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今日友人との他愛無い会話の中から、夢を見い出しました。それは自分にとって、とてもわくわくするような夢。どんな夢?それは『自分の弓道場を建てる』という夢。それはただ物質的に弓道場を建てると言うだけじゃなくて、弓を引きながら哲学の研究もできるような弓道場。さらに、弓と哲学をそこで人に教え、かつ共に精進することができればいいなとも思います。「哲学ってのはLIFEに基いてなされるべきものである」というのが今のオレの哲学の基本的なスタンス。そして「射即人生」ってのが弓道に対するスタンス。だから、オレにとって弓を引くことは哲学することと同じ感覚なんす。そして、弓道は「物理学」や「歴史学」あるいは「禅」の見地から研究はされているけれども、純粋に哲学の見地からの本格的な研究は、阿波研三に師事した新カント学派のオイゲン・へリゲル以降まだ十分になされていないように思えます。そしてオイゲン・へリゲルもまだ禅的な見地に片寄ったものであるとも思います。それでは禅の研究になってしまう気がするので、もっと現実から遊離しない、弓道のオリジナリティを活かした哲学が可能なのではないかと思うわけです。弓道は自分独自の哲学の研究テーマとして以前からぼんやりとは考えていたことなんだけど、「自分の道場」っていう「場所」を想定しただけで、かなり具体化できそうな予感を得た。実際哲学と弓道はかなり相性がいいと思うんですよね。相互に刺激し合える関係性が自分の中には位置付けられている気がする。道場内に書籍を並べて、哲学の研究しながら、煮詰まったらちょいと弓を引いてみる。弓を人に教えながら、弓道哲学の講義なんかもしてみる。とか。ううむ、何だかとってもわくわくしてます。ああ、お金稼がなきゃ、哲学ももっと深めなきゃ、弓道もさらに修練しなきゃ、だから、まず、はきちんと就職しなきゃ、そして、いずれ大学院行って、博士号を取得しなきゃ、さらに、昇段してそしておじいちゃんになってでも範師にならなきゃ、というように具体的な夢を一つ発見しただけで、自分の具体的な方向性もわかり、それに伴う意志もわいてくるもんなんですねえ。今の自分と内的に繋がっているような将来像を獲得しました。これはかなり自分の中でしっくりきているイメージなんです。ああ、本当にそのことが嬉しくて、わくわくして仕方ないです。
2005.11.30
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これ、前の職場で、職人さんが現場仕事行く前に口癖のように必ず言っていた言葉。今日は弓道部のOBでもある総務部長を誘って一緒に昼ご飯に行った。昼休み直前に入試課を抜け出し、総務課へ。アポなしで部長を誘ったけど快くOKでした。トンカツ定食をご馳走になりながら自分の今後の進路の事を相談しました。経済状況・将来の夢・大学での仕事の内容、これらの事を考慮に入れて現在の状況を考えると、大学職員になるのが(ベストではないけど)ベターなのかもしれないと言うことを部長に述べました。部長「できれば来年四月から中途採用の職員として採用したいけど俺一人の力じゃ難しいな。大学の事情で今中途は採れない状況なんだよ。ただ、もうちょっと色んな人間の力を借りられれば、もしかしたら特別な事例として認められるということもあるかもしれない」いま大学の上の一部の方々(理事会?)は少子化対策の一環として、職員の人員削減に躍起になってる状況らしいです。ただ、その人員削減政策の急先鋒の人物が今年度で大学を去ることになるらしいので、もしかしたら中途採用も採るようになるのかもしれないとのことらしいです。ところで今日、部長の次の言葉が自分の中で非常にピンときました。本日の日記のタイトルとも関係します。部長「じゃあ、とりあえず戦略的に考えてみようか」思えば弓道部の主将に就任したての頃は、組織改革のためにしょっちゅう部長のとこに相談に行ってました。そして、この人から組織論を教育され弓道部の組織造りを行い、部を勝利に導くことができました。そこでいつも言っていたのが上の言葉「戦略的に考える」ということ。それは組織造りでも、仕事でも、練習でも、試合でも何でも戦略的な思考でもって現場にアプローチしていくということ。この部長さんは何事もそのような思考で対処する人なんですね。それはとても楽しそうに。「戦略」として物事を扱い処理していくという態度は、仕事をそのまま仕事として場当たり的に処理するのではなく、一度自分自身から仕事を切り離し「戦略」という思考の土壌(カテゴリー)に持ってきてそこで対策を練り上げ、また現場に戻すということである。