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私って、占いとか、例えば風水とか、そういうものを、全然信じない人みたいに見られます。そんなことないんですよ。そういうのって、疫学です。何千年も昔からの膨大な資料によってあみ出された統計学や経験学です。一見、なんの意味もないように思える、「玄関にものを置かない」とか、「黄色い財布に綺麗に札を揃えて入れる」とか。きっと、間の説明をはしょっているだけで、情報を集めれば証明できるようなことも多いと思っています。私は、部屋は散らかっていることが多いですが、風水で言われる水周りの掃除は頑張っています。それだって、病気の予防などに理論的に理にかなっていると感じます。前置きが長くなりましたね。どうしてこんな話をするかと言いますと。キムタクの「ミスターブレイン」おもしろいですね~で、ミスターブレイン見てて、手相を思い出しました。私、手相も結構信じています。なんで脳ミソと手相なのかというと・・・手の平や足の裏のツボなんて、内臓にやたら効くことないですか?私はテキメンです。きっと内臓の機能に、リンパや神経か、なにかが繋がっているんですっ。針も、あんまりやったことないけれど、皮膚の表面に刺した針が、体の内部に効くなんて、信じられない人もいるかもしれないけれど、あなどるなかれ中国4千年の歴史です。で、手相って、脳の働きとなにか関連があるのだと、私は勝手に思っています。脳の皺とか、使った部位とか、使っていない部位とか、そういうものが連動して手の平の表面の皺になっているのだとしたら、えらいこと信憑性がありませんか??で、まー面白半分なのですが、何度か、プロに見てもらったことがあるのです。私の手相、たいだい、考え込まれます。自分でもわかっています。でもどういうことなのでしょうね~?生命線がありません。TT
2009.05.30
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産休に入るうっちーの前祝、無事終了。さんざん飲み食いした頃にでてきた、〆のパスタが、今日一番のご馳走だったと知ったときの悲しさ・・・。そういえば私、コース料理って、いつもこんな目に合うんだったわ。もうビールで腹一杯だっちゅうの。この後さらに出てきたマンゴームースケーキ。悶絶するほどうまそうだぁ。聞いてしまいたい。「今度来るときはタッパー持参でもいいですかぁ?」って。ペースはいぶ~~ん!ボンジュール??
2009.05.29
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医療事故防止って、具体的になにをするのか、ご存知でしょうか。ひとつの重大事故(死亡や重度の後遺症が残るような事故)が起る裏には、29の、患者さんの取り違えや、怪我をさせてしまったなどの、実際に被害に合わせてしまう土台があると言われています。そして、その裏には、300のインシデント、「ヒヤリハット」といって、まさに、ひやりとした、はっとした、という、事故を事前に防げたけれど、もしかしたら事故になっていたかもしれないという「危なかった事例」があります。ピラミッドの土台があるからこそ、頂点がある、という考えです。ハインリッヒの法則といいます。だから「危なかった」を、やれやれで、そこで終わらせてはいけないのですね。「Medical incidentは、医療現場において、誤った医療行為などが患者に実施される前に発見できた事例、又は誤った医療行為などが実施されたが結果として患者に影響を及ぼさずに済んだ事例をいう。」医療事故防止とは、具体的には、このインシデントをひとつひとつ、しらみつぶしにしていく、労力と根気の世界です。頂点を取り上げて、重大事故についてなんだかんだとやりあうことは、派手で注目される世界ですが、土台をひとつひとつ改善していく作業は、地味です。でも私、思うんですけど。効果が出るのも地味ですが、これが一番確実な事故防止です。交通事故も一緒で、重大事故が起った交差点だけ、見通しや信号なんかで改善しても、どこかで事故は起ります。防止をするのであれば、事故が起りうる確率の高い条件を見つけ出し、その土台を減らすこと。