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プラマン、愛用しています。カートリッジも常備しています。ほとんど字を書かなくなった昨今、まして、横書きしかできない私が、年に一度、お茶の先生へのお礼状(どきっ、やばいことを思い出しました。)だけは、和紙仕様の便箋に縦書きで書きます。字がどんどん下手になっています。年齢相応の、大人っぽい流れるような美しい字が書けるようになりたい。「字は人なり」・・・。そうなのかも。そうなのかぁ。
2005.05.31
文房具、大好きです。特に、筆記具。なんだろうなぁ、書き心地、これが大切。ひとつひとつの単価が安くて、新製品が次々出るのがいいんだろうなぁ。それはさておき、これだけの量の↑文房具、実は、毎日、持ち歩いてます。数えてみようかと思ったけど、辞めました。(^^ゞ一番多いのがペン。子どもたちのワークブックやノートに○をします。キラキラだの、香りつきだの、いろいろあります。太いもの、細いもの、極細。ワークブックやノートには、裏側に染みないものが一番です。シャープペンシル。子どもの頃、鉛筆の先っちょがとんがってないと気持ち悪くて、異常にたくさんの鉛筆を毎日、削ってました。その電動鉛筆削りは、今も現役です。シャーペンの常にとんがっているように見えて、実はとんがってないっていうのが、嫌いでした。筆圧が高いので、普通の0,5ミリ芯のだと、ぷちっぷちっと折れてしまいます。書いて消費する分より、折れて飛んでいってしまう方が多い。そこで、海外の画材メーカーのもの、それも0,7ミリ芯のものを愛用中。そして、数学の計算には、100円ぐらいの安っぽい国産のものが書きやすくて、芯キャップの消しゴムがなくなったのに結局それを使っていたりします。消しゴム。数えたら、10個弱、持ち歩いてます。昨日、「カドケシ」購入!天才だね、考えた人。我が家の中学生には、数学の計算を端から消す子が多い。帰った後、机の上は消しカスだらけ。そして、計算を大事にしないので、間違いに気がつかない。我が家では、数学での消しゴム使用を禁止中。スタンプ。これも○をつけた後に押すので、我が家には、多分、100個以上、あります。スタンプ台も最近は顔料系のきれいな色のものがあります。スティッカー。ここには写っていませんが、毎年、輸入教材のお店から大量に購入します。レッスンに来た子に貼ります。毎週、デザインの違うものを貼ってあげるので、引き出し一杯分のスティッカーがあります。これもアメリカものが、色、香り、形、デザイン、キラキラなど優秀です。でも、意外に日本人の子ども受けしないグロいデザインも多いです。(^_^;)それ以外には、マジック類、ものさし、のり、パンチ(2穴)、ステープラー、ネームタック用シール、シャチハタ(苗字でなく名前のをオーダー)くん、手動鉛筆削り(使用した記憶なし)、なぜかキャンディー、リップ、はがきの半分の大きさの新約聖書(詩篇つき)、切手などが見つかりました。実際、使ってないものが圧倒的に多い。そういうのを持ち歩いてるから肩も凝るのかしらん。ある意味、これも依存、かも。
2005.05.31
なんだかんだと迷いつつ、やっぱり、行って来ました。ともかくも、この一ヶ月は、調子よくなってきたと思ったら、異常な攻撃性で大暴れしたり、その自分にがっくりきたり、こんなことが続くんだったら・・・と疲れきってしまったり、今までは、科学的・医学的理解をよりどころに薬を一日欠かさず飲んできたけれど、薬でコントロールできないならば、飲むのをやめようかと思ったこと、などなどなど・・・。どうしても、先生に話をすると号泣モードになります。今日は、号泣までいかなかったかな、ぽろぽろモードくらいかな。ま、精神科の先生ですからねぇ、号泣する鬱病患者なんて歯医者に来る虫歯の患者みたいなものでしょうけどね。毎回、泣いてるし、私。(T_T)ともかく、先生は、一通り、聞いてくださいます。定石どおり。そして、結局は、同じ処方箋をもらって帰ってきます。わかってるけどね。(ーー;)セカンド・オピニオンをと考えないこともないですが、また、最初から、どういうことがあって、こういうことがあって、と説明するのかと思うと、面倒。結局、話をするたびに、もう一度、その感情をおさらいしなきゃならないし、自己分析もし過ぎているから、へとへとになる。後は、やっぱり、なんとか納得させられる、というのか、とりあえず、この先生で満足なんだと思う。これは、「転移」なのでしょうか。多分、そう。いや、別に先生に恋愛感情とか、ないですけど、(まったくないとはいえないですけど。おじいちゃんですけど。ヒゲ・ハゲですけど。奥さま素敵ですけど。ははは。やっぱ、転移しとるのかいっ、自分!)わたくしの精神“自己”分析によりますと、明らかに「ファザコン」の私は、科学的・医学的・論理的・理性的に「納得させられる」必要があるのですねぇ。そして、「白衣」に弱い。がはは。(^^ゞそういう意味では、合格!なんでしょう。