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COP10に先駆けて、生物多様性とはなにか、について、愛知県が行っている生物多様性キャラバンセミナーというものに参加してきました。100名様限定、無料です。絶滅危惧種を守るための水族館の取り組み、を知ろうということで、セミナーにてお話を聞き、碧南海浜水族館のバックヤード見学、という、まさに水族館の裏側と、絶滅危惧種の繁殖や、その環境を作るための努力をしているところを見させていただきました。そして、企業が行っている取り組みとして、ダイソーの工場内に作られた、工場からの排水を浄化して綺麗な水を作り出しているプラント(水処理場)と、その工程の勉強をさせていただき、その水を使って人口に作られている、ビオトープ(生物の池)の見学です。そこで主に生きている生物は、絶滅危惧種であり、そこには、もともとは日本にはいなかった外来の天敵が入らないようになっています。自然とはいったいなんなのか、いろいろと考える時間でしたが、そういう現場で生き物と接して真剣に働く人たちの熱意に触れたことが、感激でした。COP10て?生物多様性っていったいなに?が、少し身近なものになったと感じています。工場内での撮影も、水族館のバックヤードでの撮影も禁止で、残念ながら写真はありません。まひろにはむつかしい内容で、ほかの子供たちも、中学生くらいにならないと解りずらいかもしれません。でも私、こういうのに参加すると、思うことがあるんです。小学校の頃にいった社会見学で、し尿処理場やゴミ焼却場、下水処理場に、鼻を押さえて行ったこと、コカコーラの工場で、あっという間にビンにジュースが入っていくところ、布の工場で、一気に布が織られて、トイレットペーパーみたいにくるくると巻かれていったこと、焼き物の工場で土を練らしてもらって、後から焼かれた自分の作品を貰ったことなど、とにかくいろいろ。いつもそこにはまじめに働く人の姿があり、自分の知らない世界が、踏み込めばどどーんと盛大に広がっていた。あぁ、私に見えているものは、自分をぐるっと取り囲む、小さな小さな範囲だけでしかないのだなぁと感じたもので。私が感じていること、思っていることなど、社会においては独りよがりのことでしかない。確かに、そのときには、なにを、どう感じればいいのかはむつかしい。でも経験した事は、きちんと蓄積されて自分の財産になっている。一緒に参加していた子供たちの、ちょっとつまらなかったり、難しかったり・・・それでも、興味を持てるものにはきらきらと目を輝かせている見たりして、自分の経験した数々の社会見学を思い出したりなんかして、懐かしくて、楽しいひとときでした。
2009.11.30
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今日は給料日だった。それは午後イチの仕事で、出かけた先は、古い住宅街の中の駐車場の無いお年寄りの古い家。やられました・・・業務用の車で、区の駐車許可証を取って提示してあるのですが、そんなものは無視して張られます。どうもても福祉のお仕事の途中だとわかる車ですわ。・・・みどりのおじさんて、ひょっとして歩合制ですか?張ったあとは、絶対に覆らないですからね、こうなると払うしかないらしいです。はぁぁぁぁぁぁ~~で、はぁぁぁと車に乗って、今日頂いた給料明細を見ながら、社会保険料や年金や税金をごっそり引かれた後の手取りをだね、休日出勤もあったりした今月の出勤日数で割って日当を出して。で、今日これから払うであろう罰金と、出先から掛けた自腹携帯電話代金と、疲れて買ってしまった甘いものと、警察に出頭した後で絶対買ってしまうであろうコーヒー代とを足してだね。で、さらには、すでに決まっている今日のサービス残業時にかかる、子供の延長料金をさらに足す・・・っと。いや、計算する前から知ってましたけどね、大きくマイナスだってことは・・・・。でも計算せずにはいられない、小市民なのですわ。あぁ、来年はゴールドになると思っていたのに・・・さようならゴールド。
2009.11.26
