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ゲームなんかで『経験値』という言葉がでてくる。敵を倒したりするとポイントが高くなっていくアレだ。アタクシの人生の経験値はどんな感じだろうと考え始めた。結婚をしたことがない(していない)、子供がいない、という2点でアタクシの経験値はぐっと落ちるような気がした。と、考え始めたらまだ未経験なことが山ほどある。オーロラを見たことがない。気球に乗ったことがない。南米に行ったことがない。バンジ―ジャンプ未経験。などなど。まだまだ先は長い。
2005.05.31
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タンゴを始めてよかったな、と思うことのひとつにダニエル君と共通の趣味ができたことがある。アタクシは自分でも認めるほど多趣味なのにダニエル君のそれとはあまり重なっていない。インラインスケートが唯一ダニエル君に影響を受けて始めたことだが、何しろアタクシがヘタすぎるため遠出ができない。2人でタンゴを始めて、お互い初心者で同じくらいのスピードで上手くなっている気がする。夜道を2人で歩いていると必ずふざけて踊り始めてしまう。ハグをしたあとも何となく踊り始めてしまう。頭の堅いドイツ人と、シャイな日本人が踊るタンゴなんてどこまでいってもたかが知れているけれどやっぱり楽しい。めでたく初心者コース終了。来週から初級者コース(どうちがうんだ?)に昇格!
2005.05.31
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土曜日に某殿方とデイトをした。猛暑だったがデイトそのものは非常にクールで爽やかで素晴らしかった。その時に、ふと気が付いて、眩暈がするような錯覚に襲われたことがあった。嗚呼そうだったのか、と涙が出そうなほど胸が熱くなった。きっかけは殿方の一言「(前略)君のそのアクティブさ(以下略)」本当はアタクシは全然アクティブじゃない。ゴロゴロしながらオシリを掻いてテレビを観ているのが至福のひと時じゃなくて何なのよ、と思ってしまう。でも、ヨハンを見ていて彼の活動性が生み出す疾走感を羨ましいと思っていた。だからアタクシもそうなりたいと。ヴォフィによく言われる「君って本当にeigenartigだね」それはヨハンにいつも言われていたことで、そこがとてもいい、とよく誉めてくれた。つまり、今のアタクシについて誰かが「そこがいいんだ」とか「君はそこが偉い」とか誉めてくれたり、その誰かの目に止まったりするようなところの多くはヨハンから教えてもらったり、ヨハンが伸ばしてくれたり、ヨハンを手本にしたりしていたり、反面教師にしていたりしていたことだ。ああ。今すぐヨハンのところに飛んでいきたい。「ありがとう」を言うだけのために。
2005.05.30
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寝ているときに雨が降るとそれ以外のときよりも深く眠れる気がする。文字通り昏々と。15Kmジョギングの後10Kmインラインスケートをしてパンを2種類焼いてそのあとBBQをした怒涛の日曜日(夏日)はあっけなく過ぎて雨で肌寒い月曜日が始まった。とにかくヘトヘトである。眠いし身体が重い。それなのに今日はタンゴ!8回コースの最終日だ。一ヶ月ほど間を開けて今度は7月からのサマーコースが始まる。土曜日のBALLで上級者のダンスを唖然として見ていたら先生が隣に座ってくれて「みーんな最初はビギナーだったんだから心配しないでも大丈夫」と励ましてくれた。「こうやって見ているだけでも楽しいです。タンゴの何もかもが好きだから」と、ニッコリ笑って答えたら先生もニッコリ笑っていた。今週の金曜日までの仕事の締め切りを抱えていて頭が痛い。毎日残業すればギリギリ大丈夫かってところだけど金曜日にマークがこの街に来る。Ruegeに出張した帰り道にこの街に寄る、とのこと。待ち合わせ時間は何故か17時半。早すぎる。マークと言えば、彼経由で最近NEWS WEEKを貰っている。ドイツではあんなヘロヘロな雑誌が5ユーロちょっともするので毎号買うのは本当に馬鹿馬鹿しいと思っていたところなのでありがたい。マークのグループ会社の出版物sternよりもずっと内容が面白いような気がする。アタクシは雑誌が大好きなので、ちょっとは買うのを控えないと収拾がつかなくなる、とダニエル君にいつも怒られてばかりいる。土曜日もバイラとクロワッサンを買ってしまった。バイラを見ると日本にいる同年代の女性の気合の入れ方が天晴れで清々しくなる。「嗚呼、日本にいる人たちはどうしてこんなのを買えるお金があるんだろうねぇ」と毎月毎月同じことをダニエル君に意味もなく聞いてしまう。溜息が止まらない。クロワッサンの特集は、美しい日本語と、正しい手紙の書き方。アタクシの日本語もかなり我流が入っていて、もっとキチンと美しく話せるように直したいと常々思ってはいるのに、アタクシのように極端に日本人社会に溶け込んでいないとそれはとっても難しい。言葉というのは他者との係わりあいの中で磨かれもするし乱れもするもので、それは何かを伝えたいと思う気持ちや、そのコミュニティーに同化したいと思う気持ちが強く作用している。単独部隊のアタクシが洗練された日本語を練習するのはやっぱり難しい。せめて「話をしなければ感じのいい子なんだけど」なんて言われないように日頃から注意しないと・・・。
2005.05.30
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結局起きたら9時で、早朝ジョギングはまたもや実現せず。でも昨日みたいに熱風が吹くほど暑くは無かったので11時に出発。日差しは強くてジリジリするが、日陰で風が吹くと爽やかで気持いい。とくに調子がいい原因も無かったのに走り始めから足が地面をちゃんと蹴れている感じでなかなか良かった。頑張れば24KM完走できたかもしれないけれど、とにかく強い日差しが想像以上に体力を消耗させているということと、水を持っていないこと、膝がちょっと痛みはじめているのを理由に15KMだけ走った。走り終わって暫く芝生に寝そべって空を見ていた。ああ、この空を飛んでヨハンに会いにいけたらなあ・・・。青空を裂くように飛行機雲ができていた。これからインラインスケートの練習。タンゴとジョギングとインラインスケートでこんなに大忙しなのにどうやって来年からカヌーを始める時間が持てるのか疑問である。
2005.05.29
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日中は熱風が吹き荒れていてジョギングどころではなかった。というわけで、ようやく重い腰を上げて植物の種まきをした。シソにらラディッシュほうれん草ルコラあれ?みんな食べるものじゃん!スーパーで買うと量が多くて使い切れないし家で作ったほうが安心かなぁ、と思いまして。夜8時くらいになって日が傾くとかなり過ごしやすくなったのにジョギングには行かず、タンゴを踊りに行った。明日朝7時起きで23KM。走れるのか。踊りまくってヘトヘトなのに。
2005.05.28
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目覚ましがなる。どうして休みなのに早起きをしなくちゃいけないんだろう、と心の中で思いながら、母親に起こされて服を着替える。カードが通されたゴムひもを首からかけて、ビーチサンダルを履いて寝癖のついた髪のまま外に出る。友達と一緒に。古いラジオから割れた音声がガンガン響く。生まれたての朝の眩しさも、ラジオの音も寝起きの頭にはかなり辛い。新しい朝がきた希望の朝だ喜びに腕を伸ばし青空仰げ爽やかさがやけに鬱陶しいあの歌が聞こえる。これが終わったらご飯を食べてからプールにいこうと考える。今日も天気が良くて暑い一日になりそうである。約40日という休みが永遠のように思えた小学生の頃の夏休み。ラジオ体操の音、暑くなりそうな夏の朝、眠い頭。嗚呼、そのときの朝に今日はそっくりである。もうラジオ体操もプールも無いけれど、あの頃みたいな朝はドイツにもやってきた。暑くなりそうである。
2005.05.28
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ヨハンが出張中だ。日本も含めたアジアの国をちょこちょこ回るらしい。今日、メールが来ていた。短いメールで「君の生まれた国にいます。良い週末を」アタクシは残念ながら日本で生まれなかった。その国で生まれたことよりも日本で生まれなかった事実のほうがアタクシの人生に大きな影響を与えている。出来ることなら、東京で生まれてずっと東京で育ちたかった。生まれ育ったその国とは今はあまり接点はなく、多感な時期を過ごしたのが東京だからか、帰るべき場所といえば東京のような気がする。ヨハンは常々その国を「君の原点」と呼んだ。その当時と今では別の国のように様変わりをしているはずだから今更その国に愛着を持てとはいわないけれど、あの国に君の人生の一部がある、と。そんな話をしたのはずっと昔のことなのに、その国に行ってアタクシのことを思い出してくれたヨハンをやはり素晴らしい人間だと思ってしまう。いい週末が過ごせそうな気分にすらなった。
2005.05.28
