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通勤電車のドア開く度蝉の声 蝉の世界もいよいよクライマックスに差し掛かり、ここをせんどと鳴き交わしている。昨今のJRは窓は固定、車内は冷蔵庫なみの冷えで、暑い世界から入った当初だけはホッとするが、長時間乗る者にとっては冷房地獄となる。そんな朝の通勤車両ではあっても毎日同時刻に乗り合わせてくる女性の段々薄着になっていく服装の変化や毎朝の表情からいろいろなことを想像したりで、楽しみはつきない。この間なんかいつも前あたりの席に座る女性でぼくより遠くの駅まで勤めに出る美人の女性が私の前で吊革にぶらさがって立ったまま寝ていたので、コンコンと肩を叩いて席を譲ってあげた。恐縮するので小生は別の車両へ。そんなこんなで夏は楽しいことがいっぱいだ。そんな冷蔵庫もどきの朝の車両でもドアが開くたびにそれぞれの駅周辺の蝉の家族の大合唱が飛び込んできて、これまた楽しい。次の駅は何ゼミかなとか、ちよっとのど飴が必要なのではなんて同じ蝉といってもそれぞれ個性的なのだ。最近は車中で本を開いてもすぐに寝てしまうので、この前なんか本を落とすほど爆睡していたので、体裁も悪く読書は控えている。その分もっと楽しいことが増えたって次第だ。寺山修司がかって「書を捨て町に出よう」って言っていたが、全く同感。 写真はこの前約束した花木槿の図像。昨夕はオークションが遅くまであり、顧客との電話でのやりとりで退社が遅くなったのであきらめていたが、屋敷町の某家の庭のこじんまりしたむくげの花をすべりこみセーフで撮影することができた。花弁の脈としべふきんのお化粧に注目あれ。花木全体はさほど目を引かないが花片は実に繊細そのもの。 俳句は詩型が短いので蝉の1語で蝉の声も言いあらわすことができるが、状況により声をいれなければイメージがつかめない場合もある。「通勤列車のドア開く度蝉溢れ」では蝉が飛び込んできたような状態になり「通勤電車のドア開くたび蝉はげし」と来てややイメージに近くなったが、無難に抑えて冒頭の句と相成った次第である。
2010年07月31日
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夏木立したたる子供音楽祭 ギャラリーきのこを応援していただいている山本郁夫さんの監修による表題のコンサートが灘区民センター・マリーホールで開かれたのでかけつけてきた。副題に「親子手作りミュージカル 2010」とあるように脚本・金城泰江(高校2年)、衣装デザイン・藤井茜(中学2年)、そして配役は小学生を中心に保育所年長組さんから高校1年生までの多岐にわたる年齢層の子供たち。それに衣装制作を父母チームが手伝い、音楽を山本郁夫さんが担当するというユニークなもの。当夜の演目は「続☆不思議の国のアリス~パート3~」で平成版・不思議の国のアリスだ。山本さんはロシア国立ヤクーツク歌劇場正指揮者/モスクワ中央音楽院管弦楽団指揮者の肩書をもつこれまたユニークな逸材だが、彼の素晴らしいところは子供たちに無限の可能性をみているところだ。そしてその開発のためにあらゆる機会を通じて子供たちにその才能発揚の「場」を作り続けていること。今日はそんな彼の打ちあげた「妙(たえ)なるきのこ」を観賞する日だ。豪雨もおさまった夕べ、仕事を早退して会場へと急いだ。 コンサートの第1部は田中杏菜さんのヴァイオリン独奏・クライスラー作曲「レスタチーボとスケルツォ」。現在、ノヴォシビルスクの音楽院に留学中の彼女は中学生。超絶技巧の曲をさらりとエモ―ショナルに弾きこなし、親子で満たされた会場を一瞬凍らせた。続いて東恵子さんのピアノ伴奏による山本龍くんのチェロ独奏・ハイドン作曲「チェロ協奏曲第1番第1楽章」。杏菜さんと同じく中学生の彼は、いささか謹厳実直そのものでお父さんとは正反対の性格との印象を与えるがやはり演奏の端々に滲み出る音調には血の争えぬ温かいものを感じさせてくれる。山本くんは今乗りにのっていて終日でも弾き続けられそうな勢いだが、今回の第1楽章のカデンツァ部分は特に聞かせどころであった。そして第一部の酉は、新婚ほやほやの東恵子さんのピアノ独奏・リスト作曲「ヴェルディのによる演奏会用パラフレーズ」。自在を得てしかも繊細さを失わないタッチで弾きまくり思わず彼女の生み出す音楽の渦に呑まれそうになった。 そして、山本さんのもっともすぐれたところは、こうした催しには必ず一流の演奏者を招いて、親子に加えて幼な子たちにも分け隔てなく最高の音楽に触れる機会を提供しつづけていることだ。ヤクーツク歌劇場専属メゾソプラノ歌手のアナスタシア・ム―ヒナ氏とボリショイ歌劇場専属のテノール歌手アナトーリ・ザイチェンコ氏もそれを心得ていて、さわがしい子供たちをシーンとさせるような演奏ができなければ、それは自身の責任だと考えている様子。夏秋光代さんのピアノ伴奏によるそれぞれのオペラ歌曲の独奏もさることながら、私はうん十年ぶりに聞いた「ラ・エスパニョーラ」をおふたりがデュエットで歌ってくれたことに感動した。 第2部ではマスクの国の住人としてサーシャちゃんがパンダみたいなメイクをほどこされて出演しているほか、鏡の国、ロボットの国、マスク(仮面)の国のアリスと住人たちが悪の国のダーク親分の一味たちと戦うのだが、不揃いの子供たちが不揃いのままそれぞれ個性豊かに演じているさまには胸熱くなるものを感じた。 コンサートのあと、ギャラリー常連のH氏がJR西明石駅界隈にハーバーランドから移って1週間前にオープンしたというスペイン料理の店がとてもおいしいというので、ちょっと、いや、ずいぶんの距離を寄り道してギネスとシェリー酒で乾杯し、またまたすさまじい月明かりの中、家路を急いだ。
2010年07月30日
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朝月の赤く残れる夏野かな 二日続きの熱帯夜が明けて十六夜の月が朝空に浮かんでいる。よべの暑気の名残りか、赤々と存在感を示していた。町の彼方に夏野が黒々とひろがりセミが遠くの森で鳴き始めた。 しみじみとした目覚め。ずっと昔にロシアで買った黄銅色の小さい金属の鐘が引き出しに転がっていたので舌をつけて眠れぬ夜の手すさびにつるしてみたのだが、風がたちはじめ透明きわまりない響きを生み出している。何もかもがみずみずしい夏明けのひととき。生きているしあわせをしばし噛みしめた。 昨日に引き続きキツネノカミソリのアップ。
