全59件 (59件中 1-50件目)

図書館予約していた『Wedge 2024年2月号 霞が関の危機は日本の危機』という雑誌を、待つこと12日でゲットしたのです。このところ、毎日、円安のニュースにさらされて意気消沈気味であるが、この日本の危機に日本政府はどう対応しているんだ!・・・と叫んでも虚しいのだ。【Wedge 2024年2月号 霞が関の危機は日本の危機】雑誌、ウェッジ、2024年刊<商品説明>より■【特集】霞が関の危機は日本の危機 官僚制再生に必要なことかつては「エリート」の象徴だった霞が関の官僚はいまや「ブラック」の象徴になってしまった。官僚たちが疲弊し、本来の能力を発揮できなければ、日本の行政機能は低下し、内政・外交にも大きな影響が出る。霞が関の危機は官僚だけが変われば克服できるものではない。政治家も国民も当事者だ。激動の時代、官僚制再生に必要な処方箋を示そう。<読む前の大使寸評>このところ、毎日、円安のニュースにさらされて意気消沈気味であるが、この日本の危機に日本政府はどう対応しているんだ!・・・と叫んでも虚しいのだ。<図書館予約:(4/16予約、副本?、予約1)>rakutenWedge 2024年2月号 霞が関の危機は日本の危機Special Report「霞が関の危機は日本の危機 官僚制再生に必要なこと」の冒頭から見てみましょう。p16~19<INTRODUCTION「弱体化する霞が関 もうこれ以上看過できない」> 霞が関の官僚が「エリート」の象徴から「ブラック」の象徴になったのはいつからだろうか。2019年4月に「働き方改革関連法」が施行され、官僚にも時間外労働の上限が定められ、月45時間かつ年360時間が原則とされた。 だが、多忙な部署の職員は月100時間未満かつ年720時間という上限になっており、重要案件や緊急案件に携わる場合は上限も例外も認められている。現役官僚からは「月100時間の残業なら、まだましなほうだ」(外務省)、「国会対応がある部署は、会期中は連日タクシーで帰宅している」(厚生委労働省)との嘆き節が聞かれる。 20年10月、国家公務員制度担当の河野太郎行政改革大臣(当時)が内閣人事局に指示し、これまでブラックボックスだった官僚の超勤時間の実態が調査された。結果は、総合職(キャリア)官僚のうち20代で約30%、30代でも約15%が「過労死ライン」とされる月80時間を超えており、まさに「ブラック職場」の象徴となった。 官僚のこうした過酷な働き方が明るみになったからか、霞が関という職場は学生からも、現役官僚からも明らかに“敬遠”され始めている。国家公務員志願者数の減少や、離職者数の増加は、もはや看過できない状況だ。(中略) 1999年に政治主導のための国会審議活性化法が制定され、委員会での答弁は、官僚ではなく、閣僚が行うこととなった。これにより官僚は閣僚の正確な答弁を用意することが重要な業務の一つとなった。 各党の議員による質問は、委員会開催日の前々日までに通告することが与野党間のルールで決められている。だが、国土交通省のある官僚は「質問通告のルールを守ってくれる先生が増えたと感じるが、守らない先生も一定数いる」と指摘する。 事実、内閣人事局が23年8月に公表した調査結果によれば、4割以上がこの期日を守っていない。 質問通告を受けると、官僚たちは質問をする議員からその趣旨や内容を事前に聞き取りする「質問取り」を行う。 官僚たちは忙しい中、議員会館に足を運ばなければならないだけでなく、「質問が多い先生に関しては、いつ部屋に呼ばれるか分からないので、部屋の前で各省庁の担当者が列をなして順番待ちしている」と国会対応を担当していた元官僚経験者は語る。 こうして質問内容を聞き取った後は、関係する部局に質問を割り振り、割り振られた部局の官僚たちが答弁を作成していく。内閣人事局の同調査結果によれば、全ての答弁作成が終了した平均時間は午前1時30分を越え、作成に要した時間は7時間にも及ぶ。(中略) 目の前の仕事に必死になることを否定はしないが、官僚が本来の能力を発揮し、最も時間を割くべきは、「これからの日本」にとって必要な政策を打ち出し、磨き続けることではないか。 官僚たちはいま、「冬」の時代を迎えている。だが、このまま官僚が疲弊し、本来の能力を発揮できなくなれば、日本の行政機能は低下し、内政の行き詰まりのみならず、国際交渉における下工作もできなくなり、外交面にも多大な影響を与えることになるだろう。課題先進国・日本にとって、霞が関の危機は日本の危機なのである。 官僚制再生には、官僚自身が「前例踏襲」のくびきから逃れる必要がある。ただ、官僚機構を生かすも殺すも政治次第である点は見逃せない。そしてその政治家を選んでいるのはわれわれ国民であり、霞が関の危機は決して「対岸の出来事」ではない。国民も当事者の一人として捉える必要がある。
2024.04.30
コメント(0)

図書館で『人間の未来 AIの未来』という本を、手にしたのです。おお 山中伸弥先生の対談が出ているではないか・・・ちょっと古い本であるが、有意義なアイデアが見えるかも♪【人間の未来 AIの未来】 山中伸弥×羽生善治著、講談社、2018年刊<「BOOK」データベース>より人工知能、進化するロボット、iPS細胞による最先端医療ー私たちの暮らしはどう変わっていくのか?ノーベル賞科学者と史上最強棋士が「10年後、100年後の世界」を予言する。<読む前の大使寸評>おお 山中伸弥先生の対談が出ているではないか・・・ちょっと古い本であるが、有意義なアイデアが見えるかも♪rakuten人間の未来 AIの未来どこから読んでもいいのだが、「第8章 十年後、百年後、この世界はどうなっていると思いますか?」から見てみましょう。p202~204<人間は不老不死になれるのか>羽生:たとえばiPS細胞による再生医療やゲノム編集技術によって、病気がすべてなくなったら、人間は不老不死になることも可能なのでしょうか。山中:いや、老衰は間違いなく起こるでしょう。今のところ、生きることができるのは、細胞の寿命である百二十歳くらいまででしょうね。 僕もびっくりした話があって、血液を作る細胞である造血幹細胞が骨髄にあります。生まれた時は確か1万個くらいと少ないんです。造血幹細胞自体はあまり増えないけれど、分化する途中に前駆細胞を作り出して、その子たちが急激に増えて赤血球や白血球、血小板になって、どんどん入れ替わっているんです。 ただ、造血幹細胞も時々は分裂しなければいけない。分裂していると、遺伝子に傷が入ったり、寿命で死んだりしていくものもあります。だから造血幹細胞はだんだん減っていくだろうとは思っていました。百歳くらいの人を調べたら、造血幹細胞が二個しかない。羽生:二個でやりくりしているわけですか。山中:その二個がすべてで、何もせずにゼロになったら、間違いなく終わりです。そrが老衰による死です。でも、そこで骨髄移植をすれば、移植された造血幹細胞が血液をつくりだすようになります。 心臓も基本的には生まれたままの細胞がずっと残っていますから、生まれて百年以上経てば、やがて心不全になります。ただ、これも心臓移植をすることができます。足が弱っても、人工関節などの技術が今は進んでいます。 あとは能ですね。能も基本的に生まれたままで、脳細胞は滅多に増えません。でも脳を入れ替えてしまうと、その人がいったい誰なのかわからなくなりますね。羽生:もはや本人とは言えなくなってしまう。山中:だから、決め手になるのは脳じゃないでしょうか。そこまでやるか、という話です。でも脳以外は、超大金持ちがお金にモノを言わせて臓器や細胞などの移植を続ければ、理論的には更新できます。一方で、臓器移植をするには、拒絶反応を抑えるために免疫抑制剤を投与する必要があります。これには副作用があるので、免疫抑制剤によって健康が損なわれてしまう可能性があります。 基本的に老化によって造血幹細胞がどんどん減って、脳も間違いなく衰えてだめになるので、そう考えると、やっぱりヒトの寿命は百二十歳くらいが限界なのではないでしょうか。それとはまた別の問題として、それ以上生きていて楽しいかどうか、ということはありますけど。羽生:不老不死の体を獲得できるか、獲得できてもそれが幸せなことか・・・昔からあるテーマですね。山中:しかしそう考えると、生物って本当にすごいですよ。人間にしても、よくこんな精妙なものができたなと思います。たとえば進化論が説明するような偶然の産物だけで、本当に僕たちはできているのかなと感じる時もあります。『人間の未来 AIの未来』3:ヒトゲノム・プロジェクト『人間の未来 AIの未来』2:iPS細胞の最前線『人間の未来 AIの未来』1:フルマラソンで研究資金を集める羽生:山中:
2024.04.30
コメント(0)

佐和子さんの絶対食感がするどいので、ええでぇ♪・・・ということで、復刻して読んでみたいのです。*********************************************************図書館に予約していた『アガワ家の危ない食卓』という本を、待つこと10日でゲットしたのです。佐和子さんは『聞く力』という本を出すなど、良識な人ではあるが・・・わりと言いたい放題で自己主張の強い人でもあるようです。・・・・ということで佐和子さんと父親とのノーガードのバトルを見てみましょう。【アガワ家の危ない食卓】 阿川佐和子著、新潮社、2020年刊<出版社>より朝ご飯を食べながら「今夜は何を食わせてくれるのかね?」と訊き、「まずいものは食いたくない」がモットーの父・弘之。そんな食いしん坊で怒りん坊の亭主と四人の子供のために台所に立ち続け、齢九十をこえた母。そして女優業にも忙しくなった娘。毎食が波乱含みの食卓の情景で綴る一家の歴史。和田誠氏への追悼文を附す。<読む前の大使寸評>佐和子さんは『聞く力』という本を出すなど良識な人ではあるが・・・わりと言いたい放題で自己主張の強い人でもあるようです。<図書館予約:(11/13予約、副本8、予約5)>shinchoshaアガワ家の危ない食卓佐和子さんのおにぎりを、見てみましょう。p49~52<素手にぎり> ゴルフに出かけるときはたいがいコンビニで朝ご飯を買う。寝静まる早朝の道路脇にてチロリンチロリンとドアの呼び鈴も高らかに、売場の奥へ歩み寄り、さておにぎりにしようか、それともサンドイッチにしようか。迷い迷ってどちらかを選ぶ。その日の気分にもよるが、六四の割合でおにぎりを選ぶことが多い。で、具は何にしようか、それとも梅か・・・。明太子、とり五目、ツナマヨ・・・。ああ、目移り。 人生は選択の積み重ねなりと心に唱えつつ、そして結局、梅か鮭をつかみ捕る。 それにしても今どきのおにぎりはよくできているものだ。海苔のパリパリ感を維持するためのプラスティック包装にしても、種類の豊富さにしても味ににしても、企業努力が尽くされている。思えば私が子どもだった頃、おにぎりを気軽に、しかもこれほど日常的に外で買うという環境はなかった。 おにぎりそのものの歴史はじゅうぶんに古いと聞く。江戸時代にはすでに旅人の携帯食として、あるいは農作業の合間の弁当として人々に愛されていたようだ。明治になると、旅館が竹の皮に包んだおにぎりを駅弁として売り出したという記録もある。 そういえば中学二年生のときに初めてスキー場へ行き、早朝に旅館の玄関に集合してゲレンデへ出発しようと支度をしていたら、半纏を着た旅館のおじさんが、参加者の子供たち一人一人に経木に包まれた弁当を配り始めた。おやおや、何だろう。紐を解いてこっそり中を覗くと、驚くほど大きな三角形をしたおにぎりが二つ、その脇にたくわんが二切れ添えられていた。「それが君たちのお昼ご飯。リュックにしまっておきなさい」 先生の声を耳にしながら、おかずなし? だいたいデカすぎるよぉと密かに顔をゆがめたが、とりあえずリュックに押し込む。しかし、そのあとゲレンデで転んだりスキー板が外れたり、なんとかボーゲンができるようになったり手がかじかんだり寒さのせいで目から涙が止まらなくなったりした末に、「はーい。お昼休み! ロッジに入ってお弁当を開けなさーい」 身体中にこびりついた雪の粉を叩き落とし、凍えた指先をさすりさすり席に着き、経木を開いておにぎりを頬張ったときのおいしかったこと。母以外の人間が握ったおにぎりを食べるのはそれが初めてだったかもしれない。見慣れぬかたちと大きさに驚いて、とても食べ切れないと思った大型三角おにぎり二つだったのに、ペロリと平らげた覚えがある。(中略) 母が握るおにぎりは三角形でなく俵のかたちをした小ぶりのものだった。大きすぎもせず小さすぎもせず、どっしりとした重量感はないが、頼りなくもない。かたちそのものがのほほんとした「母」だった。 私が母の真似をして同じ大きさのつもりで握っても、どういうわけか、母と同じかたちには整わない。安定感がなく、均等な大きさに揃わず、そしてなんだかふてぶてしい。おにぎりは、握る者の性格がみごとに表れるものだと、子供心に合点した。 おにぎりは素手で握らないとおいしくない。父はことあるごとにそう口にした。「手のひらにすり込んだ塩と、手から出るホルモンだか汗だか垢だかわからんが、それらが化学変化を起こしてうまみを出すんだ」 どこで教えられたか知らないが、父はおにぎりをかじるとき、必ずと言っていいほどその話を持ち出した。手から染み出る汗かホルモンか垢か。少々汚い気がしつつも、それはおそらく本当のことだろうと、娘の私は信じ込んだ。『アガワ家の危ない食卓』4:佐和子さんのおにぎり『アガワ家の危ない食卓』3:演技者としての佐和子さん『アガワ家の危ない食卓』2:佐和子さんの韓国料理めぐり『アガワ家の危ない食卓』1:冒頭のエッセイ
2024.04.29
コメント(0)

今回借りた4冊です。 だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は強いていえば、「手あたり次第」でしょうか♪<市立図書館>・Wedge 2024年2月号 霞が関の危機は日本の危機・宇宙へ・日本の映画産業を殺すク-ルジャパンマネー・写真で見る満州全史<大学図書館>(ただいま市民への開放サービスを休止中)図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)***********************************************************【Wedge 2024年2月号 霞が関の危機は日本の危機】雑誌、ウェッジ、2024年刊<商品説明>より■【特集】霞が関の危機は日本の危機 官僚制再生に必要なことかつては「エリート」の象徴だった霞が関の官僚はいまや「ブラック」の象徴になってしまった。官僚たちが疲弊し、本来の能力を発揮できなければ、日本の行政機能は低下し、内政・外交にも大きな影響が出る。霞が関の危機は官僚だけが変われば克服できるものではない。政治家も国民も当事者だ。激動の時代、官僚制再生に必要な処方箋を示そう。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(4/16予約、副本?、予約1)>rakutenWedge 2024年2月号 霞が関の危機は日本の危機【宇宙へ】福田和代著、講談社、2012年刊<「BOOK」データベース>より【目次】職業メンテナンスマン。仕事場は、宇宙!2031年、原田拓海は宇宙へ上がる。天に向かい、まっすぐ伸びていく“宇宙エレベーター”で。誰もが宇宙へ行ける時代の到来。夢のその先には、誰も味わったことのない未知なる“お仕事”が待っていた。 遙かなる宇宙の歌/メンテナンスマンはマタ・ハリの夢を見るか?/アストロノーツに花束を/わが名はテロリスト<読む前の大使寸評>追って記入rakuten宇宙へ【日本の映画産業を殺すク-ルジャパンマネー】 ヒロ・マスダ著、光文社、2020年刊<「BOOK」データベース>より「日本再生のカギ」「成長戦略の柱」などと叫ばれ、国を挙げて推進されてきたクールジャパン政策。映画産業に関しては「ハリウッドで日本映画を作る」と気炎が上がっていた。ところが、実際は全く成果を上げられないどころか数十億~数百億円の赤字を垂れ流す、壊滅的な状況となっている。巨匠ヴィム・ヴェンダース監督からの言葉をきっかけにクールジャパン政策の問題点を長年追いかけてきた映画プロデューサーが、すべての元凶である経済産業省の不正や非常識を徹底的に暴くとともに、世界各国の成功例を基にした、クリエイター支援のあるべき姿を考える。<読む前の大使寸評>追って記入rakuten日本の映画産業を殺すク-ルジャパンマネー【写真で見る満州全史】太平洋戦争研究会, 平塚柾緒著、河出書房新社、2018年刊<「BOOK」データベース>より日本は大陸で何をしようとしたのか?…「幻の帝国」の前史から崩壊後まで!満鉄・関東軍・満州事変・満州国誕生・日本人街・開拓移民団・帝国崩壊・シベリア抑留・負の遺産…私たち日本人が今知るべき歴史!【目次】消えた帝国を歩くー現在も姿をとどめる「満州」残影/第1章 満鉄と関東軍/第2章 満州事変/第3章 関東軍の満州支配/第4章 日本人が住んだ街/第5章 満州帝国の繁栄と崩壊<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると・・・まさにタイトルにあるとおり写真が満載のビジュアル本となっているのが、ええでぇ♪rakuten写真で見る満州全史
2024.04.29
コメント(0)

『朝日デジタルの書評から』フォームや『読みたい本』フォームを作っているのだが、これを市図書館の予約に利用しようと、思い立ったのです。これまでの予約内容と予約候補は以下のとおりです。<予約中>・川上未映子『黄色い家』(7/24予約、副本?、予約504)現在164位・三浦しおん『墨のゆらめき』(8/9予約、副本12、予約373)現在75位・堤未果のショック・ドクトリン(8/25予約、副本7、予約177)現在40位・『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』(9/18予約、副本5、予約126)現在38位・原田ひ香『図書館のお夜食』(10/04予約、副本17、予約402)現在148位・南海トラフ地震の真実(10/20予約、副本?、予約44)現在5位・斎藤幸平『マルクス解体』(11/28予約、副本?、予約?)現在7位・吉岡桂子『鉄道と愛国』(12/04予約、副本?、予約?)現在5位・高野秀行『イラク水滸伝』(1/06予約、副本3、予約86)現在56位・大学教授 こそこそ日記(1/12予約、入荷待ち、予約?)現在28位・絲山秋子『神と黒蟹県』(3/02予約、副本3、予約63)現在53位・本川達雄『ウマは走るヒトはコケる』(3/31予約、副本1、予約5)現在3位・三浦しおん『しんがりで寝ています』(4/12予約、副本?、予約106)現在103位・カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」(4/27予約、副本1、予約48)<カートで待機中>・N・ネフスキー著『月と不死』・グレタたったひとりのストライキ・カズオ・イシグロ『夜想曲集』・沢木耕太郎『深夜特急』<予約候補>・中野翠『ほいきた、トシヨリ生活』・鴨志田譲×西原理恵子『アジアパー伝』:図書館未収蔵・ジョージ・ミーガン『世界最長の徒歩旅行』:図書館未収蔵・李琴峰『彼岸花が咲く島』:第165回芥川賞受賞作(21年)・井上ひさし『本の運命』・ジェイムズ・ジョイス『フィネガンズ・ウェイク』・ケン・リュウ『草を結びて環を衡えん』:図書館未収蔵・九段理恵『東京都道場塔』:図書館未収蔵・外山滋比古『思考の整理学』・ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』・西東三鬼『神戸・続神戸』・「中国」はいかにして統一されたか・街道をゆく「モンゴル紀行」「南蛮のみち」・地球の歩き方 日本<予約分受取:2/04以降> ・絲山秋子『御社のチャラ男』(1/27予約、2/04受取)・村上春樹×柴田元幸『翻訳夜話』(2/15予約、2/27受取)・楊双子『台湾漫遊鉄道のふたり』(6/23予約、2/27受取)・川添愛『世にもあいまいなことばの秘密』(1/26予約、2/27受取)・呉叡人『フォルモサ・イデオロギー』(2/03予約、3/11受取) ・森見登美彦『太陽と乙女』(3/23予約、3/31受取)・Wedge 2024年2月号 霞が関の危機は日本の危機 (4/16予約、4/28受取予定)**********************************************************************【黄色い家】川上未映子著、中央公論新社、2023年刊<「BOOK」データベース>より2020年春、惣菜店に勤める花は、ニュース記事に黄美子の名前を見つける。60歳になった彼女は、若い女性の監禁・傷害の罪に問われていた。長らく忘却していた20年前の記憶ー黄美子と、少女たち2人と疑似家族のように暮らした日々。まっとうに稼ぐすべを持たない花たちは、必死に働くがその金は無情にも奪われ、よりリスキーな“シノギ”に手を出す。歪んだ共同生活は、ある女性の死をきっかけに瓦解へ向かい…。善と悪の境界に肉薄する、今世紀最大の問題作!<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(7/24予約、副本?、予約504)>rakuten黄色い家【墨のゆらめき】三浦しおん著、 新潮社、2023年刊<出版社>より実直なホテルマンは奔放な書家と文字に魅せられていく。書下ろし長篇小説! 都内の老舗ホテル勤務の続力は招待状の宛名書きを新たに引き受けた書家の遠田薫を訪ねたところ、副業の手紙の代筆を手伝うはめに。この代筆は依頼者に代わって手紙の文面を考え、依頼者の筆跡を模写するというものだった。AmazonのAudible(朗読)との共同企画、配信開始ですでに大人気の書き下ろし長篇小説。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(8/9予約、副本12、予約373)>rakuten墨のゆらめき【堤未果のショック・ドクトリン】堤未果著、幻冬舎、2023年刊<「BOOK」データベース>より「ショック・ドクトリン」とはテロや大災害など、恐怖で国民が思考停止している最中に、為政者や巨大資本がどさくさに紛れに過激な政策を推し進める悪魔の手法のことである。日本でも大地震やコロナ禍という惨事の裏で、知らない間に個人情報や資産が奪われようとしている。パンデミックで空前の利益を得る製薬企業の手口、マイナンバーカード普及の先にある政府の思惑など…。強欲資本主義の巧妙な正体を見抜き、私たちの生命・財産を守る方法とは?滅びゆく日本の実態を看破する覚悟の一冊。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(8/25予約、副本7、予約177)>rakuten堤未果のショック・ドクトリン【ぼくはあと何回、満月を見るだろう】坂本龍一著、新潮社、2023年刊<「BOOK」データベース>より「何もしなければ余命は半年ですね」ガンの転移が発覚し、医師からそう告げられたのは、2020年12月のこと。だが、その日が来る前に言葉にしておくべきことがある。創作や社会運動を支える哲学、坂本家の歴史と家族に対する想い、そして自分が去ったあとの世界についてー。幼少期から57歳までの人生を振り返った『音楽は自由にする』を継ぎ、最晩年までの足跡を未来に遺す、決定的自伝。著者の最期の日々を綴った、盟友・鈴木正文による書き下ろし原稿を収録。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(9/18予約、副本5、予約126)>rakutenぼくはあと何回、満月を見るだろう【図書館のお夜食】原田ひ香著、ポプラ社、2023年刊<「BOOK」データベース>より東北地方の書店に勤めるものの、うまくいかず、仕事を辞めようかと思っていた樋口乙葉は、SNSで知った、東京の郊外にある「夜の図書館」で働くことになる。そこは普通の図書館と異なり、亡くなった作家の蔵書が集められた、“本の博物館”のような図書館だった。開館時間は夜7時から12時まで、まかないとして“実在の本に登場する料理”が出てくる「夜の図書館」で、本好きの同僚に囲まれながら働き始める乙葉だったがー。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(10/04予約、副本17、予約402)>rakuten図書館のお夜食【南海トラフ地震の真実】 小澤慧一著、東京新聞出版、2023年刊<「BOOK」データベース>より「南海トラフは発生確率の高さでえこひいきされている」。ある学者の告発を受け、その確率が特別な計算式で水増しされていると知った記者。非公開の議事録に隠されたやりとりを明らかにし、計算の根拠となる江戸時代の古文書を調査するうちに浮かんだ高い数値の裏にある「真実」。予算獲得のためにないがしろにされる科学ー。地震学と行政・防災のいびつな関係を暴く渾身の調査報道。科学ジャーナリスト賞で注目のスクープを書籍化!<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(10/20予約、副本?、予約44)>rakuten南海トラフ地震の真実【マルクス解体】斎藤幸平著、 講談社、2023年刊<「BOOK」データベース>よりいまや多くの問題を引き起こしている資本主義に対する処方箋として、斎藤幸平は、マルクスという古典からこれからの世の中に必要な理論を提示する。本書『マルクス解体』は、マルクスの物質代謝論、エコロジー論、プロメテウス主義の批判から、未来への希望を託す脱成長コミュニズム論までを精緻に語る。これまでの斎藤の活動の集大成であり、同時に「自由」や「豊かさ」をめぐり21世紀の基盤となる新たな議論を提起する書である。<読む前の大使寸評>追って記入。<図書館予約:(11/28予約、副本?、予約?)>rakutenマルクス解体【鉄道と愛国】吉岡桂子著、岩波書店、2023年刊<「BOOK」データベース>より戦後日本の発展の象徴、新幹線。アジア各地で高速鉄道の新設計画が進み、中国が日本と輸出を巡って競い合う現在、新幹線はどこまで日本の期待を背負って走るのか。一九九〇年代から始まった新幹線商戦の舞台裏を取材し、世界最長の路線網を実現した中国の高速鉄道発展の実像に迫る第一部、中国、香港、韓国、東南アジア、インド、ハンガリーなど世界各地をたずね、鉄道を走らせる各国の思惑と、現地に生きる人々の声を伝える第二部を通じて、時代と共に移りゆく日中関係を描き出し、日本の現在地をあぶりだす。<読む前の大使寸評>追って記入。<図書館予約:(12/04予約、副本?、予約?)>rakuten鉄道と愛国【イラク水滸伝】高野秀行著、文藝春秋、2023年刊<「BOOK」データベース>よりアフワールーそこは馬もラクダも戦車も使えず、巨大な軍勢は入れず、境界線もなく、迷路のように水路が入り組み、方角すらわからない地。権力に抗うアウトローや迫害されたマイノリティが逃げ込む、謎の巨大湿地帯。中東情勢の裏側と第一級の民族誌的記録ー“現代最後のカオス”に挑んだ圧巻のノンフィクション大作!<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(1/06予約、副本3、予約86)>rakutenイラク水滸伝【大学教授 こそこそ日記】 多井学著、三五館シンシャ、2023年刊<「BOOK」データベース>より「いくらでも手抜きのできる仕事」。現役教授が打ち明ける、ちっとも優雅じゃない生活。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(1/12予約、入荷待ち、予約?)>rakuten大学教授 こそこそ日記【神と黒蟹県】絲山秋子著、 文藝春秋、2023年刊<「BOOK」データベース>より「黒蟹とはまた、微妙ですね」。日本のどこにでもあるような「地味県」の黒蟹県。そこで暮らす、そこを訪れる、名もなき人々や半知半能の神がすれ違いながら織りなす、かけがえなく、いとおしい日々。まだ名付けられていない人間関係を描き続けてきた著者真骨頂の連作小説集。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(3/02予約、副本3、予約63)>rakuten神と黒蟹県【ウマは走るヒトはコケる】本川達雄著、 中央公論新社、2024年刊<「BOOK」データベース>より背骨と手足を得て、脊椎動物は速く長距離を移動できるようになった。走る、泳ぐ、飛ぶと方法は異なるが、動物それぞれが素早い動きを可能にする体のデザインを持っている。ヒトはコケつつ歩くが、これがめっぽう効率が良くて速い。なぜ?鶏の胸肉はササミよりも3倍も大きい。なぜ?渡り鳥が無着陸で何千kmも飛べる。なぜ?魚やイルカには顎がない。なぜ?皆、納得のいく理由がある。動くための驚きの仕組みが満載!<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(3/31予約、副本1、予約5)>rakutenウマは走るヒトはコケる【しんがりで寝ています】三浦しおん著、 集英社、2024年刊<「BOOK」データベース>より雑誌「BAILA」での連載4年分に、書き下ろしを加えた全55編!三浦しをんの沼にどっぷりハマる、最新&爆笑エッセイ集。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(4/12予約、副本?、予約111)>rakutenしんがりで寝ています【カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」】 室橋 裕和著、集英社、2024年刊<「BOOK」データベース>よりいまや日本のいたるところで見かけるようになった、格安インドカレー店。そのほとんどがネパール人経営なのはなぜか?どの店もバターチキンカレー、ナン、タンドリーチキンといったメニューがコピペのように並ぶのはどうしてか?「インネパ」とも呼ばれるこれらの店は、どんな経緯で日本全国に増殖していったのか…その謎を追ううちに見えてきたのは、日本の外国人行政の盲点を突く移民たちのしたたかさと、海外出稼ぎが主要産業になっている国ならではの悲哀だった。おいしさのなかの真実に迫るノンフィクション。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(4/27予約、副本1、予約48)>rakutenカレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」【月と不死】N・ネフスキー著、平凡社、1971年刊<出版社>より著者は日本民俗学界の異色の存在として知られるロシア人学者で,柳田国男,折口信夫らと親交を結び,沖縄,東北などの民俗を採録した。本書は日本語で発表された論文・書簡を網羅した唯一の著作集。<読む前の大使寸評>ロシア人にして、日本民俗学界の異色の存在が気になるのです。<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>heibonsha月と不死図書館予約の運用にも慣れて、速攻で入手するコツも何となくつかんだと思うのだ♪・朝日書評欄で探すとしたら、3ヶ月前掲載くらいのモノが狙い目かも。・専門的すぎるほどのモノは、予約0となっていることが多い。・受取館に収蔵しているモノは、移送する手間が省けるので早くなるだろう。・本屋の店頭に出た直後の新刊本・ウィキペディアでめぼしい著作を探す・神戸市図書館の予約順位は毎週火曜日(午前1時~3時) に更新されます。・Kindle版を購入すれば、その本の全て読めるのだが、紙の本から書き写す手間が好きなわけでおます。予約分受取目録R26好書好日トップ図書館情報ネットワーク 蔵書検索
2024.04.28
コメント(0)

