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こんにちは。 またまたご無沙汰でした。 相変わらず都内をぐるぐる回り、いろんなところに首を突っ込んでいます。 前回も少し触れましたが、接遇応対の調査へ行ったんですよ。 そしたら、窓口係のおねーたんにうまく丸め込まれて商品を買う羽目に…。 まさに、ミイラ取りがミイラになる状態。 でも、丸め込まれたという表現は適切ではないかもしれませんね~。 これまでのオイラの運用の仕方があまりにも、トーシローだったということでしょうか。 もっと勉強しなければと反省する今日この頃。 先週は食品モニターのおかげでダイエットできたとか、ダヴィンチ・コードを読みすぎて遅刻しそうになったとか、いろいろ話題は豊富なのですが、それはいずれまた。 今回は引き続き、文末のお話です。 でも、もうかなり昔の話になりつつありますので、オイラも忘れてしまった部分がかなりありまして。 そこで、これまでのお話をかいつまんで書きますと… 日本語は、表現が文末で決定される。 そして、文末の実質を述語が担う。 動詞の終止形は、「~る」がほとんど。ときとして、過去形の「~た」を従える。 従って、日本語の文末は、「~る」か「~た」という単調な二本立てにならざるを得ないということでした。 日本語の基礎を授業で覚えたばかりの小学生は以下のような「~た」が際限なく続く文章になる傾向があると書いた記憶があります。 『 きのうは、ぼくの学校の運動会でした。ぼくはそれで早起きしました。学校へ行くと、みんなが集まっていました。最初はラジオたいそうをしました。校長先生の話が長いでした。ぼくは徒競走で、ビリから二番目でした。もう少しがんばればよかったと思いました。お昼にはみんなでお弁当を食べました…』 が、しかし…。 今度は次の文章をご覧ください。 おそらく、読んだことのある人も多いはず。『 芸人たちはそれぞれに天城を越えた時と同じ荷物を持った。おふくろの腕の輪に子犬が前足を載せて旅馴れた顔をしていた。湯ヶ島を出外れると、また山にはいった。海の上の朝日が山の腹を温めていた。私達は朝日の方を眺めた。河津川の行く手に河津の浜が明るく開けていた。「あれが大島なんですね」「あんなに大きく見えるんですもの、いらっしゃいましね」と踊り子が言った。 秋風が晴れ過ぎたためか、日に近い海は春のように霞んでいた。ここから下田まで五里歩くのだった。しばらくの間海が見え隠れしていた。千代子はのんびりと歌を歌いだした。 』 以上、ご存知、川端康成の名作「伊豆の踊り子」の一節。 川端康成の風景描写の大ファンなので、パソコンでたどたどしくキータッチしていても楽しいっす。 でも、ご覧になって解かるとおり、見事に文末は「~た」の連続。 ノーベル賞作家を小学生の作文と比べてしまって、まことに失礼なのですが、ひとつのセンテンスはとても簡潔。 それに、京極夏彦の文章のような難しい漢字もほとんどない。 (もっとも、京極夏彦は、難しくおどろおどろしい漢字を多用することによって、独特の魑魅魍魎の跋扈する世界を演出しようとするのですが…。) 川端康成の文章って、言葉を一つひとつ吟味し、完璧なジグソーパズルを作るよう丁寧にセンテンスにはめ込んであるような感じを受ける。 同じことが、志賀直哉の文章にも言えますね。 まさに、鍛えこまれた職人技。 「~た」の続く一般人の文章との違いはどこにあるのだろうと、ずっと思っていたのですよ。 その疑問に答えてくれたのが、前回も引用させていただいた井上ひさし氏の「自家製 文章読本」でした。 また引用させていただくと…。 『 「~た」の連続なのに、ちっとも単調ではない。むしろ「~た」の連続は詠む者の心のうちに快いリズムを響かせる。「~た」の連打によるリズムが器だ。この器に意味が盛ってある。』 本によると、川端康成や志賀直哉の文学作品は、自然と人間とを同時に捉えようとしているところがミソだとか。 「~た」の連打という単調な形式によって、自然の細やかな変化。その美しい営みを、人間との対比において描こうとしているのですな。 それらは、人間が、自分の存在を自然の中で意識する瞬間を、的確にあらわそうとするものらしい。 うぬぬ、このへんにくるとオイラの読解力では難しいっす。 でも、なんとなくニュアンスはわかるような気が…。 ここから先はオイラの主観です。間違っているかもしれませんので、念のため。 小学生の作文は、自分が主体となって書かれている。視点が常に自分にあるというか。 自己チューに物事を眺め、自己チューに感じたことを書く。 それはそれで言いのだけれど、そのとき、「~た」という文末を続けると、あまり考えないで、ただ見たまま聞いたままを書いている印象を受けるのではないか。 