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千秋楽の前日。『歌舞伎座さよなら公演』ふたたび…ってなわけで、5月に続きダンナとふたり2度めの同公演観劇へ。平日にも関わらず、歌舞伎座前には早くから観客が集まり思い思いに建物を撮ったり、カウントダウンの掲示板前で記念撮影したり…着物やちょっとフォーマルな装いの人も多くいて、“特別な時間”を共有する仲間達の中で、毎回こうして始まる前から徐々に私達のテンションも上がってく。この時期は、毎年恒例好評の『八月納涼大歌舞伎』と題した夏芝居が行われているらしく、この建物で最後の夏を迎えた今年が節目の20年目。後で知ったのだが、この日歌舞伎座がリニューアルについての詳細を発表し、最近婚約してお目出度い中村勘太郎が、年末に【六代目勘九郎】を襲名することも公表したそうで。そんな良き日に勘太郎&勘三郎父子競演の芝居を観れたのも、かなりラッキーだったかもしれない。 演目はいつものパターンとは異なり、三部制興行の形をとっており、通常の大掛かりな舞台に比べ、時間もやや短めでシンプルな構成。私達が観たのは、第二部にあたる二作品だった。第一幕は、『三遊亭円朝口演より 真景累ヶ淵~豊志賀の死~』第二幕は、新歌舞伎十八番の内『船弁慶~長唄囃子連中~』前者は、福助、勘太郎&勘三郎父子の絡みに注目。後者は、福助、橋之助、三津五郎などもいいが、勘三郎の最後の演技が大きな見せ場。どっちも霊が出てくるちょっぴり怪奇もので、そんなところにも納涼歌舞伎の工夫が見られて面白い。安い席で動きの全部を見渡せないところがあって、残念だったが長年の夢叶って、勘三郎の生の演技を観れたので満足。しかも、休憩中これまた私達の恒例になってる「めでたい焼き」は、何度頬張っても皮がカリッカリでうまいー!!ついに閉鎖まで1年を切ってしまった歌舞伎座。さーて私達は一体、あと何回さよならできるか。乞うご期待♪♪♪★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「人ひとり亡くなってるのに。結局は金ですか。」
2009.08.27
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タイトルに惹かれて、思わず手に取ったのがコレ。便利屋を営む男とそこに転がり込んできた全く親しくなかった(むしろ嫌いだった)同級生の男との奇妙な関係、そして日々舞い込む仕事によって生まれる人々との触れ合い…東京のはずれの架空の町(かなり町田っぽい)を舞台に、人と人との関わりの中で壊れる、育まれる、新生する…そんな幸福の形がリアルに描かれた、臨場感溢れるフィクションである。キャラクターがどれも個性的で名前ひとつ取ってもユニーク。それぞれがチャーミングで愛すべき何かがあるから、読んでいてもすんなりと場面に入っていける。惜しむらくは、最後の最後があっさりとしすぎていること。もうひと捻り欲しかったところだ。まぁあのラストのあっさり具合も、主人公ふたりの愛情の照れ隠しで素っ気なくふるまってしまう不器用さに取れなくもないけれど。それはそれとして、この本の中に幾つか心に引っ掛かる言葉たちがあったので、ここで紹介。「その人間の本質って、たいがい第一印象どおりのものでしょう。親しくなったら、そのぶん相手をよく知ることができる、というわけでもない。ひとは、言葉や態度でいくらでも自分を装う生き物だからね」【一 多田便利軒繁盛中】より拝借「多田、犬はねぇ、必要とするひとに飼われるのが、一番幸せなんだよ」(中略)「あんたにとって、チワワは義務だったでしょ(中略)でも、あのコロンビア人にとっては違う。チワワは希望だ」(中略)「だれかに必要とされるってことは、だれかの希望になるってことだ」【二 行天には、謎がある】より拝借「死んだら全部終わりだからな」「生きてればやり直せるって言いたいの?」(中略)「いや。やり直せることなんかほとんどない(中略)いくら期待しても、おまえの親が、おまえの望む形で愛してくれることはないだろう(中略)だけど、まだだれかを愛するチャンスはある。