図書館で『人間の未来 AIの未来』という本を、手にしたのです。おお 山中伸弥先生の対談が出ているではないか・・・ちょっと古い本であるが、有意義なアイデアが見えるかも♪【人間の未来 AIの未来】 山中伸弥×羽生善治著、講談社、2018年刊<「BOOK」データベース>より人工知能、進化するロボット、iPS細胞による最先端医療ー私たちの暮らしはどう変わっていくのか?ノーベル賞科学者と史上最強棋士が「10年後、100年後の世界」を予言する。<読む前の大使寸評>おお 山中伸弥先生の対談が出ているではないか・・・ちょっと古い本であるが、有意義なアイデアが見えるかも♪rakuten人間の未来 AIの未来どこから読んでもいいのだが、「第4章 先端医療がすべての病気に勝つ日は来ますか?」から見てみましょう。p98~101<ヒトゲノム・プロジェクト>羽生:お話を伺っていると、iPS細胞の発見もそうですが、生命科学の世界は本当に日進月歩で、予想をはるかに上回る速さでどんどん変化している感じですね。山中:ええ。でも、かたや「がんの撲滅」となると、僕が医学生だったころ、多くの研究者は「人類は2000年には完全にがんを克服しているだろう」と予想していました。僕が医学部を卒業したのが1987年だから、もう30年前のことです。 でもいまだにがんは克服されていません。もちろん、30年前に比べると治療技術ははるかに進んでいますが、やっぱりまだまだがんに負ける場合も多い。そうやって進展のスピードが予想より遅い分野も、いっぱいあるということです。羽生:そんなふうに研究が進むのが速かったり遅かったりするのは、どれだけ研究に力を注ぐかに左右される側面が大きいのでしょうか。山中:それもあります。でもいちばん大きいのは、「ブレイクスルーが起こったかどうか」だと思います。iPS細胞の発見もそうですが、生命科学すべての分野で、この10年20年のいちばん大きな発見は、何といってもゲノムの解読技術です。 ゲノムは細胞の中にあるDNAで書かれた遺伝情報一式で、いわば生物の設計図ですね。科学は未来を予測しますが、先ほどのがん克服にしても、だいたい未来予測は当たりません。ゲノム技術についても、20年前には今のような事態をほとんど誰も良そうしていませんでした。羽生:それだけ予想をはるかに超えて速く進んでいるということですね。山中:はい。1990年代の後半に僕はカリフォルニアにあるグラッドストーン研究所から日本に帰国したんですが、その時は自分でもまだ実験をしていました。 ゲノム解析をするために当時どうしていたかと言うと、電気泳動でDNAを分離する装置を自分で作るところから始まります。一晩かけて固まったゲルにDNAのサンプルを流し、何時間か電気泳動をした後、ATGC(アデニン、チミン、ッグアニン、シトシン)の四文字からなるDNAの塩基配列を読み取っていきます。だから一回の実験で、せいぜい五百塩基対、つまり五百字が読めるという程度です。羽生:20年前には、すごく手間がかかったんですね。山中:一回に一万字しか読めないんですから当然です。月に人類を送り込む「アポロ計画」に成功したアメリカが次に挑んだ一大プロジェクトが、1990年の初めから始まった「ヒトゲノム・プロジェクト」です。アメリカを中心にイギリス、世界各国の研究者が力を合わせて、一人で三十億塩基対あるヒトのゲノムを全部解読しようとする壮大な計画でした。 日本も少し貢献して、ヒト一人の全ゲノム暗号を10年以上の歳月と何千億円という資金をかけて、やっと解読したんです。なかなかうまくよめなかったりしていたんですが、計画は2003年に完了しました。それからコンピュータが加速度的に進歩して、革新的なゲノム解析技術がどんどん出てきました。羽生:結局、コンピュータの処理速度が上がったことが大きいのでしょうか。山中:処理速度も必要ですが、そもそもゲノムを読み取る速さで想像を絶することが起こっています。ゲノム計画で10年かかったことが、今は一日でできてしまいます。費用もどんどん下がって、2年ほど前までは10日くらいで何千万円もかかっていたけれども、今は百万円を切っています。この劇的な変化を2000年の段階で予想した人は、ほとんどいなかったと思います。羽生:じゃあ、全人類のゲノムを読むことも夢物語ではないということですか。山中:これも日進月歩です。少し長いスパンで考えると、ゲノム解読におけるこの変化がこれまでの生命科学の世界における考え方を破壊したと言うか、まったく違う段階に入ったという感じですね。『人間の未来 AIの未来』2:iPS細胞の最前線『人間の未来 AIの未来』1:フルマラソンで研究資金を集める羽生:山中:
2024.04.28
コメント(0)

図書館で『宮本常一 伝書鳩のように』という本を、手にしたのです。エッセイ集となっているが、宮本さんなら文化的センスに富んだエッセイとなっているのではないか、ということでチョイスしたのです。そういえば・・・熱血ポンちゃんの勇ましいエッセイを読んだなあ。【宮本常一 伝書鳩のように】 宮本 常一著、平凡社、2019年刊<出版社>より日本各地を歩き、漂泊民や被差別民、歴史の表舞台に姿を現さなかった無名の人々の営みや知恵に光を当てた「野の学者」宮本常一。膨大な著作のエッセンスを一冊に集成。<読む前の大使寸評>エッセイ集となっているが、宮本さんなら文化的センスに富んだエッセイとなっているのではないか、ということでチョイスしたのです。rakuten宮本常一 伝書鳩のようにどこから読んでもいいのだが、「自然を見る眼」が語られているあたりを、見てみましょう。p147~150<自然を見る眼>■三 自然の重さ この自然の重さの中で、時にはこれをはらいのけようとし、時にはこれにしたしみ、もつれあいにくしみあいつつ私たちは自然の本質というものをすこしずつ見きわめて来たのである。それだけに自然を見る眼はこまやかであり切実であったともいえる。迷信も科学もこうした中で芽吹き育って来た。■四 見すてられたものの中に 同時にわれわれは、われわれの眼にふれ、手にふれたものに、われわれの生命をきざみ、人間の歴史をのこして来た。非情に見える木や石にすら、それが人間の手にふれたものであるならば、そこに人間の息吹と歴史を感ずることができるのである。 ちかごろ出版された柳田国男先生の「海上の道」は暗示にとむ本である。現在日本の主流をなしている米作を中心にした農耕民族は、南方から琉球の島々をつたって日本に来、定住したものであろうと見ているが、その見方に多くの示唆を与えられる。 たとえばアイという風の名をとりあげて、それがいろいろのめずらしいものを吹き寄せてくれる風の名であったこと、さらにはヤシの実が波のまにまにただよいつつ佐渡や但馬や若狭、奥州などにも流れついた歴史をふりかえって、海流による南方のつながりのあったことを認めようとしている。 だがしかし、それだけで南方とのつながりを説くのではなく、4000年もまえに栄えたシナの殷という国が宝貝を貨幣として利用し、この貝をことのほか珍重していたじじつから、その貝を沖縄から求めたのではなかったかと疑っている。沖縄の宮古島はことに美しい宝貝の産地で他のものは比較にならぬ。殷がこの島の宝貝を用いたとすれば、シナ大陸と琉球の間には当然盛んな交通があったはずだし、また宮古に近い八重山には古見というところがある。古く稲作のおこなわれたところであるが、古見、久美、久米などはいずれもコメと共通した言葉であり、それはまた日本の本土にもひろがっており、そこで米作のおこなわれた歴史も古い。 柳田氏がイネの渡来を南方からであると実証づけようとするものはこうした風の名や潮流や宝貝や地名なのである。いずれも日頃は忘れ去られようとするようなものの中にすら、このすぐれた学者は人間の歴史をよみとっている。 また鼠に対する人間の態度・・・わをするにしても鼠に都合のわるいことはできるだけ聞かれないようにするとか、あるいは鼠に若干の尊敬と畏怖を持つことなどから鼠の浄土がまた日本人のやって来たところではなかろうかと、多くの例証によってわをすすめている。 また宝貝の頸かざりとハトムギでつくった頸かざりが、形も似、言葉も通ずるものがあることから、琉球では宝貝が頸かざりとして用いられ、ハトムギの方言を通じて琉球と日本の関係を見ようとしている。 ここに出て来る話の素材の一つ一つは多くの場合見すごされ忘れられるようなものばかりである。まして歴史の主流になり立役者になるようなものとは思えないが、それすら人間の息のかかったものとしてとりあげ方によっては古い日本人の祖先の歴史を文書で書かれたものよりも暗示ふかく教えてくれる。 同様にある一つの角度によって物を見ていこうとするならば、われわれの周囲のあらゆるものの中に、これと同様の真理と法則が含まれたまま、そこにだまって存在しているのではなかろうか。 見るということはいたって簡単な行為であるが、その見方には無限のひろがりと深さがある。そしてそのような物を見る眼は永い間かけて、一貫した態度でありふれたものをも見すてないで、見つけていく以外にひらけては来ない。『宮本常一 伝書鳩のように』2:すばらしい食べ方『宮本常一 伝書鳩のように』1:塩の道
2024.04.27
コメント(0)

図書館で『すごい! へんてこ生物』という新書を、手にしたのです。中を覗いてみると、表紙にヴィジュアル版と書かれたとおり、カラーおよびモノクロの画像が多いのが・・・ええでぇ♪【すごい! へんてこ生物】NHK「へんてこ生物アカデミー」制作班著、祥伝社、2020年刊<「BOOK」データベース>よりへんてこ生物に学ぶ生きる知恵。地球には、さまざまな「へんてこ生物」がいる。彼らの一見不思議な姿や行動には、厳しい生存競争を勝ち抜いてきた、驚くべき理由が隠されている。5億年にわたる厳しい生存競争から「逃げる」ことで生き延びた“天才軍師”オウムガイ、みずからの体に藻を育て「自給自足」を体得した“森の仙人”ナマケモノ、孤独な深海で透明の頭と可動式の目を獲得したデメニギスなどー。本書は、NHKで放映された「へんてこ生物アカデミー」を書籍化したもの。<読む前の大使寸評>中を覗いてみると、表紙にヴィジュアル版と書かれたとおり、カラーおよびモノクロの画像が多いのが・・・ええでぇ♪rakutenすごい! へんてこ生物ポリプテルス「2章 逃げるは恥だが役に立つ」から、ポリプテルスを見てみましょう。p24~30<逃げることから始まった ポリプテルス> 人生には、幾つもの壁が現れる。今日より明日、明日より明後日、一日一日をよりよく生きるために、われわれ人間は日々、その壁を乗り越えようと奮闘する。とくに高度経済成長期、がむしゃらに働くことが賛美された時代された時代を経て、日本人は「目の前にある壁は、乗り越えるべきもの」という価値観を刷り込まれてきた。 しかし、壁を乗り越えることが、唯一の正解なのだろうか。壁の前でUターンをして、ちがう道に逃げ込むことは、負け組の誤った生き方なのだろうか・・・。 ポリプテルスは、ポリプテルス目ポリプテルス科に属し、現在17種ほどが知られている。そのすべてが熱帯アフリカに生息する淡水魚で、体長は30センチから60センチほど。ギリシャ語由来の「poly(意味:多くの)」と「pterus:(意味:ヒレ)」というふたつの単語を組み合わせた学名のPolypterusは、「多くのヒレ」を意味する。それが示すように、細い円筒形の体にきれいに並んでいる背びれが太古の恐竜をイメージさせるとあって、近年では熱帯魚ショップでも大人気だ。 ハイギョやシーラカンスと同様、「生きた化石」と呼ばれるポリプテルスは、魚であって、魚ではない。一般的な魚類とは大きく異なるのは、その呼吸の仕組みにある。 多くの魚類は、えらに水を通すことで、水中に溶け込んだ酸素を体内に取り込み、二酸化炭素を体外に排出している。人間における肺の役割を、えらが担っているのだ。 ところがポリプテルスは、えらだけでなく肺ももつ。その長さは腹部全体に及ぶものもある。その肺を使って、時折、水面から顔を出して外の空気も吸う。つまりえら呼吸もするし、肺呼吸もする二刀流。いったいポリプテルスとは何モノなのか・・・? そんなポリプテルスにたいして、ある実験がなされた。 カナダのマギル大学(当時)のエミリー・スタンデン博士は、陸上でポリプテルスを8カ月間育てる実験を行った。肺があるのであればと、ほとんど水のない環境で育てる実験である。 8カ月間、陸上での生活を余儀なくされたポリプテルスは、どうなったか・・・。 なんと、陸上で育ったポリプテルスは、水中で育てたものよりも、ひれを使って上手に歩くようになっていた。 さらにひれを支える3つの鎖骨にも変化が見られ、陸上で育てたポリプテルスは、鎖骨が細く引き伸ばされていたという。これは、ひれをより大きく動かすための変かではないかと考えられている。 この骨の変化は、かつて魚が陸上に進出する過程で起きた変化とよく似ている。約4億年前、淡水に住んでいた魚類(ユーステノプテロン)は、その後2000万年の時間をかけて原始的な両生類(アカントステガ)へと変化した。このときも鎖骨に同じような変化が起きていたのである。(中略) そんな彼らが生息地に選んだのは、天敵となる巨大な魚が入り込めない浅瀬だった。葉っぱや小枝がうず高く積もる浅瀬をかき分けながら川底を蹴って移動しているうちに、アカントステガは、いつしか地上を歩くことができるほど強い足を発達させていったと考えられている。敵から逃げる選択をしたアカントステガは、結果的に地上で生きるための装備を自力で手に入れたのである。(中略) 弱者であろうとも生き延びようと踏ん張れば、未来を変えることだってできる。 そして生き延びるための「逃げ」は、恥ずべきことでも、負けることでもない。生き延びて、未来へと生命をつなぐこと・・・それが地球上に暮らす生物にとって、なによりも重要なミッションなのだから。『すごい! へんてこ生物』2:オウムガイ『すごい! へんてこ生物』1:ウーパールーパー
2024.04.27
コメント(0)

昨今の世界情勢は、ロシア、中国による暴力的な侵攻、攻勢が目に余るが、このようなことは2012年の日記でも触れているのです。・・・ということで、以下に復刻して見てみましょう。*********************************************************中ロが対シリア協調を確認したそうですね。この2国は過っては共産主義という理念を共有する地域連合であったが、今では人権軽視の地域連合なのか?シリアや北朝鮮までも容認する中ロとは、「難治の国」と言わざるをえないのだが・・・「難治の国」という言葉は、ちょっと古い本だが「時代の風音」という本に出てくるのです。 この本で堀田善衛と司馬遼太郎が語る内容は本質をついているだけに、いつまでたっても色褪せません。【時代の風音】堀田善衛×司馬遼太郎×宮崎駿著、朝日新聞社、1997年刊<「BOOK」データベース>より 20世紀とはどんな時代だったのか―。21世紀を「地球人」としていかに生きるべきか―。歴史の潮流の中から「国家」「宗教」、そして「日本人」がどう育ち、どこへ行こうとしているのかを読み解く。それぞれに世界的視野を持ちつつ日本を見つめ続けた三人が語る「未来への教科書」。 <大使寸評>今は亡きお二人を含め、なかなかの取り合わせである♪ 博識に溢れ、思索も深い鼎談です。この「未来への教科書」を、とりあえず歴史の範疇で並べておきます。Amazon時代の風音*******************************************************************************この本のエッセンスの一部を紹介します。 <難治の国・ロシア>p12~14堀田 過去からみても、今後未来においても、この20世紀くらい人をたくさん殺した世紀はないでしょう。この1世紀のあいだで1億人くらい殺しているんじゃないですか。司馬 1億人は十分に。スターリンによる政治的・思想的殺害だけで2千万人を超えているのですから。殺人ということでは、ソ連は史上最悪の国でした。 エリツィンらによる“ソ連邦消滅”宣言の、異様なほどの性急さと明快さは、「もう魔物はいなくなった」というロシア人の安堵感の上のみなりたつもので、じつはロシア人にしかわからない、身につまされるような政治的表現でしょう。 ソ連邦の出現やその後のナチの盛衰を含め、“政治優先、政治がすべて”という迷信を20世紀の人類がもったことと、それらの政治団体(この場合は“国家”)が、思想の普遍性とともに兵器も普遍化したこと。つまり大量殺戮できる兵器を、機関銃にはじまって最後は核に至るまで大量にそろえたこと。そういう一大勢力が、このたびのソ連邦の崩壊でとりあえず消滅したわけです。堀田 イデオロギーが崩壊したソ連ですが、この国はもともと難治の国ですな。 ロシア帝国をつくったのはイワン雷帝ですね。このイワン雷帝という人は、二番目の奥さんをイスラムからもらい、1575年と翌年との2年間、帝位をジンギスカンの子孫のモンゴル族に譲ってモスクワから出ていった。 イスラムとモンゴル族の双方に気を使わねばならぬ、という事態はじつに象徴的で、今日でも実態は変わっていない。ロシア史ではこの譲位を“奇矯なる行為”と捉えているようですが、こういうめんどうなことをしなければならないほどに、あの国はじつに難治の国だ。宮崎 難治の国、なるほど。堀田 ソ連邦の崩壊、消滅の過程をみてみると、ゴルバチョフはやはりペレストロイカとグラスノチスで、つまりは最高会議での議決にによって連邦を、というのですが、しかし、昨年までイデオロギー独裁であったので、まだプルーラリズム(複数主義)の用意がない。 したがって、議論させれば個人攻撃になったり、極端な激論が展開されたりで、まともな政策論ができない。それで業を煮やしたエリツィンは、国民にも議会にもいっさい相談なしで、ウクライナとベラルーシとのスラブ系三共和国だけで秘密会議をベラルーシのブレストでして、ソ連邦の解体を宣言し(1991年12月8日)、議会に事後承諾を求めた。 ペレストロイカとグラスノチスで始まったものが、再びもとの旧ソ連共産党のやり方そっくりな事後承諾、陰謀めいたボスたちの秘密会議で幕を閉じました。司馬 ロシア史というものに、政治、経済、文化の成熟はありませんね。各エポックごとに未熟でした。中途半端ばかりでレーニンの改革になった。 遊牧民のモンゴル族がロシアからポーランド、ハンガリーまでの草原地帯をローラーをかけるように行き来して、自分たちの土地だと思っていたわけでしょう。そこへロシアの農民が少しずつやってきて耕作をはじめたのが、遊牧民にとって邪魔でしょうがなかった。だからキプチャク汗国が、そこへ覆いかぶさって税金を過酷にとった。いわゆる“タタールのくびき”がはじまり、いつまでも観念のうえでは残っていますな。 つまりキプチャク汗国がそうであったように、貢(ヤサク)とる官僚は偉い、むろん貴族は偉い、あとの大多数はロシア農奴だ。この図式はロマノフ王朝になっても変らず、ソ連69年間、少ししか変っていない。 いまその図式が消滅して、帝政末期のあの薄弱な商品経済の世に戻ったのですが、その商品経済さえ、いまのロシアの人々の記憶にない。どうするのでしょうか。堀田 共産党の支配下でいちばんひどかったのは、ヒューマン・ロス。商品がないから行列して並んでいるあいだは、何もできないわけでしょう。考えることもできない。苛立つだけです。司馬 そのロスは大きかったと思います。20世紀のソ連人は、国家の重作業については、大いに手伝わされた。大砲から核までの重工業、先端技術の兵器工業化、国家行動としてはハンガリーやチェコスロバキアへ戦車部隊を派遣したり、アフガニスタンへの侵攻をやらされたりしたのに、個人としてたとえば個々にいい靴を作って婦人客をよろこばせようとか、交配させてきれいな花を作って商品化しようとかいう方向のやる気を起こした経験がない。 19世紀のロシアの小説を読んでみると、商売はほとんど出てこないです。官吏や軍人は商人でないし、靴屋はあってもイタリア人やドイツ人がやっている。技巧をつくした靴はヨーロッパから来るものだと思っている。江戸時代の商売の種類の10パーセントもないんです。やはり未成熟のままエリツィン時代を迎えたのです。堀田 紙、鉄、商店、マガジン・・・、ロシア語のこうした単語は、アラビア語、トルコ語といったイスラム系の言語からの導入です。いずれも重要な言語ばかり。司馬 それに鉛筆(カランダーシュ)。みなモンゴル経由ですけど。堀田 文化的にいえば、そもそもロシアよりイスラムのほうがずっと高かった。 <20世紀の迷惑>p16~18堀田 ロシア革命のとき、農民が二人、レーニンに会いに行った。戻ってきて言うには、「今日はレーニンというツァー(ロシア皇帝の称号)に会った」(笑)という話がありますよ。司馬 ソ連はわりあい法体系のしっかりした国なのですけれども、しかし共産党というツァーがいるわけです。ツァーは、法から超然、超越した存在です。エリツィンさんにしてもやはり似たようなもので、大統領令をしきりと出す。これも、ソ連共産党がツァーそのものであるという型を、やっぱり示しているのですね。アメリカでは大統領令はそう出しません。宮崎 もう一つの大国、中国の場合ですが、ウイグルとかチベットが中国領というのは私は信じ難いんですね。征服としか思えないのですけど。堀田 しかし、困ったことに征服そのものがあの国の歴史の実体なのです。漢族、蒙古族、満州族などの交替征服が歴史を形成している。海外へ華僑として、あるいは難民として大量にどどーと出て行った時期を調べてみますと、交替征服の時期と一致しています。宮崎 その難治の清をそのまま引きずっている状態の今日の巨大化した中国の姿というのは・・・。司馬 ロシアと中国の二つの古い帝国が世界のお荷物になりつつあるわけです。しかも、“両帝国 ”ともじつに帝国らしいところは、帝国の固有領土はむろんのこと、帝国たらしめていた“版図”も失いたくない。 明という漢民族王朝(1368~1644)の時代の版図というのは、だいたいわれわれが納得できるような中国人の住む領土の範囲でした。宮崎さんのおっしゃるように、清という異民族による征服王朝(1616~1912)ができて、征服がお得意の王朝らしく崑崙まで征服し、やがて崑崙からシルクロードの果てまで自分のものにしました。モンゴル、チベットという異域が帝国の版図に入るのは、清王朝のときです。 その拡大した版図を、国民党政府と毛沢東政権とが相続し、ここからここまではおれのところだという非常に強い線引きがある。寸土を失うことは中国を失うことだ、という迷信ができているわけです。 大領土国家というのは、科学技術を開発したり社会化したりするうえで、とても間尺に合わない。たらいの水に数滴の水を加えても水位はあがりませんが、試験管ぐらいの小さな容器に加えると、水位があがる。ともかく政治をうまく機能させるうえでも、ほどほどのサイズが必要ですね。堀田 たしかアダム・スミスだったと思いますが、政治と経済がうまく機能するのは、人口5千万までが限度だと言っていましたよ。司馬 ドグマで支配するのは大領土国家の一つの型ですよね。中国は、春秋戦国のころは諸子百家の時代で、思想は自由で、国家は思想によって裏打ちされるということはありませんでした。ところが、秦帝国によってはじめて中国が統一されると、法家の思想でもってすべてを統御せざるをえなくなりました。漢という統一帝国の時代となり、漢の武帝の時代にはじめて儒教が国教になりました。帝国の御用ドグマとして帝国を支配した。 その儒教の箍がはずれると、毛沢東さんがマルクス・レーニンというドグマを津々浦々まで行き届かさなければならなかった。 これはロシアも同じで、けっきょくマルクス主義を持たざるをえなかった。大領土国家の一つの型の常です。それがじつに世界の迷惑だった。20世紀の迷惑だった。2012.06.07XML「難治の国」あるいは「20世紀の迷惑」 https://plaza.rakuten.co.jp/foret/diary/201206070000/
2024.04.26
コメント(0)

図書館で『子供より古書が大事と思いたい』という本を、手にしたのです。パリの古書店について触れているが・・・さすがに仏文の学者だけあってディープなお話が見られるようです。【子供より古書が大事と思いたい】鹿島茂著、青土社、2019年刊<「BOOK」データベース>より買うも地獄、買わぬも地獄。達意の文章で綴る、洋古書の魅力とコレクション地獄の恐怖。「知的遊戯の宝庫、パリの古書店巡り」を増補、古書の匂いさらに色濃く、待望の新版!講談社エッセイ賞受賞。<読む前の大使寸評>パリの古書店について触れているが・・・さすがに仏文の学者だけあってディープなお話が見られるようです。rakuten子供より古書が大事と思いたい「間奏曲」という括りから、もうひとつ見てみましょう。p107~109<この限りなき悪循環> 最近、初対面の人から「鹿島建設の御曹司だって話ですけど本当ですか」というようなことをよく言われる。まったく、鹿島建設にとっては迷惑このうえないデマが流れているものだが、どうやら、この噂、私がフランスの高価な古書を買いあつめているという話を伝え聞いた人間が当て推量で流したものらしい。しかし、「火のないところに煙はたたない」の理どおり、噂というのはそれなりの根拠がなければ成立しえないものである。 といっても、私が鹿島建設に関係あるというのはまったくの事実無根である。これは鹿島建設の名誉のために言っておかなければならない。だが、よほどの家督でもないかぎり、大学教師の分際で高い古本が帰るわけはないという推測はきわめて正しい。したがって、いったいあいつはどこから金をひねりだしているんだという疑問が湧くのも無理はない。だから、やはりここはきちんと真相を明かしておく必要があるだろう。 はっきり言って、私の資金源は、これみな借金である。しかも親や親類からの出世払いの借金などという甘っちょろいものではなく、銀行やローン会社から、自宅を抵当に入れて借りた本格的な借金ばかりである。したがって、当然、ローンの返済は毎月容赦なく襲いかかってくる。そして、その額は、多重債務者の常として絶えず増加傾向にある。この調子でいけば、破産宣告はまずまちがいのないところである。 にもかかわらず、私はあいかわらず古本を買い続け、借金は雪だるま式に増加している。ではなぜ、こうした事態にあい至ったのか。それは、一言でいって、資料募集の無限地獄におちいったためである。この悪循環は、おおよそつぎのような経過をたどって地獄の釜の蓋を開く。 たとえば、私がパリのデパートについての本を書こうと思い立ったとしよう。そのとき、普通なら資料の募集には、①現代の研究者の書いた二次資料だけを購入する、②一次資料はパリの国立図書館(B・N)で閲覧する、の二つの方法がある。 たいていの研究者は①でお茶を濁すか、あるいは①を主体にして②を併用するというやり方をとる。なぜなら、留学生でもないかぎりそう年中パリにいることはできないからだ。 しかし、本を書き進めて行くうちにどうしても必要な一次資料が手元にないという事態は頻繁に起こる。こういうとき、常識のある研究者なら、つぎにB・Nに行く機会がくるまで待とうと考えるだろう。ところが、わたしは性格的にこの待機ができない。そして、不幸にもB・Nにある本はすべて古書店で探せることを知っている。そこで、パリの古書店にファックスを送り、一次資料のこれこれの本を至急探してくれとたのんでしまう。 これで、見つからないという返事がくれば、それはそれでいいのだが、たいていは合点引き受けたとばかり、関係書籍を取り揃えて送ってくるから始末が悪い。しかも、私の場合、たった1ページの絵入り新聞『モンド・イリュストレ』が必要なばっかりに、50年分の揃いを買うなどという愚行を犯してしまうから、結果は当然、破滅的なことになる。『子供より古書が大事と思いたい』2:お客様は人間『子供より古書が大事と思いたい』1:紙で決まる
2024.04.26
コメント(0)

図書館で『人間の未来 AIの未来』という本を、手にしたのです。おお 山中伸弥先生の対談が出ているではないか・・・ちょっと古い本であるが、有意義なアイデアが見えるかも♪【人間の未来 AIの未来】 山中伸弥×羽生善治著、講談社、2018年刊<「BOOK」データベース>より人工知能、進化するロボット、iPS細胞による最先端医療ー私たちの暮らしはどう変わっていくのか?ノーベル賞科学者と史上最強棋士が「10年後、100年後の世界」を予言する。<読む前の大使寸評>おお 山中伸弥先生の対談が出ているではないか・・・ちょっと古い本であるが、有意義なアイデアが見えるかも♪rakuten人間の未来 AIの未来どこから読んでもいいのだが、「第1章 iPS細胞の最前線で何が起こっていますか?」から見てみましょう。p14~17<まだまだ「入り口」の段階>羽生:山中先生が発見されたiPS細胞は、日本語では「人工多能性幹細胞」と訳されていますね。山中:難しそうな名前ですが、要はどんな細胞にでもなれる能力を持った細胞です。そういう細胞は体内には基本的にはないけれども、それを人工的に作り出したので、「人工多能性幹細胞」と言います。「隊内にはない」と言いましたが、人間の一生で一回だけそういう状態があります。精子と卵子がくっついて生命が始まる受精卵のときです。受精卵から脳や骨や筋肉や心臓など二百種類以上ある体の細胞のすべてができるので、受精卵は「人工多能性幹細胞」です。なんにでもなれるという意味で、簡単に「万能細胞」と呼ばれることもありますね。 受精卵から出来た大人の体には、もうそういう細胞は基本的にはないけれども、僕たちは大人の皮膚の細胞や血液の細胞を採ってきて、少し操作を加えることで受精卵に近い状態に戻しました。どんな細胞にもなれる幹細胞、英語で「ステムセル」(stemcell)と言いますが、それがiPS細胞です。羽生:「初期化」と言われる操作ですね。山中:はい。「コンピュータを初期化する」と言いますけれども、同じようにリセットして、最初の状態に戻します。皮膚の細胞も血液の細胞も、もともとは受精卵だったので、それを逆戻しして、受精卵の状態に戻すわけです。 僕たちのCiRA(サイラ、京都大学iPS細胞研究所)の目的は、iPS細胞の医療応用です。それには大きく二つの分野があって、一つはiPS細胞から体の様々な細胞に分化させ、患者さんに移植する「再生医療」です。もう一つは、患者さんの細胞から作ったiPS細胞由来の細胞に病態を再現することによって、病気のメカニズムを解明して薬を開発する「創薬」です。羽生:マウスのiPS細胞の製作に世界で初めて成功したと発表されたのが2006年で、翌年にはヒトiPS細胞の製作成功を発表していらっしゃいます。ヒトのiPS細胞ができて2017年でちょうど10年になりますが、現状はどこまで研究が進んでいるんでしょうか。山中:成功した当時は、まだ完全に動物の基礎研究の段階でした。それから10年、世界で活発に研究が進んでいます。iPS細胞ができる仕組みの解明や、患者さん由来のiPS細胞を使った病気のメカニズムの解明が目立ちますけれど、再生医療や薬の開発といった臨床応用の研究も進んでいます。人間への応用の入り口に差し掛かっているかな、というところまでは来ています。羽生:もう実際に臨床のケースも出てきているということですか。山中:そうですね。実際の患者さんで、効果と安全性を確かめる臨床試験の段階にようやく到達しつつあります。 2014年の秋には、理化学研究所の高橋政代先生を中心とするチームが、iPS細胞から作った網膜の細胞を加齢黄斑変性の患者さんに移植する手術を世界で初めて行いました。加齢黄斑変性は加齢に伴って視力が低下したり失明したりする病気で、いま急増しています。50歳以上の方の約1パーセントはこの病気だと言われています。ヒトへの移植手術一例目の患者さんは、術後からこれまで非常に順調に推移していると聞いています。 ただ、これはまだ臨床応用の入り口で、ここからが大変です。僕はマラソンをやっているんですが、42キロのうち10キロくらい走ったら、けっこう走った気持ちになるんです(笑)。でも、本当にしんどいのは、残りの30キロのほうです。それと同じ感じですね。『人間の未来 AIの未来』1:フルマラソンで研究資金を集める
2024.04.25
コメント(0)

図書館で『人間の未来 AIの未来』という本を、手にしたのです。おお 山中伸弥先生の対談が出ているではないか・・・ちょっと古い本であるが、有意義なアイデアが見えるかも♪【人間の未来 AIの未来】 山中伸弥×羽生善治著、講談社、2018年刊<「BOOK」データベース>より人工知能、進化するロボット、iPS細胞による最先端医療ー私たちの暮らしはどう変わっていくのか?ノーベル賞科学者と史上最強棋士が「10年後、100年後の世界」を予言する。<読む前の大使寸評>おお 山中伸弥先生の対談が出ているではないか・・・ちょっと古い本であるが、有意義なアイデアが見えるかも♪rakuten人間の未来 AIの未来どこから読んでもいいのだが、「第7章 どうすれば日本は人材大国になれるでしょうか?」から見てみましょう。p180~185<フルマラソンで研究資金を集める>山中:僕たちのCiRA(サイラ、京都大学iPS細胞研究所)には、若手研修者の挑戦をサポートする組織を特別につくっています。「未来生命科学開拓部門」というすごい名前がついていますが、まさに「失敗してもいいから挑戦して未来を開拓してほしい」という願いを込めています。iPS細胞技術を活用して、がんや感染症の発症メカニズムや免疫機構を解明するような、新しい生命科学・医療の分野を開拓する研究を目指しています。 その財源はどのようにして確保するかと言うと、「iPS細胞研究基金」をつくって、僕がマラソンを走ったりして寄付を集めて賄うことにしています。羽生:ファンドレイジング(寄付募集)マラソンですね。山中先生は毎年何回かフルマラソンに出場して、オンラインで寄付を集められていますよね。山中:はい。半分はスポーツとしてやっていますが、もう半分は寄付活動なんです。国からの助成金は大学に交付される運営費交付金のほか、さまざまなプロジェクトの競争的資金で、数年ごとにしっかりとした成果を出さないといただけませんから。羽生:要するに、使途というか目的が決まっているので、新規のものには使いにくいということですか。山中:いや、そういう挑戦的なことにも使っていいんです。でも三年、五年の助成期間が終わった後に、再度いただけるかと言うと、やっぱり目に見える成果がないと、なかなか続かない現実があります。 その点、アメリカは国に加えて州政府からも助成があります。それ以外に寄付がすごく多くて、民間企業、特にIT関係者が巨額の資金を研究者に拠出していますね。基礎研究もかなりサポートされています。 国からの資金は税金が原資なので、大規模災害の発生や政治的な判断によってその額が上下する可能性もあります。国からの資金だけに頼らないのは、研究費を調達する上でのリスク分散の側面があります。羽生:国だけに頼らず、民間のサポートを原資にしていく。山中:研究とは、もともとはそうだったと思うんです。昔は大金持ちが、芸術家のパトロンのように研究者をサポートして、自由な研究をさえてあげる。その結果として、さまざまな成果が出てきた。 だから、原点に帰ると言ったら変ですかれども、日本でも国の税金からだけでやりくりするのではなく、一般の方からの寄付で基礎研究を進める部分を今まで以上に増やしていかないといけないと思いますね。(中略)<「寄付先進国」アメリカに学べ>羽生:大口の寄付をする人で、アメリカと日本とでは気質が違うと聞いたことがあります。アメリカの方だと自分の名前を出すけれども、日本の場合だと匿名にしてほしいという希望が多い、と。山中:そういう方が多いですね。羽生:その辺りの文化の違いをうまく取り入れて、参考にしながら協力してもらえるような体制ができるといいですね。山中:アメリカには自分たちで財団を作って、何十億円、何百億円と寄付されているファミリーが本当にたくさんあるんです。それは日本では極めて例外的です。僕たちもたくさんの人の寄付で支えていただいていますが、日本は個人的な支援が多いですね。羽生:最近はクラウドファンディングのような試みもなされています。山中:僕たちもクラウドファンディングをやっています。マラソン大会に出て走っていると、まさに沿道で何十万人という方が見ておられますから。地道な努力がけっこう効きますね。アメリカでは研究機関の所長や医学部長は、仕事の半分くらいをファンドレイジングに費やしている印象を受けます。羽生:仕事の半分ですか。山中:そうしたファンドレイジングでどれくらい資金を集めてきたかが、彼らへの評価のかなりを占めますからね。だからアメリカでもそれぞれ努力しているんです。日本もやっぱり努力しないと、寄付は集まりません。羽生:ただ、そういうファンドレイジングを扱う仕事というか、触手というか、専門家そのものの数が、日本医はかなり少ない印象を受けます。山中:少ないですね。ただ僕たちのところでは研究所独自でファンドレイジングの部門を作っていて、数名がそれ専門にやってくれています。国立大学の研究所としては、極めてユニークなかたちです。羽生:確かにそうでしょうね。山中:さきほどのユニークな仕事をどう生み出すか、に関わってきます。このファンドレイジング部門も、別に僕たちが独自に考え付いたことでも何でもありません。アメリカでは普通にやっていることを日本ではやっていないので、それをやろうとしているだけです。だから決してすごい何かを思いついたわけではありません。その意味でも、アメリカを知ることは大切ですね。
2024.04.25
コメント(0)

