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今日、職場で新しい健康保険証が配布されました。表面は変わらずに、裏面は、臓器提供意思表示カードになっています。今まで、意思表示カードは持っていたけど、実際は、病院で必ず必要になる保険証と一緒でなければ、意味がないのでは、と思っておりました。本当に意志があるのなら、保険証と一緒にするべきだと思い、一応一緒に持ってはいたのだけれど、今回、一緒になって手元に来て。思っていたことが形になった、驚きと感慨があるのです。脳死の定義がどういうものであるのか、延命処置とはなにをするのか、知らない人がほとんどであろうと思うし、更には脳死の人を目の当たりにしてわかることもある。だから、実際にどうするのかを迫られた家族は、一通りの説明を受けて考えることになります。知らないままに想像で決めることは、できない。もしくわ、現実的ではない。わけだけれど。臓器提供カードを目の前にして、決めることのできない人は、知識を求めて悩むだろうし、知識を求めないでいる人も、実際に直面したときに説明を受けて、結局は、ある程度の知識を持って改めて判断が迫られるのでしょう。心臓が動いているものを、どうして死だと。誰にそんなことを決める権利があるのだと。それは問われ続け、答えの出せない当事者や家族を悩ませ続けることは間違いはないだろうと感じています。常識は動いているけれど、根本にあるものは、変わらないのだから。けれど、こうなったことで、何百人待ち何千人待ちをしながら、死んでいく人が、今までよりもずっと減ることだけは、間違いのないことです。医療の進歩により治療が受けられる状態が目の前にあり、そのおかげで生き延びられることを、否定する権利もまた、誰にもないのだから。実家の母は、完璧なまでに家事をこなす人です。玄関には観葉植物しか見当たらず、あとはぴかぴかに磨き上げられております。靴は一足しか出しておくことを許されない家でした。適当な私は、清潔なわりに少々息苦しい家のように感じていました。それでも、私も、せめて玄関には何も置かないでおこうと、部屋が散らかっていても、そこだけは母を見習おうと思っていました、けれど。子供や旦那さんの靴をいちいち片付けることをしなくなり、私も仕事用、買い物用、ちょい履きクロックスと、常に数足づつはでてしまい、何人家族なの?って状態です。買ったばかりの子供の自転車やヘルメットは、キレイすぎるからと玄関内に置くようになり、虫かごやタモなんかも、靴箱に入りもしないのに、置く場所が玄関しか思い浮かばなかった。毎日使う虫よけスプレーや、玄関に置いてあると便利な殺虫剤は片付けると余計に面倒だったから、だしっぱ。保育園の赤いランドセルや、黄色い帽子や、緑のスモッグや、水着用のピンクのビニール袋など、もう、玄関に物を置きたくないという思いとは裏腹に、ごちゃごちゃと物にあふれる始末。諦めて、ハンガースタンドを買ってきたのは少し前。無印に、思っていたとおりの良品を見つけました。カラフルに飾り立てられてしまった玄関の隅を見て、ふと、将来を想像して固まりました。小さな保育園のランドセルは、そのうち大きなランドセルになり、学生鞄になり、ピンクの水泳バックは、ボールになったり、ラケットになったりするのかもしれない。麦わら帽子は、オシャレな帽子になって、日傘になるのだろうか。普段使いのコートなんかも掛けられて、きっとこのスタンドは、子供のものに占領されたままでも、年々掛けられるものは変化していくのだ。次々に掛けられるものが変わっていく将来を感じながら、ふと思った。私は、もうあんまり思い残す事はないのかもしれないと。こんな風に、幸せに変化していく将来を感じていられるのなら、その時が一番いいのかもしれない。ちょっと想像するのは悲し過ぎるけれど、私がこの先とんでもない不幸を味わう可能性が、ないわけでわない。いや、もし実際、自分が余命いくばしかとかなったら、そんなことは言えないのだろうけれども。それでも、ふと、思ったんだな。「もう、あんまり思い残す事はないのかもしれない」私の、死に対する思想は、きっと独特なのだろう、だから、こういうことはあまり口に出さないようにしているのだけど、ふと、口にでた。横で聞いていたハムちんは、即言ったことは、「もっと高い保険に入ってからにしてね」「・・・・・・・・・」嫌だ、あんたより先に死んでなるものか!私はまだまだやることがあるのだ!現実に戻してもらえる一言でした。心身共に丈夫な自分に、心から感謝します。ありがとうございました。
2009.08.26
