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いてもたってもいられなくなってタンゴ教室の見学に行った。思い立ったらすぐやらないと気がすまないのよねー。と、母親にいつも言われた。母も同じ性格で、思い立ってすぐにピアノを始め、思い立ってすぐバレエを始めて、この春から思い立って英会話に通い始めた。負けた。タンゴ教室は昔知り合いが住んでいたアパートの裏にあった。当時は全然気がつかなかったが。とても、場末な雰囲気が漂っていた。何しろ地下。ちょっとしたバーカウンターがあって、カフェテーブルがおいてあって、そこそこ薄暗くて、タンゴのポスターがびっしりと貼ってある。教室の主宰は勿論アルゼンチン人。ブエノスアイレス出身。とても素敵なドイツ語を喋る。小柄で中年でヒゲで禿げだけどとってもとっても好感の持てる人だった。普通の格好でちょろっと来てください、という言葉の通りみんなかなり普通の格好だった。日本人からすると普通よりダサ目、地味目、バタ臭い。ちょうど見学に行ったときは中級2というちょっと難しいクラスのレッスンだった。ああ。うっとりうっとりうっとりうっとり。結局、一時間も眺めてしまった。3,4回のレッスンで簡単なステップで踊れるようになる、と先生は言っていた。何で今まで二の足を踏んでいたのか不思議なくらいとっても楽しそうでとっても気に入った。パートナーがいなかったら探すお手伝いをしますよ、と言ってくれたので先生に身長を教えておいた。人材バンクとか結婚紹介所みたいにデータがあってアタクシの身長と会う人が検索できるのだろうか。多分ドイツじゃ難しいだろうなぁ。アタクシの身長じゃ。先生となら絶対に釣りあうと思うんだけど。帰り道はなんだか幸せ一杯だった。こんな小さなことで幸せを感じられると言えばいいのかこんな小さな事からしか幸せを感じられないと言えばいいのか。
2005.03.31
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嗚呼。仕事が忙しい。片付けることが山積みでヘロヘロである。それなのに周りから雑用を頼まれたり、上司がどうでもいいことで電話をしてきたりして時間がどんどんなくなっていく。積み上げられた書類の山できっと押し花ができるであろう。ヤマは来週の月曜日。しかし、その日からアタクシのタンゴ教室が始まる。だから残業はど・う・し・て・も できないのである。そういえば、あの5CMヒールだか7CMヒールだかのタンゴシューズは必要なのだろうか。初回からいきなりフェロモンむんむんの格好で雰囲気を盛り上げるのだろうか。そもそもアタクシはまだ申し込みもしてないのだが平気だろうか。と心配になって電話をしてみた。「靴も服も普通でいいです。とりあえず来ちゃってください」とのこと。タンゴ教室主宰の「普通」ってどんなのだろう。嗚呼。そういえば、ダンスパートナー。どうしよう。ダニエル君とは行きたくないし(なんとなく)、他の友達もタンゴを踊るような人ではない。(というか、友達とタンゴを踊るって恥ずかしくないか?)ヨハンにもラテンの血が半分入っているのできっと情熱的に踊れるだろう。嗚呼、ヨハンがいたらなぁ。何にでも興味を持って何でもできるヨハン。好奇心の塊ですぐに誰とでも仲良くなれて子供みたいなところがあるのに神経質で繊細で気難しいところもあって・・・。途中まで思い出して辞めてしまった。忘れる努力なんて本当にできなくても、思い出さない練習くらいはきっとできる。仕事が忙しいと悲しんでいる暇もなくてとっても楽である。
2005.03.31
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夢を見た。ヨハンの夢だった。夢の中でアタクシは「こんな夢を見ているようじゃ忘れる努力が足りないんだわ」と途方にくれているのだ。そもそも忘れることに努力が必要なのだろうか。精一杯忘れようとすればするほど結局そのことを考えていることになるのに。夢の中と同じようにやはり途方にくれている。春なのに。
2005.03.31
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「僕は君を傷つけない」ある人に言われた。ヨハンとの関係においてアタクシが置かれていた立場と彼が付き合っていた女性との関係におけるそれがとても似ていた。唯一違ったのはその女性が既に結婚してしまったことろだ。もしヨハンが誰かと結婚したら、と考えると辛かった。しかし彼は「彼女がどこかで幸せでいれば僕も幸せ」と言っていた。アタクシなら気がくるわんばかりになって市民大学黒魔術講座(そんなのない)に通うだろう。傷つけない、と昔も誰かに言われたような気がする。ヨハンだったような、ライアンだったような。結局アタクシはこんなに傷ついて、相手もきっと傷つけた。「恋愛はもういい。私きっと恋愛失格なんだよ」と言ったら哀しくなってきた。恋愛失格…。きっと時間がまだまだかかるんだろう。「ヨハンが幸せなら私も幸せ」といえる日がくるまで。ヨハンの幸せに痛みを感じて生きることが罪だと思えてしまうから。嗚呼、恋愛失格。
2005.03.30
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デイトに誘われた。その誘い方がとても常套的だったのでとても好感が持てた。「偶然演劇のチケットが2枚手に入ったんだけどもしよかったら一緒に行かない?」誘ってくれたのは同じ街の隣接する雰囲気のいい住宅街に住む友人である。ヨハンの言葉を借りると「君が道端で出会った男」。勿論、道端で出会ったわけではない。ただ、知り合ったことにあまり衝撃を感じなかったのだ。ヨハンや、ライアンや、グナーと知り合ったときのようなワクワクはなかったから、道端で出会ったとヨハンが勝手に言い出したのである。普通のドイツ人である。ダニエル君のように。大学を卒業した後この街で就職をして今は独立している。この街でも多分とても御洒落なライフスタイルと仕事を持っている部類に入るのではないだろうか。ここがニューヨークだったら彼のためにペットショップボーイズがNEW YORK CITY BOYを熱唱しただろう。しかし、アタクシは普通の人といると胸が苦しくなる。不安になって苛立つ。どうしてこの人は停滞していられるんだろうと。まだまだ世界は広くて可能性はいっぱいあるのにどうしてこの人はここにいることにこんなに満足そうなのだろう、と。それは停滞ではなくて安定なのだとわかっているから心のどこかで羨ましく、妬ましくもある。誘われた演劇の題名『幸せへの道』示唆的で痛い。胸が痛い。誘いを受けようか迷っている。だって道端で出会った程度の男なんだから。
2005.03.30
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この間、ここの掲示板に書き込んでいただいた人に肩を押されるかたちでやっぱりタンゴを習うことにした。勿論パートナーはいない。嗚呼、きっとどうにかなるでしょー。と、思ってあとは野となれ山となれ。アタクシが好きなのはピアソラの『ブエノスアイレスの冬』だ。その曲を聴いてから、ある日ブエノスアイレスの写真を見た。冬の景色だった。曲が景色を盛り上げるような、景色が曲を盛り上げるような、そんな関係だと思った。いつかあの曲にあわせて踊れるようになるのだろうか・・・。ブエノスアイレスはいつか行ってみたい町である。年に2回も日本に帰ってその他に3回もブラブラ旅行するのを一回だけブエノスアイレスに行けばお釣りがくるよ、と友達に言われたことがある。真っ当な意見である。ブエノスアイレスにいつか行きたい。という想いが実際にあの場所に行くことに拠って消えてしまうのが勿体無いのである。世界各国二十数カ国をブラブラしてきたアタクシがどうしてもその魅力が故に足を踏み入れられないほどの思い入れがある街。ブエノスアイレス。そしてブエノスアイレスに行くなら絶対に絶対に人生の伴侶となくてはいけないと夢を見ている。新婚旅行で行きたいと友人が憧れたプラハにアタクシはヤナ姉さんと行ってしまった。恋人たちの町、巴里も今は破局を迎えつつあるダニエル君と行ってしまった。100万ドルの夜景を香港で観たときは叔母が歯が痛いと唸っていた。海好きカップルに人気のバリで親友Mと魚を食べまくって帰国後二人してしばらく下痢をした。世界各地の素敵な街やら地域やらにロマンチックな思い出がない。だからブエノスアイレスは最後まで取っておく。と、思ったらイギリスの友人が「今週末一緒にベネチアに行こうぜー」と電話をしてきた。んんんん。過去の教訓からいい加減に学ぶときがきているらしい。というわけで、一応断っておいた。しかしなぜ今週末・・・?ちなみに、ベネチアはブエノスアイレスにつぐ補欠格である。というわけで、週明けから タンゴアルゼンチーノ。その日だけは絶対に残業はしない。
2005.03.30
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香水が好きだ。人がつけている香水も、自分が香水をつけるのも。その香りが何かの記憶に繋がっている場合は記憶自体と共にいつまでも大事にしたいと思ってしまう。そういう香りとこれまで幾つか出会ってきた。ただの香りなのに今でもアタクシを元気付けたり切なくさせたり心を揺さぶる。昨日、CHANELのCHANCEをつけた。そして暫く立ちすくんでしまった。ヨハンの傍にいた時間が蘇ってきた。あの空気や、太陽光線や、朝靄や、ヨハンの部屋の家具の臭い、ヨハンの淹れるコーヒーの音。嗚呼、この香水はヨハンとの記憶に繋がっている。真っ直ぐ淀みなく。そう思ったら、暫くこの香水がつけられなくなりそうだ。日常的に使っているうちに記憶が薄れないように。記憶の破片のように大切にしないと。というわけで今日からディオールのピュア・ポイズンをまた使い始めた。日本に帰ったときに、ヨハンととめどないメールをやりとりしていたときに使っていた香水。アタクシが大好きな香水をすべてヨハンとの記憶に染めてしまえればよかったのに。
2005.03.29
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ヨハンにメールを書こうと何度も「メール新規作成」をクリックして、アドレスを打つのに本文が書けない。暫く考えて、どうでもいい時効の挨拶を送るくらいなら潔く何も送らないほうがいいとウィンドウを閉じる。これを何度も何度も繰り返している。嗚呼、でも。これがアタクシがしてきて、そしてしている不実への罰ならちゃんと全部背負うから、ヨハンは、ヨハンだけはちゃんと幸せにしてくださいって神様か誰かに言いたい。ヨハンのママがいつまでも元気で、ヨハンが沢山の友達に囲まれて、ヨハンがビジネスの面でも成功して、ヨハンがいつか誰かをちゃんと愛して、その人から愛されて。そのためにアタクシがいてはいけないなら、これからも忘れる努力は惜しまないから。せめてヨハンだけは。だからちゃちいメールを無駄に送っちゃダメなんだ。
2005.03.29
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ヨハンと連絡を取るようになったときも会いに行くことになったときも空港でヨハンを見つけたときも一緒に料理を作ったときも車で葉巻を吸ったときもベットでヨハンの手に握られていたときも本当に分かっていた。覚悟をしていた。こんな時間は長く続かないと。辛くならないようにどこかで感情にブレーキをかけ続けて、ちゃんと笑うことも、泣くこともできずにいた。その一方でヨハンと離れたくない気持が大きくなってどうしようもなかった。怖かったことは一つだけ。ヨハンのいない毎日で、全ては頭の中で整理されているのに感情の面でヨハンのことを忘れられずに、いつも誰かとヨハンを比べてしまうのではないかということ。感情の全てがヨハンの方を向いていて誰ともちゃんと向き合うことができなくなるのではないかということ。やっぱりねと、心の中のアタクシが飽きれている。アタクシにとても優しくしてくれている人たち。ヨハンのように遠い場所にいるわけではなく、ちょっと都合をつければすぐに会ってお茶を一緒にできるような人たち。彼らには何の落ち度もない。でも優しくされるとどこかで物凄く心が痛む。どうしてアタクシに優しくするのがヨハンではないのか。会える距離にいるのがヨハンではないのか。彼らの存在がヨハンの不在を際立たせてしまう。彼らがいるからヨハンがいないわけではないのにどうしても心のどこかで苛立ってしまう。だから辞めておけばよかったのに。彼らをヨハンへの想いから逃れるための盾にするのは。ヨハンがいてくれたらなぁ、とまだ思ってばかりいる。
2005.03.29
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ダニエル君が実家に泊まったので昨日は一人だった。夜、眠ったらヨハンの夢を観た。まどろみの中で感じるヨハンの温かさや、彼の纏う空気ではなくて、本当に夢を観た。ちゃんとストーリーがあって、ヨハンが動いて、ヨハンが笑っていた。眼が覚めても全然疲れが抜けていなくて本当にだるかった。この間、ダニエル君がいなかった晩もヨハンの夢をみた。ああ、なんて正直なんだろう。心は。身体は。そういうわけでダラダラダラダラしている。天気もよくないし。街のラジオでは、ドイツの中で一番大気汚染が進んでいる都市はミュンヒェンだという報道が昨日から流れている。排気ガス中に含まれる発がん性物質の基準値をミュンヒェンがドイツの街で初めて越えたらしい。この街の人はミュンヒェンが嫌いだから鬼の首を取った気分であろう。4連休もオシマイ。知り合いから4月にあるSEALのライブに誘われた。嗚呼、ヨハンが好きだったよなぁ。SEAL。と、ふと思った。アタクシは一曲しかまともに知らないのだが。SEALの唄。(一昨年売れまくったやつ。)
2005.03.28
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今日こそ本当にジョギングをした。ヤナ姉さんがSMSで「午前中に走っておいてね。午後にアタシと会ったときにVERDAMMT SEXY&FIT になってるように!」と言われたから。冬場に休んでいたのに一気に15KM走り始めたので足が痛んだが、ここ数回は痛みの度合い弱まって痛み始めるのもジョギングの最後のほうになってきたのできっとあと数回走れば全身が15KMジョギングに慣れるはず。今日は天気があまりよくなかった。曇っていて、霞みがかかったような空気で、最初はゲンナリしたけど太陽が照っていなくて湿度が高かったせいか体力の消耗も少なくてかなりいい気分で走れた。普段はジョギングの時は絶対に音楽を聴かない。風が耳を掠める音や、自分の足音や街の音を聞き逃したくないから。でも、今日は要所要所でYELLOWを聴いた。苦しくて歩きたくなったときや、一番好きな景色のポイントに来たときに聴いて、ぐっと頑張ったり、ほっと一息ついたり。「女性で毎回15kmも走る人を他に知らない」と、ある人に言われた。アタクシの場合はタラタラ長時間かけて長距離を走るので、普通のかっこいいジョガーと比べると何となく迫力に欠ける。しかし、15kmは絶対に走る。それ以下という選択肢はない。ちなみに15kmの次の選択肢は23kmである。これはかなりきつい。ジョギングが大好きなわけではない。自分に向いているとも思わない。ただ、走っているときにだけ訪れる「何も考えない瞬間」のためだけにただひたすら15kmを走りたくなってしまうのだ。走り終わった瞬間にまた雪崩のように悩みが溢れてくるといてもアタクシは走ることを辞められない。要するに、現実に向き合えないアタクシの唯一の逃げ道がジョギングなのだ。15KM走ってるときだけが精神が安定する一瞬ってちょっと割に合わないくらい身体への負担が・・・。verdammt sexyにはならなかったけどヤナ姉さんと会ってきます。
