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日本に帰って、ケニアに行くから多分しばらくは帰らないだろうと思いながらあれこれ見て歩いた2週間半が終わろうとしている。日本に久々に帰った違和感で、ここが変だよ日本、と思うこともないことはなかったがここに書くのは何となくアタクシの日記らしくないのでやめておく。日本はいい国だ。食べ物がおいしくて、サービスが良くて、この時期は過ごしやすくて物価が安い(為替相場のせいでそう思える)し、税金が安くて東京は電車が数分単位で走ってて。アタクシは最後までこの国に馴染めずに逃げ出してしまった人間だからこの国でちゃんと仕事をして自立をして恋愛をして家庭を築いて家事をして子育てをしている人の逞しさがひたすら眩しくてたまらない。アタクシは明日またあの北ドイツのチンケな街へ戻る。今日、目にした言葉。人生で大切なのは自分がどこにいるかではなくて自分がどこに向かっているのか認識することだ。これはコナン・ドイルがホームズに言わせた言葉。そうか。ドイツにアタクシがいることよりもアタクシがケニアに向いていることのほうが大事なのか。
2005.11.29
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12月はヨーロッパに住む人にとってはある種の鬼門ではないだろうか。寒くて暗いあんまり動く気がしないというのに食べる量はぐっと増える。ドイツではシュトレンというクリスマスケーキをチビチビ食べるのだが結構ずっしりしたケーキである。そしてクリスマスまでやっているクリスマスマーケットで肉だのドーナツ(シュマルツクーヘン)だのマロンだのなんだのかんだの食べる。こんな日々を過ごしているとあっという間に体重が増える。しかも、12月は仕事でも年末決済なのでとても忙しくて忙しくてストレスでついついチョコレートだの何だのに手が出てしまう。こんな12月にアタクシは果敢にもダイエットに挑戦することを決意。走りにいけない日々が続いたのと、服用している薬の副作用でちょっと体重が増えた。しかし日本で皆様の細さに愕然としたため決めたのである。一日一時間ほどでもチューブエクササイズとエクササイズ用のボールと腹筋背筋でもやって食事に気をつければ何とかなる、かな・・・。クリスマスにセバパパに会って「君は糖尿病に気をつけたまへ」なんていわれないようにしなければ・・・。25日でどれだけ痩せるか乞うご期待!?
2005.11.29
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今日日本滞在の最終日。深夜にセバに電話をしたら、一つ買ってきてほしいものがあるんだけど、と。もう服部半蔵(嘘)の包丁なら買ったよ。しかも砥石まで買って重いんだけど。というと「そうじゃなくて。90Dのレンズをお願い」と、いうことで今日の朝セバから詳細のメールが送られてきていた。90Dのレンズ、というのは普通の人には全く縁がないアタクシが勝手に眼科医レンズと呼んでいる眼球の検診の時に取り出す物々しいレンズで別に30Dでも60Dでもいいじゃん。と思うのだが、V社の90Dが欲しくて円安の今なら日本のほうが安く買えるのだとか。そうか、河童橋で買った精巧なビールのプラスチックサンプルよりもいいか。かなり素敵な案だと思ったのになぁ。日本のV社の代理店に問い合わせると、通常は直接販売はしていなくて出入りの業者を通して購入して欲しい、と言われた。しかし、しかし、ウチにどの業者が出入りしてるっていうんだ?というわけでごねごねごねて直接売ってもらえることになった。別に手術のための電子機器でもないからアタクシのようなコムスメに売っても無害だと判断されたのか。と、いうわけで日本最終日にぜんぜん縁のない分野の小さな会社に行って、わけのわからない小さなレンズを買いにいかなければならない。現金を握り締めて。えらいな。アタクシ。
2005.11.29
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2月にケニアにいくことになった。またケニアに留学するスベンといっしょに行ってマッタリしばらくバカンスを過ごそうとセバが計画を立てている。君もおいでと、いつものように本当に自然にセバに言われた。アタクシの日本での買い捲りガンガン休暇から間もない2月に10日も休暇が取れるのか。金銭的にそして仕事の面でも結構微妙だ。日本人がドイツに留学をしたり働いたり永住するのははっきりいって今や全然特別なことだとは言えない。じゃあ、ケニアは。OLが有給でもとってケニアに行く話はあんまり聞かない。英語圏なのにケニアにプチ留学だか子連れ留学だかという話も知らない。ちゃんと出版されているはずの地球の○○○という例のガイドブックの『東アフリカ編』も2週間の日本滞在でお目にかかった本屋はなかった。遠くて遠い国だ。その遠さにいつもどこか安心する。
2005.11.28
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ケニアに行くのは何となく覚悟ができたのに一つだけ残念なのは今まで北を目指してスカンジナビア言語をやってきたのはなんだったんだ?ということ。南半球のナイロビに行くのはすごろくで振り出しに戻る気分だ。参ったなぁ。と、思いつつ気を取り直して打開策を考える。スワヒリ語は子音の後にいつも母音がくるところが日本語に似てるから発音は君には簡単だよ、とセバが言っていたが「現在この電話は電波が届かないところにあるか電源が入っていないため通じません」というスワヒリ語を話してくれた。あまり魅力的ではなかった。もうこうなったら発想の転換でスペイン語をはじめよう。
2005.11.27
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セバが「僕は怒ってるんだからな」と電話で言っていた。アタクシは母親の作ったおいしいご飯を食べた後でセバはクリスマスマーケットをうろうろしているところだった。「そんなに遠くに長い間行っちゃって。いいかげんに帰ってこいよ。明日だぞ」と。セバに会いたい。セバがいるからドイツに戻る意義がある。
2005.11.26
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クリスマスはセバの両親の家に行くことになった。セバが勝手に計画を立てて、勝手に両親に話してしまった。セバは24日の午前中まで夜勤なのに、そのあと出発して26日にはもう帰らなくちゃいけない。二人とも27日からまた仕事だから。セバの住む町からアタクシの住む町を経由してB市かS市へ行くにはどのくらい時間がかかるのかどこで何回乗換えをすればいいのかわからない。ヤナ姉さんがプラハの両親のところへクリスマスの前後10日間帰ってしまうのでアタクシは寝クリスマスでいいから、あなたは私のことなんて気にしなくていいから好きなことをしていいよ、と言ったのに、君が一緒ならあの二人(両親)は僕にろくでもない質問ばっかりしたりしないだろう、とかなんとか言い出した。セバの父親はセバの何倍も頭が良い。旅行が好きで世界中を見てきた異文化や異人種に対して垣根の低い、ものすごいインテリだ。セバの母親はセバの何倍も感情豊かなスペイン人女性。やっぱりクリスマスは一人よりも大切な人といたほうがいいからセバの計画にありがたく乗らせてもらおう。と、単純に思っていた。しかし、今回の訪問には一つ目的があるとセバが昨日話してくれた。もしもケニアに行ったらセバは奨学金を貰うものの学生という身分になるので経済的にはいくらケニアとはいえそんなに金が有り余るほどというわけにはいかなくなる。そこにドイツでの職を投げ捨ててセバにくっついてアタクシがケニアに付いてきたら状況はさらに厳しい。だからセバは先週両親と会ったときにケニアに行っているあいだの経済援助を父親に頼んだらしい。セバがドイツやケニアやスペインで研修医として働いているときも、今より収入があったにも関わらず父親はかなりの額をセバに援助していたらしいので次回のケニアでも仕送りくらいは問題ないことらしいが、セバ父は一緒にケニアに行くアタクシという人物をもっとよく知りたいらしい。アタクシは一年間ケニアで暮らしていくくらいの額は蓄えるつもりだけどきっと間接的にセバ父にはお世話になってしまうのだと思う。だからクリスマスにセバの両親のところにいくのはけっこう大切な顔合わせの意味がある。いわば就職面接みたいなものだ。あなたの大切な息子さんとケニアに行かせてください。と、頭を下げてくる。
2005.11.26
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今日は寿司を食べた。梅丘の寿司美登利で。嗚呼、美味しかった。そのあと劇団四季のCATSを観た。嗚呼、素敵だった。ドイツのアタクシの住む街は週末にかけてマイナス4度くらいまで冷え込むらしい。多分アタクシの屋根裏部屋は凍てついているだろう。水道の水が凍って出なかったらどうしよう。