図書館で『子供より古書が大事と思いたい』という本を、手にしたのです。パリの古書店について触れているが・・・さすがに仏文の学者だけあってディープなお話が見られるようです。【子供より古書が大事と思いたい】鹿島茂著、青土社、2019年刊<「BOOK」データベース>より買うも地獄、買わぬも地獄。達意の文章で綴る、洋古書の魅力とコレクション地獄の恐怖。「知的遊戯の宝庫、パリの古書店巡り」を増補、古書の匂いさらに色濃く、待望の新版!講談社エッセイ賞受賞。<読む前の大使寸評>パリの古書店について触れているが・・・さすがに仏文の学者だけあってディープなお話が見られるようです。rakuten子供より古書が大事と思いたい「間奏曲」という括りから、ひとつ見てみましょう。p125~127<お客様は人間> これは、フランスに行くたびに感じることなのだが、フランスでは「お客様は神様です」という思考法が存在しないようである。とりわけ古書業界ではその傾向が強い。 たとえば、ある古書店からカタログが届くたびに毎回何十万単位で注文を出しているとしよう。そして、支払いも滞りなく済ませているとしよう。日本でなら、すでに上得意扱いで、直接その店に出向いたら、それこそ下へも置かぬもてなしを受けるはずである。 ところが、フランスでは、こうした勝手な思い込みはきれいさっぱり捨てなければならない。というのも、フランスの古書店ではカタログでいくら大量注文を出していても、けっして上得意として扱ってはくれないからである。フランスに出掛けたついでにその店に立ち寄ってこちらの名前を告げてみても、「なにしにきた」とでも言わんばかりの接客態度に出会ってガッカリすることも二度や三度ではない。 もちろん、なかには、金満家の日本人とみて、揉み手するような態度に出る店主もないわけではないが、それはごくごく少数派である。たいていの店は、いくら大口の客でも、特別扱いすることはけっしてない。 といっても、これは人種差別なのではまったくない。つまりどの客に対してもこうなのである。彼らは、自分がプロとして自信をもって価値を算定し、これにリーズナブルなマージンを乗せた古書を売るのだから、買ってもらったからといって、いささかもへりくだる必要はない、ましてや大口客が店に来たからといって、床に顔を擦り付けるなどもってのほかと考えているのである。 なかには、たんに性格が傲慢で態度が悪いだけの奴もいることはいるが、愛想のないのを悪意のしるしと取ってしまうのは誤りである。 そのかわり、一見の客であっても、日本の商店のように邪険な扱いをされることはない。客が求めている本の題名を告げ、そして、それが店にあれば、どれほど貴重な本であろうと、躊躇することなく売ってくれる。稀覯本は、なじみ客に取っておくというような姑息なことはしない。 ここから導きえる結論はひとつしかない。商行為が正当なものであるかぎり「客は神様ではなく対等な人間だ」ということである。古書業者はリーズナブルなマージンで利益を得る。客は探している本を正当な価格で買うことができる。まさにギブ・アンド・テイクの関係である。だったら客が威張っていい理屈はどこにもない。客がいくら大口の注文をしようが、そのつどギブ・アンド・テイクの関係が成り立つのだから、とくに感謝をする必要もない、とこういうわけだ。 最初はこうした接客態度に面食らうが、慣れてくるとこれはこれで悪くないと感じるから不思議である。「神様」でなく「人間」であっても別に不愉快ではない。むしろ、変に恩を着せられたりすることがないので、プレッシャーを感じないで済む。 もっとも日本に戻ってきたとたんこの「人間宣言」は破棄される。「神様」でいるほうが気持ちいいにきまっているからである。『子供より古書が大事と思いたい』1:紙で決まる
2024.04.24
コメント(0)

図書館で『子供より古書が大事と思いたい』という本を、手にしたのです。パリの古書店について触れているが・・・さすがに仏文の学者だけあってディープなお話が見られるようです。【子供より古書が大事と思いたい】鹿島茂著、青土社、2019年刊<「BOOK」データベース>より買うも地獄、買わぬも地獄。達意の文章で綴る、洋古書の魅力とコレクション地獄の恐怖。「知的遊戯の宝庫、パリの古書店巡り」を増補、古書の匂いさらに色濃く、待望の新版!講談社エッセイ賞受賞。<読む前の大使寸評>パリの古書店について触れているが・・・さすがに仏文の学者だけあってディープなお話が見られるようです。rakuten子供より古書が大事と思いたいどこから読んでもいいのだが、「紙」にからむ辺りを、見てみましょう。p89~93<ⅶ 紙で決まる> 前章では挿絵本のことを書くつもりで、初版本のほうへ脱線したっまま、それきりになってしまったので、ここではきっちりと挿絵本の話をすることにする。 * 挿絵本は一にも二にも紙が命である。 挿絵本は、いうまでもなく、版画が何枚か挿入されたテクストが製本されたものであり、その価値は版画の価値に連動する。では、版画の価値の高低は何によるかといえば、それは、版画家、彫り師、刷り師が同じである場合は、ただ紙の質によって決まる。版画の専門家はやたらにステイトのことばかり気にして、案外、紙のことを問題にしないが、挿絵本の場合はこうした態度は通用しない。というのも、挿絵本の歴史は、版画の複製技法の歴史であると同時に、製紙法の歴史でもあり、挿絵がどんな紙に刷られているかというのはきわめて重要な問題だからである。 * とはいえ、17世紀後半から19世紀初頭までの挿絵本(イリュストレ・アンシャン)については、この問題はあまり気にしなくてもよい。なぜなら、この時代には製紙法はひとつしかなかったからだ。 ヨーロッパにひとつしかなかったこの製紙法がどのようなものであったかについては、バルザックの『幻滅』の第一部で、リュシアン・ド・リュバンプレの親友の印刷業者ダヴィッド・セシャールが製紙法の歴史について蘊蓄を傾けている部分があるので、これを引用して解説に代えることにしよう。「紙の原料は今でもこの麻や亜麻のぼろぎれをつかっていますが、この紙の材料は高価なので、そのため当然フランスの出版界がするはずの発展が遅れているのです。こうしたぼろぎれは無理につくられるものではない。ぼろは布地を使たあとにできるもので、一国の人口からは一定量のぼろしかっできません。この量をふやすには、人口増加によるしかしかたがない」(生島遼一訳) つまり、19世紀以前のヨーロッパでは、中国や日本とちがって、植物から直接パルプを得る方法を知らず、紙はすべて、下着などのぼろぎれを繊維に戻したものから作っているので、紙の総供給量は人口によって自動的に上限を定められていたのである。バルザックによれば、ぼろぎれには、麻や亜麻(リネン)のほか、木綿もあったが、こちらからは麻や亜麻ほどにはいい紙はつくれなかった。 麻や亜麻から作られる上質紙は、一般にオランダ紙と呼ばれた。これはもともとフランスで製紙業に従事していたユグノー(新教徒)がナントの勅令廃止でオランダやベルギーに移住し、そこで彼らが作った紙がフランスに逆輸入されたことからきている。オランダ紙は、いかにも下着から作られたことを感じさせる黄色っぽいしっとりとした紙で、横すじとすかしの入っている点に特徴がある。 いっぽう、改宗を受け入れて国内に残ったユグノーたちは、中部フランスのアングレームに集まって製紙業を発展させた。アングレーム紙というのは、国内産の紙としては最高級品とされていた。先述の『幻滅』はこのアングレームの町を舞台としているが、バルザックの背景設定には、このように、ちゃんとした理由があるのである。(中略) 紙に関する以上の事実をしっかりと踏まえておきさえすれば、17世紀後半から19世紀初頭までの古典主義の時代の挿絵本(イリュストレ・アンシャン)については、かなりはっきりした認識をもつことができる。 ひとつは、挿絵用の紙と挿絵の複製技法の関係である。すなわち、イリュストレ・アンシャンの挿絵は、エッチングやドライ・ポイントあるいはビュランなど、銅板や鋼板等を使う複製技法によるものがほとんどであったのだが、こうした金属の版では、プレスの力を強くするためどうしても紙を濡らしておく必要があり、それには溶解しにくい麻類を原料としたオランダ紙でないといけなかったからである。ウーム、西洋の紙は麻や亜麻、木綿などから、つまり下着のような布を原料として作っていたのか、日本の和紙との違いは大きいなあ。
2024.04.24
コメント(0)

図書館で『米中貿易戦争 アメリカの真の狙いは日本』という本を、手にしたのです。気鋭の経済アナリストの説く中国経済の闇とあれば・・・私のツボが疼くのである。【米中貿易戦争 アメリカの真の狙いは日本】 増田悦佐著、コスミック出版、2019年刊<「BOOK」データベース>より米中欧VS日本。米中の対立は見せかけだ。それでも日本は2020年の長期不況の大底から必ず復活する。<読む前の大使寸評>気鋭の経済アナリストの説く中国経済の闇とあれば・・・私のツボが疼くのである。rakuten米中貿易戦争 アメリカの真の狙いは日本このところ、テレビでBYDのEVのコマーシャルが放映されていて、機嫌が悪くなるのだが(売れるわけがない)・・・「第3章 貿易戦争の主戦場は自動車、腫瘍敵国は日本」で、日米中の自動車貿易戦争を、見てみましょう。p102~105<自動車市場では、中国はアメリカのお得意様> 日本の自動車産業が世界中で圧倒的に優秀であることは周知の事実だ。2010年代半ばぐらいまでは、一般車では日本の技術力が突出し、高級車ではベンツやBMWといったドイツ車がトップだと信じられていた。だが、ドイツではディーゼルエンジンの燃費計測が排ガス規制に適合しないかたちで行われていたことが露見し、しかもこの不正が国を挙げての組織的なデータねつ造だった可能性が高いということになって、ドイツ車に対する信頼も低下している。 アメリカでも、かなり昔から一般乗用車は日本車とドイツ車しか走っていないと言ってもいいほどだった。しかし、SUVだけは、GMやフォードが普通に走っている。その理由は、簡単にいうと肥満と関税率だ。 アメリカの特にワーキング・プアや、製造業に長年勤めてきた50歳代、60歳代の人たちはものすごく肥満が進んでいる。まず屈むこともできないので、普通の乗用車では車高が低すぎて入れない。そのうえ、普通の乗用車だと大型でさえドアが小さくて、自分の体をねじ込むことができない。その点、SUVは車高の高い小型トラックの荷台を後部座席に改造した車種なので、運転席のドアも縦横とも大きくなっている。これがアメリカで国産SUVが多く乗られている理由の一つである。 もう一つの理由は、SUVに対する関税率にある。アメリカが外国産の普通車に課している関税は3%だが、海外メーカーのSUVに対しては、25%の関税を課しているのだ。なぜ、SUVは25%かというと、関税を課すための車種分類では、SUVは乗用車ではなく、小型トラックとなっているからだ。だから、日本やドイツのSUVは普通車のようには売れない。SUVには、トラック同様に25%の関税をかけているので、いまだにアメリカの道路を走っているSUVの大半が、アメリカ車なのだ。 だからこそ、フォードはもう一般乗用車の製造を止めてSUVに特化するという経営方針を打ち出している。GMもいずれ「右にならえ」ということになるだろう。 乗用車に関しても実はアメリカにとって中国はものすごいお得意様である。今どき一応国内メーカーがあるにもかかわらず、アメ車のほうが国産車よりもシェアが高いという国は世界中で中国だけだろう。(中略)<アメリカが本当に狙っているのは日本> 特定ブランドに限定せず、世界各国の自動車輸出入実績を見てみよう。2017年の時点で、輸出総額で首位はドイツの1574億ドル、2位が日本で934億ドル、3位がアメリカで536億ドル、以下4位カナダ464億ドル、5位イギリス419億ドル、6位メキシコ417億ドルと続き、中国はわずか72億ドルの輸出総額でかろうじて20位に滑りこんでいる。 なお、カナダとメキシコには国産車メーカーがあるわけではない。アメリカへの近接性や労働力の質と賃金の兼ね合いで、アメリカ、日本、ドイツ、韓国などのメーカーがカナダやメキシコで組み立てた自動車をアメリカへ輸出しているケースが大半だ。 同様に輸入総額の大きな国々を見ていくと、アメリカが2位ドイツの585億ドルの3倍強の1796億ドルで断トツ、3位中国499億ドル、4位イギリス441億ドル、5位ベルギー364億ドル、6位フランス347億ドルとなっている。日本の輸入総額は111億ドルで全体の13位だった。このへんも、アメリカ的な論理でいえば日本が不公正な貿易を行っている証拠という話になる。輸出額トップのドイツでさえ、その約3分の1は輸入している。ところが、2位の日本は輸出額のたった9分の1程度しか輸入していない。これはなんらかの非関税障壁を設けて輸入を妨害しているに違いないというわけだ。 さらに、対米輸出額に限定すると、首位で438億ドルのカナダと3位で306億ドルのメキシコは、アメリカ、日本、ドイツ、韓国などのメーカーが対米輸出用の拠点として利用しているだけだが、2位で407億ドルの日本は、日本からの直接輸出だけでこの金額であり、アメリカでの現地生産、カナダやメキシコの生産拠点からの輸出を合計すると、まちがいなく世界一アメリカ市場での自動車売上の多い国となる。また、日本は輸出総額の44%を対米直接輸出で稼いでいるが、これは対米直接輸出額4位のドイツが208億ドルで、輸出総額のわずか13%をアメリカへの直接輸出で稼いでいるだけなのに対して圧倒的に大きな比率となっている。アメリカの保護貿易主義者に言わせれば、ますますもってけしからんということになる。BYDの強引戦略については、ネットに『中国EV〝強引戦略〟で台頭』との報道が流れています。『米中貿易戦争 アメリカの真の狙いは日本』2:「格差社会」中国の現実『米中貿易戦争 アメリカの真の狙いは日本』1:中国の利権分配システム
2024.04.23
コメント(0)

図書館で『すごい! へんてこ生物』という新書を、手にしたのです。中を覗いてみると、表紙にヴィジュアル版と書かれたとおり、カラーおよびモノクロの画像が多いのが・・・ええでぇ♪【すごい! へんてこ生物】NHK「へんてこ生物アカデミー」制作班著、祥伝社、2020年刊<「BOOK」データベース>よりへんてこ生物に学ぶ生きる知恵。地球には、さまざまな「へんてこ生物」がいる。彼らの一見不思議な姿や行動には、厳しい生存競争を勝ち抜いてきた、驚くべき理由が隠されている。5億年にわたる厳しい生存競争から「逃げる」ことで生き延びた“天才軍師”オウムガイ、みずからの体に藻を育て「自給自足」を体得した“森の仙人”ナマケモノ、孤独な深海で透明の頭と可動式の目を獲得したデメニギスなどー。本書は、NHKで放映された「へんてこ生物アカデミー」を書籍化したもの。<読む前の大使寸評>中を覗いてみると、表紙にヴィジュアル版と書かれたとおり、カラーおよびモノクロの画像が多いのが・・・ええでぇ♪rakutenすごい! へんてこ生物「2章 逃げるは恥だが役に立つ」から、オウムガイを見てみましょう。p38~42<5億年の戦いを勝ち抜いた奇策 オウムガイ> はるか5億年前のカンブリア紀の海。それまで原始的で単純な構造だった生物は、その種類と数を爆発的に増やし、食うか食われるかの厳しい生存競争が始まっていた。いわゆる「カンブリア爆発」である。単純な形をしていた生物は目を獲得し、複雑なボディをもつようになった。 それは、たとえるならば「戦国の世」。生物たちは攻めと守りの戦略を独自に進化させ、過酷な競争社会に立ち向かったのだ。 多くの生物が戦いに敗れ、海の藻屑と消えて行くなか、生命史に燦然と輝く奇妙な生物が現れる。数々の戦いを勝ち抜き、現代まで生き延びている、いわば「天才軍師」。いったいどんなすごい生物なのだろう? その正体は、現在はインド洋、太平洋の熱帯地域の水深100~400メートル付近の海底にすむオウムガイである。殻長20センチ、殻幅9センチほどになるオウムガイ目オウムガイ科のオウムガイは、同一平面上に内巻きの螺旋状をした殻をもつ。一見、大きな殻をもつ巻き貝の仲間のように見えるが、よく観察するとたくさんの短いひげ状の触手が生えている。触手はオスが約60本、メスが約90本。この触手を使って、エサを探して捕獲する肉食の軟体動物である。 オウムガイはイカやタコと同じ頭足類に分類されているが、どうしてもその姿からは、数多(あまた)の戦いを生き抜いてきた天才軍師とは思えない。それもそのはず、じつはオウムガイは強くないのだ。 生きていくうえで、敵の存在を発見するために欠かせない視力がまず弱い。明るいか暗いかがようやくわかる程度だという。おまけに吸盤の力も弱く、速く泳ぐこともできない。プカプカとゆっくりと漂っているくらいの泳力しかないのだ。目が悪く、泳ぎも遅い。能ある天才軍師オウムガイは、いったいどこにその爪を隠しているのだろうか。 その謎は、オウムガイの仲間の化石が教えてくれる。オウムガイの化石は、ワラビのような形の小さなものから、太く大型のものまで、多種多様。最大で10メートルにも及ぶ化石も見つかっているという。 カンブリア爆発から5000万年後、4億5000万年前の海では、現在見られる動きの遅い丸い形のオウムガイだけでなく、素速く泳げる細長いものも存在しており、浅瀬の海で大繁盛をとげていたという。意外にも当時は、生態系の頂点に立っていたと推測されるのだ。 しかし、この大繁栄時代からさらに5000万年後、強力な甲冑を身にまとった肉食動物が登場する。オウムガイよりも速く動くことができ、強力な顎で殻ごと食べてしまうダンクルオステウスなどの「甲冑魚」と呼ばれる魚だ。 多様な種類がいたオウムガイの仲間たちは、しだいに甲冑魚などの魚類にその座を奪われ、海の覇者から陥落してしまう。 残された丸い形のオウムガイは一族滅亡の危機に瀕していた。このまま生存競争を続けていたら、生き抜くことはまず無理だったろう。だが、ここでオウムガイは無謀とも思える起死回生の戦略に打って出る。 それはなんと逃げることだった・・・。 逃げた先は、新海。そこは敵こそいないものの、エサが少ない過酷な環境だった。ところが、光の届かない深海にあっては、はっきりと見えない目でも生きていくには十分。 泳ぎが遅いことも深海では弱点にあらず。オウムガイの殻の断面を見てみると、幾つもの部屋があり、ここに気体を入れて浮力を獲得している。労せず浮かんでいられるため、無駄なエネルギーを使わない。そのため、オウムガイは2、3日に一度、小さな魚を食べていれば生きていける“省エネ体質”だった。 浅瀬では弱点に思えた自らの特徴を活かせる場所に、オウムガイはみごとにたどり着いた。自分にふさわしい、身の丈に合った環境を見つけたこと、逃げて戦いを避けたことが、オウムガイが5億年もの長きにわたって生き抜いてきた、究極の生存戦略だったというわけである。 生物の世界は必ず強いものが生き残る「弱肉強食」とは限らない。 強いものが勝つというのは進化に対する大きな誤解である。逃げるが勝ちというのも、厳しい世界を生き抜くための、立派なサバイバル戦術なのである。『すごい! へんてこ生物』1:ウーパールーパー
2024.04.23
コメント(0)

図書館で『すごい! へんてこ生物』という新書を、手にしたのです。中を覗いてみると、表紙にヴィジュアル版と書かれたとおり、カラーおよびモノクロの画像が多いのが・・・ええでぇ♪【すごい! へんてこ生物】NHK「へんてこ生物アカデミー」制作班著、祥伝社、2020年刊<「BOOK」データベース>よりへんてこ生物に学ぶ生きる知恵。地球には、さまざまな「へんてこ生物」がいる。彼らの一見不思議な姿や行動には、厳しい生存競争を勝ち抜いてきた、驚くべき理由が隠されている。5億年にわたる厳しい生存競争から「逃げる」ことで生き延びた“天才軍師”オウムガイ、みずからの体に藻を育て「自給自足」を体得した“森の仙人”ナマケモノ、孤独な深海で透明の頭と可動式の目を獲得したデメニギスなどー。本書は、NHKで放映された「へんてこ生物アカデミー」を書籍化したもの。<読む前の大使寸評>中を覗いてみると、表紙にヴィジュアル版と書かれたとおり、カラーおよびモノクロの画像が多いのが・・・ええでぇ♪rakutenすごい! へんてこ生物「2章 逃げるは恥だが役に立つ」から、ウーパールーパーを見てみましょう。p32~36<大人にならない生き方 ウーパールーパー> テレビコマーシャルの黎明期から現代まで、さまざまな動物が画面のなかで大活躍している。コマーシャルは時代を映す鏡といわれるが、約30年前のバブルの時代に人気となったのは、エリマキトカゲやラッコなど。日本ではあまり馴染みのない動物たちが、そのユニークな姿や仕草で多くの人々を笑顔にした。 そのなかでも、日本で一大ブームを巻き起こしたのが、カップ焼きそばのコマーシャルに登場したウーパールーパーである。 笑っているかのような平たい顔にヒラヒラしたフリルのようなえら、短い足で必死に泳ぐ愛嬌たっぷりのその姿は、老若男女の心をとらえ、ウーパールーパーを展示する数少ない水族館は、休日ともなれば家族連れで大行列ができた。水槽のガラスに顔をくっつけて見入る人々からは、口ぐちに「かわいい!」という声が上がった。 日本におけるこのウーパールーパー人気は、世界に類を見ない現象だった。現在でこそ当時のような熱狂ぶりは静まったが、今でも、ウーパールーパーを専門に扱うショップもある。なぜウーパールーパーは、これほどまでに日本人の心をつかんだのだろう。 ウーパールーパーという名は、じつは日本における俗称である。本名はメキシコサラマンダー(メキシコサンショウウオ)という、カエルやイモリと同じ両生類だ。トラフサンショウウオ科トラフサンショウウオ属に分類されるメキシコサラマンダーは、自然界では、体長は30センチになることもあり、体重はおよそ60~230グラム。 体の色もわれわれが知るウーパールーパーとは異なり、黒か茶色のまだら模様。メキシコの首都メキシコ・シティにほど近いソチミルコとその周辺だけに生息し、近年では絶滅の危機に瀕している。われわれの“アイドル”ウーパールーパーは、人の手で繁殖されたメキシコサラマンダーなのだ。 メキシコサラマンダーは、非常に珍しい特徴をもつ生物である。そのひとつが「幼形成熟」といわれる性質だ。これは、幼生の特徴を保持したまま卵巣や精巣が成熟して繁殖できるようになること。つまり、姿は子どものままで、大人になるのである。 それを裏づけるのが、ウーパールーパーのチャームポイントのひとつであるヒラヒラしたえらの存在である。子どものイモリにも似たようなえらがある。子どものころ水中で過ごす両生類の多くは、水中で呼吸するためのえらがあり、やがて成長すると陸に上がるため、しだいにえらはなくなる。 しかし、メキシコサラマンダー、そしてもちろんウーパールーパーには、子どもだけでなく大人にもえらがある。なぜなら、メキシコサラマンダーは、一生を水の中だけで過ごす珍しい両生類だからだ。まれに、大人になると陸上に上がることもあるが、ほとんどは、生まれ故郷のソチミルコと周辺の運河にとどまる。 なぜ、わざわざ子どもの姿のまま、水の中で一生を過ごすのかについては、詳しい理由はわかっていない。生息地であるメキシコの高地の湖や運河周辺の陸地は、昼夜の温度差が激しい。そのため、厳しい環境を避けて、あえて水中にとどまる道を選んだのではないかと考えられている。 日本では、「ブサかわ」「キモかわ」「グロかわ」など、およそ「かわいい」とはかけ離れた形容詞と組み合わせた若者言葉が生まれ、「かわいい」にも多様な表現が生まれている。さらに、今や「かわいい」という言葉は、「kawaii」として、すっかり世界の共通言語となった。SNSでは「#kawaii」のハッッシュタグで世界中の人々が投稿したユニークな写真や動画を見ることができる。そこには、外国語の単語では言い表すことが難しい、1人ひとりが対象に寄せる多様な「愛おしさ」の感情が込められている。 陸に上がらず、永遠に子どもの姿のままでいることを選んだウーパールーパー。日本での熱狂は、さまざまな愛おしさのかたちを繊細に表現するkawaii大国ゆえの現象だったのかもしれない。「こわいかわいい」については熱闘!日本美術史でも取り上げています。
2024.04.22
コメント(0)

図書館で『米中貿易戦争 アメリカの真の狙いは日本』という本を、手にしたのです。気鋭の経済アナリストの説く中国経済の闇とあれば・・・私のツボが疼くのである。【米中貿易戦争 アメリカの真の狙いは日本】 増田悦佐著、コスミック出版、2019年刊<「BOOK」データベース>より米中欧VS日本。米中の対立は見せかけだ。それでも日本は2020年の長期不況の大底から必ず復活する。<読む前の大使寸評>気鋭の経済アナリストの説く中国経済の闇とあれば・・・私のツボが疼くのである。rakuten米中貿易戦争 アメリカの真の狙いは日本「第2章 中国利権分配システムの闇は大きく、深い」からもう少し、見てみましょう。p95~98<民間企業でも利権構造に引きずりこまれる国> 最近、ジャック・マーは「ステークホルダー・エコノミー」と言いはじめた。ふつうの経済運営がされている国では、この表現は「株主ばかりではなく、経営陣も、雇用者も、消費者も利益を分かち合う経済」という意味だ。しかし、中国でステークホルダー・エコノミーと言ったら、「共産党から派遣されるお目付役にもたっぷり利益供与をしましょう」という意味になる。自社の株主たちに「もう今までのような高い利益率での急成長は期待しないでくれ」というメッセージだ。はたせるかな、アリババの売上高営業利益率は、2018年第4四半期に突然激減してしまった。 <「格差社会」中国の現実> 中国は、かなり長期にわたって2桁のGDP成長をつづけてきたことになっていて、直近でかなり下がったといっても公式発表ベースでは6%台の成長を維持している。だが、これほどの急成長を遂げても中国の購買力平価でみた1人当たりGDPはせいぜい1万5000ドル前後だ。しかも、この全国平均で見れば1万5000ドルの1人当たりGDPは極端に不平等に配分されている。 農村戸籍しか持っていない人たちは、農村にそのまま住みつづけていれば、所得は都市に生まれ育った人間の5分の1くらいにしかならない。都市に出稼ぎに行けば、出稼ぎをやっている間はさすがに都市部の平均年収の半分くらいにはなる。しかし、そのかわりに農村戸籍しか持たない人は、都市では政治的、社会的な保障は何もない。たいへん不安定な状態になる。 中国では、お金があるということと、それなりの教育水準・文化水準に達していることが、必ずしも一致しない。なぜなら、都市戸籍を持つ人たちは、生まれてきた場所が都市だったというだけで、かなり甘やかされて育っているからだ。 農村に住む農民たちと都市戸籍を持つ市民には非常に大きな経済格差がある。すると何が起きるか。都市の住民たちが食い散らかした食べ物や垂れ流した糞尿を掃除するのは、みな農村戸籍を持って出稼ぎにきた道路清掃人たちだ。都市戸籍を持つ人たちは、甘やかされ、傲慢に育ってしまっている。だから、国内でできることは、世界中どこでもできると思いこんでしまう。そういう人たちばかりではないのだが、ざんねんながら、そういうひとたちが多いのも事実である。 一昔に比べると、中国の街もだいぶきれいになったという人もいるが、それは住民たちの自助努力できれいになったわけではない。政府がカネをかけているからだ。そのカネも、国有銀行が国有企業に出した利権のお裾分けが回り回って降りてきたものだ。農村戸籍を持ち、都市に出稼ぎにくる民工と呼ばれる人たちに、清掃作業をものすごい低賃金でやらせ、その差額を誰かが懐にいれている。皮肉なことに、システムとしてはなかなかよくできたシステムなのだ。 近年、中国の大都市でよく見かけるようになったどこでも乗り捨てられるレンタル自転車も、最終的には人力で回収せざるを得ない。結局、回収しきれなくなり、乗り捨てられた自転車の山が街のあちこちにできてしまった。日本では、「中国はもう、シェア・エコノミーでも、日本よりずっと進んでいる」などと誉めそやす向きもあったが、あの広い国土のあちこちに、乗り捨てた自転車の山が点在するようになって、レンタル自転車業界はあっさり消滅してしまった。『米中貿易戦争 アメリカの真の狙いは日本』1:中国の利権分配システム
2024.04.22
コメント(0)