2010年07月28日
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へくそかづらという植物がある。山道で出会うとずいぶんと気の毒な名前をつけられたものだといつも思ってしまう。 川西自然教室の『こげらだより』が200号を迎えるに際してエッセーを頼まれたので、このへくそかづらから着想した「屁糞きのこの弁証法」を編集部あてに送っておいた。きのこをつくる本体の、目には見えない菌糸体は屁、その糸状体が胞子を飛ばすためにつくるエアターミナルがきのこだが、このとき初めて目に触れるので糞。かくして屁の凝り固まったものが糞と考えるときのこのあべこべ生物たるゆえんが難なく理解できる。なんでも目にみえるものが本質であると考えるのは人間のあさはかさだ。普通は目にみえない世界こそが真実で目に見える世界はその仮の実体であることのほうが多い。それはなによりもきのこがその通りだから。 したがってきのこの研究は「糞」の研究ということになる。菌糸や胞子の研究。これがいわゆる微生物学でこれは、私から言わせれば「屁」の研究ということになる。 一方、実存哲学では意識をもった人間は、あくなき未来へ自身を投企(こうありたい自分をイメージしてそれに自己を投げかけていく)するきわめて特殊な存在で「心ここにあらず」という言葉があるが、人間の本質はその「心ここにあらず」が常態でそのあちらにある心に肉体を投げ出していくことで人間なのだ。 だから、人間も屁糞きのこの弁証法では身体は「糞」で心は「屁」と考えれば非常にすっきりする。この屁と糞との弁証法。すなわち屁と糞をたえまなくアウフ屁ーベン(止揚)することこそがぼくらにとっての現実なのであーる。仏教の無常観もそんな人間の洞察から成り立っている。過渡的、あるいは過程にこそ人間存在の本質があるということか。 屁(みえない世界)と糞(みえる世界)の2項を対立させそれを統合することで新しいステージへ参入するという弁証法はとても便利な発想で、コンピューターのゼロ・ワン思考もそこに根源がある。かれらは有るか無いかの2項で世界は記述できると考えている。彼らの記述世界とは一体どんなものか私には想像がつく。 こうしたさまざまな利害をむりやり対立する2項に封じ込めてエィヤ―式に解消することに異議を唱えるのはいつも生物学者である。「そんな2項には絶対おさまりきらないぞ」と身体を張って異議をとなえる生物もものすごい数存在するのでサンプルには事欠かない。 輝かしい進化の道筋に乗り遅れる生き物はいなくなってもかまわんという発想が一世を風靡するのは優生種のみが生き残る権利があるという発想である。「利己的な遺伝子」「弱肉強食の世界」「階級闘争」「進化論」・・・、これらの仮説はその時々の世の指導者たちにとって非常に都合のよい理論であったために、世の公理のように喧伝されているが、これは危険きわまりない。ここには他をぬきんでることでしか計ることのできないきわめて貧弱な上昇志向が下敷きとなっており、個性をみとめられない統計的数字でしか表現されない競争の論理からいち抜けたうつけものやのんびり物は虫けらにひとしい存在としてつぶされてきた。 そんな、世の中を生態系のトップに位置する者たちの利益のみに奉仕する理論で押し切ろうとすることへの抗議のひとつの形が私にとってはきのこであり、屁糞きのこの弁証法なのだ。わが晩年はこの理論の体系化のためにこそ生きたいとさえ思えてくる。とはいっても私のように年中何かに心奪われて生きている屁のような存在にとっては(それを自称ではあるが通年性発情型人間と呼んでいる)、屁を実体化し体系化せずにはいられない、ストイックで、なにがなんでもすっきりしないと気がすまない「くそ」的存在の土俵で物言うことは、相手の思う壺になるので全く異なる方法を編み出さなければならない。いよいよハイパーきのこの時代を直前に控えて見事な「屁」をかましていかねばならない時代が到来したことをひしひしと感じている。さてひとつ屁でもかましてから考えよう。写真はキツネノカミソリの満開の小道。
2010年07月27日
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一山の地蔵統べをり夏木立 今年何度かのキヌガサタケとのデートは1週間無雨・無水状態の能勢と決まった。半ばあきらめムードのきのこ探訪会だったが、きのこ目になっていたM夫妻が突然キヌガサタケの匂いがする。きっとこのあたりに出ているはずと皆に探索を促して数分後、Sさんが足元の草むらでピサの斜塔みたいな状態のキヌガサタケを見つけた。昼餉のあとは続いてアカイカタケのタマゴただ1個体のみ発見。大切にMさんが持ち帰り飼育することに。テングタケの仲間をはじめ、ざっとメモしただけでも20種を上まわるきのこたちのテリトリーを通過したことになる。 古い山城あとで、歴史ガイドで定評のあるIさんの解説で能勢の戦国時代へとタイムスリップ。今度はMさんの若い奥方が私を呼ぶので「ハイハイ」と、にやけながら駆けつけると、台場クヌギにくっきりと浮かんだ地蔵さんを教えてくれた。能勢のきのこ探訪会はあまたの石地蔵と出会うので愉しいことこの上ないが、石の地蔵は所詮人間の産物だが、そんな地蔵たちをそっと統べているのがこの全山の夏木立のように思えてくる。本命のきのこたちはやはり時期尚早で痕跡のみの出会いとなったが、かくして夏は深まっていく。 写真はM夫人がみつけた台場くぬぎの幹に浮かびあがった地蔵イコン。 オンカカカビサンマエイソワカと地蔵菩薩御真言を唱えて別れた。
2010年07月26日
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ブックフェアー2日目は能勢の山奥のきのこ探訪と重なったため、夕方汗まみれのまま閉催、1時間前に駆けつけたがほぼ客足も途絶え、バルチカビールを賞味するだけで終わったが愉しい2日間であった。今夜は川西自然教室会報200号記念に寄せて原稿を書くよう依頼されているので、ちょっと早いけれどこのへんで。写真は閉店30分前、思い出してあわててブックフェアーの写真撮りをすませたもの。
