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最近、やけに芸能人の離婚が続いている。別れた原因やら、その過程やら、気持ちやら・・・普通の人なら、そっとしておいてほしい部分をみんなの前で言葉にしないといけない、芸能人って、ツライよなぁ~。つい数日前発表された「村上里佳子&渡部篤郎 離婚!」これには、私もちょっとショックを受けた。。。RIKACOはいくつになってもスタイル抜群、“凛”とした考え方のオンナの私から見ても、かっこいいオンナだ。家族へ深~い愛情を注ぐ、二人の息子の母。自分の店を持ち、事業展開をする事業家としてもう一つの顔。世間で “理想の夫婦”とされていたカップルが、驚きの離婚! となる例はよくあるけれど、今回の私の受けたショックというのは、「こんな妻であっても、夫は仕事をとるのだなぁ」ということ。今回もそうだが、俳優が離婚をするとき、「家庭人になれなかった」と言う人が多い。「家族は愛せたけれど、家庭は愛せなかった」などと言う人もいた。「妻として、母として、本当によくやってくれた」と認めながらも、自分は家庭人にはなれないと言う夫。本来は癒される場であるはずの家庭を“余計なもの”として、結局、手放す。そもそも“家庭人”とは何だ?という疑問はあるけれど、やっぱり「オトコとオンナは根本的に違う生き物」と思うしかないのだろうか。結婚とは何のためにするのか?―― 帰る“巣”を作るため。その“巣”がいらなくなったらどうするのか?―― それは・・・別れるしかない。結婚や離婚はそれぞれの問題。でも、作った“巣”を、「守る」か「手放す」か?オトコとオンナの違いが、原因なんだろうなぁ・・・。
2005/12/22
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ただいま、忘年会シーズン真っ盛り。我が社も例にもれず、金曜の夜は忘年会となった。飲み会などは決して参加を強要する会社ではないのだが、忘年会だけは、誰が言うでもなく、“出席・必須!”が暗黙の了解となっている。私は家庭の都合もあり、開始から1時間くらい遅れて、会場に到着。立食パーティー形式の「○○の間」に入る。そこは・・・すでに、すんごい盛り上がり!ちょっと圧倒されながらも、最初からいたかの顔で、なじみの同僚たちと合流する。まず、第一の感想。「知らない顔がたくさんいる・・・」そして、「こんなに個性派がたくさんいたのかぁ」という驚き。ブレイクダンスを踊っているのがいたり、激しいロックを歌っているのがいたり、普段は真面目なスーツの彼が、話題のHGスタイルで盛り上げてしまったり。いやいや、スゴイ、スゴイ。でも、 “会社”っていうのは、すごいよなぁ~だって、こんな共通点がないはずの、多種多様な人種をまとめて、一つの集合体にしちゃうんだもんなぁ。なんだか、ミョーに変なことに感心してしまった忘年会の夜。
2005/12/16
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娘の保育園で、年に1回の発表会があった。来年から小学生になる娘にとっては、保育園では最後の発表会となる。娘も私も楽しみにしているとはいえ・・・年末の週半ば、午後の早い時間からのスタート。なかなか、きびしい~状況。会場に到着したのは、園長先生のはじめのあいさつが終わったギリギリのところでセーフ。「お父さんは、早々に来てますよぉ~」そんな先生のセリフに苦笑いしながら、会場を見回すと・・・、前のほうの席には、顔なじみのパパが勢ぞろい。最後の発表会ということもあり、父親出席率が高いよう。つい2年ほど前は、母親みんなでビデオを撮りながら、「父親たちは、どこだ!」という状況とは大きな変化。子どもを通じて、お互い近い存在になるにつれて、こういう場で会えることが楽しみになっている様子。それは母親たちとまったく同じ心理のよう。子どもたちの演技は、確かな成長ぶりを感じて、みんなで感動!観客として盛り上げる、父親たちにも拍手!発表会を終えて、それぞれ職場に戻ったり、そのまま帰ったり、いろいろなパターンで解散となった。子どもたちにとっては、「パパも来てくれた!」というのは、本当に大きな喜び。いつでも子どもは“自分を見ていて!”と思っている。そんな自分を見ていてくれる人が、「こんなにいる!」と自分の目で見て感じることは、子ども自身の確かな自信につながっていくように思える。発表会後、よくよく夫に聞いてみると・・・、この日、この場所へ来ることは、それ相当の手回しが必要だったよう。当日は時間もなく、昼食は歩きながらカロリーメイトのみだったとか。最近は、積極的に子育てにかかわりたいと父親も増えてきたという。母親たちがどうにかして、作ってきたこうした時間を父親も“作る努力”をするべきだと思う。何を言わずともこうしたことの積み重ねは、子どもに必ず、伝わるのではないかな、そう感じた午後の時間だった。