図書館で『米中貿易戦争 アメリカの真の狙いは日本』という本を、手にしたのです。気鋭の経済アナリストの説く中国経済の闇とあれば・・・私のツボが疼くのである。【米中貿易戦争 アメリカの真の狙いは日本】 増田悦佐著、コスミック出版、2019年刊<「BOOK」データベース>より米中欧VS日本。米中の対立は見せかけだ。それでも日本は2020年の長期不況の大底から必ず復活する。<読む前の大使寸評>気鋭の経済アナリストの説く中国経済の闇とあれば・・・私のツボが疼くのである。rakuten米中貿易戦争 アメリカの真の狙いは日本中共嫌いなので・・・「第2章 中国利権分配システムの闇は大きく、深い」から、見てみましょう。p63~65<制服王朝を支える利権分配システム> 第1章で述べたように、中国はアメリカにどんなにカモにされても、耐えるしかない。 その巨大な利権の源泉として、今までほぼ全部国有企業に回していた大手(国有)銀行からの融資について、2018年末に中国の金融当局が「3分の1は民間企業に融資するように」という通達を出した。もし、この通達が額面どうり実施されたら、即、国有銀行・国有企業にとって利権の源泉が3分の1圧縮されることになる。これは、中国の政治経済を根本からひっくり返してしまう危険をはらんだ大事件だった。 中国の中央銀行である中国人民銀行が五大国有銀行(中国工商銀行、中国建設銀行、中国銀行、中国農業銀行、交通銀行)に、融資総額の3分の1を民間企業に回せと指示したのは紛れもない事実だ。今まではほとんど国有企業にしか融資していなかった五大銀行に、突然無理難題とも言える指令を出したわけだ。しかし、結果は融資総額の4分の1しか民間企業に融資できなかった。ブルームバーグ通信の報道によれば、以下のとおりだ。■中国:民間企業向け融資の要件、明確化図る―銀行株下落で対応 中国当局は(2018年11月)12日、市中銀行に対する民間企業への融資要件の明確化を図った。政府が銀行側に前例のない要求をしているとの見方が投資家の間に広がり、9日の本土株市場で銀行株が売られていた。 政府系の金融新聞4紙は12日、各銀行に対して当局が特定の目標を定めることはないとの記事を1面に掲載。金融機関は融資要件に「無条件」に従うのではなく、適正なデューデリジェンス(資産査定)を行う必要があると中国証券報は伝えた。 政策当局が金融セクターに対して一段と厳しいアプローチを講じつつあるとの思惑から、9日の銀行株は下落。非政府系企業に新規融資の少なくとも3分の1が充てられるべきだと金融監督当局者が述べたことから懸念が強まっていた。(2018年11月12日 ブルームバーグ) この記事にはちょっと注釈が必要だろう。なぜ政府が国有企業に「もっと民間企業への貸し出しを増やせ」と言う指示を出しただけで、銀行株にパニック売りが起きるのかということだ。もともと中国の大手銀行は上場していても、実質国有であって政府の指示に逆らう立場ではない。だが、これまでずっと国有企業ばかりに融資をしてきたので、与信審査業務はほとんど未経験だ。与信審査というのは、特定企業についてどのぐらい担保を持っているか、過去の債務をきちんと約定どおりに返済してきたかを調べて、どのくらいの期間ならいくらまで貸せるかを判断することだ。 国有企業に貸しているかぎりは、債務不履行が起きそうなときは国から補助金が出てちゃんと返済できるようになっていた。だから、いきなりかなりの資金を民間企業に貸せと言われたら、きちんと与信チェックもせずに民間への融資額を膨らまして、債務不履行が続出し、業績が急落するだろうという懸念が株式市場で浮上したわけだ。 この銀行株急落に慌てた政府は、「いや、民間企業ならどこへでも見境なく融資しろと言っているわけじゃない。きちんとデューデリジェンスをして融資しなさいという意味だ」と補足して、市場をなだめようとした。だが、市場関係者は「結局、今までのような情実融資はできないということか。それなら銀行株はやっぱり売りだ」とみて、銀行株にもう一段の売りを浴びせた。ちょっと考えると、情実融資ができなくなるなら、見返りにワイロが懐に入るはずの銀行の融資担当役員の家計には大打撃でも、銀行株の業績は改善しそうに思える。 そこが中国経済の闇の深いところだ。情実融資と言っても相手先はほぼ確実に国有企業だ。国有企業同士が少しでも多く国有銀行からの融資を受けて、利権分配の原資を増やそうと競争しているわけだ。そして、こうした情実融資でムダな資金を得てとうてい採算の合わない無謀なプロジェクトを推進したとしても、国有企業が債務不履行に陥りそうになったら、政府は全力を挙げて支援する。たんなるメンツの問題ではなく、共産党一党独裁体制を支える国有銀行・国有企業を通じた利権分配システムの崩壊を防ぐためだ。 さて、ここまでは中国の国有企業は、実は企業ではなく利権分配システムだということを、やや抽象的な表現で説明してきた。だが、中国内の企業に対する融資総額の75%を受け取っている国有企業がいかに非効率な経営をしているかについては、様々な分野のデータがかなり克明に照らし出している。
2024.04.21
コメント(0)

図書館で『宮本常一 伝書鳩のように』という本を、手にしたのです。エッセイ集となっているが、宮本さんなら文化的センスに富んだエッセイとなっているのではないか、ということでチョイスしたのです。そういえば・・・熱血ポンちゃんの勇ましいエッセイを読んだなあ。【宮本常一 伝書鳩のように】 宮本 常一著、平凡社、2019年刊<出版社>より日本各地を歩き、漂泊民や被差別民、歴史の表舞台に姿を現さなかった無名の人々の営みや知恵に光を当てた「野の学者」宮本常一。膨大な著作のエッセンスを一冊に集成。<読む前の大使寸評>エッセイ集となっているが、宮本さんなら文化的センスに富んだエッセイとなっているのではないか、ということでチョイスしたのです。rakuten宮本常一 伝書鳩のようにどこから読んでもいいのだが、食べ物が語られているあたりを、見てみましょう。p57~59<すばらしい食べ方より>■田楽 昔の人たちはどのような食生活をしたのであろうか。飯に副食物をそえてたべるのが一般の食法のように思っているが、昭和10年すぎから全国の農山漁村をあるきまわるようになって、民家へとめてもらうと、どうも主食と副食物をたべる生活は平野の米作地帯ならいざ知らず、意外なほど少なかったのではないかと思っている。 奈良県王塔村篠原というところで世話になった家では、はじめての食事はお客様だというので、白いご飯を炊き、漆塗の膳椀でもてなされたのであるが、家族同様にしてほしいというと、その次からは食事は簡単になった。 たとえばサトイモを大きな鍋いっぱいにゆで、それを串刺しにしてイロリの火のほとりにつきさしてあぶり、皮がほんのりとこげるくらいになると、串をとってイモを一つずつぬき、皮をむいて塩をつけながらたべる。そして茶をすする。それでおなかを大きくするのである。あるときはまた、アズキのまだサヤの青いのをとって来て、これも大きな鍋いっぱいに炊き、サヤを歯でしごきながら中の実を食べるのである。 茶を飲むことはイモを食べるときと同然である。鍋いっぱいのアズキは容易になくならないだろうと思っていたが、話しながら食べているといつの間にかなくなってしまう。 そして私などそういう経験のないものは食べてしまったあとで食べすぎていることに気付く。一回一回の食事がこうしてみなちがっているが、一回ごとに一つのものを食べるのである。こういう食事法は考えてみると日本には古くからあったもので、ソバ、ウドンなどはすべて単食であったといっていいし、近頃のラーメンもそれである。そしてそのような食法はもとは山間や海岸地域に存在していたものではないかと思う。 高知県の山中に寺川というところがある。吉野川の水源付近にあって、もとは高知県ではもっとも不便なところとされ、18世紀半ばのころこの地に在番した高知藩の武士の書いた『寺川郷談』という書物が世人の関心をよんで不便ではあるがその名を知られたところである。私はここを二度ほど訪れた。そしてその食生活をこまかにしらべたことがある。宿をしてくれた山中さんの一家は実に親切で、名前を知っただけでは役に立たぬ、食べてみなければといって、話の中へ出て来る食物をいちいち作って出して下さった。 滞在中に食べることができなかったものの一つにシレエモチがある。シレエというのは曼殊沙華のことである。彼岸の頃に咲くのでヒガンバナともいっている。飢饉の年にはその根を掘ってとり、ゆでて川でよくさらす。ラッキョのような根があるのだが、その根には毒素があって、そのまま食べれば血をはいて死ぬという。そこで、ゆでたものを1週間も流水の中にさらしておくと毒がぬけてしまう。それを臼に入れて搗いて餅にする。うまいものではありませんと寺川の人たちは入っていたが、しかし是非食べてもらいたいと話していた。高知の山中にはこのヒガンバナがきわめて多い。飢饉にそなえて植えさせたものであろうか。『宮本常一 伝書鳩のように』1:塩の道
2024.04.21
コメント(0)

図書館で『宮本常一 伝書鳩のように』という本を、手にしたのです。エッセイ集となっているが、宮本さんなら文化的センスに富んだエッセイとなっているのではないか、ということでチョイスしたのです。そういえば・・・熱血ポンちゃんの勇ましいエッセイを読んだなあ。【宮本常一 伝書鳩のように】 宮本 常一著、平凡社、2019年刊<出版社>より日本各地を歩き、漂泊民や被差別民、歴史の表舞台に姿を現さなかった無名の人々の営みや知恵に光を当てた「野の学者」宮本常一。膨大な著作のエッセンスを一冊に集成。<読む前の大使寸評>エッセイ集となっているが、宮本さんなら文化的センスに富んだエッセイとなっているのではないか、ということでチョイスしたのです。rakuten宮本常一 伝書鳩のようにどこから読んでもいいのだが、好みのものから見てみましょう。p25~28<塩の道> 山中の道を歩いていて、いったいここを誰が通ったのであろうと思ってみることがある。地図にも出ていない道であるのだが、下草におおわれながらもかすかにそこを何人かの人が通りすぎたあとがのこされている。人の歩いた部分はややくぼんでいて、草も生えていないか、生えていても小さい。木も道の上の空間はそれほど枝をさしかわしていない。 といって1日に何人ほどの人が通るのであろうか。そういう道を歩いていると草が茂り木が茂って、とだえてしまっていることも多い。それから先は人も行かなかったのであろうか。それとも雑木や雑草がうずめつくして通ることすらできなくなってしまったのであろうか。 こうした道はまたどうしてひらいたものであろうか。古い道のなかには獣の通ったあとを利用したものもすくなくなかったようである。 山の奥のどんづまりの部落でそれからさらに山中にはいり、峠をこえて向こう側へ出ようとする道をたどろうとするとき、「どこそこからウサギ道になるから気をつけて行け」などと教えてくれることがある。ウサギ道とかシシ道というものが山の中にはあったようで、山の中を往来する獣はおのずから道を定めてそこを通った。そういう道をウチ・ウジなどともいっているところがなら・熊本・宮崎などの山中にはある。だからウジの上の木の枝などに足場をつくって、ウジを通りかかった獲物を射てしとめる、ウジ待ちとかマブシというような狩猟法も生まれたのである。 京都の宇治なども、もとは獣の通る道のあったところであろう。「粉河寺縁起絵巻」を見ると、ウジ待ちのさまが描かれている。(中略) 古い時代には野獣の数はきわめて多かった。そしてそれらが山の中を往来することによっておのずから道はできたわけであろう。その道を人もまた利用したのである。 だが、そうした道ばかりでなく人間のつくった道もあった。最初に道をつくる者は鉈や斧で木を伐り、一応人の通れるところをひらいた。 信濃路はいまの墾道刈株(はりみちかりばね)に足ふましむなくつはけわが背 という「万葉集」の歌にそのさまをうかがうことができるが、山中のこのような道のひらき方は明治時代までおこなわれていて、大槻文彦博士の「復軒旅日記」によると、群馬県山中で木を伐ってひらいた道を牛方がこえていった話が見えている。 今日も山中の仕事場などへ行くための道つくりも、木を伐り、鍬で足を作る程度の簡単なものだが、いったんそこが通路になると、人はそこを通り、次第に踏みかためていくのである。 そしてそのみちがいつまでものこっていくためには、人がそこを通りつづけねばならない。人がそこを通らなくなればやがて草にうずもれて消えていく。昭和15年初春、私は宮崎県の南郷村から槙鼻峠をこえて椎葉村の大河内へはいったことがある。この道は南郷で聞いたところでは椎葉奥への塩道だということであった。(中略) そういえば奈良県吉野山中の村々なども椎葉に似ている。食料・衣料をはじめ多くの消費物資は大和平野の上市・下市・五条などからはいってくるのだが、塩だけは熊野からはいってくるという。塩が熊野の海岸でつくられていたころ以来の慣習であろう。
2024.04.20
コメント(0)

早朝に散歩する太子であるが、南東の空に月と金星が見えるのです。ちょうど三日月の内側に金星が位置しているが、これって中東諸国が好むマークではないか。また、このマークは春分と関係があるのではないか?このところ冬から夏に急転するようなお天気であったが、来週は「百穀春雨」となるのでしょうか♪『日本のならわしとしきたり』という蔵書に二十四節季の記事があることを思い出したのです。【日本のならわしとしきたり】ムック、 徳間書店、2012年刊<内容紹介>ありふれたムック本ということなのか、ネットにはデータがありません。<大使寸評>とにかく「今日は二十四節季でいえば、何になるか♪」を知りたいロボジーにとって、座右の書となるでしょう♪Amazon日本のならわしとしきたりこの本で、穀雨のあたりを見てみましょう。和暦p12<穀雨>種蒔きの時期と穀物を育てる恵みの雨の節気 現行の暦では4月20日ころから立夏の前日までの期間が「穀雨」である。「春」の最後の節であり、「夏」が近づいていることが日々体感できる季節である。『暦便覧』には、「春雨降りて百穀を生化すればなり」と記されているが、「穀雨」のころの雨は、全ての穀物の生長を助ける雨であり、これが名前の由来ともなっている。 穀雨のころは、農業では種蒔きの時期にあたるが、節気の名前からわかる通り、植物の成長に欠かせない柔らかく優しい雨に恵まれる時期ともなっている。自然の摂理のすばらしさを感じると同時に、植物も動物も、そして人間も大いなる自然に「生かされている」とも言えそうである。 また、この時期の雨は「百穀春雨」とも呼ばれているが、百穀の植物を潤おし、芽を出させる穀雨は、天からの恵みの水でもあったのである。 穀雨を過ぎると、暦の上では夏に入るが、立夏直前に「八十八夜」を迎えることになる。 八十八夜は「お茶の葉の摘む時」。清明節前に摘んだ茶葉は「明前茶」、清明から穀雨までの茶葉は「雨前茶」、穀雨以後の茶葉は「雨後茶」と呼ばれ、それぞれが繊細な特徴を持つ茶葉であると言われている。穀雨の時期の七十二候は、次のようになっている。 初候「葦始生(あしはじめてしょうず)」葦が芽を吹き始める。 次候「霜止出苗(しもやみてなえいず)」霜が終り稲の苗が生長する。 末候「牡丹華(ぼたんはなさく)」牡丹の花が咲く。二十四節季の清明に注目
2024.04.20
コメント(0)

今回借りた4冊です。 だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は強いていえば、「手あたり次第」でしょうか♪<市立図書館>・子供より古書が大事と思いたい・人間の未来 AIの未来・すごい! へんてこ生物・米中貿易戦争 アメリカの真の狙いは日本<大学図書館>(ただいま市民への開放サービスを休止中)図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)***********************************************************【子供より古書が大事と思いたい】鹿島茂著、青土社、2019年刊<「BOOK」データベース>より買うも地獄、買わぬも地獄。達意の文章で綴る、洋古書の魅力とコレクション地獄の恐怖。「知的遊戯の宝庫、パリの古書店巡り」を増補、古書の匂いさらに色濃く、待望の新版!講談社エッセイ賞受賞。<読む前の大使寸評>追って記入rakuten子供より古書が大事と思いたい【人間の未来 AIの未来】 山中伸弥×羽生善治著、講談社、2018年刊<「BOOK」データベース>より人工知能、進化するロボット、iPS細胞による最先端医療ー私たちの暮らしはどう変わっていくのか?ノーベル賞科学者と史上最強棋士が「10年後、100年後の世界」を予言する。<読む前の大使寸評>追って記入rakuten人間の未来 AIの未来【すごい! へんてこ生物】NHK「へんてこ生物アカデミー」制作班著、祥伝社、2020年刊<「BOOK」データベース>よりへんてこ生物に学ぶ生きる知恵。地球には、さまざまな「へんてこ生物」がいる。彼らの一見不思議な姿や行動には、厳しい生存競争を勝ち抜いてきた、驚くべき理由が隠されている。5億年にわたる厳しい生存競争から「逃げる」ことで生き延びた“天才軍師”オウムガイ、みずからの体に藻を育て「自給自足」を体得した“森の仙人”ナマケモノ、孤独な深海で透明の頭と可動式の目を獲得したデメニギスなどー。本書は、NHKで放映された「へんてこ生物アカデミー」を書籍化したもの。<読む前の大使寸評>追って記入rakutenすごい! へんてこ生物【米中貿易戦争 アメリカの真の狙いは日本】 増田悦佐著、コスミック出版、2019年刊<「BOOK」データベース>より米中欧VS日本。米中の対立は見せかけだ。それでも日本は2020年の長期不況の大底から必ず復活する。<読む前の大使寸評>追って記入rakuten米中貿易戦争 アメリカの真の狙いは日本
2024.04.19
コメント(0)

『朝日デジタルの書評から』フォームや『読みたい本』フォームを作っているのだが、これを市図書館の予約に利用しようと、思い立ったのです。これまでの予約内容と予約候補は以下のとおりです。<予約中>・川上未映子『黄色い家』(7/24予約、副本?、予約504)現在174位・三浦しおん『墨のゆらめき』(8/9予約、副本12、予約373)現在88位・堤未果のショック・ドクトリン(8/25予約、副本7、予約177)現在45位・『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』(9/18予約、副本5、予約126)現在40位・原田ひ香『図書館のお夜食』(10/04予約、副本17、予約402)現在160位・南海トラフ地震の真実(10/20予約、副本?、予約44)現在7位・斎藤幸平『マルクス解体』(11/28予約、副本?、予約?)現在9位・吉岡桂子『鉄道と愛国』(12/04予約、副本?、予約?)現在6位・高野秀行『イラク水滸伝』(1/06予約、副本3、予約86)現在61位・大学教授 こそこそ日記(1/12予約、入荷待ち、予約?)現在33位・絲山秋子『神と黒蟹県』(3/02予約、副本3、予約63)現在55位・本川達雄『ウマは走るヒトはコケる』(3/31予約、副本1、予約5)現在4位・三浦しおん『しんがりで寝ています』(4/12予約、副本?、予約106)現在4位・Wedge 2024年2月号 霞が関の危機は日本の危機 (4/16予約、副本?、予約1)現在1位<カートで待機中>・N・ネフスキー著『月と不死』・グレタたったひとりのストライキ・カズオ・イシグロ『夜想曲集』・沢木耕太郎『深夜特急』<予約候補>・中野翠『ほいきた、トシヨリ生活』・鴨志田譲×西原理恵子『アジアパー伝』:図書館未収蔵・ジョージ・ミーガン『世界最長の徒歩旅行』:図書館未収蔵・李琴峰『彼岸花が咲く島』:第165回芥川賞受賞作(21年)・井上ひさし『本の運命』・ジェイムズ・ジョイス『フィネガンズ・ウェイク』・ケン・リュウ『草を結びて環を衡えん』:図書館未収蔵・九段理恵『東京都道場塔』:図書館未収蔵・外山滋比古『思考の整理学』・ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』・西東三鬼『神戸・続神戸』・「中国」はいかにして統一されたか・カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」・街道をゆく「モンゴル紀行」「南蛮のみち」<予約分受取:12/27以降> ・斎藤環『社会的ひきこもり』(12/25予約、12/27受取)・満州国グランドホテル(12/20予約、1/20受取)・絲山秋子『御社のチャラ男』(1/27予約、2/04受取)・村上春樹×柴田元幸『翻訳夜話』(2/15予約、2/27受取)・楊双子『台湾漫遊鉄道のふたり』(6/23予約、2/27受取)・川添愛『世にもあいまいなことばの秘密』(1/26予約、2/27受取)・呉叡人『フォルモサ・イデオロギー』(2/03予約、3/11受取) ・森見登美彦『太陽と乙女』(3/23予約、3/31受取)**********************************************************************【黄色い家】川上未映子著、中央公論新社、2023年刊<「BOOK」データベース>より2020年春、惣菜店に勤める花は、ニュース記事に黄美子の名前を見つける。60歳になった彼女は、若い女性の監禁・傷害の罪に問われていた。長らく忘却していた20年前の記憶ー黄美子と、少女たち2人と疑似家族のように暮らした日々。まっとうに稼ぐすべを持たない花たちは、必死に働くがその金は無情にも奪われ、よりリスキーな“シノギ”に手を出す。歪んだ共同生活は、ある女性の死をきっかけに瓦解へ向かい…。善と悪の境界に肉薄する、今世紀最大の問題作!<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(7/24予約、副本?、予約504)>rakuten黄色い家【墨のゆらめき】三浦しおん著、 新潮社、2023年刊<出版社>より実直なホテルマンは奔放な書家と文字に魅せられていく。書下ろし長篇小説! 都内の老舗ホテル勤務の続力は招待状の宛名書きを新たに引き受けた書家の遠田薫を訪ねたところ、副業の手紙の代筆を手伝うはめに。この代筆は依頼者に代わって手紙の文面を考え、依頼者の筆跡を模写するというものだった。AmazonのAudible(朗読)との共同企画、配信開始ですでに大人気の書き下ろし長篇小説。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(8/9予約、副本12、予約373)>rakuten墨のゆらめき【堤未果のショック・ドクトリン】堤未果著、幻冬舎、2023年刊<「BOOK」データベース>より「ショック・ドクトリン」とはテロや大災害など、恐怖で国民が思考停止している最中に、為政者や巨大資本がどさくさに紛れに過激な政策を推し進める悪魔の手法のことである。日本でも大地震やコロナ禍という惨事の裏で、知らない間に個人情報や資産が奪われようとしている。パンデミックで空前の利益を得る製薬企業の手口、マイナンバーカード普及の先にある政府の思惑など…。強欲資本主義の巧妙な正体を見抜き、私たちの生命・財産を守る方法とは?滅びゆく日本の実態を看破する覚悟の一冊。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(8/25予約、副本7、予約177)>rakuten堤未果のショック・ドクトリン【ぼくはあと何回、満月を見るだろう】坂本龍一著、新潮社、2023年刊<「BOOK」データベース>より「何もしなければ余命は半年ですね」ガンの転移が発覚し、医師からそう告げられたのは、2020年12月のこと。だが、その日が来る前に言葉にしておくべきことがある。創作や社会運動を支える哲学、坂本家の歴史と家族に対する想い、そして自分が去ったあとの世界についてー。幼少期から57歳までの人生を振り返った『音楽は自由にする』を継ぎ、最晩年までの足跡を未来に遺す、決定的自伝。著者の最期の日々を綴った、盟友・鈴木正文による書き下ろし原稿を収録。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(9/18予約、副本5、予約126)>rakutenぼくはあと何回、満月を見るだろう【図書館のお夜食】原田ひ香著、ポプラ社、2023年刊<「BOOK」データベース>より東北地方の書店に勤めるものの、うまくいかず、仕事を辞めようかと思っていた樋口乙葉は、SNSで知った、東京の郊外にある「夜の図書館」で働くことになる。そこは普通の図書館と異なり、亡くなった作家の蔵書が集められた、“本の博物館”のような図書館だった。開館時間は夜7時から12時まで、まかないとして“実在の本に登場する料理”が出てくる「夜の図書館」で、本好きの同僚に囲まれながら働き始める乙葉だったがー。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(10/04予約、副本17、予約402)>rakuten図書館のお夜食【南海トラフ地震の真実】 小澤慧一著、東京新聞出版、2023年刊<「BOOK」データベース>より「南海トラフは発生確率の高さでえこひいきされている」。ある学者の告発を受け、その確率が特別な計算式で水増しされていると知った記者。非公開の議事録に隠されたやりとりを明らかにし、計算の根拠となる江戸時代の古文書を調査するうちに浮かんだ高い数値の裏にある「真実」。予算獲得のためにないがしろにされる科学ー。地震学と行政・防災のいびつな関係を暴く渾身の調査報道。科学ジャーナリスト賞で注目のスクープを書籍化!<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(10/20予約、副本?、予約44)>rakuten南海トラフ地震の真実【マルクス解体】斎藤幸平著、 講談社、2023年刊<「BOOK」データベース>よりいまや多くの問題を引き起こしている資本主義に対する処方箋として、斎藤幸平は、マルクスという古典からこれからの世の中に必要な理論を提示する。本書『マルクス解体』は、マルクスの物質代謝論、エコロジー論、プロメテウス主義の批判から、未来への希望を託す脱成長コミュニズム論までを精緻に語る。これまでの斎藤の活動の集大成であり、同時に「自由」や「豊かさ」をめぐり21世紀の基盤となる新たな議論を提起する書である。<読む前の大使寸評>追って記入。<図書館予約:(11/28予約、副本?、予約?)>rakutenマルクス解体【鉄道と愛国】吉岡桂子著、岩波書店、2023年刊<「BOOK」データベース>より戦後日本の発展の象徴、新幹線。アジア各地で高速鉄道の新設計画が進み、中国が日本と輸出を巡って競い合う現在、新幹線はどこまで日本の期待を背負って走るのか。一九九〇年代から始まった新幹線商戦の舞台裏を取材し、世界最長の路線網を実現した中国の高速鉄道発展の実像に迫る第一部、中国、香港、韓国、東南アジア、インド、ハンガリーなど世界各地をたずね、鉄道を走らせる各国の思惑と、現地に生きる人々の声を伝える第二部を通じて、時代と共に移りゆく日中関係を描き出し、日本の現在地をあぶりだす。<読む前の大使寸評>追って記入。<図書館予約:(12/04予約、副本?、予約?)>rakuten鉄道と愛国【イラク水滸伝】高野秀行著、文藝春秋、2023年刊<「BOOK」データベース>よりアフワールーそこは馬もラクダも戦車も使えず、巨大な軍勢は入れず、境界線もなく、迷路のように水路が入り組み、方角すらわからない地。権力に抗うアウトローや迫害されたマイノリティが逃げ込む、謎の巨大湿地帯。中東情勢の裏側と第一級の民族誌的記録ー“現代最後のカオス”に挑んだ圧巻のノンフィクション大作!<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(1/06予約、副本3、予約86)>rakutenイラク水滸伝【大学教授 こそこそ日記】 多井学著、三五館シンシャ、2023年刊<「BOOK」データベース>より「いくらでも手抜きのできる仕事」。現役教授が打ち明ける、ちっとも優雅じゃない生活。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(1/12予約、入荷待ち、予約?)>rakuten大学教授 こそこそ日記【神と黒蟹県】絲山秋子著、 文藝春秋、2023年刊<「BOOK」データベース>より「黒蟹とはまた、微妙ですね」。日本のどこにでもあるような「地味県」の黒蟹県。そこで暮らす、そこを訪れる、名もなき人々や半知半能の神がすれ違いながら織りなす、かけがえなく、いとおしい日々。まだ名付けられていない人間関係を描き続けてきた著者真骨頂の連作小説集。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(3/02予約、副本3、予約63)>rakuten神と黒蟹県【ウマは走るヒトはコケる】本川達雄著、 中央公論新社、2024年刊<「BOOK」データベース>より背骨と手足を得て、脊椎動物は速く長距離を移動できるようになった。走る、泳ぐ、飛ぶと方法は異なるが、動物それぞれが素早い動きを可能にする体のデザインを持っている。ヒトはコケつつ歩くが、これがめっぽう効率が良くて速い。なぜ?鶏の胸肉はササミよりも3倍も大きい。なぜ?渡り鳥が無着陸で何千kmも飛べる。なぜ?魚やイルカには顎がない。なぜ?皆、納得のいく理由がある。動くための驚きの仕組みが満載!<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(3/31予約、副本1、予約5)>rakutenウマは走るヒトはコケる【しんがりで寝ています】三浦しおん著、 集英社、2024年刊<「BOOK」データベース>より雑誌「BAILA」での連載4年分に、書き下ろしを加えた全55編!三浦しをんの沼にどっぷりハマる、最新&爆笑エッセイ集。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(4/12予約、副本?、予約111)>rakutenしんがりで寝ています【Wedge 2024年2月号 霞が関の危機は日本の危機】雑誌、ウェッジ、2024年刊<商品説明>より■【特集】霞が関の危機は日本の危機 官僚制再生に必要なことかつては「エリート」の象徴だった霞が関の官僚はいまや「ブラック」の象徴になってしまった。官僚たちが疲弊し、本来の能力を発揮できなければ、日本の行政機能は低下し、内政・外交にも大きな影響が出る。霞が関の危機は官僚だけが変われば克服できるものではない。政治家も国民も当事者だ。激動の時代、官僚制再生に必要な処方箋を示そう。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(4/16予約、副本?、予約1)>rakutenWedge 2024年2月号 霞が関の危機は日本の危機【月と不死】N・ネフスキー著、平凡社、1971年刊<出版社>より著者は日本民俗学界の異色の存在として知られるロシア人学者で,柳田国男,折口信夫らと親交を結び,沖縄,東北などの民俗を採録した。本書は日本語で発表された論文・書簡を網羅した唯一の著作集。<読む前の大使寸評>ロシア人にして、日本民俗学界の異色の存在が気になるのです。<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>heibonsha月と不死図書館予約の運用にも慣れて、速攻で入手するコツも何となくつかんだと思うのだ♪・朝日書評欄で探すとしたら、3ヶ月前掲載くらいのモノが狙い目かも。・専門的すぎるほどのモノは、予約0となっていることが多い。・受取館に収蔵しているモノは、移送する手間が省けるので早くなるだろう。・本屋の店頭に出た直後の新刊本・ウィキペディアでめぼしい著作を探す・神戸市図書館の予約順位は毎週火曜日(午前1時~3時) に更新されます。・Kindle版を購入すれば、その本の全て読めるのだが、紙の本から書き写す手間が好きなわけでおます。予約分受取目録R26好書好日トップ図書館情報ネットワーク 蔵書検索
2024.04.19
コメント(0)