(もちろん、年寄りは出かけるなとか、バイクに乗るなとか、そういう本末転倒な考えではなくて)犯罪も、これと同様のように思えます。土台が広がれば重大犯罪は多様性を増すし、層が増せば数も増えます。「疑わしきは罰せず」は裁判の前提ですが、疑わしい事態が増すことはそのまま犯罪も増すということ。ピラミッドの頂点にあたる重大犯罪に極刑を与えても、犯罪の土台があれば次から次へと重大犯罪は起るでしょう。極刑に反対する人々は、このピラミッドが見えている。もしくわ感覚的に感じているのではないでしょうか。私としては、改善点と具体的な解決方法を提示できないまま、反対であると声を上げることは、極刑を求めることに人生を費やす犯罪被害者や被害者の親族に対し失礼であると感じますが。話が逸れましたが・・・私が若い頃の日本は、世界で一番安全な国、と謳われていたものですが、もう聞くことがなくなりました。そうなってしまった理由が、「防止」とはどういうことなのかを勉強するうちに、解ってきたような気がするのです。頂点である犯罪が増えたという事は、その予備軍が増えたということで、そして、見えないピラミッドの裾野が確実に大きく、重く広がっているということですから。
2009.05.27
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最近、職場で若い子と話する機会が多くなってます。いいですねぇ、肌なんてピチピチのピカピカです。「ばきさんの旦那さんってどんな人ですか?」いやー、聞かれる聞かれる。見たことがある人が言いました。「トニーレオンに似てる」「見たい!見たい!写真ありますかっ」「遊びに行ってもいいですかっ」「会いたい!コンパやってくださいよっ!」おいおい、うちの旦那さんだぞ・・・ってか、似てねーし。ただ、濃い顔ってだけなんすけど、期待させちまってすまないね~ちっさくした写真大公開。雰囲気だけしかわからんだろうけど、間違いなく濃いです。
2009.05.26
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この花、なんて名前なんでしょうかね?4年前にここを造ったとき、サービスで植えてくださったので、なんなのかわからないですけど。庭、というか、庭みたいな土スペースに、しっかり根付いて。ほったらかしなのにもりもりと成長し、毎年沢山の花を咲かせてくれます。子供も、こんな風に成長してくれると、ありがたいんですけどねー。
2009.05.26
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仲良しになった事業部の原っちと、システムエンジニア様のうっちー(妊娠中)の3人で、うっちーが産休に入る前の、前祝をすることになった。おしゃれなカフェでのんびりダイニング、できればソファーに座りたい、うっちーと、とにかく腹に溜まるもん食べないと落ち着かない食べ盛り、原っちと、食うこと忘れてでも飲む私、の3人の希望を叶えるべく探したところ・・。あったあった!オサレなカフェでソファー席、女の子専用コースだけどたっぷり食べれそう、そんでもって120分の飲み放題付き。(←私に対する挑戦か!)で、ひとり3300円のリーズナブル♪しかもうちから歩いて行けるじゃん!やったあ!決まり決まり!と原っちが電話すると、「コースは4人からになります」が~~~ん。T-Tもう、すっかり行く気に(飲む気に?)なっていた私たちは諦めが付かず、かといって誰かを誘おうにも、それぞれの所属がばらばらで、あとひとりの選定が難しい!で、私の提案は、看護師夢ちゃん!夢ちゃんは以前から、顔を会わせる度に誘ってくれと言ってくれていました。原っちも、うっちーも知っていて、異存なし。結局なんの集まり??って感じだけど、いいんじゃな~~い。って私は夢ちゃんを誘うことになった。夢ちゃんに日程をメールすると、「なんでだよ~~TT]と行けないことを残念そうに返信がくる。その後、予定していた日が店の定休日になっていたため日程変更になり、変更になった日でどうだと打診すると「まじでか~~」とまたもや行けないため残念そう・・。なんだかんだと夢ちゃんとの日程が合わず、ああ残念、今回は夢ちゃん誘えないか・・・と私が肩を落とすと、原っちがいいました。「ばきさんばきさん、片思いですって、完全にソレ、断る口実ですよ。 思わせぶりにころころ転がされてますってば。」ええええええーーーー!うそーーーーーーー!TT・・・・せ・切ない・・・。いつも、飲みに行こうよっ!また誘ってね!って惚れてまうやろってな満面の笑顔で・・・・TT私って、思わせぶりな女の子にはめられて、ころっと恋に堕ち、誘っても誘ってもつれない彼女に涙する。いつの間にかそんな役目に・・・。うそだぁ。
