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昨日は一人で本を読む夜と決めていたのに仕事帰りに私物を引き取りにヴォルフィのオフィスへ寄った。(街の真ん中にあるので外出したときに邪魔になった傘だの雑誌だのを置いてある)またお茶をご馳走になって、PRINZを読んでいると何やら外が騒がしい。アタクシが怖がっている目の前の廃墟から黒い煙が立ち昇っている。片側2車線の道を挟んですぐそこに建っているのだ。鉄格子が巡らされていて人が入れそうに無いのにどうして家事になんてなったんだろう。火の手は大きくないけれど警察だの消防だの50人くらい集まってきた。以前、死体が見つかったような場所だから普通の家事異常に敏感になっているのかもしれない。私たちはオフィスの窓から家事を見ていた。ノルウェイの森みたいだなぁとちょっと思った。「燃える廃墟」という言葉が何だか詩的で哲学的に響いてヴォルフィとアタクシはとても気に入った。ネタ帳の1ページ目に燃える廃墟と書いた。
2005.04.30
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週末に突入である。一日休んだくせにヘロヘロ。本当は今日、知人の誕生日パーティーに呼ばれていたのだが昨日プレゼントを探そうと思って街をウロウロして結局自分に本とMOLESKINEのメモ帳を買ってしまったのでやっぱりパーティに出るのはやめる(アッサリ)知人程度じゃね。本は『Dies ist kein liebes Lied』を買った。なかなか楽しそうである。ライバル出版社の本なのにマークが薦めてくれたのだ。とても面白いし、最近文庫本になったから通勤にもピッタリだよ、と。MOLESKINEはアタクシが一番大好きな筆記用具(手帳)のメーカーでここ何年もスケジュール帳はここのものと決めているほど。今回は方眼のメモ帳を買って、これを日々偶然に出くわす素敵な言葉や詩や標語を書き留めるネタ帳にする予定。暇さえあればジョギングに行ったり、ヴォルフィとダラダラしたり友達とはしゃいだりしていたので、今日はゆっくり家で読書でもするさ。しかし、この本の題名も気になるなぁ・・・。
2005.04.29
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昨日会った友達とはもう7年来の友達だ。一番最初に2人きりで会ったのはアタクシがドイツに短期留学に行く前日だった。実家のある地方都市から東京に夜行バスで戻ってきたばかりで、寒い2月の朝早い新宿で待ち合わせをして店が殆ど開いていない時間だったので歌舞伎町のプ〇ントでお茶をした。寒くて眠くて不思議な時間だった。改札で別れるときに、彼はアタクシにお守りをくれた。ドイツに行くアタクシに実家のある街の有名な神社で厄除けのお守りを。アタクシはそのお守りを今でも持っている。勿体無くて燃やしたりできないのだ。ボーイフレンドに振られてに彼の家に押しかけてビービ―泣いたときに借りたままになっているCKのハンカチも今でも大事に持っている。恋に落ちるみたいに、感電するみたいに、友達として誰かを一瞬で好きになることが人生の中でよくあった。ライアンなんてその最たる例だ。でもこの友達みたいに、静かにでも確実に時間をかけて友達としての関係が熟成していくのも素敵なことなんだなぁと昨日からずっと考えていた。そしてそう思うことはアタクシを物凄く暖かい気持ちにした。昨日朝食のカフェでヴォルフィにいつもより饒舌に日本での日々を話したのも、そのせいかもしれない。アレックスやヴォルフィやもしかしたらマークとそういうふうな友達になれるのかもしれない、と一生懸命想像をしてみるのになかなか上手くいかない。ヨハンを忘れよう忘れようとしているうちに、またあんなふうに傷つかないように、誰かと必要以上に関わることができなくなってしまったのかもしれない。どんどん偏屈で無気力になっていくみたいで自己嫌悪である。
2005.04.29
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昨晩、眠さのあまり熟読をしなかったがマークがメールをくれていた。2通のうち1通には詩が書かれていた。アタクシ、これまでの人生で誰かから詩を捧げられたことは一度も無い。記念すべき日である。短歌が好きなアタクシでも、詩に対する造詣は深いとは言えない。しかもドイツ語の詩である。いいのかわるいのか全然判らないし行間に何が隠されているのかもイマイチ読めない。しかし、相手(マーク)もプロの詩人ではない。だから大した作品ではないのだろう。というか、これが本人のオリジナルかも怪しいものだ(猜疑的)。とにかく、詩の内容はこんなだった。僕は夢の中で蝶々になって君の元に飛んでいく。君の手に止まると君は僕に微笑む。僕はまた飛び立つけれど眠りに落ちた君のところに戻る。君の肩に止まって寝息でゆっくり上下する肩の動きを感じている。本文はもっと長いけど、要約するとこんな内容だった。蝶々の詩といえば、アタクシの大好きな映画『イル・ポスティーノ』の主人公が思いを寄せる女性のために書いた詩の冒頭が「君の笑顔は蝶のように広がる」というものだった。詩の世界において蝶というのは何かの暗喩なのか?よくわからない。そういえば、政治活動をする人間と文学は合っていないと思っていたがこの映画の主人公もパブロ・ネルーダの影響を受けて政治活動と詩に目覚めていくんだった。6歳児の頃はめちゃくちゃ可愛らしかったこと。英語、ドイツ語、イタリア語、フランス語が完璧なこと。実はパリで生まれたこと。物理と天文学で修士を取っていること。自動車会社Bで働いていたこと。この街のE地区に7年間住んでいたこと。あの巨大メディア会社Bに勤めていること。政治的な活動に参加していること。ジョギングが好きだということ。マークの全貌はまだ明らかにならない。見合いまであと6日・・・。
2005.04.29
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一日休みを取った。朝早いうちに役所で用を済ませて、ベルリン経由で日本から来る友達の到着を待とうとしたら正午頃になるというのでヴォルフィのオフィスに押しかけて一緒に麻ご飯を食べに行こうと誘った。晴れていて物凄く気持ちのいい午前中でアタクシが毎日カリカリと働いている間に街の時間はこんなに穏やかにつつがなく流れているのか、と驚いた。そして今日はその時間に属していることが嬉しくてカフェでボー―――――ッとしながら終始ご機嫌だった。オランジーナとチーズケーキとカフェオレを2杯。結局2時間近くそこでダラダラヴォルフィと話していた。今日来てくれた友達は日本にいたときからアタクシがとっても大好きだった友達だ。とにかく性格が良くてユーモアがある。彼の語彙や言い回しの素晴らしさにはいつも感激してきた。とても博識で頭がいいのにそれをひけらかしたりしないところもいつも素敵だと思っていた。「本当に賢い人間は賢くない人間のフリをするのに長けている。」といつもウチの父が言っていた。曰く、北野武とか、と。彼と話すと父親の言葉を思い出す。お昼には一緒に魚市場付近の魚が美味しいレストランに行った。あまりの魚の美味しさに3人でかなり食べた。夜はプライベートビール醸造所でダニエル君と合流。みんながぶがぶビールを飲んでソーセージとポテトと酢キャベツを食べて、ご機嫌で、饒舌で、楽しくて、幸せだった。物凄く昔、もう6年も7年も前にアタクシが話したことや一緒に考えたことを彼が当たり前のように覚えててくれて「あの時はこうだった」とか当たり前のように話してくれるのが何となく嬉しかった。そうやって時間を共有した人たちの多くとアタクシは離れてしまったので、彼らがアタクシの記憶にいるのと同じように、アタクシが彼らの記憶にいるなんてことは確かめる術もなかったからだ。自分が誰かの記憶や思い出の中にいて、自分でも忘れてしまったような些細な言葉を覚えていてくれる人がいるのはやっぱり素敵だと思う。この街で新しい友達に囲まれて、彼らとの時間は新鮮で現在進行形だけど古くからの友達と共有した、ある一定期間が経った時間(思い出)の芳醇さ、味わい深さを今日はしみじみと感じだ。嗚呼。ここにいる誰もアタクシをこんなに笑わせたりできない。昔からの友達って宝物だ。
2005.04.28
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ヴォルフィと映画を観た。ケバブ・コネクション。ドイツ全国で上映されてるのかよく分からないがこの街の一角にある飲み屋やらがひしめく地域を中心にロケがされていた。俗に風光明媚と讃えられる絵葉書になっているような景色は出てこなくてこの街の中でもごちゃごちゃと汚い、それでも何となくみんなが大好きな場所が映って、場内からは慣れ親しんだものに対するフレンドリーな笑いが起こっていた。ストーリーもドイツのトルコ人を中心に描かれたドイツならではのもので、かなり笑えたし考えさせられた。複線にトルコ人とギリシャ人の対立も詰め込まれていたし。映画館に行く前に髪を切った。それを見たヴォルフィが「マークのために綺麗にしてるんだね」と妙に納得していた。「何度もいうけど顔も知らない男と会うなんていや」とアタクシが猛反対をしたので、ヴォルフィが写真を送ってくれた。本人に無断で写真を見せるのは気が引けるから昔のやつを。とか何とかで大学時代の写真を見せてくれた。実に13年前・・・。あの6歳の賢そうな少年がそのまま大きくなったような写真だった。しかし、ここから13年後の今の顔を想像するのも難しいしこの人がアタクシに短いけれどとってもロマンチックなメールを送り続けているとも想像できず、このロマンチックなメールを書いてくれている人が実際はロマンチックさのかけらも無いメディア界の最大手で昼夜関係なく働いているとも想像できない。全てがチグハグな気がしてしまう。とりあえず明日は休みなのでゆっくり寝れる。ケバブの夢でもみるさ。
2005.04.28
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日本にいたときに大好きだった友達が今ドイツに来ている。ただでさえ強行軍なのにアタクシの住む街にわざわざ来てくれることになっている。あまりに嬉しくてアタクシは明日休みを取ってしまったほどだ。日本から友達が来るのはいつも嬉しい。辛いのは彼らが帰るときだ。「嗚呼、何で私だけここに残らなくちゃいけないんだろう。どうして一緒に日本に帰れないんだろう」と、どうしようもない寂しさに襲われてしまう。逆のパターンで、自分がドイツに帰る場合も寂しくなる。この街のヘボい空港や、フランクフルト空港、そして成田空港では本当によく泣いた。今回は友達を空港に見送る必要が無い。その分きっとあまり哀しくならずに済むだろう。明日は昼に魚の美味しいレストランに行って、夕方からプライベートのビール醸造所に行く予定。楽しみ。天気がよければもっといいのだが、今日は雨で肌寒い・・・。今日は取りあえず髪を切りに行った後ヴォルフィと映画に行く。明日は友達が来て、明後日は知人の誕生日パーティ。土曜日はジョギングとタンゴのショー。日曜日はインラインスケートの闇練。月曜日から水曜日までまた吐き気を催すくらい働いて(仕事の後でジョギングにいけたら嬉しい)木曜日は午前中がジョギングで午後がマークとの見合い。金曜日は惰性で働いて夜からマークとのお見合い第2段(寿司)。土曜日の夜遅くからはタンゴパーティ・・・。向こう10日のアタクシのスケジュールを聞いてヴォルフィは「君って本当に好奇心に溢れた日々を送ってるんだね」と一言。そんな言葉を前にヨハンにも言われたような。もっともっと忙しくてもっともっと充実した日々を送って早くヨハンに言ってあげたい。「ね?アタシこんなに楽しい生活をしてるから心配しなくてもダイジョウブだよ。ヨハンがいなくてもちゃんとやっていけるよ。だからヨハンはヨハンの生活を大切にして」もっと、もっと。