2005.03.27
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今日からヨーロッパは夏時間。しかし、寒い。天気も悪い。イースターとは名ばかりである。今日こそジョギングにいくつもり。客観的にみると日々は淡々と流れている。驚くくらいに。ここでの日々に身を任せてしまえばきっと楽になれるのだろう。仕事があって時間があって友達がいるこんなにも美しい街での生活。これがきっと正しい道なのだ。でも、屍骸のようになったヨハンへの想いを抱きながら抜け殻みたいになって生きていくことに一体何の意味を見出せばいいんだろう。正しくなくてもいいからヨハンが近くにいるような日々だったらよかったのに。穏やかとか静かな生活なんて望まないから。せめてヨハンを想い続ける余地のある未知だったらよかったのに。ダニエル君が不信に思うくらい、繰り返し繰り返しYELLOWを聴いている。夜の闇に仄かに浮かび上がったヨハンの肌を思い出す。そんなイースター休暇3日目
2005.03.27
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グナーから電話があった。どうしても今週末はドイツに来れないとのこと。でも来週末までに仕事を終わらせるから、来週末に時間を作って欲しいと。嗚呼、それは大丈夫なんだけど来週末が明けると(再来週)アレックスといつ食事に行くかわからないからちょっと厳しいなぁ。と、焦ってみる。ただひたすらヨハンのことを忘れるためにこんなことをしている自分が本当に惨めで醜く思える。この間会ったときにグナーに言ったことは「好きな人には近くにいてほしい。だからあなたのことは好きにはならない」というようなことだった。そしたら、グナー、勤め先を変えて、自分に有利な契約条件に書き換えるように交渉をしているとの事。「そうしたら月に一度はあれこれ理由をつけてドイツに行けるから」天晴れである。とりあえず、今は忙しくてごめんね、と何度も謝られた。忙しい人を待ちぼうけしたり翻弄されたりするのには慣れている。慣れっこである。もう何年もそういうことをしてきたから。と、思ったら忘れようとジタバタもがいているはずの、多忙を極めるヨハンから短いメールが来ていた。「よいイースターを」・・・。多分、返事は書かない。
2005.03.26
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イースター休暇2日目。天気はどんより曇り気味。天気予報によると気温は10度前後時々雨も降るらしい。どこが春の到来を告げるイースターなんだ?東京の友人からメールが来ていた。「東京の桜はもうすぐ咲きそうです!」嗚呼。東京はもうそんな季節なんだ・・・。ちゃんと暗誦できないのに毎年NHKニュースのエンディングで桜中継を見るたびに「そういえば、世の中に桜がなかったらいつ咲くかとかいつ散るかとかヤキモキしないで心はどんなに穏やかだっただろう、ってな短歌があったよね」と言うアタクシに「短歌はきちんと暗誦できるようにしないさい」と父親が教えてくれていた。毎年毎年。何年も前に終わってしまった「毎年恒例」。実家に電話をして「あの短歌なんだったっけ?」と聞こうとしたがかなり躊躇われた。ここのところ母親に電話をしていない。電話がかかってきてもあまり話さずにいる。愛だの恋だので、そして人生に迷っているときに家族と話すのは何となく辛い。今回はそれがずるずると長引いているのでさすがに母も心配するだろうと思って、凹み宣言のメールをした。ここに住んでいること、ここでやっていること、それが導いていく将来、それらへのモチベーションがなくなったこと。それに付随してアイデンティティーもなくなってしまったこと。かいつまんで書いた。そして今日、母から郵便が届いた。本が入っていた。「あなたが昔大事にしていた本です。きっと今あなたにそれが必要だと思うので送ります。」フランクルの『夜と霧』高校3年生のころ、敬愛していた国語教師が薦めてくれた本。その国語教師が不慮の事故で亡くなって初めて手に取ったのだが眩暈がするほどの衝撃を受けた。ナチスにより強制収容所に入れられた男性の手記なのだがその時代の困窮や、戦争の悲惨さや、ナチスの残忍さがひたすら記されているのではなくて、その状況にあってフランクルがいかに生きることへの意義を見出しいたのかが記されている。「どんなときも、人生には、意味がある。なすべきこと、満たすべき意味が与えられている。この人生のどこかに、あなたを必要とする『何か』があり、あなたを必要とする『誰か』がいる。そしてその『何か』や『誰か』は、あなたに発見されるのを『待って』いる。」きっと母親自身がこの言葉を伝えたかったのだろう。彼女の言葉でいえない代わりにこの本を本棚から探して送ってきたのだ。嗚呼、心配ばかりかけている悪い娘だなあ。それから、こうやって悩みの沼にはまると思い出す言葉がある。「あなたはあなた自身の悩みを生き抜きなさい」リルケが『若き詩人への手紙』の中で書いていた一文である。この本は人間の理想的で崇高な生き方がつづられている。全然現実的ではないような気もするが、読んでいると人間としての誇りを思い出さずに入られない。何度も読んだ本だ。『夜と霧』も『若き詩人への手紙』も、急逝した国語教師から薦められ、彼の死後初めて手に取った。授業中にアタクシが書いた詩を読んで、「君はリルケのように孤独を愛することができる」と言われたことがあった。そのときからアタクシは国語教師が大好きになりリルケにそこはかとない共感を抱くようになった。沢山の本を通して、死んでまで国語教師がアタクシにメッセージを送ってくれているような気がしてしまう。もう少し頑張らないと。
2005.03.26
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日本に住むドイツ人の知り合いにメールを書いた。中年という域もすでに越えているアタクシの元ボスである。恋愛について相談すると、現実的で理論的なアドバイスをいつもくれた。恋愛に夢を抱いてはいけないといつもいつも言われたものだった。ヨハンと付き合っていたときに彼は最後までいい顔をしなかった。絶対に不幸になるぞ、といわれ続けて本当に不幸になった。事のいきさつを説明したメールを書いたらすぐに電話をしてきた。日本時間の深夜だったのに。まだあの男なのか。と第一声で呆れられた。あの男みたいに社交的で魅力的で面白い人間と結婚してはだめだ。結婚をするならツマラナイ男と結婚しろ。頭の先からつま先まで全部君のものになりうる男だ。そういうのが結局は一番いいんだ。君が好きな男のタイプと結婚しても結局数年後にはツマラナク思えるか、相手が君を楽しませることを辞めて他の女に走るかどっちかだ。と言われた。結婚適齢期の夢見る20代の理想をぶち壊すような現実的過ぎるアドバイスだった。魅力的な男は誰にとっても魅力的だから信用するな。とも言われた。凹んだ。しかし本当に現実的なアドバイスであった。アタクシが唯一恋愛マイスターと崇めるだけある。ツマラナイ男と結婚すれば幸せに慣れるのか・・・?!
2005.03.26
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イースター4連休。散々あんなに有給を貰ってるのに4連休ではしゃぐドイツ人の休日へのがめつい眼が印象的である。今日は取り合えず部屋の掃除とジョギング。何しろ店が閉まっているのでどうしようもない。ダニエル君はデンマークに釣り。何だか不平等。明日は買い物。COLDPLAYのチケットを取りに行かなくては。グナーの誕生日プレゼントを買わないと。そのあとジョギングをしてパンを焼いて夜からヤナ姉さんと映画に行く。日曜日はグナーと会う。天気がよければ浜辺に散歩に行って、悪かったら南アメリカ風レストランでだらだら食事をする。夜からヤナ姉さんのところに泊まりに行く。月曜日はヤナ姉さんと一緒。散歩に行って美味しい料理を食べて幸せ一杯になれるはず。ダニエル君と喧嘩をしませんように。雨が降りませんように。グナーにキスをされませんように。ヨハンノことを考えすぎて哀しくなりませんように。残された豆粒ほどの心の平安を守れますように。
2005.03.25
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イースター休暇の一日目。期待されたほど天気が良くなくてブルー。朝からロッシーニの歌曲を大音量で聞きながらパンを齧っている。昨晩は3時ごろまでイギリスの友達と話をしていて随分と煮詰まってしまった。ヨハンとのことについて彼は「ある一定の年齢以上になれば好きという感情だけではどうしても上手く行かない恋愛というものを体験するもんだよ」と、とても正当な言葉で慰めてくれた。「頭ではわかっているんだけど、気持の整理がつかない」と、どこかから借りてきたようなことを言うと「本当にさっさと忘れたければ次の恋を探すことだよ」と、会話はどんどん陳腐なドラマの一幕のように。その後、もしもアタクシが次の恋を探したい場合の今後の対策を立ててくれた。そこで痛いところを指摘された。「君はどうして好きな相手にそんなに猜疑心を抱くの?」つまり、好意を持って、その人からも好かれたいと思う相手に対して彼は最初から全てをさらけ出すというのだ。もしもそれに相手も応えてくれたら、その好意はそれ以上の関係に発展していく気がする、と。信頼した相手を愛することができるのだ。アタクシは全く逆だ。好意を持った相手にもかなり閉鎖的である。少しずつ想いが深まっていくのと共にやっと一つずつ心のドアを開けていける。愛した相手を信頼することができる。この2タイプのどっちが正しいとか判断することなんて出来ないような気がするが、前者のほうが清々しいのは明白である。アタクシだったら「ああ、この人こんなにオープンに接してくれてる。そこまで私を好きなのかしらー」と思って、ついつい惹かれそうだ。後者と付き合いをスタートさせるのは、殆ど謎解き、迷路、クロスワードレベルに近い(だろう)。この話で熱い議論になったが、結論は「傷ついた人間が猜疑的になるのはしかたがない」ということで落ち着いた。それってアタクシのこと?そういう人のこと、世間では偏屈人間って呼ぶのでは・・・。そう。それはアタクシのこと。そしてヨハンのこと。自分のことも他人のことも信頼できない人間が人を愛するなんて無理なのかもしれない。だってゴールのないレースに出るようなものだから。どんなに好きになっても信頼できない。心のドアを開いていく鍵がなくて二人とも途方に暮れて疲れてしまった。あんなに好きだったのに信頼できなかったなんて、本当に辛かったね、ヨハン。と何となく声をかけたい気がした。試合に負けたチームメイトに声をかけるみたいに。でもとりあえずその晩は寝た。ヨハンの寝ている姿を思い描きながら。20代後半。独身。海外在住。偏屈尊敬する人、穂村弘自分自身が救いようのない人間に思えてきたイースター休暇一日目。
2005.03.25
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今日は暖かい。そんな春の日みたいにアタクシの心を温かくするメールを貰った。ジムからだ。ジムはアタクシの友人である。もう6年になるだろうか。大きな大きな東京でひょんなきっかけで知り合ったが、職業も違うし年代も全然違う。アタクシの母親と大して変らないのではないだろうか。でもアタクシの友人である。「自分が20代の頃、人生や愛や人間関係に迷っているときに周りに誰も話を聞いてくれる大人がいなかった。君はあの頃の僕に良く似ている」と、言われたことがある。ジムとは一ヶ月に一回とかそのくらいのやる気の無い頻度で会って食事をしながら話をした。大した友人関係ではないけれど、これを毎月続けると結構な信頼関係が生まれるのである。今でも日本に帰ると必ず会う友人の一人だ。ジムにはメールでヨハンのことを説明した。アタクシの気持ちも。「こんなヘンテコな人生、嫌い」と愚痴った。「一人一人の人生はみんな違う。それぞれユニークでその人の色を持った人生だ。君の人生も同じように。君の人生はちってもヘンテコなんかじゃない。ここのところ君に会うたびに君の世界が広がって、人間的に大人になっていく君を見るのが本当に嬉しかった。君が友人としてとても大好きだし、君には幸せでいてほしい。あまり悩み過ぎないように。」下北沢で飲んでいて、飲み屋で泣いたことがあった。二人で乗ったタクシーが事故りそうになったことがあった。雨の日に待ち合わせをするといつも必ず道に迷った。一度だけ約束をほったらかしたことがあった。以前は、年齢も性別も全然違うジムを友人として捉えることに歪さを感じていた。でも今は彼が友人であることをとても感謝をしている。ちょうどホセがアタクシの親友であるのと同じように。日本で通っていた大学の卒業礼拝でとても尊敬していた牧師先生が講演をした。題名「いつも誰かが貴方を見ている」ストーカーじゃなくて、自分がどんなに一人だと感じるときも必ず誰かが貴方を思って、貴方を見ている、という内容だった。大事な友達と会いたいときに会えて話したいときに話せたらとても幸せだけど、実際はそうもいかない。とくにアタクシが勝手にドイツなんかに住んでしまったから。でもそうやってまだアタクシの行く末を見守ってくれている友人が遠い遠い日本にいてくれるのだと思うと涙が溢れそうになる。ジムがいてよかった。アタクシもいつか誰かにとってそういう存在になりたい。だから今はもう少し頑張らないと。
2005.03.24
