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久しぶりに霊界から啓示をいただけた(と勝手に思っているのかもしれませんが)と思います。 お客様の氣視をしていたら「八剣(やつるぎ)」という御印が視えました。この御印は何だろうと考えているうちに「石動(いするぎ)神社」が連想され、「いするぎ」という読み名が「いち つるぎ」とも読めることに気づきました。 石動という地名は昔から不思議でここには昔隕石が落下したことがあって、石が動いてきたから石動(いするぎ)と呼ぶようになったと聞いていました。実際に現場にも行き、霊石のようなものを見てきたこともありました。 しかし何故か「いするぎ」という変わった呼び名が納得できないまま頭の隅にひっかかっていました。それがもしかしたら「いち つるぎ」という言葉から来ているのかもしれないとわかったような気がしています。 隕石の落下を目の当たりにした古代の人たちにはそれは一本の剣が天空から落ちてきて突き刺さったように見えたのかもしれません。それで一本の剣=いち つるぎ=いするぎとなっていったのかもしれません。 私の守護してくださっている神様は剣の神様でもあります。なにがしかのご縁を感じます。また石動の山に行ってこようかなと思っています。
2016年08月30日
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お客様から相談を受けて、お子様の成長痛についてどうすればよいのかとのことでした。お医者様に相談しても「成長痛でしょう」と言うことで終わってしまって、それでも子供さんは痛がるわけで、それでご本人のお子さんはいなかったのですが、氣視してみると「栄養過多」というメッセージが伝わってきました。 先日も「栄養過多」=「胆実」=「関節が固くなる」という推察をしたところなのですが、小さいお子様の成長痛にも栄養過多ということが関係しているように思われます。 成長期なのだからと栄養を十分すぎるほど与えてしまうことによって、骨格と筋肉の成長度にズレが生じてしまって痛みが起きるのではないかと思います。食事・間食の環境が潤沢過ぎる現代日本の家庭環境の中でこそ起きる「痛み」なのかもしれません。 身体は痛みによって栄養過多を訴えているわけです。子供さんに食事やおやつをただやみくもに与えすぎてしまうというのは弊害がたくさんあるということなのかもしれません。 子供さんの成長痛は栄養過多が原因なのかもしれないと考えてみることもアリだと思って下されれば幸いです。
2016年08月28日
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戦国武将 古田織部を描いたコミックです。面白いので読み続けています。織部焼などの有名な陶器を生み出した人としては知っていましたが、コミックでは作者の方の独自の解釈が様々に織り込まれていて、なかなか興味深いです。 「ひょうげる」ということを「侘び」や「寂び」よりも優先するようなところが古田織部にはあったとするのが一つの解釈として表現されていて、そこがまた面白いです。武張った風潮の時代背景の中に「面白味」というものを大切にして生きていこうとするのはとても頭のいい人たちの生き方なのだろうと思ってしまいます。 現代のオタクと言う人たちも実は同じで「面白い」ということを時代とか社会とかに遠慮せずに優先している人たちなのだろうと私は思っています。 そういう意味では戦国時代のオタクがこういう粋人と呼ばれた人たちだったのではないかと私はちょっと思っています。
2016年08月26日
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私にとっての名曲はサイモン&ガーファンクルの「サウンドオブサイレンス」です。ビートルズと同時期に世界の音楽を席巻したS&Gですが、もちろんビートルズほどの知名度もなければそれほど大ファンという人の話も聞いたことはありません。 音楽というのは個人の嗜好の世界ですから、人それぞれなのだろうと思います。しかし私はこの曲が今でも名曲だと思っていますし、聴いた瞬間に40年近く前の聴いた時点に戻ることができます。 しじまから聞こえてくる「沈黙の音」という何とも哲学的な題名の曲ですが、心の中に旅するには最高の曲だと思っています。もちろんS&Gの他の曲「スカボロフェアー」や「コンドルが飛んでいく」「アイムアロック」なども好きです。聴きべりしない曲の数々だと思っています。 人にとっては誰でも自分だけの名曲というものがあるものですね。
2016年08月24日
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人の心の底には何が潜んでいるのだろうと思うことがあります。結局突き詰めていくと「欲」しかないのかと思ってしまいます。 霊能力を商売にしている人たちの法外な料金設定や突然霊能力に目覚めたという治療家の方のいかがわしい乳がん治療の話などが私の耳に入ってくると、こういう方達は自分の心の底に降りて行って何を見ているのだろうと思ってしまいます。 私は「氣」の流れに沿って人の心の中に降りていくことが時々あります。絶望や諦めと言ったネガティブなものが澱んでいることもありますが、私はパンドラの箱のように底の底には「希望」が残っていると思いたいし、そういうものが視える気がしています。 洗脳されて自爆テロに走る人たちの心の底には何が残っているのだろうと考えます。第二次世界大戦の末期の日本の特攻機の操縦士の人たちの最後の心の中には家族の姿があったのだろうと思います。愛する者たちの姿を心の中に置くときに人は希望と善意にあふれる心になるのではないかと思います。 何かを人に対して為そうとしたときに、その相手の人たちにも家族と愛する人たち愛してくれている人たちがいるのだと思うとき、人は心の底に「希望と愛」を潜ませるのだと思いたいです。
