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寒い~!「湯たんぽちゃん、あんたはどうしてそんなにあったかいの?」とポリの湯たんぽを抱きしめていたら、後ろに視線を感じた。縞猫だ。縞猫:……。私 :これ、湯たんぽ。縞猫:……。私 :これ、兄貴じゃないよ。縞猫:……。黒猫の兄貴とハグするのが気に入らないのか、兄貴との触れ合い時間中、縞猫はずっと私たちをにらみつけている。私 :縞ちゃん、何でそんなににらんでるの?縞猫:……。縞猫のこたつ(寝箱)に入れておいた保温用のペットボトルがすっかり冷めていたのだった。
January 31, 2005
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遊びに来た友人が、いつものように肩たたき棒で縞猫の背中をたたいてやろうとしたが、縞猫はあまりうれしそうではない。肩たたき棒から逃れて、コロンと横になってしまった。実は、背中たたきに替わるスキンシップを実行中で、友人にもそれをしてほしいようだ。縞猫に耳打ちした。「縞ちゃん、それはほかの人には無理だと思うよ。後で私がやってあげるから。ね。」友人が新スキンシップ方法を知りたいというので、起きあがってストーブの前に移動しようとしている縞猫を呼び止めた。「無理! 絶対に無理! できない!!」と友人は震え上がった。縞猫を仰向けに寝かせて、その上に覆いかぶさるように顔を近づけ、縞猫の体を揺すったり、首の後ろをもんだりというのが新しいスキンシップのやり方だ。人間の赤ん坊も喜ばせる方法だが……。以前、縞猫が大あくびをしたとき、「猫の口があんなに大きく、恐ろしいとは思わなかった」と言っていたから、友人には今度のやり方は無理だろう。肩たたき棒を握りしめて怖がっている友人を肴(さかな)に、私は縞猫と楽しくスキンシップを終えた。
January 30, 2005
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『美しき日々』第15回「断絶」第13回からは3回目の視聴になるので、あちこちよそ見をしている。きょうは、日本語と韓国語の音声を同時に聞いてみた。もちろん部分的にではあるが。これまで、俳優その人の声と声優の吹き替えを比べることはあったが、声優たちのバランスを考えることはなかった。声優をどうやって決めるのかは知らないが、それぞれの個性がうまく調和しているように感じた。そしてオリジナルの方はといえば、やはりイ・ビョンホンの声にはチェ・ジウの声がふさわしい。それぞれの耳から、調和の取れた日本語と韓国語の音声を聞いたが、残念ながら二つがうまく調和するところまではいかなかった。バイリンガルなら感じ取れるのだろうか。もうひとつ。プロポーズの演出。植物を踏みつけるのはかわいそうだ。盛り上がるムードが一度に冷めてしまった。残念。関連日記:2004年07月28日 踊り場(第16回の内容も含みます。次週のストーリーが楽しみの方は、第16回の放送後にどうぞ)
January 29, 2005
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最初、視力が良くなるという三次元画像かと思った。QRコードはバーコードの一種だから、いくら凝視しても画像は見えてこないはずだ。必要がほとんどないので、携帯電話から逃げ回っている。今後持つとすればQRコード対応のものになるだろう。バーコードリーダーが出てきたときには便利だと思ったが、着実に進化している模様。エラーばかり起こしていたマークシートリーダーがなつかしい。
January 28, 2005
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ベランダの掃除をしようと庭ぼうきを手にすると、黒猫の兄貴がうれしそうに走ってくる。そして、ゴミとほうきの間に体を滑り込ませて邪魔をする。ほうきで背中をブラッシングしてほしいのだ。黙ってつきあっていたら、いつまでも掃除ができないので、少し工夫をしてみた。古くなって不揃いになった庭ぼうきの先を切りそろえて兄貴に進呈した。新しいほうきより刺激が強いのか、兄貴は古いほうきを気に入ってくれたようだ。さて、掃除の時間。最初の5分ばかり、兄貴に古ぼうきでブラシを掛けてやる。それからそのほうきを地面に置いておくと、穂先をかむのに忙しく、私の掃除の邪魔をする時間がなくなった。しめしめである。もともと黒猫とほうきは相性がいいはずだ。そんなわけで、私の家の庭掃除には2本のほうきが必要なのだ。
