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今の運動は、散歩に太鼓のみ。散歩は四角四面の街を歩くので退屈。何か目的がないと出発するのも億劫です。太鼓は、全く動かず、同じ場所で、叩くので、足の運動になっているか不明です。気持ちは、良いですけどね。それで、安くて運動になる何かはないか、と探していました。候補は、高齢者体操 →週に2回、1回1時間で、1ヶ月150ペソ。空手 →週に3回、1回1時間半~2時間で、1ヶ月150ペソ。因みに、タンゴなどは、1時間で150ペソとか、200ペソ取ります。それで、空手の練習の見学に行って来ました。場所は、宿からすぐ近くです。礼に始まり礼に終わる。まずは、正座して、黙想、そして、お願いします! と礼をしてから、始まります。そして、準備体操。これが、準備体操と言えるの? と言うほどハードなもの。腕立て伏せや、腹筋なども入っています。これを見て、アジアの星一番は、慄いておりました。 あたしにゃー、無理じゃーないか? と。02その後、空手の練習が始まります。色んな型があり、難しいなー、と思うと共に、かなりハードです。段々、難しくなります。一番近くにいる人は、黒帯ですね。やはり、他の人に比べて、型が様になっています。今度は、蹴りの練習が始まりました。これを連続して、何度も何度も行いますから、かなりの運動量です。見ているだけで、疲れ果て、心は萎え、無理だな、参加は止めよう、と帰りかけたら、講師の方(日本とアルゼンチンのハーフ)が、一度、やって見て下さい。始めの1ヶ月は、無料で良いですから。と言われました。何度も言いますが、この「無料」、と言う言葉に弱いアジアの星一番は、フラフラと、参加する意思を表明してしまいました。そして、木曜日、実際に参加し、昨日の火曜日も参加したのであります。腕立て伏せが、全く出来なくなっていた事に、自分自身驚きました。身体が、硬くなっていることに、これまた、驚きました。途中、頭が、ボォーっとしたこと、何度かありましたが、1時間、何とかやり遂げました。講師の方が、気を使って、暑いから、今日は、1時間で終わりにすると、練習を切り上げてくれたのです。(他の人に悪かったですが。)まぁ、運動した! って気になりますね。どうなるか、分かりませんが、出来れば、暫らく続けて見たいと思っています。これは、経験者の人達の練習です。25年も続けている人もいます。様になっていますね。
2014.01.30
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旅がらす3号が、壊れてしまいました。お湯を沸かしていたら、突然、ポットと電気コードの接続部から火が出て、慌てて、電源コードを、コンセントから引き抜きました。ですが、もう使い物になりません。中国ならば、こう言った物の修理は、物凄く安く、行ってくれるお店がありますが、ブエノスアイレスでは無理です。長年、ブログを読んで頂いている方は、ご存じでしょうが、「旅がらす」、とは電気ポットであります。良く旅に出かけるようになって買ったのが、サンヨー製の電気ポット。この名前が、「旅がらす」、だったのです。それで、「旅がらす1号」と銘々しました。そして、この「旅がらす1号」、タイ、ミャンマー、マレーシア、シンガポール、カンボジャなどを共に旅したのに、ラオスのルアンパパーンの宿にて、油断した隙に、空焚きしてしまい、あの世行きになってしまったのです。可哀そうなことをしました。そうです、宿のリセプションで、話好きな日本人の先生と話し込んでしまって、お湯を沸かしているのを忘れてしまったのです。旅がらす1号は、自動停止装置がついてなくて、お湯が湧いたら、自分で電源を切らねばならなかったのです。帰国して、同じサンヨー製の電気ポットを買いました。これが、買った時の写真で、「旅がらす2号」、ですコップも、付属で付いていまして、蓋をちょっと横にずらすと、渡世人、旅がらすって、感じになりますよね? 気に入っていたのです。思い起こせば、「旅がらす2号」、オマーン、トルコ、ヨルダン、エジプト、イエメン、モロッコ、あと、どこかなー? 共に旅を続けたのであります。そうだ、シリアやレバノンへも行きました。カタールや、クェートにも行きました。そして、ネパール、バングラデシュ、それからインドでしたね。愛着はありましたが、世界一周のお供が出来れば、彼女も幸せであろうと、北海道出身で、世界一周中の、穏やかカップルさんへ、お譲りしたのであります。アフリカから、南米を廻り、中米も通って、欧州を1ヶ月廻り、タイから、さらに、バリ島辺りも、お供したはずです。旅がらす2号、今も、元気かどうか?インドから帰国し、「旅がらす3号」を買おうと思ったら、もう製造中止となってしまっていました。恨みましたねー! サンヨーさんを。あれだけ、良い物を何故、作り続けないのでしょうか? 愛用者は、かなり多かったはずです。で、代わりに購入したのがこれです。