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登場人物のヒューゴは漫画チックな人物として紹介されていた。 ラリー・スレードは六十歳である。痩せこけて骨が見える、ざらざらした真っ直ぐな毛髪は擦り切れたようにぎざぎざしたカットである。やつれたアイルランドの顔に大きな鼻、突き出た頬骨、痩せ細った顎に無精ひげ、瞑想するかのような青い目にはきらきらする冷笑的なユーモアが溢れている。 ヒューゴがこざっぱりとしていたのに比して、彼はだらしのない格好であり、彼の衣服は汚れて四六時中着たままである。そのフランネルのシャツは首の所が開いていて、一度も洗濯した事がないような外観をしている。彼がその毛深い長い指で体を掻いているやり方は、不潔でそうするのに慣れてしまっているのだ。彼は部屋にいる者の中で唯一眠っていない。彼は前を凝視して、疲れた寛容さが彼の顔に憐れむべき疲れた僧侶の性質を付与している。中央のテーブルの四つ全部の椅子の前面は空いている。 ジョー・モットは黒人で、およそ五十歳くらい、褐色の肌をして、ずんぐりとした体格であり、明るい色のスーツを着ている。それは嘗ては光り輝くスポーティなそれだったのだが、今は着古してしまっている。彼の先のとがった黒い靴、色褪せたピンクのシャツ、明るいネクタイは同じく時代物である。依然として彼は小ざっぱりとした雰囲気を保ち続けているので、外見上は汚い感じは全くしない。彼の顔だけがタイプとして柔和な黒人なのだ。その鼻は薄く、唇は目立って厚くはない。髪はちじれて禿げかけている。ナイフの切り傷が左の頬骨から顎にかけて走っている。もしその善良な性格と怠惰なユーモアがなければ彼の顔は厳しく険しい感じを与えただろう。彼は眠っていて、その頭は左の腕で支えられている。 ピエット・ウエットジョウエンはボウア人で、五十代、禿げ頭と長いもじゃもじゃ髯の大男である。彼は継ぎだらけの汚れたスーツをだらしなく着て、あちこちに食べ物の汚れが目立つ。オランダの農夫で、その嘗て頑健だった筋肉質な体躯は脂肪太りに堕落してしまっている。しかし脂肪質の口と血走った青い目にも拘わらず、依然として威厳のようなものが感じられる。彼は前向きに弓なりになり、両肘をテーブルにつき、頭の両脇に両の手を載せている。 ジェームス・キャメロン(ジミー・トモロー)は年齢も体格もヒューゴーと同じ小男である。ヒューゴーと同様にくたびれた黒服を着て、彼のすべてが清潔である。しかし類似はそこまでで、ジミーは育ちのよい警察犬の顔をしており、口の両脇には脂肪の塊がぶら下がっている。大きな褐色の友好的な眼は警察犬よりも一層血走っている。灰色のちじれた頭髪、獣じみた鼻、ウサギの歯と口。彼の額は素晴らしく、両目は知的で、嘗ては機敏なひらめきが見られていた。彼の弁舌は教育を受けた者のそれで、スコットランド訛が潜んでいる。その態度は紳士的だ。彼の気質には成熟したビクトリア女中のそれがあり、同時に成長しきらない好感の持てる少年のきみがある。彼は寝ており、顎を胸につけて、膝に手を添えている。 セシル・ルイス(大尉)は明らかにヨークシャープッディングのようであり、同時に明瞭に引退した陸軍大尉然としている。六十歳間際で、その髭と頭髪は軍人のそれで白くなっている。目はきらきらと輝く青で、表情はトルコ人のそれである。その痩せた立ち姿は直立で肩は角ばっている。彼は今腰まで裸で、コート、シャツは丸められて枕代わりにテーブル上に置かれいる。