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朝と夕方にリボトリールとガバペンを1錠ずつ服用している。インターネットで調べるとこれらの痺れに関する薬を止めると重篤な状態になるとのことで医者の指導を受けながら行わなくてはいけないと書いてあるが、実際やってみるとなるほどと思える状態になってしまう。 毎月一回の病院通いだが、1回の医療費は平均して1万円を超える。何とか安くしたいと薬の量を減らす交渉をしてきたが、なかなか受け入れてもらえなかった。今度の医者はゼチーアとダイアートとリボトリールを1錠止めてくれた。リボトリールを止めたときにかなり状態が悪化したので、再度2錠に戻したがその他の2つは今のところ止めても影響はでていない。 ガバペンは痺れがきついと以前の医者に相談したところ一日に2錠を処方さらたが効果を認識できなかった。次回病院に行ったときに相談してみようと思う。 私の脳にはMRIでみても発症当時からこれだという影がなく、一ヶ月前のMRIとMRAの検査でも影は無かった。MRAでみた脳の動脈が少し形が異常だと言う。3年半前のMRAとは全く違う画像だった。 先週の金曜日さらに精密なMRIとMRAを撮影した。結果は来週の土曜日にわかる。これまでの医者は一度も私にMRIとMRAの撮影を進めず、3ヶ月に一度自分病院にあるCTを撮影し、脳梗塞はすすんでいないとの説明だけだった。3年半の間一回くらいはMRIの撮影を勧めるのが本当ではないかと思う。 そもそも、その医者が一番最初に示した脳梗塞の場所は左の脳幹であったが、私は左上下肢が痺れている。左の脳幹の脳梗塞であれば、違う症状が出ていると素人判断だが、思ってしまう。その医者に対する不信感はそのようなことからも持っていた。 お互い短気なので、私が意見すると喧嘩になってしまい何も解決できないまま3年半も過ぎてしまった。 医者の選択は本当に難しいと思う。この医者だけでなく。このブログの最初のころに書いてある私の入院した病院はもっとひどかった。
2012.07.16
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新しい医者に太りすぎと運動不足を指摘され、ここ10日間ほど夕食の前に玉葱一個をスライスしメカブや納豆とまぜ、麺つゆで味付けしたものを食べるようにしています。 私の食欲はある意味異常で特に夜仕事から帰ってくるのが9時過ぎにも関わらず、高カロリーの食事を大量に食べた後、インスタントラーメンなどの麺類を食べないと満足できない、ある意味での過食症気味なところがあり、慎重が170センチも満たないのに体重が80キロをこえていました。 玉葱のスライスを食べた後、その他の野菜や鶏肉、豚肉、魚を満足するまで食べ、ご飯を食べないようにしています。不思議なことにあれほど夕食後に麺類を食べたいと思ってたのが、その欲求がなくなりました。 また、運動はこれまでの自宅から駅までの自転車利用を歩きに換え、仕事中も会社の車の利用を減らし、電車を利用することで、1日に1万歩以上歩くようにしました。 結果、始めてまだ10日ですが、体重は2キロ落ちました。脳梗塞で入院したときは3週間で10キロおちたことを思えばたいした事はありませんが、それ以上に画期的なことは、これまで、自宅の血圧計で計ると上が平均150下が90くらいだったのが、上が120台下が70台に下がったことです。血圧降下のための利尿剤を飲むのを止めたにも関わらず、今まで自宅の血圧計で見たことも無い数値を見て驚いています。 これを、どこまで継続できるかがポイントですが、この結果が今は励みになっており、頑張ってみようと思っています。
2012.07.15
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今日、MRIとMRAをとりCDに記録して来週、最近かかり始めた病院に持参する。気のせいかMRIとMRAの撮影が終わった後から、痺れが出てきたような気がする。昨日まで調子が良かったのに少し残念。 調子が悪くてどうしようも無いときは何をやっても駄目だが、仕事が暇になときなどは、痺れの状態を考えてしまい。結果悪くなってしまうような気がする。 以前は本を読むだけの集中力がなかったが、最近は読書も気晴らしになるようになった。夢中になって読んでいる間は痺れを忘れている。また、私はウエアハウスというゲームセンターでコインゲームをやるのが好きでゲームをやっているときは痺れを忘れている。但しへたくそなので、金がかかって困る。中には10万枚以上もためている人もいるので、どうしたらコインをなくさずにすむかを研究中。まだまだ修行が必要だが、ゴルフや釣りに比べれば安いもんだ なにかに没頭することで痺れから解放される。自分の身体の状態を気にするのが一番馬鹿げた結果になっている。 脳梗塞は脳が勝手に騒いでいるだけだから、それが気にならないような何か能動的な行動をするのが一番だと思う。
2012.07.13
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最近見つけた神経内科の先生に相談したところ、これまで飲んでいたリボトリール2錠を1錠に、ダイアートとゼチーアを1日に1錠ずつ服用していたのをやめました。実はダイアートをのむことで、1日に2リットル水を飲めとも言われていたので、ものすごい頻尿になっており、家から会社に着くまでに4回ほどトイレに行く状態で、あるときは我慢しすぎて、膀胱炎になり入院させられそうになったこともありました。かかりつけの医者に相談ましたが、相変わらず2リットルの水とダイアートを服用を止めさせようとはしませんでした。喧嘩になりそうになったのをなんとか看護婦さんがなだめてくれたこともありました。 新しい先生の処方で、今は服用をやめ、頻尿はとまりました。それでも今は夏と言うこともあり、1日に1.5リットルほどは飲んでいますが、汗ででていっていると思います。むくみはありません。また、今年は例年になく、暑ければ汗をかき、天敵だったクーラーの風にも抵抗力がついたようです。 ゼチーアについては次の血液検査でコレステロール値の変化を確認することで服用を止めた影響を検証します。 問題はリボトリール2錠を1錠にしたことの影響ですが、確実なことは次回新しい病院の先生に確認する必要がありますが、左足の痺れが、これまでと種類の違う痺れになり、その範囲が拡大したように思われました。また、止めて1週間後の休日でしたが、仕事の環境が変わったことのストレスの可能性もありますが、何もやりたくなく、1日中部屋にこもり、ただテレビを眺めているだけで、ウツ状態になってしましました。 家内がおろおろしているのが分かるのに、全く気力がでず、声も出ない状態でした。恐ろしくなって以前のように2錠服用すると、元にもどりました。このことが、薬の影響なのか、仕事のストレスなのかわかりませんが、戻れてホットしています。 最近、夕食にご飯を食べないようにし1日1万歩、夜の筋トレ、ラジオ体操を始めました。なんとなく調子の良い日が続いています。 継続できるかが、ポイントですが、今度の医者は今の状態は改善すると言ってくれたので、励みになっています。やはり嘘でも改善の可能性を言ってくれる医者のほうが張り合いができて、日々のすごし方が変わるように思います。
2012.07.12
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昨年の大型台風来襲以来、体調に自信がなくなり、卓球クラブの参加をやめていたら、先日部長さんからたまにはでてきたらと誘いがあった。 誘われてから、3週間たってしまったが、昨夜8ヶ月ぶりに参加した。 昨日は朝から午後3時くらいまで、親戚の相談事で車で出かけたせいか、体調が悪く卓球に行く気がしなかったたが、行かないともう二度と参加しなくなってしまうような気がしたので、多少無理してでも行くことにした。 多くのメンバーに「お久しぶり、あまり無理しないで」と声を掛けられるなか、練習を開始した。 本当に不思議だ。想像以上に身体が動く。後ろにそらしたボールを取りにいくときは走っている。自分に気づいた。 卓球の練習は最初乱打から始まる。試合前に一定の位置で長くボールを打ち合あって調整するやつだが、ボールのスピードも落ちていない。ボールの変化にも着実反応していた。 実は、もう元のようにはできないと思っていたが、この8ヶ月のブランクを感じたのは体力くらいで、それでも、なんとか約3時間の練習についていけた。 足は棒のようになってしまったが、いつもの痺れではなく、筋肉疲労によるものだ。 練習後、歩いている感覚が変わった。脳梗塞発症以前とは違うが、ここ数ヶ月の状況とは全く違う。考えてみれば、脳梗塞発症後私はスポーツクラブに入り、筋肉トレーニングやルームランナーなどの運動をしていた。今は、通勤時の歩行と土日の散歩くらいになっていたが、どうやら、歩くとか自転車をこぐ程度の運動では足りないようだ。仕事がデスクワークということもあり、どうしても運動不足になりがちになってしまっていたようだ。 今日は、筋肉痛と痺れが交代したような状況だが、痺れているよりはずっとましだ。 そんな簡単に痺れの問題が解決するはずがないので、おそらく明日会社に行けば元の状態に戻っていると思うが、それでも自分の中のに、まだ残っている潜在能力を確認できたような気がする。 これまで、痺れの辛さに負けて無意識のうちにまともに歩けなくっている自分と、気持ちを取り直して意識してまともに歩ける自分の2人の自分がいることはわかっていたが、卓球をやると時のように、無意識で自分にはできないと思っていることをやっているもう一人の自分がいることに昨日気づいた。 まだまだ、この身体と楽しくやっていける方法があるような気がしてきた。 もしかして卓球は脳梗塞の後遺症に悩む人間とってに打って付けのスポーツかもしれない。
