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すごい人出です。少し冷え込んでいるのですが。明日は天気が崩れてしまうという予想がでているのです。ブルーのシートがいっぱいです。本当は桜吹雪の方が好きです。春の花…桜ですが。桜吹雪の頃はひんやりとした強い風が毎年吹いているような気がします。その風に乗って派手に踊る花が好きです。桜吹雪のなかを歩いて行くのが好きです。雨に散らしてしまうのではなく。風にあずけてくれればいいと思っています。北では雪が舞っていると聞きました。無責任に美しい景色を想像しています。花をつけた桜の木はどうしているのか想像しています。白い雪にうすいピンクの花びらがきっとキレイに違いない。そう思って風景を思い描いています。この街のお花見はひとりでフラフラ歩いていく場所ではありません。気のおけない仲間たちが集まって楽しそうに騒いでいます。
2006年03月31日
久々にメガネ屋さんのカンバンを見ました。さつま狂句です。 桜が咲っ はながさっ おでばい好っは おでばいすっは 気もそぞろ きもそぞろ桜の花が咲きそろう季節になったぞ。外出するのが好きな者はそわそわそわそわして落ち着かなくなる頃だ。みんな落ち着きが無くなっています。風が結構強いのですが。風はかなり冷たいのですが。桜の花のしたには青いビニルシートが広げされています。お弁当広げている方もあります。寝転がって本を読んでる人もあります。ラジオをかけて早々と一杯やってる人もいます。土日の天気は微妙だとか。鹿児島の話です。落ち着かないお酒好きが近くにもいます。
2006年03月30日
鹿児島市には甲突川が流れています。甲突川こうつきがわと読みます。鹿児島本線の終着駅西鹿児島駅現在の鹿児島中央駅から天文館に向かって高見橋を渡ると左手にこの大久保の像が建っています。西郷隆盛は「西郷さん」なのですが大久保利通は「大久保」です。教科書的には彼の方が有名なのでしょうけれども鹿児島での人気は圧倒的に西郷さんの方が上です。大久保像が建てられてた時にも反対運動があったくらいなのです。あんなヤツの像なんか建てるな…という論調です。結果的に親友西郷を裏切った裏切りモノという感覚です。像を設置する場所も二転三転したという話です。高麗町に生まれ加治屋町に越してきて以来の西郷隆盛の親友でした。かれらの友情関係の話も大好きです。彼の死は二日後にはイギリス「ロンドンタイムズ」に掲載されたといいます。彼もまた孤高の英雄でした。大久保像の下。今年の桜は今週がピークです。お花見の人々があふれています。彼の像を見上げる人はまったにありませんが。
2006年03月29日
これがこむらさきのラーメン\900です。こむらさきのラーメンには賛否両論あります。それでも県外からのお客様を接待するときは必ずこの店に立ち寄る…という人が多いようです。ここのラーメン両親と一緒に食べました。県外からの親戚が訪れたときに食べました。友人が訪ねてくれたときに食べました。観光案内の途中で食べました。ラーメンは肩を張った食べ物ではありませんから一緒に食べに行けるのは気の置けない知人ばかりです。前にこむらさきのラーメンをいつ誰と食べたのかは忘れてしまいました。ずいぶん前の話です。ラーメンの味が変わったのか昔のままなのかそれはわたしには分かりませんでした。おいしいことは確かです。
2006年03月27日
鹿児島には南日本新聞という新聞があります。地元では圧倒的部数を占めています。だと思います。朝日や読売や毎日よりずっと売れていると思います。朝日や読売は南日本新聞を取ってさらにもう一紙という取り方が多いのではないでしょうか。鹿児島には駅売りの新聞がありません。駅がないのですから。バス停や路面電車の停留所にキオスクはありませんから。南日本新聞におもしろい記事をみつけました。桜島をライトアップする計画があるというのです。2011年九州新幹線が全線開通開業する前に実現したいとの記事です。実現をめざしたいという記事です。けれども桜島は東京タワーじゃありませんから…とつっこみたくなります。実現できればすごいと思いますけれども。記事には昭和30年代には数回にわたって実験が行われた。ともあります。昭和34年の実験の写真も掲載されています。実現できればスゴイとおもいますけれども。桜島に暮らしておられる方々は…なんて少し思いました。本当にライトアップされたら全国紙にも記事が載ると思います。
2006年03月26日
