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ただいま。帰りの飛行機が 結構揺れたものの無事 帰宅いたしました。いやいや東京も 横浜も蒸し暑い3日間でございました。んが!その暑さ、熱気もワタクシが今回参加していたオールナイト・イベント「あぶらまつり」の会場には 及びませぬ。この 「あぶらまつり」 というぬるりとユルイ 突飛なタイトル。a-bra:z(アブラーズ)というバンドが主催のためでございまして決して参加者が皆、全身にオイルをぬりたくる、とかいうあやしげなモノでは ございません。a-bra:z とは昨年 夏に他界した故・サニー徳永こと 徳永善也をリーダーとする鯔背な男 四人衆。現在はアンバサダー武内 (武内 享)リットル藤井(藤井尚之)アルマジロ大土井(大土井裕二)の3名で 活動を続けております。4人とも 所属事務所がことなるためインディーズ的に自分たちでアルバムを作り、ファンが口コミで宣伝をし、ライブハウスでツアーなどをしておるのでございますが「あぶらまつり」は東京・新木場のクラブ「ageHa」で執り行われる夏の恒例 オールナイト・イベントでございます。この「あぶらまつり」、やきそばなどの食べ物屋台や射的などの出店もあるのですがクラブでオールナイト、のイベントでございますからもちろん お子様は参加できません。大のオトナが(ちなみにa-bra:z平均年齢は41才)大まじめに 真剣に思いっきり馬鹿騒ぎして一晩中 弾けちまおう!というとっても素敵な オトナの為の夏祭りなのでございます。Yeah♪今回のメインイベントはa-bra:zのライブもモチロンなのですがこの、今年の「あぶらまつり」のためだけに突然の閃きだけで急遽 作成された「あぶら音頭」の完成披露&振付け講習会。なんといっても これ!これでございます。夜も更けた25時、すっかり酔いのまわってきた出演者とファンが異様にハイテンションで盛り上がる中約1時間にわたって じっくりみっちりオリジナル盆踊りの講習会。むろん男ばかりの盆踊りでは むさ苦しいのでa-bra:zのバックには ワハハ本舗の若くてぴっちぴちで「エッジの効いたお顔」(コハラ氏談)のお姉さまが音頭披露に花を添えて。。。写真のレコードジャケ、御覧いただけますでしょうか?これが今回この一日のためだけにわざわざ作成された「あぶら音頭」のCD &「あぶらまつり」Tシャツでございます。この 思いきりのよいジャケット写真からも今回のまつりの メンバー&ファンのはじけっぷりが想像していただけるか、と思います。。。今回の参加アーティストはa-bra:zのほか、WILD-Gの隈 富太郎氏、お色気ダンサーに ワハハ本舗の若手女性の面々、とびきり楽しいMCに バーレスク・エンジンのコハラ・スマート氏、DJに Cobra氏、UJ氏、敷島親方(!)などなど 多種多彩。「あぶら音頭」講習会のあとはみんなで 屋台にくりだしておいしいものをたべたりお酒を飲んだりDJの選曲にあわせて 踊ったり・・・・・。各自 思い思いに楽しみます。そして 「あぶらまつり」はステージにあがるアーティストたちとステージを盛り上げるファンたちの距離が実質的にも感覚的にもとても近いイベントなのであります。さっきまで ステージに上がって2500名のオナゴどもにわーわー きゃーきゃー言われてたa-bra:zメンバーがひとりでふらりと屋台にあらわれて焼きそば買ってたりします。ステージ上で カッコ良くキメていた隈富太郎が カレー作ってたりします。a-bra:zの後ろで「あぶら音頭」を踊っていたワハハの方々が食券売ってたりします。出演者も ファンもともに『参加者』として一体となって もりあがっていく「あぶらまつり」そんなこんなで楽しい楽しい8時間のイベントは眠くなる暇もないほどあっという間に過ぎていったのでございました。まつりが終わって外に出るともうすっかり明るくなった29時の空が 眩しく輝いておりました。・・・来年も また来ようっと♪
2005.07.31
