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ちょっと前のことだけど、本屋を徘徊していた時、眼にとまったのが新刊コーナーに陳列されている金原ひとみの「アッシュベイビー」であった。別にそれはいいんだけど、私の触角にカツンときたのがその表紙。んまー、なんとあのハンス・ベルメールじゃないですか、もー。なんだか私の大事な宝物が公衆の面前にさらされて不愉快な気分になるというコドモっぽい感情を抱いたのでありました。なんだってこんな小娘の表紙にハンス・ベルメール?20年早いんとちゃいますか?いや、彼女の小説は嫌いではありません、幼稚だなーと思うくらいで「基本オッケーその気持ち判るよ」という前向きな印象を持っています。しかしハンス・ベルメールと金原ひとみ…短絡的すぎませんかね。ところでそういう自分はなんなのよ、というとですね、私がオノレの性的嗜好をはっきりと自覚したのがバタイユの眼球譚とこのハンスベルメールだという、(ま、その当時の風潮にしっかり影響されていたとも言えますが)若き蒼きおバカな10代後半の繊細で凡庸なワタクシであったりして、他人のコト言えた義理か?という矛盾もしっかり認識しております。しかしながら改めてハンス・ベルメールの作品(私の所蔵する写真集は1984年の初版で、関税定率法第21条1項の3によりボカシが入っているので残念)を見ると、個人的な思い入れは別にして「美しくも哀しく官能的」のひとことに尽きます。今ではモロ出しバコバコのポルノが氾濫しているけれど、ちょっと待ってよエロティシズムってそんなあからさまなアスレチック系なもんじゃないでしょー?と、あえて言いたい。肉体的オルガスムスに達してしまえばハイ終わりというコンビニのマニュアルみたいなセックスでお茶を濁して過ごす人生はどうかと思う。なんだか大事なものをおざなりししてないか?性的嗜好と書くとかなり限定されてしまうけれど、要は私達の感受性のほんの一部であって、それは子供のころ魅せられ収集した昆虫の羽根の七色に光るきらめきだったり、ビー玉に吸い寄せられるように見入ったあなたの邪心なき好奇心とおんなじだったりするんじゃないかと。
2004.05.30
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あのですね今日大掃除していたらこのCDが出てきましたもんで、ま、よい機会でもありますし本日は僭越ながらご紹介をさせていただきたくこの場を設けさせていただきました。実を申しますと、このsnow patrolさんですか、いつ買ったのか全然覚えてなくて、どんな音楽なのかも皆目検討がつかなくて、いやはや面目ない、というのはこのことかと。でですね、一聴して思ったのは「ああ、こういう響きや臭いを持つ音楽はイギリスの専売特許じゃなくなっちゃったんだよねー、どこ出身だ?アメリカか北欧か?」みたいなトボけた手ごたえでして、逆にいうと思わぬ意外性っていうんですか?まあすっかり裏をかかれちゃったってコトなんですけどね。というのも実はイギリスはグラスゴー出身との情報をですね、先程入手いたしまして、なかなかこれは深遠というか、簡単に言うと「言って来い」じゃあないですか、と。あ、課長すみませんまだこれ前フリです。振り返りますとOasis, Verve, Travis, Cold play以降の「イイヤツ・前向き・真摯」系英国音楽が広くマーケットに浸透した90年代後半から現在まで、猫も杓子も美メロギターロックの氾濫、突破口のない閉塞極まりない中せいぜいやってくれてもCoralかFranzかZutons程度というのが我々の抱えている現状であります。エンドユーザーありきの音楽業界において、これという脳髄ドピャーン系の天地がひっくり返るような超ド級のバズーカぬきにして本来のPower of musicはもはや下降の一路をたどるしかないというのが私の理解です。そんな中でですね、生き残る術というのは、お茶を濁すとでも申しましょうか、とりあえず見切り発車的な単発打ち上げ花火で観客の刹那的欲望を満たしておけばオッケー的対策でしのいでいく以外に、今のところないのではないかと思われます。例を挙げますとKashmir, Interpol, 等、別にそれが彼等でなくても構わなくてよ、という普遍的な商材のブレイクなどがあります。こうなるとイギリス出身である必然性もへちまもありませんから、それ系の音楽がアメリカからオーストラリアからカナダから北欧から、もうアナタ「国境なき音楽」フェーズに突入てなもんだ、であります。あ、思いっきりハナシがそれてしまいましたが、snow patrolさんの方、これまで述べてきました状況を鑑みましてもナカナカ我々のニーズに応えてくれているのではないかな、と。ここまで典型的なものを改めて打ち出されますと、かえって新鮮味が強調されるというか、イッテコイ的な面白みもあります。あ、それは前にも言いましたね。だからなんなの、と言われましても、ここでうんぬんかんぬんするよりは、まあ、こちらで持ち帰りということで次回までの宿題とさせていただきます。よろしくどうぞー。http://www.snowpatrol.net/あらやだフジロック来るんじゃないですか、もー。
