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台風通過しました。飛行機飛びました。で、行ってきました、秋田。。。日帰りでね・・・・(-_-;)せっかく300円で入れるという、地元の温泉があるっていうのに、入る暇もなく、あわただしくスケジュールをこなして、最終便で羽田に帰還。。。あああ、一泊してゆっくり温泉に入りたかったよぉ~~一週間前は日帰りで鹿児島、今日は日帰りで秋田。先週の鹿児島は暑くて33℃くらいあり、今日の秋田は肌寒くてあ、おまけに風が強くて、手が凍るくらい冷たくなってしまいました(大げさ?)薄着で行った事を後悔するはめに・・・・(-_-;)同じ日本なのに気温の差が大きいのね。さすが、日本は南北に長い国だけあるなあ。。。でも、今日の東京は34℃だったというから、涼しい所で一日過ごせてラッキーというべきか?空港での待ち時間にお土産を買って、せめてもの旅気分を味わいました。今度訪れるときは、ゆっくりと来たいものだと思いました。先週の鹿児島の帰りの飛行機から撮った月の写真 ↓
2005.07.27
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↑飛行機から見た夕陽です。自然の雄大さを感じさせられました。台風が接近中です。。。気になるのが明日の天気。実は明日、飛行機で秋田に行くんですよね。もちろん、仕事でですが、大丈夫なんだろうか?台風の様子が気になって、朝からTVの台風情報ばかり見ています。さっきクライアントに電話したら、とりあえず明日は予定時間に羽田空港に行って、飛行機が飛ぶようなら、予定通り行くようにとのことでした。しかし、いつも飛行機を見て思うんだけど、どうしてあんなに重い鉄の塊が空を飛べるんだろう??? 不思議・・・・まるで、鳥のように飛び立つ飛行機を見ていると、人間ってすごい事を考えたんだなあ~ってつくづく思います。ライト兄弟でしたっけ? 最初に飛行機で空を飛んだのは・・・そのうち大気圏の中を飛ぶだけじゃ物足りなくなって、宇宙にまで行ってしまうんですからね。人間の想像力と、それを形にする能力というのが、いかにすごいものかを改めて感じます。そういえば、野口さんの乗るスペースシャトルがいよいよ打ち上げられるようですね。無事に行けるといいなと思います。ところで・・・宇宙にまで行ける人類の英知で、この台風を何とかしてくれないかな~(笑)
2005.07.26
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私の今後のライブスケジュールで~す>別に知りたいと思う人はいないでしょうが、勝手に書きます(笑)*8月28日・・・ジェイク・シマブクロ@横浜ブリッツ去年くらいに来日した時、ラジオの生演奏を聴いて、心惹かれていた。今度ライブがあったら絶対行くぞ!と思っていたので・・・*9月24日・・・山崎まさよし@横浜赤レンガこれはもう、私的にはお約束事項なので・・・(笑)*10月5日・・・アル・クーパー@東京国際フォーラム「ジョリー」を聴いて、アルさんに恋してしまった(^_-)-☆*10月16日・・・キース・エマーソン大物ロックスターの来日公演は取りあえず行っておきたい。
2005.07.23
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最近、新聞紙上を賑わしている記事で特に気になっているのがアスベスト問題です。世界各国で頻発しているテロも怖いけど、やっぱりいちばん怖いのはアスベストの恐怖ではないでしょうか?忘れた頃にやってくる死刑宣告のようなものですから・・・。何しろ、潜伏期間が30~40年ですよ。アスベスト吸引が引き起こす中皮種には治療法がほとんどなくて、死ぬのを待つだけなんて・・・・・これまでの人生で、まったくアスベストを吸った事がないと言い切れる人は果たしているでしょうか?いろんな建物に使われて、公共施設や学校、住宅などにも使われ、知らないうちに日常的にアスベストを吸ってしまっていたのではないか?という不安があります。例えば、小学生の時にアスベストを吸ったら、その結果が出てくるのが40歳とか50歳くらいになってからとすると、ちょうど私くらいの年齢です。そう考えると、風邪ひいて咳がなかなか止まらなかったりすると、「もしかして・・・」と不安になってしまいます。最近の新聞記事によれば、アスベスト被害の先進国アメリカでは、アスベスト訴訟が年間10万件にも達し、賠償金の負担に耐え切れず経営破たんする企業が続出だそうです。