2005.04.27
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新しいローマ教皇は周知の通りドイツ人である。このことが決まった翌日、品のないスポーツ新聞の「WIR SIND PAPS!」(俺たち教皇!)という大きな大きな見出しが載った。この日からローマ教皇に対する尊敬の念に欠けた、捻じ曲がった愛情表現が始まる。今日はテレビで背番号16(ギリシャ数字)RATZE.と背中にプリントされたTシャツを販売中、という番組があった。アタクシは着たくないけど、けっこう笑えるので日本のお友達に送ってあげたくなった。ヴォルフィに電話をして聞いてみたのだが、そのテレビ局はマークの会社の傘下ではないとのこと。非常に残念である。彼の会社が擁するテレビ局はダニエル君が教養のない番組ばっかりやっている、と忌嫌っている局だ。週刊誌も同様。件のマークからは相変わらず短くて甘いメールが来る。こういうメールにどうやって返事をしていいものかアタクシはよくわからない。アタクシもルールズを読むか、riricさん(日記リンク参照)に聞きたい気分である。大体、デートに着ていく服も決まっていないし、投資もしたくない。ヴォルフィは「普通にカジュアルな服を来てる男だよ」と言ってたがヴォルフィのデニムがBOSSなのをアタクシは知っている。彼らのカジュアルな服がアタクシのスーツ一式と同じ値段になることもありうるのではないだろうか。恐ろしや。あと丁度一週間。明日はヴォルフィと作戦会議である。なんでこんなに一生懸命なんだ?アタクシ。
2005.04.27
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「勿体無いくらい天気がいいからジョギングに行っちゃだめ?」ヴォルフィに映画に誘われていたのを先週の火曜日も、今日も同じ理由で断った。酷い女である。ヴォルフィはアタクシがどれだけジョギングを好きか知っているので「僕よりジョギングのほうが大事なんだよね」と苦笑いこそしたが気分は悪くしなかったようだ。いい奴である。映画は好きである。何だかんだで一週間に一回は行っているような気がする。話題の映画からいわゆるミニシアター系まで。演劇も、ミュージカルも、バレエも、オペラも大好きだ。絵画展も、写真展も。そういうことにお金を使うのをあまり気にしない。コンサートが新鮮な果物だとしたらCDは缶詰の果物だ、と佐渡裕が以前話していた。旅も同じことだと思う。どちらも、物質として自分の手に残る投資ではないがそれはそれでいいと思っている。アタクシの人生での目標は脱・物質主義。目指せ良寛。昨日、延々とそういう話をヴォルフィとしていた。彼は車にも住居にもお金はかけないけどLPに金の糸目はつけない、という人である。それはそれで見ていて清々しい。ヴォルフィは深く頷いて言った「やっぱり、僕の考えは間違ってなかった。君とマークは価値観がよく似てる。絶対に波長が合うはず。」ジョギングに行きたいから、ってせっかくの約束を断るような酷い男だったらどうしよう。
2005.04.26
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手作りのチョコレートケーキを持ってヴォルフィのオフィスに立ち寄った。チョコレートケーキはザッハトルテのように、チョコレート色でシットリしているのができるはずだったのに、何を間違ったのか何故かチョコレートの味が薄くてちょっと乾いた感じのケーキだった。スウィートチョコがなかったから、ミルクチョコレートで作ったのがいけなかったのだろうか。それとも一昨年のクリスマスに貰ったサンタクロースの形をした賞味期限ギリギリのチョコレートだったのがいけなかったのだろうか。職場で半分おすそ分けをして、ヴォルフィには残りの半分を上げた。ケーキミックスで焼いたんじゃないケーキなんて久しぶりだ、と言いながら美味しい美味しいと言いながら食べてくれた。そのあとタンゴに行った。一人で踊ると上手いのに、ダニエル君と踊るととたんに下手になる。(自画自賛)おかしいなぁ・・・。
2005.04.26
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見合いの日程が決まってしまった。5月5日か6日とのこと。ちなみに5月5日はドイツも全国的に祝日である。なぜそんな日に遠くの町に住むマークがこの街にいるのか良くわからない。出張は6日だけで、見合いのためだけに5日から来ているのか、その週はずっとこの街にいるのか・・・。まさかその週末もこの街にいる気ではなかろう。「マークがどんな人だかわからないからお見合いはイヤ」と、主張するアタクシに「最初からどんな人か知ってたらそれはお見合いじゃない」と、反論するヴォルフィ。しかし、基本的にはヴォルフィは段取りなどには関知していない。だから直接マークからメールが来る。仕事の合間に書いているからかとても簡潔なメールなのに、何故かとってもロマンチックである。何しろ、毎回ムードタップリの写真が添付されてくるのだ。深紅の薔薇とか夕日の浜辺にハートが描かれてる写真とか。勿論(というか、何故か意味もなく)文面も甘い感じがする。友達(ヴォルフィ)からあれこれ聞いているからとはいえよくもまぁ見ず知らずのアタクシにここまでできるよなぁとアタクシはどちらかと言えば引き気味である。何しろ、アタクシは日本人。そして、苦虫を噛み潰したようなTIL SCHWEIGERを心の底で思い慕っているのでダイレクトにロマンチックだと脳みそが虫歯になってしまいそうなのである。「ちょっと、何とかしてよ」とヴォルフィに苦情の電話を入れて説明すると笑いながらもかなり驚いたように「じゃあかなり楽しみにしてるんだなぁ。普段は凄く真面目で政治とかボランティアに興味があって秩序だった男だよ」とのこと。見合いだと思わなければいいんだ。と、自分に言い聞かせる。きっと物凄く話題に豊富な賢い人のはずである。何しろ大学卒業後ドイツの自動車産業のトップのBに勤めていて(バレバレ?)今は世界でも屈指の総合メディア会社Bに勤めている(バレバレ?)。留学を決める前までは出版社に憧れていたアタクシにとってはB社に勤めるマークと話せるだけでも素敵な経験だ。ちなみに、2年ほど前アタクシはこのB社の子会社と支払いを巡ってすったもんだがあった。恨みがないといえなくもない。しかし、あともう一押し必要だ。と、思ったらマークのメールに『ところで、お寿司は好きですか?』・・・アタクシが毎日寿司を食べてもいいくらい寿司好きだということを(または肉をあまり食べないことを)ヴォルフィから聞いたとしか思えない。嬉しい。というわけで、具体的な日時が決定し次第、この街でも屈指の日本レストランSかWあたりを予約するつもりである。嗚呼、何だか楽しみになってきた。寿司の力は凄いぞ。
2005.04.25
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車から飛行機が見えた。「あれは、君の飛行機?」という質問にアタクシはただ頷いた。もうすぐ午後の太陽が夕焼けに変わる時刻だった。飛行場の裏手から見る飛行機は大きくて太陽を反射させていて否が応でも非日常を感じさせた。飛行機に乗ることが非日常なのかここにいることが非日常なのか、戻る場所が非日常なのか、それはよくわからなかったけれど。空港のパーキングに行きたいのに、その道を走っていくと『ここからは空港へはいけません』という標識が出てきた。大きく蛇行する高速道路が空港から離れていく。焦る気持ちと、もう少しだけこの時間が続けばいいと願う気持ちが混ざって不思議で不機嫌な気分になった。あのときの飛行機の機体や、広い高速道路や、夕焼けの具合をふと思い出した。きっかけもなにもなく、ただ突然。ああ、普通だったら思い出す必要も無い些細な日常の一場面をアタクシはこうやって後生大事にしながら生きていくんだろうなぁ。ヨハンもいつかどこかで同じように思い出すのだろうか。ヨハンもそうやって同じように切なくなったりしていて欲しいと思う一方で、彼はそんなことに後ろ髪を引かれたりしないでひたすら前だけを見据えていたほうが彼らしいと思うしそうあってほしいと心のどこかで思っている。だから、変に心配してメールをくれたり、電話をくれたりしなくてもいいんだよ、と本人に言ってあげたい。
2005.04.25
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ベルリンに行っていたヴォルフィが戻ってきた。パーティでもバーベキューでもビーチ・バーでもすっとマークと一緒だったよ!とのこと。アタクシについてあることないことマークに話したらしくて「BRAVES MAEDCHENだ」と言いながら見合いの日を楽しみにしているらしい。ヴォルフィとその友達と3人でテレビで放送されるSTAR WARS エピソード2を観ようよ!と誘われたのに、アタクシは何だかマークのことやらを考えて気が進まず「シャツのアイロンがけがあるから」と断った。「女の子に『シャツのアイロンがけ』を理由に誘いをことわられるのは最初で最後だよ」とヴォルフィは参っていた。「シャツのアイロンがけよりも酷いのは何だろうって友達と話したんだけど、花の水遣りっていうのが酷いんじゃないかってことになったよ」それは酷い。立派な成人の風上にも置けない断り方だ。見合いは「花の水遣りがあるから」って断ることにしてみよう。
2005.04.25
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春になってしみじみ思うのは、自分がこの国の長い冬からどれだけ精神的な影響を受けていたかと言うことだ。気がつかないうちに物事に対して随分とネガティブになっていた自分にやっと気がついた。昨日、15KMジョギングしながら考えていた。眼が眩むくらい天気が良くて新緑が美しくて天気がいい。絵に描いたような綺麗な街に住んで、仕事がある。アタクシのような庶民が欲しがるようなささやかなものは少しやりくりすれば買えるだけのお金もある。全般的に見れば健康である。両親もまだまだ元気だ。友達もいる。必要もないのに婚約者も御見合い相手も付録でついてきた。これ以上、一体何を望むことがあるんだろう。結局、今のアタクシの生活にかけているものはヨハンだけなのだ。アタクシがドイツに移るとき、友達と離れるのが寂しいとぼやいたらライアンが言っていた。「人は欲しいものを一度に手に入れることはできないんだ」と。この人生でいいんだと思えるのは春のおかげだ。
2005.04.24