カシムラ株式会社製です。名前が、ワールドポット。あんまり良い名ではありませんなー。サンヨーの銘々、「旅がらす」には、足元にも及びません。ヤッパリ、旅の共に、「旅がらす」おめぇさんさえいれば、一人旅もさみしかぁー、ねぇんでござんす。それで、姿、形は、違えど、「旅がらす3号」と、名付けたのでありました。この「旅がらす3号」、は、5年もの長い間、共に、旅してくれました。 * 中南米の旅: 17ヶ国 * 東マレーシア・ブルネイの旅 * タクラマカン砂漠・シルクロードの旅 * アフリカ縦断の旅: 12ヶ国 * 北欧3ヶ国の旅 * バルト3国から東欧の旅: 10ヶ国その他にも、タイや、中国各地、フィリピン、香港など、どこにでも、お供に連れて歩きました。一緒に旅してみると、色白で、どこか気品もありやす。あっしのようなやくざな者のお供には、不向きなほど、上品でござんすなー。もう一度、見て下さいやせ。この「旅がらす3号」、コップも袋も何も付属がなかったのです。1号、2号は、専用の物があったのですがねー。それで、渋谷や、あちこちのお店を探しまくりました。結局、近くの大森近辺のお店で見つけたのが、このコップです。すっぽりと中に入り、その為に作られたと言うようなサイズです。それと、袋も買いました。これが、壊れた「旅がらす3号」、です。相変わらず、色白で上品でしょう?見かけ上は、全く異常ないのですが、コードの根元が、ショートして切断してしまったのです。見えるでしょうか?本日、大型スーパーへ行って、新しい物を買って来ました。これも、仲々、上品でしょう? しかし、これは、旅のお供には連れていけない、大きな電気ポットであります。1.7Lも入るポットです。「旅がらす」、は、0.5Lの小さなものです。旅の友ですから、小さくなくてはならないのです。従いまして、新規購入品は、残念ながら、「旅がらす4号」、と銘々出来ません。日本へ戻った時に、「旅がらす4号」、を買わねばなりません。
2014.01.27
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実は、もう既に、居心地の良い、「日本旅館」、を出て、別の宿に引越ました。居心地が良いのに、何故、引越したの? どうして?と、疑問が湧きますね?日本旅館には、日本語の漫画、小説、DVDと、全て揃っているし、暇を持て余す事はありません。そして、料理上手のオーナー、小川ご夫妻による、アサドパーティがあったり、冷たいスイカをご馳走になったり、アイスクリームを、皆さんで食べたり、近くには、中華料理を持ち帰れる安いお店もあるし、食べ物に関しても言う事ありません。さらに、入れ代わり立ち代わり訪れる旅人、そう言った方々とも、あちこちの旅の話を毎日、楽しむ事が出来ます。しかしながら、当地に来た目的の一つに、「日常会話のスペイン語を習う。」、があります。残念ながら、日本旅館では、スペイン語を習う環境にありません。それと、移動、移動の旅の時は、あまり気にならないのですが、ドミの相部屋に長期滞在すると、気詰まりを感じて来るのです。年齢のせいもあるのでしょうか?旅人の多くは、20歳代の若者が多いですからね。他にも理由はありますが、そのような訳で、別の宿に移ったのであります。この建物の、真ん中のやや右側が、移動した宿の入口です。一つ目の扉を開けると、お人形さんが、出迎えてくれます。こう言うのは、あんまり、好きでないですが・・・。二つ目の扉を開けると、向かって左側が受付で、右側の階段で、部屋のある階へ行きます。2階、3階、4階が、客室になっています。廊下です。アルゼンチンらしい、装飾と絵が描かれています。始めの時に、部屋を見せて貰いました。この部屋は、シングルベッドが、置かれている部屋です。この部屋は、ダブルベッドが置かれている部屋です。どの部屋にも、小さな机と椅子、それから、洋服タンスが準備されています。エアコンのある部屋は少ないですが、エアコンがあるなし関わらす、部屋代は同じです。ダブルベッドの部屋にエアコンがありました。それにベッドは一つで良いので、アジアの星一番は、エアコンを優先して、バブルベッドの部屋にしました。1ヶ月、2,850ペソですから、安くはありません。トイレ、シャワー、炊事場、全て共同ですからね。部屋の中の、掃除も洗濯も、何にもなしですから、2,850ペソは高いです。しかし、近くの、同じような宿は、4000ペソ以上しますし、かなり遠くまで、あちこち見ましたが、3000ペソ前後はします。普通の家、例えば、3LDKを、各部屋に一人づつ、3人で1軒の家に住むような部屋は、もっと安い物件もあるようですが、保証人が必要とか、半年分の部屋代を前払いとか、色々と条件があるようです。ここがキッチンです。広くて使い易いです。但し、鍋も、フライパンも、食器も、何にもありません。ですから、自炊用具は、自分で準備しなければなりません。止む無く、フライパン、鍋、お皿は、買いました。炊飯器や包丁などは、重慶から持って来たのを、使っています。