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『項羽と劉邦』長與善郎(岩波文庫) 確か、司馬遼太郎に同名の小説がありましたよね。わりと司馬氏晩年の作品で、ベストセラーになったんじゃなかったでしょうか。私も読みました。それも、面白くて一気に読んだ記憶があります。やはり、司馬遼太郎はうまいですよね。 「鴻門の会」ってのが、クライマックスの一つで、項羽と劉邦二人の人生が交差し、そして見事に、その後の二人の運命の明暗を暗示する典型的な名場面がありましたよね。 (……あのぉー、全く関係のない話なんですがー、今回この報告のため、「コウウトリュウホウ」とキーボードに打ち込むと、一発で「項羽と劉邦」と変換するんですねー。すごいですねー、ATOK。でも、これもやはり司馬遼太郎の小説がベストセラーになったおかげでしょーねー。だって仮に「シブエチュウサイ」と打っても、一発で「澁江抽斎」とはなりませんよ。やっぱり鴎外ではダメなんですよねー。売れてないんだから。) ……と、閑話休題致しまして、えっと、さて「鴻門の会」って、一体どこまでが本当の話なんでしょうね。 古代中国についての知識など皆無の私であります故、休むに似たる考えなんですけれど、そもそもの出典は、例の司馬遷の『史記』ですよね。 高校時代に、漢文の授業で習いましたよね。(高校時代の「鴻門の会」の思い出と言えば、ちょっとこの場では書けないような下品なギャグが思い出されるのですが、……、やっぱり、書けません。) これもほとんど覚えていないんですが、項羽の家来が踊りながら劉邦に斬りかかろうとし、劉邦の家来がこれまた踊りながらそれを防ごうとするという、考えてみれば、見事に演劇的なシーンがあったことを何となく覚えているのですが、実は今回読んだ長與善郎の戯曲は、ちょっとそこが変わっているんですね。 今、戯曲と書きましたが、今回の読書報告は、戯曲であります。 長與善郎は白樺派の一員でありますが、白樺派は武者小路を筆頭に、けっこうたくさん戯曲を書いているんですね。ひょっとしたら、白樺派的な、テーマの割とはっきりした設定や誇張や省略は、時間制限のあるお芝居にけっこうマッチしているのかも知れません。 さてその戯曲ですが、以前、同作者の『青銅の基督』を取り上げましたが、あの作品でも強く感じた登場人物の現代人化が本作にもとても強くあります。 例えば、劉邦はこんな台詞をいうんですね。 それならば俺はお前等にかう云はなければならない。お前等は俺の不徳、例へば臆病である事を知らないのだと。項羽を怖れてゐた俺は思ひきつた事をするのを怖れてゐたのだ。しかし眼のあたりお前等の悲惨を見た時怒りが俺の胸を内から叩き破つた。俺は自分がやらなければならないと感じたやうにやれば項羽をひどく怒らすに定つてゐる事を知つてゐた。しかし俺は項羽を怖れる事を恥ぢた。さうして俺が未だ嘗て知らずに来た死に物狂ひな力と勇気とが俺の内に漲つた。俺はその時何物をも怖れなくなつた。が、その勇ましい焔は永くは保たなかつた。そして今では俺は又……(額を抑へる)俺は未だお前等に愛される資格がないばかりではない。未だお前等を愛する力さへないのだ。(興奮して)人民よ。俺がお前等を愛してゐる者だ抔とかりそめにも思つて呉れるな。俺は未だお前等を真に愛する力はないのだ。愛してはゐないのだ! ……うーん。そして一方、項羽はどんな事を喋っているか。 項羽のテーマ(作者にとってのテーマ、ですね)は、終盤にあります。国をほぼ征服したあとの、今度はじりじりと亡び始める入り口のあたりの場面であります。虞姫 しかし何と云つたつて貴方はもうすつかり征服してお了ひになつた のですから、今更そんな詰らない事をお気にかけるのは馬鹿気てゐ ますわ。どうせ嫉まれる者は嫉む者よりは幸です。そして幸福な者 は賤しい者を嫉ませまいとする事は出来ませんわ。項羽 (寂しさを抑へて)だから俺は奴等を憐れんでゐるぢやないか。し かしそれは奴等には通じないのだ。全で通じないのだ。虞姫 しかしそれなら妾達は又王だけの淋しい寛大さを以て、その運命を 忍ばうではありませんか。項羽 (ほほ笑み乍ら……間)俺は生まれ乍らにして強い翼を與へられた。 俺はそれを振はない訳に行かなかつた。そしてそれを振へば俺は否 でも高く飛ばない訳に行かなかつた。が、その卓越が俺の禍になつ たのだ。はは。 ……、えー、どちらもなんか、時代考証なんて糞くらえって感じの台詞ですね。 でもそれなりに心地よいと言えないでもないといえば、まー、いえないわけでもない、と。(くねくねした表現ですみません。ホンの気持ちの表れです。) この辺に恐らく、白樺派の文学史的な限界と、一方同時代においては、とても新鮮な主張や息吹があったんでしょうね。 その瑞々しさは、今でも、そして私にも、とてもよく分かるような気がします。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2013.02.24