図書館で「航空戦史」という本を手にしたのです。「航空戦から読み解く世界大戦史」ってか・・・表紙に書かれたコピーに惹かれて、チョイスしたのです。【航空戦史】古峰文三著、イカロス出版、2020年刊<「BOOK」データベース>より20世紀の戦争を理解するために必要な視点は“空”にあった。空では勝利したはずのノモンハン事件で日本陸軍はなぜ敗北したのか?インパール作戦失敗の真の要因は「補給の軽視」ではなかった!「かくも少数」ではなかったバトル・オブ・ブリテンの英戦闘機隊。ノルマンディの空は連合軍のものではなかった!-新視点から語られる航空戦の真実。<読む前の大使寸評>「航空戦から読み解く世界大戦史」ってか・・・表紙に書かれたコピーに惹かれて、チョイスしたのです。rakuten航空戦史Fw190D-9(愛称ドーラ)ドイツ空軍激戦のエピソードを、見てみましょう。p325~335<未曽有の航空作戦始まる>■戦闘機隊の機動集中と出撃開始 1944年12月16日、装甲師団を中核とするドイツ軍地上部隊によるアルデンヌ高原での反撃作戦が開始された。この日は西部ヨーロッパの冬に典型的な悪天候だったが、ドイツ空軍戦闘機隊の多くは当日までに出撃基地への異動を済ませていたか、当日に夜間戦闘機の誘導で移動したが、一部の部隊はそれまで駐留していた基地がそのまま出撃基地となっていた。 ガーランドは戦後の回想で、それまで設備の整った国内基地から出撃していた戦闘機隊を、条件の悪い前線飛行場に進出させて事故を続出させたと批判しているが、この指摘は正確ではない。そもそも西部戦線の前線がドイツ国境に迫っていたため、ドイツ西部の本土防空用基地がそのまま「ラインの守り」作戦用の基地になっていたからである。 さらに、「防空任務用に訓練された乗員が、爆弾を抱えて地上軍支援に用いられた」との批判も不正確である。なぜなら作戦全期間を通じてドイツ戦闘機隊は爆弾装備を行わず、12月中は制空任務に徹し、1月1日の「ボーデンプラッテ」作戦でもその攻撃は搭載した機関砲を用いた飛行場在地敵機に対する銃撃が主体だった。 戦闘機に爆弾を積んでいては、出撃基地から100~200㎞を進撃しなければならない敵飛行場攻撃は、航続距離の関係で困難だったのだ。 作戦初日となった12月16日の悪天候は、ドイツ空軍の出撃を阻み、唯一出撃できたのは戦線南部を担当していたJG53だけだった。 作戦2日目の12月17日、天候は若干の回復を見せて、各戦闘機隊は進撃する装甲部隊の上空掩護に出撃を開始した。各戦闘機隊への作戦命令は「〇〇地区上空を低空飛行する敵機をすべて撃墜せよ」といった制空作戦を指示したもので、アルデンヌ地区を含む広範囲のファイタースウィープ(戦闘機掃討)を命じていた。 これに対し、連合軍航空部隊は戦場上空が雲に濃く閉ざされた天候のため、第9空軍が装備する双発爆撃機部隊が出撃できず、単座の戦闘爆撃機のみが出撃し、雲の切れ目を縫っての低空攻撃を試みた。 こうしてイギリス第2戦術空軍のスピットファイア、タイフーン、テンペストおよびアメリカ第9空軍のP38ライトニング、P47サンダーボルトといった単座機と、ドイツ軍機との空中戦が各所で展開された。その焦点の一つとなったのは、アメリカ軍が頑強に防衛していたドイツ軍進撃路上の交通の要衝であるサン・ヴィト上空だった。サン・ヴィトの攻撃には、ミューズ河渡河作戦に投入される予定だったSG4のFw190F—8も投入されている。 地上軍からは、低く垂れ込めた雲の上で展開される空中戦は把握しにくかったが、ドイツ軍の進撃路上空では敵味方入り乱れての激戦が開始されていたのである。 作戦3日目の12月18日には、それまで出撃できなかったJG1の全飛行隊が戦闘に加わり、空中戦は激しさを増した。また、SG4の攻撃はこの日もサン・ヴィトへと向けられた。翌12月19日にも戦闘は続けられ、SG4の攻撃はこの日以降、アメリカ軍第101空挺師団が包囲下で抵抗を続けるバストーニュへ向けられた。バストーニュは、12月末まで航空戦の焦点であり続けることになる。 ここで天候がさらに悪化して、航空戦が一時中断する。激しい吹雪とみぞれは12月22日まで3日間続き、ドイツ戦闘機隊は、作戦初期の損害をようやく届き始めた新鋭機材で補充することができた。Fw190装備部隊には、工場で完成したばかりのFw190D-9がようやくまとまった数で補給され、Bf109部隊にはG10とK4が送られている。 しかし待望の新鋭機材とはいえ、作戦中に機種転換訓練をする間もなく送り込まれたFw190D-9が十分な戦力となるにはあまりにも無理があった。(中略)■ドイツ戦闘機隊の大損害「ラインの守り」作戦の発動以来、局所的に大きな戦果を挙げながらも、ドイツ戦闘機隊の被った損害は膨大なものとなっていた。実質的に戦闘初日となった12月17日だけでも、戦闘機隊の戦死・行方不明者は最大で55人。負傷者を含めれば合計79人が失われ、12月18日にも戦死・行方不明・負傷で計33人が失われたといわれる。 天候が回復して連合軍との本格的な激突が始まった12月23日には、同様に計98人が失われ、12月24日には戦死・行方不明85人、負傷21人の計106人という恐るべき損害を出し、翌25日には計62人、27日には計50人を数える。「ボーデンプラッテ」作戦前日の12月31日にも計49人が失われた。具体的な数字が不明な日もあり、記録が錯綜しているため、これらの数字は必ずしも正確でないとはいえ、累積する損害の異常さがわかる。「バトル・オブ・ブリテン」当時の損害など何処かへ飛んでしまうかの如き規模なのである。 結局、ドイツ戦闘機隊は12月17日から12月27日の期間で644機が失われ、227機が損傷してその多くが廃却されている。乗員は322人が戦死または行方不明、23人が捕虜となり、133人が負傷したとされる。これに12月28日から31日までの損害を加えたものが、12月中に「ラインの守り」作戦でドイツ戦闘機隊が被った損害総数となる。恐らくあと150機から200機程度の機材と、100人以上の戦死傷者があると推定される。「航空戦史」1:海軍最後の戦闘機隊「三四三空」
2024.04.18
コメント(0)

電気や電磁波がとだえた3年間ほどのサバイバル生活とは如何なるものか?・・・SF映画としては、大いに魅力を感じるテーマではあるので、以下のとおり復刻してみます。*********************************************************『サバイバルファミリー』が11日から公開されたので、見る前に個人的予告を作っていたが・・・と言いつつも昨日(17日)観てきました。【サバイバルファミリー】矢口史靖監督、2017年制作、2017.2.17観賞<movie.walker解説>よりある日突然、電気がなくなった世界を舞台に、とある家族のサバイバル生活を描く、矢口史靖監督によるコメディ。登場人物たちに次から次へとトラブルが降りかかる監督お得意の手法で物語が進行。バラバラだった一家が、過酷な生活を通して、絆を取り戻していく。一家の主を小日向文世、その妻を深津絵里が演じる。<観る前の大使寸評>矢口史靖監督の新作とあれば・・・観るしかないか♪movie.walkerサバイバルファミリーある日突然、電気あるいは電磁波がとだえたら世界はどうなるか?矢口監督は、こんなSFのような、思考実験のような思いにとりつかれたようで・・・・この映画は、電気がとだえた3年間ほどのサバイバル生活を描いています。とにかく電話、報道などによる情報がとだえるので、情報伝達は口伝えだけになるわけで、仕事にならないし、都市の生活は成り立たないし・・・しばらくすると現行紙幣は効力を失い、経済活動といえば食料品主体の物々交換だけになるという矢口監督のお話は、説得力があるわけです。西日本は電気が生きているという噂を信じて、この家族は東京から自分の故郷でもある鹿児島を目指して自転車で旅を始めるのです。その後の生活は明治期以前のような生活に変わり、陸上の輸送手段は自転車と蒸気機関車だけとなるのが・・・へんに納得できるのです。阪神大震災の際、被災直後は茫然自失の呈であったが、3時間ほど後には飲料水、ガスボンベ、トイレ用水の確保に動いたことを思いだしたわけで・・・わりと既視感のある映画でした。鏡反射によるモールス式情報伝達を使って現代的な行政を模索するとか・・・このお話には、いくらでもいちゃもんをつけられるが、よしておこう♪監督の初日舞台挨拶を見てみましょう。小日向文世、妻・深津絵里から「一生可愛い人でいて。ずっと大好き」より『ウォーターボーイズ』(01)の矢口史靖監督最新作『サバイバルファミリー』の初日舞台挨拶が2月11日にTOHOシネマズ六本木ヒルズで開催。小日向文世、深津絵里ら豪華キャストと矢口史靖監督が登壇した。深津は撮影から宣伝まで大奮闘してきた小日向について「こんなにキュートな63歳はどこにもいません。一生可愛い人でいてください。ずっと大好きです」と笑顔で語った。過酷な撮影で胸部を殴打したり、極寒の川に入ったりした小日向だったが、深津のねぎらいを受け「いや、全部吹っ飛びました」と満面の笑顔を浮かべた。舞台挨拶には小日向、深津の他、泉澤祐希、葵わかな、時任三郎、藤原紀香、大野拓朗、志尊淳も登壇。クロストークでは藤原の天然ぶりが笑いを誘った。切り出したのは矢口監督で「案外雨女で、藤原さんが来た日に限って雨が降る。噂で聞いたら海外で砂漠に行ってもたいがい雨を降らせちゃうとか」と藤原の雨女ぶりを明かす。藤原は「気づかないふりをしていました。ケニアの干ばつで乾季だったのに降っちゃった。そしたら動物たちやマサイ族がうれしがって出てきちゃった」と珍エピソードを披露した。また、矢口監督は全員のなかで藤原のサバイバル能力が一番高いと発言。「本物の天然は危機に強い。なんでもポジティンブシンキングできるし、水の確保もできる」と言って笑いを取ると、藤原は「大変光栄です」と苦笑いした。この記事も矢口史靖の世界R1に収めておきます。
2024.04.18
コメント(0)

図書館で「貧困パンデミック」という本を手にしたのです。「寝ている『公助』を叩き起こす」ってか・・・表紙に書かれたコピーに惹かれて、チョイスしたのです。【貧困パンデミック】稲葉剛著、明石書店、2021年刊<「BOOK」データベース>より2020年春以降、生活困難な層が急速に拡大し、貧困の現場でも緊急事態が到来した。「誰も路頭に迷わせない」と立ち上がった著者たちの支援活動記録と政策への提言。<読む前の大使寸評>「寝ている『公助』を叩き起こす」ってか・・・表紙に書かれたコピーに惹かれて、チョイスしたのです。rakuten貧困パンデミック扶養照会が生活保護の申請を妨げる「水際作戦」に使われているようだが・・・「第4章 2020~21年冬」で21年当時の扶養照会が語られているので、見てみましょう。p176~180<権利と尊厳が守られる生活保護に> 例年のことだが、年末年始の取材ラッシュが終わると、生活困窮者支援の現場には静けさが戻ってくる。 毎年、この時期になると、「マスメディアにとって貧困問題は季節の風物詩扱いなのか」という思いと、「年末年始だけでも注目してくれるのであれば、それで良しとすべきなのか」という思いが交錯をしてしまう。■民間の努力は限界に近い。公助を叩き起こす必要 しかし、社会的な注目が薄らぐ中で、支援の現場に集まる人の数は増え続けている。 東京都内各地でホームレス支援団体が定期的に実施している食糧支援の現場では、年が明けてからも集まる人が増加し続けている。 NPO法人TENOHASIによると、2月13日に東池袋中央公園で実施された弁当配布・相談会には、336人もの人が列をつくったという。近年では最も多い人数で、コロナ以前と比べると、2倍まで増えたことになる。 ホームレス支援の場で、従来から来ている中高年の男性に加え、若い世代の顔を見かけるのは、もう珍しい出来事ではなくなっている。 集まる人の増加と感染症対策により、支援団体の負担も重くなっている。感染リスクを下げるため、TENOHASIでは通常の炊き出しに替えてパック詰めの弁当を支給しているため、コストは以前の15倍以上かかっているという。 私が代表を務めている一般社団法人つくろい東京ファンドでは、住まいを失う人が増加していることを踏まえて個室シェルターの増設に取り組んでいる。シェルターとして確保している個室はコロナ以前の25室から現在59室まで増加した。シェルター事業を支える人的な体制の整備も進めているが、なかなか追い付かないのが実情だ。 民間で生活困窮者支援に関わるどの団体、どの個人も、急激な貧困拡大に対応すべく、懸命な努力を続けている。だが、その努力も限界に近づきつつあるのではないか、と私は危機感を感じている。「自助も共助も限界に来ている。今こそ、公助の出番だ」と、私たちは言い続けてきたが、「公助」の存在感は薄いままだ。「公助」がどこかで昼寝をしているのであれば、人々が声をあげて叩き起こすしかない。最近、私はその思いを強くしている。■菅首相の「最終的には生活保護」発言 そんな「公助」の現状を象徴するようなやりとりが国会であった。「政府には最終的には生活保護という仕組みがある」 1月27日の参議院予算委員会。菅義偉首相はコロナの影響で生活困窮者が増加していることへの対策を問われた際、このような答弁を行い、批判を浴びた。 生活保護制度は「最後のセイフティーネット」であると言われており、菅首相の答弁は教科書的には間違っていない。しかし、現在の社会的・経済的状況のもとで政府の責任者が発する言葉として、この答弁で十分だと考える人はほとんどいないであろう。私たちが政治のリーダーから聞きたいのは、「OK Google」と聞けばわかるような社会保障の基礎知識ではないからだ。菅首相には、生活苦にあえぐ人々に支援の手が届かない実情をどう変えていくのかを具体的に答えてもらいたかった。 私は、現下の貧困拡大に対応するためには「生活保護の手前の支援策の実施、拡充」と「生活保護そのものを利用しやすくするための改革」の両方が必要だと考えている。 手前の支援策としては、再度の特別定額給付金の支給が必要だと考える。 一律の給付金支給には批判も多いが、「一定の所得以下」や「コロナの影響で減収したこと」等の支給要件を設けると、窓口での審査に時間がかかる、結果的に制度からこぼれ落ちる人が出る、といった問題が生じやすくなる。 即応性を重視し、困っている人を取りこぼさないようにするのであれば、一律の給付が最も現実的である。高額所得者や資産家には後で税金の形で返してもらうのが酔いであろう。 また、生活の基礎である住まいを維持・確保できるようにするため、現在の住居確保給付金を見直して、普遍的な家賃補助制度へと改編すること、民間の空き家・空き室を借り上げる形での現物給付型の住宅供給を実施することも求めていきたい。■制度の利用を阻む「扶養照会」 他方、生活保護制度には、資産要件の緩和や現場を担う職員の質的量的な拡充、名称変更によるイメージアップ等、改善すべき点はたくさんある。その中で、最も急がれるのは前回の記事でも取り上げた扶養照会の見直しだ。 私たちが年末年始の相談会に来られた生活困窮者を対象に実施したアンケート調査では、生活保護を現在、利用していない人の3人に1人(34.4%)が、利用していない理由として「家族に知られるのが嫌だから」という選択肢を選んでいた。 扶養紹介が生活保護の利用を阻害する最大の要因であることがアンケート結果により明らかになったため、私たちは厚生労働大臣に対して、本人の承諾なしで家族に連絡しないよう、扶養照会の運用見直しを求めるネット署名に取り組んでいる。「貧困パンデミック」1:ボブという名の猫
2024.04.17
コメント(0)

図書館で「貧困パンデミック」という本を手にしたのです。「寝ている『公助』を叩き起こす」ってか・・・表紙に書かれたコピーに惹かれて、チョイスしたのです。【貧困パンデミック】稲葉剛著、明石書店、2021年刊<「BOOK」データベース>より2020年春以降、生活困難な層が急速に拡大し、貧困の現場でも緊急事態が到来した。「誰も路頭に迷わせない」と立ち上がった著者たちの支援活動記録と政策への提言。<読む前の大使寸評>「寝ている『公助』を叩き起こす」ってか・・・表紙に書かれたコピーに惹かれて、チョイスしたのです。rakuten貧困パンデミックボブという名の猫「第2章 2020年夏」でストーリートキャットやビッグイシューが語られているので、見てみましょう。p76~79<世界中の路上生活者を支えた猫の死> 6月15日、世界で最も有名な猫がロンドンで亡くなった。その死は、BBCやCNN等、世界各国のニュースで報じられた。 猫の名は、ボブ。飼い主で作家のジェイムス・ボウエンさんによると、ボブは「少なくとも14歳」だったという。 ボブが有名になったのは、2012年、ボウエンさんの自身の経験を綴った著書『ボブという名のストーリート・キャット』がベストセラーになったのがきっかけだった。 2016年には、『ボブという名の猫』として映画化され、ボブ自身も映画に出演した。■「毎朝起き上がる理由」を与えてくれた猫 薬物依存症に苦しみ、20代で路上生活を送っていたボウエンさんが茶トラノ野良猫と出会ったのは、2007年。 「ボブ」と名づけられた猫は、ボウエンさんに「毎朝起き上がる理由」を与えてくれたという。 路上生活者の仕事をつくる雑誌『ビッグイシュー』を販売したり、路上でギターの弾き語りをしたりして生計を立てていたボウエンさんは、どこにでもボブを連れて行くようになった。 やがて、ボブがボウエンさんとハイタッチする姿が話題になり、取材が殺到。ボブとボウエンさんのコンビは人気者になっていった。 ボウエンさんはフェイスブックで、ボブが薬物依存症からの回復を助けてくれたと感謝している。「ボブは相棒でいてくれた以上に、はるかにたくさんのものを僕にくれた。ボブがそばにいてくれたおかげで、自分が見失っていた方向性や目的を再発見できた」「ボブは本当に大勢の人に会って、何百万人もの人と心を通わせた。ボブみたいな猫は今までいなかったし、これからもいないでしょう。人生の光が消えたような気持ちです。ボブのことは決して忘れません」■ボブが支えた世界中の路上生活者 ボブが支えた路上生活者は、ボウエンさんだけではない。 ボブは、『ビッグイシュー日本版』を含む各国の『ビッグイシュー』の表紙を何度も飾った。ボブが表紙に登場する号は、ハリウッドの有名俳優が表紙に出る号に負けず劣らず、売れ行きが良いことで知られていた。(中略) 私が気になるのは、もし路上生活の青年と野良猫が出会ったのが日本だったら、このようなストーリーが成り立っただろうか、という点である。 詳しくは映画『ボブという名の猫』をご覧いただきたいが、ボウエンさんがボブと一緒に暮らすことができたのは、彼が「ハウジングファースト」型のホームレス支援策を利用できたからである。「ハウジングファースト」とは、住まいを失った生活困窮者に無条件で住宅を提供する支援の手法で、これにより当初、薬物依存から抜け切れていなかったボウエンさんも、ボブと共に暮らせる住まいを手に入れることができた。かつて読んだ『ボブという名のストリート・キャット』という本を哨戒します。***********************************************************************【ボブという名のストリート・キャット】ジェームズ・ボーエン著、辰巳出版、2013年刊<「BOOK」データベース>よりロンドンでプロのミュージシャンを志したものの様々な困難に遭い路上生活者となった青年ジェームズ。人生に目的も目標も持てないままいつまでもヘロイン中毒から抜けだせずにいた。そんな彼の前に突然現れた、一匹の野良猫ボブ。ホームレスの青年と野良猫の友情物語。<読む前の大使寸評>猫好きにとってはたまらない本で・・・表紙のボブの写真がええなあ♪<図書館予約:(2/9予約、3/10受取)>rakutenボブという名のストリート・キャット
2024.04.17
コメント(0)

東アジアの貿易ネットワークとか、三浦按針が関わる英日貿易とか、米中軍用機衝突事件などに触れている「セルデンの中国地図」という本が興味深いので読み直してみようと思い立ったのです。*********************************************************図書館に予約していた『セルデンの中国地図』という本をゲットしたのです。この本には、海南島沖の米中軍用機衝突事件の顛末が載っているわけで、歴史的にも、社会学的にも読める多角的な視点が・・・・ええでぇ♪つい先日、『疾走中国』という本を読んだところだが、昨今の大使は「東アジア」がミニブームでんがな♪【セルデンの中国地図】ティモシー・ブルック著、太田出版、2015年刊<「BOOK」データベース>より400年のときを経て1枚の地図が歴史を変えた。英国で発見された中国の古地図には、鎖国下の日本を含む東アジアによる大航海時代の記録が残されていた!世界に衝撃を与えた地図の謎に迫る歴史ノンフィクション。【目次】第1章 この地図の何が問題なのか?/第2章 閉鎖海論/第3章 オックスフォードで中国語を読む/第4章 ジョン・セーリスとチャイナ・キャプテン/第5章 羅針図/第6章 中国からの航海/第7章 天円地方/第8章 セルデン地図の秘密<読む前の大使寸評>この本には、海南島沖の米中軍用機衝突事件の顛末が載っているわけで、歴史的にも、社会学的にも読める多角的な視点が・・・・ええでぇ♪<図書館予約:(2/04予約、2/09受取)>rakutenセルデンの中国地図セルデン地図の謎解きに踏み出したが、謎解きはなかなかはかどりません。p47~67<第2章 閉鎖海論> セルデンの大量の蔵書がテムズ川から荷馬車で運ばれてくると、ウッドは図書館長のトマス・バーロウに手伝いを申し出て、荷をほどき、仕分けをした。地図の入った細長い箱はボドリアン図書館に届けられた何百という箱のなかのひとつにすぎなかったのかもしれない。ウッドはそれを特別扱いするようなことはしなかった。 セルデンは、ロンドンのホワイトフライアーズにあった自宅に当時はまだめずらしかった造りつけの書棚を持っており、かなり整然と書籍や写本を並べていた。梱包を担当した者たちは書棚に並べていた順番を守って整理するよう努め、それがセルデンの死後作られた蔵書目録のもとになった。とはいえ、オックスフォードで荷解きされたときに少し混乱したことは大いに考えられる。セルデンの蔵書は一冊一冊どの本か確かめられてから、図書館の西端にある書架に運ばれた。この一角はのちに「セルデン・エンド」と呼ばれるようになる。 これは、ボドリアン図書館が一度に寄贈を受けた書籍と写本としては最大のコレクションだった。当時の基準で言えば、この寄贈の受け入れには多額の費用がかかった。館長のバーロウは、セルデンの寄贈書の整理があまりにも負担が大きかったため、職を辞したという。(中略) セルデンは1654年6月11日に遺言書を作成している。遺言には、学者として築いた資産の処分方法が補足書として添えられていた。補足書には「中国の地図」という記述があるが、セルデンによるこの地図への言及はそのほかの文献には見られない。また、蔵書のなかで彼が題名を挙げて言及しているのはこの地図だけであることも注目に値する。これ以外の書籍と写本は単純に分類でしか触れられていないからだ。セルデンは「ヘブライ語、シリア語、アラビア語、ペルシャ語、トルコ語、あるいは通常東洋語として理解されるあらゆる言語」で書かれた蔵書に注意を向けさせてはいるが、どれひとつとして題名を挙げてはいない。(中略) 遺言の補足書ではこれらの資料をオックスフォード大学に寄贈すると指定されているはずなのに、具体的な寄贈先は書かれていない。 「中国の地図」についてはその何行かあとに登場し、この地図を「前記の総長、教授、学部在学生」に贈るものとするとセルデンは述べている。「前記の」と書かれているからには、これらの大学関係者が所属する大学がすでに指定されているはずだが、それに該当する文言は見あたらない。何かが欠落しているのだ。(中略) 寄贈品の受取人が文章から抜け落ちていたのはセルデン本人の意向でもまちがいでもない。1655年2月にセルデンの遺言書が裁判所に提出されたときに、書記官は単純に一行飛ばして原本を書き写してしまったようだ。そしてその遺言書が証人立会いのもとで法的に有効とされたのである。お話は日本にまで及びます。p129~131<第4章 ジョン・セーリスとチャイナ・キャプテン> 1613年6月9日、セーリスは日本の南部の海岸に到着する。彼はウィリアム・アダムズ(日本名、三浦按針)を探していた。アダムズは1600年に日本の海岸に漂着したのだった。太平洋を横断していたオランダ船に乗っていた一握りの生存者のひとりで、日本を訪れた初めてのイングランド人だった。それからの13年のあいだ、徳川家康に仕え、日本周辺の海域に精通するようになっていた。 イングランドの東インド会社は、英日貿易を始めるにあたり、貴重な人材としてアダムズに狙いを定めていた。その狙いは正しく、アダムズには会社の目的に力を貸すのにやぶさかではなかった。日本人の妻を娶り、子供も生まれて、日本の社会にすっかり溶け込んでいたアダムズは、日本周辺の海域ばかりではなく、複雑な政治的、社会的な領域をも熟知しており、東インド会社のために、近所の住民から将軍にいたるまであらゆる人間との交渉にあたることができた。また船長としても航海長としても熟練しており、のちには同社のために中国の海岸沿いを運搬船のジャンクで航行している。 セーリスが到着したとき、アダムズは平戸にはいなかったが、そこにはヨーロッパ人が幾人かいた。彼らをとおして、セーリスは平戸藩主に会い、藩主から日本で商売している年上の中国人商人を紹介された。この中国人は名を李旦といった。李旦がセーリスの日誌に初めて登場するのは、セーリスが平戸に到着してから6日後にあたる1613年6月16日。セーリスが開設を目指していた商館の大家の候補として記されている。セーリスは李旦の名前を「キャプテン・アンデイス」と記し、「中国人の頭領」だと見なしている。李旦とセーリスは馬が合ったようだ。(中略) 李旦の人生と彼が生きた時代を今日の私たちが知ることができるのは、平戸商館長リチャード・コックスの日記のおかげである。日記のなかで現存する部分は1615年6月1日から始まる。その日の日記には李旦だけではなく、その弟の「キャプテン・フォウ(李華宇」の名前も記されている。(中略) 李兄弟は中国福建省沿岸の2大港町のひとつ、泉州の出身だった。その港からは当時、商人や肉体労働者のクーリーが東アジアの貿易ネットワークへと出帆したものだった。若き日の李旦は、アジアにおけるスペインの貿易拠点だったマニラに渡り、一財産築いた、というかコックスはそう推測したわけだが、1603年にスペインによる華僑の大量虐殺が起きると、マニラを去らざるをえなくなった。 李華宇が1619年に、李旦が1625年にいずれも自然死で亡くなっていることを考えると、1613年の時点で兄弟は50歳前後だったと考えられる。ふたりはクローブ号が平戸に入港する頃には、日本の南端に住む何百人という華僑の貿易コミュニティの頭目となっており、ふたりとも長崎に居を構えていた。長崎は、ポルトガルが貿易を始めた場所であり、徳川幕府が鎖国令を布くとオランダが拠点を移すことになる場所だが、李兄弟が主に商売をしていたのは平戸である。平戸は当時、オランダとイングランドの貿易拠点となっていた。当時の南シナ海界隈の貿易は、中国人が牛耳っていたそうです。なお、鄭和の大航海については、チラッと述べるにとどまっています。p147~148<第5章 羅針盤> ヨーロッパの商人がアジアの水先案内人や航海長に頼りきりという事態は懸念のもとになった。アジアの海域に進出して間もない頃には、イングランドの東インド会社は主に中国人の水先案内人や航海長を使っていた。これは、南シナ海界隈の貿易を牛耳っているのが中国人だと認めていたからでもある。また、計算された政治的な取り組みでもあった。コックスはそれをパタニに駐在する東インド会社の同僚に宛てた手紙で明かしており、「すべての中国人に親切に、そして敬意をもって接する」よう助言している。 その助言は、東インド会社が中国への参入手段を求めている、というただひとつの大前提に基いていた。同社のアジア戦略全体がそれにかかっていたからだ。コックスはイングランド人に、直接貿易の要請を退ける口実を明に与える行為をしてほしくなかった。パタニの同僚にはこっそりとこんなふうに言っている。「中国の皇帝がイングランド、オランダ、スペイン、ポルトガルが貿易をおこなっているアジアのあらゆる地域にスパイを送り込んでおり、中国の人民に対する彼らの態度や振る舞いを監視させているという情報を、私は確かにつかんでいる」 朝廷が張りめぐらせる諜報計画があるなどという考えは少々いきすぎているかもしれないが、ヨーロッパ人が中国との取引で直面する果てしない困難や、目標達成の厳しさからそんな疑念が煽られたのだった。コックスはなんとしても中国との貿易実現への突破口を見つけたかったため、それを損なうようなことはいっさい望まなかった。中国に、イングランドが彼らの企みを知っていると感づかれないように、パタニの同僚にはこの話を外部に洩らさないよう釘を刺している。「私が手紙に書いたことは作り話ではなく真実だが、貴殿の胸だけにしまっておいてくれ」。コックスはそう手紙を結んでいる。謎解きの最後です。p262~263<エピローグ 安息の地> 17世紀前半、セルデン地図は、南シナ海を最も正確に描いた「海図」だった。それ以前にはこれより優れた地図はなかったし、それから40年のあいだもそうであり続けた。それでも、地図製作の歴史というさらに広い視点で見てみると、セルデン地図が歴史に影響を及ぼす機会はなかった。地図を製作した人物は、陸地からではなく海から描き始めるという独創的な方法を考案している。この方法は優れた直感の賜物であり、地球表面の湾曲という問題を半ば処理でき、その結果、息を呑むほど見事な地図が出来上がった。 しかし、このほかに同様の地図を発見できないかぎり、研究する材料がない。セルデン地図の製作は一度かぎりのもので、同様の地図はほかにないのだろうか?想像しにくいことだが、確かに同様の地図は存在していない。製作者はどうやって描いたのかの説明を残さなかった。また、弟子を育てなかったため、彼が考案した方法を受け継ぎ、改良を重ねて地図製作の原則の域にまで高められることはなかった。現存する証拠が示すかぎり、何も教えられたり、受け継がれたりした形跡はない。研究はここで行き止まりだった。 この地図がイングランドではなくヨーロッパ大陸に運ばれていれば、物語は変わっていたかもしれない。しかるべき人物に見せていれば、ヨーロッパの地図製作者に影響を与えていたかもしれないのだ。しかし、そういうことはなかった。 リチャード・ハクルートとサミュエル・バーチャスは地図を見ていただろうが、地図を何かに活かしたという証拠はない。地図がオックスフォード大学に展示される頃には、地図製作の世界に影響を及ぼすには遅すぎた。ほかの進展があったからだ。セルデン地図の価値が下落したのは1640年だとかなりの確度で推定できる。その頃にはアムステルダムの偉大な地図製作者ヨアン・ブラウが、オランダ東インド会社のために、これ以上正確なものはないという中国周辺海のポルトラノ型海図を製作していたからだ。 この海図を堺に、ヨーロッパ人はヨーロッパ製の中国周辺海の海図を信頼できるようになったのである。地図製作の資料として、もはやセルデン地図に頼る必用はなくなってしまった。1640年の時点で、セルデン地図は先駆的な地図とは言えなくなっていた。著名な科学者エドマンド・ハレーは、1705年にセルデン地図を見て、不正確だと一蹴している。 そう理解してみると、セルデンの役割について評価が分かれることになるだろう。地図が保存されていたのはセルデンのおかげである。アジアの写本を収集しようという彼の情熱なしには、このような地図が存在したことすら、現代には伝わっていなかっただろう。しかしその反面、自宅にしまい込んだせいで、広く知られる機会を事実上奪ってしまったとも言えるのである。スッキリした謎解きにはならなかったが、謎解きの過程が充分に知的興味をつないでくれました・・・著者の文才なんでしょうね。ところで、ネットで「古地図」を巡っていたら「ゼンリンバーチャルミュージアム」というのが、ありました。このサイトでは、『セルデンの中国地図』を載せているのかな?江戸開府以前から昭和後期までの貴重な古地図をブラウザで見まくることが可能な「ゼンリンバーチャルミュージアム」より日本最大手の地図制作会社のゼンリンがこれまでに収集した国内外の古地図をデジタル化して公開しているサービスが「ZENRIN Virtual Museum」です。江戸開府以前から昭和後期までに作成されたさまざま種類の地図が約220個も公開されているとのことなので、実際に古地図を見まくってみました。ゼンリンバーチャルミュージアムhttp://www.zenrin.co.jp/zvm/上記URLを開いたら「Collections 公開地図一覧」をクリック。公開地図一覧のページでは「時代」と「分類」から公開されている地図を検索可能。公開されている地図の時代は「江戸開府前」から「昭和後期」まで多岐に及んでいます。『セルデンの中国地図』1:この地図の何が問題なのか?『セルデンの中国地図』3:セルデン地図の謎解き
2024.04.16
コメント(0)