2004.05.29
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今日の私の日記は実験である。どのような種類の実験か?それは私の日本語が英語に翻訳された時にどうなるかを確かめることである。私が言う翻訳というのはコンピューターによる自動翻訳を意味し、人間による翻訳ではない。なぜ私はこのような興味を持ったのか?なぜならば、先日私の日記を自動翻訳したときに私は驚愕したからである。【2004/05/23の日記・翻訳 by Excite】The first album of the music Ambulance Ltd best to the owner of foolish WATAKUSHI or brittle soul who holds the cheap feelings of wanting to be sentimental,however a wee bit to be valiantly simultaneously etc. It is said that NY of Ride, Chapterhouse, Teenage Fanclub,and them [ PUMPUN / the essence per MBV / they ]is the group of the Brooklyn graduate. however -- since it is the present of 2004 there -- carrying out -- revival たって of the past (nothing is having restricted to this band) style, and ANATA -- そりゃ単 -- the thing of only って which is a tool -- Section Chief あるよ one important in short -- thought, a belief, and a sense -- しょ -- even if money-making is possible in the place as for which mere BAKA borrowed only the style and the literary exhibition average carried out performance,an in spa year is impossible to our KOKORO Listening-to [ we ]-by だって何-music ? っていう and that are because he wants to feel something by KOKORO, and such a thing cannot carry out mass producing of them easily. Nothing is more grotesque than ESEMYUJISHAN without the heart and a sense. I am this Ambulance Ltd remarkable high score by such meanings. Although there is no grip どころ, and arm aggressiveness 印象薄 is carried out at a shop curtain and it ど - Is therefore the system carried out in HENAHENA.【2004/05/24の日記・翻訳 by Excite】It is くそ食らえ in the paradise of a bleaching cut which appears in CM or magazine photogravure etc. The feces-and-urine life sewage of people who live is discharged by the sea surface of the emerald green of Palawan, and a plastic drifts. A life of the boatman who carries us the tourists does not have the money which takes a sick mother to a hospital, either. A town is a gathering to a water Kamiie store which lives with the smell of DOBU 河. The owner of the bungalow which states EKOFURENDORI by detached building Kojima floats an unsuitable smile with having shot the wild ape to death. 