2012.05.27
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今日は愚痴を書きたい。 医者は偉そうなこと言うが、患者である私の悩みには全く関心をもっていない。確かに脳梗塞を再発させないことは最も重要なことかもしれないが、私にとって日常の痺れをいかに緩和するかが、毎日の悩みであり今もっと重要なことだ。 医者からは、ガバペンとリボトリールを処方されているが、その効果が良く分からない。(飲まないともっと恐ろしいことになりそうだから、飲ずにはいられないが) 3年半で処方が変わったのは、リボトリールだけだったのが、ガバペンが加わり、その量が2倍になっただけで、症状に大きな変化はない。 痺れについて相談すると、「これは直らない。」の一言だけ。筋肉の状態がおかしいといったらそれは専門外だから、整形外科に聞いてくれ、実際整形外科にも行ったたが、具体案はなく、とりあえず、理学療養をやってみますかと聞いてきた。理学療法もやったが、効果があるとも思えないのですぐやめてしまった。 そもそも、医者は脳梗塞の後遺症を自ら体験していないから、本当の意味での患者やの日常の苦しみまで分からない。今かかっている医者の診察は月1回3分の診療で毎回同じ処方をしてる。最初のうちは文句もいったが、最近はもうだまっている。神経内科をやっている病院がすくなく、近くにもないので今は我慢しているがそのうち別の病院にかかりたいと思っている。 ブログにコメントを下さる方のほうがよっぽど可能性を感じる対処方法を教えてくださるように思える。
2012.05.18
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先週は寒さと雨で、久しぶりに痺れが強烈になり、会社を早退してしまった。雨の中を歩いて、体が冷えたのが悪かったようで、会社に居て痛みに耐えて目を閉じ動けなくなった。 早退するといっても会社の人間に見苦しいところを見せないようにするだけで、駅までの道は非常に辛く、電車に乗っても目が開けられない。 家に帰って布団にはいっても、私の場合、体を横にすることで痺れが増してしまうので、体を休めることができない。普段であれば家族が体を押さえつけて頚縮を押さえ込むことで、寝ているがが、そうであければ、どこにいてもその痺れから開放されない。熱がでて家で休むことで回復できる風邪と違うところだ。 ただ、今回運が良かったのは家に息子が偶然いてくれて、帰った私のマッサージをしてくれた。ただ、今回はマッサージでは左上下肢の頚縮はとまらず、苦肉の策で、右足のつぼを押さえてもらったところ、頚縮がぴたりと止まってくれた。お陰で2時間ほど眠れた。 その日は早目に眠剤をのんで寝たが、翌日、目覚めたとき、体はいつもの状態に戻っているのに会社に行く気が全くしなく、何度か会社に休みの連絡をしようかと思った。 ただ、今日会社を休むと翌日以降もいけなくなるような気がして、何とか出社した。会社に着くころには、いつもの自分に戻っていたので安心したが、もしかして「うつ」の前兆かと不安になった。そろそろ暖かくなるだろうから、もう少しの辛抱だ。「世に棲む日々」を読み終えて、「翔ぶが如く」を読み始めている。本を読む集中力が少し回復し、楽しめるようになってきた。高校時代から読み続けてきた「ビッグコミック」の漫画すらを見るのが辛くなったいたので、この点は安心している。
2012.02.26
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司馬遼太郎の「世に棲む日々」をまだ読んでます。ようやく4巻目。前回吉田松陰が主人公と書きましたが、2巻目の途中から主人公が高杉晋作になり、更に面白くなってきました。 「竜馬が行く」を読んでも元気がでましたが、「世に棲む日々」を読んでいても元気が出ます。 50を過ぎて20代の吉田松陰や高杉晋作の生様に心を動かされている自分もある意味で情けない話ですが、以前のように体は思うように動かせなくても思考の中では、まだ脳梗塞になる前の気分で本の内容を勤め先で起きていることに重ね合わせ、自分はどうすべきか、どの位置に立つべきか考えているのは結構楽しい気がします。 相手にしているものが天下、国家とは、全く違うなか、私の勤めている会社の社長を高杉晋作だとすれば、さしずめ私は伊藤博文かなどと考えたりしています。ただし、この本の中では伊藤博文の評価はさほど高くありません。せめて井上門多あたりになれればと考えたりもします。
2012.02.12
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やっと今週も終わった。くたびれた。駅までの道が遠い。やっと地下鉄にのり、座席にすわり、しばらく目を閉じる。気持ちがおちついたところで本を開く。今、司馬遼太郎の「世に棲む日日」を読んでいる。どんなに失敗しても、運が悪くても、どのようなことが身に降りかかっても狂人的に明るく考える吉田松陰が主人公。2巻目になっておもしろくなってきた。高杉晋作、久坂玄瑞、山縣有朋、伊藤博文など少しはイメージがあるが、維新の英雄や明治の政治家を多数輩出した松下村塾の師であるにも関わらず吉田松陰のことはあまり印象がなかった。ここまで読んでもまだイメージがもてない。とはいえ、小説自体は楽しく読んでいる。明日から2連休、もう眠くなっているが、もったいなくて寝るのが惜しい。寝るのが惜しいといったら、本でも読めと家内が布団の中から言ってる。そうしよう。
2012.02.03
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随分ながいこと書き込みをしてなかった。もしかすると1年半くらい書いてなかったようです。脳梗塞になって3年が過ぎ、あいかわらず痺れとの格闘ですが、少し変化がでてきました。1年目はとにかく寒くて家にいるときは部屋の中にいるときは湯たんぽを抱え、寝るときは電気敷き毛布が必要でしたが、今はその必要がなくなっています。呆けたのではと思うことや、記憶力がなくなったように思ったことがありましたが、気のせいだったように思えてきました。記憶力はもともと無かったかもしれません。左足の筋肉がぶよぶよになったことがありましたが、いまは筋肉がもどったように思います。運動能力は改善していません。一番直って欲しい痺れは変わりませんが、他のことが改善してきていることから、少しは直るという気がしてきました。いま、リボトリール2錠、ガバペン2錠を痺れ止めとして服用していますが、飲む時間帯と飲み方をかえれば、もう少し痺れからも開放されるのではないかと挑戦しています。(医者の了解済み)何か変化があったら、また書きます。おととしは宅建には合格しましたが、昨年挑戦したマンション管理士と業務管理主任者の試験は両方とも落ちました。今年は別の資格に挑戦したいと思っていす。
2012.02.02
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この3ヶ月間、調子の良い日、悪い日はあっても全体として、あまり大きな変化はなかった。35℃を越える暑い日は調子がよかったが、逆に台風が直撃した日は最悪で翌日は会社にでられなかった。暑い日がつづいたが、外の温度はあまり苦にならず背広を着たままでいられた、熱中症のリスク意識した。冷房は非常にやっかいだった。10月になり気温が下がってきたが、調子はまあまあ。むしろ冷房が無い分夏よりは過ごしやすくなっている。冷房はまさに私の天敵だ。左上下肢の痺れは何をやっても変わらないところを見るとやはり医者が言うようにこれは直らないのだろう。(まだ、あきらめられないが) 体の調子を悪くするものとしては ・冷房 ・低気圧 ・睡眠不足 ・ストレス ・スーパーなどに行って買物すると時の歩き方は、細か い動きのせいか痺れがきつくなる。(ウォーキングの歩き方だとおこらない。) 最近分かったこと、痺れがきついからといっって運動を止めると体力の低下、筋力の低下がでて、今できることもできなくなる可能性がある。 びっこを引いて歩くと左足の筋力の低下がおこる。なるべく普通にあることを意識して歩く必要がある。時間が取れるときはウォーキングをすして筋力の低下をなるべく進まないようにしなければいけない。左足の足首から先の形に変化があり、機能の低下が見られるので、注意して観察する必要があると思う。 卓球を続けている。卓球をやる場合中腰で動くため、ウォーキングと違い、骨を使わず立たなければならないので、筋肉には良い思う。いつもの自分の動きを考えるとなぜ卓球ができるのか不思議だ。卓球のボールに動かされている。後がきついが、やっているときは、元の自分に多少戻れたようで、非常に幸福な気分になる。また、ウォーキングは心肺機能には良いが、足の筋肉を鍛えるには自転車の方が良いように思う。 宅建の試験を来週受けるが、これまで勉強してきたが、記憶力の低下が脳梗塞によるものか年齢によるものか分からないが、一度呼んだ参考書を二回目に読むとき、初めて読むようなきがしたのには驚いた。 合格できるがどうか微妙だが、これまでも色々な資格試験を受けてきたが、これほど苦労したことはなかった。また、脳梗塞によて自分の能力の低下したことを認めたくないこともあり、これほど合格したいと思うのは大学受験以来だ。 それだけに落ちたときのショックが怖い。 --------------------------------------Learn more about breast cancer - Pink Ribbon Campaign 2010http://yj.pn/JAy9L7
2010.10.08