甲突川は鹿児島市の真ん中を流れています。大水の災害のときに有名になってしまったあの川です。古い石造りの橋がかかっていました。その川縁で春と秋の二回「木市」きいちが開かれます。春の木市は少し長めでこれから五月の連休まで続きます。桜の開花宣言からはじめての土曜日まだまだ桜は咲きそろってはいませんが周辺の空き地にはお花見の人たちが出始めていました。来週土日がピークになるのだと思います。鹿児島の街にも明るい酔っぱらいが増えます。
2006年03月25日
坂本龍馬が鹿児島を訪問したことは最近ではよく知られるようになりました。寺田屋で襲撃され負傷した坂本龍馬が逃げ込んだ先が薩摩屋敷だったために西郷隆盛との友情関係が成立。西郷に勧められて薩摩に傷の治療にやってきたのです。その時彼ら龍馬とお龍さんを泊めて世話してやったのが西郷隆盛の後輩小松帯刀です。小松帯刀は龍馬の亀山社中に協力した人物であり。薩長同盟はこの小松帯刀の京都の私邸で成立しました。県文化センターはあこがれのホールでした。東京のオーケストラや当時めったにやってくることのなかった東京の歌手のコンサートもここで開かれていました。ココしか設備がなかったのです。N響のコンサートもここで聴きました。東フィルもウイーン少年合唱団もココで見ました。吉田拓郎も鹿児島で最初の公演はここで開きました。高校生の男の子と女の子が日が暮れて外出を許されるのは音楽関係の文化的な催しモノが開かれる文化センターに行くときだけだったのです。ずいぶん昔のお話です。県文化センターは小松帯刀の家老屋敷跡に建っています。
2006年03月23日
鹿児島市原良町これではららと読みます。中学高校と大変仲のよかった友人がこのすぐ近くに住んでいました。わたしたちは学校帰りこのはらら温泉のすぐ近くの交差点でよく立ち話をしました。近くに鹿児島実業…当時からスポーツの盛んな高校でしたが。その鹿実が近くにありました。当時は男子校でしかも野球部の練習場も近かったためでしょうか。たくさんの坊主頭の高校生たちがはらら温泉に入るためにこの前を通りました。わたしたちは恐くて彼らが通ると解散したものでした。現在は大規模な道路工事が行われています。大きめの道がひとつ新しく通るようです。友人とはわたしが長く鹿児島を離れている間に連絡不通になってしまいました。どうしているのかココを通るたびに思い出しています。鹿児島にはここかしこに気軽に入れる温泉があります。
2006年03月21日
そろそろ観光客の方が増えてきました。修学旅行の高校生もときどき見かけます。西郷さんの銅像はなかなかの人気です。市立美術館の前庭にあるのですが。写真撮影ポイントも準備されています。この美術館の前の道は鹿児島文化ゾーンという名前です。図書館・博物館・資料館一日遊べますよ。p.s.めずらしい西郷さんの後ろ姿を隣の部屋に載せました。よろしければ覗いて見てください。透明な瓶に手紙をつめてインターネットの海へ:西郷さんの後ろ姿を見たことがありますか - livedoor Blog(ブログ)
2006年03月19日
カイドウザクラです。下をうつむいているように見えるのは今日の雨のせいです。赤みがかった花ですがサクラ…街道桜です。強い風激しい雨の一日でしたが。夕刻には陽も差しました。気温も少し上がったように思います。確実に春は近づいています。
2006年03月16日
ここ鹿児島でも今日は気温があがりません。冷たい風が走っています。今日は二枚さくらじまの写真を撮りました。写真を撮るといっても古い携帯と安いデジタルですから。その上目と腕が悪いのです。この目で見た風景の方がずっとすばらしいのです。今日のさくらじまはどんより曇って見えました。けれども雲の切れ間から差し込む光が。やがて全ての雲を追い払ってくれそうな気がしたのです。自分勝手な思いこみです。わたしは妄想の生き物です。自分が淋しければ「さくらじま」が淋しそうだと言い切ります。元気いっぱいの浮かれた気分で「さくらじま」もわたしを見守っているのだと表現します。春。春なのに理由も分からずモヤモヤとしていました。何かに追われているような。誰かに見られているような。今日のさくらじまは、その上を覆う灰色の雲は、そこに差し込む陽の光は何かを吹き飛ばしてくれそうな…そんな気がしたのです。さあ。春です。寒いですが春です。 もう一枚の写真は別の部屋に飾りました。訂正とお詫び。わたしは当ブログの二月十七日付けの投稿のなかで誤った内容を記述していました。すでに訂正しましたがご報告いたします。内容は西郷隆盛の銅像に関するものでした。その中でわたしは「上野の西郷隆盛像も安藤照氏の作である」旨記述しておりましたが。それは間違いです。上野の像は著名な彫刻家高村光雲の手になるものでした。訂正してお詫びいたします。(当の記事はすでに修正いたしました)高村光雲はかの光太郎の父で著名な彫刻家です。わたしの知識不足・勘違いのなせる間違いでした。申しわけありません。ひとつおもしろい発見がありましたので。それもご報告いたします。上野の西郷さんがつれている犬の名前をご存知ですか。上述の通り西郷像は高村光雲の手になるものですが。犬には別の作者がいるらしいということ。またこの犬にはモデルが存在し名をツンというそうです。ひとことウンチクでした。
