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寒くて目が覚めた。夏は終わっちゃったの?なおりかけの風邪がぶりかえさないようやたら着込む。タバコがまずい。ならば吸うな、それは禁句です。そういえばハイライトメンソール、9月から東京でも販売されるそうだ。キョービの国産タバコはやたらとパッケージデザインのリニューアルもしくは際限のないメンソール化でイカンね、などとごちていたら天下のハイライト(思いいれ強し。高校生時代の愛用銘柄。かーっ!これが労働者のタバコだっ!)のメンソールだよ、そんなぁ。失望しました。ガッカリといえば9月の休暇。残念ながらオアズケとなり当分どこへも行けません。なのでこのまま東京で鬱屈して過ごします。見上げるはくもりぞら。ま、そんなのもいいんじゃないの。
2004.08.29
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それは最初は単なる視界の片隅で浮遊する半透明アメーバー状の点だったと思う。「飛蚊症」そんなものでしょうと限りなく無視に近い認識の対象が油断している間に度々形状を変え覆いかぶさるような圧倒的主導権を手中に収めつまりは私の意志では制御不可能となる。そしてそれは世界がまだ巨大な未知であった子供の頃眼を閉じた瞼の上に拳を押し付けて万華鏡のように展開する様々な色彩に陶酔した思い出をフラッシュバックさせる。ホンモノを凝視しようとすればするほど真実からは遠のき、更なる幻影に翻弄される愉しみ、古き良き郷愁感。そのころは単純ゆえに純真で、大波に呑まれて死ねたらいいなぁ、と思った。空の青さと海の青さの上下が逆転するスリルに翻弄されたいなぁ、と思った。それは夢に現れ、悪夢に表れ、目覚めの夢うつつとして覚醒した脳裏に残った。それは覚醒した現実世界の光景の隙間に時折出現しては嘲笑高らかに消え去っていった。つまりは幻覚、単なる。そうでしょ?子供の頃ってそれと一緒に生活してたよね、普通に。発熱による朦朧はよからぬ方向へ五感が誤作動し境界線がぼやけてしまい、そんな頃の自分へ戻っていく。幻覚剤の効果を検証するのと同様、幻覚などは脳内ケミカル作用の結果である。しかしそのリソースはユング曰くの普遍的無意識なのか個人的経験歴史の反映なのか。どこからが「私」でどこからが「科学」なのか。そこに「神」を挿入する余地はあるのか否や。ああ私達は己の肉体すらも制御できない、ならば心の拠り所は?そんな使い古した陳腐な疑問符を額に貼り付け解熱剤を飲み込み、明日の朝に希望を託す。
2004.08.24
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風邪でダウン、いや別に寝込んじゃいないけど、ゲホゲホゼーゼーヒーヒー言いながら周囲に病原体を撒き散らしつつ、いつも通りの日常生活を送った1週間。通勤時の日差しはつらかったなぁ、オフィスの冷房直撃もきびしかったなぁ、何だってこんな時にこんなことが起こるのー?の連続だったなぁ、普段よりも判断力も思考力も衰えているのを自覚するほど情けないものはないけど、まぁそれが現実なんだからしゃーないやね、と自分を慰め続けた1週間。傲慢な精神は健康時にしか宿らないワタクシ卑怯者。感受性がどんどん鈍感になっていく日々是走馬灯のごとし。いっそ療養中!とお部屋に引き篭もれたら思想も生まれるというのにこのテイタラク。健常者の皆さん、わたしゃ付いて行くのに必死です、どうか歩を緩めてくださいまし。たかだか夏風邪ごときで腐ってどうする?しかし熱は下がらず咳は止まらず下痢は続き思考は軌道をはずれ言葉は体をなさず身体は常に脱水状態のポカリスエットもう飽きた熟睡したーいタバコすわせろー、のダダッコ精神レベルでは何物も太刀打ちできません、あらま書いてるそばからもう意味不明です。無軌道な思考回路は本日このままプライベート側にて解放させますがパブリックな日記の方は暴走する前に強制終了します。ピッ!
