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過渡の詩を俳句とへちま居士逝けり 俳友K君の主宰する夜の顔俳句会に参加してきた。超結社の会という名目の当会だが、メンバー欠席のお蔭で久々にいずれも40年来の俳友A君とK君のみの会となったので当夜のキーワード「明治34年9月21日の子規の献立」より作句をし、それぞれの意見を述べ合ったあと、席を替えて居酒屋「ナンパ百番」で現代の空洞化・高齢化しきった俳壇状況を2人から聴きながら、子規のパイオニア精神をよみがえらせ俳句世界に新風を吹き込む必要ありということで意見は一致した。その新風とは、詩の成立根拠をどこにおくかに尽きると私は常々考えてきたことがあるので、この方向性に絞った短詩の復興ということでなら協力できると言ってきた。酒宴での話ではあったので、この1ケ月、二方とももう一度相談して、せっかく貴重な夜の時間を割いて集まる会なので次回から数歩進んだ若いひとたち初心者も参加可能な会にしたいと思っている。この流れをつくるためには、深く関西俳壇にかかわってきたお二方はもちろん私自身も長年なじんできた有季定型の俳句の形式を脱ぎ捨てるとともにあたらしい意匠をも同時につくりあげていく必要があり、なかなか難しいが、それは「負う子に教えられ浅瀬を渡る」と言った短詩を志す若い型や伝統に染まっていない人たちから学んでいくしかないように思える。今年はきのこ世界、短詩の世界、ロシア世界、地蔵や島なみ世界のすべての方面で改革に取り組む必要がありと感じているが、その第一歩がここからスタートしそうな気配だ。 写真はへちまならぬ朝鮮朝顔。ぼけ茄子、お化け茄子などと呼ばれこの時期にとげ状の球果をつける。この球果に包まれた種子も向精神植物の一種とみなされている。
2010年09月30日
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極東の爪伸びやすき小春かな 一昨年に引き続き今年もウラジオストック映画祭「パシフィック・メリディアム」に合わせてロシア極東部を訪ねた。新しい仕事の可能性と、私の多方面での嗜好に合った新しい友人をつくるためである。 到着した当初の日々は土・日曜日に当たっていたため、映画祭の合間を縫って海浜公園を単身でぶらりと散歩してきた。近郊から町に遊びに来た女の子たちが楽しそうにはしゃいでいるので、写真を撮ってもいいかとたずねるとポーズまでしてくれた。映画館オケアンから続く海浜公園はスタジアムあり、オリンピック選手が練習に来る屋内プールあり、遊園地あり、鮫で有名な水族館ありで、通りには似顔絵描きのアーティストやストリートミュージシャンたちが演奏していたりで、ウラジオストックでも私のもっとも大好きなスポットでここに行くと時間の経つのを忘れてしまう。ロシア極東部もこの夏は殺人的な暑さに見舞われ、私たちの滞在期間中も日本同様暑い日々が続いたが、帰国前の二日間で急に冷え込み季節は一挙に秋となった。この時期のツーリストは服装選びが大変。 写真は海浜公園で出会った娘さんたち。
2010年09月29日
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午前中雲一つない青空の下、三田界隈を歩きまわって所用をすませたので、午後駆け足で六甲山へ登って懐かしの堡塁岩をめざした。途中より雨が降り始め山頂へ着くころには本降りに変わったが人気のない往年のロッククライミングのゲレンデに立ちしばし思いを巡らせてきた。 いよいよ9月も残るところ3日。この正念場の秋、ぬかりなくことを進めなければならない。冷たい雨に打たれながら、小一時間岩頭に立ちつくし山の気配を髪膚にみなぎらせ下山した。空海以来の山の子たることを願いつつ。 写真は雨に濡れる堡塁岩より神戸・ちぬの海を望む。
2010年09月28日
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川西きのこクラブのIさんは、この日私たち参加者を黒川の焚き火スポットへ案内していただき、きのこ探訪会のあとの楽しみをセッティング。黒川のちいさな沼のある山の斜面全体の保守を任されているらしく、草刈りや小屋掛け設備をつくる計画を話してくれた。山屋のTさんも積極的に参加し、小屋掛けプランは彼に一任されているらしくメジャーでしっかりと計測しこの次来た時には出来ているであろう小屋のイメージをなかなかいける紙パックの久米仙を傾けながら語ってくれた。 秋アカネ、センチコガネ、アサギマダラ、M夫人は胃腸の弱いMさんのためとせっせとゲンノショウコを集め、季節が大幅にずれたせいで秘密のミョウガ畑でも先月同様まだまだ数多く発生しており、楽しんでくれた様子。 焚き火の世話をするIさんと焚き火の彼方に腰かけているのは小屋掛けプランを検討するTさん。