January 27, 2005
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元気になったアラン君が久々に庭に出ていると……。三姉妹猫シリーズ第20弾。(バックナンバーは猫はすべてを語るにあります)アラン君が不在の間にすっかりボス気取りになった若造猫が、そろりと近づいてきて、アラン君にけんかを売った。しかし、いつものようにアラン君は山のように動かず、「ウーッ」と若造猫を一喝した。その様子を三姉妹猫の1匹、美猫のジェニーが家の中から窓ガラス越しに見ていた。ジェニーは若造猫が動くたびに「フーッ」と援護射撃。前をアラン君、そして後ろをジェニーに挟まれて、若造猫は身動きが取れなくなった。仕方なく、そろり、そろりとK女史宅の庭から逃げ出しましたとさ。「最近ジェニーは、窓越しながら庭パトロールをやってまして、不審な猫が通るとフーッと言ってます」とK女史。ジェニーはきれいなだけでなく、度胸も据わっているようだ。ボス猫アラン君の補佐役にはうってつけだろう。
January 26, 2005
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「藩主のお家柄なのよ」と彼女は言った。どうして急に昔のことを思い出したのか。高校で同じクラスになった女子生徒の語った上級生が彼女の恋人だったのかどうか、もう覚えていない。上級生の家柄を私に教えてくれた後、「あっ、○○さんだ。○○さーん!」と名前を呼んで、彼女は子犬のように彼の元へ走っていったような記憶がある。とても優しそうな男子生徒で、うらやましかった。書棚で、この本が私を呼んでいた。『徳恵姫―李氏朝鮮最後の王女』( 著者:本馬 恭子 出版社:葦書房 )本を開いて、徳恵姫の夫の写真を見たとき、「あっ!」と言いそうになった。数日前に思い浮かべた高校時代のエピソードがよみがえったからだ。そして、その人の名前を見て、上級生の男子生徒とつながりのあることが分かった。高校の同級生と上級生の姿が見え隠れしながら本の主人公たちに重なった。その後の彼らがどうなったのかはまったく知らない。それどころか、同級生の名前すら完全には思い出せないのだ。ただ、あのエピソードの雰囲気だけが私の心をとらえて離さない。・日本における徳恵翁主をしのぶ遺構
January 25, 2005
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新年を迎えた後、アラン君の調子が悪くなり、K女史は元気をなくしていた。三姉妹猫シリーズ第19弾。(バックナンバーは《 猫はすべてを語る 》にあります)「今月いっぱい持つかどうか……」と意気消沈したメールが送られてきた。アラン君は食欲がなくなり、急激に年をとったようだ。さらに温厚なことで有名だったのに、K女史にまで怒るようになってしまった。新年早々K女史も心が痛いだろうなと思っていたら、「大丈夫です!」と連絡がきた。アラン君が老け込んだのは事実だが、食欲がなくなったのも、K女史に牙をむいたのも、後ろ足を痛めたことが原因だったようだ。命に別状はないけれども、ジャンプができないし、トイレも大変だとか。少しでも居心地がいいようにと、K女史は出窓にアラン君用の座布団を置いた。高いところからほかの猫たちの様子がよく見えるので、アラン君はとても気に入って、ちーんと座っているのだそうだ。しばらくして、「おかげさまでアランはすっかり元気になりました(^_^)v よく食べてます」と明るいメールが届いた。そして、きれいな飼い猫がK女史の庭を訪れるようになり、その猫がアラン君にそっくりなので、「多分、アランの息子です。次期ボス猫候補はこの子にき~めた」と、K女史はうきうきしている。(アラン君は付近のボス猫として君臨している)さて、毎夜の戦いを繰り広げていた三姉妹猫だが……。ホットカーペットで寝ていたアラン君と美猫のジェニーは、K女史の母上の両側に移動した。「毎夜の戦い」を繰り広げていた残りの2匹はというと、「アリスがポカポカカーペットの猫毛布をひとりじめ、フジコは私の布団にもぐり込みとなりました」ということだ。三姉妹猫はそれぞれにけんかすることはあっても、アラン君とはなぜかけんかをしないと、K女史のメールは結んであった。
January 24, 2005
