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2025.06.08
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カテゴリ: 浮世見聞記
新潟縣柏崎市西山町の、田中角榮記念館を訪ねる。



大正七年(1918年)五月四日、日本海に面した新潟縣刈羽の農村に生まれ、第二次大戰中は兵隊として過ごしたのち土建業を興し、戰後は昭和二十二年(1947年)に政界へ進出、三十代で藏相に抜擢されるなど閣僚を歴任して昭和四十七年(1972年)七月七日、五十四歳で首相に登りつめ、日中國交回復の實現やニッポンの真の復活と經済成長を目指して“日本列島改造論”を展開したまではよかったが、


(※大ベストセラーとなった「日本列島改造論」 昭和四十七年 日刊工業新聞社刊 述者藏)

現實は國土開發に絡んだ諸物価の高騰など自分の理想とは異なる方向に曲がって浮世の指彈を招き、もともと一枚岩ではない閣僚の離反もあり内閣はわずか二年で終焉、以降は政界の“闇将軍”として君臨するが、昭和五十一年(1976年)に發覺したロッキード事件で失脚──

しかし、その後の昭和五十八年(1983年)の衆院選では地盤の越後で二十二萬票以上と云ふ驚異的得票數で堂々當選、その健在ぶりを天下に知らしめたところに、私は田中角榮と云ふ政治家、と云ふより、一人の人間としての魅力を感じる。


(※JR浦佐驛前に建つ田中角榮の銅像。屋根は長女眞紀子氏の要望により、後から設置された。 述者撮影)

この政治家については、内部外部による毀誉褒貶さまざまな文献が刊行されてゐて、現役時代を知らない私など今さら云々することでもないが、資料館の展示の大半を占める遺墨の數々を拝してゐると、その小細工を弄しない素直な書体に、ロッキード事件の有罪判決は正しくなかったのではと云った疑問が確信へと變っていくだけのチカラとなって、讀み取れてくる。

ウソのある人の作品は、見るまでもなくウソがプンプン臭ってゐることを、私はよく知ってゐる。

人間としての田中角榮を知るには、これら清錬な書を拝するだけでも充分だ。







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最終更新日  2025.06.08 20:20:14
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