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第 百二十四 回 目 前回は、私・草加の爺が提唱する「四つの倖せ」について、簡単に御説明致しました。人は、私たちは不幸に成りようが無い、完璧なまでの条件を身に備えて、この世に誕生してきている。 無一物、丸裸、裸一貫で生まれ出て、そして、やがては裸の元の姿に還って、あの世にたったひとりで、孤独に、旅立っていく。 ー その様に教えられ、誰もがその様に考えて、毛程の疑いも持たずにいる。 そのような考えを、誤謬だとは申しません。それで、私達皆が幸せになれるのでしたら…。もし、そうでないなら、私の主張する如く、考えてくださいな、どうぞ。 つまり、私たちは徹頭徹尾、「幸福の衣にやさしく包まれている存在なのだ」と。生まれる前も、そしてこの世に生まれてからも、更には、あの世と仮に呼んでおきましょうか、彼岸に行った際にも終始、慈悲心に溢れる 絶対者の慈しみの心 に抱かれ続けている。永遠に…。 古代の日本人は無心のうちに、純朴に、それを信じて疑わなかった。だから、心底から 神 の存在を信じ、それを全身全霊で尊崇した。また、衷心からの感謝の念を、片時も忘れることがなかった。それが、美しい緑と、美しい四海とに囲まれた、黄金の国・ジパングの在り方、真相だったので有りますよ、実に。 今回は、一休さんの頓智噺(とんちばなし)を取り上げてみます。 「 一休の 糞(くそ)となれ 」 司会者:はーい、こんにちは。読み聞かせの会です。今日は、皆さん方とご一緒に、楽しく過ごしたい と思います。どうぞ宜しくお願いいたします。早速ですが、みんなの人気者・ホタテガーイとコ カブちゃんをご紹介いたします。 ホタテガーイ:今日(こんにち)は、皆さん。宜しくお願います。 コカブ:今日は、私が美人のコカブです。仲良くしてね。 司会者:皆さんは、一休さんのお話を聞いたことがありますか?今日は、その代表的な 頓智 の お話を、この三人で協力してご紹介しますよ。 むかしむかし、一休さんという とんち で評判の小僧さんがいました。 一休さんがまだ小さい頃、始めて修行をしていたお寺の和尚さんは、とても意地が悪く、 その上に けちん坊 でした。 おまけにお寺では食べてはいけない、塩ジャケをお味噌汁の中に煮込んでは、「ああ、旨い。 体が温まるのう」と、平気で食べているのです。当然に、一休さんたち小僧には、一切れも分けて はくれません。 しかも、塩ザケを食べる時の和尚さんの言葉が、とても気取っているのです。 「 これなる、塩ザケよ、そなたは枯れた木と同じ、いくら助けたいと思うても、今更に生きて 海を泳ぐことなど出来ぬ。よって、このわしに食べられ、安らかに極楽(ごくらく)へまいられよ 」 それを聞いた一休さんは、「ふん、自分で料理しておきながら、何が極楽だ」と、他の小僧さん 達と腹を立てていました。 ある日の事。一休さんは朝のお務めを済ませると、魚屋に走って行って、大きなコイを一匹 買ってきました。 そしてお寺に戻ると、まな板と包丁を取り出して、鍋を竈(かまど)にかけたのです。それを見た 和尚さんは吃驚して言いました。 「一休!お前、そのコイを一体どうするつもりなのだ…」 「はい、このコイを食べます。この前、和尚さんに教えられたお経を唱えますので、聞いていてく ださい」 「お前、正気か?」 「はい、正気でございますとも」と、一休さんは少しも慌てずに、コイをまな板の上に乗せると、 お経を唱え始めました。「 これなる、生きコイよ。そなたは、この一休に食べられて、くそと なれ、くそとなれ 」 唱え終わると、一休さんはコイを切り身にして、鍋に放り込みました。 「むむっ。……糞となれ、か」、和尚さんは今まで、塩鮭に向かって「極楽に参られよ」と 言っていたのが、恥ずかしくなってしまったのです。糞となれ、糞となれ―と、本心を言った 小さな一休さんに、してやられたと思ったのです。 ( こいつはきっと、大物になるぞ。わしの所ではなく、もっと良い和尚の所に、預けると するか ) 「それでは、頂きます」 一休さんは、和尚さんの顔色をうかがうことなく、他の小僧さん達と一緒に、鯉こくを 美味しそうにパクパクと食べましたとさ。おしまい。(鯉こくとは、コイを輪切りにして煮込んだ味噌汁のことです) 昔の小僧さんたちは、大抵「口減らし」と言って、貧乏な家の子供が経済的な貧しさの故に、比較的余裕のあるお寺に預けられた。ですから、小僧さん達は我儘などは絶対に許されない、非常に弱い立場に立たされていた。 現在でも、児童虐待などの例がニュースなどの報道で、流されていますので、法律の保護を完全に受けている、比較的恵まれた子供たちばかりとは、必ずしも言えないのですが、例えば、私の目下お世話になっている学習塾に通っている、大多数の生徒達は、お坊ちゃん・お嬢ちゃん的な存在が大半ですよ。要するに、甘やかされ過ぎている。 子供は私が東京下町の ガキ大将 だった頃と少しも変わっていない。やはり教育し直さなければいけないのは親たち、大人たちなのだ、そう確信を強めている毎日なのですが…。 そうは言いながら、実は「親の一途な愛情」ほど、素晴らしいものは無い。そう感嘆を続けているのも、又、事実であります。盲目的な溺愛ですら、子供達は「正しい方向」に向けて、成長を遂げる原動力にはなっている、確かに。それもこれも、天の配剤の御蔭なのでしょう、きっと。
2017年01月28日
