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そういえば、昨日は「9条の会」の集会の内容で熱くなってしまったので書くのを忘れてしまいましたが、昨日、恒例の「隅田川花火大会」が盛大に行われました。恥ずかしながら、現場で隅田川の花火を見るのは今回が初めてでした。花火大会そのものが、小学校のとき以来なので、花火そのものにしばし見入ってしまいました。後援会でも花火見物の企画がもたれ、私もあちこちに顔をだしましたが、とにかくものすごい人で、移動は大変でした。浅草通りや清澄通りは車両通行止めで、車道一面に花見さながらにシートがひかれて人が座り、盛り上がっていました。歩道にも人が座り、人が歩く隙間は50センチぐらいしかありません。しかも混み合って携帯電話がほとんど使い物にならず、後援会の場所がわからずに苦労しました。不況が長引くなかで、こういう催しは一時ではあってもその憂さから解放されますね。来年も楽しみです。もうちょっと世の中よくしていたいですが。@ @ @さて、今日も異様に暑い一日でした。かなりぐったりきますね。そんななかで、今日は、アンケートに協力していただいた方々への訪問活動を行いました。選挙の前になりますが、あとう事務所と区議団で、住民のみなさんへのアンケート活動に取り組みました(アンケートの中間集計の詳報は、区議団ニュースの7月15日付に掲載しています)。そのアンケートで、連絡先を記入していただいた方々へ、アンケートにご協力いただいたお礼をかねて、要望を直接伺いました。不在のところも少なくなかったのですが(何せこの暑さですから)、ご在宅のところでは、いろいろと話が弾みました。「妻が病気で寝たきりになっている。介護しているけど大変だよ。介護保険なんとかしてほしい」という方、「歩道を自転車が通行していて危ない。自転車専用の通路をつくってほしい」「隅田川の水をもうちょっときれいにすると、観光客も増えるのではないか」など、いろいろ率直な要望を出していただきました。どのお宅も、ほとんどが今回初めて訪問するところでしたが、どこでも「歓迎」されました。選挙前はなかなかやりきれなかったのですが、住民要求の実現はこれからが大事です。どんどんまわってみなさんの要望を聞いてまわりたいと思います。
2005.07.31
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今日は止まっていると止めどなく汗がでるほどの暑さでした。あまり気持ちよい暑さではありませんね、これは。さて、今日は有明コロシアムで行われた九条の会主催の憲法大集会に参加してきました。押上から都営浅草線で新橋まで出て、ゆりかもめで有明へ。このあたりにくるのは、5月に都議団と一緒に臨海副都心の視察にいって以来です。ゆりかもめの窓から、「あ、あれは10億円かけて作った煙突だ」「この駐車場がテレコムセンターの赤字の穴埋めに使われているんだったなあ」など、いろいろ懐かしく(?)思い出しているうちに、有明に到着。すりばち状の会場に着いて、最上段の席を陣取りました。高所恐怖症の私ですが、このぐらいの高さなら会場全体が見渡せて気持ちいい。大集会では、9条の会の呼びかけ人のメンバー、三木睦子、鶴見俊輔、小田実、奥平康宏、大江健三郎、井上ひさしの各氏が講演。ギター演奏も交えながら、進められました。とにかく、見事な集会でした。私が感じたことをいくつか述べてみたいと思います。第一に、一人ひとりの講演が、個性豊かで、印象深いものでした。三木さんは、「2度と戦争をくり返してはいけない」という角度からの熱いかたりでしたし、井上さんは、戦争中日本の男子の平均寿命が24歳以下だったこと、日本軍の6割が戦争ではなく飢餓で死んだということを例にあげ、「こういう戦争が正しいと主張する人がいる」という痛烈な批判を行いました。また、孫文が日本に対して「覇道」ではなく「王道」を、と語ったエピソードを紹介した小田さんの話、シュナイダーの詩をひいて、新しい世代が、新しい形で社会を変えていく展望と可能性について語った大江健三郎さんの話は、非常に印象的でした(余談ですが、レーニンも同じ趣旨について語っています)。よく、「一回の演説会で印象に残る話が1つか2つあればその演説会は成功」という話を聞きますが、すくなくとも今回の演説会では、6つ以上ありました。こんな個性豊かな、そして質の高い演説会は初めてでした。ついでにいうと、司会を務めた事務局の小森陽一氏、渡辺治氏の「切り回し」も知性にあふれた実に見事なものでした。日本の知性の最も良質な部分が、この運動には結集している、と、率直に感じました。第二に、憲法9条を守る運動の前途に、希望と展望が大きく湧いてくる内容でした。集会でも紹介がありましたが、地域や職場での9条の会は、一年で3026まで作られています。全国で行われている9条の会の講演はどこでも成功し、この大集会にも、9500人もの人が参加しました。この集会、参加したい人が9条の会に手紙を出し、参加券を手に入れないと参加ができないという条件があります。しかも、当日、1000円の参加費を支払わなければなりません。そういう点で、参加するにはそれなりの「自覚」と「意志」が必要です。その集会に、これだけの人が集まったということの意味は、計り知れない物があると思います。そして、大江健三郎氏の先に紹介した話。実際に、会場には、多くの青年の姿がありました。一見、改憲勢力が猛威を振るっているように見えますが、逆にそれを打ち破る面白い時代を築けるのではないか、と真剣に感じられる集会でした。ビデオやDVD、出版物など、この内容を普及できるといいんですけどね。墨田区でも、9条の会が近々作られます。町単位でも動きがあります。私自身も大いに頑張りたいと思います。
