ。」 このおじさんが訊いてきた。彼はなぜか片腕がなかった。 「北海道からです。」 と答える。 「どこまで行くんだ。」 とまた訊く。 「鹿児島まで行くつもりなんですけど。」 僕が答えると、そうか、と言っておじさんは一万円札を差し出した。 これ、とっとけ、と言う。 僕は面食らってしまって、とにかく断ろうとしたが、このおじさん譲らない。 いちど出したものを引っ込められるか、といったかんじである。 僕はありがたく頂戴することにしてお礼を言うと、 おじさんは手をあげ、僕の進行方向へ歩いていった。 そして止めてあった車に乗り込むと今度は反対の方向へ車を走らせていった。 僕はおじさんに頭を下げもう一度礼を言った。 意外な展開でお金が増えてしまったが、 もらった以上は有効に使わせていただこうと思う。 まあ、これで心おきなく宿にも泊まれるというものだ。 そう思って歩いていると、 「浮世風呂粟津」という看板が立て掛けられているのを見つけた。 粟津というのはここら辺りの地名である。 しばらく歩くうちにまた同じ看板を見かけた。 「ここ左折300m」と書いてある。 僕は温泉か何かだろうと思い、 まあ千円ぐらいとられるかもしれないが、行ってみるかと思った。 何しろ金持ってるからな、とすっかり有頂天になり、 舞い上がっていたのである。 国道を左に入りしばらく行くとその「温泉」はあった。 入り口の上の看板には低料金と書いてある。 そうか安いのか、よしよし300円ぐらいかなと思い、 ふとその横を見ると『美人嬢取り揃え』と書いてある。 あぶない、あぶない、これはいわゆるソープランドというやつではないか。 こんな日にしたら死んでしまう。 僕はあわててきびすを返した。 店に入ってから気づくのでなくてよかった。 しかし浮世風呂とはうまく名づけたものではないか、 僕はその店を振り返りながら思った。 国道に戻るとふたたび宿を探しながら歩くという状態が続いたが、 やがてそれにも耐えられなくなってきた。 体がだるい。 とにかく横になれる場所はないかと公園なども探してみた。 しかしこれがなかなか見つからない。 何かを探している時というのはえてして見つからないものだ。 まだ昼間ではあるがしかたなく毎度おなじみのバス停で寝ることにした。 寝袋を引っぱり出しベンチに横になり眠る。 このバス停は開放型で雨を避けるための屋根くらいしかない。 道行く人や車からは僕の寝姿は丸見えである。 しかしそんなことにかまっていられない。 それぐらいつらかった。 一時間も眠ったろうか。 眼を覚まし歩き始めた。 少し調子が良くなったようだと思ったのもつかのまだった。 やはりだるい。 結局また一時間もしないうちに眠る場所を探し始めた。 そして今度は良い場所を見つけた。 国道とバイパスがちょうど合流する地点の草原に 地下壕のようなものを見つけたのだ。 ここならば、まず誰にはばかることなく眠れる。 僕は素裸になり寝袋にもぐりこんだ。 こうした方がリラックスして眠れる。 人間は気持ちの良いときにはいつも裸なのだということを 医者が以前テレビで言っていたのを聞いたことがある。 僕は今ここで、その言葉を実践しているというわけである。 この地下壕というかトンネルというか、 まあ適当な言葉がみつからないのだが、 ここではとにかくグッスリ眠った。 眼が覚めると頭の中でキーンという音がしている。 しばらくボーッとして、それから出かけることにした。 午後2:00ごろである。 それから30分ぐらい歩いただろうか。 通り過ぎる車の窓から犬が顔をのぞかせている。 それが僕とよしおの最初の出会いである。 その犬を見てから、 しばらく歩いて行くと女のひとが犬を連れて立っている。 彼女が言った。 「あんた、うちに泊まっていかんかね」 いきなりのオファーではあったが、 こちらもそういうのにはもう慣れてきている。 どこかで僕を見てひろってやろうと思ったんだなとすぐに察しをつけた。 「泊めていただけるんですか」 僕はすかさず言った。渡りに船とはこのことである。 「うちでシャワーでも浴びて、ご飯、食べて寝ていかんかね。」 彼女はもう一度僕に泊まってゆくことを勧めた。 「ぜひお願いします。」 なるべくがっつかないように僕は言った。 「あそこに見えるのがうちなんだけど」 彼女は指差した。 その先には「ホテル加賀」という看板が見えた。 あれっ、普通の家じやないのか。 もしかすると客引きなのかな。 もっとも今日はどこかに泊まろうと思っていたのだから 別にどこでもかまわない。 僕がそんなことを考えていると、 この先に車を止めてあるんよ、と彼女が言った。 