感情的な思考から解放され公私混同しなくなるのがいい。また、何事もゲーム感覚で「戦略的思考」に当てはめていくという生活ができればもっと日常が楽しくなるのかもしれないなとも思った。で、部長の話の続き→何を戦略的に考えるのか?・今、英治Aの味方となる人物は1 総務課部長(弓道部OB)2 経理課部長(弓道部OB)3 キャリアサポートセンター長(哲学科OB)4 入試課部長・課長・他職員数名5 学生生活課 職員数名部長「実際の人事採用をどうするかは俺の仕事なんだが、俺一人じゃ上のお偉方に対して説明が付かない。特に立場上「コネ」なんかには特に神経質にならなきゃいけないもんでさ。でも現場の人間を巻き込んで、現場からも声を出してもらえば、あるいはなんとかなると思う」→じゃあその為にどうするのか・現場の上司に対して職員になりたいオーラを出してみよう。そのような話題が出るたびに絡む。・何もアピールしなきゃこのままアルバイトからは抜け出せないだろう、だからとりあえず「来年四月以降にアルバイト以上の雇用条件にならなかったらバイトは辞めます」ということを言っておく。引き止めてくれるような動きが起きたらこっちのもの。・仕事がデキるように見せつけるう~む、まさに口はっちょう手はっちょう!部長曰く「皮肉なことだが大学で働くにはそれも必要な仕事なんだ」らしいですなあ。大学職員という仕事の黒い一面を垣間見ました。もう一つ気になった言葉。「演技することも仕事の一つだよ」これはナルホドと思いましたねえ。デキるように演技でやろうとすること自体が、本当にデキるようになる為の一つの方法であるようにも思えます。演技のためには事前の入念な準備が必要。それが「段取り八割、現場二割」ということかな。たとえば仕事が終わって、書斎やカフェで手帳を開くということも明日以降の仕事(現場)に対する段取り。そこでどう戦略を練っておくかで、生活の現場での効率と精神的なゆとりのレベルは格段に上がります。ゆとりがあってかつ生産性の高い人生というのは、段取り如何によって大きく変わってきますね。ここまで来たので最後にちょっと話を哲学に。。人生を豊かにする為には、一度その人生の現場から離れなければいけない。そして「現場から離れる」ということが、どうやらいわゆる「哲学する」ということらしい。自己がどのようなものなのか。それをよく知り、かつより能くするためには、一度自己を棄てなければならない。簡単に言えば自己の感情や恣意を徹底的に棄て去り、自己を客観的に見直すということ。人間一生の仕事は何か?それはおそらく「知る」ということだろう。知るといっても、本を読んだり、学校の授業に出席したり、勉強をするということのみを言うのではない。情報をただ蓄積するということではない。それはあくまでも「段取り」の領域。知るとは、もっと広い意味で「行為的に知る」ということであるはずだ。それは、外から世界を眺めて知るということだけでなく、世界に自らを投げ込み、現場と自己とが一つになること、段取りと現場が初めて接する所。それらが一つになった時、本当の意味でその現場も、またそこで働く自己の意志や思惑も同時により深く理解することができるのだろう。「デキる」演技が質的に変化して本当に「デキる」奴になるというのはそのような時だろう。ところで「段取り八割、現場二割」という言葉は、「段取り八割」 だけじゃダメ「現場二割」 だけでもダメ一息に「段取り八割、現場二割」と読むのが意味も含めて正しい読み方です。あ、でもそれなら「段取り五割、現場五割」でもよくなっちゃうのか(汗まあ、「現場」をより演出する為には特に「段取り」を強調する必要があるんですよね。ただでさえ「現場」の方が目立ってしまうからね。
2005.11.28
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やっぱ大学職員なのかもしれないですなあ。明日はオープンキャンパスなので、その準備で1日中肉体労働でした。学内を走り回りました。掲示ポスターを貼りまくりました。配布資料を運びまくりました。先月買ったばかりの革靴をかなり痛めつけました(T_T)明日は黒いスニーカー履いてこ。オープンキャンパスで弓道部の優勝・昇格おめでとうポスターを入試課の部長に頼んで、作って貼ってもらうことを約束しました。野球部や、ラグビー部のはあるのになんで弓道部は無いんだよ~。強化指定団体は扱いが良いんですよね。ま、成績も良いんだけどさ。