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今日はナゴヤドームに行っていましたが、この数日間ですが、毎日。子供を布団に寝かせてから、ネット検索してパソコンとにらめっこでした。週末までやりますわ。本当は街頭演説か講演でも聴きにいけるといいんだけど、まぁ、数日の必死な情報収集ですね。私、意外がられるのですが、完璧な無党派です。しかも、与党より、とか、野党より、とかいう感覚も持たないようにしています。なぜ意外がられるのかといえば、政治の勧誘が大嫌いで、まったく受け付けないってことと、特定の政党批判は、政治勧誘と同様ととらえ、それもまったく聞かないし乗らないからでしょう。そういう考えにいたるまでに、いろんな経験や考えたことなんかもあるのですが、決定的な出来事があったといえばありました。若かりし頃、あーだこうだと、ある政党のしつこい勧誘に会いました。まだまだ、選挙権を持ったばかりの、無知で考えの足りない、及ばない頃の話です。困ったな、私染められるのかな、でも私がどこに投票するのかなんて、この人にはわからないんだし・・・と、いい顔して、はいはい聞いて、それで終わりにしておきました。で、選挙の終わった後の話。その方に会うと、開口一番言われました。「ありがとう!」どん引きでした。私は、あんなに嫌な気持になる「ありがとう」を聞いたことがなかったし、もう二度と聞きたくないと思いました。あちこちの世界で起っている殺し合いのほとんどは、政治がらみです。平和な国にいるとわかりませんが、政治は洗脳みたいなものです。私は、勧誘も、勧誘に繋がる批判も受け付けません。「そういうお話は聞けませんの、ごめんなさい」と初めにきっぱりお断りする理由は、私に信じる政党があるからとかいう理由では、まったくなくて。固執しないでニュートラルに、その時々で社会を見て、選んで行きたいから。あぁ、はっぴ着て、ハチマキ巻いて、白手ぶくろなんかして、選挙活動期間に選挙活動として、必死で訴える後援会や、ご本人のお話なら、聞くな。そこまでやってくださって、頑張ってるなら、誠意でもって、そのお話を聞きます。ただ、同意を求めるのは違うと思う。有効な情報か、そうでないかは、聞いた私が決めるから。もちろん、後で「ありがとう」なんて、どこに入れたか言わない人に、鳥肌ものの言葉は辞めて欲しい。だって私が決めるのだから。決めるのは有権者だ、という選挙活動をお願いしたい。ニュートラルな頭をキープして、ごく冷静に、私が決める。それが選挙だと思うな。
2009.08.26
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今日は午後から、研修会でした。厚労省主催の認定調査の説明会です。迷走してて、変更、訂正が続く介護保険制度です。また10月から、調査基準が変わりますし。凄いのは、東海三県どころか中部地方で、説明会が名古屋の会場の一箇所って。おいおいおい、私はいいけど、お泊りかコリャ、って遠い場所の人、いるんでないの?仕方がないのだけど、私みたいに子供抱えて働いている人の心配など、してしまいます。1000人を超えるお仲間が、コンサート会場のように集まっておりました。お疲れ様です。さて、中京大中京高校、優勝おめでとう!!!集まっていた皆さんが中部地方なだけに、試合はどうなっているのかと、そわそわしておりました。優勝したのだと知ったのは、帰りの地下鉄の中。じ~~んと胸が熱くなります。「がんばれ!」って、頑張っていない人が言われたら、嫌な気持になる言葉で。頑張れない人が言われたら、辛い言葉で。頑張ってもどうしようもないときに言われたら、そぐわない浮いた言葉で。頑張っていない人が言うと、どこか、白々しい言葉で。「頑張れ」が、禁句だとたしなめられる場所に働いているからこそ、実感することが多くて、頑張っている雰囲気さえも、嫌がられるからと押さえつけなければならないほどの・・・使い方が難しい言葉だけれど。夢に向かって、頑張っている人にだったら、心置きなく、「がんばれ!ファイト!」って言える。だから私は、心から「がんばれ!」と言える高校野球が大好きで。いつもこの時期には、わくわくと、トーナメントを見守った。学生時代の、あの自由だった夏休みが、最高に贅沢だったのだと、今頃になって気が付いて、それでも、もうしばらくは、手に入れられないからこその贅沢なのだと、現在にも満足しよう。球児たちの夏が終われば、もう夏休みも終わりの時期だね。私は相変わらず「がんばれ!」って、来年も、その次も、気持ちよく言い続けたい。そして私も、「がんばれ!」って、言われ続けたいのだな。
2009.08.24
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今週はまひろを2泊のキャンプに行かせてしまっていて、もうまひろんのお泊り2泊も2回目で、子供はへっちゃらなんだとわかってから、もうそんなに心配することもなく送り出しております。結婚する前って、会話の無い夫婦とか、一緒にご飯食べない夫婦とか、なんちゃらレス夫婦とか・・・私だったらありえないって思っていたのですが、いやー、ほんとほんと。いざ、夫婦二人っきりになってみると、ないないない。まず会話がないんだから、ねぇ。何年も前から転職すると言いながら、いまだに動けないハムちんですが、もうこうなったらこのままで、ゆっくり資格でもとってから考えよう。と思ったらしく。最近、一級管工事施工管理技術者、とかいう受験票が届いておりました。