2005/12/15
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知っているようで、知らないもの。いろいろとあるけれど、これもそのひとつ。自分のキャパシティ。そう、通称“キャパ” 。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・<その1>ある医者“とてもクセのある”と言われる、今どきめずらしい開業医。まじめ過ぎる、と思われる性格や、ちょっと神経質? と感じさせる言動など、いろいろと複合的な理由はあるのだけれど、一般ウケしない、その一番の理由は・・・30分待ち、40分待ちは当たり前。「予約制なのに時間通りいかない」ことだろう。そして、通っている誰もが口をそろえて言うセリフは、「ていねいなんだけどねぇ~」。確かに、カルテには症状からライフスタイルやそのときの言動まで、すべてをメモっていて、それに普通の医者の3倍くらい時間をかけている。一度、2歳の娘が「なぁに、書いてんのぉ???」と無邪気に聞くと、「先生は、すぐ忘れちゃうから、み~んな書いておかないとねぇ」と答えていたこともあった。ちょっとイライラさせられる几帳面さだが、それぞれの患者の過去の症状などは、本当によく覚えている。週に何度かは大学病院にも行って、診療をしているそうだけど、ここの自分の開業している病院では、何よりも“ていねい”ということにこだわる診療のよう。すべての患者のことを細かく覚えていられる医者がいれば一番いい。しかし、医者にもキャパがある。ならば、キャパの足りない部分をうめる方法は何か?この先生は、“細かく記録すること=時間がかかる”となるわけだ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・<その2>
2005/12/11
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「悩みがあるときどうする?」私は、基本的に人に話すほうではない。人に相談するのも、それぞれ悩みに応じた限られた人だけ。よ~く考えてみると、人に相談するときは、自分のなかで結論が出ちゃっていることが多いのかなぁ~、とも思う。悩みの対処の仕方は、人それぞれだし、私は性格的にもこういうパターンなんだなぁ~、と思っていた。しかし・・・ここ数日で、考えが変わった。。。「自分のモヤモヤを人に相談するのは、いいことだ!」“子ども”関連のことについては、とくにと言える。ここ数日・・・母としての私は、あまりにも子どもの痛ましい事件が続いて、結構、深いブルーな気分になっていた。子どもを純粋に心配する気持ちと、仕事をする母として、その心配をすべて解決できないジレンマ。ちょっとため息をつく回数が多くなっている。そんなとき、同じ年頃の子どもをもつ2人の母親友だちから電話があった。1人は外資系証券会社でバリバリ働く2女の母。ちょっと仕事のスタイルについて考えているよう。もう1人は小学校へ行く子もいる2女の母。学童なども含めて、すべて経験者としてアドバイスをしてくれる。あまり人に相談しないはずの私が・・・もう、次から次へと心配やら思っていることを、話す、話す、話す・・・。それによって、同じ悩みを共有できたり、不安が解消されたり、同じような気持ちになれたり。それに、このブログやSNSでもそうしたブルーな気分を書いたところ、いろんな方からレスももらって、それも心強く思えたり。なんだか(ちょっとおかしいけれど)自分とは無縁と思っていた電話相談室がある意味がわかったような気がする。自分で決めることは、もちろん大切だけど、とくに、自分とは別の人である“子ども”がからんでくることは、人に相談するに限ります!