2005.11.25
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占いなんて信じない。何しろ雑誌の占いコーナーにさえ目を通さないほど。そのアタクシがせっかくの帰国なんだから、ということで記念受験ならぬ記念鑑定に行ってきた。占い師はアタクシの手相を見て「年はいくつ?」と聞いてアタクシの年齢を知ると「運命の出会いがあったころだな」と言った。セバとアタクシの星の並び(?)は六十数個ある中で隣り合っている珍しいパターンで、同志のように強い結びつきがある関係でいながらも火星と金星が重なっているので恋愛の対象としても上手くいくと言われた。手相をみたんだからもっと健康から結婚から子宝から全般的に教えてくれると思ったがそうでもなくちょっと的外れ。これじゃあ、今はいるのか分からないが、昔よく新宿西口地下通路に出没した手相の勉強をしていると言っては人の手相を見たがる謎の集団のほうがいっぱい教えてくれる。占いなんて僕は信じないね、とジムには笑われた。多分セバも同じように笑うだろう。ケニアに行くべきか否か、誰も教えてくれない。だから自分で決めた。ケニアに行くきっかけを簡単に作ってくれたセバ。それを考えると、運命の出会いというのはある意味ではあたっているのだろうが。
2005.11.24
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朝、セバからメールが来ていた。「もうこんなに長い間そんなに遠いところに一人で行っちゃダメだからね」と。彼がそんなことを言うのは珍しいのできっとよほど寂しがっているんだろう。アタクシは今日ケニア大使館に行ってきた。ビザのことをしつこく聞きまくってこちらの事情も説明して抽象的な事務手続き方法に終わらない、アタクシ個人の事例に沿った回答を貰いたかったので直接訪ねたのだ。アタクシが想像していたよりも幾分簡単そうな印象を受けた。これならセバとケニアに行けると、物理的な面でも確信できるほど。だからそのあと恵比寿で友達のジムと待ち合わせたときに改札口で2メートル近い身長のジムに飛びついて「あたし、ケニアに引っ越すよ!」と叫んでしまった。事情を説明するとジムは「君や僕みたいな人間は、どこの国にいても絶対に満足できない種類の人間だ。だったらもうどこに住んでも大差はないはずだから君が今いくべきだと思った場所に行くのが一番いい」と言ってくれた。そのあと次の予定まで間があったので霞ヶ関・日比谷エリアをぶらぶらした。家路を急ぐ人たちの流れをぼんやり見ていたら、小さなころ突然この国に引っ越してきて「今日からここに住むのよ」と言われて、不慣れな環境に戸惑ったころの感覚に似たような気持ちが沸いてきた。日本が大好きだし、離れていると恋しいけれど、いつもいつも感じていたそこはかとない違和感をきっとセバはドイツという国に対して感じ続けて来たに違いない。東京のど真ん中を歩きながらケニアのことを考えドイツを去る日を想いセバを恋しく思い泣きたかった。もうアタクシの生活がなくなってしまった東京。近い将来に手放すドイツで築き上げたすべて。そしてセバが愛するケニアという国での未知の可能性。その都度それまでの大部分を白紙に戻すような大きな変化なのにアタクシはこの選択に間違いはないと不思議なほどの確信を抱ける。まだ、ケニアに行くことが不安以外の何者でもなかったときセバに気持ちを打ち明けたら「君は好奇心に満ち溢れていて柔軟でどの国でも絶対にやっていける。君となら一緒にケニアでの生活も楽しめると思ったから、一緒に来てほしいって誘ったんだ。君なら大丈夫」と、セバに言われたことがあった。それは買いかぶりすぎだが、今はその時の不安はない。絶対に大丈夫。
2005.11.24
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と、いうわけで京都に行った。アタクシは典型的東京礼賛人間である。東京(含・横浜)以外でアタクシが唸るほど好きな場所は函館くらいなもんである。だから誰も彼もが、あなたが好き好んで京都に行くなんて信じられない、と驚き目を丸くしていた。もしも、セバが一年後にケニアに行くことになったら、滞在が2年だということになったら、合計した年数の3年は日本に帰れなくなるくらいの覚悟は必要だと思っている。何回か乗り換えて時間をかければ日本に帰ることくらい簡単ではあるのだが、そのくらいの覚悟が多分必要なんじゃないかとアタクシは勝手に思っている。だから今回の日本滞在は見るもの触れるものをできるだけ記憶に留めてそれから暫くのさようならを心の中で言わなくてはいけないとこれまた勝手に思っている。だからできるだけたくさんの物を見るために一路京都へ。ナイロビの木々はきっと紅葉しないんだろうな、と思いながら真っ赤な紅葉の葉を拾って手帳にはさんだ。
2005.11.21
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横浜の山手から横浜駅までくまなく(?)歩いてきた。やっぱり好きだ、横浜・・・。セバと電話をして「毎晩、仕事の夢を見るんだよねえ。もー、悪夢よ、悪夢」とゲンナリして言ったら、「仕事辞めちゃえばいいんだよ。それでR市に引っ越しておいで。僕の家に引っ越しておいで。R市で仕事を探そう。僕も手伝うから」その言い方が、とても自然でとても自然な選択肢であるかのような言い方だったので、アタクシもその選択肢を選ぶことが突飛なこととは思えないような感覚になるほどだった。ケニアに行くまではバリバリ働いてけちけち生きてお金を貯めようと思ってきた。今ここで引っ越したり転職したりするのは痛手だ。だからこれからのことを考えるととても現実的なこととは思えないけれど、仕事に追い込まれて辛くてもうやっていけないと思ったときの最後の切り札になりそうな案をセバが当たり前のようにくれたことで少し救われた。「そんなに長く日本にいたらドイツ語を忘れちゃうよ。早く、早く僕のそばに戻ってきて」早く、早く戻りたい。でも今こうして日本にいて、たくさんのものを見てたくさんの人と話して考える時間がたくさんあって、考えて、袋小路の出口が小さく見えてきたきがする。ドイツに戻るのも、ケニアに行くのも全部アタクシの意思。アタクシの人生。
2005.11.19
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日本に帰ったからってむやみやたらと買い物しないぞ。と、心に誓ったのに。誓ったのに・・・。今日、ダンスと名のつくものをする人にはお馴染みのチャコットでアルゼンチンタンゴ用の靴、ミニスカートとパンツが合体した練習着をつい衝動買いしてしまった。併せて四万円也。今まではラテンダンス全般の7cmヒールで踊っていたのだがさすがタンゴ専用。ぜんぜん違う。ヒールは8cm。重心を前にかけて踊るからこのくらいの高さでちょうどいいとお姉さんに言われた。しかもラテンダンスのシューズと違って、ヒールがより後方についているので安定もいいしなにしろ日本人の足に合っているので履き心地が違う。しかもヒール8cmに合わせて履くそのパンツでやたらと足が長く見えまるで池田理代子の描くキャラクター並・・・。さすがチャコット・・・。
2005.11.18
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毎日大忙しで出歩いてヘトヘトで日記を書く時間も皆様のブログを尋ねる時間も気力もない日々。深夜まで根性で起きていて、仕事が終わったセバに電話をするのが一日の一番大事な時間。最初は電話に表示される奇妙な電話番号にいぶかしげだったのに今は81が日本の国番号だと分かったのでここのところはアタクシが電話をかけると「ああ。日本にいる僕の小さなねずみちゃん!」と出てくれる。ケニアに行くことになって住み始めたらこんな風に簡単に往復できないから楽しんでおいで、とセバは言い、毎回毎回楽しんでいるのか心配してくれる。その一方で早く帰ってきて、と同じように毎回言う。右も左もわからないダニエル君に毎日毎日イライラしながらアタクシは東京の中につまった思い出に触れている。ケニアに本当にいくなら3年は日本には戻れないだろう。セバに会いたいなぁと思う。毎日毎日。
2005.11.18
