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今、靖国神社に首相が参拝するかどうかで、日中、あるいは日韓の間に、大きな波風が立っている。神社というのは、日本の古来の尊形を祀る考えが具現化されたもので、「産土神(うぶすながみ)、天神地祇(ちぎ)、皇室や氏族の祖神、国家に功労のあった者、偉人・義士などの霊を神として祀(まつ)った所」(「大事林」より)とある。なかんづく、靖国神社は、国事に殉じた者を祀るとして、明治維新から第二次大戦に至る戦死者が対象となっている。その中に、第二次大戦におけるA級戦犯が合祀されているところに、中国、韓国との摩擦の種がある。先方にしてみれば、中国を蹂躙し、韓国に迷惑を掛けた戦争の当事者たちが、尊ぶべき“神”として祀られ、今なお、時の国の責任者がそれを尊ぶとなれば、文字通りからして、看過できないのが人間の心情に違いないのである。今年、第二次大戦、日本にしてみれば、太平洋戦争終結60周年を迎える。ここに思うに、果たして、戦死者だけが国家が尊重するべき対象なのであろうか。太平洋戦争は、戦死者にしても、銃後の被災者にしても、いずれも戦争の犠牲者なのだ。私の身内にも、いっぱい犠牲者がいる。戦死者以外の犠牲者の魂はいったいどう扱われるのであろうか。この大きな節目に、戦争の悲惨さが身に降りかかった人々がまだ、健在のうちに、かの戦争による犠牲者のすべてを慰霊する印こそ、必要ではないだろうか。戦争への道は世界の趨勢であったし、また、明治以来の富国強兵路線の延長線の姿ともいえる。ついこの前の話なので、記憶に新しいから、こうして隣国から注文も付くのだが、歴史を紐解けば、世界中が戦争の歴史そのものである。ローマが大帝国をつくり、元が大国となり、日本にも襲来したこと、先住民を凌駕して南北アメリカの新天地が切り開かれたこと、いずれも力に訴えた戦争の産物ではなかったか。もう、人類は、この地上から、暴力に訴えるべき時代を終結させねばならない。いま、ここに、戦争の時代の終結を宣する意味でも、戦争の永遠終結の慰霊碑を建ててもらいたいと願うものである。国家が尊ぶべきものは、その国を形成する人々なのである。特にわが国は、人類の生み出した最凶悪兵器たる、核爆弾の被災国である。その日本が、世界の先頭に立ち、戦争絶滅の旗を振らずして、誰が振るのかと言いたい。この、戦争永遠絶滅の精神を持って、国連にも臨むのでなければ、世界は了とせず、それこそ、日本の使命を放棄したものと言わざるを得ない。
2005.05.31
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“春雨だ、濡れて行こう”と言う台詞があるが、確かに、寒く冷たい雨に比べて、暖かくなった春の雨、それも細かい雨ならばいいけれど、今日のような本格的な雨は、“濡れて行こう”と言うわけにいかない。昨日の晴れ具合で、安心して、外に出しっ放しだった洗濯物が、ぐっしょりと濡れ、洗い直しとなった。私の記憶によると、五月というと、後半雨降りが多く、そのまま梅雨に、のケースをよく思い出す。今年は、確かに去年に比べると季節のずれがあるが、気温上は、平年並みは維持しているわけで、結局、梅雨近しと言うのが本当のようになって来た。
2005.05.30
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部屋の窓を開けると、もうすっかり夕闇に領された外は、それでも、空の雲の厚薄が識別できる。東の空に、ヘリコプターの唸り音が聞こえ、時折、それが発する閃光が、赤と黄色を帯び、交互に円を描いて見える。何かの取材か、それとも、特別な任務を帯びて飛んでいるのかも知れない。安定した音を響かせ、やがて視野の外へと去って行った。ヘリコプターが、よく上空を通り過ぎる音を追跡することがあるが、何か、不安そうで、ビクビクして飛んでいるように聞こえることがある。あのプロペラが回る音に、そのヘリコプターの乗員の雰囲気が乗るためと、私は思う。自動車の音にしてもそうだ。荒っぽく、あるいは気障な音を立てるものもあれば、ゆったりとして、あたりも和ませるような、穏やかな音もある。急いでいる車は、やっぱり、それなりの音を立てている。いらいらして乗っている雰囲気も伝わって来るし、自然に、何気なく走っている音も、分かるものだ。できれば、悠々と、周りを慮って走って欲しいものである。
2005.05.27
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この五月、あまりいい天気が続かないので、昔の記憶から、このまま梅雨に?といやな予感がしたりしていたが、いやいや、まだ、大丈夫、花が遅れているように、梅雨の季節も同じくらいは遅れるのではなかろうかと思われる。梅の実が熟して、ぽたりと落ちる頃までは。