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昨日、上司に結婚相手について聞かれたときに「結婚の決め手って何ですかねぇ」と思わず呟いた。アタクシは破天荒な男が大好きだ。日常のちょっとしたことでアタクシが「ギャフン!」と叫びたくなることをしてしまったり、スタンダードな道からまったくかけ離れている人生を歩んでいたり。そして、ただ破天荒なだけではなくてやっぱり賢くあって欲しい。社会に出ているからには仕事ができてほしいけど、そこそこプライベートにも時間を作って欲しい。外見は生理的に好感を持てればいい。欲を言えば程ほどにスポーツ好きで文化的で年上だったらとても嬉しい。密かにスーツが似合う男が好きだけど、でもカジュアルな格好にセンスのよさを感じられるのも大事だ。そりゃ、アンタ理想が高すぎ。と、思う人がいるかもしれない。確かにドイツではなかなかいない(とくにドレスコードの部分で)。しかしぐるりと180度世界を見回すと、そんな男は吐いて捨てるほどいる。現にアタクシの知り合いの中にもそういう人は何人かいる。ヨハンを始めとして、今までアタクシが出会って熱狂した『知的アウトサイダー』な人たち。もちろん、その人たちとは結婚しなかった。そもそも付き合わなかった。じゃあ、結婚の決め手って何?そして上司は言った。「そりゃ、タイミングだね。勢いだよ。アナタと相手の」同じ質問をすると97%の確率で聞く答え「タイミング」。その言葉を聞くとアタクシは不安になる。人生2*年生きてきて、まさか一回もタイミングが来なかったわけではあるまい。アタクシがあまりにも鈍感でズボラだからタイミングが来ていたことにも気が付かなかったに違いない、と。ヨハンと高速道路を走っていたときに「警察の車を見たら教えてね」と、言われた。アタクシはとっさに緑色のパトカーを想像したのだがそこはドイツじゃないことに気が付いて「ここのパトカーってどんな外見?」と聞いた。ヨハンは呆れ驚いて「僕たちもう3台くらいとすれ違ってきたのに…」そのくらいアタクシはボーっとしているらしい。自分でも知らなかったが。嗚呼、話が逸れた。その、タイミングとやら。来たことをどうやってわかればいいのだろう。パトカーのサイレンみたいにけたたましく鳴り響きながらチカチカと光を放ってくれたらすぐにわかるのに。そしたらその時隣にいる男(上記のような理想的な人のはず)の腕を掴んで「急いで!タイミングが来たみたいだから結婚しましょ」と言い迫るのに。しかしアタクシはこうやって、タイミングっていつ来るんだろうなーとボンヤリ待っているうちにタイミングを逃していくんだろう。ヨハンがパトカーの外見を説明してくれたみたいに、タイミングの来る気配についても教えてくれたらよかったのに。***************************************************************こんなことを書いていたら、メールが来た。アレックスからだ。ヨハンほど世界を股にかけないが、ドイツを縦横無尽に駆け回るビジネスマンである。50M離れていても「嗚呼この人は頭のいい人だなぁ」と人に思わせるようなオーラを放っている。運動も好きだしアタクシなんかよりずーっと文化的だ。スーツが似合う。しかし致命的な点は、彼は「インテリアウトサイダー」ではなくインテリの王道を行っているのである。しかも、物質主義者で所有主義でスノッブ。アタクシが最も苦手とする人種である。嫌いではないのだが話していると緊張して肩がこる。萎縮する。しかも、アレックスのドイツ語は物凄く難しい。会話の内容は勿論、彼の話す文体自体がインテリすぎて言い回しとか慣用句とかなかなか手強いのである。ここ数日ヨハンのことで憔悴していたのでアタクシがアレックスのデートの誘いを受けたことをすっかり忘れていた。酷い女である。「そちらには出張で4月5日に行く予定です。仕事の後に食事に行きましょう」嗚呼。その週忙しいんだけど・・・。とか、今更断れそうに無い。きっとアレックスが選ぶレストランはアタクシが足を踏み入れたこともないようなところで、ウェイターが「携帯番号教えて!」と寄って来たり絶対しないような教育を受けているようなハイソなところなんだろうなぁ。アレックスは苦手だし、そんなレストランも苦手だけどそうやって一緒に食事に行って近況を報告してこの間観たバレエの話をして、っていうのが健全な男女のあるべき姿なのではないかと思った。やっぱりヨハンとアタクシのようなのはやっぱりダメなんだ。
2005.03.24
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気分が浮かないので買い物にでも繰り出そうかなぁと思いながらずるずる残業。ヨハンとスッキリキッパリ終わらせてダニエル君との同棲を解消して新しい心で新しい生活が出来たら、と考えてみた。その中でまた誰かに恋焦がれて胸を震わせたり沢山の時間を共有したのが積もり積もって思い出になったり、自分の喜びも相手の悲しみも共有して、沢山の儚い約束をしたり幾つかの素敵な決断をしたりしていくことが果たして再びできるのだろうかと思ってみたらそんなことはもうできないような気がしてきた。どんどん穂村弘になっていく。呆然としながら上司のところに所用で行くと何だか上司がニヤニヤしながらアタクシに言った「いやぁ。あなたがどんな人と結婚するのか楽しみだなー」眉毛をピクっと動かしてから、笑顔で「嗚呼、私も興味ありますねー。他人事みたいに興味があります」結婚なんて一生できそうにない気分に駆られながらダラダラと残業をする女。不健全すぎる。
2005.03.24
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この日記に何もかも書いてしまうと、この日記しか心のはけ口が無い人のようで嫌なのだが、書かないと事態が説明できない。「COLDPLAYが来るんだよ。ヨハンも聴きにおいでよ」無邪気な誘いのメールを送った。その返事に「君は別の人を探すべきだ。もっと明るくて温かな光が降り注いでいるような人と。僕はそんな人間じゃない。そういう人間とこそ君はCOLDPLAYを聴くべきなんだ僕にはその資格が無い」と書いてあった。それがただ単にCOLDPLAYのライブを指しているのか、今後のことを指しているのか考えるのが怖かった。『光が降り注いでいる』という表現はYELLOWを受けての表現だと思うけれど、ヨハンが光を受けていないならアタクシだって同じである。昨日の夜そのヨハンの言葉にとても哀しくなったのである。辛くてヤナ姉さんに顛末を説明した。「やっぱりアタクシの人生は哀しくて孤独な気がする。」「人生は哀しくなんてないわよ。あなたの人生は!あなたはWUNDERBARE FRAU(日本語で書くのが恥ずかしい)だし私はあなたが大好きだってこと忘れないで。素敵な人は一人でいたいと思っても一人になれないのよ」こんな返事がきた。もう辛いから御仕舞いにしたいという自分とどんなに惨めでもこのまますがりついていたい自分がいてどちらも物凄く哀しいことだとアタクシはちゃんとわかっている。
2005.03.23
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ヨハンを失ったら、この歌を聴きながら泣こうと思った。この歌をヨハンが好きなことも、どうして好きなのかも知っている。歌に込められた誰かの思いや、何かの思い出を知るのが辛いことだと昨日初めて思った。持っているもの全てを床に投げ捨てて両手を挙げて、白旗を振りながら言いたい。もういいです。降参します。だから楽にしてください。全部忘れられたらヨハンを失うのも怖くないのに。でもヨハンを失ったら忘れるためだけに後の長い人生を費やしてしまいそうで怖い。嗚呼、アタクシは今少しずつでも確実にヨハンを失っているんだ。海が少しずつ岩を削っていくように。Look at the starsLook how they shine for youAnd everything you doYeah, they were all yellowI came alongI wrote a song for youAnd all the things you doAnd it was called "Yellow"So then I took my turnOh what a thing to´ve doneAnd that was all "Yellow"Your skinOh yeah, your skin and bonesTurn into something beautifulYou know, you know I love you soYou know I love you soI swam acrossI jumped across for youOh what a thing to doCos you were all "Yellow"I drew a lineI drew a line for youOh what a thing to doAnd it was all "Yellow"Your skinOh yeah your skin and bonesTurn into something beautifulYou know for youI'd bleed myself dry for youI'd bleed myself dryIt's true, look how they shine for youLook how they shine for youLook how they shine forLook how they shine for youLook how they shine for youLook how they shineLook at the starsLook how they shine for youAnd all the things that you do
2005.03.23
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気分を良くしてCOLDPLAYを聞いていた。しかしCOLDPLAYって聞いて元気になるというよりも、ふとした悲しみにスポットライトを当てているような唄ばかりなのでまた哀しく凹んだ。ヨハンにライブのこと説明したら「僕はYELLOWが好きです」と返事が返ってきた。アタクシが好きなのはIN MY PLACEでヨハンが好きなのはYELLOW。歌詞を知っている人にしか分からなくて申し訳ないが、本当に二人を顕著に表したような好みである。何度も何度もIN MY PLACEを聴きながらどうしても哀しくて止まらなくてヨハンに長いメールを書いた。こんなに長いメールを書いたのは随分久しぶりだ。どうして人は悲しいときに過去の出来事を鮮明に思い出すんだろう。東京にいたころ、アナタがいつも出張ばかりで寂しくてメソメソしていたときに友達のジムがくれたのがCOLDPLAYでした。暑い7月の晩でした。それ以来COLDPLAYは大好きなのに聴くたびにいろいろな感情を思い出してしまうからなかなか聴けなくて今日に至ります。IN MY PLACEの歌詞のように生きられたらよかったのに、それができなかった。それをしなかった。それでも私は今でもアナタがここに来て欲しいと、それかまたいつかどこかで会いたいと考えてしまっています。だって、まだこんなに好きだから。わかっているんでしょう?結局、私は人生で何一つ正しい選択をしないで生きてきたような気がして哀しくてしょうがありません。要約するとこんなメールだ。気持が高ぶって、何もかも正直に吐き出してしまったみたいなのに、まだ胸がもやもやしている。吐き出してもどうしようもならないとわかっているからだ。ヨハンを本当の意味で失うのが怖い。どこに住んでいるのか、誰といるのか、なにをしているのか知ることすら許されなくなるのが本当に怖い。どんなに細くてもいいから繋がっていたい。でもわかっている。もうすぐ時が満ちる。ヨハンが言うだろう。「このままじゃいけない。君も僕も前に進まないと。だから、ここでさようならをしなくちゃいけない」そして私は何も言えないままヨハンを失っていくんだ。夜眠るのも、新しい一日を迎えるのも、全てがこんなに不安なのはその時に向かって何もかもが流れているからだ。ヨハンを決定的に人生から失う。嗚呼、やっぱりアタクシ人生に置いて正しい選択をしてこなかったんだなぁ。きっと前世は物凄い悪人だったに違いない。だからアタクシ今こうやってヨハンを失うんだ。
2005.03.23
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いいことがあった。朝一番でヤナ姉さんが電話をしてきた。「ウチの近くに張ってあったポスターで見たんだけどCOLDPLAYが来るんだって!!一緒に行こうよ!」アタクシはあらゆるジャンルの音楽が好きだ。もちろん例外はあるけれど。むしろジャンルで好きになるより歌手で好きになるよりも、歌で好きになることが多い。だから自ずと範囲が多岐に渡ってくる。その中でごく少数、その人(達)の歌なら何でも好き、という場合がある。無条件に。ボブ・マーリー、ピアソラ(歌手じゃないけど)、ビョ―クそれからCOLDPLAY映画が始まる前にかかっていたCOLDPLAYのYELLOWを聴いたときに「私、好きなんだよねー。COLDPLAY」とヤナ姉さんに言われて二人ともCOLDPLAYが大好きだと知って嬉しかった。初々しいカップルのように。最後にCOLDPLAYを聞いたのはヨハンの家だった。ヨハンの友達のミゲルと3人でチョコレートマティーニを飲んでいたとき「じゃ、君はCDを選んで」と言われて山のようにあるCDの中から『パラシュート』を選んだ。「いい選択だ」と誉められたそのCDをその翌日ヨハンが仕事に行っている間も聴いていた。晴れていて穏やかな午前中、ヨハンがお昼を食べに帰ってくるのを待ちながらカウチにダラリと座っていた。嗚呼。本当に幸せだったひと時にCOLD PLAYの歌が一緒で良かった。アタクシはCOLDPLAYが来ることなんて全然知らなかった。一大事である。ネットで街のインフォメーションページをチェックしても全然載っていない。ヨハンの好きなSEALが来るらしいが、COLDPLAYは?あちこち探して、某新聞社主催だということが判明。でもチケットの発売はいつなんだろう・・・。ヤナ姉さんは「金に糸目はつけないから!」というので、取り合えず発売日だけでも確認し様と電話。話中をまつこと5分。「すみません、COLDPLAYのチケットはいつ発売ですか?」「もう買えますよー」「じゃあ、2枚お願いします」「はい。チケット引取りの場所は****で確認番号は***ー*****です」あれ?こんなに簡単でいいの??ってくらいアッサリいった。本当は日曜日からの一般発売を、新聞社経由だと早めに買えたらしい。というわけで、楽しみでたまらない。屋外コンサート。夏至の近づいた6月の宵に。嗚呼、まだヘコタレていられない。この耳で生の『IN MY PLACE』を聴いて泣きながら一緒に歌うまでは、強く強く生きないと。ヨハンの家でヨハンの帰りを待っていたあのときほど満ち足りた気分になることはないとわかっていても。でも、何か今のアタクシの状況には示唆に富みすぎた歌詞でちょっと辛い。痛い。苦しい。how long must you wait for it?In my place, in my place, Were lines that I couldn't change, I was lost, oh yeah. I was lost, I was lost, Crossed lines I shouldn't have crossed, I was lost, oh yeah. Yeah, how long must you wait for it? Yeah, how long must you pay for it? Yeah, how long must you wait for it? for it I was scared, I was scared, Tired and underprepared, But I wait for it. And if you go, if you go, And leave me down here on my own Then I'll wait for you, yeah. Yeah, how long must you wait for it? Yeah, how long must you pay for it? Yeah, how long must you wait for it? for it singing please, please, please, Come back and sing to me, To me, me. Come on and sing it out, now, now. Come on and sing it out, to me, me. Come back and sing In my place, in my place, Were lines that I couldn't change, and I was lost, oh yeah. Oh yeah.