その両腕はぶらりと床の方に垂れている。下になっている左の肩には古傷のでこぼこした傷がある。 右のテーブルには経営者のハリー・ホープが中央部に正面を向いて坐っている。パット・マクグロインが左側に、エド・モッシャーが右側におり、他の二脚の椅子には誰も腰かけていない。 マクグロインもモッシャーも二人とも太鼓腹である。マクグロインは古くからの職業の警察官をしている。彼は年齢が五十代で、ごま塩頭、弾丸型の丸い頭、突き出した耳、小さくて丸い目で、その顔は嘗ては残忍で強欲な面相をしていたが、年月とウイスキーが善良な性格と太鼓持ち的な無性格に溶け込ませてしまっていた。彼は古い服をだらしなく着こなしている。椅子にどっかと腰を下ろし、頭を片方の肩に突き出している。 エド・モッシャーは六十歳に近い。丸いキュウピー顔、このキュウピーは常習的に飲んだくれている。彼は大きくなった村のデブ少年が成長した様な感じである。この悪賢い少年は生来怠惰な実用の冗談口をたたく生まれつきのペテン師である。しかし、彼のもっとも進取的な時でさえ面白くて本質的に無害であり、余りにも怠惰過ぎてちょっとした詐欺的行為を働こうにも出来なかったのだ。そのサーカスでの影響はその身なりに表れている。着古した着衣はけばけばしい。身に着けている指輪はまがい物だし、重い金属製の時計鎖、これには時計は附いていない、マクグロインと同様にだらしない。頭はすっかり禿げあがり、口は開いたままだ。 ハリー・ホープは六十歳、白髪、痩せているので骨革筋衛門とは彼の為に作られた言葉。その顔は年老いた家庭用の馬であり、むかっ腹をたてやすく、その白目勝ちの目を剥く機会をうかがっているようだ。彼は誰もが一目見ると好きになる心優しい間抜けで悪意なく、誰に対しても優越意識を持たず、生まれながらの好人物である。短気で野蛮な態度の後ろで自己の無防御な状態を隠そうとしている。彼はすこし耳は遠く、しかし自分が装っている程には耳が遠いわけではなかった。彼は安物の眼鏡を掛けているが、その安物は真っ直ぐではなくて、片方は上から覗き、もう片方は下から見上げる有様なのだ。又、かみ合わせが悪い入れ歯は彼がぷりぷりといきり立った際にカスタネットの様に音を立てるのだ。彼の上着とズボンは別々のスーツからなっている。二列目のテーブルの右を向いている椅子に、二つのテーブルの間の前面にはウイリー・オーバンがテーブルの端を掴んでいる左の腕に頭を載せている。オーバンは三十代後半であり、平均的は身長であり、痩せている。彼の痩せこけて放蕩の末の様な顔には小さな鼻、とがった顎、青い目には色のないまつ毛と額。ブロンドの髪は頭蓋の軟らかい部分にへばりついてカットするのには不都合である。彼の瞼が連続的にしばたいてまるで光線が彼の目にまぶしすぎる様な感じである。彼の着ている服はさながら案山子のそれである。それは穴だらけの汚い紙で出来ているかのよう。その靴はもっと不名誉な代物で、模造の皮の寄せ集めで、片方は撚った糸で、もう一方は針金の寄せ集めなのだ。彼はソックスは履いていず、その裸足の様が靴底から覗いて見えている。その大きなつま先が丸見えである。彼は眠りながらぶつくさと呟いたり、体をひくつかせたりし続けている。
2024年01月30日
