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今日は大掃除です。中学生の時弁論大会で「掃除大好き」という主題で登壇し、学年一位になったことがあります。 掃除をする気持ちよさを感じて、それを弁論したのが変わっていて評価されたのかもしれません。校内全体の大会では入賞できませんでした。どうも私は期待されると逆らってしまう気質があるようです。 しかし掃除の大切さはよくわかっていて大事なことだと思っています。汚れるは「氣が枯れる」につながりますから、氣を正常な状態にしておくためにも身の回りはきれいにしておく必要があります。住んでいる建物がちょっと大きいので全体を一日で綺麗にするのは大変なので少し前から気づいたところは少しずつ手掛けてきました。今日は一日掃除日になります。 身の回りをきれいにして新年を迎えたいものです。
2016年12月30日
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明日で今年の営業は終了いたします。今年一年数多くのお客様に来院していただいて深く感謝しております。 今年は営業開始から19年目で来年は20周年となります。私に合っていたのか、この仕事は天職なのだろうと思っています。何かに導かれるように良い先生たちに巡り合えて、自分でも不思議なほど人の身体や心や氣について研究することが面白くて、年を重ねてここまでやってこれました。 まだまだ日々勉強の連続で、しかし目指すべき道筋は少しずつ見えてきているようにも思えます。お客様お一人お一人と接するごとに「真剣勝負」と思って命がけというと大げさかもしれませんが、そういう気持ちで施術を心掛けております。 段々わかってくること、段々わからなくなってくること、それぞれがありますが、それでも必死に闇をかき分けて「光」をつかもうと来年も頑張ろうと思っております。ありがとうございました。
2016年12月28日
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今朝散歩をしていたら前を歩いていたたぶん20歳代の若い人が食べていたパンのビニール袋をくしゃっと丸めて道端にポイと捨てました。 可哀想に・・・そう思ってしまいました。貴方は今、自分の生きていく道筋に「穢れ」を置いたんだよ、ちょっと思ってしまいました。 どんな場所にも、物にも「神様」がおられます。もちろん「道」にも神様がおられます。その神様の上にゴミを捨てる。それは自分の「運」というものを大きく損ねる行為にほかなりません。誰も注意はしないし、日本なら罰則もそんなに厳しいものではありません。でもそういうことを重ねていくことは自分自身の「運」を減らしていくことになります。 例えばお金にも神様はおられます。大切にするということの意味をしっかりと解っている人はその運を減らすことはありません。ただしお金の運というのは増やすことはできないようで、持って生まれた運の量があるようです。それは結構平等にあるようで、減らすことを謹んでいれば決まった量の金運というものは与えられるのかもしれません。 何しろどんなところにもどんなものにも神様が宿っておられると思って生きていくということは自分を大切にすることにつながっていくように思います。ポイ捨ては止めたほうが良いですね。
2016年12月26日
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昨日は天皇誕生日でした。私は天皇陛下も皇后陛下も尊敬しております。人間としても立派な方達ですし、国家と国民を心から愛してくださっていることがわかります。 また霊的な意味でも天皇皇后のお二方は間違いなく霊的な守護のための儀式を日々続けておられて、そういう日々の儀礼的な霊的守護の力というのはバカにできないものであると思っています。 何の力もないただの象徴でしかないなどと思っている人がいるとしたら、それは間違いだと思います。日々古代から伝わってきた儀式を通して神とつながり、霊的な意味で日本を守ってくださっていると私は思っています。 ただ新しい神々の系統であることは間違いなくて、古い神々が好きな私としては協調的な関係を天皇陛下が理解し望んでおられるだろうということも何となくはわかっています。古代のような征服者としての居丈高なお気持ちは持っておられないことも信じています。 天皇家の血筋は大切なものだと信じて誕生日を寿ぎたいと思います。
2016年12月24日
