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1年も1/4が過ぎましたね。お正月も、もうすぐ来るでしょう。昨日は夕陽の頃ケンタッキーから帰宅。360マイルのドライブも、それほど長距離と感じなくなった。家ではじゃがいもが芽を長くして私を待っていた。今朝はゆっくりと食後のコーヒーを飲んでいて、これが凄く美味しい。今から3週間ぶりに馬に乗りに行こうと思っています。こちらに赴任してだいぶ慣れてきた去年の今頃、ママと三男がこちらに来て、ニューヨークやナイアガラを旅行していました。月日が過ぎることで、日本でしたい事ができないという思いもある一方で、せっかくだから出来るだけ沢山のアメリカの人と話をしたいと思っています。帰りたい、ここに居たい、複雑な気持ちですね。長男は今のまま工場で働くのが好きみたいです。次男は月曜日に桜の東京へ。三男は明日から高校生に。
2007/03/31
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アメリカの香りを今日は写真で少し。仕事が早めに終わったので、日本から指導のため出張していただいた方と、ちょっと遠い日本食レストランに。昨日が寂しい夕食だったので、今日はリベンジの贅沢打ち上げとしました。出張者の方は、永六輔さんによく似ています。飴玉を口に入れたまま喋っているような、あの独特の声はありませんが、白髪まで似ています。大型機械の組立や計測を熟練されている貴重な職人。こういう人の語りには味があります。そういえば一昨年まで私と一緒に中国に出張していた方も、その方面で現代の匠、総理大臣から賞をもらっていました。手で何度もマイクロメータを摺り動かして読み取る数字は正確そのものです。私はそれを聞いて記録して、パソコンで整理。この一週間のデータ(計測したのは2日間)が今日出揃いました。止まっていたラインが午後から動き始め、赤いステンレス板が通り始めましたが、この計測結果がどう生きるか。私のGパンは、融けた黒飴状のグリースでシミだらけになった。
2007/03/30
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今日は工場に一日中出ていたので疲れました。日本から来た指導の人が、今日は徹夜かな、と言うので心配していましたが、9時に戻って参りました。レストランには行かないで、WalMartで買って帰ると言われるのが残念です。というのも出張の食事代の精算には領収書が必要なのが問題なのです。今日のようにレストランに行かない場合、菓子類や野菜を買って、これが夕食です、とは説明しにくく、つい自腹の食費になって、しかもまともでないものを食べる、という結果に終わるのです。忙しくで食事に出られなかった場合も、食事ぬきのうえに、お金ももらえない二重苦になってしまいます。日本では定額で支給されていたので良かった。限度額を超える高いものを食べると払ってもらえませんが、食べなくても支給されるのがいいです。割り勘で領収書が手元に残らない場合にも、今は困るのです。という訳で、今日の夕食は電子レンジ用ピザ(まあまあ)、アボカド(まあまあ)、西洋梨(硬くて美味しくなかった)全部で6ドル。WalMartの野菜類は熟していないのが多いです。デザートは、ホテルが無料でくれるクッキー2枚と、バーボンです。無線LANが部屋の入り口付近でしか速くないので、ドアの傍に椅子を運び、膝の上でブログ見ています。足元にはバーボンや食べた残骸やら……、侘しい出張生活です。
2007/03/29
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ケンタッキーの名産バーボンです。先ほどホテル近くの酒屋で買ってきました。蓋が真っ赤なワックス(実際はプスチック)を流して封印してあるのが特徴。バーボンは確かとうもろこしが原料でしたね。これからは自動車の代替燃料に使われるので、とうもろこしのお酒はそのうち高くなるかもしれません。いざ飲もうと部屋に戻ったところで中華食べ過ぎでベッドにダウン。そのまま約2時間眠ってしまいました。唐辛子の切れ端があったのを食べたせいか、まだ胃の方が「うっ」という感じで、ちょっとしんどいです。残念だが今日は飲めそうにないな。今日は工場を真っ赤な鉄が流れるのを見ましたが、物ができている所を見るのは嬉しいです。
2007/03/27
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この花は玄関前に咲いた春の露払いです。今日のプログラムはストラビンスキー 「プルチネッラ」シューマン 「ピアノ協奏曲イ短調作品54」シベリウス 「交響曲第5番ホ短調作品82」でした。指揮 サー・アンドリュー・デイビスピアノ ジョナサン・ビスプルチネッラは知っている曲だったので、こういう構成でやるのかと興味深い。バイオリン1と2、ビオラ、チェロ、コントラバスに皆ソロがあるので、弦楽五重奏の趣がある。管楽器はフルート、オーボエ、ファゴット×各2、ホルン、ロトンボーン各1打楽器なし、というシンプルな構成で、少し諧謔的な曲。シューマンの曲は知っていたので楽しめたが、ステージに近い席を選んでいたので、ピアノから出る雑音が気になった。なんだか、ぎいぎい、という音がどこからともなく聞こえてくる。ハインツホールのピアノはスタインウエイのフルコンサートなのだが、移動のために脚の下に大きな車輪が付いた枠がついていて、ステージの真ん中に運んできたと思ったら、そのまま車輪で支えられた状態で演奏が始まる。弾き始めると、ピアノが車輪のため揺れるのが見える。こんなんでいいんだろうか、と思うけど、やはりランランが来た時に思ったように、中間音域が抜ける物足りない音はこの車輪のせいだと思う。一楽章で二箇所もミスタッチがあったし。(隣の鍵盤に当たった)第二楽章以降は気分が乗ってきたようで、輝くような演奏になってきた。シベリウス、この交響曲は聴いたことが無かった。でも理解し難い曲と思った。なんだか、ちまちまと、こうるさい感じに仕上がっていて、余り嬉しくない。他の交響曲では好きなのもあるのだが、これはどうも。(作曲がいまいちな感じ)最後の第三楽章(普通の交響曲は4楽章構成なのだが、この曲は例外)の終わるところで、5-6回の単発の音、あれだけが印象に残った。珍しくアンコールをしてくれて、チャイコフスキーを演奏してくれたのだが、チャイコフスキーは音の扱いが上手だということが歴然としていた。シンプルに音を組み立てて、一刀両断の構成で、無駄が無い。床の間には、一つだけ置く、いい物でも、複数置かないことで美が映える。これは、お花を生ける時の基本として聞いたことがある。チャイコフスキーは一番好きな作曲家ではないが、今日の曲はそんな「映える」音楽だった。