2005.03.22
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ヨハンのことを考えるとやはり胸が痛い。遠くに離れているヨハンが今後どんな人と出会うのかそのなかで誰かを愛していくのか想像するのが辛い。愛されていなくても近くにいたり近くにいなくても愛されていたりしたほうがずっとずっと気分的に楽だった。でもこれは彼の人生だ。彼が決める彼が全うする彼の人生。そこにアタクシの居場所はないと知りながら後先を考えずにヨハンに会いに行って泣きたいほどヨハンの傍は居心地が良かったから聞き分けのいいはずのアタクシがどこかに消えてしまった。ヨハンの傍にいたい。気が付けばそればかり考えている。彼をとりまく空気、あるいは彼が醸し出す空気やあの大きな手や、よく響く優しい声や、くせのある短い髪や、浅黒い肌の美しい身体を一つずつ順番に思い出してみる。思い出せば辛くなるのに、思い出さなければ思い出せなくなるような気がして怖い。この間、ヨハンに数年ぶりに会う前までは空港でヨハンを見つけられなかったらどうしようと心配だったけど、今は自信を持って言える。世界のどこにいても、どんな人ごみでも、どんなに時が経っていても、必ずヨハンを見つけ出せる。電話をするたびに仕事でヘロヘロのはずのヨハンが「ゆっくり休んでね」とか「仕事がんばってね」とか声をかけてくれる。遠くにいるけれど、まだ聞くことができるヨハンの声。いつか完全に失うであろうその声。その前にもっともっと聞いておかなくちゃ。心の中でちゃんと思い出せるように。こんなに憔悴していてもしょうがないことはわかっている。アタクシの人生はまだこの街のこの国にあるんだし。ヨハンがアタクシのことなんて全然気にも留めず仕事に没頭して、素敵な女の子に言い寄られたりしている(はず)だから、アタクシにも気分転換(???)が必要だろう。と、いうことでこの街に出張に来るたびに食事に誘ってくれるのに化粧のことや洋服のことや作り笑顔のことを考えるとあまりの気の重さにいつも丁重にお断りしていたアレックスからのお誘いを今回は受けることにした。ヨハンと同じ職種なのに、ここまでインテリ気取りでここまでスノッブになれるのか、と思えるような成り切り勘違い男である。それがサマになっているから口惜しいのだが。(サマになっていたら成り切り勘違いとは言わないのか?)アレックスのスーツはいつもHUGO BOSSである。ヨハンのスーツもHUGO BOSSが多かった。その職種の人のユニフォームなのだろうか。アタクシもスーツで会うべきなのか。考え始めると余計気が重くなっていることに気が付いて自分の首を締めている感が拭えない。テーブルに何種類もナイフやフォークがならんで何種類もグラスが置かれるようなレストランで食事をするよりも高速道路を猛スピードで走りながら、脂ギトギトのオニオンリングをつまみながらヨハンと葉巻を吸って歌を歌いたいのに。嗚呼、あんな時間はもう二度と来ないんだなぁ・・・。何をしても何を思ってもやっぱり苦しい。
2005.03.22
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実はアタクシ人見知りである。人見知りというとどことなく慎ましやかな感じがするが、ただ単に警戒心が強いだけである。初対面の人とは殆ど口を利かない。勿論、仕事だと割り切っているから反動で物凄く人当たりがよくなるのだが。何しろ、ほむらひろしのエッセーを読んで涙するほど穂村氏にシンパシーを感じている。(彼の場合は人見知りというのとはチョット違うが)だから、友達も多くない。とくにこの街では。ダニエル君の友達が苦手だからである。あの人たちもダニエル君と同じように小さな世界で呑気に平和ボケ(?)しながら生きている姿を見ると意味もなくゲンナリしてしまう。自分の世界を広げようとする貪欲な好奇心のかけらもない。そして彼らにとって異質なアタクシ自身がいつまでも溶け込むことはないのだと悟っていらい敬遠がちである。もちろんミヒャエルやメディという例外的に好きな人もいるが。昨日はそのことで喧嘩をした。「君はそうやって交友関係を自分から絶っているんじゃないか」と言われたのだ。「貴方の友達にとって、私はいつまでたっても貴方を介しての知り合いでしかありえないのよ。私の友達は私で見つけるわよ!」と怒鳴った。ヨハンは彼の友達の中にアタクシを溶け込ませるのが上手な人だった。アタクシが警戒感を抱いているのをちゃんと読み取ってそれでも何とか馴染ませようとして、とにかくアタクシを話題にする。思わず笑ったり、怒って反論したりするように仕向けられているうちにいつのまにか馴染んでいるのだ。ヨハンの友達がヨハンと同じように複雑なバックグラウンドを持っているから先入観や偏見がないというのも大きいかもしれないが。そして、アタクシの理解できない話題になったときはヨハンはいつも手を握ってくれた。寂しくならないように。電話がかかってきて話し込んだあとでも、それが誰なのかどういう関係なのか、何の話だったのか教えてくれた。別の部屋で話をすることは一度もなかった。昨日、喧嘩をして子供みたいに大泣きをした。なだめようとして抱きしめるダニエル君に「貴方はそんなことでしか私をなぐさめられないの?」と無理矢理腕を振り解いて泣きつづけた。「私の友達」を想って泣いた。世界中に散らばって移動しつづける私の友達。一人でも寂しくないようにヨハンの手がアタクシの手を握ってくれればいいのに、ヨハンはいない。嗚呼、耐えるべき辛さはこれだけじゃないんだからまだまだ強くならないと。ヨハンのいない日常で。
2005.03.22
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いつの頃からかアタクシが仲良くなる人には共通の、欠陥があった。そしてそれはアタクシの欠陥でもあった。自分がどこに根付いていいのか分らない。生まれ育った国にずっと違和感を覚えて外国に出た人。長い異国の暮らしから戻ってきて母国に違和感を感じる人。言葉も人種も自分のそれとは違う国に『故郷』という感覚を抱く人。殆どの人は「どの国に住もうかな」などと考える余地もない。その国に生まれたから,その国に住んでいるから、これからもそこに住みつづける、という選択の余地がないことが選択の幅があることよりもずっと自由に思える。生まれ育った国以外で住んでいる人でももしも親の仕事の都合や結婚などの諸事情でその場所に留まらなければならない理由がある人は「自分がどこに住むべきか」なんて考える必要はない。これは言ってみればアイデンティティーの問題なのだ。自分の居場所がないことで彼らの、あるいはアタクシ達のアイデンティティーは確かに欠落している。でも「住むべき場所」を探しつづけることが一種のアイデンティティーになってしまっている。母国に帰るという決断をして、一からまた全てを始めた人もアタクシは知っている。まだ異国に留まって何かを掴もうとしている人も知っている。別の国に移動して方向転換を図った人も知っている。どの道もとても大変そうである。昨日、浜辺を歩いていてカップルや家族連れの姿を沢山見た。彼らがとても安定をした永続的な時間に生きているように思えアタクシ自身は刹那の中に存在し、決して彼らとは交わることがないような気がした。海に沈められた空き瓶の中から海中をみているような哀しい気分がした。この気持ちをいくら伝えようとしてもダニエル君にはわからない。そういう環境に身をおいたことがないから。昨日も泣きながら説明してもちっともダメだった。ただ今日の朝眼が腫れて頭が痛くなっただけだった。この気持ちをわかってくれる何人かの友達のことを思う。ヨハンも含めた、大事な人たち。アタクシと同じように世界のどこかで闘っている。どこかに根ざしたいのに、求めつづけることを辞めるのが怖い。
2005.03.21
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ヨハンに夕焼けの写真を送った。『この夕日を見てあなたを想いました。一緒に見たかったので写真を送ります』過不足のない気持ちを素直に書いて送った。忙しいヨハン。日曜日の夜10時に電話をしてもミーティングをしていた。そんな彼から短いメールが来ていた。『小さな頃家族とよく行った場所を思い出しました。すてきな写真をありがとう』忙しくてメールなんて書いている暇はないと言っていたのにその中で書かれた短いメール。アタクシはやっぱりヨハンの正しさを本当に好きだと思う。ドイツに残るべきか日本に戻るべきかとかそういう迷いをヨハンに聞いてもらいたいと思う。でもどうしても負担になりたくないから悩んでいることすらアタクシは話していない。ヨハンの忙しさは尋常じゃない。頑張って、という事も、無理しないで、ということも憚られるような状況だ。かける言葉が見つからない。何処に住んで何をするべきか、ということはヨハン自身もいつも考えていることだ。『僕はその悩みを生き抜くし多くの人もそうしていることだ』と以前ヨハンは言っていた。今、その言葉をもう一度彼の口から聞けたらどんなにアタクシを勇気付けただろう。ヨハンのプロジェクトが終わるまであと6週間。それまでにアタクシは何かの結論を出しているのだろうか。
2005.03.21
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写真の場所で写真の夕日を見て涙が出そうになった。冷静に写真を撮っている自分が恥ずかしいくらいの熱い涙だった。その後でスペインのホセにお誕生日おめでとうの電話をした。「元気か?」と聞かれて一気に涙が溢れた。泣いているのが聞こえないように暫く下唇を噛んだあとやっと「元気です」と返事をした。ホセが37歳になったなんて信じられない。一番最初に会ったときは30歳だったのに。その間ずっと変わらずアタクシは電話をするたびに泣いている。大好きな場所でこんなに綺麗な夕日をみたら何だか調子がおかしくなってしまった。「哀しいときにあの海岸に行くと余計メランコリーになるのに」と、エセインテリでスノッブなアレックスに鼻で笑われた。メランコリーになったわけではないが。家に帰っても泣きたかった。そして夜ダニエル君に泣き散らした。どうにもならないことを責めてしまった。ダニエル君のせいではないのに。ヨハンを本当に恋しいと思う。想われていなくても不幸になってもみんなが嘲笑っても格好悪くてもいいから、ヨハンを追いかけたい衝動に駆られてしょうがない。こんなに綺麗な夕日を見てしまった日は自分に嘘がつけなくなる。*****************************************************このページでも多用していることからもわかるようにアタクシは夕焼けが大好きだ。素敵な場所で美しい夕焼けをみると心がいつも動かされる。まだ自分にも帰る場所があるような気がして来る。今日の夕焼けは一段と心に染みた。夕焼けと海。ターナーに絵を描いてもらいたいような風景だった。
2005.03.21
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南ドイツは春爛漫だという噂あり。イースター休暇の人のお陰で全国的に高速道路は大渋滞。アタクシの週末はちっとも冴えない。昨日15KM走った。今日は天気がいいのでヤナ姉さんと散歩に行く。ダニエル君はカーレンの誕生日パーティーに行っていて週末ずっと留守である。ヨハンとはくだらないことで喧嘩をした。いや、アタクシが一方的に悪いんだけど。「寂しい」という気持を別の言葉で伝えようとするとただ単に愚痴にしか聞こえない。寂しいと素直に言うことが許されていないのはこんなに辛いんだなぁ。スノッブなところが大嫌いな友達から出張でこの街に行くんだけど一緒に食事でもどうかな、と誘われた。というか、誘われ続けている。想う人には想われず、どうでもいいひとは近くにいてどうしてこんなに人生はうまくいかないのか。ヤナ姉さんがくれた香水をつけた。『FRAGILE』密かに好きなことは、香水についての説明文を読むことだ。「フレッシュなフランボワーズの葉などと紫檀やムスクが入り混じり現代女性のパラドックスを表現」「夜の女王ともいわれる官能的なチュベローズの香りで人を虜にする魅惑的な女性に変身。スパイシー&セクシーな甘さで女っぷりをあげるのにオススメ」とのこと。香りということごとく抽象的なものにまでこんな具体的な表現ができるところが凄い。確かに甘くてセクシーな匂いだとは想っていたがアタクシはここまで書けない。一体だれが考えているんだ。こういうのを読むと、確かにそんな気もしなくなくなってくる。一種の自己暗示か。おんなっぷりを上げて魅惑的な女性に変身して現代女性のパラドックスを表現したところで会うのはヤナ姉さんだし行き先は浜辺なんだけどさ。アタクシのアタクシでも分からない心の内側もちゃんと具体的に描写できたらいいのに。「困惑気味のファーストノートに続いて純粋振りをアピールするセカンドノートかあいまって、結婚適齢期を迎えた女性の微妙な精神状態をさりげなくアピール。棘を連想させる容器とドドメ色の液体が殺伐とした胸のうちを連想とさせます」…笑えない。
2005.03.20