ハムちんは、CAD使いで、設計の仕事をしているのですが、プラントの設計や管理や配管工事等の監督なんかも仕事関係らしく。「へー」などと、今頃旦那さんがどんな仕事をしているのか知った私でございます。いざ聞いてみると、知らなかったこと多すぎ。無関心すぎだな・・・。ばき 「それって、それって、合格率どのくらいなの?」ハム 「2割くらいかな~」ばき 「ねーねー、この前買ってきた受験対策の本さ、ぜんぜん見てないんじゃない?」ハム 「・・・・」ばき 「まったく勉強してないよね」ハム 「・・・・」ばき 「ねーねー、賭けしようか?私、落ちるほうに一万円」ハム 「・・・・こっちも、落ちるほうに賭けるから賭けになんない」ばき 「・・・・・・・・(怒)」ちーん、会話終了。ましゃか、この不景気に、このままずっと、ゆるキャラで行くじゃあるまいなハム・・・そういやぁ、まだまだ新婚な雰囲気が残っていた頃に私が受けた資格試験は合格率3割切っていて。ばき 「ねーねー、賭けしようよ。私受かる方に一万円!」ハム 「こっちも、受かる方に賭ける!賭けにならないね~」ばき&ハム 「(ハートな雰囲気)」 だったよなぁ~。そうそう、昨日少しだけした会話があったわ。ばき 「ねーねー、車が最近もんのすっごく汚れているような気がするんだけど、そろそろ洗わない?」ばき家は、ハムちんが車を洗うっていう役割になっております。ハム 「たまには洗ってくれてもいいんじゃね?」ばき 「いいよ!洗うよ私、そのかわりトイレ掃除しといてね。たまにはいいんじゃね?」ばき家は、私がトイレ掃除をする役割になっております。ハム 「・・・・じゃあいい。車洗うから、トイレは掃除しない。(言い切り)」ばき 「・・・・・・・(怒)」ちーん、会話終了ー。そういやぁ、まだまだ新婚の頃は、私がキッチンにいると、一緒に立ってうろうろして、なんか手伝うことなーい?って・・・掃除していると、なんかうろうろして、なんか手伝うことなーい?って・・・そういえば、私だって、ハムちんが車掃除してると、今度は私がうろうろ(以下略)私がやるよ、いいよいいよ、やるからやるから。いいからいいから。やるってば、いやいや私が、いやいや僕が・・・だったよなぁ。いつの間にこんなことになってしまったのだろうかねぇ~。はぁ~。
2009.08.22
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えっと、まず、JBさま。とっても真剣なお仕事のためのブログに、空気読めてなさげなコメントすみませんでした。私も真剣にコメントしたのですが、お優しいお返事読んで、日記とコメント読み返して、水差すようなことしてしまった気がして、申し訳なく思っております。もう一度書き込みに行くのも気が引けているので、ここで謝ります。ごめんなさい。日記の本題です。今日は研修で、言葉の使い方について、とてもいい勉強になったので紹介します。人と話をするお仕事をしている私にとって、言葉の使い方はとても重要なわけですが、きちんと相手の身になった言葉使いができているかどうか、今一度確認する機会となりました。相手に納得してもらうためには、丁寧な言葉を使えばいいというわけではないそうです。丁寧な言葉を使っても、自分本位の言葉になっていては、納得してもらうというよりも、ねじ伏せてしまうという形になってしまいます。相手には、納得させられた、という感じが残るのだそうで・・・。相手が、本当に心から、自分で選んだ。望んだ。という気持になってもらえるようにするためには、ほんのちょっとの使い方の工夫です。例えば、ブックオフが成功している理由の一つに、お客様の立場になった言葉使いがあります。「お客様の本をお売りください」コレです。「お客様の本をお買い上げいたします」ではないところが、違います。早く言えば、上から目線ではないところですよね。「お買い上げいたします」が上から目線ではなくても、こちら側の立場からの言葉で。「お売りください」の方がお客様目線なわけなのです。ほんの少しのことを心得ているかどうか、で相手に与える印象が全然違うわけです。研修で、いつも使っている言葉使いを、ほんの少しづつ修正することができました。言葉って奥が深いですね~。あと、余談だったのですが。コレも良かったです。無知による「勘違い」と「間違い」の違いです。ちょっとのニュアンスの違いですが「勘違い」と「間違い」は、大いに違います。無知と勘違いは、もちろん絶対誰にでもあることで、若くて経験が少なければ、当然、無知と勘違いの塊であります。「無知」と「勘違い」って、いとおしいくてかわいらしい言葉ですね。「間違い」とは、自分の趣向や都合で、事実を捻じ曲げてとらえ、それが、無知や勘違い、だと気がつけないことを言います。間違いは、さらに自分の都合のいいように存在し、成長し、間違いに気が付かないまま人に向けて発信されたり、批判したり、傷つけたりする存在になるので、怖いです。知識が増え、都合が増え、プライドが成長するほど、勘違いが間違いに切り替わってしまうのです。誰でも年をとるわけですから、経験も知識も都合も、誰でも増えるわけで、そうなればなるほど、気をつけていないと間違いは増えていくわけです。常に、新しい情報を求めて知識を入れ替えていかないと、いけないってわけですね。・・・・・・こわ~~。余談だったのですが、私は研修本体よりも、この話が一番勉強になりました。間違いを自分の中に溜め込まないように、いつでも、単なる勘違いだったと吐き出せるように、いつも新鮮な目と耳と気持で、外に接して行こうっと。フレッシュ♪フレッシュ♪フレッ~ッシュ♪ちなみに、まひろんの怒られたときの口癖は、「あ~~~、まちがえちゃった(でへへ)」です。常に吐き出してますね。見習います。