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第 百二十三 回 目 帆立貝と葉つき子蕪(かぶ)に因んで、「ホタテガーイ」と「はつき こかぶ」のふたつのキャラクターを設定します。ホタテガーイの方は青年男性で、はつき こかぶの方はハイティーンの愛くるしい少女の役柄とします。更に、物知りのおじいさんと滑稽なお婆さんが登場します。 さて今回は、とても嬉しい「朗報」に関するお話をいたします。 「 四つの 倖せ 」 有難い事に、私たちは誰でも例外なしに、生まれながらにして四つもの、完璧な幸福の条件を与えられて居る。普通に考えたら、皆が一様に倖せ一杯な、ハッピーライフをエンジョイ出来る筈。常識的に判断すれば、であります。が、みなさんもご承知のように、現実にはその様にはなっていません、残念至極にも…。 この大問題は人類誕生と共に発生し、恐らくは人類と共に永遠に、連綿として続くで有りましょう。この問題に対する対処法を考察する前に、私・草加の爺が提唱する 四つの倖せ について、簡単にご説明致しておきたいと思います、極、かいつまんで…。 一つ目、それは「天の配剤」ということです。天とは、外に出て空を見上げれば、目に入ってくるあの青々として広大な虚空の彼方に、存在すると古代人が想定した 神 であり、仏 であり、純一なる絶対者であります。 その誠に有難い存在者が、考えられる限りの幸福の為の基本的な土台となる、完璧な条件を、実にグットタイミングで、惜しげもなく私達に分け与えてくれている。はい、そうです、私達が頼んでもいないのに、体質や症状に合わせて時・所・場合に応じて、最良の お薬を 処方して、服薬するように口元まで、丁寧に運び、時には胃や腸にまで届けてくださってさえ居る。本当に、本当に有り難く、そして勿体無い「行為」でありますね。これだけでも、もう既に十分すぎるほどなのですが、まだまだ三つも有りますよ、なんと! 二つ目は、 地の恵み であります。地とは文字通りに大地なのですが、地球そのものとお考え頂いてよろしいかと、思っていますね。古代人の言う、海の幸・山の幸諸々。 そして私たちの住む美しい 水の惑星・地球 は、太陽という実に貴重な恒星に守られていますよ、皆さん方がよくご存知の如く…。美しく夜空に輝く衛星・月の恩恵にも、気づかないうちに浴している。これらを全部ひっくるめて「地の恵み」と称します、ここでは。 三番目ですが、人の輪・和があります。家族や友人に始まり、地域社会、国家や国際社会があり、強い絆、友好のサークルが本当に頼もしく、延々と果てしもなく広がっています、はい。 四番目は、自分が自分であること。英語ではアイデンティティーという言葉を使いますね。えっ、自分が自分であることって、そんなに大切な、重要なこと…。そんな風に、首をかしげるお方がいらっしゃるかも知れません。 普段は何でもない事、当たり前過ぎることと考えているかも…。でも、よくよく胸に手を当ててじっくりと思考を巡らしてみて下さい。それでも、ダメなら、ご自分が死ぬ、つまり「自分が、自分ではなくなる」、「地上から姿を消す」、自己の死、ということに思いを馳せてみてください。とても、途轍もなく大事な、根本的な要件であることが、首肯されるでしょうから。 更に付け加えれば、自己の概念の中には、心と肉体とがあり、心には意識の他に無意識の広大な、無限の領域・潜在意識・阿頼耶識(あらやしき、生命力=自然治癒力、銀河系宇宙識、全宇宙識)などを含み、肉体上では諸々の臓器の他に、リンパ系・交感神経・副交感神経なども配されていて、自立しての生命活動が可能なように、巧妙巧みに仕組まれている。実に、勿体無くも又、有難さの極み、なのでありますから、至れり尽くせりの配慮が施されている、私たちという 個体 の在り方には……。 普通に考えれば、人間とは不幸には成りようがない。所が、人間界は不幸と苦痛とで満ち満ちている、みなさんもよくご存知の通り。何故でしょうか? 仏教では、一切唯心造、一切はただ心が、私達一人一人の心がその醜悪な現実を作り出している、のだと教えています。なんのことはない、自分たち自身が悪かったのです。 天網恢恢、粗にして漏らさず、と言いいますが、広大無辺なる如来の慈悲心の計らいにもかかわらず、罰当たりな人間どもは、愚かな自己の意識の働きを駆使して、不幸の種・原因を次から、次へと造り出して止まない。愚かさの限りを尽くして倦まない。愚の骨頂とは、このことではないでしょうか。
2017年01月24日
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第 百二十二 回 目 今回も、宮沢賢治を取り上げます。 「 永訣の朝 」 けふのうちに とほくへいってしまふわたくしのいもうとよ みぞれがふっておもてはへんにあかるいのだ ( あめゆじゅとてちてけんじゃ ) うすあかくいっさう陰慘な雲から みぞれはぴちょぴちょふってくる ( あめゆじゅとてちてけんじゃ ) 青い蓴菜・じゅんさい のもやうのついた これらふたつのかけた陶椀・たうわんに おまへがたべるあめゆきをとらうとして わたくしはまがったてっぽうだまのやうに このくらいみぞれのなかに飛びだした ( あめゆじゅとちてけんじゃ ) 蒼鉛・そうえん いろの暗い雲から みぞれはぴちょぴちょ沈んでくる ああとし子 死ぬといふいまごろになって わたくしをいっしょうあかるくするために こんなさっぱりした雪のひとわんを おまへはわたくしにたのんだのだ ありがたうわたくしのけなげないもううとよ わたくしもまっすぐにすすんでいくから ( あめゆじゅとてちてけんじゃ ) はげしいはげしい熱やあえぎのあひだから おまへはわたくしにたのんだのだ 銀河や太陽、気圏などとよばれたせかいの そらからおちた雪のさいごのひとわんを………ふたきれのみかげせきざいに みぞれはさびしくたまってうゐる わたくしはそのうへにあぶなく 雪と水とのまっしろなニ相系・にさうけい をたもち すきとほるつめたい雫にみちた このつややかな松の枝から わたくしのやさしいいもうとの さいごのたべものをもらっていかう わたしたちがいっしょにそだってきたあひだ みなれたちゃわんのこの藍の、もやうにも もうけふおまへはわかれてしまふ ( OraOrade Shitori egumo ) ほんとうにけふおまへはわかれてしまふ あああのとざされた病室の くらいびょうぶやかやのなかに やさしくあおじろく燃えてゐる わたくしのけなげいもうとよ この雪はどこをえらばうにも あんまりどこもまっしろなのだ あんなおそろしいみだれたそらから このうつくしい雪がきたのだ ( うまれでくるたて こんどはこたにわりやのごとばかりで くるしまなあよにうまれてくる ) おまへがたべるこのふたわんのゆきに わたくしはいまこころからいのる どうかこれが天上のアイスクリームになって おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ 宮沢賢治は法華経の行者を以て、自らを任じていたようでありますが、この詩などはその見事な実践の一例であり、まさに絶唱の名に値する素晴らしい言葉のハーモニーでありますね。 