2010年07月25日
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黒ビールほろりと魚眼漂流記 たのしみにしていた森田さんのお話を聴く機会を得て良き友人がまた一人増えたことをよろこんだ。生き様そのものがきのこ。こういう人はなかなかいそうで居ないものであるが、前回の「不思議なお茶の会」でお会いしたときから久々の真菌類だと期待していたのだが、まさに私の勘の通りの人物であった。一度きりしかない人生をどう生きるかは別段計らいが要るわけではないが、降りかかる火の粉を払いながら小走りに生き抜くためには、人は本能に近い咄嗟の判断力で行動し、なんとかかろうじて生きながらえた暁には、その本能の部分がそれぞれの個性として備わってくるのではないかと常々考えてきた。この森田さんには、そうした本能に近い部分での生き様の共感を感じたのである。ギャラリーきのこにふさわしいゲストであった。 昨日に引き続きギャラリーではロシアブックフェアーが開催され、7年目にしてようやくギャラリー本来の役割が無理なく自然に備わってきた感がありうれしいかぎりだ。これもひとえに多くの会員たちのそれこそ無私の努力のたまものにほかならない。 今回のブックフェア-では、株式会社日ソ図書さんのロシアの活字文化の継承に心血をそそぐプロがセレクトしたロシア語書籍に加えて、群像社さんのすばらしい訳書の数々も加わり、グローバル化したとはいえロシアンテイストはしっかりと織り込まれたロシアンポップス,ロシア詩文学の新改訂版の朗読CD、ロシア名画のDVDなども満載し京阪神のロシア趣味人たちのオアシスがひょっこりと出現、関西にこんなにロシア文化愛好家がいたのかと思うほどの活況を呈していた。 特に今回のフェアでは我孫子のロシアンバー・ポチョムキンさんのご好意で、わがギャラリーのホープKさんがサーシャちゃんと一緒によく冷えたバルチカ・ビール3種を提供するとあってそれも楽しみにしてきた会員たちも多かったようである。 夏色一色にそまったギャラリーきのこのそうした活況をよそ目に、軒下ではツバメの子らが今年も育ち、親鳥たちはひっきりなしに餌を運んでいた。 写真は大西洋の島国グレート・ブリテンのロンドンをとても斬新な目で切り取り、ほっこり感一杯に語る森田さん。
2010年07月24日
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蕊の色秘するがごとし夕木槿 夕べ薄明の中で見染めたむくげの花は半ば花弁を閉じたもの、なかば開いてまどろむもの、巻貝のように固く巻き込んだものとさまざま。蕊(しべ)の色を見られたくないとでも言うように日陰るとともに花の衣でくるもうとするさまはなんとも愛らしく・・・。 「道のべの木槿は馬に喰われけり」とは芭蕉の句で当時物議をかましたことが記録に残っているが、この花はお隣の半島では国花だとか聞く。しまちょごりの女性が憂い顔でこの花木を眺めている図は絵になりそう。本日はまたまた明日からはじまる週末のギャラリー・イベントの準備で午前さまになりそうなので、昼の時間に走り書き。またお気に入りのむくげの花の図像をものすることができればここに添えたい。
2010年07月22日
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おーい夏雲手紙にしるき「LOVE」の文字 この週は日照り続きでまたたくまに河の水位も元通り。刷毛で引いたようなすじ雲がスカイブルーの空で落?の色に染まりまるでピンクのオーロラのよう。シロやピンクのさるすべりの花がそこここの家で咲きつぎ、合歓の花と総入れ替え。そしていよいよむくげの花も真っ盛りだ。 明日はむくげをテーマにしようなどと考えつつオーロラもどきの空の下、深々と宵闇迫る大地を這うようにして家路を急いだ。 写真は合歓の花の残花散り敷く渓谷の途を気のおけない友と散策した折に見つけた豚っ鼻のきのこちゃん。
2010年07月21日
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カエンタケ手招く千本鳥居の隙 この連休はぶっ続けできのこ探訪の日々であった。深草界隈のきのこ探訪と洛西の大原野森林公園の虫草探訪は猛暑を全く意に介しない猛者たちの早くから待つ現地の駅へと急いだ。今回の深草探訪は、伊藤若冲の墓詣でと彼の設計した下絵に基づき石工が制作配置した石峰寺(せきほうじ)の五百羅漢の竹林探索。そののち牡丹の天井絵で有名な宝塔寺(ほうとうじ)をめぐりその界隈のめずらしいきのこたちとの逢瀬を楽しんで「若冲さんも喜んでくれているみたい」と勝手に解釈して伏見稲荷へ。ぬりこべ地蔵を横目に、フレッシュなカラカサタケの道しるべに従って滝道から文学の道を通り千本稲荷の途中に出て、猛毒のきのこ・カエンタケの発生状況を調べてきた。まだ時期尚早と思いきや、Hさん、Mさん、Oさん、Tさん、Sさんの厳しい観察眼は大地の微細な変化を余さずキャッチして、すごく良型の地獄の使者・カエンタケ数個体を発見。これでこの夏のきのこのビック・スターたちとの出会いも半分はこなしたねといいつつしぼったらしたたるほど汗だくになり藪蚊ちゃんたちへの献血も十分にすませ、伏見駅近くのチャイニーズ・レストランの生ビールで乾杯して、夜勤に行く不死身のOくん、帰ったらクッキーをつくるという元気溌剌のSさん、カラカサタケを試食するというHさん、もうすでに明日のきのこ探訪モードに切り替わったMさん、Tさん。いずれあの羅漢たちにまぎれてあの竹林に定住するのではないかと皆から怪しまれた私はそれぞれのたつきの道へと別れた。この日、Mさんはとても素晴らしい作品をものされたようなのでムックきのこクラブ誌へ投稿依頼しておいた。 明くる祝日の月曜日は池田UKさんコーディネイト、大竹画伯指導の大原野虫草探訪会。疲れというものをしらないのか、それともきのこ毒におかされて常時ナチャラル・ハイ状態になっているのかは不明だが、昨日の元気印のメンバーに加えて数名が参加。またしても小生は不覚の10分遅刻。皆にいたわられながらの一日となった。