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以前に日記に書いた話しで、姪っ子をうちで預かることになりそうだ。ってのの続編です。え?うちの揉め事はどうでもいい?そう言わずに聞いてくださいよ。私の最も頭の痛い悩み事なのですから。「困ったと困った、さぁどうしよう?そろそろ入院しなきゃなんだけど、子供を預かる人がいなくて、入院できない状態なんだとさ。」って話は聞くのですがね、誰も私のとこに頼みに来ませんよ・・・。誰も動かない、困っているだけ、これって去年と一緒だわ。去年はもう待ったなしで入院だったけど、今回は充分用意する時間があるってところが違うわね、だから、当の親が、自分で、自分の子供のために、骨を折るっていう。当り前のことができる状況なわけですよ。親はどうなの、親がするべきことでしょう。頭下げてでも頼みに行きなさいよ。って義両親やその他親戚は、前回同様に思っているだろうし。義兄夫婦は、義両親が私たちに頼めばいいと思っているか・・・もしくは、そのうちまた私が黙ってられなくなって、預かりますって言い出すのを持っている、というところでしょう。どちらにせよ私ら夫婦は、自分らで考えろよと呆れているので、静観です。ただ、頼んできたら受ける覚悟はできてます。てかそれしかないと思っているのです。でも、それしかないと思っているのは皆が一緒なわけで、それなら親としてするべきことをしなきゃいかんでしょっていうのが、私たちの意見。先日のことなのですが、相変わらずの天然で憎めない人なのですが、そんな義母が言いました。「自分の子供だと思って育ててやってちょうだい。」私は内心激怒してたのですが、それがわからないように、ちょっと怒ったくらいの顔にしました。「おかーさんがやってもいいんですよ」でも、激怒オーラは、お義母さん以外には伝わっていたでしょう。場が凍りつきました。自分の子供だと思ってだと?言われなくたってわたしらは、一週間も一緒にいれば、もう親の気分になってたよ。かわいくて仕方なくて、このままずっといればいいのにとも思ってた。そういう気になっちゃいかんとブレーキを掛けて。やっぱし自分の子が一番だよと、当り前のことを何度も考えた。どうしてそういう軽々しい台詞が言えるのか・・・それは、知らないからに違いありません。義母は、私たちの葛藤や格闘や、引き裂かれる思いが、どんなものか、知らないのです。2~4歳の子供を預かって育てるということが、どういうことなのか、目の当たりにして見てみればいい。突然いなくなるママ、どんなに泣いても、よく知らないおじさんとおばさんがずっと一緒にいる。笑っていいのか、脅えていいのか、戸惑って。甘えていいのか、拒んだ方がいいのか悩んで。気持の整理がつけられなくて、意味もなく泣いてみたり、怒ってみたり。一ヶ月、二ヶ月、三ヶ月・・・私たちに心を許して抱きついて、心から笑えるようになったころに、現れた本物のママの顔を見て、突然我に返ったように、私たちから、泣き叫んではいずってでも逃げようとする姪っ子を、見てみればいい。ママから引き剥がして別れさせるのは大変だからと、こっそりといなくなったママに気が付いたときの落胆の顔を。帰ろう帰ろう帰ろうと、今まで自分の家のように住んだ家から、靴も履かずに飛び出る姿を。そういう子供を、なんにも考えずに幸せにしている自分の子供と一緒に抱きしめることが、どんなに辛いのか。そんなこと、やってみなくても、簡単にわかりそうなものなのに。初めて預かったときから、一年と少し。その間、少しづつでも成長し、ママからわけもわからず引き離されることが度々になった姪は、こういう部分がさらに激しくなり、むつかしくなっています。そこへ、また妊娠です。私は同じ立場の嫁として、そして、子供を持つ母親として、理解に苦しむを通り越した感情さえも沸いています。ついでなので、お義父さんにも、言わせていただきました。預からないわけではない、でも筋を通して欲しい。金もいらんし、礼もいらん。ただ、姪っ子のために、姪っ子を預かる私らに、きっちりと筋を通して欲しい。過ぎてから礼を言うことよりも、何か面倒をお願いするために、頭を下げる方が難しいものだろう。だが、それをあえてして欲しい。結果的に、成り行きで世話になって、ではなくて。今の姪っ子のことを真剣に考えて、姪っ子のためにはどうするべきかを相談して、やはり私たちに預けたいと思うのなら、自分たちの言葉で、この子のためにと礼儀を尽くすべき。困ったときだけ頼りにこちらに来るような親戚関係を築いているんじゃ、済まされない。度々預ける姪っ子のことを思うのであれば、ギブ&テイクの関係をあちらから作っていくべき。確かに大変なのは、私が働いていて、うちには主婦がいないこと。託児所も遠い。熱も出すし、病気もするし、下痢も嘔吐もおねしょもするし、夜鳴きも好き嫌いもある。だけどね、大変なのはそういうことだと思われていることが、私たちはあまりにも情けない。姪っ子は可愛いけれど、また、泣き叫んで私たちから逃げ回る、同じ悲しい別れが待っている。私たちは、長い夢から覚めたように、無事に帰せた安堵に息を付いて静かになった部屋で泣く。威厳に満ちた義父が、そのオーラを消して。長い間、我慢をさせて悪かったと、深々と頭を下げた。長男夫婦としっかり話をすると、言ってくれた。「話は、お父さんが僕らにつけておいたと、言ってくれればいい」と、この家では三兄弟の末っ子で、一番出来も悪くて体も態度も小さなハムちんが、少しだけ胸を張った。