さて、私は昨年に青森県庁の地域活力振興課の主催する「つながる青森人財」に登録して居りますが、そこから昨日郵便が届きまして、2月に東京の神田で あおもりっていいなぁ交流会・つながる青森meeting! 開催の連絡がありましたので、早速出席の電話を担当者に致しました。 実の所、私は地方行政機関に対して、余り多くを期待致して居りません。と言うよりも、現段階では何も期待していない。つまり、期待するのは土台無理だと、最初から諦めている、これまでの私の体験からして…。しかし、人脈やネットワーク作りは非常に重要であり、大切な要素であることも承知している。ある程度実績が挙がり、世間の注目を集めるようになった暁には、それこそ大いに頼り甲斐のある「助っ人」に成り得る、可能性も又大なのですから。本音を申せば、立ち上げの、一番大変な時期にこそ、支援が、サポートが必要なのであって、走り出してしまえば、面倒なお役所や、お役人などのお手を煩わせなくとも、自分たちだけの細腕で、全てが賄えるわけですので…。おっと、これは弱音とも聞こえかねない、とんだ愚痴でありましたよ。 ところで、この読み聞かせの運動からスタートする、私・草加の爺の高言する、人類史上に類例のない画期的な「お芝居的パフォーマンス」を基本とするエンターテインメントの目指す、最終的な、あるべき形とは? ― そのどの様な形態を取るのでありましょうか。 お答え致しましょう。実は、私にも想像がついていない。それ程に、多様な可能性を孕み、発展性を期待できるからです。ですから、私自らが将来の多様で、大きな含みを無限に秘めている目標に、最初から制限をつけてしまう愚だけは、どうしても避けたい。 限りない 赤子の未来 を小さく限定してしまう過ちは、犯したくはない。その思いで一杯です、偽らざる述懐でありますよ。 しかし、それでは皆目掴み所がなく、従って目指す着地点が見えず、迷ってしまい、協力を思い立ったとしても、力の発揮仕様がないのではあるまいか? ― そのような全く御尤もな懸念が生じるかもしれませんので、最低限外せないと思われる要素を、重要な柱を幾つか挙げてみようと思います。 まず第一に上げなければならないこと、それは当然に当地の方言の魅力を、最大限に発揮させる、この一事に尽きると極言しても良い、徹頭徹尾に。この事をどの様な場合に際会しても忘れずにいよう、心して…。 第二には、この根本の命題から必然的に演繹されることですが、客・享受者・受けて・観客・ゲスト・訪問者等々に対する 最高にして最善の「持成しの志」をいつの場合にも、第一にと心がける。優しさと、温かさと、行き届いたサービス精神を大切に、稽古に努め、上演・パフォーマンスに際して、これ努める、邁進する。 第三には、初心を忘れるな、という事。金の取れる「下手な玄人」よりも、心に響く、受けての心に直接に届く、真心を込める姿勢を忘れずに居よう。そういう素人精神・アマチュアリズムを専心に心がけよう、努力しよう、精進し、心の底から楽しもう。エンジョイし、その楽しさをお客にも、送り続けよう…。
2017年01月18日
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第百二十一回目 今回は、ちょっと考える事があって、宮沢賢治の童話を、取り上げることにしました。 「注文の多い料理店」 二人の若い紳士が、ぴかぴかの鉄砲をかついで、白熊のような犬を連れて、山奥にやってきました。それはだいぶ山奥で、案内してきた専門の鉄砲打ちも、ちょっとまごついてどこかに行ってしまいました。それに、あんまり山が凄いので、犬が二匹ともめまいを起こして死んでしまいました。 風がどうと吹いてきて、草がざわざわ、木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと鳴りました。 「どうも腹がすいた。さっきから、横っ腹が痛くてたまらないのだ」 「ぼくもそうだ。もうあまり歩きたくないな」 二人の紳士は、ざわざわ鳴るすすきの中で、こんなことを言いました。ふと後ろを見ると、立派な一軒の、西洋造りの家がありました。「西洋料理店 山猫軒」という札が出ています。 二人は喜んで玄関に立ちました。その戸には金文字でこう書いてあります。 「どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません」 二人はひどく喜びました。二人は戸を押して中に入りました。そこは直ぐ廊下になっていてガラス戸の裏側には、「ことに肥った方や、若い方は大歓迎いたします」。 二人は大歓迎というので、もう大喜びです。ずんずん廊下を進んで行きますと、今度は水色のペンキ塗りの扉があります。上には黄色な文字で「当軒は注文の多い料理店ですから、どうかそこはご承知ください」と書かれています。二人は早くテーブルにつきたいのですが、注文が次から次へと出てきます。髪をきれいにとかし、靴の泥を落とすように書いてあります。その次には、鉄砲と弾丸(たま)を置くように、帽子と外套と靴をとるようにとの、注文です。その通りにすると、こんどは身に着けているもの全部を金庫の中に、入れました。 するとこんどは大きなツボがあって、中のクリームを体中に塗るようにとの、注文です。すると、すぐ前に次の戸があり、「料理はすぐにできます。早くあなたの頭に、香水をよく振りかけてください」とあります。そのビンの中の香水は、なんだか酢のようなにおいがしました。そして、最後には壺の中の塩をよく摩り込むように、注文です。 さすがに、二人はおかしいぞと感じたのです。そして急に恐ろしくなりました。がたがた震えが止まらなくなったのです。二人は恐ろしいヤマネコたちに食われそうになっていたのでした。 この危機一髪の状態を救ったのは、二匹の犬と、専門の猟師でした。こうして命を落とさずに済んだ紳士二人ですが、恐怖のために紙のように青ざめた顔は、東京に帰ってももとには戻りませんでした。 今日の世相を考える時に、いの一番に問題にしたいのは、地球規模の 経済戦争 であり巨大企業を中心とした苛烈・峻烈を極める企業戦争、食うか食われるかの肉弾戦であります。 