全16件 (16件中 1-16件目)
1
性格と体質というのはなにやら似たような形になっていくことが多いような気がしています。 例えば「頑(がん)固な性格」の人にはガンになりやすい体質の方が多いような・・・あくまで推測です。執着心の強い方は頭の頭頂部のつむじの場所がずれている方が多いというのは最近発見しました。男っぽい性格の女性、概して美人が多いのですが、こういう方にはやはりホルモン系統の分泌異常による生殖器関連の不調が多少多いような気がします。 不安感や恐怖心を感じやすい方は腎臓・膀胱系の体質の弱りが見られることが多い。 心の状態というのは本当に身体の状態と通じていることが多いようです。心が身体の状態を作り上げていくのか、自然とそういう体質になってしまうのかはわかりませんが、東洋医学の色体表というものを見ていると本当に人の心と体は相通じているのだなぁと思います。 心を修行によって強くすることは体をも強くすることに通じるのかもしれません。元々弱かった体を精神修行によって強くしていくという修行は本当に健康のために必要なものなのかもしれません。
2016年01月31日
コメント(0)
たまたまなのですが、今日が誕生日になってしまいました。59歳という50代最後の年を迎えます。 来年には還暦という年齢ですが、まじめに考えるとジジむさくなってしまうのでいつものように実年齢かける0.7で41歳と思うことにして生きていこうと思います。いつのころからか昔と比べると今の人の年齢は0.7をかけた年齢なのではないかと思うようになりました。それで考えてみると何となく何もかもがスッキリするような気がして、自分についても0.7をかけた年齢と思うようにしております。 たぶん私が誰かの少しでも役に立つというようなことがあるなら生かしてもらえていけるような気がします。生き方にはいろいろなタイプというか仕方がありますが、私は誰かの何かの少しでも役に立つ存在なら生かさせてもらえていけると思って生きているタイプなので、地道に他者のことを第一に考えて生きていこうと思っております。
2016年01月29日
コメント(0)
時々「大地の力」を必要とされている方に出会うことがあります。 人の魂の性質は火・水・木・風・土・金等に分類されますが、そういう大地の力を必要とされる方はもちろん「木」の性質が強い方になります。こういう方が鉄筋コンクリートの高層マンションの上階になど住んでしまったら少しずつ気力を奪われていくことになります。 こういう方は時々でかまわないので素足で大地を踏みしめてその力を魂に注ぎ込まないといけないようです。また、もちろん「火」性質の魂を持つ人とは相性が良くありません。その割に「火」の性質の人はこの「木」の性質の人を好んで近くに置きたがります。エネルギー原として近くにいてほしいのでしょう。 松という木は「氣」の力がとても強い木なので、「木」の性質を持つ方は海岸の松林などを歩いてもらうと気力がすこぶるよみがえるはずだと思います。ご自身の魂の性質は何となくわかる方が多いように思います。そういう魂の性質は生き方の参考になる部分もあるので理解しておくのもいいかもしれません。
2016年01月27日
コメント(0)
金沢は30センチの積雪です。金沢にすれば普通の積雪量なのでそんなに驚きもしませんが、能登のほうは60センチ積もっているようで大変だろうと思います。逆の場合もあり、能登はそんなに積もらなくて金沢のほうがひどい場合もあります。 雪は交通網に影響を与えるので社会生活が少し停滞しがちになります。娘はバス通勤なのですが、今日はたぶん30分は遅れてくるだろうなぁと溜息をついていました。車で送ってあげることも考えたのですが、路面の凍結もあるようなので断念しました。 雪もいつかは溶けてなくなります。つらい冬もいつかあたたかな春に変わっていきます。雪も少しだけ味わってうららかな春を待つことにしましょう。
2016年01月25日
コメント(0)
自分は運がいい、困っていると誰かが助けてくれる・・・そう思っているのはご自身に目には見えない助けが来ていることを知らないということが多いのかもしれません。 必ずどんな人にも守護する存在がおられます。本人が気づかないうちに何がしかの助けをしてくれる、導いてくれているものです。すべての人に守りは就いていてくれますが、その力が届きやすい届きにくいという「差」はあります。それはその人が素直かそうでないかということです。信仰心は「差」にはなりません。どんなに信仰心が強くても素直でない人には助けは届きにくいように思います。 常に目に見えない何かに守られているというのは何も霊的なものだけではありません。両親や親友、ご家族からの愛情というものも目に見えない力となって人を守っているものです。 何かに対して感謝する。ありがとうございますと心の中でつぶやく。それだけで何か助けてくださる力は働いてくださるように思います。
2016年01月23日
コメント(0)
