全9件 (9件中 1-9件目)
1
山の邉(へ)の 御井を見がてり 神風(かむかぜ)の 伊勢少女(いせをとめ)ども 相見つるかも(― 山の辺の御井を見るついでに、神風の息吹ではないが、伊勢少女達の美しい姿を見たことである) うらさぶる 情(こころ)さまねし ひさかたの 天のしぐれの 流らふ見れば(― 荒涼とした淋しさを胸に感じてしまうよ、確固たる悠久の空から時雨が流れるように降り続く様を見ていると) 海(わた)の底 奥(おき)つ白浪 立田山 何時(いつ)か越えなむ 妹(いも)があたり見む(― 海の遥か遠く、奥底のような遠方に立つ白浪、その立ちではないが、立田山を一体何時になったら越えることが出来るのだろうか。一刻も早く愛する妻の住む家の辺りを見たいと思うのだがなあ) 秋さらば 今も見るごと 妻戀ひに 鹿(か)鳴かむ山そ 高野原の上(うへ)(― 季節が秋になるならば、今屏風絵で見るように、妻を恋うて鹿が悲しげに鳴くでありましょう。高い山の上の野原では。ですから、又、秋になったら再会致しましょう、今日の如く楽しく) 君が行き 日(け)長くなりぬ 山たづね 迎へか行かむ 待ちにか待たむ(― 私の愛する夫は旅に出てから大分日数が経過してしまっています。山までお迎えに出て行きましょうか、それともこのまま家でお待ち致しましょうかしら) かくばかり 戀ひつつあらずは 高山の 磐根(いはね)し枕(ま)きて 死なましものを(― こんなにも恋い慕っていないで、高い山の岩を枕にして、いっそ死んでしまいたかったわ、こんなにも苦しい思いに耐えるくらいならば) ありつつも 君をば待たむ 打ち靡く わが黒髪に 霜の置くまで(― このままで最愛の夫を戸外で待っていましょう。私の黒髪に真っ白く霜が降りるまでに…。現実にはそうはならないだろうが、私の気持ちの中では、長い年月が経過して、私は皺くちゃの老婆になり、あんなに魅力的だった黒髪も白い霜の状態に変化した如くに感じられることでしょう) 秋の田の 穂の上(へ)に霧(き)らふ 朝霞 何處邉(いづへ)の方(かた)に わが戀ひ止まむ(― 秋の田の稲の穂の上に立ち込めている霧が、時とともにやがては何処へともなく姿を消すが、私のこんなにも恋い焦がれている切ない恋情は、一体、何時になった、何処へ消えてしまうと言うのだろうか、永遠に消えることはないだろうに) 居明(ゐあ)かして 君をば待たむ ぬばたまの わが黒髪に 霜はふれども(― 一晩中、こうして戸外で夫を待っていよう、夫が愛してくれている私の自慢の漆黒の黒髪は、霜で真っ白に変わって行くけれども…) 君が行き 日(け)長くなりぬ 山たづの 迎へか往かむ 待ちには待たず(― 愛する夫の旅行は余りにも長くなってしまいましたよ。枝や葉が相対しているニワトコ・造木(みやつこぎ)ではないけれども、二人で並んで居ないと物足りませんので、途中まででもお迎えに出かけましょうかしら。こうしてじっと待っていることなど、私には我慢が出来ませんのです) 妹が家も 継ぎて見ましを 大和なる 大島の嶺(ね)に 家もあらましを(― 愛しいあなたの家をいつでも見ることが出来たらなあ。大和の大島の峰に家があったならなあ) 秋山の 樹(こ)の下隠(かく)り 逝(ゆ)く水の われこそ益(ま)さめ 御思(みおもひ)よりは(― 秋の山の、木の下を隠れて流れて行く水の水量が増すように、あなた様が私を御思い下さるよりは、私の方こそ一層思いを寄せておりますでしょうよ、きっとね) 玉くしげ 覆(おほ)ふを安み 開けて行かば 君が名はあれど わが名し 惜しも(― 櫛を入れる美しい箱の蓋を開けるのは容易ですが、その蓋を開けるではありませんが、貴方がお泊りになって、夜が明けてからお帰りになられるならば、あなた様の御名前はともかくも、評判に立つ筈の私の名前が惜しまれまする) 玉くしげ みむろの山の さなかづら さ寝(ね)ずはつひに ありかつましじ(― 神を祀ってある美しい三輪山、その山の五味・皮肉は甘く酸く、核の中は辛く苦く、全てに鹹味があるので言う のサナカズラではないが、あなたと共に寝なければ、結局、そのままで耐えていることは不可能でしょうよ) われはもや 安見兒得たり 皆人の 得難(えがて)にすとふ 安見兒得たり(― 私はあの有名な采女のヤスミコを落としたぞ、男達の誰もが手に入れるのは難しいと嘆いていた、あの美人のヤスミコと夫婦の契りを交わしたのだぞ、どんなものだ、へん!) み薦(こも)刈る 信濃(しなの)の眞弓 わが引かば 貴人(うまひと)さびて いなと言はむかも(― み薦を刈る、信濃の国で有名な弓を引く様に、あなたの心を私が引いたならば、あなたは柄にもなく貴人ぶって、嫌だというでしょうかね、どうですか…) み薦刈る 信濃の眞弓 引かずして 弦(を)はくる行事(わざ)を 知ると言はなくに(― 信濃の真弓を引いて見もしないで、弓弦のかけ方を知っている人はいないと言いますよ。女の心を本気でひいてみようともしないで、女を自分の意に従えさせる事の出来る人は居ないといいますよ、意気地なしの弱虫さん、どうする気なのですかね) 梓弓(あずさゆみ) 引かばまにまに 依らめども 後の心を 知りかてぬかも(― 古代には神降ろしに用いた神聖な梓弓を引くかのように、あなたが私の心をもしも強く惹いて誘うならば、あなたの意向のままに寄り添い、付き従いましょうが、その後のあなたの心変わりが今から心配でなりませんわ。さぞかし多くの女に言い寄って甘い言葉をかけているのでしょうからねえ) 梓弓 弦(つる)緒(を)取りはけ 引く人は 後の心を 知る人そ 引く(― 梓弓に弓弦を付けて引く人は、行く末まで自分の心が変わらないと分かっている人こそ引くものですよ) 東人(あづまど)の 荷向(にさき)の筐(はこ)の 荷の緒(を)にも 妹は心に乗りにけるかも(― 東国人の貢物を入れた箱の荷物の緒のように、恋人である妹はしっかりと私の心に乗っているのだなあ、嬉しい限りである)
2022年01月29日
コメント(0)
葦邊(あしべ)行く 鴨の羽がひに 霜降りて 寒き夕べは 大和し思ほゆ(― 葦の生えている辺りを行く鴨の翼に霜が降って寒い夕には、暖かい我が家のある大和が思われてならないことだ) あられ打つ あられ松原 住吉(すみのゑ)の 弟日娘(おとひをとめ)と 見れど飽かぬかも(― 名所となっている霰が降る、疎らな松原は、あの有名な遊行婦女の弟日娘と一所にいれば、いくら見ても見飽きることがないなあ) 大伴の高師(たかし)の濱の 松が根を 枕(まくら)き寝(ぬ)れど 家し偲(しの)はゆ(― 行幸のお伴をして、大伴の高師の浜の、松の根を枕にして旅寝しているのだが、やはり我が家が慕わしいことだ) 旅にして 物戀(ものこほ)しきに 鶴(たづ)が聲(ね)も 聞こえざりせば 戀ひて死なまし(― 旅先にいて、普段なら寂しさを誘う鶴の声でさえ、聞こえてこなかったとしたら、淋しくて耐えられずに、恋い死にしてしまうところであろうに…) 大伴(おほとも)の 御津(みつ)の濱にある 忘れ貝(がひ) 家にある妹を 忘れて思へや(ー 大伴の御津の浜にある、この忘れ貝、その忘れではないが、愛する妻を家に置いて旅に出ている私が、一瞬たりとも忘れることが無いと、強く強く感じさせることだよ) 草枕 旅行く君と 知らませば 岸の埴生(はにふ)に にほはさましを(ー あの時のあなた様が旅のお方だと、もしもあの時に知っておりましたならば、崖の黄色い粘土の埴生で記念に着衣をお染致したものを…) 大和には 鳴きてか 來らむ 呼子鳥(よぶこどり) 象(きさ)の中山 呼びそ越ゆなる(ー 丁度、今頃には大和の地に鳴いて行っているであろうか。