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さまざまなかたちについてである。友人に電話をしたが繋がらないので、日記を書くことにする。●護憲ということについて、その人は言っていた。「護憲」というのは、憲法をまもるということではないのです。本来は、国に憲法をまもらせる、その不断の運動なのです。なるほどそうかも知れない。その人は主張する。憲法とは何か。それは「私の自由」を「みんなで守る」という約束です。わたしたちの自由が先にあり、これを制限しようとする国家権力を監視し、人権を保障する規範です。人権は、本来は禁止のメッセージではない。人権とは「私の自由」です。私が私らしく、楽しく生きていこう、そういう権利です。例えば日本国憲法で、もっとも大切なものはなにかと問われたら、私はこれをあげます。それは第11条にある。国民は、すべての基本的人権を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与えられる。そうかもしれない。しかしそれは伝わるのだろうか。●ヤスクニは考えている。友人はことさら病名を口にする。それは周囲に緊張を強いる。だがまさにその病気を抱える友人は、その病名を隠さない、その病気に特別の意味を加えないためにそうしているのである。そのために周囲の緊張を知りながら、正面突破を試みている。それって不自然なことだ。けれど、もともと自然であることなどできないのだから。
2006.06.29
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仕事が駆け抜けていった。それがどこへ行くのか、誰も知らない。なわけがないのだけれど。この日、午後3時近く、2時間を超えた打ち合わせをすませて、背広組二人とJR代々木駅までぼんやりとして歩く。そうして見上げたのがこれ。写真になってしまうと、それはやはり確かにそこにあったに違いないのだが、この日この時間、このビルはなんだか書き割りみたいにしてそびえていた。どこまでも精巧である。だが晴れてはいるとはいえ、湿気を含んだ空気のせいなのか、寝不足なのか、のっぺりとして現実感がない。だまされているような感覚がある。ここはどこだろう。私はいまどこにいるのか。知らぬ間に現実そっくりのもうひとつの世界に入り込んでしまった、とか。陳腐駅で別れることになる二人の背広組は、信号待ちをしながら次の段取りについて小声で話している。「あのさ、あのビル、なんか写真みたくないですか」と間抜けにも問いかけてみる。「えっ、ああ、NTTドコモですかね、ここからよく見えますね」「でかいすね」とか、ずれてはいるけれど真っ当な答えがかえってくる。そうか、この街と縮尺が違うだけ? この感覚はなんだろう。なにかが降りてきている。けれどもそれが掴まえられない。午後3時にはもうひとつ打ち合わせがやはりこの駅近くであり、背広組と交差点で別れると、おもむろに鞄からカメラをとりだす。なんだか怪しい中年オヤジ。そして撮った2枚の写真。今もなにも降りてこない。
2006.06.27
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私はそのようにして始める。事実1、事実2、事実3、事実4… いま、わかっていることを整理してみよう。それはわずかでしかない。ていうか、これだけ?●事実1キツネはもういない。いつ来るかもわからない。●事実2キツネのメッセージ。たぶん、こんなこと。「本当のことを知りたいのなら、それを探せ。事実を根気よく集め、その意味するところを深く考え、やがて浮かび上がってくるかも知れぬ真実を掬い上げろ。それがたとえおまえにとっての真実でしかないにしても、いったんはそれを信じて根気よく進め。注意深く、そして途中で投げ出すな」言うのは簡単●事実3キツネのまぜっかえし「もちろん真実なんてない。そうも言えるがな」ついでに下卑た笑い。ムカツク●事実4私のセリフ。「そうして根気よく進む、その運動自体がおまえ自身だ、て言うのかい?」中途半端な切り返し。負け惜しみかよ。これじゃだめ。キツネは答えないし。私は答えがわかっている、たぶん。キツネはまた煙草の吸い殻を平気で部屋に落としていく。ほんとムカツク●そこで私は探偵仕事を始める。ジャケットを羽織り、さあ、街に出よう。暑いけど