えっ車?車はまずいよと思いながらついてゆく。 すると確かに車が置いてあり、 中にやせた中年の男のひとが乗っていた。 そこで僕は合点した。 この車は見たことがある。 犬と車の取り合わせで初めて気がついたが、 さっき窓から犬が顔を出して走っていた車だ。 「どうだいうちに泊まってゆくかい」 男の人は僕と彼女の会話を聞いていなかったので、 まずそのことを確認した。 僕はひとつ大事なことを言わなければならないと思った。 「あの、ぜひ泊めていただきたいんですが、 そのお、車に乗っちゃうのはまずいんです。」 と言うと飲み込みの早い人で、ああ、そうかと言った。 「実はずっと歩いて旅しているもんで。 すぐ近くでしたら場所を教えていただければ僕、歩いてゆきますけど」 僕が言うと、じゃ、こういうのはどうだい、と男のひとが言った。 「戻るのはかまわないんだろ。 実はこれから君が歩いてきた方向に用を足しに行くところなんだ。 だからいったん車に一緒に乗って、 また帰って来るときにはここで降ろすから、 そしたらここからうちまで歩いて行けばいい」 僕にはまったく異論のないところだったのですぐに賛成した。 すいません、わがまま言って、そう言って車に乗せてもらう。 車中ではよしおが助手席に座わっている。 よしおというのは犬のことである。 男の人は豊田さんというのだった。 その豊田さんは横にいてときどき暴れるよしおをたしなめがら運転をしている。 こら、よしおっ、と言って首につないである紐を引っ張るのだが、 その紐がクラッチレバーにからみついたりする。 しかし、いつもこうして運転しているからだいじょうぶ、と言うのである。 こちらとしてはそれを信頼するしかない。 さて、ふたりと一匹と僕は何をしに行くのかといえば、 よしおの嫁さんをもらいにゆくのだそうな。 ラブラドルレドリバーの小犬で、 もうペットショップで選んであって今日いよいよひきとりに行くということである。 そのペットショップは大きなショッピングパークと 小さな遊園地が隣接してあるちょっとしたアミューズメントスペース といったかんじのところにあった。 僕は昨夕、手取川から見た観覧車を間近で見ることになった。 ペットショップで小犬をもらってくると 車中のよしおは少し興奮気味である。 こちらのチビちゃんの名前は「ももこ」というのが決まっていたが、 まだ正式なものではないそうだ。 だが女の人はそんなことはおかまいなしで「ももちゃん、ももちゃん」を連発している。 たぶん「ももこ」というのはこの女の人の発案なのだろう。 彼女はまだ30代と思われるが、妙に恰幅がよい。 それから車は喫茶店に着いた。 僕に飯を食わせてくれるそうだ。 ありがたいことだ。 そこで遠慮なくヒレカツ定食を食べる。 さて、それでもう帰るのか、と思っていたら、 これから犬たちを運動させるために公園に行くということであった。 僕は悟られまいとしていたが、実はもうヘロヘロである。 やがて着いた県立公園というのは、やたらと広く、 森や草の豊かな所であった。 その公園を、元気のいい犬たちと伍して走り回らなければならないのである。 正直、どうにかなりそうであった。 僕はこっそり公園のトイレに入ってみて 自分の顔を鏡にうつしてみた。 彼らは僕の顔色を見てなぜ調子が悪そうだと思わないのだろうか。 だが鏡にうつる自分の顔を見てようやくそのわけがわかった。 黒く焼けすぎていて、 顔色の判断などしようがなくなっているのである。 なるほど、これならわかるまい。思わず苦笑いである。 最初に出会った場所で車から下ろしてもらい、 それから歩いて、ようやく「ホテル加賀」に着いたときには もう夕食時になっていた。 このホテル加賀というのはいわゆるラブホテルである。 この控え室でホテルの従業員を加えた四人で焼肉を食べた。 当然、食後もすぐに解放してくれるわけもない。 ここまでの旅の話やら何やらで時間は過ぎてゆく。 どうやら寝かしてもらえた時には午後11時を回っていた。 僕はホテルの一室をあてがってもらい、 その個室の風呂に入るとベッドに横になった。 空調がうるさくて眠れない。 スイッチを切る。 するとシーンと静まりかえった闇の中で何か音が聞こえる。 それは頭の中でなっているキーンという音であった。 昼間、地下壕で聞いたあの音と同じだった。 僕はしかたなくもう一度、空調のスイッチを入れ、 そのゴッーというけたたましい音にくるまれると、 ようやく眠りに落ちた。
2004年08月02日
コメント(0)
全208件 (208件中 1-50件目)
![]()

