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事の始まりは、自分自身ではかかえきれない程のストレスと過労で、まずPD(パニック障害)になり、よくなりかけたところでダメ押しの過度のストレスにより、PDが悪化&鬱を併発、それが少しずつ良くなり始めた頃に、20年近くも潜在意識の中に潜んでいたPTSD(心的外傷症候群)が顔を出して、今3つの治療を一緒にしている。私の場合は、フラッシュバックで思い出した事を最初は覚えていられなかった。フラッシュバックして、PDの大発作(過呼吸)を起して、発作が治まると、「フラッシュバックしたのは何事だったのか」を忘れてしまうのだ。その場に居合わせた夫に何が合ったのかを後で聞いても(フラッシュバックした時に聞くと何がどうなったのかを話すらしい)、他人の事みたいで実感がわかない。「ふ~ん、そうなんだ?」って感じ。そして「フラッシュバックすると必ず過呼吸を起す」がセットになっていたので、夫はすぐに私をクリニックに連れて行った。何があったのかを私は知らないから、夫が文章に起して、先生に手渡し、先生に読んでもらった(その文章を見ても私には他人事にしか思えなかった)。それがある時、フラッシュバックが自分の記憶として定着して、忘れなる時が、突然やって来た。これがいわゆる「第2ステップ」なのかも?その記憶を忘れなくなって、その記憶のフラッシュバックが来ても発作が起きなくなると『別の記憶を思い出す→最初に戻る』の繰り返しくり返し。多分フラッシュバックで一瞬にして蘇る記憶が、一度きちんと「記憶」として定着してからでないと、忘れることは出来ないのではないかと思と最近思うようになった。私が最初に思い出した記憶は、もうしっかりと記憶として定着していて、「他のいろいろな記憶の中のひとつ」に同化しているので、それでPDの発作を起す事はなくなったし、嫌な記憶だけれど、そればかりにとらわれる、という事にはならなくなってた。多分、いずれ忘れて、いろいろな記憶と一緒に忘れてしまうんだろうと思う(っていうかそうであって欲しい)。こうやって考えてみると、多分「潜在意識の根底に埋まっている記憶」を全て思い出さないとPTSDは治らないのではないかと思えてくる。PTSDの原因になっている『記憶』が全部でどれだけあるのか皆目検討がつかないので、『記憶』の残りがどれだけあるのかで当分治らないか、もう出尽くしてしまったのなら、これから少しずつ治っていくのかと思ったりするのだが、どうしても越えられない「モノ」があって、その理由がわからないので、多分まだ治らない、と思う。今は、抗不安薬と抗鬱薬と睡眠剤を全部で一日に14錠程飲んでいる。これだけ聞くと「ええ?!そんなにぃ?!」と思うかもしれないが、これでも随分減ったのだ(苦笑)。勿論、これだけ飲んでるから、定期的に肝機能検査はしている。私の肝臓はどうやら相当頑丈にできているらしい。ありがたや~。フラッシュバックは辛いし、PD発作は大きくても小さくても辛いものだが、根気よく治療(投薬とカウンセリング)をしていけば、いつの間にかいろんな記憶の中のひとつの中に埋もれていって、あまり気にならなくなって、いずれ忘れてしまうものなのだと思う様になり、先生もそんな風にいう。それが本当なのかどうかは分らない(私の治療に良くないと思えば、本当のことをあえて伏せることもあるわけだし)。新しい記憶を思い出すと、鬱もPDも酷くなるので、一時的に薬を増やさずを得なくなり、症状が落ち着いてくると、少しずつ減らしたり増やしたり・・・を繰り返す。これが私の今の治療方針。気長に、そして真面目に薬を飲み、辛いと思う事は、先生に全て話す、というのが一番の完治への近道なのではないかと思う今日この頃。早く元気になって、川崎フロンターレの応援に行きたい。今の状態だと、今シーズンには間に合わないかもしれないけど。いつか、等々力で生で応援したい。例えTVに抜かれようとも!
