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天気もいいので、エノキダケとシメジを日に干していました。そこへブーンと飛んできたものがあり、「蜂だ」と思い、あわてて家の中に入りました。アシナガバチは見慣れているので、よっぽどのことがないと悪さもしないのがわかっていますが、この蜂はアシナガバチよりも一回り異常大きくて、目などものすごく大きく獰猛な感じがします。スズメバチです。1匹だけでしたが、しばらく、干しキノコの周りを歩いて匂いをかいでいました。網戸越しに見ていましたが、かなり大きく恐ろしいです。この近くに巣でもあるのかしらと、飛び立った後、家の周りを隅々まで見て回りました。我が家には巣はなさそうですが、こんな近くにまでこの時期に来るのって、なんだかビビッてしまいます。イヤー、本当にでっかいですねぇ。こんなのにやられたらホント、怖い怖い!!
2008年10月31日

大都会です。びっくりします。埼玉って、こんなに大都会だったっけ?こんなにズタズタに街がされて、なんだか痛々しい限りです。横浜も、多摩丘陵のほうは開発されてすごいのでしょうが、我が家のほうは昔のままで。鎌倉時代の遺跡も多く、緑も多く、家に帰ってくると、本当にほっとします。さて大宮の本陣のあった辺りは、駅前の高島屋デパートのあたりです。鷹場本陣の北沢稲荷は今では高島屋の屋上にまつられていそうです。もっと昔の中山道(旧より前の古中山道)は、氷川神社の参道を通っていたそうです。私たちも緑の多い参道を歩きました。氷川神社は武蔵野国を始め、全国に200もの末社を持つ本家(?)のようなもの。大きいお宮で大宮という地名になったとか・・とにかく約2キロの参道は歩きがいがあります。ちょうど紅葉も始り出し、いい気分で歩きました。旅の無事を祈って裏参道から又旧中山道に戻って北大宮、鴨宮、宮原などの駅を右に左に見ながら上尾まで歩きました。(裏参道の鳥居)途中雨に会い、傘を忘れた私は悲劇。でもそのうち土砂降りになり、傘をさしていた他の3人も、あわてて雨宿りに飛び込みました。幼稚園の行事でしょうか、ハロウィンに出かける親子連れに会いました。次回は桶川からスタートです。
2008年10月30日

かつての埼玉県浦和市、県庁所在地でした。今はさいたま市浦和区(だって!!)。蕨から高速の下を通り、17号を横切ると5叉路があります。そこを斜め左に進んでいくとやがて坂になり、そこが焼米坂といい、昔旅人に焼き米を売っていたとか。しばらく住宅街を歩いていくと、右手に大きな森が・・調(つき)神社です。ここは狛犬の変わりにウサギが鎮座しています。調(つき)が月に通じるとかで月の使いウサギが守り神だそうです。改修中でよく見られませんでしたが、雅楽の舞台もあって、なかなかのもの。銀杏の匂いがぷんぷんしていました。七五三の親子連れがお払いを受けていました。しばらく行くと、浦和駅。都会です。浦和駅の辺りが宿の本陣があった辺りですが、どれもこれも跡だけ。浦和レッズの町です。浦和橋でJR東北線の陸橋を渡り、北浦和、与野(蕎麦がまずかった)、さいたま新都心という駅を越えてまだまだ歩きます。道路工事と大きなマンションや高いビルの建築ラッシュで、昔の面影を残すものなどほとんどありません。こうやって大都会になっていくのですという見本を見ているような、工事、工事、工事の区間でした。さいたま新都心なんて駅はいつ出来たの?何線なの?横浜のいなかっぺにはわかりませんでした。その前がさいたまスーパーアリーナ、東北新幹線で北に向かうと右手に見えますが、中山道からは左手です。気を取り直してしばらくいくと右手に鳥居が見えてきます。(ホッ)大宮の氷川神社の一の鳥居です。ここから2キロも参道が続きます。神社は大宮駅よりもっと先です。すごいねぇ。緑は疲れていた私たちの気分を変えてくれました。
2008年10月29日