図書館で「町田忍の昭和遺産100」という本を手にしたのです。「昭和遺産100」ってか・・・表紙に書かれたコピーに惹かれて、チョイスしたのです。【町田忍の昭和遺産100】町田忍著、山と溪谷社、2021年刊<「BOOK」データベース>より【目次】第1章 BEST20昭和の玉手箱/第2章 輝き続ける商品/第3章 永遠の建築/第4章 愛される乗り物/第5章 30・40年代グラフィティ/第6章 元気な「サイン」/第7章 娯楽の殿堂/第8章 街頭のシンボル/第9章 絶滅危惧種/第10章 事件・文化・モノ&流行年表/第11章 町田忍 昭和研究60年あゆみ<読む前の大使寸評>「昭和遺産100」ってか・・・表紙に書かれたコピーに惹かれて、チョイスしたのです。rakuten町田忍の昭和遺産100「まえがき」の冒頭を、見てみましょう。p12~13<昭和30年代の初めから東京オリンピックまでの変化は凄まじかった> 日本の元号は645年の「大化」にはじまり、「令和」まで248を数える。改元のペースは平均5年半に1回というハイペースだが、本書のテーマである「昭和」は、正味63年間も続いた。これは明治時代に定められた一世一元の制(一人の天皇には一つの元号)のためで、歴代で昭和が一番長い。 明治の前の「慶応」以前、改元サイクルが短かったのは、天皇の在世や譲位に関わりなく改元していたためである。理由は「疫病が流行った」「戦争が起こった」「将軍の世継ぎが生まれない」「縁起が悪い」「お告げがあった」などとさまざまで、「暦仁」などはわずか2ヵ月で終わってしまった。 昭和時代は最長であるだけでなく、技術革新や制度改革が日進月歩であったために、最初期と晩期では世の中の様子がまったく異なる。掛け値なしに、電球しか灯らない時代からパソコンが普及しはじめた情報化社会の幕開けまでを、一気に駆け抜けたのである。 とりわけ変化が著しいのが戦後で、文字通り等比級数的に庶民生活は変化した。それだけ昭和は日本史のなかでも特筆すべき時代で、これが戦後の昭和時代が注目されるもっとも大きな理由である。 生活文化という観点からすると、最近は昭和30(1955)年代を中心とする時代に関心が集まっている。この時代はセピア色の戦後をひきずり、現代への轍(わだち)も見え隠れする、ボーダーな時代だからであろう。マスコミでは「昭和ブーム」という見出しを盛んに躍らせるが、現象は単なる一過性の懐古趣味に終わっていない。これは昭和をテーマとした施設が、全国各地に出現していることからも裏づけられる。 その反面で、平成12(2000)年前後から全国にあった老舗遊園地の閉園が相次いだ。原因は娯楽の多様化やテーマパークの出現、博物館や美術館といった文化施設のアミューズメント化などが考えられる。 昭和25(1950)年生まれの私が、この昭和という時代に興味を抱いたのは、なんといっても多情多感な少年時代を過ごしたからである。子供時代、自宅の周りには戦前からの昭和が、あちこちにかさぶたのように残っていた。それにもかかわらず、昭和30年代の始めから東京オリンピック(1964年)までの変かは凄まじく、わずか10年間ほどの短い間に「戦後」はほぼ一掃されてしまった。変化と言う観点では、江戸時代から明治時代にいたる、いわゆる幕末・維新に軍配があがるかも知れないが、それはあくまでも日本史のダイナミズムの世界、つまり体制の変かである。 明治時代初期、庶民レベルでいえば、近代化の恩恵を受けるまでにかなりの時間を要した。この点が、戦後の昭和時代の変化と大きく異なる。「電球しか灯らない時代」と前述したが、実際、農村育ちで大正末期生まれの両親には、ランプ生活の体験があった。しかし、昭和30~40年代、発売からほどなく、「三種の神器」(冷蔵庫・洗濯機・白黒テレビ)も、「3C」(車・クーラー・カラーテレビ)もそろった生活が当たり前となった。明治と違い技術革新がすぐに生活に還元されたのである。「町田忍の昭和遺産100」1:オート三輪
2024.04.16
コメント(0)

図書館で「町田忍の昭和遺産100」という本を手にしたのです。「昭和遺産100」ってか・・・表紙に書かれたコピーに惹かれて、チョイスしたのです。【町田忍の昭和遺産100】町田忍著、山と溪谷社、2021年刊<「BOOK」データベース>より【目次】第1章 BEST20昭和の玉手箱/第2章 輝き続ける商品/第3章 永遠の建築/第4章 愛される乗り物/第5章 30・40年代グラフィティ/第6章 元気な「サイン」/第7章 娯楽の殿堂/第8章 街頭のシンボル/第9章 絶滅危惧種/第10章 事件・文化・モノ&流行年表/第11章 町田忍 昭和研究60年あゆみ<読む前の大使寸評>追って記入rakuten町田忍の昭和遺産100「第4章 愛される乗り物」でオート三輪を、見てみましょう。p118~119<オート三輪>■4輪よりも3輪の生産が多かった 昭和30(1955)年代、あちこちでバタバタと音を立てて走り回っていたオート三輪は、日本で独特の発展を遂げた。実は昭和30年代の初期まで、日本の自動車メーカーは、4輪よりも3輪を多く生産していた。理由は戦後の一時期、GHQによって4輪自動車の生産制限を受けていたからである。 生産していたオート三輪の主なブランドは、マツダ(東洋工業)、くろがね(日本内燃機)、みずしま(新三菱重工業)、ヂャイアント(愛知機械工業)などであった。 昭和22(1947)年12月の自動車取締令の改正で、オート三輪のエンジンは1500㏄まで拡大することが可能となり、積載量の大きな大型のオート三輪も登場している。■フロントがかわいいミゼット 当時、庶民の間で話題となったのが、ダイハツのミゼットだった。昭和32(1957)年の登場で、250㏄の小型エンジンを搭載。初期型はバイクと同じバーハンドルであった。それまで小荷物は、バイクの荷台やリヤカーで運ぶのがせいぜいだった商店街の店主がこぞって購入。大人気となった。 昭和34(1959)年10月のミゼットの新聞広告を見ると、廉価版のD系型が18万4000円(メーカー希望小売価格は19万8000円)。日本銀行が公表している消費者物価指数に照らし合わせると、現代の100万円超に相当する。 ミゼットはこの年、デザインを一新して丸ハンドルとなり、昭和47(1972)年まで生産が続いた。オート三輪の活躍は、日本のモータリゼーションが世界に飛躍する前夜祭のような趣があった。現在、ごくまれに街で見かけると、私は心の中で「頑張れ!」と応援するのである。ダイハツ3輪CM型(1,5トン積)
2024.04.15
コメント(0)

ブリューゲルとボッシュを取りあげている『ブリューゲル、飛んだ』という本であるが・・・・著者の軽やかな語り口がええので、読み直してみようと思い立ったのです。*********************************************************図書館に予約していた『ブリューゲル、飛んだ』という本を、待つこと1週間ほどでゲットしたのです。この本では、ブリューゲルとボッシュを取りあげているが、この二人は大使の好きな画家なんです。それにアンナさんはあまり軽口をたたかず、真面目に語っているのが・・・ええでぇ♪【ブリューゲル、飛んだ】荻野アンナ著、新潮社、1991年刊<「BOOK」データベース>より100%楽しい小説と100%スリリングな批評が合体、ページを繰ると、そこは魅惑のマジックミラー。新芥川賞作家の最新作。<読む前の大使寸評>この本では、ブリューゲルとボッシュを取りあげているが、この二人は大使の好きな画家なんです。それにアンナさんはあまり軽口をたたかず、真面目に語っているのが・・・ええでぇ♪<図書館予約:(8/24予約、8/30受取)>amazonブリューゲル、飛んだ巻末の付録を、見てみましょう。p188~191<ボッシュとブリューゲルの納涼お盆対談> わたしはS社の「S」に「ブリューゲル、飛んだ」と「笑うボッシュ」という2作を発表している。2作とも美術評論ではない。エッセイでもない。小説というわけですらない。わけのわからないもので原稿料をもらっちゃったりすると、こういうわけのわからない依頼のオマケが来るのだな。やれやれ、と雨の中を会場へ向かった。 地図を頼りに「Sクラブ」へ赴いてみると、それはS社の脇を入った路地にある一軒のしもた屋であった。ブザーは無く、こちらの名乗りに湿った音をたてて格子戸が開く。玄関には数組の履物が並んでいる。S女史のものらしい華奢なパンプスの倍はあろうかという無骨な木靴が人目を引く。 なんとなくブリューゲルのものと察しがついた。隣に柾目の通った桐の下駄がある。四隅がアラベスク風の透かし彫りで、土踏まずの部分には飾り文字でBoschと墨が入っている。 不機嫌そうに押し黙った老女に誘われて二階へ上がった。ほの暗い廊下と打って変わって座敷には光が溢れ、広い座卓に所狭しと並べられた大皿や小鉢がきらっきら輝いている。床の間を背に、血色の良い太った小男が胡坐をかいている。この季節に、上半身裸の上にどてらを着ている。脚のくすんだ肌色から脛毛が透けて見えるのは、どうやらパンストを履いているらしい。わたしの目が釘付けになっているのを感じて男は得意そうな笑顔を向けてきた。 「これ、ええもんでんなあ」 そういえばブリューゲルの絵に出てくる男たちは皆ぴったりと身に合ったタイツのようなものを履いている。 「さっき西友で買うたんやけど、安うおまんなあ。三足五百円だっせ。ただ股袋のないのんが、ちと不便でおますなあ」 当時のタイツに付いた股袋は「男性美」を誇示するのみならず、財布や小物入れの用も果たしたんだそうである。股袋談義に花を咲かせていると、いつの間にか痩せて背の高い人物が傍に立っている。トイレから戻ってきたところらしい。そのままどてらパンスト氏の正面に音もなく座った。 痩身に浴衣をまとい、衣紋掛けのような肩にフクロウを一羽止まらせている。(中略) 気まずい沈黙を咳払いが破った。S女史だった。「あのう、時間もありますのでそろそろ始めたいと思いますが」、遠慮がちな小声と裏腹のシビアな視線が飛んできた。そうだ、まずわたしが何か言わねばならないのだ。萩野「えー、今日はお盆とお日柄もよろしく、ボッシュとブリューゲルの両先生にはお忙しいところを時空間を超えてお越し頂き、誠に有難いことと感謝致しております。お二人とも個性的な作風でいらっしゃいますが、その特異な幻想性はえー、何といいますか、ブキミとも何とも、いやその、高い評価を受け、美術史に燦然たるエポックを築かれております。ボッシュ先生は15世紀中頃のお生まれ。かたやブリューゲル先生は16世紀のお方であります。同時代なら馬場と猪木のごとき良きライバルとなられたであろうお二人に今宵は思う存分語り合って頂こうと。まあ、そういうようなわけで、ひとつよろしく」ブリューゲル「おばんです」ボッシュ「…」(目礼)ブ「わては、こういうもんでおま」(「巨匠ブリューゲル」と書かれた名刺を渡す)ボ「ほほう」ブ「名刺、もう一枚おまんねんけど。こっちのんは、ちょっと遊んでみましてん」(自作の「バベルの塔」を刷り込んだ大判の名刺を渡す)ボ「ほう、これはなかなか大した絵ですばい。いつ描きんしゃったと」ブ「いやいや、お目汚しで。ほんの片手間仕事でおま」ボ「そげん、謙遜せんでよか。これは文句なしの力作たい」ブ「いやいや、こんなもん大したことおまへん。皆さんが代表作いうてくらはるモンは他にぎょうさんおまんねん。それでも、いざ名刺にするとなると、なかなか難しおますなあ。ちょっと見ておくんなはれ。(自作の画集を出してくる)『雪の狩人』は名作いわれとりますがお盆には時期外れでっしゃろ。『ネーデルランドの諺』やら『子どもの遊戯』やらは賑やかでよろしいねんけど、広い画面に人さんが散らばっとって、縮小すると迫力おまへんねん」ボ「牧歌的なもんと幻想的なもんと、器用に描き分けなさるとね。あたしは不器用に幻想一筋ですけん、うらやましか」ブ「なに言わはりまんねん。作風が多彩ちゅうのは、要するに器用貧乏でんがな」ボ「誰も作風が多彩とは言うとらんくさ」ブ「そうでっか。ようそないに言われるもんで。お蔭さんで日本でも可愛がってもろとりま。この前も版画展やりましてんけど」ウン サービス精神あふれるアンナさんは巻末の付録で…ボッシュとブリューゲルお笑い対談をかましてくれました。それにしても、アンナさんの関西弁がネイティブなみで、ええでぇ♪『ブリューゲル、飛んだ』4:ボッシュとブリューゲルの納涼お盆対談『ブリューゲル、飛んだ』3:ブリューゲル、飛んだ『ブリューゲル、飛んだ』2:笑うボシュ(続き)『ブリューゲル、飛んだ』1:笑うボシュ
2024.04.15
コメント(0)

図書館で「航空戦史」という本を手にしたのです。「航空戦から読み解く世界大戦史」ってか・・・表紙に書かれたコピーに惹かれて、チョイスしたのです。【航空戦史】古峰文三著、イカロス出版、2020年刊<「BOOK」データベース>より20世紀の戦争を理解するために必要な視点は“空”にあった。空では勝利したはずのノモンハン事件で日本陸軍はなぜ敗北したのか?インパール作戦失敗の真の要因は「補給の軽視」ではなかった!「かくも少数」ではなかったバトル・オブ・ブリテンの英戦闘機隊。ノルマンディの空は連合軍のものではなかった!-新視点から語られる航空戦の真実。<読む前の大使寸評>「航空戦から読み解く世界大戦史」ってか・・・表紙に書かれたコピーに惹かれて、チョイスしたのです。rakuten航空戦史まず紫電改のエピソードから、見てみましょう。p165~167<海軍最後の戦闘機隊「三四三空」>■三四三空最初の実戦 3月18日早朝、源田司令は紫電改全機の発進を命じ、3個飛行隊合計72機が松山基地を飛び立った。この時点で紫電改を完全に装備していたのは戦闘三〇一のみで、戦闘七〇一、戦闘四〇七にはまだ若干の紫電も含まれていた。 しかし18日の空襲は九州地区の基地に向けられ、四国南岸を哨戒していた三四三空は会敵することができず虚しく帰還したが、松山基地は主力の留守中に少数のF6Fによる写真偵察と地上攻撃を受けるという緊張した状態で翌19日を迎えた。 午前5時40分、偵察第四の彩雲3機が敵編隊の発見と接触のために発進した。1機は発動機不調のため発進できず、戦闘機隊の後から誘導任務で再発進することになる。午前5時には紫電改の搭乗員が集合して待機に入り、一足先に基地上空直衛任務の紫電8機が発進、発動機不調で離陸中止した1機を除き、7機の紫電が増槽を抱いて松山基地上空を哨戒し始めた。 敵編隊を彩雲と足摺岬の電探が捉えると全機発進が命じられ、合計54機の紫電改が飛行隊ごとに編隊離陸で発進した。三四三空といえば堂々たる編隊での一斉離陸が語り継がれ、その技量の高さの象徴となっているが、編隊離陸は技量の誇示ではない。基地上空で編隊を組む15分から20分の時間を節約して迅速に進撃に映る為に採用されたもので、零戦に比べて航続距離が短い紫電改には適切な運用ともいえる。 また紫電改各隊は戦闘三〇一が「新撰組」、戦闘七〇一が「維新隊」、戦闘四〇七が「天誅組」、彩雲隊は「奇兵隊」と自称し、三四三空全体は松山の剣山から「剣部隊」を名乗った。これらの詳しい命名時期と由来には諸説があるが3月には各愛称が出揃っていたようだ。 しかし気になるのは前日18日の全力出撃には72機が参加したのに対して、19日の出撃機は上空直衛で先発した紫電8機と遅れて離陸した紫電改を加えて63機前後に減少している点だ。前日に会敵せずといえども全力出撃を行った影響が出て稼働機が減少しているところに機材面での限界が垣間見える。この日の空中戦の詳細を描く枚数は無いが、大規模な邀撃戦が行われた結果、三四三空は大戦果を挙げたと評価された。豊田副武連合艦隊司令長官からの感状は次のようにその功績を賞している。「感状 昭和二十年三月十九日敵機動部隊艦上機ノ主力ヲ以テ内海西部ニ来襲スルヤ松山基地ニ邀撃シ機略ニ富ム戦闘指導ト尖鋭ナル戦闘実施トニ依り忽(たちまち)ニシテ敵機六十余機ヲ撃墜シ全軍ノ士気ヲ昂揚セルハソノ功績顕著ナリ仍ッテ茲(ここ)二感状ヲ授与ス」 最近の研究では実際の戦果は「六十余機」には程遠く、最大で十数機であることが判明しているが、全体として空襲による感染、基地の損害は重大だったものの、三四三空の空中戦については「勝利」と自覚されていたことがわかる。 本来なら各隊常用36機、合計108機が飛び立つべきところをその6割程度の規模の出撃となったものの、この日の戦闘は紫電改の集中運用に十分な手ごたえを感じさせるものだったことは間違いない。海軍部内で三四三空の名は一気に高まった。 しかし錬成半ばで実戦投入された三四三空も無傷ではなかった。 空中戦での損失は15機、紫電改搭乗員の戦死者は13人に及んだ。戦闘三〇一の菅野隊長機も撃墜され、菅野大尉は軽傷を負って落下傘降下している。加えて松山基地の在地機5機も空襲によって失われ、三四三空は機材22機(彩雲1機を含む)の完全損失、多数の被弾機と撃墜された彩雲1機と地上戦死者1人を含む貴重な搭乗員17人を失うという無視できない痛手を負った。 機材22機の損失の他に、被弾損傷機の中には修理不能機や修理可能であっても再度の実戦使用には耐えない機体が加わるため、この戦いで三四三空の実働兵力は軽く見積もっても半減してしまったのではないだろうか。 この初陣以降、終戦まで60機以上の出撃は一度も実施できていないのだ。ウーム 最新鋭の紫電改にしても、苦戦しているようですね。たそがれの写真家さんのブログで海中から回収された紫電改をレポートしているので、見てみましょう。宇和島からはるばる下り、高知県境にも近いその地で見たものは?より1978年11月、愛媛県南宇和郡城辺町(現・南宇和郡愛南町)久良湾の海底で1機の紫電改が発見され、翌1979年7月に引き揚げられた。この機体は、1945年7月24日に約200機のアメリカ軍を迎え撃つために発進した、日本軍約20機のうちの1機である。着水した機体としては機首部分を除き損傷のない状態で発見されているので、パイロットは戦闘中に機体の不調によって着水を決意し、波の静かな久良湾に見事な操縦で着水を成功させたものの、機体もろとも水没してしまったと推定される。 豊後水道上空で交戦した三四三航空隊の未帰還機6機の内の1機であり、戦闘301隊の所属機体とされる。フットバーの位置が一番手前にあることから搭乗者の身長は低く、「空の宮本武蔵」と言われた武藤金義中尉(戦死後昇進)機もしくは米田伸也上飛曹機の可能性があるが決定的証拠はなく、特定には至っていない。武藤夫人は未帰還パイロット6名共通の遺品とすべきと述べている。引き上げ時、操縦席に遺骨はなかった。この紫電改が沈没した7月24日、附近の横島で20歳前後の日本軍搭乗員の遺体が回収されたが、関連性は不明である。引き上げには不発弾を懸念する宿毛海上保安部から懸念が寄せられたが、当時は参議院議員となっていた源田実元大佐・343司令が各方面に交渉し、また愛媛県議会も回収予算捻出を決定したことで回収が可能となった。この機体は回収後に、遺族の意思により引き揚げ時の原型を維持する程度に補修・塗装され、日本国内で現存する唯一の実機として愛南町にある南レク馬瀬山公園の紫電改展示館に保存・展示されている。
2024.04.14
コメント(0)

SF小説の創作には、どうアプローチするのか?・・・ということで、『SFの書き方』という本を読み直してみようと思い立ったのです。*********************************************************図書館で『SFの書き方』という本を、手にしたのです。主任講師の大森望はケン・リュウ『紙の動物園』を引き合いにして、「これがSFだ!」と言い張れるポイントがあればなんでもOK。ケン・リュウを倒すつもりでチャレンジしてくれと、けしかけています。【SFの書き方】大森望著、早川書房、2017年刊<「BOOK」データベース>より2016年4月、書評家・翻訳家・SFアンソロジストの大森望を主任講師にむかえて開講した「ゲンロン大森望SF創作講座」。東浩紀、長谷敏司、冲方丁、藤井太洋、宮内悠介、法月綸太郎、新井素子、円城塔、小川一水、山田正紀という第一線の作家陣が、SFとは何か、小説とはいかに書くかを語る豪華講義を採録。各回で実際に与えられた課題と受講生たちの梗概・実作例、付録エッセイ「SF作家になる方法」も収録の超実践的ガイドブック。<読む前の大使寸評>大森望はケン・リュウ『紙の動物園』を引き合いにして、「これがSFだ!」と言い張れるポイントがあればなんでもOK。ケン・リュウを倒すつもりでチャレンジしてくれと、けしかけています。rakutenSFの書き方この「SF創作講座」の成り立ちについて、「編者あとがき」から見てみましょう。p279~281<編者あとがき:大森望> 『SFの書き方「ゲンロン大森望SF創作講座」全記録』をお届けする。 第1線のSF作家十人による講義(+講評)と、毎回のテーマに沿って受講生から提出された梗概(あらすじ)の実例18本、それに受講生の実作例が2篇(梗概つき)。本書を通読すれば、あなたもたちまちSFの書き方がわかる・・・とは言わないまでも、SFを書く上での基本的な考え方や発想の方法は、けっこう身につくんじゃないかと思う。 講座1年分がこの1冊に凝縮されているという意味でも、かなりユニークかつお得なSF創作ガイドになっている。「作家にはなりたいけど、SFはちょっと苦手・・・」という人や、「SFは好きだけど、自分で書く気は全然ないね」という人にも、それなりに有意義だったり面白かったりするはずなので、贔屓の作家のざっくばらんな裏話に耳を傾けるつもりで、まずはパラパラめくってみてください。 いやそれにしても、真剣にSFを書きたいと思っている人がこんなにたくさんいたなんて・・・というのが、1年間この講座をやってみての正直な感想。もちろん、創元SF短編賞には毎年四百~六百作が寄せられるし、日経「星新一賞」の応募総数は二千五百から三千にも及ぶ。とはいえ、小説が売れないこのご時世に、安くはない受講料を1年分まとめて先払いしたうえに、毎月せっせと講座に通い、課題を提出し、SFの短篇を書こうという奇特な人が、いったいどのくらいいるのか? こう見えてもかなりの心配性なので、せっかくサイトを作って募集したのに、ぜんぜん受講生が集まらなかったらどうしよう。中止になったらゲスト講師を依頼した人にも申し訳ないし・・・などと、募集が始まるまで内心かなり不安だったんですが、蓋を開けてみると、受付を開始した初日に当初の定員30名がたちまちいっぱいになる人気ぶり。 人気の高さに驚きつつ、ほっと胸を撫で下ろした反面、責任の重さを実感することにもなったわけである。 そもそも、どうしてこういう講座を開くことになったのかについては、本書の序文で東さんが書いているとおり。東浩紀氏率いる会社ゲンロンでは、同社が本拠を置く東京・五反田に開設しているイベントスペース(ゲンロンカフェ)とアトリエを使って、すでに「ゲンロン 佐々木敦 批評再生熟」と「ゲンロン カオスラウンジ 新芸術校」の二つのゲンロンスクールを開設し、大きな成果をあげていた。 その二つに続く第三のゲンロンスクールとして、小説の創作をテーマにした講座を担当してくれないかと東氏から打診されたのは、2015年夏のこと。毎回ゲストを招いて話を聞く連続トークイベント「大森望のSF喫茶」を数年前からゲンロンカフェで開催していたので、その縁で白羽の矢が立ったらしい。となれば、対象はSF小説の創作に絞るのが自然だろう。 しかし、SFを商売にしているとはいえ、大森の守備範囲は翻訳や書評やアンソロジー編集で、小説を書いて代価をもらったことは一度もないし、「SFの書き方」の具体的なノウハウがあるわけでもない。そりゃあまあ、そういうことが教えられそうなゲストを講師に招くことは可能だし、受講生が出してきた作品についてああだこうだ言うこともできるけど、しかしSFの創作講座にどれだけ需要があるのやら・・・などと悩んでいたところ、「いや、ぜったいに大丈夫ですよ!」と東氏が力強く太鼓判を捺し、半ば押し切られるようなかたちで、とりあえずカリキュラムを考えてみることになった。(後略)『SFの書き方』3:テーマを作って理を通すお話『SFの書き方』2:日本SF冬の時代『SFの書き方』1:梗概例1「饒舌な屍肉」
2024.04.14
コメント(0)

図書館で「ガダルカナル島の近現代史」という本を手にしたのです。著者はかなり中国嫌いのようで・・・私の腑にもストンと落ちるようです。【ガダルカナル島の近現代史】内藤陽介著、扶桑社、2020年刊<「BOOK」データベース>より中国の札束外交にソロモン諸島は陥落寸前!日本軍の撤退後、悲劇の激戦地はいかなる歴史をたどり、中国はどのように浸透していったのか。切手や郵便物を資料とする“郵便学”で読み解く!<読む前の大使寸評>著者はかなり中国嫌いのようで・・・私の腑にもストンと落ちるようです。rakutenガダルカナル島の近現代史「第四章 そして再び、ガダルカナルは最前線になった」で、ソロモン諸島が台湾と断交したあたりを、見てみましょう。p251~2<むすびにかえて> ソロモン諸島が台湾と断交した直後の2019年9月20日、ソロモン諸島の東方に位置する島国、キリバスも台湾と断交した。 現在のキリバス国家は、ギルバート諸島、フェニックス諸島、そしてライン諸島の伊津部などを領土としており、その範囲は赤道付近に約3800平方キロにも散らばっている。このうち、中核をなすギルバート諸島は、1765年、ドルフィン号のバイロン司令官が南東部の島ニクナウを発見。1788年には、英国海軍のシャーロット号のトマス・ギルバート艦長とスカバロー号のジョン・マーシャル船長が、オーストラリアへ囚人を移送した帰路、アパママ、クリア、アラヌカ、タラワ、アベイアン、ブタリタリ、マキンを発見した。ギルバート諸島の名は、このギルバート艦長に由来する。 1892年5月27日、ギルバート諸島は隣のエリス諸島とともに英国の保護領となり、1916年には“ギルバート&エリス”として英国植民地となり、その首府がタラワに置かれた。 1941年12月8日の日英開戦に伴い、日本軍はマキン環礁のブタリタリとタラワへの攻撃を開始し、12月10日に占領する。しかし、1943年、アリューシャン、ソロモン諸島方面で勝利を収めた米軍は、中部太平洋の拠点を確保すべく、11月20日、海兵第二師団がタラワとブタリタリに侵攻。この島を要塞化した日本軍と壮絶な戦いを展開してギルバート諸島を制圧した。その後、ギルバート諸島は1944年2月以降、日本の委任統治領だったマーシャル諸島後略の拠点として使われることになる。 1945年の終戦後は英領ギルバート&エリスとして復帰。1971年には自治領になったが、ギルバート諸島ではミクロネシア人が多数派を占めていたのに対して、エリス諸島ではポリネシア人が主流と民族構成が異なっていたため、1974年、住民投票で両者の分離が決定。1978年にエリス諸島がツバルとして独立すると、翌1979年、ギルバート諸島は米領フェニックス諸島およびライン諸島を統合してキリバスとして独立した。ちなみに、独立後の国名となったキリバスは、ギルバートの現地語読みである。 かつて、キリバスにはリン酸塩の鉱床があったが、1979年の独立とほぼ同時に枯渇。現在の輸出産業は、コプラ、観賞用魚や海草などが中心である。また、近年の海面上昇で国土の半数以上は水没の危機にあり、2007年、キリバス政府は全国民の他国への移住計画を発表。当時のアノテ・トン大統領は、国民の熟練労働者として移住させるため、日本、米国、オーストラリアなどに職業訓練の支援を呼びかけたが、各国のキリバス政府の期待に十分応えるものとはならなかった。 こうした背景事情もあって、キリバス経済は慢性的な苦境に陥っており、近年は、国家予算の約50%を、日本、オーストラリア、ニュージーランド、台湾からの支援に頼らざるを得ない状況が続いていた。このため、中共が札束攻勢を展開して台湾との断交を迫ってきた時、キリバス側にはこれを受け入れる素地が十分にあったのだ。「ガダルカナル島の近現代史」3:中共の南太平洋進出「ガダルカナル島の近現代史」2:英国の杜撰な対日戦準備「ガダルカナル島の近現代史」1:はじめに
2024.04.13
コメント(0)

今回借りた4冊です。 だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は強いていえば、「手あたり次第」でしょうか♪<市立図書館>・町田忍の昭和遺産100・貧困パンデミック・航空戦史・宮本常一 伝書鳩のように<大学図書館>(ただいま市民への開放サービスを休止中)図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)***********************************************************【町田忍の昭和遺産100】町田忍著、山と溪谷社、2021年刊<「BOOK」データベース>より【目次】第1章 BEST20昭和の玉手箱/第2章 輝き続ける商品/第3章 永遠の建築/第4章 愛される乗り物/第5章 30・40年代グラフィティ/第6章 元気な「サイン」/第7章 娯楽の殿堂/第8章 街頭のシンボル/第9章 絶滅危惧種/第10章 事件・文化・モノ&流行年表/第11章 町田忍 昭和研究60年あゆみ<読む前の大使寸評>追って記入rakuten町田忍の昭和遺産100【貧困パンデミック】稲葉剛著、明石書店、2021年刊<「BOOK」データベース>より2020年春以降、生活困難な層が急速に拡大し、貧困の現場でも緊急事態が到来した。「誰も路頭に迷わせない」と立ち上がった著者たちの支援活動記録と政策への提言。<読む前の大使寸評>追って記入rakuten貧困パンデミック【航空戦史】古峰文三著、イカロス出版、2020年刊<「BOOK」データベース>より20世紀の戦争を理解するために必要な視点は“空”にあった。空では勝利したはずのノモンハン事件で日本陸軍はなぜ敗北したのか?インパール作戦失敗の真の要因は「補給の軽視」ではなかった!「かくも少数」ではなかったバトル・オブ・ブリテンの英戦闘機隊。ノルマンディの空は連合軍のものではなかった!-新視点から語られる航空戦の真実。<読む前の大使寸評>追って記入rakuten航空戦史【宮本常一 伝書鳩のように】 宮本 常一著、平凡社、2019年刊<出版社>より日本各地を歩き、漂泊民や被差別民、歴史の表舞台に姿を現さなかった無名の人々の営みや知恵に光を当てた「野の学者」宮本常一。膨大な著作のエッセンスを一冊に集成。<読む前の大使寸評>追って記入rakuten宮本常一 伝書鳩のように
2024.04.13
コメント(0)

