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約束していた13時の10分前位に足利に到着しました。まずはご用意頂いた木曽檜の素晴らしさに感激しました。柾目が細かく、間隔も均等で、素材としては申し分ないものでした。その後、目から鱗の技術や知識を沢山教えて頂き、大変勉強になりました。使用できるまでには1年以上かかるので、来年の新蕎麦はこの麺棒で打てる、と思うと今から楽しみです。
2004年10月31日
途中立ち寄った所もあり、9:30頃茨城の農家さんへ到着しました。蕎麦の事について色々お話した後、色々な設備を見学させて頂いたり、直に畑を見せて頂く事が出来ました。茨城もやはり台風の影響で実がかなり落ちてしまい収穫量は減ってしまったそうですが、出来自体はかなり良い、とおっしゃってました。この農家の方々は皆気持ちの良い方ばかりで、そして作っている蕎麦に対する情熱も感じ取れ、作っている物は間違いないという感触をつかむ事が出来ました。実際に玄蕎麦の殻を割って食べて見ましたが、色も緑色が濃く、味もとても良かったです。
2004年10月30日
自分は師匠の作った木曽檜を約30年間枯らした(乾燥させた)の最高の麺棒を持っており、生クリームで延3ヶ月間磨き、現在使用しております。先日お会いした足利の日本一の蕎麦道具名人におからで磨いた麺棒(最低1年以上磨く事が必要)を拝見させて頂き、是非ともこれにも挑戦したいと思い、あるきっかけを得て、今回幸運にも教えて頂くに至りました。そこで、以前より予定しながら、友人の都合で2回も予定が延期されていた、茨城の蕎麦を栽培されている農家さんにも伺う事にしました。伺う前に連絡をするとちょうど収穫時期との事、今年の蕎麦の出来が早々に確認出来るので、風邪にも負けず早朝6時前に家を出発致しました。(続く)
2004年10月29日
自分にとっては弟子入りを認められた事は大変喜ばしい事でした。両親にも翌日すぐ報告しましたが、両親の反対の気持ちは変わりませんでした。自分でもどうすれば両親に納得して貰えるか、出口が見えなかったので、翌週師匠の所へ相談に行きました。師匠には弟子入りの時に両親の了解は得られていない事を話していたので、快く相談に乗ってくださりました。
2004年10月27日
師匠曰くカシュー漆を3回塗って1回研ぐのを10回やれば良い物が出来上がるそうで、実際に仕上げた素晴らしい赤松の木鉢を見せて貰いました。自分も同様に仕上げよう、と思っていましたが、師匠も人に見せる物でもないので、実用性を考えて、程々にやれば良い、と言っておりました。現在寝室で作業し、乾燥させているので、毎日シンナー臭い中で寝ており、喉が常に痛く、ついに昨日から風邪に発展してしまいました。現在5回塗って1回研ぎ、更に5回塗りましたが、なかなかいい色になってきましたので、もう一度研いで、更に薄めのカシュー漆を塗って、完成とする事にしました。尚、生舟の写真を9回目まで更新しましたので、ご興味がある方はご覧下さい。
2004年10月26日
昨日秩父畑の蕎麦を収穫してきました。収穫前の台風で半分以上倒れてしまいましたが、何とか持ちこたえ復活したそうです。ただ長雨の影響で花の時期に受粉がきちんとできなかったそうで、実の入りが例年に比べ、かなり良くありませんでした。まあ台風で良い状態は期待出来なかった中、それなりの収穫があり、ほっと一安心しました。「秩父畑」のページの写真も更新しましたので、ご覧下さい。
2004年10月25日
弟子入りを認められて一安心しました。しかし、その後も両親の了解は得られませんでした。その後も両親と色々話しをしましたが、話は平行線をたどり、一度開きかけた蕎麦職人への道は閉ざされたかに見えました。
2004年10月22日
当時の閉店時間である16時(現在は15時閉店)にお店に伺い、ストレートに弟子入りのお願いをしました。師匠からは蕎麦屋をやっていくのに、大変な事、楽しい事等色々な話しを伺い、結局2時間位お話しした後に、何とか弟子入りを認めて貰いました。夢に向い大きな一歩を踏み出した一日でした。
2004年10月21日