荒川を渡ってすぐの戸田公園という駅は、線路が中山道(国道17号)とは斜めに走っているのでまずそこに出るのに、迷い、遠回りしてしまいました。少し歩くと17号線から右手に入る道(入り口)があり、そこに蕨宿という新しい碑が立っています。でも当時の面影を残すものはあまり無く、ところどころに、古い家並みが残っていますがいつごろのものやら・・・かなり古い家です。多分江戸時代からあるのかな?よく見ると、二階の高さが低く、東海道を歩いてもよく見た昔の家です。薬屋さんの看板も、時代がかった古めかしいもので、面白かった。月曜日で、資料館(本陣跡)は休館日。仕方なく歩きます。17号にぶつかるところにも(出口)蕨宿の碑。ここまでが宿場だったんでしょうね。そこから17号線を横切って浦和宿に向かいますが、途中の高速道路の脇に辻1里塚の碑がありました。中山道は今までのところ、やたらと高速の下をくぐったり、線路がいくつも交差したり、ごちゃごちゃしていてよくわからないところです。日光街道を歩いても感じたことですが、なんだかあっちもこっちも工事ばかりが目立ち、ほこりが舞って、これからずんずん変わっていくような気がしますが、果たしてそれがいいことなのかどうか・・・疑問符(?)の旅です。
2008年10月28日
先日の中山道歩きでは、日本橋から板橋を通って蕨宿まで行くつもりだったのが、足が痛くなったのと、雨が降り始めたこと、暗くなってきたことなどで、蕨まで行けず、途中の戸田公園駅で引き返しました。今日は戸田公園駅を9時に出発して、蕨宿まで約3キロ、そこから浦和宿まで5.5キロ、浦和から大宮まで5キロ、大宮から上尾までの8キロプラス道を間違えたり、途中寄り道をしたりで22-3キロは歩いた勘定です。約4万歩です。さすがに足が棒になりました。今回はもう一人参加で女4人旅です。天気は本当によかったのですが、最後の上尾駅がもうすぐというところで土砂降り。雨宿りを兼ねて、途中のお店屋さんで甘いものを食べて一休み。これがよかったのです。ちょっとゆっくり出来て足の疲れは半減するし、疲れているときのクリームあんみつは何ともいえない極楽の味でした。それに比べて今日の昼ごはんは最低。与野駅まで行けばよかったのに(ほんのもう少しで与野駅だったのです)、お腹がすいて、途中で入ったお蕎麦屋さん、こんなの出すのというくらいまずかった。その上なかなか出てこず、、出てきたらきたでそばが延びていて、そばつゆは茶碗に入ったものだけで足すことも出来ず、しかももうみんな終わって帰り始めた頃に蕎麦湯が出てきて、是がお湯みたいに薄く、憤慨モノでした。よく商売になるナァ。私のゆでたそばだってここまでひどくないぞ!(食べ物の恨みは恐ろしいです)(蕨宿の本陣の跡は資料館になっていました。)
2008年10月27日
この葉っぱ見てください。カリフラワーです。バッタだとばかり思っていたら、な・な・なんと青虫。その数20匹じゃきかない。葉っぱの芯のところに、青い筋が合って、よく見たら全部青虫。アッタマキター!!箸でつまんで、つぶし、又つまんでつぶし、もう大丈夫かと思ったら、葉っぱの裏にも・・・よくよく見れば、隣のカリフラワーは葉っぱが落ちていて、そこから青虫が這い出し、新しい葉っぱのほうに移動しようとしています。もう!多分これで終わりだと思うのですが。葉っぱのうちに見つけたからよかったけど、又しばらくよく見ていないと・・・これで本当にカリフラワーが出来るのか、ちょっと心配になってきました。無農薬って大変です。農家の人の苦労をちょっぴり体験(?)かな?
2008年10月26日
じゅず玉って、知っていますか?子供の頃には、どんな原っぱにも数珠玉(イネ科の草)が生えていたものです。その実(つぼ型)を採って真ん中に糸を通して首飾りや腕輪を作ったり、お手玉の中に入れたりして遊んだものです。実も同じ模様や色じゃなくて、白かったり茶色だったりしましたね。女の子の、秋の必需品だったような気がします。久しぶりに川の脇でじゅずだまの生っているのを見つけました。懐かしかったナァ・・・・!
2008年10月25日
カマキリの卵を見つけました。花梨の木の枝に産み付けられています。先日、お腹の大きいカマキリが、よろよろと雨どいの上に登っていましたが、あのカマキリの卵でしょう。昨日も玄関の窓の格子のところに、お腹の大きなカマキリを見つけました。去年はもっと下のほうに、いくつもの卵が産み付けられていました。ベランダの近くの低木や雨戸(雨戸を開け閉めするたびにそーっと、そーっと動かすようにした1年でしたが)の卵も、いつの間にか空になっていましたから、旅立っていったのでしょうね。東北では、カマキリの生む卵の高さで、その年の降雪量がわかると言います。今年は去年より1メートル以上高いところに卵を産んでいますから、雪が多いのかも。でも、ここは横浜、関係ないか?
2008年10月24日
夫が長野のお土産だといって、新聞紙にくるんだものを机の上にどーんと置きました。「えっ、これ一つだけ?」「まーいいからなんだか当ててみて」「なーに?」持ってみるとその重いこと重いこと。大きさもキャベツのよう。くるんである新聞紙を開けると、出てきたのは真っ赤なりんご。何だコリャ!おばけりんごだー!両手で持たないと落ちそうです。重さを量ったら700グラム。普通のりんごの倍以上。ちょうど買ってきたばかりのりんご(これでも大きなのを買ったのですよ)とLサイズのみかんと共に記念写真。食べでのありそうなこと。ちょっと面白くて飾っています(早く食べようよと夫の声)。そういえば、昔読んだ絵本に「おばけりんご」ってあったよナァ。一度も実のなったことのないりんごの木に、今年こそと祈って、大きなりんごの実がなり、とてつもなく大きくなり・・・このりんごは、どんな大きさの白い花を咲かせたのでしょうね?
2008年10月23日