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ここで一旦「万葉集」に親しむ を棚上げにして、米国のユージン・オニールの戯曲で以前は「氷人来たる」と言うタイトルで訳されていた『 The Iceman Cometh 』を、私、古屋克征流に翻訳してみようと考えました。宜しくお願い致します。 作者のユージン・オニールは1888年にニューヨーク州に生まれて、1953年にボストンで死んでいます。彼はプリンストンとハーバードで学び、1926年イェールから名誉賞を授与されています。また彼はピュウリッツァー賞のドラマ部門で1920、22、28、57年に受賞しており、1936年にはノーベル文学賞を受賞しています。 「氷屋がやって来た」はニューヨークの下町ウエストサイドの三流酒場兼木賃宿が舞台となる四幕物の舞台劇です。制作の時代は1929年頃と思われ、メインテーマはパイプ・ドリーム、つまりアヘン吸引者の見る絶望的で破滅的な夢になりますが、登場人物の大半がこの三流酒場兼木賃宿の住人であり、彼らの独白や会話によって彼らの過去と現在が浮き彫りになり、救いのない彼等には死だけが最後の救いである事が暗示されるのです。Icemanとは電気冷蔵庫のなかった時代に氷で冷やしていた冷蔵庫に入れる氷の塊を運んできた氷屋を意味しているのですが、これは同時に 死に神 を象徴的に表しているようです。 この舞台劇では所謂、劇的な出来事は一切出てこないのです。一種の心理劇と言えるのですが、この暗くて救いのないドラマは作者の卓越した描写力、表現力だけで名作、傑作と呼ぶにふさわしい内容を結実させているわけですが、私に翻訳で原作の迫真性を再現できるのかはなはだ心もとないのですが、渾身の力を振り絞って立ち向かう所存でおります。 場 面 第一幕 ―― ハリーホープが経営する宿の裏部屋とバーの一区画、1912年 第二幕 ―― 裏部屋、同じ日の真夜中 第三幕 ―― バーと裏部屋の一角、翌日の朝 第四幕 ―― 一幕目と同じ場所、裏部屋とバーの一区画、翌日の午前一時半頃 ハリー ホープのレイズロウ・ホテルはニュヨークの下町ウエストサイドにある安いウイスキーを飲ませる場末の憩い場所である。ホープ所有の建物は狭い五階建ての建造物で二階のワンフロア―がオウナーが占有している。上層階の貸し部屋ではレインロウ系列がホテルを経営し、閉 店後にバーの裏部屋でアルコールを提供している。日曜毎に酒と共に食事も出来、裏部屋は一種のホテルレストランとして経営されている。この食事の提供は一般的に各テーブルの中央に小道具用のサンドイッチ、古くて干からび塵が積もっているパンとチーズ、これ等はけばけばしいテーブルの飾りと飲んだくれ達から見做されていたのだが、を配して人の目を欺いているのだ。しかし、ハリーホープの所ではホープが慈善事業協会員で友人達もいるので、この模造食品等は不適当な物として改装騒動中には無視されていた。ホープの裏部屋でさえ区画されたものではなくて単純にバーとは区切られたバーの裏部屋として、部屋の中央で薄汚れた黒いカーテンで仕切られている。 第 一 幕 場面 ハリーホープ経営のバーとその裏部屋。1912年の夏の早朝。裏部屋の上手の壁は汚れて黒くなっているカーテンでバーとは仕切られている。正面奥はこのカーテンが引かれていバーテンダーが出入り出来るようになっている。裏部屋は丸テーブルと椅子が目一杯に詰め込まれているので、その間をすり抜けて通るのさえ難しくなっている。正面の壁の中央にはホールに抜ける入口のドアーがある。下手の角に作り付けの部屋のトイレに、”ここで用足す”と貼り札がされている。下手の壁の中央にはニッケル(五セント)用写真が置かれている。