『朝日デジタルの書評から』フォームや『読みたい本』フォームを作っているのだが、これを市図書館の予約に利用しようと、思い立ったのです。これまでの予約内容と予約候補は以下のとおりです。<予約中>・川上未映子『黄色い家』(7/24予約、副本?、予約504)現在183位・三浦しおん『墨のゆらめき』(8/9予約、副本12、予約373)現在95位・堤未果のショック・ドクトリン(8/25予約、副本7、予約177)現在48位・『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』(9/18予約、副本5、予約126)現在42位・原田ひ香『図書館のお夜食』(10/04予約、副本17、予約402)現在168位・南海トラフ地震の真実(10/20予約、副本?、予約44)現在7位・斎藤幸平『マルクス解体』(11/28予約、副本?、予約?)現在10位・吉岡桂子『鉄道と愛国』(12/04予約、副本?、予約?)現在6位・高野秀行『イラク水滸伝』(1/06予約、副本3、予約86)現在61位・大学教授 こそこそ日記(1/12予約、入荷待ち、予約?)現在38位・絲山秋子『神と黒蟹県』(3/02予約、副本3、予約63)現在57位・本川達雄『ウマは走るヒトはコケる』(3/31予約、副本1、予約5)現在4位・三浦しおん『しんがりで寝ています』(4/12予約、副本?、予約111)<カートで待機中>・N・ネフスキー著『月と不死』・グレタたったひとりのストライキ・カズオ・イシグロ『夜想曲集』・沢木耕太郎『深夜特急』<予約候補>・中野翠『ほいきた、トシヨリ生活』・鴨志田譲×西原理恵子『アジアパー伝』:図書館未収蔵・ジョージ・ミーガン『世界最長の徒歩旅行』:図書館未収蔵・李琴峰『彼岸花が咲く島』:第165回芥川賞受賞作(21年)・井上ひさし『本の運命』・ジェイムズ・ジョイス『フィネガンズ・ウェイク』・ケン・リュウ『草を結びて環を衡えん』:図書館未収蔵・九段理恵『東京都道場塔』:図書館未収蔵・外山滋比古『思考の整理学』・ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』・西東三鬼『神戸・続神戸』・「中国」はいかにして統一されたか・Wedge 2024年2月号 霞が関の危機は日本の危機 ・カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」・街道をゆく「モンゴル紀行」「南蛮のみち」<予約分受取:12/27以降> ・斎藤環『社会的ひきこもり』(12/25予約、12/27受取)・満州国グランドホテル(12/20予約、1/20受取)・絲山秋子『御社のチャラ男』(1/27予約、2/04受取)・村上春樹×柴田元幸『翻訳夜話』(2/15予約、2/27受取)・楊双子『台湾漫遊鉄道のふたり』(6/23予約、2/27受取)・川添愛『世にもあいまいなことばの秘密』(1/26予約、2/27受取)・呉叡人『フォルモサ・イデオロギー』(2/03予約、3/11受取) ・森見登美彦『太陽と乙女』(3/23予約、3/31受取)**********************************************************************【黄色い家】川上未映子著、中央公論新社、2023年刊<「BOOK」データベース>より2020年春、惣菜店に勤める花は、ニュース記事に黄美子の名前を見つける。60歳になった彼女は、若い女性の監禁・傷害の罪に問われていた。長らく忘却していた20年前の記憶ー黄美子と、少女たち2人と疑似家族のように暮らした日々。まっとうに稼ぐすべを持たない花たちは、必死に働くがその金は無情にも奪われ、よりリスキーな“シノギ”に手を出す。歪んだ共同生活は、ある女性の死をきっかけに瓦解へ向かい…。善と悪の境界に肉薄する、今世紀最大の問題作!<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(7/24予約、副本?、予約504)>rakuten黄色い家【墨のゆらめき】三浦しおん著、 新潮社、2023年刊<出版社>より実直なホテルマンは奔放な書家と文字に魅せられていく。書下ろし長篇小説! 都内の老舗ホテル勤務の続力は招待状の宛名書きを新たに引き受けた書家の遠田薫を訪ねたところ、副業の手紙の代筆を手伝うはめに。この代筆は依頼者に代わって手紙の文面を考え、依頼者の筆跡を模写するというものだった。AmazonのAudible(朗読)との共同企画、配信開始ですでに大人気の書き下ろし長篇小説。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(8/9予約、副本12、予約373)>rakuten墨のゆらめき【堤未果のショック・ドクトリン】堤未果著、幻冬舎、2023年刊<「BOOK」データベース>より「ショック・ドクトリン」とはテロや大災害など、恐怖で国民が思考停止している最中に、為政者や巨大資本がどさくさに紛れに過激な政策を推し進める悪魔の手法のことである。日本でも大地震やコロナ禍という惨事の裏で、知らない間に個人情報や資産が奪われようとしている。パンデミックで空前の利益を得る製薬企業の手口、マイナンバーカード普及の先にある政府の思惑など…。強欲資本主義の巧妙な正体を見抜き、私たちの生命・財産を守る方法とは?滅びゆく日本の実態を看破する覚悟の一冊。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(8/25予約、副本7、予約177)>rakuten堤未果のショック・ドクトリン【ぼくはあと何回、満月を見るだろう】坂本龍一著、新潮社、2023年刊<「BOOK」データベース>より「何もしなければ余命は半年ですね」ガンの転移が発覚し、医師からそう告げられたのは、2020年12月のこと。だが、その日が来る前に言葉にしておくべきことがある。創作や社会運動を支える哲学、坂本家の歴史と家族に対する想い、そして自分が去ったあとの世界についてー。幼少期から57歳までの人生を振り返った『音楽は自由にする』を継ぎ、最晩年までの足跡を未来に遺す、決定的自伝。著者の最期の日々を綴った、盟友・鈴木正文による書き下ろし原稿を収録。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(9/18予約、副本5、予約126)>rakutenぼくはあと何回、満月を見るだろう【図書館のお夜食】原田ひ香著、ポプラ社、2023年刊<「BOOK」データベース>より東北地方の書店に勤めるものの、うまくいかず、仕事を辞めようかと思っていた樋口乙葉は、SNSで知った、東京の郊外にある「夜の図書館」で働くことになる。そこは普通の図書館と異なり、亡くなった作家の蔵書が集められた、“本の博物館”のような図書館だった。開館時間は夜7時から12時まで、まかないとして“実在の本に登場する料理”が出てくる「夜の図書館」で、本好きの同僚に囲まれながら働き始める乙葉だったがー。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(10/04予約、副本17、予約402)>rakuten図書館のお夜食【南海トラフ地震の真実】 小澤慧一著、東京新聞出版、2023年刊<「BOOK」データベース>より「南海トラフは発生確率の高さでえこひいきされている」。ある学者の告発を受け、その確率が特別な計算式で水増しされていると知った記者。非公開の議事録に隠されたやりとりを明らかにし、計算の根拠となる江戸時代の古文書を調査するうちに浮かんだ高い数値の裏にある「真実」。予算獲得のためにないがしろにされる科学ー。地震学と行政・防災のいびつな関係を暴く渾身の調査報道。科学ジャーナリスト賞で注目のスクープを書籍化!<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(10/20予約、副本?、予約44)>rakuten南海トラフ地震の真実【マルクス解体】斎藤幸平著、 講談社、2023年刊<「BOOK」データベース>よりいまや多くの問題を引き起こしている資本主義に対する処方箋として、斎藤幸平は、マルクスという古典からこれからの世の中に必要な理論を提示する。本書『マルクス解体』は、マルクスの物質代謝論、エコロジー論、プロメテウス主義の批判から、未来への希望を託す脱成長コミュニズム論までを精緻に語る。これまでの斎藤の活動の集大成であり、同時に「自由」や「豊かさ」をめぐり21世紀の基盤となる新たな議論を提起する書である。<読む前の大使寸評>追って記入。<図書館予約:(11/28予約、副本?、予約?)>rakutenマルクス解体【鉄道と愛国】吉岡桂子著、岩波書店、2023年刊<「BOOK」データベース>より戦後日本の発展の象徴、新幹線。アジア各地で高速鉄道の新設計画が進み、中国が日本と輸出を巡って競い合う現在、新幹線はどこまで日本の期待を背負って走るのか。一九九〇年代から始まった新幹線商戦の舞台裏を取材し、世界最長の路線網を実現した中国の高速鉄道発展の実像に迫る第一部、中国、香港、韓国、東南アジア、インド、ハンガリーなど世界各地をたずね、鉄道を走らせる各国の思惑と、現地に生きる人々の声を伝える第二部を通じて、時代と共に移りゆく日中関係を描き出し、日本の現在地をあぶりだす。<読む前の大使寸評>追って記入。<図書館予約:(12/04予約、副本?、予約?)>rakuten鉄道と愛国【イラク水滸伝】高野秀行著、文藝春秋、2023年刊<「BOOK」データベース>よりアフワールーそこは馬もラクダも戦車も使えず、巨大な軍勢は入れず、境界線もなく、迷路のように水路が入り組み、方角すらわからない地。権力に抗うアウトローや迫害されたマイノリティが逃げ込む、謎の巨大湿地帯。中東情勢の裏側と第一級の民族誌的記録ー“現代最後のカオス”に挑んだ圧巻のノンフィクション大作!<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(1/06予約、副本3、予約86)>rakutenイラク水滸伝【大学教授 こそこそ日記】 多井学著、三五館シンシャ、2023年刊<「BOOK」データベース>より「いくらでも手抜きのできる仕事」。現役教授が打ち明ける、ちっとも優雅じゃない生活。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(1/12予約、入荷待ち、予約?)>rakuten大学教授 こそこそ日記【神と黒蟹県】絲山秋子著、 文藝春秋、2023年刊<「BOOK」データベース>より「黒蟹とはまた、微妙ですね」。日本のどこにでもあるような「地味県」の黒蟹県。そこで暮らす、そこを訪れる、名もなき人々や半知半能の神がすれ違いながら織りなす、かけがえなく、いとおしい日々。まだ名付けられていない人間関係を描き続けてきた著者真骨頂の連作小説集。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(3/02予約、副本3、予約63)>rakuten神と黒蟹県【ウマは走るヒトはコケる】本川達雄著、 中央公論新社、2024年刊<「BOOK」データベース>より背骨と手足を得て、脊椎動物は速く長距離を移動できるようになった。走る、泳ぐ、飛ぶと方法は異なるが、動物それぞれが素早い動きを可能にする体のデザインを持っている。ヒトはコケつつ歩くが、これがめっぽう効率が良くて速い。なぜ?鶏の胸肉はササミよりも3倍も大きい。なぜ?渡り鳥が無着陸で何千kmも飛べる。なぜ?魚やイルカには顎がない。なぜ?皆、納得のいく理由がある。動くための驚きの仕組みが満載!<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(3/31予約、副本1、予約5)>rakutenウマは走るヒトはコケる【しんがりで寝ています】三浦しおん著、 集英社、2024年刊<「BOOK」データベース>より雑誌「BAILA」での連載4年分に、書き下ろしを加えた全55編!三浦しをんの沼にどっぷりハマる、最新&爆笑エッセイ集。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(4/12予約、副本?、予約111)>rakutenしんがりで寝ています【月と不死】N・ネフスキー著、平凡社、1971年刊<出版社>より著者は日本民俗学界の異色の存在として知られるロシア人学者で,柳田国男,折口信夫らと親交を結び,沖縄,東北などの民俗を採録した。本書は日本語で発表された論文・書簡を網羅した唯一の著作集。<読む前の大使寸評>ロシア人にして、日本民俗学界の異色の存在が気になるのです。<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>heibonsha月と不死図書館予約の運用にも慣れて、速攻で入手するコツも何となくつかんだと思うのだ♪・朝日書評欄で探すとしたら、3ヶ月前掲載くらいのモノが狙い目かも。・専門的すぎるほどのモノは、予約0となっていることが多い。・受取館に収蔵しているモノは、移送する手間が省けるので早くなるだろう。・本屋の店頭に出た直後の新刊本・ウィキペディアでめぼしい著作を探す・神戸市図書館の予約順位は毎週火曜日(午前1時~3時) に更新されます。・Kindle版を購入すれば、その本の全て読めるのだが、紙の本から書き写す手間が好きなわけでおます。予約分受取目録R26好書好日トップ図書館情報ネットワーク 蔵書検索
2024.04.12
コメント(0)

円安の昨今であるが・・・明るいニュースがないので、『老いてますます明るい不良』という本を読み直して元気を出そうではないかと思った次第です。*********************************************************図書館で『老いてますます明るい不良』という本を、手にしたのです。嵐山光三郎さんといえば、かつてNHK番組「100分de名著・徒然草」でその不良ぶりを拝見しているので・・・この本も期待できそうである♪帰って調べたら、この本を借りるのは2度目であることが判明しました(またか)・・・で、この記事を(その4、5)としています。【老いてますます明るい不良】嵐山光三郎著、新潮社、2016年刊<「BOOK」データベース>より今が一番という「老いる」技術。勝手に生きなきゃ自分の人生、もったいない!笑いの隠し味に人生哲学満載。<読む前の大使寸評>嵐山光三郎さんといえば、かつてNHK番組「100分de名著・徒然草」でその不良ぶりを拝見しているので・・・この本も期待できそうである♪rakuten老いてますます明るい不良「いつ死んだってよくない」との嵐山さんの本音を、見てみましょう。p136~139<いつ死んだってよくない> よく「いつ死んだっていい」というけれど、あれは嘘ですね。1960年代後半、ムード歌謡で人気を得た女性歌手が、テレビの歌謡番組で「いま、天井から岩が落ちてきて死んでもかまわない」とニヒルに発言して、「わあ、言ってくれるなあ」と共感しつつ、「でも、殺されそうになったら逃げるだろう」と思った。 連合赤軍が軍事訓練をして逮捕され、高度経済成長が終わり、公害がひろがって、自動車の排気ガスによる光化学スモッグが都市をおびやかし、時代は閉塞感につつまれていた。 女性歌手のいささか不謹慎な発言は、時代の気分を代弁していた。私がテレビ番組のディレクターならば、女性歌手の頭に、発泡スチロールで作ったでかい岩を落として「こりゃまた失礼いたしました!」とクレージー・キャッツ風のギャグを入れただろうが、あいにくと私はテレビディレクターではなかった。 あのころは町の気分が荒れていた。会社の気分も荒れ、私の気分も荒れていた。積極的に死ぬ気にはなれないが「いつ死んだってかまわねえや」という厭世観があった。 友人のなかにも「いつ死んだってかまわない」症はいて、ひとりは新宿花園神社で紅テント演劇を興行していた。あるいは宝石商となって巨万の富を得て、アフリカへ渡った猛者もおり、先祖代々の財を放蕩しつくしたあげく孤島で美女と暮らす者もいれば、健康食品メーカー社長となってダイエット薬を販売して金儲けした人もいる。 さまざまである。みなさん70歳をすぎてもお元気に過ごしており、健康食品メーカーの社長は若い娘と再婚し、夜の営みがあんまり気持ちがいいので「いつ死んだってかまわない」んだって。厭世観ではなく、自慢でそう言っている。本人は「まだまだ現役で死ぬまでセックスだ」と思っているらしい。 南の島で元美女(62歳)と暮らす友人は、毎朝、島の海岸を一緒にジョギングしており、「私たちの性生活を雑誌で取材させてやる」と申し入れてきたが、丁重にお断りした。「いつ死んだってかまわない」というのは、ペシミズムのふりをした楽天家の発想なのである。 時代の不安は刹那主義となり、今のことしか考えない。私はそういう性分で、坂本九が「明日がある、明日があるさ」と明るく歌うのに腹がたった。私の世代は「あした」という虚構の餌につられて、ありもしない「あした」にだまされてきた。それに対し森進一は「明日はいらない、今夜が欲しい」と叫ぶように歌っていた。「あした」という幻影よりも「今夜」という確実なものが欲しかった。私はいまなお「未来」という言葉に強い嫌悪をおぼえる。未来を称える連中にだまされつづけてきた後遺症である。 現実の社会は苦のほうが楽よりも多く、悲観的になって、70歳の坂をこえるのは命がけであった。 死ぬ気はなかったが、死ぬほど仕事をしたのは30歳以降であった。雑誌を編集して1日の睡眠が4時間だった。男ざかりで、体力も気力も充実していたから、つらくはなかった。そのうち勤めていた会社が経営不振となり、退職して自分たちの出版社をたちあげ、倉庫の床に畳を敷いて寝泊りした。好きな仕事で幸せな時代だった。 45歳でバケツ一杯吐血して失神し、救急病院に運ばれたときには「死んでたまるか」と思った。「もう一度吐血すれば死ぬ」と医者にいわれて、11年後に再び吐血したが、命はとりとめた。 それからは治療をかねた湯治場めぐりを七年つづけて、だましだまし仕事をしてきた。私の湯治場めぐりは週刊誌に七年間掲載されて「図々しいやつだ」と羨望のまなざしで見られ、温泉王の称号を賜った。いや勝手に名のった。ボール紙で勲四等温泉放蕩褒章を作って首からぶらさげた。 湯治の効力はめざましく体力はミルミル回復し、潜在していた不良成分が熟成して不良中年となり、明るい不良老人となった。70歳をこすと、グレていた友人がバタバタと他界し、淋しい思いにかられる。葬儀に参列しながら、つぎはだれの番かなと思う。 葬儀に来る客は、63~69歳といった客が多く、いずれも私より若い。たまに私より高齢者がいると「あちらのほうがさきにいくな」と思って安心するが油断はできない。『老いてますます明るい不良』4:「私、7歳でグレて70年」の続きp10~13『老いてますます明るい不良』3:嵐山さんの交友関係p47~49『老いてますます明るい不良』2:美人という不幸p31~34『老いてますます明るい不良』1:私、7歳でグレて70年p4~7
2024.04.12
コメント(0)

図書館で「ガダルカナル島の近現代史」という本を手にしたのです。著者はかなり中国嫌いのようで・・・私の腑にもストンと落ちるようです。【ガダルカナル島の近現代史】内藤陽介著、扶桑社、2020年刊<「BOOK」データベース>より中国の札束外交にソロモン諸島は陥落寸前!日本軍の撤退後、悲劇の激戦地はいかなる歴史をたどり、中国はどのように浸透していったのか。切手や郵便物を資料とする“郵便学”で読み解く!<読む前の大使寸評>著者はかなり中国嫌いのようで・・・私の腑にもストンと落ちるようです。rakutenガダルカナル島の近現代史「第四章 そして再び、ガダルカナルは最前線になった」で、戦後の南太平洋の状況を、見てみましょう。p231~235<中共の南太平洋進出> 日本では意外と知られていないことだが、フランスは世界第二位となる1100万平方キロのEEZを有する海洋国家で、太平洋上には、①仏領ポリネシア、②ウォリス・フトゥナ、③ニューカレドニア、④クリッパートン島、の4ヵ所の海外領土を有し、そこでは約50万人が生活している。 フランスは1963年に核開発の一環として太平洋実験センター(CEP)を設置し、1966年から核実験を開始。ムルロア環礁とファンガタウファ環礁の核実験場はCEPが管理し、仏領ポリネシア駐屯仏軍(FAPF)とニューカレドニア駐屯仏軍(FANC)がその防衛を担当するという体制が整えられた。なお、FAPFとFANCは、核実験場の防衛以外にも、東西冷戦下での情報収集、太平洋上のフランス海外領土における先住民による独立運動や経済暴動の鎮圧なども担当していた。 1996年にフランスは包括的核実験禁止条約(CTBT)を採択し、核実験を完了すると、これに伴い、FANC、FAPFは核実験場の防衛という本来の任務を失い、オーストラリアやニュージーランド、島嶼国家と連携しての災害対処、密漁監視、海難救助などへと徐々にシフトしていった。 その結果、広大なオセアニアの海洋上で、密漁の取締りや災害対応などの活動を行ううえで、フランスの南太平洋駐留部隊の支援なしに、各国軍による地域の非軍事・警察活動は成り立たない体制が構築されることになった。 こうした状況の中で、中共の南太平洋戦略は、、オーストラリアおよびニュージーランドに対する直接工作と並行して、FANCの駐留するニューカレドニアとFAPFの駐留する仏領ポリネシアの中間に位置する国・地域、すなわち、南太平洋における海軍強国の影響力が及びにくい国・地域への工作に重点が置かれることになる。 1998年、中共海軍は環太平洋合同演習(リムパック)に初参加。以後、2000年の西太平洋潜水艦救難訓練、2002年のコブラゴールド軍事演習を経て、2007年にはタスマン海で、オーストラリア、ニュージーランドと対テロ・捜索救難に関する海上共同訓練に参加するなど、オセアニア地域への艦船派遣実績を積み上げていく。 これと並行して、中共は外交関係のあるトンガ、ヴァヌアツ、フィジー、パプアニューギニアに病院船を寄港させて現地の人々を無料診察する宣撫工作を展開するとともに、地元の要人・住民を軍艦内に案内して軍事力を見せつけ、中共との友好関係を維持するよう圧力をかけてきた。 おそらく、1975年の独立以来、中共と外交関係を結んできたパプアニューギニアが、1999年の一時期、中共と断交して台湾と国交を樹立した時の経験から、台湾側への“寝返り”を防止する必要を感じたのだろう。 こうした経緯があったから、2006年12月、フィジーでバイニマラマ軍司令官による軍事クーデターが発生し、フィジーとは特に縁の深いニュージーランドを筆頭に、オーストラリアやEU、日米の西側諸国が援助停止や入国禁止等の圧力を加え、フィジーが国際的に孤立すると、中共はその隙をついて援助を急増させ、フィジーの政財界により深く食い込むきっかけを作った。 この結果、2015年には、中共はフィジーと海軍支援などの軍事協定を締結するまでに至ったが、その時点では、フィジーに寄港する外国船の七割が中共の“漁船”となっており、漁民と称する武装民兵が密漁を行っているだけでなく、一部は米・豪軍の電波・通信を傍受しているともいわれている。 2012年に発足した習近平政権は2014年に一帯一路構想を打ち出し、アジア・アフリカ地域での新植民地主義政策を本格的に開始する。南太平洋地域は、直接的には“一帯一路”構想の枠内には含まれていないが、中共は一帯一路路線の延長線上で、フィジー以外にも、中共と国交のある島国への影響力拡大を模索している。特に2014年、南インド洋で行方不明となったとみられるマレーシア航空機捜索のため、中共は艦艇18隻を派遣したが、オーストラリア西部のあるバニー港での補給に頼らざるを得なかった。この時の経験から、中共としては南半球での拠点づくりが急務と認識する。 さらに、2016年、台湾での中共との対決姿勢を鮮明にする蔡英文政権が発足すると、中共は台湾への圧力を強めるためにも、オセアニア地域で台湾と国交のある国々の切り崩し工作を本格的に開始する。ちなみに、当時、オセアニア14ヵ国のうち、台湾と国交があったのは、キリバス、ソロモン諸島、ツバル、パラオ、マーシャル諸島、ナウルの6ヵ国で、中共が国交を結んでいた8ヵ国。国の数でいえば、ほぼ互角である。 上記の6ヵ国のうち、域内大国のオーストラリアとの関係が良好でなかったソロモン諸島が、中共にとって格好の工作対象となったのも、まさしく必然的なことであった。「ガダルカナル島の近現代史」2:英国の杜撰な対日戦準備「ガダルカナル島の近現代史」1:はじめに
2024.04.11
コメント(2)

ドングリ国のパルシネマ(2本立て館)で観た2本立て映画について、以下のとおり並べてみたのです。ま~個人的な鑑賞目次みたいなものです。 *********************************************************お腹ペコペコ・・・2本立て館音楽が人生を変える・・・2本立て館男はつらいよ・・・2本立て館ブルース&ブルース・・・2本立て館あなたがいない世界を・・・2本立て館我が子への大きな愛・・・2本立て館 *********************************************************上記リストアップしたもの以前については2本立て館で観た映画R20 に収めています。パルシネマ上映スケジュール
2024.04.11
コメント(0)

<お腹ペコペコ・・・2本立て館>久々にくだんの2本立て館に繰り出したが・・・・今回の出し物は「南極料理人」と「ポトフ」であり、館主の設けたテーマは「お腹ペコペコ」となっています。毎度のことながら、2作品を選ぶ館主のセンスには感心しているのですが、「ポトフ」は観ているだけで美味しそうだけど、「南極料理人」の方はオフザケが多いコメディであることが判ってくる映画でした。【南極料料理人】沖田修一監督、2009年制作、2024.4.7観賞<Movie Walker作品情報>より料理人の西村が単身赴任することに。だが、その行き先はなんと南極ドーム基地! 高級食材なども持ち込み、男ばかりの隊員たちに創意工夫をこらした料理をふるまう西村。やがて、彼の料理は隊員たちの心を癒していく。〈ストーリー〉料理人の西村が単身赴任することに。だが、その行き先はなんと南極ドーム基地! 高級食材なども持ち込み、男ばかりの隊員たちに創意工夫をこらした料理をふるまう西村。やがて、彼の料理は隊員たちの心を癒していく。<大使寸評>見始めてすぐ、越冬基地の作りが貧弱で現実感が乏しいのである。更に、隊員たちのお笑いについていけない、というか、このコメディセンスには乗れないのであった。Movie Walker南極料理人この映画館ではいつもは幕間にお昼の弁当を食べるのだが・・・・今回は時間帯の関係で、入館前に立ち食いうどんですませました♪【ポトフ】トラン・アン・ユン監督、2023年仏制作、2024.4.7観賞<Movie Walker作品情報>より“美食”が芸術の一つとして追求されていた19世紀末のフランスを舞台に、“食”へ情熱を捧げる美食家と料理人の愛と人生を描くヒューマンドラマ。『ノルウェイの森』のトラン・アン・ユンが監督と脚本を務め、『ショコラ』のジュリエット・ビノシュが天才料理人のウージェニー、『ピアニスト』のブノワ・マジメルが著名な美食家ドダンに扮する。料理を監修したのは、三ツ星シェフのピエール・ガニェール。<大使寸評>美食家たちをうならせる天才料理人のウージェニーであるが、フランスの家庭料理ともいえるポトフにも手を抜かないのである。とにかく美味しそうな料理を観えたことで納得できる映画でした。Movie Walkerポトフ『ポトフ 美食家と料理人』公式サイト音楽が人生を変える・・・2本立て館あなたがいない世界を・・・2本立て館パルシネマ上映スケジュール
2024.04.10
コメント(0)

図書館で「ガダルカナル島の近現代史」という本を手にしたのです。著者はかなり中国嫌いのようで・・・私の腑にもストンと落ちるようです。【ガダルカナル島の近現代史】内藤陽介著、扶桑社、2020年刊<「BOOK」データベース>より中国の札束外交にソロモン諸島は陥落寸前!日本軍の撤退後、悲劇の激戦地はいかなる歴史をたどり、中国はどのように浸透していったのか。切手や郵便物を資料とする“郵便学”で読み解く!<読む前の大使寸評>著者はかなり中国嫌いのようで・・・私の腑にもストンと落ちるようです。rakutenガダルカナル島の近現代史「第二章 餓島の戦い」で太平洋戦争開戦前の状況を、見てみましょう。p78~81<英国の杜撰な対日戦準備> 18941年2月22日、英国極東軍総司令部のあるシンガポールで極東防衛に関する会議が開催され、英蘭豪共同防衛作戦計画が策定された。 英本国は、対戦の主敵ガドイツであるにしても、英連邦全体の防衛のためには何としてもシンガポールを死守しなければならないと考えていた。これに対して、当時は中立国だった米国は、仮に日米開戦となり、一時的にフィリピンなどの戦略拠点を失うことになっても、まずは対独戦に全力を傾注すべきと考えており、英国によるシンガポール偏重の姿勢には疑問をもっていた。 このため、米英間の妥協の産物として、日本との戦争が勃発した場合には、米国は中部太平洋(マーシャル諸島など)に艦隊を派遣して日本軍の矛先を逸らすことで英国のシンガポール防衛に協力するという米英参謀協定(ABC‐1)がまとめられた。要するに、英本国としては、シンガポールの防衛で手一杯で、ソロモン諸島を含む南太平洋については余裕がないので、米国に任せるということである。 こうした状況に苛立ったオーストラリアは、1941年3月、ニューブリテン島のラバウル近郊、ブナカナウ飛行場を防衛するため、ジョン・スカンラン中佐指揮下に1400名のオーストラリア陸軍守備隊“雲雀部隊”を配置する。ラバウルは、日本海軍の基地があったトラック諸島にも近く、オーストラリアは同飛行場を日本軍の行動を監視拠点としていた。もっとも、雲雀部隊の装備は決して十分なものではなく、現地のオーストラリア空軍兵力は、わずか10機の訓練用軽飛行機と4機のハドソン爆撃機しかなかったから、日本軍の本格的な攻撃が開始されれば持ちこたえるのは難しいのが実情だった。 4月21日、米英蘭の現地部隊がシンガポールで会談し、より具体的な作戦計画の概要としてABD協定(案)を策定。ただし、このABD協定に基づき、英蘭豪の三国は4月27日に兵力展開計画を定めたものの、米国はABD協定がシンガポール防衛偏重の内容になっていることを不満として、同協定を承認しなかった。(中略) 日本側は、海軍基地のあるトラックに近いラバウルが、開戦後、連合軍の反撃拠点となることを予想するとともに、ニューブリテン島の港湾施設(水深が深く、大型船の停泊が可能であった)と飛行場を確保すれば、米豪の連絡を遮断できると考えていた。はたして、開戦直前の1941年9月および10月の図上演習で、第四艦隊司令長官の井上成美海軍中将は「ラバウルだけを占領しても役にたたず、同地確保のためさらに前方の要地(パプアニューギニア、ソロモン諸島)を攻撃すべき」と喝破していた。 ちなみに、マレー侵攻作戦を担当した日本の陸軍第二五軍の兵力は17万2000名で、英連邦軍の倍以上である。しかも、日本側には支那事変以来の歴戦の勇士が少なからずいたのに対して、英連邦軍側は兵の練度が低く、実際の差はもっと大きかったといえよう。 また、航空兵力に関していえば、開戦時の英連邦軍機が158機(予備機88機)だったのに対して、日本軍の航空兵力は陸軍459、海軍158の計617機(予備機が陸軍153、海軍29)と四倍近い。しかも、英連邦軍機の多くは、英本土での対独戦争を優先させるため、アジアに回されたのは、性能の劣る旧式機ばかりだった。 英国が最重要拠点としていたマレー・シンガポール方面でさえこのありさまだったから、ニューギニア以東、ソロモン諸島を含む南太平洋における日英の戦力差たるや推して知るべし、である。それでも、英国は人種的偏見もあって、対日戦争は「ロールス・ロイスとダットサンの戦い」だとして日本側を完全になめきっていた。「ガダルカナル島の近現代史」1:はじめに
2024.04.10
コメント(0)

図書館で「ガダルカナル島の近現代史」という本を手にしたのです。著者はかなり中国嫌いのようで・・・私の腑にもストンと落ちるようです。【ガダルカナル島の近現代史】内藤陽介著、扶桑社、2020年刊<「BOOK」データベース>より中国の札束外交にソロモン諸島は陥落寸前!日本軍の撤退後、悲劇の激戦地はいかなる歴史をたどり、中国はどのように浸透していったのか。切手や郵便物を資料とする“郵便学”で読み解く!<読む前の大使寸評>著者はかなり中国嫌いのようで・・・私の腑にもストンと落ちるようです。rakutenガダルカナル島の近現代史まず「はじめに」から、見てみましょう。p12~15<はじめに> いわゆる歴史認識問題をめぐって日本と近隣諸国の間で摩擦があることはご周知のとおりである。もちろん、同じ国民でも歴史認識は人それぞれだから、異国間になれば認識の齟齬が拡大するのは避けられない。ましてや、直近の戦争の勝者(の継承者)と敗者という立場の差があればなおさらであろう。 中華人民共和国政府は、しばしば、1937年の南京事件などを持ち出して戦前の日本軍国主義を非難し、現在の日本政府もその原罪を負うことを要求している。もちろん、支邦那事変も戦争の一種だから、日本軍の南京占領時に相当の犠牲者がしょうじたことは事実だろうが、中国の主張する事件の概要(犠牲者数が30万人以上という認定など)には明らかな誇張や歪曲も少なからず含まれており、客観的な歴史的事実として鵜呑みにはできない。 中国側の主張する歴史的“事実”の誤りについては、さまざまな論者が縷々指摘しているが、中国(とその主張に賛同する人々)は彼らの歴史認識に少しでも疑義をさしはさむ者を“歴史修正主義者”として非難し、「歴史を学べ」と威圧するのが常である。 このため、中国から「歴史を学べ」といわれると片腹痛いと反論する論客も多いのだが、視点を変えると、実は、現在の中国政府は“歴史を学ぶ”ことにかなり熱心なことがわかる。 2014年に習近平政権が始めた一帯一路政策では、中国は新興国のインフラ建設に対して返済困難な過剰融資を行い、新興国を“債務の罠”に陥れてその影響下に置き、その国の港湾などを長期間にわたって“租借”することが横行している。 これなどは、まさしく19世紀から20世紀初頭にかけて西側列強諸国が盛んに行い、清朝から中華民国にかけての中国中央政府が苦しめられてきた植民地主義を忠実に再現したものにほかならない。 こうした中で、昨年(2019年)9月16日、南太平洋の島国、ソロモン諸島が台湾と断交し、中国と国交を樹立した。ソロモン諸島という克明にはなじみがなくても、同国の最大の島がかつての激戦地、ガダルカナル島だといえばイメージしやすいのではないか。 いうまでもないことだが、歴史上の激戦地は、戦略上の要衝であるがゆえに、交戦国は大きな犠牲を払うことを厭わず、死守ないしは奪取しようとした土地である。先の大戦でのガダルカナルの戦いに関しては、日本軍がここを掌握することで、太平洋における連合国の拠点であったオーストラリアを孤立させようとしたのに対して、連合国側はガダルカナルを確保することで日本の勢いを封じ込め、攻守の転換に成功した。 そんなガダルカナル(を含むソロモン諸島)を外交的に取りこんだことで、中国は、年来の親中国家であるヴァヌアツを起点に、ソロモン諸島→パプアニューギニア→東ティモールを結ぶ親中国家のリンクを形成することに成功し、事実上のオーストラリア包囲網を構築したにも等しい状況にある。 さらに、ソロモン諸島に続き、同年9月20日には、南太平洋のキリバスが台湾と断交した。キリバス領内には、やはり、先の大戦中の激戦地であったタラワ環礁がある。 戦史を振り返ってみれば、ガダルカナルを含むソロモン諸島方面で勝利を収めた米軍は中部太平洋の拠点を確保すべく、タラワの戦いで日本軍と壮絶な戦いを展開してギルバート諸島(=キリバス)を制圧。その後、ギルバート諸島は日本の委任統治領であったマーシャル諸島攻略の拠点として使われた。 したがって、オーストラリア包囲網からウィングを北に伸ばし、キリバスを影響下に置いた中国の戦略は、先の大戦での日本軍と連合国の双方の戦略をミックスしたものであり、彼らが日本を攻略しようという意図を持っているなら、まさに“歴史に学べ”というフレーズを忠実に実践したものと理解すべきであろう。 昨今、中国の艦船が我が国の領土である尖閣諸島周辺の領海を日常的に侵犯していることを安全保障上の脅威と考える人は多い。たしかに、その認識は正しいが、上述のような現状を考えれば、尖閣諸島のある南西方面からの脅威と併せて、先の大戦中の米軍の進路をなぞる南東方面からの脅威についても鈍感であっていいはずがない。 これに対して、我が国では、“ガダルカナル”の物語は、あくまでも昭和戦史のひとこまであり、日本軍のガダルカナル撤退(ガ島転進)をもって、わが国とガダルカナルの濃密な関係は終了したと理解している人が大半だろう。もちろん、戦力の逐次投入の愚を象徴する事例として、ガ島転進の故事を引用することは十分に意義のあることだ。 しかし、ガ島転進の印象が強烈すぎることに加え、ガダルカナルでは戦闘に直接巻き込まれたソロモン人は必ずしも多いわけではなく、それ故、強烈な反日感情が醸成されず、“戦後賠償”が二国間の大きな問題となることもなかったが、ガダルカナル(とソロモン諸島)は歴史用語として凍結保存され、多くの日本人の視界から“現在のガダルカナル”は長きにわたって抜け落ちたままになってきた。 そして、一部の漁業者等を除き、戦後のガダルカナルにおいて日本の存在感が希薄であり続けた結果、中国が南太平洋に進出してオーストラリア包囲網を形成し、そこから日本に圧力をかける地歩を築く土壌を育んでしまったという点を見逃してはなるまい。 以上のようなことを踏まえて、常に“現在”と結び付けて“歴史”を学んできた中国が,2019年というタイミングでソロモン諸島との国交を樹立したことの意味を正確に理解しようとするなら、そもそも、ガダルカナルを擁するソロモン諸島はどんな国なのか、なぜ“激戦地”になった(なり得た)のか、戦後ながらく多くの日本人がガダルカナルのことを忘れているうちに、この島とソロモン諸島がどのような歴史をたどり、そこにどのようにして中国が食い込んでいったのか、それぞれの経緯を十分に理解しておく必要がある。
2024.04.09
コメント(0)