でも、今日は、「先生に、今も『ハイ』『ハイ』って、答えてますけどこれも、100%納得してるわけじゃなくって、先生にいい患者だと思われたいんです。」って言ったら、笑われた。(^^ゞ「半分ぐらいでいいですよ。ゼロじゃ、だめですけどね。」ですよね。(^o^)丿*薬だけ飲んでいてもハッピーにはならないこと。*常に緊張状態にある私は、やはり、脳内の化学物質を補う必要性があること。*攻撃性は、ある意味、いままでできなかった「感情の発露」であると考えれば、悪いことばかりではないこと。などなど。(って、もっとあったけど、今日は忘れちゃった。聞いてなかった。すみません。)あ~~~~~あ。なんだかなぁ。でも、その後、ストーン・スパに行くだけの体力と気力があるのは、我ながら、すごい変化である。進歩かどうかは、今は、わかりません。
2005.05.30
8時から3チャンネルの「うつ」の番組を流し見・・・。鬱歴2年半ともなれば、本屋さんで手に入るだけの本は読んじゃったし、治療方法から抗鬱薬についてなどかなり詳しくなっています。でも、今日、ちょっとほっとしました。それは、家族の対応のところで「鬱の人が言っていることは、いままでのそのひとが喋っているとは思わないで欲しい。」というところでした。考えられないくらいちょっとした言葉で深く傷ついてしまったり、ほんの小さなことにものすごくこだわったり、自分の辛さを人にわかってもらいたいと事細かにしゃべったり、特に、回復期にある患者は、すごく攻撃的になることがあるらしい。そうなんです、これ、まさに私のこと。もうっ、自分で自分が嫌になるくらい、いや~~~~~~~~な性格の人間になってるんです。ひとつのことが頭にこびりついて、繰り返し繰り返し、超ド級のマイナス思考。自分だって苦しいんだけどやめられない。これを言葉に出してぐちぐち言われてる方は、きっとたまらない。わかっているんだけど、やめられない。自分を責めるように、ひとを責めてしまう。ひょっと冷静になると、「しまった・・・。」と思い、次の瞬間、ものすごい自己嫌悪、死にたくなります。でもね~~~、神様みたいに受けとめてくれるひとがいつもそばにいるわけじゃない。そして、死ぬほど反省するのに、いつのまにか、もとの木阿弥。心を開いてる人に向かって、がるるるる~~~~っと威嚇してしまう。威嚇ならいいんだけど、持ってるだけの武器を使って、相手を傷つけるまで噛み付いてしまいます。ほんとに、ごめんなさい。「なにもしてくれなくていい、ただそばにいて欲しい。」きっとね、これが鬱のひとのホンネです。番組に出ていた人は、「鬱」を味わって初めて、人生でわかることがあったと話していましたが、私は、まだ、とても「鬱」に感謝するまでには、至っていません。自分が、いかに弱い人間であったか、というのは思い知りましたけど。今日は、テレビ番組を借りて、言い訳です。言い訳したいひとが、これを読んでくれるといいなぁ。甘えてますけどね。ごめんなさい。
2005.05.28

5種類作りました!ぴかぴかロールパンマヨネーズパンですおともだちと一緒に、お茶の先輩にパンを習いに行ってきました!いつも差し入れでおいしいパンをいただいているのですが、売ってるものとは全然違う。毎日、それも主食として食べられるものを手作りできるって生活のいちばん基本のところが手作りされてるって、素敵ですよね。教えていただく、っていってものんびりやの私たちが到着するまでには、一次発酵まですっかりやっていただいてあってですねぇ、私たちがやらせていただいたのは、「成形」だけでした。(^^ゞでも、そこには、驚くべきワザが!!!秘密が!!!もちろん、コツを教えていただいて真似するんですけどねぇ。そりゃ、やっぱり、むずかしいです。こんなところで自分の不器用さと向かい合うとはねぇ・・・。(^_^;)そして、「手早さ」、これだよ、一番の違いは・・・。多分、軽く5倍の速さで、くるくる、さっさっさ!でなかったら、25キロ単位で購入する小麦粉がパンになっていかないよなぁ。かっこいいですっ!やっぱり、日常のお食事パンは、こうやって作られなくっちゃね。ともあれ、手仕事は楽しいです。「生地をいじりすぎてはいけない。」ということで生地を触るのは最小限なんですが、(どおりで、以前、私が作ってたパンは、歯ごたえがありすぎでした。)でも、ふわふわの生地を丸めたり、伸ばしたり、切ったりするのは、快感です。同じパンをいくつも作っているとなんだか職人さんになれそうです。レーズンパン、チョコチップいり、チーズいり、ロールパン、マヨネーズパンと5種類も作らせていただきました。楽しかった。そして、なにより、パンが焼ける匂いは、幸せの匂いです。家族のために手早くパンが焼けるような主婦になりたい~っと香ばしいパンの匂いを嗅ぎながら、ちょっと、憧れましたよん。
2005.05.27