呼子鳥があたかも人を呼ぶような鳴き方で、吉野にある宮滝近くの象の中山を、鳴きながら都の方へ越えて行くのが聞こえるよ) 大和戀ひ 眠(い)の寝らえぬに 情(こころ)なく この渚崎廻(すさきみ)に 鶴(たづ)鳴くべしや(― 私が旅先に居て、大和が恋しくて眠られずにいる時に、人の気持ちも知らないで、この洲の先の湾曲した所で、鶴が鳴くなどということがあってよいものだろうか。一層、やまとが恋しくなって、耐え難くなるではないか…) 玉藻刈る 沖へは漕がじ 敷栲(しきたへ)の 枕邉(まくらへ)の人 忘れかねつも(― 玉藻を刈るあの沖の方へは漕いで行くまい、枕辺の辺り、直ぐ身近に近侍してくれている女の人が忘れられないので) 吾妹子(わぎもこ)を 早見(はやみ)濱風 大和なる 吾(わ)をまつ椿 吹かざるなゆめ(― 我が愛する妻に早く会いたいと思う、その気持ちのように速く吹く浜風よ。必ず、大和の私の家の松や椿を吹き渡り、私を待っている美しい椿のような妻に吹き渡って、私の切ない恋心を伝えてくれよ、忘れるでないぞ) み吉野の 山の嵐の寒けくに はたや今夜(こよひ)も わが獨(ひと)り寝む(― み吉野の山を吹く嵐がこんなにも寒い夜なのに、ひょっとして私は妻には会えずに、一人で寝ることになるのであろうか、淋しさの極みであるよ) 宇治間(うぢま)山 朝風寒し 旅にして 衣貸すべき 妹(いも)もあらなくに(― 飛鳥から上市方面に越える宇治間山の朝風が寒い。旅に出ているので、私に衣を貸してくれる筈の妻も身近には居ないと言うのに) ますらをの 鞆(とも)の音すなり もののふの 大臣(おおまえつきみ)楯(たて)立つらしも(― 勇士が弓を射て、鞆(とも、革で縫い括ったもの。左の臂に巻きつけて、弦の当たるのを防ぐ)に弦の当たる音が聞こえてくる。将軍が楯を立てて訓練をしているらしい) わご大君 物な思(おも)ほし 皇神(すめかみ)のつぎて賜へる われ無けなくに(― わが大君よ、心配なさいますな。皇祖神が大君に副えて生命を賜った私が、此処に居りますのですから) 飛鳥(とぶとり)の 明日香(あすか)の里を置きて去(い)なば 君があたりは 見えずかもあらむ(― 小鳥達が群がり集う生命感あふれる地、明日香の里を離れて、北の方にある奈良の都にと去っていくが、行ってしまったならば、君の住む懐かしい場所はすっかり見えなくなってしまうであろうなあ、寂しい限りであるよ) 天皇(おほきみ)の 御命(みこと)かしこみ 柔(にき)びにし 家をおき 隠國(こもりく)の 泊瀬(はつせ)の川に 舟浮(う)けて わが行く河の 道行き暮らし あをによし 奈良の京(みやこ)の佐保川に い行き至りて わが宿(ね)たる 衣の上ゆ 朝月夜(あさつくよ) さやかに見れば 栲(たえ)の穂に 夜の霜降り 磐(いは)床(とこ)と 川の水凝(こ)り 寒き夜を いこうふことなく 通ひつつ 作れる家に 千代までに 來ませ大君 われも通はむ(― 大君の御言葉を謹んで承り、寛いで過ごしていた家を後にして、泊瀬川に舟を浮かべ、川の多くの曲がり角毎に、幾度も顧みしいしい日の暮れまで道を行き、奈良の都の佐保川に行き着いて、寝ている衣の上に、朝の月の光がさやかに射していると思って、眺めると、真っ白に夜の霜が降り、がっしりと川の水が氷っている。その様な寒い夜でも休むこともなく、いつも通って作った御殿に、何時までもおいで下さいよ、大君様。私もまた、通いましょう) あをによし 寧樂(なら)の家には 萬代(よろづよ)に われも通はむ 忘ると思ふな(― 奈良の家には万代まで、私も通うつもりでおります。忘れるなどとは思わないで下さいな)
2022年01月27日
コメント(0)
やすみしし わご大王(おおきみ) 高照らす 日の皇子 荒栲(あらたへ)の 藤原がうへに (を)す國を 見(め)し給はむと 都宮(みあらか)は 高知らさむと 神(かむ)ながら 思ほすなべに 天地(あめつち)も 寄りてあれこそ 石走(いはばし)る 淡海(あふみ)の國の 衣手(ころもで)の 田上山(たなかみやま)の 眞木さく 檜(ひ)の嬬手(つまで)を もののふの 八十氏河(やそうぢがは)に 玉藻なす 浮かべ流せれ 其(そ)を取ると さわく御民(みたみ)も 家忘れ 身もたな知らず 鴨(かも)じもの 水に浮きゐて わが作る 日の御門(みかど)に 知らぬ國 寄(よ)し巨勢道(こせぢ)より わが國は 常世(とこよ)にならむ 圖(ふみ)負へる 神(あや)しき龜も 新代(あらたよ)と 泉(いづみ)の河に 持ち越せる 眞木(まき)の嬬手(つまで)を 百足(ももた)らず 筏(いかだ)に作り 泝(のぼ)すらむ 勤(いそ)はく見れば 神(かむ)ながらならし(― わが大君、日の御子が、藤原の地で国を御治めになろうと、御殿を高く営まれようと、神にましますままにお思いになられるにつれて、天地も相寄ってお仕えしているので、近江の田上山の檜の木の角材を宇治川に流して居るから、それを取ろうと入り乱れて働いている御民も、家をも己が身をもまったく忘れて鴨のように水に浮いていて、自分たちの作る宮殿に、未だ従わない国を帰服させ、その巨勢道から、我が国が永遠不変の国になるという不思議な図を負った亀も、新時代だと言うので出て来る泉川に持って来た眞木の角材を、筏に作って川を遡らせているのであろう。その働きを見ると、実に大君は神そのままでいらせられるようだ) 采女(うねめ)の袖 吹きかへす 明日香(あすか)風 都を遠み いたづらに吹く(― いつもは、国々の小領以上の者の姉妹や子女で姿形が端正な者から選ばれて宮廷で奉仕する采女の、華やかな袖を吹き返していた明日香の風も、都遷りにより都が遠くなり、寂れてしまったので、今は何の甲斐もなく吹いていることだ) やすみしし わご大王(おおきみ) 高照らす 日の皇子 新栲(あらたへ)の 藤井が原に 大御門(おほみかど)始め給ひて 埴安(はにやす)の 堤(つつみ)の上に あり立たし 見(め)し給へば 大和の 青香久山(あおかぐやま)は 日の経(たて)の 大御門に 春山と 繁(しみ)さび立てり 畝傍(うねび)の この瑞山(みづやま)は 日の緯(よこ)の 大御門に 瑞山と 山さびいます 耳成(みみなし)の 青菅山(あおすがやま)は 背面(そとも)の 大御門に 宜(よろ)しなべ 神さび立てり 名くはし 吉野の山は 影面(かげとも)の 大御門ゆ 雲井にそ 遠くありける 高知るや 天(あめ)の御蔭(みかげ) 天(あめ)知るや 日の御蔭の 水こそば 常(とこしへ)にあらめ 御井(みゐ)の清水(ましみづ)(― わが大君が、藤井が原に初めて皇居をお造りになり、直ぐ傍の埴安の池の堤の上に、何時も立ってご覧になると、青々とした香具山は東の御門の方に春の山として、繁って立っている。