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「ドイツに遊びに来るときは僕の家に泊まっていいよ。セバも一緒に。」と、ダニエル君は言っていた。そいつを好きになれるとは思わないけど、と付け加えて。もしもケニアに行ったら、という話の中でそういう言葉が出てきた。別れても渋谷で怒鳴りあいの喧嘩をしてもアタクシがドイツからいなくなってケニアに行ってしまうのはダニエル君にとってはとても寂しいことなのだろう。そう言ったときのダニエル君の顔を見てとても切なくなった。時々、自問自答をする。セバのケニア行きの現実味と同じくらいアタクシの気持ちは確かなものなのだろうか、と。セバは本当に頭がいい。医者として能力をもてあましているので経営学修士でも取ろうかな、とこの間言っていた。頭がよくてそして多くの人が見過ごしたりしょうがないと見てみぬふりをすることがきちんと見えている。ドイツという国家の、ドイツ人という国民の限界が彼には見えている。「君を連れて早くドイツを出たい」と、セバに言われた。日本が好きだけど日本で暮らす自分の姿はもううまく想像できない。ドイツも嫌いではないけれどドイツに固執する理由も見当たらない。日本以外に住むなら基本的にはどこでもそこまでの大差はないとアタクシは思っている。ドイツとケニアには大きな差があるのだろうけれど気持ちの面ではアタクシにとってはあまり変わらない。昔、ホセが言っていた。大事なのは何処に住むかじゃなくて、誰と生きているかだ。と。アタクシはケニアに行くことは絵空事のようにしか捕らえていないのかもしれない。でもセバがいる場所で一緒に行きたいという気持ちは真摯なものだと早くセバに伝えたい。この数日で少しだけ少しずつ自分自身の心がどこに向いているのかわかってきた。
2005.11.17
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大事な友達の一人に奢ってもらった。六本木の某和食ダイニングで。おいしいおいしい、と好きなものを食べまくっていたら、お会計は3人で5万円。申し訳ない。そのあと、飲んだあとはやっぱりラーメンでしょ、ということで笑っちゃうくらいおなかがいっぱいなのにとんこつラーメンを食べた。根性で麺だけ完食。もう泣けるほどおなかがいっぱいなので乃木坂まで歩いた。体が重い。それなのにまたカフェに入ってお茶を飲んで、胃の中に入った食べ物が水分を含んで膨張。結局、アタクシはビタ一文も払わず。ごめんね、悪いね。と、いうと。ケニアに足がかりができるのはうれしいぞ。と言われた。ぜひ一度行ってみたかった、と。おなかいっぱい。六本木は嫌いな場所だったけど、きっとこの夜のことをケニアで懐かしく思うんだろうなぁと思ったらネオンが涙で滲んだ。
2005.11.16
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母親にダニエルくんを押し付けてアタクシは美容院に行ってきた。美容院の前にフリマで買った古いカメラで撮った一本目のフィルムを現像して髪を切ったあと取りに行った。「ご確認ください」と店員さんに言われて見てみると結構ちゃんと撮れている。決定的に失敗をすると現像すらしてもらえないのだが撮ったものは全部現像されてきた。10月の最初にこのカメラを買ってからぽつぽつと撮ってきた写真。いつも使う地下鉄の駅。自宅の植物。海。それからセバ。アタクシがセバといて好きだなぁと思うたくさんの表情。コーヒーを飲んでいて物思いにふけっているときの横顔や釣りをしているときに寒そうにしながら立っいる姿やサングラスをかけて釣り針にミミズをつけているときの俯いた顔。嗚呼。セバに会いたいなぁ。帰ったらまたこのカメラでいっぱいいっぱいセバといっしょの時間を収めないと。
2005.11.14
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ああ。考えることが多くて多くて頭から煙が出そう。いっぱい考えて、日本を味わって、友達に会って、心のリハビリをしようと思うのに、右も左もわからないダニエル君を連れて歩くいらいらがそれを可能にさせずむかつく。いまどきの高校生のようにただひたすらむかつく。都合がよすぎる。セバがいっしょにいればなぁと思いながら布団の中でちょっと泣けた。いらいら。
2005.11.14
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セバと離れたくなくてうじうじしていたら「一度計画を立てたらあとは四の五の考えずにまっすぐ進まなくちゃだめだ。大丈夫、きっと何日かは日本になれるのに時間がかかるけどそのあとは絶対に居心地がよくなるよ」と言ってくれた。アタクシが夏の終わりに一人暮らしをはじめてからセバにこんなに長い間会えないのは初めてのことで、週末だけしか会えなかったとはいえそれがお互いにとって生活のリズムの一部になっていたんだなあ、と改めて思った。二人はクリスマスどうするの?と、やな姉さんに聞かれたのをきっかけに二人で避けていたクリスマスと年末年始の話をしてみた。セバはクリスマスの土曜日の午前中まで夜勤がある。そのあと、修道院に行って祈るから君は一緒にこれないよ、とあっさり言われた。じゃあ、あたしも一人でごろごろしてるわ。と、言ったら、でも君がいっしょに両親のところに来れば僕にあれこれ質問が回ってくることもないんだよな。よし、そうしようそれがいい。二人なら僕たちは強くなれる。と、張り切っていた。年末年始はアタクシはカレンダー通りの仕事でセバは5連休なのでアタクシのところにきて主夫をするとはりきっていた。ヤナ姉さんは、セバにケニアのことも聞いていた。どのくらい本気なのか。どのくらい可能性があるのか。どうしてケニアなのか。二人なら僕たちは強くなれる。アタクシは日本にいて、セバはドイツにいない。決定的に何かがかけている焦燥感に苛まれる。こんなんじゃセバをひとりでケニアには行かせられない。
2005.11.13
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あんなに疲れてたはずなのに全然眠れなかった昨晩。大きなRIMOWAに荷物は半分も入っていない。一方で心身ともにヘトヘトで一方で眠れないほど興奮しメソメソとセバと離れるのを哀しみつつどんなに小さくても日本の懐かしさに触れるのを泣けるほど嬉しく思うその多面性のせいでアタクシは結構憔悴している。これからヤナ姉さんと朝食会。それにしても最後の最後まで予定がぎっしり。空港で堰を切ったように泣き出してしまいそうだ。
2005.11.12
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普段はなんだかんだで仕事が長引いたり医局長と話したりして14時には終われないくせに今日は15時の段階で電車に乗り込んでいたセバ。アタクシも頑張って働いて17時過ぎに無罪放免になった。朝7時から17時まで文字通り飲まず食わずで働いた。手が震えたり吐き気がしたり眩暈がするほど疲れた。セバと会って市街地にあるセバのお気に入りのCAFE PARISでコーヒーとケーキをいただいた。チーズケーキはドイツのケーキにしては甘さが控えめでちょっと感激した。そのあと散歩がてらダラダラあるいて港へ出てからいつものポルトガルレストランに行った。アタクシ達はポルトがあるレストランへ行くとなぜかスペイン語で喋りたくなる。セバはネイティブレベルにスペイン語ができるからペラペラ喋っているがアタクシは意味がわかっていないのに相槌を打つだけだけど。あまり寒くなくて風が強くて疾走したくなるような宵だった。疾走しない代わりにアタクシはセバと腕を組んで歩いた。職場で起きた馬鹿みたいなことをウダウダ話しながら。目の前にはQM2が見えて、大きな船体の電気がキラキラと宝石みたいだった。セバと一緒で幸せで他には何もいらないと言えてしまえたらいいのになぁ。と、思って泣けた。明日は朝、ヤナ姉さんと会って3人で朝食をとる。何気に悠長。あとはまた日本から。
2005.11.12
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セバは頭が良くて考えていることが大人なのに何だかどこかがガキだなぁと思う。突拍子もないことを考えたりして時々眼を疑う。何度も書いたけど10月の冷たい北海に突然全裸で飛び込んだときは笑った。家にいるときも財布やら煙草をどこに置いたのか忘れてアタクシに「財布何処だっけ?」と聞く。その都度「テレビの上」とか「ジャケットのポケット」とか正しい返事をしてあげるのでいつも重宝される。これはガキというよりも痴呆か?この間のサッカー大会の後、体育館を出るときに「ねぇ、僕全部持ってる?忘れ物ないよね?」とセバが聞くので「煙草、財布、靴、サッカーボール、セーター。あるんでしょ?だったら全部持ってるよ」と言ってあげた。このやり取りを近くで聞いていたトビがやたらと感激していたとセバが昨日言っていた。自分の持ち物に忘れ物がないかとアタクシに聞くセバとそれに対してさらりと対応するアタクシのコンビネーションが羨ましい、とかで。アタクシが甲斐甲斐しくセバの面倒を見て支えてるみたい、とトビは言っていたらしい。甲斐甲斐しくという大袈裟なものではないけどアタクシはセバの家の雑事を普通にするし、セバに忘れ物がないように気をつけているけど、本当に支えてくれているのはどちらかというとセバのほうなんですよ、とトビに教えてあげたい。あと6時間でセバに会える。