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明日から ちょいと帰省します。2泊3日。仕事で汗みどろのダンナを置き去りにして自由気ままな? 一人旅。ええ もちろん今回も 帰省とは名ばかりのイベント参加旅行です。しかも 今回はオールナイトですの。オホホ。。。体力的にも 年々オールはきつくなり旅費だけでも 結構な出費になるもののめっちゃ楽しげな企画の数々にやはり 参加せずにはおられない私をどうか許して ダンナさま(こんなときだけ 様づけ・・・)・・・てなわけで 行って参ります。しばしの間 ごきげんよう (^-^)/~~
2005.07.28
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楽天日記を相互リンクさせていただいているみなみな6714さんが調べ物をなさるために神戸にご滞在中と聞き及び、これを機会に 一度お会いすることとあいなりました。芦屋近辺に お勉強のため 少々立ち寄りたい所がある、とのことでしたので周辺をご案内したついでに谷崎潤一郎記念館にも立ち寄ることに。実はここ、我が家の近所にあることは知りつつもなかなか訪れる機会がなかったところ。ワタクシも楽しみにしておりました。記念館は 氏の関西での最後の住居、京都・潺湲亭(せんかんてい)の庭を模した中庭があり、その庭を臨むように復元された執筆の間や手紙、初版の本、写真、ご夫人の着物などこぢんまりとした中にもいろいろなものが展示されておりひとつひとつ 興味深く見学。でも それらよりも明治から昭和にかけての有名作家の原稿の写しの入ったファイルがロビーに展示されていてみなみなさんとふたりそれをみながら「わ、こんな字じゃあ 編集者が読めないよ」「こっちは達筆すぎて読めない…」「なんでこのひと、全部の漢字にふりがなふってあるの?」「これは字がちっちゃすぎ~」「性格出てるね~」などなど 言いたい放題。谷崎氏の遺品よりもこっちのほうが面白くて大盛り上がり(笑)その後 神戸へと出向き異人館街あたりを散策した後神戸スイーツハーバーという全国から選りすぐりのスイーツが集うお菓子の殿堂へ。美味しいケーキと紅茶とプリン、そしてあやしい(?)ラベンダー味ラムネを堪能し神戸&芦屋 散策三昧の一日を終えたのでした。↓は 神戸 異人館街の有名な「うろこの家」台風最接近の日だったのですが曇ってはいたものの 雨も殆ど降らず快適な一日だったこともありゆっくりのんびり人の少ない観光名所を満喫いたしました♪
2005.07.26
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気温36度。暑い中 平安神宮へ赴いた。今日は藤井フミヤ氏の 平安神宮3DAYS LIVE最終日である。屋外でのライブに参加するのは何年ぶりだろう。屋外イベントにはちょくちょく 参加する機会があったけれどライブとなると多分 とおい昔同氏がバンドでリードヴォーカルをつとめていた時代の西武球場でのライブ以来ではなかろうか。あの頃、私は高校生だった。溢れるパワーの殆どをライブで発散させていた。真夏の 大雨の中観客が皆 まるで何かの信者のようにおそろいの白いビニールのレインコートを羽織って雨と汗で 全身ずぶ濡れになりながら声の限りに歌い叫んだあの日・・・今 私は 日傘をさして 松の木陰にいる。日焼けをおそれずめいっぱいのお洒落をしてライブに通っていた遠い日に思いを馳せて。夕日も傾きかけた 18時15分。雅楽の演奏が 静かに始まる。 流れる雲を見上げながら雅楽の調べは やはり 屋外で聴くためにつくられたものなのだな、とふと思う。風に乗って流れる音のなんと心地よいことだろう。あの独特の ゆるりとした旋律は風の流れと相まって空に届いて はじめて 息づくように思う。雅楽奉納後フミヤ氏が登場。氏が祝詞をあげ、皆で神様に拝礼しライブが始まった。バラードのゆったりとした旋律にのせてのびやかな歌声が 波のように広がってゆく。空を見上げながらやっぱり いいな、と 思う。正直言ってしまうと藤井フミヤ、という キャラクター自体には今も昔も さほどの 思い入れはない。もちろん 嫌いではない。けれど大好き! というわけでもない。でも ライブは別だ。彼のライブは 大好きだ。