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7月12日 この時期何処へ行ってもエアコン効いていて体が動かなくなってしまう。 会社にいても何かしら仕事をしていると時は多少痺れや痛みから解放されるが、それ以外の時間は、ただ痛みに耐えているといった感じだ。 このままではうつ病になってしまうのではと考えたり、どうしてここまでして働かなければならないのかとか思ってしまっていた。 脳梗塞の苦しみは家族にもなかなか理解されないとも言われるので、余計にそう思ってしまっていた。 確かにこの痺れがどのようなものかは妻にも分からないはずだ。 しかし、最近になってようやく気づいた。遅いくらいだが、彼女は私が苦しんでいることに心を痛めていた。 連れ合いが脳梗塞になることは、妻にとっても相当なストレスだったことに最近になってい気づいた。 最近娘が結婚して家を出た。彼女は妻にとって最良の話あいてだった。もともと5人家族だったが、子供の成長とともに2人で過ごす時間がなかくなって来ている。心に隙間ができた時に、私が脳梗塞で苦しむ姿を見るのは忍びないはずだ。これまで自分だけが苦しんでいるとばかり考えていたが、私の甘えが家族をも不幸にしてしまうことにようやくきづいた。 確かに苦しいが、この苦しみは自分だけの物ではなかった。妻への思いやりが欠けていたように思う。 この後遺症と向いあうのに、明るさだけはなくしてはいけないとつくづく反省している。 脳梗塞になってもうすぐ2年になるが、最初は気持ちだけは負けていなかった。初心に戻ろう。 --------------------------------------Get the new Internet Explorer 8 optimized for Yahoo! JAPANhttp://pr.mail.yahoo.co.jp/ie8/
2010.07.12
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6月10日 最近、脳梗塞による体力低下をなんとかしようと、いろい ろやってみるが、うまくいかない。 昨年仕事上のことでで横浜市の職員に事実上、だまされ、 その時から体が、きつくなると痙縮がおこるようになった。 ひどいと眠れない。 情けないことにその時、タバコをすってしまった。 1年ぶりだった。その時は、痙縮が収まったが、その後もタバコを続けてまった。タバコをすうと気持ちは楽になるが、左の痺れが一時的にきつくなる。これが悪かったのか 最近、調子が悪い。今週から禁煙している。 冬の寒さより夏のクーラーのほうがきついようなきがす る。調子が悪いとブログを書く気も起こらず、何かを模索しつつも、結論のでない毎日をすごしてる。
2010.06.10
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3月30日 2週間くらい前に、あまりに肩がいたいので、会社の近くの整形外科を紹介してもらい診てもらった。 結果、肩は五十肩になっているが、その他の上下肢の痺れ痛みは脳梗塞が原因であり、整形外科の分野ではない。 飲んでる薬を見せると、何時も通っている神経内科の先生の気持ちがよく分かる。痺れに関する薬をもっと飲んだら方がいいのではと。主治医あてに手紙をかいてくれた。五十肩については、それを解消するためのストレッチ方法を教えててくれた。 痺れについてはなんとなく、諦めがついたが、薬の飲み方を工夫することで、いまより楽になるかもしれないとの期待と、五十肩を直せば今より少しは楽になるとの希望をもつことができた。 神経内科には毎月1回かよっているが、血液検査とCTを繰り返し、決まった薬を処方する。整形外科の先生にもらった。手紙を渡したところ、なぜか不機嫌で、リボトリールをもっと飲んでみようかと言ったところ、あなたが仕事中に眠くなるのは困るからいうからそしていたんだと言った。仕事中に眠くなるのは困るにきまってる。 リボトリールの飲み方を変えようかといったら、返事がない。 頭にきたが、黙って診察室をでたら、仲良くしている看護婦がおっかけてきて、人に聞こえないように筆談でいろいろとおしえてくれた。 痺れを解消するための薬の飲み方は、自分で工夫し、自分で見つけ出さないとだめで、先生には分からない。とのことだった。 自分でかってに飲み方を変えて良いとはおもわなかった。 私は朝は調子がいい。これは、どうも夜寝る前に飲む眠剤によるものらしい。 リボトリールは以前は夕方2錠のんでいたが、途中で朝1錠夜1錠に変えていたが、それでも調子はよくない。 午後3時から痺れがひどくなるので、今週からは朝1錠昼に2錠飲むことにした。効果はまだ分からないが、薬の飲み方を工夫することも方法だということが分かっただけでも少し希望がもてた。 ところで、今、毎週の卓球が最大の楽しみになっている。もちろん痺れているが、苦痛と思わない。痺れているなりに卓球をやっているので、以前のようには動けないが、不思議と幸福な気持ちになる。このときだけは、たとえ卓球場につくまで、痺れてまともに歩行できない状態であっても何とか2時間の練習をこなせる。終わった後の爽快感は、自分でもよく分からない。 スポーツジムでの運動とは全く違う。 自分はこのときのために卓球を中学高校とやってきたのではと思うほどだ。--------------------------------------Get the new Internet Explorer 8 optimized for Yahoo! JAPANhttp://pr.mail.yahoo.co.jp/ie8/
2010.03.30
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3月23日 休日は仕事によるストレスがないので、痺れは楽になるはずだが、最近はあまり変わらない。 何かを勉強していないと、取り残されてしまいそうで不安だが、家にいてテレビを見るだけで1日が終わってしまう。 これでは駄目だと、思いつつ新聞や本を読もうと思うが、集中力がなく、すぐに眠くなってしまう。 卓球をやるときは、不思議と痺れは感じるものその楽しさで、気分が紛れていて爽快な気分になるが、毎週土曜の夜6時半から9時までなので、それ以外は憂鬱な気分ですごしてしまう。 医者からは今の状態は一生変わらないといわれるが、どうしても納得できない。というより直らないはずはないと思ってしまう。脳梗塞になって1年半になるが、現実をなかなか受け入れられない。 先日、日本慈恵医大の安保先生の治療をテレビでみたが、自分は対象にならないと思うが、そのうちきっと治療法は見つかると思う。--------------------------------------VANCOUVER 2010 PARALYMPIC GAMES Newshttp://pr.mail.yahoo.co.jp/para/
2010.03.23
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3月19日 久しぶりにブログを書くが、この間、痺れにたいして 悪戦苦戦の連続だった。 鍼灸、ジム、整形外科、ストレッチいろいろやったが、 まだ、痺れとうまく付き合う方法や改善の方法はみつから ない。むしろこの間精神的にも疲れたのか、泣き言を言う ようになってしまった。 どんなときでも元気に明るくを信条としてきたが、 ブログを書くのも面倒になってしまっていた。 とは言え、まだまだ頑張れる。 最近分かったこと。 筋肉の痛みと痺れは相乗効果があって耐え難くなる。 ストレスは痺れに大きく影響 睡眠不足も悪い。 運動も義務的にやってはだめ。 楽しみながら運動する方法を選ぶ。最近以前所属 していた卓球クラブに15年ぶりにもどった。運動 量としてはきついが、爽快感があって意外に 良いのではと感じている。 会社内の狭いところを動いたり。スーパーなど で買物をするような動きは痺れが増す。 単純にまっすぐ歩くぶんには問題がない。 電話は痺れていない方でかけると楽。 痺れている方は筋肉がおちると同時に伸縮性 がなくなる。ストレッチを怠ると厳しい状況になる。 無理は駄目だが、運動をしないのはもっと駄目。 自分の苦しさを理解してもらうことはほぼ無理。 痺れを我慢していることもストレスになる。 気の紛らわし方も考えないといけない。 そのうちいいことあるでしょう。
2010.03.19
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10月16日 9月上旬から、経堂にある鍼灸印に時間の都合のついたときに見てもらうようにした。インターネットで調べ脳卒中の後遺症に鍼灸がよいと言われたことと。今の主治医に痺れが治らないことを言ったときに「いい加減にあきらてくれ」といわれ、頭にきたので、別の医者に相談したところ。「それはいくらなんでも言いすぎだ。自分も西洋医学だかが、東洋医学に頼ってみては」。とアドバイスされて行ってみた。 また、7月からはじめたヒットネスクラブもつづけている。最近の変化、 ・汗を書くようになった。 ・あまり寒さをかんじなくなった。 ・痺れは相変わらずあるが、痺れ自体に慣れたのか、少し耐えやすくなった。 ・歩行が以前より不自然さがなくなった。 ただ、疲れるとろろれつが回らないように感じるが、ともかく、全体としては改善しているような気がする。 最近になって主治医は、「まだ若いから少しは直るかも知れないと」いいだした。
2009.11.08