友達と月島にもんじゃを食べにいってきました。せっかくだからと佃島にある住吉神社に行ってお参り。色々な発見をして、興奮してしまった私です。まず、佃島は徳川家康が江戸に幕府をつくる時、摂津(大阪)の佃の両氏を連れてきて、ここで漁師をやるようにと土地を与えたので、ここを佃島というのだそうです。それにちなんで、大阪の分院という形でここの神社も住吉神社としたとか。住吉神社の例祭は3年に1度で、6本の大幟の柱は佃小橋の下の土の中に埋められ、3年ごとに掘り出して使うのだそうです。住吉神社の中には「鰹塚」なんていうのもあって、築地と鰹節業界が共同で建てた物らしいです。その横には東洲斎写楽の終焉の地という碑もありました。そこから公園が続いていて、隅田川に面しています。そこの一角に石川島人足寄場の碑。「えーっ!!」・・・ここなんだ!ここがそうなんだと興奮。時代物を読むとよく出てきます。軽い罪の人を更正させるために、鬼平こと長谷川平蔵が幕府に願い出てここに寄せ場を作り、人足として働かせながら教育も行っていた場所です。これを見つけただけで、もう今日1日は終わってもいいというくらい嬉しかった。左に佃大橋を見たり、水門、ビル群の中の昔の面影や、始まったばかりの紅葉を見、川風に吹かれながら、佃煮を煮ている匂いに包まれて、楽しいひと時でした。
2008年10月22日
小さなプランターと土、ミックスサラダ菜の種のセットが1000円で売られていました。ちょうど窓辺に置ける位の大きさです。10月の頭に種をばら撒き、毎日水を欠かさずにやり、今の状態はこうなっています。少しずつ間引いてサラダやサンドイッチに入れて楽しんでいます。若くてやわらかく、時々青いものが欲しい時には、味噌汁に散らしたりもしています。おいしい。新鮮でおいしい。まだまだ大きくなって、かなり楽しめるとのこと。ミックスなので、色々なサラダ菜が入っていて、緑もきれいで楽しみながら口に入れられて、嬉しい限り。種がたくさん余ったので、畑にも植え、お友達にも分けて、喜ばれています。種だけでも売っていて、200円ぐらいなので、もう一袋買って来ようかなと思ったりもしています。
2008年10月21日