2009.05.22
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保育園の役員が終わり、ほっと一息ついていたら、お隣さんが保育園の園長相手に切れている場面に出くわしてしまいました。お隣さんと私は仲良しですし、切れていた内容も、切れても仕方ないと思える内容。園長は私に同意を求めます。この状況は困りましたね。私と園長とは穏便にやってこれたので、園長は私が仲裁してくれると思っているようです。そもそも私は、園の昔ながらのやり方に関しては、今の時代にそぐわないなとか、それでは保護者の協力や納得は得られないだろう、と思いながらも、反発しないでやってきました。「郷に入りずんば郷に従え。」納得いかなかろうが、非合理的だろうが、理屈が通らなかろうが、それが社会というものだという感覚が、私の中では明らかに他の保護者よりも強いような気がします。社会ってものは、改善するところを上げればきりが無い、そういうものでできあがっています。「おかしいだろう」とおかしいと思うことを上げ連ねるのは簡単ですが、時代に合わせて変えていく方は大変で、常に文句を言われながら改革をしているのが社会。子供の前で、「あれはおかしい、これは変だ」と言うことに、私が激しく躊躇を感じるのは、これから子供が属していく集団は、おかしい、変だ、そんことだらけであり、それにいちいち反発する親である事は、集団社会に反発心を抱き馴染めない子供にしてしまうようで、それは子供にとってマイナスであると感じるから。変えなければならないところは、一旦馴染んで流されて、その上で、きちんと話をすることで見えてくるもの。納得いかないからと染まることをしなければ、なにがいらなくてなにが必要なのか、少なくとも私には見えませんし、聞くほうも耳は貸せないものでしょう。だからこそ、今まで、一切の反論は差し控えて、お願いしますと頭を下げて子供を預けてきました。私や子供が少し我慢をすることで、それで済むことであれば、私も我慢するし、子供にも我慢させる。理屈をこねることよりも我慢を憶えさせたい。そうでなければ集団など築けないことを、保育園や学校では勉強して欲しい。と、思ってきました。^^;;;園長には、お隣さんが切れた事は、そちらでお話してもらこととして、この機会に、私が今まで、娘をこの保育園に預けてきて、言わずにおいた実例をいくつか挙げさせたもらった。実例のうちのひとつをご紹介します。あれは去年のクリスマス会のことだった。ひとり500円のプレゼントを持ってきて、皆でシャッフルして交換するというものだ。貰ったプレゼントは家に持ち帰ってから開ける様にとのことで、娘はわくわくして、私もわくわくして、貰ってきたプレゼントを、それっと二人で開けました。入っていたのは、小学生が使うようなジャポニカ学習帳が一冊。私と娘は、人にあげるプレゼントを一緒に選ぶために、500円でまとまる様にいくつか店を回り、好き嫌いがあるだろうからと、遊べるものと、使えるものと、お菓子を少しづつ。どれか一つでも喜んでもらえるように、開けながらワクワクしてもらえるように、それはもう、考えて考えて、女の子でも男の子でも、お母さんにも喜んでもらえるかしらと考えながら用意した。そういうのを見ていた娘は、自分もそういうプレゼントがもらえるであろうと思ったはず。あれっ?と、意気消沈する娘を前に、私が落胆をしているわけにもいかず、「わ~~!よかったね~~!!!」と色鉛筆を取り出して、本来は字を練習するために使うであろう枠を無視して、絵を書いて誤魔化した。疲れましたよ本当に。いろいろな意味で。