東京北の丸の科学技術館で毎年開催されており、昨日行って来ました。蕎麦・うどん関係の様々な業者さんが出店されており、色々勉強になり、又楽しめました。会場で漆器屋さんのブースを見ていたら、隣で聞き覚えのある声がしたので振り返ると、なんと師匠がいました。良い業者さんを教えて貰う事が出来て幸運でした。
2004年10月20日
久々に木鉢の写真を更新しました。段階としては漆塗り取りかかる一歩手前です。何故なかなか更新してなかった、というと見て頂くとわかるのですが、写真だと以前とほとんど区別がつきません。生舟は7回塗った処まで更新しました。こちらは日々変わっていくのが、分かると思います。
2004年10月19日
8月に戸隠の竹細工屋さんへ注文していた竹ざるが編み上がり、到着致しました。いかんせん、店が未だ見つかっていないのが、悔しいです。店を出す範囲をかなり絞っているので、物件が出てくる可能性はあまり大きくありませんが、神田小川町は自分が店を出したい、と見込んだエリアなので、もう少し辛抱して、良き縁に恵まれる事を待ちたい、と思います。
2004年10月16日
9:00より生舟をサンドペーパーで研ぎ始め、14:00にようやく終了、流石に疲労しました。右手はすでに筋肉痛で痛いです。その後昼食を取り、生舟を再度塗り(6回目)、先程終了。仕上がるにはまだまだかかりそうです。
2004年10月12日
横田社長は「普通は弟子を取らない人だが、今まで色々交流があるきくちゃんなら、もしかして弟子入りを認めてくれるかもしれない」、と言って下さいました。当時の自分にとってその言葉は何よりの激励の言葉でした。そして平成15年9月14日、ついに弟子入りを志願すべく秩父に向かいました。
2004年10月11日
蕎麦屋になるには、ちゃんと修行する事が不可欠であると思っていました。師匠は弟子を普通取らない方だと、神田和泉屋の横田社長から聞いておりましたが、自分としては修行するなら、この方しかいない、と思っていました。そこで、まず師匠と知り合い、交流する元になった神田和泉屋の横田社長にお話する事にしました。
2004年10月10日
足利は師匠の師匠である片倉先生の住んでおられたところです。この町に師匠は店を営業する合間をぬって、足繁く通ったそうです。開業前に一度は訪れたかったので、先日行って参りました。流石に足利は歴史のある良い町でしたが、そこで思いがけず日本一の蕎麦道具名人にお会いする事が出来ました。その方も片倉先生のお弟子さんなのですが、幸運にも道具を見せて頂き、手にとって触れさせて頂き、色々お話を聞かせて頂きました。大いに感動し、なおかつ勉強になった実のある一日でした。
2004年10月09日
お盆休みに実家に帰った時に両親にそれとなく蕎麦屋になる、という事を話しました。両親の反応は「大反対」でした。その後話しは平行線をたどっていましたが、たとえ両親に猛反対されていても、どうしても蕎麦屋になりたい、という自分の気持ちは全く変わりませんでした。
2004年10月06日
最近は毎日ひたすらカシュー漆を塗り続けています。おかげで部屋はいつもシンナー臭く、普通に生活するには好ましくない環境になっております。そんなこんなで生舟もだんだんなかなか良い風合いになってきました。新たに生舟の写真のページを作りましたので、ご興味のある方はご覧下さいませ。
2004年10月05日
結婚した翌月の7月末、会社から何度目かの早期退職者優遇制度を実施する、という発表がありました。しかも今回は自分の年代も初めて対象になるみたいでした。またとないチャンスだと思いました。きっと蕎麦の神様が自分を蕎麦の道に導いてくれているのだ、と思いました。早速妻に会社を辞めて、蕎麦屋を始めたいと話をして、彼女は了承してくれました。
2004年10月04日
2003年6月結婚しました。そのまましばらくはサラリーマンを続け、少しずつお金を貯め、蕎麦屋開業を目指す、というのが当初私の考えていた蕎麦屋開業までの道筋でした。しかし私の勤めていた会社の安月給では少しずつも貯まらない事に気付きました。
2004年10月01日
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