2010年09月27日
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すでに秋本番となった能勢の山懐に包まれる一日を川西きのこクラブのみなさまと一緒に楽しんだ。この日ここでの初見はベニチャワンタケモドキとオオゴムタケ。夏から秋への端境期を飾るツエタケ、カラカサタケグループがほうぼうから手招きする山道を今日は下山路を黒川へととり、川西きのこの焚き火場でOさん持参のアカヤマドリ、ヤマドリタケ、マツオウジの特選ソースづけ、本日の探訪会で採取したセイタカイグチ、カラカサタケ、Iさん持参の目刺、ウインナ・ソーセージ、ジャガイモ・サツマイモ、Sさん持参の黒米パンなどをTさん持参の泡盛・久米仙とビールで賞味しました。旅の終りに焚き火を囲むととても気持ちがなごみます。さてこの秋になっていよいよきのこの生育に必要な湿り気をもたらす雨が頻繁に降ってくれていますので10月には関西方面でもいよいよ秋本番のきのこがたのしめることと思います。どうぞ、今年も一期一会のきのことの出会いを心行くまで楽しんでくださいませ。 写真はこの日出会った関西では比較的まれなベニチャワンタケモドキ。この川西の山々でも過去10年で私は2度しか巡り合っていません。この日Mさんは私たちが昼を楽しんでいる間もじっくりと撮影に打ち込んでいましたので、また仕上がりがたのしみです。
2010年09月26日
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長年映画ジャーナリストとして映画にかかわってこられた嶋田さんの映画愛を語るひととき。映ルミエール兄弟のシネマ映像の歴史をその前史から、解き明かし時代の画期を作り上げたクローズアップやモンタ―ジュなど映像表現の多様さを実際の映像を取り入れながら解説していただき、ひるがえって映像表現(映像というものは表現された瞬間から真実とはいささか異なるものとなる)の落とし穴と怖さを示していただいた。この日は、それぞれ映画に深い愛情を抱いている会員のみなさまが多数参加し、実に活発な議論が延々続き、現在の映画興業を取り巻く問題点にまで話は広がりました。
2010年09月25日
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朝顔にまず迎えられ旅終わる 秋定まる雨がひとしきり降ったあとの名月を眺めながら帰国後のさまざまな案件をすべて10月に向けてセッティングし、ようやく一息つきました。 一昨日の中秋の明月、そして昨晩の満月と二夜ながら雨月をかろうじてまぬがれ、ことのほかしみじみとした優しさにみちた微笑みを感じて過ごすことができました。 きのこは月の精であること。あきらかにこの世界は「太陽と月の結婚」を待望していることをいよよ切実に受け止めています。 そんな意味でもこの秋から冬にかけては、ひとつささやかなルナティックな足跡をぜひこころがけたいと思っています。写真はウラジオストック中央広場でみとめた繊月と木星。
2010年09月24日
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新月のあまねき闇に抱かれたし 新月の真闇に抱かれて心に誓ったことを実現する第一歩となる神妙な一日が始まった。今回の旅も計らいを一切せずに享けるのみなる日々を楽しんできたい。さてこの秋は忙しくなるぞ。 写真は 虚空蔵山のニガイグチ。この日はイグチ、テングの類がちらほらと見かけられた。
2010年09月09日