この壁の二つの窓は汚れたガラスで見えなくなっているが、中庭を見下ろす位置にある。昔は白かった天井も壁も、白かったの遠い昔であり、今は汚れがひどく、表面が剥げ、しみがつき、汚れて、その色はよく言っても汚いの一語に尽きた。床は、あちこちに痰壷が置かれており、おが屑で覆われている。照明はシングルブラケットが二つが下手に、二つが表面奥に置かれている。テーブルの列が舞台の全面から奥にかけて配置され、前面には三のテーブルが置かれている。下手前の一列には四つの椅子があり、中央の列には四つの椅子、上手前面には五つの椅子が配されている。一番奥と中央の列テーブル一つにつき五脚の椅子が置かれている。テーブルの三番目の列には、三脚から五脚の椅子が置かれている。それらは表面奥の壁際に入口の両脇になるように置かれている。 仕切りのカーテンの右にバールームの端が奥に見える。その左側にホールへのドアがある。 舞台の前面には四脚の椅子があるテーブルが置かれている。自然光が上手の通りに面した窓から来ている。早朝の灰色の弱い光が狭い路地から射しているのだった。 裏部屋では、ラリー・スレイドとヒューゴ・カルマーが前面左の列に座っている。ヒューゴが右を向いており、ラリーは後ろ側の椅子に前を向いている。二人の間には誰もいない椅子がある。四番目の椅子はテーブルの右側にあり、左向きになっている。ヒューゴは小柄な五十代後半の年齢。彼はその体格に比して余りに大きな頭であり、大きく禿げ上がっている。縮れて長い黒髪に灰色の筋が混じっている。四角い顔に獅子鼻にだらりと下がった髭、分厚い近眼のメガネ越しに黒い目が覗いている。短い手と足をしている。着古した黒服を着ており、白いシャツは襟や袖が擦り切れているが、全体としては潔癖と言うほどに清潔である。まっすぐに下がっているネクタイはきちんと結ばれている。彼には外国人のような雰囲気があり、外国の急進的な改革派、つまり紋切り型の虚無型の人物に酷似して、爆弾を手にしている、新聞の漫画などに表現されるタイプなのだ。彼は現在寝ている。椅子に屈まり、両手をテーブルの上で組み合わせ、頭をその上に載せている。
2024年01月25日
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わが隠せる 楫棹(かぢさを)無くて 渡守 舟貸さめやも 須臾(しまし)はあり待て(― あなたを帰すまいと私が隠した楫や棹がなくて、渡守が舟を貸すでしょうか。彦星よ、しばらくそのままでお待ちください) 天地(あめつち)の 初めの時ゆ 天の河 い向ひ居りて 一年(ひととせ)に 二度(ふたたびび)逢はぬ 妻戀(つまごひ)に もの思ふ人 天の河 安の河原の あり通(がよ)ふ 出出の渡(わたり)に そほ船の 艫(とも)にも舳(へ)にも 船艤(ふなよそ)ひ 眞楫(まかぢ)繁貫((しじぬ)き旗薄(はたすすき) 本葉(もとは)もそよに 秋風の 吹き來る夕(よひ)に 天の河 白波しのぎ 落ち激(たぎ)つ 早瀬渡りて 若草の 妻が手枕(ま)くと 大船(おほふね)の 思ひ憑(たの)みて 漕ぐぎ來(く)らむ その夫(つま)の子が あらたまの 年の緒長く 思ひ來(こ)し 戀を盡(つく)さむ 七月(ふみつき)の 七日の夕(よひ)は われも悲しも(― 天地の初めの時から天の河に向かっていて、一年にただ一度しか逢えない妻を恋して物思う彦星が、天の河の安の河原のいつも通う瀬々の渡で、そほ船・赤土で塗った舟 