休憩中に、部長とこれからのオープンキャンパスについて話をしました。オープンキャンパスで受験生に対して、どうしたら学生の生活を良く知ってもらえるのかということについて。体育会本部をやってた経験から、オープンキャンパスで演武会をやってみたらどうかということを提案しました。演武会ってのは、空手・柔道・剣道・弓道・合気道・少林寺拳法・日本拳法・極真空手(・最近はアーチェリーも)のような武道系の団体が実演するんですね。学内に畳を敷いて、各部がそれを披露するという企画を新入生の勧誘活動の一環として毎年やっていたんですよね。新入生を引き入れる為のPR活動としてはかなり効果的なんです。ちなみに自分もそれをみて弓道部入部しましたし。その話をしたら、部長やたら乗り気でした。早速来年度のオープンキャンパスから是非やってみたいので、体育会本部の後輩に聞いてみてくれー、って頼まれました。また、君こそ大学職員になるべき人材だと言われてしましました。やっぱ、これまでの自分の経験を、十分に生かせるのはこの大学しかないのかもしれないねえ。大学入る前までは文字通りの引きこもりでしたから、それ以前に培って来たものと言えば読書量くらいのもんだし、特にこれといった特技も資格もないしねえ。弓道四段なんて就職には役立たんしね。自分の人生の中で青春時代ってのは大学が最初で最後だったんですよねえ。高校も出てないし(ちなみに大学には大学入学資格検定を取得して入りました)。一生涯付き合って行けるような親友もできたし、一生涯続けるつもりの弓道とも出会った。恋愛も失恋もした。主将や、委員長というリーダーの経験。クラブマネジメントを通じて、組織論やコーチングの技術なんかも勉強できた。自分が今一番尊敬する哲学の師とも出会えたし、そこから西田幾多郎とも出会えた。哲学に関してはそれまでの自分の考えからコペルニクス的転回が起きました。独我論→純粋経験論って感じで。大学入って、出てみて、正直劇的ビフォア・アフターですよ。出会ったものが多すぎますし、自分の人格も大きく変わった、というか成長できた気がします。かけがえのない経験をさせてもらいました。また、職を失ってすがって戻ってきた、学生でもないただの一OBの自分をかなり親身に受け入れてくれていますしね。。。母校は、自分がより自分らしくなれる環境であるのは間違いないようです。
2005.11.26
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結局、転職がうまくいかなかったのは「自己分析」が不充分だったんだなあと反省。大学でのバイトを始めてから気が付かされることが多い。入試課での仕事は楽しい。それは一緒に仕事している人達が楽しい人達だから。ということが一つ。入試シーズンでとにかく忙しいが、ユーモアだけは皆忘れないしね。もう一つは、学内の外の課はお役所の公務員のような感じのところが多いのだが、入試課だけはとにかくテンション高い、テンポも早い。自然と自分の身体も気持ちよく動く。朝から番までこんなリズムの良い仕事は割と初めてかもしれないなあ。ま、何を言っても、まだ入ったばかりだからわからないけどねwで、自分がどうゆう考えに基いて、どんな職業を択び、夢と現実と折り合いを付けていくのか?今は正直なところ、最も理想なのがこの大学の職員になることかもしれない。理由1、母校だから思い入れがある。2、職員、教員知り合いが多い。まあ、学生にも多いけど。3、学生時代の経験(弓道部主将・体育会本部委員長・哲学研究会)を十二分に発揮できる場所だから。特に課外活動のことに関しては任せて、って感じ。二校地制、少子化、課外活動離れ、課外活動施設、等など色んな立場からこの大学での問題点と向き合ってきたからねえ。4、今のここの仕事の現場(入試課)が好きだから。5、大好きな弓道部がある。もし職員になったら、自動的に弓道部顧問。6、哲学の尊敬する恩師がいる。この人がいなきゃ今のオレは哲学なんて続けられてない。仮にもし続けてても、かなり歪んだものになってると思うよ。その恩師と同じ職場になる。7、仕事の後に夜間の授業に出席できる。以上のような理由。じゃあ、職員になればいいじゃん、って話なんだけど、来年度の新卒採用の募集はもう終わってて、再来年度の募集に応募しなきゃならん。しかも、新卒は応募資格が一浪まで。。つまりオレの場合は採用試験受けれるチャンスは一回しかないのよ。。。倍率も割と高いらしい。昨年度は4/100だったそうな。んで、再来年の四月までバイトしてるってのも経済的にツライ。でも職員になりたいのならこの職場を続けるのが最も勉強になるし、もしここに勤めるには非常に有利なことでもある。しかし経済面がなあ…2年後には今の住まいを引っ越さなきゃだし、もちろん生活費も稼がないとねえ。今はホントお金が必要なんですよねえ。経済面の問題さえなきゃ、迷わず職員への道を目指すと思います。キャリアサポートセンター(就職課)のコネですぐに紹介してもらえる仕事がいくつかあるらしいので、それを見てから、センター長と相談して考えます。ああ、やっぱりまだ不充分だね自己分析。具体的なライフプランなんかも考えないといけないし。