それはもう明らかに、第三次世界大戦そのものであり、東西両陣営に分かれての所謂冷戦の、当然の帰結として地球上に齎された事態なのであり、心ある有識者などによって夙に警告が発せられてはいたのですが、「戦争」とう表現は飽くまでも比喩であり、喩えとして用いられているに過ぎない。識者も、それを受け止める大衆も、どちらも現実の様相を直視して、白を白だとは言わなかった。戦争ではないのだ、だからそれ程心配には及ばない。 誰もが、そう思い込んでいた。疑わなかった。殺戮兵器を使用した、核爆弾を用いない戦争が勃発しない限り、大丈夫、心配ない…。脳天気に、そんな風に自分たちを慰めていた。 所が、現実を自分の目で見、世の中で起こっている事柄を、自分の耳で聞きさえすれば、たちどころに明らかになる。戦争だ、世界中を「戦場にした」恐ろしい、兵器なき戦争が真っ盛りどころか、終末期の惨状を呈していることは、誰の目にも明々白々なのに…。 そいう視点から、昨年末にニュース等で大きく取り上げられた、電通新人社員の過労死の問題を、改めて今ここで取り上げて論じてみたい。それが、私・草加の爺の 下心 でありましたよ。 新聞報道などによりますと、女子社員は東大を優秀な成績で卒業し、性格も良く、美人で誰からも好かれる模範的な、人柄だったようです。それが何故に、自らの手で「地球より重い」自己の命を絶たなければならなかったのか…? 私は敢えてこの優秀な新人女性の死を、第三次世界大戦の犠牲者の、戦死者の典型例であると、断じたいのであります。素直で、優秀な若者を、これ以上犠牲にしてはいけない!そう声高に叫びたい。世界中の心ある人々に強く、強く訴えたい。 と同時に、゛自分の命は、自分で守る ” ー どの様な時代、どのような社会が到来しようとも、残念ながら自分の命は自分の手で守るしか無い。 この峻厳なる「人間的事実」を、肝に銘じて忘れずにおこう。絶対に忘れては、いけない。こう主張したいのでありますね、猛烈な怒りの感情と共に。 と、申しますのも、今の社会の在り方と、その社会に生活する個人との両方に、或る種のじれったさの意識を持たざるを得ないから、なのですよ、実は。 どれだけ学校の成績が良くても、また親や、目上の大人達から高い評価を受けていても、自己を 奴隷の立場 に追い込んだりしては、いけない。そのような愚を犯しては、絶対に駄目だー。大企業という絶大な権力に抵抗できず、この世で最も大切な生命を、自分の手で投げ捨てた。遂に、投げ捨てさせられてしまった、ずるずるとのっぴきならない立場に自分を追い込んでしまった、無残至極にも…。 彼女は、そういう意味で 真の教育 の恩恵には浴すことが出来ては、いなかったと言える。更に言えば、死者に鞭打つようで、本当に言いにくいのですが、「正しい学び」をマスター出来ていなかった。逆に言えば、現在の教育の犠牲者でも、あるのでした、ある面では。 一般論として言えば、学歴社会でのエリートと称される若者たちに、共通して見られる同質の弱点を、指摘せずにはいられない。つまり、厳しい現実社会を生き抜く上での、本質的な、それ故に最も根本的な 知・英知 の欠如・欠落化現象であります。 彼らは例外なく、根柢の所でひ弱で、もろく、愚かなのですね、残念至極にも。
2017年01月13日
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第 百二十 回 目 亡妻の出身地である青森県上北郡野辺地町の町起こしの為に、私が勝手に、独自に準備している「或る遠大なプロジェクト」のスタートとして想定している、読み聞かせの会で使用する台本の候補作品を、アットランダムに並べていますが、今回は その恩は海よりも深い と讃えられる母親を取り上げてみたい、と考えました。 「岸壁の母」 母は来ました 今日も来た / この岸壁に 今日も来た / とどかぬ願いと 知りながらもしやもしやに もしやもしやに / ひかされて (セリフ) また引揚船が帰って来たに 今度もあの子は帰らない。この岸壁で待っているわしの姿が見えんのか。港の名前は舞鶴なのに なぜ飛んで来てはくれぬのじゃ… 帰れないなら大きな声で… お願い… せめて、せめて一言… 呼んで下さい おがみます / ああ おッ母さんよく来たと / 海山千里と 言うけれどなんで遠かろ なんで遠かろ 母と子に (セリフ) あれから十年… あの子はどうしているじゃろう。雪と風のシベリアは寒いじゃろうつらかったじゃろうと命の限り抱きしめて… この肌で温めてやりたい… その日の来るまで死にはせん。いつまでも待っている… 悲願十年 この祈り 神様だけが 知っている 流れる雲より 風よりも つらいさだめのつらいさだめの 杖ひとつ (セリフ) ああ風よ、心あらば伝えてよ。愛し子待ちて今日も又、どとう砕くる岸壁に立つ母の姿を… ( 作詞:藤田まさと 作曲:平川浪竜 歌:二葉百合子 ) ユネスコ(国連教育科学文化機関)の「世界記憶遺産)に、京都府舞鶴市が申請していた「舞鶴への生還 ― 1945~1056シベリア抑留等日本人の本国への引き揚げの記録ー」が登録されました。歌手・二葉百合子さんが歌い、大ヒットした、引き揚げ船を待つ母親の気持ちを歌った歌謡曲「岸壁の母」の題材としても、よく知られています。 シベリア抑留とは、第二次世界大戦終結時にソビエト連邦に降伏し、または逮捕された日本人が、シベリアで強制労働を課せられた事を言います。主として軍人であったが、満州開拓団の農民、満州の官吏、南満州鉄道株式会社など国策会社の職員、従軍看護婦なども含まれていた。 私・草加の爺が母親を思うとき、真っ先に瞼に浮かぶのは、和服に純白の 割烹着 姿で掃除をしたり、洗濯したり、台所で朝食用の味噌汁の具の、大根を刻んだり…。 そのような実に甲斐甲斐しい、清潔なイメージであり、聴覚的な懐かしい記憶は、トントントンと、俎板(まないた)の上で、包丁がリズミカルな心温まる、美味しそうなメロディーを奏でる音だ。 ― まことに清々しく、また頼もしく有難い、その清潔そのものといった姿! 私がテレビドラマのプロデューサーとして全国を巡り歩いた経験からすると、「嬶天下(かかあでんか)と甲斐性なし亭主」(― 家庭内の実権は奥さんが握っていて、亭主は大概その奥さんの尻に敷かれている、働きの少ない者)と、大体において相場が決まっている。