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これから寒さが本格的になるはずなのに、とても暖かい日が続いています。明日からはまた寒くなるようですが、北陸なのに雪も積もらず穏やかな冬の日々が続いています。 昨日はスターウォーズ外伝「ローグ・ワン」を見に行ってきました。ネタバレになるので詳しいことは書きませんが、何とも物悲しいストーリーだったようにも思います。人の心から「希望むというものが消えない限り人は生きて頑張って戦い続けることができるんだと映画は訴えているようでした。 現実世界はそんなに単純でも無いけれど、少なくとも人の心にわずかでも希望が残っていれば心には光が差し込んでいくはずだと何となく信じたいです。 冬至という光が一番少ない日に闇の中に光を見出す作品を見に行けたというのは何となく意味があることのようにも思いました。
2016年12月22日
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言いたいこと書きたいこと、それは「栄養過多」という現代人の身体の状態です。 現代日本の社会状況は食品事情を限って言えば特別に恵まれた社会だと言えます。そして今の日本人がまだ信じている健康神話は「食べるほど、栄養を取れば摂るほど健康になれる。」というものです。 バランスの良い食事も大切です。一日三食きちんと摂る食事も大切です。しかし「栄養過多」になるほどの栄養の摂りすぎは健康を害します。これについては食品製造に携わる全ての企業・組織が賛成しないだろうし反対意見を述べるだろうと思います。 しかし今の三大成人病と言われるものについても全てが「栄養過多」という現代人の食生活が起因となっていると私は思います。 私の院のお客様に目立つのは「栄養過多」で「胆実」という証になっているお客様でそれによって仙腸関節というところが固着してしまって動かなくなっているお客様です。そうなると腰痛・股関節痛・ひざ痛などが発症します。AKAという手法で仙腸関節を促通せても短い期間でまた固着してしまうのは「栄養過多」による血液のドロドロ化が原因だろうと推測しています。 腹六分目、粗食の勧め、そういうことをアドバイスさせていただいていますが、グルメ番組の氾濫、目の前にある美味しそうな食品の数々、そういうものによって「栄養過多」は続いてしまうようです。 健康で快適な生活を営んでいくためには粗食と食事量の制限が最も近道なのですが・・・。
2016年12月20日
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お仏壇を置いてないお家というのがあります。宗派によってはそういうところもあるのでしょうが、そういうお家はご先祖様とどういう形で関わっていくのでしょうか? 私は母と喧嘩をして家を出た期間がありました。その時に母は喧嘩状態にもかかわらず、家の持仏の一つを私に託しました。この仏様を幼いころからずっと拝んできた私は、この仏様のために小さなお仏壇を購入して、実家と離れている間もずっとお世話をしてきました。 私の心の安寧と家族の幸せをこの御仏が守っていてくださったと今も私は信じています。日本人には心の中に必ずスピリチュアルシンボルとしての御仏がおられるものです。偶像崇拝がダメとかなんとか言っていないで、そこにご先祖様の姿を視るためにもお仏壇に毎日手を合わせる日々は大切なように思います。
2016年12月18日
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私の母は民謡を昔から習っており、今でも民謡教室に毎週通っています。その母が「さんさ時雨」という民謡について昔から疑問があって民謡の先生に聞いたのだそうです。 「この歌はおめでたいときに謳われる祝い唄なのに、歌詞が何ともそぐわないところが多いのは何故なのでしょうか?」と。 すると先生はある資料をくれたのだそうで、それにはこの歌がヘブライ語で解釈すると戦いを勝利したことを祝ったり、神に対して感謝したりする言葉で構成されているという独自の解釈がなされているということだったのです。 その資料を見せてもらって私自身も興味を持ち、ネット上にあるその出所を調べて全文をあらあらと読んでみました。 すると日本の民謡の多くに掛け声や合いの手として挿入されている言葉のほとんどがヘブライ語の解釈が可能で、それが神を讃えたり元気を出せと励ましたりする内容だというものでした。 他言語と日本語との類似性などというものは言語学的に言えば、何とでも解釈できるものであり空耳アワーのような「音の類似」というのはどこにでもあるものです。 ただもし日本に渡来した新しき神々、天照大神を中心としたその神々に代表される移民族というものがユダヤの血を持った人達であったとしたら・・・・彼らの血脈が日本の労働者階級の中に根強く残っていったのだとしたら、民謡という労働歌の中にヘブライ語として残ったのだとしたら・・・それは日本人という民族のルーツについて新しい解釈が出てくることになるのかもしれません。 日本の各地にエジプトの太陽の舟に似た象形画が残っているという事実もあり、石川県の能登にはモーゼの墓と呼ばれているものもあるのです。興味深いことです。