2005.11.21
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朝からずっと受付。寒風吹きすさぶ中、受験生に笑顔で対応。この対応一つでも入学者の数は変わるんだそうですなあ(入試課長談)少子化で大学全入時代間近だしね。しかし、この職場って、なんだかやたら楽しいんですなあw明日も早いので、今日はこのあたりでオヤスミナサイ。今日できることは明日やるということで、大学職員という職業のことも含め、昨日の続きはまた後日書こ。
2005.11.19
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ありがたいことに初めて面接受けた企業から内定を頂きました。勝率五割(笑でも、塾考の末、先輩にも相談し、先ほど丁重にお断りさせて頂きました。それは、この一週間で変わったものがあるから。状況はもちろんなんだけど、将来の見据え方が大きく変化したのかな。今焦ってこの内定に飛付いても、昨日誰かに言われたように、絶対後悔することになると判断したんです。この企業は特に。昨日のカウンセリングを受けてから、自分がどうゆう考えに基いて、どんな職業を択び、夢と現実と折り合いを付けていくのか、少し展望が見えた気がする。これまでは「お金を貯めてから、その後哲学できればいいや」って考えてた。でもそれは、哲学も仕事も全然よくわかっていない考え方だ。哲学ってそんなものじゃない。哲学は叶えたり、実現したりするようなものじゃない、まさにLIFEなんです。生活・生命に根ざしたものであるはずだったのに、それを取って付けられるもののように考えるのがおかしい。そういえば「哲学ってのは向こう側にあるんじゃない、哲学はいつもこちら側にある」ってことを永井均が言っていたっけな。仕事だってそう、それをただ単にお金を稼ぐ為だけの手段としてしか見ていなかった。だから「お金を貯めてから、その後哲学できればいいや」とかって考えられる。ともかく目先の経済状況にとらわれ過ぎて、哲学を捨てるというリスクも、仕事を単に稼ぐ為の手段と考える必要もない。でもそれは職に就かないことを言うのでもなく、家族に対して無責任になるということでもなく、また今すぐ大学院に入学するということでもない。物事を正しく見据え、バランスよく現状を打開していくことは可能なはずだ。自分の中で職に就き家族に責任を果たすことと哲学を矛盾させずにやっていくことは案外可能なことだろう。んー、話が脱線して抽象化してきたので、よろしくないですね。ここできります。次回はもうちょっと具体的に考えて行きたいと思います。明日は大学の入試の手伝いなので朝早いし、とりあえず今日は寝よ。多分次回につづく。。。
2005.11.18
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前のベンチャー社長との一件以来何だか就職活動自体にゆき詰まりを感じまして(早いけどね)、大学時代のコネクションにすがりつくことにしました。弓道部のOBで大学職員(総務部長)の先輩に相談しました。今朝、大学に呼び出されました。先輩に大学のキャリアサポートセンター(就職課)のセンター長さんを紹介して頂きました。センター長のカウンセリングを受けました。センター長に言われたこと。・君のような学究肌な人はやはり少しでも学問に近い職業を択ぶべきだよ。今焦ってどこでもいいからって就職しても、君は絶対後悔することになるでしょう?教師とか、大学職員を目指してみるのも良いかもしれないね。・ただ、経済的に切羽詰っているのであれば、もちろんすぐに求人は紹介するけれども、一つの案としては、ここ(キャリアサポートセンター)でバイトしながら、将来のことを考えながら就職活動していくってのはどうだろう?とりあえず一週間後にまた面接の時間を取りますからそれまで考えておいてね。まったく持ってありがたいお話でした。