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『風媒花』武田泰淳(講談社文芸文庫) ……ううう、う。……うう。 何のうめきかと言いますと、いえ、別にうめくほどのことでもないんですが、花粉症であります。 もはや国民病と呼ばれて久しく、私もその例に漏れず花粉症でありまして、そろそろこの季節なんですよねー。辛いんですよねー。 寝室の私の枕元には花粉症の点鼻薬が置いてあるのですが、ひどい時には、これがなければ夜中に窒息しそうになるんですね。 息が詰まって、はっと目が覚める、急いで点鼻薬を施すという、なんか、麻薬中毒患者のような状況であります。 そもそも花粉症とは何かというと、取りあえずシロートとしての理解では、花粉が鼻とか眼とかの粘膜にくっついて起こる反応である、と。 とまー、義務教育終了以前の答えしか知らない愚かなわたくしでありますが、その際、そんな風にして鼻にくっつく花粉が、例のスギ花粉であったりするという。 こいつやこいつや、こいつがわるものなんですよねー。 しかし、まー、本当はこいつは別にわるものでも何でもない、と。 そういう形で、自らの子孫を残すという戦略を採ったに過ぎない、と。 そして、そんな「戦略」をとった植物のことを、「風媒花」と呼ぶ。 おや、知らぬ間に上手につながりました。(……っと、少々シラジラしい) と言うわけで、今回の読書報告は『風媒花』なんですが、このタイトルが何を象徴しているかは、分かるようでよく分かりません、少なくとも私にはよく分からなかったんですが、どうなんでしょう。 女性の主な登場人物が2人いまして、この名前が「蜜枝」と「桃代」。この名前は、どう考えても「虫媒花」関係の名前ですよねー。 とすると、残りの男の登場人物たちが「風媒花」なのかしらん。 ……うーん、ちょっと違う感じがするんですが、よく分かりません。 しかし、『風媒花』というタイトルはなかなか雰囲気があっていいタイトルだと、分からないままに無責任に私は思います。 この小説の舞台が昭和20年代の半ばで、戦後のどさくさから朝鮮戦争が起こって、なんかきな臭い事件が一気に吹き出したり、「赤化」とか「反動」とかが渦巻く時代でありますが、この時代の小説って、どうなんでしょう、あまり無いように思うのですが、私が知らないだけでありましょうか。 文学史的思潮区分である「第1次戦後派・第2次戦後派」と呼ばれる方々の小説って、少し(かなり)苦手ですしねー。(三島由紀夫だけですかね、私が少し読んでいるのは。) 本当は、そんな時代を描いた作品も多くあるのかも知れませんが、とにかく私が知っているのは、この度読んだ『風媒花』と、あと一つ、堀田善衛の『広場の孤独』だけであります。 ところが、この『広場の孤独』というタイトルも、なかなかいーですよねー。 『風媒花』と、双璧であります。 ということで、花粉症から入ってやっとタイトルに辿りついたわけですが、何をうろうろと回りばかりをぐるぐると巡っているかと申しますと、もうお気づきの方もいらっしゃると思いますが、この小説が、わたくし、よく分からないんですねー。 ちっとも、面白くないんですよねー。 かつて新潮文庫で読んだ『ひかりごけ』。これは、とっても面白かったです。 『風媒花』もかつては新潮文庫に入っていたと聞きますが、『ひかりごけ』は残っているのに『風媒花』は絶版で、私が読んだのは、あたかも岩波文庫の向こうを張っておよそ売れそうもない作品を並べる講談社文芸文庫であります。(でも、新潮文庫の判断はたぶん正しい、と私は考えるんですがー) 昭和20年代の知識人にとって、よかれ悪しかれ一つのテーマだったのが「中国」という新生国家であり、それは憧れでもありつつ、一方で複雑な感情を内向せざるを得ない国であったようです。 しかし、21世紀も10年以上が過ぎた現在、日本と中国は、また複雑微妙な関係をクローズアップしつつあるように思います。 ただ、私のように、虚仮の一念のように日本文学に興味を持っていますと、さほど知りはしないまでも古典作品の中に現れる中国=漢文の偉大さに、やはり心撃たれることは多くあります。 そしてその心を持って、今の中国と日本の何とも微妙な関係を考えますと、もー、我が頭脳の混乱は収拾する場を持たず、しかしそんなとき、このように中国が間違いなくあこがれの一部であったという時代の作品は、なんだか少しヘンに「新鮮」にも感じるのでありました。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2013.02.11