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8月16日 脳卒中後遺症の近況 脳梗塞の後遺症の痺れと格闘する毎日だが、最近は形勢が悪くなってきた。 どうもエアコンの風に当たると症状が厳しくなる。 梅雨があけて夏になったが、背広を脱ぐことはほとんどない。 30℃をこえる気温でもあまり暑いと感じたこともなく、汗もかかない。 体温の調整ができなくなっているようだ。 家族と過ごす場合でもエアコンをつけられると体が動けなくなってしまう。 会社帰りは電車のエアコンのために、 駅のホームに下りたときはまともには歩けない。 その症状は3時頃から強くなるので、 仕事のストレスも影響していると思う。 いずれにしても、最近になって冬よりはすごしやすいと思った夏に、 エアコンという天敵がいることと、 自分が暑さを感じることことができなくなっていることに気づかされた。 家族は暑くて仕方ないと言っているにもかかわらず 夜などエアコンをつけなくても 窓をあけただけで、その風によって寒さを感じてしまう。 この時期エアコンも扇風機もつけずに、 窓を閉めないと寒くて寝れないというのは やはり脳梗塞という病気の恐ろしさだと思う。 女房と同じ部屋で寝ることができなくなった。 ただ、寝ている時は暑いらしく、多少は汗をかいている。 7月4日からフィットネスクラブに入り運動を始めた。 最初は2キロの歩行と軽い筋トレぐらいからはじめたが、 今日は5キロを歩いたり、ほんの少しだが走った。 会社の中や家の中ではびっこを引かずには歩けないが、 運動をしようと思う時には健常者と同じように動けている。 運動をした直顔後は気持ちもいいが、 しばららくすると痺れがきつくなり、 翌日以降は筋肉の痛みと重なって かなりきつい痺れで呼吸も苦しくなるときもある。 しかし、痺れて動けないと運動をしないでいると筋肉がおちて、 座った姿勢や寝た姿勢から起き上がれなくなりそうなになっていたので、 最低限の運動はやらなければならない。 ただ、指導者がいないので、自己流なため、どうしても無理をしてしまう。 運動するときには自分自身で目標を設定したり やりながら、どんどん付加を加えて挑戦してしまう癖が出てしまう。 医者に聞いても具体的な指導はしてくれないので、 試行錯誤を続けて自分にあった対応、方法を見つけなければならないのだろうが、 発症して9ヶ月だが、今のところ後遺症の方が優勢で、 これぞという対応、方法は見つかっていない。ping→http://ping.blogmura.com/xmlrpc/h2o31rqopyro
2009.11.07
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7月25日 脳卒中後遺症の近況 脳梗塞の後遺症の痺れと格闘する毎日だが、最近は形勢が悪くなってきた。 どうもエアコンの風に当たると症状が厳しくなる。 梅雨があけて夏になったが、背広を脱ぐことはほとんどない。 30℃をこえる気温でもあまり暑いと感じたこともなく、汗もかかない。 体温の調整ができなくなっているようだ。 家族と過ごす場合でもエアコンをつけられると体が動けなくなってしまう。 会社帰りは電車のエアコンのために、 駅のホームに下りたときはまともには歩けない。 その症状は3時頃から、会社にいる頃から強くなるので、 仕事のストレスも影響していると思う。 いずれにしても、最近になって冬よりはすごしやすいと思った夏に、 エアコンという天敵がいることと、 自分が暑さを感じることことができなくなっていることに気づかされた。 家族は暑くて仕方ないと言っているにもかかわらず 夜などエアコンをつけなくても 窓をあけただけで、その風によって寒さを感じてしまう。 この時期エアコンも扇風機もつけずに、 窓を閉めないと寒くて寝れないというのは やはり脳梗塞という病気の恐ろしさだと思う。 女房と同じ部屋で寝ることができなくなった。 ただ、寝ている時は暑いらしく、多少は汗をかいている。 7月4日からフィットネスクラブに入り運動を始めた。 最初は2キロの歩行と軽い筋トレぐらいからはじめたが、 今日は5キロを歩いたり、ほんの少しだが走った。 会社の中や家の中ではびっこを引かずには歩けないが、 運動をしようと思う時には健常者と同じように動けている。 運動をした直顔後は気持ちもいいが、 しばららくすると痺れがきつくなり、 翌日以降は筋肉の痛みと重なって かなりきつい痺れで呼吸も苦しくなるときもある。 しかし、痺れて動けないと運動をしないでいると筋肉がおちて、 座った姿勢や寝た姿勢から起き上がれなくなりそうなになっていたので、 最低限の運動はやらなければならない。 ただ、指導者がいないので、自己流なため、どうしても無理をしてしまう。 運動するときには自分自身で目標を設定したり やりながら、どんどん付加を加えて挑戦してしまう癖が出てしまう。 医者に聞いても具体的な指導はしてくれないので、 試行錯誤を続けて自分にあった対応、方法を見つけなければならないのだろうが、 発症して9ヶ月だが、今のところ後遺症の方が優勢で、 これぞという対応、方法は見つかっていない。
2009.07.25
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6月7日昨日、大学時代の友人と会った。大学教授だがいまだ独身。先日、私の家に朝7時頃電話がかかってきて、目が回って動けないので救急車を呼んでくれとのことだった。彼は神奈川県、私は千葉に住んでいる。すぐに、神奈川の消防署に連絡を入れ救急車を手配してもらった。病院が決まったところで、連絡をもらい、私もその病院に駆けつけた。目まいの他に吐いたりもしていたが、精密検査をしたものの原因は分からなかった。症状が緩和したところで、とりあえず、1週間で退院した。彼は、独身ということもあり、日ごろから健康には気をつけていて、タバコは吸わない。酒もほとんど飲まない。テニスやマラソン山登りなどで体を鍛えていた。そんな彼から、退院後調子が元に戻らないという話を聞いた。原因はいろいろあると思われるが、とりあえず加齢による肉体の衰えは間違いないとの判断だった。(こいつでもそう感じるなら、私の体力が回復しないのは当たりまえだ。)一人暮らしは怖くないかと聞いたが、本人はその覚悟はとっくにできている。その時はその時だと前々から考えているので特に怖いと思っていないという。いいい度胸だ。私は同じ心境にはとてもなれない。いま、私も脳梗塞による痺れと戦うなかで、左上下肢の筋力の衰えが顕著になっている。それを何とか克服しようと無理をするうちに体の調子がくずれ、痺れがひどくなってしまった。私は彼とは違い不健康な生活の中で脳卒中になった。もともと体力などなかった。しかも50歳をこえたとなるとその衰えた筋力を戻すことはどうやら簡単なことではない。彼ですら容易に体力が回復しないのに、私の場合であればさらに、気長に構えないとかえっておかしなことになることが、ようやく分かってきた。このブログに書き込みをしていただいた方のアドバイスも同様だった。私は少し急ぎすぎたようだ。ところで、最近痺れを強く感じるときに心臓も痺れているよう気がするのと呼吸もくるしくなってくる。気のせいかもしれないが、次回の診療の時に医師に確認してみようと思う。脳梗塞の後遺症とともに生きていくというのは、体調維持の面もメンタルな面もかなり難しい。かなりストレスを感じる。タバコを吸って気晴らしした方がかえってよいのではと思うことすらある。とはいえタバコを吸う勇気はない。しばらく、無理な運動はせず、筋肉の状態とそうだんしなが運動をしていこうと思う。
2009.06.07
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月30日脳卒中による痺れと、どのように付き合うか。半年間模索したが、まだ結論がでない。入院で衰えた体力、筋力を回復させるための運動だが、どうしても頑張りすぎて、筋肉痛、もしくは肩こりをおこしてしまう。また、痺れはストレスや睡眠不足からもくるようで、体力や筋力がつけば解決するわけでもなさそうだ。ここ2週間、エスカレーター・エレヴェターは使わずに歩いて上った。家ではヒンズースクワットを朝30回夜30回やった。しかし、歳のせいか疲れが残ってしまい段々調子が悪くなってしまった。ただ、肩に襷がけ状にやっていたサポーターと足の腿と脹脛にやっていたサポーターやらなくてもすむようになったしかし、夕方の痺れは強烈だ。帰りの電車に乗る前など油断するとホームに落ちそうだ。かなりきつい。必要かつ過剰でない運動がどれくらいのものか全く分からない。私のことを強いと言っていただいた方がいたが、決して強くはない。現に今の自分が情けなく、休日でも痛みで安らげないと、このまま月曜日になるのが恐ろしくなる。先週からか、仕事が休みでも痺れが緩和しなくなってきた。運動にかんして今が踏ん張りどころなのか、無理をしてはいけない場面なのかが全く分からないところが怖い。自分としては無理をしないとこの歳では筋力はつかない。多少しびれても運動すべきと判断していが、休日まできつくなると気持ちもめげてしまう。
2009.05.30