園長は、そんなことがあったのですかと大袈裟に怒ってみえたけど・・・怒るんじゃなくて、そういうことがあるということで、別のプレゼントの方法を考えましょうという発想にしていただけないでしょうかね?とにかく、保護者の良心に頼ったイベントが多すぎやしませんか。伝統だからと保護者の声に耳を貸さない、そんな場面が多すぎやしませんか。500円と言われても100円もしないものを入れてシャッフルしてしまう親がいるということ、私が怒れるのは、それは子供が貰うものだということ。そういう形で反発する親がいるということを、園側は気が付いていながら、毎年の昔からの行事なのだからと押し切っているのは、どうなのだろうと、初めて口を挟ませてもらった。気が付いてない?まじですか?話ががらりと変わるけれど、思いついたから。けが人が出るのが当り前であろう、大阪のだんじり祭りや、死人が出なきゃよかったね、って感じの、7年に一度の長野の御柱際が守られるなかで、「危険だから」てな理由で大人しくなるお祭りの話を聞くと、寂しい思いをするもので。やはり伝統というものは、時代に合わなくたって、非合理的だって、変わらないからこそいいもののような気がします。「伝統」という言葉を乱用されることには、とてもひっかかりを感じます。
2009.05.20
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あれは、半年くらい前の話。娘を保育園に迎えに行くと、娘は私にくっつくとすぐに、真剣な顔をして言いました。「あたしね、あたしね、かっぱに乗ったよね、かっぱ!!」娘はまっすぐに私の目を見ています。娘 「ね!ね!かっぱ!」ば 「かっぱ~?」娘 「そう、かっぱ(キッパリ)」はて?かっぱ・・・、河童に乗った??真剣に河童に乗ったと言い張る娘に、どーしたものかと困りながら・・・。ば 「そうぅぅ。かっぱさんに乗ったの~すっごいね~~(苦)」娘 「そうだよ!乗ったんだよ!かっぱに乗ったんだもん!!(超真剣)」どうやら娘は、保育園で河童に乗ったのだと言い、他の園児に理解されず、保母さんには、笑われたり困られたりしてしまい。私なら知っているはずだと、今度は私に向かって必死に「かっぱに乗った!」と言い張り、私の返事も曖昧なものだから、腑に落ちない顔をしながらも、とりあえずは「すごい~~」と褒めている私には納得した模様でありました。ところで、河童。保育園で頂いてきた絵本や、最近貰ったり買ったりした絵本には、河童などでてきていないし、だいたい、こっちから見せなきゃ、本になど見向きもしない娘でございます。なら、テレビにでも出てきたのだろうか、それしかないな。きっと、朝適当に見せている教育テレビ辺りに河童、いかにも出てきそうだわ。河童に乗る錯覚か、夢でも見たのだろう。そんなとこだ。そんな感じで私の中では解決。なにもあんなに頑張って言い張らなくてもいいのに・・・。でも、娘。良く言えば、子供の割りに聞き分けがよく、空気が読めるタイプだと言われる。(悪く言えば、お調子者で流され易く、巻かれ易いのだが)それが、いいか悪いかは置いておいて、周りが、え?・・と反応しているのに、頑張って「乗ったもん、乗った」て言い張るなんて、ちょっとめずらしい。きっと、周りの「は?」「へ?」な反応に納得いかないのだろう。そんなことがあったのを、すっかり忘れて、最近。デジカメに溜まっていた写真を、パソコンに整理しました。ある一枚の写真に目が止まり、この河童の話が一気に解決したのです。「まーちゃん、河童に乗ったって、このこと?」まひろ、目を輝かせて喜んでます。嬉しかったんだよね~、喜んでたもんね~。「そうそう、ほら!!はっぱに乗ったよね!!はっぱ!」・・・・あなた、以前は完全に言い間違えてましたから。まぁ、気が付いてあげられなかった私も、いけなかったわね。去年の9月、浜名湖の花博跡地の植物園にて、体重制限ぎりぎりオッケーで乗った、葉っぱです。
2009.05.14