畝傍の生き生きとした山は、西の御門の方に瑞山として実に山らしく立派に立っている。耳成の青菅山は北の御門に、いかにも好い姿で神々しく立っている。名の麗しい吉野山は、南の御門から遥か彼方、空遠くにある。この麗しい山々に囲まれた御殿の水こそは、絶えないで永久に湧いて欲しい。御井の清水よ) 藤原の 大宮仕へ 生(あ)れつぐや 處女(おとめ)がともは 羨(とも)しろきかも(― 藤原の宮に奉仕するために生まれて来る少女達は、羨ましいなあ) 巨勢山(こせやま)の つらつら椿 つらつらに 見つつ思(しの)はな 巨勢の春野を(― 巨勢山の多くの椿よ、今は秋の景色として見ているが、春の満開の椿として賞美したいものだ) あさもよし 紀人(きひと)羨(とも)しも 亦打山(まつちやま) 行き来(く)と見らむ 紀人羨しも(― 紀伊の人は羨ましいなあ、亦打山を行き帰りに見るという紀伊の国の人は羨ましいな) 河のへの つらつら椿 つらつらに 見れども飽(あ)かず 巨勢の春野は(― 河のほとりに数多く並んで咲いている椿を、よくよく見るけれども、決して飽きない。この巨勢の春の野の景色は) 引馬野(ひくまの)に にほふ榛原(はりはら) 入り亂り 衣(ころも)にほはせ 旅のしるしに(― 引馬野に色づいている榛の原に入って、榛を乱して、衣に美しい色を移しなさい、旅行の記念に) 何處(いづく)にか 船泊(ふなは)てすらむ 安禮(あれ)の崎 漕ぎ廻(た)み行きし 棚(たな)無し小舟(をぶね)(― 今頃は、何処に船泊しているであろうか、安礼の崎を漕ぎ廻っていったあの小さな棚・舷側の無い 小舟は) ながらふる 妻吹く風の 寒き夜に わが背の君は 獨(ひと)りか 寝(ぬ)らむ(― 夫の帰りを待って長い間空虚な日々を送っている、妻である私を吹くこの寒い夜風。夫も今頃一人で淋しくお休みであろうか) 暮(よひ)に逢ひて 朝(あした)面(おも)無み 隠(なばり)にか 日(け)長く妹(いも)が 廬(いほり)せりけむ(― 長い間お前が旅先で宿っていたのは、我々が夜に会って朝には恥ずかしさに顔も合わさずに隠れてしまう、その隠(なば)りではないが、名張(なばり)の地だったのか…) 大夫(ますらを)の 得物矢手挿(さつやたはさ)み 立ち向ひ 射る圓方(まとかた)は 見るに清潔(さや)けし(― 一人の立派な男子が手に狩用の矢を持って獲物に立ち向かう、その矢で射る的・まと ではないが、圓方の地は見れば清々しく心地よいことだよ) ありねよし 對馬(つしま)の渡り 海中(わたなか)に 幣(ぬさ)取り向けて 早(はや)帰り來ね(― 朝鮮との航海で目標となる、よく目に付く峯がある、對馬の渡りの海に幣を手向けて、航海の安全を祈願して、早く帰っておいでなさいよ) いざ子ども 早く大和へ 大伴の御津(みつ)の濱松 待ち戀ひぬらむ(― さあ、人々よ! 早く大和へ行こうではないか。きっと今頃は大伴領の御津の濱松が、我々を待ち焦がれていることだろう)
2022年01月24日
コメント(0)
白波(しらなみ)の 濱松が枝(え)の 手向草(たむけぐさ) 幾代(いくよ)までにか 年の經(へ)ぬらむ(― 白波の寄せる浜辺の松に掛けられた、行路の安全を道の神に祈願した布・糸・木綿(ゆう)・紙などを捧げた、手向草は、もはや幾年の年月を経過しているであろうか) これやこの 大和にしては わが戀ふる 紀路(きじ)にありとふ 名に負(お)ふ背(せ)の山(ー これがまあ、大和にいて私が恋い慕う背の君と同じ名前の、紀州街道にあって有名な、背の山なのですね。名前だけでも今の私には懐かしいお山でありますよ) やすみしし わご大君の 聞(きこ)し食(め)す 天(あめ)の下に 國はしも 多(さわ)にあれども 山川の 清き河内(かふち)と 御心(みこころ)を 吉野の國の 花散らふ秋津(あきづ)の野邉(のべ)に 宮柱(みやはしら) 太敷城(ふとしき)ませば 百磯城(ももしき)の 大宮人(おおみやひと)は 船並(な)めて 朝川渡り 舟競(ふねきほ)ひ 夕川渡る この川の 絶ゆることなく この山の いや高知らす 水激(たぎ)つ 瀧の都は 見れど飽(あ)かぬかも(ー 我らが大君がお治めになられる国は、天の下に多くあるが、その中でも、山川の清く美しい河内であると言うので、御心をお寄せになる吉野の国の、花がしきりに散る秋津の野辺に、宮柱をしっかりと建てて御殿を営まれると、大宮人達は舟を並べて、朝の川を渡り、舟の進みを競って夕方の川を渡っている。この川のように永久に絶えることなく、この山のようにいよいよ高く、立派にお治めになる吉野の滝の御殿は、いくら見ても見飽きないことであるよ) ――― 柿本人麻呂の歌 反 歌 見れど飽かぬ 吉野の河の 常滑(とこなめ)の 絶ゆることなく また還(かへ)り見む(― いくら見ても見飽きない吉野の河、その河の滑(なめ)らかで滑りやすい、河の岩にいつも着いている常滑のごとくに、絶えることなく、この吉野の都を繰り返し、又来ては眺めたいものだなあ) やすみしし わご大君 神(かむ)ながら 神さびせすと 吉野川 激(たぎ)つ河内(かふち)に 高殿を 高知りまして 登り立ち 國見をせせば 畳(たたな)づく 青垣山(あをかきやま) 山神(やまつみ)の 奉(まつ)る御調(みつき)と 春べは 花かざし持ち 秋立てば 黄葉(もみち)かざせり 逝(ゆ)き副(そ)ふ 川の神も 大御食(おおみけ)に 仕(つか)へ奉(まつ)ると 上(かみ)つ瀬(せ)に 鵜川(うかは)を立ち 下(しも)つ瀬に 小網(さで)さし渡す 山川も 依りて仕ふる 神の御代かも(― 我が大君が神でいらっしゃるままに、神として振舞われると言うので、吉野川の水のわき返る淵のあたりに、高殿を立派にお造りになって、登り立って国見をなさると、幾重にも重なる垣の様に青垣山が宮の周りを囲んでいる。その青垣山は、山の神の奉る貢物として、春の頃は花を頭に飾り、秋になれば黄葉(もみじ)をかざしている。その山に添って流れる川の、川の神も持統天皇の食物に差し上げると言って、上流の瀬では鵜川を催し、下流の瀬では小網を一面にさし渡している。山も川も相寄ってお仕え申し上げる、神の御代の盛んなことであるよ) 反 歌 山川も 依りて仕ふる 神ながら たぎつ河内(かふち)に 船出せすかも(― 山も川も相よってお仕えする神にまします大君は、水の激ち流れる吉野川の深い淵の流れに舟出遊ばすことであるよ) 嗚呼見(あみ)の浦に 船乗りすらむ オトメらが 珠裳(たまも)の裾(すそ)に 潮(しほ)満つらむか(― 今頃、あみの浦で舟乗りをして遊ぶ若い官女達の、美しい裳の裾に、満ちて来る海の潮が触れていることだろう) くしろ着く 手節(たふし)の崎に 今日もかも 大宮人の 玉藻刈るらむ(― 手節の崎では、今日も大宮人が美しい玉藻を刈っていることだろう) 潮騒(しほさゐ)に 伊良麌(いらご)の島邉(しまべ) 漕ぐ船に 妹(いも)乗るらむか 荒き島廻(しまみ)を(― 潮がざわざわと波立つ今頃、いらごの崎あたりを漕いでいる舟に、恋しい妹は乗っているだろうか、あの荒い島の廻りを) わが背子(せこ)は 何處(いづく)行くらむ 奥つもの 隠(なばり)の山を 今日か越ゆらむ(― 私の愛する夫は、今頃何処を旅しているだろうか。