今年も友達の庭からアケビが届きました。蔓も一緒です。紫のきれいなアケビは、山形では箱に入って売られています(もっと大きいですが)。初めて見たとき、あんなものどうするんだろう、中の白い甘い綿みたいな果肉をむしゃぶりついて吸ったら捨てるだけなのにと思っていましたが、全然違うのです。果肉は捨て、皮を食べるんですよ。郷土料理です。きれいに洗い、二つに割れた皮を短冊に切って油いためし、味噌と少しの砂糖で味付けして食べます。ほろ苦ーい秋の味です。白い綿の所を出し、そこにひき肉の詰め物をして、炊いたものもおいしいです。こちらは主に山形の温泉で食べられます。ゴーヤに慣れた人だったらこの苦さも癖になるかも・・・ところで、アケビ、「通草」と書きます。日本的で好きだなぁ。アケビによく似たものにムベがありますが、(「郁子」と書くんですよ)こちらは実が裂けません。
2008年10月20日
ウン十年ぶりに出た同窓会。みんな面影を残しています。名前は思い出せなくても、すぐに打ち解けて、思い出話から始まり病気の話(みんな年相応に何かしら持っています)・・楽しいひと時でした。今回はその上、屋形船に乗って、隅田川から東京湾に出、おいしい料理に舌鼓を打ちました。初めての食事付き屋形船。かなりゆれましたがそれもご愛嬌。船盛りの刺身もとても新鮮で、てんぷらは揚げたてが、後から後から出てきます。こんな時、お酒が飲めたらどんなにいいかと・・下戸の悲哀を味わうことしきり。ちょうどレインボウブリッジのあたりで留まり、佃煮やのりを売る船が来て、味見しながら買い物も楽しみました。だんだん暮れ出し、レインボウブリッジやお台場の夕景色を楽しみました。海からの眺めも本当にいいものですね。暑くなく寒くなく、いい季節の中でリフレッシュが出来ました。
2008年10月19日

水神橋という小さなどぶ川、東京と埼玉の境界でした。潮崎というところにある富士浅間神社でイチョウが色づき、銀杏を拾っている人に出会いました。町のところどころには草加せんべいのお店が並んでいます。時々お醤油のいい匂いが漂ってきて、我慢しきれず、買い求めました。草加にもあまり古い家は残っていませんでしたね。駅からちょっと北に行ったところに元米屋という古い家がありましたが。札場河岸公園というところには旅姿の芭蕉の像と句があり、子規や虚子の句もありました。そこから始まる草加松原は千本松原とも言われ、約1キロ松並木が続いていて、市民の格好の散歩道という感じです。そこから東京外環自動車道の下をくぐり、蒲生橋を渡ると日光街道で唯一残っている一里塚があります。しばらくいくと清蔵院というお寺が右手にあり、山門の龍が左甚五郎作だとか。この龍が夜な夜な出かけて悪さをするとかで、出られないように金網がしてありました。越谷駅の手前に照蓮院という、武田勝頼の遺児の菩提を弔ったお寺がありましたが、もう暗くなっていたので、素通りしました。越谷で今回はゴール。疲れました。初めて20キロ歩いた夫は、昨日一日中「疲れた、疲れた」の言いどうし。やっぱり慣れですね。私は何ともありませんもの・・・・
2008年10月18日

東京も北のほうはまだ来たことも無く、土地勘などさらさら無く、先日北千住まで歩いたのが初めてでした。北千住の駅の大きいことにただただびっくりし、ずーっと続く商店街が昔の日光街道です。商店街は何でも揃っていて、値段も安く、とても庶民的です。その一角を折れたところに、森鴎外の父親(旧津和野藩の御殿医)が開業した住居跡がありました。古い商家はほとんど残っていませんが1軒だけ、安政大地震後に建てられたという建物がありました。その先を行くと、荒川土手の近くに名倉という医者の家があります。奥まったところに長屋門のある立派な建物があり、ここが全国的に有名な骨接ぎの「名倉」の本院だそうです。私は知らなかったですが、夫いわく骨接ぎと言えば「名倉」だとのこと。近所にも名倉という接骨医があったそうです。門前の通りには専用の宿屋もあったほどの繁盛だったそうです。千住新橋を渡って、ずーっといくと東武線の竹ノ塚駅の近くに六月と言う地名の場所がありました。10月なのに六月とはこれいかになどとふざけながら、炎天寺というお寺を探し回りました(行きも帰りも迷子)。ここにはどうしても寄りたかったのです。蝉鳴くや六月村の炎天寺 一茶俳句で有名なお寺です。一茶の俳句が残っていて、一茶の命日に全国の小中学生から寄せられた句が披露されるとか。庭には投句箱もあり、掲示板には色々な句が載っていて、どれも上手でうらやましかった。やせ蛙まけるな一茶是にあり 一茶この句は池の中でかえるが相撲している像の前にありました。一見の価値あり。
2008年10月17日
夫と二人、日光街道を歩いてきました。ものすごくいい天気。今日は2回目で、北千住からせんべいで有名な草加を通り、越谷まで18.35キロ。迷ったり、見物で横道にそれたりで合計29245歩。北千住を出発したのが朝10時半、越谷駅に着いたのが夕方の5時半、途中ファミレスで昼食をとった1時間を除いて、ずーっと歩き詰め。久しぶりに疲れました。足がジンジンいってます。(途中で見つけた紫式部。紫と白が一緒に咲いていました。)
2008年10月16日

