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労働省と厚生省が合体して厚労省となったせいか?アスベスト問題では責任転嫁する先がなく、厚労省のお役人の問題意識は大きいようで、それなりの施策が執られようとしていますね。アスベストに対する弱腰規制とか、構造的に官製談合を生む体質とか長期安定政権下で行政の劣化も極わまっているようですが・・・・・・裁量行政、無責任行政に対するチェックシステムはあるのだろうか?どっこい!行政とは無謬性(役人のすることに間違いはない)の元にあるのだそうで、その無謬性を補完するために次のような役に立たない?組織もあるようです。・内閣府 経済財政諮問会議・総務省 行政管理局、行政評価局・内閣法制局etcところで内閣法制局って何をするところだろうか?国会審議で法的定義が必要なときだけ呼ばれて答えるところだろうか?どうも内閣法制局とは革新的な法案を通さないためにあるようで、そのような法案は議員立法でないと通らないようです。「こんな法律はいらない」阿部康隆著 東洋経済新報社1500円という本を読んでみると、阿部さんは国会の事務局の中に「反行政・国民防衛局」の設置を提案しているようです。おお!実現性に疑問符がつくにしろ、やや気宇壮大にしろ、大局的でいい提案ではないだろうか?ということで阿部さんの著書より内閣法制局の説明を紹介します。役人は法律を作るとき、行政の裁量が広くなるよう工夫する。これをチェックするのは本来議会の任務であるが、議会にはこうした法技術的なことは能力がない。これをチェックできるのは本来内閣法制局である。しかし、その参事官以下 中央各官庁からの派遣であるから、こうした問題意識を持たない。こうして内閣法制局は問題が多いのに、行政改革では無傷で生き残った。・・・
2005.07.29
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ある新聞に“公”害と書いていたが・・・・今メディアで騒がしいアスベスト問題は、お役人の不作為による害(犯罪)なのかも知れない。アスベストによる病害は30年くらいたって発症するので“静かな時限爆弾”と呼ばれているが、今がタイムアップの時期なのでしょうか?アスベストリスクという言葉がアメリカにあるのは、アメリカのような訴訟社会では民間企業が組織防衛するためにリスク管理する必要性があるからでしょう。アメリカでもロビーイストの力が大きいが弁護士の力も大きいので、リスクという言葉で表現される拮抗した状況が早い時期から現れたのでしょう。一方 日本では業界団体にからきし甘いお役所のスタンスがあるのではないだろうか?労基署では早い時期(30年ほど昔)にアスベストの危険性についてアラームあげていたそうだが、縦割りの弊か厚生省は我関せずであったそうな。不祥事発生の際、責任を回避したり、責任を不明瞭にするのはお役人のサガかもしれないが、昨今の司法ではこれを不作為の罪とする潮流があるようです。そして、日本石綿協会という業界団体には酷のようだが、業界としては延命より転進に軌道修正するのが筋というものだったでしょう。(今となっては、石綿製品の撤去・破棄に持っている知見、技能を傾注するのが業界として得策だと思うけど)それにしても石綿含有製品の製造、使用が2004年10月から原則全面禁止されたが、あまりにもスローモーであり、労働安全衛生法が製造者寄りであったと思います。石綿に関して他の国で取られている施策が、日本でおおよそ10年ほど遅れているとしたら、それは動きの鈍いお役人の“公”害なんでしょうね。クボタが病死者を公表したことから端を発して、企業からの病死者の公表があいついでいます。これからは厚労省や関係官庁の今後の対応が注目されるが・・・・・“公”害を許した生産者重視の政、官、財のスタンスにより、市民や消費者が割を食う事例は日本のあちこちに見られるようです。
2005.07.22
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零戦を生んだ天才技師堀越二郎が次に挑戦した戦闘機が雷電と呼ばれた局地戦闘機でした。真横から見ると不恰好な雷電も、角度を変えると無骨でもシャープな印象となり、零戦パイロットが雷電をクマンバチとやや好意的に形容したのも解るような気がします。『雷電』渡辺洋二著(文春文庫590円)という本を読んだところですが・・・この本のサブタイトルが「異貌の海鷲」となっているように、雷電は異貌でありインパクトが強いので、子供時代からその名前と機体は気になっていました。日米開戦の報に接して自棄半分にしても「鬱屈していた気分から開放された」と当時の日本人が回顧しているように、如何に日中戦争に大儀が無かったかということを、臣民が感じていたかがおおよそ想像できます。現在 多少なりと機械関係の仕事で禄を得ている身で、歴史認識で鬱屈する私もナショナリズムに抗することができないので・・・かってB-29に一矢報いた雷電が技術の争いとしても、どうしても気になるところです。雷電がこのような機体になった背景には、戦時の技術力がそのまま形となって現れています。