2004.08.22
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1945年8月15日、日本軍のポツダム宣言受諾の翌日、天皇ヒロヒトによる玉音放送で日本の無条件降伏が全国民に告知された。これはもう「懐かしの昭和史」といった類のアーカイブ映像でおなじみですね。実際はこの日を境に全てが終わってリセットされたわけではなく、公式な降伏文書の調印は9月2日だし、8月15日以降も日本に侵攻するロシア軍との間で戦闘は続いていたのではあるけれど。しかしながらこの8月15日は、世界的視野でみれば同年5月のドイツ降伏により欧州の戦争が終わった後、連合軍にとっての最後の枢軸国(日本だよ)の終焉により東アジアの戦争に終止符がうたれ、これをもって「第二次世界大戦」が事実上終結したわけだから「終戦記念日」とみなされるのが一般的だろう。西洋の方々は「VEディ(Victory in Europe Day)」をもじって「VJディ(Victory over Japan Day)」と呼ぶこともあるそうだ、なんかムカツク。しかし我が国の歴史の中で捉えるならば「太平洋戦争・大東亜戦争」の終結であり、それは紛れもなく「敗戦記念日」以外の何者でもない。敗北記念日。長崎ファットマンから6日目ロシアの参戦侵攻から7日目 広島リトルボーイから9日目 ポツダム宣言発行から20日目 沖縄戦での降伏から1.5ヶ月後 東京・大阪大空襲開始から5ヵ月後 逆算してみるとすごい、怒涛の1945年、これがたかだか60年前のコトだなんて。東京大空襲の生還者であるウチの母親などは今だに鮮明にその夜の光景を語り続けてくれる。8月15日はまた朝鮮半島にとっては「光復節」という日本統治からの解放を慶ぶ国家記念日である。日本では正式に「戦歿者を追悼し平和を祈念する日」という名称があるそうだ、日本独特の曖昧さと言い訳好きが爆発してますね。個人レベルの話題では私とダンナの結婚記念日でもある。この個人レベルの記念日につき、思うこと。ヒストリーチャンネルやディスカバリーチャンネルで第二次世界大戦のドキュメンタリーをダンナと共に見る度に、その大半が西洋からの視点ばかりなのでつい喧々囂々とやりあってしまう。しかしこれだけの種類の番組を作り改めて検証していく姿勢は日本も見習ってもらいたいですけど。そんなこんなでやりあった10年近くの間で確実に変わったなぁという部分がある。私は「日本は被害者でありしかし愛国心とプライドから最後まで戦った崇高な国家だ」という誤解が解けたし、ダンナは「日本帝国=ドイツのナチズムと同義・黄色人種=下等人種のくせにケシカラン!」という偏見を壊した。まぁ、何が正しくて何が間違いだったか、何が正義で何が悪か、なんてものは白黒はっきりしているわけじゃないし、何より歴史というものは流れとして捉えないと偏狭な極論に終始してしまうもんです。「朝鮮占領時は良いこともやった」とか「南京大虐殺はなかった」とかいうのはその良い例ではないかな。少なくとも戦後教育と周囲の情報や大人たちの意識によって植え込まれた私達の過去の戦争に対するメンタリティなんてものは、ふと視点を変えることによっていくらでも広がりを持つもんなのだ。戦時下に洗脳された愛国少年だった私の父親は、娘の結婚相手がイギリス人と知り複雑な思いをしたのかも知れないし、大英帝国のプライドと栄光を後生大事に抱える典型的ブリティッシュのダンナは、大国の差別と偏見が大戦時の常識としてあった事実を嫌悪すると私の前で自分の家族に言い放ったことがある。ま、いずれにせよ個人であること、国民の一員であること、世界の人類であることを意識せず疎かにしていちゃダメよね、といったところです。
2004.08.15
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東京都港区にある飯倉交差点は、そこは私の勤めるオフィスビルが角地に位置しているのだけど、ある時期がくると大層アツイ光景が繰り広げられる。何がどうアツイのかというと、そのすぐ側にあるロシア大使館目指して抗議行動を起こす右翼団体がドーンと押し寄せるのだ。どのくらいスゴイかというと桜田通りには機動隊の車両十数台、右翼宣伝車両百台近く、六本木に抜ける外苑東通りへは信号が変わる毎にマニュアルで封鎖、ガナリたてる右翼宣伝車の割れた音響が幾重にも重複し(笑いを取りにいってる傾向強し)あちこちで機動隊vs右翼グループメンバーの小競り合い、これがエンエンと終日続く。普段は閑散とした「いつもの退屈な光景」が一転してこの時ばかりは「異様なカオス・脱日常」の趣きを醸し出し、基本ナショナリステックもといペイトリオティックな私としてはかなり気分の高揚を味わうのであった。昨日8月9日は「反ロシア・デー」であり日本全国から右翼団体が集結した模様である。この辺りはまた東京タワーのすぐ側に位置し、外国人ツーリストが道を行き来する土地柄でもあったりするもんだから、「オー!エキサイティング!」とカメラを向ける観光客や、その外国人ツーリストに自論を披露するお茶目右翼団体メンバーがいたりしてほほえましい。はたまたまったくの無視を決め込むローカルオフィス勤めのエクスパッツの姿とか、近所のフリーメイソンロッジ関連者がシリーウォークをして通り過ぎる光景もなんか自然で楽しい限りです。あ、シリーウォークは嘘ですけど。ま、ともあれキョービのオフィスビルは禁煙なので、ビルのエントランスの隅へタバコを吸いに行くたびに、こんなお茶目でチャーミングな光景を眺めるのはいいもんだなぁ、と部外者傍観者の立場で無責任にも思った次第でございます。というか右翼の皆さん、今頃ロスケがどーのなんて言ってる場合ですかね?尖閣諸島とか、そっちの方が今そこにある敵ではないのかな?ま、いいけど、あ、8月15日も期待してますよー、非国民のワタクシが鬼畜米英連合軍の末裔の英国人との婚姻届を提出した、いわゆる結婚記念日なんですが、ははは。