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本当に何度もこの話題で申し訳ないがTIL SCHWEIGERのBARFUSSを観てきた。これは、TIL SCHWEIGERのプロモーションビデオだ。とにかく格好いい。渋い。素敵。何をしても絵になる。運転をしても、走っても、食べても、寝ても、泣いても便座に座って用を足しても。しかし、映画そのものも良かった。ちょい役にドイツのお笑い芸人が出てて笑いを誘うし、画像の誇りっぽい感じが一昔前のドイツの空気をよく醸し出しているような気がするし、ストーリー自体も素直でわかりやすい。ラスト付近でヒロインのライラが涙を流しながら、どんなにニック(TIL SCHWEIGERの役名)を愛しているのか語る場面がよかった。ティルの素敵さに霞んでしまったけど彼女もなかなかの演技力である。今日はいい夢が見れそうな予感。
2005.04.24
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何度もくどいようだが、ドイツ人は案外(?)格好悪い。ドイツ男で目を見張るほどかっこいい人なんてたまにしか見かけない。この金持ちが多くて、洗練された都会でコレだからドイツ全土的にはもっとレベルが落ちるのだろう。そのゲルマン芋男の中で特質すべき人物は、TIL SCHWEIGER苗字どおり寡黙そうな感じがいい。今っぽい日本語でいうとちょいワルおやじである。うっとり。ドイツ映画だけじゃなくて、ララ・クラフトやらキング・アーサーやらにも出演しているのだ。その彼が出演している映画BARFUSSをこれから観てくる。ちなみに、TIL SCHWEIGERもこの街の住人である。「いやん。どうしてこんなにかっこいいのかしらー」と、ことある毎に言うアタクシ。「遺伝子のせい」と、ダニエル君。いやぁ、努力もあるでしょ。まだ見ぬ見合い相手がよもやTIL SCHWEIGERみたいだったら手放しで喜んだけど、あの幼少時代の写真を見る限り本人のように切れ長の眼である可能性は低い。非常に残念である。映画を観て満足するしかないのか。
2005.04.23
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天気がいい週末。滴るような予感が新緑から溢れている。大好きな短歌を思い出した。春芽吹く樹林の枝枝くぐりゆきわれは愛する言い訳をせず愛する言い訳をせず、なんていいきれる状況にアタクシはないけれど新緑がこの短歌を思い出させてくれたこと、それからアタクシにもそんな気持で溢れていたことがあった記憶に少しだけ気分が楽になる。春は凄い。
2005.04.23
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アタクシのまだ見ぬ婚約者は日本語を勉強し始めた。「義理の父と母とは日本語で話したいってさ。メールでGUTEN MORGENを日本語でかいてきたよ(アルファベットだけど)」と同僚で婚約者の親友、マーティンが笑いながら教えてくれた。アタクシのまだ見ぬ御見合い相手はヴォルフィからアタクシのメールアドレスを入手してはりきってメールをくれた。「顔もわからない人とは御見合いなんてしたくない」とメールを送り返してやったら早速写真が来た。大きな本が開かれた机の上で腕を組んでちょっと上目遣いでカメラを見つめて少しだけはにかんで笑っている。クリクリした目がとても賢そうだ。この年にしては少し痩せすぎかもしれない。レンガ色の半そでのセーターがよく似合っている。茶色い髪の毛は短くてちょっとボサボサである。しかしそこが素朴で母性をくすぐる。心の中で呟いた。完璧。完璧な、少年の写真。「僕の6歳の頃の写真です」敵もなかなかのものである。ドイツ人に限らず西洋人は子供時代と成人してからの変貌が激しい。女性雑誌の後ろに載っているダイエットやら整形やらの広告よりももっと凄い。だから、この利発で賢くて愛くるしい少年が今はどんなふうになってしまったかなんて、これっぽっちも知る由はないのである。どうか、この可愛らしい少年がジャガイモ(ポメス!)と肉の塊と甘くて大きなケーキやらの毒牙にかからずに健康的に成長していますように。嗚呼。可愛い男との子だなぁ。
2005.04.23
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夢を見た。ドイツでもない日本でもない何処か見知らぬ場所にいて友達と道に迷っている夢。霧雨が止んだ夕方か明け方のやけにひっそりとした道に佇んでいた。道の終わりにはシャッターが下りた地下鉄の入り口があった。その階段をおりて地下鉄に乗りたかったのに、と二人で途方に暮れていた。その前後にもストーリーは続いていたのにその場面が印象的で象徴的過ぎて他は忘れてしまった。昨日その友達と電話で話したからそんな夢を見たに違いない。自分がどこに住むべきなのか、最終的にどの国に腰を据えるべきなのか、わからなくなるという話をしたから。彼はケニアとスペインに惹かれつつドイツに残る苦渋の選択をしたばかりだ。夢の中で、アタクシはどこへ行きたかったのだろう。そもそも目的地があったのだろうか。どうしてヨハンと一緒じゃなかったんだろう。ヨハンは迷わずに進んで行く人だから?夢の中でもしかしたらアタクシはヨハンのところに行こうとしたのかもしれない。考えてみて哀しくなった。ヴォルフィが話してくれたように、自分の意志で夢をコントロールできるなら、アタクシはあのシャッターを破って地下鉄に乗ってヨハンに会いに行ったのに。空を飛ぶ夢なんて見なくていいから。今日一日見事に晴れるであろう空気を吸い込みながらアタクシはシャッターの下りてない地下鉄に続く階段を下りて職場へ向かった。
2005.04.22
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ドイツで働いているとムカツイテしょうがないときと面白くてしょうがないときがある。最近のアタクシの笑いのツボはニルスだ。ニルスは取引先の担当者で、うちの会社の別の部署にいる人の大親友だ。それを知らずに、ニルスに喧嘩を売るような電話をかけたときに「オレ、オマエがどんな外見なのかもしってるんだぜ」と突然言われて言葉を失ったものだ。それ以来ニルスは午後の間延びした時間に時々電話をかけてくる。彼は、ロッカーである。道であったらネオナチと間違えそうなスキンヘッド気味でピアスで両腕は手首の付近まで入墨(タトゥー)がある。遠山の金さんもびっくりである。うひ!そしてニルスは電話で名乗らない。「オマエ、腕治ったか?」と言う具合に電話をかけてくる。この間は今度開くライブの話になった。「このライブには他にはない特別な企画があるんだ」と言い出すニルス何なの?と聞くアタクシに「日本人は入場無料なんだ」と言う。素敵な招待の仕方に思わず二つ返事でオッケ-をしてしまった。今日は抱腹絶倒だった。「あのさ、オレすごいことに気がついたんだ」と電話をかけてきた「俺たちの結婚式ってどこで挙げるわけ?日本?ドイツ?やっぱりここは公平に中間点でやろうってことしたら中間点はイラクでさ、逆周りの中間点はオクラホマ。何かどっちも雰囲気ないだろ?だから親に相談したら、ラスベガスで挙式をしたら早く済むからそれがいいと思うんだけど。気候がいい来年のイースターあたりで今ホテルを探してるから、現地集合で。」と怒涛のように話しまくってさっさと切ってしまった。呆気に取られるアタクシ。そして件の同僚のところにニルスからメールが届いたらしく。「きみ、来年ベガスでニルスと結婚するんだって????」と、遠くから叫ばれた。アタクシ、注目の的。仕事帰りにヴォルフィのオフィスでその話をしたらかなり笑われた。他にも「一緒に日本に行こう」と言い続ける取引相手や、デンマーク語を添削してくれるデンマーク人やいつも食事に行こうと誘う人の話をしたら「それって君がドイツ人じゃないのにドイツ語を話して一生懸命働いてるからだよ」といわれた。いつも日本人でいることはマイナスにしかならないと思っていたのに、プラスにもなることもあるんだな、と初めて実感がわいた。ニルスを婚約者として得たことがプラスなのかよくわからないが。申し合わせたかのように、アタクシがヴォルフィのオフィスでPRINZを読んでいたらマークから電話がかかってきた。アタクシの御見合い相手である。「5月の頭にそっちに行きます」と言われた。話した感じでは話題が豊富でとても楽しそうな人だ。「ヴォルフィから話を聞く限りでは僕達波長が合うような気がするんだけど。どうかな。君は勇敢な女の子だって彼が言ってたよ」と、言われた。波長、か・・・。波長が合えばそれでいいのか。ヨハンとアタクシは波長が合わなかった。物事に取り組むスピードも視点も何もかもが違った。その違いをアタクシは愛しく思った。アタクシは勇敢でもなんでもない。ただ向こう見ずなだけだと思う。だから、こんなに傷ついてしまった。傷つけてしまった。それなのに、あっという間に婚約者と見合い相手ができた。片腹痛い。
2005.04.21
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心が身体を抜け出して窓を抜け出してヨハンのところへ行ってしまいそうだ。それじゃあ、ダメだとわかっている。明日からベルリンに行くヴォルフィ。アタクシの御見合い相手のマークも来るらしいので「いろんな段取りを相談してくるよ」と楽しそうに行っていた。嗚呼、みんな馬鹿みたいに思えてきた。ヨハンがいない毎日や心の隙間を埋めるために自分に沢山のことを課してきた。ジョギングや残業や、そして映画に行ったり美味しいものを食べに行ったりするのもそのABLENKUNGの一環でしかなかったのだと改めて気が付いた。ヨハンのことをいつまでも思っている限り現実にちゃんと集中できなくて、感激したり感動したり嬉しがったりする感情が鈍っていくんじゃないかと危惧していた。でもそんなのは杞憂だった。もう手遅れだったから。人通りの多い道に面したガラス張りのカフェから外を見ているようだ。守られているようであり、ただ単に隔てられているようであり。先日のガキみたいな喧嘩でヤナ姉さんに言われた「そんなに機械みたいに無機質に無感情に働いて楽しいの?」嗚呼、無機質に無感情に働いているわけじゃない。ただ、無機質に無感情に生きているだけなのだ。きっと本当に心の大切な部分がアタクシに愛想を尽かしてひとりでヨハンのところに行ってしまったに違いない。
2005.04.21