2009.08.18
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お盆は、親戚めぐりと墓参りと、実家で飲みの、旦那実家で飲みの、実家の同窓生で飲みの、帰省ついでに寄ってくれた友人ネタにさらに人呼んでうちで飲みの、さらには友人宅で飲みのして終わりました。ずっと酔っ払ってたね私。隙を見てすこーしだけ子供遊ばせた感じです。母親失格?5連休くらいでいいわ。こんなんがずっと続いたらアル中まっしぐらだわ。っていう、だめ人間のお盆でした。お休み前にお会いした、もうすぐ100歳で、かなり床についている方に。「もうすぐお盆ですね、お盆っていうと、なんですかね~?」って明るく質問したら。「お盆ったら終戦だがね。何を当り前のことを聞いとるか!今年は63年目って、しっとるか?」と聞かれ。ごめんなさい、しっかりお参りしますと謝ってお休みに入りました。飲んでてごめんなさい。さて、酒も抜けてきたので真面目に書きます。8年ほど前、沖縄の渡嘉敷島に2ヶ月ほど滞在して仕事をしていたことがあったのですが、そのとき、地元の方に連れて行ってもらった場所があります。車でほんの10分もかからない丘の上で、360度の綺麗な海と、座間味諸島が見渡せる大変美しい場所でした。小高い丘の上と、また別の場所、入り組んでひっそりとした看板さえも出ていない場所と、数箇所に分かれて、かなり大きな石碑がありました。そこは、太平洋戦争で集団自決があった場所で、石碑には亡くなった何百人という島の人と日本兵の名前が刻まれていました。そこへ上がる手段は、島の人の善意の車、という手段しかなかったのですが、仕事が休みで、なにもすることが無い日は、30分くらいかけて汗を流して、一人で何度も歩いていきました。敵陣が責めてきたら、敵の手にかかる前に自害しろ。というお達しがどこからかあったといわれるが、そんなお達しない、噂だったのではないか。ということになってしまっている。真相はわからないままになっている。と島の方に聞き。私はこのたくさんの名前を、どういう気持で見ればいいのかわからず、ただ何度も歩いてその場所に行き、手を合わせました。毎日居ると、海にも飽きてきて、最後の方は日課のように歩きました。本島南部にあるひめゆりの塔の資料館も、鹿児島県の知覧にある特攻隊の資料館も、広島も長崎も、近くへ行く機会があれば、行くようにしています。どういう気持を持てばいいのか、いつもわからなくて、この言葉は自分でもしっくりこないのですが、亡くなった方々は、ただただ、立派に無念の人生を終えられたのだと思い。敬意を払いたいと思います。私たちは今幸せであるけれども、たくさんの不幸があったとこを忘れずに、幸せを感謝して、噛み締めて、恥ずかしくない人生を送りたいと思います。戦争の悲惨さは、戦死をした人だけに留まらなかったことも、忘れてはいけないと思います。「ほたるの墓」では、戦争で孤児になった兄弟が描かれています。私は、アニメよりも先に本を読んだので、アニメの綺麗さに驚きました。アニメも充分悲惨で悲しいけれど、むごたらしさや汚さや、人間の恐ろしさや臭気までも感じたのは本でした。主人公は、駅で力尽き、人が行き交う場所で誰にも助けれられず最期を迎えます。親を失い、最愛の妹を失い、生きるためのあらゆる栄養もなく座り込んだ場所で、下痢が止まらず自分尻の下に広がる糞尿をかき集めながら、クサイ、汚い、と顔をしかめられながら感情と命を失いました。なんて悲しい話なのでしょうか。自分の足元で子供が力尽きて死んでいくのに、何もできないで過ぎていく時代なんて。誰もが誰かに育てられた子供時代を送って大きくなったはずなのに。それが日本だったなんて、信じられなかった。自立して生きていくことのできない子供が、放置されていたという現実がほんの40年前にあっただなんて(読んだのが中学生のときだったので)どっかの発展途上国の話ではないのかと・・・。それからしばらくして、知ったことがあります。神奈川県に住む、沢田美喜さんという女性の話です。戦後に、エリザベスサンダーハウスという、養護施設を私費にて立ち上げた方の話です。旧財閥のお嬢さんで、戦争などは生活に支障なく、裕福な生活を送られていた方でしょう。場所柄的に、軍人との混血児の胎児の放棄や、捨て子が多かったといいます。時代背景に、お金を持っている軍人に体を売らなければならなかった女性が多くいたことが推測されます。混血児を生み、育てるということが、当時の日本ではどんなに後ろめたいことだったでしょうか。