それらも、キッチンに置けないので、いちいち、部屋に持ち帰らねばなりません。これが面倒ですねー。この宿には、中南米各国の学生や、アルゼンチン各地から来た学生が多く泊まっています。ここが、食堂です。ここには、エアコンが付いているので、エアコンのない部屋に泊まっている人達は、ここに涼みにやって来る人もいます。ただ、作った料理は、部屋に持ち帰って食べる人が多いのか、使用頻度は少ないようです。トイレにシャワー室です。談話室です。アジアの星一番の部屋は2階、談話室は、4階なので、一度も利用した事がありません。それから、キッチンが、3階なので、自炊は面倒ですよ。2階から、材料、炊事用具を、その度に、運ばねばなりません。まぁ、そんな訳で、日本旅館に比べると、侘しく、寂しい生活を送っています。スペイン語もまだ、始まってないので、毎日、毎夜、ネットで、動画を見ています。
2014.01.25
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日本旅館を出て、日本人は全くいない宿に移りました。日本語の、漫画も小説もDVDもありません。あるのは、暇だけです。今の所、散歩と1週間1回の太鼓しかやる事がないので、暇があります。スペイン語もまだ、始まってないので、毎日、毎夜、ネットで、動画を見ています。ですが、無料ですと、見たい番組が見られないものも多いです、それで、FC2の年会員になりました。割引期間らしく、半額で、1年間6000円です。これで、動画見放題であります。影武者 徳川家康明日、ママがいない僕のいた時間謎の転校生三匹のおっさん夫のかのじょ軍師 官兵衛三億円事件―松本清張天誅~闇の仕置き人~などなど、最新のドラマなども、毎日見ています。これで暇つぶしは、出来ますが、目が痛くなるし、肩も凝ります。健康上、よろしい生活ではありませんね。勿論、本にする為の、編集作業も続けております。「アフリカ縦断の旅」、は、1000ページ位になってしまうので、4冊に分けて、発刊する予定です。ほぼ編集が、完了しましたが、見直し作業とか、諸々あるので、2月には、発売出来ると思います。
2014.01.25
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本日は、モンセラート地区の残りの観光、国会議事堂へ行きます。この通りは、「五月広場」より、港から反対側へ真っ直ぐ、西方面へ延びている、アベニーダ・マヨ:Avenida de Mayo、「5月大通り」です。この大通りに、1858年にオープンしたと言う、ブエノスアイレス市で最も長く経営されている、カフェバーがあります。その名は、「カフェ・トルトーニ」、と言います。ここが入口です。住所は、Av.de Mayo 825 ですから、5月大通りの番号を見ながら歩けば、すぐに見つかります。この看板は、1973年に、115周年記念として、作られたものですね。それから、さらに、41年が経過しております。店内です。テーブルは、樫と大理石で作られており、重厚な雰囲気をかもし出しております。ここは、古くから、西欧人の詩人や、哲学者、脚本家、などの芸術家が、愛好し、遠く離れた故郷の「我が家」と呼び、故郷を偲んだそうです。コーヒー一杯、20ペソ(200円少々)なので、今度は、小説でも持って、又、来たいと思っています。週末の夜は、ライブハウスとなり、ジャズや、タンゴの生演奏を聴きながら、夜を楽しめるそうです。ま、高いでしょうから、アジアの星一番には無理ですが。カフェ・トルトーニを後にして、5月大通りを、さらに歩きます。すると、何とも、広い通りに出ます。7月9日大通りです。1816年7月9日が、独立記念日なので、その名に由来しています。地元の人々は、世界で一番幅広い通りと、自慢しているらしいですが、確かに広いです。青信号1回では、渡り切れません。何しろ、3車線、5車線、バス通りの2車線、全部で10車線渡って、ようやく半分の片側です。それから、さらに10車線渡って、反対側へ行けます。1クアドラ(1区画)を、そのまま丸ごと道路にしたと言いますから、100mの、幅があると言う事です。渡るのに、面倒ですけどね。07月9日大通りを渡って、4クアドラ(4ブロック)、も歩くと、公園が見えて来ます。ここが、国会議事堂前広場です。公園入口の、左側に、銅像がありました。MORENOと書いてあります。マリアーノ・モレーロでしょうか? 彼ならば、独立運動の指導者の一人です。あれー? 広場で、ウンチしている人発見! 誰だ? 黒人見たいだぞ?違いました。これって、ロダンの考える人ですよね?ブエノスアイレスと、ロダン、どんな関係があるのでしょう? 彼はフランス人。この街は、スペイン人中心です。 分かりませんねー。国会議事堂が見えて来ました。この公園も広さは十分あります。国会議事堂の写真を撮ろうとしたら、その前に、大きなモニュメントがあります。柵があって、近くには寄れませんが、天使のような像が一番上にあります。