そう遠くないうちに日本も同じような道をたどる事は間違いないと言ってよいでしょう。現在の日本の被害者は数百人ていどですが、これは氷山の一角に過ぎず、労災の対象にならない人や、企業の補償の対象にならない人など、たくさんの被害者がいるはずです。企業や労災の補償に任せていては、被害者救済には追いつかないでしょう。一刻も早く、国の指定疾病にして、治療費の無料化や死亡保障など、被害者を国が救済するシステムをつくるべきだと思います。アスベストを吸った人の何割が発症するのか、予想される被害者が今後どのくらいにふくらむのかなど、詳しいデータづくりに国は一刻も早く着手すべきです。小泉さん、郵政民営化でお家騒動なんかしている場合じゃないですよ!もっと、国民のほうを向いて政治をやってくださいよ。国民の健康と安全を守るのが、国家の一番大切な仕事なんじゃないですか?あなたの意地でしかない郵政民営化なんて、国民にとっちゃど~でも良い事ですよ。郵便局が国営だろうが民営だろうが、利用者にとってはどっちだっていいんだから。
2005.07.23
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最近、よく懐かしい音楽を耳にします。この歳になって、特に懐かしいな~と思う音楽は、おもに高校生くらいの頃に聴いていた音楽です。最近、お茶のCMで、ガロの「地球はメリーゴーラウンド」という曲がかかっていますが、私と同世代の人にとっては懐かしい曲ではないでしょうか?♪~まわる~まわるよ~地球はメリーゴーラウンド~♪というフレーズです。私は高校生の頃、この曲を歌っているガロが結構好きで、アルバムも持っています。「学生街の喫茶店」という曲が有名です。ガロは当時、クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤング(CSN&Y)というグループをモデルとして結成されたそうです。メロディーとコーラスの美しさが売りでした。CSN&Yといえば、70年頃に注目されていたスーパーバンドで、ニール・ヤングも参加していました。この4人の中では、私はニール・ヤングが一番のお気に入りでした。でも、顔はグラハム・ナッシュのほうが好みでしたが・・・(*^_^*)フォークソングやロックが全盛だった当時としては、ガロはちょっと趣向の変わった音楽でしたが、メロディーの美しさは現代でも通じると思います。今、ラジオで「K's トランスミッション」という番組を聴いていたら、ビージーズが日本のアイドルグループのタイガースにプレゼントしたという「スマイル・フォー・ミー」という曲がかかりました。もろビージーズという感じの曲で、私はこれはてっきりビージーズの曲のカバーだと思っていましたが、タイガースの曲だったんですね。知らなかったわ==(゜o゜)でも、それにしてもジュリーこと沢田研二さんっていい声だったんですね。歌はそれほど上手いとは思わないけれど、磨けば光る原石、という感じがしています。いまの日本に、こういう声の歌手ってなかなかいませんね。でも、当時、私はジュリーより、トッポこと加橋かつみさんのほうが好きだったんですけどね・・・。まだ、私が中学生だった頃の話です。。。(^・^)懐かしい音楽を聴いていると、心まで昔の自分に戻ってしまう感じです。今の若い人たちも、あと20年30年たって、今聴いていた音楽を聴いてみたら、きっと心がタイムスリップするのではないでしょうか?歳を重ねた分だけ懐かしい音楽が増え、そして昔の自分に戻るひとときを楽しむ時間をもてる、ということを発見しました。歳をとることも悪くないな、、、と思いました。とはいえ、毎日、忙しく過ごしていると、思い出に浸る時間もそんなにはないんですけどね・・・・(^_^;)一昨日は、取材で鹿児島へ行ってきました。。。日帰りで(>_
2005.07.22