高空で有効な高出力のエンジンを国産でまかなうことができなかったにしろ、技術者とテストパイロットの努力の結果として曲りなりにも雷電という機体があり・・・もし水冷エンジンの技術がこなれていれば、雷電はP-51ムスタングをもっとずんぐりした形のB-29キラーなっていたでしょう。水冷エンジンの技術は同盟国ドイツから伝わり、陸軍の飛燕のエンジンとして稼動していたが、故障が多くこなれた技術ではなく、また雷電の高空での能力アップの為に導入した過給機も機能しなかったようです。戦闘機と言わず兵器の製作には、その時代の国力が反映されるし、いたらない兵器であってもその兵器で戦うわざるを得ないのが戦争というものであり、制式機となったあと、このクセのある戦闘機を整備し、操縦した我らが父親世代により圧倒的な米軍に抵抗したわけです。昔も今も兵器のノウハウはブラックボックスとなっているようですが・・・・高額で、軍事プロが酷評する(的に当たらない)米ミサイル防衛システムを世界で一番早く日本がシステム導入することを決定したらしい。それも 日本でのライセンス生産無しで、すなわちブラックボックスのシステムをアメリカの言値で導入(購入)するらしい。要は米産軍複合体の開発費を負担しろという圧力に、同盟国として協力するという決定を下したのかもしれないが、防衛庁には戦略思考があるのだろうか?(それとも防衛庁の上が○?なのか?)今から思うと、日米開戦当時は戦略は未熟でも兵器技術では大差なかったことに驚くばかりですが・・・そのような感慨はさておいて、オーバーキルとなってしまった今の兵器技術には食指を出さない知恵はついているだろうか?と思ったりします。
2005.07.19
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日ごろ お役人の行状にぼやき続けているが、熊本県の「水とみどりの森づくり税」には、郷土を憂うお役人のスタンスがうかがえて、ちょっと見直した思いがします。同じ趣旨の税金は何年か前に高知県も導入したけど、個人の年額500円というのも同じですね。ところで、こういう税金は、日本ではどれだけの県が導入しているのだろうか?ということで、山童(やまわろ)さんの日記の植林放棄シリーズから水とみどりの森づくり税紹介します。山童(やまわろ)さんのようなプロの目でみれば・・・「20年間の伐採制限しかない。20年も経てば立派な木が育ち、伐採すれば金になるのだ。」というように、万全ではないようだが・・・・国の無策による悲惨な現状を改善するには、このような地方の前向きな動きが有効ではないでしょうか?
2005.07.17
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道路公団が民営化されると公団からの天下りは違法でないという屁理屈が成り立つなどと、国交省のお役人がうそぶくように・・・・現在の日本では、行政が立法及び司法の役割まで勢力を広げ、行政の行う方針立法、実行、紛争裁定につき明確な法的根拠もなく行われ、行政の行うことに対し異議を唱え、これを変更することが極めて困難な仕組みを作り上げている。行政をあまりに信頼し依存しすぎている法制度を根本から変革する必要がある。・・・・・・かように弁護士の野村吉太郎さんが言っています。最近の行政訴訟では各地の地裁で違った判決がでることが多く、裁判官の見識も以前よりはマシになったような?印象をうけるが、如何せん行政立法がザルみたいなものなので、司法の頑張りではどうしようもないシステムの欠陥があり、その欠陥は修復されずに侵食を続けているのではないだろうか?裁量行政のお役人は、日々 無茶な行政立法に勤しんでいるようだが・・・・このようなシステムの欠陥に対する歯止めというものは、はたしてあるのだろうか?と思いグーグルで探してみたら「行政立法の司法審査」という言葉がヒットした。「行政立法の司法審査」という考え方があるのか・・・・現在は多分まともに機能していないだろうが、この考え方は官僚社会主義システムの風通しを多少なりとも良くする方策ではないだろうか?ということで、日弁連の行政訴訟検討会というコーナーで「行政立法の司法審査」ということばを見かけたので以下に紹介します。行政訴訟検討会(平成16年10月15日(金)14:30-17:30)では、事務局作成資料に基づいて、引き続き(1)裁量統制、(2)行政立法の司法審査、(3)行政計画の司法審査、(4)団体訴訟に関する検討がなされました。次回最終回では4文書の最終確定と、検討会の審議経過をまとめた簡潔な客観的文書が事務局から提出され確定される予定。日弁連は経過、残課題、後継機関問題での全般的文書をつくり、水野委員から提起する予定。官僚社会主義システムの周りをウロウロとさまよい、突破口は有るのだろうか?と思う身にとっては、このような言葉を窓口にしてグーグルの深みに迷い込んで行ったりします。
2005.07.15