姜 尚中先生。すいません。(最初から謝ってしまいますが・・・くだらないです。)姜 尚中先生のルックスを語ることは、ほとんど意味ないと思われますが、・・・・・・う~~~、好きです。わんわんっ。(*^_^*)たとえば、つまらないことで喧嘩になったときでも、超感情的に重箱の隅を突付き、小理屈こねくりまわしまくるわたくしを大き目の肉薄の手(手フェチです。(*^^)v)をあごに、メタルフレームの奥の、きらりと光る、冷徹でありつつもわたくしを決して見棄てたりしない、遠くを見つめる細めの瞳で見守りつつ、「ちょっと、いいですか?」と挙手。(なんで、挙手?)決して、感情には流されない、ソフトだけれどよく通る低めの声で冷静で論理的な思索の末に導き出された反論を展開されちゃったら、もう、素直に謝ります。きっと。(^_^;)ほんと、すいません。まだ、続きます。おうちにいるときは、やっぱり、黒のカシミヤのタートルネックのセーターを着て、(夏は・・・、イメージわかないので、やっぱり、カシミヤで。冷房入れます。)北欧系の家具の無機質なファブリックのソファで、こむづかしそうな分厚い本など読んでお過ごしいただきたいです。もう、喜んでコーヒーなど淹れさせていただきます。マグカップなんかじゃなくて、ちゃんとソーサーをつけます。ミントンとかじゃないです。大倉陶園のホワイトで。一緒のお部屋にいたら緊張しそうなので、隣の部屋に黙って座ってます。おうちに帰ってきてもあまりに物静かで気がつかないかもしれないので、「ただいま」とかは、言って欲しいです。共通の話題とかもなさそうなので、お食事のときは、控えめに音楽など流してもいいでしょうか。バッハの無伴奏チェロ協奏曲、だな、やっぱり。あ~~~~~~~、週末の朝まで眠れないので、「朝まで生テレビ」を見つつ、ぜんぜん、アカデミックでない妄想にとりつかれるのでした。失礼しました。ちなみに、姜先生は既婚なのでありました。確か。わたくしは、既婚者には、用はないのであった。ははは。は~~~~、空しい妄想であった。寝よ。(T_T)
2005.05.27
地元の優良企業所有の日本画の美術館に行って来ました。すごく、よかったです。日本画、少し前まで、まったく、興味なかったです。なんだか、岩絵の具がべったりしてたり、女の人が、なよってたり。って、もの知らずの偏見、単純なるあほあほ。無知、無教養。反省しております。(ーー;)もんのっすっごいデッサン力あり、(って言い方が既に失礼)絵画というより、「グラフィックアート」じゃん!あり、計算しつくされた構図の妙あり、「印象派」あり、おもしろすぎますです。しか~~~~~~~~~~~~~し、展示室中に響き渡る大声で喋ってるそこの妙齢のご婦人よ、沈黙しろとは言わないが、頼む、もう少し、お静かに鑑賞願えませんでしょうか。あなたの美術に対する深い造詣は、芸術に対する飽くなき愛情は、本日、あなたとご一緒にこのすばらしい絵画を鑑賞する機会を得たわたくしたち、全員がいやおうなく、知るところとなりました。どうぞ、これから、美術館におでかけの節には、ごくお身内の方にのみ、ごく控えめに、お披露目願えませんでしょうか。でないと、わたくし、もう一度、美術館でお会いしたならば、こっそりとあなた様の背後より近づき、その年齢の割には衰えを知らない声帯をば、両手で締め上げ、小柄なあなた様を振り回して、作品のガラス箱の角に向けてぶん投げることでありましょう。でもさ~~~~~~~、きっと、あのおばちゃん、普段は寂しい一人暮らしで、お友だちと会えた嬉しさについつい喋っちゃってるんだろうなぁと勝手に自分の将来の姿に重ね合わせて、こっそり涙する私でした。あんなおばちゃんには、なるまいぞ。たとえ、一人暮らしで寂しくてもさ。わはは。あやし~なぁ。(^_^;)
2005.05.26
五月は、一番好きな季節でした。ここ数年。頭の調子が、4月と5月は、格別に悪いのです。去年と一昨年は、ほとんど寝たきり。今年は、眠れなくなりました。眠れない日が続いているのに、ちっとも眠くなりません。ぼんやりするどころか、妙に勘が冴えきって予感にも近いものがあたりまくったりして。ちかちか、ちくちく、とげとげ、いらいら。ある瞬間、達観みたいなものが訪れて、次の瞬間、私の心は、泥水のなかで溺れる。自己嫌悪のかたまり。清々しい風。新しい光。知らず知らずのうちに、心を開くように導く、朝。五月の朝、です。日々是好日
2005.05.25
感動して号泣、これが多いのは、年取ったからでしょうかね。つか、いよいよ、お迎えが近づいたって、感じでしょうかね。先週、「うたばん」で、キングコング・梶原が歌う「おかん」というラップの歌詞に号泣。ご飯食べながら、母親の見てる前で、自分でも予想を超える量の涙がぼろぼろ・・・・・・。かなりベタな歌詞なんだけどラップ聴いて初めて号泣したわ。
2005.05.23