しつこいようですが、子供が書いたような文章をもう一度ご覧いただくと…『 きのうは、ぼくの学校の運動会でした。ぼくはそれで早起きしました。学校へ行くと、みんなが集まっていました。最初はラジオたいそうをしました。校長先生の話が長いでした。ぼくは徒競走で、ビリから二番目でした。もう少しがんばればよかったと思いました。お昼にはみんなでお弁当を食べました…』 主語はほとんど、「ほく」。 だとすると、自分の行動や考えに対して、もうちょっと深く突っ込んで考えてもいいのではないか。 大人だったら、「運動会」や「早起き」、「校長先生の話」、「徒競走の結果」に対して、もう少し多彩な表現を使うでしょうね。 それに対して、文豪の文章の「~た」は、押し付けがましさがない。 それは、主語が「ぼく」や「私」ではなく、視点がかなり上のほうにあるからだという気がするんですよ。 自然の中にある人間を同時に捉えつつも、一歩引いて客観的な立場で、自然と人間との対比を描く。 自然を捉えるためには、目や耳や鼻、肌などの感覚器官を総動員しなければなりませんからね。 自然に人間の感覚器官をぶっつけ、客観世界として親しく触れ合う。 自然をあるがままの形で受け入れることによって、自然と自己が同時に発見できるものらしい。 そういえば、志賀直哉の「暗夜行路」。 主人公の時任謙作は、祖父の妾だった女性と分家住まいをしながら気ままに暮らす作家志望の人間でしたね。 旅先の尾道で、自分が祖父と母との間に生まれた不義の子であることを知らされ衝撃をうける。 その重い心は京都で見初めた直子との結婚で和らぐ。しかし彼の留守中にその直子が幼なじみの従兄弟と過ちを犯したことがわかってまた悩む。 許すべきであるのに許しえないことへの葛藤。 そして、謙作は山陰の旅に出る。 最後の場面はまさに、自然と自己が同時に発見できる情景描写ですね~。 伯耆富士ともよばれている大山。この神秘の山で悩み多い主人公・時任謙作が新たな生き方に目覚める名シーン。 『 疲れ切ってはいるが、それが不思議な陶酔感となって彼に感じられた。彼は自分の精神も肉体も、今、此大きな自然の中に溶込んで行くのを感じた。その自然というのは芥子粒程に小さい彼を無限の大きさで包んでいる気体のような眼に感ぜられないものであるが、その中に溶けて行く、言葉に表現できない程の快さであった 』 でも正直、両者の確固とした違いの理由はまだわからないっす。 なんとなく感覚としてとらえている段階といいますか…。
2006年11月26日
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こんにちは。 あれから毎日、ゲップが出るくらい報告書を書きまくっています。 おとといは渋谷に接遇調査へ行ったんですよ。 帰りに道玄坂を下っていたら、おばさんに捕まってアンケートに答えることに…。 アンケートの調査票をやっと書き終え、駅に向かう途中にまたしても別件のアンケートに捕まってしまいました。 忙しければ断わることもできたのでしょうが、もともと好きですからね~。 アンケート欄をびっしり文章で埋め、都合2件で2000円分の図書カードをゲッツ! 帰りに近くの図書館に寄って、件の報告書を書いていたら、なんと「ザ・ダヴィンチ・コード」の上下巻が揃ってあるじゃないっすか。 苦節1年、ようやくオイラもこのベストセラーが読めるのか、と後先考えずに借りてしまいました。 ザ・ダヴィンチ・コードの表紙のモナリザが、早く読んでけろ~とオイラを昨日から誘っている。 やらなければいけない仕事と、前から読みたいと思っていたミステリー。 その優先順位に、これから七転八倒することになりそうです。 それに加え、今月はうちの会社の決算もあったのでした。 実は毎年、自分で決算書を作っているのです。 毎年少しずつ書類が変わったり、書き方の変更があったりして、そっくりそのまま前の年のやり方を真似すると間違ってしまう。 よくわかんないから、これでいいやと思って提出すると、必ず翌日には電話がかかってきて注意を受ける。 毎年、書き方が違うと指摘されていたので、今年も手直しの体制を整えて待っていたのですが、今年は電話がかかってきませんでした。 ホントにあれでよかったのかなと少し不安を抱いている今日この頃です。 ところで先日、夜なべをして作った決算書を税務署に提出した後、自分へのごほうびにウォーキングへ行くことにしたんですよ。 オイラにとって、近所のお散歩という感じですが、仕事モードからお散歩モードに切り替えると、なかなか見所は多いかも。 …ということで、前置きが長くなりましたがお散歩ネタです。 さて、三田と言えば、全国的に有名なスポットがあるのでした。 それは、慶應義塾大学。 慶應の創業の地は、江戸築地鉄砲洲の中津藩中屋敷内で、現在の聖路加国際病院の辺りですか。 