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寒い時期に始めたが、あとひと月に迫る本番。先日の土日の合宿で全曲さらい、その録音を毎朝毎晩聴く。それにしてもカッチーニのアベマリアは、まだ歌を入れていないが、それでも胸に絡みつくように響き、せつない。今日は仕事をしながらも頭にずっとこの和音が響く。団員も、途方にくれるようなスタートから、よくぞここまで言うことを聞いてくれたと思う。練習のMDを聴いても感動するから、まだ音程のアラはあちこちあるが、本番では良い演奏が出来ると予想する。ブランデンブルグの響も良くなっている。小品集とバーバーのアダージョが危ないかも。でも次の練習でしっかり仕上げるぞ。この日曜日にはソロのみ自宅に集めて特訓しようと提案中。皆都合がつけばいいと思う。それが済むと、平日の間は中国で、金曜に戻り、土曜はまた練習がある。今は弦オケの方が仕事より大切。
2005/06/29
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ハムスターのことを書いたら、その日に死んだ。義父母の家に、会話の無い家だからとカゴ付きでプレゼントした「ブー」いつも食べて眠ってばかりいたが、昨夜はカゴから出て歩いていたのだそうだ。三男がとにかく生き物好きで、イモリ、メダカ、ザリガニ、アリジゴク、ヤゴ、ヘビ、インコと飼ってきた。インコは今元気。このハムスターは、一匹で飼っていたがどうしても子供を欲しいというので、つがいにして生ませたもの。小指の最後の間接から先ほどの赤い子が10匹くらい生まれた。一匹は足がおかしく生命力が無かった。ある日急にいなくなったので、親が食べたのだろうという、うちの子にとってはちょっとショックな経験となった。私の父の文房具店にカラー写真で広告を出して、いろんな人に引き取ってもらったうちの1匹。寿命は約2年だから、ブーは2年5ヶ月と、長寿だった。今日は免許更新のため会社を休み、合宿の疲れを癒しながら練習録音を聴いてメモして居眠りをした。その後で、妻と車で義父母の食材を買って訪問した。ブーは、大きな体にちょうど沿う形のプラスチックの回し車の中に、仰向けに寝ていた。薄目を開けているので、あ、これは死んだのかも知れないとわかった。義母が家に戻ったので、役目が済んだと感じたのだろうか。ブーは赤ちゃんの時は小さな点が一個だけ背中の後ろの方にあるので「ちょん」と呼んで他の子と識別していた。背中を見ると、引き渡した時よりはるかに大きな点が、同じ形で今も有る。日記で、動物の持つ愛情や感情について書いた、そのすぐ次の日記にブーは登場することになったのだが、いつも眠っていたブーに幸せが有ったのかどうか。最後の顔は満足そうに見える。この一匹が存在したから、ハムスターは全体として一匹の動物のように種を保存できているのだと思う。このことは人間の人生の意味についても、質は違うが本質は同じなのだよと言っているような気がする。
2005/06/27
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妻の通う福音教会の牧師さんが来られ、一対一で対話。この教会は考え方がきちんとしていて、信者の方々も質の良い人が集まっている。妻が昨年末に受洗するとなった時も、全く抵抗なく協力した。自分は教会には余り行かず、聖書は読むが、信者にはならない。理由は簡単で、神と主イエスを信じること、聖書の奇跡を事実として信じることが条件になっているからだ。人類は神により創られたということになっており、それも信じることが出来ない。宇宙の誕生が147億年前(だったか)、地球は約50億年前に誕生、人類も2500万年前(?)から存在しており、私には微生物から次々に進化してきたと考えるのが正しく思える。聖書の記述は地球に暮す人の知り得た範囲を超えていないと思う。牧師が来られたのは、長男の問題で信者の心理学者の方にご相談したこともあり、いろいろご心配していただいていることと、もうひとつは私にも信者になって欲しいとの妻のアイデアでもある。話をしてわかったことは、キリスト教では人類が霊長類の猿から進化したことは否定される。私は進化したと思っている。複雑な感情を持てるのは人類のみとされる。人間以外の動物は言葉が無いため表現しにくいだけで、親子の愛などは十分持っていると私は思うし、ハムスターにも生きがいはどこかにあると思う。聖書中の動物の扱いとしては生贄の羊が出てくるのが中心で、それ以外には重要な扱いが無い。神は人間を創られたときには息を吹きかけ、その他の動物にはそうした記述がなく、ただ造ったと書かれているのだそうだ。キリスト教は他人への愛を説いているから、考えとしては立派だと常々申し上げているので、話していても特に対立することは無い。牧師は私のことを手ごわいと思われたかも知れないし、自分の考えで自分が正しいと思いながら生きてきた私の過信のようなものに対して、いつかその罪を認めて心を安らかにして欲しいと思われたかもしれない。今、ヒトの染色体数はどうやってチンパンジーより減ったのかを書いた書物を探している。