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村上春樹とCOLDPLAYとMAN RAYが好き、と言ったら「あ、僕と一緒だ」という人と出会った。上記の3人(正確には2人+1グループ)も、アタクシとその人も国籍が違うのに、「それなのに、2人が同じ物を好きなのってなんだか不思議だね」と言われた。全く別の場所で生まれて育って来たのにある日偶然であった人間同士が同じ物に興味を示していることの不思議を彼は言いたかったのだろう。本当、何だか不思議、である。ヨハンとの衝撃的な出会いのあとの枯渇したアタクシの誰かと出会いたいと思う気持ちが少しだけ湧いてきたような気がした。それでもまたヨハンは「道で出会った程度の男」と笑うのだろうか。
2005.05.27
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会社のシステムが26時間ぶりに復旧。朝6時半から待機していたアタクシはひたすら、暇と闘っていた。そして今、溜まりまくった仕事と闘わなければならない。パソコンが使えないと手足をもがれたみたいに不便である。普段どれだけパソコンに依存して仕事をしているのか思い知らされた。外は本格的な夏がきたみたいな天気なのだが、天気の良し悪しをジョギングに適しているかで否かで決めるアタクシにとってはこれもまた一種の悪い天気である。明日は、髪を切りに行って、炎天下ジョギングをして、夕方から殿方とデートをして、夜22時からタンゴを踊りに行く。盛りだくさんである。ハードすぎるかもしれない。昔、イギリスの化学雑誌に日本人の学者が発表した学説を思い出した。夏場に生まれた赤ちゃんは、暖かい気候のせいで生後間もなく~手足をさかんに動かすため脳の発育が、冬場に生まれた赤ちゃんよりも良いため、より頭のいい子供になるというものだ。これを裏付けるためにその学者は東大医学部合格者の生まれた月の統計を取ったところやはり夏に生まれた合格者の割合のほうが高かったとのこと。ちなみに、この学者も7月生まれ。それに反論を唱えた別の学者は冬生まれ。アタクシは冬生まれ。嘘か本当かわからないけれど、そんな学説が出てしまうほど夏は活動的になる季節らしい。
2005.05.27
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ドイツの多くの州では今日は祝日である。が。アタクシの住む州は違う。ベルリンとドレスデンの取引先と電話をして「お互い住む州を間違えましたねー」と励ましあった。しかし。午前中に突如システムがダウン。システム管理をしている本社は祝日で誰もいない・・・。待てど暮らせど復旧の見込みなし。ドイツ・テレコムがケーブルを切ったとの噂。ま、ネットとシステムがなくても出来る仕事をアタクシは優に3日分は溜め込んでいるので全然関係なかったが、他の人のやる気のなさときたら。本当はもっと働いてもよかったんだけど、16時にて無罪放免。明日は遅れを取り戻すために6時半出勤。喜んでいいのか何なのかよく分からない。16時に退社して外に出ると気温は30度くらいありそうな暑さ。ここまで暑いとジョギングはかなりしんどい。******************************************************************こんなに早く家に帰ることは滅多にないので手持ち無沙汰でしょうがなくてとりあえずベットでゴロゴロしながらデンマーク語のテキストを読んだ。ああ。日が長いからいつでもジョギングに行ける。と、思っていたら見事に眠り込んでしまった。昏々と。ダニエル君がお友達のマルクスとピザを食べたのも知らない。二人が何をしていたのかも知らない。気がつくと22時過ぎ。4時間も寝てしまった。失態である。あたりはすでに薄暗くなっていた。嗚呼。せっかく早く家に帰れたのに。寝てしまった。悔しくて自分が恨めしい。
2005.05.26
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昨晩DVDを観た。サリー・ポッターの「THE TANGO LESSON」。パリでサリーが偶然見かけて強く惹かれたタンゴ・ダンサーパブロとの仕事とタンゴと恋愛の実話を本人達が演じているとても不思議な映画。舞台は、ロンドンもブエノスアイレスも出てくるのだが基本的にはパリ。セーヌ川のほとりでタンゴを踊って、ふと空を見上げると雪が舞い始める、と映画ならではのシチュエーションだけどパリとタンゴもなかなかの組み合わせだと思った。ブエノスアイレスが南米のパリなのではなくて、パリがヨーロッパのブエノスアイレスなのかもしれない。ま、超初心者があそこまで短期間であんなに踊れるようになれるならどんなに楽しいか知れないが。でも、映画にはイヤというほどタンゴのシーンが収められており、タンゴ好きにはタマラナイ映画だ。ちなみに、最後の最後まで大人の恋愛をタンゴという軸を基に描いたこの映画。本当に素敵なのだが、唯一にして最大の誤りはラストに流れる、サリーが(?)英語で唄うタンゴにある。あれで全ては台無し。映画の序盤でサリーがパブロに聞く「どうしてタンゴを選んだの?」パブロは答える「僕がタンゴを選んだんじゃない。タンゴが僕を選んだんだ」これが、別の状況だったら主体性のない人間だなぁと思われそうだ。「どうして彼を結婚相手に選んだの?」「私が選んだんじゃないわ。彼が私を結婚相手に選んだの」でも、相手が実際は選ぶ意志を持たないものならかなり哲学的に響きそうである。例えば、「どうしてこの靴を選んだの?」「私が選んだんじゃないわ。この靴が私を選んだの」これで衝動買いも一瞬にして詩的になって煙に巻くことが出来る。しめしめ、と思い忘れないうちにネタ帳に書き込んでおいた。とりあえず、「タンゴが私を選んだ」とヌケヌケと言ってもおかしくないくらいに練習に励まなければ。
2005.05.26
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今週は何となく仕事に余裕があるので思い立って机の整理を始めた。上司に頭に来て激情で辞表を叩きつけたり、とんでもないミスをして即日クビになったりしたときにはきっと机の整理なんてしてる暇はないだろうから。転ばぬ先の杖である。要らないものを(たぶん要る物も混じってる)ドカーンと捨てた。仕事を始めたばかりの頃に要点をまとめたメモとか専門用語のドイツ語ー日本語対応表とか全部捨てた。残っているのは未処理の書類の山だけである。嗚呼、すっきり。これでいつでも辞められる。これでクビになっても大丈夫。と、思ったら人事課長が一人ずつに回ってきて給料明細を手渡してくれた。金額をチェックして、無駄に円換算したりしてみて封筒を鞄にしまう。取り合えず、次の給料日までまた頑張ろうっと、と思う。毎月同じことの繰り返しである。こうやって定年を迎えるのかもしれない。これじゃあ、まるでアレである。ウマの鼻先に人参をぶら下げて、ウマを啓発する古典的(?)なアレ。…アタクシの鼻先には、給料明細が。
2005.05.26
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来週の金曜日にマークがわざわざこの街に来ることになっている。マークは本当にいい人だと思った。賢くて、大人で、優しくて、ロマンチックだ。申し分がない。敢えて欠点を挙げるとすれば、ドイツ人の外見でドイツ語を話すのに感情の起伏や思考回路がイタリア人なので、話していてどうも調子が狂うことか。マークを見ているといつも不思議とヨハンのことを考える。興味のないことはまったく覚えられなくて、時々子供みたいに羽目を外して、全然優しくなくて、雰囲気なんて考えないくらいリアリストだったヨハンを。申し分がない、なんて口が裂けても言えない人だった。ぶつかったり、転がったりすることが判っているのに、それでも疾走するのを止めない躍動感溢れる野生動物のような人だった。そもそも、とてもイイ人、と一つずつ長所を挙げていけるようではヨハンとの出逢いには敵うはずはない。多分、ヨハンといたら全然幸せになれないし、ヨハンはアタクシと合うわけはないし、とわかっていても感電したみたいにヨハンという人間の全てに惹かれた。それがそういう出逢いだったからなのか、ただ単にアタクシが青かっただけなのかわからないけれど。これからも新しい出会いのたびに、もうヨハンのような人とは会うことはないのかなぁ、と考えて無駄に寂しくなるのかもしれない。マークがイイ人なだけに、胸が痛い。
2005.05.25
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『ブエノスアイレス』という偉大なゲイ映画がある。この映画が公開された頃、ちょうど音楽としてのタンゴが好きになった時だったので題名に惹かれて観た。恋人(男)と別れた主人公(男)があまりにも意気消沈しているので職場の後輩が「地の果てに先輩の悲しみを捨ててくる」と言い、これに思いの丈を録音するように、ヴォイスレコーダーを渡す。その後輩がイグアスの滝で再生するとそこには主人公のすすり泣く声だけがかすかに聞こえてきた。映画のクライマックスだ。地の果てに悲しみを捨てる、ということにそれ以来憧れていた。そしてそれはイグアスの滝ではならないような気がしたし、そのためにはブエノスアイレスにまず行かなければならないような気がしていた。「フィヨルドじゃダメ?」と、代替案を思いついたのはノルウェー人の友人である。ウォン・カーウァイと村上春樹が好きな素晴らしい好青年で人生の半分以上を日本で過ごしている。「今でも僕の故郷は日本だって思ってる」と言い切れるほど日本に強い思い入れがある。昔、ヨハンから指輪を貰ったことがあった。特別な意味のない贈り物だったけれど、彼が生まれ育った荒涼とした場所で採掘される特別な金でできていて、そこは「まるで月面にいるような」場所だそうだ。自分の誕生日や何かの記念日に貰うよりも、ヨハンの生まれた場所で取れた特別な金でできている、というほうがアタクシにははるかに重要な気がしていた。アクセサリーというアクセサリーは普段殆どつけないアタクシが唯一肌身離さずつけているのがその指輪だ。この指輪をいつか「地の果て」に捨てようとずっと思っていた。その場所がイグアスの滝だったら捨てることにも後悔はしないだろう。友人に言われてからフィヨルドの写真をネットで見てみた。夜の鳥、という大好きな児童文学で「パパは木靴を履いてフィヨルドへ散歩へ行ってしまった」という場面が出てくる。それから中学の地理の教科書に載っていた写真。そのくらいしかアタクシの中にフィヨルドの情報はない。気が付けば、アタクシはずっと北上を続けて引越しを繰り返している。赤道に程近い国で生まれたアタクシが今は北ドイツにいる。アタクシにとっての地の果ては、北の果てなのかもしれない。と、あれこれ理由をつけてノルウェー行きの飛行機の時間を調べてみる。SASのマイルも貯まっているのでヨーロッパ内無料往復ができる。嗚呼。ただ単に休みが欲しいだけなんだ。アタクシ。