2006.06.26
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私は話し始める。それは、怒りのようなものだ。身体にうごめくものをとりだして、さまざまに形を与えてみる。用いられるのは結局のところ言葉だ。言葉が形を与える。形となってしまったそれは、身体にうごめいていたものと、どれだけ近いだろうか。比べること自体に意味がない。キツネは言う。形になったものがすべてだ。もし、そこにそぐわないものがあったとしても、生み出された言葉は、ひとところにとどまることはない。そしてもう、おまえのものでもない。それが流れていく様を見ることができるだけだ。だか、それはただむなしいということでもない。言葉は誰かにぶつかり、形を変えるかも知れない。時間とともに変容するかも知れない。かつておまえのものだったそれは、誰のものでもなく、それだからこそおまえのものとなるかもしれない。じっと待ったらどうだろう。私は思う。身体にうごめくものを感じて、ひたすら時を待つ。そのうえでようやく立ち現れるものをそっと掴まえるのだ。それも同じことだ。キツネは言う。そうして生まれた言葉は、そのときの言葉だ。最初に感じた何かを捉えたものではない。いつも現在でしかない。おまえがそうしたければそうすればいい。しかし、結局のところ同じことだ。俺は思う。キツネは言う。ひたすら形を与え続けることだ。世界があるとしたら、それはその運動のなかにしかない。おまえは常にそぐわない感覚を抱いたまま言葉を発し続ける。それこそが可能性だ。忘れるな。言葉はなにものでもない。おまえのものでもない。だが、それでも言葉を放り出さず、形を与えようと試み続ける、その運動自体がおまえ自身なのだ。俺にはそうとしか言えない。キツネは言う。
2006.06.25
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その部屋の鍵をあける。扉はあっけなく、音もなく開く。東側と南側には大きく区切られた窓があり、そこにはブラインドが下ろされている。デスクまで十数歩、歩き出すと部屋の中の空気がようやく少し動く。かすかに黴のまじった埃の匂いを感じる。デスクの上にもうっすらと埃が浮いている。意味もなく、人差し指でそれをぬぐってみる。それからPCのスイッチをONにする。静まりかえったその部屋に、間の抜けた大きな起動音が響き渡る。PCが起動する。かかかかとPCの内部が音を立てる。東側の窓からブラインドをゆっくりと巻き上げる。外光が部屋を照らし出す。それから窓を開ける。いっきに街の音がせり上がってくる。ちょうどゴッドファーザーのテーマ曲に擬した車のクラクションが聞こえてくる。それから南に開かれた窓を開ける。すると風が流れる。部屋にこもった空気がゆっくりと、外側の世界に押し流されていくのを感じる。どちらが外側だったのだろう。振り向くとキツネがすわっている。相変わらず薄ら笑いを浮かべている、そのように見える。右側の上唇をあげて、牙がのぞいている。こいつが何を考えているのか、いつだってよくわからない。私は衰えている、そのように感じるとき、キツネはやってくる。いや、やってくることでそれを感じるのかもしれないけれど。キツネはたばこを振る舞われるのを待っている。私はたばこを差し出す。キツネはそれをくわえる。ライターの火が近づくときだけ、決まって少しだけ目を細める。それから器用に最初の煙をゆっくりと吐き出す。さあ、はじめろ、キツネはそのように頭をくいとあげて、私が話し始じめるのをうながす。
2006.06.24
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6月20日付東京新聞文化欄に岡田敦子という人が、クリスチャン・ツィメルマンのピアノ・リサイタルについて一文を寄せている。もう記憶も定かではないのだが、私はこの人のピアノを聴いたことがある。どこのホールだったか、情けないことに演目すら覚えていない。今から10数年前、憑かれたように都内のホールに週に2回ほどのペースで通っていたことがある。気がつくと、独奏か小編成の室内楽ばかりだった。演目もかなり偏りがあった。この人のピアノを聞いたのはその頃のことだ。