いつもの冬ならば太平洋側はカラリと晴れて日本海側は雪がどんどん降ってというのが普通なのですが、今年の冬は逆転してしまったような・・・とはいっても日本海側もカラリと晴れているわけではなくて雪雨は降っています。 それにしても大変だろうなぁと思います。降雪に対する準備などというものがほとんどできていない太平洋側にするとこういう降雪はきっと様々な弊害があるのだろうと察せられます。 私たちは長い間雪のある冬を当たり前に過ごしてきているので、30センチくらい積もっても当たり前という感覚です。防寒具も交通手段もすべて心得ていて準備は万端です。やっかいであることは間違いないですが、それでも覚悟をしているのでなんとでもなるように土地柄が出来上がっているようです。 異常気象というのでしょうか。これからは太平洋側も降雪に対する準備をしていかないといけなくなるのかもしれません。本当に大変だろうと思います。
2016年01月21日
コメント(0)
亡くなった父の魂が帰ってきているなぁと感じることがありました。同じ日にタモリ氏が父と同じ誕生日だと知ったこと。父と同姓同名の市役所職員さんをテレビで見かけたこと。 こういうことが重なるときは父の魂が近くに来ているなぁと思います。たぶん正面には父の魂がいるんだろうけれど、それは父方の数多くのご先祖様たちの魂の系譜的存在が守りの力を発揮してくださっているのだろうと感じます。 血のつながり、血縁の守り、それは気づいた時にはとても大きな力となって現世の私たちを守る力となってくれるのだと信じています。生きているときは縁が薄かった父との関係が亡くなった後に濃くなったような気がしてなりません。不思議にもありがたいことです。
2016年01月19日
コメント(0)
先日のテレビ番組で古代の日本人の実像を知る特番を放映していましたるそれによるとほとんどの日本人のDNAによるルーツは中国大陸にあるらしいということがわかりました。 ルーツが中国大陸だとわかったところで何かどうなるというものではありませんが、古代の人たちの知恵というか生活ぶりには驚かされました。古代石器時代から縄文時代にかけて日本人は多種多様なものを食生活の根幹に置くようにしていたらしい。それによってどれかの食物が不作になっても他の食物で飢えないようにするという工夫をしていたようです。餓死するような社会になったのは米作が主流になってからだったようです。 また犬を狩猟に使っていて怪我をして狩猟犬として使えなくなっても変わらずに愛玩していた、飼っていたということもわかりました。 情感豊かで知恵も工夫も富んでいて、芸術性についても出土される土器や埴輪の類を見ても突出した才能を感じます。 古代の人たちの暮らしぶりを知るにつれ人の豊かな暮らしというのはどういうものなのかという根源的な疑問を感じてしまいます。大自然を生かし生かされる暮らしというものが古代の日本にはあったような気がしてなりません。日本人の心のルーツというものは大自然に抱かれて暮らすというそこのところにあるような気がします。
2016年01月17日
コメント(0)
これはまた私の独断と偏見です。また私は「氣」を通じてしか視えない人間なので霊視のできる方達とはまた視え方が違うとは思います。 テレビの心霊番組で感じるのは七、八割が創作された画像であるということ。そしてそれ以外の何かは人の「想念」が作り出したもの「らしい」ということ。 生きておられる人の「氣」というものが何よりも強いのであって、それが土地の場だったり廃墟の建物の場による「レンズ効果」などによって集約されて様々な現象を起こしているように思います。 オーブと呼ばれるものなどは写真光学を専攻した私に言わせていただけるなら空気中の埃の乱反射以外の何物でもありません。 怖いのは人の心の中に自分が見たいものを映像化、可視化する作用があるということです。聞きたい声さえも音声化する作用も人の心にはあるように思います。人は自分の見たいものを見て、聞きたい音を聞く力があるということです。 自分自身に対して「今、自分は自分自身を偽っていないか?」という真摯な問いかけをきちんと続けていける人は「正気」というものを保っていられるのだろうと思います。 心霊番組を見るのは楽しいですが、心がマイナスなほうへ偏らないように自分自身を見つめる目というものをしっかりと持ち続けていたいものです。
2016年01月15日
コメント(0)
子供のころの学校のストーブは石炭ストーブでした。クラスには必ずストーブ係という子がいて、常に石炭をクラスまで運んでいたものでした。 とても火力が強くて暖かいものでしたが、子供のころというのは寒さがそんなに答えなくて手がしもやけになってもへっちゃらでストーブのそばに集まっているなんていうこともあんまりなかったような気がします。 今ではストーブなしの冬なんて考えられません。子供のころのあの寒さへの抵抗力はどこに行ってしまったのかと思います。 今はまきストーブが主流だったりしますが、石炭ストーブというものももう一度普及してもいいのかなぁなんて思ったりします。 というか温泉大国日本ならば地熱発電と温水パイプによる暖房都市というものもアイスランドのように考えてみてはどうだろうかと思ってしまいます。
2016年01月13日
コメント(0)
ある方の氣視をしたら土地神様がとても喜んでいる姿が視えました。ちなみにどんな風に視えるかというと縄文土器のような姿のものが大地から現れてウネウネと踊っているように視えるのです。 その方は保育園を経営されている園長先生でもある女性でした。つまりその土地には子供たちがたくさんいて毎日踊り歌いしているわけです。この土地神様はそれがとても嬉しいと思っておられるようです。無邪気な子供たちの歌と踊り・・・そういうパワーは土地の神様にするととても大切なエネルギーになるようです。 お祭りというものも歌や踊りがあって土地の人たちが無邪気にそれを神様に捧げているものです。それがその土地の神を喜ばすということを人は本能的に知っていたわけです。祭るという語は祀るとも書きます。お祭りをするということはどんちゃん騒ぎをするということではなくて、神に対して無心になって歌や踊りを捧げるものなのだと思います。 ダンスがとてももてはやされている現代社会ですが、この踊りというものが原初には神への捧げものだったということに人は気づくこともないまま楽しんでいるのかもしれません。