2005.05.25
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どうも、アタクシは年下の男が苦手である。兄弟、親戚にも程よく年下の男の子がいなかったしプライベートではいつも自分より年上の人とばかり友達になっていたから、扱い方が良くわからないのだ。そのアタクシの交友関係の中で唯一の年下の男友達からメールが来ていた。『結婚することになりました』。嗚呼、アタクシより2歳年下の男の子が結婚してもおかしくない時代になったか。いつも日本に帰るたびに一緒に三宿で鍋焼きうどんを食べた。弟がいたらきっとこんな感じなのかなぁとその度に思っていた。彼もいい加減大人なのに、「年下」という先入観でやることなすことが全て背伸びをして見える。たった2歳しか違わないのに。「オレさぁ、きみは結婚に向かないと思うんだよねー」と、いつも生意気そうにアタクシに諭していた。6年も友達だからアタクシの身の回りに起きた多くのことを知っていて、それを基に彼なりに論じたいのだろう。俵万智のエッセイに「弟の結婚」というのがある。10歳年下の弟が結婚することになり、式の当日は母親よりも彼女自身がさめざめと泣いていた、という話だ。彼からのメールを貰って、そのエッセイをふと思い出した。誰も良さを判ってくれなかったお気に入りの短歌を物凄く気に入ってくれたこと。美味しい鍋焼きうどんを探して東京中を散策したこと。遠距離恋愛の彼女と会うためにいつもバイトに精を出してたこと。アタクシがアタクシなりに知っている6年間の彼を思った。今まで、兄弟に姉がいたらよかったなぁとずっと思っていたけれど弟がいても悪くなかったかもしれない,と一瞬思った。そして、その次の瞬間、やっぱり弟がいなくて良かったと思った。きっとアタクシも俵万智のように大泣きをしてしまっただろうから。「『結婚することになりました』じゃなくて『結婚することにしました』でしょ?」と、素直になれないメールを送った。本当に弟がいなくてよかった。
2005.05.25
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「あなたにとって腕時計とはどんな存在か」その質問に対する答えがその人の恋愛観を表しているという一種の心理テスト。自分も含め何人かの回答を聞いたが、かなり当たっていると思う。アタクシの親友は「安くても自分が気に入ればそれをいつまでも大事にしたいと思う。でも自分の一番気に入っている腕時計は2年くらい壊れたままだけどどうしても手放せなくていつも手元に置いてる」と言っていた。本人と、事情を知る人には唸ってしまうくらい核心を突いた回答だ。アタクシの回答は、人間性を疑われそうなので書かないが。昨日、時計屋に腕時計を修理に持っていった。この仕事を始めた頃常に時差を頭に入れながら働くことに慣れていなかったので2つの時間が一度に把握できる時計を贈られた。それがちょっと前から動かなくなっていたのだ。ドイツ時間のほうはまだ動いていたし、止まったのが日本時間だったことが何故かアタクシを安心させた。でも、電池を交換してもらったらまた日本時間を刻むようになった。「こっち(ドイツ時間)の電池も交換しましょうか?」と聞かれたのでお願いします、というと。「ああ、こっちはまだまだ電池があるから大丈夫ですよ」と言われた。文字盤を眺めていると、ドイツ時間が7時間遅れて日本時間を追いかけているのが不思議に思えてくる。その差は縮まらず開きもせず。そのうち、追いかけているのが日本時間で、追いかけられているのがドイツ時間のようにも思えてくる。不思議だ。時計屋のおじさんが言った「ドイツ時間の電池はまだあるから大丈夫ですよ」という言葉がアタクシの生活全般について言われたようで励まされた。何となく。
2005.05.24
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ヨハンと久しぶりに話をした。どちらからとも決めた訳ではないのだけど、ほぼ定期的に近況報告をするのが習慣になってきている。彼は相変わらずエネルギーに溢れていて、理論的で淀みなく生きている。アタクシはヨハンと話すと見栄とか虚勢とかが消滅し何もかもを話してしまう。誰にも話していなかった心のモヤモヤを伝えようと一生懸命だった。お化けを見たと小さな子供が必死に大人に説明するみたいに。話をしているうちに愚痴のようになってきて「嗚呼、あなたみたいな面白い人がここにもいたらよかったのに」と、思わず本心が口からこぼれた。電話を切って、素直にこれからヨハンと出会う人を羨ましいと思った。あの人の横暴さに翻弄されながら、その中の紳士的な部分に関心してダイナミックなところを痛快だと思いながら持ち合わせた繊細さに儚さを感じて理路整然としていつつ美しいものを見聞きすると涙を流す心の揺れを素直に表したりするヨハン。近しい友人になる人でも、そうでないただの知り合いであれこれからの時間をヨハンと共有していく人がただただ羨ましい。その人たち一人一人に彼には手を焼くかもしれないけど、本当に素晴らしい人間だから彼をどうか宜しくお願いしますと頭を下げて回りたい気すらする。ヨハンがアタクシの中に残した、忘れられない言葉や時間や表情が時々物凄くアタクシを辛くさせるけれど、それらがあってよかったと心から思う。それから、今でもまだ遠くからアタクシの行く末を心配してくれるヨハンに苛立ってしまう一方で、これは彼の優しさではなくて正しさなのだと思い、そう思うとそれはどこまでも彼らしいしそういう正しさを持ったヨハンを世界中で一番好きだったんだからやっぱりこれでいいんだと思えてしまう。これでいいんだ、と。
2005.05.24
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どんどん好きになってどうしようもなくなりそうな予感。その予感に溢れながら毎週月曜日は夜23時に帰宅する。タンゴのレッスンから。「多趣味は無趣味」という言葉を自戒のように思い出すことがある。いろいろなことに向けるエネルギーを一つのことに集中させていたら、たった一つでも眼を見張るほど秀でていたかもしれないといつも思う。それを知り合いに言ったら、趣味は多いほうがいい、と反論された。視野と交友関係の面で趣味は多いほうが人間を豊かにする、と。湖の周りをグルグル走っているだけでは視野も広がらないし誰かと友達になることも難しい。でもその人の言葉の意味をアタクシはタンゴをはじめて何となくわかりかけている。地下鉄や街で見かけても友達になれそうもなさそうな、年齢も職業も全然違う人たちが一緒になって不器用にタンゴを踊っている。壮観だ。普段はダニエル君がパートナーだが、パートナーチェンジの時間になってもそれはそれでとても楽しいと思えるようになってきた。多趣味も悪くないかも。鏡に映った姿を見て愕然とするくらいヘタだけどダンスのある生活というのはなかなか素敵だ。それがずっと大好きだったタンゴなんだからもっと素敵だ。ヴォルフィには「あれ?今日タンゴの日?口にくわえる薔薇は持参してないの?」と、いつもからかわれるけど。
2005.05.23
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地下鉄で一生懸命日本語の勉強をしている女の子を見かけた。多分18とか19とかそのくらいの子で、ファイルを広げて人目も憚らずに必死に練習問題を解いている。「あの子、日本語やってるよ」と、ヴォルフィに耳打ちをするとちょっと興味深そうに見て「ま、デンマーク語より役に立つよね」と意地悪そうに言った。ヴォルフィは、アタクシがデンマーク語に傾倒しているのをとても不思議がっている。「あんな言葉、誰も話してないのに」と。人はよく学ぶ言語を「役に立つ」か否かで決める。英語は国際語だから。これからの時代は中国語。スペイン語なら南米でも通じて便利。云々。それはとても真っ当な意見だと思う。せっかく勉強した言語が世界の広範囲で通じた方が便利だしビジネスチャンスを広げられたりしたほうが有利だと思う。でも、アタクシの基準にはならない。デンマーク語もスウェーデン語もそういう視点から見ると本当に勉強する価値のない言語だ。これから始めたいと思う、ノルウェー語とバスク語もしかり。他人から見て、無益だと思うようなことに意味を見出して一生懸命でいる人間になりたいと思う。夕日の差し込む地下鉄の中で、日本語を一心不乱に勉強していたあの女の子はキラキラと本当に眩しかった。
