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最近は誰でも歌える歌が少なくなってしまった。また誰でも彼でも「シンガーソングライター」気取りで、歌詞は悪くないのだがメロディーのないラップのような曲ばかりで、心に染み渡らないため興味も沸かず、もちろん覚えることなど至難の業なのだ。もちろん例外はあるとしても、やはり少なくとも作曲はプロの作曲家のほうが体に馴染みやすいよね。 それにグループで踊りながら歌うジャニーズ系・AKB系のアイドルたちに至っては、そもそもファンたちは一体感が目的なので、歌そのものはオマケといった感がある。結局のところ現代は誰もが口ずさめるような歌がほとんど存在しないから、テレビ局も歌番組を創らないのだろうか。それどころかやはり一体感目的のコンサートが中心になったため、CDの売り上げもかなり落ち込んでいるという。 ただメロディーのはっきりしない歌を間違えずに歌うのだから、現代のシンガーソングライターたちの歌唱力がかなり向上していることは間違いないのだろう。とは言え、難しい歌を聞くだけではなく、自分も歌って楽しめるほうがエンタメとしての懐が広がることは間違いないはずである。また歌全体の種類が少ないため、どれもこれも同じような歌にしか聞こえない。だからモノマネ番組を見ても、昔の歌手のモノマネは面白いのだが、最近の歌手のそれはさっぱり分からずチンプンカンプン状態になってしまうのだ。「それはお前が年寄りだからだ」と言われるかもしれない。確かにその通りなのだが、少なくとも現代の歌の世界がかなり狭い世界に追い込まれていることだけは間違いないだろう。 前置きが長くなってしまったが、戦後の昭和時代は、まさに「歌謡曲だよ人生は」だった。とにかくいろいろな人がいろいろな歌を歌っていたし、世代間のズレも少なく老いも若きも同じ歌を知っていた。カラオケなどない時代でも、忘年会や社員旅行では手拍子で「唱歌」「童謡」「軍歌」「歌謡曲」「演歌」「民謡」「ロシア民謡」「TV主題歌」「英語の歌」「シャンソン」「フォークソング」「ロック」それらに加えて「グループサウンズ」なども歌われていたよね。 さていまは死語になってしまった「歌謡曲」だが、その守備範囲はかなり広かった。「芸者ワルツ」「ヤットン節」「おひまなら来てね」などのお座敷歌謡、舟木一夫・西郷輝彦・三田明などが歌う学園歌謡、三波春夫・村田英雄・一節太郎の浪曲歌謡、東京ロマンチカ・ロスインデオス・クールファイブなどが歌うムード歌謡、松田聖子・山口百恵・中森明菜などのアイドル歌謡、荻野目洋子・松山千春・稲垣潤一などのニューミュージック歌謡、松任谷由実・玉置浩二・井上陽水などのシンガーソングライター歌謡、石原裕次郎・小林旭・加山雄三・吉永小百合などの俳優歌謡、まだまだ山ほどあるが、美空ひばり・沢田研二・都はるみ・チェッカーズ・プリンセス プリンセス・テレサ・テンなどのレジェンド歌手の歌謡曲も巷に溢れかえっていたものである。 さらに現代の「嵐」「スノーマン」などの先祖ともいえるジャニーズ系のグループとして「ご本家・ジャニーズ」「スリーファンキーズ」「フォーリーブス」なども存在していたし、「AKB48」・「乃木坂46」などのアイドルグループの原点である「おニャン子クラブ」も昭和生まれである。 おまけに付け加えると「ヒット歌謡映画」なるものが頻繁に上映されていた。これは大ヒットした歌謡曲名をタイトルとして、それを歌う歌手が主役または準主役として出演する映画のことである。もちろんスクリーンの大画面の中でお目当ての歌手がヒット曲を熱唱するのだから、ファンにはたまらない映画であった。 具体的には、加山雄三の「若大将シリーズ」をはじめとして、橋幸夫・舟木一夫・西郷輝彦・三田明・黛ジュン・石原裕次郎・植木等などの映画が多く創られていた。 あーっ疲れた、だがここに記した昭和の歌や歌手はほんの一握りに過ぎない。いずれにせよ戦後の昭和ほど歌謡曲いや歌の世界全体が輝いていた時代はないだろう。ところが悲しいかな、現代では小学校でも唱歌は歌わないらしいし、5歳違えば歌う歌はガラリと変わるといわれている。