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「おい、コムスメ。お仕置きだ。ケツを出せ」ヨハンから電話がかかってきた。彼からのメールにろくに返事も出さなかったから業を煮やしたらしい。仕事の後で8Kmジョギングをしてまだ調子が良くて天気がいいので嬉しさのあまり走っているときに息を切らしながらも笑った。子供がお化けから逃げるみたいに一目散に走ることができて、きっとアタクシもヨハンから、ヨハンへの気持ちから逃げ切ることができそうだと思えた。でもそんなのはただの妄想だった。なみなみと水が入ったコップをこぼれないように運ぶくらい一生懸命ヨハンを忘れようとしていたのに、彼の電話の第一声で元の場所に引き戻されてしまった。お尻ペンペンのお仕置きを巡ってヨハンの家で鬼ごっこを繰り広げたこと。そのときの暖かい乾いた空気。アタクシのつけていた香水。ヨハンの温かい体温。毛足の長いカーペット。一気に全ての感覚が蘇る。なるべく卑屈に聞こえないように、それでも距離を保って「忙しいはずじゃなかったの?」と聞くと「ああ、忙しいさ。」と返事。妙な間ができる。アタクシは近況を説明した。友達の紹介でB社の男と会うことを言うと少しだけ苛立ったような態度をした。もう、ヨハンのアタクシでも、アタクシのヨハンでもないのに、まだそんな風に気持ちが動くのかと意外だった。彼のところにも女の子が遊びに来たり、会社にはヨハンに好意を抱いている人もいるのに、何だか滑稽だと思った。違う道を歩いているのに、遠くからお互いの道が気になって仕方がない。この街にやっとやっと春が来て景色がまた色を取り戻して、アタクシのこの街での生活もきっと同じように色付けをするために腰を据えられそうだと思っていた。湖の周りを走っているとそれを強く感じた。ただ一つのことを除いてアタクシの人生には今必要なものがすべてある。ヨハン以外の必要な全て。でも、ヨハンの声を聞いただけで、ここでの全てが色あせて見えてアタクシがここにいる理由さえもわからなくなってしまう。この街の色彩は日増しに濃くなる。今日の日照時間・10時間。
2005.04.21
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最近読んでいる本は『ICH HABE SIE GELIEBT』もともとフランスの小説である。夫が突然、自分と娘2人を残して去っていってしまう。失意の主人公と娘達を義理の父親(夫の父)が別荘へ連れて行く。感情を表に表さず、偏屈で「火星人のよう」だと思っていた義理の父が過去に経験した恋愛を知る。家族や子供、全てを捨ててまで愛を貫こうとしたのに、寸前のところで思いとどまった義父と、思いとどまらなかった夫。自分が傷つくのと、誰かを傷つけるのはどちらが簡単なのか。答えは後者である。ただし、誰かを傷つけるには自分が傷つくよりもっともっと勇気が必要だ。こんなことが紹介文には書いてある。さて。
2005.04.20
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「君にピッタリな人がいるんだけど」と、突然ヴォルフィが電話をしてきた。アタクシの何を知っていて、誰かと『ピッタリ』と言いたいのかよくわからないが。曰く「すごく頭が良くて、語学に堪能で、機知に富んでいて好感の持てる外見をしている」とのこと。そういう人が好きだと言った記憶はあるが、頭が悪くて、言語感覚に乏しくて、機知に富んだ会話も出来ず、生理的に受け付けない外見をしている人間を好きだという人はいないと思う。それだけでアタクシに「ピッタリ」と決めるのはちょっと安直すぎる。しかも、アタクシがその人に「ピッタリ」とは限らない。何しろアタクシは偏屈人間なので。それってどれもこれもかなり主観的な評価だと思うんだけど、とブツブツ言うとヴォルフィは一生懸命客観的な説明を試みた。職場の名前を聞いて一瞬耳を疑った。一応、ヴォルフィと同業者である。しかし、独立して一人でチマチマやっている彼とは対照的に、その人は世界でも最大規模の複合メディア会社に勤めている。注意していないとわからないがあのテレビ局もこの出版社もあのインターネット会社もあの新聞社もその会社の傘下か子会社にあたる、というくらいの勢力だ。世界各国に出版社を擁するが一応ドイツの会社である(バレバレ?)。その会社の傘下にあるくせに、ドイツでも最大手の出版社がこの街にあるために、しょっちゅう出張で来るそうだ。「出張で東京にも行ったことがあるからきっと話が合うと思うんだけど」アタクシが喜ぶのだろうと思ってきっと言ってくれたその言葉に胸が痛くなった。何故かヨハンを思い出してしまった。出張で東京に行ったときに「今、成田です。君のいない東京につきました」と空港からメールを呉れたヨハン(成田は東京じゃないが)ヴォルフィは『道端で出会った』程度の男なので、ヨハンとの込み入ったことは何も知らない。誰かと新しく知り合うことに無駄に臆病になり、無駄に億劫さを感じていることも知らない。だから屈託なく、今度彼が出張でここに来たら一緒に食事に行こうと言っていた。「君にピッタリ」という人物。一体どんな人なんだろう。おそらく、ヨハンとは全く別のタイプに違いない。アタクシにピッタリな人と一緒にいれば傷いたり傷つけたり沢山のことを考えすぎて不安になって疲れてしまうこともないのだろうか。ヨハンと一緒にいた頃、もうずっと前、周囲のあらゆる人に「あの男は君には合わない」と言われ続けていたことがあった。周囲の目というのはアタクシが思っているよりずっと客観的で核心を突いているのかもしれない。
2005.04.20
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仕事の後で走った。足が痛みはじめるギリギリのところで終わるように8KMだけ。いつもは音楽を聴いたりしないのに今日はタンゴを聴きながら走った。フリースを着てちょうどいいくらいの寒さだった。そして、とても調子が良かった。足が地面を蹴り切っている感じ。ヘモグロビンが酸素を体の隅々まで運んでいる感じ。長らくなかった感覚に嬉しくなった。右足の違和感は消えないけれど痛みはさほどでもない。桜が咲いた「たいへんよくできました」というスタンプを押したくなるようなジョギングだった。
2005.04.20
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「貴方はどうしていつもビジネスとプライベートを混同するの?私は自分の楽しみだけのために仕事をしているんじゃない。顧客の信頼と、会社の業績が最優先なのよ」嗚呼、ビックリ。自分の口からこんな言葉が出るとは。言ってから気持ちの悪い汗をかいてしまった。ここのところ、ヤナ姉さんの会社と上手く働けていない。ある懸案がとても日本的な物事の進め方をしているのを彼女達は理解できないのである。しかし、アタクシは単独部隊になっても日本的なやり方を貫徹しなくていはいけない。「もしも、私のやり方が気に入らないなら他の業者を探すから」と、言ったらヤナ姉さんが「そうやってすぐに極論を言うところが貴方の人となりをよく表しているわね」と言うのだ。ビジネスと人となりを混合されてアタクシはかなり憤慨して冒頭のような言葉を発した。今の職場に入るときに面接で「専門的な知識は何もありませんが数年間は丁稚奉公のつもりで働きます」と、言った。上司はその言葉に、ハングリー精神と、海外在住者には珍しい腰の低さを感じ、それが採用の決定打となったと後に話してくれた。語学能力でも、経歴でもなく、そんな言葉が。世の中わからないものである。アタクシはここで結婚をしているわけでもないし学生でもない。仕事が生活の命綱だ。仕事を失えばここにはいられない。ドイツ人よりも真摯な姿勢で仕事をするべきだと思っている。アタクシが働いてばっかりいると「仕事のために生活してるの?生活のために仕事をしているの?」と同僚にからかわれるが、アタクシの立場を鑑みると前者ではないかと思う。平日にはお酒は絶対に飲まない。二日酔いで仕事をしたくないから。平日に外泊はしないし、うちにも泊めない。仕事を中心とした生活のリズムが乱れるのが嫌だから。誰よりも早く働き始めて一番最後に帰る。以前はドイツ人が2人でやっていた仕事量を今はアタクシが一人でこなしている。仕事量の全貌がつかめなくなるときが時々ある。でも泣き言は言わない(ここに書くだけ)。「君は仕事にストイックすぎる」とダニエル君に言われたことがある。もっとストイックに働いている人をアタクシは知っている。ヨハン。ヨハンのいない生活のために働いてもしょうがないから、アタクシはヨハンのように働くために生活をする。**************************************************************電話でヴォルフィにことのいきさつを話したら笑われて一言「君が僕の客じゃなくて良かった」と言われた。アタクシもアタクシみたいなのが客にいなくて良かったと心から思う。「だからね、機嫌が悪いわけ」と、言うアタクシに「すぐにまた良くなるよ」と言うヴォルフィ。ヨハンみたいないいかただな、と思う。変に慰めたりしないところが。
2005.04.19
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アンケートの結果によると、アタクシの住む街は『憧れの街』の第一位らしい。2位以降は把握していないがとにかく圧倒的な得票数を得て(統計だとドイツ人の3人に2人がこの街の名を挙げたことになるらしい)1位を獲得したらしい。ここが『憧れの的』になっていることは最近はじまったことでもなく長いこと他の街とは別格な存在らしい。アタクシはドイツで他に3都市に住んだことがある。それぞれ州が違う街でそれぞれ良かったような気がする。最初に住んだ人口20万人程度の中都市も学生生活を送った人口6万人のド田舎もプー太郎生活を謳歌した人口50万人の中途半端都会も。それぞれに思い出があるからどこが一番良かったとは決めたくないが多分今住んでいる街がアタクシの人生に一番大きな影響を与えたと思う。この街で生まれて初めて就職をした。一人で全部やった。家を決めるのも、引越しも、役所も。まだ労働許可もなかった外国人のアタクシに「君が他に部屋を借りられる可能性は低いから、私がリスクを負ってこの部屋を貸しましょう」と言ってくれた前の住まいの大家さんにはどんなにお礼を言っても言い尽くせない。歩いた街角が、道が、見てきた景色が、季節が、全部勲章のようなものだ。学生なら友達を見つける場がちゃんと用意されている。でも、社会人にはそんなものはない。突然引っ越してきて突然働き始めたアタクシに友達を見つける余裕なんて長いことなかった。本当に辛かった。こんなに決定的に一人で闘ったことはなかったし、これからもきっとないと思う。若いうちの苦労は買ってでもしろ、というがあのときの苦労を誰かに売ってくれと言われてもアタクシは売りたくない。あの時はわからなかったけど、本当にあの辛い月日がアタクシを育てたのだと思う。だから、この街には物凄く感謝をしている。アタクシを育ててくれた恩師のようでもあり一緒に闘った戦友のようでもあり暫くの間唯一の友人だったような気もする。その怒涛の日々の中で友達でいつづけてくれた人たちや友達になれた人にも物凄く感謝している。「この街に住んでる君が羨ましい」と、よく別の街から出張に来る友達に言われる。その度に、あの頃の苦労を思い出して、いいことばっかりじゃないよ、と肩を竦めつつも、そう言われたことをちょっと誇らしく感じている。アタクシ自身が気が付かない間にアタクシが思っている以上にアタクシはこの街を好きになったのかもしれない。
2005.04.19
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ヴォルフィに空の飛び方を教えてもらった。最初の内は地面から飛ぶのは難しいはずだからどこか高い教会の塔とかビルとかから飛ぶと上手くいくよ。そう言っていた。勿論、現実の話であるわけがない。ちょっとしたコツというか訓練次第で、自分が見たい夢をみれることができるようになるというのだ。そんな話をヴォルフィのオフィスでアタクシが中央駅で買った大きくて甘くて濃いチーズケーキを食べながら話した。小粋なことを話す男だ。