2016年01月11日
コメント(0)
男はつらいよシリーズなどで有名な映画監督さんです。この方の作品にはいくつか大好きなものがあります。たそがれ清兵衛に続く時代劇シリーズや遥かなる山の呼び声などの初期の作品、「学校」シリーズや「息子」などの現代劇のもの・・・丁寧なカメラワークと脚本の緻密さが魅力でもあります。 人間を根本的には信じているよという監督の主張、時には大きな過ちもするけれど何とかそこから立ち直ろうとする人の懸命さを描いているのがこの人の作品の特徴だと思います。 先日も「息子」という作品を見て和久井映見さんの可憐さにほんわかとしてしまいました。画面の中の人たちがみんな一生懸命に生きている。一生懸命だからこそ見えてくる人の生きざまの「おかしみ」のようなものが哀切を含んで描かれていて心に響いてきました。 要領が悪くても人間関係に疲弊しながらも、それでも懸命に生きている人の姿というものはとても気高く見えるのだと何となく感じてしまいます。
2016年01月09日
コメント(0)
氣視をしていたら蜃気楼が視えました。何だか大きな貝のようなものがガスを吐き出していてそれが人を幻惑させている姿でした。 施療後にお話を伺うとその方のご家族がトラブル続きで困っているとのこと。お話を聞き続けているとそのご家族の男性二人が自分の考えや思いにとらわれすぎて我を通すことをしすぎていて、それが原因で周りをトラブルに巻き込んでいるのがわかってきました。 つまりその男の人たちは自分自身がガスのようにわがままな思いをまき散らして周囲を困惑させているわけです。まるで蜃気楼に迷わせられているようなものです。 こういう幻を抑制してくださるスピリチュアルな存在はおられないかなと熟考してみると「摩利支天」のお姿が浮かびました。この御仏の眷属であられる方は幻を支配する力がある戦いの守護佛であります。 この方に関わる守り札を作成してお渡ししました。うまく力になって下されればよいのですが
2016年01月07日
コメント(0)
猿田彦尊様は何故かとても親しい感じがする神様で氣視していてもとてもはっきりとしたイメージで視えることが多いです。 みちびきの神様なので、様々な意味でお世話になっております。たぶんお客様を導いてくださっているのもほとんどこの神様なのではないかと思ってしまいます。ありがたいことです。 伊勢神宮の近くに猿田彦尊様の本宮のようなものがあると聞いているので一度お参りに行かなくてはならないのかもしれません。 そういえば厳島神社にも風の神様がもともと住んでおられたと聞いたことがあります。航海の神様だからやはり風の神様とはご縁が深いのかもしれません。 カーナビはとんでもない道へ導いたりするけれど、それはやはり人が作ったものだからなのだろうと思います。神様のナビゲーションはとても深遠で広大な力を発揮するもののように感じます。 猿田彦尊様これからも多くの迷える人たちを、私も含めてお導きください。 閑話休題。そういえば家内が気になることを言っていました。昭和38年の豪雪の時もこんな風に年末年始は暖かい天候で成人式のあたりから大雪になったと。当たらないでほしいも
2016年01月05日
コメント(0)
昨日は良いお天気だったので、昼前に家内と二人で金沢城公園の中の玉泉院公園のあたりに散歩に行ってきました。 我が家からは歩いて20分ほどですが、中央公園という中心部の公園を抜けるとすぐに玉泉院跡に着きました。ブラタモリで放映していた石垣も見てみたかったので行ったのですが、本当に凝った造りの公園で織田信長の四女えい姫様が住んでおられた場所というのも感慨深い場所でした。 金沢城は天守閣のないお城ですが、この北陸という土地が落雷がとても多くてきっと天守閣などを作ってもすぐに落雷火災という形になるということも天守閣を作らなかった理由なのかもしれません。 それにしても随所にある石垣の見事さは面白いものでした。こんな曲面を石だけで作り上げるというのは昔の人たちの技術と精神性の高さには驚かされます。 お城好きという方にはぜひ一度見に来てもらいたいものです。
2016年01月03日
コメント(0)
あけましておめでとうございます。 本年もよろしくお願いいたします。 今年もきっと良いことも悪いことも様々なことがあることだろうと思います。それでも精一杯頑張って 生きていかなくてはなりません。生きることが修行のようなものです。 思うとおりにならないことが数多くあるだろうと思います。思い通りにならないほうが当たり前だと思 い決めていればそんなに苦にもならないと思います。 なるべく欲をかかずに他の人のためになるように努力し、家族を慈しみ、周囲の迷惑にならないよ うに生きていきたいと思っています。 神様も仏さまもきっと助けてくださるでしょう。そう信じてまた一年頑張りましょう。
2016年01月01日
コメント(0)
全16件 (16件中 1-16件目)
1