今回のようにしっとりと聴かせるライブもいいし、POPに弾けて 踊りまくるライブもいい。今も昔もライブの時だけはすべてのことから トリップできる。周囲の雑多な事柄からも自分自身の 内側からも。隣に座っている女性はオペラグラスを手に熱心に一心にステージを見つめている。私は 流れるようなラブソングを聴きながら暮れゆく空や森に帰る鳥やライトアップされた神宮を見上げている。ライブの途中で 松明が焚かれその熱気が 空気中の湿度を増す。音が 歌声が松明の炎とともにもうすっかり暗くなった空へと舞い上がる。目の前にそびえる照明用のやぐらの高い位置にピンスポットを当てていているひとがいる。彼の横にも 大きな松明の灯が揺れていてさぞかし暑いだろうな、と思う。昔 私も照明の仕事をやっていたことがある。ピンスポットは 使用中相当の熱を持つ。軍手をしなければ色のフィルターを変えられないこともあるのだ。ピンスポットの彼は外気の熱気と 左右からの熱波で意識が飛んでしまうのではなかろうか、と心配してみたりもする。暗闇に浮かび上がる平安神宮は妖艶で 美しかった。闇が迫ると同時に雲が多くなってきて残念なことに 星空のもとでのライブ、とはならなかったもののそれでも今宵歌われた たくさんの空のうたは6000人のファンの想いとともに天上へと吸い込まれていくようだった。京都の寺社で時折行われているライブにこれからはもっと時間を見つけて参加したい、帰り道のぼりはじめた月を見ながらそう思った。
2005.07.24
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ムーミンの物語が好きである。あの 独特な世界観、ムーミン谷の雰囲気、個性豊かなキャラクターたち・・・大好きな スナフキン、そして にょろにょろ。もちろん、ムーミン・トロールも好きだけど。・・・嗚呼 ムーミン谷に住んでみたい・・・インターネットを始めたころネットサーフィンが面白くて自分の好きなものや 興味のある言葉を片っ端から検索にかけいろんなサイトに行った。そして そこで 見つけたのだ。ムーミン谷を。『ムーミン谷に住んでみたい。 そう思った瞬間から あなたはもうムーミン谷の住人なのです』ムーミン公式サイトに書かれた言葉に小躍りしながら 村民登録をしたのが5年前。・・・というわけでワタクシのムーミン谷での生活はそろそろ6年目を迎える。ムーミン谷は むかしと変わらないけれど公式サイトは ときおり模様替えをする。今年は ムーミン誕生60周年の記念すべき年にあたり村のマーケットでも 記念品を販売したり、イベントを行ったり、といろいろ にぎやかだ。このムーミン公式サイトで特にお気に入りのコーナーがふたつある。ひとつは『今週の名言』今週の名言は こちら 「歌の調べって、気むずかしいものなのです。 特に、楽しくて同時に悲しいうたでなくてはならないときには なおさらです」(スナフキン『ムーミン谷の仲間たち』)・・・う~ん さすがスナフキン。 深いです。もうひとつは『ムーミン知識箱』ムーミンのおはなしに関するびっくりな豆知識がいろいろ載ってます。ワタクシ的には「フローレン(ムーミンのガールフレンド)は 気分によって 肌の色がかわります」というのが とても衝撃的でした (^^;楽しいムーミン谷へみなさまもどうぞ お越し下さいませ。
2005.07.23
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最近、ニュースなどでも取り上げられている「ホワイトバンド」なんということのない普通の白いリストバンドなのですがこれには 『地球から貧困をなくそう』という意味が込められています。今 日本は『貧困』とは 程遠い場所にいます。でも 遠いアフリカでは貧しさのため3秒にひとり、こどもが死んでいます。アスタリスク *** の意味すること * * *3秒にひとり、子どもが貧困から死んでいます。この状況を変えるには、お金ではなく、あなたの声が必要です。***は「3秒にひとり」失われていく小さな命を、もう失わせない、という意味をこめて、3秒をあらわす3つのアスタリスクをホワイトバンドに刻印しました。