これは、「二つの国会の記念碑」と呼ばれるものだそうで、奴隷制を廃止した1813年の憲法制定議会と、スペインからの独立を宣言した1816年の国会の2つを記念したものだそうです。ようやく、国会議事堂の写真が撮れました。 1906年に完成したもの。内部は、大理石や銅の彫刻、赤い絨毯、絹のカーテンに彩られた絢爛な造りになっているそうですが、残念ながら、中には入っていません。ドームの真下に位置する中央ホール「青の広間」には、重さ2トンのシャンデリアがあるそうです。ガラスと銅で出来ているそうですが、見たいものです。この国会議事堂広場ですが、あまり使い勝手が良くないですね。歩きにくいです。柵で仕切られ、真っ直ぐに歩けなかったり、記念碑に何故、近づけないようにしてあるのか? ベンチも少ないし、整備も十分でないです。この写真は、国会議事堂の反対方向から撮ったものですが、手入れが悪いのでしょう、芝生がない個所もあります。国の中心と言える場所なのですから、もう少し、整備して、又、来たいなー、と思うような場所にして欲しいと思いますね。
2014.01.23
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ブエノスアイレスに来てから、観光らしい観光をしていないので、暇に任せて、観光名所を、見て歩きする事にしました。まず、モンセラート地区ですが、フロリダ通りの始まる所にあり多くの人が来ます。このモンセラート地区は、歴史的にも政治的にも、ブエノスアイレスが、ここから始まったと言える地区であり、5月広場、大統領府、などがあります。まずは、サント・ドミンゴ教会。1773年に建てられましたが、イギリス軍と、植民地政府軍が、戦った後である事でも有名です。民族学博物館です。アメリカ大陸の民俗学、考古学に関する資料が展示されており、先住民の分布図、特徴などが分かります。大統領府です。ピンクっぽい色で、外壁が塗られて来たので、別名を、カサ・ロサーダ:Casa Rosada、「ピンクの家」、とも呼ばれているそうです。大統領府は、5月広場に面してありますが、5月広場には、国旗がたなびいておりました。5月広場から、見た大統領府です。そして、ここが5月広場の中心です。1810年5月25日、スペイン政府に対して植民地側が革命を起こしました。それで、この広場を、「5月広場」と呼ばれる所以だそうです。この白い塔は、5月革命1周年を記念して建てられたもので、ブエノスアイレスでは最も古いモニュメントであります。「5月の塔」と銘々されています。アルゼンチンにとって、5月は、重要な月ですね。5月広場には、露天商もいます。アルゼンチンの国旗も売っています。この色は、アルゼンチンのサッカー選手が着ているので、お馴染みではないでしょうか?サン・フランシスコ教会です。サン・フランシスコ教会の道を隔てた反対側に、ブエノスアイレス博物館があります。ここは1階が薬局で、2階が博物館です。分かり難いですよ。入りませんでしたが、レトロ感覚一杯の家庭用品を中心に展示されているそうです。サン・イグナシオ教会です。イエズス会が運営する文化公会堂、「光明の家」、があると言うので、探しましたが、それらしい家が見つかりません。地元の人も知りません。ようやく探し当てたのがここです。この展示物がなかったら、分からなかったです。由緒ある建物だよなー、と眺めていましたが、別に何もないようです。普通のビジネスビルのようです。5月広場を挟んで、大統領府の反対側にある、「大聖堂」です。カテドラル・メトロポリターナと言います。12人の使徒を現す、正面の12本の柱が、印象的です。大聖堂のすぐ近くにある、「カビルド」そう大きくない建物ですが、植民地時代は、行政機関として、独立後は、ブエノスアイレス市議会として、使用されています。5月革命の時、この建物の2階から、独立宣言されたそうです。モンセラート地区には、国会議事堂もありますが、時間の都合で行けませんでした。次回、国会議事堂の写真を掲載する予定です。四角四面のブエノスアイレスですが、探して見ると、色々とあるものですね。
2014.01.21
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以前、散歩の事を書いた時、四角四面のブエノスアイレスとも書きました。本当に、特徴のない街です。区画整理されていて、一辺が100m毎に、区切られております。そして、ほとんどの道路が一方通行です。ですから一車線の道路です。このような道路です。この一車線の細い一方通行の道路を、Calle:カジェと呼びます。日本語に翻訳すると、「街路」とか訳されるようですが、英語なら、ストリートですね。このカジェですが、ほとんど道路の両側に、歩道があります。そして、チェンマイのように、ところ狭しと、屋台が並んでいると言う事はありません。バイクや、自転車が走りまくる事もありません。ですから、散歩をするのに、交通の面では、危ない事はなく、歩きやすのは確かです。