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この週末より、一昨年交流のはじまったアンドレイさん、そして日本の神戸に招待した菌類学者のエヴゲーニィ・ブラーフ博士を中心に、ロシアとのビジネスと文化交流の新たな出会いを求めてウラジオストックを再訪する。 今回の旅はプ―チンの保護貿易政策(禁止関税)の実際の影響とウラジオストック内外のさまざまな企業家たちの本音のところを聞きだす旅にしたいと思っている。 藤原定家研究と日本語による俳句の堪能なアンドレイさんにはまた新たなジャンルの人物紹介をお願いしておいたし、今回は文化交流はもちろん、ビジネス関連のひとたちとも多くの時間を割きたいと思っている。ブラーフさんとは極東におけるきのこ探検ツァーのモデルを作るべくウラジオ近郊の保護区に連れて行ってもらい、農業技師のご主人とは極東農業の実際問題について語り合いたいと思っている。もちろんナザローヴァ博士やブラーフさんの後継者の菌類学者にも会いたいのでアカデミー極東支部も訪ねるつもりだ。 ロシア極東部は例年ならそろそろ初冬の雰囲気なのだが、昨年もそうであったが、おそらく昼は暑く夜寒いのではないかと思う。 とりあえず2週間ほどこのプログもお休みとなりそうだ。帰国ののちは新しい天地を目指していよいよ本腰を入れてさまざまなプランを実現に向けスタートさせる。 写真は虚空像山頂上ふきんで出会った青どんぐり。帰国するころには北神戸の山々も秋本番となっていることだろう。わが第二の青春がはじまる予感にワクワクしている今日この頃である。わが若書きの俳句に「青どんぐり涜神(とくしん)の掌にぎしと鳴る」のあるのを思い出した。
2010年09月08日
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国立国際美術館のB2F展示室全面を用いて展開する映像インスタレーション作品はイントロの1、団地層。にはじまり、2、団断。3、悪人(新聞小説『悪人』挿絵原画)。4、油断髪(『悪人』の没個性的なヒロイン像の束芋による解析)。5、ちぎれちぎれ。6、BLOW。で一巡する構成になっており、1では「もの」とその属性のオーラがつめこまれた集合住宅。2ではその蜂の巣状の生活空間を覗き見る目線で集団の中での個々人の矛盾した社会現象をえぐり取ったもの。3・4はセットとなっており、個々の挿絵原画による点景が、混じり合い、連なり、反発しつつ、生々しいエロスの漂う作中人物の金子美保というヒロインをモチーフとする『油断髪』という断面に到る過程を、この作家独特の手法で展示。5の「ちぎれちぎれ」では三次元世界あるいは四次元世界に投げ出された個々人が、仏陀の視点を持ちえず断片世界としか関われないもどかしさを作品化したもの。 1から5にいたる断片的なしがらみ世界は、水底に発生するあぶくの世界から生まれた未生のイメージが像を結びながらも水面に到るとたちまち変化の相を帯び、原イメージと、束の間実在したかにみえる「もの」との間の越え難い断絶として示されている6の「BLOW」に到ってようやく彼の制作意図がうなづけるものになっている。 いずれも3分から5分のVIDEO映像作品から構成されており、この全体で30分にもみたないコーナーを一巡するだけなのだが、ちょっと仕事の合間に覗くといった観賞方法はあらかじめ拒絶されており、前後あわせて半日間束芋氏につきあうつもりで来なければ到底彼の意図は測りえないように思えた。2度3度と足を運べばまた全く違った見方もできるかも知れないが、ここで展開されたテーマそのものにはさほど新しいものは含まれていない。ただ、私が注目した6のBLOWは「きのこ」的なものの永遠のテーマでもある。そして、アートが未来へつなぐものとは、これまでオ・カルト(秘められたもの)とされてきた世界を従来行われてきたように太陽光のもとに曝すのではなく、月の光のもとで具象化していく試みになろうことはただちに理解された。束芋氏の世界は、そんな意味でも、トリビアルな日常にこだわりながらも現代人の深い孤独や連帯の新しい形を模索し、それを超える視座を提供するものとしてとても貴重な存在に思えた。 ついさっき数名の方から束ちゃんは女性ですと指摘を受けました。なるほどと合点がいくとともにますます気に入りました。文中の彼は彼女に直してお読みください。今晩のニュースでフランスで受賞した映画『悪人』も関係あるのかな。誰か教えてくださいませ。図録その他の予備知識抜きのほうが作品に肉薄できますので悪しからず。
2010年09月07日