そして現代では過去の歌謡曲はフォークソングやグループサウンズなども含んで「演歌」としてひとくくりにされているではないか。 さらに現代でも生き残っているのは、まさに五木ひろし・石川さゆりなどの狭い意味での演歌の世界だけなのだ。そしてそれ以外は冒頭に述べたとおり、メロディーのないラップのような歌を歌う「シンガーソングライター」を名乗る歌手と、グループで踊りながら歌うジャニーズ系・AKB系のアイドルたちだけになってしまったのである。 それにしてもだ、あれほど活況だった昭和の歌謡界はいったいどうして消えてしまったのであろうか……。淋しいより悲しみばかりが心に染み込んでくるではないか。作:五林寺隆下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2025.02.28
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老人専科編老人向けの名言は山ほどあります。~あの世はほんとにあるのやら~ ないとは思うんだがねえ、、~老人にもまだ勉強することがあるとすれば、ただひとつ、死ぬことを学ぶべきだ~ ルソー~年をとったから遊ばなくなるのではありません。遊ばなくなるから年をとるのです。~ ヘレン・ヘイズ(女優)そうだ、遊ぼう、ブログであそぼう!俗諺ひねりで遊びましょ、、~転ばぬ先の杖~~転んだ先の 複雑骨折 ~ 骨粗鬆症なんですね、寝たきりにならぬよう杖を持ちましょうね、、~地獄の沙汰も金次第~~老人ホームも金次第~ 高級老人ホームはホテル並みですが、安い老人ホームは留置場と変わらねえってさ、~いちかばちか~~いつかは墓地か~ 必ずですね、~知らぬが仏~~昨日の朝飯食ったかな ~ 知らぬが爺ですな~年寄りの冷や水~~爺さんに 熱燗~ 冷たい水は体に悪いですからね、~油断大敵~~有段者 大敵~ 柔道三段、古希の祝いに蝋燭吹いたら立ち眩み。~馬の耳に念仏~~老人の耳に補聴器~ お馬さん、聞こえるうちはいいですね、~老いては子に従え~ 老いてなくとも妻に従い老いては医者に従う、ずっと、誰かに従ってる人生じゃ、~真実一路の道なれど~ まっ直ぐに生きたつもりだが、いつの間にか、腰も曲がり、人生曲がり角。作:下肥流行下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2025.02.24
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著者:飯嶋和一 江戸時代に、優勝28回・勝率9割6分2厘という、とてつもない成績を残した史上最強の力士がいた。そう雷電為右衛門である。その体駆は、身長六尺五寸(197cm)、体重は46貫(172kg)の筋肉質であったという。 現代の力士でも、これだけ均整のとれた巨漢力士はなかなか見当らない。私の記憶にある日本人力士でいえば、双羽黒(北尾)と水戸泉(現・錦戸親方)くらいだが、スピード、パワー、安定感のどれをとっても雷電には、違く及ばない気がする。現役の外人力士では、関脇の把瑠都が雷電とほぼ同じ体格のようだ。 江戸相撲は、もともと巨人の見世物小屋から始まった。これを実力本位の格闘技に変革したのが、第四代横綱の谷風梶之助(二代目)であるという。そして有力力士は藩の士分へ抱え上げられ、滞刀が許されるのだった。 雷電の幼名は太郎吉(樽吉)といい、信濃の豪農関家の長男に生まれ、幼少のころから数々の伝説を残している。17才のときに、浦風林右エ門に見出されて江戸に上り、谷風の預り弟子になる。 当時はきわどい勝負で勝っても、藩待のものいいが入り、ほとんどが預り無勝負とされてしまう。従って勝ち名乗りを受けるには、圧倒的に相手を叩きつけるしかない。 また余りにも雷電が強過ぎるため、鉄砲、張り手、かんぬき、鯖折りが禁じ手になったという逸話もある。そのような制約の中、また当時は年2場所制だったことも考えると、もし現代であれば、雷電の優勝回数は、100回近くに達したのではないかと思われる。 