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アカデミー賞主演男優賞はやっぱり、「レイ」のジェイミー・フォックスでした!レオ様は残念でしたが(-_-;)、まるで本物のレイ・チャールズが乗り移っているかのような演技はすごかったです。亡くなったレイの霊も(くだらんダジャレでごめん・・・^_^;)喜んでいることでしょう!きっと天国のレイと2人でとった賞でショウ。
2005.02.28
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5月23日、24日、25日と、カエターノ・ヴェローゾの来日公演があるらしい。ボサノヴァファンの私としては、これは絶対に外せないライブであります。ボサノヴァと言えば、私が一番大好きなボサノヴァアーティストは、セルソ・フォンセカ&ロナルド・バルトスです。日本ではほとんど無名(?)ですが、ブラジルでは大物プロデューサーなんだそうです。プロデューサーでありながら、自らも歌っているのです。それがまた、いい感じの音楽なんです。どんな感じに良いのかと言うと、何て言うのか、「付かず離れずの良い関係」(笑)とでも言うような、そんな感じです。激しく迫って来るのではなく、いつのまにか傍にそっと寄り添っていてくれるような、そんな音楽です。さて、昨日私の身の回りでちょっとした事件がありました。車でスキー場に向かっていた息子からの電話で明け方に起こされました。雪道でハンドルを取られスリップして、車がガードレールに激突した・・・・って。何か嫌な予感はしていましたが案の定・・・・幸い、本人も友人たちにも怪我はなく、車の損傷だけですんだ様子。せっかく楽しみにしていたスキー旅行も台無しなってしまった息子が可愛そうではあるけれど、これも人生経験の一つでしょう。車を最寄の駅の駐車場に止め、電車でスキー場に辿り着いたとの事でしたが、スキー場でも息子の受難は続いたそうです。乗ったリフトが停止してしまい、レスキュー隊に救出されたり、ドアに足が挟まって怪我したり、散々な目に遭って今日の夜7時頃、何とか生還・・・(^_^;まるで何かに呪われてでもいたような2日間だった息子。疲れ果てて、今はコタツで眠ってます(笑)さあ、これからが大変だ。愛車の修理代はいったいいくらかかることか・・・。息子はさっき、お金を貸してくれそうな友人をリストアップしてました(苦笑)1月に入った私の原稿料●●円は、息子の手に渡る運命となりそう。でも、貸すだけ、貸すだけよ!私はそんなに過保護な親じゃないからね。自分で起こした事故の責任は自分で取るのが大人ってもんよ。ちなみに家計からは一銭も貸せないよ。4月に払わなくてはならない大学の授業料でいっぱいいっぱいだからね。あとは、おばあちゃんにでも泣きつくんだね。・・・オレオレ詐欺と間違われたりしてね(爆)しっかり者の娘の通帳にはバイト代やらお年玉やらがしっかり貯金されていて、何とウン十万もの残高があるんだけど、念のため娘に聞いてみたらやはり・・・・「ダメ、貸さないから!」のひと言。どうにか修理代を捻出しなければならない息子は、これから毎日の夕飯作りを1回千円でやってくれると言う。うわ~!それ助かる、うれしい!私は、4月までに本を2冊も書かなければならないので、夕飯作りをどうしようかと思っていたところ。夕飯作りに割く時間を仕事にまわさなければとても仕上がりそうにないくらいの状況だったんで、いっそのこと、シルバー人材センターから、夕飯作りに来てくれるおばあちゃんを紹介してもらおうかと思っていたんだよね。でも、息子に作れる料理って、何があったっけ・・・。カレー、チャーハン、親子丼、あとはインスタントラーメンくらい?(笑)せいぜい料理本でも読んで、がんばってちょうだいね。
2005.02.17
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昨日、映画「Ray」を見てきました。昨年亡くなった盲目の巨匠レイ・チャールズの生涯を描いた自伝映画です。私がレイ・チャールズを知ったのは中学生くらいの頃。目の見えない人が、楽器を弾いて歌うという事が不思議で、それだけでも神業だと思いました。ちょうどその頃、スティービー・ワンダーが有名になり始めた頃だったので、私の中ではこの2人がごっちゃになっていましたが・・・(^_^;) 存在だけは知っていましたが、私はレイ・チャールズについてはあまり知りませんでした。昨年亡くなった時に、ラジオの追悼番組でレイのこれまでのヒット曲がかかった時に、「あ、この曲知ってる、あ、これも知ってる」というわけで、かかる曲かかる曲ほとんどが、これまで聴いた事のある曲ばかりだったのです。それは他のアーティストにカバーされていたり、スタンダードとして様々なところで演奏されていたり、とにかく多くの人々に愛されてきた曲がこんなにもたくさんあるんだ、と驚きました。今でこそスタンダードとして何の抵抗もなく多くの人々に聴かれていますが、これらの曲が発表された当時は「不謹慎」だとか「こんなものが成功するわけがない」とか、様々な評価を受けていたようです。でも、レイはそんな声をものともせずに、常識を破り、次々と斬新な音楽を創り出してきたのでした。過去の素晴らしい芸術も、最初は一般の人々に異端視され、悪評を買ってきました。それでも、優れた表現者はこれまで誰も表現しなかった新しい作品を創造していきます。レイ・チャールズはまぎれもなく、優れた先見性を持ったアーティストだと思います。そんな彼も最初はコピーから始まり、生活のために大衆受けする音楽ばかり演奏していたのだそうです。いくら演奏技術や才能があっても、コピーで終わっていたのでは今の彼はなかったでしょう。自分の本当の音楽に目覚めたきっかけは、彼の可能性を信じた周囲の人々の助言でした。