ですから、このフレーズが北から南まで、全国で一律に通用する、普遍性のある言葉なのであります、幸か不幸か。 働き者で、聡明で、家族を懸命に命懸けで愛し、ぐうたら亭主の尻拭いまでして、シワくちゃになるまで頑張り続け、余計な愚痴は言わず、明るく朗らかに、お天道様に日々感謝の念を捧げながら、人生を全うした。そんな古き、良き時代の産み出した偉大なる女性、健気で愛らしい人、女性の中の女性。そんな無条件に素晴らしいお母さん達に万歳。感謝、感謝、又々感謝…。 それに引き比べて、私もその一人である父親という存在は、非常に影が薄い。というよりも有って無きが如し、で実に 情けない 存在と化してしまっている。 してみると、かつての強い、権威ある家父長像を始め、頼りになる父親というイメージは儚い一過性の虚像にしか過ぎなかったのかも、知れませんね。私は、潔く「それで良いのだ」と申し上げたい。女性が素晴らしい国・日本。それで良いではありませんか…。私見によれば我が大和の国 ニッポン は大昔から女性で持ってきた、お国柄なのでありますからね。 男とは所詮、「働きバチ」か「兵隊アリ」であり、生産に直結する労働か、大量殺戮・戦争の資材・手段として利用され、消耗・消費されてしまうしか、能の無い、詰まらない役割を担わされている、くだらない性なのでしょう、残念ながら。 歴史的に展望すれば、古代の母系制から、今日のユニセックス系社会へと移行し、公の場を独占していた男達が、女性のパブリック・公社会への進出につれて、家庭というプライベイトな場へと追いやられる傾向に、拍車がかかっている。益々、男の価値が下落している。 極論を言えば、男などは無用だ。その精子だけ、子種だけありさえすれば、それで御用済み。そんな、優秀な女性陣からの男無用論が、本当に聞こえて来そうな風潮さえ、見え隠れしている。 これに対して、私は「それで良いのです」とは申しません。日本の素晴らしい女性達を更に輝かす為にこそ、疲れきって、消耗し、生命力を、生きるエネルギーを枯渇させ果ててしまっている男性達に、頑張ってもらいたい。張り切ってもらいたい。元気溌剌と持てる生命力を発揮して頂きたい。日本の輝くお母さん達を、復活させる意味でも、恰好いいところを示して欲しいのですよ。それが、男の端くれである老人の、切ない願いの中心にある、願望なのであります、実際に…。
2017年01月12日
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第 百十九 回 目 今日は落語や講談、浪曲などで大評判だった「庶民のヒーロー」の左 甚五郎のエピソードを取り上げて見たいと思います。 「 ねずみ 」 奥州の仙台の宿屋でのお話です。或る旅人が、客引きに出ていた小さな少年の頼みで鼠屋という宿に、宿泊することになったのですが、この宿屋が非常に貧乏で、布団も粗末ならば食事に出すお米さえ、碌にないという有様。 旅人が理由をきいてみると、誠に気の毒としか言いようのない事情でした。 この宿の主人は元、向かいの立派な宿屋・虎屋の大旦那だったのですが、先妻が病で亡くなると直ぐに、腰を痛めて寝込んでしまった。後妻に来たのが性悪な女で、番頭とグルになって病身の亭主を追い出してしまった。仕方なく主人は、幼い子供を連れて、道の向こう側に在った物置小屋を改造して、新しい宿として出直しを図ったのですが、なかなか上手くいかない。 この話を聞いた旅人は、自分の正体を明かした。あの有名な彫り物の巨匠・左 甚五郎であると。そして、庭の片隅に置かれていた木片で、小さなねずみを彫り出して宿の主人に与えると、立ち去って行った。 さて、甚五郎に言われた通りに、店先に飾ったねずみの彫り物が、日暮れになると本物同様に、元気に動き出すというので、たちまちに周辺の評判を呼び、鼠屋には次々と客が押し寄せ、大繁盛するようになった。それに引き比べて、虎屋は元の主人を騙して身代を乗っ取った悪人だとの評判が、人々の間に広まり、客足が激減してしまった。 そこで虎屋では、対抗策をひねり出しました。仙台に住む、大巨匠と自称する彫り物の師匠に、虎屋の屋号に因んだ虎の置物を作ってもらおうと、相談がまとまった。虎屋では大金を出して注文を出したのですが、師匠という人がペテン師で、弟子の一人に注文の彫り物を作らせ、大金だけ自分の懐に入れてしまった。 虎屋では、虎の置物が出来上がってきたので、宿の店の前に、鼠屋のねずみを睨みつけるような格好で、飾り付けたのです。 すると、その日から鼠屋のねずみの彫り物が、全く動かなくなってしまった。それで、あれほど大繁盛していた客足が、全く途絶えてしまったのでした。困った鼠屋の主人は、四方に人を遣って甚五郎を探し出し、これこれだと事情を伝えます。 やがて、甚五郎がやって来ました。聞いた通りに元気だったねずみは、ぴくりとも動きません。 甚五郎は言いました。「これ、ねずみよ。わしは腕によりをかけて、お前を彫り上げたのだぞ。どうして、自分に自信が持てなくなってしまったのだ」 そして、虎屋の虎の飾り物を改めて、見てみました。それは、実にくだらない下手な作品です。虎を証明する額の王の字のシワも、施されてはいないという、お粗末極まりない代物。 甚五郎は更にねずみに言います、「なんだ、あんなボンクラな虎に、怯えるなどと、お前は全く見る目がないな」と。 すると、ねずみがただ一言、「えっ、あれは虎だったのですか、猫だとばかり思ってた」。 えっ、お粗末さまでした ― と言うのが落語のオチでありましたよ。 世の中は強い者が勝ち、勝った者が「正義」なのでありましたね。しかし、庶民感情と言う「声なき神の声」はそれでは納得しません、いや、絶対に承知出来ないのであります。 正義は、やはり最後には勝って欲しいのでありますよ、何が何でも…。 そこで、神信心に向かう場合もあるし、自分たちの心の底からの願望を、架空の、フィクションのヒーロー達に託すことになる。その一人が、伝説の 飛騨の匠・名工・左 甚五郎 ですね。 現代でも、俺々詐欺などが横行して、実に醜悪極まりない、嫌な世の中を (それにつけても平和な日本、世界一安全な日本社会、などと自画自賛する御仁が数多く見られますが、本当にあなたはご自分の目で、自身の頭で現実を直視しているのですかね? と、皮肉の一つも投げかけずにはいられない、実に、嫌な、嫌な、世の中でありますね、困ったことに… )象徴しているかの様な、世相でありますよ。 