2005/06/27
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土曜の朝10時から音出しの予定。朝一番に私がしたことは、団員全員に不満をぶつけることだった。朝の始まりが、チューニングもせずタイムキーパーも不在で約15分も開始が遅れたのだ。配布済みの練習予定表を見て、本番までの残練習時間を曲毎に認識してもらった。せっかく自然の中を散策した良い気分で始めようとしたのに、吹っ飛んでしまった。団員の、本番に向けた気持ちの盛り上がりがなければ演奏は良くならない。その小言の影響なのか、曲の練習に入ると前回の練習よりも集中力があり、音質やピッチが全体に良くなって来ている。土曜日はブランデンブルグ協奏曲、歌曲、ギター曲、セントポール組曲。特にギタリストが初めて来ての合わせ。彼がビオラを持って練習に参加しているのを知らなくて、私が珍しく不満顔をしているところでの初対面となった。
2005/06/26
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土曜の朝から日曜の昼まで合宿。山の中の、魅惑の里という施設でちゃんとホールがある。9時半集合というのに7時過ぎに家を出て1人で山道をドライブする。車は快調に国道186号のコーナーを曲がる。高速道路でないのがいい。70kmの道のりを1時間10分で着いてしまった。ホールは鍵がかかっているし、初めての施設なので、いろいろな案内に従って散策。ある小屋の近くを通りかかると、超望遠レンズをおいて老夫婦が座っている。カメラは興味があるから少し話すと、ちょっとちょっと、と手招きされる。実は10m程先の木にアカショウビンがいる、と言われ、指差された方向に確かにカワセミに似た姿で全体が赤い鳥が、枝に停まってじっとしている。もう1人同じようにして、巣に戻ったところを撮ろうと待っている若い男の人もいて、あの人は滋賀県からわざわざ鳥の写真を撮りに来ているのだと紹介され、4人で少し話す。老夫婦の撮影写真を見せてもらう。採った時の苦労がよく表れていて、「この写真は良く撮れていますねえ」というと嬉しそうだ。エゾセンニュウの声や、キツツキのたたき音も聞こえる。合宿なので、時間が来て仕方なくホールに行った。
2005/06/26
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先日昼休みが終わったため十分書けなかったし、また来客のご年配の方からいろいろと聞くことができたので、北欧の習慣に興味がおありの方のため続きを。エルクという動物は、大きさが牛よりも大きく、足が以外にほっそりと長いのです。幹線道路などに迷い込んで来た場合、交通事故に遭う事が有ります。その時エルクも大変ですが、足が長いため胴体が乗用車のフロントガラスを割って室内に飛び込む事故になる場合があり、人が死亡する場合が意外に多いのだそうです。秋の狩で捕らえたエルクは、生息数を管理する政府に引き渡すのかと訊くと、これは猟師が自分で食べるのだそうです。交通事故に遭ったことのあるエルクは、感染症の跡が有ったりして食用に適さず、その場合には届け出てもう1頭の捕獲が認められるとのこと。エルクの肉は、私が食べた限りでは、牛肉を少しあっさりとさせたような味でした。小型のレインディァーという鹿もおり、野生もいますが、ラップランド地方では家畜として囲って飼い、草を求めて移動生活をする原住民がいると聞きました。レインディァーの肉は表現し難いが、強い味がするためあまり好まれないと言われます。酷い臭いのするスエーデンの食品については、また今度話したい一品が有ります。レインディァーも私は以前食べたことがありますが、その味のためかかなり塩辛くしてあったのであまり印象に残っていません。宮島に行った後、「あの鹿を食べるのか?」 との質問がありましたが、まじめな質問だったのだと思います。