(そのことはどうでもよかった)さて、岡部氏は2006年6月2日のサントリーホールで、ツィメルマンを聴いた。この日の演目はモーツァルトのソナタK430、ラヴェルの「高雅で感傷的なワルツ」、ショパンのバラード4番と続いた。休憩をはさんで後半が始まると、ツィメルマンはマイクを持って現れた。岡部氏によれば、彼はよく練習したと思われる日本語で次のようなメッセージを読み上げた。「日本で30年間演奏を行い、皆様に愛と友情と尊敬を持っています。友人はときには耳の痛いことも言います。私の意見に賛成でない方もいらっしゃるでしょうが」と前置きし、こう続けた。「日本が3年前に戦争に参与したことは残念です。勇気を持って反対を唱えている人たちに、これからの演奏を捧げます」ここからは岡部氏の文章をそのまま引用してみる。●それからショパン「4つのマズルカ」作品24が暗く、むなしく、悲しく響いた後、同じくショパンのソナタ第2番「葬送」に入ると、それはいつものアポロ的なツィメルマンからは想像しがたい、壮絶な演奏となった。冒頭からドライブのかかったかのような速いテンポで不安をかき立て、やがて怒りが噴出するかのようにクレッシェンドをたたみかけると、その頂点で再現する第二主題は悲痛な叫びか慟哭というべきものだった。このあたりで少なからぬ聴衆が先のメッセージとこの演奏が結びついていると思い始めたはずだ。続く第二楽章は息もつかせぬスピードとクレッシェンドと打撃的な和音の連続によって戦いの場面を髣髴とさせ、第三楽章は静謐な中間部を経て「葬送行進曲」が再帰すると、早々にディミヌエンド(次第に弱く)が始まり、弱音に至ってもなお減衰はやまず、すべてが死に絶えた。そして第四楽章はペダルを深くかけて強めの音量を保つことで、不協和音が唸りながら渦巻き、戦いの後の混沌さながらとなった。「怒り」「戦争」「死」「混沌」と化した四つの楽章に客席は息を?み、そして爆発的な拍手で応えた。この日、アンコールの加わる余地はもうなかった。(引用終わり)●この日のツィメルマンの行動と演奏に、批判がないではなかった。「音楽に政治を持ち込むのはどうか」「余計なことをして、集中を欠き、乱暴な演奏になっていたのではないか」と言ったものである。だが岡部氏は前日のこの人の演奏も聴いていて、「激情的でありながら、演奏の構築に一分の隙もなかった」と書いている。さらに次のように言う。「音楽が音楽外のものと結びつくべきではないという考えは、西洋音楽には19世紀以降根強くある。しかし、キャプションがあって写真が成り立つように、もしメッセージがなかったなら、あのような凄惨なショパンが立ち現れたことを私たちは誤読すらできなかっただろう」この文章を、岡部氏は次のように結んでいる。そのまま引用する。●ツィメルマンはこれまで強い政治的発言をしてきた人ではない。しかし、貧しかったポーランドにはピアノの部品もなく、自分で手作りして調達したという彼にとって、世界と切り離された音楽などというものはありえないのではないか。音楽(家)が音楽外のものに関わった分だけ弱くなるのではなく、時に、その人の存在そのものを賭けたリアリティをつきつけてくることを目のあたりにした一期一会のコンサートであった。(引用終わり)●人はこの人の文章を読み、さまざまな考えを抱いて立ち止まるだろう(もちろん素通りもある)。反発もあり、留保し、考え続けることもあるかもしれない。「私」もまた、そこにはいなかった。なによりそのことをとても残念に思う。だが、ここには多くのことが示されている。それだけは少なくとも確かなことのように感じている。
2006.06.20
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4月3日頃にやってきたツバメたちが6羽の子ツバメを育て上げて、全羽巣立ったのが6月7日頃のことでした。そして6月11日には再び2羽のツバメが飛来したのです。というところまでは、これまでの日記に記録してきました。2羽のツバメは新しい番(つがい)と勝手に考えていたのですが、ここへ来てわからなくなりました。サイトなどで調べると、子どもたちが巣立っていくと、またすぐに2回目の産卵に入る、というようなことが書かれているからです。なんという力業。しかしこの頼りない観察者、観察の基本として個体識別できないと意味がないなあ、と思い知るのでした。さて、そう嘆いていてもしかたなく、とにかく目撃したものを日付順に記録しておくと、6月18日 2個の卵を確認。6月20日 4個の卵を確認。朝6時頃、つがいのツバメはもう巣にはいません。それでもすぐ近くの電線にとまっているのを見つけることができます。やはり卵は全部産み終えてから、あたために入るということでしょうか。2006年ツバメ観察第2期、昼間家にはいないので、あまりに不十分な記録ですが、それでも気がついたことを書きつけていこうと思っています。