2005.05.26
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次第に熟し行く梅の実を幾つも支え、今やその重さに枝も撓っている。そこに働く力は、見栄や格好も構わず、ひたむきに子を育てんとする親の姿、心に通じるものを感じる。
2005.05.25
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ストアで買い物をして、帰ろうとしたら、あいにくの雨だ。丁度お腹も空いたところで、お隣のファミレスに入った。階段を上がって二階にある。軽くスパゲティーなど頼んで、食べ終わったが、やはり雨脚に変化はない。ラテン風の歌声の音楽が流れる空間は、先ほどから聞こえていた大きな笑い声も、今は途切れている。次第に夕闇の迫る外は、大きなガラスの窓越しに、一階の店先を照らす放射状の照明灯がセットされていて、さらさらと降る雨脚に光線が当たって煌いている。大きい雨粒は黒っぽく、やや細かい粒は銀色に輝く。それがふと風の吹くたびに、右や左に舞うように落ちて行く。そして、時折、その照明灯の円いガラスの表面付近から、照明灯の熱によって生まれる水蒸気がファッと霧吹きでも吹いたよう、白い煙となって出るのである。雨脚の加減は、この照明灯が映し出す雨の複雑な舞踊りの模様で分かる。やがて、大粒の雨がほとんどなくなり、細かい霧状の粒を残す状況になったので、帰ることにした。外に出ると、やはり、雨に濡れそうな風情のため、その二軒ほど先のコンビニで、ビニール傘を求め、家路に着いた。何か面白いものを見て来たような、雨宿りにならない雨宿りだった。
2005.05.24
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驟雨 大空の微塵を除き今 月光の燦たり微風 静かに渡り眠りにつきし町は 静かなり幾百万年の時の流れも一瞬のごとき 月光青く 白く 眩く大地の面を照らす汝は 幾そばくの ドラマをば見届けたりや幾そばくの 生けるものの 営みをば見たりや鋼鉄の眼と慈しみの眼差しと悲哀と歓喜こもごもに見たりやしかし ただ その軌道を外すことなく今もなお時のしからしむまま通り過ぎて行く
2005.05.23
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人間の適温と言うか、適湿と言うか、周囲環境に対する要求は大変微妙ものだ。気温だけでなく、湿度との兼ね合い、そして順応性が絡んで、急激な変化にも敏感で、誠にややこしく、難しいものだ。しかし、人間のこのような、鋭敏さ、順応性、適応能力、向上心等が、人類をして、大いなる進化と繁栄をもたらせたと言うべきであろう。この分だと、人類、否、生物の在りようは、まだまだ、進化を遂げるのではなかろうか。
2005.05.23
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今年の桜の開花は、去年に比べ、約2週間くらいの遅れだったが、薔薇も、やっぱり、同じくらい遅れている。去年は、5月の初めには、いっぱい咲いていたのに、今年は今、ようやく、去年並みに咲いている。心なしか、花の雰囲気が、去年のそれに比べて、寒さを耐えて来たような趣を感じる。花びらがやや厚く、色も濃い。
2005.05.22
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架空の絵をなぞらえて、何としよう。今の足下を耕してこそ、明日の希望もあるのだ。種に水を遣り過ぎて、種を腐らせてなるものか。大事に、大事に、育てて双葉が出、やがて繁茂するべきなり。怠惰な自分を乗り越え、乗り越え、一歩、一歩が百里にもなり、果ては千里の外も叶うべきなり。大いなる、夢捨てる事勿れ。
2005.05.21
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今、万博のタイミングもよろしく、関係各社が競って、世の中の待望するロボット開発にしのぎを削っているようだ。いわく、人の指示で家電を操作したり、買い物のお供をするなどの機能を追加する等、高齢者や幼児向けニーズ対応とか。確かに、昨今は、少子高齢化時代到来で、いろいろな分野でニーズも様変わりしているに違いない。一人っ子や老人が増える中、その対応をにらんでいるというわけだ。しかし、単なる安全や気休め、便利止まりでは、ニーズも伸び悩むだろう。やはり、実用的で、大きな効果が得られることにこそ、財布の紐も緩むと言うものだ。人間の形にこだわらなくても、生活の周辺を眺め回せば、機械や道具の形であってもよく、工夫とアイディアで、生活を支援する実用に供し、効果的な価値を生むロボットのニーズは転がっていそうだ。