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ヤナ姉さんと会った。Jean Paul Gaultierの香水を貰った。甘い香りが大好きなあなたにピッタリよ、と言われた。本当に好きな匂いだった。匂いといえば、この間洗濯をするときに洗濯機に服を突っ込んでいたら、ヨハンの家で着ていたプチ・バト-のサマードレス風ルームウェアがヨハンの家の匂いがした。そしてそれをアタクシは洗うことができなかった。匂いが消えてしまうまでもうちょっとそのままにしておこうっと。ヤナ姉さんとはパキスタン料理を食べた。実際のところはよくわからないがインドカレーよりもサッパリとしていてとても美味しいカレーだった。春雨みたいな麺が甘いココナッツミルクのようなソースに入っていてバニラアイスクリームと一緒にいただく、というデザートまで食べた。ライスプディングなみの気持悪さかと思ったら、結構美味しくて全部平らげた。嗚呼~、オナカイッパイ。そして沢山話した。ヤナ姉さんの言うことは正論なんだけど、正論過ぎて絶対にそんなことはできない、というようなことばかりだった。きっと、素朴な国(?そうなの?チェコって?)で素直に育ったからなんだろうなぁ、とボンヤリ考えた。その昔、十九歳にして「君の心はドドメ色」と言われたアタクシとは透明度が違う。そして随分疲れた。ベットで目を閉じればヨハンの夢を見られそう。明日は電話を出来る週末。こんなに離れても細く細く繋がっていくことにすがっている。濁りきったアタクシの心の一番上に残るかすかな上澄み液がただひたすら純粋にヨハンを恋しがっている。
2005.03.19
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ヤナ姉さんと会った。Jean Paul Gaultierの香水を貰った。甘い香りが大好きなあなたにピッタリよ、と言われた。本当に好きな匂いだった。匂いといえば、この間洗濯をするときに洗濯機に服を突っ込んでいたら、ヨハンの家で着ていたプチ・バト-のサマードレス風ルームウェアがヨハンの家の匂いがした。そしてそれをアタクシは洗うことができなかった。匂いが消えてしまうまでもうちょっとそのままにしておこうっと。ヤナ姉さんとはパキスタン料理を食べた。実際のところはよくわからないがインドカレーよりもサッパリとしていてとても美味しいカレーだった。春雨みたいな麺が甘いココナッツミルクのようなソースに入っていてバニラアイスクリームと一緒にいただく、というデザートまで食べた。ライスプディングなみの気持悪さかと思ったら、結構美味しくて全部平らげた。嗚呼~、オナカイッパイ。そして沢山話した。ヤナ姉さんの言うことは正論なんだけど、正論過ぎて絶対にそんなことはできない、というようなことばかりだった。きっと、素朴な国(?そうなの?チェコって?)で素直に育ったからなんだろうなぁ、とボンヤリ考えた。その昔、十九歳にして「君の心はドドメ色」と言われたアタクシとは透明度が違う。そして随分疲れた。ベットで目を閉じればヨハンの夢を見られそう。明日は電話を出来る週末。こんなに離れても細く細く繋がっていくことにすがっている。濁りきったアタクシの心の一番上に残るかすかな上澄み液がただひたすら純粋にヨハンを恋しがっている。
2005.03.19
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昨日の晩は凄まじかった。久しぶりにキックボクシング上級コースに行った。しばらく動いていなかったのと疲労が溜まっているせいかいつも以上に辛くてヘロヘロだった。それでも大好きなフロントキックやらサイドキックやら美しく決まるたびに日頃忘れていた満足感を噛み締めた。でもやっぱり調子がおかしくて、帰宅の道すがら手は震えるわ動悸はするわ身体に力は入らないわで結局家についてから吐いてしまった。すぐにベットに横になって、なんだか哀しくて泣いた。ダニエル君はまだどこか調子が悪いのかと物凄く心配してくれたけど、ただひたすら哀しかった。夜中に目が覚めるたびに、ヨハンを探した。あの温かく大きな身体。嗚呼、そうだ。ここにヨハンはいないんだ、と気が付いて諦めて眠りに落ちてまた目が覚めると、ヨハンはどこなんだろう、と手探りをするのを繰り返していた。暗闇に向かって彼の名前を呼びたかった。一週間前はそうすると力強い腕が伸びてきた。今度は寝返りをうつのも大変なくらい強く抱きしめられた。夜、寝ているときにだけ許されたヨハンの胸の中。まだこんなに覚えている。こんなんじゃいけないとちゃんとわかっているんだけど。頭では。これから一人になっていくこともヨハンはもう私の傍にいないこともちゃんとわかっているのに、どうしてまだこんなに辛いんだろう。どうしてまだこんなに怖いんだろう。***********************************************************************ヨハンと電話で話をした。「君はいつも運がいい」と言われた。ヨハンが一日のうちで時間がある40分を狙って電話をかけるからだ、と。起きてからの20分と寝る前の20分しか彼にはプライベートがないほど忙しいらしい。キックボクシングのあとヘロへロになったとちょっと言うと「君の身体はキックボクシングにむいている身体じゃないだろう。もしも君が『ヨハン、私キックボクシングをしようと思うんだけど』って事前に僕に聞いていたら『君には向かないからやめたほうがいい』って絶対にとめてたけどね。」と、言われた。ヨハンいわく、私はキックボクシングをするには「女性的すぎる」身体だそうだ。好きだし、楽しいからいいの、と一応反論したがヨハンに言われると何となく子供のように素直にその言葉に従いたくなる。やっぱりタンゴを始めようかなぁ・・・。(かなり単純)ヨハンがいなくて寂しいことや、寝ぼけながら名前を呼びそうになることは絶対に言わない。それを彼にどうにかすることなんてできないから。そんなところで弱さを見せてもどうしようもならないんだし。でも電話で声を聞いて、ヨハンの生活の輪郭に触れただけで怖かったり寂しかったり辛かったりする気持ちがすこしだけ和らいでいく。声を聞くだけでこんなに元気になれるならヨハンが本当にアタクシの日常にいたら日々はどんなに煌くことだろう。あの一週間みたいに。
2005.03.18
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仕事中にいろいろなことを考えて思い出して胸が詰まってトイレで2回ほど泣いた。ヨハンがくれた言葉や、両親や、ダニエル君のことだ。ヤナ姉さんに「やっぱりアタシには無理だ」とメールを書いたら「大丈夫、絶対にできる。私にもできたんだもん」と励ましてくれた。アタクシは法律上は何も束縛がないのに精神的にこんなに大変なんだから、ヤナ姉さんはもっともっと大変で辛かったんだろうと思う。偉いよなぁ。好きだったのが何かが原因で憎しみに変ったりその好きだという感情が完全に誰かに移ったりというだけならきっと物事はもっと簡単だっただろう。好意だけ残って愛情だけが消滅した関係に終止符を打つのは本当に難しい。惰性ででもきっとどこまでも続けていけるような状況なんだから。愛情が消えたその原因はアタクシ自身の将来にたいする理想像に妥協ができなかったから、という身勝手なものなのに。アタクシにはできない、という思いと、このままダラダラ続けても不幸に思える原因の全てをダニエル君のせいにして二人とも傷つくだけだ、という意志が闘っている。怖い。
2005.03.18
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誰といたいか、ではなくて、自分自身がどう生きたいかで人生を考えてみると、その答えは自ずから決まってくる。多くの人にとってと同じように、アタクシにとって親はかけがえがない。結婚もしていないし、子供もいないアタクシにとって親はやはり何よりも大事だ。時々日本に帰るからこそ気が付く親が少しずつ年を取っていく姿をみると哀しくなる。だから今度はアタクシが彼らを守るのだという使命感にさえ燃える。アタクシがまだまだ幼かった頃、車で4時間ほどかけて祖父母がよく遊びに来た。彼らは帰るときよく泣いたものだった。親にとって子供(とその子供)というのはそのくらいの存在で子供にとっての親も同じように大きな存在なのだ。離れれば離れるほどそれを痛く感じる。その祖母が亡くなったとき、アタクシが泣きながら電話をしたホセは全てを投げ捨てて今、死期を迎えつつある父親につきそっている。それを当たり前のようにしている彼を親友に持ったことを誇りに思うしアタクシもそうありたいと思う。正直に言うと、日本に、東京に住む勇気はないし、そうしたいとも思えてこない。だからといってドイツに一生住むことは両親のことを考えるとどうしてもできない。もしもそうせざるをえなくなるのなら、いつでも日本に飛べる生活環境と経済状況を確保するべきだし、パートナーにもアタクシの思うところをちゃんと理解して欲しい。もしも「日本にいつか住める」という選択肢があるのなら保険のように心強い。ダニエル君が大好きだ。今でもちっとも変らない。だけど、ダニエル君ではダメなのである。それはライアンやグナーやそれからヨハンがアタクシの今の生活に現れなかったとしても変らなかった。ダニエル君ではどうしてもアタクシの気持ちが理解できない。それは彼がアタクシや上記の男性陣のように海外に住んで働いた経験がないから、アタクシのここでの生活の精神的な辛さや、遠く離れた両親を案じたりする気持ちが分らないことが決定的な要因である。これを自分の問題として区切りをつけて、ダニエル君に理解を求めないことも試した。でも、ライアンやグナーやヨハンがアタクシの言わんとするところをいとも簡単に理解してしまうと、それを理解しないダニエル君に対する苛立ちは募るばかりだった。世界中でビジネスのチャンスがあるヨハンが「母親の傍にいたい」という理由だけで自国を離れないその潔さにアタクシの胸は震えた。日本からドイツに帰る前日の夜電話口で泣きじゃくるアタクシを優しく慰めてくれたヨハン。本当は優しくないのにあそこまで優しかったのはアタクシの置かれた状況をわかってくれたからなのだと思う。いつも同じ街に住んできて、友達と家族に囲まれてノンビリと過ごしてきたダニエル君にこんなことを求めるのは酷なだけだ。わかっているのに。ダニエル君が悪いわけではない。アタクシが多くを求めすぎているだけなのだろうか。サバンナの像のうんこよ聞いてくれだるいせつなこわいさみしい(ほむらひろし)*************************************************************************今の仕事で自分の力で物凄くいい関係を築いた取引先がある。あちらにしてみればアタクシが客なので言ってみればアタクシはただおだてられているだけなのだが、ドイツの会社にしては珍しく融通が利くしかなりの信頼度だしとにかくアタクシがひいきにしている。とくに日常的に電話でやり取りをしているP氏とは仲がいい。P氏が殺伐としたビジネスの電話においてもウィットを欠かさないからアタクシも電話で彼と話すのが好きで、ついつい仕事の話を忘れて大爆笑してしまう。そして今日、P氏に食事に誘われた。勿論、二人きりじゃない。会社としてアタクシを名指しで。接待というにはちょっと大げさだけどP氏と共にアタクシの無理難題を聞いてくれているS氏も一緒に。「Frau****(アタクシ),wir moechten Sie Essen einladen」アタクシときたらSprachlosだった。嬉しかったから。今考えるとなんであんなに嬉しかったのか分らないけれどとにかく嬉しかった。自分の中に閉じこもっていたアタクシの、心のドアがコンコンと叩かれた気がした。ヤナ姉さんと出会ったのも、姉さんの会社がアタクシたちと親睦をはかるために催した飲み会だった。みんなでゲロが出るほど飲んだ。将来的にどこに住むことになるのか、何処に住みたいのかまだ分らずにいるけれど、ここで与えられた人と出会うチャンスを無駄にはできない。東京でヨハンやグナーやライアンと出会えたように。
2005.03.17
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ライアンがアタクシに会いにこの街に来てくれたようにグナーがこの街に来た時にアタクシに連絡をくれたようにヨハンとも必ずここで会えると信じたい。約束をするのが嫌いなヨハンは、いつ頃とかどのくらいとか希望的観測で物も言わない。でも友達と飲んでいたときに「やっぱりスキューバに行くのを1週間にして、もう一週間はこの御嬢様に会いに行こうかなぁ」と口にしていたのを思い出すとその言葉を信じてしまいたくなる。また会っても発展を期待することはできない。でも、あの大きな手で頭をくしゃくしゃなでられたりお腹をさすられたり、鼻の頭や顎をチョンと触られたりするアタクシたちに許された(彼が自分に許した)最大限のスキンシップが恋しい。ハグじゃなくてもキスじゃなくてもこんな思いに掻き立てられるものがあったのか、世の中には。今はそれすら欠如している。アタクシの日々。そんな些細なことのために長い長い時間をかけてヨハンを待ってしまう徒労もアタクシは決して辞さないのだろう。お互いがお互いにとってどれくらい大事なのか伝えることすら許していないから彼の些細な言動から気持ちを憶測することしかできないのだけど。ヨハンに会いたい。毎日、同じ考えをグルグル回っている。
2005.03.17
