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弓を引きに、そして友人に会いに行ってきます。異常気象王国の熊谷だが、自分にとっては癒される場所でもある。大学の弓道部に顔を出し、後輩の顔をみる(射も、だけどね)。そして親友と会い、酒を酌み交わしながら沢山のことを語り会う事。月に一回くらい熊谷に行くが、自分の中ではとても大切にしている時間ですなあ。今日は本の中でとてもいい響きの詩と出会った。柳緑花紅真面目(東坡禅喜集)柳は緑 花は紅 真面目(しんめんもく)野暮なる解説はまた後日あらためて。ただ最後に『真面目』(しんめんもく)ってのはなんとも言えずいいですね。締まりがよくて。すべてをありのままに、無条件に肯定してくれてるね。真面目。なんでも文の最後には真面目。ってしたくなるね。真面目。。。。。
2005.07.30
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ライブドアで書いた映画へのコメントをフリーページに掲載してみた。あと昔書いた論文もいくらか追加してみました。もう炎天下の現場仕事はしたくない。これは砂漠と同じですよ。
2005.07.28
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玄侑宗九『禅的生活』(ちくま新書 2003)を読んでいるが、弓道に役立ちそうな個所があったのでいくらか引用してみる。 「面壁」といって壁に向かって座禅を組んでいる達磨大使の絵を例に出しながらの話。 「例えばあなたの間近にある壁などに眼の焦点を合わせ、それを見つめてほしい。そんなことは永く続けられるはずもなく、すぐに眼が疲れてぼんやりした眼差しになるはずである。――中略――しかし五官のうちでも八割方のはたらきをするという眼があんなふうに面壁しているとそれはすぐに眼そのものの疲労につながる。いきおい眼差しはぼんやりとして「見るともなく見ている」感じになってくる。半眼ではあるが眼を開いて座禅するのはそのためだ。――中略――じつはこの「見るともなく見ている」感じこそ、禅にとっては大切なのである。やや専門的言えば意識を拡散させたまま集中している状態、と云えるだろう。見るともなく見ているとき、人は全体を見ているのであり、そのときの意識はすでに普段の理性的なあなたではない」(P045~P046) 「見るともなく見る」ことをもっとわかりやすく「うすらぼんやり」と表現もしているが、ともかくこのような眼差しと意識は弓道において非常に重要であることを経験的に言わせてもらいたい。 弓道において引き絞った矢は自ら「放す」のでも、弓によって「離される」のでもなく、自然と「離れ」るのが理想である。学生時代私はこの「離れ」に苦しんだ経験がある。弓を引き絞った状態(これを「会」と言う)でいくら待っても「離れ」が生じないのである。やがて息が上がり、弓力に耐えきれず自らぶっちぎり離すことになる。矢は乱れ当然的には中らない。それは姿勢の悪さ、道具との相性の悪さ、様々な原因があったのだが、一番の理由は、意識的・理性的に離れを出そうとしていたことにあったようだ。当時私はとても理性的に弓を引いていた気がする、引き絞った矢は何センチで、弓と的との位置関係はここで、会は○秒で離れるのが理想的で…と、そしてそれら理性的条件を満たしても離れがやってこないと、今度はだんだんと感情的になってくる。条件を満たしベストな状態なのに何で離れが出ないんだ、とか、ここで中てなきゃいけないのに、とか、またこれかよ、とか。ともかく当時は最後の最後まで意識が働いていた。練習でも試合でもまったく結果が出せないこともあった。 改善策を考えた。 それは自分の中で「スイッチ」を設定したことである。 当時のスイッチは、会で狙いを確認したあとに、視界を広げる、というか瞳孔を開くというか、とにかく眼の力を抜いて視界をぼんやりさせることで、意識もぼんやりとしてきて、そのうち自然と離れが出るようになった。的を「見るともなく見る」ことでまさに「うすらぼんやり」してくるのである。その感覚は確かに意識の拡散と集中が同時にやってくる感じである。試合などのここ一番と意識が高まっている時ほど、意識がぼんやりしてくると共に的に吸い込まれていくような感覚があった。それは大袈裟な意味でなく、である。 ただ、無論「うすらぼんやり」すれば全てが上手くいくわけではない。それではただのうすらばかになってしまう。やはり人間、どうしても体調が悪かったり、道具の状態が悪かったり、技術的な調整が間に合わなかったり、というようなことが必ずある。ようするに不安を抱えたまま弓を引かなければならない時である(弓を引く時ほとんどの場合はそうである)。