なばりの山を今日こえているだろうか) 吾妹子(わぎもこ)を いざ見(み)の山を高みかも 大和の見えぬ 國遠みかも(― 我妻を、さあ見ようと思う、そのいざみではないけれども、イザミ山が高いせいであろうか、国が遠いからでらろうか、大和の国が見えないことよ) やすみしし わご大王(おおきみ) 高照らす 日の皇子 神(かむ)ながら 神(かむ)さびせすと 太敷(ふとし)かす 京(みやこ)を置きて 隠口(こもりく)の 泊瀬(はつせ)の山は 眞木(まき)立つ荒山道を 石(いは)が根 禁樹(さへき)おしなべ 坂鳥の 朝越えまして 玉かぎる 夕さりくれば み雪降る 阿騎(あき)の大野に 旗薄(はたすすき) 小竹(しの)をおしなべ 草枕 旅宿(やど)りせす 古(いにしへ)思ひて(― わが皇子、後の文武天皇様、日の御子は神でいらっしゃるままに、神として行動なさるということで、立派な都をあとにして、泊瀬の山は眞木の立つ荒い山道だが、そこを岩や邪魔な樹を押し靡かせて朝に越えていらっしゃりり、夕方になると、雪の降る阿騎の広い野に、旗のように靡いている薄を押し伏せて、草を枕に旅やどりなさる。亡き父君の草壁皇太子のいらっしゃった昔を偲んで…) 阿騎の野に 宿(やど)る旅人 打ち靡き 眠(い)も寝(ね)らめやも 古(いにしへ)思ふに(― 阿騎の野に今こうして宿っている人々は、のびのびと身を横たえて眠っているであろうか、いや、眠れはしないのだ。草壁皇太子が御在世の昔の追憶が、次々と浮かんで来て) ま草刈る 荒野にはあれど 黄葉(もみちば)の 過ぎにし君が 形見(かたみ)とそ來(こ)し(― 草を刈る荒野ではあるけれども、亡くなられた草壁皇子の記念の地であると、やって来たのである) 東(ひむかし)の野に 炎(かぎろひ)の立つ見えて かへり見すれば 月傾(かたぶ)きぬ(― 東方の野には曙の光が差し染めるのが見えて、西を振り返ると月が傾いて、淡い光をたたえている) 日並皇子(ひなみしのみこ)の命(みこと)の 馬並めて 御狩(みかり)立たしし 時は來向(きむか)ふ(― 亡くなられた草壁皇太子が、馬を並べて、御狩にお出かけなされた、時刻が今迫って来る)
2022年01月20日
コメント(0)
味酒(うまさけ) 三輪(みわ)の山 あおによし 奈良の山 山の際(ま)に い隠るまで 道の隈(くま) い積るまでに つばらにも 見つつ行かむを しばしばも 見放(さ)けむ山を 情(こころ)なく 雲の隠さふべしや(― 神酒、味酒・うまさけ、そのミワではないが、三輪山よ。青丹・あおに の美しい、奈良の山の、山の間に隠れてしまうまで、よく、道の多くの曲がり角毎に、よくよく見て行こうと思う、しばしば眺めやろうと思う、その山を、無情にも雲が繰り返し繰り返し隠してよいものだろうか…) 反 歌 三輪山を しかも隠すか 雲だにも 情(こころ)あらなも 隠さふべしや(― 懐かしい三輪山をそのように隠すのか。せめて雲だけでも優しい情があって欲しい、なのに、その様に繰り返し隠すようなことがあってよいだろうか、ああ、悲しくて涙が止まらないことだ) へそがたの 林のさきの 狭野榛(さのはり)の 衣(きぬ)に着くなす 目につくわが背(―ヘソガタの林の取付きに立つ野榛(荒地に群生する雑木・雑草)の色が、鮮やかに衣に付着するように、私の目にきっきりと映る、私の夫よ、素敵ですわ) あかねさす 紫野行き 標野行き 野守(のもり)は見ずや 君が袖振る(― 朝日が昇る時に東の空が茜色に照り映える、その素敵な紫色ではないが、大切な染料の紫草を栽培している紫野や御領地をあちらへ行ったりこちらへ来たり…、まあ、野の見張りをしている野守は見ないでしょうか、あなたはそんなにも激しく袖を振って、私に求愛をお示しになられるのですから) 紫草(むらさき)の のほへる妹を 憎くあらば 人妻ゆゑに われ戀ひめよも(― むらさき草のように高貴で美しいあなたを憎いと思うのならば、なんで私は既に人の妻になっているあなたを改めて恋するでありましょうか。私の激しい恋情を受け入れてくださいませ) 河上(かはのへ)の ゆつ岩群(いはむら)に 草生(む)さず 常(つね)にもがもな 常處女(とこをとめ)にて(― 河のほとりにある、成長力の源泉である霊力に満ちた岩群には、雑草などが生えて荒れ果てたりはしない。そのように、貴女もいつも若々しい清新な生命力に満ち溢れた美しい少女であって欲しいものです。今の貴女は生まれ出たばかりの女神さまのようではありませんか!) 打ち麻(そ)を 麻續王(をみのおほきみ) 海人(あま)なれや 伊良麌(いらご)の島の 玉藻(たまも)刈りをす(― 麻(を)を打つ、そのヲではないけれども、ヲミノ王は果たして海人であろうか、いやいや、滅相もないこと、御名前にある通りに王の血統に繋がるとても高貴なおかたであられる、そのやんごとなき血筋の皇子様が、辺鄙な片田舎の島で、食用の藻を刈っていらっしゃる。何とお労しいことではないか、罪を犯して流罪に処せられたとは申せ…) み吉野の 耳我(みみが)の嶺(みね)に 時なくそ 雪は降りける 間(ま)なくそ 雨は零(ふ)りける その雪の 時なきが如 その雨の 間(ま)なきが如 隈(くま)もおちず 思ひつつぞ來(こ)し その山道を(― 吉野の耳我の嶺にはいつも雪や雨が降っていた。その雪や雨が絶えず降るように、止む時もなく物思いに耽りながら、自分はその山道をやって来た事だ。往時を振り返っている自分とは天と地ほどに境遇は変わっているが、あの辛酸を舐める苦しみは生涯忘れることはないであろうよ) ――― 天武天皇の御製歌 よき人の よしとよく見て よしと言いし 芳野よく見よ よき人よく見(― 昔のよき人がよい所だと、よく見て、よいと言った吉野を見なさい。よい人よ、よく見なさい) 春過ぎて 夏來たるらし 白栲(しろたへ)の 衣(ころも)乾(ほ)したり 天の香久山(― 春が過ぎて夏がやって来るらしい。青葉の中に、真っ白な衣が干してある、天の香具山には) ――― 十一代 持統天皇 の御製 玉襷(たすき) 畝傍の山の 橿原「かしはら)の 日知(ひじり)の御代(みよ)ゆ 生(あ」れましし 神のことごと 樛(つが)の木の いやつぎつぎに 天(あめ)の下 知らしめししを 天(そら)にみつ 大和を置きて あおによし 奈良山を越え いかさまに 思ほしめせか 天離(あまざか)る 夷(ひな)にはあれど 石走(いはばし)る 淡海(あふみ)の國の 樂浪(ささなみ)の 大津(おおつ)の宮に 天(あめ)の下 知らしめしけむ 天皇(すめろき)の 神の尊(みこと)の 大宮は 此處(ここ)と聞けども 大殿(おほとの)は 此處と言へども 春草の 繁(しげ)く生(お)ひたる 霞立ち 春日の霧(き)れる ももしきの 大宮處(おおみやどころ) 見れば 悲しも(― 神武天皇の御代以来、お生まれになられた天皇の全てが、次々に天下をお治めになられた大和の国を捨て、奈良山を越え、何とお思いになられたからか、辺鄙な片田舎である近江の国の、大津の宮で天下をお治めになられた言う天智天皇の皇居は、ここと聞くけれど、御殿はここだと言うけれど、今は春草が繁茂し伸び放題の有様。