昨晩、宇野重吉の晩年のドキュメンタリーをNHKアーカイブスで見ました。胃がん克服から9年後、73歳のとき、肺がんに冒されたのを知った彼は、手術で左肺を半分切り取ると入院2ヶ月で、リハビリもせずに退院しました。「宇野重吉一座」として、全国から小さな町の芝居小屋や利用計画もないままに建てられ、建設以来一度も興行のない小さな自治体の箱ものでの、普段、芝居をあまり見ない人たちが楽しみにしている旅公演が彼を待っていたからでした。これ以上ないくらいに痩せて、衣装を着るのも座ったまま、楽屋で出番を待ちながらも舞台の、ほんの一瞬の所作の合間にも携帯用の酸素スプレーを欠かせない。一日2回公演の合間には、点滴を受けながら嫌いだったお肉や卵を寝たまま、口に運ぶ。それでも、旅を続ける。彼の演じる「三年寝太郎」は、寝てばかりはいても「若者」だ。ドキュメンタリーの後半で、舞台の様子がとらえられる。楽屋では、かすれた「息」で最小限の言葉を発し、酸素を吸入して、座ったままで衣装替えをしていた瀕死の老人は、舞台上では、何の苦もなく、すっと立ち上がり、踊りまで踊っていた。初めて芝居を見たという子どもたちの瞳。数ヶ月を掛けて、崩れかけた芝居小屋を再生する若者たち。巡業中の一座が乗った特急列車の停車時間にお弁当や名産品や手紙を届けにホームで待っていた人たち。800人入って、収支トントンといいつつ、それに満たない公演会場を巡る旅公演。天職を与えられた役者が命と引き換えに演じる姿。それを目の当たりにし、黙って支える劇団員たち。舞台を見つめる目。ライブである芝居を作るのは、舞台を作る人、見る人、両方だ。やっぱり、舞台っていいなぁ。もう、なんていうのか、いても立ってもいられない感動におぼれそうになる。芝居のすばらしさに生まれてから十数年で十分気付かされた私は、今、いったい、どこで何をやっているのか。あ~~~、このまま、死んだら後悔するぞなんて、わけのわからない焦燥感にも似た気持ちで酸欠になる。「宇野重吉一座」は、1987年10月、その旅を終えます。座長がひとり、旅立ったのは、その3ヵ月後だったそうです。ひとりの役者として、「天職」を与えられた人間として、壮絶であったとはいえ、なんと幸せな最晩年だったのでしょう。ご冥福をお祈りします。そして、20年経ってからも記録がこれだけの感動を与えてくれることにも感謝します。あ、おまけですけど女子医大病院に車で迎えに来た40歳の長男のインタビューもうれしかったです。うふふ。(^^♪
2005.05.23
ここのところ、無駄遣いが多い。多すぎる。意味なく出費してる。ここのところ、って、いったい、いつからだ。先ほど、ブランドもののシルバーのリングがかなりのお買い得価格で販売されてるのを発見。以前、買おうかとお店で何度も見ていたものだ。なんと、ジャストサイズ!さっそく、買い物かごにいれて、もろもろ記入していよいよ、「送信」したところ・・・。なんと、なんと、売り切れましただと。多分、私と同じ考えの人が、ほんの数分か、数十秒か、数秒違いで購入したのでしょう。「あっちゃ~~~!やられたっ!(何をじゃ?)」と思い、同時に、なんだか、冷静になりました。そうなんだよ。別に、今、欲しいのか、って考えてみたら、「あってもいいかなぁ。」程度だし、欲しかったのって、既に、数年以上前。大体、安くなってたって言ったって、そのお金があったら、ここ数ヶ月買う買うって言い続けてるプリンターと先月から検討中の電子辞書(英語強化型)だって買えるし、同じ金額のもの買うのに、もっと必要なものでさえ、ちゃんと検討するだろうに、なにやってるんだか。それに、ブランドの指輪をネットのバーゲンで買ってうれしいか!おいっ!しっかりしろ~~~~っ!でした。よかったぁ。売り切れで。あ、決して、負け惜しみではないのです。多分、買っていても、値段分、うれしかったかなぁ・・・なんて。ほんとに、無駄遣い、衝動買いが多いので、ちょっと自分に嫌気がさしてたところだったので、もっと、自己嫌悪するところだったかも。ちょっと、反省しなきゃなぁ、やっぱり。
2005.05.23
↓「愛は。」に載せた薔薇、素敵でしょう?最近は、ほんとに無い色は無いぐらいいろんな薔薇の花がありますが、このベージュの薔薇は、とってもとっても気に入りました。このベージュの薔薇をメインに、あとは、ピンクの薔薇、ピンクのブバリア、ピンクのラッピングペーパー、そして、ピンクのリボンにしました。ベージュの薔薇は迷わなかったんだけど組み合わせる色は、結構、悩んでしまいました。お店の人はベージュ系の花を勧めてくれたんだけどなんだか、ベージュ同士だとエレガントすぎちゃって。メイン以外をピンクにしてみたんですけど途中では、なんだか、気持ち悪いかな、って気もしちゃったけど結局、しあがってみたらよかったと思って。(まさにひとりよがり)薔薇、大好きです。差し上げるのも薔薇が圧倒的に多いかな。でも、カスミソウをあわせるのは、断ります。どこのお店でもまず、それだけは、お願いします。そうするとね、かえって花の組み合わせが自由になるような気がするんです。といいつつ、いつも、迷う。で、好き放題、あーだ、こーだ言って、お店を出るころには、「わがまま言ってごめんなさい。」って謝ってることが多い。(^^ゞでも、プロのお花屋さんは、必ず、素敵なアレンジにしてくださるんです。とってもうれしくなります。アレンジ、習いたいなぁ。お花の取り合わせを数多く見たいんです。
