全2件 (2件中 1-2件目)
1
毎日、信じられないくらいの美しさ、神々しさで、朝日が登り、夕日が沈んでいる。その光景を眺める最高の幸せを毎日逃している。初夏の柔らかな風をうける木々の枝葉の揺らぎを見ることも、ケヤキの下で陽光に透ける細やかな葉の緑を見ることも、遠くに鳥や虫たちの声に耳を澄ますことも。毎日与えられている最高の幸福を僕たちは取りこぼしている。仕事をしたり、目的に向かって努力したり、約束の待ち合わせ場所に急いだり、テレビを見たり、ゲームをしたり、友人とお茶を飲んだり、携帯をいじったりして、様々な義務やワークなどのフィクションを自らに課して、ノンフィクションの幸せから目を背けている。でも、だからと言ってそのノンフィクションの幸せを毎日義務のようにして取りに行ってもいけないだろう。生きている出来事と出来事との合間に、ふっと入り込んでくるものだ。だから、そのわずかなる隙間を空ける努力をなんとかしていこう。
2019.07.22
コメント(0)
情緒について子育てをしていて強く感じること。それは子供、親の感情、価値観、情緒、情操というものを全く無抵抗に引き継いでしまうということだ。母親が父親を憎んでいれば、子供も同じように父親を憎んでしまう。虫に拒絶反応を示せば、子供も同じように虫を見ただけで鳥肌が立つようになる。空を見上げて星が綺麗だとか、一番星見つけたと言うと、子供も空を見上げて夜空に興味を持つようになる。「子供には無限の可能性がある」とよく言う。しかし、それを言う大人達の振る舞いが子供の可能性を直に限定してしまっていることについては、ほとんど無自覚である。何をどこまでされたら怒る、悲しむ、憎む、喜ぶなどなど、子供は身近な大人の模倣しかしない。世界の見方、そして、世界への対応の仕方を無自覚に子は親から、大人達から学び取る。そしてそこで植えられた情操の種はほとんど一生本人と共に成長してゆく。子の前で誰かを憎み続けている人は、子にそのまま人の憎み方を、その身を以て示しているのだ。逆に言えば子の前で誰かを愛し続けて人は、子にそのまま人の愛し方を、その身を以て示しているのだ。自分が抱いている憎しみは、子供を介して必ず自分に戻ってくる。子供に憎まれたく無いのなら、今すぐに人を憎むことを辞めて、許すことをしないといけないと思う。
2019.07.19
コメント(0)
全2件 (2件中 1-2件目)
1