ここでは、画伯の気合の入った指導で自称直弟子のTさんともども広葉樹の根まわり、風倒木の樹幹から鼻毛ほどの虫草の子実体を目ざとくみつけて皆をあっと言わせていた。僕はアライグマの有効利用に森林ガイドのMさんと意見が一致して途中からグルメのほうへ気が散ってしまい、虫草数個体みつけたのちはラスカルちゃんを想像しつつ「ひたすら愛は奪うもの」なんて考えで頭がいっぱい。池田UKくんもたきつけてラスカルパーティー実現させようと話し合ったことである。おびただしいきのこ、水辺に涼を求める渓谷の旅、虫草、そしてラスカルちゃん。愉しい祝日となった。午後3時を回って急に現実に連れ戻され、ギャラリーきのこのイベントを思い出し、小走りに渓谷を下り、UKくんに最寄りの駅まで送ってもらい、夜勤明けの2日間一睡もしていないOくんともどもギャラリーきのこへ。 写真はどんどん勢力図を拡張しつつあるカエンタケ。触れるだけでも炎症を起こす人もいるという。私は触れてもなんともないのだが、皆に言わせると私は特異体質で、例外らしいので全く参考にはならないらしい。まさかこんなきのこを食べる人はいないだろうと常識人は考えるが、死亡例は更新され続けている。不動明王の光背の炎そのものの形でまず誤認する可能性は薄いが、四角いものをマルという人はたしかにいるのでなんとも言いようがない。発見した日は丁度、土用入り。これから頻繁に発生することだろう。くれぐれも触れたりしないように。作品は鳥居のサブリミナル効果とまがまがしいカエンタケを取り合わせたもの。「カエンタケてまねくせんぼんとりいのひま」とでもお読みください。
2010年07月20日
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夕されば野辺の秋風身に沁みて鶉鳴くなり深草の里 藤原俊成 酷暑の一日深草の里界隈のきのこ探訪会を実施。まずは石峰寺にて若冲設計の下絵を基にして石工が彫り上げたという五百羅漢の居並ぶ石峰寺に詣で、若冲の墓にも挨拶をすませ、すごいきのこ三昧の一日を過ごしてきた。本日はその後、夕刻よりギャラリーきのこの皿洗いの仕事があり、午前さまで、明日もまた早朝より洛西の大原野自然公園で虫草探訪と夕方より北村グルメ亭があり、またまた午前様となるのは必定なので、とりあえず本日の印象記は後日にしたためる事にして寝ます。地獄の使者ともご対面でき、その後のビールのうまかったこと。 写真は羅漢様の瞑想をさまたげるきのこどち
2010年07月18日
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ハンディフォンに釘付けの娘ら雲の峯 昨日までと打って変わった快晴の一日、いよいよ梅雨明けらしい。大荒れに荒れた送り梅雨の去った後の晴天にはなんとも言いようのない感慨を抱いた。心配していた山口のきのこ嬢より久々にメールも入り、今年も新しい彼氏(キノコ)との出会いの模様を短詩とともに伝えてきた。まずは一安心。 駅頭に立つと積乱雲の膝下でそんなことどこ吹く風と娘さんたちは携帯電話とにらめっこ。面白い風景である。そんな光景を一瞥しつつ、午後ふらりと都心のチェス会場を訪ねた。 一足先にHさんが来ていてさっそくお手合わせ。ついでマスターと合計2局すませて帰って来た。 写真はひさひざに見かけた殿様がえる。めっきり少なくなったが梅雨明けの空の下でずいぶんと忙しそうな様子でそそくさと小さな小さな池の底へと消えていった。こちらも雲の峯にはからっきし無縁のようだ。
2010年07月17日
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へちま咲く還暦の夢指折りつ 「満を持して」という言葉がまさにふさわしい形で都心に一斉にセミの声があふれだした。メトロを降り地上部へ出たところでニイニイ蝉、油蝉の混声合唱がお出迎え。その小一時間ほど前にはご近所で植えているへちまがはずかしそうに花をつけているのを見つけた。いよいよわが夏まっさかりである。まったく手足の出ない達磨さん状態の日々ではあっても、「初心不忘」「フセグダー・ガトフ(常に準備万端)」を心がけ、幼少の頃からの夢と還暦以後に加わったあたらしい夢で膨らみすぎた昨今をここらで整理しておこうと花へちまをみていてそう思った。 アホには阿呆の人生があり、それは貫くことで真正の阿呆となる。要は阿呆の未踏の地、新境地を開拓することでしか阿呆の明日はないということだ。「無くて七癖」とよく言われるが、くせは7の数倍あるとしても、生きるということはそれだけで悩みも、ささやかな喜びも、小さな悔いも、常に7つ以上抱えながらつっ走ることと同義である。「火宅の人」とはそんな個々人の状態を言い表したものであろう。 この短い夏、新境地の手がかりがつかむことができるかどうか。蝉たちの大合唱を聴いていると楽勝ムードになってくる。ここが阿呆のあほうたる所以なのかもしれない。 写真は同じ達磨さんでもいよいよまっさかりのシロオニタケのだるまさん。テングタケ・グループの幼菌はこうした色とりどりのだるまさんからスタートする。このきのこたちが道路脇ですらりと閲兵式をおっぱじめると夏もおわりである。これからの25日間がわれらが夏。この生の横溢の中で夢中に行動したことが、次のステップを準備するのでおもいきり背伸びしましょう。
2010年07月16日
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夕ひぐらし黒雲低く空を覆ひ 昨夕ようやくひぐらしの声を聞いた。それも豪雨と豪雨の継ぎ目のようなひとときに、この機を逃してなるものかといったような切実な声であった。歩こうか、バスに乗ろうかと思案しつつ家路を急いでいた折りのことである。その声に呼応するかのようにほうぼうの小さな森で唱和していた。ややあって再びの大粒の雨。夕ひぐらしは暑さの引く夏の宵を飾る風情があるが、この日のひぐらしはまったくそんな感傷を一蹴するような切羽詰まった鳴声であつた。 「夕かなかな風雲急を告ぐる中」紋切り型ではあるがこう言ったほうが切実なあわれが滲み出るように思えたが、もう数句走り書きしたなかから表題のものを選んだ。あくまでひぐらしを中心に据えたかったからで、風雲急を告げるはその原義から転じて事態が切迫した様をいい「こんな大変なときにのんびりと鳴きよって」とひぐらしが脇に押し出されるきらいが生じるからである。 写真は、東大寺の夕立ち後の虹。ひぐらしはこんな折りに鳴くものと思っていたが、昨日のかなかなの声はいささか趣きの違うものであった。