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買ってしまった・・・。 Liebe ist... von NENA アタクシはもともとNENAが好きではない。いい歳なのに革ジャン革パンのハードロッカーみたいな格好なのに舌ったらずな甘い声で歌いそんなに飛び回って大丈夫かと心配するくらい痩せていてメイクの目張りが80年代を彷彿とさせてしまうから。でもこの唄はとにかく耳に残る。職場のラジオで流れているのを聞き続けてどうしてもじっくり聴きたくなって買ってしまった。ドイツのシングルチャート一位である。Ich moechte mich noch bedanken.Was du getan hast, was du gesagt hast.Es war ganz sicher nicht leicht fuer dich.のくだりとWir sind da, wir sind, wir sind daの盛り上がりのところで胸がぐっとくる。Liebe ist, so wie du bistアタクシはヨハンに愛を告げたことなんて一度もない。昔付き合っていた頃、今よりも迷いのない気持でヨハンを想っていた頃、ライアンに「これって愛かな。私、ヨハンを愛し始めてるのかな」と言ったことがあった。ライアンは冷静すぎるほどの声で言った「決して手に入らないものをどうやったら愛せるんだ?」辛い一言だった。後にも先にもあんな辛辣なことをライアンに言われたことはなかった。それだけ本気で彼はアタクシを諭したかったのだろう。「決して手に入らない」ことと「愛するべきではない」ことを。そのときは、手に入らないものも愛する価値があると反論したかった。もしも今同じ状況におかれたら、アタクシは黙って頷くだろう。手に入らないものを愛するのは難しいし辛い。だから、ヨハンとは決して一緒になることがないと明白なのだから愛したりしてはいけないのだと自分に言い聞かせている。そんなときにこんな唄を聞くべきではなかった。LiebeとかIch liebe dich.とかドイツ語でも気恥ずかしいようなそしてまた手垢だらけになってしまったような言葉だけどこの唄を聴くとそんな気分も吹き飛ぶ。無条件に誰かを想って想われているときの瑞々しい力に溢れている。それに比べてアタクシは一体何だろう・・・。いい歳こいていてもハードロッカーな格好でも舌足らずな甘い声でもぎすぎすに痩せすぎていてもメイクがださくても高らかに愛を謳える人になりたかった。ヨハンを想いながらそういう唄を口ずさむことはこの人生で決して起こりえないのだと思うとやはり辛い。頭と心が別の生き物になったみたいだ。
2005.03.17
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職場のオラフは最近アタクシの行く末を心配している。そもそもドイツ人と結婚しない限りいつかビザの更新ができなくなる、と勘違いしていたところが発端だった。その誤解が解けてからも、しきりに「結婚はまだかなー」とアタクシに聞いてくる。そしてついに業を煮やしたのかお見合いをしなさい、と言い出したのである。この街に住むこと50数年。オラフの人脈は結構凄い。さすがもとヒッピー。現在ただのオジサン。オラフがしきりに薦めるのが、ラース。実はヤナ姉さんの会社の跡取り息子。アタクシも何度も一緒に飲みに行ってるからお見合いなんて恥ずかしい!と断りつづけている。2番手が某航空会社のパイロット。オラフめ。アタクシが制服好きだってどうして知ってるんだ?3番手は普通のビジネスマン。ヨハンと同じフィールドで働いているのを知って一瞬ドキッとした。一応どれも断っているが、オラフは負けない。じゃあ一体どんなのが好みなんだ?とシツコク聞いてくるので「肌が程よく浅黒くて、背が高くて、筋肉質で、ロマンチックじゃなくて頭が良くて、楽しくて、信念があって、車の運転が上手で、将来性があって綺麗好きで、料理が上手で、柔軟性がある人」と答えておいた。具体的な人物がいるんだな、とオラフが笑った。アタクシも笑った。もしもこの条件を全て満たした人が現れてもアタクシはきっと全然惹かれないんだろうな。だってその人はヨハンではないのだから。こうやって全く予想外のところで知り合った人と電光石火の早業で結婚でもして、表面上は申し分のない暮らしをしていけばいつか心も満たされていくのだろうか。(反語)
2005.03.16
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そうだ、ここでの生活を満喫しないとなぁ、と思い立ってダニエル君と同棲していらい疎遠だった友達やヨーロッパに散らばっている友達に連絡を取ってみたがやっぱりしっくり来ない。誰にも誰かのいない穴を埋めることはできない。当のヨハンは大忙しである。今回のプロジェクトがとても大変らしくてアタクシに構う時間なんてちっともないようだ。前回のプロジェクトのとき結構時間があって、毎日チャットをして電話をして、一言メールを一日30通近く貰っていた。ここ数日は電話をしても5分くらいだし、メールも一日3通ほど。それでもアタクシは文句をたれたりしない。それを赦される立場にアタクシがいないということとそうされるのをヨハンが嫌っているということそれからそんなことでヨハンの気持ちを量れないことをよくわかっているからである。朝から晩まで仕事をして、会議をこなして、報告書を徹夜で仕上げるヨハンがその中でアタクシに送ってくる3,4行のメールにどうしてアタクシが不平不満を言えるのか。本当ならメールなんてチェックしているひまも、アタクシに返事をかく暇も惜しんで報告書を書きたいだろうに。時間に追われながら、ストレスと戦いながら、それでもアタクシにごく短いメールをくれることをアタクシはとても貴重だと思う。優しさではなく、彼の正しさをとても好きだと、やはり思う。でもどうしても我慢できなくなって「お願い、2分だけ」と言って電話をした。「普通の状況じゃないから君には理解できないと思うけど」と言われてしまった。ヨハンの言葉はとても正しい。アタクシには彼の忙しさを理解することはできない。住む世界が違うから。近くにいないから。そして近くにいたとしても同じ状況にはないから。でもそう言われてしまってまた哀しくなった。アタクシだってできることだったらヨハンの生活にずっと触れていたかった。触れるだけじゃなくて、そこに入り込んで同化して抜け出せなくなるくらい一緒にいたかった。そのくらいヨハンの傍にいるのは心地よかった。でもそれはできないことなのだ。これからもずっと。私の世界とヨハンの世界は交わることなく別の方向を目指して存在し続けていくだろう。だから、今回、アタクシが奇跡的に(かなり強引に)休暇を取れた一週間が、ヨハンの2つのプロジェクトの終わりと始まりのちょうど中間だったことは、驚くべき幸運だったのである。哀しいし辛いし途方にくれているけれど、それはアタクシ自身の問題だからヨハンに責任の一端を担がせるわけにはいかない。彼に言いたいことは一つだけ。「ヨハン、ありがとう」多分、一生忘れない。********************************************************************何だか上記の日記を読み返してあまりの陰鬱ぶりに呆れてしまった。好きだけど結ばれない男とチマチマ連絡を取り合っているところも往生際が悪い。どうして結ばれないのかといえば、それはアタクシが思い切れないだけなわけで。自分の弱さもずるさも矛盾も卑怯ぶりもよくわかっているつもりででもなかなかちゃんと眼が向けられず奇麗事のようなことばかり書いているのにも関わらず、毎日読みに来てくれる人がいるというのはとても嬉しい。読んで下さっている方には一種の反面教師のようなつもりで読んでいただいて、こんな煩雑なことに巻き込まれないように心から祈っています。あれは実のところどうなんですか、とか、そこをもうちょっとつっこんで、とかリクエストがあればメッセージをどうぞ(書き込みではなく)。自分のしていることを客観的にみるためにきっと大きな助けになると思うので。
2005.03.16
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泥のように眠った。9時間以上。母親の電話で途中起こされてしまって、目が覚めたついでにヨハンに電話した。オフィスにいるとき特有の声を潜めた話し方。忙しそうである。ヨハンの低い声がとてもとても大好きだ。それが日本語でなくてもドイツ語でなくてもアタクシをこんなに安心させる声があったのか、と深く息をつきたくなる。夜中に身体が熱くて熱くて唸っていた。熱があったわけではないのに身体が火照っていた。ダニエル君が持ってきてくれた水を飲み干してもう一度眠りに引き込まれていくとヨハンの夢を見た。これが小説やドラマや漫画ならそろそろこの辺で最終回を迎えて欲しいのにアタクシの人生は抜け殻になっても続いていく。朝、シャネルのCHANCEをつけた。ヨハンの街に到着した日もつけていた香水。「久しぶり」とヨハンの家について改めて抱きしめられたとき「君は相変わらずいい匂いがする」といわれた香水をドイツに戻ってきて初めてつけた。ヨハンの胸にやっと届くくらいのアタクシの背丈。見上げたときのヨハンの顔。ヨハンの温かさ。通勤のときノラ・ジョーンズを聴いた。海辺の街のオープンカフェでもかかっていた。それはドイツで聴くよりももっと乾いた音のように思えた。アタクシが飲んでいたビールを自分のもののように飲むヨハン。自動的にアタクシの小皿に牡蠣やらステーキを取り分けてくれたヨハン。一緒に飲んでいたヨハンの友達にヨハンが説明するアタクシについて。まるで彼のアタクシのように。あの一週間で観たもの聴いたもの触れたものそれからヨハンの言葉が悲しみの断片のように心に突き刺さる。アタクシを喜ばせたものも、本当に些細なことも今となっては胸を苦しくさせるだけだ。大丈夫。頭では完璧に理解している。あとは身体と心が少しずつ慣れていくだけだ。ヨハンのいない時間に。これからもう二度とヨハンを隣に感じることはないのだという事実を。車でも、夜の寝室でも、朝のキッチンでも、もう二度と。こんなになってもヨハンはまだ言ってくるのだろうか。「僕は後悔していない」と。アタクシは後悔をする資格もない。
2005.03.16
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ヨハンのことと同時進行で考えているのは引越しのことである。部屋を探す大変さとか、同棲をしていたから疎かになっていた足りない家具をそろえていくこととか、考えると本当に面倒だ。別にアタクシが部屋を出なければいけないわけではないけど諸事情を鑑みるとそうすることが道理のような気がする。今更、道理もなにもあったものではないかもしれないけれど。それからもうちょっと先のことを考える。一人で暮らしていくことの寂しさ。この街に天涯孤独でやってきたとき、一人ぼっちで辛かった。学校に属していたわけでもないから友達もできない。この街のどこに何があるのかも全然わからない。人生で寂しいと思ったことは何度も会ったけどあんなに辛かったのは初めてだった。思い出したくもないし、あんな寂しさに襲われるのが怖くてアタクシは移動することを止めてしまった。今はこの街が好きだ。友達もいる。だから一人で暮らしても大丈夫だと自分に言い聞かせる。ダニエル君がいなくても大丈夫だと。何かを得てしまうと、何かを築いてしまうと、それを失うのはどんな状況であったとしてもとても辛くて哀しいしとても骨が折れる。「大丈夫」と自分に何度も言い聞かせる。ダニエル君もヨハンもグナーもみんないなくなってもきっと「大丈夫」。心の中で大好きなREAMONの歌が流れている。You can tell by the way she talks she rules the worldYou can see in her eyes that no one is her ChiShe's my girl my SupergirlAnd then she'd say it's OK I got lost on the wayBut I'm a Supergirl and Supergirls don't cryAnd she'd say it's allright I got home late last nightBut I'm a Supergirl and Supergirls just flyAnd then she'd say that nothing can go wrongWhen you're in love what can go wrongAnd then she'd laugh the night time into the dayPushing her fears further alongBut I'm a Supergirl and Supergirls don't cryAnd she'd say it's allright I got home late last nightBut I'm a Supergirl and Supergirls just flyThen she'd shout down the line tell me she's got no more timeCause she's a Supergirl and Supergirls don't cryThen she'd scream in my face tell me to leave leave this placeCause she's a Supergirl and Supergirls just flyShe's a Supergirl a SupergirlShe's sewing seeds she's burning treeShe's sewing seeds she's burning treeShe's a Supergirl a SupergirlA Supergirl my Supergirl************************************************ヨハンに電話をした。会議室に行く途中、とかでちょこっとしか話せなかったがそういうアタクシも仕事中だったのちょうど良かった。好き、とか、嫌いで白黒がつくならどんなによかっただろう。好きだから一緒にいて好きじゃないから一緒にはいられないそれは自然の摂理と同じように当たり前のことだけど好きだから必ず一緒にいられるか、というとそうもいかない。相手を、相手の将来を考えると一緒にいないほうがいいという結論に出る事だってある。相手を好きだから、想っているから、幸せになってほしいから。相手が既婚だから一緒にいることが赦されないとかではなくて、結婚をして家庭を築ける心の用意がある健全な男女にもこういうことがあるんだなぁ、と我ながらビックリした。詳しくその理由を書こうと思ったけれどとても個人的なことで不快に思う人もきっといるはずなので思いとどまった。アタクシを今日とても哀しくしたのは母からのメールだった。「話は変りますがRちゃんが職場の同僚と結婚するそうです」Rちゃんというのはアタクシの幼馴染で中学校まで一緒だった。今はお互いの実家が離れてしまったので彼女とは連絡を取り合っていないが、母親同士は定期的に電話で話しているのだろう。同年代の友人の結婚の知らせに今回初めて『焦り』のようなものを感じた。母親の『話は変りますが』という遠慮がちな話題の持っていき方に変な気の使い方を感じたり(敏感すぎ?)してみたりして、自分が酷く卑屈になっているのに気付いた。ヨハンがどうのこうの、とか胸を痛めていないでダニエル君の優しさや不器用な誠実さを本当に信じることができていたなら、きっとこのまま結婚していただろう。でもヨハンが大好きだ。結ばれないとわかっていても。結婚に焦る年齢だよ、とヨハンに言うと「そればっかりはどうにかしたいと思ってもどうにもならないよ。全然期待していなかったりすると嘘みたいに上手くいくこともあるしさ」と彼はいつも言う。『ヨハンじゃない相手と』嘘みたいに上手くいく意義なんてあるのだろうか。ヨハンが誰か運命の人と出会って結婚するまでアタクシは一人でいようかな、と考えてあまりに感傷的な自分に反吐がでそうになった。でも、アタクシは泣かない。