2005/12/08
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うちの長女は来年から小学校1年生になる。あと3ヶ月ちょっとで小学校。これが、私の今の最大の悩みどころ・・・なのだ。。。最近のあまりにも痛ましい事件の被害者は、小学校1年生の女の子ばかり。とにかく、遠くで起きた事件、他人事とはとても思えない。自分に言い聞かせるつもりで、改めて書いてみるけれど・・・「私は、仕事だけをしていれば、いいわけではない!」母なのだ、2人の娘の母なのだ。学校は我が家から見える距離なので、その行き帰りをさほど心配しているわけではない。問題なのは、その後、放課後のこと。まわりの働く母の多くは、“学童保育”保育を利用している。そこの“質”は意外にもよく、評判も上々なのだけれど、なによりも心配なのは、学校よりも遠いところにある、ここへの行き帰りのこと。普段はどうにかなっていても、夏休み、春休みと長い休みは、どうしても利用しないわけにはいかない。子どもの安全が心配ならば、ずっ~といっしょにいればいい、というのが自然な発想だと思う。心配なところはすべて自分の目が届くようにすればいい。それができないのならば、ある程度切り捨てていかなければ、いけないこともわかっている。では、私が現実的にできることは何なのだろうか? ・今でも社内では高い自由度をさらに上げる ・会社の拘束時間を短くする ・可能なところは人の力を借りるetc・・・残念ながらというか、当たり前というか、私に「仕事をやめる!」という選択肢はないわけだし。ちょっとブルーな気分の今日この頃。あ~あ、働く母の悩みは尽きない、のだ。。。
2005/12/05
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子どもをおいて、夜中に外出というと、どういうわけか、後ろめたい気分になる。しかし、あたりが暗かろうとなんだろうと、早朝の外出というと、やけにさわやかな気分になってしまうのは、本当に ふ・し・ぎ。土曜の早朝、東京に来たFP・マーガリン先生と朝食をごいっしょするために、都内某ホテルへ向かう。前回、会ったのが10月だったから、約2ヶ月ぶりの朝食会。「その後、どう?」から、始まった会話は、次から次へと進み、まさにエンドレス。第一線で大活躍している友人と話すのは、本当に楽しい♪さらに、異業種の人と話すのは、見る視線も考え方も違ってくるので、これはこれで、とても新たな発見がある。前回は、“起業”をベースにしたオフィシャルな話で朝から相当盛り上がったのだけれど、今回は、それがさらにプライベートの話にまでなり、熱~い会話は、さらに広がりをみせる。マーガリンは、FPとしてコンサルティング経験も豊富。そのための引き出しをたくさんもっている。これはコンサルをするうえでの基本。マーガリンが私に「スゴイ!」と思わせるところは、さらに新しい引き出しを作る用意が、いつもできていることだ。その一つの手段として、マーガリンは“人と会う”ということを積極的にしているよう。(一部、「やりすぎだ!」という声もあるようだけど(笑))こうしたことが、苦でなくできてしまうことが、しっかり“おもしろみ=話の深み”として現れているように感じる。本当にかしこい人というのは、「その相手のレベルに、自分を合わせられる人」というのは、女性の元・上司から教わったこと。相手のレベルに合わせるためには、その上に、本来の自分がいなくてはいけない。こんな言葉を思い出させてくれて、それを実践しているマーガリン、とても頼もしいです♪
2005/12/03
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同時期に入社すると、それだけでなにかと比べられるもの。同性で、同年代となると、さらにその傾向が強まる。半年前くらい前に、半月違いくらいで入社してきた、30代の男性のデザイナー2人。1人は、さわやかなルックスの社交的なタイプのAくん。もう1人は、長髪でややむさくるしい印象の口数も少ないBくん。まわりの人の反応はというと・・・ご想像通り、Aくんの評判は上々。一方、Bくんの評判はというと、女子からは「ムサイ!」と言われ、男子からは「オモシロミがない!」と言われ、それはそれは、散々な言われようだった。・・・・・・・・それから半年。現在のこの2人への評価はというと・・・Aくんは、社交的という言葉が一転!「いつもしゃべってばかりいて、仕事が遅いヤツ」そしてそして、むさくるしくて、オモシロミのないはずだったB君は、「やることをしっかりやる、寡黙な方」という評価になり、女子からの人気も急上昇!!!最近では、仕事に集中して無口になることを「B(Bくんの苗字)する」という流行語まで生み出してしまった。家族と同じくらい(・・・いや、それ以上?)いっしょに過ごす時間が長いと、やはり、見破られてしまいます。「中身のない“社交性”は、いつまでも通用しない」「すべては、“仕事ができる”という前提のもとにある!」社会人は「いい人だから」では、通用しない。やっぱりみんな、見ていないようでしっかり本質を見ているのだ。“地道に”“誠実に”やっている人が報われる、なんか当たり前だけど、やけに救われた、ちょっといい気分。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・これには、さらに後日談が・・・。ある日、お茶を入れながら、私と年上のデザイナーの会話。 私: 「最近、Bくん、やけに人気だねぇ~」 同僚: 「いい人よぉ」 私: 「寡黙な人って、いいよねぇ」 同僚: ニコニコ(←満面の笑み) 「ナイショよ、私、Bくんと付き合っているの!」 私: ・・・言葉が出ない・・・寡黙でありながら、10歳年上の女性もしっかりつかまえている!う~ん、やるなぁ~、B!
2005/12/01
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