2005.05.21
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瞬間、瞬間に到来する時空は、これ、常に、新たな瞬間だ。ともすれば、惰性となり、昨日の続きの今日、今日の続きの明日と捉えているが、実は、全く新しい領域へ、領域へと突入して行っているのだ。このことを、念頭に置いて、己が未来を、大きく開くような気持ちで、瞬間、瞬間を克ち取って行きたいものである。
2005.05.20
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ようやっと、暖かさが戻って来た。改めて、春の時節の有り難味を感じる。
2005.05.19
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なぁ~んだ、雨降って来た、とがっかりするのだが、庭の草木は涼しい顔で、はい、はい、今度は、雨ですね、うれしいなぁ、晴れれば晴れたで、う~ん、今日は最高だ、と歓ぶのである。
2005.05.18
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日本も、もう、昔のように、右に習えで、体を動かしていればお金になるという時代は終わった。時は金なりではなく、アイディアは金なりだ。企業も、大も中小も、アイディアで勝負しているところは、厳然と存立している。商売も、ただ並べて置けば売れる時代ではない。どう仕掛けるか、まさにアイディアの世界である。日本再生の道は、日本人が有史以来得意として来た、応用力を存分に発揮する一方、創造性の活力をどう養うかに懸かっていると言えよう。
2005.05.17
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梅の木、初々しさを見せていた実も、次第に熟成の感あり、一方、葉には、濃い艶が出て来た。
2005.05.16
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首都圏の陣地・関東平野というのは、面白い位置にある。すなわち、ある時は、西日本と同様の空模様だが、一歩翻ると、東北日本寄りの空模様になる。地形の通り、角地のゆえに、西の天気の勢力が強いと西寄りに、東北の勢力が強い時は、東北寄りの天候になるようだ。このところ、東京方面は、東北の勢力に巻かれて、このシーズン、寒冷気味だ。“若葉寒む”という言葉があるそうだが、若葉も“こんなはずじゃなかった”と寒がっているのではなかろうか。特に今日は、曇りなのか、雨なのかと思っているうちに、ピカ~と晴れ間が出たと思ったら、ゴロゴロ、ザザッと降ったりで、まさに、天気の境目を行き来するような空模様だった。
2005.05.15
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約2時間の出来事を1時間半ほどの映画に仕上げている。私はこの映画を激賞する。保安官任務最後の日に、結婚式を挙げて町を去ろうとする主人公(ゲイリー・クーパー)に、かつて逮捕し、刑務所送りにした無法者が、釈放され、町にやって来るという知らせが舞い込む。主人公は、馬車で予定通り去ろうとするが、けりを付けておかなければ、また、町は元の無法者の町になると考えたのであろう、もと来た道を町に引き返す。新妻(グレイス・ケリー)は反対するが、信念を貫こうとする。正午に列車でやって来るという悪玉をその仲間が駅に迎えに出る。主人公は、悪玉との対決に町の人たちの協力を求めるが、皆、災難を恐れ、手を貸すものはいない。真っ先に申し出た男も、最後、保安官一人の援軍なしと知ると、手を引いて仕舞った。町は静まり返り、悪玉とその一味3人の計4人と対決することとなる。反対して、正午の列車で町を一人離れることにしていた新妻は、元の妻との接触等もあって、考えが変わり、発車寸前の列車から降りて、主人公のもとに急ぐ。4対1の撃ち合いの中、保安官室に身を寄せた新妻の援護射撃があり、最後、1対1の対決になるが、悪玉はその新妻を捕まえ、出て来いと主人公に迫る。新妻が悪玉から手を振り解いて離れた瞬間、最後の一撃が悪玉を倒した。闘いが終わったのを見て、身を潜めていた町の人々が集まって来る中、主人公は、保安官バッチを地に捨てて、新妻と共に、馬車に乗り、今度こそ本当に町を去って行こうとするところで終わりだった。原名“High Noon”の同名主題歌が緊迫するシーン随所に流れ、効果を挙げている。(1952年制作 アメリカ映画)ラストシーン:町の最後の守りを果たして、去って行く主人公と新妻
