全15件 (15件中 1-15件目)
1
施療の際に「診」ということを大切にしているというのは以前にも書きました。今もなお「診」ということは突き詰めて極めようと考えています。 一般的なマッサージとの違いということにもなると思います。いえいえもちろん国家資格を持っておられる指圧按摩マッサージ師の方達もお客様の身体の状態を診るということはなさっておられるだろうし、その診立てによって体への施療も変えておられるだろうとは思います。 ただ民間療術師である私などは自由診療という保険制度からは離れたところで施療をさせていただいておりますから、お客様にどれだけプラスになる施療ができるかということに命がけで取り組まなくてはならないわけで、そのために「診立て」ということはとても大切なわけです。 どうして腰痛やひざ痛や肩こりや頭痛が起こるのか、その原因は人によって全く違います。それは内臓の疲れだったり骨盤の歪みだったり、関節の固着だったり諸々原因は多々あります。 その原因がわかっていなければ、再発を繰り返すことになってしまいます。その再発を防ぐことがお客様の生活の質を向上させることにつながっていくと考えています。 日々の生活でこういうところを気を付けていただければこういう障害を回避できますと教えて差し上げれれば少しはお客様の生き方も楽になるかもしれないです。 「診」「診立て」それは施療の核となるもののように考えております。
2016年11月30日
コメント(0)
浄化のためのツールが完成すると何だか浄化が必要なお客様が増えてきたような気がします。 憑かれている方が多くなってきたのです。こうなってくると私自身にも降りかぶってくる「穢れ」も多くなるので日々魂の「空」を再確認しなくてはならなくなってきました。 現代という社会は悪念というか怨念というか悪い思念の流れが数多く蔓延っている社会なのかもしれないと思えてきます。夜明け前が最も暗いという例えのように、今変革の時を迎えて人の思念の世界が混濁し乱れているのかもしれません。 人と人がデジタルメディアでつながってきた社会には目に見えない人と人の繋がりというものが実感しやすい社会です。電波ではなくて思念さえも人と人がつながれると現代人は感覚的にわかってきているのかもしれません。それだけに自らの魂の質を上げる必要性が強まっているのに、それに対しての教育や思想が育っていないので、野放図に人の思念が悪質化して飛び交っているのかもしれません。 まず「執着心というものを捨てる」というところから始めていかないと人の魂の本質的な進化は始まらないのではないかと思っています。そして「正しいことを為す」ということがどれほど人の魂を高めるかという認識を人ははっきりと自覚していかなくてはならないと思います。 執着する心を捨て、正しいことを日々小さなことからコツコツと為していく、そういうことが思念の清浄化を進めることにつながるのだろうと思います。
2016年11月28日
コメント(0)
漫画家の浦沢直樹さんの漫勉という番組を時々観ています。浦沢さん自体が私の好きな漫画家なのですが、彼が紹介する漫画家さんたちがとても魅力的に見える番組です。 絵を描く才能というのはとても特殊で漫画家でもこの番組に紹介される方達のデッサン力や線描の力というのは並大抵のものではなくて、その人たちが何度も何度も書き直しながら一個の作品を生み出していく姿は感動的ですらあります。 音楽の才能も素晴らしいものですが、漫画を描いていく才能というのも凄いものだなぁと思ってしまいます。 ちょっと問題なのはこの番組を見ると紹介された漫画家さんの作品がどうしても読みたくなってしまうこと。漫画の購入量が増えてしまいます。 漫画というのは日本が世界に誇るサブカルチャーになっていますが、文学作品に匹敵する文化度と伝搬力を持ったものだと感じています。人の感性にインパクトを与える力はとてつもないものなのではないかと感じています。流れる絵の一種なのですが、そこには作者の「氣」が描きこまれているように思います。
2016年11月26日
コメント(0)