2007/03/25
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春を告げる落ち着いた雨が降る中、金曜の夕方からまた読み続けました。ねじまき鳥クロニクル三冊も有りましたが、今読み終わりました。村上春樹らしいです。分類上は「海辺のカフカ」「羊をめぐる冒険」グループに属しているかな。この一週間、この本で楽しませてもらいました。複雑に絡み合う現実と非現実の世界に強くひかれ、阿部公房の「燃え尽きた地図」あたりの世界に近いと思います。あまり内容をこの場で説明するのはいけないと思いますので、このくらいにしておきます。暫く読書は休み、現実の整理整頓、掃除、スポーツ、音楽に戻らなくては、と思います。今は家の中で汗をかくための器具は何が良いかと思案中です。制約条件は、ランニングものは膝故障のため不可。皆さんのお勧めがあれば教えてください。増毛効果のあるトレーニングがあるといいなと思います。
2007/03/24
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こっちに来る前から既に薄くなっていたので、日本では育毛剤を約1年続けていた。効いてるかも、と思っていたところでこちらに赴任。可燃物質なので、アメリカに持参できず、昨年の今頃か、やばい、と思ってアメリカの通販で、見慣れぬ育毛剤を購入した。今3本目の使用途中なのだが、このあたりで結論を出すことにしたい。「育毛剤は効かない」製薬会社に「効かないよ」とクレームすれば「効果には個人差があります」「もし使わなかったら今よりも進んでいたはずです」という答えが返ってくるに決まっている。少なくとも製薬会社の応答マニュアルには、そう答えるように書いてあるだろうな。使用した、使用しない、の比較は誰だって難しいのだから、あくどい商売をしていると思いませんか。「効かない」と結論付けた私は、そう、最近ハゲの進行が歴然としてきたのです。今後の方向に関する施策を思索した試作案です。1) 日本製を輸入する方法を考える2) 植毛する3) かつらを買う4) 短く刈る5) あきらめる私の性格をご存知の方々には、どれが結論になったかは、想像が容易であろうかと思います。そうです。5)ですね。理由は経済的、自然を愛している、他人とこの事で議論する気は無い、と、こんなところでしょうか。1)は面倒、2)は自然でないし、更に年老いて死ぬまで続けなくてはハゲのパターンが変になり、かえって良くない。 3)うっとおしいし、不意に取れたら恥をかく 4)この対策の人は多いですね。でも、「ははあ、短く刈りやがったな」と思われるのも嫌だし。まあ、5)が一番気楽な方法だと思ったのです。まあ「悟り」の境地でしょうか。若く見られて舐められるよりも、年相応に見られるようになって良い、と考えることにしました。バーコード状になると見苦しいので、髪はやはり少し短めにようと思います。今度帰国したら、うちのママは新しい夫を迎えるような気分になってくれるでしょうかね。
2007/03/23
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5月定期のための曲。今日からまた練習が始まった。ワーグナー「ニュルンベルクのマイスタージンガー」ピアッツォーラ「ブエノスアイレスの夏」クラウス・バデルト「パイレーツ・オブ・カリビアン」ジェリー・ブルベイカー”What’s up at the symphony?”ムソルグスキー「展覧会の絵」今日は マイスタージンガー、カリビアン、What’s up の初見。後ろの二曲はどちらも面白い、というか可笑しな曲。「カリビアン」の曲は演奏し易いがリズムが普通じゃない。宮崎駿の「もののけ姫」だとかの、雄大で少し不安感のあるような雰囲気もあるが、弾いていて楽しい曲。映画を飛行機で見たことがあるので、あの面白さを思い出した。“What’s up ……” の方は、曲の途中に台詞が有って、オケの皆が一斉に叫ぶ部分が有るのです。しゃべる場所がある曲とは。家族連れが見に来ていると受けるでしょうかね。実はこの曲は有名な序曲などのメドレーで、「ウイリアム・テル」も「セビリアの理髪師」他も出てくるし、ひみつのアッコちゃんの主題曲のような部分もあったり、面白いです。実は次回のコンサート、「展覧会…」と「…マイスタージンガー」以外は子供がオケに混じるのだそうで。以前たしかプロと共演するのだと聞いていたように思うのですが、なにかの聞き間違いなのか、プロとの共演もまた別にあるのか、どうもわかりません。
2007/03/21