凍て付く of the native who yielded to the two rhythm in the inland of the island in which an authentication uninhabited island, however a native are taken care of, and it lives -- the look [ like ] is awaiting And the island which continues isolating the 家族を with a rye disease person is located in the opposite side. Poverty of natural overwhelming beauty and people. However, the true character ofthe "poverty" is the present age disease brought about by the new sense of values by capitalism. Originally defeat of underdeveloped people who were living richly is meant.うーむ。確かに日本語は主語を省くし、時制や語順があいまいだ。またニュアンスを汲み取るためには、読者は感覚を共有するための背景知識が必要である。つまり排他的な言語構造を持っている。そして、意味を成さない文章が存在できる寛容さを持っている。私の日記の文章はとても独善的で、自己満足的で、意味よりも文字の羅列を楽しむ傾向にある。そのため英語にはとても直訳できない。それ以前に「独特の言い回し」は直訳が無意味だ、という事実もあるが。【例1】たいへんお手数おかけしますが、よろしくお願いいたします。very much -- trouble -- although I apply, I need your help well【例2】毎日の業務お疲れ様でございます。daily business -- it is tired with laborとにかく、本日の日記の目的は検証することだ。私はまともな英語へ「自動翻訳」される日本語を作成できるのか? そのため、このような堅い文章を私は書いている。このくらい正確で明確な日本語は、意図が通じる英語へ自動翻訳されるであろう。もしそうでなければ、自動翻訳ソフトなどこの世に必要はないはずだ。よし、変換!http://www.excite.co.jp/world/english/web/きゃーっ!使えねー。ついでに「英語→日本語」翻訳したうちのダンナからのメイル。ここまでスゴイとプライバシー公開!にもなりゃしない。海のによっ?ト明日のElニドの朝へのゴーイングを確かに帰して幸福、オレンジおよび緑の心臓を買わなければならなかったこと、60p(あなたのものを見つけることができなかった)の目覚まし時計を形作った。水から止められて、私のカットはついに非常によくなりました。離れて(悪いタイミング週末旅行者)疲れ切った騒々しい隣人、私はPassについて地方の職員と話しました、所有者に島見える、それを2度売りました。
2004.05.27
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CMや雑誌グラビアに登場するような漂白仕立のパラダイスなんてくそ食らえだ。パラワンのエメラルドグリーンの海面には生活する人々の糞尿生活汚水が垂れ流されプラスチックが漂う。私達ツーリストを運ぶボートマンの生活は病気の母親を病院へ連れていくお金もない。町はドブ河の臭いと共に生活する水上家屋の集まり。離れ小島でエコフレンドリーを謳うバンガローのオーナーは野生のサルを撃ち殺したと不適な笑みを浮かべる。公証無人島しかし原住民が保護され暮らす島の内陸ではツーリズムに屈した原住民の凍て付くような視線が待ち受けている。そしてその向かい側にはライ病患者とその家族をを隔離し続ける島がある。圧倒的な自然の美しさと人々の貧しさ。しかし、その「貧しさ」の正体は資本主義による新しい価値観によってもたらされた現代病であり本来は豊かに暮らしていた未開発の人々の敗北を意味する。Fuck your typical image of tropical island, a sterilized paradise like a scene from CM or magazine. Here you see dozens of floating plastic bags on surface of the emerald green sea (and surely this water contains sewage of local habitants). A boatman who took us to “island hopping" couldn't afford sending his dying mother to the hospital. People carry their life in shacks over the water accompanied with rotten smell of