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「ちょっとぉ、今、何時だと思ってんの!」ヘッドフォンを通して抗議の声が聞こえた。後ろを振り向くと、眠ったはずの縞猫が怒り顔で正座をしている。『美しき日々』のNG動画を見ていて、つい笑ってしまったのだ。夜中だから、それほど大きな声を出したわけではない。それに、ヘッドフォンだから、縞猫に私の聞いている音は聞こえないはずだ。縞猫の怒り方が『美しき日々』のビクトリーレコードの売り場主任に似ていたので、つい、また笑ってしまった。「何がおかしいのよぉ?」やっぱり売り場主任に似ている。きれいだとか、可愛いとか縞猫にお世辞を言って、寝袋へご案内した。正しくは寝袋へ押し込んだ。抵抗するかと思ったが、あったかふとんがいいに決まっているので、そのまま収まった。縞猫が何に対して不機嫌だったのかはわからない。ふと目が覚めたら、私のくすくす笑いが聞こえて、うるさいと思ったのか、自分だけ楽しんでいると思ったのか。売り場主任は足の線がきれいだ。売り子のヨンスたちを罵倒しながらも、モデル風な立ち姿は維持する。縞猫も同じ。売り場主任は、案外隠れ猫型かもしれないなどと考えながら、動画の続きを見た。今度は声を出さずに口だけ開けて笑った。想像すると恐ろしげな光景だ。
January 23, 2005
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パンツルックは嫌いだ。正座をするときに足を圧迫されるので息苦しいからだ。そうすると、この時期、ひざから下を寒さ・冷たさからガードしなければならない。今年はフリースでできたハイソックスを手に入れた。今まで、靴下を何枚も重ねて丸太のような足になっていたが、これからは少しスマートなすね下でいられそうだ。家の中でブーツでも履いているように暖かく、なかなか快適に1日を過ごした。けれども、夜になると、やはり裸足になってしまった。足が息苦しい。素足のシーズンを思い浮かべてみる。寒いとき以外は素足で過ごす快適さ。一歩一歩その時期が近づいていると思えば、息苦しさも紛れる。
January 22, 2005
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さらによく考えてみると、以前一度日記に登場したミツコもクロの一族だ。ミツコが登場したのは、2004年07月06日 ミツコの災難。ミツコの母は兄貴の母と一緒に生まれた姉妹だから、ミツコと兄貴もいとこになるし、孫娘(ローズ)は年下の叔母という続き柄になる。 クロ ↓ミツコの母 兄貴の母 サーラの母 孫娘(ローズ) 甚三朗 ↓ ↓ ↓ ミツコ 兄貴 サーラミツコと昨年6月に亡くなった孫娘(ローズ)は、とてもよく似たキジ白のべっぴん猫だ。姪と叔母なのだから、似ていても当然なのだ。似ているといっても、気性はまったく違う。ミツコはきつい性格だし、孫娘(ローズ)は甘えん坊で優しい猫だった。毎日、兄貴とハグをしながら、1年前の冬には、孫娘(ローズ)がしっかり抱きついてきたことを思い出さずにはいられない。ぱたん、ぱたんと長いしっぽを左右に振って、いつも上機嫌でひざに乗ってきた孫娘(ローズ)に、私は「ありがとう」と言っていない。2004年06月17日 「孫娘」の死。ミツコはやっと少しだけ慣れてきて、呼ぶと時々返事をしてくれるようになった。その顔を見ながら、死んでしまった孫娘(ローズ)ののどならしを思い出していた。参考日記:2005年01月20日 クロの一族
January 21, 2005
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よく考えてみると、黒猫の兄貴と昨年12月に死んだサーラはいとこになる。兄貴の母親が姉、サーラの母親が妹だからだ。さらに考えてみると、昨年6月に死んだ孫娘(ローズ)は、兄貴とサーラの叔母に当たる。それも、兄貴やサーラより年下の叔母だ。 クロ ↓兄貴の母 サーラの母 孫娘(ローズ) 甚三朗 ↓ ↓ 兄貴 サーラこの系図の頂点にいるクロは生粋の野良で、生涯人に慣れるということはなかった。抜群に頭の切れる雌猫で、サーラはこのクロのDNAを受け継いでいたと思う。一族といっても、相性があるようで、兄貴とサーラはあまり仲がよくなかった。病弱なサーラを特別扱いするので、兄貴が妬いていたとも思える。クロの一族で、今生き残っているのは、兄貴と甚三朗だ。甚三朗は孫娘(ローズ)と一緒に生まれた兄弟猫だ。ただいま恋の季節で忙しいらしい。こうして、クロの血筋は甚三朗を通してつながっていくのだろう。参考日記:2004年01月21日 クロの一族2
January 20, 2005