与えられなかったものを、今度はちゃんと望んだ形で、おまえは新しくだれかに与えることができるんだ。そのチャンスは残されてる」【三 働く車は、満身創痍】より拝借「不幸だけど満足ってことはあっても、後悔しながら幸福だということはないと思う。(略)」【六 あのバス停で、また会おう】より拝借※以上、三浦しをんさんの名言、拝借させていただきました※ラストの締め括り方には、物足りなさを感じたものの読み終えた時に、作者が何を伝えたかったのかがよーく解かる人物設定とストーリーになっていて、三浦しをんという人のきめ細かさに感心した。そして何故だか、この本を読んで思い浮かべたのが、タイトルの↑言葉だった。何かに失敗しても失っても、全く同じものを取り戻すことはできないけれど、修復はできる。「生きていれば」こそ、「生きて」こそ人は幸せをを手に入れられるんだ、と。いや、生きているそれこそが、何よりの幸せなんだ、と、そんな当たり前のことをこの本で改めて考えつつ。「生きる」繋がりで、余談ではあるが。二週間ちょい前、ウォーキングついでに八幡宮に立ち寄ったところ、恒例の『ぼんぼり祭り』の飾りつけが終わってて。毎年この時期になると、境内が紙製の四角いぼんぼりで彩られるのでもうそんな時期になったんだなぁ…としみじみ。と言ってもその一週前に、御成商店街の同祭りに運よく出くわしたばかりだが、八幡宮のぼんぼり祭りは単なる夏の夜の賑やかし的なものではなく、様々な祈りを集めたメッセージ性の濃いイベントのように見える。 毎年鎌倉に縁の在る著名人(み●もんた、柳●里、中村●津夫、武●恵子、白●貴子などなど…)たちが主となり、こぞって力作のぼんぼりを奉納。今年その中でも一番私の印象に残ったのは、新藤兼人監督の作品!八幡様の本殿入口左手すぐのベストポジションに在ったせいではなく、そのシンプルなぼんぼりをひと目見て、ぐぐっと惹き付けられたのがこの作品。 御年97歳の今も現役で映画界に影響を与え続ける彼だからこそ、の強くて重みのあるひとことだ。かと言って妙な力みは感じられない、ぽっと自然に頭に浮かんだであろう言葉というか……ここ最近、義母(50代の頃未亡人に)や実母(昨年末最愛の夫にいきなり先立たれた)が、“生や死”の話になると妙に投げやりになって、「私なんかもういつ死んでもいいんだ」などど“後ろ向き”な発言をするので、その度に本気で平手打ちかましたい衝動に駆られるのだが、自分に与えられた尊い命を、ダラダラと消耗するだけになってしまっているこんな人達にこそ、ちゃんと見てもらい、何かを感じてほしいのに…と心から思う。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「炎天下。補正下着姿のオバサン?に遭遇。その格好でスーパーはヤバイって」
2009.08.20
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8月になったとたん、なんだか毎日忙しい。楽しみもそれなりにポチポチあるのだが、あれやってこれやって…とこなしてるうち、あっという間に1日2日が過ぎてゆく。7月は仕事もほとんど入らず(出版業界も廃刊休刊続きで厳しいらし~)商売上がったりだったが、今月はその逆で前日の夜遅くいきなりボスから“出動命令”が出されるので、いつ声がかかってもいいように常に気を引き締めてスタンバってないと、当日がツライ。そんなこんなで、家でぼんやりしてるときに限ってボスから直電が鳴るので油断ができない日が続く。世の中的に夏休み真っ只中な今、東京のオフィス街もそこに向かう電車もおのぼりさんやレジャーで移動する人達がほとんどで、勤め人や学生が少ない分ちょっとばかし隙間が多い。休憩に入る店でものーんびり過ごせるので、それはかなり得した気分。みんなが遊んでる時に働くのは慣れっこなので、特別悔しくはないがお盆にまで、しかも今年は父の初盆だったのにこうして実家にも帰れず、普通に長男の嫁して地味に働いてる自分は何なんだろうともちょっとばかし思う。