2005.05.23
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ローラーブレードでシリモチをついたので左のオシリに蒙古斑のような青いあざが出来ていた。キチンと椅子に座るのも難儀なほどの痛さである。こんなに脂肪が多いところにあざができるとは、凄まじい衝撃だったに違いない。そんな痛さも、ひどい靴ズレも取り合えず無視して今日は2週間ぶりのタンゴである。嗚呼、楽しみ。昨日の映画『トニー滝谷』はとても深いような、しかし深く見せようとしているだけで本当はそうでもないような不思議な映画だった。個々の今までの人生によって本当に色々な捉え方が出来る映画だと思う。「彼女に会って、それまでの自分がどんなに孤独だったのか初めて知った」その言葉が胸に切なく突き刺さった。そしてトニーは再び孤独になる。以前の孤独さとは比べ物にならないくらいの救い様のない孤独さだった。嗚呼。本当に辛いのは独りでいることと、独りになることのどっちなんだろう。
2005.05.23
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昨日のローラーブレードの靴ズレのせいでジョギングシューズをはいても痛い。走り始めて800メートルで家に戻ろうと思ったが結局15KM完走。その間、ずっと”伴走”してくれたタンゴに感謝。iPodがジョガーにもたらした功績は計り知れない。今シーズンの目標は30KM。15KMが取りえず難なく走れるくらいまで体力が戻ってきたので来週は23KMに挑戦。かなり走りこんでいた去年の夏ですら2回しか完走したことがない距離。辛そう。ジョギングも好きだし、水泳はゆっくり休み無く3KM泳げるしタンゴはライフワークになりそうだし、ローラーブレードも転んでも笑っちゃうくらい楽しい。だけどどれもこれも相対的に上手いわけじゃない。だいたい、アタクシは子供の頃から非常に運動神経が鈍かった。体育の授業はいつも惨憺たるものだった。秋になると体育大会のせいで憂鬱になった。そんなアタクシの暗い青春時代(?)を支えていたのは父が幼少のアタクシに言った言葉だ。「どんなことも、出来なくても好きでいることが大事だ」そして高校になると事態は一変した。父の言っていたのと同じように高校では「好きこそものの上手なれ」と、得手不得手とは別に好きになることの大切さを学んだ。水泳もジョギングもあの3年間がなければ今こんなに好きになっていなかったと思う。下手でも好きでいることが大事。何をしているときでも自分に言い聞かせる。だから下手なドイツ語も今でもこんなに大好きだし、なかなか上達しないデンマーク語も懲りずに続けられる。だからまだまだ新しいことを始めたくてウズウズしている。
2005.05.22
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3時間ローラーブレードを練習したらヘロヘロ。まだまだ初心者なのでまっすぐな平らな道をひたすら走っているだけなのに。走り始めたらなかなか止まれない。いわば、猪突猛進。ちょっと違うか?普段使わない筋肉を使ってヘロヘロ。
2005.05.21
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従兄に子供が生まれ、珍しい名前を付けた。でも最近は『珍しい名前』という概念自体がないも同然になってきているのかもしれない。よく言えば今までの固定概念に捉われないとてもユニークな名前、悪く言えば名前の枠を逸脱したような名前、がゴロゴロしている。とかいいつつ、アタクシの名前も当時にしては『珍しい名前』に分類された。読書家である父が当時読んでいた本の主人公の名前からとった。普通に人が生活をするように生きることができない女の子が自分の居場所を探して最後には別の世界に帰っていく話。この名前の響き自体はアタクシに合わないと思っているのだが、この話は何だか示唆的で泣けてくる。名は体を現すというのは本当なのだ。あまりに珍しい名前すぎて、最初にヨハンに会った時「僕のことを警戒して、嘘の名前を名乗ってるのかと思った」と思われたほどである。ドイツ人はアタクシの名前を性格に発音できないが、名前の意味を説明するとさかんに感心される。随分と長いことアタクシは自分の名前が大嫌いだったけどいつの頃からか本当にいい名前だと思うようになった。沢山の大切な人たちに呼ばれてきたことでアタクシはやっとこの名前を自分自信と同一視することができたのかもしれない。「絶対にこの子は非凡な子になると思ったから、普通の名前じゃダメな気がしたのよ」と母が『珍しい名前』を付けたいきさつを話してくれたことがあった。この名前を付けてくれて有難う、と普通はお礼なんて言わないのかもしれないけれど、アタクシは来るべき時がきたら親に言いたいと思う。長い時間をかけてやっと好きになることが出来たこの名前。アタクシと同じ名前を持った本の主人公は、自分のいるべき場所にたった一人で行ってしまう。唯一の理解者だった人が「僕はいけないよ。僕のいるばしょはここなんだ」と言ったから、彼女は一人でこの世界から消えて、彼女がいるべき別の世界に帰っていく。泣きながら。示唆的な物語から示唆的な名前を貰った。それがまるで運命を決めてしまったかのように。
2005.05.21
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湖での花火大会だったが、湖畔は凄い人ごみなので湖畔に社屋を構えるダニエル君の職場の屋上で見た。社屋といっても外から見ると19世紀に建てられた瀟洒なマンションであり、ティモシーの自宅もそこにある。花火は綺麗で、本当に綺麗でうっとりした。日本にいるみたいだなぁと思った。今日、昨日発券してもらった航空券が届いた。会社でもいつも使っている旅行代理店なので物凄く融通が利いて、後払いオッケーでクーリエが会社に届けてくれる。いっそのこと請求も会社にいけばいいのに。それに引き換えダニエル君の分はインターネットの怪しげなサイトで申し込んだので(しかも電話)ちゃんと発見されるか不安である。これであと半年、日本に帰ることを心の支えに頑張れそうだ。唯一問題はここまで早めに段取りをつけておきながらまだ休暇の申請をしていないことである。却下されたら笑い話にもならない。
2005.05.20
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「携帯電話は携帯していないと意味がない!」と、よく上司に怒られる。しかし携帯していても意味がないほどアタクシの携帯電話は鳴らない。携帯に電話をかけてくるのは上司とヨハンくらいなものだ。携帯していても上司からの電話は見なかったことにすることにしているし、ヨハンの電話を逃しても彼はメールを書いてくる。「コムスメ、電話に出ろ。お尻ペンペンだぞ」とか何とか。だから、たまに見知らぬ電話番号や番号が表示されない電話が着信履歴にあるのを見るとどきっとする。一瞬、アタクシが登録をし忘れたり、もう消去してしまったりしたとっても大事な人からの電話番号かと思ってしまう。勿論そんな音信不通になった素敵な元恋人なんているわけもないのだがなぜ電話に出なかったのかと地団太を踏んで後悔する。そしてそれがドイツ以外の国番号からだとほぼ謎解きレベルである。国番号33って何処の国だっけ?と周りの人に聞いて首をひねる。嗚呼、ガイコクから電話をかけてきてくれる男(何故か男だと思い込む)がいるんなんて・・・。と胸が高鳴り頬が薔薇色に染まる。しかし、その甘酸っぱい気持ちはすぐさま消える。非通知や未登録の電話番号の電話は大抵いかがわしい電話である。電話に出ると「メッセージを聞くには暗証番号を入力してください」とかアナウンスが流れる。暗証番号なんて知らない。今日は仕事中に眠くなって10分ばかりトイレで寝て帰ってきてみると着信アリの表示。国番号はイタリアだった。実は先週末から今週の頭にかけて仕事でイタリアの取引先とかなりもめたのでまだまだその余波があるのかと思って一瞬悪い汗をかいた。電話の主はマークだった。祖母の御葬式に出るとかでイタリアにいるらしく、「せめて君はいい週末を」とメッセージを残してくれた。妄想したように、ガイコクから男が電話をしてきたもののそこまで胸が高鳴ったりはしなかったが。ヨハンが電話してきてもマークが電話をしてきても取り合えずアタクシは嬉しいのだが、せめて上司が電話をしてこないように携帯を買い換えたいと思っている最近である。
2005.05.20
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今日はこの街の花火大会である。移動遊園地や大晦日に催されるヘボいのとはけたが違う日本の花火大会である。年に一度、この時期に開催される。桜が好きなように、花火も好きなアタクシ自身を日本人だなぁと思う。そのどちらにも日本で過ごした季節の思い出があるから特別な想いがある。東京湾花火大会や、隅田川花火大会、横浜開港祭花火大会山下公園花火大会などメジャーなものから青梅の名前も思い出せないような町の花火大会や、亡くなった祖母と一緒に行った花火大会みたいな小規模なものまで花火と記憶が強く強く繋がっている。去年はこの花火大会を見た夜に夢に祖母が出てきた。長く暮らした海外から戻って、生まれて初めて見た大きな花火を祖母と2人で見たのだ。もう何年も前のことなのに今でもその夜のことを鮮明に思い出すことができる。夢の中で祖父と一緒にアタクシが学生時代をすごしたドイツの坂の多い小さな住んでいる祖母を訪ねた。夕焼けが綺麗な時刻になってアタクシは来た道と反対の道の坂を上がって帰ろうとすると祖母に呼び止められて「お母さんに、今でもとても好きだよって伝えてね」と言われた。そんな夢だった。世界のどこかで誰かが花火を見て、遠い昔にいつかアタクシと花火を見たことがあったっけなぁ、と一瞬でも思い出してもらえていたら、そんなことを知る由もないけれど、なんとなく温かい気持ちになる。思い出を共有している人はいつになってもどこにいてもそうやってどこかで繋がっているのだと思いたい。