contaminated and stagnant water. An owner of so called “eco-friendly-island-resort” gave us a cheesy grin when he casually confessed that he’d shot a wild monkey to death. An island which is officially inhabitant, but still is indigenous people’s sanctuary. Once you step into their territory you will face their hostile gaze of surrenders to the tourism. Across the water there is an island known as "leper colony" and you wouldn't dare to visit anyway. Overwhelming beauty of nature and poverty of people. Remember its poverty is only a result of capitalism invasion from outer world. And their life used to be, not so long time ago, used to be very much prosperous with natural bounties and their own wise philosophy. Stop pretending my dear, this means they are only defeated and nothing else at all.マニラ発の夜行フェリーは早朝にブスアンガ島のコロンタウンに到着したコロンタウンからアウトリガーで数分行くと石灰石の切立った島のふもとに小さなオアシスが点在するそしてそこへ至る過程はさながら遊園地のアドベンチャーアトラクションばりのドラマチックな高揚感をいだかせる
2004.05.24
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ちょっぴりおセンチでしかし同時に凛々しくありたいなどという安っぽい心情を抱える愚かなワタクシや脆弱な精神の持ち主にはうってつけの音楽Ambulance Ltdのファーストアルバム。Ride, Chapterhouse, Teenage Fanclub, MBVあたりのエッセンスがプンプンする彼らはNYはブルックリン出身のグループだそうだ。しかしそこは2004年の現在であるからして(何もこのバンドに限ったことではないが)過去のスタイルのリバイバルたって、アナタそりゃ単なるツールであるってだけのことあるよ課長。要は、肝心なのは思想と信念とセンスでしょ?単なるバカがスタイルだけ借りて学芸会並のパフォーマンスしたところで金儲けはできても私達のココロにインスパイヤーは不可能。だって何で私達は音楽を聴くの?っていうと、それは何かをココロで感じたいからなのだし、そんなものは易々とマスプロデュースできないものなのだ。芯とセンスのないエセミュージシャンほどグロテスクなものはない。そういった意味で私はこのAmbulance Ltdかなり高得点。つかみどころなくてヘナヘナでのれんに腕押し印象薄しだからどーした系なんですけどね。http://www.ambulancenyc.com
2004.05.23
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それではいってまいります。しばらくこの楽天はおやすみです。明日5時起きだけど起きれるかな?というかそれ以前にこれからパッキングをせねば!なのに、ああ既にのんだくれちまったワタクシ。ハッ!電気料金支払うの忘れてたっ、なんで今頃思い出すんだろう・・・。果物や野菜も帰ってくるころには腐っているんだろうなぁ、と思いながらも捨てられない。あーそーか、ゴミも出しておかないといけないんだわ集積所開いてるかな、開いてなければ路上放棄してやる、ママごめんなさい。なんだかとってもソワソワしてきた、これぞ旅行前の醍醐味。
2004.05.13
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出会いは偶然の賜物だ。運命というのはゼロコンマ数秒の単位であらかじめセッティングされているのかも知れない。私は彼と偶然の遭遇を2回した挙句、私の引越し先が彼の家の斜め向かいであったと後で知ることになり、当時はそんなものかと軽く流していたが、今改めて思うと空恐ろしい偶然の羅列連続に見えてくる。そう感じるのも現在から時間を逆行して見るからなのだけど。なぜなら過去にそんな出会いを繰り返した他者は何百万人もおり、その殆んどがすれ違うだけだったりもしくは一言二言声をかけるくらいの、人生の長いスパンからすれば単なるイチ背景イチ部外者イチ通行人という「部外者」に終始する他者にしか過ぎず、そんな他者との関わりを「んまーなんという偶然!」