2005.05.22
今夜、本当に幸せな時間を過ごすことができました。とても小さなビストロは、新郎新婦とお祝いする私たち、十数名で満員。愛。幸福。祝福。新たな旅立ち。この世の中のすべての美しいものが集まっていました。「末永く、お幸せに。」いくら考えてみてもこの月並みなお祝いの言葉しか浮かびません。幸せのおすそ分けで、私の心にも灯りがともりました。 「日日是好日」 で、皆さんにもおすそ分け。
2005.05.20
眠れない。眠れないのは既に慣れてるけどこの間までは「寝ないと明日がもたないわ。」とすぐに睡眠導入剤を飲んでいた。たとえ、だるくて昼間、ずーーーっとうとうとしてたとしても。ここのところ、宿題のために久々の真夜中作業が終わったのに、朝方、外が明るくなるまで眠れなくなった。別にあえて眠剤を飲まないと決めたわけでもないのだが、結構、寝不足のまま、毎日を過ごしていたりする。今朝は、挙句の果てに、1時間ほどうとうとしただけでどうにも寝ていられなくなり、ついに、朝日なんてものを見てしまった。お日様のほうがびっくりだろうな。で、昨日、開花していた白い牡丹の写真を撮ったり、庭をうろうろ。スギナだらけで、こいつらだけ退治できる方法は・・・なんてぼんやり思いながらうろうろしてたら、なんとなんと、スギナの群生たちが全員、頭のてっぺんにまん丸虹色朝露を乗っけて整列しているじゃありませんか!!!かわいいっ!!!うわ~~~、これ、写真に収めたいなぁと思うんだけどセンスも技術もないせいか、はたまた、これがコンデジの限界なのか、うまくいきません。レンズが換えられるカメラが欲しいよぉ!!!というわけで100枚ぐらいパチパチしてる間にいよいよ本格的な朝になりました。写真をアップしたいけどそろそろ、お稽古にでかけないとね。あ~~~~、いつにも増して、寝不足の頭では、ぼけぼけでお手前の順番を忘れてしまいそうです。今朝は、お里帰りして療養中だったうちの切れ者の息子たちもお約束どおり、故郷の「京都新聞」にくるまって帰って来ました。おかえり~~~。待ってたよぉ!お稽古の帰りに、さっそく、トマトでも買ってくるかな。ははは。(切れ味を試して悦に入る、自分。)(^^♪というわけで、「3文の得」と言いたいところですが、さっきから、花粉のせいか、花がむずむずします。やっぱり、慣れないことはしない方がよかったかしら。行って来ます。
2005.05.19
あ~~~~~、こんなのもやってる。行けるかな。行きたいな。出光コレクションを中心になので見たことある作品が多いのかな。版画シリーズの「ユビュおやじ」だったかな。かわいいんだなぁ。「聖顔」は特別。でも、「怖おもしろ」な作品を見てるとどんな人だったのかなと思う。
2005.05.18
久しぶりに庭に出てみました。伯母から分けてもらっていた茶花。山野草。どうしたかなぁ・・・って気になって。ここ2年、4、5月は、特に調子が悪い時期で、母と花の苗を買いに行くことすらできませんでした。父が手入れをしていた庭木は、分家さんがたまに剪定してくれます。雑草に負けてしまったのか見つからない花があります。存在すら忘れている花もあるかも。たまには、草取りしなくっちゃ。今年は、花の苗を買いに行こう。写っちゃ困るところを写してない、(^^ゞ 日々是好日「初夏の庭」 です。
2005.05.17
ひとりきりで夜の海を静かに潜行している。あたりを照らしても自分が巻き上げる砂粒が白く反射しているだけ。目指すべき海底には、明かりは届かない。果たして、潜行している自分がどんな角度で体勢を保っているのかもわからなくなってしまいました。とりあえずは、足が海底をとらえるまで静かに潜行していくしかありません。この無音の、暗い海をもう一度浮上していけるのか、海面にたどり着くまで背負った空気が残っているのか、それさえも私には、わかりません。もう、何年も前、初めてのナイトダイブで、迷子になりました。浮上してみると顔を出した黒い海面に激しい風が吹きつけていました。エントリーしたビーチに見えるホテルの明かりは、はるか遠く・・・。泳いではとても帰れないことだけは、わかりました。私は、ひとりでした。「死ぬのか。」と思いましたが、あまり寂しくもなかった。今、私が潜っている夜の海は、どのくらい続いているのでしょう。そして、「孤独」という名前のこの海と今頃になって、向かい合ってしまいました。地球上で唯一、無重力を味わうことができる海中で、今の私は、いったい、どちらが上なのか、自分の身体が地球の中心に向かって垂直なのか、水平を保っているのかもわからないままです。マウイ島の暗く静かな海の中を思い出しています。
2005.05.17
神様・・・。いっぱいメッセージを受け取りました。今日は、いったい、なんていう日だ。「赦す」ということ。なんてむずかしいことだろう。「神様へのインタビュー」
2005.05.16
最近、持ち歩いてるお祈りの本。今、出版社からはさまってきたぺらぺらの紙のしおり、発見。読んだとたんに涙腺、切れました。「神は、実り豊かな人生を愛されるように、 何の実も結ばなかった人生をもお愛しになる。」「心の歌」アントニー・デ・メロ著より
