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『幸福号出帆』三島由紀夫(集英社文庫) えーっと、世界文学の話を前振りにしようとして、しかしそのことに関して私はほぼ何も知らないもので、ちょっと恥ずかしいと思いつつ、少しだけ書きます。 ジイドの話なんですが、ジッドって言うのですかね、なぜか私はジイドに馴染んでしまったのですが(昔は「ジイド」って言いませんでしたっけ。私の覚え違いでしょうか)、とにかくそのジイドかジッドかが、小説を「レシ」と「ロマン」に分けている、と。 あ、思い出しました。私のこういった世界文学の断片知識は、三島由紀夫の文章から教わったに違いありません。 ただ、さっき少しネットで調べてみたのですが、ジッドの述べている「レシ」と「ロマン」の定義について、私の覚えていたものと結構違うことが書いてあって驚いているんですが、私の三島知識によりますと(こんなところで勝手に三島知識なんていって、責任の一端があたかも三島由紀夫にあるかのごとき欺瞞的記述は、大いに問題がありそうですが)、単純に言って「レシ」が「お話」で「ロマン」は「(純)文学」である、と。 自作の中でジッド自身が挙げているのは、「ロマン」は『贋金つくり』ただ一作であり、例えば私が読んだ数少ないジッド作品のひとつである『狭き門』なんかは、「レシ」なんだそうです。 『狭き門』、むかーし読んだきりですが、かなり本格的にすばらしい話だったように覚えているんですけれどねぇ。 一方悲しいことに『贋金つくり』は私は読んでいないので、「ロマン」がどんなにすごい作品なのか、よくわからないでいます。(だから世界文学の話は、恥ずかしいのでありますがー。) とにかく私はそんなことを三島由紀夫に教わり、そして三島自身もそんな風に小説を書き分けていると納得していたわけです。 で、冒頭の今回の本作はどちらかというと、まがうことなき「レシ」であります。 文体一つ取ってみても、これも考えればかなり昔に読んだきりなんですが、『金閣寺』なんかとはかなり異なっております。 ただねー、……ただ、困ったことに(別に困らなくてもいいのかもしれませんが)、今回私が強く思ったのは、「三島のレシはつまんないなー」と言うことでありました。 いえ、ひょっとしたら、初出時(初出は昭和30年、読売新聞連載であります。ついでに言えば、翌年昭和31年には、上記にも触れた名作『金閣寺』が書かれました)はおもしろかったのかもしれません。 また、「三島のレシは」という書き方も良くないかもしれません。 「三島のこのレシは」と言うべきであるかもしれません。 でもわたくし、思うんですが、三島のレシがおもしろくない理由は、二つあります。 一つは三島の親切心ゆえであります。「親切心」ってのは、変な話だとは思うのですが、これはわたくし、三島の『音楽』を読んだときにも思ったのですが、筆者は小説を通して我々に何かを教えてくれようとしているんですね。『音楽』で言えば「精神分析」、本書で言えば「オペラ」ですかね。 昭和30年代の日本ではまだまだ縁の薄かった分野の教養を、三島はこの際ということで、小説を通し我々に啓蒙してくれているのであります。 しかし、これがあだになりました。 あだになったというのは、一つはそんな啓蒙部分が、いち早く作品の中で色あせてしまったこと、もう一つは、筆者のこの啓蒙意欲のおかげで、文体が時に鼻につく「上から目線」の様になっていることであります。 これらの原因は、いわゆる「大衆小説」においては避けがたいものでありましょうか。例外はないものかと考えて、私が思いついたのは一人(そもそも昔の大衆文学なんて読む機会そのものが少ないですし)、江戸川乱歩でありましたが、乱歩作品の「変態」テイストの作品群ですね。 でもあれは、短編小説だし、人間心理(変態的心理)がテーマという、かなりストライクゾーンの狭いものでありますからねぇ。 ともあれ、もう一つの原因ですが、それは三島作品に広く指摘される「問題」であります。 それはまず、いかにも作り話めいていること。そして、ユーモアに欠けることであります。 こうして読んでみて実感したのですが、特に作り話めいているというのは「大衆小説」においては、上記に触れた「筆者の啓蒙意識」と同様で、きっと、そのころの読者の意識とか知性とか教養とかの一歩先を行くということでありましょう。 その「一歩先」が、時間がたってしまうと「半歩先」あるいは「同位置」、場合によっては「一歩後ろ」になってしまうということでありましょうか。 昭和30年(1955年)においてはあるいは多くの人が興味深く読んだかもしれない本作ですが、考えれば半世紀以上も前ですものね。 しかし時間のヤスリというものは、なかなか厳しいものであります。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2013.07.29