2006年03月15日
鹿児島にはたくさんの温泉があります。大都会ではめっきり少なくなった銭湯ですが…鹿児島のおふろやさんはほとんどが温泉なのです。鹿児島は福祉の街です。市内には複数のバス会社が路線を持っています。地下鉄も電車もありません。(この町で電車というと路面電車のことなんです)ですから市民の足はバスなのです。その各社のバスも路面電車も無料で乗れる「敬老パス」というカードが市から配布されています。福祉活動の一環です。このパスで温泉にも無料で入れるのです。…残念ながら少し制度が変わりました。選挙の折にたしか福祉を声高に叫んでいた方がこの市の偉い職にお着きになってからずいぶん制度が変更になりました。三分の一の料金を支払え。温泉行くときは百円玉を持って行けという制度になりました。それほど複雑な機械ではありませんが。お年寄りが温泉の入り口で立ち往生なさっているのを見たのは一度や二度ではありません。鹿児島は福祉の充実した町です。
2006年03月14日
鹿児島の街ではあちらこちらで「ラーメン・ちゃんぽんの●●」というカンバンや旗をみかけたものです。昔の話ですが。ちゃんぽんと言っても長崎チャンポンや皿ウドンとは違う食べ物なんです。今もちゃんと多くのお店でちゃんぽんが食べられます。野菜がいっぱい入った熱い麺類なのですが、ラーメンとは麺も味付けも少し違うのです。スーパーにはチャンポンの麺も売っています。ちゃんぽんスープの素というのもいくつかのメーカーから出ているのです。ですから、もしかしたら全国的な食べ物なのかも知れませんが。少なくともわたしは東京や大阪でチャンポンの姿を見かけたことはありません。こちらへ戻って久々にご対面できたのです。ちゃんぽんはとってもおいしい食べ物です。
2006年03月13日
天文館は鹿児島で一番の繁華街です。この街にも新幹線がやってきました。新しいスポットも増えました。鹿児島市はどんどんどんどん大きくなっています。しかしこの街で「街へ出てくる」と言うのは今でも変わらず「天文館へ行ってくる」という意味なのです。天文館は天文館なのです。路面電車の走る大通りを中央駅に向かって左に入ったところにのり一はあります。これで250円。大盛りを頼んでも300円。長く生き残ってきたこの店のラーメンの味は決して他に劣ってはいません。隠れた美味のラーメン屋。知ってる人は知っていて、いつも満席状態です。
2006年03月11日
現在は与次郎よじろうという名前です。よじろがはまとは呼びません。長い期間を使って錦江湾の埋め立ての事業が進められ現在は湾岸エリアとして大きなホテルや巨大な県庁の庁舎・遊技場・飲食店などが立ち並ぶこの街ではちょっとおしゃれな地域になりました。目の前には巨大な桜島が見えます。むかしむかし鹿児島の空港は鹿児島市内このすぐ近くにありました。横はすぐ海でお盆には精霊流しの提灯のほのかな灯りが海に浮かんでいました。一晩中起きている東京などの大きな街とは違い、この町の夜も早く訪れます。与次郎を訪れる多くの人は車を使っています。だと思います。むかしむかし鴨池の野球場の横は松並木で海につながる浜辺でした。きれいなカンバンのポムの城ぽむのきはオムライスのおいしいお店です。オムライスの専門店です。
2006年03月09日
報道されていることが全て真実だとは思いません。テレビドラマもお笑い番組もなくてはならないものなのだと思います。国家予算の審議もせずに次の選挙のために奔走する政治家の姿勢もしかたのないことなのかも知れません。ニュース報道番組の時間枠に入りきれなかったことがらには価値がないとは思いません。けれど口ではそう言いながら忘れてしまっているのです。気付かずに通り過ぎているのです。わたし自身のことです。自分自身の内省です。「沖縄・辺野古の海で座り込みを続けてきたお年寄りたちがいる」‥ 海にすわるというドキュメンタリーが放送されると聞きました。 不勉強なわたしは辺野古という地名を知りませんでした。普天間基地の移転問題とどのようにからむのかも、移転問題そのものについてさえ何にも解ってはいないのです。番組構成師という仕事をしている知人がいます。知人がやってる仕事なら全て信用できるなどとは思いません。真面目にやった仕事だから見るべき価値があるとも言えません。けれども彼が発信する番組には何かの意味が込められているはずなのです。彼は口では語りません。文章でも書きません。彼がそれを語れるのであればテレビ番組なんか作りはしないのでしょう。彼がどんな仕事をして何を語ってくれるのか。番組がわたしに何を伝えてくれるのか見極めるために わたしはこの番組を見ます。