霞が立って春の日差しが鈍く霞んでいるよ。この昔の大殿の跡を見れば、心が悲しくなってどうにもならないのだ) ――― 柿本人麻呂の作歌 反 歌 ささなみの 滋賀の辛崎(からさき) 幸(さき)くあれど 大宮人の船 船待ちかねつ(― ささなみの志賀の辛崎は、昔と変わらずにあるが、都が荒れ果ててしまったので、昔ここで遊んでいた大宮人の舟をいくら待っても、再び見る事は出来ないのだ) ささなみの 志賀の大わだ 淀むとも 昔の人に またも遭はめやも(― 志賀の大わだは水が淀んで人を待っているが、澱んでいても、昔の人に再び会うことが出来ようか、出来はしない) 古(いにしへ)の 人にわれあれや ささなみの 故(ふる)き京(みやこ)を 見れば悲しき(― 近江の宮の栄えた昔の人ではないのに、荒れてしまったささなみの大津の京の跡を見れば悲しいことであるよ) ささなみの 國つ御神(みかみ)の 心(うら)さびて 荒れたる京(みやこ) 見れば悲しも(ー ささなみの国を守る神の心がすさんだ為に、すっかり荒れ果ててしまった京を見れば、うら悲しい気持になってしまう)
2022年01月17日
コメント(0)
籠(こ)もよ み籠持ち 掘串(ふくし)もよ み掘串持ち この岳(をか)に 菜(な)摘(つ)ます兒(こ) 家聞かな 告(の)らさね そらみつ 大和(やまと)の國は おしなべて われこそ居(を)れ しきなべて われこそ座(ま)せ われにこそは 告(の)らめ 家をも名をも (― 籠・かご は良い物を持ち、土を掘り起こす道具も同様で、この丘の上で食用の菜っ葉を摘んでいる美しい娘さんよ、あなたの家を聞きたい、私に教えてくださいな、大空からこの素晴らしい国を大昔に我々の祖先が見下ろしたという伝承のある大和は、私こそが一面に従えて治めているのだが、その私だからこそ、あなたは私の求愛の言葉を素直に受け入れて、教えてくれるでしょうね、家をも名前をも) ――― 雄略天皇の御製 雄略天皇は五世紀後半の英雄的な君主。この天皇の頃までに大和朝廷による統一国家が出来た。 舒明天皇が香久山(かぐやま)に登って国見(くにみ、国の形成を高い所から望み見ることで、もともとは農耕の適地を選ぶ為の行事)なさった時の、御製歌 大和には 群山(むらやま)あれど とりよろふ 天(あま)の香久山 登り立ち 國見をすれば 國原(くにはら)は 煙(けぶり)立ち立つ 海原(うみはら)は 鷗(かまめ)立ち立つ うまし國そ 蜻蛉(あきづ)島 大和の國は(― 大和の国には多くの山があるけれども、中でも都に寄り添っている天の香久山、その天から下ったという伝承がある香具山に登って、その上に立ち、我が国見をすると、大和平野からは民の家々から立ち昇る竈からの煙があちこちから上がっている。そして、遥かの海の上を海鳥が舞踊っているではないか。何と素晴らしい国柄であることか、蜻蛉(とんぼ)が群れ飛ぶ景観が見事なことから蜻蛉(あきづ)島とも呼称される我が大和の国は) やすみしし わご大君(おほきみ)の 朝(あした)には とり撫でたまい 夕(ゆうべに)は い倚(よ)り立たしし 御執(と)らしの 梓の弓の 金弭(かなはず)の 音すなり 朝獵(あさかり)に 今立たすらし 暮(ゆふ)獵に 今立たすらし 御執らしの 梓の弓の 金弭の 音すなり(― 八方を統べ治められる、我らが敬愛する大王様、その大君が朝には手にお取りなされて撫で、夕方には側に寄ってお立ちになられ、常々愛用なされていらっしゃる梓製の弓の、金属でできた弓末の音が聞こえる。どうやら、大君様は、これから朝の御猟に御出発なさるご様子である。今度は又、夕べの猟にお出かけなさる模様で、御愛用の梓弓の金弭の音が聞こえて来る) その反歌(はんか、長歌を収める意味、短歌) たまきはる 宇智(うち)の大野に 馬並(な)めて 朝踏ますらむ その草深野(ふかの) (― 感動する程に素晴らしい、宇智にある広い野原、その大平原に馬を並べて、朝の猟に出発なさる我らが大王様の凛々しいお姿よ。草が一面に繁茂している美しい狩場の平原よ!) 霞立つ 長き春日(はるひ)の 暮れにける わづきも知らず 村肝(むらきも)の 心を痛み 鵼子鳥(ぬえことり) うらなけ居(を)れば 玉襷(たまたすき) 懸けのよろしく 遠つ神 わご大君の 行幸(いでまし)の 山越す風の 獨(ひと)り居(を)る わが衣手(ころもで)に 朝夕(あさよひ)に 還(かへ)らひぬれば 大夫(ますらを)と 思へるわれも 草枕 旅にしあれば 思ひ遣(や)る たづきを知らに 網の浦の 海處女(あまおとめ)らが 焼く盬(しお)の 思ひそ焼くる わが下ごころ(― 霞がしきりに立っている長い春の日が漸く昏れようとしている、妻のことを思って胸が痛むので嘆いていると、いつも悲しげな声で啼く虎ツグミの鳴き声が聞こえて来る。私も心に泣けて仕方がないので、美しい襷を掛ける、その懸けるではないが言葉に出して言うのに最適な我らが大王様、遥かなる大昔から神々の血統を受け継いで居られる神そのものとも言える大君様が行幸なさる山を、吹き越えて来る冷たい風が、私の着衣の袖に朝に夕べに吹き帰って来る。その帰ると言う嬉しい言葉につられて、家に帰る事ばかりが思われて、立派な一人前の男子であると考えている私だが、長い長い旅の途中にいる故に、重い憂いを晴らす手段もなく、胸の中の火が盛んに燃え上がって、身が焼け焦げる程に燃え盛るので、辛く切ない限りである、ああ!) 反 歌 山越しの 風を時じみ 寝(ぬ)る夜おちず 家なる妹(いも)を 懸けて偲(しの)ひつ(― 山を越えて吹いてくる風が絶えないので、私の着衣の袖がいつも翻っている。それで家に帰ることばかり考えてしまう、夜寝ると時には必ず故郷の家で私を待っている妻を心に思い、切なく恋い慕っている。ああ、愛しい一目だけでもあいたいものだなあ) 秋の野の み草刈り葺き 宿れりし 宇治の京(みやこ)の 假廬(かりいほ)し 思ほゆ(― 秋の草を刈り取って屋根に葺き、仮住まいしたあの宇治の都の、急拵えの仮の宮殿が今になって懐かしく思い出される事だ) ――― 額田王(ぬかだのおおきみ)の歌 熟田津(にきたつ)に 船乗(ふなの)りせむと 月待てば 潮(しほ)もかなひぬ 今は漕ぎ出(い)でな(― 四国の熟田津の港から韓国西征の戦人を乗せて、出帆の潮時を計って月の出を待っていると、折りよくも潮の加減も最適になった。さあ、勇んで船を出そうよ) 夕月の 仰ぎて問ひし わが背子(せこ)が い立たせりけむ 嚴橿(いつかし)が本(― 夕月を仰ぎ見る如くに、私が心から敬愛していたあなた様、その大切なお方である御人がすっくと威容をお見せなされていらっしゃった思い出の場所には、あの堂々と立派な橿(かし)の大樹があの方の往時を偲ばせるかのように、今も聳え立っている) 君が代も わが代も知るや 磐代(いはしろ)の 岡の草根を いざ結びてな(― あなたの寿命も、私の寿命も知って支配している、磐代の岡の草よ、その昔に有馬皇子が松の根を結んだと伝え聞いているこの地の、草の根をさあ、二人の幸福を祈念してしっかりと結びましょうよ) わが背子(せこ)は 假廬(かりほ)作らす 草(かや)無くは 小松が下の草(かや)を 刈らさね(― 私の愛する夫は仮りの廬(いおり)を作っていらっしゃる。