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ロンドンの連続テロについて天木さんがブログで次のように言っています。●膨大な予算を組んで警備を強化したり、駅前のゴミ箱を撤去するといった異常な仕事を末端の職員に強いるよりも、自衛隊をイラクから撤退させるということを宣言するだけで、たちどころに日本の安全は確保される。それはテロに屈することではない。いままでの間違いを正すだけのことだ。●何で世の中はこんなに暴力的になってしまったのかと。誰がそれで一番利益を受けているのかと疑うべきだ。専門家よ、メディアよ。もっと本当のことを語ってくれ。もっと深刻な事実を語ってくれ。テロに屈してならないのは当然である。貧困や人権を抱える中東のイスラム社会にも民主化は必要だ。しかしその前に、まず、アフガンやイラクの治安と人権の回復が先だ。米、英の軍事占領の終結が先だ。自衛隊がイラクに派遣される前から、理念なき対米追従が日本にテロを引き込むと危惧されたが、それは折り込み済みということで現在も12月15日まで自衛隊が派遣されている。そして、小泉さんは派遣延長の有無についてはその期限の日に決めるといっているが・・・誰のためのイラク派遣だったのかの説明を聴きたいものだし、理念なき派遣延長は止めてほしいものである。ロンドンの連続テロはアルカイダの一派からの犯行声明が出されているが、真相はまだ解明されていないようだ。富裕な十字軍政府に対するムスリムの怨嗟が広がっている今・・・アルカイダとは今や、上意下達のピラミッドのような組織でなくて、ネットワークのような緩い組織であり、組織というよりは現象とでもいうものだそうだ。今回のテロはアルカイダの指令が無かったとしても、アルカイダの一派が実行したのであれば潤沢なアルカイダから支援金が出る仕組みまであるそうだ。テロとの戦いの前になすべきことは、悪の枢軸国と呼ばれるような貧困国の治安と人権の回復が第一であり・・・・そして根本的には貧困、差別を助長するグローバリズム(アメリカニズム)と呼ばれるギャンブル資本主義の見直しまでが求められているのではないのだろうか?
2005.07.10
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年を取って涙腺が緩くなったのか・・・・・朝高のブラスバンドが部活の練習で「イムジン河」を奏でるとき・・・そして、朝鮮人の園遊会に飛び入り参加した康介がキョンジャのフルート伴奏で「イムジン河」を歌うシーンで、不覚にも涙が流れた。もっとも、これは70年代にフォークルを聴いた者の懐旧の思いが成せるのかも知れないが、かって歌っていた歌というものはこんなにも魂をゆさぶるものなんですね。民族を超えた恋といえば大げさですが、番長の妹とわかってもキョンジャをめがけてアタックをやめない康介のちょっと滑稽で一途な無鉄砲さがいいですね。この作品を手がけた井筒監督、そして製作スタッフの一途な馬鹿さ(若さ)が伝わってくるようで、これこそ青春映画なんでしょう。この映画でもキョンジャの兄、つまり朝高の番長が北朝鮮への帰還を希望しているシーンが見られたが、当時の日本人も在日朝鮮人も北朝鮮のプロパガンダにまったく騙されていたことを思いだします。そういえば吉永小百合の清純なイメージしか思い浮かばない「キューポラのある町」にも同じようなシーンがあったようです。1959年から84年まで北朝鮮帰還運動で、約10万人の在日朝鮮人が海を渡ったそうですが、プロパガンダにはまったにしろ・・・・このときの容共イデオロギーの愚かしさは何だったんでしょうね。私の場合も「千里馬」?というドキュメンタリー映画(プロパガンダ映画というべきか)を観た記憶があります。今では内容までは覚えていないが、私の目にも北朝鮮での希望に満ちた国家建設と映ったわけですが・・・・プロパガンダ、情報操作の恐ろしさを今になって実感しています。ところで、ワールドカップのあったつい最近(1年前?)の朝鮮関係の図式と言えば日韓vs北朝鮮であったのに・・・・現在では様変わりして、ナショナリズムに抗しきれない政治家同士のミスリードもあり、南北朝鮮vs日本という図式も生まれているそうです。北朝鮮の核に対して、韓国ではその危険性より、民族の核という意識が芽生えていると聞いたが、これは恐ろしい悪夢を見るような変化です。一言居士の小泉さんが隣国民の心情を逆撫でする発言を止めないことも、韓国でのナショナリズムを煽っているようですが・・・・この映画のように、ナショナリズムを超えた庶民の交流が続くことを望むしだいです。パッチギの公式HPから「イムジン河」を紹介します。日本では1968年に松山猛の訳詞でザ・フォーク・クルセダーズ(以下フォークル)が発売を予定してシングル盤13万枚がプレスされたが、レコード会社が直前に発売中止を決定した。関係者全員が朝鮮民謡だと思っていたために作者名の明示がないのと日本語詞が忠実でないなどの抗議を受け、政治的な配慮をしたためだ。ラジオやテレビも自主規制をしてこの曲が放送される事はほとんどなかったが、その後もコンサートではフォークルはもちろん多くの歌手に歌い継がれてきた。どこに政治的な配慮を必要としたんでしょうね。情けない自主規制だったようです。
2005.07.01
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