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5月17日 勤めている会社の社長のつてで、国際医療センターを紹介され、そこの神経内科で診療を受けた。脳卒中で入院した時の病院からの紹介状とMRIやCTの写真を持ってくるようにとの医者の指示があったので、準備して、先週木曜日に持参した。 入院時に担当だった女医は退職していて、会ったことのない別の医師の紹介状を貰った。 国際医療センターの神経内科は脳卒中に高い評価があるということで、新しい展開を期待していたが、この病院の医者の診断は、私は間違いなく脳梗塞であり、現在の痺れはその後遺症だ。脳幹で発生した脳梗塞による痺れは回復が遅いとのことだった。 どの程度治るのか、いつごろ治るのか、さらに言うと、治るどうかもわからないとのことだった。 現在治療を受けている病院処方で間違いないので、今までとおり二度と脳卒中にならないための治療を続けるだけで十分だ。、わざわざこの病院に通院する必要はないと言われた。 私が、この病院に来るのが遅かったのかとの問いには、そうではないく、遅かったのは脳梗塞になる前に高血圧を完治しなかったことと、タバコをやめなかった事だ。と言われた。 切れた脳神経が細胞が伸びて再度つながる可能性はあるのではの問いにたいしても絶対にないということはできないが、私はそのようなことなないと判断しているとの返事だった。 かなり、きつい事を言われたが、甘い期待を持たせないようとするこの医者の配慮も感じた。 今回の診療で得た、第2オピニオンは私にとって、脳卒中の現実を直視させられ、現在通っている医師が言っていることは正しいのだから、、その医師を信じて治療を続けていくしかないとのあきらめると言うよりは確信が得られた。 インターネットでもなんとなく分かっていたが、本心の部分で正直なかなかあきらめられなかった。今回も医師に同じことを質問してしまい。そのときに、「私は先ほど何といいましたか?2回、3回と質問されて、治る可能性を示唆する医者の言うことを貴方は信じますか?」と言われてしまった。何もそこまで言わなくても思ったが、その時点で諦めがついた。 この他にも以下の問答をしたがいずれにしても、特に新しい情報は得られず、自分自身が心を強く持っていくしか道がないことを思い知らされた。 ・この半年で体重が12キロほど減ったが、脂肪より筋肉が落ちた。 体力を維持するためにも運動をしなければいけないと思っているが、 私の通っている医師から、運動はしなければならないが、 頑張り過ぎるのは駄目と言われたことを伝えたところ、 「全く同じ意見です」と言われたので、 どの位の運動をすればよいのですかとの質問をすると それは私にしか分からないことであり、 自己の判断でやってもらうしかないとのことだった。 ・リハビリについても私には麻痺がなく、痺れだけなのでリハビリを行う必要ないとのことだった。 ・今までに私と同じような状況のなった患者がいた思うが、 どのように会社、社会、人生にたいして対応しているのか教えてくれとの問いには、 私の症状は脳卒中でも最も軽い。一人でここまで写真を持って診察に来ている。 脳卒中で倒れた人は、1割がそのまま死んでしまい。 社会復帰できるのは3割から4割だ、その意味では不幸中の幸いだとのことだった。。
2009.05.17
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平成21年5月5日久ぶりに近況を書き込んで見ようと思う脳梗塞で入院してから約半年が過ぎたが、仕事中は非常にしんどい思いをさせられている。社外の人と複雑な交渉を終えた後は、強烈に痺れる。会社にいると、体を動かしても椅子に座ったままの状態でも夕方になるとその場にいることすら耐え難い痺れに襲われる。毎日、血圧の薬と血液をさらさらにする薬、中性脂肪の薬を服用している。脳梗塞の再発を予防だ。痺れ改善の薬には、なぜか癲癇に効くというリボトリール0.5mgを服用しているが、効果は有るのか無いのか。症状が改善しいるのか悪化しているのかも、よくかわからない。だんだん悪くなっていくように感じるときもあるが、これは筋肉が硬くなっていたり肩がこっていることから痺れがひどくなってなっているように思う肩などは軽いマッサージが効果があようだ、しかし、マッサージの後に余計にしびれることが多い。強く揉むマッサージ士はその時は効いたように感じるが、しばらくして打撲のようになってしまい。結果的に耐えられない痺れになってしまう。ストレッチが比較的効果があるようにおもう。左手はほっとくとほとんど動かさないせいか、気がつくと痛くなっている。左手を高く持ち上げストレッチをしている。また、左臀部の筋肉が張っていると腰の痛みや左足の痺れがきつくなるように思える。今日はゴールデンウイークのせいか、いつもより楽な気がする。もしかすると改善方向に向かっているのではとの期待している。家族、会社の仲間が親切にしてくれなんとか生活できている。本当は感謝しているが、なかなか感謝の気持ちを伝えるにも、家族だから当然だと思ったり、家族のために頑張った結果脳梗塞になったという思いもあり、なかなか素直になれない。ただ、脳梗塞になったおかげで良くなったと思える人生をおくりたい。にほんブログ村
2009.05.05
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3月10日インターネットで検索する場合、脳梗塞よりも脳卒中をキーワードにしたほうが情報が入手しやすい。痺れについてもいろいろと書かれていた。やはり治らないらしい。軽くなるとは書いてあった。私の通う病院の医師も最近になってそのことを明言するようになった。発症後数ヶ月経過したころに痺れや痛みを感じるようになるとのことだが、私は麻痺がない代わりに最初から痺れていて徐々に悪化しているように感じる。負けたくないが、1日中痺れ、毎日夕方にかけて強くなると時として挫けそうになる。どこかのブログでこの病気に対しては自分自身であきらめずに試行錯誤、チャレンジしていく気持ちを持った人が克服できると書いてあった。励まされた。痺れの強弱を調整する方法を探し出そうと思う。
2009.03.10
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3月8日私の脳梗塞による後遺症は軽いほうで、世間ではもっと重症で厳しいリハビリをやっている人が多数いると思うと、書くことがおこがましく感じられ、しばらく書くことやめていたが、久ぶり近況を伝えたいと思う。11月中旬から会社に通い始め、何とか有給消化の範囲ないで復帰することができたが、午前中はともかく、午後3時以降の痺れはきつく、最近は痛みに変わってきている。痺れの状況は退院時より悪化してきえいる。午前中は手足の痺れだけだが、きつくなってくると顔や首、胸、腹まで痺れ心臓や内臓が締め付けられるような感じになる。人と交渉することによるストレスや左手をつかった細かい作業(パソコン入力等)をすると痺れがきつくなる。それ以上に気温の低下が一番影響があるかもしれない。血圧は以前に比べ落ち着いたが70台から130台の時もあれば、100台から160台のときもある。不思議と病院で計ると低い。脳梗塞による痺れの後遺症は、時間の経過とともに直っていくものとつい最近まで思っていたが、知人の話やインターネットを見る限りどうもそうではないらしい。この痺れとは一生の付き合いになるということが最近わかった。痺れの度合いがもう少し楽だと何とかなるが、きつい時には人の話をまともに聞けなくなってしまう。この痺れ程度がもう少し緩和できれば何とか仕事も続けられると思うが、続けられるか不安になってしまうことも何度かあった。。最近痺れの改善のための薬としてメキシチールを処方してもらっているが効いているのか効いていないのか今は全く分からない。薬は9種類飲んでいる。先生は眠剤は止めてもいいと言うが、布団の中で横になることによって痺れが増すという症状が全く改善されていない状況では眠剤を飲まずに寝ることは当分不可能だと思う。症状なかなか、改善されずに悪化していくことに苛立つこともあるが、暖かくなれば少しは変わってくることを期待している。この痺れが改善する可能性があるならなんでもやってみたいとも思っている。この病気は付き合い方が難しい、運動しないと筋肉が落ち、体力も落ちる足はかなり細くなった。しかし、運動しろと言われて頑張りすぎると痺れは強烈になる。筋肉が張ると痺れはきつくなる。左腕を動かさないでいると肩が痛くなってくる。日中痺れを緩和するのに左手だけ手袋をしているが、長く手袋をしていると左手の小指と薬指あたりが、痛くなってしまう。随時動かしていなければ駄目らしい。夕方、痺れがきつくなると動きが鈍くなり動作がおかしくなるが、不思議なことに気を取り直して動けば、痺れは痺れとして動作自体はいつものようにできる。手足は動かそうと思ったことに対してはまだ結構なレベルで正常に動かすことができる。痺れて動けなくなっている自分と動かそうと思って動けている自分の2つが存在している。もっと経験をつむことで、この後遺症と付き合う方法が見つかるよう気がしている。
2009.03.08
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リハビリによって、体力は回復したと思う。駅までの道のりを休むことなく歩き続け、電車に乗って会社を往復できるるようになった。しかし、痺れに関しては休む前と全く変化が無かった。休み中はストレスがなかったので、人との会話や電話で痺れがきつくなることは無かったが、会社での人との交渉ごとには,その度に痺れ切ってしまう。夕方になると痺れに耐えていることで疲れきってしまうように感じる。痺れの治療には関しては時間がかかると言うが、これからしばらく寒い日が続くので、楽になるのは3月以降か。先週は仕事はじめの1週間だったが、痺れに関してかなりの回復を期待していたが、今のところ全くの期待はぜれだった。リハビリをやるようになって、筋肉の疲労が残るせいか足が棒のように感じてきた。我慢して歩いているが、ひょっとして脳梗塞が悪化しているのではと不安になる。病院には3週間に一回なので、その間の状況には自分の勝手な想像をめぐらせることになる。つくづく厄介な病気になってしなった思う。応援よろしくお願いします⇒
2009.01.12