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今年も高校野球地方予選が始まった。いよいよ夏だなあ、と思わせるこの年中行事。今日は、息子の母校K高校の初戦だった。息子は7月初旬には早くも大学の夏休みが始まり、バイトの日以外は連日、友人と遊び歩く日々で、外泊や朝帰りが続いている。これが女の子だったら、親としては気をもんでしまうところだが、「また遊び?」と呆れ顔で小言を言う程度なのは、やはり息子が男の子だからだ。子育てで男女を分けて考えたくはないが、やはりもし娘がひんぱんに外泊したら心配するのは親心ではないだろうか?話はそれたが、、、、そんなふうにたいして勉強もせずに遊んでばかりの呆れたお気楽大学生の息子だ。でも、そんなバカ息子でも野球にかける情熱だけは誉めてあげたいと思う。これは息子が高校に入学した手の頃の話。小学生、中学生と野球をやってきた息子は、高校に入っても当然野球部に入部した。ところが、夢を持って入部した野球部は、息子が思い描いていたようなところではなかったようだ。先輩たちはやる気なし。ろくに練習もしない。息子は、「こんな練習じゃ、試合には勝てない」と思ったそうだ。そこで、一年生部員たちに声をかけて自主トレを始めた。野球部の練習は月曜日以外は、火曜日から日曜日まで毎日ある。平日は部活を終え帰宅すると、だいたい夜の7時8時になる。息子は帰宅して夕食を終えると、自主トレのため、9時頃に出かけていき、毎日10キロほど走っていたようだ。息子と一緒に自主トレに取り組んだ一年生有志が数人いた。やる気のない先輩には期待せず、自分たちががんばろうという気持だったという。さて、やる気のない部員たちは連日、部室でタバコをふかしていたらしい。そんな部員たちを見て、K監督は「お前ら、やる気あんのか!」と怒ったそうだ。すると、やる気のない先輩たちは監督に食って掛かりケンカになり、部員が半分以上辞めて行った。そんな騒動があったことを息子から聞き、「大丈夫かな?野球部は続けられるの?」と私は言った。息子は、「やる気のある先輩たちが何人か残ってくれたから大丈夫」と言う。「雨降って地固まる」と言われるように、残った部員たちは団結力も強くなり、皆が一つになって野球という夢に向かって取り組めるようになっていった。それは、傍目にも見える形になって現れていった。まず、試合に勝てるチームになっていった。従来なら、勝てる相手ではないチームにも勝つ事ができるようになった。そうなるとやる気もますます出て、団結力も強くなる。そして、そんな姿を見て他の生徒たちが一生懸命応援をしてくれるようになっていった。K高には応援部がない。だから、有志を募って応援団を結成した。野球の名門チームには、常に立派な応援団が付いてくるが、公立高校のたいして強くもないチームの応援は学校によって様々だ。すごく頑張っている学校もあれば、ちょっとさみしい感じの学校もある。毎日練習に励む選手たちを応援したいと言う気持が、応援団という形で表されていく。高校1年の夏の神奈川大会で息子は、1年生で抜擢された2人のうちの1人としてベンチ入りした。1戦目を勝ち進み、2戦目に運悪く強い学校に当たってしまい、逆転負け。。。それまでのK高校の成績は2戦目進出が最高記録だったので、まあ妥当な線だったのかも知れない。。。。。つまり野球の弱い学校だったのだ。(-_-;)最初の年はこんな感じで終わったが、負けた悔しさをバネにまた練習に励む日々。そして、息子が2年生の時には、ついに念願の3戦目進出を達成したのだ。ものすごく強い名門チームから見れば、たいしたことのない記録かもしれないが、以前よりちょっとだけチームが強くなったのは、やはり毎日の積み重ねが現れた結果ではないだろうか。2戦目に戦った相手は、近辺の公立高校の中では強い部類に入るO学校で部員60名、立派な応援団も付いてきていた。対するこちらのチームは部員数わずか20数名、応援団も観客数も断然向こうのほうが数倍多かった。そんな圧倒的な力の差を見せ付けられながら、試合はほとんどの部員が負けを覚悟して悔し涙を流しながら闘っていたという。ところがなぜだろうか、奇跡でも起こったのだろうか、、、、?試合は延長戦にもつれ込み、最後はこちらが逆転勝ちをしてしまったのだ。泥だらけの汗と涙でグショグショにぬれた息子たちが、今度はうれし泣きで抱き合っていた。一方、相手チームは、しょんぼりとしてうなだれていた。。。。ラクに勝てると思っていたチームに、苦戦の末敗れた悔しさ、惨めさは想像に余りある。高校野球では、負けたチームを見ていると、本当に気の毒になってしまう。どの子達も皆、一生懸命戦って、それでも負けた、、、それが勝負の厳しさなんだろうな。でも、がんばってそれでも負けたという悔しい経験は、きっと未来の肥やしになるのではないだろうか。このときの試合は、息子の思い出の中に大きなウェートを占めているようで、よく話題にでる。皆で死力を尽くして勝ち取った試合だったから・・・・。そんなこんなで息子もとうとう3年になり、チームを引っ張る主力選手の1人として活躍する季節がやってきた。しかし、ピッチャーをやっている息子は夏の大会を迎える前に肩を痛めてしまった。