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『台所太平記』谷崎潤一郎(中公文庫) 本書の解説文を、作家の阿部昭が書いていますが、その中にこんな一文があります。 戦前は中流どころの家庭では女中は置かないほうが珍しかった。彼女たちが現代のお手伝いさんと違ったのは、衣食住のあらゆる差別にもかかわらず、利害打算を超えて「家」と「家庭」に献身すべき名分を持っていたことである。「家」と「家庭」というこの二つのものの実体が「主人」や「奥さん」とともに消滅した時、「女中」もただの労働者になった。 わたしはふっと思いだしたのですが、漱石の『門』にも女中は出ていました。 お金が無くて陽当たりの悪い崖の下に住んでいる安サラリーマンの主人公の家庭でさえ、女中を雇っていました。そしてそれは、明治という時代において、人件費というものが極端に安いものであった結果だと、後日何かの本を読んだ時に知りました。 上記の文章の中に「名分」という言葉が出てきます。ちょっと辞書で調べますとこのように説明されています。(岩波国語辞典) 名分=臣・子などという名の身分に応じて守るべき本分。 ふむ、なるほど、そういう意味ですか。この語に続いて別の語を連想したもので、私はそれもついでに調べてみました。 分際=社会における身分・地位。身のほど。 やはり同種の言葉であることが分かりますね。 仮に上記の引用文の「名分を持っていた」の部分を「分際であった」と置き換えると、表現のニュアンスは甚だしく異なってきますが、言っていることはたぶんあまり変わらないとも思います。 私は一体何が書きたいのか、実は自分にもよく分からないで書き出しています。 要は、このような表現に、私がある抵抗感を持っているのだとは思いますが、その私の感じ方が正しいのかどうか、どうもよく分からないのであります。 先日私は太宰治の『黄金風景』という掌編小説を読んでいましたが、この中にも女中が出てきます。 主人公の家にかつて雇われていた女中が、その後結婚して所帯を持ち、結婚相手の巡査がたまたま主人公の家にやってきたという展開ですが、その巡査がこんな科白を言います。 なんといふか、まあ、お宅のやうな大家にあがつて行儀見習ひした者は、やはりどこか、ちがひましてな。 太宰の『黄金風景』は、終盤とっても感動的なお話になるのですが、ストーリーの紹介は置いて、終わりの方に、かつての女中・お慶のこんな科白が出てきます。「なかなか、」お巡りは、うんと力をこめて石をはふつて、「頭のよささうな方ぢやないか。あのひとは、いまに偉くなるぞ。」「さうですとも、さうですとも。」お慶の誇らしげな高い声である。「あのかたは、お小さいときからひとり変つて居られた。目下のものにもそれは親切に、目をかけて下すつた。」 一連のこんな展開を読んでいますと、確かに「女中」と「お手伝いさん」(=「ただの労働者」)とは、その社会のおける位置づけがかなり違っているような気がします。 さて、冒頭の小説の読書報告から大きく逸れている気がするのですが、申し訳なくもいつもの私の悪い癖だとお許しいただいて、それでも少し戻ってみたいと思います。 実は我が家には、この『台所太平記』の文庫本が2冊ありまして、こういったパターンは、まぁよくあることと少々居直ったことを以前にも書いた気がします。 よーするに、買っても読んでいなかったものだから、買ったこと自体を忘れてしまったわけですね。(本の場合は、とにかく一度読めば内容はほとんどすべて忘れても、読んだということは何となく覚えているもので、この辺はクラシックのCDとは違いますね。クラシックのCDは、私の場合、2枚同一CDのある率は本よりもかなり高いです。) ところが今回の本書は、読んでいる途中で、おや、これは一度読んだぞと気付きました。そして思いだしたのは以前私は本書を途中で止めてしまったのだと言うことと、なぜ途中で止めたのかその理由も思いだしました。 それが、上記の「抵抗感」であります。そして「抵抗感」を感じた個所も分かってきました。例えばこんな部分です。 それにつけても、磊吉はよくそう思いました、たとい容貌は醜くてもこれだけ立派な身長と体格を持っている娘が、もし大都会の相当な家に生れ、衣装持ち物やお化粧に念を入れて育ったら、恐らく今の十倍も二十倍も引き立って見えたことであろうに。あの顔だって、せめて女学校でも卒業していたら、あの眼にも知的な輝きが満ち、あの造作のどこかしらにも、一種の魅力を具えるようになったであろうのに。と、そう思いますと、九州の果ての貧しい漁村に生れた初がまことに可哀そうでした。 今、改めて考えますと、このような文章に抵抗感を感じるのは偽善であろうかなという気がします。 しかし私は、この感覚を結局作品最後まで拭えず、そもそもそんなに深刻な小説でもありませんので、それなりには読み終えましたが、作品内容とは離れたところで、読みながら私の生き方の「ねじれ」のようなものを、ずっと感じていたのでありました。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2013.02.03
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