2005.05.20
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何故か最近食欲が落ちた。ただ単に一ヵ月半平日に毎日食べつづけたMr.Clouのツナサラダ3ユーロに飽きただけなのかわからないが最近のお昼ご飯といえばバナナとココア。朝ご飯はバナナシェイク。夕飯はWASA。WASAは食べていると口の中が痛くなるくらいKNACKINGだ。しかしバナナの消費は凄い。エクアドルの人から栄誉国民になってくれとオファーがくるかもしれない。ただ単に料理が面倒くさいのかと思われそうな食生活である。バナナといえば、「アイツはバナナだ」という卑語(?)が日本にあるそうで。今日初めて知った。外見は日本人(黄色い)のに中身は外国カブレ(白い)人を蔑む表現だとか。日本で働くことになったらビジネスの面でそういわれないように今から日本的にキチンと働いておくように、というお説教の一環である。そういえば、常々ヨハンにも「僕は日本人の女の子を沢山知ってるけど君は彼女達に比べるて全然違う」と言われていた。それはいい意味でも悪い意味でもなく、彼なりの視点で見た事実をありのままに述べているだけだったのだが。〇〇〇らしい、とか、〇〇〇らしくない、という言葉が嫌いである。アタクシはアタクシでいたい。「君らしい」とか「君らしくない」とか言われた方が嬉しかったり胸に突き刺さったりする。昨日、友人と電話で話していてブツブツと恋愛関係の話を愚痴ると「そんなの君らしくない」と言われた。「一般論に迎合するなんてどうしたんだ?」と。嗚呼、本当だなあと自嘲してしまった。普通、と呼ばれる生き方にことごとく反して生きてきたのがアタクシらしい生き方ならまだまだそれを全うしなくちゃいけないんだなぁと思った。思いもよらない果実の色が顔を出す果物のような人間でありたい。それが「わたしらしさ」なら。
2005.05.19
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日本語が驚くほど上手な外国人というのは以外にゴロゴロしている。アタクシが知る人の中で、学習暦、滞在年数などいろいろ考慮に入れて、一番完成された日本語を話したのはライアンだった。話しても、書いても、学習と体験を通じたバランスの取れた自然な日本語を話したし、自分で造語を作ったりもできるほど日本語という言葉に慣れていた。そして彼の喋るドイツ語も同じように自然で彼の性格が反映されたものだった。少し話しただけで頭のいい人なんだな、とわかるような、彼の外国語へのスタンスはそんな感じだった。しかしみんながみんなそうなれるわけでもない。ヨハンの日本語は実地(体験)によって習得した口語調でアタクシはそれがとても嫌いだった。何となく軽薄な感じがして(実際、彼は軽薄なんだけど)。かといって、机上の学習だけで学んだ日本語を聞いているとこっちにまで肩に力が入ってくる。きっとアタクシのデンマーク語もこんな感じかもしれない。ダニエル君がやっと日本語を勉強し始めた。中学一年生のTHIS IS A PENレベルで、「コレ ハ ホン デス。アレ ハキョウカショ デス」という初歩の初歩。微笑ましくもあり馬鹿馬鹿しくもあり。「嗚呼ー。僕には語学の才能がないー!」と言いながらへこたれ気味である。語学は才能というよりも言葉に対する好奇心が大事だと最近アタクシは思う。ダニエル君がライアンみたいに日本語が喋れるようになったらなあと思いつつもドイツ語以外の言語でダニエル君と話す滑稽さも感じる。しかもそれが日本語だったらさらにアタクシのガミガミ具合が増すだろう。
2005.05.19
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最初に念のために言っておきますが普段の生活でダニエル君をあからさまに邪魔者だと思ったことはない。殆ど。しかし、所変れば何とやら。11月に日本にちょろっと帰ろうと思って今のうちから安い航空券を物色していた。ダニエル君も去年からずっと日本に行きたくてパスポートまで取っておいたので今回ばかりは一緒に行くことになりそうだ。510ユーロ。日本人料金である。日本国籍以外の家族配偶者580ユーロ。赤の他人860ユーロ。かなりの違いである。一人だったら510ユーロをさっさと買ってさっさと飛べたのに、わざわざダニエル君のためにインターネットで血眼になって格安でしかも時間的にロスがない航空券を探した。「アタシ、510の航空会社で飛ぶから貴方は自分で安いのを探して別々に飛びましょ」と危うく口からでかかったほど苦労した。イライラ。結局、510よりは高いがその分空港税が安いため、トータルでは幾分安めな航空券を見つけた。しかもマイルが貯まる。完璧。しかし、ダニエル君「お金がないから払っておいて。近いうちに振り込むから」とのこと。「ありがとう」の一言もなし。むかっ。アタクシの金はアンタの金じゃない。と、思ったら日本滞在も何だか面倒くさくなってきた。日本語もわからない、パスネットとスイカも使い分けられない、ろくにお礼も言えない、気を使えないから他人が気を使っているのもわからない。こんな三十路男の手を引いて東京はおろか日本中(?)をねりあるかなければならない。子連れ行脚のようである。嗚呼、日本に帰ったら仲良しのジムやら元ボスやら心の友Jやら前のバイト友達の女の子や高校時代、大学時代の友達やらと美味しいものを食べに行ってダラダラお茶をして、大きな本屋を見尽くして、散歩して、母親と買い物に行って、たまには一日中家でゴロゴロして、思い出の場所めぐりをして・・・これに全部全部ダニエル君がついてくるなんて、考えられない。考えてみて暫し唖然。そんなアタクシの気持ちも知ることなく、当のダニエル君は日本語を勉強する気配もない。むかむか。というわけで、昨日寝る前に言った。「私は貴方の通訳で日本に行くんじゃない。ドイツ語やドイツの生活をチョットの間忘れて、充電するために帰るのに、右も左もわからない貴方がずーーーーっと一緒にいたんじゃかえってストレスになる。私だけじゃなくてウチの親だって、食事やら何やらにアレコレと気を使って日常をかき乱されるかもしれないでしょ。そんなときにお礼の一つも言えないでどうするの?日本語もわからないくせに友達と会うときも同席してつまらなそうな顔されたら私の友達だって落ち着かないでしょ。貴方が不慣れな地に来ているってみんなわかってるからないがしろにはしないと思うけど、それが当然だと思わないで。みんな私の大事な人たちなんだから無礼なマネをしたら絶対に許さないわよ。せめてちょっとくらい日本語を話そうと努力してみたらどうなのよ?あと数ヶ月あるから礼儀の面でも言葉の面でもちょっとは努力したら?」嗚呼。鬼のようだ、アタクシ。ダニエル君はヨーロッパから足を踏み出したことがないからきっと全然想像つかないんだ、と自分に言い聞かせてみた。言葉わからない、右も左もわからない、巨大都市にいる自分を想像するとアタクシは脂汗をかきそうである。しかし、ダニエル君はアタクシがいるからどうにかなると思っている。そこが気に入らない。それこそアタクシがいるんだから覚えるべき日本語なんてちょっとで済むわけで、さっさと始めてさっさと使いこなせるようになればいいのに。ヴォルフィなんてアタクシの誕生日(一月)にむけて「お誕生日オメデトウございます」をスラスラ言えるようになろうとすでに練習してるっていうのに。この果てしない愚痴を日本のアメリカ人の友達に聞いてもらったら「言葉もわからない、右も左もわからない状況で頑張ってきたからその状況を甘く見ている彼が許せないんじゃないのか」という結論に達した。過去の日本滞在中に「ああ、ダニエル君がいたらなー」と思ったことはたまにあったけどその度に「でも絶対にイライラしたに違いない」と思い直してきた。嗚呼。ホント、いらいらしそうである。
2005.05.18
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Der Spie〇elのパーティには結局行かなかった。いつもはジーパンとTシャツで仕事をしているヴォルフィがいきなりスーツで気合が入っているのを見たら何だか自分が場違いなような気がして。しかし、仕事帰りに立ち寄ったヴォルフィのオフィスでついにマークと会った。スラリと背が高くてなかなか素敵な感じの人だった。人見知りなのか控えめなのかわからないけど物静かでだけど常に周りに気を使って的確なことを喋りポジティブでロマンチスト。そんな第一印象。そんな人のどこをみて「アタクシと波長が合う」と言いたかったのかヴォルフィの発言は理解できないが。この人がヨハンみたいな破天荒な性格だったら素敵だったのになぁ、とボンヤリ思った。次回の出張は6月2日らしいのでそのときこそ寿司をご馳走にならなければ。今日は先週のリベンジでプラネタリウムに行く。しかし先週のは特別上演で今日のは通常上演。昨日に引き続き今日も面倒である。しかし昨日の教訓(?)をもとに、今日はジーパンではない。嗚呼、昨日のパーティが今日だったら・・・。
2005.05.18