2004.08.10
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コーチングなるものが台等して久しいが、正直ワタクシ個人の意見としては「ふざけるんじゃありません」の一言に尽きます。会社勤めをしてない方や、会社員であってもチームを率いるとか、マネージャー職でない方々にはなじみがないのかも知れませんが、このコーチングなるもの、部下の育成・チームメンバーのモチベーションアップには欠かせないテクニックのひとつとして最近ちまたに溢れかえっております。なんたってこのグーダラで不埒なワタクシでさえこの1年間に3回のトレーニングを受けたというくらいですから一般常識的にはマストなアプローチなのではないかと推測いたします。基本は上からの押しつけ指導ではなく、あくまで部下の気づき→動機付けをベースとし、あわよくば改善向上を自主的に発見してもらうという、なんともまだるっこしい…要は「上司たるもの忍耐が必要。部下を尊重せよ、おだてよ、活用せよ」という、そこまでキョービの若者の怠惰で消極的なあるのかないのか判らんような「やる気」とやらを持ち上げなきゃならないのでしょうか?というような方法論のひとつであります。そんなこんなを見る聴く読むうちにフツフツとワタクシの内部に沸き起こる感情としては、いやー申し訳ありません、やる気を態度で示せない人は必要ありませんし、上司にくってかかるくらいの元気のない方はとっととお辞めくださいませ、スキルアップ・モチベーションアップですか?そんなもの個人の努力で周囲の評価を勝ちとるくらいの度量がないのならコンビニのアルバイトでもしておいてください、というのが本音です。しかしなにゆえこんなコーチングなるものがクローズアップされているのか?こちらのほうが興味ありますね。やる気のない部下はいりません、しかしやる気を示す部下にはハッパをかけ成果を200%くらい評価してやり自身をつけさせるってのは、全国共通の上司としての責務ではないのかな?それを、猫も杓子もやる気のないのもあるのも十把一絡げにしてマニュアル的に対応してしまおうというのが可笑しな話っすよ、課長。ひょっとすると、世間一般の上司とやらは大前提にある部下の育成とやらをないがしろにしてきたことのツケが回ってきたとうコト?自分のプライドや過去の実績とやらにしがみついて若手の純真なやる気をそいできたというコト?自分が請け負った妥協とやらを後輩に教え込むのが先輩としての功徳であるという下劣な思い込みがフツーに存在しているってコト?ううむ、もしそんなものが現実だとしたら、今この期に及んで「コーチング」なんてのも不可欠なのかもしれませんね。フツーの良識を保つオトナが部下を持てば自然とフツーに思うであろうモノを、改めてトレーニングしなければならないのなら、それは根本で何かが間違っていると、素直にそう思う今日この頃。
2004.08.09
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身体にまとわりつく湿気は私達の内部をゆっくりと蝕み、長年培われた澱のような膿を出す代替としてなのか、神経の苛立ちに質量の拍車がかかる。その外側では果てしない高温度の日差しが容赦なく待ちうけ頭頂からチャクラを通り全身へ感覚麻痺が浸透していく。内部から染み出る不快の極みを包容しようと愚かな抵抗を続けるも、既に意識朦朧の無感覚に犯された私達は、なす術もなくゾンビのごとく炎天下、アスファルトの熱気と立ち上る陽炎に取り囲まれ歩を進める。東京は既にヒートアイランドと化した。うちの窓の向こうには、隅田川をはさんで汐留の高層ビル群が乱立するが、東京湾からの風がそこでせき止められているという指摘があるらしい。それよりもお台場という東京湾入り口の埋め立て自体がもう既に東京の都市としての自然摂理をぶち壊しているという事実もある。夏の長期バカンスから日本に帰国した我社のエクスパッツはこの猛暑にやられ現在2名が欠勤状態だ。クーラー嫌いの我が家でも今年は毎晩エアコンの電源をONにしている。夜になっても東京の街自体が、地面が熱を持ったまま、温度も湿度も下がりやしない。家の前に打ち水をして陽が暮れたらお外で夕涼み、なんてのはもう東京では夏の風情として生き残れないのだろう。
2004.08.07
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腑抜けになるのに努力はいらない、気が付きゃ3日間何もせず朝から日が暮れるまで太陽の下プールサイドで寝転んで過ごした。上げ膳据え膳のホテル暮らし2泊3日、東京の真ん中なのに下界から遮断された日々、台風の影響で目まぐるしく変わり行く空模様は神々しく、日本の紫外線をなめちゃいけない日焼け後の肌の火照り、たまにはこんな過ごし方もいいもんだ、と、楽しく反芻すながら、ああ今日からまた日常がスタートする、週明けの月曜日。空はこんなに高く青く澄んでいるのにー。ぶーぶー。
2004.08.02
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