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このところ、本を読むのに忙しくて、日記をちゃんと書けていない。お気に入りの皆さんにも気持ちの波があるようで、暫く更新がない人、淡々と続けられる人、全く動いていないブログ、など、その様子を見ながら、いろいろな生活があり事情があるのだろうな、と想像する。ここのところじっと「ねじまき鳥クロニクル」を読み耽っている。村上春樹は昨年末に「何とか賞」を受賞したから、今読んでいる人も多いかもしれない。少し前にご紹介した「1973年のピンボール」は後輩の一人が、別の後輩の結婚式に行った時に、何故だか知らないが「先輩に読んでもらいたいと思って持って来ました」と、渡してくれた3冊の一冊で、あと「羊をめぐる冒険」(上下)を貰った。あれから15年経った昨年から今年に掛けて、以前読んだものも読み返している。昨日の日曜日、定期演奏会も終わり久々にバイオリンで自分が好きな曲だけを練習し、その後、午後からソファに寝そべって読む。読書には体操が必要だ。ソファに横になると、まず首が痛くなる。だから横向きになって読むと今度は下になった右肩が痛む。次には左向きに寝返りを打つ。左肩も痛む。本を持ち上げた腕が痛む。今日は風呂で痛む場所をマッサージした。我に返ると外が暗くなっていて、夕食の時間になっていた。1日家にいて、野菜を刻み、卵を割って、自分だけのために3食を作る自分。外はやはり寒いが、土曜日の朝は一杯積もっていた雪も芝生部分を残して消えかけていた。「ねじまき鳥クロニクル」の屈折した世界。深い井戸の中、暗い夢の中のような部屋、老人の語る戦争、その超時空的な世界に少し背中が寒い思いをしながら、本を脇に置き遣ることが出来ずに、3分冊の2冊目を夜になって読み終えた。今、3冊目がここにある。今日は何時に眠るだろうか。
2007/03/20
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オケ春の定期2回目のコンサート。2週間前と同じプログラムで二回目が終わりました。やはりRシュトラウスの曲は聴くのも弾くのも、心から嬉しいです。コンサートが終わった後、12月に隣で弾いた人と、やっとプロコフィエフが終わって嬉しいね、と引き揚げながら話す。これで、難しかったプロコフィエフとも手が切れます。心なしか、他の皆からも開放感が感じられます。次の5月定期はムソルグスキー「展覧会の絵」が待っている。この曲も一筋縄ではいかないと思いますが。ワーグナー「ニュルンベルグのマイスタージンガー序曲」も。この二曲は昔弾いたことがあって懐かしい。マイスタージンガーは、團伊玖磨さんの指揮で演奏したことがあるんですよ。この火曜日から、もうすぐ練習が始まるのです。こんなにみっちりとオーケストラをやった事は今までないな。雪も、この週末が最後だよ、という雰囲気で降っていました。
2007/03/18
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技術的なものよりも音楽性(感性)の方が重要であるということは、指揮法に関しても、楽器の演奏そのものと全く同じです。音楽性としては広い範囲のものが有りますが、まず第一段階としては、音楽性を表すためにできていなければならない具体的な基本的表現方法、第二段階としては表現力を挙げたいと思います。1)の基本的表現方法とは、音の物理的な長さ、レガート、スタカート、音量の変化などの技術的なもの。2)の表現力とは、基本的な表現が出来たうえでの、音色、スピードの変化(アゴーギク)など。プロの場合には、基本的な事はできている人たちの集団ですから、各人のセンスにより、初めから1)の問題はほぼ解決されていると言えます。そのため、プロの練習において、指揮者は2)の表現力からスタートできると思われます。ところがアマチュアの場合には普通オーディションを行わないので、技術的にも個人差が大きいですし、技術的レベルが高いのに表現力の無い演奏者も多く見受けます。そのためアマチュアオケの指揮者は、練習の初期段階では1)の基本的な表現が不十分なところを指摘して問題解決することに、大部分の時間を費やすことになります。その例としては、音符どおりに音を最後まで鳴らしていない、臨時記号を勘違いして半音違う音を出す人がいる、休符の後で初めて音が出る時のタイミングがばらついている、正しい音程をとる事が難しい場所がある、などがあります。アイドル歌手の歌を聴いてみると、そういった細かい要素がちゃんとクリアできていることが判ります。これは芸能プロダクションのプロ指導者の力と思います。このような1)の基本的チェックポイントを細かく注意して修正するだけで、アマチュアとしては90点レベルの演奏が出来るのですが、指揮者(あるいはトレーナー)がこの点に気付かないために、本番でもそれが全く直っていない、悲しいケースが往々にしてあるのです。
2007/03/16
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父の喉頭がんと肺水腫が発見され、昨年の8月からいろいろな抗がん剤を使用しているうちに、8か月が経過した。副作用がいろいろと強く、特に食欲減退と倦怠感に悩まされるため休んだり再開したりして続けてきたが、喉頭がんが無くなった代わりに咽頭癌、頚部リンパ節転移などを言われている。最近は食欲がかなり落ちたそうだ。食べる事が思うようにならず毎日身体が辛いのでは、なんのための治療だかわからない、ということで、抗がん剤を止めたい、と言う。最近出版されている本を読むと、抗がん剤を使用する事により、癌を征圧する力のあるリンパ球などが減少するから、逆効果にもなるらしい。また、元気にしていれば副交感神経が活発化して、癌が治る可能性もある。抗がん剤そのものも、はっきり効果が認められるものは無いらしく、統計的に30%くらいしか効果がでていないらしい。その30%も、抗がん剤の効果で治ったかどうか判らないな、と思う。ここまでの経緯で、治療と効果の対応が明確になっていないという実情が良く判った。これでは臨床実験をしているようなものだから、抗がん剤を使う時には製薬会社からお金を貰っても良いのかもしれない。この火曜日、病院に行って、抗がん剤を使わないことに決定した。実はこの決定は私も私の姉夫婦も母も、うちのママもこぞって賛成し、本人の気持ちを尊重しようということになったのだ。メールで何時も姉の家と、父母と、うちのママに通信して、血液検査のグラフを回して抗がん剤の効果を考えてみたり、世の中の本に書いてあることやウエブに出ている情報などを元に、相談し合った。そう何時も相談ばかりしていたわけではないが、遠方に住む三家族が頻繁に情報交換できる時代になったのは有難いと思う。治療を通じて、今までよりもずっと沢山、互いを思い遣りながら会話できるようになった事が一つの嬉しい成果だ。