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何だかんだいってヴォルフィにはいつもお世話になっている。ゲームに夢中なダニエル君と毎日アフター5を過ごしていたらどんなに退屈だっただろう。ボンヤリとヨハンのことを考えてメソメソしていたかもしれない。だから、次こそはアタクシが映画に招待しようと思ってメールで招待状を書いておいた。日本映画祭で上演される『トニー滝谷』『日本の俳優で一番好きなイッセイ尾形とBILDSCHOENな宮沢りえとCOOLな音楽を作る坂本龍一しかもアタクシの大好きな村上春樹原作。アタクシの大好きが詰まった映画にご招待します。』ヴォルフィは坂本龍一のLP(CDじゃなくて)を持っている。もちろん村上春樹もドイツ語版を何冊か読んでいる。愛煙家で酒飲みだけど基本的なところではとても文化的だと思う。そりゃぁ、Spie〇elのパーティにも招待されるさ。「じゃ、金曜日と日曜日のどっちがいい?」と、聞くと「え??今決めるの?だって、金曜日か日曜日でしょ?」「え?もう今週末だよ。今日、もう火曜日だし!」・・・いつも本当にお世話になっているんだけど、どうも基本的な計画力が違うらしい(企画力は彼のほうが上だけど)。それにしても楽しみである。映画。
2005.05.17
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嗚呼、連休が終わった途端いい天気。ベルリンは連休中もそこそこいい天気だったらしい。ノルウェーは4連休らしい。住む国と住む州を間違ったといつも思う。お見合いは、いきなり2人で会うんじゃキツイからとヴォルフィがいいだして今日のSpie〇el TVが主宰するBALLに行くことになった。ただ単にヴォルフィが3日間ベルリンに遊びに行っていて昨日早めに帰ってくるのが面倒くさかっただけだとアタクシは勘ぐっているのだが。嗚呼、それじゃあアタクシの好きなZWIEBELFISCHの主宰とも会えるかな、と一瞬楽しみにしたのに、それはSpieg〇l Onlineの方だった。そもそもアタクシは直接招待されてないし、しかもマークに至ってはSpi〇gelのライバル週刊誌の出版社の親会社の社員なんだし、こんな2人が紛れ込むのはまずいような気がする。ただ気が乗らないだけなんだけどさ・・・。こう天気がいいとジョギングに行きたくなるし、今晩は見たいテレビもあるのに。あまりのやる気のなさにジーパンとコットンセーターで出勤してしまった。しかもスッピン。やはり一度家に帰って出直したほうが言いに違いないがそれは非常に面倒臭い。何もかもが面倒くさい。
2005.05.17
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今、日本で公開されている『CLOSER』という映画。節操のない男女4人を描きつつ「大人の恋愛」みたいに銘打ってるところが言い訳がましくて気に食わない。ジュリア・ロバーツも随分歳を取ったなーというのが強烈でその他は特質すべきことのない映画。いや、ナタリー・ポートマンは可愛い。ホント。こんなことを書きながら、アタクシはこの映画を数え切れないほど見た。一番最初は今年の1月、ヤナ姉さんと観た。とにかく、オープニングとエンディングに流れる歌が気になった。そして、ヨハンに会いに行く飛行機の中で何度も繰り返し観た。高揚する気持と逃げ出したい気持が自分の中で闘っていた。そのときもあの歌が流れていた。ずっとずーっと誰の何という歌なのか気になっていた。Damien Rice。なかなか雰囲気のある人だとおもう。 この歌を起用したことだけで、この駄作映画に合格点をあげたくなるくらい、切ない歌だ。and so it isjust like you said it would belife goes easy on memost of the timeand so it isthe shorter storyno love no gloryno hero in her skiesi can't take my eyes off of youand so it isjust like you said it should bewe'll both forget the breezemost of the timeand so it isthe colder waterthe blower's daughterthe pupil in deniali can't take my eyes off of youdid I say that I loathe you?did I say that I want toleave it all behind?i can't take my mind off of youmy mind'til I find somebody new
2005.05.16
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今日は夕方から一緒にお茶をする予定だった友達が「昨日プールに入った後ちゃんと髪を乾かさなかったからか風邪を引いた」と電話がきた。普段メールとSMSが中心なのにちゃんと電話をくれたところが大変よろしい。並行してダニエル君がバーベキューを計画していたのでそちらに行くことにしたのだが生憎の天気。曇り空で肌寒い。しょうがないのでダニエル君の友達の家のバルコニーで開催決定。バーベキューに向けるその情熱を他の事に転用してほしいものである。今日のメンバーは、ダニエル君と職場の友達二人とその彼女。このカップルはアタクシのジョギングコースの沿道に住んでいて、彼氏の方と道端でよく会うことがある。彼女は日本に留学していたことがあって、彼氏は彼女に会いに一年で2回も日本に行った。きっといい晩になるだろう。
2005.05.15
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肉を食べない、と知り合う人に宣言すると殆どの人はアタクシをベジタリアンだと思って、過剰なまでの気を使ってくれる。でもアタクシはベジタリアンではない。鶏肉は食べるし他の肉もたまには食べる。ただ、普通のドイツ人と比べてその頻度と一回の量を控えているだけである。理由はいくつかあり、それはドイツの肉の安全性とか女性ホルモンへの影響とか哺乳類への畏敬の念とかただ料理するのがイヤとか、諸事情が混ざり合っている。「今日は友達とご飯を食べに行く」と、ヴォルフィに言うと「何食べるの?」と聞かれた。「韓国・・・焼肉」と答えたアタクシに「肉?君はベジタリアンだと思ってたのに。嘘つきー!」と、いわれのない非難をされた。失敬な。いやぁ。焼肉は美味しくて結構な量を澱みなく食べた。最後はさすがに満腹でまったりしたけど。一緒に堪能したDucklingさんと、特別なもの(韓国焼肉)をたまに(いっぱい)食べれば、あとは暫く肉はいいや、って思えるからこれもありだよねー、という独自の理論を展開しながら。確かに、たまに食べるからこんなに美味しいのかもしれない。楽しくて満腹で満足で体中が匂う素晴らしい夜だった。
2005.05.15
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昨日、ヴォルフィ邸で寿司を食べながらあれこれ話していた。ヴォルフィに「君の生活には安らぎがない」といわれた。そもそもいつも仕事のことばかり考えている、と。しかも、のんびーりできるはずの週末も予定でいっぱいで「セカセカした余暇」だと。仕事のことばっかり考えているのは事実である。17時を過ぎると電気のスイッチを切るようにすぱっと仕事のことを忘れられるドイツ人たちのほうがアタクシには奇異rだし、彼らのように忘れようにも夜の9時に上司から「オフィスに至急戻ってください」と電話がある状況でどうやって切り替えられるんだ。そんなんだから週末にはとにかく平日にできないことをしたい。友達と沢山会って、いつもよりながくジョギングをして普段は行かない場所に行って素敵な場所を散策したい。時間を無駄にしたくないから、できるだけ事前に予定を立てたい。でもヴォルフィは違う。週末はのーんびりS地区のポルトガルカフェで朝ごはんを食べてさて、何をしよう、と友達と電話を始める。よく言えば柔軟で悪く言えば計画性がない。アタクシはよく言えば計画性があり悪く言えば・・・融通が利かない?それとも、ヴォルフィがいうようにセカセカと安らぎがないのだろうか。確かに仕事を始めてからかなりセカセカした性格に拍車がかかった。痛いところを突かれたようでちょっと凹んだ。ヨハンは、もっと凄い。車で長距離を移動するときは到着の目標時間を決めて、走行中の一時間ごとのラップを取っていく。ノルマとして定めたラップを下回るといつも少し機嫌が悪くなった。セカセカしていると認識しているアタクシもヨハンには「もうちょっとサクサクしろ!」と言われたものだ。驚きである。そういう意味でヨハンと一緒にいても安らぐことはあまりなかった。むしろその律された生き方に一緒にいる人間までシャキッとさせるような雰囲気のある人間で、その中で時々その一種の緊張感を彼は自由自在にコントロールできる人だった。嗚呼、でも社会人の毎日って計画性がなくちゃだめなんじゃないか?学生だったら柔軟すぎるほど柔軟でも時間があるからいいけど。と、自分に言い聞かせてアタクシは予定がいっぱいの3連休を『セカセカ』と満喫するつもり。
2005.05.14
