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いつの間にかそこにあったビルヂングが取り壊されていた。見慣れた光景の一部がポッカリと切り取られて普段見やることのなかった遠くの世界がそこに忽然と姿を現しているのにイキナリ出くわす。通りすがりのイチ風景突然の不在その上を大袈裟な月が照らす。虫の音が遠く響く秋の夜、日中は暑かったのにね。ああ、ライフイズビューティフル。
2004.09.30
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結成は99年、イギリスはレスター(だせー)出身の4人組Kasabian 彼らのプロフィールはほとんど公表されず謎に包まれているらしいが、音楽聴くのにプロフィールが必要か?という部分でそんなことは別にどーでもいいのであった。"Club Foot" "LSF"のチャートイン、フジロックの参加~11月の来日単独公演、プロモーションヴィデオのあちこちヒンパン垂れ流し等々ですでにご存知の方も多いことでしょう。OasisのLiam Gallagherをして「めっちゃクールなモノホンのバンド、しかも相当のワル!」といわしめた…というキャッチフレーズが妙に独り歩きして笑えますが(You’ve got some bollocks. You’re a gang not a bunch of students. A proper band with a cool attitude. You’re rockin これがいいオトナの台詞?)それを鵜呑みにしたり過大評価誤解釈してしまうと「アレ?」とくること必須です。別に凶暴でも激しくも暴力的でもカオスでもなくって(そういうのは別セクションをお薦めします)ヒップでクールでグルービーなポップでロックなミュージックざんすよ課長。今年前半はFranz Ferdinandでワタクシかなり盛り上がっておりましたが、後半はKsabianにバトンタッチかなという気配。Primal Scream, Stone Roses, Oasisなどが近似値に挙げられてますが、個人的には(1)後期Kula Shakerとか、やっぱりPrimalとおマンチェ系を彷彿させつつ (2)その上に808State以降のテクノ…ループでアシッドでトランスよー!の醒めた高揚感を併せ持ち(3)最後にザクザクのギターロックの荒さを付け加える 以上3点が上手く融合しているなぁと密かに高得点。一見ポップでダンサンブルしかし秘めたるグルーブはかなりヤバイっす、正直私パンツ濡らします。音に欲望するとはこういうことなのだー、と久々感じました。例えが下世話で恐縮ですが、Franzの皆様とは朝まで楽しくドンチャン騒ぎができそうですが、それがKasabianの皆様だったらきっと途中でトイレの裏にシケこんでしまうと思います、4曲目7曲目なんかイッパツでコロリです、判りやすくてゴメンナサイ。総括すると上記の(2)の部分に相当惹かれているようです、個人的経験から来るノスタルジアかも知れませんが。小僧時代のトランス感覚、アナタもキミも関係ない個人情報ぬきの高揚感だけが大事でそれが全てで自分が欲望する機械と成り果てる至福の時、若いってバカよねーを地で行く夜遊び時代90年代初頭、クソー懐かしいぞ。歌の入ってる曲もいいけど、私はない方が好きです。正しい聴き方じゃないですけど。http://www.kasabian.co.uk/この辺でPV見れます2004年11月7日渋谷AXでのライブうぁーたまげた。こいつら相当にダサい。上っ面だけイキがってるそこらのガキが必死こいて演奏してますって感じ、ガッカリ。前座のGREAT ADVENTUREの方が断然ファンキーでファニーでクレイジーで楽しめったってのはどーゆーコトよ?CD聴いてた方が断然よろしい。行って損したライブNo.11 I.D.2 CUTT OFF3 REASON IS TREASON4 RUNNING BATTLE5 PROCESSED BEATS6 557 TEST TRANSMISSION8 BUTCHER BLUES9 THE NIGHTWORKER'S10 L.S.F=======================11 U BOAT12 OVARY STRIPE13 CLUB FOOT 以上
2004.09.26
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先日郡山ハルジさんとお会いする機会があり、念願の「Cureの新譜むりやりプレゼント」という目的こそ達成できなかったが、これまでネット上でのペルソナしか知らないヒトと実際のリアルワールドで対面・対峙・時を共有する!というナカナカに興味深い体験をいたしました。詳細は彼のHPに詳しいです。郡山ハルジHP私個人的な背景としては、「この楽天HPから実社会での知人は一切隔離されている」という前提があり、言い換えれば100%匿名性の恩恵を受け、かなりの部分で赤裸々な文章を書き溜めている場所がこのHPだというのがあります。更に言えば実社会においては身に付けた社交性はあくまで表面的で「私の内面なんで晒さないわよ」という腹黒い(?)姿勢を貫く人間がその第一人称だと思ってください。世界中に蔓延するクソのような個人ホームページ(それも日記モノ!)そんなものに自分の居場所を探すほど幼稚ではないし、またサイトを出会いのツールとして活用するほど人間関係を渇望しているわけでもなく、はたまた実社会の知人友人とのなぁなぁ馴れ合い・ぬるま湯・憩いの場みたいなサロン感覚も持ち合わせていない。