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黒猫の兄貴を毎日ひざに乗せて、スキンシップ兼読書にいそしんでいる。この時間は兄貴が楽しみにしているので、時間帯をずらすことはあっても、日課として省略されることはない。今、読んでいる本は『死んだら風に生まれかわる』( 著者: 新井満 出版社:河出書房新社 )。著者の飼い犬「月子ちゃん」のくだりでうるうるとなり、良寛さんや亡くなった方々のエピソードでは胸が熱くなり、著者の母上の話ではとうとう涙がこぼれてしまった。兄貴の黒い背中は、きょうもまた温かい水で濡れてしまった。亡くなるまで現役の助産師として、91歳まで仕事を続けられたご母堂の言葉に心を打たれた。「どんな赤ちゃんにも、生まれたからには役割がある」。その赤ちゃんとは、人間だけを指しているのではないのだ。「生まれてきたからには不幸に生きる義務はない。幸福に生きる権利こそがあるんだわさ…」という一行を読み、ひざの兄貴に視線を移す。「そうだ、そうだ」とつぶやきながら、優しい気持ちになった。このところ、兄貴との触れ合いタイムは涙目になる時でもある。しかし、そのおかげでドライアイとは無縁の生活である。
January 19, 2005
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友人の一人が、うっかり自分用の短縮語で注文をしたために、喫茶店のウェイトレスをどぎまぎさせてしまった。ホットミルクである。程よい温度に温めた牛乳だから「ぬくちち」であって、ホットミルクではないと、友人は主張する。しかし、初めて聞く人、特に若い女性にウケがいいはずはない。仲間内に限定するようにと言っておいたのに、ついぽろりと出てしまったらしい。その後も「ぬくちち」を使っているのかは知らないが、今のところ、注意マークが背中に張り付いているといううわさは聞いていないので、大丈夫なのだろう。「ぬくちち」に笑ってしまったが、猫舌な私も「ぬくちち」愛用者である。熱いミルクで何度口の中をやけどしたことか。「ぬくちち」にこだわる友人も案外同類なのかもしれない。
January 18, 2005
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大河ドラマ『義経』が始まった。昨年の大河は途中で挫折してしまったので、今年はきちんと見てみようと思う。義経を巡る物語でいつも気に掛かる女性は、静でも母の常磐でもなく巴だ。木曽義仲の愛妾である。作品名は覚えていないが、甲冑(かっちゅう)に身を包んだ巴が涙ながらに義仲と別れ、落ち延びていくシーンが忘れられない。そして、巴に重なるのは忽蘭(くらん)。メルキト部族の娘で、ジンギスカンの第二夫人。『蒼き狼』(井上靖著)で、テムジン(ジンギスカン)に申し開きをするシーンは凛々しい。巴と忽蘭のベストの尽くしかたを考えてみよう。
January 17, 2005
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風邪を引いていた黒猫の兄貴はすっかり元気になった。缶詰からドライフードに戻しても文句を言わないので、特に問題はないようだ。いつものように、晩飯を食べた兄貴は元気よく私の胸や腹をフミフミする。ガシガシと音がする。エプロンの内側には牛乳パックを広げたプロテクターが入っているからだ。兄貴のフミフミは力強いので、エプロンを通して内側の毛糸や布地も引っかける。どうかすると、爪が皮膚にまで達して痛いので、プロテクターが必要だ。母猫が、ある時から子猫に授乳するのを嫌がるようになるのは、この乳フミが痛いからだ。少しだけ母猫が子猫を邪険にする気持ちが分かった。兄貴は陶然と踏み続ける。規則正しい振動は眠気を誘う。きょうは本も読まずに兄貴をひざに乗せたまましばらくうたた寝してしまった。ハッと気づいて目を開けると、兄貴の黒い背中に何かがこぼれている。私のよだれだった。兄貴、ごめん。
January 16, 2005
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上品に食べるかではなく、全部残さずに食べるかで人を判断している。バイキング形式は好きだ。ほとんどすべての料理を少しずつ味わうことにしている。そして、汁やソースまで全部きれいに食べてしまう。バイキング形式だと、きれいに食べてしまう人が少ないように思う。年齢性別関係ない。戦中・戦後の食糧難を経験しているはずの人が食い散らかしている。「食べられるだけお皿に取りなさい」と子どもに言って聞かせる若い母親がいる。全部きれいに食べないと申し訳ない。料理人に対してはもちろんだが、食材となるために命を提供してくれたものに対して特にそう思う。最近、映画どころかバイキングにも行っていない。きっと、変わることのない光景が繰り広げられているだろう。