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『持ち重りする薔薇の花』丸谷才一(新潮社) 「持ち重り」という言葉は少しヘンな言葉だなと思っていました。 割と新しい(とはいえ、私の新しいは1970年代以降、みたいな感じなんですが)言葉かなと何となく思いつつ、ちょっとネットで調べてみると、結構昔からある言葉だと知りました。宮本百合子とか国枝史郎とかの文学作品の用例が載ってありました。 用例と言えば、思い出したんですが、私はたぶん三島由紀夫が使っていた文章が記憶に残っていたのでありました。 でも何の作品かはちっとも覚えていなくて、ただこんなニュアンスの文章でした。 「○○子は十○歳で処女であることに持ち重りを感じていた。」 こんな感じのフレーズを読んだ私は(私自身がたぶん十○歳であったと思いますが)、もちろん(「もちろん」ってフレーズが適当か否かは考えものですが)童貞で、「そーなんやー」とまー、性的な事柄について未体験な女性が、そのことに対して感じる重みというか気怠さを実にうまく表しているなーという、感心というか私のボケ具合というか、そんな感想を私は持ちその結果、「持ち重り」=「処女の重み」みたいな変な刷り込みをされて現在に至る、と。 ……うーん、誠に読書とは大切なものでありますなぁ。(なんのこっちゃ) というわけで、なんか少し燻ったようなもやもやしたイメージを持ちつつ、私は本書を読んだわけでありますが、もちろん私の勝手な「持ち重り」イメージとは全く無関係でありながらも、このなんか燻ったようなイメージは、この作品読了後も私の中に残ったのでありました。 筆者丸谷才一氏は去年お亡くなりになりましたが、生前中はわたくしに取りましては、新刊の小説が出る度に気になる作家のお一人でありました。 とはいえ、長編小説に関しては、十年に一作ずつ出版するというとても寡黙な作家でいらっしゃいました。 『笹まくら』『たった一人の反乱』『横しぐれ』のあたりが、個人的な好みで言いますととってもよかったですねー。 『裏声で歌え君が代』もスリリングでしたが、なんといいますか、私としては、このあたりから何となくちょっとずつ違和感が感じられていったのでありますが、今回の小説についても、どーも、その延長線上のものがありました。 これは何かなと思いながら読んでいたのですが、結局の所考えついたのは、「批判性」についてのイメージの違いでありましょうか。 本書は元経団連会長の一人称の「語り」を中心にしながら、幕間に三人称文章を入れるという構成になっています。一人称部分の客観性はもっぱら三人称部分が担当することになっているのですが、そこも含めて一言で言いますと「威張ることの好きな男達」ばかりの話になっているように感じました。 もちろん「威張ることの好きな男達」が作品に描かれることが悪いわけではありません。今更私が述べるまでもありませんが、大切なのは、そんな男達(功なり名を遂げた元経団連会長を筆頭に、世界的な人気を誇ると設定されているヴァイオリンカルテットの四人の「芸術家達」も)をどれだけ客観的に描いているかでありましょう。 三人称部分に描かれる元経団連会長の私生活の不幸さや、彼の一人称部分で一見軽妙に語られる、様々な男女の確執にあたふたとする芸術家達の姿に、それら(批判性・客観性)は読めそうでいて、ふと筆者自身の姿が「威張ることの好きな男達」の中に、彼等と同様に見えるような気がするのは、はたして私のトンデモナイ誤読でありましょうか。 丸谷才一の作品の面白さは、明治以降長く近代日本文学史で描かれ続けた、べたついた「私小説」の苦悩に満ちた求道的小説観から決別し、知的なスリルに満ちた作品展開こそがその持ち味であります。 そして、そんな意味でいいますと、決しては本作も今までの作品にひけを取らない小説芸としての様々な工夫はされています。 しかしどうなんでしょう、これは「ゲスの勘ぐり」でしょうか、筆者は晩年「文壇のドン」でいらしたとか。(そもそもこんな言い方が、極めて一方的ではありましょうが。) 古来、あらゆる権威に対する批判性こそが客観性の王道でありますが、しかしそうあり続けるのは、なかなか難しいことであるのかもしれません。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2013.07.21