マッサージや整体などに通ってみたが、完全に治るまでにはいかず、思うようには投げられなかった。。。そして3戦目に優勝候補とも言われる強豪チームに当たってあえなく敗退・・・・最後のバッターが息子となってしまうというオマケまでついてきた。空振り三振の瞬間、まるで崩れ落ちるようにガックリと膝をついた息子の姿が今でも眼に焼き付いている。でも、あんな強豪チームを相手にして、一方的にやられていただけではない試合振りだったと思う。相手から7点もぎ取ったのだから。こちらは10数点も取られはしたが。試合終了後、泣き続けて涙でボロボロになっている息子を、卒業した先輩たちが慰めてくれていた。「お前はがんばったよ。偉いよ!」と。こんなふうに先輩の優しさ温かさに触れてきた息子も今では大学生となり、暇さえあれば母校のグランドに出かけて後輩たちのコーチをしている。しかし昨年、その先輩の訃報を聞くことになってしまった。何とわずか二十歳でガンで亡くなったというのだ。。。。眼を真っ赤に腫らして葬式に出かけて行った。葬式に行くと、先輩の大学の友人で人気タレントのBが参列していて、やはりずっと泣いていたらしい。息子が慕い尊敬していた先輩なだけに、若くして亡くなったことが残念でならない。しかし、体育会系の人々は、監督指導者や先輩に対しては実に礼儀正しいのに感心する。息子にしても、親には平気でタメ口きいているくせに(笑)、先輩に対しては常に「さん」付けだし、敬語で話している。そして学校の先生には平気で呼び捨てするくせに(苦笑)、野球部の監督に対しては敬意を表した言葉使いなのだ。スポーツの世界では、目上の人に対する敬意と礼儀があってこそ、モチベーションも高まるのかな?さて、今日は息子の母校の初戦日だった。さっそく応援に出かけて行ったので、「今日はきっと夕飯はいらないんだろうな、娘と2人の夕食ならスパゲティーでいいか、、、」などと考えていたら案の定。夜8時頃帰ってきた息子は、「今日は夕飯いらないよ。K高が勝ったから、焼肉屋で祝勝会だよ」と言って出かけて行った。野球の祝勝会は、なぜかいつも焼き肉屋と決まっている・・・(笑)出かける間際に息子と交わした会話。。。。私「T(息子の名前)の先輩たちも応援に来ていたの?」息子「いや、応援に来たのは俺らの代が一番上だな」私「亡くなったS先輩が生きていれば応援に来たよね」息子「そうだな、先輩はそういうの大好きだからな」私「今の野球部があるのは、Tたちががんばったからだよね」息子「監督に反抗して先輩たちが大勢辞めた時、俺らは監督に着いて行こうぜ!って言ったんだ。そしてタバコも吸わないと決めてがんばってきたんだ」そんな会話をしながら、私はちょっと涙ぐんでしまった。寝ることと食うことしか能がないバカ息子だと思っていたが、野球の事だけはしっかりしているな、と思う。たった一つの取り柄かも・・・・(笑)高校時代から付き合っている彼女に惚れられたのも野球が縁だしね・・・・私はその彼女に、「こいつ(息子のこと)のどこがいいの?」と聞いた。いや、謙遜でも何でもなく、こんなバカのどこがいいんだろう?と本気で思っていたから・・・。そしたら、彼女いわく「すべてが大好きです!」(アチャ~、こりゃあてられた。。。)じゃ、最初に惚れたきっかけは?と聞くと、「野球をやってる姿がカッコ良かったから(*^・^*)」・・・・ですと。そうかそうか、ここまで惚れてくれたのなら、もう一生このバカ息子の傍にいてやって下さい。。。本気でそう思う母であった。親の知らない息子の良い面を、きっと彼女はたくさん知っているのだろう。将来の孫の顔などをふと思い浮かべてしまうのは、私も人並みに親ばかの証拠か?(^_^;ちなみに息子は二十歳を過ぎたいまでもタバコは吸わない。しかし、野球部以外の友達では、高校時代から吸っていた子が多かったそうだ。なぜ吸わないのか?それは、タバコを吸うと筋力が落ちるからだと、息子は言っていた。バカだバカだといつも思っていたが、こういう点だけはやっぱり偉いな、息子の奴。これも、野球というスポーツを愛するがゆえかな?息子が野球バカで本当に良かった(^-^)そして、小学生時代に息子を少年野球チームに入れた私も偉い!>自画自賛(笑)
2005.07.12