2009.11.25
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連休の予定が、なにもないと気が付いたのは、先週の木曜日。どこかへ紅葉狩りに行こうかと言ってみたら、よし行こう!となり。見ごろなのはどの辺りなのかと急に探し始めることに。奈良あたりに行ってみようか!が、宿がなかなか決まらず。奈良県と三重県との県境あたりの、三重県にある赤目四十八滝に決定したものの、日曜日は天気が悪そうだから、赤目に行くのは月曜日にしよう、となり・・・ばたばたと立てた予定が、伊賀上野城を見て、名張市に行き一泊、赤目十八滝に行く、というものです。今にも雨が降り出しそうな中の、伊賀上野城。紅葉は最適でした。天守閣は寒いですわー。夏の天守閣は、涼しくて爽やかで最高なのですがねぇ・・・。ここの天守閣は、鎧の展示が沢山あります。鉄砲の試し打ちをしてある、跡がなまなましい鎧などが見れました。「こんな兜で本当に戦にいったのかー! こんなでっかい飾りは邪魔でしかたないわー」と、実用主義の私に。「わかってないなー。それが男のロマンだ」と突っ込みいれるハムちん。歴女ってわけではありませんが、城を見るのは好きなわたくし。なかでも、石垣が大好きなのですが。伊賀上野城には初めて行きましたが、ここの石垣はすんごい立派でした。見ごたえありです。上野駅で見た忍者列車。まひろん大喜び。その後泊まった宿の大浴場にて。風呂から出てくると、館内着とタオルだけを残して、私の荷物が盗難にあってしまいました。着替えるはずだった下着一式と、クレンジングや基礎化粧品一式です。ひどい・・・こんなもの盗んでどうするんだよぉ・・・なんとか部屋まで帰れるものだけは残っていたという感じです。その時点で日本酒をたらふく飲んでいたので、「あれ、私って部屋に忘れたのかな?」とか思いながら、唯一残されていたその日履いていたパンツを、泣く泣くもう一度履き、部屋に戻るも、やっぱり無い・・・←ここでやっと盗まれたと確信する。酒が回り、すっかり寝ているハムちんを部屋に残し、なんかの間違いでフロントに届いているという薄い可能性に賭けてフロントに行くものの、チャックインしたときにいたおねーさんから、イケメンキラキラ君に変わっており。・・・・・もし、届いていたとしてもだよ?色気のない機能性重視のおばちゃん色の下着を、しかもサイズまでばっちりわかるような下着を、イケメン君の前で、私のものだと確認する勇気があるだろうかという想像をすると。もう捨てて帰ったと思おう、と、酔っ払いながらも瞬時に判断。仕方ない、明日はノーブラか。と諦める。顔はボディーソープで洗ってみたけれど、たいして影響はなしでしたわ。綺麗に晴れた、旅行二日目。お目当ての赤目四十八滝でございます。紅葉も美しく。透き通った水といろんな姿を見せる沢山の滝を見れて、マイナスインンシャワーをたっぷり浴びて、ほんとうにすばらしかったです。私たちは、朝の9時過ぎには到着していて駐車場はすぐに停めれたのですが、帰る時間帯の昼過ぎには、駐車場待ちの渋滞ができていました。行かれる方は是非お早目の到着をお勧めします。パンツは昨日のものですが、それを忘れて盛り上がっております。爽やかに笑っておりますが、ノーブラです。なくてもあんまり影響がないとこが便利なんだかどうなんだか。最終まで歩いて引き返すと、4時間かかるそうです。この荷担滝がお見事で、ここを最終地点として引き返す方が多いと聞き、私たちもそうしました。それでも、結構なアップダウンの山道を3時間強、ほとんど休憩もなく歩きました。途中でぬかるみに足を突っ込んで、片足が濡れた状態でも、ぐずることなくご機嫌で歩き続けたまひろん。帰り道の最後の方では、ふらついたり、滑ったりが多くなってきて、足にきてるなーって感じだったけど、なんとか最後まで歩き続けましたよ。大きくなったんだなー、って感激です。
2009.11.23