のトモにもヘサキにも船装いして櫓を備え、旗すすきの本葉をそよがせて秋風の吹いてくる七月七日の夜、天の河の白波を乗り越えて激流の逆巻く早瀬を渡り、妻の手を枕にしようと心に憑んで舟を漕いでくるという、その彦星が一年の長い間思いつめてきた恋の思いをすっかり晴らすであろう七月七日の夕は、自分まで深い感動を覚えることである) 高麗錦(こまにしき) 紐解き交(かは)し 天人(あめひと)の 妻問(つまど)ふ夕(よひ)ぞ われも偲(しの)はむ(― 朝鮮半島の北部の高句麗から輸入された高級品の錦の紐を互いに解きあって、天上の人が妻問いをする夜である。私もその喜びを遥かに思いやろう) 彦星(ひこほし)の 川瀬を渡る さ小舟(をぶね)の い行きて泊(は)てむ 川津(かはつ)し思ほゆ(― 彦星の川瀬を渡る小舟が、漕ぎ進んで舟泊てする川門が思われる) 天地と 別れし時ゆ ひさかたの 天(あま)つしるしと 定めてし 天(あま)の河原(かはら)に あらたまの 月を累(かさ)ねて 妹(いも)に逢ふ 時候(さもら)ふと 立ち待つに わが衣手(ころもで)に秋風の 吹き反(かへ)らへば 立ちて坐(ゐ)て たどきを知らに 村肝(むらきも)の 心いさよひ 解衣(とききぬ)の 思ひ亂れて 何時(いつ)しかと わが待つ今夜(こよひ) この川の 流れの長く ありこせぬかも(― 天と地と分かれた遠い昔から、天上の境界として、彦星と織女とが川の東西にいるように定めた、その天の河の河原で、月をかさね、妹に逢う時を伺うとて立って待っていると、わが袖に秋風がしきりと吹くので、立ったり座ったり物に手もつかずに、心も落着かずに思い乱れて、何時妹に逢えるかと私の待つ今夜は、この川の流れのように長くあって欲しいものである) 妹に逢ふ時 片待つと ひさかたの 天の河原に 月ぞ經にける(― 妹に逢う時をひたすら待つとて、天の河の河原で幾月も経たことである) さを鹿の 心相(あひ)思ふ 秋萩の 時雨(しぐれ)の降るに 散らくし惜しも(― 男鹿の思い合っている秋萩が、時雨のために散るのは惜しいことである) 夕されば 野邊の秋萩 末(うれ)若み 露にそ枯るる 秋待ちがてに(― 野辺の秋萩はまだ枝先が若くて、夕方になると露に当たって枯れてしまう。秋になるのを待ち受けることが出来なくて) 眞葛原 (まくずはら) なびく秋風 吹くごとに 阿太(あた)の大野の 萩の花散る(― くずの生えている原では草木を靡かせて吹く秋風で、阿太の広い野原の萩の花を散らせているよ) 雁がねの 來鳴(きな)かむ日まで 見つつあらむ 此の萩原に 雨な降りそね(― 雁が来て鳴く日まで見ていたいと思うこの萩原に、雨よ降らないでおくれ) 奥山に 住むとふ鹿の 初夜(よひ)さらず 妻問(つまど)ふ萩の 散らまく惜しも(― 奥山に住むと言う鹿が、宵ごとに妻問いに来る、秋萩の散るのが惜しい) 白露の 置かまく惜しみ 秋萩を 折りのみ折りて 置きや枯らさむ(― 白露の置くのを惜しんで秋萩を露で痛めまいと、手折るだけは手折って、そのままにして枯らしてしまうのであろうか) 秋田刈る 假廬(かりほ)の宿(やど)の にほふまで 咲ける秋萩 見れど飽かぬかも(― 秋の田を刈る仮小屋が美しく映えるほどに咲いている秋萩は、いくら見てもい見飽きない) わが衣(ころも) 摺(す)れるにはあらず 高松の 野邊行きしかば 萩の摺れるそ(― 私の衣はわざわざ摺り染めにしたのではありません。