こんな好待遇ありっすか?自分が持っていたコネクションの価値をここで始めて知りました。で、カウンセリングが終わって、先輩(総務部長)の所へ報告に行きました。「うーむ、おまえ、一週間なんて悠長なこと言ってられないんじゃないか?ちょっとまってろ」席を立ちおもむろに電話の受話器をとる。先輩「あ、入試課さん?今人足りてる?うん、今ちょうど一人いるんだよね。あそう、じゃあこれから連れてくから。」で、入試課へ直行。先輩と入試課長さんとオレで三者面談。先輩「彼はかくかくしかじかで現在求職中なんだけど、職が決るまでお願いできるかな?彼は、もと弓道部の主将だし、体育会本部の委員長もやってたし、使えますよ」入試課長「ちょうど入試シーズンで人が足りなくて困ってたんですよ。部長さんのお墨付きなら安心だ。じゃあ、今日早速午後からお願いできる?」先輩「じゃあお願いします。大丈夫だよな英治A?」オレ「はあ」(…今更意志確認されてもとても断れんし)で、今日は午後から入試課で仕事してました。なんか今週土日が入試なので、メチャ忙しかった。次から次へと指示されるがまま7時過ぎまでやってました(本来の勤務時間は9:00~17:30)。入試が終わる三月過ぎまでずっとこんな感じらしい。こんな忙しさで就職活動なんてできるのだろうかと不安に思いつつも、久しぶりのまともな忙しい仕事に少々の労働の喜びを感じつつ、次の場面へ。今日は木曜日なのでゼミのある日でした。入試課からすぐ先生の研究室へ行って、いつも通りのゼミ。でも議論は結構頭を素通りして行きました。その後、キャリアサポートセンターでバイトしてる後輩に、大学の職場の話を聞きたくて、授業後待ち合わせをして夕飯を食べながら、今日の1日の話をしました。んで午前様。でも、なんか人脈ってすごいもんですね。何がおきるかわからんもんです。あと、就活は一人でやるものではないですね。つくずく思いました。とにかく停滞していた事態は急展開してしましました。若干現実についていけてないけど、確実になんらかのチャンスには近付きました。
2005.11.17
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職に就こうとするってのは辛いなあ。無け無しの自己を必死に掻き集め不細工に作り上げられたような自己の像をねり上げ媚と同時に魂まで売り渡しそれでも、というかそれだからこそ認めてもらえずでもそれしか術を知らず栄光に輝く過去もさびつき自己を磨く未来も今まだ無くたとえそこで偶然職を得たとしても、きっとこう考えてしまう可能性は拭えない「これって私にとっての必然性?」ああaー暗いなあ。でも今日の面接はきつかったんです。面接現場でみごと不採用通告を頂きました。「今は経済的理由で無理だけどいずれは大学院に行って博士号取りたい」という旨を述べたら、「私達とは方向性が違いすぎる」と一蹴されました。「一生をこの業界でやってくような気概が無いとうちでは無理だよ」なんだそうです。んなら、そーゆう大事なことはちゃんと前もって募集の記事に書いといてくださいよ! 「業界未経験者歓迎」って確かに書いてあったからオレも応募したんだしさあ。ってか、業界未経験者にそこで一生やってくだけの気概なんて持てるわけないでしょ。まだどんな世界かも知らんというのに。確かにまだベンチャー企業だし、これから業界1を目指してんなら社長としてそりゃ当然の判断でしょう。オレの志望動機も大いに甘かったよ。でも面接にまで呼んどいてそりゃおかしくないすかシャチョーサン?でも、まあ、とりあえず落ち着こう。社長さんの判断を良心的に受け止めるなら「自分の目標があるならこっちじゃなくて、自分の道を行きなさいよ」ってことなんだろな。自分で夢と信念を持って起業するくらいだからね、他人の夢にも厳しくなるのは当たり前なのかな。「うちは給料やすいし、毎日残業だし、勉強も弓道も続けるのはとてもムリ。うちより給料も条件もいいとこあるから、とにかく今はがむしゃらに働いて絶対大学院行くべきだ。うちはほんとにこの仕事したい人じゃなきゃ割に合わない」って。もっと厳しくて刺のある言い方だったけど、自分の中の甘さゆるさが、キュッと引き締まった気がした。ああ、オレってばなんて場違い。オレ一人ならば奨学金でも借りてバイトしながら行くことも全然可能だけど。でもとりあえず、今、家族に負担かけてまで大学院に行くのは絶対間違っている。そんなふうに大学院行っても本当の勉強にならないと思うし。でも、あの社長さんには「家庭の事情を理由に意志の弱さを隠している」とかって言われてしまいそうだな。