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私の正月休みは今日まで、女房と娘は今日から仕事始め、次男は受験勉強中。今一人で留守番をしている。休み中1日も休まず、リハビリをした。体力が回復してきたのは実感しているが、痺れの状況は筋肉の疲労にも原因があるのか全くわからない。昨日、ホームセンターにおいてあったマッサージ機に少し長めにかかったためか、普段なら夜から痺れるのが、午後2時ごろから嫌な痺れと左足の冷えを感じた。マッサージは痺れには良くないのかもしれない。今日は10000歩に挑戦した。明日から仕事だ。応援よろしくお願いします⇒
2009.01.05
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ブログを書かない間にミニ 歩数計を買った。しかし、もう既になくしてしまった。体力回復のためのリハビリは1日も休まず続けている。マンションから最寄の駅までの歩数は約1500歩。これを目安に、3000歩から5000歩を目標にしながらやってきた。バスを使わずに通勤できるようにはなったとは思う。年末までは、バス乗ろうとして目の前を通り過ぎるバスに対し、走ることができずに置いていかれた悔しさは、もう味わうことは無いだろう。もう乗らないから。しかし、運動をやっているときは気持ちがいいが、反面、夜の痺れは強烈だ。特に、リハビリにと2日ほど前の夜、家のテーブルを使って卓球をした。どうせだから痺れている左手でやった。その後のきた痺れはこれまでで最高だった。リハビリはきつくて当然。多少の無理は仕方ないとした場合。脳梗塞によりきれた中枢神経は、卓球やパソコンなどのタイピングなど手先、指先の作業により、もしかして繋がるかもしれないとの勝手な期待を持ってしまった。あせる気持ちを抑えて、こつこつリハビリを続けようと自分いいきかせている。応援よろしくお願いします。⇒
2009.01.04
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体力づくりをはじめて3日目の朝。今日も年末の準備をしながら、頑張ろう。右半身に筋肉痛がでていないので、それ程無理はしていないと思うが、、昨日の午後からの左半身の痺れは強烈。夜飲む眠剤を飲むまで楽にならなかった。朝起きても左の手と足は疲れが取れていないせいかいつもより違和感を感じる。体はだるいが、運動による疲労は今のところ充実感につながっている。裏切られるかも知れないが、この運動の効果は必ずあると信じている。万歩計を買おう
2008.12.28
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昨日の疲れが取れないまま、今日は午前10時ごろからリハビリを実施。最初から足はパンパンだったが、気持ちは前向きだった。昨日より1.5倍の距離を歩いた。歩数は約4000歩。くたくたになってしまった。午後になって大掃除に加わったが、フラフラするは、すぐに息が切れるは、思うように体が動かない。痺れきってしまうと動きも思考も厳しいものがあるが、体の調子と痺れは別のものだと感じている。まだ痺れはきついものの、必ず元通りになってやると言う気持ちは強くなった。今の辛さは、3週間の入院による体力の低下が最大の原因だと信じている。(一昨日大学時代からの友人からアドバイスを受けた。)明日も頑張るつもりだが、この時期大掃除などで忙しい。限られた体力だけに、ただ歩くより少しは家族の役にたつ仕事(買い物など)をこなしながら有効にリハビリをやろうと思う。
2008.12.28
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約1ヶ月ぶりに診察をうけた。1ヶ月前の血液検査の結果を見て医者は、、「お酒を当分やめてください。」 「飲んでません。タバコもやめてます。」「食事の量を減らしてください。」 「かなり減らしてます。体重は約10kg減ってます。」「もっと減らしてください。運動して下さい。歩いてください。」「中性脂肪が高過ぎる。415もある。今日からベザトールSR錠200mgをだします。」「3週間後に又きてください。血液検査をします。2月には脳の写真をとります。」とのことだった。発症前の私は、暴飲は無いが、かなり太っていて10kg位やせても、肥満体であることには全く変わりは無い先生の気持ちはよくわかる。退院してすぐの血液検査でなんでこんなに中性脂肪の値が高いのかこれまでの不健康な生活を反省させられた。ところで、運動をしても良いと言われたことから安心して体力づくりができるようになった。今日は、駅までの1kmの道を往復し、公園で筋トレや20回ほど軽いジャンプをやってみた。やっているときは爽快だったが、夕方になってからフラフラになり左半身はビリビリに痺れてきた。それでも気持ちに張りがでてきた。多少無理をしないと体力はもどらないだろうからこれでよいと思う。この正月休みは絶好のリハビリチャンスだ。頑張りたい。応援よろしくお願いします⇒
2008.12.28
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昨日は納会だった。脳梗塞になったり、会社が大幅な赤字になるなど厳しい1年だったが、何とか無事に年が越せそうだ。私の勤めている会社も厳しいが、世の中で起こっていることは最も対策が困難な経済情勢へと向かっているように思える。実体経済の低成長時代に同時に存在する過剰流動性、勝ち組負け組みの存在、新興成長国の出現、金融のグローバル化その中での経済の舵取りを自民党の麻生がやろうとしている。政治と経済の現状をみるにつけ、どうにもならない諦めのようなものを感じると同時に自分がしっかりしないといけないと思う。軍事革命は絶対に嫌だが、明治維新、第2次世界大戦後に匹敵するような社会の劇的な変化が必要になっていると思う。日本やアメリカの資本主義は構造的矛盾を抱えている。その結果としてバブルが何度もおき崩壊を繰り返している。今度の経済対策で、また、バブルはおきるだろうが、社会の矛盾も大きくなり、しばらくすればそのバブルもはじける。抜本的な社会の構造改革、あるいは我々の人生観を変えない限りこの繰り返しになるだろう。そのうち世界に対し何の影響力を発揮し得ない日本になってしまうような気がする。それにしても今日も痺れがきつい。自業自得か?
2008.12.26
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普段はそれ程、本は読むほうではない私でも、入院中の時間をつぶすには本を読まずにはいられない。脳梗塞で入院した当初は読んでも頭がボーとしていてなかなか進まなかったが点滴による治療の効果か、入院2週間目から徐々に読むペースが戻ってきた。病院の本棚で見つけた藤沢周平の「龍を見た男改版」という短編集を読んでさわやかと言う言葉でよいのかどうか分からないが、読後の気持ちよさにハマっしまた。早速、女房に頼んで買ってきてもらった単行本が「義民が駆ける」と「蝉しぐれ」だった。「義民が駆ける」は読みにくかったが「蝉しぐれ」は読みやすかった。剣の達人でこそはあるが、ごく普通の武士の日常を普通に展開させた時代劇という感じが非常に心地よかった。調べたら、自分の無学さを再認識した。藤沢周平はかなりの有名人だった。映画「たそがれ清兵衛」の作者であり、「蝉しぐれ」も映画化されていた。昨日それをみた。映画「蝉しぐれ」NHKの「篤姫」と違いほとんど原作どおりだったが、映画の場合時間が短いせいか、藤沢周平独特の味わいのようもなものを映画ではあまり感じることができなかった。今日ご紹介したのはこちらです⇒ 今後とも応援よろしくお願いします ⇒
2008.12.23
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昨日は痺れはあったが、これまでで一番会社にいて楽に過ごせた。帰宅時間は10時頃と、これまででは遅い帰宅であったが、女房が言うには顔が元気そうとのことだった。少し自信がでてきたので、久しぶりに12時過ぎまでDVD(蝉しぐれ プレミアム・エディション)を見た。明日が休みとはいえ、12時過ぎまで起きていたのは初めてだ。その原因はなにか?勝手に考えた。一昨日の日曜日、リハビリに駅までの1kmを歩き、帰りに公園の遊具を使って簡単な筋肉運動をした。やっている最中は何でも無かったが、、家に帰ってからしばらくしてからの痺れは強烈だった。ところが、これまで風呂で暖まっても痺れに対する効果はなかったが、その日はいつもより長めにはいったのが効いたのか、風呂から出てみると、入る前の強烈な痺れはおさまっていた。3週間の入院で約10kg体重が落ちたが、脂肪ではなく筋肉が落ちている。1日の会社での仕事をこなす体力もなくなっていた。リハビリをすると筋肉の疲労等でやっている時はそれほどでもないが、終了後しばらくするとかなりの不快感や痺れはおこすものの、筋力、体力が回復することで、結果的に日常の不快感や痺れが緩和するのかもしれない。素人判断だが、今日も休日なので同じようなリハビリをやってみようと思う。それから、昨日は会社の中でも、時々左手だけ手袋をしていたが、妙に気持ちがいいというか安心するというかこれも昨日の好調さに影響したように思う。 応援よろしくお願いします →
2008.12.23
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脳梗塞になる少し前からストレスで眠れなくなっていたので、眠剤を飲み始めていた。発症する前日はあまりに眠れないので、眠剤を飲んだあと一旦布団から出て、パジャマのまま近所を散歩し、気持ちを落ち着かせて布団に戻った。だから入院初日、私の症状は今とは違い軽い痺れだったが、迷わず医師に眠剤を要求した。今は痺れがきつく寝るには少々技術がいる。ただ眠剤を飲んで布団に入っても眠れない。痺れがきつくて布団の中でじっとしていられないからだ。寝た状態より座っているほうが痺れが楽なので、寝る30分前にマイスリーという眠剤を飲み、テレビでも見ている。酔っ払ったように歩行が困難になってから布団に飛び込むとあっという間に眠れる。朝起きると痺れの程度が軽くなる。日によってその程度は違うが、それでも朝少し楽になることは精神的にも救われる。