大泥棒の石川五右衛門が、五右衛門風呂で責め殺された際に、「石川や、浜の真砂は尽きるとも世に泥棒(ぬすっと)の種は、尽きまじ」と言い残したと伝えられますが、泥棒どころか、悪党の種は益々、世に蔓延る「悪貨は良貨を駆逐する」最悪の事態は、急坂を駆け下るが如き観を呈して、とどまるところを知らぬ気、なのですから手の施しようも無い、実際のところ。 昔は「衣食足って、礼節を知る」、つまり、つまり物質的な条件が満足に整えば、人間らしく立派な行動が伴うようになれる、と教えれば事が済んでいた。ところが、現代では、物質的には昔と比べて格段に豊かになったと、誰もが認める社会が実現している筈、なのにもかかわらず、心の、精神的な貧しさや、メンタルなプア・貧困現象が、顕在化して久しいのです。何をか言わんやでありますね、戦争や原子力の脅威という 前門の虎 にばかり人々が気を取られている隙に乗じて、人間精神の病、心の貧困、メンタルイルネスの悪化が嵩じに、嵩じるという後門の狼が、恐ろしい牙を剥いて、私たちに迫って来ているではあるませんか。呉呉も、ご用心ご用心。老婆心ながら、草加の爺も世の 名も無き人々の良心 に訴えかけずにはいられません。 お願いですから、無辜の民として、自分たちの孫子の為に、何がしかの貢献を、焼け石の水かも知れない、ささやかな努力を、怠らないで下さい。政治に期待できない大切な、心の問題をば、大切に考え、今すぐに、ご自分の出来る範囲内で、例えば可能な限り周囲には、明るく印象の良い表情をむける、とかの行動を、心がけて頂きたい。そのほんの僅かな個人の善意が人間の社会を、根底の、ギリギリの所で支えている事を、固く信じて…。お願いいたします。
2017年01月09日
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第 百十八 回 目 今回は、うさぎとカメのお話を、敢えて、取り上げて見たいと思います。敢えてと、書きましたのは、理由があるのですが、それはおいおい触れるとして、取り敢えず先に進みましょうか…。 もしもし かめよ かめさんよ / せかいのうちで おまえほど / あゆみの のろい ものはない どうして そんなに のろいのか なんと おっしゃる うさぎさん / そんなら おまえと かけくらべ / むこうの おやまの ふもとまで / どちらが さきに かけつくか どんなに かめが いそいでも どうせ ばんまで かかるだろ / ここらで ちょっと ひとねむり グーグーグーグー グーグーグー これは ねすぎた しくじった ピョンピョンピョンピョン ピョンピョンピョン あんまりおそい うさぎさん さっきのじまんは どうしたの (童謡から) 身近な動物の代表格として、兎と亀が題材となっています。兎は足が早く、亀は鈍足の代名詞のような存在であることは、小さな子供でも承知していますね。有名なイソップの寓話にも入っている、単純にして明快なこのエピソードですが…… 「うさぎと亀」 ある日、うさぎが亀ののろさをバカにしていました。 「それで何処かへ、たどり着けるかい?」と、うさぎは相手を馬鹿にした笑いを浮かべて、尋ねました。亀は答えます、「そうだよ、君が思うよりも早く、目的地に着くさ。そうだ、君と競争して、その事を証明しよう」と。 うさぎは亀と競争するというのは、片腹痛いと感じましたが、暇つぶしのお慰みにと思い、承知しました。そこで、審判になることを承知した狐が、目的地までの距離を示して、二人のランナーにスタートを告げました。 うさぎは直ぐに姿が見えなくなりました。そうして、足の早いじぶんと競争しようなどと考えたことを、亀に心の底から反省させようと考え、亀が追いつくまでコースのそばで、昼寝をして待とうと、横になったのです。 一方の亀は、ゆっくりと、しかし着実に歩みを続けました。そしてしばらくすると、うさぎが眠っている横を、のそのそと通り過ぎました。それでもうさぎは、とてもぐっすりと眠りこんでしまっていたので、その事に気づかなかったのです。 とうとう、うさぎが目を覚ました時には、亀は既にゴールの直前に達していた。 うさぎは今や、全速力で走りましたが、亀に追いつくことは出来ませんでした。 こうして、足のおそい亀が、俊足のうさぎに走り勝ったのでした。ー 競争では、常に足の速い者が、勝負に勝つものでは、ないのです。呉呉も油断は、しないように。ご用心、ご用心……。 非常に分かり易く、小さな子供でさえ、容易に寓意が伝わる、教育効果の高いお噺だと、素直に、抵抗なく受け止めてくれる相手であれば、問題なし。ノープロブレムな筈なのでですが…。 朱に交われば、赤くなる ― の喩えの如く、現代では「素直ではなく、へそ曲がりで、根性の腐った輩(やから)」がそれこそ 五萬と ある。山ほどにいる。そういうご時世で御座います、悲しいことに…。 実は、私・草加の爺めは最近やたらと、スマホの投稿記事などを参考に、覗かせて頂いて居り、非常に重宝致しております。そこで、この兎と亀のエピソードに関しても、念の為に検索を試みた。すると、「足の遅い亀が、足の速いウサギに勝負を挑むなど、馬鹿げている。どうせなら、水の中での競争を提案すべきだった。また、運動中にグーグーと高いびきをかくのはとても危険な徴候なので、亀はウサギに注意を喚起すべきだったのに、意地悪く危険な状態だったかも知れないウサギを無視して、勝負にばかりこだわっていた。亀には親切心の欠片(かけら)もない。酷い奴だ」といったことが、書き連ねてありましたよ。「成る程、一理あるな。確かに…」と、私は内心で違和感を覚えながらも、投稿者の或る種 生真面目極まりない 発言を首肯しないではいられませんでした。 そうなのですよ、今の時代が悪すぎる。末世も末世、神も仏も空中分解してしまって、その尊い教えも、跡形もなく雲消霧散してしまっている。南無三、やんぬるかな!やんぬるかな…。 普通なら、ここで諦めてしまうのでしょうが、私・草加の爺は中々以てしぶといのでありました。これしきの事でへこたれてしまったのでは、「ピコ太郎」の度根性に簡単に圧倒されてしまう。負けるな、爺さん、と自らに叱咤激励を送りつつ、これからも奮励努力を、死の瞬間迄続ける所存ゆえに、なにとぞ、ご指導ご鞭撻のほど、宜しく、深くお願い申し上げる次第であります。