ましてや、着るものや食べるものにも困っていた時代に、後ろめたさに耐えて子供を育てる事は、不可能な人がほとんどだったのでしょう。沢田さんは、自身でもおっしゃられていたようですが、国際人でしたが世間知らずだったとのこと。たまたま電車に乗っていたときに、上の荷台から新聞紙に包まれた混血児の遺体が膝の上に落ちてきたそうです。戦後の世情は、もう落ち着いていたと思っていたので、かなり驚き、そして、なにかしなければと奮起したのだそうです。エリザベスサンダーホームには、生まれてすぐに捨てられた混血児が、どんどん集まりました。冷たい世間の目を受けながらも、孤児を育て続けることに人生を注ぎました。彼女の旧財閥の娘という権力と財力をもってしての、そして世間知らずだからこその偉業かもしれません。敬謙なキリスト教という宗教の力だったかもしれません。でも、なんだっていいんだと思います。彼女によって救われた沢山の命と心があったことに、そういう人がいてくれたことに私は素直に感動しました。沢田さんの人生にも、たくさんの辛い経験があるそうです。息子さんを戦争で亡くしています。エリザベスサンダーホームを巣立った混血の孤児の子は、真面目に自分の人生を築いて行ける子もありますが、自立できずに自堕落に投げやりな人生を送ってしまったり、犯罪を犯してしまう子もいるのだそうです。開拓時のブラジルに渡り、現地にて妻もあり子供も持ったのに、現地に置いて日本に帰って来てしまったという話もあったとのこと、自分に降りかかった不幸と同じ不幸を作ってしまうなんて、なんて悲しい話でしょうか。私は、福祉の仕事をしていますが、人のためになにかができるだなどと、思った事はありません。恥ずかしくない仕事振りでいたいと思っているのは、自分のためです。沢田さんのような偉大なことができるとは到底思えませんが、でもいつか、私を生かしてくれるなにかのために、役に立てる人になりたいとは思います。人々の生きた歴史に敬意を払うことと、自分を今一度振り返ること、この時期には思い出します。
2009.08.16
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昨夜、寝てたのに、目が覚めて。ごろごろしていたけれど、やっぱり寝れなくて、本読んでも集中できず、ケーブルのスーパードラマTVを見たけど、おもしろくなく、適当にネットしてオークションとチケットセンターとの値段比較したりして、あまりにも時間がつぶせないから、午前3時とか4時とかいう時間に日記書いたりして・・・少しくらい寝ないと仕事に響くな~とソファーに転がっていたら、きましたよ。遠くから、なにやら大きなトラックが近づいてくるような地鳴り、じりじりと音がして、ぐらぐらぐらぐら~~~~「地震だ・・・・」これは地震だ、と気が付いてから、揺れが収まるまで、ソファーから一歩も動けず・・・。実は私、結構野性的なのです。こんな風に眠れなくて、妙に目が冴えている状況で真夜中や明け方の地震を感じることが多いです。私ってすごいじゃ~~ん、地震感知器だわー♪って毎回思うのだけど、眠れないのは地震のせいだったのだと、気が付くのがいっつも後なので、人様のお役には立てませんし、私の役に立つのかどうかも、妖しいアドレナリン感知器です。いっつも、いっつも、いっつも・・・・何かが起る前触れだと、どーして先に気がつけないのかと、眠れないなんてめずらしいのに、なんでなのかと、悔しいだけの野生の勘ですわ。
2009.08.11
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ごく、たまにあるんですよ、こういう、眠れない夜。こういうときは、寝ようと努力すると疲れますから、開き直って起きてます。私流。私、仕事でパソコン使っていない人たちともお仕事しますので、そういう人たちに比べたら、キーボード打つのは早いです。「すごいっ」なんて言われてしまうけど、そんなことないないない。これって慣れですから。しょっちゅうパソコンの前に座って仕事していますが、保険算定のソフトに添って打ち込みしているだけです。ファックスなんかも、パソコンで文章作って送っていますが、パソコンが電話と繋がっているから、やりかた覚えリャ簡単なんす。あとは、こっそりブログ書いて、履歴を削除しているだけで、お遊びです。書類はなんでもかんでもパソコンで残すので、パソコン使えるように見えているだけ。ワードなんてワープロだし、エクセルもパワーポイントも、いちいち詳しい人に聞きますし。私からしたら、携帯を使いこなしている若い子の方が、ずっとすげーですわ。白状しますと。・・・恥ずかしいんだけど。私、いまだにネットでお買い物ができません。一度もやったとこがありません。オークションを覗いたことはあるけれど、参加するなんてとんでもない。先日車の保険の見積もりをネットで出したら、見積もり出しただけで、いろんな会社から資料が届いて、それだけでもビビリモード突入。その後の手続きは全部ハムちんにタッチいたしました。多分私、根っからのアナログ人間なんですね。