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飲み会でした。帰って来て。ハム「そんな話聞いてなかったし」ばき「言ってあったでしょう?」ハム「いや、初めて聞く。今日の夕方初めて聞いて、慌てて帰ってきたんだから。」へーーー。愚痴を言えば。ハム「それ聞くの3回目だし」ばき「えーー!初めて言わない?」ハム「いーや、何度も聞いてる。」へーーーーーーーーえ。って会話を、3分と開けずにした。夫婦ってのは、一緒に住むってのは、こういうものなんでしょうかね。今私は、すんげー酔っ払っているのだけど、次回からは、重要事項はメールにしようと心に決めたから。これからは、聞いてない。の方だけれも逃げられないように、証拠残しておいてあげようっと。あー、いい気分!おやすみなさい
2009.11.19
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何気に行った研修会が、とてもよかったです。『特定非営利法人レスキューストックヤード』本拠地は名古屋です。災害対策の情報収集や研究をされているらしく、災害ボランティアについてなど、いろいろと、いい話が聞けました。東海地方に大きな地震が起こる確率は、すんげー高くて、不安をあおってしまいそうな数字に、これは胸にしまっておこうと思います。(笑)すこし驚いたのは、地震災害による死因。阪神淡路大震災からかなりの年月が経ちました。阪神淡路を含む、それ以降の震災において、食べ物の不足や飲用水の不足は、そんなに大問題にはならなかったそうです。なぜなら、圧倒的な死因が、家具家屋の転倒倒壊による、圧死、窒息死で。 83.9%怪我による出血、ショック死が 4%焼死が 2%飢餓や脱水が死因になっている事例は0だそうです。被災生活で病状悪化された方や、水分補給不足で病気になられた方などあったでしょうが、圧倒的に、家具家屋の転倒倒壊が死因なわけです。震災に備えて、食べ物や飲用水の備蓄が言われていますが、本棚で囲まれた部屋で寝たりしないことが先決でしょう。家屋の補強は、むつかしい話なのかもしれないけれど、せめて家具の転倒防止くらいは呼びかけようかと思いました。災害対策を、熱く熱く語ってくれた講師の女性の声が、声でかいよ、とか思いながらも・・・^^;。素敵でございました。
2009.11.17
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春に、保育園のママ友で集まって、我が家で飲み会したのですが、小一時間もうすると子供が飽きてしまい、結局、ハムちんが子供たちを公園に連れて行き、ママたちだけで飲んでいた。「パパに申し訳ない」とママたちが言いながら・・。という経緯があり。前回の反省を踏まえて、今回は、初めっから公園で飲み会だー!となりました。でも、全員を送り迎えしたのは、ハムちん。^^;注)私は写っておりませんよ。名東区、牧野が池公園です。写真奥の遊具に注目です、思ったとおりだ、むっふっふ。子供たち、すごーい、遊べる遊べる!全然飽きずに、ピンボールのボールのごとく遊びまわり。さんざんビールと酎ハイ飲んで、冷えたママたちが、そろそろ帰るぞーって言っても、子供たちは、「いーやーだー」「まーだー」って、声を揃えておりました。言いだしっぺの私は、やれやれと胸をなでおろしです。日も陰り寒くなったのでと、ハムちんに迎えに来てもらって、(8人乗りの車に11人)場所を我が家に移し、子供たちの夕飯用にと大量スパを茹でながら、私らはまた飲みモード。私を入れて、4人のママのうち、2人はバツ1シングルマザーです。他のもう一人は、自分が大黒柱になって昼も夜も働いています。私は幸せかもしれないし、恵まれているかもしれないし、運もいいのかもしれない。保育園の行事が多くて、シングルマザーには結構大変だったと思う。役員で一緒になったのを機会に、私は気になって、子供の写真を撮って渡したてあげたり、現地集合や現地解散のときには、「一緒に乗ってかなーい?」って声を掛けるようにした。いつも聞く、お礼と賞賛の声。ことさら、男や金に苦労してきた経験を聞いたりするから、家庭的で温厚なハムちんを見ると、うらやましい、奥さんいいな、っていう気持になるのも、わからないでもない。わからないでもないけれど、酔いが回ったのもあって、私は始めて彼女たちに言った。いままでずっと思っていたことを。私は、幸せに浸かって、平穏に生活しているわけじゃない。そりゃ、生活に困って金策するようなこともないけれど、普段は案外、遊んでもいない。ただまじめに毎日の仕事と生活をこなすために、皆と同じようにいろんなものを我慢している。好きだった人との恋愛も、いろんな事情を考えて諦めて諦めて今に至る。