2005.04.19
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今日はタンゴの日である。クラスは20時半から。ちょうど良くいけるように残業をするほど仕事に情熱があるわけでもなく、かといって一度家に帰ると億劫でしょうがない。要するにモノグサ太郎なのである。今までは、歓楽街にあるカフェで人間観察をしていた。そこからタンゴ学校までブラブラ散歩がてら歩けてちょうど良かったのだ。歓楽街はディープである。それが例え夕刻であっても道行く人々の身なりから何から何までが違う。カフェのコーヒーカップやスプーンやらも何だか綺麗ではないような気がしてきてしまう。アタクシ自身は決して綺麗好きといえるほどではないのだが、どうも昔からそういうのがダメなのだ。そういうの、とはつまり風俗店が入っている雑居ビルの居酒屋で飲むということ。今日はどうしようかなー、と思っていたらヴォルフィが今日は客も来ないし、客のところにも行かないからオフィスにおいで、と言ってくれた。ヴォルフィのオフィスが苦手である。窓から見えるビルがアタクシの大嫌いなビルなのである。まだこの街に引っ越してきて右も左もわからなかった頃、夜にこのビルの前を通りかかって足がすくんだ。街の中心にあるのに、廃墟なのである。鉄格子がめぐらされていて、窓ガラスが割れたりしてるのに汚らしいカーテンがかかっていたりして、夜に通ると本当に怖い。はっきりいって半端なく怖い。財政難だったためこの持ち主がビルを手放して以来暫くそのままだったためホームレスが住み着くようになって仕舞いにはビルの中から死体が2体発見され、それを機に警察が立ち入りを禁止する鉄格子を張り巡らした、と昨日ヴォルフィが教えてくれた。あのビルを目の前に見ながら夜11時まで残業するなんて怖くないの?と思わず聞いた。雷も、昆虫も、カビも怖くないけど、廃墟が怖い、とアタクシが言うと「これがビルじゃなくて廃墟になった遺跡で住んでいたのがホームレスじゃなくてモモだったらもっと喜んでオフィスに遊びに来てもらえたのかな」と言われた。なんだか小粋なことを言う男である。日があるうちなら大丈夫。ケーキと本を持って行きます、とメールを送った。
2005.04.18
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昨日は午後遅くからヴォルフィのオフィスに遊びに行った。中央駅の本屋で本を買ってちょっと立ち寄ったのだお茶を入れてくれたので暫くそこで本を読んだ。「本があると君はオリコウさんにしてるんだね。」と笑われた。いつもは家宅捜索みたいにアレコレ開けたり読んだりいじったりして嫌がられるのだ。『ICH HABE SIE GELIEBT』どうしてこう示唆的な本ばかり読んでしまうのか。その後、湖畔の公園で日光浴をした。アタクシはサラダを、ヴォルフィは肉を食べながらああでもないこうでもないと話をしていた。随分と立ち入った話をしてしまい、アタクシが珍しく素直に自分の見解を語ってしまったがためにかなり白熱してアタクシは自分自身でいつも認識している決定的に間違った人生に対する姿勢を洗いざらい話してしまった。嗚呼。『道端で出会った』程度の男に何をここまで話してるんだ、と思いながらも後から後から言葉が尽きず、言葉にすればするほどアタクシ自身の酷さが具体的に形を帯びてきて哀しかった。ヨハンにも随分責められたことだし、大好きだった人たちがアタクシを助けようとしてくれたのに結局アタクシはちっとも変ることができずにいるんだと苛立ちすら覚えた。それでもヴォルフィは「君は本当にいい子だ」と言ってくれた。よほど心が広いのか、アタクシの言いたいことがよく伝わっていないのかどっちかだろう。後者だったら目も当てられないが。アタクシが何をしても何を言っても、それがどんなに人間として許されるべきではないことだったとしても、その中にある弱さをちゃんとわかってくれていたライアンを髣髴とさせた。誰も誰かの代わりになんてならないのに、アタクシはそれを探し続けてしまう。失ったことがいけないのか、探してしまうことがいけないのかわからないけれど、いつも誰かを最後に決定的に傷つけてしまう。「あなたは優しすぎるから私はそのうちつけあがってきてきっと最後にはまた同じ過ちを繰り返して、金輪際会いたくない、って言われるくらい傷つけて怒らせるに違いない」とアタクシは何度も主張したのに全然わかってもらえなかった。最後には何だか疲れて哀しくて無口になってしまった。「黒い目が夕日を浴びているのは綺麗だけど、機嫌を損ねたままだと心苦しいから」とか何とかでヴォルフィの家のバルコニーでお茶を飲むことにした。何が聴きたい?と聞かれてきっとこの人なら持っているだろうという確信を持ってアタクシは言った。「NO WOMAN NO CRY」。ヴォルフィは勿論LPで持っていた。「コレを聴くと泣きたくなる」と言ったアタクシに「ボブ・マーリーは泣いて欲しくないからこれを歌ったのに」とヴォルフィは言い「嗚呼、私は天邪鬼だからねー」と言って舌を出したアタクシに「じゃあ、泣けばいいよ」と切り替えすヴォルフィ。泣けばいいよ、と言われて本当に泣きたくなった。ヨハンやライアンや失ってしまった、そして失うであろう大切な人たちを思いながら、4月の宵に小さなバルコニーでボブ・マーリーを聴きながら、ミルクの泡だけが残っているカフェオレボウルに涙が落ちればいいと思った。そうできればいいと思ったのに、アタクシはカフェオレとボブ・マーリーのお礼を言って家に帰った。何となく、でもとても強く、半ば確信的に初めて思った。アタクシは人生できっと誰かを本当の意味で得ることなんてできないんだ、と。でも、泣いたりしないだってボブ・マーリーが「泣かないで」って唄っているから。
2005.04.18
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嗚呼、こんなに晴れていてこんなに緑が綺麗なのに。哀しい。悲しい。走ると足が痛む。右ひざを中心に右足全体が痛む。去年は15KM毎日走っても大丈夫だったのに。悲しい。もともと膝が悪いわけではないから、多分一気に15KM走り始めたのがオーバーワークだったに違いない。毎日短い距離を走りこんで徐々に距離を伸ばしていったほうがいいのだろう。。。。。もしも、それでも良くならなければ水中バイク漕ぎを始める予定。嗚呼、悲しい。
2005.04.17
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金曜日の夜は、知り合いのところに招待されて帰宅が午前3時ごろになった。それなのに8時に起きて9時からジョギング。どう考えても絶対に足が痛い。膝が痛い。去年はあんなに走れたのにおかしい。一年で人間はこんなにも老化をするものなのだろうか。そして今週のビックイベント到来。楽天を通じて知り合ったducklingさんとランチ!ducklingさんはモデルの未希(バイラに出てます)みたいな感じででも未希より知的な感じが漂っていた。愚痴を聞いてもらったり日々の思うところを延々と話して楽しかった。嗚呼、ホント。ドイツに来て数ヶ月なのにアタクシより地に足がついた生活をしていそうだった。いい加減仕事を言い訳に家事から逃げるのを辞めなければ、と一瞬だけ思った。一瞬だけ。この街には仕事絡みで知り合った日本人はいるけどプライベートで付き合うと仕事の時に後々面倒なことになりそうで特に付き合いもなくかといって別に出会いの場もなかったけど、楽天を通して素敵な人と会えたので今日は気分がよかった。その後でヴォルフィから電話をもらって「バルコニーで日に当たろう!」と、誘われた。嗚呼、ducklingさんと美白について話していたばかりなのにまた紫外線に当たってしまう・・・。と、思いつつデローンとバルコニーでAPFELSCHOLEを飲みながら雑誌を眺めていた。もしかしたらこの人はCDを持っていないのではないか、と疑いたくなるほど(嘘です。持っています)ヴォルフィは音楽の全てをLPで聴く。そんなに音質に差があるのかアタクシには全然わからない。その後でまた演劇に誘われたのに、アタクシときたらジョギングのせいでかなりヘロヘロだったので家に戻ってきた。2時間にわたって3人の役者がとめどなく喋り続ける演劇をみたらきっと寝るだろうと思った。中央駅まで車で乗せていってくれたので、いつもチケットを横流ししてくれるヴォルフィの元・同僚に挨拶をした。FIELMANNでは売っていないようなとても特徴的でオシャレでいかにもメディア業界の人間というような眼鏡をかけて、いかにも!な雰囲気を醸し出している人だった。そうやって、盛り沢山な土曜日は終わっていく。明日のジョギングは距離を縮めるべきなのか思案中。ヴォルフィと一緒に彼がいつも走っている公園を走ってもいいかもとは思っているのだが。
2005.04.16
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「パリジェンヌはタバコを吸わない人とキスがしたい」嘘か本当かしらないけれどフランスのタバコのパッケージには日本で言うところの健康を害する恐れがある旨の警告文の代わりにこんな言葉が載っているという話をどこかで読んだ。もう何年の前の話だ。アタクシは異様なまでの嫌煙家である。タバコが嫌いならそれはそれでいいのかもしれないが、他人のタバコの吸い方までいちいちチェックしてしまう。箸の上げ下ろし、ならぬタバコの上げ下げである。ヴォルフィについて一番嫌いなところは彼がタバコを吸うところだ。「嗚呼、アタシあなたの彼女じゃなくて良かった。タバコを吸う男とキスをするのは罰ゲームに近いもん」と昨日バルコニーでヴォルフィの風上に立ちながら言った。彼が部屋でタバコを吸おうが文句は言わない。彼の家なんだから。指が臭くなるから火を消すときにタバコを指で押し付けるのはやめたほうがいいよ、といいたい気もする。せめてタバコの銘柄を統一した方がこだわりがあるように見えていいようなきがする、と注文をつけたくなる。でも、アタクシは彼女じゃないのでそんな細かいことは言わない。灰皿にタバコを溜めていないとかアタクシが乗っているときは車でタバコを吸わないとか最低限のことは守っているのでいいとしよう。昨日、ドイツのタバコのパッケージに書いてある警告文『RAUCHEN KANN TOEDLICH SEIN』を、1本のタバコの白い紙の部分に極細ボールペンで書いて箱に戻しておいた。仕事中に電話がかかってきて「お嬢さん、これが一本だったから愛くるしかったけど君が僕の彼女だったら全部に書いていたんだろうねー。本当、君が僕の彼女じゃなくて良かったよ」アタクシたち、何気に意見が合うらしい。
2005.04.16
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アタクシはドイツ人社会の中で生きているのでこの日記にかなり好き放題に書いている。今日、物凄く機嫌の悪くなるようなことがあった。そりゃ、大人の人間関係の中ではかなりアウトだろう、というような出来事だった。しかも、それにダニエル君が絡んでいるのでますます機嫌が悪くなった。嗚呼,全てここに吐き出してしまいたい。しかし事の中心には日本人がいるので書きたくても書けない。昨日からこの件で釈然としないものを感じていたのでヴォルフィに愚痴ったほどだった。だから今日も事の顛末を説明して「だから、今物凄く機嫌が悪いわけ。しかめっ面をして八つ当たりばっかりしてるわよ」と溜息をついた。「そんなこと言ってると、今から君の職場に君をくすぐりに行くよ」と、言われた。何だか、ライアンが言い出しそうなことだな、と思ったら眉間のしわが消えていた。