屋根を葺くカヤが足りなければあの小松の下のカヤをお刈りなさいな) わが欲りし 野島は見せつ 底深き 阿胡根(あごね)の浦の 珠(たま)そ拾(ひり)はね(― 私が望んでいた野島をあなたは私に見せてくださいました。でも、底が深いことで知られた阿胡根の浦の名産である、真珠貝の珠はとうとう拾わないでしまいました。それが残念と言えば残念ですわ) 香久山(かぐやま)は 畝傍(うねび)雄々(をを)しと 耳梨(みみなし)と 相(あひ)あらそひき 神代より 斯(か)くにあるらし 古昔(いにしへ)も 然(しか)にあれこそ うつせみも 嬬(つま)を あらそふらしき(― 香久山は、畝傍山を男らしく素敵だと感じて、耳梨山と恋の競争をしたと言う。神代の昔から恋情のあり方はこの様であったようだ。それで現世の現代でも一人の愛を得ようと二人が争うことがあるのであるようだ) ――― 天智天皇の歌 香久山と 耳梨山と あひし時 立ちて身に來(こ)し 印南國原(― 神代に、香久山と耳梨山とが喧嘩して争った時に、阿菩の大神がわざわざ立ち上がって、はるばる遠くから見物にやって来たと言う印南國原とは此処だったのだなあ) わたつみの 豐旗雲(とよはた)雲に 入日(いろひ)見し 今夜(こよひ)の月夜(つくよ) さやに照りこそ(― 大海原に大きく靡いていた雲に入日が赤々と照り映えているのを見た今夜は、月も皓々と明るく照って欲しいものだ) 冬ごもり 春さり來れば 鳴かざりし 鳥も來(き)鳴きぬ 咲かざりし 花も咲けれど 山を茂み 入りても取らず 草深み 取りても見ず 秋山の 木の葉を見ては 黄葉(もみじ)をば 取りてそしのふ 靑きをば 置きてそ歎く そこし恨めし 秋山われは(― 長い間の厳しい冬籠もりが終わって春になると、それまでは鳴かなかった鳥もやって来て囀り、咲かなかった花も咲くけれども、山には木の葉が繁茂しているので、中に分け入って手に取るわけにもいかず、草が密集しているので、手に取ることはできない。一方で、秋の山は、木の葉が紅葉して美しく色づくのを見ては、手に取って美しいと鑑賞するし、青いままの木の葉はそのまま置いて嘆息する。その点は恨めしいと感じるけれども、私は秋の方が優れていると思いまする) ――― 額田王の歌
2022年01月12日
コメント(0)
「一つ一つ調べて見出した結論。私の魂はなお尋ね求めて見出さなかった。千人に一人という男はいたが、千人に一人として、良い女は見出さなかった。ただし見よ、見出したことがある。神は人間を真直ぐに造られたが、人間は複雑な考え方をしたがる、という事。〝 人の知恵は顔に光を添え、固い顔も和らげる ”、賢者のように、この言葉の解釈が出来るのは誰か。それは私だだ、即ち、王の言葉を守れ、神に対する誓と同様に。 気短に王の前を立ち去ろうとするな。不快なことに固執するな。王は望むままに振舞うのだから。 王の言った言葉が支配する。誰も彼に指図する事は出来ない。命令に従っていれば、不快な目に遭うことはない。賢者は相応しい時という事を心得ている。 何事にも相応しい時があるものだ。人間には災難の降り掛かることが多いが、何事が起こるかを知ることはできない。どの様に起こるかも、誰が教えてくれようか。 人は霊を支配できない。霊を押しとどめる事はできない。死の日を支配することもできない。戦争を免れる者もない。悪は、悪を行う者を逃れさせない。 私はこのような事を見極め、太陽の下に起こることのすべてを熱心に考えた。今は、人間が人間を支配して、苦しみをもたらすような時だ。だから私は、悪人が葬儀をしてもらうのも、聖なる場所に出入りするのも、又、正しいことをした人が町で忘れ去られるのも見る。これまた、空しい。 悪事に対する条例が速やかに実施されないので、人は大胆に悪事を働く。罪を犯し、百度も悪事を働いている者が、なお長生きしている。にもかかわらず、私には分かっている。神を畏れる人は、畏れるからこそ幸福になり、悪人は神を畏れないから、長生きできず、影のようなもので、決して幸福にはなれない。この地上には空しいことが起こる。善人でありながら、悪人の業の報いを受ける者があり、悪人でありながら、善人の業の報いを受ける者がある。これまた空しいと私は言う。それゆえ私は快楽を称える。太陽の下、人間にとって飲み食いし、楽しむ以上の幸福はない。それは、太陽の下、神が彼に与える人生の日々の労苦に添えられたものなのだ。私は知恵を深めて、この地上に起こる事を見極めようと心を尽くし、昼も夜も眠らずに努め、神の全ての業を観察した。まことに太陽の下に起こるすべてのことを悟ることは、人間には出来ない。人間がどんなに労苦し追求しても、悟ることはできず、賢者がそれを知ったと言おうとも、彼も悟ってはいない。 私は心を尽くして次のようなことを明らかにした。即ち、善人、賢人、そして彼らの働きは神の手の中にある。愛も、憎しみも、人間は知らない。人間の前にあるすべてのことは、何事も同じで、同じひとつのことが善人にも悪人にも、良い人にも、清い人にも不浄な人にも、生贄を捧げる人にも捧げない人にも臨む。良い人に起こることが罪を犯す人にも起こり、誓を立てる人に起こることが、誓を恐れる人にも起こる。 太陽の下に起こるすべての中で、最も悪いのは、誰にでも同じひとつのことが臨むこと、その上、生きている間、人の心は悪に満ち、思いは狂っていて、その後は死ぬだけだということ。命あるもののうちに数えられてさえいれば、まだ安心だ。犬でも生きていれば、死んだ獅子よりましだ。生きているものは、少なくとも知っている、自分はやがて死ぬ、ということを。しかし、死者はもう何一つ知らない。彼らはもう報いを受けることもなく、彼らの名は忘れられる。その愛も憎しみも、情熱も、既に消え失せ、太陽の下に起こる事のどれひとつも、もう何のかかわりもない。 さあ、喜んであなたのパンを食べ、気持ちよくあなたの酒を飲むが良い。あなたの業を神は受け入れて下さる。 どのような時も純白の衣を着て、頭には香油を絶やすな。 太陽の下、与えられた空しい人生の日々、愛する妻と共に楽しく生きるが良い。それが太陽の下で労苦するあなたへの人生と労苦の報いなのだ。 何によらず手をつけたことは熱心にするが良い。いつかは行かなければならないあの陰府には、仕事も企ても、知恵も知識も、もうないのだ。 太陽の下、再び私は見た。足の速い者が競争に、強い者が戦いに必ず勝つとは言えない。知恵があるといってパンにありつくのでも、聡明だからといって富を得るのでも、知識があるといって好意をもたれるのでもない。時と機会は誰にでも臨むが、人間がその時を知らないだけだ。魚が運悪く網にかかったり、鳥が罠にかかったりするように、人間も突然不運に見舞われ、罠にかかる。 私はまた太陽の下に、知恵について次のような実例を見て、強い印象を受けた。 或る小さな町に僅かの住民がいた。そこへ強大な王が攻めて来て包囲し、大きな攻城堡塁を築いた。その町に一人の貧しい賢人がいて、知恵によって町を救った。しかし、貧しいこの人のことは、誰の口にも登らなかった。それで、私は言った。知恵は力にまさると言うが、この貧しい人の知恵は侮られ、その言葉は聞かれない。