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嗚呼。仕事が、本当に、忙しくてもう少しで眩暈のあまり吐くかと思った。今日は22時からタンゴで、多分夜明けまで踊って明け方からやってるフィッシュマーケットをひやかすというダンシング・クイーンもビックリの黄金コース。帰って仮眠を取ってから15Kmのジョギングをして消費した以上のカロリーを焼肉で取る予定。なんでこんなにあくせくしてるんでしょ。アタクシ。しかし実は昨日は4時間しか寝ていないため、一旦家に帰るとタンゴに行かずに寝てしまいそうなので、どうしようかなぁと思っていたら、ヴォルフィが「寿司を買っておいてあげるからうちにおいで」と誘ってくれた。ヴォルフィの家はタンゴ教室から程近いので一服茶屋のようで便利である。寿司かー。楽しみだなぁ。アタクシ、甘えびが好きって言ってあったっけ?(ドイツの普通の寿司屋ではお目にかかれないけど)すし食べて踊って走って肉食べて寝て走って・・・嗚呼。週末って素敵。
2005.05.13
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ヨハンの夢を見た。どんな夢だったのか思い出せないけどヨハンがいてくれたことだけは覚えている。昨日は仕事で泣きそうになって、その後ヴォルフィとジュネと笑ったのに結局電話で話しただけのヨハンの夢を見た。最近どう?という何の他愛もないことしか話さなかったのに。もしかしたらその後メールで写真を送ってくれたからかもしれない。ヨハンは相変わらず優しくなくて自己中でしょうがなかったけどそれでもやっぱりアタクシも相変わらずそういうヨハンと話すと頭でアレコレ考える前に安心してしまう。アタクシがドイツに来たばかりの頃、ヨハンはアタクシにちっとも連絡をくれなかった。慣れない生活で、一人で、寂しいのに、見捨てられたと思えて余計哀しくなった。でも、それはアタクシが新しい生活に早く慣れるように、彼なりの優しさだったのだと今は判る。ヴォルフィがアタクシを沢山の人に会わせてくれて、いろんな所に連れて行ってくれるのと、殆ど同じ優しさで、でも180度違う表現で。ヴォルフィたちのように、近くにいて優しさを優しさとして表現できる人の素直さも、優しさを優しさとして表現しないヨハンの強さも、どちらも物凄く愛しいと思う。「コムスメ、そっちはもう深夜だからもう寝たほうがいい。君は君の明日をちゃんと生きるように」そうやって眠りアタクシはヨハンの夢を見た。ヨハンといた過去は取り戻せないし、このままこれ以上近づくことはないけれど、離れているのにどこかでヨハンと繋がっていてどこかであの人なりの優しさを感じて生きて、眠りに落ちればヨハンの夢を見れれば、きっと彼を失ったと決定的に不幸になるなんてないような気がした。今日になった『アタクシの明日』は久しぶりの快晴である。
2005.05.13
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仕事のラスト2時間で問題が噴出して泣きそうになりながら各方面に電話した。あるときは平謝り、あるときは喧嘩腰で。結局プラネタリウムの20時からの回には行けずにヴォルフィと彼の友人のジュネと3人でとりあえずバーに行って軽く食事をした。ジュネは初めて会うのに、人見知り具合がアタクシと同じくらいでとてもくつろいで話が出来た。くつろぎすぎて22時の回の当日券が21時に発売になるのを逃してしまって結局そのままずっと話していた。嗚呼、何もかもにツキがない日ってあるんだなぁとちょっと凹んだ。でもヴォルフィとジュネが仕事のことでくよくよしているアタクシを一生懸命励ましてくれたので嬉しかった。ジュネはアタクシのタンゴ教室の目と鼻の先に住んでいることが判明したので、今度タンゴ教室の前に一緒に『キング・ケバブ』で一緒にケバブを食べようね。と約束をした。あと一日行けば3日休める・・・・。
2005.05.13
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「女は木星として生きてこそよ」と高校の頃の担任に言われた。彼女は当時50代前半。頭が良くて、若かりし頃はかなりの美女だったと明らかなほどの容姿と自信に満ち溢れた動作が見事だった。彼女曰く、何人もの男を衛星のように従えて生きていくことこそ女として生まれてきた醍醐味、なのだそうだ。そのくらいの視野の広さ、器用さ、度量の深さがなければ一人の男と付き合ったときも上手くいくはずがない、とも。極論である。Aくんと行った映画を、Bくんと行ったと思い違わないように引出しを作るといいわよ。A君専用、B君専用・・・・って。そこに映画の半券や旅行の写真を整理していくとうっかり間違ったりしないでしょう。オホホホ。そんなことも言っていた。これじゃ、ただの悪女である。しかし、昨日チラリと自分のスケジュール帳を見ると極論だの悪女だの他人事のように批判できない状況である。嗚呼、恐ろしい。師弟関係は骨の隋まで影響を与えるのか。そういえば「ちゃらちゃら着飾るものを買っているお金があるなら旅をしなさい。旅を。それが若いうちの賢いお金の使い方よ」と、言われて以来、ブラブラ旅行にばかり行くようになった。恐るべし。
2005.05.12
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仕事の後でヴォルフィとプラネタリウムに行く。多分そうなるだろうと思って、今日は天気もよくないし肌寒かったのにジョギングに行っておいた。調子は決して良くなかったのだが、気温の低さに助けられてゆっくりだけどちゃんと10KM走れた。金曜日はダニエル君と(また)タンゴBALLに行く。踊れば踊るほど楽しいし、コースの人たちとも仲良くなれてきてパートナーをチェンジしても緊張しなくなってきた。タンゴがダンスとしてこんなに楽しいとは予想もしてなかった。本当は楽しいのに先入観や固定観念が邪魔してチャレンジする気にもなれないことが世の中にはまだまだありそうだ。土曜日は、嬉しくて何度も言うけど、韓国焼肉である。普段は、ゼラチンを摂取するのも避けたいからHARIBOすら口にしないアタクシが、今から牛カルビを思い描いてヨダレをジュルジュル言わせている始末である。今日突然、知人から電話があって日曜日の夕方にお茶に誘われた。アタクシがよく知らないD駅を中心とする大学周辺のカフェだ。嗚呼。また新しいカフェに連れて行ってもらえる。楽しみである。そして月曜日はマークとのお見合い。お見合い、とアタクシが勝手に名付けたが、要はただ会うだけ。車で来るらしい。何の車に乗っているのか興味津々である。まさか会社の名前が大きく書かれたワゴン車のはずはない。会社から支給されている車ならAudi A6かBenz Cクラスか。ここで期待を裏切ってSMARTのカブリオレだったらアタクシは小躍りを披露したい。楽しい楽しい週末まであと2日。鬼のような上司からの嫌がらせに耐えなければ。
2005.05.12
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時々ドイツ人の色彩感覚がどうもオカシイような気がする。最近、一斉に街のゴミ箱が緑から赤に変った。緑はだと小奇麗な感じがしない、とかいう理由である。主張しすぎてなくていいんじゃいかとアタクシは思うが。赤はポストでしょ。緑のゴミ箱にいちゃもんをつける前に黄色のポストを、いやその前にメタリックXショッキングピンクの公衆電話をどうにかしようとは思わないのだろうか。緑の警察のユニフォームはそのダサさがドイツらしくて愛すべき存在だけど、この街の半数の警官はベタなアメリカ映画みたいな濃紺の制服である。パトカーも緑と青が半々である。一斉に変えたかったのに財政難のため2年ほどこの均衡が保たれている。だいたい、いかに市民から税金を巻き上げるかばっかり考えている行政が、ゴミ箱の色ごときを買えるためにどのくらいの血税を投入したんだろう。駅のポスターやらCAFEのFREE CARDやら随分アピールに金を使っているように見受けられたが。見ていて不快になるくらいケチなくせに、理解に苦しむようなところに自己投資して満足してるドイツ人そのものだ。色彩感覚のみならず金銭感覚も若干おかしいと思わずにいられない。ああ、緑でも赤でもいいじゃん、ゴミ箱はゴミ箱なんだから・・・。
2005.05.11
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週末に床ずれになるくらい寝たせいか憑き物が取れたようにスッキリしている。朝起きるのも辛くないし夜も結構長く起きていられる。寝貯めが不可能だというのは単なるフォークロアに過ぎなかったのか。この調子で食い貯めの真相にも果敢に挑戦したいところである。というわけでこの世紀の食いだめ実験を自らの人体を使って敢行。今週末は3連休なので土曜日に韓国焼肉を食べに行く。炭火でジュ―ジュ―やくドイツの中でもかなりの本格派。かなり美味しい。髪も服も身体も何もかも焼肉臭くなりながら頬張る。普段、極力肉を食べない生活をしているので胃がビックリしてもへこたれずに食べつづける。んー。体育会系。日曜日は前日の韓国焼肉のニンニク臭さを振りまきながらヴォルフィとMaischolleを食べに行く。これは5月に北ドイツで好んで食べられる魚である。白アスパラと共に北ドイツでは春の到来を告げる食べ物だ。月曜日は悲鳴をあげてきた胃を労わるために寿司。何しろヘルシーだと誰もが信じて止まない寿司。そんなドイツ人に「粗食の過食」という言葉を贈りたい。この日ばかりは(いよいよ)マークとのご対面なのであまりガメツクことができない。残念である。甘えび十巻を腹慣らしに食べたら引かれるだろうか。あまりの鮮やかな食べっぷりに「オトコマエ!」とか何とかで惚れられるかもしれない。危険な賭けだ。危険すぎる。これで週明け17日からまた修行僧のような食事に切り替えてどのくらい耐えていけるのか。非常にアカデミックな実験である。人呼んで「ドカ食い」実験・・・・。