2005.07.30
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いよいよやってきます、台風が。周期はありながらもだんだん強まってくる雨風といい、そしてあの独特のむしむしした暑さといい、まさに、という感じです。そして、台風は、過ぎ去ったあとに毎回とんでもない熱波を引きずってきます。まあ、夏は暑くなきゃ夏じゃないし、私自身は夏は大好きなのでいいのdすが。さて、今日はこんな天気なので、少し時間ができました。そこで、以前支持者の方から「これ読んでみて」と言われていた「従軍戦記」を読んでみました。この方は文花団地在住で、戦争中に満州の牡丹江に従軍し、戦後、ソ連軍の捕虜となってシベリアに抑留された経験をもっている方です。私の選挙のときにも、いろんな形で協力していただいたんですが、私自身こういう経験をされた方だというのは、選挙が終わって知りました。「従軍戦記」には、この方をはじめ何人かの方々によって、「後世に語り継ごう」と、戦地での経験が生々しく書き記されています。読んで思ったのは、当時の日本軍が「異常な人間集団」であるということ。封建時代の身分制度さながら(いやそれ以上かもしれません)の下級兵の抑圧ぶりが、克明に書かれていました。いくつか拾ってみると…▼20歳くらいの上等兵が、初年兵を朝から寝るまで、箸の上げ下げまで監視していた。▼夜、暖をとるための石炭を消してしまうと、「初年兵集合」がかかり、一列横隊に並ばされて、皮の上靴で頬を思い切り殴られる。歯が欠ける者もでる。上官に「どうしたのか」と聞かれても、「転びました」と応えないと、また殴られる。▼服装検査で、ないものがあると、全員夜中に雪の降る中を夜が明けるまで走らされる。また、日本軍とはなにか、を示す象徴的なエピソードがこれ。▼銃を倒したり、物をなくすと、「これは天皇陛下から戴いた物で、お前達のように一銭五厘(当時のハガキ代)で来たのとはわけが違う」と怒鳴られた。ここに、軍人勅諭にも明記されている日本軍の思想――「死は鴻毛(こうもう)よりも軽しと覚悟せよ」がよくあらわれていますね。人間の命などはがきと同じ一銭五厘だ、というわけですから。今でこそ、軍隊の実情は「異様」といえます。しかし、当時は教育勅語、軍人勅諭が絶対的権威として暗記させられていた時代。日本全体がこういう状況に包まれていたといった方がいいでしょう。そして、日本に帰る途中にソ連軍の捕虜となって、シベリアでの約2年間の強制労働。厚生省の発表では、シベリアでの抑留者 575000人帰還者 474000人死亡 55000人病気のため満州や朝鮮に送られたもの 45000人となっており、少なくない犠牲を生み出しました。長期にわたって捕虜を拘束して強制労働を行うことはハーグ陸戦法規に反する行為であり、決してあいまいにされていい問題ではありません。実際、「従軍戦記」最低気温がマイナス74度(!)という厳しい気候のもとで、大変な収容所生活が書かれていましたが、それでもこれは私の印象ですが、文章の端々に明るさが感じられました。終戦という決定的な条件の変化の故だと思いますが、同時に私には戦時中の日本の「異様さ」をいっそう際立たせているように感じました。@ @ @今、日本の侵略戦争を「正しい戦争だった」という議論が台頭し、それが教科書問題となって鋭くあらわれていますが、改めて「日本の戦争とはどういうものだったのか」を、草の根から考えていくことが大事です。「生き証人」の方々が、経験を語り継いでいこう、というこの努力に(しかもシベリアに抑留されていた、という方が私のまわりにも少なからずいらっしゃるということが最近わかりました)、私たちの世代もこたえていかなければなりません。
2005.07.26
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選挙が終わっても引き続き体力勝負の日々です。昨日は一日歩き回りました。一緒に動いた人から、「スニーカーにした方が楽でいいよ」と言われました。さて、台風が接近しているようです。明日がピークだとか。大地震の次は台風ですか…。みなさん、明日は早くお家に帰りましょう。
2005.07.25
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いや~みなさん(といっても首都圏の方々)、けがはありませんでしたか?今日4時半頃、大地震がありましたね。ニュースによると、墨田区を含めた東部では震度5強だとか。私が経験した最大震度です、これが。実は、その瞬間、支持者まわりのため自転車で移動中でした。たまたま蔵前橋通りで信号待ちをしていたとき、妙に体が前後に揺れるので、「自分の心臓の鼓動かな」と一瞬は思ったものの、その大きさからすぐに「これは地震だ」と気づきました。そのうち家の中から人が次々にでてきて、「ただいま地震がありました」という区の放送も流れました。とにかく、外で立っていてもわかる地震というのは相当のものですね。事務所に帰って聞いてみたら、壁の荷物が落ちたり、2階の戸が開いたりと、大変だったようです。あわせて、神戸や新潟、福岡の大地震はどれほどのものだったのかと考えてしまいました。