2005.05.14
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1933年だから、昭和8年のアメリカ映画だ。リメイクのカラー作品(1976制作)を劇場で観たことがある。この原本の作品も、子供のころ、どこでか忘れたが、見たことがあった。まさしく、日本の「ゴジラ」のお手本となった作品であろう。その当時にしてみれば、相当力の入った、技術的にもかなりの作品であったに違いない。筋書きも、観客を決して飽きさせない密度があり、出し物もあれやこれやと取り揃えている。キング・コングが最後、エンパイア・ステートビルに登る設定が、取り組みの意気込みを感じさせる。結論は“美女が野獣を倒したのだ”である。エンパイア・ステートビル頂上で攻撃を掛ける飛行機と争うキング・コング
2005.05.13
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GW後の、この寒さは近年になかったことだ。また、遠赤外線だの、仕舞い掛けた暖房さんのカムバックだ。このまま梅雨ですよ、となると、作物への影響も懸念される。太陽さんの頑張りで、雲を押しのけ、暖めてもらうしかない。ヤッホー!!太陽さ~ん、こっち向いてー!!
2005.05.12
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水彩画を見るように、薄い雲のバックに、水で延ばしたような青が、思い思いに、広がっている。次第に湿気を帯びたシーズンが近づいて来たような風情だ。
2005.05.11
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1955年だから、昭和30年のアメリカ映画「黄金の腕」、著作権切れで、DVDを安価に入手して観た。知り合いに筋書きを知らせるため、整理したので、今日の日記は、それを載せることにした。「黄金の腕」は、フランク・シナトラ主演の、カード賭博師の物語です。麻薬中毒の療養所(刑務所)から戻った主人公が、服役中に習ったドラムで「黄金の腕を持つ男」と褒められたそうで、ドラマーとして、希望を持って、更正の道を目指すのですが、昔の賭博仲間の誘いに引っ張られ、これ限りだとカードをやり、そして再び麻薬に染まります。妻は昔、夫の運転ミスによる交通事故のため、車椅子生活なのですが、実は、もう治っていて歩けるのに、主人公の前では、夫が自分から去られたくないので、まだ治っていないように見せ、いつも車椅子に坐っていて、夫がドラムなどやらず、昔の通り、カードのディーラーでやっていくよう願っています。一方、服役前から、主人公と恋愛関係にあったらしい酒場のホステス(キム・ノヴァク)は主人公の理解者ですが、服役中に男ができていて、主人公も、自分のミスで妻を障害者にしたと言う負い目もあって、互いに、一緒になることをあきらめています。主人公は、最後と言うカードゲームで、一旦勝ちますが、翌日に控えたドラムの試験のため帰ろうとし、後を仲間が引き受け、大負けをして、破産状態に追い込まれます。そこで、再び、主人公を呼び戻して、ゲームをやらせます。そこで、賭け金もわずかのため、インチキ(カードの揃いを偽る)をし、結局、仲間もろとも、巨額の負けで終わります。二日の徹夜明けでしたが、約束のドラムの実地試験に行きますが、麻薬の禁断症状のため、途中で、ドラムが叩けなくなり、その場を去り、薬を打ってもらいになじみのところに行きますが、お金なしでは打たないというので、本人を殴って気絶させて、薬を探しますが見つかりません。それで、自宅に帰って、妻にお金を出すよう言いますが、ないと言うのであきらめて家を出ます。その入れ替わりに、例の薬打ちの賭博仲間の男が家を訪ねて来て、たまたま、夫の姿を追って窓際に立っていた妻の姿を見、怪我の治っているのがばれます。妻はそれを夫や人に知らせないよう懇願しますが、男がそれに取り合わず、去ろうとするところを、後ろから押してしまい、男はその勢いで、そのアパートの3階か4階の階段の隙間から1階まで落ちて死んでしまいます。警察が来て、妻は車椅子なので疑われず、主人公が疑われます。一方、主人公は、行く当てもなく、結局、昔の恋人(キム・ノヴァク)のところを探し当てて、転がり込みます。その部屋で、恋人にかくまわれ、何日にもわたる麻薬の禁断症状と闘って、遂に中毒を克服します。そして、妻との同居を止めることを伝えに、妻のところに行きます。治療費を定期的に送るから、自分はここから出ると言って去ろうとする夫を追って、妻は慌てて、脚が悪いことにしていたのを忘れ、立って駆け寄ります。ドアが開いたところへ、警察が待っており、妻が歩けることが分かって、犯人が妻であることが判明し、連行されようとします。しかし、その妻は、部屋を出ようとしたとき、主人公の恋人の姿を見、絶望に駆られ、走ってその場を逃げ出し、その4階の通路から、地上に身を投げ、まもなく死んでしまいます。救急の車が身投げ者を載せて去って行くところ、主人公は呆然とした面持ちで、その場から立ち去りますが、その後ろに恋人が付いて行くラストシーンでした。カード配りの“黄金の腕”