もうひとつの意味は隠し文字としての***。いのち、なかま、みんな、だいじ、ひとつ、だから、一緒に、まえへ、、、参加してくれた人の数だけある、ひとそれぞれの思い、合い言葉を、それぞれが腕にできるように。あなたの合い言葉はなんですか。もうひとつは、ただの・・・だと悲しすぎるから、***。その命が、これからは、かならず花ひらくように。 * * * ―「ほっとけない 世界のまずしさ」 質問集 FAQ よりhttp://hottokenai.jp/faq/white.html ホワイトバンド公式ブログにこのブログをトラックバックさせていただきました。まずは ホワイトバンド・プロジェクト--ほっとけない 世界の貧しさ--を一度 訪れて見て下さい。そして 知って下さい。この ホワイトバンドは全国の主要書店、タワーレコード、Francfranc全店などで販売されているそうです。(しかし 反響が大きく、今は品薄状態とのことです)オンライン販売も行っているそうです。1本 300円。小学生でも、おこづかいで買える額に、とこの額に決まった、とニュースでは伝えていました。でも ほんとうにたいせつなのはお金よりもひとりひとりの「意識」です。みなさんも考えてみませんか。
2005.07.22
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松平健さまが『マツケンサンバ 2』に続きなんと『マツケンサンバ 3』を9月14日に 発売される、とのこと。ひぇ~~~~!健さまったらまたまた やってくれちゃうのですか!しかも今回作詞は 健さまご自身がご担当。・・・どんな歌詞を書かれたのだろう?・・・ちょっと楽しみである。 作曲は「2」でおなじみ、宮川彬良さん、振付けも「テゥー」でおなじみ、真島茂樹さん。気になる衣装は『燃えるような』赤いラメらしい。「2」のあとの 「3」、やや「二匹目のドジョウ」な感も拭いきれないところはあるけれどでも やはり老若男女、あれだけこぞって歌って、踊って、楽しめる、というのはマツケンさんの 抜群のエンターテイメント性ももちろんだけれど、それだけ 「2」が 「いい曲」であった、ということなんだと思う。年末の公開歌番組でビッカビカにひかり輝くマツケンさんを振まねをしながら応援していた客席のひとたちは若者も、こどもも、お年寄りも、みんな みんな「いい顔」してた。『マツケンサンバ 3』も老いも若きも みんな笑顔で唄い踊れる 「いい曲」だといいな、と思う。またTVでマツケンさんの華麗なステップと「マジィ」(真島センセイ)のスペシャルなダンスを拝見できるのだろう。今から 楽しみだ。
2005.07.21
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以前 楽天日記を相互リンクさせていただいていたuser837173さん。しばらくサイトを閉じていらっしゃったのですが先日 復帰されたとのご連絡を頂きました。ようこそ おかえりなさいませ~♪よくぞ この、地味で代り映えしないワタクシのサイトのことなんぞ覚えていてくださいました・・・(涙涙)復帰後のサイト名はロマンス ブルーの「写真生活」ワタクシも早速 お邪魔してまいりました。TOPのあさがおの写真が控えめながらも とてもお洒落で涼しげです。ロマンスブルーさんのお写真は以前のサイトのときにもよく拝見しておりましたし写真展にも足を運ばせていただいたことがあるのですがどこか 「ぐぐっ」と くるのです。どこが どういうふうに?と 訊かれるとうまく言葉に出来なくて困ってしまうのですがそのうまく言葉に出来ない「ぐぐっ」を 一枚の絵として表現できるのがスゴイなあ。 と。ワタクシは自分が写真を撮るのが ものすごく下手なので「素敵な写真」を撮る方は(上手な写真、ではなく 素敵な写真です)いったい どうやって撮っているのやら見当もつきません。アングルがどう、とかカメラの性能がどう、とか光の加減がどう、とかそれはもちろん『上手な写真』を撮ることにおいてはとても重要なことなのでしょうけれども『素敵な写真』を撮るということはそれとは全く別物の なにか、がとても重要な気がします。そして その重要な「なにか」はやはり言葉には出来なくてそれをココロのアンテナでうまく察知できるかどうかで写るものが違ってくるように思うのです。それを しいて言葉にするならば「その写真の 向こう側の見えない部分と こちら側の見えない部分とが見える」感じとでもいいましょうか・・・う~ん なんか言葉にするとやっぱりちがうな。う~ん・・・写真を撮るのも撮られるのもどちらも 得意じゃないけれど素敵な写真を見るのは 大好き。というわけでこれからのロマンスブルーさんの作品におおいに期待してしまうワタクシなのでした。