そして、このCalle:カジェが4本おきに、大きな通りがあります。それを、Avenida:アベニーダと呼びます。日本語に翻訳すると、「大通り」ですが、英語ならば、アベニューでしょうか。これが、そのアベニーダです。5車線もありますが、一方通行です。そして、それぞれの道路には、全て名前が付けられており、このように、交差点には、道路名と、番号のある、標識があります。道路だけ見ていると、ブエノスアイレスは四角だ、と分かり難いと思います。これが、100m毎に区画された角です。交差点ですね。さらに、道路名に番号が付いていると記載しましたが、ゼロから、一区画当たり、100ずつ番号が増えて行きます。ですから、今、ペルー125を歩いており、ペルー753へ行こうとしているならば、後、6ブロック、概ね600m歩けば着く、と簡単に分かります。この1ブロックを、Cuadra:クアドラと現地では言います。各ビル、建物には、その番号が書かれております。見えますか?拡大します。PERU743、と書いてありますね?これで、ペルー通りの、700番のクアドロ、である事が分かります。このように、目的地の住所さえ分かっていれば、何ブロック真っ直ぐ歩き、そこを右に曲がって何ブロック先であると、非常に分かり易いです。四角四面ですから、近道もありません。歩道も必ずあり、歩きやすいのですが、どこも同じような景色となるので、歩きやすい割に、楽しい散歩にはなりません。
2014.01.19
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ブエノスアイレスへ着いたのが、昨年の11月30日。本日が、1月17日。よって、ほぼ1カ月半が過ぎました。その間、闇両替の両替率が、大幅に変動しています。下記は両替実績です。11月30日 200US$ → 1860ペソ 9.312月 3日 500US$ → 4400ペソ 8.8(同宿者の両替結果)12月 5日 100US$ → 950ペソ 9.512月11日 200US$ → 1960ペソ 9.8(特別に高率、普通は、9.5)クリスマスの前になると、必ず料率が上がると言うので、両替しました。12月23日 500US$ → 4750ペソ 9.512月25日 500US$ → 4800ペソ 9.6しかしながら、年が変わったら、下がるどころか、ぐっと料率が上がったので、大きく千ドル両替しました。1月 4日 1000US$ → 10000ペソ 10.01月10日 500US$ → 5300ペソ 10.61月14日 300US$ → 3230ペソ 10.7そして、本日は、又々、大きく跳ね上がりました。1月17日 200US$ → 2320ペソ 11.6昨年12月初めに比べて、約25%も上がりました。1000US$替えたら、9300ペソが、今なら、11600ペソ。その差2300ペソ。1ヶ月の宿代より、その差は、大きくなります。今年から、バス初乗りが、1.6ペソが、2.7ペソに値上がりし、地下鉄も同様に値上がりします。水や牛乳など、生活用品も値上がりしているので、アルゼンチンペソが信頼されていないのではないかと思われます。こうなって来ると、料率が上がったからと、早めに多く両替すると損をしてしまいますね。ドルで持っていた方が、安全です。しかし、もう既に4~5ヶ月分以上の生活費を両替してしまいました。これが、良かったのか? 悪かったのか? 為替は難しいです。
2014.01.18
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ブエノスアイレスでの運動、まだ良いのが見つかっていません。今のところ、散歩が最大唯一の運動です。ですが、丘を越え、野を超え、林の中、湖の辺りを歩き、鳥の声を聴き、そんな楽しい散歩ではありません。ブエノスアイレスの街は、四角四面。碁盤の目とは、この街から出来た言葉か、と思わせるような街なのです。詳しくは、別掲したいと思いますが、どこへ行っても、同じような道路と建物。周囲を見ながら、歩く楽しみは、ないのですねー。それで、何か、楽しみながら出来る、さらなる運動を探しておりましたが、「太鼓」、を始めました。日系センターと言う所で、教えてくれます。一週間に一回、一回一時間半、2カ月で、320ペソ、3500円位です。ここが、練習場です。実は、沖縄祭りへ行って、盆踊りの太鼓に魅了されたのです。アジアの星一番は、あの大きな、和太鼓が練習できるものと思って通い始めました。しかし、実際は、これです。なんじゃー! と思いましたが、既に、2か月分を支払済です。運動になるか? と問われると、一ヵ所に足を開いて踏ん張って、バチを打つので、足の運動にはなりません。しかし、手と腕の運動にはなりますね。叩いていると汗もかきます。ですから、やらないより、やった方が良いかな? と言う程度です。これは、模範演技を行っている所です。講師は日系の方ですが、日本語は下手で、ほとんどしゃべれません。説明は、全て、スペイン語なので、細かい事は分かりませんが、皆さんの真似をしながらやっています。まぁ、面白いですよ。座禅に比べたら、比較にならないほど面白いです。ですから、続けようと思っています。