会いたくて会いたくて泣くたくなるような日もある。ハムちんは、いい旦那さんだけれど、旦那さんにとっては私も、好きだった人を諦めての結婚だったのだろうと思うこともある。実情は、誰でもそんな裏もあっての夫婦じゃないだろうか。手放しで私たちは幸せだって胸を張れるわけじゃない。だから、手放しで褒められても戸惑う。いいないいなと言われても、私は自分の人生に満足なんて、きっといつまでたってもできない。私は守りたいものがあるからこそ、この生活を大切にしているのであって、夢は叶えられないまま、生活に必死になる生き方に、ストレス溜めながら腹も立てている。夢はいつまでたってもかなえられていないし、努力しても努力しても、いつも黒星続きで、前が見えない。私は夢に敗れたまま人生が終わるのではないのかと、脅えている。「なんだー、そんなこと不満に思っていたの?」ひとりのママに笑い飛ばされた。「金持ってて生活が安定してて、そんな人、いくらでもいるじゃない、 旦那さんが優しくて家庭的な人だって、いまどきうじゃうじゃいるよ。 だいたいね、そんなことがいいって価値観だったら、私たちはこんな人生歩んでいないわっ」「そうそう、私たちがいいなって言うのはそういうことじゃないよ」「あのね、ばきさんは顔がいいんだよ。車乗ってかなーい?って誘ってくれる顔がいい」「うん、いい顔してる」「そう、ばきさんも大変だろうし、我慢もしてるだろうし、そんなことはわかってるよ、 誰だってそうだよ。逆に、幸せ一杯、成功そのものの人生を気取っている人のほうが怖いわ。 でもさ、どんなときもばきさんも旦那さんも、いい顔してる。私たちがいいって言うのはそこんとこよ」「そうかぁ、じたばたしてるんだ。夢があるんだ。 そうだよね、もしばきさんが人生に満足してる人だったら、こんなに魅力的じゃないもんね」いろんな人生に奮闘する、お友達が、3人揃って、優しい笑顔になって私を見ました。いい飲み会でした。自分がまだまだ大人になれていないところを、発見できました。
2009.11.16
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うちのテレビは、ほかっておくとケーブルテレビのアニマックスが延々と付いてます。まったく、いい年して・・・たまにはニュースにしてくれよ・・・なもので、私はアニメ中には全然見てないのですが、まぁ、私も子供の頃はアニメが好きで、アニメばかり見てたので、いいやって感じなのですが。いまでも、はっきり覚えていて古いものは、「ニルスの大冒険」とか、「名犬ジョリー」とかの、解りやすい動物もので、その後に見た名作劇場は、大人の事情やお金の問題などが絡んだ人間物語が重要だったりして、ちょっと戸惑ったことを覚えています。慣れれば楽しくなったけどね。「赤毛のアン」の序章は結構衝撃で、孤児だったアンを、孤独でちょっと変わり者の、年老いた兄妹の二人が、農場で働かすために引き取ってというもので、男の子が希望のはずだったのに、やせっぽちのアンが来てしまい、話が違う、取り替えてくれというところから始まって、ひでーなおい、と子供ながらに思ったものですわ。くったくがなくて明るくて、話すと止まらないアンは、子供だった私から見たら、おもしろくて可愛いのだけど、大人からしたら、うっとおしいこともあっただろうなーなどと、冷静に思ってしまいます。正義感と負けん気が強くて、男の子にも向かっていき、ひたすら明るくて、素直で、前向きで・・・アンを引き取った、子供のいない年老いた養父母(兄妹)は、次第にアンに魅せられて心を開いていき、アンを本当の子供のように可愛がります。いい話だったけれど、アンが背負っているものは、いい話では済まされない不幸があります。だからこそ、名作なのでしょうね。「赤毛のアン」を思いだして、私が思うのは、一生の友人となるダイアナです。アンは、不幸な生い立ちからか空想壁が強くて、なにかあると「きっと小人さんが・・」とかなにか見つけると「これは妖精の○○よ・・」とか森や道などに、勝手に「ここは○○の森というのよ」とか、ちょっとロマンチックな名前を付けたり、細かい事は忘れたけど、アンの言っていたことって、完全に不思議ちゃんなわけですわ。はー、周りの人は疲れただろうなー。それにしても、友達のダイアナはいい子だったのですわ。「あなたってとってもユニークなのね、アン・シャーリー」と言って、うふふ、って、いつも優しく笑っているのがダイアナ。ばりばり努力して教師になり働いた、現代的女性になったアンと、時代の中で、その他の女性がそうだったように、親の決めた相手と早く結婚して主婦になったダイアナ。アンの横で、あなたって面白い人ね、うふふ。と笑っていたダイアナは、きちんと自分のペースで生き、それでいて、筋金入り不思議ちゃんのアンと一生の友人になりえました。私にとっては、赤毛のアンの話は、アンとダイアナの女の友情の物語です。アンとダイアナが、友情を貫いた美しいプリンスエドワード島に、行ってみたいなー。