2004年07月28日
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クリニックの先生に「それだけいろんな事が起これば、普通の人でも憂鬱になる」といわれる程、辛い事が短時間に重なって起こって、超鬱状態に陥った為、日記等書けるはずもなく、家でみのむしになっておりました。薬が無くなったので、這うようにクリニックに行って、「次の通院はしなくてよい」と言われ、次回の2週間分の薬代をあずけて帰ってきました。そしてそれから1週間。薬の切れる時間帯以外は、割と元気でいられるようになったのですが、パキシル(抗鬱薬)が足りない・・・。午後のパキシルは1錠なのですが、これじゃ足りない。午後はずっと「みのむし状態」。まわりの人たちは、それでも「以前よりは浮上するのが早くなってる」と言われるのですが、実感がわかず・・・。日記が書けなくなる期間が短くなってるとも言われたのですが超鬱状態では、良い方向にはなかなか考えられなくて・・・。できれば薬は増やしたくないんですが・・・。でも飲みたい。余ってるパキシルあるんだもん。ああ、悩みどころだよねぇ~。もうちょっとの辛抱なのかなぁ~。とほほほほ・・・。
2004年07月27日
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今はパキシルが効いてるんで元気な私です。鬱が強い時って、パキシルが効いて来る時間が正確にわかって面白い。私の場合、パキシルが効いて来るのは飲んでから2時間後。今の処方だと、昼10mg(1錠)、夕20mg(2錠)。だから、午前中からお昼過ぎまでは、凄い鬱。起きられない。TVの音さえ鬱陶しい。床の上に散乱している雑誌とか本とかの上でグッタリ横たわっていたりする。これが、昼ご飯を押し込んでパキシル飲むと、2時半頃から微妙に復活してきて、夕飯食べてパキシル2錠飲むと、2時間後キッチリ復活して、「普通」になれる。TVも見られるし、雑誌も読める。昼間床の上にベッドマット代わりの様にしていた雑誌や本を読んだりできるようになる。驚く事に、ダンナと軽くおしゃべり何かもできるようになる。VIVA「パキシル」!!!なのだ。そんな昨日の夜、バイトの面接の結果の電話がきた。採用枠1人の高倍率のバイトだった。フルタイムでなく、土日は休みで週3日勤務という、私にとって、「リハビリにぴったり」なバイトだった。そのバイトに何と「採用」されたのだ。パキシルが効いてる私は「ラッキーっ!」と思った。でも、すぐ我に帰る。今の私は「素」の私じゃない。「パキシル」のおかげで「仮に元気」になっているだけ。断腸の思いで「親族の入院」を理由に辞退した。あ~もう。社会復帰はまだまだ先だ。まずは、デイケアの作業所の仕事から(お給料も発生する)。8月の作業予定も貰った。地道に行くしかないんだよね。分ってるんだけど。薬が上手く効いていると「良くなった」ような錯覚に陥るんだよね。くやしい。
2004年07月17日
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手始めに、私の足の原付が盗まれ、被害届を提出。だんな方の親戚が入院しているのいうので、お見舞いに行った翌週に容体が急変して親戚が他界。私の親族が、トイレから出ようとした時、大転倒して大たい骨を複雑骨折し、緊急入院。午前中、週3日半日だけのアルバイトの面接に行き、午後は親戚のお通夜にダンナと共に出席。本家長男の嫁として、受け付けを少しだけ手伝う。お坊さんが退席し、「あ~無事乗り切った」と、緊張の糸が切れたところで、葬祭場の司会が15分も故人について熱く語り始め、途中から目まいが始まり、軽い発作になる。いつももたないバッグだったので、必要最小限の薬しか持っていなくて、頓服のソラナックスがなく、発作が終るまで立てず、親戚には「貧血起しちゃって・・・」と苦しい言い訳。最後まできちんと勤め上げられなかった事や、親族の突然の入院や、いろんな事がごちゃ混ぜになって翌日から鬱街道へ大転落。這うようにして、クリニックに言って、順番まで別室のベッドで待ち、思いのたけを先生に伝えて大泣き。先生は、「次回来るのが辛かったら、薬を送ってあげるから、お金を 置いておきなさい。」といわれ、2週間後の通院日と薬代を預けて帰宅。立ち上がることも出来ず、とっちらかった居間の上でひたすらゴロゴロして過ごす。薬だけはきちんと飲まないと、と思い、無理矢理食べ物を押し込んで、薬を飲む。その晩、過呼吸発作を起す。1年ぶり位?それを2日続けて、何とかネットが見られる位復活。バイトの話は、親族の入院を理由にキャンセル。一からやりなおし。また振り出しに戻った・・・のかな。妹は「復活が早くなったから、良くなってるんだよ」って言ってくれたけど、イマイチ実感がわかず。あ~あ・・・_| ̄|○