2014.01.16
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ブエノスアイレスに来て、始めてエンパナーダを食べました。見かけは、餃子の王様のように見えます。このエンパナーダ、ブエノスアイレスでは、パン屋さんとか、専門店とか、沢山のお店で売っています。1個8ペソ(90円位)ですから、安くはありません。アジアの星一番の場合、ご飯は自分で炊いて、味噌汁も作り、大体、野菜と豚肉か牛肉の炒め物で、食べています。しかしお昼は、中華ブッフェのお店でおかずを買って来て食べますが、おかずが、11ペソとか、12ペソ位です。ですから、5個位食べねば、昼食にならないエンパナーダは、高過ぎます。では、何故食べたかと言いますと、中華ブッフェのお店にあったのです。それで、味見として1個だけ食べて見たのであります。中身は、この通り。牛肉と野菜が詰まっています。ところで、このエンパナーダ、この辺りの食べ物かと思っていたのですが、元々は、スペインとかポルトガルが起源のようで、それがラテンアメリカに普及したようです。ですから、下記のような多くの国々で、少しずつ味を替えて、食べられているのであります。ボリビア、ブラジル、チリ、コロンビア、コスタリカ、キューバ、 ドミニカ共和国エクアドル、エルサルバドル、ハイチ、ジャマイカ、メキシコ、パナマ、ペルーフィリピン、ポルトガル、プエルトリコ、アメリカ合衆国、ウルグアイ、スペインベネズエラ、それにアルゼンチン。中南米各国を旅しましたが、エンパナーダを食べたのは初めてです。貧乏旅人故、安食堂でばかり食べて来たので、これほど普及し、有名であるのに、食べていなかったのです。よろしくないですね。ポーランドでは、餃子に似た、ピェロギと言うのを食べました。この餃子風の食べ物も、世界各国で作られ、食べられているようですが、エンバナーダは、餃子とは違いますね。ポーランドの餃子は、下記の過去ブログを参照願います。ポーランドの餃子 ピェロギで、肝心の味ですが、アジアの星一番としては、好んで何度も食べたい、と思いません。肉食人種には良いのでしょうが、アジアの星一番には合いません。ブエノスアイレスでは、値段と味を勘案したら、中華ブッフェが一番です。但し、美味しいと言われるレストランへ行った事がないので、偏見である可能性は高いです。高級レストランへも、一度は行って食べなければ、話しになりませんね。一人で行くのは、暇を持て余すので行き難いです。機会を見つけて誰かと食べに行こうと思います。
2014.01.13
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アメリカ国外移住専門誌「インターナショナル・リビング・ドットコム」が、退職後の国外移住先として人気が高い国の2014年版ランキングを発表しました。それによると、余生を過ごす移住先として最も魅力的な国はパナマだそうです。中米諸国は、年金生活者の移住制度が整えられているようですね。それで、アメリカ人には、中米諸国に人気があるようです。中でも通貨が米ドルであり、英語の通用度も高いパナマは、退職後の移住先としてアメリカ人には、一番人気のようです。パナマは、年金生活者のために不動産ローンや娯楽費、医療費の割引が用意されており、移住手続きを簡素化する制度も導入されているそうです。以前、旅した時、パナマ人が、中国人に占領されている、と言っていましたが、アメリカ人からも、そんなに人気があるとは知りませんでした。アジアでは、3位にマレーシア、10位にタイが入っています。1位 パナマ2位 エクアドル3位 マレーシア4位 コスタリカ5位 スペイン6位 コロンビア7位 メキシコ8位 マルタ9位 ウルグアイ10位 タイ上記の内、コロンビアと、マルタ以外は、訪ねましたが、アジアの星一番が、最悪の国と評価した、ウルグアイが、9位に入っているのは驚きです。物価は高いし、何もないし・・・。どうして、ウルグアイが、ウルグアイの何が良いのですかねー? 私には、分かりません。日本人の、国外移住希望先ベストテンってのは、ないのですかね?調べたら、ありましたねー! ロングステイ財団が1992年の設立以降、毎年実施しているようです。2011年度の、調査ランキングが見つかりましたので、転載します。マレーシア、タイが、最上位にいるのは、納得出来ます。フィリピンがもっと上位にいても良いと思うのですが、インドネシアより下位とは思いませんでした。1位 マレーシア2位 タイ3位 ハワイ4位 オーストラリア5位 カナダ6位 ニュージーランド7位 インドネシア8位 フィリピン9位 台湾10位 シンガポールさて、皆さんは、どの国を選ぶでしょうか?