庭の片隅に今年もホトトギスがたくさん花を咲かせました。あまりに増えすぎるので、毎年本当にたくさん掘り出しては捨てるのですが、どうもこの土地が好きなのか、植えた場所でもないのに、あちこちから出てきます。それでも、花の時期になると、やっぱりかわいくて・・・・どうも私の花の好き嫌いは名前から来ているようです。日本的な名前が好き、情緒のある名前が好きみたいです。ホトトギスも日本的で、これが漢字になると「杜鵑草」(鳥のホトトギスは「時鳥」)です。クジャクソウも、一見なんでもない花ですが、「孔雀草」と言う名前が何とも言えず、植えたような気がします。今を盛りの金木犀(キンモクセイ)、芙蓉(フヨウ)、だんだん日本的なものに惹かれています。
2008年10月15日
柿の木にからみついたヘチマのせいか、あんなにあった柿の実がすべて落ちてしまい、今年は散々です。その代わり、ヘチマの立派なこと。いまだに勢力を柿の木のてっぺんにまで伸ばし、実をつけています。いい加減にしないと畑も有効に使えません。今日雨が降る前にヘチマ棚を壊し、柿の木に登って、蔓やら実、葉っぱを落としました。(昔柿の木から落ちたことがあるのでちょっと怖かった。)ようやく柿の木は柿の木らしくなりました。(一気に秋の景色です。)大きなヘチマが4個取れました。1個30センチ以上あります。これは水でふやかして、ヘチマのたわしを作ろうと思います。小さな実は今夜のおかず。豚肉を入れて、ゴーヤチャンプルならぬヘチマチャンプルにするつもり。はてさて上手くいきますかどうか・・・・
2008年10月14日
昨日、息子夫婦が来て一泊しました。今朝は息子がサンドイッチを作ってくれるという約束です。お腹が空いているのですが、起きてくるまでぐっとこらえます。このところパストラミを使ったオープンサンドにこっているとかで、よく作って、奥様孝行(?)するのだとか。半分オープンサンド、半分ホットサンドにしてくれるのだそうです。お嫁さんともども今朝は材料を用意して、あとは何にもしないで待っています。準備が大変(昨日買って来ました)。パストラミ、各種サラダ菜、レタス、たまねぎ、ピーマン、トマト、パンスイスチーズ、サラダ油(オリーブ油だときついんだとか)、黒胡椒の挽きたて、ワインビネガー、黒オリーブ、ハラペーニョ息子が台所に立って料理し、夫がコーヒーを入れてくれます。「極楽、極楽」とお嫁さんと言いながらも「後始末は私たちなんだよね。それまでやってくれたら本当の極楽なんだけどナァ」とヒソヒソ。彩りもきれいな、昔アメリカで食べたサンドイッチを思い出しました。おいしかったです、本当に。デッキでお日様をいっぱい浴びながら、楽しいひと時を過ごしました。
2008年10月13日
昨日は十三夜。夕方は雲に隠れて姿を見せなかったお月様も、8時ごろからようやくお顔を覗かせてくれました。9月の華やかな十五夜に対して、10月のこの十三夜は、後の月とも言い、物寂しさが勝ります。サトイモやお団子を供える十五夜に対し、栗や枝豆をお供えするそうです。昨夜は、夫と栗を食べながら空を見上げ、月の写真を撮りましたが、難しいですね。金木犀の葉陰から撮ってみました。
2008年10月12日