2005.07.18
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小学校3年~5年生ごろの私は何故か 水色が大好きだった。みずいろのデニム地の母お手製の布バックに教科書を入れ、みずいろのジャンパースカートにみずいろの運動靴、といったようなイデタチでふつうに登校したりしていた。服だけでなくたとえば 鉛筆やシャープペンシルも青やみずいろの柄のものが多かったし、当時 ふで箱として使うのが流行っていたカンペンケースも、給食のときに使うプラスチック製のコップまでもが水色だった。そもそも何故 その時期自分がそんなにも水色ばかりに執着していたのか。もしかしたら 「ピンク嫌いの反動」だったのかもしれない。ことに男女の性別は 色で表されることが多い。生まれたときのベビー服は 大抵男の子なら みずいろ、女の子なら ピンクいろ、であるし大人になっても例えば駅やデパートのお手洗いの表示は男性用は 青、もしくは黒で女性用は 赤、もしくはピンクであることが多い。一度だけ女性用が黒、男性用が赤、という表示の場所に出会したことがあってそのときは よく確かめもせず赤い表示の方に入ってしまい用足し中のおじさんと目が合って驚いて飛び出してしまった経験があるが無意識にすり込まれてしまうほど『女性用は赤』が浸透している。でも 私は小さい頃からピンクや赤が 好きではなかった。今では 赤は さほど嫌いではなく時に応じて 着たり持ったりもするようになったがピンクだけは 相変わらずいただけない。反して 母はピンクが好きであった。某林家夫妻のように 何もかもピンクというわけではないけれど家を新築したときに2階のトイレの便器がピンクでしかも淡い桜色ではなく、かなり堂々としたピンク色だったのでおったまげた想い出がある。そんな母であるから幼い娘には何かというとピンクを着せたがった。ピアノの発表会やら七五三やらお出かけ用のワンピースやらことあるごとに 淡いピンクの服を母は勧めた。普段「おんなのこ」らしくない言動の多い娘を慮(おもんばか)ってのことか、といまとなれば思えるのだが当時の私としてはどうして自分の好きでもない色を着なければならないのか、と不満たらたらで結局たった一度しか袖を通さないことも多く、それではあんまりにも勿体ない、ということで私が10才になるころには自分の好きな色の服を選ぶことのほうが多くなった。結果、茶色や黒、グレー、紺、緑、といった服が多くなり洋服ダンスは 小さい女の子のものとは思えないほど明度の低い色合いのものばかりが占めるようになった。「これじゃあ まるでお葬式みたいじゃないの。 もっと明るい色を着ればいいのに」言われて なるほど、それもそうか、と思い自分の好きな 寒色系で尚且つ明るい色、というので辿り着いた究極の色が『水色』だった、というわけである。・・・その結果 ついたあだ名が 「みずいろ仮面」 ・・・である。 しかし これはいくらなんでもあんまりではなかろうか。口の悪い男子児童にしか言われなかったあだ名だけれどちいさな胸に 日々ちくちくとその言葉端は 刺さっていたのであった。
2005.07.17
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第133回 芥川賞・直木賞が発表になりました。今回 受賞されたのはつぎのお二方。 <芥川賞> 『土の中の子供』 / 中村文則 <直木賞> 『花まんま』 / 朱川湊人直木賞候補に挙がっていたワタクシの好きな3人の作家さん恩田陸さん三浦しをんさん森絵都さんは残念ながら今回は受賞できませんでした・・・う~ん 残念・・・!!特に 三浦しをんさんはいま、マイブームな作家さんなので一番期待していたのですけど。でも 候補に挙がっただけでもすごいこと、なんですよね。ファンとしては残念ですけれどまた 次回に期待しちゃいましょう♪