2014.01.11
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ブエノスアイレス滞在の目的の一つに、片言のスペイン語でも話せるようになりたいと言うのがあります。まだ、勉強は始めていませんので、道を聞くにも聞けず、ネットで調べて、地図を頼りに歩いています。1.道を聞く2.レストランで注文できる3.バスなど交通機関のチケットを買える4.買物が出来る →1万以下の数字は即座に言える、聞ける5.その他、極、簡単な日常会話この程度、出来るようになれば、良いと思っております。ところで、1月8日付、朝日新聞の朝刊に、大学の第二外国語について記載がありました。1.かつては、ドイツ語や、フランス語が主流だった。2.その後、中国語を学ぶ学生が増えて来た。3.が、今は、スペイン語を選ぶ学生が増えて来た。このような要旨でありまして、理由としては、1.ドイツ語やフランス語は、「生活に必要』と言い難く、将来の職業生活への 投資にならない」。2.英語以外では中国語が03年度にドイツ語を抜いてからずっと首位。 理由としては、中国語は「役に立ちそう」という期待がもっとも強かった。 「冷凍ギョーザ事件やチベット暴動の影響で、尋常ではない学生数の 減り方があり、日中関係悪化で、さらに履修者が減少している。」3.「中国語の履修者数は政治・経済情勢に影響を受けやすく、離れた学生は スペイン語に流れている」。13年度にスペイン語を学んだ1年生は前年度比 4割増となり、ドイツ語やフランス語を上回った。と言うような理由で、ドイツ語、フランス語、中国語を学ぶ学生が減り、スペイン語が増えているとの事であります。別からの情報ですが、アジアの星一番の大先輩は、日本で、中国語と太極拳を長年、学んでいますが、中国語教室は人気がなく生徒が減少しているとの事です。その方の弁ですが、「ここまで日本が中国に嫌がらせをされると、坊主にくけりゃ袈裟まで憎いということになってしまっています。ここでは言語が袈裟になってしまいました。そして、生徒が集まらず、経営も容易でないようで、講師への報酬支払いにも、難渋しているのが現状です。」と言うような事であります。日本は中国に対して、意地悪をしているとは思えませんよね? 中国の日本への嫌がらせでしょう?中国は、世界の大国なのですから、大人の対応をして欲しいと願います。実情を知っている多くの中国人も、そう思っているのではないでしょうか。世界の言語と言えば、英語ですが、英語だけでも、何とか、世界を廻る事は可能ですが、欲を言えば、さらに、「中国語」と「スペイン語」を少し話せれば尚、旅しやすいと思います。中国を旅するのに、田舎の方では、英語は通じません。中南米の国々は、ブラジルを除き、スペイン語です。ま、と言う事で、中南米を、又、旅するかどうか、分かりませんが、片言のスペイン語を話せればなー、と勉強しようと思うのであります。
2014.01.09
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チャイナタウンへ買物に行くバスの中で、テニスラケットを持っている、お姉さん二人組を見つけました。勇気を奮い起こして、どこでプレイしているか聞きました。お姉さん達は親切で、バスの揺れの中なのに、きっちりと住所を書いてくれました。宿に帰り、場所を調べます。すると、バスで行けば、そんなに遠くは、なさそうです。126番が、Bolibar通りから出ています。それに乗れば良いのです。30分位乗ったでしょうか? バスを降りて、少し探しましたが、見つけましたよ、テニスコート。クレーコートですね。高速道路の下に作られています。晴れているのに、サングラスをして行ったら、良く見えません。高速道路の下なので、太陽も差し込まず、暗いです。直射日光が当たらないので、まぁ、暑くなくて良いですが、開放感がありません。閉所でやっているような感じで、気持ち良さが少なくなりそうです。プレイしている、4人組、2人組、さらに2人組、コーチを受けている人らしきコートが1面、余っているのが、あと3コート。ですから、コートが7面あります。ボールを沢山持って、玉だししている、とても上手な人がいました。コーチかと思って、練習が一段落した時に聞いて見ました。1時間、300ペソ(3、300円位)。ひぇー、高いですねー!コート代が、180ペソ、コーチ料が、120ペソとの事です。これでは、ちょっと無理です。1週間に2回コーチして貰ったら、1ヶ月で2万6千円にもなってしまいます。せっかく、コートを見つけたのに、残念ですねー。テニスを楽しむ事は、出来そうにありません。テニス仲間がいれば、1時間180ペソですから、一人、45ペソ。2時間でも90ペソ、1000円しませんから、仲間に入れて貰いたいですが、スペイン語が話せないと、それも難しいです。日曜日に、見学に行きましたが、日本人を含めアジア系の人は、一人も居なかったようです。テニスコートを、振り返りながら、バス停に向かいました。
2014.01.07