2005.07.23
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先日、日本共産党創立83周年の記念演説会が日比谷公会堂で行われ、私も参加してきました。最初に、先の都議選で当選した13人の都議が紹介され、文京の小竹さん、日野の村松さん、幹事長の吉田さんがあいさつ。小竹さんと村松さんは、2人区での当選で、話を聞きながら私もこれから先の活動で大いに見習おうと思いました。日本共産党員の町長2名のあと、志位委員長、市田書記局長の講演が行われました。二人の講演をきいて、とにかく思ったのは、「次の国政選挙で絶対に共産党をのばさないといけない」ということでした。憲法の改悪、サラリーマンへの大増税など、日本の国を根本から変えてしまうとんでもない計画が進められるなか、それに歯止めをかけるためには、日本共産党が議席を増やして、政治の流れを変えるほかはありません。残念ながら議席は減ってしまいましたが、得票率では過去2回の国政選挙の9%台から、今回の都議選で15%まで押し戻したことは、これからの前進の足がかりになったと思います。解散総選挙の可能性が急浮上していますが、解散になったら都議選以上に燃えに燃えたいですね。
2005.07.22
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お久しぶりです。今日は、9のつく日ということで、墨田九条の会準備会のみなさんとともに、恒例の錦糸町駅頭での宣伝を行いました。私もいつもの事ながらマイクを握って訴えさせていただきました。自民党が7日に改憲案の「たたき台」を発表し、そこで9条の2項を「自衛のために自衛軍を保持する」「自衛軍は国際の平和と安定に寄与することができる」という内容に変更する、ということをうちだしただけに、訴えにも力が入りました。そのあとずっとビラをまいていたんですが、いつもより多くの方が受け取ってくれたような感じでした。もっとも、以前配っていたティッシュのようにはなかなかいかないんですけどね。7月30日には、9条の会主催の大集会が有明コロシアムで行われます。そこにも是非参加して、憲法9条守れの運動を大きく広げたいですね。
2005.07.19
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選挙後初の日記です。これからも日記は(毎日とは行かないかもしれませんが)書いていくつもりです。引き続きよろしくお願いしますm(__)m ところで、以下は最近発行された日本共産党墨田区議団ニュースに掲載される私の手記です(一部変更)。この内容から日記を再開したいと思います。@ @ @ 都議選では、13031人のみなさんから支持をいただきましたが、残念ながら議席を獲得することはできませんでした。 今回の選挙でのとりくみを通じて、「私は年金40万円しかもらっていないのに、海外視察で150万円も使うなんて許せない」「年金を欠かさず収めてきたのに今もらっているのは6万円。これでは最低限の生活もできない」など、多くの方々から生活の大変さをなんとかしてほしい、という切実な訴えをたくさん伺いました。私に寄せられた13031人の願いは、数でいえば5番目でしたが、その重さは決して比較できるものではありません。それだけに、私が出会った一人一人の顔を思い浮かべると、「今の政治の流れを変えるために、必ず都議会に行ってほしい」という期待に応えられなかったことが、なによりも申し訳なく、そしてくやしくてなりません。 しかし、中小企業支援、地震に強いまちづくりや、選挙直前に大きな問題になったサラリーマン増税の問題など、選挙で訴えた政策や公約には、多くのみなさんの支持と共感を感じました。とくに、東京都の福祉の問題や、都議会議員の豪華海外視察のむだづかいの問題は、訴えれば訴えるほど区民のみなさんの怒りが広がり、期待の声が寄せられました。選挙直前に行われた公開討論会では、この問題でオール与党の責任を追及しましたが、ここでも日本共産党の都議団の実績と論戦が光る結果となりました。選挙の結果は残念ですが、選挙戦を通じて築き上あげてきた政策と論戦には、大きな自信と確信をもっています。 私自身、候補者としては初めての選挙戦でしたが、事務所のスタッフや党員、後援会員、支持者のみなさんに支えられて、元気よく最後まで活動することができました。 そして、勝負はこれからです。選挙で掲げた公約の実現に向けて、これから粘り強くとりくむとともに、4年後に再挑戦して、今度こそ議席の奪還を実現したいと思います。みなさんの引き続くご支援をよろしくお願いします。
2005.07.12
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