2005/06/24
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スエーデンの人達は今日関西空港に移動。今度のプロジェクトでは設計の担当をしないので、主要な打合せは今回の担当者に任せ、前回プロジェクトの旧交を温めることが中心でした。昨日までで打合せが終わってしまったので、今日は彼らが宮島に行って船で戻ってきたところで合流、昼食。会社では皆が仕事しているのに、11時からあなごめしを食べる。宮島口のあなごめしは、おいしいですよ。それからマツダミュージアムに行き、マツダの戦前からの車製造の歴史と、RX-8の製造過程を見ました。来客にも喜んでいただいたが、自分が一番喜んでいたと思う。これでやっと本来の仕事に戻れる。ちゃんと机に座って明日からやらなくては。このところ楽天にもなかなか来れない。
2005/06/23
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この1月から入院生活を続け、一旦は諦めていましたが、今日の医師との相談で、退院することになりました。認知症の程度を調べるテストがあって、30点満点で24点だったそうです。どんなテストなのかは知りませんが、何かの文字や画を描いたりするのでしょうか。迎える義父の方が少ししんどくなるかもしれません。これで二人とも明るくなっていけば良いと思います。私はキリスト者ではありませんが、多数の人に感謝 です。
2005/06/21
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正確にはスエーデンとスペインから、8名の来客。私が行って97年に受注した機械の2号機を最近受注したため、打合せ。4日間の滞在の間、打合せは部分的に参加、以前のお付き合いもあり、昨日と明日は会食に参加する。昨日は豆腐をベースにした日本庭園付きの和食レストラン。日本ほど微妙な味を造りだしている国は無いので、ここは何処の国の人を連れてきても喜ばれる。スエーデンの人はアクアウィットという、ロシアのウオッカと同等の酒を冷やして小さいグラスでぐいっと飲む習慣があり、集まって飲む時には、乾杯の前に短い元気の良い歌が歌われる。あちらを訪問した時にはさんざんそういった飲み会があって、先方の会社付属ホテルのサウナで、飲んだ直後にかーっと暑くなって汗を流す。これが健康に悪いのか、悪くは無いのか。中にご年配の方が居られ、今度私があちらに行ったら、エルク(ヘラジカ)の狩に連れて行くと言われる。実は前の受注の時、射撃訓練場に招待されて直径6mmのライフルを撃ったのです。エルクの姿をした標的が80m向こうにあって、静止時2発と、8m/秒で走るのを2発射撃し、直径15cmの的を全弾命中させたので、その時のことをいつも言われる。射撃の経験はその時が最初で最後。エルクはスエーデンでは生育数が管理されており、許可を持った彼のような人が、10月半ばくらいから数週間で決められた数の猟をすることになっています。昼休みは短いので、明日また続きを。
2005/06/21
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これで病院に連れて行くのは最後となる筈だ。自宅で昼御飯の後でお風呂に入った後、病院に運ぶ。会話も心なしか余裕があるようで、話の深さが増した。ただ足腰がもう少し強く回復しないといけない。幻覚も最近は完全に無くなったか、少なくなったらしい。自宅の3階から途中まで自力で降りることにしたが、途中で足が痛くなるらしいため、背中に負う。前々回までは全部おぶって降りていたから、これでも大分良くなっている。先週やその前に較べると、おぶった時に手に触れる大腿部の筋肉が少し回復して来ているように思える。縫い物はズボンのすその折り返しに挑戦し、二時間かかって出来ずに諦めたそうだ。体のコントロールがうまくいかず、畳に腰を降ろしていると後ろにごろんところがることが有る。歩き方もまだよちよち歩きに近い。これらの運動能力を回復し、栄養も採って行けば、脳の方もまだまだ回復するのではないかと期待している。火曜日には退院の運び。自宅に帰ったら、もう日記に書かないで、私の気持ちの中で普通の人としての扱いにしたいと思う。
2005/06/19