んでも、オレそうゆう弱さってのは大事にしたい。それがヒューマニズムだと思うから。確かに上の指摘は間違ってはいない。一番になりたいなら、家庭を顧みないで仕事に打ち込むっていうことは必要なことかもしれない。現代において、目標を達成する、夢を実現するってことは非常に重視されていることだけど、でもそれで人生を一面化させてしまうような目標や夢ってのは、何か本末を転倒しているというか、逆に人生を貧しくしいるんじゃないかとも思う。夢や目標に打ち込みながらも家庭を顧みる人生のが豊かであるのは明らかだしなw家庭でも仕事でもベストを目指せばいいんじゃないすかね。それを甘いとかっていう人は現実を一面化して抽象的にみすぎなんじゃないのだろうか。しっかし、哲学に関連する仕事なんてかなり希少なんだよねえ。心理学の方はわんさかあるのにねえ。まあ、人生そのものを哲学ととらえるなら、どんな仕事も哲学になり得るんだけどね。現に弓道は自分の中では哲学の領域においてあるし。じゃあどんな仕事も哲学ならば給料よけりゃいいんじゃん?っていうとそうでもないんだよなあ。はあ、結局どんな仕事すりゃいいのかしら。しっかし哲学も弓道もとことん金にならんもんだねえ。今日はグチグチとしすぎたので、この辺でしめ。本日、東京新聞の干支占い。酉年を見てみる「成功は失敗のもと、失敗は成功のもと」
2005.11.14
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新宿にて。仲のよい先輩(♀)に彼氏ができたということで、今日連れて来てました。少し前までその先輩は前の失恋のショックでちょっと鬱ぽかったんですよね。突発的に手首とか切ってしまったりしてしまうくらいだったので医者にも行って薬もらってましたし。しょっちゅう夜中に泣きながら電話かかってきたりしました。泣きながら俺に相談されても、俺にそんな甲斐性無もかったし話を聞いてやるくらいが精一杯。ああ、明日も仕事なのにな~なんて思いながら。。。でもそのうちに、この人が好きとか嫌いとかって言う以前に、なんかかわいそうでかわいそうで仕方なくなってきた。オレがこの人を救うにはマジにこの人を愛さなきゃ無理なんじゃないのかってなんかオレも悩みましたよ。でもそんな覚悟も持てなかった。とても状況的に無理でした。。久しぶりに先輩にあってみたら、普通に元気。以前とは見違えて元気になってた。やっぱ愛の力やね。愛の無い人がどうこうできる問題じゃない。なんかうれしかったというか、ほっとしたというか。そんな時ある先生の言葉を思い出しました「最近心理学が流行ってるが、心理学なんかで人を救うなんて思うのはまったくもっておこがましいことだ。人を救いたいと思ったなら、その人と共にその苦しみをとことんまで共に苦しんでやることだ。それができないのなら人を救おうなんて思わないことだ」ちなみにキリスト教哲学を教える先生。心理学も精神医学も宗教も同じように人の苦しみを拭うけど、でも最終的に人を救うのは技術や組織じゃなくて、やっぱ人なんですかねえ。その彼氏と話してなんか直感的に思いました。あ、やっぱオレじゃこの先輩は救えなかったんだなって。この人じゃなきゃ無理だわ。って。
2005.11.12
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例えば次の日に弓道の試合を控えて練習するとき「明日の試合はどんな射をしようかな」とよく考える。で、なんとか経験的に「ここをこうすれば中る」というポイントを発見するんだけど、でも大抵前日に準備した射が試合でうまくいくことは少なかった。練習と本番で、たとえ昨日と同じに引いてるつもりでも実ははまったく違う引き方をしてたりする。それは練習と本番とでは意識が違うから。だからそのうち試合前日の練習では本番で通用するための「中てるポイント」とさらにその裏に複線を張っておくようになった。この射で明日通用しなきゃ、開き直ってこっちの引き方にスイッチしよう、って。まあ、それが本番で通用したかどうかは置いといて、意識ってのはそのように構成されているもんだなあと今日思った。意識ってのは表象されている意識だけが一面的あるのではなくて、表象意識の下に更に別の意識がある。それが何層にもなっているようなイメージ。常に意識には複線が張られている。発想の転換や、追い詰められての開き直りってのも意識が別の層に切り替わって起こるのでは。過去を想起するとかもそんな感じだなあ。実は今日は転職活動を始めてから初めての面接の日だった。