January 15, 2005
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『美しき日々』第13回「確執」韓国ドラマについての興味は、すべてここから始まった。偶然に見た第13回の、特に父親をなじるミンチョル(イ・ビョンホン)の演技に圧倒された。関連日記:2004年07月27日 手招きする過去キャストやストーリーはおろか、韓国ドラマにたいしても何も知らないという状態は、新しいものを受け入れるには非常にラッキーだったのではないかと思う。第1回~第12回のいきさつを知らないので、第13回のドラマ展開で少しでも背景を読み取ろうと集中する。クエスチョンマークは山のように積もり、埋もれていくものもあるが、順々に謎は解けていくものだ。私の場合、最終的にすべての?が消えたのは、一巡した第12回だった。こういう見方も悪くない。さて、いよいよ3回目の第13回だ。今度はどんな場面に感じ入るのか楽しみにしている。
January 14, 2005
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請求書を郵送した折りに、スマトラ島沖地震へ義援金を送った。金額は郵送した請求書の10%、少額で勘弁してもらう。見過ぎ世過ぎの銭も必要なので。昨年は猫のサーラの治療にかなりの費用がかかったが、今年はどうなることだろうか。数日前から、黒猫の兄貴の元気も食欲もなくなり心配していたが、寝床をもっと温かくしたり、薬を飲ませたりしたところ、だんだんと回復してきて、ホッとしている。風邪の初期症状だったようだ。猫の病状は悪化しやすく、また動物薬でないと不具合が起きるので、早めの対応を心がけている。消化がいいように、一時猫缶に切り替えたところ、「カリカリはいやだ、猫缶よこせ!」と要求する。それにほかの猫たちまで唱和する。特に縞猫があおっている。いつもの2倍量の猫缶が彼らの胃袋に消えた。嗚呼(ああ)!一段落したら、また猫の食料の調達に出かけなければならない。寒風が身にしみる。
January 13, 2005
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猫好きな人なら、もうすでに読んでいる本だろう。ひざの上でくつろいでいる黒猫の兄貴の背中に、またしても温かい水がぽたぽたと落ちた。そして、その後に、突然笑い声を立てたので、兄貴の目は丸くなり、寝袋で居眠りしていた縞猫まで「どうしたの、どうしたの?」と心配してくる。読んでいる本は『グーグーだって猫である』( 著者: 大島弓子 出版社:角川書店 )。どこから読んでも、ほとんど経験したことに行き当たる。そして、大島弓子という作家が、ものと別れるときに「ありがとう、さようなら」と声を掛ける人だと知って、とてもうれしくなった。先日温かい水を落としたのは、2005年01月08日 『おこんじょうるり』。
January 12, 2005
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魚を焼くときだけは私の出番だった。父が私にやらせろと母に厳命していたからだ。何事もきちんとしなければ済まない母に魚を焼かせると、汁気がなくなってしまい、ぱさぱさの塩焼きが出来上がる。私だと、「大体こんなもんでしょう」というところで火を止めて、父にほめられる焼き具合になっているのだ。けれども、ほめられるのは魚の焼き方だけで、ほかの料理はさっぱりほめられたためしがなかった。弟は母に似て、舌の感覚がとてもよく、しかも料理好きときていたから、小さいころから母に料理を仕込まれた。母は興味のない人に教えても身に付かない、覚えようと思ったら教えると考える人だったから、仕込まれなかった私は、今も料理下手のままである。料理上手な弟だから、魚焼きだってうまいのだ。それなのに、その弟には焼かせずに、私に焼かせて、「やっぱりおまえの焼いた魚は一番おいしい」といつもほめてくれた父を、今なつかしく思い出している。
January 11, 2005