新しいことに弱いんです。古いんです。えぇ、頭固いんです。「お得だよ、チケットなんか、もう定価で買えないよ。」ネットでHP検索して、店の10パーセントオフのクーポンぐらいはプリントして利用する私としては、お得という言葉にはぐらりと来ます。アナログな私は、いつも、チケットセンター御用達です。新幹線や金券は多少安いくらいなものだけど、すんごい安いのは、イベントやミュージカルのチケットで、人気のものでなければ、定価などほとんど形をなくしていたりします。テーマパークの入場券と、航空券は、株主優待券が出回っており、さすがにディズニーランド、シーは定価と変わらないけれど、そのほかの入場券やパスポートは、半額以下のものがほとんどです。なかなか手に入れられないナゴヤドームでのチケットも、内野席のいいところは、ほどんどがシーズン券になっていて買えないから、いつも私はここで買います。先ほど書いたモンキーパークのチケットも、定価1500円くらいの入園チケットを、株主優待券の入園券600円でご購入して行きました。さて、「お得だよ」という友人の言葉にふらふらときて、ネットでチケットのオークションをふらふらと見てしまいました。片手には、私の御用達のチケットセンターの値段票片手でございます。ふふふっ、ふふふふふふっ。深夜のリビングに、私の勝利の笑い声が響きましたよ。しかも圧勝。夏休みに、東海地方に遊びに来ようと思われている方、おりましたら、私にご一報お願いします。アナログですが、今のところ、ネットより私が自転車でチケットセンターへ行く方がずっと安いです。子持ちなのに寄れてしまうぞ、ワオキツネザル。まったく警戒心がないから、カメラ目線さえもいただけない。
2009.08.10
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先週末、鵜沼(愛知県と岐阜県の県境くらいにある、岐阜県)に住むMりちゃん宅にて、子連れで宴会+お泊りでございました。長野に住むドクターD美も、渋滞の中やってきました。新築のおしゃれな造り。ひろ~いリビングにひろ~い庭。サンデッキ。うらやましいのは、玄関に、リビングに、廊下に洗面に脱衣所にキッチンに、あらゆるところに大容量の収納ですわ。極めつけ二階には、ウォークインクローゼットに、するすると階段が降りてくる屋根裏収納まで・・・土地だけでうちの二倍だったし・・・・収納は倍なんてもんじゃないな。そら広いわ、ゆったりだわ。あんまり羨ましがっていると、収納は量があっても、捨てられないものが溜まるだけで、機動率が落ちるだけだ。とのこと。まぁ、確かにね。でも、いーよなぁ。夕方から飲み始めて、真夜中に力尽きるまで、よぉしゃべりましたわ。日曜はハムちんに迎えに来てもらい、犬山(愛知県と岐阜県の県境くらいにある、愛知県)のモンキーパークに寄ってみました。いやぁ、知らなかったわぁ。犬山にある京大の霊長類研究所って、モンキーパークとは全然関係なかったって!紛らわしいなぁって、ハムちんと笑いながら到着いたしました。ちっこい子供を連れてくるには丁度いいんでない?なんて、ぶっちゃけあんまり期待していなかった、私とハムちん。(失礼だなっ)いやこれが!楽しかったんだよモンキーパーク。サルってほんと、見てて飽きないわ。大の字になって柵に張り付いている猿に「うおー、どっからでも打ってきやがれー」とか直線だけで動きまくっている猿に「ピンボールのボールじゃー」とか・・・おもしろい動物見ると、突っ込みいれるという楽しみ方してる私ら夫婦には、突っ込みどころ満載!リスザルの島とか、ワオキツネザルの檻とかに入れてしまうのだけど、ワオキツネザル・・・緊張感が無さすぎで、警戒心ゼロ状態で、人間の足元で腹見せて転がり、人間の触る手すりの上で乳をやり、人間の座るベンチで伸びて寝ておりました。気をつけないと踏んでしまう、とか思いながら、人間のが警戒してましたがねっ!聞いたところによると、ワオキツネザルは、外敵のいない環境で警戒心なしに進化してきたので、人間なんて、石や草のようにしか思っていない、とのこと、そのかわり、同種のよそ者と喧嘩すると、どっちかが死ぬまで喧嘩してしまうんだと。天敵がいない環境って、怖いわねぇ~。まるで人間みたい・・・ちょっと勉強するつもりで行くと、かなり楽しめるモンキーパーク、いかがですか~?そういえば、笑えるカラの檻がありました。
2009.08.10