そこにある暇つぶしの機械・オモチャというのが私の中でのこのHPの位置づけだ。ただ当然長く続けていれば反応を寄せる他者も発生するし、反対に私が他人のHPへ惹きつけられることもある。そこで生まれる文字コミュニケーション、楽天機能であればコメント・BBS・私書箱メッセージ。その昔人間の伝達手段は口承によるものであった(現在でも文字を持たぬ民族文化は存在するが)それが文字の発明以降、文字文化は活字印刷の技術に伴い発達し、「言葉」はコミュニケーションのツールとしてだけでなく、メディアツールとしての側面をも肥大化させることになった。その後電話・ラジオ・テレビの出現により「口承文化」への復帰を提起したのはマクルーハンだったか、しかしいま現在私達の周りを眺めてみればまた文字文化へのシフトが顕著である、つまりチャット・メールの台頭。それが実社会の知人友人との気軽なコミュニケーションであれば、気配りという重荷からの解放。もしくは実社会では関わりのない他人とのコミュニケーションであれば匿名性の影に隠れた大胆さ、囚われない自由。チャット・メール機能、画面上のデジタル活字による応答のし合い、発信-レスポンス、そこには関係・コネクションが確かに成立するが非言語情報は存在しない。感情というデコレーション(声質・音程・イントネーション・強弱・バイブレーション・表情・ジェスチャー)に包まれた話し言葉から聴き取る真意は、無機質な文字から読み解く真意と異なるのだろうか?んーそりゃ違うでしょ、でも価値がないってことでは決してないけど。ともあれ私個人はこの楽天HPを活用し「書く」ことへの少しだけ異常な欲望を発散させてもらっていて、言い換えれば伝達の手段としてのエクリチュールというよりはその反復可能性の広がり(偽造・引用・パロディ・誤用・創作・共感・行間・意訳・誤解釈)を享受し楽しんでるということです、ははは、しかし題材はかなり赤裸々ですが。そんな中でチラホラとお気に入りの方々と文字上のやりとりをするのも面白いし、そのやりとりが「公開」されているという意識が常にあるという部分も一般的な実社会コミュニケーションと異なっていて趣き深いものがあります。別に実社会では何処の誰でも構わず性別も外見も関係ないという前提でのやりとり、例えば大好きなうさ課長ですが、私の中では彼は本当にウサギの外見をしていて決してスーツ着て電車に乗って会社へ通勤する男性ではありません、そんなバカみたいなコトが普通に前提となりうる世界。ネット上のペルソナ、それが虚構だと知った上でのゲーム参加ならば問題はないでしょう。そんな風に私の中で折り合いをつけていた個人HPという小世界でしたが、実際にココつながりでお会いする方が出てくるなんて!。お会いしたハルジさんはごくごく普通の紳士的な男性で腹黒さとか狡猾さとは無縁の少年のようなイイ奴でした。ただ初対面の相手が既に私の性衝動とか性癖とか人格乖離とか薬物体験とかを知っているという状況は、普段覆い隠しているモノを曝け出して人前に出るようなもんで、そりゃ緊張しました、というか恥ずかしかったです。美味しいゴハンをパクつきながら、やっぱりまるっきりの初対面者とは違う微妙なやりとりの中、「目の前の彼の人となり」「彼のHP上のペルソナ」どちらも彼でありそこに生じるギャップなんてのはつまりは己の解釈能力と想像力の欠如の結果なんだなぁ、と当たり前のことを思い、結構こういうシチュエーションって面白いわね、と感じたのでありました。まぁ、私のギャップの方が遥かに大きいと自負しますけどね。ハルジさん、次回こそは必ずCureを持参します。
2004.09.24
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それでもって真っ先にやられてしまいましたのがリバプール出身Clinicの3枚目のアルバムでございます。独特のザラついたひねくれたクリニックワールドはまだまだ健在で、清涼感も清々しさもまったく無縁のこのアルバムにアータもう病みつきになってよ、クソ暑いのに・・・。意外と一本調子じゃなくって奥行きがあるってのもポイント高いです(あ、それなりの狭い世界の範囲でですけど)実はカサビアンを先に聴いていて、グルービーでかっちぃやん、とそこそこ盛り上がってはいたのだけど、Clinicにゃー太刀打ちできません。アタマの中チープで不穏なメロディがグルグル回ります。あ、イメージ沸かない方は「とおりゃんせとおりゃんせ」の不気味さでも思い描いてみてください。
2004.09.20
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最近音楽あんまり聴いてない。買ったはいいが聴いてないCDがたまっているのに、また買っちゃったー、の繰り返し。バカだ。Art of Fighting "Second Story"Farrah "Moustache"Maroon5 "Songs About Jane"The Ordinary Boys "Over The Counter Culture"Clinic "Winchester Cathedral"KasabianThe Delgados "Universal Audio"The Stranglers "The Men In Black"The Lightning Seeds "Cloudcuckooland" "Sense"The Best of The Mighty Lemon Drops(後半の懐メロ系はHMVで1090円と安かったので衝動買い)さて、どれから聴くか?