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私たち団塊の世代の子供の世代に当たる束芋さんは自らを「断面の世代」と銘打ってスリリングな創作活動を展開していると伝え聞き、昨日覗いてみた。キヌガサタケによほど思い入れがあるようで、会場のそこここで出会った。ウスキキヌガサタケにも出会ったのかしら。瓜生山の京都造形美術大学には私もピンチヒッターできのこの講演に行ったことがあるが、美術館の全フロアーを使っての、一作家工房の多面性の統一というのは以前ギャラリーきのこ案内のプログで紹介した本学・教授の椿さんはじめこの「断面の世代」の共通したテーマのようで、2010年夏の時点でのこの作家の統合芸術の粋(すい)を、広い会場をいったりきたりしながらくつろぎ、味わえる内容となっている。本展は、もちろんキノコもその一部のマテリアルにしか過ぎないのだが、現代アート作家でキノコに何らかの造詣の深さを示す作家というのは、おそらくやや時間を置いて俯瞰すれば共通する深層心理のような面白いものがあると思うが、ここでも私は、前衛作家の無意識が釘付けになっていくキノコというものの本質を深く考えさせられた。 束芋展に引き続き、神戸大丸で若冲の時代の琳派を中心とする細見美術館コレクション「琳派・若冲と雅の世界」もハシゴしてきた。束芋の映像インスタレーション「Blow」の世界に浸りながら、この筆致はあきらかに江戸期の純粋培養されたジャポニズムの作風を継承していると感じたのだが、図らずもこの日それを確かめる機会を得た。若冲作品は若書きのものと晩年のものが同時に展示されており、彼の内面の発酵度がどのようなものであったかが感じとれるものであり、大いに満足して帰ってきた。 写真はこの日の酷暑の一日で、夏雲が競い立っていたが、この雲は虚空蔵山でみたものである。
2010年09月06日
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この夏、私はわが産土(うぶすな)の山々への祈りを捧げるため、巡礼の旅をはじめている。それはこれまでの成果を踏まえて、すでに足踏み状態のまま空中分解しつつある大方の「きのこ」世界の黄昏を黎明期に変えるためのイデーを確立すべき時が来たと感じているからだ。 これから命終のときまで私にはわが能力をはるかに超える大きな課題を少しでも取り崩す必要があり、そのための月のパワーを全身に満たすべくわが山々への巡礼は続けなければならないと感じている。山岳憧憬にはじまり、ジャズ、熱帯音楽、俳句詩、ロシア、そしてその集大成としての「きのこ」と寄り道人生ばかりを繰り返してきたが、この寄り道人生こそが現下の下心卑しいエコや環境といったお題目で自滅への途を急ぐ世界に一石を投ずる視座を与えることだと確信している。 この虚空蔵山の山頂でまどろむこと半時、身も心も洗われて下山の途についた。六甲、甲山、中山、羽束山、そして本日の虚空蔵山。これらは私が親しんできた空海・物部・秦氏・役小角・聖徳太子、そしてなによりも没価値とされてきたおびただしい数の生きものたちとそれらを生かしめてきた大いなる自然の摂理を感じさせてくれるゆかりあるトポスである。とりわけこの山々の頂きで自然そのものに抱かれ深い感銘を覚えたことは私の記憶に深く刻み込まれ忘れることはないだろう。 この中旬の10日間私は再びロシア極東の旅に出る。ここでの親日派の人たちとの出会いと再会が、私の明日を確実なものとしてくれるだろう。 今しばらくわが行脚は続くが、その核心部分はきのこと月の照応関係を美学や文学の全てを動員して明確に示すことにつきるだろう。「きのこは月の原理を体現している」とは私の30年余りにわたるきのことのつき合いの中で確信してきたものてある。この「月の原理」ともいうべきものを、いささかもそこなうことなく取り出す思想とそれを体現する表現者たちが待たれているのだ。そのためにこそ踏み分け道であれ、けもの道であれ目の黒いうちに準備しなければならない。
2010年09月04日
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夕づつよ足下に迫る汽水の波 この前途中下車してさすらった橋の上の作られた阪神武庫川駅から延びる支線に乗ってみたくて再び訪れたが、駅に降り立ってみると、風にそこはかとなく潮の香がただようことからこの駅がずいぶん河口に近いことが判明。河口まで歩いてみることにした。近畿地方はずいぶんと雨に縁のない日々が続いているが、この駅の南から河口までの流れは秋潮が深く入り込んで逆流しており小暗きうしおが嵩(かさ)を成し、意志をもつモンスターのようにうねっていてとても新鮮なスリルを感じた。立派な姿態のスズキやチヌの死魚がときおり顔をのぞかせ河川敷は恋人たちの岸辺と化し、足元までときおり溢れくる汐をかわしながら都会の中の自然を満喫しつつ埠頭をめざし歩き続けた。 恋人よかさなす流れ海へそそぎ 恋人たちの岸辺を侵す汽水の波 ときおりこうした寄り道をすると思いがけない風景を発見するのでやめられない。リバーサイドの広漠たる空には夕づつが輝き始めコウモリが夕まづめの空をハラハラと飛び交い、能勢あたりの空には夕映えの入道雲が身の置き場のないかのように立ち尽くしている。得がたい至福のときが今現実に私の前に広がっているのを心ゆくまで楽しみとっぷり暮れてから家路についた。 写真はこの前訪れたおりに立寄った延喜式式内社の岡太社の猪の狛犬