カマキリとバッタが対峙(?)していました。動けないバッタ、カマキリはじりじりと近づきます。近づいているのを感じさせないくらい、動きが見えません。あっという間に飛びついてゲット!近づいても知らん顔で、むしゃぶりついていました。洗濯物を干して戻ってくると、バッタはもうほとんどカマキリのお腹の中でした。すごーい!!
2008年10月11日
10日間の海外出張から、夫が帰ってきます。鬼のいぬ間の何とやら、何にもしなかったナァ。あっという間に10日間経っちゃたモノね。でもまぁ、中山道を歩いたからいいとするか?久しぶりに料理に腕をふるうとしましょうか。と言っても、家庭料理を食べたがるだろうから、たくさんある野菜を使って色々作りましょう。布団も干したし、部屋も掃除したし、OKです。風に乗って、金木犀の香りがします。いい匂い。我が家にある3本の金木犀は東と南、西にあるので窓を開けておくと、どこからとも無く匂って来ます。秋の匂いです。散る前に夫も帰ってきて、よかった。だって、日本の秋の香りですもの。
2008年10月10日

栗の季節になりました。栗そのものも大好きです。栗ご飯を作るにも、ただ一つ、栗をむくのが大変。今年は栗の皮むき器を買いました。これで少しは軽減しました(慣れるまで大変)。町の和菓子屋さん、ケーキ屋さんも栗一色です。モンブランや栗のロールケーキも大好きですが、今は生クリームを我慢(しているかな?)そんな私にとって、大大好きなのが栗蒸し羊羹です。日持ちがしないので、本当に今の時期しか食べられず、残念なのですが・・・色々ためしましたが、今のお気に入りは京都の仙太郎の栗蒸し羊羹です。2種類あって、大きな栗が蒸し羊羹の上にごろごろ乗っているものと(一切れが大きいのに、あっという間にお腹におさまってしまうのです。不思議?)竹の皮に包んであって、竹の香りとあいまって何とも言えずにおいしいのです。この羊羹だけのために、横浜高島屋に足を運ぶ私、この時期だけの楽しみです。そうだ!中津川の栗きんとんもおいしいなぁ。ちょうど今ごろ中津川に行くと、何軒(もしかして何十軒?)もの和菓子屋さんは栗のお菓子であふれていますよ。干し柿の中に栗餡の入ったお菓子は抜群でしたが、お店によって微妙に味が違い、自分の好きな味のお店に行き着くまでが大変です。
2008年10月09日
先週日曜日の試合結果です。(ちょっと時期はずれだけど、どうしても言っておきたい!)ジュビロはびり2.びり1位の札幌との試合。ここで負けたらもうおしまーい。まさかねぇと思いながらも、今のジュビロには何が起こるかわかりませんからねぁ・・・(弱いから今期はちっとも試合の中継がありません。新聞の結果を見るのもいやなんです!!)本当に弱い相手に、終わってみれば5対0で勝ちました。昔なら、「あたりまえでしょ!!」と威張って言えたのに、今期は「ホッ!」前田君のハットトリックです。ありがとう、本当にありがとう。感謝感激、前田様。この試合を機に勝ちに行ってほしいナァいくら馬鹿だとかアホとか負けてしまえとか言っても、やっぱりジュビロファンの私でした。
2008年10月08日
このところアメリカのサブプライム問題があちこちに飛び火して、世界同時株安。世界恐慌になるのではと戦々恐々。日本はどうなるんだろう。日本の政治家は本当に危機感があるのかナァ?国会中継を見ても、目先の問題だけに汲々としていて、この人たちに任せて本当に大丈夫なのか心配になってきます。年金生活者としては、そうでなくても少ない年金が、ますます目減りするのではと、これも頭が痛い問題。そんな中、大好きだった役者が東西で相次いで世を去った。先週のポール・ニューマンについで、今朝、緒方拳の死去のニュース。あっけないです。いい人がずんずんいなくなっていきます。右を見ても左を見ても、ちっとも楽しい話題が見当たりません。誰か、何かいいことないですか?
2008年10月07日