2005.11.11
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昨日は長時間労働(16時間超)の疲れと腹立たしいことがあったのとストレスと何だのかんだので泣きたかった。会社を出てすぐにセバに電話をしたらトビのところで話をしてると言っていた。「そんなに遅くまで働いていたの?」と驚かれた。家に帰って部屋を片付けて風呂に入って寝た。とにかく今日一日働けば自由になれる。セバに会える。日本に約3週間帰るのと同じくらいセバと18時間一緒にいられることが嬉しい。あと9時間働けば。
2005.11.11
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「わたし、この机とベットの中と地下鉄の中で24時間のうち23時間くらい過ごしているような気がする。」と、職場で泣き言を言ってみた。通勤時間往復2時間、労働時間15時間、睡眠時間5時間。ヘトヘト。上司には「期待してるよ!」と何だかとっても励まされて「一緒に心中するつもりで」とまで言われた。うっかり真顔で「それは無理です」と、言ったら上司は苦笑いして「彼氏がいるから俺と心中は嫌なんだろ?物理的なことじゃなくて心理的なことだよー」と。物理的にも嫌だけど、心理的にも無理無理。だってアタクシある日突然辞表を提出してケニアに引っ越すんだから。ぷぷぷぷ。アタクシは大きな病院のすぐ裏に住んでいる。とても大きくて有名らしい。セバのお友達のトビはその病院でも面接をしたらしくて「Oberarztの態度が本当に冷たくて面接を中座したくなった」程雰囲気が悪かった、という話を聞いてセバはアタクシの髪を撫でながら「ごめんよ、シャッツ。君の町ではやっぱり働けない…」と本気か冗談か言った。だからやっぱりどうかんがえてもセバのなかではケニア行きはかなり優先順位が高い。精神的にセバと心中するつもりになればケニアにも行けるだろうか。それにしても心中って古い。言葉も行為自体も…。
2005.11.10
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「いつも22時に電話してくるのに今日はどうしたんだろうってトビに話していたところなんだよ」電話をかけたのは22時10分。10分しか遅れてないのに首を傾げてくれるセバが好きだなぁと思う。二人とも一匹ずつ大きなscholleを釣ったとかで嬉しそうだった。トビに「よろしく」と言われて、セバに「大好き」と言われてアタクシは就寝した。アタクシは睡眠タブレットのせいで夜に目を覚ますことなくぐっすり寝た。羽根をたたむように。朝5時に目覚ましがなったときは何かの間違いで今はまだ3時ごろに違いないと思うほどあっという間だった気がする。今日がヤマなのに17時から銀行の面談があるので会社を抜け出して大急ぎで買い物をして、もう一度会社に戻る予定。
2005.11.10
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セバの職場に新人がやって来た。所属する局は違うけどもう一番の下っ端じゃないと喜んでいた。その新人ときちんと話をする機会があったのは土曜日のサッカー大会だった。新人の名前はトビ。ベルリンの大学の医学部を卒業したばかりのいわゆる新卒だけど、ずっと小児科だったので眼科は全然わからないと言っていた。背が高くて痩せて彫りは深いけど色素が薄いのでちょうどセバと好対照だ。話してみるととても感じの良い人で、えらぶったところとかふざけたところとかなくて、真面目で落ち着いていて慎ましやかなのに話題が豊富で、「あいつはいいやつだ」とセバと大絶賛した。アタクシは医学のことなんてわからないのであまり話題についていけずにいると、トビが「君は日本人?」と突然聞いてきた。「僕、ハルキ・ムラカミが大好きなんだ。(ICH LIEBE HARUKI MURAKAMI)」嗚呼、やっぱりこの人はとってもいいに違いない。と確信してしばし村上春樹の本について話した。ドイツ語で出ている本は殆ど全部読んでいるほどの情熱的な村上春樹の読者だった。ちょっと感激。だってアタクシも、村上春樹が大好きだから。「もう、僕働くの辞める。職業釣り人になる」と、セバはいいながら釣りに向かうところに電話をした。「トビも一緒だよ。彼も釣りをするんだ」と、セバは嬉しそう。R市にやってきてなかなか気が合う友達が見つからずずっと寂しかったからさぞかしトビの登場で救われた面があるんだろう。アタクシは一人なら一人で別にいいと思うが、セバはもっと外交的な面を持っている人なので、友達がいないままR市に住みつづけるのはきっと辛かったことだろう。来週末はセバの御両親がやってくる。再来週はトビとボートに乗って釣りに行く。その次の週末にはアタクシはもうドイツに戻っている。嗚呼、よかった。R市にセバを置いていくことだけが気がかりだったから。セバを置いていくアタクシは全然大丈夫じゃないけど。残業5時間目突入。
2005.11.09
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昨日、会社を出る時点でタイムカードには25時間8分の残業時間が表示された。まだ5労働日が終わっただけなのにどこをどうしたらそんな残業時間になるんだ。今朝出勤途中のバスの中で寝ていたら寝過ごした。眼をふと開けると見たこともない運河を渡っているところで文字通り飛び起きた。慌てて小走りで会社に向かっているとペーターが車で拾ってくれた。もう限界。と、毎晩ベットの中で思う。アタクシがこんなに食べる物も食べないでひいひい頑張っているのは日本にいくためではなくて(もちろんそれもあるんだけど)できるだけ金曜日に早く仕事を終わらせたい、その一心だけだ。金曜日に仕事が終わる時間が早ければ早いほどそのあとセバと過ごす土曜日の13時までの時間が長くなる。「ヘトヘトになるまで働いて、仕事が終わって家に帰ってきても誰もいなくて一人ぼっちで部屋は寒くて一人には大きすぎて馬鹿みたいだ」と、セバは昨日言っていた。そういう弱音染みたことを普段は言わない人なのに。馬鹿みたい、という言い方がぴったりだなぁと思う。早く金曜日にならないかな、と漏らすセバ。金曜日までに仕事が終わらなかったらどうしよう。
2005.11.09
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そういえば昨日は久々にヴォルフィと長電話をした。彼はこの街とベルリンを行ったり来たりしていてフリーランスで仕事をしつつ、ベルリンの会社でも働きつつ忙しそうである。この街のフリーの仕事を廃業してベルリンで雇われたほうがいいのかな、と思って引越しを考えているらしい。仕事や人生のことで、ドイツ人の30も半ばを過ぎた男とウダウダ話ができるほど大人になった。ドイツ語ができるようになった。世間にもまれた。アタクシは日本人でドイツで働いていて転職とか副業とかで不利なことが多いと思っていたが、労働に伴うストレスとか悩みとかというのは、日本人のアタクシも、フリーランスのヴォルフィも若き医師であるセバも大差なく抱いている。そう思うと少しだけ気分的に楽になる。何時間残業しても仕事が全然終わらなくて泣きそうでもう日本には帰りたくないような気分にさえなってくる。だいたいセバと離れるなんて。仕事は思うように進まず。イライラしながら働くたびに取引先の人たちが「頑張れー。あとちょっとで里帰りできるじゃないか!」と、励ましてくれる。あまり普段話さない人も「あれ?いつ出発だっけ」と気にかけてくれる。ドイツで語学留学生だったときも大学生だったときもプーだったときもあったけど、働くことによって社会の中で踏ん張って生きている今が何だかんだいって人と人とのつながりを感じられるから好きだ。
2005.11.08
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「アタシが妊娠したらどうする?」と、前にセバに聞いたことがあった。まだ早いとか、今は困るとか思っているにしろ、思っていないにしろ、セバはアタクシの質問の趣旨があまりわかっていないかのようにごく当たり前のように言った。「どうする、って…。僕は父親になるよ」その答えと言い方が彼の物事へのスタンスを顕著に表しているようでとても気に入った。物事を正しく簡略化して大切な部分を見極める頭の良い人が使いこなす技だ。ま、実際にその時になったら上へ下へ大騒ぎをするかもしれないけど。子供なんだけど、とセバがおもむろに言ったのは週末。もしも、ケニアで生むことになっても大丈夫?・・・アタクシは頭が悪いのでセバみたいに物事の大切な核となる部分がよく見えない。物事を正しく簡略化。