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2時間半かけて、看護学校のオープンキャンパスに来た受験生いちごさんと、お茶をしました。十代の女の子と待ち合わするのは、とってもフレッシュな気分です。ついつい自分の年を忘れて、きゃぴきゃぴしてまいました。ちょっと年上のおねーさんは(相変わら図々しい)一緒にパフェなど食べて。うわー、パフェを食べたのは何年ぶりでしょう・・・って感動。最近、ちょっとおしゃれで、ランチやダイニングも兼ねているカフェが増えて、何時でもビールが飲めてつまみが頼めるってのがカフェだから、←間違った感覚。カフェに入ると、ブラックコーヒーでなければ、アルコールを見てしまうのだけど、ふたりで巨大なパフェをつついてお話しました。いろいろ大変だけど、いちごさんはとても前向きに頑張っています。十代で、結婚していなくて、子供がいて、親とうまくいっていない、という状況が、どんなに大変だろうかと、胸が痛いのですが。今はとにかくがんばれ!それしかないし。彼女自身がそれをよーく理解しています。子供が居ると、母親はなかなか自由がないものですねぇ。いちごさんも大変です。たとえ進学する意志があり勉強していても、叶わない可能性もあります。話は逸れますが、少子化を乗り切って出生率が上がっている先進国って、どんな国なのかをみていると、子持ち家庭の経済的負担を減らしているだけでなく、女性の仕事との両立の問題や将来的な教育費の問題もクリアーにしていますね。見事に出生率が増えているフランスは、家庭という戸籍の概念をなくしてしまったらしい・・・一家、という概念がなくなったのだから、夫の子供だろうが恋人の子供だろうが、私生児だろうが、子供は子供。文化や風土が違い、国の規模なんかも違うわけだから、単にそこだけを比べて、そうすれば日本も解決するだなどとは思っていないのだけど。いちごちゃんと、そしてその息子、という個人で考えると、ここが日本ではなくて、フランスだったなら、あなたはどんなに生き易かっただろうと・・・日本だったばっかりに、余計な重荷を一杯背負ってしまっているな、などと思ってしまいました。ちなみに私は、日本に生まれて育ったこと、そして家庭や教育や仕事やその時々の世相、不公平は盛り沢山ですが、その中には、努力を実らせてもらえる公平さもあることを、感じることが出来たから。すべての与えられた環境に、感謝しており、ありがたいと思えることに、幸せを感じます。いろんなハードルが立ち並ぶ前のスタートに、がっちりと立っているいちごさん。苦労はしたけれど、それでも頑張ってきてよかったねと、話ができる日を楽しみにしています。そのときはきっと、フランスだったら生き易かったろうになどという何の役にも立たない話ではなくて、明日を楽しみにして、うきうきして眠れるような・・・そうだなぁ、結婚するにはどんな相手がいいだろうとかいう話が、できるんだろうな~。
2009.08.06
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マイケルジャクソン、本当に亡くなってしまったのですね。って今頃かよ、って感じですが・・・。もともと遠い遠いところの人なので、なんともピンと来なくて。実はガセネタでした、っていうニュースを期待しながら、もう新しい彼の曲は聴けないのだと思いながら、BATやスリラーを見たりしてました。英語の曲は、聞いても同時で和訳なんてわからないから、いまいちよくわからないのだけど。マイケルジャクソンの曲は、単純だったり解りやすかったりして、英語がよくわからなくても、子供でも、みんなが聞ける曲なんだなぁと最確認したりして。でも、なんとなく、和訳を調べて、ソレを見ながら曲を聴く、なんて聞き方にはまってしまいました。和訳を見ながら聞いた、ヒール・ザ・ワールドに、しばらく身動きが出来なくなるほど感動したので、ちょっと紹介です。もし、人と争っていたならば、争いたくなくなるだろう。自然を痛めつけていたならば、その手を一旦止めるだろう。戦場でこの曲を聴いたなら、戦いたくなくなるだろう。世界にとって、自分にとって、なにが必要なのか、考えることができるだろう。マイケルの作詞作曲だそうで、妖しかろうか、肌の色がかわろうが、顔がかわろうが、こりゃ間違いなくカリスマ大スターだわ。ヒール・ザ・ワールド 和訳君の心の中にあるよ僕は知っているよ それが愛なんだそしてそれこそが 明日よりももっと素晴らしい 実際に試してみれば 泣く必要なんてないって わかるはずだよ君の愛がある その場所でね傷つくことも 悲しむこともない そこにたどり着く道があるんだよ君がもし生きて行こうとするならばほんの小さな場所を もっと素晴らしいものにするために 世界を癒そう 素晴らしい場所にしよう君にとって 僕にとって そして 人類全てにとって死んでいく人たちもいるんだ もし君が生きていこうとするのならもっと素晴らしいものにするんだ 君と僕のためにもし君が理由を知りたかったら 嘘をつかない愛がそこにあるじゃないか愛は強く 喜びを与えようとしているだけなんだもし僕らがわかろうとするならば この喜びの中に恐怖や脅えなんか ないままに生きてゆけるよ いつも思うんだよ愛は僕らを成長させてくれるんだ世界を素晴らしいものにしよう 素敵な世界を作るんだ 世界を癒そう 素晴らしい場所にしよう君にとって 僕にとって そして 人類全てにとって死んでゆく人もいるもっと素晴らしいものにするんだ 君と僕のために心に抱いている夢は 僕らを笑顔にさせてくれるよかつては信じていた世界が また優しく輝き出すよつらい思いをして 生きていくなんてさ地球を傷つけて 魂を苦しめてそんなのすぐわかることなのにこの世界はすばらしい 神の光に満ちあふれどこまでだって飛んで行ける魂は決してなくなりはしない僕は感じているんだ 君は僕の兄弟だ恐れないで 世界を創り上げるんだいっしょに幸せの涙を流そうよ剣を鍬に持ちかえて 僕らはたどり着くことができるもし生きていることに満ち足りているのならたとえほんの小さなものでも 素晴らしいものにするために 世界を癒そう 素晴らしい場所にしよう君にとって 僕にとって そして 人類全てにとって死んでいく人たちもいるんだ もし君が生きていこうとするのならもっと素晴らしいものにするんだ 君と僕のために 死んでいく人たちもいるんだ もし君が生きていこうとするのならもっと素晴らしいものにするんだ 君と僕のために君と僕のために