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先月友人をガンで亡くしてから、ずっと死について考えています。なぜ、彼女はわずか29歳で命を失わなければならなかったのか。助かる手立てはなかったのか?でも、どんなに手を尽くしても、彼女はそういう運命だったのか?運命というならば、その運命はどこからくるのか?いったい誰が運命を決めるのか?>神様が決めるの??? そもそも、運命っていったい何・・・・?先日、TVを見ていたら、江原なんとかという霊能者が、ガンの女性の相談にのっていた。その女性がなぜガンになったかというのを霊視するというものだった。江原氏はこう言った。病気の原因には3種類あります。一つ目は肉体の病気。二つ目は思い癖(考え方)の病気。三つ目は運命の病気。。。。。おおお、これはとても興味深いお話!薬や手術などの現代医学で治せるのは一つ目の病気だろう。二つ目の病気を治すのは心の治療かもしれない。三つ目の病気はどのようにして治すのだろう?運命が変えられないなら病気も治らない・・・で、私は思ったのだ。友人の死は運命の病気だったのかもしれない・・・と。もちろん、単純に考えれば、人間がガンで死ぬのは、別に今の時代では珍しい事ではない。日本人の病死は、5人に1人がガンだというくらいだから。では、なぜ彼女はガンにかかったのか?これもガン患者が増えている今、若くしてガンを患うことは珍しくもないといえるが、自然食をやっていて、ガンになりそうな食生活はしていなかった彼女がなぜ、ガンに・・・?思えば、ガンというのは不思議な病気だ。よく聞くのは、末期ガンで余命いくばくもない人が奇跡的に治ったという話・・・。最近話題になっている免疫学の阿保徹先生によれば、ポジティブな気持ちになれば、免疫力が増してガンも治るという。医学的に言ってもこれは十分に根拠があると思う。人間はポジティブな心の状態でいるとき、ある種の脳内物質が分泌され、それによってたくさんの免疫細胞が作られるという機能もあるらしい。笑うことの効用を説く医者もいる。笑うと病気が治る・・・これも科学的に証明可能だと思う。人間の精神状態は、脳内物質の分泌に大きな影響を及ぼすからだ。だから、いつも後ろ向きな考え方をしていると、心だけでなく身体にも病を呼ぶ。そして、その病気によってさらに苦しみ、やがて死が訪れる・・・。心の病は身体の病へとひろがる。心と身体の病が運命をつくっていく・・・・運命は変えられない・・・、そう思うのは思い込みだと思う。運命は、自分で作るものだ。自分で運命を作れるのなら、自分に都合の良いように作れるはず。なのにどうして、全然、思いどおりに作れないのだろうか?運命は、思いどおりには作れないのだ。運命は、自分の行なったとおりに作られていくのだから・・・。世の中には、才能を発揮して成功している人がいる。一方で、才能がありながらチャンスに恵まれず不遇な運命に泣く人もいる。2人において何が違うのか?それは、きっと潜在意識にセットされたプログラムの違いかもしれない、、、と私は思う。潜在意識は、自分自身でありながら、自分では見ることもできない、変える事も難しいという。まあ、言ってみれば、「神の領域」と言われるものかもしれない。運命というものは、この潜在意識が作り出すものではないかと、私は考えている。事故で死ぬのも、病気で死ぬのも、殺されて死ぬのも、また自殺で死ぬのも、すべては運命の仕組みにはまった結果ではないだろうか?私がまだ20代の頃に、ある人から言われた言葉。「人間は自分の運命を、自分で作っているんだよ」その時はこう思った。。。。そんなはずはない!じゃあどうして、自分の思いどおりに物事が運ばないの?・・・この歳になって、その意味がわかるような気がする。
2005.07.12
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今日、TVを見ていたら細木数子が出ていました。いつも偉そうにお説教してるこのおばさんを、実はあんまり好きじゃなかったのです。でも今日、細木さんを見る目が変わりました。番組では「マイケル・ジャクソンは本当に無罪だったのか?」というお題を細木さんの心の眼で見てもらうというものでした。私は、無罪判決を勝ち得たものの、完全に無罪が証明された形ではなかったことに、どうもスッキリしない気持が残っていたので、よく当たるといわれている細木さんの審判を聞きたいと思って、チャンネルを合わせたのでした。細木数子の審判は公正明大なもので、心の溜飲がおりた気持でした。******* 以下、細木数子の言葉 *********今回の判決にはアメリカの良心を感じましたね。マイケルがいったい何をしたというのですか? 彼は幼児性が抜けない子どもというだけのことです。それを大人たちが少年愛だとか言うほうがおかしい。彼は何も罪を犯してはいません。。