と思うほど私達はヒマではないということだ。出会いは気づく気づかずを問わず私達の周囲を縦横無尽に交錯している。要はそこからどれをピックアップするか?である。ところでその「ピックアップする選択」の裏側には何が潜んでコントロールしているのか・・・運命なのか?私達の意思なのか?潜在意識なのか?感覚なのか?偶然なのか?それとも意味を伴わないただのタイミングなのか?これは別の意味で興味深い。出会ってから互いに惹かれあう過程には化学反応的な何かがあるのではないかと常々感じてきた。スタイルや顔つきや服装や言葉使いや経歴ではなく、互いの第六感的バイブレーションの波長が妙に適合していく様子は、「物質(1)が物質(2)と交じり合って反応(3)を引き起こす現象」として説明されるのが最もそぐわしいのではないかと。しかしながらその前に大前提として「スタイルや顔つきや服装や言葉使いや経歴」というのはフルイにかける絶対条件として無意識に選別しているのが私達のズル賢い一面でもあるけど。ともあれこの時期つまりは「私はアナタに惹かれてますよ」光線・オーラの応酬合戦。その目的は性的であれ精神的であれ「親密」の獲得だが、このスタートから目的達成までの期間ほど甘美なものはない。互いの評価はプラス200%くらいに跳ね上がり、相手の好意を確信しつつも絶対的な確証に至らないもどかしさ、気が付くと相手のことが頭から離れず想像妄想の世界に遊んでいる・・・触れたい、抱きしめたい、じゃれあいたい、キスしたい、セックスしたい、朝までお喋りしたい、ずっと瞳を見つめていたい、おー、欲望は単純で無限大で止まることを知らない。互いの積極的な好意が明らかになってから、つまり恋人同志となって最初に遭遇するのは自分の世界が「他者と共有すること」に費やされるという事実だ。しかしそんなの屁でもないのさ、だって「僕らは・私たちは恋してるんだもん」なんだもん。自分が相手を大事に愛しく思う分だけ、相手からも大事にされ愛される充足感といったら、ましてや精神的のみならず性的本能的な刺激と快楽を伴った挙句には、もーアナタ周囲なんて眼中なくてよ!の世界です。カラクリとしては相手を愛した分だけちゃんと自分の価値が認識される、という自己愛の極みではあるのだけれど、そういうことは意識しないように人間の脳はできている。熱情的恋愛に翻弄されるという眩暈のする経験は誰もがお持ちでしょうからあまりくどくは記しませんが、(例)アナタの指が私の髪に触れるだけで至福、微笑みあう度に泣きたくなるような気分、今ここで世界が崩壊しても構わない・・・これぞ恋愛の醍醐味といったところですね。ああ神様これがいつまでも続けばいいのに。しかし我々は常に現状に退屈したがる愚かな動物である。大きな誤解と期待と情熱で相手の本質を見過ごしていることに気づくのにそんなに時間はかからない。ちょっとした「あれっ?」の連続が私達を少しづつ正気に呼び戻す。相手に投影したオノレのアニマ・アニムス、それはやはり錯覚であったのか?答えは大抵イエスだったりする。自分に問うてみよう、自分は100%完璧な人間や否か?・・・当然欠陥だらけの自分の再確認に終わるはず。にも拘らず相手に「私がこうあって欲しいと望むカタチ」での完璧を求めるのは、イコール相手を「別個の個人」として認めていないという証でもある。そんな軋轢は「偏狭な母親・父親vs自我の芽生え始めた子供」達に任せておけばいい。オトナとしての私達がここでハタと気付くのは、あれ程溺愛した相手も実は弱さや欠点を充分に持ち合わせているただのヒトなのだということ。現実と向き合う時は来る。そして「恋は盲目時代」から「確かな人間関係を築く」への過渡期には、妥協と寛容と忍耐、つまり相応の努力を必要とする。自分にその覚悟がなければとっとと次の相手を探した方がいいし、自分は覚悟ができていても相手にそれがなければお話にならない。この時点から先は、個人の思いこみや観念的なパワーで作り上げられるお遊戯ワールドではなく、人間的な(あまりに人間的な!)相手(他者)との共同作業へと変容していく。私的プロジェクトチームといったところか。人間関係を築くというのは体験を共有することによって、オノレの変化を続けることによって、そしてそれを語り聞くことによって相手を知り自分を知ることではないかと、このあたり謙虚にそう思う。これはポジティブな部分だけでなくネガティブな部分も含めてだ。相手に対する失望や嫌悪、自分の醜くく卑しい心持ちなんて普通に存在しているわけだし避けられない。相手と自分に対する敬意が大前提にあるのはいうまでもないが、それでも時として許容範囲を超えるネガティヴ地獄のめくるめく世界は日常生活の端っこに鎮座していたりするので、このあたり「それ」にどのように対峙できるかというのは重要なポイントだ。挫折したり失敗したり諦めたりしたら「それまでなのよ」だし、キャプテン!私負けない!と無能者の身分不相応な根性で乗り切ってしまうのもアリかも知れない。つまり「こういう状況でワタクシはこういう反応・対応をする・できる」という自己確認の場でもあるのだー。そして相手もしかり、ということを認識するのを忘れちゃいかんですけど。世の中、こと人間関係にかんしてはキレイごとばかりのハッピーワールドはないのよねー、と身を持って知る事で、パートナーは葛藤の根源となり敵となるのは自然の成り行きでしょうか。ああ、アナタの存在が私の醜い部分をあばきたてる!バイスバーサアズウェルゆえ罪深きはワタクシか?しかしながら人間「慣れ」というのはスゴイもので、大抵のことには順応できるようになっています。感受性が麻痺するとも言いますが。そんなこんなのアレコレうんぬん諦念プシガンガを乗り越えて、ふと気がつくと空気のように家具のようにパートナーが鼻くそほじりながらアグラをかいてTVに文句を言っている。ああ、人生って陳腐だ、とつぶやきながらワケもなく爽快な気分で私は彼を抱擁する。キミはかけがえのない同志である。それは、とりあえず今のところホントウなんだと思う。