高松の野辺を歩いて行ったところ、萩が摺り染にしたのです) この夕(ゆふべ) 秋風吹きぬ 白露に あらそふ萩の 明日(あす)咲かむ見む(― この夕暮、秋風が吹いている。花を咲かせようと置く白露に抵抗している萩が、明日は咲くのを見よう) 秋風は 涼(すず)しくなりぬ 馬並(な)めて いざ野に行かな 萩の花見に(― 秋風は涼しくなりました。さあ、馬を並べて、野辺に行きましょう、萩の花を見に) 朝顔は 朝露負(お)ひて 咲くといへど 夕影(ゆふかげ)にこそ 咲きまさりけれ(― 朝顔は朝露を受けて咲くと言うけれど、夕方の光の中でこそ、いよいよ盛んに咲いているのだなあ。その様に私はあなたをお待ちして、咲き勝っておりますのですよ)
2024年01月17日
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ひさかたの 天(あま)の河津(かはつ)に 舟浮けて 君待つ夜らは 明けずもあらぬか(― 天の河の舟着場に舟を浮かべて、わが君をお待ちする夜は明けずにいないものだろうか。明けずにあって欲しい) 天の河 足濡れ渡り 君が手も いまだ枕(ま)かねば 夜の更(ふ)けぬらく(― 天の河を足を濡らして渡り、あなたの手もまだ枕にしないうちに夜が更けてしまったことよ) 渡守(わたりもり) 船渡せをと 呼ぶ聲の 至らねばかも 楫の音(と)のせぬ(― 渡守よ、船を渡せよと呼ぶ声が届かないからか、櫓の音もしないことよ) ま日(け)長く 川に向き立ち ありし袖 今夜(こよひ)纏(ま)かむと 思はくがよさ(― 長い間、川に向き合って立っていた妹の袖を今宵こそ枕にするのだと思うと、何と快いことよ) 天の河 渡瀬(わたりぜ)ごとに 思ひつつ 來(こ)しもしるし 逢へらく思へば(― 天の河の渡り瀬ごとに思い慕いながらやって来た甲斐が立派にあった。こうして逢った事を思えば) 人さへや 見繼がずあらむ 彦星(ひこほし)の 妻(つま)よぶ舟の 近づき行(ゆ)くを(― 織女だけでなく我々下界の人間までも見守らずにはいられようか。彦星が妻を呼ぶ舟が近づいて行くのを) 天の河 瀬を早みかも ぬばたまの 夜は明けにつつ 逢はぬ彦星(― 天の河の瀬の流れが速いからか、たやすく行けないためか、夜が明けてしまったのに、まだ織女と会っていない彦星よ) 玉葛(たまかづら) 絶えぬものから さ寝(ぬ)らくは 年の渡(わたり)に ただ一夜(ひとよ)のみ(― 二人の間は絶えないものの、共に寝るのは一年にただ一夜だけである) 戀ふる日は 日(け)長きものを 今夜(こよひ)だに 乏(ともし)むべしや 逢ふべきものを(― 恋い慕って来た日々は長かったのに、せめて今夜だけでも物足りなく思わせるべきでしょうか。ゆっくり逢うべきですのに) ここで七夕伝説について少し触れておきたいと思います。七夕伝説の起こりは中国ですが、中国の織女(しょくじょ)牽牛(けんぎゅう)の伝説と、裁縫の上達を願う乞巧奠(きこうでん)とが混ざり合って伝えられたものと言われる。織女と牽牛の伝説とは、二人は夫婦なのですが仕事をせずに遊んでばかりいたので、一年に一度の再会以外は仕事仕事の毎日を強制されると言う儒教的色彩の色濃いお話。昔の農民が「仕事、仕事」の毎日を憐れむために作ったのが七夕伝説の最初ではないかと言われている。乞巧奠とは、陰暦七月七日の行事。女子が手芸や裁縫などの上達を願ったもの。もとは中国の行事で、日本でも奈良時代に宮中の行事の節会(せちえ)として取り入れられ在来の棚機女(たなばたつめ)の伝説や祓えの行事と結びつき、民間にも普及して現在の七夕行事となった。