2007/03/15
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オケの練習のある火曜日。6時20分に家を出て、練習場に到着したのが9時前!普段は25分で到着するところが2時間半かかった。空港近くの自宅からダウンタウンまでずーっとのろのろ運転。やっとトンネルを抜けてダウンタウンに着いたぞ、ここから渋滞は終わりか、と思ったら、そこから、全く動かなくなった。救急車と警察の車がそれぞれ2台、停まっている車の間を縫って行った。練習場所に着くと、私以外にも渋滞で間に合わなかった人が多くいたらしい。帰ってテレビを見ても、それらしいニュースが無い。なんだったんだろう。
2007/03/14
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村上春樹さんの本を読むと、青年時代の悩み、満たされぬもの、また強い感受性が伝わってくる。この本には、習作のような小品が沢山収まっている。興味を惹くのは、表紙に始まる安西水丸さんの絵だ。(写真左がこの本)ストーリーとは直接関係ない絵が本の途中にも沢山入っていて、気が和む。ジャズについての話は村上さんの他の本にもよく出てくるが、この「象工場の…」の中で、私の気持ちにとても良く馴染む文章をみつけたので紹介したいと思う。本の後ろの方に近い「サヴォイでストンプ」の中、143頁(文庫本。単行本では頁が違うかもしれない)の一節を転載させていただくと:(引用始まり)その音楽の捉えがたい美しさが、彼らをはっきりと際立たせている。そんな彼らに、ロンバルドやデューチンやヴァリー、ライズマンの如き芸人のイメージを求めても無駄だ。例え彼らがそんなショーマンシップや破廉恥さ、厚かましさを持ちあわせていたとしても、そこには一線が画されている。もし一人のイカレたテナー・マンが力強く生き生きしたフレーズを吹くことができたとすれば、それは彼が自らの肉体を楽器となして、溢れる感情や哀しみをそのままに表せただけのことなのだ。この原則を外れたもの、休むことのない真の創造的な流れ(バッハだってそれは同じことだろう)を離れたもの、とりわけジャズ特有のドライヴ感を逸したものは、それがいかに見ばえがよく、上手く、そして客に受けようとも、みんな偽物だ。「テナー吹きの何人かは」とチューはステージから引き上げながらしゃべる。「コールマン・ホウキンズや誰それのコピーをやってる。でもな。それだけじゃ駄目なのさ。魂がないんだよ。わかるかい? それをわからん奴がいてね、魂のかわりに唾を吐きこんでやがる。なんてこったい、まったく。俺はね、この楽器から出来る限り綺麗な音を出そうとね、ただそれだけさ。そしてそれが俺の誇りなのさ。でも他の連中はな……、どうもわからんよ」(引用終わり)この文章には、オーティス・ファーガソン/訳・村上春樹と書いてあるので、原文はこの人の物を翻訳したのかもしれないが、そんなことはどうでもいい。この文章は「音楽の心」を語っていて、ゆっくり読んでいくと、とても共感する。
2007/03/13
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金曜日は4時間のドライブで、会社に夜8時を回って戻った。鍵を開けて入り、荷物の整理やメールの確認などをしていると、夜間掃除のおばさんが入って来た。ビル管理費に含まれていて、他に各フロアにあるトイレの清掃と石鹸の補充、駐車場の舗装、光熱費などが共通費だ。ビルの中から911(日本の119番)の電話があったと警察から自分の電話に確認の連絡を受けたのだが、あなたは知っているかと、掃除をしながら訊かれる。私は知らないが、もし本当だとすると、電話したまま倒れた人がいるかも知れないから、全部部屋を見て回った方がいいんじゃない。と私は答える。彼女とは、いつも夕方帰るときに会うので、毎日さよならの挨拶だけしているので、話をするのは初めて。彼女は痩せて病気がちの顔色をしていて、南部訛りがとても強く、私の言う事も理解を十分してもらえないし、彼女の言う事も私には不思議なほど理解できないのだ。そのくせ、話が行き違いながらも彼女はいっぱい喋る。そのうち気になったのは、"……, sweet heart""……, sweet heart"という話の終わり方。意味は知っているつもりでいたが、他にも普通の意味があるのかな、と帰宅してからウエブ辞書で調べた。【1】 かわいい子、愛人{あいじん}【2】 おまえ◆呼びかけ 1番じゃないことを祈った。
2007/03/12
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その4で述べた基本動作の他に、音量を大きく欲しい時には大きく振る、勢いが欲しいときに鋭く振る、などは素直に理解し易いですね。静かで、リズムの要素の少ない曲では、棒の動きを等速運動にしたりしますよ。アクセントが欲しい時などには肘の動きを付け加えると、要求している音を表現し易いです。マルカート(音を1個1個強調する)では、肩の上下動なども使います。派手な指揮者、というのをたまに見かけます。パートが出る度にタイミングを大きな動作で、左手で指差して…これは感心しない。出る場所は楽譜に書いてあるし、練習を繰り返している訳だから、特に曲の微妙な場所でなければ、指揮者からの大きな指示は要りません。そういう場所では、顔を演奏者の方に向けて、その顔を見ます。ここだね、いつものようにしっかりね、と目で言えば十分だと思っています。左手は、特に伝えたい事がなければ下に垂らして、右手だけで振っても十分な場合が多いです。左手では、普通エスプレッシーボ(表情豊か)などの表現の付け加えを行います。また、特別な場所、特にひとつのパートだけに目立つ動きがある時は、その部分の表現の仕方を左手で表したりします。その場合でも繰り返し出てくるパッセージに対して、二回目からはその都度同じ指示をしなくても良いと思います。曲の表情を体で表現すると、踊りに近くなりますね。根本は踊りと同じようなものだと思います。