2004.05.12
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今週後半からフィリピンのパラワンというところへ行って参ります。本当はエルニドへ行きたかったのだが、国内線が取れませんでした。なので同じパラワン諸島の北部にあるブスアンガ島あたりをブラブラしてきます。大体の日程はこんな感じ、だけど、きっと変わると思う。1日目:成田→マニラそのまま夜発のフェリーで10時間2日目:早朝コロンタウン着 ~9日目:アチコチ探検10日目:ブスアンガ→マニラ(空路)・マニラ泊11日目:マニラ→成田最近はフェリーとか国内線もインターネットで予約ができちゃうんですね、便利だ。泊まるところも同様ネットでの事前予約が可能なんだけど、うーん、やっぱりこの目で直接見て値段交渉して決める楽しみは放棄したくない、ので、行ってから決めます。
2004.05.11
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いーなー、ラブリーだなー、ココロ洗われます。Phoenix "Alphabetical"いーなー、自由だなー、囚われないってスゴイ。Modest mouse "Good news・・・"
2004.05.06
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私のGWは早くも終了、今日はこれから出勤です。4/29も仕事だったし別に何をしたという事もない単なる週末でした。桃牡蠣課長はたらくはたらく(無断転用)1日は音楽とお酒と美味しいランチを持って公園で怠惰なピクニック、あとはジムに2日通い、近所の酒場でクダをまいた夜が1回、それからニッシン・ワールド・デリカテッセンへ食材の買出しに行ったくらいか。でもま、のんびりできたから良しとしよう。それではいってまいります。
2004.05.04
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Mulholland Drive 2001 USAデヴィット・リンチ監督デヴィット・リンチ製作総指揮出演:ナオミ・ワッツ ローラ・ハリング恥ずかしいのですが私「イレイザー・ヘッド」「ツイン・ピークス」系のデヴィット・リンチ作品大好きなんです、軽率ですみません。これにより何が証明されるかというと、「マルホランド・ドライブ」あちゃー大変楽しく激しく堪能してしまいましたのだー。昨夜スカパーで観て、ダンナは激昂・わたしゃニンマリ、果てには馬鹿馬鹿しい口ケンカまでしてしまうほどの意見の相違、ははは。リンチさん私の家庭を壊さないでください・・・いや壊れた家庭の人間関係とそれぞれの心のエグイ深層というのもオツなものかもしれませんが・・・いかんいかんリンチワールドに思考が傾倒しかけてます、ワクワク・ゾクゾク。ストーリーは陳腐なまでに単純な恋愛モノ。ただしご注意めされよ、全編これ「ワナ」と「キー」の大放出ゆえ、迷子ちゃんや溺死体にならぬようココロして見るべし。なんか居心地が悪くなるような、血管がゾワゾワするような、微妙な不快感、早まる動悸、恐怖心、好奇心、怖いもの観たさ、ワタシの平常心を返せ!というお決まりの「構図・色彩・サブリミナル効果・残像・音楽・効果音・台詞・俳優・展開」が大全開。でも結局Loveなのよーという陳腐さが愛おしい。「イレイザー・ヘッド」のセントラルヒーターの隙間から展開するミニ舞台でオタフク少女が切々と歌いあげる曲(In heaven everything is fine)と光景は、半分夢心地で過ごした中学時代の教室での幻覚とオーバーラップ。「ツイン・ピークス」の赤いカーテンの部屋のやんちゃな秘密結社サロンへの入り口はいつでもすぐそこにあるのだという、現実に適応できなかったプー太郎時代の確信。私的体験とのリンクがうれしいリンチ作品。ま少なくとも「ツイン・ピークス」好きは気に入ること間違いないです。観ている間はストーリーを追うな!観終わった後に組み立てよう。事前に解釈モノを読むのは厳禁。解釈は見た人の数だけあるのだ。そして映画とは娯楽であり学問ではなーい。全ては大した意味を持たずしかし知らずと関係性を結びそして全てのものには必ず意味がある。
2004.05.01
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