明治4年に、現在の三田へ移転してきたらしい。その前までこの土地は、島原藩の中屋敷があったところだとか。 オイラは、慶應には中学、高校時代をを通じて何度か入ったことがあり、わりとノスタルジーを感じる場所です。 入ったといっても、当時の模擬試験の会場が三田キャンバスだったというだけですが…。 しかも、慶應でうけた模擬テストの点数がいつも悪く、オイラにとっては鬼門の印象があったりします。 せっかく三田へ来たので、苦手意識を脱却すべく、しばらくぶりに入ってみることにしました。 慶應の三田キャンバスも、ずいぶん変わりましたね~。 かつて、というか今もあるのでしょうが、「幻の門」と言われていた裏門にビルが建っている。 そこから入ると、ゲートの向こうには、慶應のシンボルとも言うべき、図書館旧館。 慶應義塾創立50周年記念事業の一環として建設が計画され、約3年の歳月を費やし明治45(1912)年に竣工した建物だとか。 ゴシック式洋風建築の壮麗な景観が、歴史と伝統を感じさせますね~。 でも、慶應にはもっと古い建物があるのでした。 それは、三田演説館。 なんと、明治8(1875)年5月1日、日本最初の演説会堂として建造されたらしい。きっと福沢大先生もここで演説されたのでしょう。 うぬぬ、どちらも、国の重要文化財っすか。 それにしても、天邪鬼なオイラは、大学の施設ではなく、江戸時代の藩邸の遺構が残っているかどうかのほうが興味あったりして。 ぐるぐるまわって探してみたのですが、残念ながら確認はできませんでした。 キャンパスのまわりを取り囲む石垣は、後世になってから作られたような気が…。 三田の学生が待ち合わせ場所にしている大銀杏は、たぶん藩邸時代のものとは違いますよね。 あまりセレブではない人間が、キャンパスをうろついていてもつまみ出されそうなので、次の目的地へ向かうことにしました。 次に向かったのは、江戸や明治時代よりもっとさかのぼる遺跡 なんと古墳時代ですよ。 しかも、全長100メートルを超える巨大古墳、芝丸山古墳です。 声を大にして言いたい。 東京でもっとも大きな古墳が、東京タワーの下にあるのですよ!!! …といっても、知らない人が多いかも。 オイラの友人の何人かに昔聞いてみたことがあるのですが、誰も知りませんでした。「ふーん。古墳? それが何か?」 …っていう感じで。 だけど、それも無理ないかも。 江戸時代の人たちも古墳には関心がなかったみたいで、当時は土取り場として削られたとか。「お代官様、お願いでございます。古墳だけは削らないでけろ~」 明治三十一年に調査されたときには、墳頂部や後円部の一部は損失し、中央の埋葬施設も失われ、遺体や副葬品もなかった。 それどころか、広場になっていて茶店もあったらしい。 最近になってこの辺りはまた大きく変わりましたね~。 昔は、古墳の隣にあった、ゴルフ練習場やボーリング場が、高層タワーのホテルに…。 久しぶりに古墳の上に登ってみました。 この辺りは仕事でよく来るのですが、お散歩モードでなければなかなか上までは登らない。 お昼休みの時間。広場のベンチには誰もいませんでした。 たぶんこの辺りに勤めている人で、ここまで登ったことのない人は多いと思いますよ。 勤続30年、同じ場所の会社に通勤しても、通勤経路以外は一切立ち寄らなかったという人を知っていますから。 古墳を降り、東照宮の脇を通って増上寺へ。 するとまた、見慣れない景観が…。 新しくできた広々とした芝生のスペース。 こんなところに、広場などあっただろうか。 なるほど、今は芝公園の拡張工事が行われているのですね。 ここから見る東京タワーはいい。 東京タワーは都内で見られるスポットは多いですが、全体をこんなに近くで見られる場所はそれほど多くないっす。 青々とした芝生越しに眺める東京タワーは新しい発見。絶景スポットがまたひとつ増えましたね。 さて、増上寺へ。 ここの朱塗りの山門は、なかなかの迫力。 この寺は、1590年に徳川家康が江戸入城と同時に、菩提寺と定めたとか。 今も威容を誇る寺ですが、江戸時代は、とんでもないくらい広大な境内を持つ寺であったのもわかります。 ここからも東京タワーが見えますが、本堂の大きな瓦葺の屋根と鉄骨作りの東京タワーとの対比がまた秀逸。 訪れる人も同じ考えなのか、参拝客は皆、同じアングルで写真を撮りまくっていました。
2006年11月19日