2007/03/11
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今日はPSOのコンサート。年間6つくらい指定席を購入してあるうちのひとつ。前回は出張と重なり、止むなく人にプレゼント。バイオリン協奏曲だけで1時間ある。本日は特別なイベントで、この夏に発売するCDのLive録音なのだ。始めに、録音に関する説明があり、スタジオでの録音と違い、聴衆の皆さんとの相互作用で演奏が盛り上がるという状態で録音するのだという。咳をする人がいても、後処理で消すことができるそうだが、どの程度できるのかな。マイクの配置に興味の有る人が、(絶対に)いると思うので、少し記録。写真に撮ったメモが、ステージと客席を真上から見た絵で、Vn1, 2: バイオリン1と2Va: ビオラ、 Vc:チェロ、 Cb: コントラバスWind:管楽器 Tim: ティンパニ↑印: メインマイク(3)ソロ用マイク(1)および反響マイク(2) ☆印:パート用マイク(9)しかし演奏中に咳の声が今日は多いような気がした。もしや、CDに紛れ込んだ咳を「あれはわしの咳じゃ」と言おうと思って、わざと咳をしているのでは?ベートーベンのバイオリン協奏曲Vn: Julia Fischer(ユリア・フィッシャー/独)ティンパニの静かな5連打から始まるこの曲は、私の古いレコードの想い出に繋がる。23歳の彼女の演奏は十分大人の音質で、生き生きとして綺麗。迫力もなかなか有るが、体が華奢なため、音も少し弱い感じもある。右に左に揺れながらの演奏で、弓を持つ右手がコンマスの譜面台にあと5cmで接触しそうで、心配しながら見ていたが、大丈夫。第1楽章の終わり方が盛り上がるため、全部終わったと勘違いした人から少し拍手が出てしまったから、今日の演奏はCDに使われないかもしれない。第3楽章のカデンツ(オケが演奏せずに、ソロが一人で演奏する)のところでは、この、えぐるような弓の使い方では、毛が切れそうだな、と思ったとたんに1本切れた。普通はちょっと間が空いたら、切れた馬の毛を左手でむしり取るのだが、その暇が無い。切れた毛が垂れたまま演奏するのは、弾き手にとってはうっとおしいものだ。ブラームスの交響曲1番大学時代から好きだった曲で、これを生で聴けるのが嬉しい。弦楽器の質の良いPSOなので、この曲には向いているが、指揮者のMarek Janowskiさんの意向か、少し硬く軽い感じがして、もうすこし滑らかにしっとりとした音質が欲しいな、と思う。
2007/03/11
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青アスパラ黄アスパラ紫アスパラの賞味報告です。 青(Green) 黄(White) 紫(Purple)歯ごたえは? △ △ ○瑞瑞しさは? △ △ ○味は? △ ○ ○筋がある? × × ○炒めると? △ × ○茹でると? ○ ○ ○値段は? ○ ○ △こんな感じで、紫が優秀でした。でも、本当にアメリカ人にこの差が判るのだろうか。日によっては 黄 の値段が高いことも有りました。
2007/03/11
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動いている指揮棒が、いつ跳ね返るのかを判らせるためには、三つの事が大切。1) 物が落下するような、加速度のあるスピードの変化。2) もう一つは、跳ね返る点が、毎回同じ高さになるようにする事。3) 跳ね返りは、ピンポン玉が硬い床で跳ねる、鋭い反発になるように振る事。この三つは斉藤秀雄「指揮法教程」の中で詳しく説明されており、指揮法の授業でも、これに基づいて訓練が行われています。難しいように聞こえますが、タイミングを予測するためには、自然の法則に叶った動きが適しているという考え方なのです。たしかに自然現象に近い動きは、本能的に理解し易いと思います。この方法はあくまでも指揮の基本動作ですから、演奏者達も上手になって細かい指示をする必要が無くなれば、この基本から、曲の表情を主体にした棒の振り方に発展させていけば良いのです。
2007/03/10
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指揮者は棒を振るにあたって、演奏者が演奏開始するタイミングを正確に示し、音楽の流れの中では、速度が変化しても、その正しいタイミングを示さねばならない。それを「前もって」示すのが、練習していないと難しい。そのためにも、棒の先が描く軌跡が大切。小節の一拍目は必ず上から真下に下ろす、というのが基本。今振っているのが何拍目なのか全くわからない棒は不可。相手が初歩的なオーケストラであればある程、こういった基本に忠実な棒振りで、今何拍目なのかを示す必要がある。レベルの高いオケになると、指揮者の意図するタイミングを演奏者も自分で理解しているから、指揮に頼らなくても、タイミング合わせはだいぶ楽になる。それでも複雑な曲になると、特に練習の間は、音を聞いてタイミングを取ろうとしても他のパートがきちんと弾けていないから、どれが本当やら、という状態にもなるので、そういう過渡的な混乱を防ぐ目的としても、指揮棒が拍を示すことが必要となる。「前もって」タイミングを示すには、その一拍前を振るときの棒の動きが大切。次からの弾き方を予測させる棒でなくてはならないからだ。例えば次の小節から速度が速くなる場合には、前の小節の最終拍で、小さく速く振る。逆に遅くする場合には、前の最終拍で棒の動きを遅くする。そして大切なのが、動いている棒が、いつ跳ね返って拍のタイミングを示すのかを予測できるように振ることだ。