2009.11.11
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家の間取りを練っていたころ、リビングが狭くなるからと、和室ではなくてリビングに面した「和スペース」を薦められた。でもね、それでは違うんだ。遊びに来てくれた友達が、私たち家族のリビングスペースを邪魔していると、気にしなくて済むように。こそこそと内緒の話がしたいときは、ささっとふすまを閉めれるように。もし、飲みすぎて眠ってしまったときは、布団を敷いて、どうぞごゆっくりと個室にしてあげられる、そういう和室が欲しかったんだ。だから、ハムちんも私も、極力和室には物を置かない。私たちの個室ではなく、来てくれる人のための部屋だから。仏間も床の間も無い、ただの箱のような狭い和室だけれど、いろんな人にとって、居心地のいい部屋になって欲しいね。土曜日の夜は私の友達が来て宴会し。日曜日の昼はハムちんの友達が来て宴会だった。おかげで、テーブルの配置も、食事のメニューも、ほぼ一緒。ダブルヘッダーのように続くと、ちょっと肝臓が辛いわね。でも、ブッキングしなくてよかったわ。これからもどうぞ、お気軽に集まってもらいたいね。 だって、そのために作った部屋なのだもん。沢山笑って、幸せな休日でした。
2009.11.08
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いちごちゃんのブログを読むようになったのは、5年前くらいです。当時は、まだ中学生でした。学校に対する不満、他の生徒に対する不満、家族に対する不満、不満不満不満で埋められていた彼女が、一番不満なのは、そんな風にしか生きれていない自分自身でした。日記は、自分の中にありあまるエネルギーをどう扱っていいのかわからずに苦しんでいるようでした。私も、そのくらいの年の頃は、そんな風にしか回りを見れなかった時期もあったのかもしれないけれど、納得がいかないからといって、自分を落とすような生き方だけは絶対にできなかった。でも、いちごはそれを、あっさりやっていた。私との決定的な違いは、そこ。とにかく、いちごは真っすぐで、打算的なところがない。前にも書いたことがあるように思いますが、私はいちごちゃんの日記はあまり好きではなかった。だけど、コメントが好きだった。裏表や、格好付けや、嘘のないコメント、純粋な水を感じさせる透明感、そのままの自然体。素直に、いい子だと思った。おきよさんが、応援していたから、どんな子なのだろうと、覗いたことからの始まりで、なんとなく、手に負えないような無力感を感じて、ねーやんに連絡したのは私だっけ?確か、そんな感じで、ねーやんも参加してコメントを入れた。それでも、どれだけコメントを入れても、感じる無力感。この子のことを好きなのに、なにもできないでいるだけの、悲しさと。自分のために生きれていない、人生を大切にできない、いちごに対する憤り。高校中退、出産、復学・・そんな中で、一口では語れない人生の荒波を、どれだけ超えてきたのだろう。正直なところ。急に、看護師になりたいと、夢を語り出したのには、驚いた。ブログを辞めると言い、すっぱりと、勉強に打ち込んだことにも、ちょっと信じられなかったよ。でもね、聞いたからには、見届けようと思ったし、なにかあったら力になろうと、私も、覚悟を決めた。夢を叶えるためになら、子供連れて私のところに来いと、本気で思っていた。そして、信じることにした。応援、し続けた。よかったね。いちごちゃん、すべり止めの専門学校、合格です。今年は、看護師資格の人気と社会人入学志望者が溢れていて、3倍~5倍の倍率でした。第一志望の入試は1月ですが、とりあえず、来春から、看護学校の学生さん、決定です。「おかげさまで、更正しました。もっと上を目指して頑張ります」先ほど、電話口で、聞いた言葉です。胸が一杯で、詰まって、息苦しくて、そのまま職場に戻ったら、同僚に、「顔が赤いよ、どうしたの??」って聞かれて、声が出なくて、パクパクしてしまいました。
2009.11.06
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