棚機女の伝説とは、神を迎えて祀るために、七月六日の夕方から七日にかけて水辺の機屋(はたや)に籠る乙女(巫女)です。棚機女の元を訪れた神が、七日の朝にお帰りになる際に、人々が水辺で身を浄めると、一緒に災難を持ち帰ってくれるということです。 織女(たなばた)の 今夜(こよひ)逢ひなば 常のごと 明日(あす)を隔てて 年は長けむ(― 織女が今夜、彦星に会ったならば明日を境にしていつものように、一年間また会えなくて長い時を過ごすことになるであろう) 天の河 棚橋わたせ 織女(たなばた)の い渡らさむに 棚橋わたせ(― 天の河に棚橋・棚のように架けた橋 を渡せ、織女が渡られるであろうから、棚橋を渡せ) 天の河 川門(かはと)八十(やそ)あり 何處(いづく)にか 君がみ船を わが待ち居(を)らむ(― 天の河には河の渡り瀬が多くある。何処でわが君のお船をお待ちしていようかしら) 秋風の 吹きにし日より 天の河 瀬(せ)で出(い)で立(た)ちて 待つと告(つ)げこそ(― 秋風が吹き始めた日から、天の河の瀬に出て、立って、彦星をお待ちしていると告げてください) 天の河 去年(こぞ)の渡瀬(わたりせ) 荒れにけり 君が來まさむ 道の知らなくに(― 天の河の去年の渡り瀬が荒れて絶えてしまった。わが君が今年おいでになる道が分からないことよ) 天の河 せ瀬(せ)に白波 高けども ただ渡り來(き)ぬ 待たば苦しみ(― 天の川の瀬々に白波は高いけれども、まっすぐに渡って来た。波の静まるのを待っていると苦しいから) 彦星(ひこほし)の 妻呼ぶ舟の 引綱(ひきつな)の 絶えむと君を わが思はなくに(― 彦星が妻を呼ぶ舟の引き綱が切れないように、二人の仲は絶える事はあるまいと思いますのに) 渡守(わたりもり) 舟出(ふなで)し出でむ 今夜(こよひ)のみ 相見て後は 這はじものかも(― 渡守よ、さあ舟出をしよう。今夜だけ会って、今後決して会わないつもりというのではないのだから)
2024年01月09日
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天の河 川音(かはと)淸(さや)けし 彦星の 秋漕ぐ船の 波のさわきか(― 天の河の水音がはっきりと聞こえる。彦星が秋に漕ぐ舟の波のざわめきであろうか) 天の河 川門(かはと)に立ちて わが戀ひし 君來(き)ますなり 紐解き待つたむ(― 天の河の渡場に立つと私がお慕いしていた君がおいでになる櫓の音が聞こえる。紐を解いてお待ちましょう) 天の河 川門に居(を)りて 年月を 戀ひ來(こ)し君に 今夜(こよひ)逢ふかも(― 天の河の渡り場に座って一年もの月日を恋い慕ってきた我が君に今夜お会いすることよ) 明日よりは わが玉床(たまとこ)を うち拂ひ 君とはい寝(ね)ず 獨りかも寝む(― 明日からは私の玉床を払って、あなたとは寝ずに、ただ独り寝ることであろうか) 天(あま)の原 行きてを射(い)むと 白眞弓(しらまゆみ) ひきて隠せる 月人壮士(― 大空に出かけて行って弓を射ようと、白木の弓を、弦を張って隠して持っている月人男)*牽牛と織女を月が嫉妬したと見る説もある。 このゆふべ 降り來る雨は 彦星の 早(はや)漕ぐ船の 櫂(かい)の散沫(ちり)かも(― 七月七日の今宵降ってくる雨は、彦星が急いで漕ぐ櫂のしぶきであろうか) 天の河 八十瀬(やそせ)霧(き)らへり 彦星の 時待つ船は 今し漕ぐらし(― 天の河の多くの瀬々に霧が立ちこめている。