2005.04.15
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雨が降らなかったのでバルコニーでラヴィオリを食べた。1960年後半、ボサ・ノバが日本に初めて紹介された時に発売されたというLPをかけてくれた。そんなに古いとは思えないほど状態が良かった。まだ、ボサ・ノバが今みたいにポピュラーになるずっと前のLPなので、手垢がついていない、純度の濃い唄ばかりだった。アタクシが生まれる前に日本で発売されたボサ・ノバのLPを北ドイツの偏狭の街でラヴィオリを食べながら聴くなんて世界は小さくなったなぁとボンヤリ思った。世界は小さいのに、アタクシとアタクシが失ってしまった人たちの距離は限りなく遠い。もう二度と会えない、会わないことへの哀しみが苛立ちに変っていく一方でその喪失感や倦怠感が一種の優しさも生み出していく。そういう気持ちをアタクシは人生の長い期間抱いてきた。ヨハンやライアンたちと出会うずっと前から。そしてその頃、取り憑かれたように聴いていた歌を久しぶりに口ずさんだ。歌詞が気持ちに当てはまるのではなく自分では表現しきれない気持ちを歌詞に代弁してもらえた恐らく唯一の唄である。もう10数年もこの唄を口ずさんでいる。ヴォルフィは日本語の唄を口ずさむアタクシを楽しそうに見ながら「それは何の唄?」と聞いた。アタクシは歌うのを止めて一言だけ言った。「人生のテーマ曲」その歌の名前は「知らないところからこんにちわ」人生のテーマ曲。天国の扉をノックしてる誰かの夢を夕べ見かけたよかかしの様に立ち尽くしたネオンの中遠まきの中であなたはひどく怒っていたねそこは間違いなく東京で愛したはずの私などいない曲がり角には受け取り人のいない夢があふれ物欲しげな男と人がふりかえるアルトサックスのハードケースガード下のコインの音何も伝わりきらないのにあなたは口を開いている知らない所からこんにちは受話器を耳にこすりつけていたもう会うはずのない所にいると確かめただけだ街は霧の中あなたは「用意する真実を持ち合わせていない」と気付く街灯は白いコートを着たいつしかの見知らぬ男に変わる疲れた優しさだけ身にまとう夢物語はいらだちに隠れ心のすきまが風にふかれてるどうしてこんな所にいて泣いているんだ見覚えのないしがらみが眼鏡のふちを押さえて言うここで眠るといいよここへは誰も帰らないから知らない所からこんにちは行く先のない言葉がいつも哀しませる口元をゆるめて涙がこぼれる涙がこぼれる知らない所からこんにちは受話器を耳にこすりつけていたもう会うはずのない所にいると確かめただけだBy.片岡大志
2005.04.15
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昨日の夜は接待だった。今日の朝病院に行った。ダニエル君は何も聞かない。おなかがいっぱいそうな顔をしてアタクシが帰宅したのも今朝いつもより長めに寝て家を出て行ったのを知っているから。アタクシの腕が治ってきているもの見ればすぐわかる。ヴォルフィがアタクシの昼休みの時間に電話をしてきた。昨日の接待と、今日の通院の様子を聞くために。「御嬢様のために仕事を忘れて雨乞いしてます」とのこと。ジョギングができなくて口惜しいから雨になればいいのに、と昨日愚痴ったから。雨になったら浜辺に行こう、とヴォルフィが言い出した。アレックスと同じようにアタクシが雨の浜辺が大好きだから。砂が水を含んだ感触が。海と空の境目がわからなくなりそうな霞んだ灰色が。でも雨は降りそうにない。「雨が降らなかったときの計画を考えておくね。また午後遅くに電話する」と、言っていたヴォルフィ。ダニエル君からはさっぱり連絡もない。今日の夜は彼のもとに友達が来ることになっている。アタクシが何時に帰ろうときっと気にもとめないだろう。人間は何かを手に入れると、手に入れるまでの優しさや慈しみや、気遣いを一気に忘れるのだろうか。アタクシに対するダニエル君の態度でありダニエル君に対するアタクシの態度であるのかもしれない。それに引き換え、ヴォルフィが手を変え品を変えあれこれあれこれ考えて、アタクシを驚かせたり笑わせたりしているところが新鮮でたまらない。この人も時間が経てばダニエル君みたいに無関心で無感動になってくるのかなぁ。と想像してみた。考えてみればヨハンとは出会って何年にもなるけれど時が経っても場所が変ってもその時その時に応じた方法でアタクシをいい意味で「ギャフン」と言わせてきた。あの「ギャフン」という気持ちに少しだけ似た楽しい気分をヴォルフィはくれる。本当にこんなことは正しくないとわかっているのに。嗚呼。雨を待ってしまう。*************************************************雨が降りそうにない。この人は、ライアンでもヨハンでもないんだから雨なんか降る必要はないのだと言い聞かせているのに。
2005.04.14
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医者に行ってきた。かなり良くなった。「運動は月曜日から」と言われた。しかし、最近外食が続いて、運動が出来なくてという日が続いて肥えたので、一日だけ繰り上げて日曜日に走りに行こうかと思っている。15Km。悪化していたときにタンゴを踊っても治ったんだし一日くらい大丈夫のはず。だいたい、最近天気が物凄くいい。だから走れない間はとても哀しかった。ヴォルフィがジョギングに行くというたびに地団太を踏んだ。口惜しかった。一日といわず三日繰り上げて金曜日に仕事の後走りたい気分だ。嗚呼、走りたい。走っている人を見ると羨ましくてしょうがない。アレックスは雨の中走るのが好きだと言っていた。小雨の浜辺を散歩するのが大好きな彼らしいジョギングだと思う。アタクシは晴れた日の早朝に走るのが好きだ。きっといい日が始まるという予感に溢れた街を走るのが。夕暮れの中のジョギングも好きだ。15Km走ってるときに何を考えてるの?と、時々聞かれることがある。一時間半から2時間弱。とくに何も考えない。一定の距離を過ぎると頭の中がふっと空っぽになる。その瞬間を目指して走っている。音楽は聴かない。そのときに必要な歌の一節が頭に浮かぶから。残り3KMくらいになると、走るのが終わった瞬間の爽快さを思い出し始める。走り終わると、立ち止まっているのに体中にまだ空気をきって走りぬけた感覚が残っている。走ったことが触れたり見えたり聞こえたりする形で成果としてのこるわけじゃない。だからこそ、何も得られないからこそまた走り出せるんだと思う。早く走りたいなぁ。
2005.04.14
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「御嬢さん、ご機嫌いかがですか」と電話がかかってきた。ヴォルフィからだ。本当に独立して仕事しているといろいろと融通が利いていいなぁ、と思う。「もしよかったら、仕事の帰りに僕のオフィスに遊びにおいでよ。一緒にあのフランス屋さんのサンドイッチを食べに行こうよ」フランス屋さん、というのはアタクシとヴォルフィが大好きなフランス風ホットサンドのお店である。引っ越して以来足が遠のいている。ヴォルフィのオフィスにはアタクシの好きな本が沢山ある。マン・レイの写真集を借りるために一度だけお邪魔した。「うーん。行きたい気持ちは山々なんだけど、今日は取引先から食事に招待されてるのよねぇ」その取引先の担当者とはとても仲がいいくせに一度も会ったことがない。いつも電話だけのやり取りだ。去年のクリスマスプレゼントにはジャック・ダニエルを貰った。包帯ぐるぐる巻きで感動の初対面。「何だかブラインド・デートみたいだな」とヴォルフィは笑っていた。担当者だけではなくて会社の社長も来るのだが、「女性が一人で行くのは危険だ」とかで、同僚のヤシャに付き添ってもらう。いくらアタクシがお客様だからとはいえ、頓珍漢なミスをしたり変なドイツ語でまくし立てたりするアタクシを取引先の担当者はよく我慢してくれていると思う。それどころか、仲良くなって食事に誘われたり、バーベキューに誘われたり、ライブに招待されたりする。まだここでやっていけそうな気が最近はしている。
2005.04.13
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4月の夜風に当たりながら、ヴォルフィとバルコニーでカフェオレを飲みつつ話をした。「人生で一番大事なものって何?」というテーマになったときにアタクシは言った。「家族、友達、健康、思い出。」それ以上大事なものは考えられない。他の全てはそれに付随するアクセサリーのようなものだ。またはそれらが生み出す副産物だったり、それらを守るためのひたむきな行為であったり。それからヨハンのことを考えた。家族でも友達でもなくて思い出にもなっていない遠くで生きるヨハン。どれにも当てはまらないからヨハンは大事じゃないのか、あるいは例外的にどれにも当てはまらなくても大事なのか。大体、思い出ってそんなに大事なんだろうか。辛い思い出でも?それとも辛い出来事は過去の記憶としてしか扱われず、楽しかった出来事のみ思い出になりうるのだろうか。記憶と思い出の違いは思い入れの度合いなのだろうか。考え始めて馬鹿馬鹿しくなって止めた。ヴォルフィと目が合ったのでちょっと笑うと「多分、今までに何人もの人に言われたと思うけど君の眼はとってもとっても綺麗だ」と言い出した。「嗚呼、他にアタクシの身体的特徴で誉める部分がないからね」と言うと「でも、目が合うといつも笑ってくれるところが好きだ」「それって私がいつもヘラヘラしてるってこと?」小さなバルコニーでの小さなやりとり。でも、それは明らかに思い出ではない現在進行形の瑞々しい時間だった。人生に必要なのは本当は思い出なんかではなくて、こういう瑞々しい時間の連続なのかもしれない。ヨハンは思い出でもないし、そういう新鮮な連続する時間を共有することもできない。ふと、ある歌を思い出した。このグループが以前大好きだった。この歌を随分と酷い歌だと解釈していたくらい若くて青かった頃から好きだった。今はこの歌の切なさをひしひしと感じる。君にはもう何もしてあげない 遊園地へ行ったり 海へ連れて行ったりもしない 相談もしないし もう相談にものらない 君の前で笑わない 君の前で泣かない 君にはもう何もしてあげない 友達なんかにはならない 今まで通りでいられるわけはない 君を思い出には変えない 好きだった ただ君が好きだった これから君が誰のそばにいても 時々僕の夢を見て胸を押さえればいい どうしてこんな夢を見るんだろうって 君が苦しめばいい あなただけだと言ってくれた あの時の気持ちは嘘じゃなかったよね 思い出の中の君なんていらない 好きだった ただ君が好きだった 君にはもう何もしてやれない 僕にはもう何もしてやれない これから君が誰のそばにいても 時々僕の夢を見て胸を押さえればいい どうしてこんな夢を見るんだろうって 君が苦しめばいい 君が苦しめばいい 君にはもう何もしてやれない 僕にはもう何もしてやれない(JIGGER’S SON/何もしてあげないヨハンが苦しめばいい。アタクシが苦しんでるくらい。