2006.06.20
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16日の日記は、削除しました。コメントしてくださった方、本当にごめんなさい。●カズオ・イシグロについては、気になっているのでまとまらないまま残しておきたいと思います。(メモ)カズオ・イシグロについてどうしてこういう語り口をとるのか、少しばかり苛立つ。この作家は恐らく人間の記憶という不思議に、強い関心がある。それを手にとりさまざまに撫で回す。それから内側に潜っていく。記憶の内側に深く沈潜する。そうして、そこで起きている化学反応を、もう一度言葉に紡ぎ直そうとする。速度はどうしても遅くなる。ゆっくりと観察しなければならないし、時間をかけなければ言葉はやってこない。●私はこれまでカズオ・イシグロの本を読んだことがなく、先日はじめて『わたしを離さないで』という最新翻訳を読んだ。この小説はあるひとりの女性の回想(記憶)で構成されている。彼女は誰かに語りかけている。回想は断片的で、それぞれ独立したエピソードになっていて、彼女が置かれている状況は、注意深く隠されている。読者はそのエピソードにそって物語をすすむしかない。彼女、および彼女たちが置かれている状況が特別なもので、それが閉じられていることが、物語が進むにつれてしだいにわかってくる。読者は不安を抱く。わからないままに彼女の語る、彼女と、その友人たちとの世界に没頭する。それはとても繊細に描かれている。デッサンという言葉が適切かどうか自信はないけれど、人間関係を描いて見事なデッサン力がこの作家にはあることがわかる。人間の記憶は、当たり前だけれどしだいに形をかえる、更新される。後に解釈されることで記憶は何度も書き換えられる。回想は、それが内向的なものであればあるほど、閉じられたものになる。作家は、閉じられた世界を描き出すために、閉じられた手法を意識的に選択したとも考えられる。この作品が提示した特異で閉じられた世界は、きわめて同時代的で、アプローチによっては大きなテーマとなるものである。普遍性がある。しかしこの人は、こうした手法を選択した。大状況を徹底して個人的な記憶で語ることによってみえてくるものを、作家は構想したのかもしれない。自分の苛立ちはどこにあったか。それはこの主人公の置かれている状況の提示の仕方だったように思う。この小説のように、注意深く隠され続ける必要があったのか。エピソードの繊細な描写力の見事さに驚かされるものの、どうしても思わせぶりな身振りを感じてしまうのだ。この小説で描かれた状況は、100%ありえないとは言えない。だがそれは、ここで提示されたようなものであるとは私には思えない。だが形を変えれば、それらは冷徹にそこにある。私たちの存在意義などせせら笑うようにして。語り手の語る限定的な世界は、秩序立っている。美しく哀しく、そして醜悪にゆがんでもいる。それは一種のリアルだ。けれどそうした世界そのものがありえないと考える自分が一方にある。その引き裂かれた感じにとまどう。その違和感も込みで作者は小説世界を提示してみせたのだろうか。この人はどうして、このような語りを選択したか。とか、ずるずると考えながら、今度は『わたしたちが孤児だったころ』を読んでみた。
2006.06.18