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柿の種は大好きだ。ほとんど無意識に口にポイポイと放り込んで、バリバリとかみ砕く爽快感がなんとも言えない。亀田の柿の種の小袋の裏側に、『けなげ組』というシリーズが載っている。縁の下の力持ちで、けなげに自分の役割を全うしているものたちを二つずつ紹介している。亀田製菓のホームページには『けなげ組』全員の紹介が出ている。時々ほろっとさせられる紹介文もある。最近の柿の種といえば、「おいしいピーナツ入り」をウリにしているものもあるが、私は柿の種だけの方がいい。唐辛子でかっかとほてった口を冷たい水で冷やしながら『けなげ組』をしみじみと読む。いつもこれで一休みする。探したら、こんな柿の種もあった柿の種だけが食べたい!方に亀田の柿の種 140g
January 10, 2005
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『美しき日々』第12回「暴露」3人がそれぞれ待っていた。ソンジェは複雑な気持ちでミンチョルの到着を。ヨンスはソンジェに「待ってて」と言われ、ただ素直に。ミンチョルは後悔と一縷(いちる)の望みを胸に、ヨンスの姿を。ソンジェは人間の器が大きいのだ。清濁併せのみながら、傷つけられ、傷つきながらも他者を思いやらずにはいられない。桜並木でほんのり紅色になった心が色あせてくるのに、それほど時間は掛からなかった。関連日記:2004年07月26日 ガラス窓の内側
January 9, 2005
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私のひざで丸くなっていた黒猫の兄貴が、しきりに上を見上げる。背中にぽたぽたと落ちる温かい水が気になって仕方がないのだ。『地べたっこさま』という児童書を読んだ。児童書という形になっているが、内容は重い。1話読むごとに、「おまえならどうする」、「おまえにはそういう勇気があるか」と問われているような気がする。けれども、語り口は非常に穏やかだ。この本の中で、知っていた話は「おこんじょうるり」だけだ。美しい人形アニメの「おこんじょうるり」を見て、なんとしても原作を読んでみたかった。いたこのばあさまと、病気を治すじょうるりをうなるキツネのおこんの二人三脚は、人間のよこしまな欲望によって引き裂かれてしまう。映画が描いていた雰囲気と原作はぴたりと一致した。長岡輝子さんの朗読が聞こえるようだ。おこんのうなるじょうるりも。本から目を移すと、黒猫の兄貴はスヤスヤと私のひざで眠っていた。私のおこんはここにいる。『地べたっこさま』(さねとうあきら=作 井上洋介=絵 理論社)
January 8, 2005
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K女史と電話で「寒いね~」と話をした。三姉妹猫シリーズ第18弾。(バックナンバーは《 猫はすべてを語る 》にあります)最近、若いオス猫がK女史宅付近を徘徊(はいかい)しているらしい。メスたちに自分を売り込んでいるのだが、評判はいまひとつ芳しくない。「人(猫)望がありませんもん」とK女史。若いオスに言い寄られると、メスたちはアラン君のところへ逃げてくる。アラン君はK女史宅のオス猫で、付近のボス猫だ。「アラン君とけんかにはならないの?」と聞くと、アラン君が相手にしないとのこと。ボスの余裕といったところだろう。ボス猫志願のお若いのに言って聞かせたい。「ボス猫の後について修行するのが早道だよ」関連日記:2004年05月02日 アラン君登場
January 7, 2005
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連想!マツケンサンバ● → カルニバル → ハンニバル・レクター博士 →アンソニー・ホプキンス → 『日の名残り』 → カズオ・イシグロ → 家々の明かりが夜空の星々に連なる → 『銀河鉄道の夜』ふりだしから二つ目は『バットマン』のジョーカー(ジャック・ニコルソン)も考えた。ふりだしから三つ目はレイ・ブラッドベリもいいなと思った。『銀河鉄道の夜』からは、いくつも枝分かれして収拾がつかない。《 おまけ 》マツケンサンバの次の文字は「機種依存文字」で拒否されてしまった。予想はしていたが。「2」では気が抜けるし、で、●。
January 6, 2005