2005.05.10
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文学とは、言葉、文章、文字を介して、作者の抑え難き心の発露を表現するものと思う。名作と言われる作品は、往々にして、何かの事件、出来事に触発されて、作者が訴えたいもの、訴えたかったもの、を主人公とその周辺の行動、言動を通して、語ろうとしている。ドストエフスキーの「罪と罰」、トルストイの「アンナ・カレーニナ」、わが国では、樋口一葉の「にごりえ」などが、正にそうだ。そして、そこに共通して流れる思想は、人間擁護であり、止み難い人間愛であり、社会の不条理への警告である。
2005.05.09
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朝、かすかな明るさがすこしづつ広がり始めると、窓の外で、雀たちが囀り出す。静まり返った朝の鳥の声は、のどかだ。鳥たちも、朝が来て、きっと嬉しいのだろう。朝だ、朝だ、嬉しいな、と囀っているように聞こえる。この雀たちの声、朝に限るかのように感じていたが、日中、夕方近くでも、やっぱり囀っているのが聞こえた。市中の喧騒の中で、やっぱり、朝の囀りと大きな変わりのない声がする。朝ののどかさは、ひょっとしたら、朝であるがゆえの錯覚なのかも知れないとも思えるのである。混ざりけのない静寂の中での鳥の声とさんざめく昼の喧騒の中では、鳥の声も、変調されてしまうのかも知れない。
2005.05.08
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輝いていた星辰も、大気の移ろいに、今は、影を隠したか、静かな夜気の中で、花たちも、穏やかな眠りに付いているのに違いない。窓の外は、昼の喧騒を忘れたような沈黙に包まれている。
2005.05.07
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昨日の日記とは裏腹に、曇天、雨天の今日は、寒いくらいだ。しかしながら、このお湿りは、植物にとって、慈雨と言ったところであろう。
2005.05.06
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この度のJR西日本の惨事、その背景に、商売優先の方針が見え隠れし、責任感の欠如等、採算優先の合理感覚が危惧される。採算とか、合理化が念頭になかった国鉄時代、そういう意味では、あくまでも輸送に徹していたと言えよう。人命を預かる、顧客輸送業だけに、民間移行への狙いが裏目に出ていることは確かだ。その観点から、日本電電公社のNTTへの移行も、必ずしも、功を奏しているとは言いかねない面がある。やはり、問題は、大企業化と言う面にもありそうだ。お金優先のベース維持を軸に動いている限り、悪弊排除も困難と考えられる。むしろ、機能上の有効性を重視した分散化、あるいは細分化も検討するべきだ。今、郵政民営化への取り組みも、これら、JR、JT、NTTの民営化におけるデメリットに大きな目を向けながら、具体的な対応の検討が必要である。
2005.05.06
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一年で、気候上、最高の日、それは、5月5日、そして、10月10日の前後ではなかろうか。
2005.05.05
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晴れ渡る、五月の空。壮観比類なし。花々の咲き乱れ、薫風、平和を奏でる。陽光、地に溢れ、もの皆、歓びに包まる。幟、大気をはらみ、勇ましきこと、夢を踊るが如し。大いなる天地よ、我も、夢を舞い行かなん。
2005.05.04
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あちこちで、つつじが盛大に開いている。例年より、遅いようだが、いつもと変わらぬ凛とした姿だ。
2005.05.02
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これだけの梅を背負い込んで、枝の丈夫さも大したものだ。
2005.05.01
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