2007/03/09
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South Bend の夕食昨年11月30日にここに来て、日本食店を探して一人夕食をとった。あの時は鈴木バイオリンの学習用の演奏が流れていたりして、自分に浸りこむような、不思議な時間を持つことができた。今日はまた新しい店をと、ウエブで探した。GPSが、その住所まで連れて行ってくれたが、そこには店が見当たらない。車の方向転換をしようとして、一軒の店の前に入ると、偶然にもそこは別の鉄板焼き屋だった。8人掛けの鉄板テーブルが10個くらいある。アメリカの日本料理屋では、これが日本だよ、という絵などが壁に掛かっているが、ここはまた、結構立派な日本画が掛けてある。武士の戦い、白い牡丹、など。一緒に着席したのは、母1人娘2人と、夫婦に娘息子の2家族。子供達は6歳から9歳。娘二人の方の1人が今日誕生日。もうひと家族の息子が今日誕生日。記念日などの時だけ、こういった店に来ると言っていた。ついでに私の父も3月8日の今日が誕生日と紹介する。向こうのテーブルの方でもハッピーバースデーを歌っている。8人で楽しく食事をし、一足先にその場を辞した私は「この店は最初間違いだったのだけど、結果的にここで良かった、楽しく食事をさせてもらいました」と挨拶して帰りました。前回に続き、ここSouth Bendは私のミステリーゾーンです。
2007/03/09
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昨夜は12時を回ってホテルに入ったため、日本が3月8日になっていることに気がついたのは、日本の8日がもう終わろうとしている、翌朝になってからだった。Maumee(Ohio)からSouth Bend(Indiana)へは、約2時間。夜の長距離トラックの行列横を追い越しながらノンストップで移動した。制限速度には二段階の指定があって、トラックは乗用車よりも5マイルから10マイル遅い。トラック同志で追い越しが有る場合、追い越された側のトラックが、自分の前に戻ってきて良いという合図をヘッドライトで送っている。長いトレーラーを運転している人には、自分の車両の最後尾が、追い越した相手の車の先頭より十分前にあるかどうかが判り難いため、もとの車線に早く戻り難いことに対して、追い越された側の運転手が、もう入れるよとOKの合図を出しているのだ。South Bendのホテルから見下ろした、通りの向かい側の記念碑。旗を持つ人、銃を持つ人、野砲の操作具を持つ人、ロープを持つ人などがいて、何かの戦争にまつわるものらしい。中国でよく見かける記念碑に似ている。秒針まである時計は錆付いて動いていない。
2007/03/08
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初めて棒を振ってから間もなく、卒団した先輩が現役に混じって弾いていて、厳しい意見が飛んだ。「そんなテンポでやっても、弾けない人がいっぱいいるじゃないか」大学のサークルでは、大学で初めて楽器を持つ人も多い。初見から何回も練習していない段階ではなおさら弾けない人が沢山いる。先日の日記に書いた、NHK主催のオーケストラに団を挙げて参加するのではなく、自由参加にしようと決定されたのは、その、技術レベルも大きな理由の一つだった。そう先輩に言われて、なるほど、自分は手元の楽譜を追いながら、棒を振る事にばかり気を取られていた。団員の様子を見る事と、耳で音を聴くことがほとんどできていない。こういう場合よくあるのは、一つの楽章をそのまま最初から最後まで通してしまうこと。曲を通す練習には余り意味がない。通すと皆が演奏しているので、練習したような気になるが、実際は弾いている本人達には、全体でどう響いているかは判り難いので、直さなければいけないと気づく事と言えば、間違った音を弾いてしまった時くらい。だから、通した後で、指揮者にも、何を指示しなければいけないのかわからない、演奏者も何が良くないか判らない、という状態で、時間の無駄。下手な指揮者だと、その繰返しで本番を迎えることになる。細かい音の重なりや、楽譜に書かれた長さと実際の音、音色、そういった細々した事を聴きとって指示できるまでには暫く時間が掛かった。それを指示するにあたっては、まず相手の気持ちを理解することが大切だ。千秋真一の指揮で、その問題がわかりやすい形で扱われていて、いいなと思った。
2007/03/08
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指揮の練習を始めたのは、大学で室内楽団に入ってから。学生指揮だけでコンサートをやっていたから、常時3人くらい指揮者がいた。あの頃の演奏の音は今も耳に残っているが、今の自分からすると、未熟な音楽をやっていたものだと思う。聴く方の耳は肥えていても、自分が演奏するとなると、技術的にも、表現力も足りないのに、浅い事を、好きに言い合って得意になっていた。2年生になる時に、指揮を一曲することになり、演奏したのがJ.S.Bachの平均律クラビア曲集の24番。この曲はピアノ曲を弦楽のパートに分けたアレンジで、当時NHK FMで音楽番組のオープニングに使われていた。指揮法の勉強に使った教科書は、Max Rudolfと斎藤秀雄の2冊。曲に適した指揮棒の軌跡や予備拍についてMax Rudolfより、演奏者に理解し易い指揮棒の動き方については斎藤秀雄から学んだ。初めて合奏練習の場で棒を振った時の印象。演奏者が皆自分の言うことを不満に思っているような表情に見えた。出てくる音に対して、何を言わなければならないのかが全く見えなくて立ち往生した。すごく緊張したこの時の事は、今では全く笑えてしまう。