彦星が出かける時を待っていた舟は今やこいでいるらしい) 風吹きて 川波立ちぬ 引船(ひきふね)に 渡りも來(こ)ぬか 夜の更けぬ間(ま)に(― 風が吹いて川波が立った。漕ぐことが難しければ引船をして渡って来ないかなあ夜の更けないうちに) 天(あま)の河(かは) 遠き渡りは 無けれども 君が舟出(ふなで)は 年にこそ待て(― 狭い天の河には遠い渡り瀬はないのですけれども、わが君の舟出は年に一度なので、一年もの長い間お待ちしています) 天の河 打橋(うちはし)渡し 妹(いも)が家道(いえぢ)止(や)まず道はむ 時待たずとも(― 天の河に板の橋を渡して、妹の家への道を止まずに通いましょう。定まった時、七月七日を待たなくとも) 牽牛の歌である。 月かさね わが思ふ妹に 逢へる夜は 今し七夜(ななよ)を 續(つ)ぎこせぬかも(― 月を重ねて私が慕って来た妹に逢った夜は、もう七夜も続くようにしてくれないかなあ) 年(とし)に艤(よそ)ふ わが舟漕(こ)がむ 天の河 風は吹くとも 波立つなゆめ(― 一年待って用意する私の舟を漕ぎだそう。天の河に風は吹くとも波よ立つな決して) 天の河 波は立つとも わが舟は いざ漕ぎ出でむ 夜の更けぬ間(ま)に(― 天の河に波は立とうとも、私の舟はさあ漕ぎ出そう。夜の更けないうちに) ただ今夜(こよひ) 逢ひたる兒らに 言(こと)どひも いまだ為(せ)ずして さ夜そ明けにける(― ただ今夜だけ逢った織女に、睦言を交わすひまもないうちに夜が明けてしまった) 天の河 白波高し わが戀ふる 君が舟出は 今し為(す)らしも(― 天の河に白波が高く立っている。私の恋しい人の舟出は、ちょうど今するらしい) 機(はたもの)の まね木持ち行きて 天の河 打橋(うちはし)わたす 君が來(こ)むため(― 機織り道具の踏み板をもって行って天の河に打ち橋を渡します。わが君がおいでになるのに役立つように) 天の河 霧立ち上(ぼる)る 織女(たなばた)の 雲の衣の 飄(かへ)る袖かも(― 天の河に霧が立ち上っている。あれは織女の雲の衣の、風に翻る袖であろうか) 古(いにしへ)に 織りてし機(はた)を この夕(ゆふべ) 衣(ころも)に縫ひて 君待つわれは(― 以前縫った布を、今夜は衣に縫ってわが君牽牛を待つ私です) 足玉も 手珠(てたま)もゆらに 織る機(はた)を 君が御衣(みけし)に 縫ひ堪(た)へむかも(― 足玉も手珠も鳴らして織る布を、君のお着物に間に合うように、縫い上げることが出来るであろうか) 月日檡(え)り 逢ひてしあれば 別れまく 惜しかる君は 明日さへもがも(― 月日をえらんで逢ったのだから、別れの惜しいわが君は明日もずっとおいでになってほしい) 天(あま)の河(かは) 渡瀬(わたりぜ)深み 船浮けて 漕ぎ來る君が 楫(かぢ)の音(と)聞ゆ(― 天の河の渡り瀬が深いので、船を浮かべて漕いでくるわが君の櫓の音が聞こえる) 天の原 振り放(さ)け見れば 天の河 霧立ち渡る 君は來(き)ぬらし(― 天の原を振り仰いで見やると天の河に霧が立ち渡っている。わが君はおいでになったらしい) 天の河 瀬ごとに幣(ぬさ)を奉(たてまつ)る こころは君を 幸(さき)く來(き)ませと(― 天の河の瀬ごとに幣を奉っているが、その気持は、わが君が御無事でおいでくださいということです)
2024年01月02日
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