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韓国の浦項という所に、日本を抜いて世界一の粗鋼生産量の製鉄所があります。先月日本に来られた方々と今度はあちらの会社で打合せをしました。ソウルに出張で行って1泊したことが何年も前に一度あるだけなので、韓国は初めてのようなものです。中国と較べるとかなり進んでいるのが直ぐにわかります。信号はきちんと守って、車同志がひしめき合ったりしませんし、人が車と乱れ合って横断したりもしません。物価は日本の半分くらいなので割得感がありますが、中国のように夜飲んで食べて700円くらいでOKとは行きません。だから特に中国は昨今の、為替レートが低すぎるというG7などからの逆批判もあるわけですね。安いから輸出にはかなり有利となっています。ところがホテルは韓国の方が劣る感じで、この4日間不自由しました。とにかくLANがあるのに繋がらず、このブログに来れないこと。部屋も古く、シャンプーや歯磨き、髭剃りなどが有料、中国ではどんな安いホテルでも無料のミネラルウオーターが2本くらい置いてあるのに、これも有料。打合せする製鉄所の人の性格も、中国の方が少し性格が丸い感じで人間味もあるし。それはともかく、唐辛子とにんにくの沢山入った料理をしっかりと食べました。混ぜご飯やサニーレタスで包んで味噌のようなものをつけて食べる焼肉はとても美味しい。
2005/06/18
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昨日も、週末の自宅滞在から病院に戻る義母を運びに。話す内容にも安定感が見られ、記憶の持続日数はまた伸びて、内容によっては1週間前のことを覚えていることもある。義父は、体温計を振っていたら「その体温計は振っても戻らんよ、箱に入れたら0になるんよ」と義母に言われ、負けている。自宅の方が自分で体を動かすことも多く肉体的にもリハビリに適しているように思う。「今月の末から退院して自宅に帰れるよ」と義父から言われると、本人の表情が、ぱあっと明るくなった。義父が病院と話て決めたのだそうだ。治るのかもしれない。
2005/06/13
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8月6日の定演の曲数は少し多すぎ気味で、クラシックのメイン3曲の他に、ギター曲2曲、歌曲3曲、ソロのないポピュラー音楽5曲、と多彩だ。今日は歌曲の練習日。ソロはまだ来ないのでオケだけの練習。カッチーニのアヴェマリアは今日の練習で初めて聴いた。知らなかった。この曲を何と表現すべきか、我々がもっと上手かったら凄い曲と思う。興味有る人には是非お勧めします。タイトルを越えた恋の歌のよう。加羽沢美濃のアレンジとPf演奏のCDもあるそうだ。団の技術レベルはまだまだなのだが、これまでの3か月、右手、右腕の向上と、音質に対する感性を団員に強く求めてきた。練習録音を聴いてみると、初見なのに結構いい音を出せるようになってきたな。この分だと、本番が期待できるかもしれない。
2005/06/11
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今日は日帰り出張で日比谷の某社ビルへ。空港の駐車料金は一日800円と安いので、車で直接空港へ。私の車はスポーツ!!空港まで35分、もともとF1とかバイクのレースが好きなものだから、高速を走るのが好き。牧師になる修行中の甥が自動車メーカーに勤めていたため、この車を買ってすぐに、乗せて最短区間を一度走ってみただけだった。だから今回初めて高速ドライブする感じ。リヤドライブの安定感、加速感とハンドリング性能、足回りの反応をいろいろと試してみる。150km/hr くらいまでいろいろ変化させてテスト。(無茶はしないから安心してください)トンネル内の路面の施工が他と少し違い、車体の反応が変化するのがよくわかる。もう少し減衰が強いほうが良い感じだ。今度Mazdaの人に教えてあげる。夕方暗くなったばかりの高速をまた戻る。広島東を過ぎて、広島インターに入る手前、聞いてはいたがなるほど、市街の夜景がぱっと拡がって綺麗な場所があるのでした。あぁ、帰れる。
2005/06/10