2004.09.18
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急遽休みがとれることになりました。遅い夏休みでございます。5日間ぽっちなので近場でノンビリしてきます。どれほど近場かというと飛行機で3時間くらいのトコロです。ぢゃっ。
2004.09.07
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たとえば水蛭子、イザナギ&イザナミの子供は手足が蛭のようにグニャグニャの不具者だったために海に流され捨てられた。えべっさんこと恵比寿神は拾われ祀られたヒルコの民間信仰伝説だ。捨てておいて後から祀るという水子供養系日本思想、だって祟りが怖いんだもん。 たとえば侏儒、宮廷に使える彼等はFoolとして王侯貴族貴婦人達のペットという地位を得、今でも中世絵画の片隅に彼等の姿を認めることができる。不具のオモチャ化。 たとえば美の女神ヴィーナスがゼウスを初めとする多くの神々の求婚をふりきって結婚したのは醜い不具のヘファイストであった。しかしその後ビーナスは大人しい夫が何も言わないのを良いことに、あちこちでヤリまくるわけですから、したたかな特権者による弱者の搾取みたいなもんです。 私達が当然のように平然と「不具=穢れ」と忌み嫌い、隔離や差別をする以前には、不具者崇拝が存在し彼等は異界からの稀人として神聖視され畏敬されていた。異なるものに対する私達の感情は根本は変わらずとも表現の指針が180度変換されたということか。 血統・階級・地域・人種・性別・国籍の違いから発生する「異との遭遇」は、差別する側にとっては「共同体の精神・正義が社会秩序を後ろ盾に差別行為という原始的快楽を享受する」という単純きわまりないシナリオが目前に投げ出されいるわけで、つまり参加することも糾弾することも誤魔化すことも容易である。 しかしヒト科ヒト属ホモサピエンスとして五体満足な健常者が、肉体的欠損不具を持つ同種と対峙するというのは単純な差別とはどうも違うのではないかと感じている。心落ち着かず不安にかられるのは目の前にいる不具者に対してではなく、「目の前にいる不具者に対して感じる自分の反応」に対してなのだ。私達のこころはこんなにも猥雑で醜く汚い。どんなに取り繕ったところでそれは真実。 映画フリークスにおける差別の逆転は本来私達という集団への警告のはずなのに、見てる側の観客は「ピンヘッドってキュートやん」とトンチンカンな感動を覚える(←高校生時代のワタクシ)という本末転倒なお粗末さ。 そういえば子供の頃は縁日で見世物小屋がまだあったけど、最近はどうなんだろう。それ以前に21世紀の現在では重度の障害が認められる胎児は早期に堕胎してしまうため、日常の光景には不具者の姿が見当たらない。ますますの漂白化に拍車がかかる現代社会。アフォーダンスの変化により彼等は生息不可能となる。葬るという選択はStrategically Right but Tactically Wrong、いやそれは違う話です。 ところで精神障害者はどちらに属するのか?それは差別の対象としてではなく鏡に映った己の姿として捉えておかないとイカンですよ、お嬢さん。 私達が惹かれる異性の顔の造作というのはリサーチ・データ検証の結果「限りなく左右対称シンメトリーな作りの顔」だとディスカバリーチャンネルの番組で見た記憶がある。その代表としてトム・クルーズが魅力的ハンサムマンの典型として挙げられていたが、あの顔の造作に不快感を覚えるのは私だけじゃないと信じる。白痴的シンメトリーの不快。パーフェクションへの嫌悪。
2004.09.04
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