2005.11.08
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タンゴの前に気まずくなってきちんと踊れないのもタンゴを踊っているときに耳元で呟く必要以上のドラマ性もイヤだったのでタンゴの休憩時間に「大事な話があるんだけど」と打ち明けた。タンゴ教室から地下鉄の駅までの間に言えばいいやと思っていたのに言い出せない。最初の一言さえ言えればスルスルっと言えるはずなのに何だかとっても酷いことをするみたいで何もいえない。結局地下鉄の駅の前で立ち止まって暫く言う言わないで押し問答を繰り広げた結果やっとアタクシはダニエル君に「新しく付き合っている人がいるの」と、言えた。やはりダニエル君はアタクシの行動範囲の大きな変化からその人物がR市にいることも言い当てた。超鈍感なダニエル君に気づかれるくらいアタクシの顔には大きく「恋に落ちました」と書いてあるに違いない。「で、長期的にR市に住むつもりなの?」と、聞くダニエル君。R市に行く電車の終点はダニエル君の生まれた町だ。R市から多分一時間くらい。ダニエル君といっしょにいたときはダニエル君の故郷に行くのを散々渋っていたアタクシが今は週末にフラッとR市まででかける。彼にしてはきっと複雑な気分だろう。「R市じゃあたしに仕事は見つからないよ。」と、言って次の言葉を探した。ダニエル君は多くを聞かなかった。聞きたかったのかもしれないが話の途中でアタクシの携帯が鳴ってしまった。普段は22時を過ぎると絶対に電話をかけてこないセバが今日の今日に限ってしかも物凄い間の悪さで電話をかけてきた。タンゴはどうだった?とか、今日聞きに言った神学部の教授の講演がとても印象的だったこと、ゆっくり寝てね、とかそんなことをセバは話していた。その場で話が終わるまでダニエル君を待たせて話の一部始終を聞かれたくなかったので、セバの話を中断してダニエル君におやすみを言って地下鉄に向かった。もっときちんと、あるいは責任転嫁めいていえると思ったのにアタクシも結局結構な臆病者だ。「まだ、そんなに一緒にいて間は経ってないんでしょ」と、ダニエル君は聞いた。具体的に期間を言えばいいのか、はい・いいえで答えるべきなのか軽く混乱をした。一緒にいて間も経っていないから2年間一緒にいたダニエル君の勝ち、と言う問題でもない。一緒にいて間もないけどセバのことを愛しているのよ、と言いそうにもなった。一緒にいて間もないからダニエル君とはだぶっていなかったよ、とでも解釈したかったのか。2年間一緒にいたのに、簡単な質問の真意も読み取れない。まだ一緒にいて間もないけど、長期的にR市に移って一緒に暮らしたいくらい大好きで大好きでたまらないんだよ。と素直に言ってればよかったのか。
2005.11.08
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自分が電車に乗って去っていくときはさっさと座席に着いて窓の外なんて見ることもないのに、アタクシが電車に乗って去っていくときはセバは絶対に電車が発車してアタクシのからセバが見えなくなるまで彼は立ち去らない。そうやって別れた後アタクシはおもむろに席に着いてiPodを取り出す。曲を検索するのが面倒なのでTOP25をかけると、一番最初にYELLOWが流れる。それをボーっとした頭で聴きながら日記も兼用している手帳に週末のことを書きとめる。こんな週末を何度繰り返したんだろう。YELLOWとは、それまであったヨハンへの気持ち、ヨハンとの思い出の上に新しく別の想いが結びついた。セバに見送れて去っていく電車のなかで、寂しいなぁとか切ないなぁと思っているときにいつもいつも流れている歌として。手帳を見ると毎週末セバと過ごした軌跡が辿れる。今はもう(クラウスに)禁止されている自転車の二人乗りをしたことバイクがガス欠になって田舎の道をバイクを押しながら歩いたこと初めて一緒に釣に行った時の日差しが気持ちよくて二人きりで静かだったこと冷たい北海に突然セバが真っ裸で飛び込んだことセバの赤いBMWのバイクを待っていたL市の大きな門の下嗚呼、沢山のことがあって、そのたびにちょっとずつセバをわかってわかりたいと思って、わかろうとしてきた。セバはアタクシと同じでシンプルなことも小難しく考えて他人に当たるし、基本的に独りが好きだし、気分屋だ。だけどセバと一緒にいて本当に良かったといつもいつも思う。一緒にいていつも自然で新鮮で温かい。自然なものを自然だと認めない不自然さはやはりあってはいけない、と昨日電車の中で考えていた。だから、今日ダニエルくんに言う。セバと付き合っている、と。セバがいて救われたこと。セバがとてもとても大事だということ。
2005.11.07
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勝負の一週間である。勝負なら勝負らしく日々精根尽き果てるまで働けばいいのにそうもいかないところが余計に焦りを煽る。今日、月曜日はダニエルくんと事務的な話し合いがあるために職場を18時半には出なければならない。事務的な話し合い、というのは変な響きがするが。火曜日と水曜日は会社の施錠まで働く。木曜日は銀行の面談があるので早めに帰る。お金のないアタクシに何を奨めたいのか知らないが。早く帰れたのをいいことに帰国に際する細々した手土産をさっと買う。金曜日はセバが来る。土曜日の昼にアタクシを見送って夜に友達の誕生日パーティに呼ばれているらしい。セバの高校の頃のお友達のブリタの誕生パーティ。語感の違う日本人のアタクシからするとブリタって女の子の名前には相応しくないような気がする。何しろ鰤太。本当は「あたしがいないときに女の子の誕生日パーティになんて行かないで!」とかいいたい気分だが、セバを置いて日本に帰るのは他でもないこのアタクシだし、日本では男友達とブラブラ出歩くし、アタクシにはそういうことを言える立場にはない。セバを信用しているという証に、セバがパーティの後ゆっくり眠れるようにウチの鍵を渡して「ウチで寝ていいよ」と言うつもり。彼はアタクシが信じたいほど信じるに値する人間だ。(と、自分に言い聞かせてみる)家財道具を持ってトンズラされるよりも、女を連れ込まれるほうが辛いなぁ、と苦々しい顔で想像してみる。昨日、家に帰る電車に乗るホームでアタクシが凹んでいたら「週末はゆっくり過ごそう」と励ましてくれたのに「でも土曜の昼までだよ」と悲壮な顔でアタクシが言うと「あ、そうだ。すっかり忘れてた。」と言ってから「どうして日本なんかに帰るんだ?」と本音をセバが漏らした。本当に。どうして帰ろうとなんて思ったんだっけ。毎回、毎回、R市から帰るときに駅のホームでの辛さが増す。昨日は危うく泣くところだった。5日間我慢すれば会えるのに。会えば会うほどまた会える確証は高まっていくのに、どうしてどんどん辛くなるんだろう。今週の金曜日はセバは空港でアタクシを見送る。普段よりも少し長いさようならのために。セバを困らせるほど泣きたくないけど。本当に。どうして日本に帰ろうと思ったんだっけ。
2005.11.07
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土曜日の夜はセバの大学病院のサッカー・トーナメントだった。眼科医チームは初出場ということもあり、ビリ。結局、南大学病院だったか神経科センターかどこかが優勝したはず。わざわざR市に来ていたフロリアンは、自分の所属する医学生が核廃絶から世界の改善を目指す会みたいなやつに大忙しでなかなか顔をあわせる時間もなかった。セバはフロのことは好きだけどそういう大袈裟な活動に熱中する人間は苦手だと言って随分と皮肉たっぷりにフロと話をしていた。セバはこれから先のこととか、仕事のこととか、期待に応えられるかとか考えて不安を抱いて、ひとりになりたくなって誰にも優しく出来ないことがある、と言ってアタクシに対してそうしてしまうのが酷いことだと分かっているし、変えなくちゃいけないともわかってる、と謝っていた。アタクシはセバがそうやって冷たくしてくると愛されていないのではないかと不安になって、泣きながらすがりたくなる。でも愛されていることをきちんと感じることができるかできないかはセバのせいではなくてアタクシ自身の問題なのだ。不安(Angst)が人を蝕んでいく。セバが週末を満喫してリラックスして心に余裕があると全ては穏やかでアタクシもそれを感じて満たされた気分でセバと一緒にいることができるのに。そのときには絶対に「わたしのことすき?」と馬鹿みたいなことを聞く気にはならないのに。お気に入りの浜辺を散歩しているときにセバパパから電話があった。なかなか顔を見せない親不孝息子のところに押しかけてやろうと計画しているらしい。来週末は彼女が日本に帰るのを空港まで送っていくからダメ、と説明するセバ。セバパパはアタクシについて何か質問したらしくセバが「今、隣にいるよ」と言うのでアタクシは「よろしく言っておいて」の意味で手を振ると、セバが何か言いかけて「直接話しなよ」とアタクシに電話を押し付けたので、恐る恐る挨拶をした。若い頃はヒッピーで、今は開業医。ドイツの開業医らしい風貌だったのを写真で見た。多分、ドイツ人の家庭の中ではかなり裕福なことはセバの生い立ちを聞けばすぐにわかるほど開業医として成功しているセバパパ。初めて話すセバパパはきちんとした話し方だけど威圧的なところが無くて他人行儀すぎずフレンドリーすぎず、この父親からどうしてセバみたいなヘラヘラ息子ができたのかと思うほど紳士的だった。「以前日本に行きましたよ。北から南まで方々を見て回ったのですがとても素晴らしい場所だという印象を受けました」と、里帰りするアタクシに言ってくれた。服部半蔵の作った包丁を買って来て、と騒いでいるセバとは大違いだ。「親に会うのはいつでも素敵なことだよね」と、二人で話しながら電話の後また浜辺をずっと歩いた。海の風が冷たくて、夕焼けが綺麗で、泣きたくなった。悲しくて泣きたいのか幸せだから泣きたいのかよく分からなかったので泣かずにセバと腕を組みながらそのまま歩いた。二人が不安に襲われなかったら全て上手く行くように思えるのに。