2005.05.16
昼間、電話で舞台のチケットを発注。地元の優良企業(?)が趣味で(?)経営している(としかおもえない)寄席サイズ(失礼)の芝居小屋(あ、すいません)。人気の狂言役者が橋掛かりもない舞台でいいのかなぁ。ちょっと心配。観客席も少ないのである意味贅沢。テレビでCMしてたよ、ある意味、心配!!!しかし、お席はありました!!!ほっ!!!『○列目ですと「壁寄り」、○○列目ですと「真ん中」です。』う~~~~む。「壁寄り」というのは、上手ですか?下手ですか?『かみてっていうのは、あの~~~、出てくるほうですか?』?????????????????????????????「でてくる」って、この人、何もわかってないのか、それとも、もしや、能・狂言通なのに、「かみ・しも」知らずなの?あのですね、客席に座って舞台を見たとき、向かって右手側が「かみて」、左手側が「しもて」です。多分、地元の優良企業に採用になった地元の優秀なお嬢さんで、まさか、劇場のチケット売り場なんぞに配置されるとは、想定外だったのだろうなぁ。でもさ、「舞台」のそばに毎日いるなら(いるなら、ね。)「上手」「下手」ぐらいは、知っておいて欲しいなぁ。よけいなお世話とは思いますけれども。つか、あたし、採用してくれないかなぁ。舞台で働きたいなぁ。舞台のそば。もぎりのおばさんでいいから。
2005.05.16
今日の「新日曜美術館」は、感動。朝、途中から見たので、夜の再放送をちゃんと見ようと思ってたのに、おんなじところしか見られなかった。(^_^;)「アルフォンス・ミュシャ」は、アール・ヌーヴォーの作家のなかでは、なんだか、あんまり好きじゃなかった。つる植物、お花、薄物ドレスをまとった裸足の女性たち。女性的で官能的。好きな人が好きなところが、嫌いだった。しかし、彼はチェコの小さな村で生まれ画家を目指して祖国を後にした。パリでの成功の後、スメタナの「モルダウ」を聞いたミュシャは、スラブ民族のために自分の芸術を捧げる決心する。彼の絵画の力は、すごい。興味のなかったミュシャ展。見たいぞ。そして、以前、「日々是」に載せた神奈川県立近代美術館葉山で開催中の片岡球子展。なぜか、HP見られず。100歳なのだ!伊藤熹朔の舞台美術装置原画展。今月末までかぁ・・・。出光美術館の「茶陶の源流」展。今日の新日曜美術館は、見たいものだらけ。忘れそうだから、書いとこうっと。各HPめぐりをしていたらこんなのも。五島美術館。茶の湯 「名碗」展。年末の「茶道具取合せ展」の方が、興味あるかな。あ~~~~~、宿題に追われてblogやメールが書けないから備忘録を書こうと思ったのに、あちこち、HP見ちゃってこんな時間だ。まずい。備忘録:その2今日、夕方、庭で「ホウチャクソウ」発見。よかった。「アマドコロ」は、雑草に追われてしまったのかなぁ。草取りしないと・・・。
2005.05.15
戸隠には、奥社、中社(ちゅうしゃ)、宝光社、九頭龍社、日之御子神社(ひのみこじんじゃ)があるそうです。GW最終日の8日、奥社に友人たちと母と初めて行って来ました。駐車場から奥社までは、およそ2キロ。マイナスイオンとか、フェトンチットに満ち溢れた参道。それ以上に、清浄な気を感じました。 「日日是好日」です。信州のキティちゃんは、姉さんかぶりで野沢菜でお茶をすすってます。
2005.05.13
送られたメールをそのまま返したいときってどんなときですか?メールって送り返しても手元に残るんですよね。まあ、ゴミ箱に入れて削除してしまえばいいわけですけど。持って行き場のない怒りを覚えることはありますか?「鬱病」を自覚した最大の原因は、この自分の中の「怒り」でした。こんなことは、初めてでした。短気なので、よく他人には、腹を立てました。この「怒り」は、もっともっと奥のほうからふつふつと湧き上がって、そう、どうやら、私自身の「怖れ」から浮かび上がってくるようです。行き場のない怒りを隠しているために自家中毒になりました。自分ひとりで処理できるだけの器量もないゆえに、怒りが人に向かうこともありましたが、それは、唯一、私が素直になれる人に向かってしまいました。そして、一番、失いたくないひとを失ってしまいました。愚かしい結果です。誰かに望まれてこの世に生まれる。誰かに愛されてこの世に生きている。誰でもそうでありたい。自分が生きていることが誰かを苦しめてしまう。そう思うのは、いかに苦しいことでありましょう。自分の苦しみも、そして苦しめている人の苦しみも両方を取り去るには、自分の存在を消すこと以外にあるでしょうか。この世からいなくなれば、とりあえずは、自分の苦しみからは解放されそうな気がします。仏教では、カルマの法則か、地獄に行くことになるのでしょうか。神様は、お赦しにならないでしょうか。私は、神様は、赦してくださるような気がします。