歴史学と民俗学の両雄が描く「列島社会」の歴史の深層ってか・・・ 『歴史の中で語られてこなかったこと』という新書を再読しようと思い立ったのです。*********************************************************図書館で『歴史の中で語られてこなかったこと』という新書を手にしたのです。おお、「もののけ姫」のエボシ御前の正体ってか・・・これは読むしかないだろう♪【歴史の中で語られてこなかったこと】網野善彦×宮田登著、洋泉社、1998年刊<「MARC」データベース>より名作アニメ映画「もののけ姫」のエボシ御前の正体は? 女が支えた養蚕と織物の歴史の意外な事実、自由主義史観・教科諸問題まで、歴史学と民俗学の両雄が描く「列島社会」の歴史の深層。98年刊の単行本を新書化。<読む前の大使寸評>おお、「もののけ姫」のエボシ御前の正体ってか・・・これは読むしかないだろう♪amazon歴史の中で語られてこなかったこと付喪神民俗学とは何か?、というあたりなんですが。p157~160<民俗学と民具学の「不幸」> 網野:最近、宮田さんは柳田民俗学の批判的発展という観点から、都市民俗を取り上げておられますが(『都市民俗論の課題』未来社)、民具と職人の問題とも関連してくると思うので、ご自身の最近の構想や今後の日本の民俗学がどうあるべきかについてのお考えをお聞きしたいのですが…。宮田:今おっしゃった民具の問題で、最近、小松和彦さんが付喪神という妖怪を取り上げている。つまり道具の化け物ですね。それを室町時代のデータで説明しているんです。民俗学の例からも道具にともなう霊的なものがあって、妖怪になってあちこちに出現する例があるんです。 家の中の器材はお膳とかお椀が多いんですが、それが踊りだすというのは特別な霊力が働いたことになる。柳田さんは、膳椀を作った職人は山の民で、彼らが農民の日常の場に入ってきた。そして朱塗りのお膳や椀が家の宝になる。椀貸し伝説を背景に持った木地屋の力が背景にあることを指摘している。 山人の作ったものが里に入ってくると、里の人間はそれらに対して畏怖感を持つ。道具そのものに対して霊的なものを感ずれば、それを家財として文献に残しておかなくてはならないということになる。そこで記録に残すわけです。無用なものは捨ててしまうわけですが、道具が保存されると、それにともなって器物の霊力が妖怪となり、つくも神という名称を持つわけです。これはものと人間の精神史を考えるうえで需要なデータだと思われます。 問題が民俗学と民具学の共通の話題となって出てくるわけです。柳田民俗学と民具学は、組織が別であったという因縁がそのまま今でも続いていてはよくないわけですよ。それが解消されていくような研究課題が設定されなければならない。 ものを知らない民俗学と、カミをぬきにした民具学という割り切り方でいくのは、そもそも不幸だと思います。そういった方向がなくなっていく可能性はあるのではないか。若い世代も生まれつつあるという気がうるわけですがどうでしょう。河岡さんや網野さんがもっとラッパを吹かれるといいのでは(笑)・・・。 民俗研究全体いえば、何が中心なのかわからない状態ですから、民具学の柱をしっかりたてる必用があると思います。私が都市を問題にしているのもまったく同じことでありまして、あまり深味のある言い方ではないんですが、都市を研究することいよって従来の民俗学だけではなく、いろんな学問と一緒に議論できるような場になっていくという、そういう意味で都市をもちだしています。 もともと私は民間信仰にひかれている傾向が強いですから、いつも生産関係をぬきにして原始・古代から現代まである、という言い方をするためによくお叱りをうけます。これは民俗学全体に対する歴史学からの批判でもありますけれども…。ですから民俗学だけならいいけど歴史学の方には余り口バシを出すな、というふうに育てられてきたわけです。ウーム あとからスタートした民具学などは、いろんな学際領域からのイジワルに耐えながら発展してきたようですね。一方で役人の権威を利用した柳田民俗学には批判がつきまとったようです。よう知らんけど。『歴史の中で語られてこなかったこと』1:もののけ姫『歴史の中で語られてこなかったこと』2:コメと日本人『歴史の中で語られてこなかったこと』3:民俗学とは何か
2024.04.09
コメント(0)

図書館で「わたしの寅さん」という本を手にしたのです。おお 寅さんのムックではないか。没後28年になるが・・・この名優の生涯を知りたいではないか。【わたしの寅さん】週刊朝日編集部著、朝日新聞出版、2019年刊<「BOOK」データベース>よりムックにつきデータなし<読む前の大使寸評>おお 寅さんのムックではないか。没後28年になるが・・・この名優の生涯を知りたいではないか。rakutenわたしの寅さん大坂芸人たちと渥美の交流を、見てみましょう。p120<大阪 大衆知っていた天才:大村崑> 寅さんは渋谷や六本木を歩かない。では大阪ではどうか。「あんまり相性よくねえみたいだけどな」そう話したのはおいちゃんだ。「『大阪なんか大嫌いだ』って言ってたよ。『おまへん』とか『そやさかい』なんて言葉聞くとジンマシンが出るって」とおばちゃん。だが、大阪の芸者ふみ(松坂慶子)にほれてしまったのだから仕方ない。 さくらへの手紙に書いてあった。「人情は厚いし、食べ物はうまい。このとちは俺の性に合っているらしい」 通天閣の旅館主に芦屋雁之助、そこに寝泊まりする謎の男に笑福亭松鶴、ふみの先輩芸者にかしまし娘の庄司照江・花江。上方芸人が勢ぞろいした「浪花の恋の寅次郎」。関西喜劇界の大御所、大村崑(79)が彩りを添える。「心優しい大阪人たちが寅を温かく迎えるんですわ」 ずれ落ちた眼鏡と、とぼけた芸風。オロナミンCのCMでおなじみ「こんちゃん」。渥美清とは、彼が関敬六、谷幹一とトリオ「スリーポケッツ」を組んでいたころから親しかった。1958~59年ごろのこと。渥美の四角い顔を見て、「この顔、もろうて帰りたい」と思った。 渥美のアドバイスは「一升枡には一升。人間あんまり欲張っちゃいけないよ」。東京の芸人からいじめられそうになったとき、助太刀してくれたのが渥美、関、谷である。 大阪ではスクリーンに向かって「寅!」と声をかける観客が多かった。「甲子園での阪神巨人戦かな。『村山、泣くな! 明日がある』なんてヤジ、失恋した寅に言っているようですわ」。渥美は長嶋茂雄に似ていた。「大衆が何を求めているのかを知っていた天才的俳優」と大村。 ところで、寅さんは「男っていうものはな、引き際が肝心よ」とふみのいる大阪を離れる。旅館の主人は言う。「わかりまへんなあ。そない格好ばかりつけてたら女子(おなご)はんはものにならんでえ」「ちょっとぐらい格好悪うても、とことん付きまとって地獄の底まで追っかけていくぐらいの根性がなかったらあきまへん。この道は」 その気になれば成就する恋なのに逃げてしまう。でも、それが寅さんなのである。男はつらいよ・・・2本立て館で寅さん映画が観られます。「わたしの寅さん」1:渥美清が見たもの
2024.04.08
コメント(0)

ネット巡っていたらデジタル朝日の「コメ作りで発生するメタンを抑制」というのに出くわしたのです。牛などのゲップから出るメタンが取り沙汰されていたが、コメ作りでもメタンが発生するのか・・・興味深いレポートである。*********************************************************コメ作りで発生するメタンを抑制「脱炭素」と「農業支援」の実現へよりQ そもそも、「稲作」が温室効果ガスの排出源になっているというのは本当ですか。廣嶋 農林水産省の資料によると、日本の温室効果ガスの総排出量は、約11億7,000万トン(2021年度)に上り、そのうちの約4%、5,000万トン弱が「農林水産分野」から排出されています。この農林水産分野の温室効果ガス排出量の約4分の1を占める1,194万トンが「稲作」由来のものです(いずれもCO2換算)。農林水産分野の温室効果ガスというと、世界では「家畜の消化管内発酵」、いわば牛などのゲップから出るメタンが高い割合を占める国もありますが、コメの生産量の多い日本では、「稲作」由来のメタンが大きな排出源になっているのです。なお「メタン」は、温室効果ガスの中でCO2に次ぐ16%を占めている成分で、その温室効果は一般的にCO2の25倍ほどもあるとされています。つまり、1トンのメタン削減は、25トンのCO2を削減するのと同等の効果があるということです。Q なぜ水稲栽培でメタンが発生するのか、仕組みを教えてください。廣嶋 農家が土作りのために使用する堆肥(たいひ)や稲わらなど、水田の土壌には様々な有機物が含まれています。有機物が微生物によって分解される際、畑のように土壌に酸素が取り込まれる環境ではメタンを生成する菌はあまり働きません。しかし、水が張ってある状態の水田では土壌中の酸素が乏しいため、メタンを生成する菌が活発化してしまいます。 水を張ったままにすると、メタンが多く発生するだけでなく根の活力低下や根元付近から枝分かれする「分げつ」が過剰に起こり、収量や品質の低下を引き起こすため、大体6、7月頃、稲から穂が出てくる手前のタイミングで、1~2週間ほど水を抜いて水田を乾かす「中干し」という工程があります。これは、一般的な水稲栽培におけるプロセスの一つで、よりよいコメ作りのために従来行われているものです。近年、この中干しに温室効果ガス削減効果があると注目されているというわけです。Q「中干し」がメタンの放出量に影響するわけですね。廣嶋 国の研究機関である農研機構からは、「中干しを7日間程度延長すると、メタンの発生を平均で30%程度削減できる」というデータが出ています。2023年3月からは、中干しの期間を直近2カ年以上の実施日数の平均よりも7日間以上延長する「中干し延長」が「J-クレジット制度*」の方法論に加えられました。*J-クレジット制度経済産業省・環境省・農林水産省が制度管理者となり、2013年から運営されているカーボン・クレジット制度。CO2などの温室効果ガスの排出削減量や吸収量を「クレジット」として国が認証する制度で、省エネルギー設備の導入や再生可能エネルギーの導入、森林管理プロジェクトなどが対象として認められている。クレジットの購入企業は自社の温室効果ガスの排出削減量に加えることができる。
2024.04.08
コメント(0)

図書館に予約していた『太陽と乙女』という本を、待つこと1週間ほどでゲットしたのです。森見登美彦さんのエッセイ集であるが、何でもありの全90篇とのことで・・・期待できそうである♪【太陽と乙女】森見登美彦著、 新潮社、2017年刊<「BOOK」データベース>よりデビューから14年、全エッセイを網羅した決定版! 登美彦氏はかくもぐるぐるし続けてきた! 影響を受けた本・映画から、京都や奈良のお気に入りスポット、まさかの富士登山体験談、小説の創作裏話まで、大ボリュームの全90篇。台湾の雑誌で連載された「空転小説家」や、門外不出(!?)の秘蔵日記を公開した特別書下ろしも収録。寝る前のお供にも最適な、ファン必携の一冊。<読む前の大使寸評>森見登美彦さんのエッセイ集であるが、何でもありの全90篇とのことで・・・期待できそうである♪<図書館予約:(3/23予約、3/31受取)>rakuten太陽と乙女「第7章 空転小説家」で「小説を書くときのアイデア」が語られているので、見てみましょう。p383~385<第18回 コンセプトについて> 小説を書くとき、私は「コンセプト」を必要とする。 書きながらコンセプトを発見するという天才的な作家もいるかもしれない。いつかそうできるようになれば素晴らしいと思う。しかしこれまでに何度か手痛い失敗をして、少なくとも今の自分にはできないと分かった。私は事前にコンセプトを見つけなければ何も書けない。「コンセプト」とは、小説の土台である。その小説はどういう小説であるのか?どういう点で他の小説と違うのか?そういうことを規定する条件である。条件は一つとはかぎらない。いくつあってもいい。しかし曖昧な物や抽象的過ぎるものは避ける。「これは善と悪の戦いを描く小説である」と言っても、小説の姿は曖昧なままだ。「善と悪の戦いを描く」という条件では、いくらでも可能性が広がってしまう。コンセプトとは可能性を制限するものである。 たとえば、あなたがこれから家を一軒建てようとするとき、ある区画の土地を買う。その土地の境界を決めるものがコンセプトである。つまりコンセプトは、教会を定め、制限する。いくらでも土地が広がり、毎日くるくる変化していたら、とても家なんか建てられたものではない。 アイデアや書きたいことは無数にある。今でも無数にあるし、これからも無数に増える。アイデアが多すぎるということは喜ばしいことではない。何と何を組み合わせるべきか判断できないからだ。アイデアが多すぎる状態は、アイデアがない状態と同じである。何の方針もなくアイデアを組み合わせても、私の小説は果てしなく混乱していくばかりで、自分でも何がしたいのか分からなくなる。 コンセプトを発見することによって、無数のアイデアから有用なものを選びだす。 すべてはそこから始まる。 それではコンセプトはどうやってみつければよいのだろうか。もし確実に見つけられる方法を知っているのなら、これは企業秘密と言えるから、私は誰にも明かすまい。とはいえ、方針のようなものはある。 なによりもまず、デタラメであることが大切だ。 普通の発想では到底結びつかないものが結びつけられるとき、良いコンセプトが生まれる。私の書いた『夜は短し歩けよ乙女』は、京都の飲み屋街と『不思議の国のアリス』を結びつけることから始まった。『ペンギン・ハイウェイ』は、住宅地に生きる少年と、スタニスワフ・レムの『ソラリス』というSF小説を結びつけることから始まった。意識的にデタラメであることは難しいことだが、少なくともコンセプトに論理的な意味を求めてはいけない。これは経験則である。 コンセプトは、美しかったり、愉快であったり、ワクワクするものであればそれでいい。頭で考えるものではなくて、心で感じるものである。 意味不明だが魅惑的なコンセプトから仕事を始め、「この小説には意味がある」と読者に信じさせるところまで持っていく過程に、私の小説が成立する。 私が最初から意味のあるコンセプトを作ろうとするときは、調子の悪いときである。「どう書いても、とりあえず書き終われる」という安心感が欲しいのだ。しかし、こういった考え方では、手鹿にあるものを結びつけて、常識の範囲内でコンセプトを作ることになる。飛躍がない分、もちろん思いつくのは容易である。そのかわり、そんなことは誰でも思いつく。だから面白くない。 コンセプトは、極端で、異様で、阿呆で、逆説的であるべきだ。そのように私は自分に言い聞かせる。もちろん、小説を書いている過程で、そのコンセプトについて私はあれこれ考える。ほとんど意味不明であったものが、意味を持ち始める。だからこそ、小説を書き進めるのが楽しいのである。 コンセプトによって区切られた土地に建設されていく一軒の家。 それが私にとっての小説である。ウーム 小説のコンセプトはデタラメとするのか・・・登美彦さんのちょっと偏ったような楽しい小説の本質はこれなのか。『太陽と乙女』3:登美彦氏の口福『太陽と乙女』2:登美彦氏の東京暮らし『太陽と乙女』1:「書棚の整理」など
2024.04.07
コメント(0)

ネット巡っていたらWIREDの「昆虫食を広める好機になるか」というのに出くわしたのです。おお 昆虫食ってか・・・幼少期にはアシナガバチを叩き落としながらハチの巣を手に入れ、ハチの子を炒めて食べていたなあ。周期ゼミということで、WIREDの記事を紹介します。*********************************************************米国で17年ぶりに大量発生する「周期ゼミ」は、昆虫食を広める好機になるかより米国で17年周期で大量発生する「ブルードX」と呼ばれる周期ゼミ(素数ゼミ)の集団が、羽化し始めている。おびただしい数のセミの大群を駆除したいと考える人もいれば、まったく異なる反応を示す人もいる。ナイフとフォークを手にする人たちだ。一部のシェフや研究者たちはセミを昆虫食として広める好機と捉え、いち早く動き出している。■昆虫食を広める絶好のタイミング?昆虫は世界各地で豊かな郷土料理として食されてきた。メキシコではチリで味付けしたパリパリとしたバッタ料理「チャプリネス」が知られ、韓国ではカイコのさなぎをゆでた「ポンテギ」が屋台で売られている。これに対して米国では、欧州からの入植者が先住民の食習慣を取り入れることはなかった。それを復活させるきっかけになるのがブルードXの大量発生なのではないか──。そう期待するのが、ニューヨークを拠点とするシェフのジョセフ・ユンだ。ユンは陽気な昆虫食の伝道者であり、「Brooklyn Bugs」という組織を運営している。そのユンに言わせれば、ブルードXという17年に1度のセミの大量発生こそ、米国で昆虫食を広める絶好のタイミングなのだという。ブルードXは米国の東部において、北はニューヨーク州から南はジョージア州北部に至る広い範囲で羽化する。場所によっては、1エーカー(約4,047平方メートル)に数百万匹が密集することにもなるという。ほとんどの住民は持て余してしまうだろう。それならいまこそ、米国人の味覚を洗練させるまたとない機会かもしれない。「世界の80%を超える国々では昆虫が食されています」と、ユンは言う。「見逃すなんてもったいない話ですよね」
2024.04.07
コメント(0)

図書館で「わたしの寅さん」という本を手にしたのです。おお 寅さんのムックではないか。没後28年になるが・・・この名優の生涯を知りたいではないか。【わたしの寅さん】週刊朝日編集部著、朝日新聞出版、2019年刊<「BOOK」データベース>よりムックにつきデータなし<読む前の大使寸評>おお 寅さんのムックではないか。没後28年になるが・・・この名優の生涯を知りたいではないか。rakutenわたしの寅さん「渥美清が見たもの」から、見てみましょう。p138~141<渥美清が見たもの:小泉信一> 東京・新宿。靖国通りに面した、新宿区内の寺に渥美清は眠っている。だが人知れず亡くなることを理想とし、墓も戒名も望んでいなかったのではないだろうか。 生前、周囲にこんなことを話していたという。「トンボのように、こう、ふらーっと、いつも自分の好きなところに出かけて生涯終われるんだったら、末は野垂れ死んでもいいんじゃないですかね」「ひとり静かに、誰もいない山道をとぼとぼ歩いていくんだよ。そうすると、枯れ葉がね、チャバチャバと手品師の花びらのように落ちてくるんだよ」 人生に対するあきらめというのだろうか。若いころの結核手術で肺が一つしかなく、体が決して丈夫でなかったことも暗い影を落としている。しかし、その哀しみにはもっと深い理由があったように思えてならない。 本名・田所康雄。1928(昭和3)年3月10日生まれである。生家は、上野駅近くの「車坂」と呼ばれた場所にあった。長屋が肩を寄せ合う典型的な下町だ。父は地方新聞の元政治記者。失業し、母が仕立ての内職で家族を養っていた。渥美が8歳のとき、一家は板橋に越す。 東京志村第一尋常小学校(現在の板橋区立志村第一小学校)に通った。生活は厳しく、昼の弁当を持って来られない。支給された玄米飯を食べていた。勉強は大嫌いで、授業を受ける時間より廊下で立たされている方が長かったそうである。だが記憶力は抜群。ラジオ放送の講談や落語を覚えて学校で披露し、みんなを笑わせた。 やがて終戦。ふらふらと向かった先が上野だった。暴力団、浮浪者、男娼、スリ・・・。巨大闇市が現れ、生き抜くためには何でもするアウトローたちの無法地帯である。テキヤに憧れていた渥美は「上野のヤス(康雄)」と呼ばれ、恐れられた。何と言ってもあの細い目。電車に乗ってもスーッとまわりの人が座席を空けてくれたという。「四谷赤坂麹町、チャラチャラ流れる御茶の水」「四角四面は豆腐屋の娘、色は白いが水くさい」「信州信濃の新蕎麦よりもアタシャあなたのそばがよい」。寅さんでおなじみの口上も、そのころ覚えたものだった。 一面の焼け野原だった東京の下町。小遣い稼ぎに鉄くずや金属類を掘り出したり、拾ったりして日銭を稼いでいた少年たちもいた。渥美はそのリーダー的な存在だったという。 身の危険を感じたこともあったのだろう。ある事件がきっかけでテキヤ仲間から離れ、子どものころから好きだった大衆演劇の世界に進む。口跡の良さや演技力を生かして役者としての道を選んだのである。だが「田所康雄」という本名はあまり好きではなかったようだ。「タショ」とか「デンドコロ」とか読めてしまい、その響きが明快でないのが気に入らなかった。「渥美清」という芸名で浅草のストリップ劇場「百万弗劇場」の専属コメディアンになったのは51(昭和26)年である。芸名は、講談本に出てきた「渥美悦郎」という二枚目に由来するらしい。「眉毛あくまでりりしく、二重まぶたの美しい瞳。渥美悦郎に化身していきたいっていう願望、とても強かったね」「美しくって、清らかで、いいねえ」。 雑誌の対談で自らの芸名を誇らしげに語っていたが、劇場で演じたのは何と女性を縛っていじめる役。伊藤晴雨の責め絵、いわゆるSMの世界である。「実にどうも、度がハズれているというか、タダモノではありませんでした」と語っていたのは、自分の目で渥美の芝居を見たことがある俳優小沢昭一だった。 53年、渥美はストリップ界の名門といわれていた「浅草フランス座」に引き抜かれる。爬虫類のような鋭い眼光。機関銃のように猛烈なスピードでギャグを連発。酒をカーッとあおるようにして飲んでから舞台に上がり、客に対して挑発的で尊大な態度だった。だが確実に笑いを取り、出番になると踊り子たちが袖から見守った。 田所康雄は完全にどこかに消え、四角い顔の男は別な人間になっていた。「あのころは、別に理想なんてものはなかったな。どうせ自分は恵まれない日陰者だと思ってるから」。のちに菅原文太との対談でそう語っているのが面白い。 不摂生がたたり、結核となり、埼玉県内の病院に入院。右肺摘出の手術後、療養生活を送った。 浅草フランス座に戻ってきたのは56年、28歳のときである。浅草寺境内の片隅にある出世地蔵に「役者としてもっと大きくなりたい。これからは酒、タバコ、ばくちをやめる」と願をかけた。いささかできすぎた和かもしれないが、闘病生活によって人生観が大きくかわったのはまちがいない。 売れなくなった芸人の末路について、よく語っていた。板橋のほうの職安脇のドブに、頭を突っ込んで死んでいた話など、描写は実にリアルだった。役者というのはまさに崖っぷちを歩いており、野垂れ死ぬのが当たり前という考えが根っこにあったのだろう。(中略) 亡くなる前年の95年、珍しくテレビインタビューに応じた。寅さんを演じる心境をスーパーマンにたとえた。「スーパーマンの撮影のときに、見てた子どもたちが『飛べ、飛べ、早く飛べ!』って言ったってことだけど、スーパーマンはやっぱり2本の足で地面に立ってちゃいけないんだよね。ご苦労さんなこったね。スーパーマン、飛べないもんね、針金でつってんだもんね」 寅さんという、日本人の誰からも愛される架空の人物を演じ続けなければならない運命。役者とはこれほどに過酷なものか。「死に顔は他人に見せるな」の遺言通り、家族だけで見送られた。 68歳の生涯はつらいことや悲しいことが多かったかもしれないが、棺のふたが閉じられ、荼毘に付されたと同時に、生身の渥美清と車寅次郎を入れ替えるという稀代の大トリックは成功した。「私の思い出なぞ、もう誰も興味がないんですからおやめなさい」。そんな渥美の声が聞こえてくるような気もするが、没後20年たっても車寅次郎という架空の人物は「実在」している。 深い哀しみをたたえつつ、私たちを笑わせ、泣かせた不世出の名優。あんな天才は二度と出てこないだろう。
2024.04.06
コメント(0)

図書館で「理系。」という文庫本を手にしたのです。表紙に川村さんがインタビューした理系人が出ているが・・・養老孟司、若田光一、村山斉と知った名前があるのでチョイスしたのです。【理系。】川村元気著、文藝春秋、2020年刊<「BOOK」データベース>よりいかに「理系の知恵」を「文系の物語」をもって適切に使い、難局を乗り越えるか。危機の先にある、大きなチャンスをどうやってものにするのか。稀代の映画プロデューサーであり、ベストセラー作家である川村元気が、最先端を走る理系人15人と対話し、その目が映す未来に迫る。これから世界と人間は、どう変わるのか?全国民必読本。<読む前の大使寸評>表紙に川村さんがインタビューした理系人が出ているが・・・養老孟司、若田光一、村山斉と知った名前があるのでチョイスしたのです。rakuten理系。理系014で理論物理学者・村山斉さんとのインタビューの続きを、見てみましょう。p296~300<世紀の大発見をするのはどんなタイプの人ですか?>川村: 村山さんは30歳でアメリカに拠点を移して、カリフォルニア大学バークレー校でもずっと教授を務めていて、日本との間を頻繁に行き来されていますけど、アメリカの方が、世紀の大発見をするスターが出てきやすかったりはするんでしょうか?村山: IPMUが目指しているように、物理とか数学とか分野にあまりこだわらないで、違うジャンルでもぽーんと飛んでいって、そこでとんでもない大発見をしてしまう人は、海外の方が多いように思います。川村: 大発見が生まれやすい環境があるんでしょうね。村山: 例えばDNAの二重螺旋を発見したのも突然生物に興味を持った物理学者でしたし、新しい素粒子を見つけてノーベル賞を取った人が、恐竜の死滅は隕石が落下したせいだと言いだしたり。川村: IPMUでも2015年に主任研究員の梶田孝章さんがニュートリノに質量があることを示すニュートリノ振動を発見して、ノベル物理学賞を受賞されましたね。村山: 梶田さんはまさに大発見をした人です。当時殆どの人が信じなかった現象をこつこつとデータと推論を積み重ね江、最終的に世界中の誰もがぐうの音も出ないところまでやって発見した。川村: 理系の世界もデータだけでなく、推論というストーリーを思いつけるかどうかが大切なんですね。映画の世界でも宮崎俊監督の作り方は、最初は数枚のイメージボードがあるだけなんです。そこから圧倒的にオリジナルな映画が生まれてくる。村山: 我々の世界でもすごい数学者は、定理をちゃんと証明して前に進んでいくというより、勝手な推論を立てて「どうも正しいらしい」と見抜く。その後、長いものは何百年もかけて証明されていく。有名なものだと1904年にフランスの数学者のアンリ・ポアンカレによって提言された位相幾何学の大難題「ポアンカレ予想」が、100年以上経ってようやくロシアの数学者によって証明されました。<宇宙の未来はどうなりますか?>川村: 村山さんが予測する宇宙の未来を教えてくださいますか?村山: さっき「暗黒エネルギーによって宇宙の膨張が加速している」という話をしましたけど、ほとんどの人は加速がずっと続いていくと思っている。宇宙の中身は今、広がるほど薄まっています。銀河も遠くにいってしまうので、いずれ見えなくなって、寂しい宇宙になっていく。川村: そうなると地球と太陽の距離はどうなっていくんでしょうか村山: 加速がどんどん進んでいく宇宙だったとすると、少しずつ距離が離れていって、いずれは太陽自身が引き裂かれてしまうかもしれない。川村: それは「宇宙がどうあってほしいか」という研究でもあるんでしょうか?村山: そうかもしれません。なかなか思った通りに答えが出ないですが、僕ははっきりした宇宙の運命、暗黒エネルギーが決める宇宙の1兆年先を知りたい。そのために暗黒物質を重力レンズで観測したり、地下1000メートルに観測機器を置いて宇宙から飛来してきた暗黒物質を検出しようと試みたり、光速近くまで加速した陽子同士を衝突させてビッグバンのような反応をまた起こして、新たに暗黒物質を誕生させようとしたり、さまざまな実験に関わっています。川村: IPMUの未来については、どんな展望をお持ちですか?村山: 現実的なことを言うと、IPMUには今、世界からトップレベルの物理学、天文学、数学の研究者が集まっていますが、カブリさんの寄付以外で、主な運営を支えている文部科学省からのお金が付くのは2022年までしか約束されていないんです。川村: シビアなところがあるんですね。村山: だから僕は中小企業の社長みたいなところがあって、年間約10億円の予算の予算で、従業員が100人いて、貯金はゼロで・・・という状況に近い。いい人がたくさん集まっていてうれしいんだけど、きちんと養っていけるだろうか、という懸念があります。川村: きっと「5年後に今の研究がこんな技術に転化できるんです」という話の方が寄付を得やすいんだと想像します。ただ、1兆年先の宇宙の話は僕たちには直接関係ないし、何の役にも立たないかもしれないけれど、圧倒的に面白い。それに決定的なブレイクスルーって、具体的なメリットとは違う次元からしか生まれない気もします。村山: そう言ってもらえるとうれしいな。変な言い方かもしれないですけど、宇宙が我々に親切ならばブレイクスルーできるだろうし、そうじゃなければ永遠にできないかもしれない。川村: 僕はエンタテインメントの世界の人間だからかもしれませんが、「地球は端っこまで行ったら海に落ちると思っていたのに、実は丸かった!」とわかったとき、いろいろと議論はあったと思いますが、最後は「マジ?」という興奮があったと思うんです。でも、そういう大発見が出てくるから、人間は生きていられるのかなと思っています。 だから、村山さんのチームからそういう大発見が出てきて、常識がひっくり返るような体験をさせていただけるのを、楽しみにしています。村山: まさしくそれを目指しています。頑張ります。「理系。」2:村山斉「理系。」1:若田光一
2024.04.06
コメント(0)
全59件 (59件中 1-50件目)