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こんにちは。 ご無沙汰いたしております。 ここのところ、珍しく、忙しい状態が続いておりまして。 今まではどちらかというと、副業は忙しくなっても本業はそれほどでもなかったんですけどね~。 オイラがやっている副業のひとつに食品のモニターというのがあるのですよ。 これは、ただで飲み食いできる上に、謝礼までもらえる優れもの。 今までは10件申し込んで2~3件採用されれば御の字だったのですが、なんと次から次へと依頼が…。 気がついたら部屋中、ペットボトル飲料やラーメン、冷凍食品だらけになっていました。 でも、それを飲み食いするだけなら別になんということもない。 大変なのは綿密な報告書を作成すること。 普段はそれほどでもありませんが、こういうことになるとA型のマニアックな性格が遺憾なく発揮される。 一口食べてみて、沈思黙考。 腕組みをしながら、「う~ん。甘からず、辛からず、…美味からず」なんてダチョウ倶楽部の往年のギャグを思い出し、一人ケラケラ笑っている今日この頃です。 オイラが書いた報告書をブログのネタにできたら面白いのでしょうけど、守秘義務があってできないのが残念! 「よくこんなこと思いつきますねぇ~」とメーカーの開発担当者からメールが来たことも何度かあるのですが…。 それから、スーパーや金融機関、医療機関などサービス業の接遇応対調査。 これは、本業の範疇に入ると思いますが、昔だったら隠密同心ですよね。 企画書がどんどん通ってしまったので、これから関東一円をまわることになりそうです。 気分を出すために、旧水戸黄門の「風車の弥七」スタイルで行こうか、と…。 店頭で余計目立ったりして。 これから年末にかけて若干更新が滞りがちになるかもしれませんが、元気に頑張っていると思いますので、よろしくご配慮のほどお願い申し上げます。 もしかしたら、悪代官につかまって拷問を受けているかもしれませんけど。 さて、かなり昔になってしまいましたが、前回の文末に関する話題の続きから。 何度も書きますが、わかりやすい文章にとって重要なのは、センテンスを短く切って、テンポをよくし、主語と述語を近づけ、明確にする。 リズムがあって、テンポのいい文章は、文末の表現が多彩なのではないかとオイラは考えました。 オイラが知っている中でもっとも、上記の基準にあっていると思う文章。 それは、夏目漱石の「草枕」の冒頭ではないかと思うんですよ。 ちなみに引用しますと…。「 山道を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に掉させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世はすみにくい。住みにくさが高じると、安いところへ引越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟ったとき、詩が生まれて畫が出来る。人の世を作ったものは、神でなければ鬼でもない。やはり向こう三軒両隣にちらちらする唯の人である。唯の人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行く許りだ」 おお、なんと素晴らしいリズム感! センテンスが短く、テンポがいい。 小説の冒頭部分でありながら、これだけ有名なのは、やはり含蓄のあるフレーズなのはもちろん、リズム感がいいからでしょうね。 文末のバリエーションも多彩ですし、同じ文末が3回続かない。 ちなみに、「草枕」は言うまでもなく名作だと思います。 読んだのは10年位前で、それほど古くはないのですが、読む前のイメージと全然違っていたのに驚きました。 実は、古臭い教訓小説だと思っていたのですよ。 それが、なんと斬新なプロット。 現代なら、ミステリーの範疇にも入るのかもしれませんね。 それはともかく、文末の話題でした。 それくらいオイラは、文末に注目しているのです。 ところが、しかし…。 実際、文章を書いてみると、日本語は文末のバリエーションがあまりに少ない。 これは別にオイラの意見ではなく、日本語の特殊性によるらしいのです。 この点について、井上ひさし氏の書いた「自家製 文章読本」がすごくわかりやすく説明してくれていますね~。 日本語の文末のバリエーションの少ない理由、それは、文末決定性にあるらしい。 つまり、日本語の表現のすべては、文末で決定されるということ。 これは、よく言われることですよね。 たとえば、欧米人が日本語を勉強するとき面食らうのは、最後まで聞かないと相手の言っていることが理解できない点だと。 たとえば… ビジベンは、ロレックスの時計を持ってい□。 …と、文末を伏せてしまう。 すると、持っているのか、いないのか、あるいは持っていたが質に入れてしまって今はないのか。 最後の最後まで、読んだり、聞いたりしないと、オイラがロレックスの時計を持っているかどうかわからない。 もっとも、オイラのことを知っている人は、カシオのデジタル(Gショックではない)くらいしか持っていないと類推できるわけですが…。 それに対して英語だと、文章の半ばくらいで「not」が入るから、ロレックスを持っていないとわかる。 