そのような時はいくらスイッチを設定しようとも、「うすらぼんやり」は発動しない。いくら視界をぼやかしても、意識は不安によってハッキリとしたままなのである。そのような時は、施行錯誤して不安を解明しなければならない。別なスイッチを設定することも必要になってくる。弓道はそれの連続である。 更に言えば、弓道とは、弓道を越えて、ものごとの十全な把握を深めていくことである。それは技術についてだったり、道具についてだったり、身体についてだったり、意識についてだったり、あるいは神についてかもしれない。ものごとを深く知るということは、それが自分と一体化するということである。それを知らないがために、必然性が自己から分離し、不安を生じさせしめるのでる。『射即人生』『弓禅一致』とはよく言ったものである。こりゃ、日記じゃないな。あ、そのうちこんなような論文を発表します。
2005.07.28
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九月に八王子で九鬼周造『偶然性の問題』を読む合宿をする。テキストを読みはじめているのだが、難しい。議論が複雑でそれを追うだけで精一杯な感じ。『いきの構造』をよんでいても感じたが、九鬼の議論は、その論理のしつこさ(緻密さ)が徹底している気がする。胃もたれしそうだ。 合宿までには一応全部読んで、理解して、かつ自分の問題意識とリンクさせて合宿に持って行かなければならない。今日はテキストの「序説」を要約してみました。どうにも大切な個所であると思われたので。序説一 偶然性とは必然性の否定 無いことのできる存在 偶然性において、存在は無に直面している 偶然性の問題は無の地平において十全に把握されるものである それゆえ偶然性の問題は形而上学の問題である しかし、一切の学問はその根底において形而上学に連なっている二 偶然性の意味を把握するにはまず必然性の意味を解明する必要がある。 必然とは「必ず然有ること」 必然性の概念は本質的に自己同一的に表される。 必然性は具体的に以下の三つの関係性において認められる ロッツェは 1 概念と徴表の関係 2 理由と帰結の関係 3 全体と部分 ヘーゲルは1 実体性と属性との関係 2 因果性の関係 3 交互作用の関係 以下1 定言的必然 2 仮設的必然 3 離接的必然の語を用いてでこれらを表す。三 同様に偶然性も以下の三様態に分類される 1 定言的偶然 2 仮設的偶然 3 離接的偶然アリストテレスは 1「シュムベベコス」(accidens) 2 「アウトマトン」(casus)・「テュケ」(fortuna) 3 「エンデコメノン」(contingens)ミローは1 「遭遇」(rencontre) 2 「稀有」(rareté) 3 「一つの可能性」(un possble)リッケルトは1 法則的でないもの 2 原因を有たぬもの 3 本質的でないものとそれぞれ表記されている。 後に示されるが、定言的偶然は論理学上の概念的見地に終始し、仮説的偶然は経験界における因果性に関して顕著に現れ、離接的偶然は形而上的の絶対者に対して特に浮き出てくるものであるから、三者を論理的偶然、経験的偶然、形而上的偶然と呼ぶのも一つの仕方である。〉しょっぱなからきてますよ、げーでるくんよ。
2005.07.28
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追われてる。時間に。 時間を追っかける側にならないといけませんよね。最近人付き合いで、自分のリズムが狂いがちであるよ。
2005.07.25
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仕事で知り合ったお姉さんに誘われ、錦糸町のBARに連れて行ってもらった。まあこの人の場合一緒に飲みに行っても仕事の愚痴がほとんどなので、BARなんて行ってもちっともそれっぽい雰囲気にはならないので、極めて健全的である。 愚痴の端々に営業のノウハウも混じるので良い勉強にはなる。 〈今日の収穫〉 仕事が非常に上手く行ってる時、逆に仕事がトラブった時「まあ落ち着け、ポイントは何だ?」と自分を仕切りなおす癖を付けようと言われた。 明日は大学の部活の同輩との飲み会(多分ALL)しっかり寝とこ。
2005.07.22
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調子よろしくないので、ちゃんと修理して体勢を整えるまで日記お休みします。ここのブログもしっかりと作り直したいと思います。では。
2005.07.18
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てすとです
2005.07.17