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ここ数日、10時頃になってからあの「トッピンカケタカ」という鳴声が聞こえて来る。わが家は、山懐の平らな市街地から少し高くなった標高10mにある。山との境目の住宅街なので、鳥も来るし、以前はイタチが庭に顔をちらとのぞかせたことも有った。犬小屋の真向かいに隣家の少し高い木があって、その繁みの中に山鳩が巣を造った。残念なことに、生まれた二羽の雛は野良猫かカラスに取られてしまって、三年続けて巣を造ったあとは、山鳩はここを諦めたようだ。家の前の道路でカラスに襲われていたまた別の若い山鳩を見つけ、カラスを追っ払って助け、傷が治るまでひと月保護してやった。エゾセンニュウは珍しい鳥と思っていたが、そうでもないのかもしれない。あまり移動せずに近くでずっと鳴き続ける。
2005/06/10
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義母にいろいろ質問をする事で、2年以上前の記憶を除いた新しい記憶の持続時間が約1日という感触を得ていた。先週末の自宅外泊後、昨日質問すると土曜日の夕食が何だったかを覚えていたそうだ。症状が改善したのか、或は単に持続期間がばらつくだけなのかは判らない。病院の介護師さんから聞くところでは、外泊後は前より元気に見えるそうだから、意外と治癒効果があるのかも知れない。今、退院を義父に勧めている。これには、24時間相手をする人の納得と覚悟が要るから、決められるまでには少し時間がかかるだろう。「どこかに行くからバス代ちょうだい」と徘徊の警戒が必要な発言もしているし。義父は一日中パソコンにしがみついて写真やビデオの修正に凝っており、二人で住んでいるのに一日に二言、三言しか会話がなかったそうだ。これが症状の悪化を早めたと思っている。パソコンを個室からリビングに移してもらおう。
2005/06/09
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心配していたとおり、レッスンの有る日に長男は休んだ。「今程バイオリンを弾きたくないと思ったことはない」と自分のサイトに書いているのは知っていたが。レッスンは真面目タイプの先生なので、我流があれこれ見える長男のバイオリン奏法を、まず修正にかかっているらしい。長男は毎日家に帰っても、コンサートでさしずめ問題になる演奏譜を少ししか練習しないから、レッスンで指摘された事が直る訳は無い。高校での不登校の話を先生はご存知なのだが、それが、難しい事を全て逃げようとした結果であり、それが病的に頑なで、指導で直るものではないことを先生にご説明したが、やはり実体験の無い人にはそのへんの深刻さが判らないようだ。今は人間関係上の問題は無くて、レッスンの先生が怖いだけ。学校に通っているうちに徐々に自信を取り戻してくれるなら、それだけで良いと期待していた。これで学校に行かなくなったら元も子も無くなって、この先これ以外の方向で自信をつけられる物はもう世の中に無さそう。レッスンが嫌なら単位落してもいいんじゃない、と話す。自分のために自分で考えた事なら何をやってもいい、と話してあるが、長男はネットでゲームの話をしているばかり。朝起きなくても自分が起きるまで起こさなくていいと妻に言って家を出た。
2005/06/08
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帰国。たった7日だが、移動、打合せ、移動、打合せ、移動、打合せ、移動と、3日の打合せに4日の移動。なんとも言えぬ疲労を抱えて帰宅。今回は瀋陽→福岡直行便で、ホテル出発から3時間半で福岡に到着できたのが嬉しい。普通なら乗換えの待ち時間だけで2時間半なのだから。中国人と日本人は似ていても違う。福岡に着いて日本人の顔を見ると、表現は難しいがある種の安堵感を覚える。私は中国に到着した時にはスチュワーデスから"good by"ではなく、「再見」と言われることが多く、中国人と思われている。福岡から新幹線で帰ると、最後のトンネルを抜けた時広島市街地が急に目の前に広がる。着いたな、と思う。広島駅は市の東寄りにあるので、太田川の6本の支流のうち最大の太田川放水路が最初に見え、ゆっくりと市街地を眺めながら到着する。広島駅の直前では、先日歩いて白鷺を見た川辺を反対側から見ることが出来る。父が車の保全を兼ねて、近くだが迎えに来てくれた。
2005/06/07