2005.04.13
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自分でもわかるくらいニンニク臭い。恥ずかしいー。左手のあまりの浮腫みようにヴォルフィはびっくりして下手に外で食べてきちんと食器が使えなくて恥をかかせてはいけないと思ったのか、テイクアウトにしてヴォルフィの家へ行った。古いし狭いけど居心地のいい部屋だった。山のようにあるLPはどれもセンスが良かったし、本棚を見ただけでこの人がどれだけきちんとした本を読んでいるのかがよく分かった。ちらりとみた靴の数々もBOSSを中心としてドイツでは手に入りにくいCOLE HAANまであって素敵だった。ホント。マガジンラックにはDER SPIEGELが詰め込まれていた。ここまでしっかりチェックしたのに肝心の(?)香水をチェックするのを忘れた。悔しい。今まで、何故か恥ずかしくて他人にいえなかったけど実はアタクシはTil Schweigerのファンなので彼の出演する映画のDVDを借りてきて一緒に観た。Til Schweigerは(T)RAUMSCHIFFでタクシー運転手を演じたあのいい男である。アタクシは女性金庫破を追う刑事(?)の役を演じた携帯電話のCMを観て惚れ惚れしたのである。最近公開された映画BARFUSSも観なければ。それで、DVDを見た後バルコニーでカフェオレを飲みながらダラダラ話した。小さいけれど高くて建物の角にあるバルコニーはとても気持が良かった。ヴォルフィが淹れてくれたカフェオレはヨハンが淹れてくれたみたいに薄くて甘くて美味しかった。ヨハンからもダニエル君からも仕事からも沢山の煩雑なことからそのバルコニーは遠く離れてへだたっているような気がして守られていなくても隔たっていることでアタクシはこんなに安心できるんだ、と思いながらカフェオレのミルクの泡を残さずに飲む方法について話し合っていた。保健室みたいだと思った。不良中学生の避難場所みたいに、アタクシの避難場所。嗚呼、それじゃあダメなのに。アタクシが自分の手で離してしまった全ては今あるものでは代わりにならないとわかっているからこんなにも虚無感に襲われているのに。ヴォルフィを悲しみへの盾にするなんて最低だと思いながらアタクシはアルファ・ロメオに揺られた。アタクシのリクエストでNO WOMAN NO CRYが響いていた。
2005.04.13
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そういえば昨日ヨハンにメールを書いた。一週間前に貰ったメールの返事である。グナーがヨーロッパに来ていたこと、友達に会うためにフランクフルトに行ったこと、ヨハンと同じ職業のアレックスが毎週この街にきてヨハンとと同じように忙しそうなのに時間があるとお茶をすること、腕が酷いことになっていること、日本から友達がくること、その他細々した予定を書き綴って「こんな忙しい日々を過ごしています」という言葉で結んだ。メールを書かなくなった言い訳のように聞こえればいいな、と思った。他に何を書いていいのかわからなかった。「ウチの御嬢さんは忙しそうですね」という返事が来ていた。アタクシがメールを送信してすぐに書かれた返事と思われるそのメールをアタクシは一度だけ読んで削除した。メールを送ったことを、返事を一度でも読んだことを後悔した。ヴォルフィはこの間言っていた。「禁煙はね、チョットずつ本数を減らすんじゃダメなんだ。一気にやめないと。結構、これは上手くいくんだけど、何ヶ月か禁煙して一日半分くらい吸い始めると今度はちょっとずつ元の本数に戻っていくんだよねぇ。ダメだってわかってるんだけどね」それを聞いてアタクシはヨハンのことを考えた。一気に止める。再び始めたらちょっとずつ元に戻っていく。一気に止めるべきなのだ。チマチマとメールなんて書いてないで。それで暫くして「お久しぶり、お元気ですか?」なんていう近況報告のメールを書き始めたら『少しずつ元に戻って』いってしまう。勿論、メールの数ではなく、ヨハンへの気持ちだ。一気に。「難しいのね」と、ヴォルフィに言った。「ああ、難しいね」と、タバコの煙を吐きながらヴォルフィは言っていた。本当に難しいのだろう。
2005.04.12
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医者の目からみても明らかに悪化していた。彼女はアタクシが家でいいつけを守って大人しく過ごしたのに悪化したと思い込み、処置を間違ったのかと非常にプライドが傷ついていたようだった。去年、腰痛がなかなか治らなかったのも家で安静にしているように言われたのに仕事にいってたからだし、今回もタンゴなんてしてるし、彼女には毎回申し訳ないことをしている。そして、勿論今日のSEALライブは禁止された。さすがにこれ以上手が浮腫んで手の表皮が肉割みたいになっても困るので今日は大人しくしていようと思った。「じゃあ、映画に行こう!」と、ヴォルフィは言った。「あのね、アタシの左腕、二の腕から手のひらまで包帯がグルグルなわけ(包帯の範囲拡大)。暗い映画館とはいえこんな醜態を晒したくない女心わかって頂戴」と懇願してみた。長袖を着ているので本当は目立たないし手のひらに巻かれた包帯はボクシングに勤しんでいた往時を髣髴とさせて気分が高揚するのだが、女心の観点で考えるとちょっと恥ずかしい。ヴォルフィに会うのですら躊躇われる。(個人的にはものめずらしくて写真に収めたりしてるくせに)「わかった(わかっていない模様)。じゃあ、ウチでDVDを観よう。あの角の韓国屋で美味しい食事を買ってきてゆっくりすれば君の可哀想な腕もきっと良くなるよ」ヨハンとヴォルフィは基本的に全然違うのに、こういうところで時々とてもよく似ていると思う。例えば今日ヴォルフィの家に行って『友達から預かっている猫』がいたらアタクシはきっとさめざめと泣き出してしまうだろう。昨日のタンゴでパートナーチェンジをして初めて踊った。そのときに一緒に踊った中年男性がとても上手でこちらもとても気持ちよく踊れた。リードが上手いのだ。ヨハンやヴォルフィもそんな感じだと思う。タンゴではなくて普段のアタクシへの接し方が。リードされていると気が付かないうちに相手のペースに引き込まれていてそれを心地良いと思えるのがヨハンだった。ヨハンの作ったルールやヨハンが決める日常の些細なことを驚くほど自然に受け入れていたアタクシ。ライアンとはその役目をいつも交代していた。そして大抵彼が決めたことはアタクシが決めたかったことで、アタクシが決めたことは彼が決めたかったことだった。そしてダニエル君とタンゴを踊っていたら先生がやって来て一言「どうしてここの二人の場合、女性がリードしてるのかなー?」心の中で「だって、男性のリードが甘いから」と反論していた。全てを顕著に表したやり取りだ。運転はドライバーの人柄を表すけど、タンゴは異性との関係における役割をよく表しているような気がする。それにしても浮腫んだ腕でよく踊ったもんだ。そりゃ、悪化するよな。ヨハンとヴォルフィが似ているのはまさにそこなのだと思う。決定力、決断力、企画力。晴れた土曜日に一緒に鴨の形をした足漕ぎボートに乗ろう!という楽しい企画を考えたりできるヴォルフィが、「嘘をつくくらいなら『答えたくない』と言う」という素敵なルールを作ったヨハンとダブってしまう。眩しい夕日を見るように目を細めてちょっとだけ笑って大きく頷くことだけがアタクシの役割分担であるかのような心地よさ。それが現実でなかなか出来ないからこんなにタンゴに惹かれているのかな。
2005.04.12
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ついに。むくみすぎて普通にこぶしが作れないくらいになった。驚嘆。炎症自体は引いてるのにどうしてこんなにむくんでるんだろう。やっぱりアレか。昨日、ドクターストップを無視してタンゴレッスンにいったのがいけなかったのだろうか・・・。これじゃあ、恥ずかしくて映画に行きたくない。行きたくない。ヴォルフィにも見せられない。スッピンは見せられてもグローブのような醜いては見せられない。
2005.04.12
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結局、かかりつけの医者では細菌性と断定できないということで抗生物質の処方は見送られた。強い薬を飲んでさっさと治したいというアタクシの思惑は外れてしまった。赤く、熱い炎症の範囲は昨晩よりも小さくなっているもののむくみが酷い。手なんて、赤ちゃんの手を通り越してすでにクリームパンレベル。腕も手首も恐ろしいほどの太さである。これでむくみが引いたら弛んでしまうのではないかと今からとても心配している。しかも予約がなかったので医者に診てもらえるまで延々と待った。その間、出勤が遅くても何ら支障がない独立企業家ヴォルフィとSMSを送りあって遊んでいた。「こんなに天気がいいのにジョギングができないなんて馬鹿みたい。これでタンゴも禁止されたら凹むなぁ」と、昨日の夜から繰り返し嘆いていることを再び文字にしてみた。「じゃあ、もしもタンゴに行けなかったら今日一緒に映画に行こう。映画ならお医者様も禁止しないはずだから」座布団をあげたくなるような素敵な誘い方だった。しかし生憎どんな場合においてもヴォルフィと映画に行くよりもタンゴの方に優先権がある。しかもこの逞しい腕、プクプクの手。他所様にお見せできるような状況ではない。本当に。できれば日をずらしてもらいたいのだが、明日はSEALのライブ。水曜日は取引相手に食事に招待されている。木曜日は一応アレックスのために空けておく。と、なると金曜日しかない。しかしアタクシとヴォルフィは絶対に金曜日は会うことはない。恋人同士でもないし同じ交友関係に生きる人間ではないので。金曜日とはつまりそういう人達のための時間なのだ。(というか、残業しなくて平気か?)そう考えてみると、ヴォルフィとアタクシって一体何なのかと思う。まるで、全然好きでもなかったのに、誘い方の上手さやタイミングの良さで、一緒にいることが増えていって何時の間にか物凄く惹かれた昔のヨハンとの関係みたいだと思う。実は、金曜日にフランクフルトに発つときに駅まで送ると言ってくれていたヴォルフィの申し出を断ってアタクシはバスと地下鉄を乗り継いで中央駅に出た。電車の中で食べるものと本を買うつもりで中央駅をウロウロしていたときに誰かに名前を呼ばれた。空耳かと思ったのにそこにはヴォルフィがいた。「どうせ近いし、送るつもりで時間を空けておいたから」とか。中央駅まで近いといっても徒歩10分くらい。ダニエル君の会社と距離は変らない。大体、広い広い中央駅でよくぞアタクシを探し出せた。本屋に行く、とは言ってあったが中央駅に本屋は3つある。どこがアタクシのお気に入りかなんてどうしてわかったのだろう。「私、留守にするの週末だけだし、フランクフルトは貴方の実家がある街よりもここから近いのに大袈裟ね」と笑ったがこういうのにアタクシはめっぽう弱い。ヴォルフィが地下でヨハンと繋がっているのかもしれないと疑いたくなった。一緒に選んだ本は『Zusammen ist man weniger allein』示唆的な題名である。