2005.11.06
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Gestern haette ich fast wie Verrueckte schreiend ("Wochenendeeee!") die Firma verlassen. So froh war ich. Endlich Wochenende!Den Freund von Seba kannte ich von den Bildern von Seba`s Kenya Zeit. Die beide haben zusammen im Krankenhaus gearbeitet. Der Freund, heisst Flo, ist zwar noch Student aber arbeitet schon im Krankenhaus in der Naehe von Berlin und hat vor bald 3 Monate wieder in Kenya und danach auch 3 Monate Oseania zu arbeiten. Wie Tommy, Flo ist auch so ein netter, sehr freundlich. Der hat mir viel erzaehlt von Kenya und Seba in Kenya damals. Heute muss ich bis spaet nachmittag in der Wohnung von Saba alleine verbringen denn die beide vorhaben was zu tun. Am Abend ist Fussballspiel angesagt aber das Wetter ist leider nicht so schoen. Grau und wechselhaft, anders zu sagen kuschelwetter...Mal sehen, was ich hier alleine machen kann. Auf seine Kueche Aufraeumen habe ich keinen Bock. Gerade lese ich ein neues Buch "Choral am Ende der Reise" von Erik Fosnes Hansen. Wie der erste Romane von ihm, dieser zweite ist auch genau so lang, gut 500 Seiten. Aber wurde gesagt, er sei ein tolles Geschichte von den sieben Musiker an Bord der Titanic. Hinter den Fenstern schlafen sie, die Kinder, die Frauen die Maenner. Du weisst da. Wenn du dich bemuehst,kannst du sie dast atmen hoeren. Due weisst es. Doch du verstehst es nicht. Es gehoert nicht dir. Nie hast du das erlebt. Frueher hat es dich wuetend oder aengstlich gemacht, du konntest schrechliche Dinge sagen oder fortlaufen. Heute ist das nicht mehr so. Du siehst nur dein eigenes Raetsel, das dich traurich und gluecklich machtEin Man verlaesst gerade seinen Heimatstadt London, kurz vor Sonnenaufgang. Er geht an die Strasselang und denkt so was. Ich verstehe irgendwie diese Saetze sehr gut. " Es gehoert nicht dir". Ich wundere mich, wenn ich hier Deutschland verlasse und nach Kenya ziehe, wuerde ich denken koennen "du siehst nur dein eigenes Raetsel, das dich traurich und gluecklich macht". Gestern habe ich kurz mit Tommy am Telefon gesprochen. Er hat mir viele Spass in Tokyo gewuenscht obwohl er es schade fand dass wir drei nicht mehr Weihnachten verbringen koennen.(Ich bin nicht sicher ob Seba auch genauso findet.) Wenn ich nicht 3 Woche in Tokyo Urlaub gemacht haette, war es auch nicht einfach, Weihnachten dieses Jahres was besonders zu unternahmen. Ich meine, 24.12 ist Samstag, 25 ist Sonntag. es ist ja ein *ganz* normales Wochenende, zu mindestens fuer mich. Ich weiss ja nicht (er auch noch nicht) wann Seba arbeiten muss oder ob er ueberhaupt arbeiten muss. Weihnachten in Deutschland mag ich gar nicht. Alleine zu verbringen ist doof aber von irgendeiner Familie eingeladen ist auch nicht so wirklich angenehm (finde ich). Am besten ist, wie Tommy mal vorgeschlagen hat, irgendwohin zu fliegen und da mit Freunden zu verbrigen. Dafuer braucht man ja mehr als ein Wochenende. Sonnst wuerden wir ganz gerne nach Sued Spanien fliegen, wo Seba und Tommy ein paar Monate studiert (ung gefeiert) haben.Ich gehe wieder ins Bettchen (obwohl es noch 11am ist) und lese das Buch weiter. So faul aber irgendwie gluecklich denn ich weiss ganz genau dass Seba in naechsten Stunden zurueck kommt!