氣視させていただいていると現世の容姿と過去世の容姿のギャップに驚くことがあります。 それは現世ではほっそりとした小柄な女性なのに、過去世では豪放磊落な戦国武者だったりする場合です。女性でも男っぽい性格の方などがおられますが、そういう方の場合は過去世がそういう男の中の男という感じで、その魂が守護霊として就いておられるのでそういうことになるような気がします。 中にはそういう魂の本質と自らの外見から人に与える印象によって悩みを抱えている方もおられます。優しい可愛らしい外見の女性が本質は完全な男のような心を持っていれば、周りも戸惑うでしょうし本人も「そうじゃない、私はこういう人間です。」という主張をしたくなることでしょう。 現代人は情報化社会に住み、様々な情報を視覚聴覚から得ています。だから人の容姿や声やしぐさに判断基準を置きがちですが、人の本質を見極めるのは心の交流が基本なのだろうと思います。 過去世とのギャップは現代社会の歪みの一部を成しているのかもしれません。
2016年11月24日
コメント(0)
母の愚痴を聞くのはいつも私の役目です。最近はディサービスで行っている施設内の待遇への不満が多いのですが、それは私の母は認知症の気配がほとんど無くて体も下半身以外は案外とテキパキと動けるので、介護施設でも周囲におられる認知症の同輩の人たちのお世話をしてしまうことが多いわけで、母にすると「なんで私が・・・」というわけです。 母の性分として周りに認知症で自分の世話もできない年寄りがいればどうしても手が出て、世話を焼き相手の同じ話の繰り返しにも付き合ってしまってあげていて、「こっちはつまらないし、くたびれるだけやわ。」ということになるわけです。 本人は「愚痴や、愚痴や」と自分が末っ子で実の母親の世話をあまりしてあげれなかったから今になってこういうお役目が回ってきたのだと思っていると言っていました。 しかし昨日その母が嬉しそうに私に伝えてきました。お世話していた認知症の女性が92歳らしいのですが、自分からトレーニングの機械が気に入って自ら進んで訓練をしたいと言い出したそうで、認知症による繰り言が減って積極的な言動になってきたのだそうで、とても嬉しそうでした。少しでもあの人が前向きになってくれたのが嬉しいと老々介護の他人の母がそう笑顔で言っていました。
2016年11月22日
コメント(0)
いじめについてお客様から相談を受けました。 最初に言っておきますが、いじめは犯罪です。言葉に拠ろうと暴力に拠ろうと人の心を日々痛めつけることは「犯罪」です。 そして学校内でのいじめについて教師の方達というのはほとんど力が無いと思ったほうが良いです。もちろん懸命に生徒のことを思って奔走してくださる先生もたまにはおられますが、あまり教師を頼るのは良くないことのように思います。彼らは勉強を教えるのが仕事で生徒のプライベートに手を出すことを仕事と考えていないのが基本のように思います。 私自身も娘もいじめの被害者です。私は幸い心の傷をいやすことができたので普通の人並みの生活が出来ていますが、娘はいじめられた男子生徒たちのおかげでいまだに男性恐怖症的な人格を背負って生きています。 我が子がいじめに遭っていると思う親御さんはある種の覚悟を持って子供の生活に踏み込んでいくことが必要かもしれません。担任教師だけに任せるようなことはせず、学校全体に問題を考えてもらう姿勢が大切だと思います。最終手段は転校させてでも我が子を守るという気持ちが無いと深い後悔をすることにもなりかねません。 いじめに耐えている子供の心というのは一日一日壊れていっていると思ったほうが良いです。 いじめは犯罪です。子供を守れるのは親だけだと思います。
2016年11月20日
コメント(0)
庭のあるお家に住んでおられる場合に古くからある樹木を伐採する場合は注意が必要です。家守の木となっているものを切ってしまうと色々と不都合なことが起きるからです。 特に実のなる木の場合は同じ種類の若木を同じ場所に植えるなりしないと家運というようなものが衰退してしまう場合があります。 木々も生きていて大地とつながり、人とつながり「縁」というものを結んでいます。それが視えない感じ取れないとしても大切なものだということには変わりはないので、「縁を断つ」という場合には十分なケアの心が必要なのだと思います。 神社などに大きな木が数多く植えられているのはそういう大地や風や雨とのご縁が大切で在って、そういうものとの仲介を木々が行っている証拠なのだと思います。