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猫の食料が少なくなってきたので買い出しに行った。ついでに七草も買う予定だったのだが、行きつけの八百屋は、まだ正月休みだった。年中無休、元日だけ休みという店も増えている中、12月31日から6日も連続休暇を取るとはあっぱれという感じがする。三本締めで仕事を納め、晴れ着にご祝儀相場で仕事を始めるなんて、遠い昔の話だ。銀行が12月31日まで通常通り営業していた時代、私たちの職場は公務員とほぼ同じ日程で、しかも、最終日と初日は慣例的に営業時間は半日だった。八百屋の仕事納めの日(売り尽くしセール)にちょうど行き当たって、大根を定価の十分の一で買うことができた。もう1本買いたかったが、レジにもう一度並ぶ時間が惜しく、そのまま帰ってきてしまった。今年の年末は上手に買おうと早くももくろんでいる。明日、八百屋に行けるかどうか分からないので、取りあえずスーパーで七草を手に入れた。最近は「乾燥七草」というものも出ていて迷ったが、やはりみずみずしいほうにした。これで7日の七草がゆが食べられる。
January 5, 2005
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これは、「お年玉をやった」というより、「取られた」という感じだ。お湯を入れた湯たんぽで縞猫の寝袋を温めて滑り込ませる時間がなくて、私の「レンジでチンする湯たんぽ」を貸したところ、すっかり気に入ってしまい、「縞猫のものだ」と主張する。ある程度予測はしていたが、縞猫は毎年一つずつ備品を自分のものにしていく。最初がこたつカバーで、次が普通の湯たんぽ、そして、今度が「レンジでチンする湯たんぽ」である。年末から寒くなった。今、キーを打つ手を温めているのはペットボトルだ。そのうちに、「レンジでチンする湯たんぽ」も、お湯を入れる湯たんぽ同様取り返してみせる。しばらくは2005年のお年玉ということで、縞猫の所持品目録に入れておこう。
January 4, 2005
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韓国ドラマ『遠い路』(2001年 出演:イ・ビョンホン、パク・チニ 演出:ユ・チョリョン)2001年というから、『美しき日々』と同時期の作品と思われる。イ・ビョンホンの初めての悪役といわれるミンチョル(『美しき日々』)から入ったので、この作品や『美しい彼女』の心優しき主人公の演技に、また違った魅力を感じてしまった。成り行きから婚約者のふりをすることになった男女。訪れるのは女の故郷。独り暮らしの父が首を長くして二人の帰郷を待っている。どこかで見た風景だと思ったら、『冬のソナタ』にも登場した海辺だった。こういう出会いはないと思いながら、あるかもしれない、あればいいなと思わせる暖かい物語だった。なりすましの二人が本当の恋人に、そして家族になる日もそう遠いことではない。
January 3, 2005
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昨年末の紅白歌合戦、何よりも楽しみにしていたのはイ・ビョンホンの出演だった。そして心配だった。というのも、10月に来日した折のNHKニュース生出演で、ちぐはぐなインタビューをされて気の毒だったことが念頭にあったからだ。今回の来日は、映画『甘い人生』の撮影中で、ほとんど睡眠時間も取れない中、時間を作り、原稿を作ってメッセージを届けにきたということだ。紅白歌合戦でのイ・ビョンホンのメッセージは格調高く、志も高く、素晴らしかった。深々とお辞儀をしたあと、滑らかな美しい声が響く。「韓国と日本の国交正常化40周年のお祝いと、日本の皆さまに感謝の言葉を申し上げるためにやってまいりました」。「さらに来年は、韓国と日本の映像文化が区別されず、東洋の映像文化として世界的なものになることを期待しています」。3分足らずの出演は、ほかのどのシーンをも圧していた。本当によくぞおいでくださった。『美しき日々』でイ・ビョンホンと共演したイ・ジョンヒョン(セナ役)の歌と衣装もとてもよかった。初出場の言葉として、彼女は「韓国の代表として責任感でいっぱい」と述べている。紅白歌合戦のオープニングでまとっていた美しい韓服が、彼女の決意を物語っていた。久しぶりに心の高揚した大晦日の夜だった。
January 2, 2005
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2001年1月1日、世間は新世紀の訪れに沸き返っていた。私はすがるような思いでこの本を読んでいた。『目に見えないけれど大切なもの』( 著者: 渡辺和子 出版社:PHP研究所 )2005年1月1日、0時、船の汽笛が聞こえた。花火も上がったようだ。やはり、この本で始めよう。----------------------------インド洋大津波、犠牲者は12万人を超えた。胸が痛む。
January 1, 2005
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