2005.11.05
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まだそんなに真剣に考えなくてもいいのに、とケニアに引っ越すことについてセバは言う。しかしアタクシはこのことばかり考えている。多分、友達の中にこういう立場の子がいたら「絶対にやめておけ」と言ったはずだ。だからアタクシの友達や知り合いの殆どはこのケニア計画についてあまり良い顔をしない。日本からもドイツからも遠い地であること。治安が悪いこと。などなど。ヨハンに至っては、アタクシの人生を預かってケニアにまで一緒に来させようとしているわりにはセバの言動にその責任を負っているところが見受けられないと憤っていた。姉さんも、ケニア行きを馬鹿げてると思ってる?と、ヤナ姉さんに恐る恐る聞いた。あなた、ドイツにも何が起こるのかわからないのに来たんじゃないの?阿弗利加がそんなに豊かな場所じゃないとしても、絶対に素敵なことを感じながら生きていくことができると思うよ。寒い気候や豪奢な服や靴なんかよりももっと幸せにする何かを。大体ね、人生には保証なんてないわけ。色恋沙汰は顕著な例よ。あっという間にダメになるかもしれないし、逆に上手くいって幸せになって、おばあちゃんになったときに「ねぇ、セバ。あの時の決断は間違ってなかったよ。物凄くアイシテル。ケニアでの時間は本当に本当に素敵だった」って言えるかもしれない。セバと話し合って自分で決めなくちゃダメよ。他の人の言うことなんて重要じゃない。リスクを負っても自分らしく生きるのがあなたの生き方じゃなかったかしら?おばあちゃんになったときの仮想台詞に涙が出そうになった。ヤナ姉さんは日本人ともドイツ人とも違う精神世界を持っている。何と言うか、愛や恋へのアプローチがとても高尚なのだ。あの人は素敵なんだけど将来性が、とか、年収が、とか姑がとか、持ち家がとか、間違っても考えない。よく言えば愛の理想を追いつづけ、言い換えれば現実的ではない。勝手な解釈だが、きっと彼女が人生の半分以上を共産主義態勢の国で育ったから、資本主義にモミクチャにされた人に特有の(?)ガメツさがちょうどいい具合に抜けている。そしてそのヤナ姉さんの言葉に結局はいつもいつもいつも救われている。
2005.11.04
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先週末クラブからトミーとセバと帰ってきて午前3時に3人でコーヒーを飲んだ。これから一時間かけて車で実家に戻るトミーが途中で事故に遭ったら大変だ、というので無理矢理コーヒーを飲ませたのだ。あ、ケーキがあるんだった。食べていきなよ。と、アタクシが冷蔵庫をごそごそして、バナナチョコレートチーズケーキを切り分けてあげるとトミーはワナワナしながらそれ、もしかして手作り?と聞き、アタクシがそうだよ、と言うとクネクネ悶えながら「いいなぁー。僕も彼女が欲しいなぁ」と叫んでいた。その横でセバはさも当たり前というように「僕にも一切れ頂戴よ」と一言。セバはたまに我儘で甘ったれで独占欲が強いと思う。オレ様的性格だ。あまりドイツ人には見かけない気質のような気がするのでやっぱりラテンの血のせいか、とアタクシは勝手に解釈している。今週末はセバの街の大学の医学部でシンポジウムがあるのでセバの医者友達も遊びに来る(そしてシンポジウムそっちのけでサッカーをするらしい)。「こっちにきたらケーキ焼いて」と、昨日セバがおねだりをしてきた。先週持っていったケーキ型を置いてきたので多分焼けないことはないだろう。量りも泡だて器もボールもごむべらも計量カップもない家だが。ケーキを焼いただけで羨ましがられるとはドイツ人のガールフレンドはそんなになにもしないのか。そういえば、ダニエルくんの女友達Fがご馳走してくれたケーキはケーキミックスのヤツだったなぁ。嗚呼、もう随分と昔のことに思えるけどまだ2年前なんだなぁ。落ちがないけどとりあえず終わり。
2005.11.04
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昨日は7時から20時まで働いた。あと一歩で昔の製糸工場の女工さん並みになれる。朝昼晩の三食を職場で済ませる。仕事の帰りに中央駅でR市行きのチケットを買った。そんな早い時間に乗れる確証はないのに17時48分発の電車の座席も予約した。家に帰ったのが21時過ぎ。確か家を出たのは6時前だった。そこからくだらない雑誌を読みながら半身浴。R市へ行くための荷造りをレスポのウィークエンダーSに。睡眠タブレットを飲んでベットをもぐりこむ。「一段落したら電話するね」と、セバは言っていたのになかなか電話がなくて23時に睡魔に襲われて消灯。23時35分。セバから電話。「おやすみがいいたくて」とのこと。アタクシは寝ぼけながら、セバに「大好きー」と言ったような気がする。今日の勤務時間9時間(予定)を耐えればセバに会える。それにしても、平日は平日で仕事ばっかりだし週末は週末で出歩いていて全然家にいないアタクシ。せっかく引っ越したのに。しかも来週から3週間日本に帰るし。わたしがR市で仕事を見つけるより貴方がこの街で仕事を見つけるほうが簡単なんじゃないかしら。と、もっともなことを言ったらセバは最低でも半年働かないと職業経歴として認められないから3月まで待って欲しい、とのこと。君を人生でずっと待ってた、と言ってくれたセバ。そのセバに言われれば3月まで待つことなんてどうでもないし、ケニアに行くまで待つもの何てことはない。後は一緒に歳を取るだけ。というセバを何となく信用し始めている。
2005.11.04
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食器洗剤で散発をするドイツ人がいることを先日この日記で書いたがそれと同じくらいビックリすることを耳にした。セバ。セバは夜勤の時にお腹がすくからと言って瓶詰め離乳食を(冷たいまま)食べているらしい…。曰く「栄養価はあるし原材料も変なの使ってないし、温めるとけっこう美味しいよ」瓶詰めの離乳食はマツ●ヨみたいなドラッグストアに必ず置いてあって種類も豊富で手軽に買える。しかしそれを成人が小腹が空いた時に食べているなんて聞いたことがない。冷蔵庫に入っていた「ジャガイモ・人参・鶏肉」というのをちょっと舐めてみたが、何とも言えない味。不味くないし素材の味もする。でも、成人のアタクシ、ちゃんと歯が生えているアタクシとしては歯ごたえが欲しい。ジャガイモと人参と鶏肉をぐちょぐちょのまま3つ一緒に味わうのは何とも、複雑な気分にすらなる。小腹が空いた、と離乳食を食べるセバ。その柔軟性、発想の転換、雑食振り。こういう人がきっとケニアで逞しくやっていけるんだろう。R市に引っ越してきて、とセバがアタクシに言う頻度が増している。そこには仕事がないよ。と、いつもの返事をするアタクシ。R市からはこの街まで毎日は通勤できない。R市からベルリンはさらに遠い。一緒に住めたら弁当を作って夜勤に持たせてあげられたのに。離乳食…。
2005.11.03
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今週末はセバの街に行く。本来ならセバが来る番なのだがシンポジウムがあるらしく日曜日にならないと来れない。来週末、土曜日にはアタクシが日本に発つのでどうしても今週会っておきたいからアタクシがR市に行くことにした。「でもどうせだから来週末はそっちに行くよ。飛行機が発つのは何時?」と、聞いてきた。飛行機が発つのは14時半。でもそのためにわざわざ金曜日の夜に来てもらうのは悪いような気がする。その一方で会えたら嬉しいなぁとも思う。アタクシが不安に思っていることや自信がないことについてセバはいつもちゃんと話を聞いてくれる。上手くいえそうにないからやっぱり話さない、というアタクシを本当に上手に誘導する。それがくだらないことでも誇大妄想なことでもセバは必ずアタクシに大丈夫だと思わせてくれる。そして言う。「大丈夫。二人できっと最善の方法を見つけられるよ」と。アイシテルとかそういう言葉は一緒にいて何年か経ってやっと実感が湧いてきて言える大事な言葉なんだよと、セバは言うけれどアタクシは毎日でも聞きたい。聞かないとまた不安になってしまいそうだから。でも、そんな言葉がなくてもこの人はアタクシをちゃんと想っているんだなぁと同じくらいちゃんと感じられるのが大事なんだろう。嗚呼。難しい。自分の気持ちを言葉にするのも言葉にならない相手の気持ちをわかるのも。