それはともかく、なぜ日本語の文末決定性が、文末の貧弱さを生み出すのかという点。 それは、日本語の文末にはいつも何が来るのかを考えるとわかりやすい。 言うまでもなく、文末には述語が来る。 述語は、動詞である場合が多い。 ここで、動詞の終止形を考えてみると「る」がほとんど。 また、動詞の過去形は、言うまでもなく「た」。 だから、日本語の文末は、「る」か「た」で終わる場合が圧倒的に多いのだそうな。 確かにそうですよね。 さっきの例で言うと、 ビジベンは、ロレックスの時計を持っている。 ビジベンは、ロレックスの時計を持っていた。 …と、肯定的に終わろうとすると、ありきたりで陳腐な表現になってしまう。 ここは、日本語表現にバリエーションを持たせるためにも ビジベンは、ロレックスの時計を持っていない。 …と、終わらせるほうが秀逸な表現ができるのではないか。 だから、オイラは、日本語表現の多彩さを目指すために、ロレックスは持っていないのであります。 「………………。」 別にオイラの貧乏を正当化するために、日本語の文末の単調さを指摘するわけではないですよ。 文豪と言われる人たちだって、「文章読本」の中で、次のように書いているのだ。「 ( 日本語は、)センテンスの終わりに「る」、「た」、「だ」、「す」等の音が繰り返される場合が多いので、都合のよいこともありますけれども、形が極まりきってしまって、変化に乏しい」 (谷崎潤一郎)「 私はまた途中で文章を読み返して、過去形の多いところをいくつか現在形に直すことがあります。これは日本語の特権で、現在形のセンテンスを過去形の連続の間にいきなりはめることで、文章のリズムが自由に変えられるのであります。 日本語の動詞が必ず文章の一番後に来るという特質によって、過去形のセンテンスが続く場合には「~した」、「~た」という言葉があまりに連続しやすくなります。 そのために適度の現在形の挿入は必要であります」 (三島由紀夫)「文章にリズムをつけるために、センテンスの語尾、つまり文末の影響は大きい。これが単調で、平凡な語が連続すると、文章全体にしまりがない感じがする。 ところが、日本語は述語が一番後に来る構造のため、文末に語が来やすい。とくに、「~た」、「~である」、「~だ」などがひんばんに出てくる。 これは文末を見つけ出すには都合がいいが、同じ語が文末に重なると、文章全体が単調になって、歯切れを悪くしてしまう。 日本の作家たちも、この問題にはだいぶ悩まされたようだ」 (能戸清司) もっとも、以上の文章を読んだから、オイラが文末にこだわっているわけではないのです。 今まで、いろんな本を読んできて、なんとなく文章のリズムが気になった。 それで、それは文末の表現方法によるものではないかと仮説を立てたんですよ。 そして調べてみたらなんとこの問題は、超有名な人たちからずっと論じられてきたことだったのですね~。 オイラは、理論的にはこの謎を解き明かすところまでは行きませんでしたけど。 …ということで、いつになるかわかりませんが、文末の話題は続きます。
2006年11月12日
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こんにちは。 巷では3連休ですね~。 ところで突然ですが、なぞなぞです。 休日になると、増えるものってなんでしょう。 …って、何の脈絡もない出だしですが。 それは、おにーさんやおねーたんだったら、遊びに行って使う出費? 普段お疲れのおとーさんは、睡眠時間? 休日になると、朝からゴロゴロテレビばかり見ているおとーさんに対するおかーさんのストレスだったりして。 オイラの場合、一番増えるのが、送られてくる迷惑メールの量ですよ。 ちなみに、今朝パソコンでメールチェックしたら、トータル125通。 なんと、そのうちの7割が迷惑メールでした。 最近増えているのが、英語のメール。 英語で送られても読めないっす。 送られてきた迷惑メールに対して、プロバイダの受信拒否機能の設定をしていたのですが、あっという間に許容量がオーバーしてしまいました。 迷惑メールのアドレスが、1000通分設定できるそうなのですが…。 まさに焼け石に水状態。 仕方ないので、一度送られてきた迷惑メールは、そのまま削除済みアイテムのフォルダに入るように設定しています。 でも、今朝のような状況っす。 ま、消すのはさほど苦労はないのですが…。 迷惑メールをたまに読むと、敵を褒めるわけではないのですが、なかなかの労作もある。 とくに女性を騙って、切々と魅力的な内容を綴った文面には、ついふらふらとアクセスしてしまいそうになったりして。 その後すぐ、万年布団の敷かれた六畳一間のアパートで、むさい男がパソコンのキーボードにしこしこ文章を打ち込んでいる姿がフラッシュバック。 