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リンクしている旅人さんのところで、コメントされている方が佐々木昭一郎という名前を出されていて、なんだかびっくりしてしまった。この人はかつてNHKのドラマを演出していた。もともとはラジオからテレビの世界にきた人だったと記憶する。私が知っている頃には、1年に1作というような間隔で、静かなドラマをつくっていた。地味な作品である。有名な役者さんなんてひとりも出ない。フィルムはたぶん16ミリフィルムで、画面は16ミリ独特の暗くぼんやりとした感じがある。オールロケ、照明もほとんどない。音声はほとんど現地で拾った音しかはいらない(でもその音をすごく大切にしていたと記憶する)。登場人物は、それが芝居なのかよくわかないように振る舞っていて、ふつうの声でぼそぼそと話す。そもそも脚本はあるのか。おそらくおおまかな流れはある。いや緻密な計算があるのかもしれない。しかし登場人物はその場で浮かんだことを喋っているような印象だ(あくまで印象だけれど)。後で聞いたことだけれど、撮影スタッフは、たいていの場合、演出、演出助手、カメラ、照明、録音の5人だという。ドラマの現場ではふつうでは考えられない小規模な構成だ。ドラマの内容については、いまはちょっと、書かないでおく。というか、書けない。もう何十年も見ていないのだし、正確に伝えられる自信がない。私が最初にこの人の作品をテレビで見たのは、高校か、浪人時代だったと思う。とにかくびっくりした。その当時の驚きについても、いまでは正確には捉えられそうもないけれど、これでもいいのかっという驚きだったと思う。すごく安心した。これでいいんだ、耳を澄まさなければ聞こえない、こんな小さな声だって、こんな表現だって、ちゃんと人に届いていくんだ、そんな驚きだったと記憶している。何をしていいのかなんてわからない。けれど自分はこんな表現をしたい。そんなことを思ったのだ。恥ずかしい。この人の作品は、たくさんのファンは持たなかったかも知れないけれど、ちゃんと評価されていた、と思う。イタリア賞という、当時放送界では名だたる賞を確か2回受賞していた。でも不思議と私の回りにはこの人を評価する人がその頃少なかった。それに、この人の作品を公に好きというのがなんだかとても恥ずかしいことのように感じた。すごく個人的なところのなにかに、この人の作品は響いてきたからなのかもしれない。最初に佐々木昭一郎の作品を知ってから数年後、私は偶然、NHK時代、この人の何年か先輩だった人と仕事をすることになる。数年間、正確には仕事を教えてもらった。この人も見事な人だったが、この人の佐々木さんに関わる話もまた面白かった。なんだろう。書いておきたいことがたくさんある気がするのだが、いまは書けない。
2006.06.15
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日記をアップして気がついたのですが、巣の形が明らかに違う。(誓って言いますが、これは同じ巣です。しかしそうは見えない)ということは、途中で補修をしていたということなのか。毎日見上げていたのに、何を見ていたんだか。全然気がつきませんでした。
2006.06.12
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最初の写真は、5月21日のもの。ちょっと判別がくるしいけれど、産毛の生えた雛、数羽が確認できる。それから毎日見上げていたのだけれど、親鳥がひんぱんに食事を運んでくるのでなかなか撮影することができず、次の写真が6月5日のもの。まるまると太って、成長の様子がありあり。6個の卵がすべてここまで順調に育ったことが確認できました。この頃になると、夜にはそろって巣の外におしりを向けて休むようになる。恐らくフンを巣の外に落とすために。それまでは、親鳥が食べてしまうのかどうかわからないけれど、フンの処理をするらしい。そういうわけで、巣の中はいつも清潔に保たれているらしい。そして! 翌日6月6日、さらに近づいて撮影しようとしたところ、すべての子どもたちがカメラに驚いて飛び立ってしまったのでした。それから一日二日、夜にはもどってきていたのですが、ついには夜にも姿なし。あっけないともいえる旅立ちでした。いったいどこで休んでいるのやら。せっかくだから、夜にはもどってくればいいじゃん、みたいな軽い喪失感あり。ここであらためておさらいしておきたい 笑4月3日 ツバメの飛来を確認。4月14日 一週間ほど前からつがいでの活動が見受けられる。この頃、昨年の巣を補修している様子。途中で一部崩壊したりするけれど、再度改修。4月26日3個の卵を確認。4月27日4個の卵を確認。4月28日5個の卵を確認。4月29日6個の卵を確認。翌日以降、卵の個数は増えていない様子。