2008.12.21
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脳梗塞になって感じた不思議な感覚左半身が痺れて、不自由だったり、イライラすることが今までの人生で、初めてのようなきがしない。いくら考えても、同様な病気をしたことがないのに今の不便さは経験済みのような気がしてならない。脳梗塞で頭がこわたかでも、このおかげでいつか直るような気がする。それと、車椅子だが、入院して10日間くらいは歩行を禁じられ、どこに移動するにも車椅子を使用させられた。自分で言うの何だが、車椅子の使い方が、初めてなはずなのに妙に上手だった。女房もそれを認めている。
2008.12.21
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先週引き続いて接骨院でマッサージをしてもらったが、あまり効果がない。ついでに入院前に血圧の薬をもらっていた医者に相談にいって、セカンドオピニオンを求めたが、今の処方箋を出している医者に相談してくとしか言わなかった。落ちた筋肉をリハビリするのに通勤は歩いたほうがよいのか、それともバスを利用したほうのが良いのか筋肉トレーニングはするべきかも聞いたが結論は言ってくれなかった。接骨院でのマッサージが効かなかったことには同意していた。筋肉にコリがない限り、原因は脳にあるからとのこと。なるべく日常において血圧に変動をお起こさないことだとのこと。緊張、温度変化等で血圧の変化が起きないようにすることだそうだ。一日中家にいて、誰とも会うわない以外に方法はないではないか。できそうもないアドバイスしか受けられない。脳梗塞での相談は痺れが最も多く、うつ病への原因になりやすいと言われているのに、この痺れに対する情報の少なさは、どういうことなんだろう。医者も明確には答えてはくれない。インターネットでも答えが見つからない。こうなったら自分自身で割り切って対応するしかない。・痺れは脳梗塞の症状が軽かったから、不幸中の幸いと思う。・痺れは日常的なものと諦める。・健常者のように振舞う。気を緩めると足を引きずるのを注意する。・痺れていてもそれは勝手に脳が感じているだけで、実際は何でもないと信じる(特に血圧)・仕事はつづけるがそれ以外は医者に言われているこを最低限守る。・人と話すときは、穏やかに・なるべく仕事は部下に振る。無理はしない。・電話は右手で受けることで左の負担をへらす。・そのうち必ず今よりはよくなると信じる。・etc
2008.12.20
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昨日は3週間ぶりに神経内科の先生の所に行き薬を貰う日だった。午後6時40分の予約。5時頃、車で港区を出たものの、道路が大渋滞。迂回すればするほど状態は悪化した。そもそも入院した病院と違いその病院は自宅からもかなりに遠い。神経内科の先生は非常に少なく、近くに該当する病院がない。女房に連絡し、電車で病院に行って薬を処方して貰うよう頼んだ。薬は1週間分処方され、来週26日に再度予約をいれた。私は7時10分ごろ病院についた時、女房が調剤薬局からでてきた。私の左半身はビンビンにしびれていた。良い悪いはべつとして左半身が相当にしびれていても今の車は、右手、右足だけでも十分運転できる。帰りファミレスにより食事をして帰った。
2008.12.20
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脳梗塞でリハビリ後、社会復帰している方のブログを拝見すると私より長く厳しい闘病生活を乗り越えてカンバックしている人がたくさんいる。実生活の不安はあまり語られていないが、本当はは大変だったはずだ。私は発症後1ヶ月で現場に戻っている。理由の1つは症状が軽かったことと、もう1つは会社の状況とそれに伴うリストラへの不安だ。子供を育てている現役世代の脳梗塞には病気の不安プラス仕事と収入の不安があると思う。定年退職後に脳梗塞になった場合とは事情が違う。今一生懸命受験勉強している息子をみていると何としても頑張らなければと思うが、今の景気後退の進行を見るにつけ、つくづくとんでもないタイミングで脳梗塞にかかってしまったと思う。だが、来年の2月になれば息子もどこかの大学に入っているだろう、入学金と最初の授業料さえ払えば、後は本人が奨学金とバイトで卒業するだろう。だからもう3ヶ月がんばれば何とかなる。その後失業したときはその時だ、自己破産しても構わない。しぶとく生きていくつもりだ。 思い悩んでも仕方がない。脳梗塞による痺れがきついからと言って、会社を休み続けるわけにはいかない。医者に相談しても、いつまでたっても働ける体になりましたとは言わないだろう。彼らにとって40代、50台の患者も70台の患者も同じ扱いにしているように思う。医者を無視するわけにはいかないが、我々が生活をし、子供を育てていく現実からは逃げられない。自分自身で最大限に注意を払い、頑張っていくしかない。それでも駄目なったならそれは運命だ最後は開き直れば怖くなくなる。
2008.12.19
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退院して1ヶ月以上たつが、左半身の痺れは全く改善されない。日々寒さが増すのと、この景気の悪化による仕事上のストレスが原因か?時間がかかると医者からも説明されているが、全く変化がないというか、逆に悪化してきているようにも感じる。パソコンへの入力も相当にミスタイプが増え、イライラすることが多い。それでも、不安や不満が蓄積する中で、ブログを書き続けていることが、楽しみになってきた。最初は病院であったことをノートに日記を書きそれを退院後ブログに写してきたが、最近は書く内容に苦労していることも多いが、日々の気晴らしにはなっている。
2008.12.19
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闘病日記と思って書き始めたが、脳梗塞という病気は戦う病気ではなさそうだ。堪える心を養うとか、現状を認識し同対処すべきかを考えるべきなんだろう。気合をいれてもしかたがない。普通にしていると気持ちがめげてくるので、今はどうしたらよいか分からないが、何かよい方法を見つけなければ、明るく振舞うのは簡単だが、明る気持ちにどうしたらなれるかうつ病にだけはならないようにしなくては。
2008.12.17
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今日の朝は調子良かったが、仕事によるストレスで夕方には痺れきってしまった。私は中枢性疼痛らしい。脳梗塞になって1ヶ月半になるが、痺れの状態は全く改善しない。3週間の入院で体力がおちたところで、リハビリと思って歩いたりすると筋肉に張りができて痺れがきつくなっていると接骨院の人がいっていたが、マッサージをしてもそれほど痺れが緩和されるようにも思えない。むしろ肩や腰、膝のストレッチのほうがいいような気がする。気がするだけかもしれないが、しばらく続けてみよう。逆に、仕事上で人と折衝することによって痺れが増すのは間違いがない。話の途中で切り上げたくなる程にしびれてくる。痺れになれる必要もあると思うが、何か良い方法はないかと毎日模索している。うつの原因にもなるらしいので、メンタル的な自分の変化には注意していこうと思っていっる。このブログの書き方もまじめすぎるので、少しは砕けた話もこれからは書いていこう。
2008.12.16
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脳梗塞の診断を受けた時から、タバコをやめた。7年ほど前に脳内出血で左半身が麻痺した親友から、まだ彼が入院中で人口呼吸器をつけていて声が出せない頃に簡単なメモ書きでタバコを止めろとファックスを送ってきた(奥さんから)。だが、止めなかった。彼の折角のアドバイスを無駄にしてしまった。タバコを止めてそろそろ1ヶ月半だが、まだ時々すいたくなる。だが、おそらく二度と吸うことはないと思う。脳梗塞になってタバコを吸う勇気はとても持てない。それ程恐ろしい。久しぶりに死ぬということを意識させられ、そして、ここまで自分が小心者であることを思い知らされるとは思わなかった。
2008.12.15
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仕事が一段落し、血圧が130から160以内に落ちつくようになった。痺れのほうはあいかわらずで、朝が一番軽くて徐々につらくなる。特に人と折衝するなどして緊張するときつくなるように思う。ある日、医者に電話で痺れについて尋ねると1週間は休めと言われ休んだにも関わらず、「あなたはまだ、会社にいけるような体ではない」といわれ、痺れについての説明はしてもらえなかった。脳梗塞の後遺症は、定年退職後ならまだいいが、働き盛りというより働かなければ生活ができなくなる人間には別の悩みも多いし、後遺症と戦いながら仕事をしている人も多いと思う。医者の言い方を聞いていると、脳梗塞になったのだから、仕事を失ってもいいから休みなさいといってるようだ。逆に入院先の主治医は仕事に復帰すことを言っても何の問題もないようでリスクの説明すらなかった。医者のコメントや指示には生活感覚のずれを感じる。これに対し入院先の看護師さんたちは私の残りの有休なども考えて心配してくれていた。看護師はこちらが恐縮するくらいに迷惑をかけているせいか、感謝の気持ちもあるし、本音で話せた脳梗塞の病気としての悩みとそれに伴う生活の不安を共有してもらえていたように思う。