2005.05.10
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ヴォルフィとアタクシの間で流行っている遊びがある。お互いのお気に入りのカフェを紹介しあうという無駄な遊びだ。行動範囲がかなり重なっているので楽しくないと思ったがこの街のカフェの数を甘く見ていた。最近はカフェに連れて行く前に魅力的な紹介文を披露することになっている。ヴォルフィはこの街に住んで長いからアタクシより沢山のカフェを知っているし、ドイツ人だから魅力的な文章も考えられる。ヴォルフィはどちらかというと小汚いカフェが好きだ。それが心地いいとかで。その中の一つが『YOKO MONO』勿論、日本が生んだ風変わりな有名人ヨーコ・オノをもじってある。何故か知らないが。ここはアタクシのタンゴ教室の最寄り駅のすぐ近くである。もともとこの最寄り駅は雰囲気が非常に悪い。パンクやらホームレスやらサッカーの3流チームファンやらの溜まり場だ。YOKO MONOも小汚いカフェである。狭い。狭いのに店舗の半分がビリヤード場になっている。椅子とテーブルの高さもちぐはぐで合わないし、客の喫煙率は90%を越える。そとのテーブルでは毛布を貸してくれる。ウェイトレスの辞書にはサービスという文字がない。客層も非常に興味深い人たちばかりだ。古着なのかただ単に本当に古いだけなのか判別しかねる服を着ているような人、ヒッピーのようでありながら小脇にDUDENを抱えているお姉ちゃんたち・・・。何だかアタクシだけ普通すぎて妙に浮いている。別に何の魅力も感じないのだが、YOKO MONOに毎週月曜日行く。タンゴレッスンが始まる前に1時間半そこで人間観察をしながら本を読む。隅っこで、タバコの煙に脅かされながら。こんな場末なカフェなので出入りする客は限られているし、ウェイトレスの頭数も少ない。だからアタクシも場末なカフェの常連にあっという間に仲間入りである。しかもこのカフェで、アタクシはヨーコ・モノ、と呼ばれている。こんなディープで洗練されていないカフェに定期的にしかも一人でやってくるアジア人女性なんていないのである。だからとっても珍しく、すぐに覚えてもらえる。いつも頼むフレッシュペパーミントティーが最近は自動的に出てくるようになった。カウンターでウェイトレスがホール担当に叫ぶ「これ、5番のヨーコ・モノに!」・・・アタクシのことらしい。ヴォルフィもこの前一人で行ったら「『今日はヨーコと一緒じゃないんですか?』って聞かれたよ」と笑っていた。今日はYOKO MONOで「ベルリン発プラハ」を読んで涙していた。ビリヤード場の奥にあるトイレに行こうとしたときに人が立ちふさがっていてちょっと立ち止まったらそれに気がついた別の人が「ヨーコ・モノが通るからどけよ」と言っていた。・・・客にまでそんなふうに呼ばれるとは。せめてもうちょっと小奇麗でオシャレなカフェの顔なじみになりたかったのに。
2005.05.10
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「怒ってるのか?」と、深夜の電話でヨハンに聞かれた。意表を突かれた。もう誰かに恋に落ちるどころか、誰かの全存在を信じることがアタクシにはできなくなってしまったんじゃないかと思えて怖い、という話をしていたときだ。非難の意味を込めていた訳でも何でもない。自分自身の自分が解決すべき問題として向き合おうとして発した言葉だった。「怒ってるのか?」嗚呼。一体、ヨハンが何をしたというのだろう。一体、ヨハンの何に腹を立てればいいんだろう。ヨハンは何も悪くない。「少し疲れたのかも」と、答えた。バスや地下鉄やカフェで読んでいても思わずプププっと笑ってしまう『DIES IST KEIN LIEBESLIED』を中断して性懲りもなく再び『ベルリン発プラハ』を読み始めた。もう誰も愛することが出来ないと思っている主人公、テツオの言動がアタクシへの戒めのようだ。コペンハーゲンから海峡を渡ってアタクシが今住むこの街に来る。あの海峡はアタクシも大好きだ。初めてあの海峡を渡ったとき12月も末の真冬だというのに、あまりに感激してアタクシはずっとフェリーのデッキに出ていた。いなくなってしまった恋人を探すためにあの海峡を渡れるなんて素敵だ。著者、ドリアン助川のあとがきの最後の一文。『言葉はいつも遅れてやってくる』いつか、アタクシはヨハンに対して的確な言葉を伝えることができるのだろうか。
2005.05.09
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結局、昨日の日曜日は24時間のうち18時間も寝ていた。少しずつ積み重なった疲れがどっと睡魔になって襲って来たような猛烈な眠さだった。そういえば毎日タンゴ踊ったりジョギングしたり料理したり仕事したり休む暇が無かったなぁ、と妙に納得。極めつけは、土曜日から日曜日にかけての深夜にヨハンが電話をしてきたことが精神的に大きなダメージだったのかもしれない。深夜2時に、この世の中に時差なんてない、と思っているみたいに確信的に堂々と電話をしてきて「コムスメ、生きてるのか?」と聞くヨハン。そして暫く話し込んだ。今まで話したことがないような事を沢山話した。ヨハンをとても好きだと思う理由は、彼の人間として決定的に欠落しているものがアタクシのそれと全く一緒だからだ。「この人にはあって、アタクシには欠如している」と哀しくなる必要がない。むしろ、それをどうやって埋めていけばいいのか、埋める術なんてそもそもあるのか、そういう話をヨハンとはとめどなくできる。それがアタクシを限りなく安心させる。生き方も進んで行く道も違うと判っているのにそれでもヨハンに会いたいと思う。18時間あればヨハンのところに飛んでいけたのにアタクシは目を開けても同じようにベットにいたから同じように新しい一週間の始まりを迎えた。
2005.05.09
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なんだかここ数日、心と体がだるい。昨日もよく寝たが今日はもっと酷かった。タンゴから帰宅して午前2時から10時半まで寝た。あまりによく寝たのでダニエル君が10時半に「もう9時過ぎだよ」と起こしてくれた。「10時半じゃん!」と突っ込むと「いつも早起きな君にショックを与えたくなかった」とのこと。それから12時くらいまでボーっと朝ごはんを食べて何故か再びベットへ。そこからさらに18時半まで寝た。18時半!!!!!!!!いや、まだまだ寝れる。寝すぎて疲れちゃったし。現在19時。寝すぎて平衡感覚もままならないのにこれからジョギングに行こうか本気で考えている。外はまだ明るく太陽の光が美しい。ほどよく寒くてジョギングにはもってこいである。しかし、ダルイ。嗚呼、いっぱいやりたいことがあったのに。こんな週末を終えて、また一週間頑張らないといけないと思うと気が重い。
2005.05.08
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どうもホルモンバランスの関係かだるくて無気力なためジョギングには結局行かず仕舞い。夕方からダニエル君と夕食に。最近おもしろいなぁと思うのは、ドイツのアジアレストラン。微妙にヨーロッパナイズされているから。前はそれが偽物のような気がしてイヤだったのだが、よく日本にある”和食のエッセンスを取り入れたフランス料理”の逆バージョンだと思えばいいんだ!と思ったら何だか楽しくなってきた。今日行ったS地区のBというレストランはこの町でもかなり人気のアジア全般レストランで、いつもとても混んでいる。高くもないし安くもない。メニューの多さには目を見張る。味も総じて悪くない。アジア創作料理。そこでアタクシはタイ料理部門からシーフードココナッツカレーを、ダニエル君は日本料理部門から寿司が中心の『弁当』を頼んだ。お腹がいっぱいなのにそれからタンゴに行った。週末は必ず金曜日か土曜日にBALLと呼ばれるものがあり、好き勝手に踊れるのである。マイスター曰く「踊れば踊るほど上手くなる!」そうで、ステップのバリエーションも少ないのに今晩はダニエル君と4時間くらい踊っていた。間にダラダラ休んだが。もっともっと上手になりたいものである。
2005.05.08
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嗚呼、おなかすいた。普段アタクシはお昼ご飯はサラダだけ。ツナ・サラダ3ユーロ。バルサミコドレッシング。某フルーツジューススタンドで売ってるやつを毎日買っていて店員さんも自動的にこのサラダとドレッシングを包んでくれるようになった。スタンプを集めるとジュースのSがもらえるのだがときどき一度に2個くらいスタンプを押してもらえて、すでに5杯はジュースのSを貰っているアタクシ。でもそれだけじゃさすがにおなかすくわけ。だからこれからインド料理を掃除機の如く食べまくってきます。と、思ったら「インド料理じゃなくてパキスタン料理じゃだめ?」と、ヴォルフィ。いいけどさー。待ち合わせまであと2時間もあるのでカフェでデンマーク語でも勉強しておきます。
2005.05.07
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