一瞬、脳の血管がプチッと切れそうになったことが何回かあります。 人生最後の瞬間に、むさい男のイメージを抱いたまま果てるのだけは勘弁して欲しいと考える今日この頃です。 …ということで、またしても強引な前ふりでしたが、今日は「脳の病気シリーズ」です。 この「脳の病気シリーズ」。 ほぼ月一回のペースで、お送りしています。 約一ヶ月前になりますが、前回は「脳出血の治療って、どんなことするの?」という話題を取り上げました。 今日が始めての方、この記事に興味のある方は、先に前回、前々回の記事をお読みいただければ幸いです。 2005-07-12 脳卒中はどんな病気か。医師と女子高生の会話から 2005-08-07 脳出血はどんな病気か。医師と女子高生の会話から 2005-09-04 クモ膜下出血はどんな病気か。医師と女子高生の会話から 2005-10-02 脳こうそくはどんな病気か。医師と女子高生の会話から 2005-11-03 脳塞栓はどんな病気か。医師と女子高生の会話から 2005-12-05 脳卒中の前ぶれと一過性脳虚血発作について。医師と女子高生の会話から 2006-01-08 症状から見た脳卒中の危険信号について。医師と女子高生の会話から 2006-02-05 脳卒中を起こす原因って何? 医師と女子高生の会話から 2006-03-05 脳卒中を起こす原因って何?2 医師と女子高生の会話から 2006-04-09 脳卒中で倒れたときの応急処置。 医師と女子高生の会話から 2006-04-13 脳卒中で倒れたときの応急処置2。医師と女子高生の会話から 2006-05-08 脳卒中の検査・診断ってどんなことするの? 医師と女子高生の会話から 2006-06-07 脳卒中で病院へ運ばれたとき、どのように検査治療するの? 医師と女子高生の会話から 2006-07-09 脳卒中で、病院へ運ばれたときの検査・診断の流れ 医師と女子高生の会話から 2006-08-13 脳こうそくの診断の強い味方って、何? 医師と女子高生の会話から 2006-09-03 脳こうそくの診断は首も診るって、ホント? 医師と女子高生の会話から 2006-10-01 脳出血の治療って、どんなことするの? 医師と女子高生の会話から 今日はその続きです。 登場人物は、脳外科のベテラン医師と現役女子高生のAYAちゃん(松戸あや)の二人。 AYAちゃんは、おじいさんが脳神経外科病院へ入院したことで、毎日お見舞いに通ってくる元気な女子高生。 将来、看護師になることを夢見て、おじいさんの担当医師から脳卒中のことを勉強しているという設定でしたね。 前回、「脳出血の治療法」について勉強したAYAちゃん。 今日は、「脳出血の手術って、どんなことするの?」が話題になります。 それでは…。 < 脳出血の手術って、どんなことするの? >● AYAちゃん「なるほどねぇ。じゃ、手術したほうがいい脳出血ってどんな場合なんですか?」 たとえば出血が多くて命が危険になった場合やこのままだと重大な後遺症がおきそうな場合は、手術して血のかたまりを取ったほうがいい。早く血のかたまりを取り除くと、その周りの脳組織が息を吹き返すんだ。 これらの場合は、とにかく迅速な判断が要求される。ちょっとのためらいが取り返しのつかないことになったりするからね。● AYAちゃん「脳細胞から、感謝状が来ますよ」 類焼しそうなまわりの脳組織が、言語中枢といって言葉を作って発送する工場だったり、手足を動かすモーターの指令所だったりした場合は、とくに急がなければいけないね。 時間が経ちすぎると、患者さんの回復が遅れたり、後遺症が出て不自由な生活を強いられたりすることがあるから。ちょうど消防士の出動が遅れると大火災になってしまう場合と似ているね。● AYAちゃん「ずっと前の北海道の石油タンクの火災みたいに、手がつけられないこともありますか?」 もちろん出血がひどくて、脳細胞のほとんどがやられてしまって手術できないケースもある。しかし今は検査機器や医療技術の進歩で、昔では手がつけられなかった状態の患者さんも救命できるようになったんだ。● AYAちゃん「検査機器というとCTやMRIですね」 そう。それから手術の面では、マイクロサージャリーという手術用顕微鏡の発明が大きい。これがなかった時代は、一部の脳外科の大家が神技とも言える手技で手術していたんだ。● AYAちゃん「ブラックジャックみたい」 でも手元は暗いし、目は疲れるし、脳外科手術は本当に危険で難しい手術だったんだ。でもこの手術用顕微鏡が発明されてからは、ある程度経験の積んだ脳外科医なら安全にかつ容易に手術が進められるようになったと言えるね。● AYAちゃん「ふーん。手術している部分を大きく拡大して見られるようになったというだけで?」 