面接対策を昨日から色々考えていて、一番恐いのが緊張で頭が真っ白になってしまうことだと思った。でもまてよ、と。結局頭が真っ白になるやつってのはそれだけ意識の複線が張られていないってだけなんじゃないか?簡単に言うと準備不足。面接で聞かれることのほぼ9割位は予想できるような質問だろう。残り1割の質問でまさか頭が真っ白になるようじゃ、トラブル処理能力を疑われるしなあ。イメージングも準備もバッチリしたし大丈夫だろう。という感じで一瞬不安が軽くなりました。でもまてよ、と。弓道の試合を思い出してみた。自分の射も、仲間の的中も、状況を9割方イメージングした時の試合ってのは、逆に自分自身の身動きを制限し、自由を奪われ、予想外の自体に臨機応変に対応できなくなることが多かった。だから結局先に述べた複線的に用意された射ってのは試合で通用することも少なかった。。。。泣状況を99%予想することは可能だ。でも100%は不可能。だから予想外の状況の為に用意する意識の複線てのには、一体何をおいておけばいいのか?古典的だけども、やっぱ何が起きても動揺しない「覚悟」とか「心構え」とかしかないですね。で、それってどうゆうことかというと、昨日は授業で大学に行ったんですが、その時先生に言われたのが「相手がどんな顔をしてるか見てくるつもりで行ってきなさいな。」と。まあ無理に構えることはないよということです。準備が整ったなら後はもう流れに逆らわず身を任せるしかないんですよねえ。そしてそれが一番の心構えだし、覚悟なんですね。昨日のゼミでも、「知ると」いうことと、「愛する」ということにおいて大事なのは作為や自己を捨てて「ものの在り様に自己を合わせる」ということが言われてました。(西田幾多郎『善の研究』第四篇第五章「知と愛」参照)現場を作為的に作り出し、状況を征服しようとするのではなく、生じる現場の状況状況に自己を合わせながら身を処していくということですね。用意して持って行ったもので現場を毎回通りぬけられるわけがない。用意したものプラス、現場で新たに創造して切り抜けるする覚悟、心構が必要えってことです。動揺しない人ってのはその辺のことが技術化されているんじゃないですかね。結局予想外の質問もなく、自己アピールも満足にできたと思うし、和やかに面接は終わりましたとさ。まったく余計に考えすぎだわ。これがいわゆる哲学病。。。。
2005.11.11
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今日の夕暮れ時、上野駅を歩いてたら、なんと目の前に歩いてる人の首がないっ!!やべえ、毎晩恐い話ばっか読んでるから(前の日記参照)、ついにオレも変なもん見えるようになったのか~!!と直感的に思いましたが、やけになまなましいんで、冷静になって観察してたら。。。。ただ下向いてあるいてたオジサンでした。思わず写メとってしまってごめんよオジサン。でもなかなか心霊体験しないもんだね。季節はずれだしねえ。。。。
2005.11.09
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オカルト好きの姉から教えてもらっちゃいましたよ。ちょっと霊感あって占いも良く当たる姉は「ことりばこ」の話しが一番やばいと言ってました。http://syarecowa.moo.jp/いやあ、シャレにならんわ…。ま、霊感ゼロなんで、夜中に一人明かりを消して読んでます。ちょっと病んでるかなw
2005.11.07
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ライブ行ってきました。いいっすねえアンダーグラフ。特筆して歌が上手いとか、演奏が上手いとかってわけじゃないんだけど(まあ失礼な言い方なんですが)、とにかく一曲一曲が印象に残るんですよねえ。歌詞好きだな。多分曲作りにはさぞかし力を入れているんでしょう。アンダーグラフは関西出身だったんですね。映画『私の頭の中のケシゴム』での曲もアンコールで歌ってました。でも今日は午後からあいにくの雨。寒かったしねえ。学園祭自体もイマイチ活気に欠け(雨の為店じまいする模擬店も多かったし)、ライブの入場者数も今一つな感じでした。ライブが終わって、外に出たらあんまり寒いのですぐ大学を出て友人と呑みにいきました。日暮里で和民系列の『坐・和民』に入って牡蠣鍋食べました。いやあ鍋が美味しい季節になりましたなあ。
2005.11.06
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