2017年01月03日
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第 百十七 回 目 今度は日本の神話から、大黒様、即ち、大国主の命と因幡の白兎のお話を取り上げます。親切とか優しさをテーマとした、人の生き方に関して示唆に富んだ興味深いエピソードですよ。 「 大きなふくろを かたにかけ 大黒さまが 来かかると ここにいなばの 白うさぎ皮をむかれて あかはだか / 大黒さまは あわれがり 「きれいな水に 身をあらい がまのほわたに くるまれ」と よくよくおしえて やりました / 大黒さまの いうとおりきれいな水に 身を洗い がまのほわたに くるまれば うさぎはもとの 白うさぎ /大黒さまは だれだろう おおくにぬしの みこととて 国をひらきて 世の人を たすけなされた 神さまよ 」 ― 童謡・唱歌『大黒様 だいこくさま』より 古事記には大体つぎの様に書かれています。 大国主の尊(みこと)には大勢のご兄弟がいらっしゃいました。しかし、お国を支配する権利は全部、この末弟である大国主にお譲りしておられました。お譲り致した経緯(いきさつ)についてこれからお話申し上げましょう。 或る時に、この御兄弟の神々が皆揃って、因幡(いなば)の八上(やがみ)比売(ひめ)と結婚したく思い、全員が打揃って因幡に出かけられた。時に、大国主に大きな袋を背負わせ、兄たちの従者として、連れて行ったのでした。そして、気多(けた)の崎に至った際に、丸裸にされた兎が海岸の近くに、臥せって苦しんで居りました。大勢の神々はその兎に言いました、「お前はこの海水で身を洗い、高い山の頂上に上り、強い風に当たって寝ているがよい」と。それで、この兎は言われた通りにして、寝ておりましたが、海水の乾くのに従って、身体中の皮という皮がひび割れして、猛烈に痛み出したのです。最後にやって来た大国主が、この兎の姿を見て訊きました、「どういう理由で、泣き伏しているのですか?」と。これにお答えして兎が申しますことには、「私は隠岐の島にいて、この国に渡りたいと思ったのですが、その手段が見つかりませんでした。そこで、ワニザメを騙して、渡ることを思いついたのです。私はワニザメに言いました。わたしとあなたの一族は、どちらが数が多いか、比べっこしてみましょうよ。あなたは、一族を皆連れてきて、ここから気多岬まで並んで伏していて下さいな。私は、その上を踏みながら走り、数を勘定致しましょう。そうすれば、どちらが多いか直ぐに分かりますから。騙されたワニザメ達が並んで伏している上を、私は数を数えながら渡ってきたのです。そして、今土に上がる時に、“お前は、私にだまされた”と私が叫んでしまったところ、最後にいたサメが私を捕まえて、着物を全部剥がしてしまったのです。それで困って、泣いて悲しんで居りましたが、兄上様達が「海水に漬かって、寝ておれ」とお命じになられましたので、お言葉の如くに致しましたところ、この様にすっかり身体を壊してしまいました」と。 すると気の優しい大国主がおっしゃるには、「急いであの河口に行き、真水で身体を清め、河口の蒲(がま、多年草の抽水植物。円柱状の穂は蒲の穂と呼ばれる)の花粉を取って、敷き散らし、その上に転がり廻ったならば、お前の身はもとの膚の様に治るだろう」と、丁寧に教えて上げたのです。そこで兎は、お言葉の通りにしましたから、元通りに元気になりました。 これが、因幡の白兎と言われている兎ですが、この因幡の白兎が大国主に言いました、「あなた様が八上姫を得ることになるでしょう。兄上達は姫と結婚できません」、この兎神の言葉の如く、大国主の命(みこと)は目出度く八上姫を妻とすることに、成功したのでした。めでたし、めでたし。 この説話は、考えようによっては非常に深い人間考察に、私たちを導かずには置かないかもしれません、必然的に。 心の優しい人間は、非常に少なく、大多数は意地が悪く、他人の不幸を「あたかも蜂蜜の如くに」美味である、愉快で堪らない。不幸で、悲惨な奴はとことんまで痛めつけ、骨の髄までシャブリ尽くしてしまわなければ、こちとらの腹の虫が收まらない。とばかりに、底意地の悪い悪党というものは、何時の時代にも世に蔓延り、人心を益々悪化させる様に、作用し続けるかの如くではありませんか、如何? それにつけても、私は「戦争」と「人間性」の問題を考えないわけには行きませんよ、実際の話が……。 知識人とか、文化人とか言われる人達が、「得意気に(?)」平和デモを持ち上げたり、自らもも進んでお手本を示すかの様に、周囲に、無学文盲のやからを啓蒙し、教育するのが目的のように、平和を唱え、平和を訴えるデモンストレイションを行う、誇示する。 私は正直な所、彼らの気持が殆んど理解できない。真面目なのか、真からのバカ者なのか、真意が那辺にあるのか、掴みきれないでいる…。そんな事で、本当に平和を呼び込むことが可能だと、本気で、正気で考えているのですか…?そう、こちらは真面目なのですが、偽らざる、掛け値なしのところを問質してみたい。私の本音は、「バカも休み休み言いなさいよ、そんな子供ダマシで、平和が実現するくらいなら、世話はないのですから」でありますね。 私は、よく学習塾の子供たちや、自分の息子たちに言うことがありました。エイリアンに人類とはどのような生き物かと、簡略に説明するとすれば、この様に定義して見せる。 人間とは、理由も無く、別言すれば、あらゆる口実を作って、仲間を大量に殺戮し続ける生き物である、と。戦争は人類が地上に誕生してから、常に背負い続けている宿痾、質(たち)の悪い業の如きもの。残念ながら、完治は見込めない、不幸の極みながらも……。 皆様方に、新年に当たってお願いしたい、この痛ましい事態に対して、私たちは一体、どのように対処したらよいのでしょうか、どのように、一体全体……。 私の申し上げたいことは、平和デモ行進などよりも、遥かに有効で、人々の心に響く行為・行動が有る、ということだけにすぎませんよ。そして、野辺地での町おこしのプロジェクトは、私なりの回答であり、その実践にほかなりません。応援の程、宜しくお願い申し上げる次第であります、力強い声援の声を!