2010年07月15日
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濁り河雨籠めの街凌霄花 ここ数日激しい雨の日が続いている。河は濁流と化し、街は朝より灯す日々の中でひときわ目立つ花が凌霄花である。うっ屈を余儀なくされる庶民の心にそっと温かいオレンジ色の火を灯してくれる。作品はあえて三段(句)切れにしてみた。「雨の街朝より灯す凌霄花」からはじまり最終的に雨に封印された街の閉塞感を強調するために、朝灯しを排し、雨に降りこめられる街をさらに限定する濁り河を配し雲垂れこめる陰鬱な街空を想像させておいて凌霄花にスポットライトが当たるようにセッティングした。 この雨は、しかし温帯モンスーンの我々にとってはなくてはならぬもの。身のまわりの自然界の季節感のずれはすでに20日にも及ばんとするが、まもなく太陽時計も微調整され、例年に比べて短い期間となろうが炎夏の到来が告げられることであろう。 土砂災害の危機に見舞われている列島弧の皆様にはここで豪雨見舞いに替えてこの句をお贈りする。
2010年07月14日
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五月雨に生身を曝しからすどち 「雨音に気づいて遅く起きた朝は」とユーミンは歌っていたが、状況は異なれども毎朝雨音に気づいて目覚める日々が続いている。 激しく降る雨の中、朝の車窓から眺める風景の中でひときわ目を引く光景があった。ずぶぬれになりながら数羽のからすがひと塊りになって枯れ木の上で何かをうかがっている。濁り川には彼らのお気に入りのものが押し出されてくるのだろうか。何か一途のものを感じたのでメモしておいた。 昨夜は大阪のど真ん中で、二つの会が重なったので両方のぞくことにしてチェスの手合わせと、それが終わってからK氏の主宰する夜の顔俳句会に顔を出してきた。夜の会のほうは、チェスのあとだったので、作品批評にのみ参加して、そのまま二次会になだれ込み、ナンパの百番でかって俳壇をにぎわした作品とその作家の人となりについてさまざまに語り合ってきた。「たかが俳句、されど俳句」と考える超結社の集いなので闊達な意見が飛び交い面白い。渦の作家も来ていたので赤尾兜子の「音楽の岸侵しゆく蛇の飢え」がわが初心の頃感動した句だと切り出したことで滑り出し良好。ついで、桂信子は美人かという話が出たが、私は比較的若いころの写真しかみていないので即座に「こまたの切れあがった美人だよ」というとTさんも同意、しかし俳人協会などで実際に見たKさんやIさんの意見はいささか異なっていたのが面白い。「小股の切れあがったも死語でんな」とまた当夜の絶滅危惧語の作品を考えるという句会の課題がもちあがったりした。また「雪はげし抱かれて息の止まりしこと」という作品をものした橋本多佳子が山口誓子門下というのはいかにもミスマッチングだと思いませんかというKさんの意見にも喧々諤々の意見が出た。 チェスのほうは、ロシアでホームステイしてロシア語の短期学習と美術館めぐりをしてきたとHさんという女性の方とお手合わせしていただいた。まだ私の方は駒の動かし方のおさらいをしている段階なので、お強い方には御気の毒なかぎりだが、Hさんは守りの上手な人のようで、私はポンポン攻めていって手許のことは頓着なしなので、シャフ(王手)を繰り返しそのまマート(詰め)までもっていけないとなると、一巻の終わりとなる。やはり何をやっても性格は出てしまうことを昨日は苦笑しながら受け止めてきた。 本日の二日酔いの残る頭で考えた作品は、「さみだれになまみをさらしからすどち」でどちは共あるいは達の意でからすたち、あるいはからすども。なまみをさらすとはせずにさらしで一旦切ったところが眼目の句である。 写真は野生のヒラタケ。きのこの中でももっとも融通無碍の生態を身をもってしめし、決して派手ではなく、しかし年中わたしたちを慰めてくれる。
2010年07月13日
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友の呉れし青山霧のタマゴ茸 夏霧の流れる山中でタマゴタケの群落に出会い、そのもっとも美しい個体をさっそく届けてくれた。タマゴタケの真紅の傘はその赤誠の色のように覚えた。山霧がはぐくんだタマゴタケと言っても過言でないその姿は自然の造形の妙を伝えている。このきのこはテングタケグループの中でも菌根形成の微弱なグループなので、このキノコが数百本も一斉に発生するということはよほど大地に異変が起こっていることの表れでもあり、2年前に続く大発生には素直に大漁節を唄えない感もある。しかし、なにはともあれ、この発生の現場に立会い、その報告を勤めに行く直前にギャラリーへ届けてくれたO君の誠意には頭が下がる。写真は数年前のタマゴタケだが、本日届けてくれたタマゴタケはこの数倍きれいなもので、しばらく話している間にも傘が開き成長を続けていた。
2010年07月12日
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夏河の暮るるまで待つ橋の上 明星とわれのみ夏の河匂う 今朝は思いがけぬ伏兵が待ち受けており、ギャラリーへ行く少し前からずんずん腹が差し込んできて油汗がタラーリ。それでもなんとかだましだまし神戸までやってきたが、立って居れないほどに腰のあたりを中心に身体の左側全体が絞り込んできて11時には車上の人になる予定がどうしても立つことができず、うだうだしていたが、12時を過ぎた頃になってこの症状が尿路結石にちがいないと思い至った。不思議なものでそう思えた瞬間よりなんとか動けるように。それでも京都までの1時間半ほど油汗と鈍痛に電車の床に寝込みたいと思いつつもお尻や腰を叩いたり身体を折り曲げたりしながら耐えていると、烏丸を越えたあたりでプルンと元凶のものが膀胱に到達した感触があり、潮が引くように痛みがうすらいでいくのを感じた。