また雷電は、生涯に10回だけ負けたというが、そのほとんどは、藩の陰謀やとりこぼしなどで、正面から攻められて力負けしたことはないという。それを証明するものとして、当時最高位だった大関戦では、誰にも負けていない。だから運よく雷電に勝った力士は、雷電に勝ったということだけで、大相撲史上に名を残している者が多いのだ。 ここまで書くと、いかにも大剛力だけの怪物のようだが、雷電は文武両道で人格者だったらしい。まさに怪物というより正真正銘、正義の人スーパーマンだったのであろう。 この小説のタイトルからしても、雷電が主人公ではあるのは間違いないが、実はもう一人の主人公がいるのだ。それは雷電の贔屓筋である「鉄物問屋」の鍵屋助五郎である。雷電を表の主役とすれば、助五郎はあきらかに裏の主役といえよう。 この鍵屋助五郎の話がかなり面白い。芸妓だった女房さよとの出会いと、身受けまでのいきさつなどは、なかなか粋な江戸っ子振りなのだ。また終盤に、雷電達をかばって自分ー人だけが罪をかぶるなど、まるで歌舞伎や講談の世界の、男の中の男一匹なのである。 雷電の話は誰でも知っているので、それだけでは単調になってしまう。そこで鍵屋助五郎の話を同時進行させたのだろう。これが見事にはまって、飽きずにこの分厚い本を読むことが出来た。 また江戸相撲界の内輪事情などもよく描かれていて、大相撲の歴史がよく分かったのも嬉しい。谷風や小野川が横綱になったのに、彼等を凌ぐ雷電が横綱になれなかったのは未だに相撲史上最大の謎である。 当時番付上は大関が最高位で、横綱の免許はいわゆる名誉名人のようなものだったという。従って、雷電の場合は、藩の事情などで横綱免許申請が出来なかったという説が有力である。それにしても、雷電のような偉大な力士は、もう永遠に現われないのだろうか。評:蔵研人下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2025.02.17
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裏庭の蝋梅の枝 鳥跳ねる故人偲びて病室の窓 寒かろに蝋梅包む孫の手の手袋婆の忘れ形見か冬枯れの枝を賑わす薄黄色 忘れていいさと蝋梅の花蝋梅は まだ咲いてるかと老婆問うまだ生きてるのかと孫の声かな庭に咲く蝋梅華麗でもちょっと名前嫌いと老婆がちくり作:朽木一空下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2025.02.13
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昭和時代と現代の大きな違いのひとつに煙草の衰退があげられることは間違いないだろう。昭和41年には成人男性の83.7%が喫煙者であったが、最近ではなんと25.6%に急降下しているのである。 昔の映画やTVの録画などを観ればわかるが、サラリーマンが机の前で喫煙していたのは当たり前で、なんと診察室で医者が、NHKの将棋番組でも棋士が対局中にスパスパと煙を吐いているではないか。さらに不良でもない男子高校生たちも「隠れ煙草」をふかしていたものだ。なにせ煙草を吸うことにインテリジェンスが漂い、なんと言ってもかっこよかったのである。 それがいつの間にか偉い人たちが次々に禁煙しはじめて、「煙草を吸うのはダサくて出世できない男たち」というイメージが纏わりつくようになってしまった。さらに四大卒の女性たちが増えてくると、あからさまに喫煙を嫌悪するようになり、喫煙者たちは肩身の狭い思いに苛まれることになる。私自身も3年間の工場勤務を終えて本社に戻ると、管理部門のフロアで喫煙している輩は誰も見当たらず、灰皿もなくなっているという浦島太郎状況に恐れおののいてしまった。 それでも営業部のフロアでは、まだ昔ながらの喫煙体制が維持されていたので、煙草が吸いたくなると用もないのに営業部のフロアへ降りて行ったものである。だがそんな状況も次第に崩れ始め、やがて営業部の片隅に喫煙所が設置されることになるのであった。 そしてこの嫌煙風潮は会社内だけではなく、千代田区のように「路上で喫煙すると罰金を徴収する」という条例にまで発展してしまう。