ともあれ、愛する人の苦しみを取り去るために自分が死を選ぶのは、思い上がりとわかっていても他に方法が考えられないような哀れな知能では、人を傷つけるよりは、神様は、赦してくださるような気がしてなりません。せめてもの希望として。そう、望ませてください。大丈夫。遺書を書いているわけではありません。抗鬱剤が効かないのは、私が鬱病じゃないからかも、と最近、考えます。種類を替えても真面目に飲んでも「効かない」のではなく、私の頭には、必要ないからじゃないでしょうか。「思考が感情を作る」その通りだと思います。先日、ある人の「脳」に助けられました。久しぶりに「考える」ことができました。自分のことを考えてみるに、どうやら、燃料切れ、のようです。これを称して、精神病院では、「鬱病」というらしいですが、私のは、「病気」ではないような気がします。燃料が切れてしまいました。「生きる」ための、燃料が。では、なぜ、今、生きているのでしょうか。これを「生かされている」というのではないでしょうか。「死ぬ」ことを赦されない、ともいえるかもしれません。「生かされている」なら意味を考えろ、ということかもしれませんが、今日は、勘弁してください。ごめんなさい。急逝した父を私は奪われたように思い、彼は、生きたかったのに、なぜ、死ななければならなかったのか、と思っていました。しかし、彼はこの世でやるだけのことをやり、初孫も抱くことができ、彼の中には、なんらかの「満足感」や「準備」、それとも「諦観」があったからこそ、心臓が停止したとき、魂も旅立ったのではないだろうか。もちろん、それで解決できない不意の別れはあります。先日の尼崎の事故で奪われた命のように。本当に、なぜ、と思います。ですから、すべての死について語ることはできません。電池切れの私は、たとえば、「準備ができている」のかもしれません。あとは、神様が赦してくださるかどうか、ということではないでしょうか。ただ、謝りたいのです。それは、言葉が、心が、通わなくなってしまったひとに、一方的で、自分勝手で、とどのつまりは、命をかけての心からの謝罪がついには届かなくても本当にごめんなさいと。あなたを苦しめてごめんなさいと。自分が犯してしまった罪とすでに私が生まれ、そして、存在していることでこの世に生み出された「原罪」ともいえるものを贖えることは、私自身にはできないのでしょう。それでもそのことを悲しんでいることをせめて伝えたいのですが、どうしたらいいのでしょうか。逢いたい人に逢うために自分の声を差し出してしまった人魚姫のジレンマは、最後に、海の泡になることで昇華されたのでしょうか。「生かされている」私は、「準備のできている」ままで、電池切れでも、それでも、腐りかけのまま、生きながらえなければならないのでしょうか。ごめんなさい。多分、怒られても、慰められても、励まされても、燃料切れですので、哀しくなりますので、今日は、馬鹿がほざいてるとほっといてください。あくまで勝手で、ごめんなさい。寝不足のせいです。
2005.05.13
そうです。おばばかです。もう、なんとでも言ってくれ~~~~。我が甥ながら、こんなに可愛いのはありか、と思ってしまう。希望であり、光であり、天使である。はいはい、すみません。そりゃ、血は水より濃いからそう思うのでしょう。毎日、オムツ替えたりしてないから、そう思うのでしょう。いや~~~、なんて言ってくれてもいいわよ。誰がなんつっても、ともかく、可愛いわけですから。(最強)(^^♪最近は、一週間会わないとボキャブラリーの増え方がすごいっ!それと、想像力と創造力。自分が体験したことをレポートすることができるようになりました。先々週ぐらいにママとお医者さんに行った後、おばあちゃん(私の母)に会うと「あかちゃん、どっくんどっくん。あかちゃん、どっくんどっくん。」どうやら、ママのお腹のなかの弟babyちゃんの心音を聞いた模様。今日は、お散歩してる途中で私の生徒に会って「たまごっち」を見せてもらう。彼女がたまごっちにおやつをあげるのをやらせてくれるとものすご~~~くキョウミを示す。わかってるのかなぁと思っていたけどおうちに帰るとさっそく、ママとばあばに報告。「ぴっぴって、押したね~。」「ぴよぴよさん、チョコレート食べたね~。」おおっ!わかっていたのかぁ!ってこれは、甥を褒めるべきなのか、バンダイを褒めるべきなのかわかんないけどあんな小さい液晶画面で、口をぱくぱくさせる一筆書き?のキャラクターとおやつがそのたびに小さくなっていくのを見て「食べた」ってわかるのか!!!あまり長い音節は、まだ、消化しきれないのか、「こいのぼり」は、「のぼり~」だったりするのだが、直径2センチぐらいのいろんな色の球がついたおもちゃを見て、赤いのは、「トマトだぁ。」オレンジのは、「みかん」黄色いのは、「ゲープフーチュ」ほえ?おおっ!「グレープフルーツって言ったの?す、すごい、8音節だっ!」といちいち感激するばかおば。どういうわけか「爺さん好き」で、見かけたおじいさんには、ことごとく「じいちゃん、ばいば~い。」をするので、いろんなところでたくさんのおじいちゃんたちを幸せにしているが、弟の友人にも「じいちゃん」と呼びかけて落ち込ませているようだ。