2004年07月16日
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今日は、通常作業所で行われている作業のうちの一つを見学しにデイケアへ行った。午後1時の炎天下、自転車に必要なものを積み込んで出発。普段は原付を使っているので、自転車に乗る事自体が久しぶり。最初はヨロヨロしてしまった。大丈夫か?>私。日焼け対策に、腕をスッポリかくす手袋のながいやつと、巨大なサンバイザー、日焼け止めを持参した私だったが、ひとつ見落としていたことが・・・。首、首周り!日焼け止めだけでは手薄だったっ!!他の人たちがタオルを首に巻いているのをみて、「タオルマフラーだっ!アレを使うしかない!!」と決意。サッカーの応援以外で初めてタオルマフラーを使う事になりそうだ。作業への参加は8月からを予定している。暑そうだ・・・(実際溶けそうになった)。作業から戻ったら、デイケアだけに参加している人達がカキ氷を作ってくれた。すごーーーーーーーーーーーーーーーく美味しかった!思わずお代わりしてしまった。カキ氷器、買っちゃおうかな・・・。
2004年07月07日
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昨日、作業所での作業の説明を受けて、作業に参加してもいいかどうか、主治医の「診断書」みたいなのを貰ってくる様に、と言われたので、診察日じゃなかったんですけど、今日クリニックに行ってきました。で、作業所の説明書を提出して「参加してみてもいいでしょうか?」と質問したら、説明書に目を通した先生は、「いいですよ。ちょうど病状も安定しているし、リハビリもかね て挑戦してみたらどうですか?」とアッサリ許可がでて、書類に必要事項を書き込んでくれたのです。薬は相変わらず一日14錠も飲んでるけど、これで一歩前進です。作業所の活動になれて、外にもっと気楽に出られる様になったら、薬の量を調整することを考えましょう、という事になりました。こんなやりとりがあって、ウキウキで家に帰ってきたらバイクが盗まれてて「ムキーッ」ってなっちゃったんですが、少しずつ本当に少しずつ、病気が良い方向に向かっているんだなぁって思って、とっても嬉しいです。多分、作業所に通う様になったら、また落ち込んだり、鬱になったりするんだろうけど、それを乗り越えないと先には進めないし焦らず一歩一歩が大事なんだよね・・・。うんうん。とにかく、月曜には作業所の見学に行くことになっているので、「まず見学することから始めよう」と思います。いやぁ、去年の今頃から比べると、ホント元気になったと思います。頑張るぞぉ~。
2004年07月02日
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火曜日にディケアに行って、今日改めて面接することになっていたので、約束の時間に面接に行きました。思いもよらず沢山しゃべってしまって、2時間位の面接になってしまいました。でも、私の今の状況を職員の方に知っておいて頂いた方がいいと思うので、職員の方は大変だったと思うけれど、私としては良かったと思っています。作業所の説明も受けて、作業を今度見学させて頂くことになりました。それで私でもできそうだったら、やってみる方向で話を進めてきました。できる事が少しずつ増えていく感じで、嬉しいです。後は、薬が減ればねぇ・・・。こればっかりは仕方ないか。少しずつでも外へ出て、今の薬の量で仕事が出来るようになる事の方が先決だと思うので、焦らず頑張ろうと思います。
2004年07月01日
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