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『瘋癲老人日記』谷崎潤一郎(中公文庫) 下記の引用は、私の持っている中公文庫版で95ページにあります。本文全体が254ページありますから始まって2/5くらいのあたりになります。「今日ハ接吻サセタゲルワ」 シャワーノ音ガ止ンダ。カーテンノ蔭カラ脛ト足ガ出タ。「何ダイ、マタ内診ノ恰好カイ」「ソウヨ、膝カラ上ハ駄目。ソノ代リシャワーヲ止メテ上ゲタジャナイノ」「何カノ報酬ノツモリカネ、ソレニシチャ安スギルナ」「イヤナラオ止シナサイ、無理ニトハ申シマセン」 ソシテ附ケ加エタ。「今日ハ唇ダケデナクッテモイイ、舌ヲ着ケテモイイ」 予ハ七月二十八日ト同ジ姿勢デ、彼女ノ脹脛ノ同ジ位置ヲ唇デ吸ッタ。舌デユックリト味ワウ。ヤヤ接吻ニ似タ味ガスル。 主人公の77歳の老人が、風呂場にいる長男の嫁とこんな事をしている場面なんですね。老人は、嫁に300万円の猫眼石を買ってやっています。「何カノ報酬ノツモリカネ、ソレニシチャ安スギルナ」というセリフはそれを受けているんですね。 ついでの事ながら、本作初出時の昭和36年頃のサラリーマンの初任給は(たまたま先日そんな本を読んでいたのですが)、15000円くらいであります。と言うことは、現在の1/10くらいですか。とすると、300万円の猫目石は現在なら3000万円!? 上記引用部に「予ハ七月二十八日ト同ジ姿勢デ、彼女ノ脹脛ノ同ジ位置ヲ唇デ吸ッタ。」とあるのは、その日にも同じようなことをしているわけですね。それ以外にも、裸の背中から首筋に唇を当てて頬を張られたり、唾を飲ませてもらったりとか、そんなことをしています。 私も初めのうちは、まぁそれなりに興味を持って読んでいたのですが、しかし本当にこんなことばーっかりが描かれているもので、うーん、本当に瘋癲老人だなーと思ったり、谷崎もこんなに「無芸」に自分の嗜好をストレートに書くなんて、老いたのではないかと思ったりもしました。 例えば現代なら、私は具体的にはどんなところなのか知らないのですが、単にそんなことがしたいだけなら、お金を払えば割と気軽に(秘密クラブみたいなものじゃなしに)対応してもらえるところがあるんじゃないでしょうか。 はっきり言って、こんな「腑抜けたお爺さん」の話に付き合うのは、少々「かったるい」と感じたのでありました。 ところが、100ページを過ぎたあたりから血圧などを中心とした身体の話がぐっと前面に出てきて、老人が嫁と上記のような実にくだらない「乳繰り合い」(えー、わたくしの主観でありますが)をしていると、呼吸数や心拍数や血圧ががんがん上がってゆくんですね。その表現が、何とも爆笑するほどに素晴らしい。例えばこんな感じです。 颯子ノ三本ノ足ノ指ヲ口イッパイニ頬張ッタ時、恐ラクアノ時ニ血圧ガ最高ニ達シタニ違イナイ。カアット顔ガ火照ッテ血ガ一遍ニ頭ニ騰ッテ来タノデ、コノ瞬間ニ脳卒中デ死ヌンジャナイカ、今死ヌカ、今死ヌカ、トイウ気ガシタコトハ事実デアル。 この辺から俄然面白くなってくるわけです。 私は「谷崎老いたり」という前言をあっさり撤回して読み進んでいきました。 展開はさらに、その病気話を梃子にしながら、クライマックスへ繋がっていく墓石の話にぐいぐい持っていきます。私はそのテンポの良さに、思わず「うーむ」と長大息致しました。 そして有名なクライマックスの颯子の足型を取るシーンへと雪崩れ込んでいくのですが、この「アンチ・クライマックス」がまたなんとも凄い。 年老いて体も十分に動かない主人公が、旅館の部屋中を取り散らかして、あたふたしながら、何時間も懸命に嫁の足の裏の拓本を取るわけです。そしてそのあげくに、突然その部屋に入ってきた看護婦に血圧を測られ、容易ならぬ表情で「二百三十二ゴザイマスネ」などと言われてしまいます。 実はその後に続く数十ページの描写は、さらに輪をかけて見事であります。 およそ小説の価値とは、作品世界に対する二重三重の客観性の保証にある私は考えます。本作の作品構造はまさにそんな素晴らしい客観描写をエンディングに持っていました。 谷崎晩年の最高峰といわれるに吝かならずと、私も思いました。 しかし、まてよ、と。 かつて谷崎は、作品の最後にこんな谷崎世界の夢を破るような種明かしをしたでしょうか。 特に中期以降(ということは後年「大谷崎」と呼ばれる作品群を数多く生み出すようになって以降)、『痴人の愛』にしても『春琴抄』にしても、それは谷崎的恋愛至上主義=谷崎的ハッピーエンドではなかったでしょうか。 本作の、一種恐ろしいような「身も蓋もない」シニカルかつ客観的なエンディングは、晩年の谷崎の境地なのか、またはやはり谷崎の「老い」なのか、私は判断がつかなくなっていったのでありました。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2013.07.15