京都阪急でトイレへ行くとビーズの大きい珠くらいの結石がカチンと便器に飛び出して一軒落着。めでたしめでたし。今日はこの個展を見逃すと一生悔いが残ると、死んでも行くつもりだったので爽やかに鑑賞できた。会場にめえこ嬢の姿はなく、じっくり見届けてさて、帰ろうかなと思いきや、お茶の準備をしていたみたいで、ひょつこり顔がみえたので、それから作者自身の解説を聞きつつ改めて一巡した。 とても異色の個展で私はその「測量」というタイトルに魅かれて足を運んだのだが、その意図が見事に展開されており、彼女の芸大時代のモモコさんという同期生もまじえて新しい表現の可能性と方法についてそれぞれの真摯で貴重な意見を聴くことができたのはなによりであった。 さて、結石もおさまったことだし、時計を見ると3時半。なんとか日本橋へ滑り込めそうなのでおけいはんに乗ってトンボ帰り。日本橋の「アンパッサン」で情報処理工学の先生のTさんと初顔合わせし、一局お手合わせしてもらった。敗色濃くなったところで時間切れの引き分け。遅く来てよかったと胸なでおろし、しかし、遅く来てお手合わせしていただきずる逃げしたお詫びにお茶でもということで、Tさんより色々なチェスにまつわるよもやま話を聞かせてもらった。 その席でナボコフのチャス小説『ルージン・ディフェンス』を教えられさっそくジュンク堂へ同行検索してもらい購入。少しずつ私なりの新しいチェスという菌輪作りが動き出したので、午前中の激痛のことなど何処かに吹っ飛んでしまった。 ギャラリーきのこではこの日、午後2時からロシア・ソビエト文学研究会の特別例会・ショーロホフの『静かなるドン』の合評会があり、呑み会もたけなわになった頃かけつけ、久々に顔見知りと旧交を温めた。かくして今日も一日とっぷり暮れていく。 うれしいことに、第二弾のツバメがまたギャラリーの古巣を繕い、営巣をはじめたので毎日無事育つように手を合わせている。かくして着実に季節は熟れていく。 作品は昨夜退社後、大河の水輪(みなわ)が面白く、橋の上から小1時間眺めて過ごしたのだが、その際に浮かんだ感慨である。説明がなければ、待ちぼうけを食わされた誰かを想像するだろうが、唯、橋の上で河の表情が見えなくなるまで見て過ごしたというのが本意である。 とっぷり暮れると、宵の明星が私にささやきかけてくれているのに気づき、金星に選ばれた空海のように「この世界に自身と明星のみ」と、束の間思ったことだが、いや、決してそうではない。同じ星をみつめ私のように考える人がこの同時刻の地球上にあまたおり、生きとし生けるものすべても、なんらかの形で金星と対話をしているのだというちょっとした自省の念を大河がかもしだす匂いであらわしたものである。
2010年07月10日
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サングラス似合う地蔵とバスを待ち 小暑をすぎても街中にセミの声がきこえないのはどうしたことだろうか。 かって草いきれとセミの声をあびながら端山の旅を終え、里に出てお地蔵さんと隣り合わせのバス停でバスを待ったことがあった。だれかさんが忘れたサングラスが落ちていたので、手すさびにお地蔵さんにつけてみた。それがなんと低い鼻にもかかわらずかろうじて止まりとてもよく似合っているではないか。サングラスをつけた地蔵はとてもモダンな面立ちで「こんなところに立っていないで町へいかないか」「小料理屋さんでもはじめるときっとはやるよ」なんて、来ないかもしれないバスを待っている間話しつづけていた。お地蔵さんは心なしかうれしそうに微笑んで「でもこんな田舎育ちですから、とても生き馬の目を抜くような町暮らしは・・・」なんて言いそうな雰囲気ではにかんでいる。おとろえはじめたとはいえ夕凪時のムンムンするひとときをそうして地蔵とやりすごした。レーバンとまではいかないが、結構高価そうなサングラスだったので、また誰かが拝借することだろうが、それまでの間、色眼鏡の世界を楽しんでねと言い終えて結局バスを断念してずいぶん離れてはいるが確実に来てくれる国鉄(JRはかって省線とかこう呼ばれていた)の駅まで歩くことにして別れたが、そんな夏がなつかしいような今日この頃である。夏は暑いのが一番。 写真はそのときの地蔵とは縁もゆかりもないが、渡月橋界隈の有名な禅寺にあるお地蔵さん。お地蔵さんというのは、図像的にはとてもむずかしいもので、私は幾万体もの地蔵をみてきたが、ぴったりくるのはほんの数体のみで、どうしても作者の凡庸な創作意図が露骨で、むしろただの石のまま置いてほしかったなというのがほとんどである。地蔵のイコノグラフィーは、地蔵という概念をぶっこわさなければ成り立たないように思える。
2010年07月09日
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小川洋子の表題の小説は、かってチェスの国際チャンピオンであった故アレクサンドル・アレクサンドロヴィッチ・アリョーヒンにちなんで発想された作品だが、文化としてのチェスの面白さを満喫できる作品である以上に人間の孤独を徹底的に追求した作品で、私は宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を即座に思い出し、涙がこみあげてくるのを抑えながら一晩で読み終えた。小川洋子にかぎらず、私は小説は大学時代に藤村から大江あたりまでの近、現代文学を一通り読み終えたあとずっと遠のいてきたものだが、「象(チェスのビショップと掛けている)の海を泳ぐ」作品は、ギャラリーきのこ常連のHさんにすすめられて戦前の京都学派の文化人類学者・蝶類学者三上隆を核にし、アジア世界の闇を照射した痛快な小説『闇の奥』(辻原登 著)を読んで以来、2冊目のの作品であった。 小川洋子のこの作品は全編フリーク小説といっても過言ではない。チェスにはまった少年「リトル・アリョーヒン」はいうまでもなく、登場人物はそれぞれトラウマを負いつつ世界の隅っこのそのまた片隅で生きる人たちばかりでその水底のような透徹した孤独が実に見事に形象化されており『薬指の標本』につらなる系譜の到達点のような気がする。 ひるがえって、私は競技ゲームとしてのチェスの世界には全く関心がないが、きのこ趣味世界と短詩とならび、チェス文化の普及は21世紀の世界とアジアの島国の国際化の異風(=ヘテロ)な柱となると考えているので、わがロシアクラブでロシアン・ファンガス、ロシアン・ネイチャー、ロシアン・ミュージックなどとあわせてロシアン・チェスの紹介もはじめたいものだ。 そしてもしチェスの世界に関心をお持ちの方が居られたら是非小川洋子さんのこの作品をご一読ねがいたい。ギャラリーきのこでも少しずつチェス世界の手ほどきの機会をもうけたいと思うのでご参加のほど。