2006年03月08日
十五の春。中三の子ども達が入学試験に臨んでいます。どの子も緊張した面持ちで受験生集合を待っていました。どんなに時代が変わっても簡単な入学試験はありません。 昔は難しかった。私は楽に入りました。 最近は子どもの数が減少してるから・・・・昔も決して易しくはなかったし今も易しくはありません。あとになって何を言おうとも試験に向かう受験生は等しく緊張しているのです。みんな不安になっています。‥‥昔も今もです。子どもは成長して人になるのではありません。子どもは生まれたときから小さな人間なのですから。本日快晴どんなに偽善的に聞こえてもいい。みんなに暖かい春が来ますように。 今日の鹿児島は快晴です。
2006年03月07日
しとしと雨が落ちています。天気予報は暖かくなると告げてはいますが。冷たい雨が街を湿らせています。なかなか春だと叫ぶことはできません。けれども冬は確かに終わっています。少なくともこの街の冬は終わっています。15の春を迎える子どもたちが卒業式を一週間後に控えています。鹿児島県の公立高校の入学試験が明日行われます。公立中学の卒業式の翌日が合格発表の日です。 今日はしとしとの雨に桜島もうすくかすんでいます。 明日は晴れるといいのですが。
2006年03月06日
原良の細い道を抜けてトンネルには入らずちょっと急な坂を登ります。登り切ったらつきあたりに明和中学校と明和小学校です。高台の住宅地からは遠くに桜島が見通せます。どこの街でもそうでしょうけれども誰もがはいる普通の食堂。買い物帰りの家族や、家事の合間の主婦の集まり、お昼を食べに入るスーツ姿の男性陣、温泉帰りの母娘……ごく普通の食堂にだっておいしいラーメンはあります。鹿児島ではほとんどの食堂でラーメンが食べられます。「麺どころさつま」の特製ラーメン限定一日10食限り。チャーシュウがとろとろの黒豚なのです。
2006年03月04日
桃の節句は子どもの無病息災を祈る日です。陰陽道では奇数は陽の数。陰ではなくて縁起のいい数だとされています。けれどもちょっと調べてみると意外なことに気がつきます。それは先人たちの逆説的な表現なのです。昔から奇数は縁起の悪い数とされていたのです。ですから三月三日も五月五日も。七月七日・九月九日は奇数がふたつ重なる要注意の日なのです。七五三も厄年も弱い子ども達が無病息災で過ごせますようにと神仏に祈る行事なのです。子どもに肉親に友人に自分自身に、どうか災いが舞い込みませんようにと。お祈りする日だったのです。生まれたばかりの子どもを氏神様に引き合わせるのも‥心を謙虚に持って静かにお祈りする行事に他なりません。よく考えてみると先人の知恵は大したものです。季節の変わり目。成長に伴う身体の変わり目。三月三日。今日も冷たい風が走っています。花粉もいっぱい飛んでいます。ご用心ご用心。けれども「ひな祭り」気にすることはありません。この話全部がわたしの根拠のない作り話かも知れませんよ。
2006年03月03日
本当にポトンという音をたててつばきが花を落としました。昨日いや一昨日から何となく予想はついていたのです。武士が嫌うのも無理はありませんね。潔いと言えばそうなのかもしれませんが。庭にはつばきの木が二本あります。花はあわせて五つ開いていました。ふたつとみっつでした。つぼみは十分に大きくなっているのですが。花開いたのは五つだけなのです。ふたつのひとつが落ちました。初めはふわっと。毎日毎日開いていきました。あざやかな赤を雨がさらに強調していたのでした。昨日。残ったひとつもあまり元気はありません。けれどつぼみたちがやがて大きく花開くことは間違いないと思います。きっと咲いてくれると思っています。午後からは優しい陽差しが戻ってきました。桜の花の開花予想。鹿児島は20日前後とのことでした。
2006年03月02日
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