2016年11月18日
コメント(0)
腎臓病を患い2年で40キロ近くも太ってしまいどうやっても体重が落ちないという女性が紹介を受けて来院されました。 氣視させていただくと「水神様の障り」と告げられました。ある男性が現れて、その男性を何としてでも救うことができればその「障り」は発動しなかったのですが、この方はその男性にひどい裏切りや行為をされて別れてしまいました。その直後に病を発症。体重増加。どんなことをしても体重は減らず困っておられたようです。 後でお聞きするとやはり水神様と縁の深いご実家だそうで、しかも父方の本家のお名前まで伝わってきていて、この名前も水神様と縁の深い名前なので間違いなくその「障り」だと思いました。 神様の障りというのは人の霊の祟りなどと違って祓うことはとても難しく、並大抵のことでは克服できるものではありません。家系全体への障りなので、一人個人が頑張っても難しいのです。 とりあえず京都の貴船神社へのお参りと氏神でもある水神様の神社への毎月のお参り、そして家庭内での水への敬い方をお教えしました。 この方が院へ入られたとたんに土砂降りの豪雨が来ました。禊の雨となってくれることを祈らずにはいられませんでした。
2016年11月16日
コメント(0)
娘のリクエストで山梨県の甲府市へ旅行に行ってきました。この辺りは宝石や水晶などの鉱石の名産地です。娘の趣味にぴったりでクリスタル・ミュージアムやらジュエリー・ミュージアムやら様々な博物館を巡ってきました。 天気も良くて絶好のドライブ日和でしたが、片道450キロを超える距離はちょっと大変でした。しかし富士山もくっきりと見えて生の富士山は初めての娘と家内は感動していたようです。 私は浄化用の音叉に使う水晶を購入しました。私にとってはこれが今回のお役目だったようです。 旅の二日目には昇仙峡という紅葉の名所でロープーウェイに乗って絶景を楽しんできました。その乗り場の近くにも水晶関連の店舗が数々あったのですが、娘の鉱石に関する知識は完璧にオタクですさまじい知識量を持っていることがわかりました。好きということは恐ろしいものです(笑)。 山梨の地はパワースポットが小さなところにギュッと集約されて点在している土地だなと感じました。たぶん鉱石の産出地が数多くあるのもその原因になっているのかもしれません。 撮れた写真はまた後日お見せできると思います。
2016年11月14日
コメント(0)
良い考えというのはプラス思考であり、何もかもうまく行くという思いであり、超の付く楽天主義でもあります。 でもその「良い考え」というのを夜眠る前に心の中にいっぱい溜めてから眠ると次の日の朝がとても気持ちの良いものになります。 逆に「悪い考え」を頭の中に常に充満させていればすべての物事がうまく行かなくなっていきます。人の現実というのはその人の思考内容に確実に支配されているからです。 いつの間にか「悪い考え」に染まっているのは人の常です。でもどこかで「良い考え」の持つ力を信じて「何もかもきっとうまく行く」と心から思って生きていけば必ず物事は好転していきます。とても難しいことではあります。何故なら人は簡単には自分自身を信じきれない生き物だから。 でも夜眠る前に「きっと何もかもうまく行く」と一瞬だけでも思ってから眠ることはできるはず。それだけは試してみてください。
2016年11月12日
コメント(0)
過去世で行者さんや僧侶などをしていた方は今世でも雑霊や邪霊が助けてもらいたくて依ってくることがあります。ご本人はそういう自覚が無いから、体調がおかしくなったり気分がすぐれなかったりという日々になってしまいます。 たまたま私の院に来られれば、そういう因果関係がわかるので対処する方法もお教えすることができます。その前にそういう方は憑いている霊体が祓われたくないので、ここに来させないようにいろいろと邪魔をします。 何しろそういう邪霊・雑霊は優しそうな魂が救ってくれると思うので依ってきます。だからそういう方は「断固救えないよ。」という強い意志を持つことが必要です。優しさは誰にとっても必要なものですが、何でもかんでも救えるものではないので、優しさ百パーセントでいることは心にも体にも大きな負担を与えてしまうことになります。 もちろんとても強い守護霊に守っていただいている方は優しさ100%でも全然大丈夫です。そういう方もたまにはおられます。 でも普通の方は病院やお葬式などに行かれる場合は「誰でもなんでも救えないよ。」という強い意志を心に留めてから行かれるといいと思います。