5月14日それまで1日おきくらいに巣を観察してきたけれど、ついにこの日、3羽の孵化確認。たぶん5月15日巣の中に卵を確認できず。すべて孵化?5月21日写真上、参照6月6日写真下、参照6月8日頃夜になっても全羽、巣に戻らず。そして、さらになんと!6月11日巣の付近にツバメ飛来。え、もどってきたの? みたいな6月12日ツバメ2羽(つがい? チームであることは確実かと)、巣の補修を開始。え、新しい夫婦? まさか、この前出て行った夫婦じゃないよね、というような。またあらたな歴史が刻まれそうなのでした。次回は、見事に補修された巣の写真などを 笑(誰に報告しているんだか)
2006.06.12
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もう一度、映像を巻き戻すようにして、私たちはいっせいに夾竹桃を見上げる。だがそれは実際には起きたことではない。私たちは道草をしながら(途中、閉店間際の喫茶店に入ったりしながら)、それでも駅に向かっていたのだから。実際に起きたのは、例えば神楽坂通りと外堀通りの交差点付近で、いっせいに夾竹桃を見上げる、その映像を巻き戻すということだった。映像は画面一杯に白い花をつけた夾竹桃が広がっているものであり、自販機の照明に反射して白く浮かび上がる花そのものであり、それを見上げている私たちだ。私が見たもののなかには、私はいるはずがない。しかし、その映像は私を含んでいるようにも感じる。あの日はベージュのジャケットを着ていた?きみが、いい色だね、っていってくれたやつだ。それが映画のフィルムだとして、夾竹桃を見上げるというそのシーンは、いったい何カットで構成されているか。それらは無数に存在する。再生されるたびに形が変わるのだから。たとえば、カメラはクレーン車に乗っていて、夾竹桃を三人の背中をなめて捉えているとする。アングルは当然ながら仰角、レンズは広角だろう。やがてカメラを積んだクレーン車は、ななめ後ろから三人を追い越して上昇していく。カメラは夾竹桃を見上げる三人の表情をとらえながら、さらにゆっくりと高く離れていき、夾竹桃を俯瞰する。その向こうには三人の姿が見える。自販機から放たれている光が、立ちつくす三人の影を長くのばしている。なんてことはしない。そんなふうに(わざとらしく)盛り上げるシーンではないはずだから。それにそうなると、カメラの視点は誰の者だろうか。神の視点?ではそこに流れた感情は、どのようなものだったろうか。それだって一定しない。私はそこにいる必要はない。私をのぞいた二人の感情の揺らぎのようなものを、それがあったと確信して、風を捉えるようにして定着させることができたなら。つまり、そのように定着させたいと執着する自分はいる。そのことを疑っていない。それは手放すことはできない、ということなのだ。定着させるということは、しかし選び取ることだ。それは捨てるということでもある。飯田橋の駅はもう少し。私たちは交差点の信号が青にかわるのを待っている。そうしてもう一度、映像を巻き戻すようにして、私たちはいっせいに夾竹桃を見上げる。
2006.06.10
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あれは夾竹桃だろうか。神楽坂の路地をはいり、民家をそのまま生かしたような店で、友人たちと食事をとった。それから数時間後、ひっそりと佇むその店を出て、なにげなく振り返ると、その店の庭先には、路地まで枝を張り出した古木がたくさんの白い花をつけていた。それはまるで夢の中のような光景だった。私たちは3人で、そのうちのひとりはベージュのニットの帽子をかぶって、少し遅れてあらわれた。ひとしきり世間話をした後に、ねえねえ、見てくれる? これを見せたかったのよ、彼女はそういって帽子をとった。それから私たちは癌の話をする。もっともほとんどは、その友人が話していた。私ともうひとりの友人は、もっぱら聞き役に回り、それからいくつかの質問をした。知識とも言えないいくつもの情報の断片が、徐々につながっていく。いま起きていることの輪郭がしだいにみえてくる。それにしてもこの癌という細胞は、いったいなんのために増殖を続けていくのだろうか。意味を求めること自体、なんの意味もないのかも知れないけれど。ねえ、聞いてる? 