2005.03.15
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電話がかかってきた。45国番号45ちょうどデンマーク映画のDVDを観ているところだった。グナー。素直に喜んだ。「元気?どうしてるの?」と近況を報告しあった。「今週の日曜日に君に会いたい」時間がある?とか、会える?とかそういう聞きかたではなくて直球ストレートなところがグナーらしいな、と思った。彼はいつもそうだった。12月のバーでキスをされたときも情熱的な直球だった。ヨハンは。ヨハンはそういう人ではない。人間として正しい道を求めたいから感情に流されたりしない誰かに感情をぶつけてその人の心を揺らしてしまうのを避けようとしている。あの空港でのオデコにチューが彼らしいと思えてアタクシは思い出すだけで笑顔になる。アタクシを自分の下によぶことにしたときも随分と迷っていたのを知っている。「今週の日曜日に君に会いたい」素直に嬉しかった。人間としてグナーが大好きだから。この世の中にまだ笑顔で「君に会いたい」と言ってくれる人のいる幸せさ。温かさ。嬉しさ。二つ返事でオッケーをした。「嬉しいなぁ(ich freue mich auf dich)」と電話のむこうの声が本当に嬉しそうに響く。「私も嬉しい」もしもヨハンがグナーほどまっすぐな感情表現をしていたらアタクシは彼の口からどんな言葉を聞けたんだろう。************************************************************************目覚ましを一時間セットし間違えて寝坊。ヨハンに約束の時間に電話できず話せず仕舞いで、世界中から爪弾きに合ったような悲壮感を背負い込むアタクシ。いや、自分が悪いんだけどさ。先週はヨハンがぜーんぶ面倒を見てくれたからもう自分でちゃんと目覚ましをセットすることすらできなくなった感じ。こんなんじゃダメなのに。もうヨハンはいないんだから。多分もう寝ているであろうヨハンを想ってみる。暗闇の中のヨハンの寝息。温かな身体。大きな手。アタクシを巻く力強い腕。今はもうないもの。もう二度とないもの。そんなことを考えてやはりまた泣きたくなった。でも泣かない。それらは失ったものではないから。一度だって本当にアタクシのものだったことがないから。泣かない代わりに、胸が痛かった。涙の代わりに、身体から何かが湯気になって蒸発していくような気がした。ヨハンのとなりであんなに元気だったのに、またどんどん憔悴してきている。ヨハンに会いたい。それ以外のことは全て孤独でいいからここでの生活を、グナーを、友達を、全てを引き換えに差し出すから、ヨハンの傍にいたい。でも、それをする勇気がなかったしそうすることを自分に最後まで許さなかったのはアタクシ自身だ。中途半端に勇気を出してもしょうがなかったのに。ヨハンを求める気持ちを、グナーに会う楽しみに摩り替えたところで結局は自分を苦しめるだけなのに。悲しい。哀しい。
2005.03.15
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時差ぼけと仕事の山で何となくヘトヘトである。その中でヨハンのことを考える。今週からまた忙しくなるヨハンの仕事。彼のオフィスでの仕事振りは鬼気迫るものがあった。すごいなぁ、とアタクシがボンヤリ見つめていたのに気が付いて「ここが君といつも話しているオフィス。これが君がいつも電話をして来る電話。それで今君はここにいる。不思議だね」と、話し掛けてくれた。不思議だね。と言われて、そのときは不思議に思えたのに今は元通り遠くにいることのほうが不思議に思える。職場の同僚や上司はアタクシが訳あり(?)休暇だったということを知っているので悪戯に笑って「どうだった?もう戻ってきたくなかったんでしょ?」とからかっていた。みんなを、ここでの生活をとても恋しく思っていたこともやっぱり不思議なのかもしれない。ヨハンのいないドイツでの生活。自分の生活がないヨハンの傍。どちらも何かが決定的に欠如している。不思議なくらいに。本当に恋に落ちていたり愛を貫く人間はこんなことで足し算引き算して天秤にかけたりしないのだろう。アタクシは不思議とどこか冷めている。気が付けば今日からグナーがヨーロッパに来ている。会ってご飯を食べて踊りに行くのだと思う。そしてアタクシはその間中ヨハンのことを考えているはずである。グナーに言おう。ヨハンが好きだと。春の風に打たれながら港を散歩して道行く人みんなに言いたい。泣きながら認めたい。やっぱりどうしてもヨハンが好きだと。恋が熱病のようなものならこれは恋じゃない。まっすぐ冴えた思いでヨハンを想っている。信念のように。もうどうにもならないとわかっているのに気持ちは消えない。不思議だ。
2005.03.15
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夜中に何度も目が覚めた。そのたびに自分がどこにいるのか一瞬わからなくなった。どうして何年も使ってきたベットに違和感を覚えるのかわからなかった。闇の中の人の気配がヨハンではないことの歪な感覚も不思議だった。何度も何度もヨハンの名前を呼ぶところだった。名前を呼ぶと伸びてくるヨハンの大きな手を握りながらまた眠りに落ちたかった。それはもうできないことなのに。何かを失ったわけじゃないんだから寂しくなって泣く必要なんてちっともないのだ、と自分に言い聞かせた。ただもとの場所に戻ってきただけなんだ、と。全て頭では理解しているのだから泣いたりしてはいけない。悲しいことなんてなに一つない。アタクシは何かを失ったわけじゃないんだから。このままメソメソしながら生きてもしょうがないからアタクシはアタクシの生活を謳歌しなくちゃいけない。ヨハンの街にいたときに恋しいと思った、心底恋しいと初めて思ったこの国、この街、それから友達。それらと一緒に。でもせめて眠りに落ちる前の一瞬だけ、目が覚めたときのまどろみの一瞬だけ、ヨハンのことを想って心の中で名前を呼びたい。もうあの力強い温かさに包まれることはないとしても。
2005.03.14
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「無事に着きました。いろいろとありがとうございました」ヨハンに電話をした。遠いような近いようなヨハン。こんなに離れているのが嘘のような、昨日まで一緒にいたのが嘘のような。「仕事が一段落したらドイツに会いに行くよ」と、電話口でヨハンが言っていた。面と向かっていたら過度に喜んでしまったのがばれてしまったので、電話でよかったと思った。ヨハンとここで会う??それはアタクシがヨハンに会いに行くよりも夢のような話に思える。ドイツの中では都会とは言え、ヨハンのような人はさぞかし目立つんだろうなぁ、と想像して笑いたくなる。飛行機では寝れなかったからすごーく眠い、と言うと「オレの車ではあんなに寝たのに何で飛行機で寝れないんだ?その違いは何だ????」と妙に面白がられた。ヨハンのところに到着した日、別の町から遊びに来る友達を迎えにまた二人で空港に行った。アタクシは疲れていたので少し時間があるから寝ていいよ、とシートを倒してくれたヨハンの言葉に甘えて眼を閉じた。疲れが襲い眠りに落ちる寸前でふと何かがアタクシを現実に引き戻した。眼を開けてヨハンを見上げると、ヨハンがアタクシを見つめていた。何も言葉を交わさず、触れ合いもせずただそのまま見つめあっていた。眠りの淵からアタクシを見つめていたヨハン。何を考えていたんだろう。ヨハンとドイツで会えたら。叶わない方がいい夢もあるのだろうか。やっぱり、分っているけれど、何かを望みたくなってしまう。分っているのだけど。許されないことだと。
2005.03.14
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朝から眉間に皺を寄せて無口だった。ヨハンがあきれているのがよく分かった。でもどうしていいのか本当にわからなくて途方に暮れていた。無言で支度をして無言でコーヒーを飲んだ。ヨハンの作る薄いコーヒーを。近くのカフェで軽く食事をした。へーゼルナッツの味がするビールを飲んだ。雲一つない青空で暑い午後だった。アタクシのバックのなかにはストールと手袋が用意されていた。理解すべきこと、受け入れるべき現実は頭のなかで整理され尽くしていたのに、抑えていた感情が最後の悪あがきをする。ヨハンノチカクニイタイハナレタクナイサミシイこんなことを口にしないようにひたすら眉間に力を込めて黙り込んでいたアタクシ。ヨハンもアタクシも我慢大会のように口を利かなかった。彼は寂しくないはずなんだから話せばいいのに。いつもみたいにでもヨハンは空港のチェックインでも一緒に並んでくれたし、手荷物検査の列でもずっと一緒にいてくれた。無言で。何も言うことがないような、言うことがありすぎて何も言えないような、苛立ちさえ覚える気分だった。「じゃあ、僕はここから先には行けないから」とヨハンが言って、アタクシのオデコにチューをした。いつでも、今でもアタクシは彼にとって小さくて非力な世間知らずな小娘だったんだと思った。彼なりの優しさでいつもいつもアタクシを守ろうとしてきてくれたとこをちゃんとアタクシもわかっていた。痛いほど感じていた。「これからもイイ子で」嗚呼、一体いつアタクシがイイ子だったというのだろう。ドイツに戻ったら一人で生きていかなくちゃいけない。強くて自立した人間として。だからヨハンにとってイイ子でいる必要なんてもうないのだ。ヨハンのアタクシじゃないんだから。アタクシは不貞腐れた子供のようにただ黙って頷いた。ありがとう、も言えないくらい辛かった。涙は出なかったけれど、ひたすら苛立った。口に出してはいけない伝えたかった言葉の全てがアタクシを悲しく苛立たせた。ゲートに入ったアタクシを最後まで遠くで見送ってくれたヨハン。背の高い優しい顔立ちのヨハン。飛行機が離陸するときに街の夜景が目に入った。ヨハンのいる場所。アタクシのいてはいけない場所。でもアタクシは傷ついていない。何も失っていないから。ヨハンノチカクニイタイハナレタクナイサミシイ心の中でまだ声がする。
2005.03.12