『ああ無情』ってご存知ですか? あれと同じですよ。ほんのささいなことに大きな罪状を被せて罪人に仕立て上げる。我が子を窓から出して見せたことだって、本当は自分の可愛い我が子を皆に見せたかっただけ。それを幼児虐待だとか言う。なぜ、マスコミはマイケルの心を分かってあげようとしないのでしょう。***********************細木数子の言葉は、ものすごく説得力があります。私は、これでマイケルの無罪は確実に証明されたと思いました。霊能者というのは、人の心の真実を見抜く眼を持っている。だから、予言ができるんですね。それこそ、心が水晶のようにきれいに澄んで透明でなければ見えない事です。マイケルを罪人に仕立て上げようとした人々の汚れた醜い心が見えるような気がしました。
2005.07.08
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よく分からないんですが、Musical Batonなるものが回ってきました。楽天ブログ内で流行っているのかな?ま、音楽好きな私としては、参加しないわけにはいかないでしょう。・・・というわけで、以下の質問に答えます。1)Total volume of music files on my computer (コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量)パソコンで音楽は聴かないので、たぶん入っていません。音楽はオーディオ機器で聴くものと思っている古~い人間なので(^_^;)もしかしたら、昔、入れたかもしれないけど、よく分かりません。2)Song playing right now (今聞いている曲)今日聴いていたのは、「ジェフ・ベック・ライブ」というアルバムと、「ヤードバーズ」でした。3)The last CD I bought (最後に買ったCD)風味堂の「風味堂」・・・最近の日本で、私が一番期待しているバンドです。その前は、セルソ・フォンセカの最新アルバムでした。これも良かったですぅ~~~。セルソ・フォンセカおすすめです!4)Five songs(tunes) I listen to a lot, or that mean a lot to me (よく聞く、または特別な思い入れのある5曲)*特別な思い入れのある曲*・SOMEDAY・・・佐野元春 とにかく思い入れたくさんあります。カラオケでは必ず唄います(笑)・IMAGINE・・・ジョン・レノンジョンの魂に惹かれます。私が初めて詞の意味を知りたいと思った曲です。・FANTASY・・・EW&F淡く消えた恋を思い出します・・・(^_^;) ○○君、今は何してるかな?・輝く星座(原題は「アクエリアス」だったかな?)・・・フィフス・ディメイションミュージカル「ヘアー」のタイトル曲だった。3回も見に行っちゃったよ~!・時間よ止まれ・・・矢沢永吉暑い夏の一日、もしかして私は恋をしているのかも?・・・な気分のときに聴いてた曲(*^_^*)5)Five people to whom I'm passing the baton (バトンを渡す5人)momo2002momo さん、ポンチー06さん、ターチさん、きゆら*さん、そしてケルンコンサートさん・・・以上5人の方、よろしくお願いします。
2005.07.07
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今朝の新聞で、漫画家の永島慎二氏が亡くなったことを知った。今年の春、やはりCOM出身の岡田史子氏が亡くなったことがショックだったが、永島氏も逝ってしまうとは、、、、。これで一つの時代が終わったのか・・・という思いがこみ上げる。両氏とも、60年代頃に一世を風靡した漫画誌「COM」出身者だ。「COM」とは、故手塚治虫氏が立ち上げた実験的漫画誌で、流行に流されずに漫画の可能性を追及していた。少女漫画とか少年漫画とかのカテゴリーに入りきらない実力派の漫画家志望者の登竜門でもあった。当時は、今と違い漫画は子どもの読み物であり、大人は漫画を読まない時代だった。そんな時代に、大人が読んでも面白い文学性の高い漫画、実験的な漫画を追及したのが、「COM」であり、「ガロ」であった。漫画の可能性に対して先見の明のあった手塚氏や白戸三平氏らががんばって、子どもの娯楽だけで終わらない漫画の世界を開拓しようとしていたのだ。そんな土壌に生まれたのが、COM世代、ガロ世代の漫画家たちだった。