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朝訪問先への出発時刻にホテルロビーに集合すると、一人いない。どうしたの? と尋ねると、嘔吐と下痢で病院に行ったと。朝3時発症、症状激しく点滴中。昨夜10名が同じ物を食べた。食中毒にしては午前3時は始まりが少し遅い。発熱が38.5℃。幼児の冬の病気、嘔吐下痢症か。結局本人と看病する者以外で打合せ、済んで夕方ホテルに戻ると、やっと症状が和らぎ同じ頃病院から戻って寝ていると。それを聞いて取敢えず落着いた。SARSが流行した時に中国在住の日本人は、大半が急ぎ帰国したという。これは日中ビジネス研修で中国の講師の人から聞いた話だが、日本人は薄情だという印象を与えたのだそうだ。その時私は、「自分が感染した場合、言葉も十分に通じない病院で生死を争う訳にいかない、外国人にはとても不安な状況だから仕方が無いのではないか」と日本人を援護した。今日の病院は日本の終戦を連想する状態だったとも聞き、日本ですら医療ミスの不安がある中、注射針の使い回しその他の原因による感染も不安。そのうえ万一発病した時の具体的対処方法も知らずに来ている自分。考えも無く無防備な自分に気付いた。今は潜伏期間で、あと2日で発病するのかもしれないし。
2005/06/06
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西安郊外の山村から西安市街地に戻る途中は道路の両側に収穫時期の黄色い麦畑が広がる。麦は稲と違い穂が真直ぐ空に向くから、同じ収穫時期の稲田の様子とは少し違う。麦には馴染みが無いので、全体に直線的で見た目にとげとげした印象の風景が珍しい。刈るための機械を見かけることは少なく、牛や馬と手作業。あぜ道のような麦畑の端に腰を下ろして休憩中の人達がいるし、日本では見かけなくなった三輪トラックが現役で何台も働いており、道路から少し低くなった麦畑に入り込んで、運転席には男が1人真横になって昼寝。山村の集落の中の道路や、通り道の幹線道路の舗装の上に藁をしきりと撒いているので何かと訊くと、車に轢かせて脱穀をするのだそうだ。農作業の間預けられているのだろう、二間四方くらいの土地が囲ってあり、その柵には2-3歳の子供が十数人、虫かごの蝉のようにあちこちたかっている。一昨日北京から西安に飛ぶ間よく晴れていたので、万里の長城が飛行機から見えるのではないかと聞き、目を凝らして見続けたが見えなかった。中国の山々は険しい所あれば、なだらかだが赤土が大部分を占めたり、千枚田のようにきめ細かい等高線状の模様が見えることもあり、黄河の中流と思われる、赤く太い河の蛇行も窓に現れる。空から見たこのような風景の中を、今我々を乗せた車が走っている。空から深い山を見ていると、今この古い飛行機が不時着したら助けてもらえるまでに二日掛かるかもしれないと想像する。生きていればの話だが。 場所が悪ければ砂嵐にも会うかも知れないし、残雪も見えるから寒さに凍えるのかも。狼はいるだろうか。別な場所で一日打合せをする為に、移動で一日が潰れる。移動の時は空港ゲートの待合室や、移動の車中、もちろん飛行機の中でもすわってじっとしている時間が長い。リビングの床に座って無理な姿勢でパソコンした腰が痛む。やっぱり出張は辛い。
2005/06/05
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音楽をする人には一度見ておいて欲しい映画。アニメですが、原作の内容が充実しており、それを忠実に再現してあります。もう本で読んだし、知っているという人も、今音楽をやっている人はもう2回くらい見て欲しい作品です。ゴーシュはオーケストラの指揮者から、「表情と言うことがまるで出来ていない。」とか、「君にドレミファを教えている暇はない」だとか、他の団員のいる前で酷い言い方で叱られ、自信を無くしています。(もちろん指揮者がこのような発言をするのは適当ではありません。)ゴーシュは、畑の中の自分の小さな家に気落ちして戻り、夜は1人で練習です。すると毎晩、猫、カッコウ、狸、鼠の親子が訪れ、邪魔をしていきます。彼らはいろいろと邪魔なのですが、会話の中に音楽的に微妙な示唆を与えていきます。実は彼らは動物だったのではなく、ゴーシュの心の中の音楽性の芽生え、というか、潜在意識の一部だったのでしょうね。必死で練習を続けるうちに、自然に音楽性と技術が身についていたという話。この動物達との会話シーンの中には、音楽的に大切な、今オーケストラをやっている人には是非意識してもらいたい大切な事柄がすらりと表現されています。先週末の練習の録音を聴きながら、団員に送るべきメッセージの殆どが、この物語に書き表されているなあと、また実感しているところです。
2005/06/01
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