2016年08月22日
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私は元々霊感などありませんでした。霊的な能力など一切なかったのです。それは以前から何度も書いてきたことです。 最初は人の身体の筋肉のゆがみを正す技術を精進していました。それから骨格の歪みを正す技術に進み、そこから内臓の活力の歪みを正すことに興味がゆき、氣と精神の歪みに行き着きました。そこで「氣の経絡指圧」と出会い、「氣」の本質を探っていくうちに「氣」に含まれている霊的な情報を副次的に読み取ることができるようになっていたのに気づいたわけです。 決して霊的な情報を得ようとして精進していたわけではなかったのです。研究・修行がいつの間にかそういう分野へ導いてくださっていたという状況でした。そこで霊的な情報が教えてくれたことは「謙虚・実証・慈愛」ということでした。 霊的な事柄に関して「金銭」を絡めてはいけないということ。そして謙虚でなければいけない。実証されていないような技術や事柄については常に自らに問い直し続ける姿勢でいなければ傲慢な人を上から見下すような指導的な態度になってしまう。これは厳に戒めなければならないということです。 そして「慈愛」。霊的な情報は人を脅したり怖がらせたりするものでは原則無いということです。そういう情報が出される場合は偏った霊体が関与していることが多く、そういう霊体は人をからかったり操って楽しむ傾向があり、守護された人をあまり幸せにはしません。 謙虚であれば表になるべく出ないようにするものです。また霊的な情報というのはとてもあいまいな形で伝わることが多く、真実に近ければ近いほど曖昧模糊とした内容になります。 導かれて導かれていつの間にかこういう場所に来ていたことを考えると、何か少しは誰かのお役に立てる場合もあるのだろうと少しずつ癒しの技術を磨いている日々です。
2016年08月20日
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夏になると思い出すのは、プールの記憶です。私の子供のころはエアコンなどというものは家庭にはなくて暑さをしのぐためには夏休みの間はほとんど毎日学校のプールに行っていたものです。 友人や弟と一緒に行って日がな一日泳ぎ遊んで30分ごとの休憩には熱くなったコンクリートに耳を押し付けてたまった水を流しだしたりしていたものです。水の中にいるときだけは暑さを忘れたものです。それでも服を着て帰るときのだるさだけは忘れられないものでした。 夏になると林間学校というものもあったように覚えています。何をしたのかとかは忘れてしまいましたが、宿泊した朝の松の木の匂いが充満した林の中の体感だけはしっかりと記憶に刻まれているようです。 こう考えてみると夏の記憶というのは「匂い」や「音」などの原始感覚に拠ったものが多いようです。それだけ思考的にも肉体的にも「裸族」に近い状態だったということかもしれません(笑)。
2016年08月18日
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10日以上も降らなかったのに、昨日は豪雨となりました。何だか穏やかな気候というものが過去のものになってしまったような気がします。 台風の進路も例年のものとは異なっているように思います。地球の温度環境が変動しているのを感じます。それが地球の歴史的には当たり前のことなのか、人の作為による突然変異的なものなのか私にはわかりません。 「ディアフタートゥモロー」というパニック映画がありましたが、例えば地球が自浄作用をもたらすために自ら気候変動を促すというような変化であったのなら、人類の生存は絶望的なのかもしれません。地球という大きな生命体と共存していきたいと思うのなら、人はその生き方を変えていかなくて張らないのですが、なかなかそう簡単には変われるものではないようです。 かえるを鍋の中に入れて水からゆっくりと熱していくと気づかずに茹で上がって死んでしまうそうです。熱湯に直接入れれば跳んで逃げ出すのだそうですが・・・・。人もゆっくりとした変化に気づかないカエルにならないように願うばかりです。
2016年08月16日
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お盆3題ともいえるような「お盆休み」の1日です。昨日はお墓参りに父方、母方と父親のお墓の3か所に行ってきました。お坊様が控えておられるお墓ではお経さんを頼み(お坊様にお墓まで来ていただいてお経を読んでいただく)、キリコを飾りお花とお線香とお灯明を供えてきました。 少し早めに出かけたのでお墓参り、帰省の交通渋滞はうまく回避できたようでスムーズに回ってこられました。それでも暑さは厳しくて、焼かれるような日差しがきつかったです。 でもお墓参りを終えると心は穏やかで、きちんとご先祖様にお礼とご報告ができたなと言う感じがしました。年齢を重ねるとお墓参りというもののありがたさがわかるようになるようです。私はお客様の周囲にでも血筋のご先祖様がなにやかやと守ってくださっているのを視ていますので、なおいっそうお墓参りの重要性がわかるようにも思います。 今年の夏も半分が終わったような気がしております。