2016年12月16日
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私の友人に毎年りんごを送ってくれる人がいてお互いにその時年に一度の電話をするのですが、先日のその会話の中で彼が今年の八月で定年退職したことを聞きました。 同じ大学を卒業して彼は長野のあるカメラメーカーに就職してそれから何だか自分で独立して部品会社のようなものを立ち上げたか何だか様々な苦労をしてきたわけだけれど、60歳で定年退職したわけです。 同い年の友人たちは全国に十何人いるのですが、みんな今年か来年かに定年退職するわけで何だか感慨深いものがあります。 たまたま私は自営業で定年退職とは縁がない立場なので、これからも体が続く限り働いていきたいとは思っているのですが、会社勤めの人たちは働きたいと思っていても一応その組織からは出される時期が来ているわけです。打ち込む趣味でも持っているのならいいのて゜すが、会社命となっていたりすれば虚脱感に襲われる人もいるわけで、他人事ではなくて自分の友人たちがそうなっているとも限らない・・・・・いや無いな、私の友人たち一人ひとりの顔を思い浮かべて考えてみると彼らはそんなことに「虚脱感」を覚えるような人間じゃないとわかります。 彼らはきっと自分の人生を楽しむ道に迷わず進むに違いないと確信できます。みんな何というか心に余裕のある人たちだからです。きっと楽しくこれからの人生を進んでいくに違いないと思えます。
2016年12月14日
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一概にすべてのお子さんがそうだとは言えないのですが、若干非行気味の女の子を氣視させていただいたときに霊界から伝わってきたメッセージは「きちんとした食事をきちんとした時間に食べる事。食事の内容が乱れると生活も心も乱れがちになります。愛情がこもった食事を日に三度きちんと摂りなさい。」というものでした。 意外なメッセージというかどこかで聞いたことがあるようなメッセージでもあるような・・・それでも彼女の周りに視えていた邪霊のようなものの姿がある意味特殊で牛や馬の顔をした人間のような姿のものたちだったので、何となく納得しました。 人に在らざるものになってしまうのは「きちんとした食事」に恵まれないことも一つの一因になるのかもしれません。お母さんの作った心の入った食事を毎日感謝して食べるということが健全な魂を育てるには大切なことなのかもしれません。お母さんの「お前のことを愛しているよ。いつも思っているよ。」というメッセージはご飯という姿でこころとからだに滲みていくいくのだろうと思います。 その子はお母さんと一緒に来られていたのですが、お母さんもいっしょにこのメッセージを聞いていただいたことがとてもよかったような気もしています。
2016年12月12日
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今年ももう20日余りで終わりです。北陸はまだ本格的な寒さが遅れていて、氣の状態を視ると中国大陸のほうになにやら引っ張られているような感じがあって、日本全体が南からの温かい氣と大陸からの冷たい氣に分断されているような感じがあります。 予想外のことが次々と起こっている世界。気象にしても異常事態が続いているし、様々な事象が人の予想を大きく外れて動いているような気がします。 もしかしたら人がその行いを正しい道から外し始めていることに対しての自然界や霊界からの警告なのかもしれません。不倫が流行り、医療従事者が患者を殺し、某国の大統領は公私混同の極みを尽くし、某国の大統領は逸脱した考えを正さぬままに就任しようとしているし、日本の首相は思い違いから調子に乗っているように思えるし、このような人の営みが自然界をも狂わしているように思います。 来年のことを言えば鬼が笑うといいますが、私も含めて人が襟を正して正しい行いを為すものになっていくように努力していきたいものです。
2016年12月10日