その後都心で喫煙するには、まず一定の喫煙場所を見つけなければならなくなり、喫煙者たちは喫煙場所を探すため右往左往しはじめ、ストレスが鬱積するばかりであった。高額のたばこ税を払っているのに、なぜこれほどいじめられるのだろうか。それなら煙草など売らなければいいじゃないか。と愚痴をこぼすことしきりだったが、同調するのは少数派になった煙草依存症の同類たちだけであった。 それにしてもなぜ急激にこれほど煙草が嫌われてしまったのだろうか。その原因を簡単にまとめてみようか。●健康への影響:煙草と健康問題に関する研究が進み、煙草が肺がんや心臓病、脳卒中など多くの疾患のリスクを高めることが明らかになる。これにより、煙草の害が広く認識され、喫煙が健康に悪影響を与えるという認識が社会全体に広まった。●受動喫煙の問題:さらに喫煙者だけでなく、周囲の人々にも影響を与える「受動喫煙」の問題が指摘され、特に子どもや妊婦などへの影響が懸念されるようになった。これにより公共の場での喫煙に対する規制が強化され、煙草の使用がさらに嫌悪されるようになったのだ。●煙草の価格上昇と規制: 世界的に煙草の税金が上がり、広告規制や販売制限が厳しくなるなど、煙草業界への規制が強化された。これにより、喫煙者の数が減少し、煙草自体が「悪」としてのイメージを持たれるようになった側面もある。●社会的な価値観の変化:健康意識の高まりや、ライフスタイルの変化に伴い、煙草に対する価値観が変化した。かつては喫煙が大人の魅力的な習慣として描かれることが多かったのだが、現在では健康や環境への配慮が重要視され、煙草を吸うことが社会的に好まれない行為と見なされるようになってしまった。 まあずらずらと煙草の悪口を書き連ねたが、私自身は「そんなことは百も承知の助だ!」と言わんばかりに執拗に喫煙を続けていた。たださすがに毎年喫煙本数は減らしていたことも事実である。未練がましい奴と罵られそうだが、実は余り酒を飲まない私にとって「喫煙所での情報交換」が必須だったのである。 だからこそ定年後には、簡単に煙草を止めることができたのかもしれない。これによって煙草代が節約できたばかりか、当然喫煙場所を探してウロチョロする必要もなくなり、ポケット付きのシャツ、ライターやケータイ用灰皿も不要、常時咳き込むこともなくなり、胸の痛みもなくなったのである。なにせ禁煙とは良いことづくめじゃないの、ははは。煙草よ、さようなら、そして昭和も、さようなら……。 作:五林寺隆下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2025.02.08
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ぱっと覚えやすく、言い得て妙で、刃物で鋭く抉ったような真理をたたき起こし、おもわず、<うんっ>と唸らせたり、<ぷっ!>と笑わせたり、洒落た奴なんですが、その俚諺にちょいと悪戯しただけのことでございます。 ~犬も歩けば棒にあたる~ 犬が棒に当たったのは見たことはないが、~爺さん歩けば 腰痛め~はよくあることで、、、 ~良薬口に苦し~ 良薬ならば我慢もすれど、~良薬でおなかいっぱい~朝飯食う前に薬は並べないことですな、 ~桃栗三年柿八年~ 実がなるまでの期間だそうですが、続きがあって、奥が深いようです。 ~梨の馬鹿目が十八年~柚子は大馬鹿十八年~林檎にこにこ二十五年~梅は酸い酸い十三年~女房の不作は六十年~亭主の不作はこれまた一生~ ~嘘も方便~ しかたない、どうしても、我慢できないこともありますからね、~野原で方便~ ~棚からぼたもち~ 棚の下で寝てたら、牡丹餅が勝手に口の中に入ったそうで~田んぼで尻餅~まだ稲が実ってませんから、せっかちですね、 作:下肥 流行下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2025.02.04
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