2010年07月08日
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メッセージ田の面に残し濁りぶな 産卵期を迎えた鮒たちが何をまちがったのか田に侵入し履歴を残している。瀬戸内地方の近郊農は鮒を食べる習慣はなく、彼らはさんざん全身を筆にして手習いをつづけイネの根方に卵をうみつける。田のおもては田植えの足跡をはじめさまざまな生活の痕跡をとどめながら稲穂の季節までゆっくりと流れる雲を写しつつ広がり続けることだろう。 「鮒たちのメッセージや如何に」しばしたちどまり考えた。かれらははたして何を伝えたかったのか・・・。 写真は、わがロシアクラブにとって新しい第一歩を画す出合いの場、日本橋の「カフェ・アンパッサン」である。詳しくは明日小川洋子の『猫を抱いて象と泳ぐ』とともにお知らせする。本日午後も遅くなってチェスの対局用の時計をネットで探していてたどり着いたカフェだが、電話をすると前述の小説の謝辞にも登場する辻本マスターがたまたま居て午後6時前に閉店するところ待っていただいて逢ってきた。初めての出会いながら、少し言葉を交わすだけで、その出会いが予期されたものであったような錯覚さえ覚えるものであった。そのことに関しては明日以降に。
2010年07月07日
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「何度めの初恋ですか?」と合歓咲けり また合歓の花咲く季節がめぐってきた。このいつも夢みているような花は私を一挙に過去へと連れ戻す。人は生きているかぎり、多くのひととすれ違い、多くの人と恋に落ち、しかも孤独のまま一生を終える。これは宿命だが、孤独は、社交的とか引っ込み思案とかに全く関係なくすべての言葉をもった人間に共通の感覚である。 私も何百回となく恋をして失恋をして、結局いまだに初恋を追い求めて生きているが、合歓の花に出会うと「恋は不思議ね、消えたはずの」なんて歌が口の端に上ってくるのだから懲りないものである。懲りないということがすなわち生きるということなんだろう。
2010年07月06日
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照り陰り綾なすひかりふくべ垂る ひさびさの晴天で瓢箪の花が終わったとおもえば、すでにかわいい瓢箪が方々にぶらりぶらさがっていた。梅雨の晴れ間のひととき、ゆったりとした時間がもどってきた。五線譜の音符のようでもあり、なんともいえないのどかさがひろがる。 写真はふくべではなく、6日の短詩のために探し当てた花合歓である。退社後、積乱雲が崩れて夕立となる前のひととき、わが町の合歓の木のスポットを探し歩いて、ようやく業務センターの森に数本あるのを見つけ、近づけないので精一杯の距離で撮影したが、すでにここのものは名残りの花だったので、かろうじてアップに耐えるこの一枚と、羽束山を背景にやや距離を置いて撮ったものを次葉に掲載しておく。
2010年07月05日
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大の字で飛ぶ玉虫の瑠璃かなし 上記の写真に見られるような昨日の豪雨とうってかわって晴天に恵まれた一日、ギャラリーきのこの本日のイベントの足らずを買いに出た際、久々に日を返すメタルカラーの瑠璃色の玉虫と出会った。美しい肢体とは裏腹になんとも不細工な飛び方をする昆虫はめずらしい。
2010年07月04日
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きのこらの乱舞豪雨の森の底 先週末につづき、今週末の土曜日も神戸生物クラブの例会で荒梅雨の豪雨下の森に突入。こんな日和でもいきもの好きの家族が2組参加。同僚のOくんと午後は出版記念会だから、あまりどろどろの格好で参加するのも失礼だから程ほどにしようねと言いながら芯まで濡れそぼちドロドロになって山を降りた。JRの駅のトイレでしぼれるものは絞り、落とせる泥はおとして出版記念会に臨んだ。その夕べのことは前葉に報告した通りである。 水底のようなダム湖の周辺の森には、キヌガサタケが10個体ほど、ベニタケのたぐいはどっさり、イグチはニガイグチやクリイロイグチのたぐいが無数にお出迎え。『雨の日きのこは・・・』の世界が広がっていた。 写真はいわくらの下部のくぼみの岩盤のすきまから顔をのぞかせたニガイグチモドキの美形。
2010年07月04日
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書名『きのこる』キノコ LOVE 111 出版社 山と渓谷社 著者 堀 博美 イラストレーション 城戸みゆき 写真協力 時田ひろみ 桝井亮 資料・グッズ提供 まねきや大野 大江良亮 ほか 定価1600(税80)=1680円 全国有名書店、ギャラリーきのこ、ガケ書房ほかで発売中。 目下、ジャンルを越えた多岐な内容により、とりあえず理工書コーナーに並んでいますが、 いずれアウトドアー、旅、あるいは精神世界、店頭平積みになる予定。
2010年07月03日