2005.11.03
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想像に難くないことだと思うが、ケニア行に関しては結構反対されている。ケニアは危ない、というのが最大にしてほぼ唯一の意見だ。旅行ならいいけど住むのは大変だよ、とか。今日、初めてある人に物凄く本質的なことを指摘された。アタクシが顔を背けてきたこと。だけど本当は誰かにそこを突いて欲しかったこと。それが嬉しかった。それがヨハンであったことが嬉しかった。やっぱりこの人はシビアで頭が良くて要求水準が高くて何にも惑わされないでそしてアタクシのことをまだちゃんとちゃんと理解をしてくれていたんだと思って彼らしいと思って嬉しかった。どうするべきなのか教えてくれるわけではなくて一体何が問題なのかということをヨハンは気づかせてくれた。コムスメ。オマエはもう子供じゃない。時間を無駄にするな。進むべき道はわかっているんだろう。と、言っていたヨハン。「勿論」と言って大きく頷ける自信をヨハンはくれた。今、頑張れる精神的な強さや、走り抜ける勇気や、それをしようと思えるまでの考え方やらをアタクシは何かあるたびにヨハンから教えてもらったような気がする。ある意味アタクシを育てた人。進むべき道は。
2005.11.02
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君はそんな偏狭な人たちに惑わされたりしないできちんと仕事をこなせるよ。と、昨日電話でセバが言ってくれた。まだ、新米の医者なのにセンパイの医者が病気で休んだため随分インテンシブなことをやらされているらしい。「新たな課題が人間を成長させる」と、院長に言われたとか。このままの仕事でいいのか、まだまだできることが絶対にあるはずなのに。それを考えると止まらない。ドイツで活かせる資格を取れるか。ケニアで仕事に繋がる何かを探せるか。新たな課題は人を成長させる。セバと成長していけるのか。そのための何かを探せるのか。
2005.11.02
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そういうわけで、忙しくて目が回るほど。普通に忙しいと暴飲が止まらなくなってしまうのに極度に忙しいと何も口にすることができなくなる。今日は緑茶3杯飲んで出勤の道すがら丸いパンを食べただけ。今日は無理矢理仕事を置き去りにして医者に行く。婦人科の子宮ガン検診の結果が出ているので聞きに行って薬の処方箋を貰う。婦人科?!先生は女でしょ?女だよね。女じゃなくちゃダメだよ!と、検診に行く時にセバは大騒ぎをした。あなたも医者なのに、婦人科の先生が女じゃなくちゃダメなんて随分な偏見ね。と、笑ったら「僕は医者であり君の恋人だ。これは君の恋人として言ってるんだ」と言っていたセバ。可愛いところもあるじゃないか。セバはアタクシにとって恋人であり医者である。セバがいれば絶対にダイジョウブだと心のどこかでいつも思っている。ストレスで一日一食しか食事が喉を通らなくてもセバに会えば絶対に大丈夫だと無条件に思えてしまう。これで子宮ガンだったら急いでセバに外科医に転向してもらおう。絶対にダイジョウブ。
2005.11.01
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前からその傾向はあったが、うちの職場雰囲気が凄く悪い。ドイツ人は日本人のマネージャー連中なんて実務をわかってないと腹の中で小馬鹿にしている。日本人のマネージャー達はあんな代わりはいくらでもいるんだから嫌なら辞めればいいと自分達の方針を押し付けようとする。アタクシはその狭間にいつも挟まれている。挟まれていると思っていたのに、今思うと随分と日本人よりの挟まれ方をしていた。ドイツ人の同僚の愚痴を聞きながら、本当は上司はああして欲しいのに、とか密かに思っていた。最近は、ドイツ人の同僚の肩を持つようになり、一緒に日本的なやり方に憤慨して、ドイツ語でああだこうだと文句を言い合っている。もう、上司の方針に妄信的に従うことが出来ない。お互いがお互いを尊重できない環境というのは人を物凄く攻撃的に無気力にいい加減にする。精神的に物凄く辛い。オマエは日本人につくのか、ドイツ人につくのか。毎日毎日細かいことでそんな馬鹿みたいな選択を迫られている気分。毎日毎日・・・この独特なストレスは想像を絶する。どのくらい酷いかというと、「ああ、この地獄から抜けられるならさっさとケニアに行きたいなー」と、だんだん思ってくるほど。ナイロビがドイツ(の瀟洒な都会)よりも良さそうに思えてしまうほどこの職場の殺伐ぶりは凄い。セバは白衣の中に辞表をいつも忍ばせている。そのくらい「いつも辞めようか迷う」と言っていた。医者としての仕事の前に立ちはだかる馬鹿みたいな組織の上下関係にウンザリしているらしい。アタクシも毎日毎日同じようなことを考えながら出勤し同じようなことを考えながら帰宅する。辞めたい。でも仕事がないとここには住めない。転職と引越しの手間を想像する。やっぱりダメだ。ここで生活を変える意味はない、と思う。嗚呼、やっぱり続けるしかないのか。そしてこの職場の雰囲気を思う。辞めたい。という堂々巡り。どこも似たり寄ったりだとは思うのだが。今すぐ電話を掴んでセバの病院に電話をして「さっさと二人でナイロビに逃げよう」と言ってしまいたい。
2005.11.01
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昨日のタンゴは最悪だった。とにかく、先週習ったことをダニエルくんが翌週綺麗サッパリ忘れていることにアタクシがキレて怒り、アレハンドロ(先生)まで「今日はどうしたの?ヤなことでもあったの?」と心配して来てくれたほど顔をしかめていたらしい。でも、パートナーチェンジでは、セバにちょっとだけ似ているポーランド出身のアンソニーと踊れたのが不幸中の幸い。機嫌が悪くなった発端はそこなのだが、踊りながらいろいろ考えてどんどん混乱していった。つまり、ダニエルくんをタンゴのときに近くに感じる違和感と嫌悪感。つい数ヶ月前まで一緒に住んで隣で寝ていた人にどうしてここまでアタクシは拒否感を示すのか。これはただのタンゴなのに。と、思えば思うほどその場を逃げ出してしまいたくなった。セバに会いたいなぁ。セバと踊りたいなぁ。と泣きたいほど思った。タンゴの帰り道、セバに電話をした。セバはダーツ・トーナメントに参加しているところだった。そこまでして続けることないよと、セバは言っていたのにアタクシは「タンゴが大好きなの」と言い続けた。タンゴが踊りたい。それがダニエルくんと踊るというヘンテコな関係を続ける必要があるとしても、それに勝るくらいタンゴが好きだ。「じゃあ、また二人で踊ればいいんだ」と、セバ。セバと踊るタンゴは楽しい。こっちの足をここに持ってきて重心の移動のタイミングがどうのこうので、ここが半分のテンポでとか小難しいことを考えたりしなくていい。目を閉じてリードを感じるだけで安心して踊れる。こんなに短期間のうちにダニエルくんを見知らぬ人に思えるほどアタクシの心は遠ざかり、同じくらい短期間のうちにセバを限りなく近くに感じるようになった。そして、それなのに実際の物質的な距離はちっとも変らない。時間や距離や心がぐにゃぐにゃに曲がっていくようだ。会えないなら200Kmも10000Kmも大差はないのと同じように一緒にいられるならドイツもナイロビも同じことなのだろうか。
2005.11.01
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