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ネットでずっと調べていましたが、US$のアルゼンチンペソへの両替は、大体、1US$=6.55アルゼンチンペソであります。昨年11月30日に、ブエノスアイレスの空港に降り立った時、タクシーに乗る時、市内まで、270ペソでしたが、ドル支払いの場合の両替率が、公定レートと同じように、6ペソ台でした。そんな物かと思っていたのですが、市内では闇両替が行われています。一番有名なのは、フロリダ通りです。「ガンビオ! ガンビオ!」、闇両替屋なのに、大声で、「両替!」と叫んでいますので、全く苦労なしに、両替屋は見つかります。その両替率ですが、来た当初の11月末は、9.6ペソ程度でした。その後、9.3ペソ程度まで下がりましたが、クリスマス前には、9.5ペソまで上がり、その後下がりましたが、正月元旦を過ぎたら、何と、9.9ペソ、昨日は、10ペソまで上がりました。どうして、公定の両替率から、闇両替がこんなに率が良いのか分かりません。どのような事情で、闇両替率が上がったり下がったりするのかも分かりません。しかし、例えば、昨日、1000US$両替しましたが、 公定率で両替すれば、たった655ペソですが、 闇両替ならば、1000ペソにもなります。その差、345ペソ。差が大き過ぎます。昨年12月、フロリダ通りの両替で、お金のすり替え詐欺に、日本旅館に宿泊中の二組が遭った事は、既に記載済であります。チャイナタウンでも、闇両替を行っていますが、フロリダ通りと、ほぼ同じか、少し率は良く、安全なので、時間があれば、チャイナタウンへ出かけます。と、そんな状況ですので、ブエノスアイレス空港に着いたならば、最低限の両替のみを行い、その後、フロリダ通りか、チャイナタウンで、両替する事をお奨め致します。
2014.01.05
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昨夜、いや、昨年の大晦日の大パーティに、引き続き、2014年元旦も、オーナーの小川ご夫妻手作りの、おせち料理を、ご馳走になりました。なんと、大晦日の食べ切れない程の料理と、元旦のおせち料理、これが、全て無料で、小川ご夫妻より、宿泊客に振舞われたのです。大盤振る舞いと言う言葉は、このような時に使われるのでしょう。例年、ご馳走されているようで、その情報は口コミで伝わり、大晦日には、日本旅館で過ごそうと、やってくる、ちゃっかり者の、バックパッカーも居ます。従いまして、大晦日は、満室で、空きベッドは全くない状況です。これです。おせち料理セット。これは一部です。人数が、全員で、26人ですから。これでは、全く足りません。昆布巻です。海老です。栗きんとんです。人参、椎茸、その他諸々の料理です。何と言う名前でしょうか?豆類ですねー。右上の小さいお皿は、貝です。おせちの定番、なますです。色合いが良く、見るだけでも、涎が出そうです。牛肉、ゴボウの豚肉巻、他、5種盛です。料理を並べている途中です。画面の手前にも、席があり、料理が並べられます。なんせ、26人ですから、大変な量です。そして、これが、雑煮です。大晦日の朝から? 小川さんが、餅つきをして作ったものであります。大晦日、昨年から新年になった途端、あちこちで花火が一斉に打ち上げられました。それらを見に行った宿泊客もいます。ですから、早く寝た人でも、新年の1時にはなっていたでしょう。そして、元旦は、9時半頃から、料理を食べ始めました。ここブエノスアイレスは、物価が安いとは言えませんが、アルコールは安いです。例えば、ビールは、1リットル瓶で、120円程度。ワインも、1本、120円とか、200円位で買えます。ですから、その後も、皆さん、飲み続けて、宴会は、お昼を過ぎても、1時、2時、3時、4時、と何時間でも続きます。勿論、アジアの星一番は、ビールコップ1杯程度ですので、仲間に入れません。残念ながら、大盛り上がりの中に入って行けません。盛り上がって、大騒ぎの皆さん、元気良いなー、ちょっとうるさいなー、などと思いつつ、パソコンに向かっていたのであります。わずか30ペソの、クリスマスパーティから、大晦日の大パーティの料理、元旦のおせち料理と、大変、ご馳走になりました。小川さんご夫妻、本当に料理がお上手ですね。ありがとうございました。日本旅館の、増々の繁盛をお祈りいたします。
2014.01.03
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2013年の大晦日は、ブエノスアイレスの日本旅館で、大変、美味しい料理を食べながら、楽しい年越しを過ごしました。午後からは、手の空いている皆さんで、下ごしらえを開始です。おにぎりが見えますねー。ほとんどの料理は、オーナーの小川ご夫妻が作って下さいましたが、簡単な物は、宿泊者が作ったものもあります。唐揚げです。相変わらず「極うま」です。豚肉とモヤシです。豚肉です。豚の角煮とゆで卵、大根。この大根がとっても美味しいです。空心菜の炒め物です。揚げ豆腐です。これも美味しい。午後7時頃、出来た料理から並べ始めます。野菜炒めです。おにぎりですぞ。梅干し、しゃけ、昆布、肉の4種類です。豚肉の時雨煮です。大根の千切り、これは、アジアの星一番が切りました。機械で切ったようだなー! と褒められました。イカ茹でのマヨネーズ、唐辛子。これも美味い。キンピラごぼう。これは、本当に久しぶりです。少なくとも、10年間は、食べていません。20年かなー?チキンの手羽です。ジャガイモ、ゆで卵、タマネギのサラダ。大体、揃いました。テーブルに乗り切れなさそうであります。さらに、おしんこもあります。料理も揃い、お客さんも勢ぞろいです。こちら側にもおられますが、全員は入り切れません。20数名、満室です。食べて、飲んで、しゃべって、又、食べて、しゃべって、再放送の紅白歌合戦がテレビから流れていましたが、その歌声なんぞ聞こえない程、盛り上がって話しています。2時間、3時間は、あっと言う間に過ぎ去りました。おー!腹一杯、もう食べられません! と出っ張ったお腹をさすっていたら、今夜は、大晦日、まだ、これを作ってくれます。出来ましたよ。お椀に分けてくれています。これが、年越しそばであります。こんな盛大な、大晦日パーティは、子供の頃以来でしょうか?良く食べました。 有意義な、1年の締めくくりに相応しい大晦日でした。
2014.01.01
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