2005.04.11
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恐ろしい夢を見た。この腕の腫れと足に静脈瘤を併発して、ダンスもジョギングも一生(??)できない身体になると言う悪夢である。夢の中でのアタクシの泣き振りときたら男の一人や二人と別れたときのそれとは比べ物にもならない凄さだった。そして目が覚めて見ると、寝る前までは二の腕から手首にかけて巻かれた包帯に隠れるくらいの腫れだったのに手も指も腫れている。赤ん坊のプクプクした手のようで手首にへんてこな皺が入る。一応、恐る恐る足も見てみたが静脈瘤らしい兆候はない。ほっと一安心。これから医者に行って、バクテリア検査。そのあと薬局で抗生物質を貰う。仕事は休めない。会社で誰かにこの腕を写真に収めてもらわなければ。と思うほど物凄い太さである。漫画『AKIRA』にも腕だけが異常に太くなる気持悪い場面があったっけ、と思い出してしまった。最初は天罰か藁人形かと思ったこの左腕。しかし、このことがあって以来、一進一退の病状に釘付けで、ヨハンのことを考えて悶々としている場合ではない。だから期せずして現実に足がついたようなかんじになった。不思議である。左腕を生贄にヨハンのことを忘れさせてあげる、という悪魔の契約みたいな気がしてきた。それってお得なのかどうなのかかなり微妙である。どうでもいいから早く治って欲しい。
2005.04.11
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天罰ことSchleimbeutelentzuendungこと滑液包炎が見事に悪化した。肘だけ赤かったのに結局肘から手首にかけて腫れて右腕に比べて25%くらい太い。やばいぞ。コットンシャツの腕がぴちぴちだ。というわけで、ダニエル君に電話をして事情を説明すると日曜日でもやっている病院を探して電話してくれた。曰く「一刻も早く医者に看て貰うように」とのこと。でもアタクシはフランクフルトにいたわけで、そしてその後アレックスに会うことになっていたので「夜そっちに戻ってから医者に行く」と言い残してアタクシはアレックスと会った。ドイツ人にしては小柄で少し線が細くて黒い髪青い眼のアレックス。話し方も話すことも全て品が良くて教養があって落ち着いていてとっても素敵である。一緒にお茶を飲んだカフェもとても感じが良くてこの近くに住んでいるからよく来るんだよ、とのこと。せっかくこの前の出張のときに少ししか会えなかったので今回はじっくり話せるかな、と思ったが、思わず自虐的に腕を見せてしまったらアレックスが顔色を変えて「早く帰ったほうがいい!」と言い出した。地下鉄で中央駅までいける、と言うアタクシを制してアレックスは車を出してくれた。残念だ。残念だ。と言い続けるアタクシに「僕も明日からまた君の町に出張だから、今度こそゆっくり会おう」と言ってくれた。嗚呼、いい人だ。電車の中で腕が痛くて本にも集中できず退屈だったのでヴォルフィにSMSを打っていた。「病院に行くので早く切り上げました」その返事は「誕生日パーティーの寿司で腹を壊したんですか。駅まで迎えに行きます。到着時間を教えてください」日曜日の夜10時近くに外出させるのも心苦しかったので断ろうと思ったけど、本人がそうすると言って聞かないので結局迎えに来てもらった。街の北のはずれにある救急病院へ乗せていってもらった。腕が腫れているだけで熱もないし気分も悪くないので夜中のドライブみたいで何だか楽しかった。お互いの週末のことを話しながら。病院は空いていてすぐに看てもらえた。患部を見た医者が開口一番「・・・こ、これは・・・立派に腫れ上がったねぇ・・・」と驚きあきれていた。この間の診察では細菌が原因でるのが灰色だった状況だがこの悪化の仕方だと限りなく黒に近いから明日もう一度病院に行って患部の滑液を注射器で採って(痛そう)検査をするとのこと。一応、痛め止めと抗生物質の処方箋を出してもらった。「この抗生物質は大きくて厚くて飲みにくいけど、腫れ方に応じて出すものだから頑張って飲むように」一体どんな抗生物質がもらえるのか今から楽しみである。そのあと看護士に包帯をしてもらうとき、彼女も開口一番に「あらあらあら、すごい腫れ方ねぇ!」とびっくりしていた。二の腕から手首までグルグルに包帯が巻かれた。「Profi Krankerかミイラみたい」とヴォルフィに笑われた。せっかく天気がよくなってきたのにジョギングができないなんて馬鹿みたい、と帰り道に不貞腐れていたアタクシ。本当に馬鹿みたいだ。真冬だったらよかったのに。じゃあ、もしも欠勤することになったら一緒にカフェで朝ごはんを食べよう。欠勤中毎日。と、ヴォルフィが言い出した。悪いけど、わたしはそんなに簡単に欠勤はしないわよ。医師の診断書だって破り捨ててやる。と言っておいた。しかし、今になって腕の痛みが半端じゃないほどになってきた。明日、医者に看てもらうまで持ちこたえられるか・・・。だいたいこんなに包帯がグルグル巻かれた太い腕に合う服をアタクシは持っていない。明日はタンゴ第二回目。かなり微妙。これが本当に天罰ならまだまだ悪化するだろうなぁと覚悟をしている。
2005.04.11
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いつもの週末は結構ストイックに生きている(自画自賛)というか、単調なだけだけど。今週末はフランクフルトまできてしまった。新幹線で3時間半。デンマークに行くよりもドイツ国内のフランクフルトに行く方が遠出をしている感があるというのが面白いが。で、ここでやっていることといえば、友だちとウダウダ話して寝坊をして、肉まんを作って、街をぶらぶらして、映画を見て、って感じ。自分を思いっきり甘やかしているような気がして気分がいい。ドイツ語も使わない。昨晩はワイン嬢の誕生日祝賀の宴におじゃまをしてしまった。あまりの寿司の美味しさに一人でバクバク食べていてすみませんでした。やまん嬢の作ったケーキも美味しくて、アタクシだけ一切れが大きめだったのですっかり嬉しくなってしまいました。あーあ、帰りたくないなぁ。と、ぼんやり考えていたらヴォルフィからSMSが来た。「明日いつ戻ってくるの?だんだん、寂しくなってきたよ。ちょっとね」最後の、ちょっとね、の自制の効き具合がとっても気に入った。でも帰りは夜遅くになる予定。これからアレックスと会って来る。大好きな友だちに会えるのがこんなに自分へのご褒美になるなんて知らなかったなぁ。追記。ダニエルくんからは電話もSMSもございません。追記2腕の腫れは悪化中。ひじだけだったのに、今は手首まで腫れています。かなりたくましい腕。
2005.04.10
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全然一段落ついてないんだけどもうすぐ仕事を終わらせてさっさと駅に向かわなければ。わいんちゃんが送ってくれた自宅までの地図もちゃんとプリントアウトしたし。あとは中央駅で食べるものと読むものを買えば電車の旅にも耐えられるはず。アタクシの赤ちゃんみたいにプクプクした腕は凍傷しそうなくらい冷やしているのでもう赤くないし熱くないけど今度は水死体の身体の一部分みたいに白くてぷよぷよしていてそれはそれで気持ち悪い。ヤシャいわく「10日くらいで治るはず」とのこと。(経験者談)酷い場合は絶対安静でギブスをはめなくちゃいけないんだぞ、と脅された。ああ 時間がない・・・・・
2005.04.08
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滑液包炎、というらしいですわい。ネットで調べてみたら年配の方の膝に起りやすいようで、滑液を抜き取る治療法もあるとか読んで怖くなってしまった母が「肘に余計な負担がかかるとなるらしい」と言っていたが本当に心当たりがない。やはり呪いの人形か。天罰か。今日、仕事の後フランクフルトに行く。明日はわいんちゃんの誕生日パーティでその前か日曜日にアレックスと会う。ICEの出発時間は17時24分。普通の仕事時間を鑑みるとかなり厳しい。でも今日は金曜日なのできっと大丈夫。ちょっとくらい早く帰っても文句は言われないであろう。と、思ったらヴォルフィが電話をくれて「会社まで迎えに行って駅まで送ってあげようか?」と言ってくれた。あのアルファ・ロメオの心地よさを考えるととても魅力的だったけれど、ヴォルフィはかなり忙しいらしく手を患わせたくなかったのでお断り申し上げた。最近、ヴォルフィが優しい。彼は基本的に一貫して優しい人だが最近はこちらの胸が痛くなるほど優しい。「私になんか優しくしてもどうせ最後には傷ついて終わるだけだから止めた方がいいよ」と、言ってあげたいくらい。ヨハンと深く深く関わって結局こんなに傷ついて喪失感と闘わなければならなくなってしまった。傷つけないようにお互いにお互いを知り過ぎない程度に知り合っていく程度の方が後々いいのかもしれない。だからヴォルフィには少し距離をとっている。もう誰も傷つけるべきではないとよくわかっているから。ヨハンともそうするべきだったのだ。でもそれができなかった。そして今こうして天罰を受けている。最大の天罰はヨハンがもういないということ。
2005.04.08
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「うーむ、これは・・・」と、医者は唸った。Schleimbeutelentzuendungという長ったらしいドイツ語の名前を言われた。日本語でなんと言うのかわからないため深刻さがよくわからない。直訳すると粘液袋炎症である。なんだそりゃ。どうしてこんなに一気に悪くなったのかと必至に首をひねっていた。原因もわからないし、悪化するかも分からない、と言われた。とにかく冷やすようにと言われて、薬も出してもらった。大げさな包帯まで巻いてくれて「取りあえずKRANK SCHREIBENを」と医者が言い出した。医師による公的な診断書でこれがあるとまんまと欠勤できるのである。「嗚呼、あの・・・それいらないです」「え?でも痛くて仕事できないんじゃないですか?」痛いのは左腕だけ。左手もタイピングできるから仕事を休むなんてとんでもない。大和魂だ。ベットから身を起こすことも出来ないくらいの腰痛の時だってちゃんと仕事したアタクシを甘く見てもらっちゃ困る。「で、あの・・・生活は普通にできますよね?つまり、ジョギングとか」と言って医者に笑われた。しかし原因不明のSCHLEIMBEUTELENTZUENDUNG。酷い場合には電極を当てる治療もあるらしい。あーこわいこわい。医者も唸るほど不可解なこの病(?)絶対に天罰だ。とほほほほ。怖いよー。ぐるぐるに巻かれた包帯を見せびらかしながらアレックスに会った。遠くからみても物凄く目立つ人である。黒い髪青い眼。如才ない笑み。服も持ち物も靴も全てが洗練されていて、ある種のイヤミのように思えてしまうのがアタクシがアレックスを苦手な理由である。ちょっとカクテルを飲みながら近況報告をして、週末に会う約束をして、さらっと別れた。アレックスに会ってヨハンを強烈に思い出した。泣きたい気分になったけど、天罰が悪化しそうなのでやめた。
2005.04.08
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