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『瘋癲老人日記』谷崎潤一郎(中公文庫) 読み始めはさほどでもなく、というよりいずれ説明されるのだろうと思いながら読んでいましたが、一向に説明が無く、何となく少し気になりながらとうとう最後まで読んで、そしてとうとう最後まで説明がなかったことそのものについて、じゃあ案外これは大したことではないのかなとも思う一方、いや、これも作者の仕掛けた謎かなと思うことがありました。 いえ、書いてしまえば大したことではないのですが、それはこの主人公の老人の職業が解らないということであります。 77歳の設定ですから、悠々自適の隠居暮らしであろう事は充分考え得るとしても、隠居に至るまでの職業についてが、全く触れられていないんですね。(谷崎作品に頻出する、幼年期や少年期の独特の思い出については、本作にも描かれているのですが。) 例えば本作の前の『鍵』では主人公の老人は(この老人は56歳の設定で、今ならとても老人とは呼べませんが、いえ、ひょっとしたら発表当時でも、かなり微妙に微妙な年齢で、わざとそのあたりを狙ったとも充分考えられるのですが)、大学教授と設定されています。 しかし、本作では、主人公の職業がまるで触れられていません。 ただ知識人であったであろう事は、具体的なものはないまでも、様々なディテールから読めます。 金銭的にかなり余裕ある生活であることは、結構書き込んであります。 嫁に300万円の猫眼石を買ってやるとか、庭にプールを作るとか、京都に行って、昼食は瓢亭で摂って夕食は吉兆で食べ、時間が遅くなったものだからそのまま吉兆に泊まったとか、かなりの暮らしぶりであります。 私が主人公の職業について気になりだしたのは、実は別の切っ掛けからであります。 それはちょっとした違和感なんですが、……はてこの違和感が、作品の書かれた時代と今の時代の違いから起こるものなのかどうか、私自身十分に考え切れていません。 とにかくその違和感を、身も蓋もない書き方で書きますと、この老人は回りの親族などに大事にされすぎているんじゃないか、と読んでいて感じるところがかなりあるということであります。 本作の発表は昭和36年でありまして、その頃と今と、老人を取り巻く社会的状況は、恐ろしく広く深い大断層を真ん中に挟んでいるくらい異なっております。 昭和30年代の日本では、老人に長生きを願うことは、ほぼ全員の国民がそうあれかしと考えていた価値観・倫理観であったように思います。 だから、それに則って、主人公の老人の回りの家族も様々な手はずを取ったにすぎないとも考えられます。 しかし、はっきり言って、この老人はかなりの「変人」であり、少々品のない表現になってしまい申し訳ないのですが、家族にとっては「厄介な」部分の少なくない人物であります。 お祖父ちゃん長生きしてねと素朴に言えないような状況が作品内に充分描かれているように思えます。 いくら昭和30年代のモラルがそうだとはいえ、主人公を取り巻く家族達が、この老人にとにかく長生きしてもらいたいという風にのみあれこれ手を打っていくという展開は、ひょっとしたら、筆者は別の読み込みを密かに求めているのじゃないかと、ひねくれた私などは思うのでありますが、いかがでしょうか。 そして、こんな風に思うわけです。 この年寄りを長生きさせると、いったい親族達にどんな利益があるのか、と。 例えば、この老人に特別なそして結構莫大な年金などがついている(文化勲章なんてのがそんなものだと聞いたような記憶があります)とか、何かの著作権を持っている(著作権の消滅時期の起算は死亡時と聞きます)とか、要するに本人限定の収入であり、本人が長生きすればするほど家族や子孫はその恩恵を受けるというタイプの収入があるんじゃないかと考えるわけであります。 そこで、主人公の職業が気になったのですが、上記のように書いてしまうと、これは作家そのもの、谷崎潤一郎そのものではないかと、まぁ思いますわね。 じゃあ、それを書かなかったのは、主人公と作者をそこまで重ねられることを嫌ったのかな、とか思うわけですが、……うーん、どうでしょうねえ。谷崎はそんな面倒な割にはあまり効果のない設定は、それまではしなかったように思うのですが。 ただ、主人公の老人のかつての職業が小説家でありながら、それを作品中にはほぼ書かなかったのが筆者の狙いであるならば(そしてさらにはそれの深読みをも狙っているとしたら)、それは作品終盤の恐るべきリアリズムにそれなりの効果を発揮しているともいえるし、しかし一方で、今までの筆者の作品なら、果たしてそんな効果なんかを目指しただろうかとも考えるものであります。 そのことを私は、「×→○→?」というタイトルで報告しようと思ったのですが、なんか前振りの話題が長くなってしまいました。 えー、すみません、次回に続きます。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2013.07.07
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