私は小学校に入って文字を覚えた頃から、漫画を描き始めた。外で遊ぶより、机にへばり付いて絵を描いているほうが好きだったという変わり者の子どもだった。小学1年頃から3年頃くらいまで、「週刊こじか」という漫画誌を作っていた。(手描き、ホチキス止め)連載漫画が4つも5つもある立派な漫画週刊誌・・・のつもり(笑)読者は妹ただ1人であったけど(^_^;)ま、そんな漫画少女が「COM」を読み始めたのは小学5~6年生頃だったと思う。当時、たぶん「ガロ」も出ていたかもしれないが、まだ私には、難しすぎた・・・。前述の岡田史子氏は、60年代終わり頃に「COM」で新人賞をとってデビューした。私は高校生の時に、彼女のデビュー作「ガラス玉」に大きな衝撃を受けたのだった。自分の漫画の世界がガラリと変わってしまった。岡田氏は当時、天才と言われていた。その独特の不思議な世界は、誰にも表現できない世界だった。いったいどこからこういう世界が生まれてきたのだろう?と、私にはとても神秘的な人だった。とにかく憧れていた。こんな漫画を描きたいと、一生懸命難しい哲学書を読んだり(笑)、絵を真似したりした。ただただ漫画を描くのが好きなだけだった私にとって、岡田氏の出現により、漫画はこの世の自分のまだ未知な世界を探求する道になっていったのだ。それが、私の中で哲学的思考や宗教的な思想につながったりしたのだ。70年代の漫画には、単なる娯楽と言うだけでなく、何か違うパワーがあったと思う。高校時代に私は、友人達と「少年マガジン」を回し読みしていた。少年マガジンを読むのは、当時のインテリ社会派少年少女たちの流行だったのだ。どんな文学よりも漫画が、私たちの魂に大きな影響を与えてくれた。この時代、漫画は限りなく文学に近かったのではないだろうか?しかし、70年に入ると「COM」は休刊となり、廃刊となった。残る前衛漫画誌は「ガロ」だけになり、永島慎二氏もガロ誌に作品を掲載していたように記憶している。永島氏は東京・中央線の阿佐ヶ谷駅近辺に住んでいた。阿佐ヶ谷は、ガロの漫画家の溜まり場で、私の憧れの街でもあった。氏の漫画に出てくる喫茶店「ポエム」には、毎日のように彼の周辺にいる漫画家たちがたむろしていた。私は18歳の時、そんな「ポエム」でアルバイトをすることになった。もちろん、憧れの漫画家たちにじかにお逢いしたいという不純な動機からである(笑)期待通り、来る来る。毎日のように、夢にまで見た憧れの漫画家たちがやってきて、コーヒーを飲みながらいろんな話をしていた。私にとっては、最高の文化的空間だった。さて、当時私は親に内緒で(爆)、一つ年上の彼氏と同居していた。流行りの「同棲時代」である・・・同世代の人はわかるよね?「神田川」の世界と言った方がわかりやすいか?まぁ、風呂屋で先に出て、寒さにふるえながら待っていたのは彼氏のほうだったけどね・・・ハハハ(*^∀^*)まあ、そんなロマンチックな同棲時代を過ごしていた。この頃の私は、すべてが夢の中の世界のような生活だったと思う。話はそれてしまったが、永島慎二といえば、私にとっては阿佐ヶ谷の街と同棲時代の思い出が重なるのだ。今、オタクというと何かネクラなイメージがあるけど、若い頃の私もまさにそのオタク世界の人種だったに違いない。しかし、今で言うオタクとはちょっとニュアンスが違うように思う。それは、今のように家にこもっているオタクではなく、世界に出ていろんな物を見て聞いて、体験したいとう気持ちが行動にもなって現れていた。ただ、興味の対象が、ちょっと普通の若者とは違う傾向だったというだけ。永島慎二はともかく、岡田史子なんて読んでいた高校生はいったいどれくらいいたのかな?と思ってしまう。。。。ここのブログで岡田史子を知ってる人っていますか?どうも、周囲の高校生たちとは方向性が違う自分を、私は「オタク」「変人」と位置づけていたんだけど、家にはこもっていなかったな。毎日、終電まで遊んでました・・・・ダメじゃん(^_^;)話がまたまたそれてきた。。。。岡田史子氏の逝去で、私は一つの時代の終わりを予感した。それが永島慎二氏の死によって決定付けられたように思う。一つの時代の終焉・・・・いったい何が終わったのか?それは、、、、、、、、、、、、人が生身の身体で、人間を人間としてとらえることを試みてきた人々の時代の終わりかもしれない。これからの時代は、人は生身の肉体を忘れ去り、脳の中でバーチャルな世界を構築し、そこに住まうようになるのだろう。だから、これからは普通の感覚では信じられないような出来事が平気で起こるかもしれない。そんな時代に、果たしてついていけるだろうか?