2009.08.04
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「根っからの名古屋人だでよぉ」の私はもちろん中日ドラゴンズのファンです。首位巨人とのゲーム差が微妙の2位につけていて、なにかしらウキウキしています。立浪選手が今シーズンで引退とのこと、聞いたときは、私の青春のひとこまが、確実に想い出になっていくような、あぁ、沢山の時間が流れたんだなぁっていう、嬉しいような切ないような気持になりました。あれは私が中学3年の夏休みだった。部活を引退して、受験勉強しなきゃなぁって図書館に通い出した頃。涼しい図書館に行きたいはずの、真昼間の時間帯に、NHKの甲子園に夢中になっていた。そのときのPL学園のキャプテンが、立浪選手だった。テレビカメラを見もしない、なのに、インタビューにはきちんと答える。余計はことは言わない、なのに、言葉足らずというわけではない。優勝候補の学校のキャプテンなのに、全然威張っていない、なのに、軽さもまったく無い。伝わってくるのは、ただただ、野球に対する真剣さだけだ。もちろん、他の選手も真剣さは同じだろう、けれど、テレビに映る立浪選手は、ソレまで見たスター選手のような派手さや、逆に嫌な顔や、カラ回りする幼さや、嬉しいときの満面の笑顔も、心の底からの悔しさも、ほとんど見せなかった。中学三年生の私は、当時の立浪選手に、恋をした。ぞっこんだった。そのポーカーフェイスに、いつまでもテレビに釘付けになっていたくて、勝ち続けて欲しかったけれど、ライバルが増えてしまうような気がして、優勝してしまうのも寂しいような気がした。立浪選手率いるPL学園は、見事優勝した。プロ野球に入ることを選択した立浪選手の、その理由は、女手一つで自分を育ててくれた母親を、早く楽にしたい。というもので、私はさらにはまった。中日ドラゴンズがドラフト一位指名をして、関西に住んでいた立浪選手は、なにも文句言わずに名古屋に来た。「中日ドラゴンズは、好きな球団だから、本望です」と彼は言った。裏でどういう話になっていたのだろうか、阪神ファンではない関西人っているの??いろいろ勘ぐってしまったけれど、立浪選手が名古屋に来るとなり、私は飛び上がって喜んだ。高校生活の3年間、何度名古屋球場(まだドームはない)に行っただろうか、そして高い野球雑誌を買っただろうか、そして、そのために、どんだけバイトしただろう。新聞配達までやって、野球ばかり詳しくて、光GENJIや少年隊の話はよくわからないし、ましてや彼氏の話など、まったく興味が無かった。3年生の時、名古屋市内への進学が決まり、私の腹の内は、不純な計画で満たされた。ぜったいドラゴンズ関係のバイトとかしよう、で、立浪選手に近づくぞ!行くからね、行くからね、づんづん近づくもんねー!中学3年のとき見事に惚れてしまい、ドラゴンズへの入団で運命の赤い糸を勝手に感じて3年間、私の計画は、妄想とともにふつふつを膨れ上がり、留まるところを知らなかった。だけど、高校の卒業を控えたある日、新聞を見た私の目に、凄いものが飛び込んできた。「立浪選手結婚。相手は3歳年上・・・」ポーカーフェイスで、地味で、マスコミに私服ではなかなか出てこない立浪選手、のはずなのに、思いっきりプライベートなツーショット写真で、・・・・・笑顔だ。21歳で、結婚しちゃうなんて、意外っちゃ意外だけど、らしいっちゃらしい。市内進出の前に、私の熱狂的ファン時代、いや、一方的な片思いは終わりを告げた。それでも、今でも野球を見に行くと、立浪選手を追ってしまう。18歳でドラゴンズに入団し、そのままずっと第一線で移籍の話などまったくなく、戦ってきた。アレだけの選手にしてあの地味さが、やっぱり格好いい、と思う。ドキドキしてしまう。職場の福利厚生で、スーパーダイアモンドシートのシーズン券のうちの、2枚を手に入れた。大盛り上がりであろう、8月下旬の巨人戦。すんごい倍率を勝ち抜いて当たったと電話を貰ったとき、やっぱり運命の赤い糸を、勝手に感じた。「想い出に浸りたいから、友達と行くんだもん」というのは、見納めかと思うと、泣いてしまうかもしれないピュアーな私を、旦那さんには見せたくない、憎らしい言い訳です。
2009.08.02
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