2016年08月14日
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以前にも書きましたが、お祭りというものはあまり好きではありません。しかし「盆踊り」は子供のころに参加してその楽しさや不思議さを体験して面白いものだと思っています。 盆踊りはあの輪の中に入って簡単な踊りを次から次へと踊っていくうちに不思議な酩酊状態のような感じになっていきます。ぐるぐると回っているうちに、そして手足を周囲と同じように操っているうちにだんだんと気持ちの良い感じになっていくのです。 これは宗教的儀式だなぁと思います。お盆の儀式はご先祖様の御霊をお迎えして昔を懐かしみ日々の労働から一時離れて血筋のご縁を感謝する儀式です。 そういう時にこの盆踊りは最適なものなのだろうと思います。派手な大騒ぎでもないので女子供もいっしょになって楽しむことができるようになっています。「品よく踊れ」と言われているように踊る姿が美しい娘は男衆の目を引くこともあったのだろうと思います。 トルコだったと思うのですが、とにかく一か所でくるくるくるくる回り続けて踊る舞踊があったように思います。これも宗教的恍惚感を得るための宗教儀式だったように覚えています。「回る」ということは神に近づくことだったのが古代からの人の営みだったのかもしれません。
2016年08月12日
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モノには使っていた人の「思い」というものが付着するようです。着物や衣服もそうですし、愛着のある道具類などにも使っていた人の思念が残留するようです。 場所や土地、建物にも残留思念が残ります。そういうものは「聖なるもの」にもなれば、「呪われしもの」にも成り得ます。 例えば新車を購入したならお祓いなどを受ける必要はないかもしれません。逆に中古車などを購入したら確実にお祓いをするべきだろうと思います。 人は人の思いというものに反応します。残留思念に反応するのは人だけで在るともいえるのかもしれません。愛着のあった道具を捨てる時は「長い間ありがとう」という感謝の念を添えて捨てたいものです。
2016年08月08日
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人には必ず霊的に守護してくださっている霊体がおられます。それは万人皆等しく存在しておられます。守られていない方などはおられません。ただ守られている方との相対的な関係が良い方悪い方がおられるということです。 そういうことを信じておられない方であってもご先祖様たちが立派な功徳を積まれている方達だったりするとご本人の意思に関係なく強く守ってくださっている場合もあります。逆に強く信じておられて信心深いと思われる方でもご先祖様たちがめちゃくちゃだったりすれば、その守りの力が全く届かないケースもあります。 ただどういう方でも徳を積むことは大切です。小さな親切、どこかで誰も見ていなくてもゴミを拾う、自分に関係ない場所でも掃除をする、見知らぬ誰かのために何かをする、車が全く通らなくても信号を守る・・・・なんでもいいのです。そういうことを繰り返していくことで守られる力が強くなります。 自分の心に誓うこと。それが徳を積むということなのだろうと思います。自分を大切にすることも大切な徳の一つです。自分を大切にできない人に他人を大切にすることはできません。 誰もいないと思っていても♪どこかでどこかでエンゼルは♪というCMがありましたが、どこかで必ず見守っている天使がおられることは間違いのないことです。それは強制力を持たない優しい守りのの存在ではあります。
2016年08月06日
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暑い日々が続きます。皆様お体のほうは大丈夫でしょうか?北陸は熱帯夜が例年に比べて少ないので助かっております。都心に住んでいるので、蝉の声やらカエルの鳴き声などを聞くことが少なく風情の無い日々を過ごしております。 シャワーばかり使わずにたまにはお風呂に入られることをお勧めします。私は夏は苦手ですが、何とか工夫をして乗り切っております。皆様も工夫をして乗り切ってください。 お盆のお休みは13日と14日の二日を予定しております。申し訳ございません。
2016年08月04日
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あることがきっかけで「音叉」の効用について今調べています。 用意したのは音楽の調律用の音叉と浄化用の音叉の二種類です。調律用の音叉は周波数が440Hzで「ラ」の音階のものになりますが、今のところ人体の内部を調整する作用があるように感じています。調整されると氣の流れが少しスムーズになって元気が出るような気がします。 浄化用の音叉は4096Hzでとても高い澄んだ音がします。これは空間や霊域の調整が出来ているのではないかと感じています。パワーストーンの浄化や調整に使われるものらしいですが、人の持つ「霊的認識域」の調整作用があるように感じています。 少しずつお客様に活用させていただいて分析をしていこうと思っています。果たして副作用や悪い作用のようなものがあるのかどうかというところも十分に調べてみないといけないので自分や家族で試用してから施療には使ってみるようにしようと思っております。
2016年08月02日
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