支配者が愚か者の中で叫ぶよりも、賢者の静かに説く言葉が聞かれるものだ。 知恵は武器にまさる。一度の過ちは多くの善をそこなう。死んだ蠅は香油作りの香油を腐らせ、臭くする。僅かな愚行は知恵や名誉より高くつく。賢者の心は右へ、愚者の心は左へ。愚者は道行く時すら愚かで、誰にでも自分は愚者だと言いふらす。主人の気持があなたに対して昂ぶっても、その場を離れるな。落ち着けば、大きな過ちも見逃してもらえる。 太陽の下に、災難なことがあるのを見た。君主の誤りで、愚者が甚だしく高められるかと思えば、金持が身を低くして座す。奴隷が馬に乗って行くかと思えば、君侯が奴隷のように徒歩で行く。落とし穴を掘る者は自らそこに落ち、石垣を破る者は蛇に噛まれる。石を切り出す者は石に傷つき、木を割る者は木の難に遭う。なまった斧を研いでおけば力が要らない。知恵を備えておけば利益がある。呪文も唱えぬ先に蛇が噛み付けば、呪術師には何の利益もない。賢者の口の言葉は恵み。愚者の唇は彼自身を呑み込む。愚者は戯言をもって口を開き、うわ言をもって口を閉ざす。愚者は口数が多い。未来のことは誰にも分からない。死後どうなるのか誰が教えてくれよう。愚者は苦労してみたところで疲れるだけだ。都に行く道さえ知らないのだから。如何に不幸な事か、王が召使のようで、役人らが朝から食い散らしている国よ。如何に幸いなことか、王が高貴な生まれで、役人らがしかるべき時に食事し、決して酔わず、力に満ちている国よ。両手が垂れていれば家は漏り、両腕が怠惰なら梁は落ちる。食事をするのは笑うため。酒は人生を楽しむ為。銀はすべてに答えてくれる。親友に向かってすら王を呪うな。寝室ですら金持を呪うな。空の鳥がその声を伝え、翼あるものがその言葉を告げる。 あなたのパンを水に浮かべるて流すがよい。月日が経ってから、それを見出すだろう。七人と、八人とすら、分かち合っておけ、国にどのような禍が起こるか、分かったものではない。天が雲に満ちれば、それは地に滴る。南風に倒されても北風に倒されても、木はその倒れた所に横たわる。風向きを気にすれば種は蒔けない。雲行きを気にすれば刈り入れは出来ない。妊婦の胎内で霊や骨組がどのようになるのかも分からないのに、すべてのことを成し遂げられる神の業が分かるわけがない。 朝、種を蒔け、夜にも手を休めるな。実を結ぶのはあれかこれか、それとも両方なのか、分からないのだから。光は快く、太陽を見るのは楽しい。長生きし、喜びに満ちている時にも、暗い日も多くあろうことを忘れないように。何が来ようと全て空しい。若者よ、お前の若さを喜ぶが良い。青年時代を楽しく過ごせ。心に叶う道を、目に映る所に従って行け。知っておくが良い、神はそれらすべてについて、お前を裁きの座に連れて行かれると。心から悩みを去り、肉体から苦しみを除け。若さも青春も空しい。青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。苦しみの日々が来ないうちに。「年を重ねることに喜びはない」と言う年齢にならないうちに。太陽が闇に変わらないうちに。月や星の光が失せないうちに。雨の後にまた雲が戻ってこないうちに。その日には、家を守る男も震え、力ある男も身を屈める。粉を挽く女の数は減って行き、失われ、窓から眺める女の目は霞む。通りでは門が閉ざされ、粉挽く音は止む。鳥の声に起き上がっても、歌の節は低くなる。人は高いところを恐れ、道には慄きがある。アーモンドの花は咲き、イナゴは重荷を負い、アビヨナは実をつける。人は永遠の家へ去り、泣き手は町を巡る。白銀の糸は断たれ、黄金の鉢は砕けて落ちる。塵は元の大地に帰り、霊は与え主である神に帰る。何と空しい事か、とコヘレトは言う。全て空しい、と」コへレトは知恵を深めるにつれて、より良く民を教え、知識を与えた。多くの格言を吟味し、研究し、編集した。コヘレトは望ましい語句を探し求め、真理の言葉を忠実に記録しようとした。賢者の言葉は全て、突き棒や釘。ただひとりの牧者に由来し、収集家が編集した。それよりもなお、わが子よ、心せよ。書物はいくら記しても限がない。学びすぎれば体が疲れる。すべてに耳を傾けて得た結論。「神を畏れ、その戒めを守れ」、これこそ人間の全て。神は、善をも悪をも、一切の業を、隠れたこともすべて、裁きの座にひきだされるであろう。
2022年01月07日
コメント(0)
「流産した子は、空しく生まれ、闇の中に去り、その名は闇の中に隠される。太陽の光を見ることも知ることもない。しかし、その子の方が安らかだ。 たとえ千年の長寿を二度繰り返したとしても、幸福でなかったなら、なんになろう。全ての物は同じひとつの所に行くのだから」 この一節では 幸福 がキーワードである。幸福でなかったなら、生きていることにどの様な意味があろうか、意味はないのだ。当たり前と言えば、これ程当たり前なこともない。生き甲斐を感じる、生を謳歌しエンジョイする。その為の生命であり人生である。 「人の労苦は全て口の為だが、それでも食欲は満たされない」、「賢者は愚者に勝る益を得ようか。人生の歩き方を知っていることが、貧しい人に何か益となろうか。欲望が行き過ぎるよりも、目の前に見えているものが良い。これまた空しく、風を追うようなことだ」 ここもまた 幸福 が鍵である。神から受けている無限の幸福波動を感じなければ、人生には生き甲斐が無くなってしまう。知識ではなくて、体感できるリアルな「歩き方」こそが貧乏人にも金持にも等しく大切で、実のある事柄なのである。繰り返すが、人を集め、人に神の道を諭す者となってからは、常に羅針盤の針のように心の中で、神への方向を指し示して倦むことがないコヘレトである。 「これまでに存在したものはすべて、名前を与えられている。人間とは何ものなのかも知られている。自分より強いものを訴える事はできない」、「言葉が多ければ虚しさも増すものだ。人間にとって、それが何になろう。短く空しい人生の日々を、影のように過ごす人間にとって、幸福とは何かを誰が知ろう。人間、その一生の後はどうなるのかを教えてくれるものは、太陽の下にはいない」、「名声は香油にまさる。死ぬ日は生まれる日にまさる。弔いの家に行くのは酒宴の家に行くのにまさる。そこには人皆の終わりがある。命あるものよ、心せよ。悩みは笑いにまさる。顔が曇るにつれて心は安らぐ。賢者の心は弔いの家に、愚者の心は快楽の家に。賢者の叱責を聞くのは、愚者の賛美を聞くのにまさる。愚者の笑いは、鍋の下にはぜる柴の音。これまた空しい」ここまで来れば、読者もコヘレトと同感せずにはいられないでしょう、私、草加の爺もそうですからね。 「賢者さえも、虐げられれば狂い、賄賂をもらえば理性を失う。事の終は初めにまさる。気位が高いよりも気が長いのがよい。気短に怒るな。怒りは愚者の胸に宿るもの。昔のほうがよかったのはなぜだろうかと言うな、それは賢い問ではない。 知恵は遺産に劣らず良いもの。日の光を見る者の役に立つ。知恵の陰に宿れば、銀の陰に宿る、と言うが、知っておくとよい、知恵はその持ち主に命を与える、と。 神の御業を見よ。神が曲げたものを、誰が直しえようか」、「順境には楽しめ、逆境にはこう考えよ。