「もうひとつ発見があったのはね」彼女は言う。「医者の話を聞いたり、患者の話を聞いたり、本を読んだり。癌もさまざまだけれど、それを受け止める人間のアプローチのしかたもいろいろだということなの」そしてとりわけ、癌を自分の内側で受け止めることになる患者には、その人の死生観のようなものが色濃くにじむことになる。「限られた時間ということがあるとしたら、それをどのように過ごすのか、その人の生き方が浮かび上がってくるように思えるの」。「でもね、それは限られた、ということであれば、癌であろうがなかろうが、本当のところ誰のものでもあるということがわかる」神楽坂は不思議な街だ。飯田橋から矢来町へ向けて、一本の通りがある。そこからいくつもの路地が枝分かれして、さほど大きくない店が並ぶ。花柳街の佇まいが残っている通りもあれば、すぐにも民家がひっそりと軒を並べていたりする。路地を歩けば、民家の合間に隠れ家のようにして、洒落た洋食屋やバーが現れる。神楽坂の通りにはスーパーマーケットも何軒かある。どれも当然ながら、駐車場を大きくとったいまどきのマーケットではない。ここは遊興の街のようであり、しかし生活の匂いもする。この街に遊びに来た人たちの姿に混じって、子どもの手を引いてゆったりと犬を散歩させる若い夫婦の姿もあれば、連れだってジョギングをしている年配の人たちが通り過ぎていく。私たちはゆっくりと歩く。3人は少しばかり重なることもある、けれどまったく違う仕事をしている。年に何回も会うこともあったけれど、会わずに数年が経つこともある。考えてみれば、こうして3人が集まったのも4年ぶりくらいにはなるかもしれない(そうだあれは日韓共催のワールドカップがあった年だ)。私たちは確実に歳をとっている。しかしなにかが変わっていない。まあ、それが友だちということかもしれないけれど。もう一度、映像を巻き戻すようにして、私たちはいっせいに夾竹桃を見上げる。それが夾竹桃だったとして。これがささやかな物語だとして、それはどこではじまって、どこで終わっていくのだろう。
2006.06.08
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電車を降りると、雨があがっていた。地面はほんの今まで雨が落ちていたように濡れている。空を見上げると雲の合間から月が顔を出そうとしている。怒りはどのように育ち、その人のなかに棲んでいたのだろうか。ヤスクニは思い出している。昼間、食事をともにした友人と、定食屋におかれたテレビ画面をみていた。その人は取り囲む報道陣に「撤収してください」と叫び、自分に向けられたテレビカメラのレンズを手で覆ってみせた。場面は変わって、テレビ番組の取材を受けたというその人が、ゆっくりとしたテンポでなにかを喋っている。「自分は何も悪いことはしていないし」という言葉が字幕となって浮かび上がる。友人は言う。「なんかさ、自己評価が低い、そういう顔をしているよね」ヤスクニはぼんやりとした、その人の語り口のことを考えていた。それから友人の言葉を反芻する。テレビでは、その人が少女時代、いじめられていたというエピソードを紹介していた。テレビ画面に背中を向けた同級生という女性は「友だちの使い走りっていう感じがありましたねえ。暗い印象ですね」と喋っている。友人は続ける。「自分を大事にする術を知らないっていうかさ、それを知らなければ自分を大事にすることなんてできないのよ。もちろん人のことを大切にしたくたって、どうすればいいかわからないじゃない」来る日も来る日も、何年も何年もそのような日々が続くとすれば、浮上することはできない。水底で生きていたとしても、そこが水底であることがわからなければ、浮上しようという意識すら生まれようがない。浮上すれば水面があり、その先にも世界があるなんて、どのようにして知ることができるだろう。万一知ることができたとして、泳ぎ方すら知らないとしたら。友人はため息をひとつ吐き、運ばれてきた定食に箸をつける。ヤスクニもまた、ほかにすることなんてない。いまはただ、ふたりして昼飯を食べるのみだ。なんにせよ、ここは昼時の定食屋なのだから。あなたが生きていてよかった、わたしはあなたがすき、あなたはすてきなひと
2006.06.06
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