2005.07.15
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これまでも たびたびこのブログで その成長ぶりをお伝えしていた我が家の四つ葉ダイコンちゃん。芽吹いたときから 既に4つ葉。ならば本葉も 四つ葉で伸びてくるものと思いきやなぜか 三つ葉で伸びてきたという少々ひねくれ者の四つ葉ダイコンちゃんのこと、ワタクシ 心配しておりました。なんだか やけに葉っぱだけが わさわさと豪快に育つのでダイコンになる部分は大きくならないのではなかろうか。とか。はたまたまさか ダイコンの部分まで4つ股になったりしてはいなかろうか。とか。根本の土を ちょっとだけほじくりかえしてみたりしつつハラハラ ドキドキ日々 成長を見守っておりましたのですが連日の雨のめぐみを受けてすくすくと おおきく成長し昨日 無事収穫に至りました♪↓の写真 ひだりのわっしゃわっしゃと 葉っぱが茂っているほうが四つ葉ダイコンちゃん。右側は 同時期に蒔いたごくふつうの二十日ダイコンちゃんです。ちょいと画像がハレーション起こしてますが(笑)こんなに美味しそうに育ってくれました。その後 ダイコンちゃんたちは晩ご飯のメインディッシュ『ホタテとやさいの炒め物』のお皿の脇にちょこんと愛らしく赤い彩りを添えてくれました、とさ。・・・え?ひとつしかない四つ葉ダイコン結局 誰が食べたのかって?そりゃあ、もちろん丹精こめて育てたワタクシがありがたく頂きました。おいしかったですとも。むふふ。
2005.07.13
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NHK教育テレビを見るのが好きである。子ども番組からおとなの趣味講座、ニュース番組にいたるまで結構 濃いキャラの出演者が多いんである。イチ押しは『手話ニュース845』のキャスター丸山浩路サン四角いお顔と濃いまゆ毛、ダイナミックでおおぶりな手話がとってもチャーミング。お料理番組に出ているマロンちゃんも「うふっ♪」「あらっ♪」なんてオネエ言葉が随所に出てきちゃったりして カワイイ。お料理もわりと簡単で作りやすいものを紹介してくれる。子ども向け音楽人形劇『夕方クインテット』でピアノを弾いてるアキラさんこと、宮川彬良さんはマツケン・サンバ2の作曲をされた方だと最近知った。サラサラのボブヘアーに ひとすじのメッシュがお洒落である。ちょっと前だと趣味講座の編み物の講師として登場された広瀬光治センセイもその中性的な魅力と真夏でもお手製のひらひらニットをお召しになっていらっしゃるのがどうにもこうにも気になって仕方なくて毎週欠かさず 講座を見入ってしまった。他にもまだまだ魅力的な出演者の方はたくさんいらっしゃるのであるがしかし NHKさんは いったいどこから あのような濃いキャラの講師の方々を探して来られるのであろうか。今後も どんな面白・・・いや魅力的な講師の方々がご登場されるのか非常に楽しみにしているのである。
2005.07.11
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ワタクシの好きな作家さんである三浦しをんさん と 森絵都さん それに 恩田陸さん がそろって今年度の直木賞候補になりました。 わーい♪ バンザイ \(^o^)/候補作は三浦しをんさん が 「むかしのはなし」森絵都さん が 「いつかパラソルの下で」恩田陸さん が 「ユーシニア」自分の好きな作家さんがこういう大きな賞の候補になるとなんだか 自分までどきどきしちゃいます。。。発表は 来週14日だとか。どきどきどきどき3人とも受賞! なんてことないよなあ・・・ (^^;
2005.07.07