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待望の堀博美さんの『きのこる』が山と渓谷社から出た。その感動を分かち合う出版記念会がギャラリーきのこで開かれた。今夕集まった人たちは、それぞれの分野でこれから新しいきのこ趣味世界の流れを創り上げていく人たちである。『MOOKきのこ』にはじまり、飯澤耕太郎の『きのこ文学大全』そして今回の堀さんの『きのこる』、そして、ここ数日後には前述の飯澤耕太郎の『マジカル・ミステリー・キノコ・ツァー』が河出書房から上梓され、戦争ではじまった21世紀の10年間のきのこ世界からの総括と展望がすべて出揃うことになる。 そしてこの流れをもっとも簡潔に示してくれたのが、今回伊丹で開催された「愉しいきのこ大集合」展であった。 一見没価値に見える「きのこ」は、20世紀までの文脈では理解の及ばない全く未知の言語体系によるメッセージ性を持っており、21世紀の最初の10年の間に、MOOKきのこ同人たちと同じ地平を見据える新しいきのこ趣味人たちにより、まずこの未知の言語体系の存在が暗示され、ついで彼らの独自の直観力によるさまざまなアート表現がしめされ、ようやく世人に認知されはじめてきたものなのだ。 言葉を変えて言えば、その未知の言語体系とは、没価値のパワー、無用の用としてしかうけとめられてこなかった無数のいのちたち、希望の時代にはその煩雑さゆえに誰も見向きもしなかったいきものたちが精一杯自身を輝かせ、無言で示してきたことをなぞっただけのことなのだが・・・。このことをかってアンドルー・ワイル氏は、精神の変容をもたらすきのこに託して「20世紀までの文明は太陽系のカロリーに還元する単一のものさしですべてを測ってきたが、きのこはそのカロリーという計量法では理解しえない。それはいわば、月のエネルギーとでもいえるもので、このパワーを解読するものさしを我々はいまだ持ち合わせていない。」とその著『太陽と月の結婚』でくりかえし語ってきたものだ。今回の堀さんの出版、そして飯澤耕太郎の活動は、そんな意味でも新しいきのこの時代の到来を告げるものだった。それはすでに単なるきのこの時代をようやく超えて、私たちの主張してきたメタ・キノコの時代に突入したことを告げるものである。 不揃いであるがゆえに美しい世界が、いよいよ開かれてくるのを摩耶山麓のささやかなきのこ基地に集った人たちとともに私は今日はっきりと確信した。
2010年07月03日
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今年こそ畳替えたし半夏生 半夏生とは夏至から11日目、昨日今日あたりの太陽の高度が黄経100度にある日で、この日から立秋(8/7)前の18日間にはじまる土用を含め向暑の極みとなる日々がスタートする。 まったく考えたことがなかったが、昨夜、ギャラリーきのこの会員制バーの皿洗いの手伝いを終えて自宅へ午前1時前に帰りついて床についたとき、なにか頭が冴えて寝付けなかったのだが、ゴロゴロしながら暗がりに馴れてきた目で見るとはなしに畳の目を眺めていて「そういえば畳を替えるなんてことは私の辞書になかったな」と変なことに気がついた。我が家に畳の間があることさえ考えたことがなかった人間だからこその作品が冒頭の句である。 半夏とは以前ここで紹介したマムシ草(テンナンショウ)に形がそっくりのカラスビシャク Pinellia temata のことでこの季節に田畑のへりに咲くので半夏の生える季節ということからこの雑節が生まれた。 バーでは常連のHさんが、小川洋子のチェスをテーマにした小説の話からしきりにチェスの話をしてくれて、そういえば「鏡の国のアリス」はチェスが伏線になっているよねと話に割り込んだことから、チェスをやろうということになって、私も大学時代に多少熱を入れたことがあったが肝心の先輩が卒業してしまい相手がいなくなり断念した経緯があったので二つ返事でOKした。チェス・クラブが近い将来ギャラリーにできるかもしれない。Hさんはロシア語版の「子供のためのチェス」でロシア語の勉強も兼ねて研究中とのこと。彼は将棋と囲碁は有段者らしいので、そんなことからお手合わせがたのしみでやや興奮したので寝られなかったのかもしれない。 写真は夜陰のジキタリス(園芸種)。花穂をつけはじめてすでに2週間になるが、まだまだ健在なので再録する。
2010年07月02日
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山開きわが青春の峰はるか 朝のニュースで富士山の山びらきの様子が報じられた。わたしの青春の山は後立山の鹿島槍と唐松岳にはさまれた五竜岳だ。見てくれはパッとしないし、しかもアプローチが長く登山客も敬遠する山容で人が少ないことが第一、そして遠見小屋でアルバイトをしたり、オーナーの下村又寛さんに好かれてふもとの田畑での農事や冬の雪卸を手伝ったりした関係から、大学時代は四季を問わず年7-8回は訪れていた。また、わが山岳部の有志で無い懐を叩いて南小谷の蕨平に山荘を作ったこともあってそれは加速し、30代になるまでの10年間は大糸線沿いのあらゆるポイントを経めぐったものである。 五竜の名は、春先の残雪が武田の五稜菱の紋処となって残ることから、白馬のそれは、代?き馬の形であることから名づけられ、地元の人たちの農事の目安となってきた。そんなピーク・ハンターの山恋いの時代もはるかに遠のき、端山のきのこ探訪で細々とつながっている。遠見尾根も10年前に訪ねたときにはその変貌ぶりに驚いた。今ではおそらく全くの別世界であろう。 学生時代は、ふもとから尾根筋を見たときには、すぐさまその稜線を歩いている自身を思い描き実行してきたものだが、その思いは変わらねど、実際に登攀することはなくなった。ピークよりその山容がはぐくむきのこに代表される野生生物に私の関心が移ったからだが、それでも山開きと聞くとつい耳をそばだててしまう。悲しい性である。 そんな山小屋アルバイトの頃、その当時はまだ荷物はボッカと呼ばれる荷役の専門職があり、2週間に一度、荷物を担いで登ってくるのが待ち遠しかった。山におれば幸せなんてどこ吹く風で、無性に人恋しくなる。久しぶりに人の声など聴こうものならわけもなくうれしく、時にはじんわり涙がでることもしばしばだった。そんなボッカの肩を触らせてもらったら意外や意外、女性の乳房のようにやわらかだったことを鮮明に覚えている。その頃はまだ女性の乳房の感触なんて知らなかったのでこの形容は後日譚にぞくするものだが・・・。そんなボッカも絶えて久しい。時代は変わる。人の心も同じだ。
2010年07月01日
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