2007/03/07
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昼休みの間に出発した今日の出張。今週はミシガン湖、エリー湖近辺に4箇所用事があって(用事をまとめた)、特に木曜日からあちこち移動する。全行程自分の車で1000マイル走る。今3時間と少し掛けてMaumeeというオハイオ州の小さな都市に到着したところ。何が良かった事なのかというと、昨年末からフォローしていた案件の注文が今朝FAXで入ってきたこと。私が客先に積極的にコンタクトして見積提出から全て面倒を見ていたのです。昨年1月に赴任してから、始めて実収入に繋がる発注を自分で取った。こちらでは少人数でやっているので、見積作成や技術的対応、進んでいる仕事のフォローアップなど、いろいろと手広く受け持つ。アメリカではお客先が遠くにあるので訪問を頻繁にできないが、電話よりもやはり会って話をするのが大切だと思うし、仕事でも人に会うのは嬉しい。お客様が例えば店を選ぶときは、対応の良い店を選ぶと思うし、店の人を好きになると、ここで買いたいな、と思ってくれるようになると思う、そんな感じで仕事が取れると思う。このお客先は、今まで付き合いが浅かったのだが、昨年12月の初めに片道6時間のドライブで、見積内容の説明がてら初対面で挨拶に伺ってきた。私も相手が好きになったし、それ以後先方から技術的な質問がたびたび寄せられることになって、回答していくたびに、親しさと信頼感ができてくるのを感じた。それが今度の注文に、間接的に結びついたのではないかな、と嬉しいのです。金曜日には、また別のお客先に、先月中旬に初対面なのですが、こちらともしっかり顔を合せて話しをして、親しくなりたいと思います。
2007/03/06
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ミュージカルが千秋楽。といっても三週間にわたり金土日の9日間だ。雪が降る中、観客は今日は約400人越え。ホールが1階も2階もほぼ埋まった感じがあった。最初の頃に比べ、台詞も少しずつ変わったり、演技も上手になってきている。観客の人数が多いと、全体のどよめきが雰囲気をつくり盛り上げてくれる。1幕が終わり休憩時間に外の通路で窓から外を見ていたら、ステージから控え室に行く途中の「海賊」のリーダーから声を掛けられた。「今日はオーケストラがすごくいいね」「劇の方もいいですよ」しっかり濃い化粧の俳優に間近で声をかけられると、大統領と話したような気がする。今日でおしまい、という気持ちが皆感じられ、演劇と歌の声にも芯のようなものが有って、ホール内にコーラスが響いた。拍手もプロ劇団のショーのように力強く、カーテンコールでは、大物脇役と主役とが登場した時の喝采が素晴らしかった。
2007/03/05
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ESO(Edgewood Symphony Orchestra)の定期1回目が終了。2回目は3/17(土)にある。プログラムは以前にも紹介した、Jシュトラウス喜歌劇「こうもり」序曲Rシュトラウス「四つの最後の歌」ピアッツォーラ「春のタンゴ」プロコフィエフ「ロメオとジュリエット」(6曲抜粋)曲の内では「こうもり」がわかり易かっただろうと思う。印象が強いのは「ロメオとジュリエット」強く訴えかけたのは「四つの最後の歌」あれだけ練習したから、コンサートが2回あるのは嬉しい。プロコフィエフは私が散々批判してきたのだが、曲として聴衆にどう聞こえるのかというと、それは映画で使われる音楽のように、派手で描写的に仕上がっている。演奏中に足元にMDレコーダーを置いて録音したのを今聴いている。聴く方は、変わった音楽だな、と思うくらいで面白いかもしれない。今日本番前のゲネプロで、小さい紙片が役員から配られた。見ると「難しい曲をやらせて、団員を辞めさせようとしているのか」という意見が幾つか団内から寄せられた、というのだ。三択で、難しかった、普通、簡単だった、を選ぶようになっている。このオケは難しい曲を好んでやるのかと思ってきたが、団員もあまり私と変わらない思いをしていたようだ。私が入団して最初に隣に座っていたお年寄りは、金管楽器の音が耳に強く響くようになったので休むということで、出演されていないのだが、他にもいない人がある。アメリカではどの団体も年齢層がとても広いため、かなりのご老人も参加されている。何十年と続けてきた人もおられるらしい。そういう人達には特に、私が批判してきたような「報われない難しさ」が、とても辛いのだろうと思う。「報われない難しさ」とは、「演奏する難度が高いが、その難しさが曲として仕上がるためにあまり重要で無い」ということになろう。アンケートの「難しかった」の空欄にプロコフィエフと書いて提出した。
2007/03/04
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ミュージカルの第三ラウンドが始まった。金曜日7回目の公演は、観客約150名。少なめだが、反応良く笑ってもらった。公演ごとに観客の反応の仕方が微妙に違うのが面白い。今日の観客は、聞こえにくいような、静かで少しだけの台詞にも感度良く反応していて、内容を細かく理解していることが伝わってきた。演奏の方も、7回目になるとミスが大分減って、今日は自分としても最高点の結果だ。ミュージカルの練習は一週間全くしなかったのが良かったのかもしれない。主役が台詞を忘れて真っ白になるというハプニング。今まで完璧にこなしていた人でも、ああいう事が有るのだな。音楽が無く、静かなところだったので、みんな、「ああっ」と思いながら台詞が出てくるのを待った。公演が10時に終了し、車でパーティー会場のメンバー宅に移動した。最近古い一軒家を買ったそうで、部屋数が6つに屋根裏部屋付き。芝居、楽団、その友人が約40名集合して、立食で騒いだ。日本人の私はやはり目立つらしく、いろいろな人から話し掛けられた。日本語を少し知っていて、私相手に日本語を使ってみるという人も多いのに驚いた。日本に対する関心が意外と強く、その娘が東京でNOVAの講師をしながら日本語を勉強している人。ブルガリアの臓器移植医療関係者の女性。肝臓は両親の血液型だけで割合問題が少ないが、腎臓の移植は制約が多い事を聞いた。IT関係のエンジニア、医師、イギリス出身のご夫婦が二組、いろいろな人と話しができた。日本との交流協会のようなものが有るそうで、こんど紹介してくれるらしい。帰宅すると12時半になっていた。明日土曜日はESOの定期の日だから、ミュージカルの方は欠席だ。朝からしっかり練習しなくては。