2008.12.14
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最近、寒くなってきたので日記のテンプレートを冬らしく変えて見ました。毎日更新していくので、今後とも応援よろしくお願いします。
2008.12.14
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11月18日~19日自宅で会社に電話やメールで指示を出して、総会用の書類を作成し、決算書は大阪の監査役の所に送り、監査証明を依頼した。しかしながら監査役は会社法上認められない開示状況だと言ってきた。経理は去年と同じやり方と変わらなかったが、監査役が勝手に基準を変えていた。何度も携帯で監査役と話をし、我々としてできることの全てを開示するつもりでいたが、先生が要求しているレベルがわからなかった。様々な作業をしたのち、19日の夜の10時頃になって、短期貸し付け金に対する貸し倒れ引当金の計上を計算しろと言ってきた。この後に及んで決算修正である。我々はそれにしたがい決算修正を行い再度大阪に決算書をメールで送り、ようやく株主総会に提出できる監査報告書が提出された。夜の11時過ぎだった。4名の社員が待機しており、株主総会の資料の印刷を行い、19日11時40分に郵便局に持ち込み株主招集書の発送が完了した。監査役との電話による交渉は数度あったが、時間が長く、家にいたとはいえ私の最高血圧は180を超えていた。正直、監査役に殺されるかと思った。みんなのお陰で、総会の準備は完了し、その後20日から24日までは、自宅療養させてもらったが血圧も安心感からか、140くらいまでで落ち着いていた。総会は相当のプレッシャーだったのだろう。一方左半身の痺れは全く改善されず、やはり治療には長期間が必要なのだろうか。血圧が徐々に落ち着いたにも関わらず、痺れがきついときは自分自身に血圧と痺れは関係ないと言い聞かせている。左手が思うように動かず、疲れてくるとよく物を落とすようになった。正直切れそうになる。そんなこと言っても仕方がないので諦めずに、明るくなるべくだったら家族に迷惑かけないように、頑張っていくしかない。こう自分に言い聞かせている。11月25日から、また出社だ。
2008.12.13
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11月17日2日休んでの出社なので、それなりに体力が回復していて、少しは仕事のリズムが戻るものと思っていた。通勤中の感じとしてはまあまあだったが、仕事に入り、人と交渉となるとやはり痺れが回ってくる。午後になると血圧は200を超え、完全に精神的にはパニック状態となった。夕方、部下に自宅ではなく、さらに遠い病院まで連れて行ってもらった。病院で血圧を測ると、140位に下がっていたが、先生いわく。「心配しないでも脳梗塞はすすんでいない。唯、あなたは仕事、病気のことで完全にテンパッテいる。顔に全く余裕がない。まだ血圧も安定していないので明日から一週間は会社を休んでください。」「株主総会を27日に予定していて資料の発送が18日までなので、明日は休めない」というと、「明日は行ってもいいからそれ以降は必ず休んでくださいね。」「まだ、仕事のできる体ではない。仕事よりも命でしょ」。といった。受験生を持ち、この不況であえぐ業界にいて、総会の準備をしたことのない社員ばかりで、唯一便りの監査役が協力してくれない状態では、仕事より命といわれても、自分には逃げ道がなかった。翌日は会社にいってあさってから自宅療養といわれたが、実際は怖くなって明日から会社を休むことにした。部下からの提案でメールと電話で指示してもらえれば会社で自分たちがやると言ってくれた。思い切ってそうすることにした。また、社長とも相談し定時株主総会の予定も1日ずらし28日とし資料発送を19日とした。
2008.12.13
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11月15日(土)16日(日)会社に行って、自覚症状から精神的にパニックになって、心配する部下に車で送ってもらうような惨めなことを2日連続やってしまった。人と交渉したりすると痺れが急速進む。同時に血圧がはね上がる。その血圧を見て精神的なパニックを起こしてしまう。脳梗塞とは、非常に軽いと思われるわたしの症状でも、死と隣り合わせにいるような気がして、見た目は何でもないように見えても、心の中ではおびえ切っている。 いままでの病気でこれほどまで怖い思いをしたことはない。気持ちさえしっかり持てばかな必ず治るといった信念や気力ではこの病気は解決できない難しさがある。 私は「明るく」「焦らず」「諦めず」を人生の支えとしてきたが、「明るく」『あせらっず」に自信を失いそうだ。この病気には「忍耐力」「我慢強さ」「辛抱強さ」が必要におもえる。 私の左半身のしびれは一向によくならない。むしろ前日の痺れが朝まで残るとその日に痺れは前日よりひどくなる。痺れは蓄積されるように思える。日にちがたっても良くならない経験も今回がはじめてである。戦いにくい病気だ。だからといってこの病気になって、これに負けるつもりはない。最後の最後のところで、完治を信じている。しかし、いらいらして物や家族に当たりたくなる。いまのところがまんしているが、そのつち誰かにあたることは間違いない。その時は明るくくけんかしよう。会社は休みなので、ベランダでガーデニングをしたり、散歩して体力を戻そうと駅まで歩いたりして過ごした。リハビリとして考えているが、やって良いのか悪いのか、半信半疑だ。脳梗塞だからまだ安静にしなくてはいけないかもしれないとの考えもよぎる。娘がコンタクトレンズを買いに行きたいと言うので、車で連れて行った。20分くらいでといったのが2時間車の中でまたされた。1時間30分過ぎたあたりから。急速に痺れがまわってきた。ものすごい息苦しさだった。携帯で呼んでも出てこない。そのまままたされた。ようやく戻った娘はしつこい店員に新しいコンタクトをいろいろ進められて戻れなかったと言った。私はすでにテンパッテいて、怒るだけの気力さえなく、必死で家まで運転した。見た目には健常者なので娘も私の本当の病状は理解できないのだろう。 会社に行った2日間はひどい目にあっったにもかかわらず、車を運転することにあまり躊躇していなかった。私のような隠れ脳梗塞のドライバーは実は結構いるもかもしれない。
2008.12.12
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11月13日から14日久しぶりに出社した。病院で感じた痺れくらいを想定していたが、全く違った。仕事をする、人と交渉する、会社の中にいるということは、最低限の緊張を保っていることに初めてきがついた。病院のベッドに座って雲をながめているのとはわけが違う。あっという間に左半身は痺れきってしまった。心配だったので、血圧計を持って行っていたので人との会話が終わるたびに計ると最高血圧は160から180あった。休み休み仕事をし最後には部下に車で送ってもらった。一人で家に帰れないなら最初から会社に来るなと私だったら言う。しかし、このご時勢で会社を休み続ける勇気は持てなかった。と同時の自分の体が、一日の勤務にこれほどまで耐えられなくなっているとは想像もしていなかった。そして、何よりも10月29日の取締役会で監査役に監査を進めなんとしても11月末には株主総会が開催できるようお願いしたにも関わらず、その約束を完全に反故にされ株主総会の準備は全くできていなかった。この点でも休むことができなくなっていた。翌週はこの監査役の裏切りで死ぬ思いをさせられた。
2008.12.11
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11月11日追加退院したときに薬が7日分しかなかったので、すぐに紹介状を書いてもらった病院に薬の処方箋を貰いに行った。行きつけの病院だったので、紹介状とこれまでのいきさつを話すと、できることならば、この後すぐに主治医が最初に紹介するはずだった神経内科の先生を訪ねた方がよいという。脳梗塞で左はしびれているものの、車は右だけで運転できるので、すぐにその病院にいくことにした。運転はできるものしびれはきつくなる一方。なんとか40分で病院についたが。かなりつらかった。神経内科の先生はよっぽど自信があるものか言うことが断定的だ。だが、そのほうだ患者は安心する。入院していた病院のを処方を変えさせてくれというので、思わずよろしくお願いしますとたのんだ。朝食後ダイアート60mg 0.5錠 利尿剤アダラートL錠20mg 1錠 降圧剤ブラビックス錠 75mg 1錠 血液サラサラ デルアスピリンの代わりガスター錠10mg 1錠 胃薬夕食後アダラートL錠20mg 1錠 降圧剤ガスター錠10mg 1錠 胃薬就寝時 マイスリー1錠10mg 1錠 睡眠剤デパス錠 0.5mg 1錠 安定時リボトリール錠0.5mg1錠 脳内の発作を抑えるくするらしい。 ?????上記に変更になった。メバチコール500は抹消神経に効くが、脳細胞にはきかないとのことで、やめることにんった。これは私は飲みたいと思ったが、医師の指示にしたがった。退院当日にまた血圧等の薬が変更となった。ここでもらった薬を信じるしかない。少し安心して家路に着いた。ところが翌日会社にいったら、とんでもなかった。そのことはまた明日か書く。
2008.12.10
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