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お客様のお一人がプロのチェリストの方で、初リサイタルを開かれるということで行かせていただきました。それまでも小さな喫茶店やその他のところで小さなコンサートのようなことはされていたので、二三回は行かせていただいていたのですが、今回は本格的なアートシアターで行われたもので、音響効果も素晴らしいものでした。 金沢駅前のホテルの中にあるアートホールでした。もちろん私は初めてでした。聴衆は100人を超えるくらいでしょうか。あまり若い方はおられなくて中高年のお客様が多かったようです。クラッシックファンというのはこれぐらいの年齢層の方が多いのかなと思いました。 彼女の演奏は素晴らしかったです。十分に楽しませていただきました。私の場合は彼女の身体のケアを担当させていただいているので、壇上の彼女の動作を見ていてもその動きが滑らかでスムーズかどうかなんて言うところを見てしまいがちでした。 音楽を作り出すものにはその人の人格というものが入ってくるのかもしれません。元々魂の輝きというものもあるのでしょうが、やはり練られた人間性というものが音に厚みを与えるものなのかもしれません。 まだ成長過程ではあるのでしょうが、彼女の才能の充実ぶりを少しだけわかったような気になった夜でした。そう言えば彼女を最初に施療した時に何の情報もないのに、彼女の魂の中には宮沢賢治さんのセロ弾きゴーシュが視えたものです。
2016年12月08日
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お客様の氣視をしていて「トラブル」の兆しを視ることがあります。それは決まった形を持って現れます。 ひとつは虎の姿で現れます。これは人間関係のトラブルだったりすることが多いようです。この虎が視えることがこれまで多かったのですが、先日は別の形でのトラブルの兆しが視えました。 今度は熊です。真っ黒い熊の姿で視えました。こちらは事故や怪我、突然の災難という点では虎と同じですが、こちらはもう少し物理的な災難という感じでした。病気、「毒」という感じも伴っていました。こちらのほうが質が悪いという感じです。 たぶんこういうトラブルの姿の視え方というのは私の霊視観というようなものによるものなのかもしれないとは思います。伝わってくる霊的な警告の波動を私の大脳が勝手に解釈してこういう形で視せてくるのダウと思います。 お客様には注意を促すしかできませんし、当たっていないことをもしくはこういう予告があったことでそのものが無くなることを願ってやみませんでした。
2016年12月06日
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以前にも書いたかもしれませんが、男の子というのは女の子と比べて幼いころバカな遊びや悪戯をすることが多いようです。 私の家内は小学校の事務補助のパートを何年間かしていたのですが、中庭の池に落ちるのはほとんど男の子だったそうです。女の子は一人も落ちなかったそうで、活発な女の子はいても池に落ちるようなドジを女の子は踏まないわけです。 生存率、障害率もきっと男の子のほうが多いのだろうと思います。そう言っている私も幼いころは近所の家の塀の上を友達や弟と走り回っていました。近所の家の庭などは自分の縄張りだと思っていたようなところがあります。危険な遊びを様々にやっていたように思います。よく死ななかったなぁと今になって思います。何かに守られていたのかもしれません。 火遊びなどをするのも男の子が多いようです。近所にあった大きな寺院が火事になったのも原因は私の同級生の火遊びだったと聞いたことがあります。 私は火遊びはしなかったと思います。知能の発達が遅れていたのかもしれません。知能が発達する段階で「火」というものに関心を持つのは知能の優れた子の特徴なのかもしれないと思ったりもします。 男と女の大脳の性質というのは発育段階の初期からはっきりとした違いを見せるものなのだなぁと思います。人という種だけではなくて、両性を有する生き物全てにおいてオスという性は何か危うさというものを持っているのかもしれません。
2016年12月04日
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お腹が冷えたお客様が増えています。最近の寒さはそんなに本格的なものではなくて、時々温暖な気候の日が混ざるので「油断」が出来てしまうのかもしれません。 きちんと服装等を切り替えて日々の温冷の差に対応していないと「冷え」がお腹に着いてしまうということになるようです。お腹が冷えると自律神経も弱り、インナーマッスルである大腰筋等の腰を支える筋肉も弱ります。腰痛、ひざ痛、そして五十肩等の上半身の障害さえも発症することになります。 お風呂にもしっかりと入ってもらい、体を中から温める塩分やお肉類もしっかりと摂って「冷え」を身体に溜めないように心掛けてほしいものです。 本格的な寒さが到来すれば体はきちんとそういう対応を取るようになりますが、今のような寒暖が混ざった季節が一番注意が必要なのだろうと思います。 師走の気ぜわしさに流されずに、きちんと体調管理をしていきたいものです。
2016年12月02日
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