2007/03/03
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NHKの受信料支払い義務化見送り、というニュースを読んで、それは仕方なかろうと思う。この問題は法律の改正を云々するにはまだ早いと思う。私がNHKに好感が持てない理由。月2000円を越える受信料は高い。500円でも高いな。ニュース以外には余り見ないのだから、基本的に押し売りと同じ。結婚して集金が来た時、最初に支払うと、契約の話も何もなく領収書の裏に、支払った事で契約を締結したことになる、と書いてあった。海外ドラマなど、放送権料を支払ってまでNHKで放送してもらわなくても良い。放送法は、力道山がいて、あの家ではテレビを買ったそうだ、という時代のものだから、インターネットでも配信され、DVDでも売られる今の時代に合わない。それに最近特有の問題としては、集めたお金を自分のお金のように不正に使う、年金問題と類似している点。政府の放送命令を受け入れたこと。OZMAの紅白問題について、私は紅白も見ていないしOZMAも知らないが、今日のニュースを読むと、どうもNHKのスタッフが事前に知っていたのを、知らなかったと白を切っているらしいこと。私自身、連想して昔を思い出す事件がひとつ。NHKが各都市を順番に訪れて、ジュネスミュージカル シンフォニーオーケストラというのを結成して演奏会を行い、それを放送する、という事があった。地方都市では大学のオーケストラが母体になれば作り易いという考え方で、NHKの取りまとめ役の○○氏が部室に来られ、説明があった。NHKのスケジュールは既に作られており、部の定期演奏会と練習が重なり合う感じになっていた。これだと定期ができなくなる、という団員の懸念に対し、できないと思う、と○○氏は答え、皆は顔を見合わせる状態になった。それから暫く考えた結果、団として参加するのではなく、個人参加とし、大学の定期は実施する事に決まった。○○氏はあてが外れ、出演者募集のためオーディションも行われた。その時学部を卒業していた私はオーディションに行き、参加のために一度集合したのだが、自分の体質と余りにそぐわなかったので、出ないことにした。その後電話で参加依頼が何度か有ったが、その時には私の気持ちは固く、お断りした。「わかりました、もうお願いしません」と憤然と電話を切られた○○氏。プロジェクトを進める人にとって、障害になった私なのだが、その後何年も経ってから耳にして驚いたことがある。あの時私達の団が、「非協力的だった」という言葉で関係者以外の人に伝えられている事を知ったのだ。協力的であるために、定期演奏会をNHKのために中止しなければいけなかったのだろうか。また、参加したくない団体に参加しなくてはいけなかったのだろうか。テレビには出演しない、という人の気持ちがよく理解できる。
2007/03/02
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金曜日からミュージカル”Pirates of Penzance”の第三ラウンドが始まる。明日は、公演が夜10時に終わると、仲間の家に行ってパーティーがある。たぶんそこを真夜中に出て帰ることになるのだろう。そして翌日のミュージカルはオケ定期の本番と重なっているので欠席する。練習と本番がこんなに重なるとは知らなかった。来年のミュージカル出演は断った方が良いかもしれない。それにしても、今日帰宅してオケの曲を練習したが、以前弾けていたのに弾けない部分が増えた。練習し過ぎで脳の働きが飽和している。本当にある。こういう現象が。こういう時は、一週間練習を休むと脳の働きが戻って前進するのだが、本番を明後日に控え、休む訳にはいかない。約束事の見落としや、間違え易い臨時記号などは、駆け込みでも再確認しておく方が良い。それにしても火曜日の練習録音を聴いてみると、プロコフィエフは皆が十分弾けていないので大変だ。なんとか形ができ、アマチュアにしてはかなり十分音が出ているのだが、音楽性をブラッシュアップするまでに至っていない。日曜日にミュージカルの千秋楽となると、翌月曜日からToledo, Southbend, East Chicago, New Carlisleへ一週間出張でドライブだ。
2007/03/02
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明日でもう3月になる。日本はもう3月になっている。村上春樹の「1973年のピンボール」をソファーに寝て読み終わって、これもいい作品だったなぁふっ とため息をついたら、次男の卒業式が済んだ、とメールが来た。卒業おめでとうの1行メッセージを送る。あれからもう6年経ったのか。東京の私大に行く事に決まったから、家族分散の始まりだ。既に自分の単身赴任で去年からそれが始まっているのを忘れていた。最後のページをめくると、その後ろに、この本を貰った時の日付が自分の筆跡で書いてあった。バイオリンを教えたことのある後輩から貰っていたのだった。次はもう一度「象工場のハッピーエンド」を読む。
2007/03/01
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