そうだよ。患部を約20~30倍に拡大するんだ。しかも小さな患部や細い血管を明るく照らし出すことができるんだよ。それまで肉眼で、しかも影ができやすい環境で手術していたころから比べれば格段の進歩だよね。現在の脳外科手術は、ほとんど危険のない手術と言っていいんじゃないかな。● AYAちゃん「そうか。針の穴が20倍に拡大できたら誰でもかんたんに糸を通すことができますもんね。じゃあ、それを使ってどんなふうに手術するんですか?」 脳出血でできた血腫という血のかたまりを取り除く手術を説明しようか。この手術を難しい言葉で『血腫除去術』と言うんだけどね。 方法としては、全身麻酔で頭蓋骨に直径5センチくらいの穴を開ける。次に前に説明した脳を包む3つの膜に切り込みを入れて脳にできた血のかたまりを露出させる。それから吸引機を使って血のかたまりを吸い出してやるんだ。● AYAちゃん「脳出血って、もともと脳や液体で満員の頭の中へ、また血のかたまりができてぎゅうぎゅうのすし詰め状態になっているんですよね。余分な血のかたまりを取ってあげたら。脳もほっとして感謝するだろうなあ」 手術ですぐ血のかたまりを取ってあげると症状が安定してリハビリも早く始めることができるんだ。症状が軽いときは内科療法でもいいけど、症状が悪くなりそうだったらすぐ手術をすることが肝心だね。ためらっている間に症状が悪化して重大な後遺症に苦しむこともよくあるから。● AYAちゃん「でも、頭に直径5センチの穴を開けるのは、誰でも躊躇しますよ。できればもうちょっと小さい穴だと助かるんだけどな」 そうだろうね。だから最近では、血のかたまりがそれほど大きくないときは、直径1センチほどの小さい穴を開けるだけでできる手術もあるんだ。● AYAちゃん「うーん。それなら手術への抵抗も少なくてすみますね。具体的にはどうやって手術するんですか?」 CTで血がたまっているところの位置を確認しながら頭に小さい穴を開け、そこへ細い管を挿入して血のかたまりを吸収するんだ。● AYAちゃん「なるほど、あらかじめ血のかたまりのある位置を狙って、頭に針を刺すんですね。これなら頭に大きな穴を開けなくてもいいわけだ」 そう。局所麻酔でもできるので、患者さんの体の負担も少ないね。(1ヵ月後に続く)
2006年11月05日
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こんにちは。 あれから、体重が1キロも減りました~♪ ダイエットのためにウォーキングで汗を流しながら、それ以上のカロリーを摂取していたと気づいた今日この頃。 ダイエット効果を、その日のうちに相殺していたのですね~。 まさに、「食べ歩き」なのでした。 でも、やせたのは、それを反省したからではありませぬ。 またしても、口内炎が…。 それも、口の中の粘膜ではなく、ベロ、すなわちタンにできてしまったのです。 これでは、薬の付けようがない。 もう喋るのはおろか、息を吸うのも億劫。 まして、口の中に食べ物が入っただけで、激痛が脳天を突き抜ける。 今が旬のカキフライを食べたんですよ。 ソースが沁みるから、何もかけずに食べれば大丈夫だろうと思った。 しかし、カキフライの表面のギザギザが口内炎を直撃。 ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~!!! 定食屋のオヤジが、ギョッとして振り向きましたね。 カキフライの中に、五寸釘でも入っていたのではないかと思って。 …ということで、おとといから今日にかけて、沁みなくてやわらかいものしか食べられない。 冷奴を人肌にして食べるとか。 それでも、相変わらず歩き回っていたのです。 おかげで、やせることができたのですけど。 オイラは、今回のことで一つの教訓を得ました。「食べずに歩けば、やせる」と…。 それはともかく、文章ネタ。 前回、ブログの第一回目から、こだわりをもって取り組んでいることがあるのだと書きました。 オイラが一度書き上げてから、もっとも重視して推敲するポイント。 そして、そのヒントは文章のリズムだと…。 それをご説明する前に次の文章をお読みいただければ幸いです。『 きのうは、ぼくの学校の運動会でした。ぼくはそれで早起きしました。学校へ行くと、みんなが集まっていました。最初はラジオたいそうをしました。校長先生の話が長いでした。ぼくは徒競走で、ビリから二番目でした。もう少しがんばればよかったと思いました。お昼にはみんなでお弁当を食べました…』 上記の文章は、文章ネタの第一回にご紹介したものでした。 確か、わかりやすい文章にとって重要なのは、センテンスを短く切って、テンポをよくする。 そして、主語と述語を近づけ、明確にすると書いた記憶があります。 