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・・・といってもワタクシの大好きな、川上弘美さんの本のこと、では ございませぬ。かれこれ 10年ほども前のことになりましょうか。その頃 ワタクシは体調を崩して 勤めていた会社を辞めコンビニでアルバイトをしておりました。バイト先のコンビニまでは直線だと 2~300メートルほどの距離なのですがその直線上に 線路やら 小学校やらがあってかなり遠回りしていかなければならずちょっとばかり 通うのが面倒でした。それは 秋のおわりのとある日のこと。もうすぐ冬だというのにまるで 夏がぶり返したかのような蒸し暑い 不思議な気候の日でした。その日の仕事のシフトは午後5時から10時まででした。いつもより 少しだけ家を出るのが遅れてしまったワタクシはいつもは回り道をして通る小学校の校庭をまっすぐ突っ切って 向こう側に抜けるルートでバイト先に向かうことにいたしました。本来ならば関係者以外立ち入り禁止である学校内ですが丁度この時間は 下校時間ギリギリの校門が閉鎖される、少し手前の頃合い。この時間ならば小学校に3箇所ある校門がすべて開放されていて校内を突っ切るこのルートならばいつも通る回り道よりも2~3分ほど 早く着くことができるのです。もう陽もすっかり落ちていて薄い紫色の空が濃紺の闇に 徐々に染まりはじめておりました。ワタクシは その3箇所の校門のうち一番生徒の出入りのある西門から校内に入っていきました。一番出入りがある、とはいってもそれはまだ陽も高い、昼間のこと。こんな時間に下校している児童はほとんどおりません。ワタクシが入っていったときも校舎から出てくる児童はひとりもおりませんでした。この小学校はちょっとした丘の上にありくねくねと校舎が入り組んでいて部外者が立ち入ると 迷子になってしまいそうな造りなのですがこの小学校の卒業生でもあるワタクシには勝手知ったる庭も同然です。赤錆の浮いた 長い鉄階段を上がっていくと桜の丘の上に建つ 白い校舎が見えます。卒業した頃と殆ど変わっていない 懐かしい校舎。特徴のある 廊下の丸い窓や木で出来たおおきな下駄箱、トタン屋根で繋がったプールへの渡り廊下もそのままです。でもやはり ところどころ老朽化して ヒビでも入っているのでしょうか、改築工事をしているらしく工事用のセメント袋やネコ車、ちいさなショベルカーなどが校舎の影になっている一角に赤いパイロンに囲まれてひっそりと置かれていました。そうだよな、自分が卒業してからもう十何年も経つんだものな・・・そんなことをぼんやりと思いながらその工事用具一式の置いてある横を通り過ぎました。通り過ぎてから ふと何かが気になって振り向くとさっきのショベルカーの運転席に小学校1年生くらいの男の子が座っています。ちいさなショベルカーには運転席のところにドアがなく周りにもパイロンが置いてあるだけでした。5,6才の男の子でも 容易によじ登ることが可能でした。きっと 好奇心につられ運転手を気取ってみたくなったのでしょう。ちいさな男の子なら よくやりそうなことです。「ワンパク坊主だな」ふふっと 思わず微笑んでしばらく彼を見つめてからワタクシはバイト先に向かうべく出口となる正門の方へ向かって歩き始めました。しかし2,3歩いった所で ワタクシは立ち止まりました。---- 待てよ。 こんな暗い中、あんな小さい子が ショベルカーの運転席なんかに上ってちゃ 危ないじゃないか。 足元が見えなくて 転落したらどうする!! ----ワタクシは 慌てて振り返りショベルカーの運転席を見つめました。---- しかし そこには 誰もいませんでした ----男の子がショベルカーを降りるような足音も聞こえませんでしたし誰か他の人がきて 男の子を連れていったような気配もありませんでした。---- 落ちたのかもしれない ----そんな音は聞こえなかったけれどセメント袋の上か何か音のしないような所に落ちたのかもしれない。ワタクシは 慌ててショベルカーの脇に駆け寄りそこここ探してまわりました。男の子は いませんでした。彼は ワタクシが振り返るたかだか 2,3秒の間に音もなく 消えてしまったのです。・・・何故?そう・・・考えてみれば最初からおかしなことなのでした。もうすっかり暗くなっている この時間に街灯のあかりもないのに5メートルほど先にあるショベルカーの運転席のちいさな男の子の その身体だけがぼんやりと光って見えることなどありえなかったのです。彼の身体は蛍のようにぼんやりと緑色に光っていたのです。季節外れの 蒸し暑い空気の中背筋に冷たい汗がつたいました。ワタクシは 逃げるように足早にその場を後にしたのでした。