2010年09月03日
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夕凪のセミ展へ来た・見た・笑った 9月3日をSept Mikkaとかけてセミの日にしようと画策するチチ松村さんのセミ展の初日。谷町の画廊「14番目の月」を覗いた。 セミ・アート展は、チチさんのきのこにみなもとを発するコレクションの大きな流れの中では、河野甲さんのセミタケの存在感溢れるレザー作品を購入した時に、すでに脳のどこかで発芽していたもので、ここからミズタニカエコさんの冬虫夏草の作品と出会うことで一挙にふくらみ、今日の「セミの日」制定の歴史的事件にまで到達したとみるべきでありましょう。「セミはセミ、キノコはキノコ。されどなかよし」的世界がチチさんの本領であるからして楽しいことこの上ない。 会場ではセミにまつわるアイコンのあらゆる可能性の萌芽が展示されており、これから毎年の9月3日がたのしみとなる内容で満たされていた。ぜひふくらませてもらいたいニュー・フロンティアだ。 余談になるが、ここのギャラリーのバナナチョコアイスだったか、会場に流れるさまざまなセミの声に耳傾けながら頂いたが最高に美味かった。「かって媚薬の代表とされたチョコレート(ロシアでの婦人への最高の贈り物はチョコであるのはその名残りだ)も、これからいろいろ試してみるのも面白いね」と、たまたま会場に居合わせたなじみのチチファンの女性と語り合ったことである。 チチさんは、入れちがいに帰ったらしく逢えなかったが、ほほえましい展示に初日に間に合ったことを祝して、マラソンの起源となったローマの伝令の「来た、見た、勝った」をもじって一句献じておくことにした。
2010年09月02日
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ライブ果てどう帰ろうか月の道 ひさびさにHEVEN HILL オーナー・宮里ひろしさんの投げ銭ライヴがあると聞き、阪急園田のオーガニック・カフェ「どるめん」へM君と行ってきた。午後7時、月の出を待たずに李知承さん(リ・チショウ、通称ガンさん)の歌からはじまる。瞳のするどい、それでいて威圧感を全く感じさせない彼の弾き語りははじめてだったが、宮里さんとは10年近く音楽的交流があると聞く。彼の声とギター演奏は、とてもソフトでたちまち音の波に乗ってくらげの気分に。とりわけ最期の2曲、M君もよく一緒に仕事をしたという洪(ホン・ヨンウン)さんのものが最高によかった。ガンさんによればホンさんは癌で7年前になくなったとのこと。M君もホンさんのことは、とてもすがすがしい人物だったと語ってくれた。 ついで宮里さん。今夜は奥さまも聞きにきており、緊張するかと思いきや、のっけから乗りまくって、以前阪急六甲駅近くのバーで聞いた頃に比べると数段の味が出て、人生の語り部にふさわしい風格さえ感じた。聞くほどに、唄うほどに段々力がこもってきて、李さんとデュオをやったり、今夜絶対に聴いてほしいという宮里さんとっておきのリフも全て聴かせてもらったら10時を少し回っていた。ふとわれにかえって会場を見渡すと「どるめん」の店内は満員状態。これには宮里さん自身が驚いていた。その後の?み会も気になったが、とりいそぎM君と梅田へ出て駅界隈の明石焼の店で終電ぎりぎりまでビールで乾杯し、別れた。下弦間近の月が深夜の空で、むんむんハミングしていた。 写真はクサビライシサンゴのおもて面。浅海の白砂に点々とお皿が沈んでいるように増えて行くサンゴの仲間。クサビラはきのこの古称。和名はキノコ石のサンゴというもので、この夕べのライブの雰囲気にふさわしいと思い前回の裏面映像に加えて、おもての映像を掲載しておく。
2010年09月01日
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