しかし終始それだと、上記の例のように子供っぽい文章になってしまう、と…。 でも、上の文章を声に出して読んでみると、リズムは悪くない。 だけど、なぜか子供っぽい、あまり考えずに書いているような印象を受けてしまう。 それはなぜか。 結論を言いますと、文末が全部一緒なのですね~。 同じ調子の文章は、非常に子供っぽい印象を読者に与えてしまう。 これは、文章作法の基本ですが、文学賞の応募作品の中にも、かなりの確率で同じ文末を続ける文章があるそうな。 ときたま、選考委員が、この点について苦言を呈している選評を目にすることがあります。 ところが、しかし…。 同じ文末を続けていても、名文と言われるものもあるのでやす。 しかも、近代日本文学史上、名文中の名文と言われるものが…。 たとえば、志賀直哉の「暗夜行路」、「城崎にて」。 ノーベル賞作家の川端康成の「伊豆の踊り子」などなど。 これらの作品の文末は、「~た」が際限なく並ぶ。 なぜ同じ文末を続けているのに、子供っぽい文章になったり、ノーベル賞作家の名文になったりするのか。 井上ひさし氏の「自家製 文章読本」には、その理由が説明されているのですが、それはまた次の機会に。 話題は元に戻って、さきほどの子供っぽい文章の例について。 さて、上記の文章を手直しするのは、ちょっと難しい。 それでも、意味を変えずに語尾のバリエーションと言い回しだけを、少し変えてみると…。『 きのうは、ぼくの学校の運動会。だから、いつもと違って早起きしなくちゃいけないんですね~。学校へ行くと、もうみんなが集まっている。最初はラジオたいそうからです。そのあとの校長先生の話が長くて始める前から少し疲れました。それが理由ではないですが、ぼくは徒競走で、ビリから二番目。もう少しがんばればよかったかも。お昼にはみんなでお弁当を食べましたが、…』 かなり、オイラの独断と偏見の軽~い文体になってしまいましたが、多少とも子供っぽいイメージは脱却できたでしょうか。 多少、変なおじさんが入っていますが。 ひとつの文章のなかで、さまざまな文末のバリエーションを使い分けるのは、ある程度の経験が必要かも。 小学校の低学年だと、文章の基本を教わった段階ですからね。 文章のリズムまで頭を回すには荷が重い。 ところで前回のブログで、オイラが最初からこだわりをもって取り組んでいる文章作法があると書きましたね~。 それは文末の表現だと、玲小姐さんに一発で当てられてしまいました。 体言止め、疑問形、丁寧語と何種類かを使い分けている、と…。 ありがとうございます。さすがだと感服いたしました。ただ、オイラは日本語の文法に関してはほとんど知識がないので、そこまでテクニシャンではござりませぬ。 オイラがこだわりをもって取り組んでいる文章作法は、同じ文末を3回以上続けないこと。 それだけっす。 あとで書いた文章を読み直してみて、ちょっとおかしいかなと思ったら、その場のフィーリングで手直しする。 回数に関しては、どの文章作法の本にも書いてなかったと思いますが、経験上、3回同じ語尾が続くと、「ちょっと、変」というシグナルが点滅するのです。 たとえば… 『 きのうは、ぼくの学校の運動会でした。ぼくはそれで早起きしました。学校へ行くと、みんなが集まっていました 』 「~した」という同じ語尾が3回続くだけで、なんとなく文章のリズムがおかしく感じられる。 ところが… 『 きのうは、ぼくの学校の運動会でした。ぼくはそれで早起きしました。学校へ行くと、みんなが集まっている 』 3つ目のセンテンスの文末を「~いる」と変えることによって、文章のリズムがうまく流れるように感じるのは、オイラだけでしょうか。 文末のバリエーションをたくさん持っていると、多彩な表現ができるような気がします。 だから、いろんな人の文章を読んでいると、なぜか文末に注目してしまう。 この使い方は面白いな~、真似して使ってみようとか。 最近は、小説だけではなく、漫画とか、いろんなジャンルの本を読んでいる人が多いから、さまざまな語尾を使って面白い表現法をあみだしている若い人が多いですね~。 オイラが学校で習った文章作法より、今はかなり表現の仕方が多様になっているかも。 昔はといえば、実用文の文体は、「です・ます調」か「だ・である調」のどちらか。 その両者を混同して使ってはならないと強く言われました。 これらの文体は、企画書や報告書などのフォーマルなビジネス文書では今も健在ですね。 この場合でも、同じ調子で使うと、幼稚な印象を相手に与えてしまう。 語尾の統一に気をつけろ、語尾の乱れは理論の乱れに通じ、読者の信頼感を減少させてしまう結果になる、と…。 文末に関する話題は、まだ続きます。
2006年11月02日
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