でも、色々自分の思ったとおりにいかないのも人生だ。疑問や不満をあげ出したらキリがない。今は自分に与えられた物事やチャンスに専念することだけを考えよう。それにしても、8月も終わりに近づいてやーーっと真夏っぽさが感じられるようになったなぁ…ジリジリ照りつける太陽も男前な青空も濃度高めの緑や花も降り注ぐ蝉の声も肌に纏わりつく汗も何もかもみんなまとめてやっぱり夏は好きだ。相変わらず暇を見つけては鎌倉ウォーキングを楽しんでいるが、私以上にダンナが『レンバイ』に寄りたがるので、この夏は今まで以上に鎌倉野菜をよく食べている。この前夕方立ち寄ってみたら、ツヤツヤの水茄子がズラリ並んでたのが真っ先に目に入った。ポカリを飲みながら寛ぐ“カシマシ娘”(農家のおばちゃん3人組)が、「おいしいよ~」と言うのでオススメの食べ方を聞いて一袋買った。ら、「これはあげる!」とビーツを二束わしっと掴んで袋の中へ。これまたオススメの食べ方を教えてもらう。赤玉ネギは別の店で買ったが、これもすごく新鮮で食べやすかった。夏の野菜は目にも美しく形も楽しく、元気な見た目がイイ!!そろそろ秋の野菜も出てくる頃だが、もう少しだけビタミンカラーで心身ともに満たされたい。 ↑の野菜を使ってこんな↓一品が完成。こっちは、ら●ぃっしゅから届いた無農薬南瓜を使っていつものやつ。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「火のない所に煙は立たぬっ。」
2009.08.17
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こんな歳にもなって“青春映画”を真面目に観るのは、やや照れる。なんかもう、“絶対に戻れない場所”を未練がましく覗き見する感じでお尻がモゾモゾしてしまうよな、落ち着かなさもあったりして。若いなー、オダジョもカセ君も。栗山千明は今もあまり変わらない気がするけど、一般的に女の方が早熟だからかな。とにかく、男のコの青っぽさって、女のコの成長過程にはない特別な甘酸っぱさがある、と私は勝手に思ってる。そんな青年ふたりの主人公を軸にして、悶悶としてる感情が溢れ出してるストーリー。「おばちゃん」と呼ばれる歳になっちゃったからか、私にはたぶんこの作品が何を言わんとするのか、正しく理解できてない気がする。感動とか涙とか後に残るそういうものは、残念ながら特になかった。けれど、映像のタッチとかそれぞれのキャラクターが醸す空気感とかは、観ててもすんなり受け容れられる。しっくりくる。何より収穫は、この映画のオダギリジョーが、これまで観た彼出演作の中でも1、2番ぐらいに好みだったこと。あのクレイジーで尖がった青年像はもう、今の彼には演れないだろう。“青春”ついでにもうひとつ。今、午前中の再放送ドラマの枠で、『未成年』 がОA中。ずっとずっと私の“もう一度観たいドラマ”ランキングベスト5ぐらいに入ってる国内作品だったので、待ってました~♪と小躍り気味。こっちは高校3年生が中心の話なので、さらに青い!!海外モノのドラマのおいしい所を集めてる感は否めないが、それを承知の上でも、見直す価値はある。こっちの作品にはすんなり入り込めてしまうのは、“高校生”という自分も同じ時代を経験してる分、リアリティがあったから、かな。野島節は台詞がクドイけど、時々ハッとさせられることもあるし、主題歌挿入歌のセンスに、いつも降参してしまう。余談だが、グレチキの雅樹、懐っかしい~! むかーしむかし。レギュラーで彼らの取材担当だった時期があって、今観ても“親のような心境”になってしまう。やんちゃだけど、礼儀正しくて賢くて場の空気を読める可愛い少年だった(遠い目細い目)。 ★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「タバコ吸いながら焼きそば混ぜるのやめれ。at 某町内夏祭り会場」
2009.08.03
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