とりわけ奥さんとなった女性の言葉が大きかったようです。「生活のための音楽」ではなく、「自分の本当の表現のための音楽」へと方向を切り換える事ができたおかげで、偉大なアーティストとしての名を残す事ができたのです。ジャンルにこだわらず新しい実験を果敢に行い、それが人々に受け入れられ、成功を収める事ができました。さらにレイは、音楽の天才というだけでなく自分自身を売る商才にも長けていたようです。音楽で生活を始めた当初、盲目である事から周囲の人達に利用され、ギャラをピンハネされたりした苦い経験から、大事な事は他人に任せず自分で交渉することを学んだようです。時には人間的なしがらみも切り捨てて、自分がより大きくなれる会社へと移っていくのです。そんなところは、冷徹なビジネスマンという感じがしました。でも、義理人情に甘んじていては生きていけない厳しい世界でもあったのだと思います。「金の卵を産む盲目の天才」に群がってくるハイエナのような人々はゴマンといたことでしょう。厳しい現実の中で自分の力だけをたよりに生きていく事を、彼は母親から教えられました。彼の母親は、病で失明した息子を甘やかすことなく、「自分の足で歩きなさい」「他人のお情けで生きていくようではダメ」と、厳しく躾けました。本当に我が子を思うからこそ、1人で生きていけるようにとあえて突き放した母親の真の愛情が胸を打ちました。貧しく学問もない、しかし人間としての誇りに満ちた1人の黒人女性が、この偉大な音楽家を育てたのでした。息子の成功を見ることもなく母は世を去りますが、この映画の中で最も偉大だった人はこの母親だと思いました。音楽にも世渡りにも優れた才能を発揮したレイでしたが、その精神は子供時代のトラウマに侵されていました。少年時代に目の前で幼い弟が水死、、、それをなすすべもなく見つめているだけの自分・・・・。あの時、なぜとっさに弟を助ける事ができなかったのだろう・・・という罪の意識にうなされ、その苦しみから逃れるために麻薬に手を出してしまった。音楽で成功してからも麻薬依存が続いていた。映画のクライマックスでは、麻薬所持で逮捕、かつての愛人が麻薬で死亡、さらに妻に麻薬をやめるように懇願され・・・様々な出来事の末、ついに麻薬依存症から立ち直るべく入院。禁断症状に苦しむレイに、医師は「症状を緩和する薬」を使うことを勧めますが、「いや、自分で脱け出す」と断ります。こんなところに、彼の持ち前の意志の強さ、自立心の強さを見ました。さらに続く激しい禁断症状の中、彼の前に亡き母と弟の幻影が現れます。大人の姿のレイが、母の膝に顔を埋めて泣く、その傍らには笑顔の弟が立つ・・・。すべてを許されて、レイの心が救われていく瞬間でした。麻薬依存から立ち直った彼はその後、生涯二度と麻薬に戻る事はなかったそうです。心が本当に救われた時、人は依存症から立ち直れる事を物語っているようでした。さて、盲目、麻薬のほかにレイの前に立ちふさがる障害、それは人種差別でした。70年代に入る前のアメリカでは、黒人であるというだけであらゆる差別を受け、それが当たり前のようになっていました。保守的なアメリカ南部では、バスの席や公衆トイレ、劇場の座席など、あらゆる所で当然のように黒人専用席が設けられ、黒人は専用席以外の場所を許されなかったといいます。こんな理不尽な事が、ほんの30~40年くらい前のアメリカで現実に行なわれていたとは…。南アフリカではつい最近までそうだったんですが・・・。レイが故郷のジョージア州で公演を行なおうとした時、会場前には黒人隔離席に抗議するデモ隊が「差別反対」を訴えていました。そこを通って会場入りしようとしていたレイに、1人の黒人が「黒人差別反対にあなたも協力してください」と訴えますが、彼は「私には何もできないよ」と言い、通り過ぎようとしました。しかし興行主側の白人の「立ち去れ、クズども!」の言葉に怒ったレイは公演中止を宣言!この事件は訴訟にまで発展し、全米に大きな問題を投げかけたのです。レイはこの事件により、ジョージア州から追放されたうえ、多額の賠償金を支払う事になりました。これほどのリスクを受けながらも、彼は黒人としての誇りを守る道を選択しました。ちょうどその頃から、アメリカで人種差別反対運動が沸き起こり、その10数年後には差別政策が撤廃され、ジョージア州は正式にレイに謝罪し、彼の「我が心のジョージア」を州歌として制定したといいます。レイの勇気ある行動が歴史を動かす一つの力にもなりました。1人の人間の行動が大きな力となったのです。そんな背景を見ていくと、当時の黒人アーティスト達がどれだけの障害を乗り越えて、世に出てきたかがうかがい知れると思います。黒人であるだけで大きな障害なのに、それに加えて盲目で、少年期のトラウマまで抱えて生きてきたレイ…、並みの人間なら生きていく事だけでも精一杯です。音楽家としてだけでなく、人間としても偉大な人だと思いました。でも、男としてのレイは最低だったと思います。妻子がありながら次々と愛人を作っては捨てていったのです。この部分では、女性としては許しがたいし、理解できない気持ちです。自分のDNAを少しでも多くこの世に残したいという男の本能のなせる業か????その願いどおりレイは12人もの子供を残しているらしい・・・(^_^;)彼の父親もまた3人もの女性に子供を産ませていたのだから、これはもう遺伝かもしれない。このように本能に忠実であったからこそ偉大な仕事ができたのかもしれない、と思うと複雑な気分…。しかし、彼の人生は女性に支えられてきた人生でもあったと思います。その最も大きな支えは母親、その次に妻、そして麻薬で死んだ愛人の犠牲があったからこそ、彼の人生が成功に導かれていったのではないでしょうか?映画「Ray」公式HPへジャンプ
2005.02.10
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