昨日書いたように、巣鴨の地蔵通商店街が中山道になっています。巣鴨の駅を降りた反対側の土手に「染井吉野」の碑が立っています。ここは、昔染井村といい手植木屋が多くあり、幕末に新品種の桜を見つけ、ここから全国に、ワーッと広がっていったのが今の日本を席巻している桜、ソメイヨシノだそうです。本当に見落としそうな碑ですが、巣鴨に行かれたらぜひご覧ください。商店街の近くに江戸六地蔵の真性寺があり、ここには芭蕉の句碑がありました。白露もこほれぬ萩のうねりかな (萩の花は見当たりませんでしたが・・・・)とげぬき地蔵で有名な高岩寺は改修工事中でしたが、お年寄りパワーはすごかった。お地蔵さんに来るというより、この商店街に来るという感じでしたね。名物の塩大福のお店はどこもかしこも山のような人、人、人、カレーうどんで有名な古奈屋はお店の前に行列。そして、下着やさん(?)の店先は赤いパンツやシャツの花盛りでした。誰が買うんだろう?でも、これだけ山積みなんだからお年寄りが買っていくのでしょうね。この人たちがみんな赤いパンツをはいているのかと想像したら・・・ゾー!強烈でしたね。そんなこんなの巣鴨でした。
2008年10月06日

旧東海道を東京から京都まで歩き終わってから、しばらくの間、なんだか気が抜けてしまっていたのですが、夏の暑さも和らぎ、気候もよくなったので、いよいよ歩こうかと友達と話していたところ、もう独りの友達も出来るところまで行って見たいといい、今回は3人旅になりそうです。日本橋を途中までは日光街道と重なりながら歩き出しました。神田の駅から昌平橋を渡り、神田明神、湯島聖堂の前を通り、東大の赤門を右手に見て、本郷追分を左折します。国道17号線、これが中山道です。旧中山道はこの17号線とぶつかったり離れたりしながら続いていました。JR巣鴨駅を越えるとすぐに15代将軍徳川慶喜の屋敷跡があり、そこから先、いわゆる「おばあさんの原宿」と言われる地蔵通り商店街が中山道でした。休日なので、すごい人。そこを越え都電荒川線も越えて歩きます。埼京線の板橋駅前に近藤勇のお墓があります。この近くで斬首されたとか。板橋駅を過ぎるとそこが板橋宿、日本橋から9.8キロです。板橋は旧中山道の街道はにぎやかな商店街として残っていますが、昔をしのぶものはほとんどありません。板でできた橋(板橋の由来)がそれらしく残っていました。
2008年10月05日

1週間ほど前から、デッキのそばのヤマボウシの木の周りに、5ミリ大の茶色の木の実のようなものがいっぱい落ちていて、毎日掃除をしていました。固いし、鳥が運んで来たにしても、何の種だろうと不思議に思っていたところ、今朝、ヤマボウシの木がすっかり坊主になっているのに気がつきました。「えっ?」木の先っぽに黄緑色をした何か大きなものが見えます。なんとあおむし、それも、1匹(というのかな?)では無く3匹も。 幅1.5センチ、長さ、6-7センチの大きなあおむしです。これは食欲旺盛だわサ!でも、もう食べるところが無いのですが、これからさなぎになるのかなぁ?というより、このヤマボウシ、大丈夫なのかなぁ・・・・蛾なのか、蝶なのか、これから調べてみます。
2008年10月04日
ポットに植えたミックスレタスの種が、いっせいに出てきました。かわいい!!間引きながら食べられますね。といっても、もっと大きくならないといけませんが。大根の畝からも、土をのける様に小さな芽が出掛かっています。ういやつ!!畑仕事にちょうどいい陽気になってきて、庭に出る回数もグーンと増えます。
2008年10月03日
久しぶりの秋日和。洗濯日和、布団干し日和です。湿度が無いってこんなにさわやかなのですね。どちらのお宅もベランダは布団で満艦飾。我が家も洗濯物、布団、毛布、枕そして、足拭きマット、クッション、果てはソファーのクッションや背もたれまで干しています。かくしてデッキは足の踏み場が無い有様です。でも、本当にお日様の恵みに感謝!今夜は暖かいフワフワの布団で眠れますね。
2008年10月02日
赤紫蘇と青紫蘇の穂がいっぱい出ています。刺身やサラダ、漬物に使っても食べきれず、毎年穂紫蘇を塩漬けにしてとっておくのですが、結局去年の分も今年捨てることになり、食べ切れません。何かいい方法はないものでしょうか?思いついて、ジャムを作って見ようか(パサパサしそうだしね・・・)それともシロップ漬けにしようかと考え中です。秋になって、さびしい庭の彩としても赤紫蘇の紫色と、薄い穂の色は素敵なんですよ。天気になったら、早速摘んで、何かチャレンジしてみようかな?
2008年10月01日
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