2005.07.05
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今日も雨昨日も雨一昨日も雨、である。フローリングの床がなにやら しっとりと裸足の足の裏に張り付いてくる。6月のおわりに鳴いていたあのクマゼミはどうしたであろう?あれから一度も声を聞いていない。洗濯物が あまりにも溜まってきたので朝、雨が降っていなかったのをよいことに久しぶりに洗濯をしてみたのだけれど干し終わって間もなくして降りだした雨はときおり止んだりはするもののいまもシトシトと路面を濡らし続けている。相変わらず 洗濯物は乾かないけれど取り込んでも 我が家は室内に干す場所がない。諦めて ベランダに干しっぱなしだ。嗚呼浴室乾燥機が 激しく欲しい。なんぞと 悠長なことをつらつらと書き連ねているうちに雨が激しくなってきて大急ぎでベランダに走る。生乾きの布の山を眺めつつ途方に暮れる。除湿器と扇風機でこれだけの布を乾かすのには相当の時間がかかる。・・・仕方ない。 クーラーの除湿機能に頼ろう・・・我が家の 幅数ミリほどの鴨居におそるおそる洗濯ハンガーをひっかけてそろりそろりと洗濯物を吊るしていく。このウチの鴨居は壁から出っ張っている、ハンガーなどをちょっと引っかけておくことができるあの幅が何故か極端に狭く出来ている。洗濯ハンガーなどのでかい物体をその鴨居にかけると不安定なことこの上ない。うっかり すぐ脇を通ろうものなら即座に洗濯物は ハンガーごと落下、床に響いて 階下のお宅のご迷惑となる。なので 本当にどうしても乾かない、やむをえない場合をのぞき室内で干すことはないのだけれど今日のこの降りでは いたしかたあるまい。暑いとクーラー、雨でもクーラー。地球に優しくないなあと反省しつつ乾いたらすぐに消すからもうしばらくゆるしてね、とぽつり誰にでもなく呟いてみる。
2005.07.03
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このブログの「お気に入り」の日記サイトにリンクさせて頂いているフリーアナウンサーの いまいずみさんが (漢字で『今泉さん』と書くより ひらがなで『いまいずみさん』と書いたほうが 何だかより、「いまいずみさん」らしい感じが致します)本日 7/1 お誕生日だったご様子。おお!これはこれは オメデトウゴザイマス。。。。ではてさて おいくつになられたのでせう?・・・とこの日のブログを拝読したら・・・な!なんとワタクシと ひとつ違いである、ということが判明!わーーーーーーーーーー・・・・かなり ショック。TVに出ているひと、特に アナウンサーやスポーツ選手はぱっと見で 絶対若い!とわかる人でも何となく 無意識的に『自分より 結構年上』扱いしてしまっているワタクシにとってこれは なかなかショックな出来事でありましてモチロン いまいずみさんはきっと同年代くらいであろう、と薄々感じ取ってはいるものの現実として チャキチャキと仕事をしていらっしゃる結構好きなアナウンサーさんと 自分とが「ひとつしか 歳が違わない」とわかるとかなりショックなものなのであります。日頃の自分のダメダメさ加減といまいずみさんの いいかんじのオトナ加減を無謀にも ココロの中で比べてみてしまい溜息をつく私。。。嗚呼、わたしったらこの三十うん年間、一体 何をしてきたんだろうか。。。アナウンサーの方と自分を比べること自体身の程知らず、というものだけれど既に比べてしまったんだから 仕方がない。ココロを ぺこっと凹ませながらもさ。 気を取り直して 明日から がんばろうかな。 ふう・・・
2005.07.01
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