人が未来について無知であるようにと、神はこの両者を併せ造られた、と」、「この空しい人生の日々に、私はすべてを見極めた。善人がその善故に滅びることもあり、悪人がその悪のゆえに長らえることもある」、「善人すぎるな、賢すぎるな、どうして滅びてよかろう。悪事をすごすな、愚かすぎるな、どうして時も来ないのに死んでよかろう」、「一つのことを掴むのはよいが、ほかのことからも手を放してはいけない。神を畏れ敬えば、どちらも成し遂げることができる」、「知恵は賢者を力づけて町にいる十人の権力者よりも強くする」、「善のみを行って罪を犯さないような人間は、この地上にはいない」、「人の言うことをいちいち気にするな。そうすれば、僕があなたを呪っても、聞き流していられる。あなた自身も何度となく他人を呪ったことを、あなたの心はよく知っているはずだ。私はこういうことをすべて知恵を尽くして試してみた。賢者でありたいと思ったが、それは私から遠いことであった。存在したことは、遥かに遠く、その深い深い所を誰が見いだせようか。私は熱心に知識を求め、知恵と結論を追求し、悪は愚行、愚行は狂気であることを悟ろうとした。私の見出した所では、死よりも、罠よりも、苦い女がある。その心は網、その手は枷。神に善人と認められた人は彼女を免れるが、一歩誤れば、その虜(とりこ)となる。見よ、これが私の見出したところ」 私は他人を呪った覚えがない。嫌いになったことは何度もある。ただ、それだけで、呪うほどに他人を憎んだことがない。憎む前にその人間との関係を絶てば良かったから。人を憎んでも、呪ってもその因縁や関係を綺麗さっぱりと清算出来ないとなれば、それはどんなにか辛いことであろうか、朧げながらも想像はつく。私は負の人間関係からは遠ざけられていた。その事に感謝すれば済むことだ。 女に関しても負、マイナスの関係をすべて免れていた。これも、私の手柄などではなく、神の、両親を始めとしたご先祖様たちに感謝、感謝の連続。様々な点で、私は中の上の部類には辛うじて入る果報者なのでありました。本当に心底から神に感謝申し上げたい。
2022年01月04日
コメント(0)
「人が百人の子を持ち、長寿を全うしたとする。しかし、長生きしながら、財産に満足もせず、死んで葬儀もしてもらえなかったなら、流産の子の方が幸運だと、私は言おう」 さらりと書かれているので、さらりと読んでしまいそうな箇所である。百人の子供を持つとは、その人とは何者であるか。何しろ遥かな昔にあった事である。多分、彼は強力な支配者であったろう。妻や妾や側室などを大勢侍らして、豪勢な生活を謳歌したに相違ない。長生きしたというのだから、仮に百歳の天寿を全うしたと考えよう。何てとんでもなく神に目をかけられ、庇護され、栄耀栄華を誇ったのである。しかし彼は自分に満足しなかった。それは彼が自分の一人間としては恵まれ過ぎた莫大な財産に満足できなかったことにある。コヘレトは事も無げに書いてのけている。 一体全体、そのような馬鹿な話があるのだろうか? あったのです、現に。子供から死後に葬式もしてもらえなかった。何て可愛そうで惨めな男なのだ! 神から最大限の祝福を受けていたかに見えながら、子供との関係において最悪だった。 だから、コヘレトはこれでは流産してこの世に生を受けないでしまった子供の方がましではないかと言う。彼は神の祝福などはひとかけらも享受できてはいなかった。動物的な本能、物欲を追求しつくして、物質的な、瞬間的な満足を、かりそめに身に体したにしか、実は過ぎなかった。一個の動物として「恵まれた」一生だったけれど、一人の人間としては不幸極まりない、惨めな男だった、コヘレトは断じて多くを語らない。 私、草加の爺は下手な解説をしよう為に、この拙劣な文章を物しているわけではない。コヘレトの立場は微妙にして、明白である。彼は自省して己を深く、深く見つめている。自分もまたこの世にも惨めな男と少しも変わらないではないか。いや、次の一点を除いては、である。 詰まりコヘレトは、神の存在を強く感じた。そして物欲の満足だけでは生きられない己の性(さが)を知った。知った途端に彼は変わったか? イエスでありノーでもある。物欲に溺れ、物欲の追求に血道を上げていた頃の彼には、神が必要ではなかった。 それ以来コヘレトは自分の一生を振り返り、自分の労苦は空しく、風を追うような行為に等しかったと、骨の髄まで思い知った。 何も変わらないけれども、天と地とがひっくり返ったような大転換が自分には確かに起こった。しかし、世の中の風景は何も変わらないし、自分の姿も、従って、自分と世界との関係も何一つとして今までと変わらずに推移する。このような摩訶不思議、驚天動地の大変動が現に起こったにも拘わらず。 彼は人の世の労苦が空しく、虚栄にしか過ぎない事を繰り返し説く、一介の伝道者に変身した。誰もが自分と同じ道を辿るべきだと信じて。 私は何度も言いますが、貧乏人の小倅に生まれ育ち、刻苦勉励して普通の庶民としての平均的な生活を獲得した。しかし、かのコヘレトより遥かに「幸運と幸福」に恵まれた人生を送れている。自らを称して幸福長者と呼ぶ所以であります。 私・草加の爺が感じている「正真正銘の神」は公明正大で人間に対してだけでなく、万物にたいして平等で無限の慈愛で、無条件に接してくださっている。私にだけ特別なのでは断じてないのであります。この紛れもない事実に着目するだけで良いのです。この世に生を受けて現に生きてある事が、貴方が「幸福長者たる資格の保持者である」何よりの証左なのです。 今日はお目出度い正月の元旦でありますから、コヘレトに習って「伝道者」になりきってみましょうか。私の推奨する神は何事も要求しません。感謝の気持すら。しかし、私などは一日に何度も感謝の気持ちが自然に萌しますので、何度でも感謝を心の中で唱えております。それだけです、必要なことと言えば。貴方も私も、誰もが幸福長者の予備軍に列せられている。様々な色眼鏡や余計な夾雑物を一気とはいかないまでも、少しずつでも払い捨ててしまいさえすれば、それで万事は目出度しなのでありますから、余計な心配は断じて無用なのです。 蛇足めいて付け加えますが、苦労や悩みは生きる事に必然的に伴いますから、生きてこの世にある限りはなくなりません。幸福と悩み・苦労とは矛盾なく同時存在します。哲学的な表現を借りれば生と死が併存しているように。 生きるに必要な事柄は自ずからに与えられる。努力や勉強が不要だと言うのではなく、つまり余計な取越苦労は無用だと言うのです。私は、自分の経験を素直に述べているだけで、策を弄したり為にする技巧などは使っておりません。 出来るだけ、可能な限りは色眼鏡やその他の夾雑物を排するように心配りをする。心の中に素直に入ってくる物は、素直に受け入れよう。それが神との純粋な交流を保つ秘訣だと、自然に悟らされた。自然に呼吸する様に生きる。それが肝要で、大切なことはその場その場に応じて向こうから姿を現す。迷いの霧や煙が発生したならば、その場に静止して視界がよくなる時を辛抱強く待つに限る。悪足掻きや、自暴自棄は厳禁、待てば海路の日和があると知れ。これも神の愛に導かれて悟らされた生きる極意でありますよ。
2022年01月01日
コメント(0)
全9件 (9件中 1-9件目)
1