60ばーばの手習い帳

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April 2, 2023
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カテゴリ: 詩とやまと歌と
「僕の心のなかでは道というものがひとつのシンボルとなっているらしく」と、黒田三郎は『生いたち』の中で語ります。第1詩集『失われた墓碑銘』でも、次いで『時代の囚人』でも巻頭詩は『道』です。

 どこかに通じているはずの「道」は、逃れられない現実に帰ってくるだけです。
それなのに いつも道は僕の部屋から僕の部屋に通じているだけなのである (『道』)
俺は明日もこの道を行っては帰ってくるのか (『一枚の木の葉のように』) ​​


 黒田三郎は人間的に生きることを妨げるものを訴えながら、人生の始まりから終わりまで一本の道を歩き続きました。英雄になるでもなく、反旗を翻すでもなく、事実を事実ととらえ表現する人生でした。

 彼は、戦争の足音の中で育ち、組織・集団・権力といったものには批判的でした。
それぞれがそれぞれの中に違った心をもって
それぞれの行先に消えてゆくなかに
僕は一個の荷物のように置き忘れられて
僕は僕に与えられた自由を思い出す​ (『道』)
 一人の人間の命の重さは地球より重いと言われますが、黒田氏の詩も、どんなひとりも、全世界と釣り合うほどの価値を持つという思いで、ひとりの失われた命が無名の「1」として報道されることに怒ります。
 人間が人間として生きること、より人間的に生きることを愛した詩人でした。
右に行くのも左に行くのも僕の自由である
すべてのものの失われたなかに

いたずらに昔ながらに残っている道に立ち
今さら僕は思う ​​

​           引用および参照元:『黒田三郎 詩集』思潮社現代詩文庫
 ​





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Last updated  April 2, 2023 12:00:21 AM
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