2017年01月02日
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第 百十六 回 目 今回は、「人間万事塞翁(さいおう)が馬」という学校の教科書などにも取り上げられている、人生訓、非常に為になり、励みにも、慰めにもなる、また面白くもあるお話ですね。 「塞翁(砦・とりで に住む老人)が馬」 昔、昔(二千年以上前の)、外国の中国でのお話です。中国は昔からとても広い国土を有する所ですが、その北の方の、小さな要塞のある土地に、ひとりの老人が住んでいました。 要塞とは、外国の侵略から国を守る砦のことです。この要塞の更に北には、異民族の胡(こ)が住んでいました。 さて、或る時に、この老人の馬が胡の国の方に、逃げてしまいました。この地方の馬は良い馬が多く、高い値で売れるのでした。そこで、近所の人々が老人を訪ねて、慰めの言葉を掛けたのです。すると老人は、「これが、幸福にならないとも、限らないよ」と悲しむ様子もないのです。ああ、言い忘れましたが、老人は未来を予測する占いの術に長けていたのです。 しばらく経ってからのこと。逃げ出した馬が、胡の馬を沢山引連れ、戻ってきたのです。 そこで、近所の人たちがお祝いを言いに行くと、老人は首を振って言ったのです、「これが災いに変じないとも、限らないね」と。 しばらくすると、その老人の息子が馬から落ちて、足を怪我してしまった。人々はまたもや可哀想な老人に慰めの言葉を、発したのですが、老人はまたも、「このことが、幸福を呼ぶかも知れないね」と答えたのでした。 一年が経過した頃、胡の軍隊が攻撃を仕掛けてきたのです。城砦近くの若者は全て、この戦争に駆り出された。そして胡から自分の国を守ることが出来た。しかし、若者の多くが戦死したり、重傷したりしたのですが、足に怪我を負っていた老人の息子だけは、無事でいることが出来たのです。足の怪我で、義務であった戦争に行かずに済んだから…。 この様に、世間で起きることは、幸福と不幸とが複雑に入り組んでいて、目先だけでは判定が出来ない。不幸は幸福の種となり、その幸福は次の不幸を招く原因を作るかも知れない。今倖せだからと言って、安心ばかりしていてはいけないよ。また、現在の不幸な状況は何時までも長くは続かない、くよくよしないで希望を持って、苦難に立ち向かおうね ―そう言った、非常に前向きなメッセージと受け止め、日々の生活に役立てようではありませんか。 さて、今日は新しい年の始まり・元旦ですから、それにふさわしく根源的な考察を、このエピソードを手始めにして、人生に対して、私たちが「生きる」ということの深い意味に関して、加えてみたい。そう考えました。 私たちは誰もが、お母さんの子宮からスタートして、狭い産道を経由して、この世に誕生する。そしてその第一声が、おぎゃーという産声でありますね。苦しい、苦しかった、の発声であると同時に、生れ出てこれて (本当に、嬉しい) の歓声でもある、誰も覚えては居りませんが…。 そして又、死という新たなる出発地点に向けて、旅立つ。それぞれの人生を歩み始める。 ですから、人生という道程は、もうひとつの 産道 として捉えることが、その様に解釈することが許されてよい。産みの親の産道が狭く、苦しい過程だった如くに、人生という過程も、新たなる苦しみと、悲しみの連続として、私たちに受け止められやすい、確かに。でも、でも、楽しみもあれば、喜びも満ち満ちている。感動もあれば、驚きも沢山に与えられもする。愛を感じ、友情を覚え、恋する大きな、そして決定的な出合いさえ、経験するのだ。何と、なんと、素晴らしいの一語ではないか、私たちが生きているということは! だから、こうした考えの延長線上に、四苦八苦では無く、四楽八楽の人生と言い直して悪かろう筈がない、断じて。苦と感じ、楽だと受け止めるのも、「同じ物」の裏と表の、一面的な見方にしか過ぎないと、悟ったならば、どうして超楽天的・全肯定の態度で、物事に対処して不都合が、あろう道理がないではありませんか、如何? 「お目出度い、奴め…」と、私・草加の爺を冷笑する、へそ曲がりな御仁は、だいぶ人生にくたびれ、疲れきった自虐的自己チュウの、重症患者に相違ありませんよ。なお、このカタカナ表記の「チュウ」は、中心主義者と同時に、中毒患者、それも重度の末期的症状のお人の意。冗談は、これくらいにして―。 物理学の初歩的な知識ですが、物が動けば摩擦や、抵抗が必然的に生じる。動物の一種である人間も、動き回るわけですから、当然に抵抗や摩擦が発生する。それが私たちには心理上ではストレスと感じられ、肉体的には苦痛として受け止められる。ただそれだけのこと……、単なる物理現象であるものを、我々は 御大層にも 不幸だとか、惨めだとか、苦しいだとか「大仰に」受け止め、「自分勝手に」不幸せを「演出」して、止まない…。バカの骨頂、ではありませんか、実際の話がです、如何でしょう…?…!
2017年01月01日
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