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海辺の街からまた6時間かけて戻ってきた。渋滞に巻き込まれて街を抜けるのにも2時間かかったから実際はもっとかかったことになる。不毛な荒野が暗闇に包まれて、そこを割くように走る高速道路だけがやけに煌々と明るくて、身体の中を淀みなく流れる血管の生命力みたいだった。その流れの中でアタクシはヨハンの運転するドイツ車の革のシートに身を沈めヨハンの横顔を眺めていた。時々ヨハンがアタクシの髪をくしゃくしゃ撫でる。「丸い頭蓋骨」とヨハンが気に入っているアタクシの頭の形。アタクシたちは普段は絶対にタバコを吸わない。煙い場所を人一倍嫌う。だけど今日は特別、とヨハンと一緒に葉巻を吸った。タバコと同じくらいの大きさ太さのコーヒーのような味がする葉巻。開け放ったサンルーフに向かって煙を吐いて「口がイガイガするねー」と笑った。そのときに二人で聴いたのはボブ・マーリーだった。「辛いことがあるといつもこの歌が頭をよぎる」と言ってアタクシが何度も「NO WOMAN NO CRY」を聴きたがるとヨハンはじゃあ2週間後に完璧に歌えるようになって電話で披露してあげる、とヨハンが言った。全てはその空間で、その時間で完結していた完璧な時間だった。ヨハンと大事な歌を近くに感じているだけで『完璧』だと言い切れることが驚きだった。今まで人生で追いつづけていたものはじゃあ一体なんだったのだ。そこに付随する全ての感情は。そんな複雑なことの介在を許さないほど、その時間と空間は簡素に完璧だった。運転を終えたら、車から降りてしまったら、何も残らないのだと分っていたけれど、だからその儚さの中では余計なものも余分な気持ちも意味をなさなかった。今ここで死んでしまっても何も後悔をすることはないと思えるような一瞬だった。ヨハンがこの夜のことを忘れてしまっても、アタクシはずっとずっと一生忘れないでいようと思った。いつかどこかだれかでふとNO WOMAN NO CRYを聴くことがあったら真っ先に今晩のことを思い出すだろう。葉巻の味と一緒に、ヨハンの手の暖かさと一緒に。この一瞬のために生きてきたと言えたらステキだったのに。そう言いながらそこで人生を終えてしまえたらステキだったのに。でもそれができないからまっすぐに車は進んだ。血管のような高速道路を。家に着いてからヨハンは仕事をしていた。アタクシに先に寝るように言って結局4時半ごろに床についたようだった。もうすぐ夜が明けるのはわかっていたのにどうかこのまま夜が果てしなく続けばいいと思った。忘れないように、忘れられないように、眠るヨハンをしばらく見つめていた。ヨハンは多分アタクシが出会った人の中で一番美しい身体をしている。浅黒い肌、筋肉のつき方、身体のライン。夕暮れの草原に佇む野生動物のような爽やかな躍動感と生命力を感じる。それとは対照的に知的で優しい眼をしている。これからも世界中の沢山の女性を惹きつけていくのだと思うとアタクシはその女性達を素直に羨ましいと思った。ヨハンに惹かれるほど近くにいることが許される、ヨハンの人生に触れることができる人たち。アタクシはその中の一人になることも許されない。分っているけれど少し辛くなって、ヨハンの首筋に顔を埋めた。寝ているヨハンが無意識のうちに髪を撫でてくれた。涙がヨハンの首筋に流れないようにしながらその時初めて泣いた。泣いたのはそのときが最初で最後だった。そうやって、夜が明けていった。
2005.03.11
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Warum? Warum wird uns,was schoen war,im Rueckblick dadurch bruechig,dasses haessliche Wahrheiten verbarg? Warum vergaellt es die Erinnerung anglueckliche Ehjahre, wenn sich herausstellt, dass der andere due ganzen Jahren einen Geliebten hatte?Weil man in einer solchen Lage nicht gluecklich sein kann? Aber man war gluecklich! Manchmal haelt die Erinnerung dem Glueck schon dann die Treue nicht, wenn das Ende schmelzlichwar. Weil Glueck nur stimmt,wenn es ewig haelt? Weil schmerzlich nur endenkann, was schmelzlich gewesen ist, unbewusst und unerkannt? Aber was ist unbewusst und unerkannter Schmerz?日本語でもドイツ語でも呼んだ本。『Der Vorleser』。この本はどこから開いても読める、そう思っていた。だから今日も英語でこの本を買った。ヨハンがどうしても終わらせなくちゃいけない仕事があるとかで、本屋のカフェでパソコンを出して作業を始めたので、アタクシも急遽暇つぶしの本が必要になったからだ。あんなに読み込んだと思っていた本なのに、英語で読むとまた新鮮だった。そして上記の文章を英語で読んだとき、ギャフンといいそうになった。椅子から転げ落ちそう、バニラ・ハニー・ラテをヨハンのパソコンにかけそうになってしまった。探していた答えが見つかったような気がした。『幸せは永続でなければ幸とは呼べないのか。辛さを伴ったものはいつも辛さを伴って終わるのか』答えはNOだ。ヨハンと今こうして一緒にいてアタクシは幸せでたまらない。喩えこの幸せが数日で終わってしまったとして、アタクシが幸せであったことにとは普遍の事実である。昔二人が恋人だったときに、辛かったことが沢山あったけど、関係の全てを否定するべきものではない。そして関係が終わった全てにおいて『好き合う』という気持が消滅しなければならないわけではない。アタクシ達はその気持を抱いたまま関係を終わらせてしまったのだ。だから関係が終わっても幸せで、辛さを伴っても辛く終わらなかった。だからこんなにアタクシ達はまだお互いを近くに感じていて心地よく思いその一方でどこか切なくてたまらないのだ。だって、関係そのものはもう終わってしまっているのだから。ヨハンの今の生活にアタクシは入れない。ヨハンといることの心地のよさとヨハンの生活にいることの心地の悪さの間でずっと苛まれていた。アタクシよりもずっと大きなヨハン。決定的に人種が違う(ヘンな表現)ヨハン。アタクシよりもずっと年上のヨハン。もう、なんでもいい。何も始められないから、なんでもいい。恋人じゃないのに好き合っているなんて素敵だから、それでいい。そのことを一晩かけてヨハンに話した。「ヨハン、あたしたちもうこれ以上離れることなんてないんだよ。離れられる限り離れてるんだもん。それでもこんなに好きなんて、信じられないくらい素敵」泣きたかったし、嬉しかったし、傷ついていたし、癒されていた。ヨハンを完璧に失っているから、もうなにも失わない。でも今だけヨハンは近くにいる。だから泣かずにアタクシは眠りに落ちることができた。
2005.03.10
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Ich hab heute vom Deutschland getraeumt. Ich kann mich an den Traum nicht mehr genau erinnern aber als ich heute frueh wach war, habe ich Johan halb im Traum gesagt "Hey, ich hab vom Deutschland getraeumt" das war keine Absicht aber war auf Deutsch. Er hat natuerlich nichts verstanden. Ich wollte ploetzlich weinen. "Hier ist nicht zu Hause auch wenn Johan mit mir ist. Johan versteht mich gar nicht wenn ich ihm in der Sprache anspreche, die ich am liebsten mag." Aber hab nicht geweint. Das Wetter ist echt schoen. Sonning, warm, trocken... echt angenehm. Ich denke nur an die Freunde in Deutschland, die ich hier gerne dabei habe. Ich weiss, ich kann nicht hier, bei ihm, bleiben aber irgendwie kann auch keinen Sinn finden, wieder nach DEutschland zurueckzufliegen. Ich vermisse nur die Freunde da. Jana, Michael, Jascha,Medden und auch wenn ich als einer von den Freunden bezeichnen darf, vermisse ich auch Daniel-kun so sehr. Sowas ist niemals mir passiert, wenn ich in Tokyo war. Vielleicht die Freunde sind das Symbol des Lebens in Deutschland und tief im Herz vermisse ich Deutschland. Ich fuehle mich, als ob ich mich im Leben verlaufen waere. Sackgasse im Leben.Um mich zu troesten, habe ich gerade den Text von "der Weg" in Internet gelesen obwohl das Lied nicht so meinem Situation passt.ICH KANN NICHT MEHR SEHEN_TRAU NICHT MEHR MEINEN AUGEN_KANN KAUM NOCH GLAUBEN_ GEFÜHLE HABEN SICH GEDREHT_ICH BIN VIEL ZU TRÄGE UM AUFZUGEBEN_ES WÄRE AUCH ZU FRÜH_WEIL IMMER WAS GEHT_ _WIR WAREN VERSCHWOREN_WÄREN FÜREINANDER GESTORBEN_HABEN DEN REGEN GEBOGEN_UNS VERTRAUEN GELIEHEN_WIR HABEN VERSUCHT, AUF DER SCHUßFAHRT ZU WENDEN_NICHTS WAR ZU SPÄT_ABER VIELES ZU FRÜH_ _WIR HABEN UNS GESCHOBEN_DURCH ALLE GEZEITEN_WIR HABEN UNS VERZETTELT_UNS VERZWEIFELT GELIEBT_WIR HABEN DIE WAHRHEIT SO GUT ES GING VERLOGEN_ES WAR EIN STÜCK VOM HIMMEL_DAß ES DICH GIBT_ _DU HAST JEDEN RAUM_MIT SONNE GEFLUTET_HAST JEDEN VERDRUSS_ INS GEGENTEIL VERKEHRT_NORDISCH NOBEL DEINE SANFTMÜTIGE GÜTE_DEIN UNBÄNDIGER STOLZ_DAS LEBEN IST NICHT FAIR_ _DEN FILM GETANZT_IN EINEM SILBERNEN RAUM_VON GOLDENEN BALKON_DIE UNENDLICHKEIT BESTAUNT_ HEILLOS VERSUNKEN, TRUNKEN_WEIL ALLES WAR ERLAUBT_ ZUSAMMEN IM ZEITRAFFER_MITTSOMMERNACHTS-TRAUM_ _DU HAST JEDEN RAUM_MIT SONNE GEFLUTET_HAST JEDEN VERDRUß_INS GEGENTEIL VERKEHRT_NORDISCH NOBEL DEINE SANFTMÜTIGE GÜTE_DEIN UNBÄNDIGER STOLZ_DAS LEBEN IST NICHT FAIR_ _DEIN SICHERER GANG_DEINE WAHREN GEDICHTE_DEINE HEITERE WÜRDE_DEIN UNERSCHÜTTERLICHES GESCHICK_DU HAST DER FÜGUNG_DEINE STIRN GEBOTEN_HAST IHN NIE VERRATEN_DEINEN PLAN VOM GLÜCK_ _ICH GEHE NICHT WEG_HAB MEINE FRIST VERLÄNGERT_NEUE ZEITREISE_ OFFENE WELT_ HABE DICH SICHER_IN MEINER SEELE_ICH TRAG DICH BEI MIR_BIS DER VORHANG FÄLLT_ICH TRAG DICH BEI MIR_BIS DER VORHANG FÄLLT
2005.03.09
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ドイツでアタクシが守ってきた日常の些細なキマリごとを見事に無視してアタクシはヨハンの日常に同化している。簡単に言うと、不健全さを楽しんでいるのである。外食で肉を食べ、毎朝コーヒーを飲み、夜食を食べて、酒を飲む。どれ一つとしてドイツでは自分自身に許していなかったことだ。ヨハンの残業に付き合って、二人ヘトヘトで家に帰ってきてから午前2時半に世界のニュースをボンヤリ眺めながら寿司とチーズクラッカーを食べて、バーボンのジンジャーエール割を飲んでますますダルくなる。ポリポリとクラッカーを食べながら思った。こんなに不健全なヨハンの日常にどっぷり漬かって居心地がいいなんて信じられない。彼はこの日常をこれから果てしなく続けていくのだろう。いつかその日常を分かちあえる人が現れるだろう。でも、アタクシにとってドイツに帰ってしまったら、日常ではなくなる期間限定の日常。そして決して永続的な日常になることがない。それを変えたいとか、悔やんだりとか、事実に嫉妬したりしているわけではなく、単純に寂しいと思った。こんなに自然で居心地がいいのに。
2005.03.08
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