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先日、泊まりに来てくれたいちごさんちから、すごいのが届いてしまいました。このあわびちゃんたち、生きているから、上向けて置くと、激しくツイスト踊っちゃってます!若いおねーちゃんの腰みたいに、シャープなひねりっぷりでございます。「すっごいよぉ、こんなんうまく剥がせないよぉっ」てハムちんに写メ送ったら、すっとんで帰ってきて剥がしてくれました。アワビといえば、妊婦っていう発想のある私は、私の友達妊婦にふたーつプレゼント。で、後の二つはお刺身。残りの三つはニンニクバター焼き。新鮮で、コリコリなのに硬くない、おいしいお刺身と、表面をさっと焼いた、レアのステーキは、超柔らかで味がしっかりしていました。いやぁ、ほんとに申し訳ない、でも、めっちゃうまかったっす、大感激。ありがとうございました。
2009.05.13
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自慢みたいだけど、私は、行動の優先順位の判断が早いほうだと思います。気が付いたのは、学生時代にやった居酒屋でのホールのアルバイト。気が利かないのは絶対ダメだけれど、利きすぎるのもおせっかいの世界である。大切な事は、今、求められていることは何なのか。やるべき事は何なのか。とっさに判断して行動に移すことが重要。そういう仕事はとても多い。いまだに、スーパーなんかで、商品配列に必死になっててレジに助っ人に入るのが遅れる人を、レジからの呼び出しが入る前に発見して、「あぁ、呼ばれる前に動けばいいのに、今だ、このタイミングで行け!ほ~~ら呼ばれちゃった」なんて思ってしまったりして(大きなお世話ですが・・・)工程がどうあれ、結果のクオリティーが求められる仕事っていうのも、もちろんあるでしょうが、私の仕事は、優先順位の誤りは、迷惑がかかるし、そのまま効率の悪さに繋がってしまうから、10年以上も、自分の長所として自信を持ち、そして心がけてきたことは、すごく役に立っている。あぁ、どう読んでも自慢ですね。でも。あれは、私が短大生の頃だった。定期試験の前日に友人から電話がかかってきた。明日から尾崎豊のお葬式に行ってくる。と。えぇぇ、明日から試験だよ!!私は迷わず止めたのだけど、彼女は試験をぶっちして行ってしまった。彼女の定期試験の結果は、最下位の順位が付いてしまったし、当時の私には理解できない価値観だ。だけど、彼女は私と同様に、卒業して、就職した。あのときの、ただ一回の定期試験など、彼女のその後の人生にたいした影響などないのだと、当時の私には気が付けなかった。彼女にとり、大好きな歌手の死を知りながら学校に行き試験を受けることよりも、とにかく行ってしまうことの方が、そのときも、その後の将来にも、重要であり、意味のあることだとわかっていたのだろう。尾崎豊の名前は知っているし、歌も聴いたことはある。ただそれだけの私には、試験を棒に振るなど解らない価値観だし、100人いたら、99人が、止めるであろう価値観だけれど、行った彼女は、確かに正しかった。人生において、家庭や仕事や、なにかの人間関係に属していれば、自分の価値観など、犠牲にすることの連続だろうし、属して従う価値観の方が勝るのだろう。私も、物事の優先順位は、いつも社会が優先しており、私が何をしたいかなどはあまり感じない。けれど、100人いたら、99人がわからないと思う価値観は、どこかに持ち合わせれているはず。誰にも理解もされず、それでも耳も貸さずに自分のやりたいようにするときはきっとある。その後の自分の生き方や、時間が、正しかったと証明してくれるはずだけど、証明などされなくてもいい。だから、そんなときに、自分の思うように行動する瞬発力や行動力は、いつも身に付けていたい。その思いが、つまらないかもしれない日々の妥当な優先順位に、全力で突き動かしている。いま重要な事は何なのか、常に判断が迫られ撰ぶ繰り返しの中で、妥当であることが正しいことだと、思い込まないようにしたい。そのためには、妥当な価値観にも寛容であり、人が選ぶ、ここぞでの、人とは違う価値観にも寛容であること、それが、そういう価値観を持つものの、意思表示ではないだろうか。
2009.05.10