2005.07.06
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ギターの神様、ジェフ・ベックのライブに行って来ました。私くらいの年代でロックを聴いていた人で、ジェフ・ベックを知らない人はいないと思います。世紀の天才と言っても過言ではないくらい、彼のギタープレイは大きな革命を起こしたと思います。当時のギター小僧たちは、こぞってジェフ・ベックを真似して、日本でもあちこちのライブ会場でジェフ・ベックもどきのギタープレイが聴かれました。そんな彼がまだ若かりし頃、ヤードバーズというバンドにいました。このバンドは格別ものすごいバンドだったというわけではなかったのですが、まあそこそこにヒットを飛ばしていたので、私なども名前くらいは知っていました。しかし、このバンドが有名なのは、歴代のギタリストにものすごい天才が揃っていたということです。初代はクラプトン、2代目がジェフ・ベック、3代目はジミー・ペイジです。今でも人気の高いカリスマギタリストたちが、ひとつのバンドを経由していたと言う奇跡。。。。しかも、ジェフとジミーは同時期に在籍していたんですよね。ジェフがいた頃、ジミーはベースを弾いていて、ジェフ脱退の時にリードギターの座を譲られたそうです。昨日のジェフ・ベックは、まさに神に等しい姿とプレイで観客をトリコにしてくれました。ギターを弾くそのスタイルは30年前とちっとも変わらなくて、めちゃめちゃカッコ良かったです。望遠鏡でのぞいた顔は、しっかり歳とってはいましたが・・・(^_^;)でも、歳はとっても全然変わらないですね、そのカッコ良さは。実は私、歳とともに(笑)、ギャンギャンと大きな音のエレキギターが聴けなくなっていました。うるさいロックより、静かなピアノ曲なんかの方が聴きやすいと思っていたんですが、ジェフのギターは全然うるさくなかったです。音の魔術と言うか、ギターの可能性をとことん追及して繰り出す音の数々に酔いしれたと言うのが実感です。実に寡黙なステージではありました。ジェフはほとんどMCなしです。代わりにボーカルのジミーさんがいっぱいしゃべってくれましたが。しかし、ジェフにとってはギターが言葉なんだな、と思いました。実際、ボーカルや他の楽器との掛け合いは、まるで会話のようでした。本当に今にも言葉が聞こえてきそうなくらいにね。でも、私達にギター語が分からないだけであったのかもしれません。ちょうど犬語や猫語が分からないようにね(^o^)だから、ジェフはステージでギターを使って、たくさんのおしゃべりをしていたんですね。そんなジェフ神の、囁きや叫びやジョークや挑発や愛の告白?など、たくさんのおしゃべりを楽しんだ2時間でした。アンコール最後の曲は、「オーバー・ザ・レインボウ」でした。本当に詩情あふれる素晴らしい演奏でした。60歳のロックギタリスト、最高です!ロックは若者だけの音楽じゃないぜ!おじさんだっておばさんだって、ロック大好きよ!・・・というわけで、冒頭に、まだ20歳そこそこのあどけないジェフ神のお写真を載せました(*^∀^*)何だか、ライブレポらしくないレポになりました。・・・ので、私の友人がもっと良いレポを書いているので、リンクしておきますので、そっちにも行ってみてください。鳥獣戯画へジャンプChobi's Gardenへジャンプ
2005.07.04
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