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玄佑宗久著『禅的生活』を購入。
2005.07.12
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「彼と私の身体が解け合い、その区別がなくなるほどに我らは苦難を共にした」という文章を見つけた。
2005.07.11
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今日は休日。朝、部屋を掃除。昼から出かけました。マルイのバーゲンをぶらぶら。本屋で伊藤守著『コーチングマネジメント』(ディスカバー・トゥエンティワン2002年)を購入。スタバで夕方まで読みふけってしまった。本の感想は後日また。夕方からは弓道部の仲の良い先輩達との飲み。しかもそれが先輩に彼女ができたってんで、その彼女のお披露目も兼ねて。聞いてビックリなのはその彼女が32歳バツイチ。先輩との年の差はなんと9歳。しかし会ってみたらとってもスレンダーで綺麗な人で、性格も○。結婚経験があるだけあってやっぱり言う事が大人でした。恋愛を楽しむ反面、のめり込み過ぎず冷静に事態を把握する視点も持ち合わせている。大人の女性って素敵だなって思った。子供っぽい先輩にはピッタリだった。でも棄てられなきゃいいけどな(^_^;
2005.07.09
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今日(7日)が前期授業最終日。でも来週は補講で、そこで後輩が卒論発表することになっている。夏に哲学研究会合宿をやると言う話が出ました。一泊二日で場所は未定。研究テーマは九鬼周造の『偶然性の問題』を読むこと。うーむ、今から楽しみー!以前も他大学の学生も混じえて和辻哲郎の『倫理学』を合宿で読みました。一泊二日ずーっと哲学漬け。一泊二日といえども同じことだけ集中してやり続けるととーっても長いんですねえ。合宿で実力がだいぶ上がった実感がありましたね。授業の後、昔お付き合いしていた部活の後輩と少しお話をしました。部活がうまくいってないみたいで、元気が無かったのが気になった。下を向いた表情に同情しそうになる、情がまた移ってしまいそうだな…。自制、自省。。。
2005.07.07
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今日は仕事を早退して、新宿でリクルート主催の合同会社説明会に行ってみた。企業研究のため、事前に調べていた数社の企業ブースで個別説明を受けた。しかしどこも今一つピンと来なかったのは、まだ自分が本当に何がやりたいのか、また何ができるのかがわかってないからなのかもしれない。もうちょっと細かく具体的に自己分析してみたいと思う。
2005.07.06
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顧問の税理士さんには様々なことを相談する。会社の経営方針についてはもちろん、自分自身の将来のことまで。この税理士さんの事務所を通じて、様々な会社の社長さんと出会うが、一会社の社長をやるくらいなので、みんな一癖も二癖もある人物ばかりだ。この一筋縄でいかないクライアントを、様々な点からコンサルティングしていくのはかなり気を使う大変な事なんだろうなと思う。以前この税理士事務所の経営計画書をみせてもらったことがあったが、そのクライアントへの配慮の細やかさが事細かに記されていたのを憶えている。だが逆に事務所の所長さんは以外なほど図太いというか、細かさからはかけ離れたような人柄である。ただ常に溢れんばかりの自信と何かへの確信を携えているのがよくわかる。社長さんたちと渡り合うにはこうなる必要があるんだろうな。
2005.07.05
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昨日から寒気がする。寒かったからなあ昨日は。以前自分の出た大学の弓道部と体育会本部にHPを作ることを提案したことがある。しかし皆面倒くさいらしくて作ってくれない。ここの楽天広場なら簡単だし、掲示板、メルマガ、メールボックス等多機能であるため、部活のHPにはもってこいなのではないだろうか。今度また提案してみよっ。
2005.07.05
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これまでおなじようなブログをライブドアでやってましたが、こちらの方が勝手がよいと友人に進められたのでとりあえず立ち上げてみました。
2005.07.04
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