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ゴールデンウィークの初日は、3時半に起きて、4時に家を出る。という計画にて始まりました。今年で3年連続のパルケエスパーニャでございます。もう恒例行事みたいだわ。ハムちんが起きれなくて、少々出るのは遅くなったものの、たいした渋滞にも巻き込まれず。毎年ご一緒の姉家族とご飯食べて、夜のパレードと花火を堪能して、宿にて一泊です。3回目ともなると、慣れたもので、楽しみ方も楽の仕方もわかってきます。子供たちもまだまだ満足して楽しんでいるから、こりゃ来年もかしら。^^帰りも、渋滞に巻き込まれないように、姉家族と別れ、午前中のうちに帰路につきます。現地にて、いちごちゃんと、その子供のゆーと君を車に乗せました。いちごちゃんとは、このブログの「その1」の時に知り合いました。まだ19歳の高校生です。子供を生むために退学したり、転校して入学したりして、今は3年生で受験生。今まで、いろいろあっただろうし、辛い思いもしているし、とんでもなく苦労もしている。でも、明るい笑顔と精一杯の気遣いと、そして優しくて落ち着いたお母さんの顔を見せてくれました。名古屋に帰って来て、ご飯を食べて、ドライブして名古屋観光をして、夜は3時まで(朝までだな)とりとめもなく、いつまでも話は尽きなくて。翌日は、もともと予定に入っていた友人たちとのバーベキューに連れて行ってしまいました。参加人数が膨れて、総勢30名にもなったバーベキューに、馴染んでくれるかどうか心配だったけれど、周りに気を使いつつ、堂々と話ができて、実は19歳だと知ると、皆さん驚いているほどでした。その後、慌しく買い物をして、名古屋駅に送り届けるまで、疲れた顔を一切見せず、ゆーと君も、健康でかわいい愛嬌いっぱいの笑顔のまま、お別れでした。じゃあこれでと、さよならするのが、未練がいっぱいですごく切なかったです。まるまる2日間、沢山の話をして、私は驚くことが多かったように思います。いちごちゃんは、私が19歳の頃とは比べ物にならないような、大人で、私が想像も付かないようなことを、いろいろと感じて、考えていた。いちごちゃんが子供を生んだ時の年齢を考えたら、私といちごちゃんは、親子ほど年が離れているけれど、ジェネレーションギャップなど感じないで議論した。いちごちゃんは、生むことができなかったかもしれない命を生み、育てている。まだまだ若いから、取り返せるものや、やり直せるものは沢山あるだろう、でも、犠牲にしたものも沢山あるのかもしれない。彼女は、子供を生む選択をしたことについて後悔を、欠片も感じさせない、けれど、いや、だからこその話題だろう、優性保護についてどう思うかを、夜中に眠たい頭を働かせて、二人で必死に議論した。私はこう思う。という私の意見に、「ばきさんは、どーしてそんなにガチなんですか!」と、なにかと言われてしまったことが、ちょっと苦笑だったし、私たちの意見ががっちりと合うことは、難しいと感じたけれど。その方が断然おもしろい。私はいちごちゃんが、これから、自力で自分の人生を切り開いて行けるであろうと感じたし、いつか、波乱万丈の人生を、愛せるような幸せを掴むことができると、確信した。とにかく、信じているからね。
2009.05.07
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去年もやりましたが、今年も。はなちゃんの毛を、自宅でバリカン3ミリカットです。トリミングなんて、おしゃれなことには無縁のはなです。抜け毛の掃除に耐えて耐えて、もう暑くなるだろうってころを見計らってカッティング~~。しっぽの先と頭の周りだけ残して、そこだけロングにしておくと、まるで極小のライオンみたいで、おもしろいからそのままにして、笑いを頂いていたのですが・・・。29日から8連休して釣り三昧しているハム殿が、散歩に行くのが恥ずいと言うので、昨日も今日もカレンダー通りに働いているこの私が、お顔の周りもカットしましたわ。座らせて、待てっ!をしてカメラ構えると、なにされるんだかと、ぶるぶる震って、待てしてます。かわえぇ~。さてさて、私はそわそわしながら、あと半日働いて、明日の早朝から、三重県に一泊旅行です。
2009.05.01
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