2016年11月10日
コメント(0)
小学生か中学生くらいだったと思います。金沢を流れる二つの川のうちの一つ浅野川の神様を視ていたような記憶があります。 黒い大きなうなぎのような姿をしていたように思います。のんびりどんよりという感じで川の底に潜まれていました。 今考えると神様の姿を視ていたわけですが、当時はまるで妖怪のようなその姿に怖さのようなものを覚えていた記憶があります。浅野川は意外と小さな川の割には氾濫することが多くて、川沿いに住んでいた人たちはよく水が付いたと言っては嘆いていました。 少年時代はこの川の近くに住み続けていたのですが、結構暗い生活が続いていたように思います。今はもう一つの犀川という川の近くに住んでいるのですが、こちらに越してきてからは何となく明るい生活になったような気がしています。 川の神様というのはその土地神という性格を持っておられるのかもしれません。千と千尋の神隠しに川の神様が出てこられますが、川の神様にもいろいろあられるんだなぁと思います。
2016年11月08日
コメント(0)
そろそろと来年のカレンダーを買いそろえております。 私の場合はご予約の状況を書き込むものが三枚必要になるので、それぞれ大きさも異なるので使いやすいものを購入していきます。 毎年思うことですが、一年の経つ速さが本当に年ごとに早くなります。もう二か月で今年も終わり。来年は何と還暦です。精神的には三十代後半くらいで止まっております。体のほうは波があって好調の時期と不調の時期が交互にやってくるような感じです。不都合なことに好調の時には不調な時期のことを人は思い出さないようにできてるようで、体のケアを忘れてしまうようになりがちですね。 新しいカレンダーを見るたびに好い一年にしようと思うのですが、そのためには節制粗食を心掛けて余計な脂肪分糖分を溜めないようにしていかなくてはならないと思います。 今は高血圧のためのお薬一種類のみの服用です。これ以上は決して服用薬を増やさないようにしていきたいものです。
2016年11月06日
コメント(0)
日本も格差社会になりつつあるのだろうと思います。自分は底辺に近いほうなのだろうか上層部に近いほうなのだろうかと人は常に考えるかもしれませんが、私は間違いなく底辺に近いほうだろうと思っています。 経済的格差というのは資本主義社会では必須のものなのかもしれませんが、「共有化」という新しい波もやってきているようです。これは欧米化というよりも日本化と言ってもよいのかもしれません。 富の分散化というよりも富を収束化して共有するという新しい資産形成の形が試されているようです。 将来的には個人所有というのが最高の贅沢になったりする世の中が来るのかもしれません。それはそれでちょっと嫌だなぁと思う昭和世代のじいさんであります。
2016年11月04日
コメント(0)
スピに関わるお仕事をしていると「縁」という目に見えないものの強さというものをよく実感します。 何か身近に同一の事柄が集中してやってくる場合は必ず霊的な「縁」の力が派生していて、そういうものに導かれて人も物もやってこられます。 最近は菊理姫命様がご縁で様々ご到来という形になっております。ついでに私の新たな過去世もわかったりして楽しく不思議で面白いことです。 縁の力というものは決してバカにできないもので、尊重し大切にしていかないと祟られることにもなりかねません。一つ一つの縁に対して「誠意」を以て向き合うことが大切なようです。 情けというか思いやりの心が「縁」と人やモノをつないでいきます。「情けは人の為ならず」という言葉はとても重要で縁を大切にする心が周囲の自分が愛するものたちを守り育むことにつながっていくのだろうと思います。 縁というものを何かの形にしていくものが霊的な存在の力なのだろうと思います。人も物も縁によって動いていくのだろうと思います。
2016年11月02日
コメント(0)
全15件 (15件中 1-15件目)
1