どんな「おばちゃん」をみても「おねえちゃん」というので、こちらは、うちの生徒のお母様たちにことごとく受けがいいのである。トイレトレーニングの最中で、昨夜は、レッスン中に走ってきて、「みてみて、うんち、出たっ!」とおねえちゃんたちに報告する始末。(^^ゞふたりきりで冷蔵庫のドアのマグネットで遊んでいるとし~~~~~んとしていたせいか、「ぶぶ。」と呼びかける。もうっ、ほんっとに、可愛いのでぎゅってしたくなるぜ。京都でも母親を「baby GAP」デビューさせて、Tシャツなど10点購入。それだけでひと荷物だったりするけどもう、幸せなのよ~~~。というわけで、最後まで読んだ方、ごめんなさい。ただのぶぶばか、のろけ日記でした。
2005.05.09
「律院」と名のつくお寺は各地にあるようです。今回、母との京都への旅の目的地は、京都から電車で一時間弱。大津市にある律院でした。2年ほど前、お友だちに連れて行っていただきました。千日回峰という命がけの修行をされた阿闍梨様が比叡山を降りて、この律院においでになります。昭和50年代に、千日回峰を満願されて後、一日たりともお護摩を欠かしたことがないのだそうです。厳しい修行と信仰を生きている方のお顔は、意外にもとてもお優しい笑顔が素敵なのです。なんだか、正しく生きていかなければ、と思ってしまう自然な瞬間がここには、あります。「日日是好日」ご覧になってくださいね。真っ赤な石楠花も鮮やかでした。
2005.05.07
もしかしたら10時は、昼?私にとっては朝なんですが。生徒のお母さんが来ましたよ~。コーヒーを淹れようとしてたんでとりあえず、上がってもらいました。弟のほうがどうしても辞めたい。当人はもう辞めたつもりでいる。わかっちゃいたんですけどね~。6年生になってここで辞めてどうする。とはいえ、性格もわかっているので、とりあえず、英検をうける心積もりはしてもらって夏休みに個人レッスンでいいから来るように言ってもらうことにした。問題は、お姉ちゃん。いよいよ、高校受験だ。しかし、部活も辞めないという。どうやら、部活内でいじめられていたらしいが、それでも、がんばって、最後までやるらしい。親にしてみれば、部活は辞めて早く勉強して欲しいらしい。でも、このがんばりは、認めてあげて欲しい。がんばっておけば、勉強にも必ず、いい影響がありますよ、という。昨日は、ほかの生徒。こちらは、まだ、中2。おにいちゃんは、努力の人で県下1番の受験校に越境した。中3のうちに英検2級も取らせた。親は、舞い上がり気味。妹もそこに入れたい、と鼻息が荒くなっている。が、妹は、努力嫌いのプライドの高い性格。いずれ、結果は出てくるが、「お兄ちゃん」をいつも比較の対象にすることは辞めて欲しいとお願いした。別の中3生の母。努力型の息子。私から見ても本当に努力だけで、ここまでよくがんばっていると思う。ほかから聞こえてくる噂では、母親が息子の衣を借りて学校でもほかの親に対して暴言を吐いているという。そりゃ、言われなくてもわかってる。私にだって、かなりなもんよ。気がつかないふりしてるけどもう来なくていいからあなたが教えれば・・・?と言いたくなってるもんね。子どもに向き合っているだけならいいが、結構、親のフォローをしなければならない。お金を出してくれるのは、親御さんだからね、当たり前。長い間、付き合っていれば、子どもの言い分、親の性格、(一見、逆でしょ?)子どもの性格、親の言い分、(これは、当たり前)両方、考えて、言い方を考えて、伝えるべきことは伝えなければならない。子どもってね、親が思ってるより、大人です。悩んだ様子で、小4女子、「先生、私、英語、辞めるかも~。」どうしたの?Kちゃん、よくできるし、もっとお勉強したいから先生、ドリルをプレゼントしたじゃない?つまらなくなっちゃったの?「う~~~~ん。っていうかぁ。・・・・・」実はね、わかっていたんです。お月謝が滞っていて、お母さんから連絡があって、お父さんがリストラでなかなか、職が決まらないらしい。私の出した結論は、お月謝は、しばらく要りません。もし、そのうち、いただけるようになったらでいいし、気がもめるなら千円でもいい。こちらは、6人でも、7人でもやってることは変わらないし、当人が嫌になってるならしかたないけどとってもがんばってるし、よくできる。誰にも言わないでくれれば、私はちっとも困らないのだ。悩んだ様子でその子は、告白。「おとうさんがね~、単語しか覚えないし、やってても仕方ないって。」あれ~、そうかなぁ。Kちゃん、単語しかやってないっけ?先生が英語で質問したときだってわかってるし、英語で答えられるじゃない?CD聞いてもわかってるし、単語だけじゃないでしょ?「うん。」楽しくないの?「たのしいよぉ。」だよね。じゃあさあ、おとうさんに一度レッスンに来てっていってみたら?それか、おとうさんのいいと思うお教室に行って、先生のところはさ、せっかく、テキストブックも買っちゃったから、それが終わるまで、遊びに来ればいいよ。「うん。」帰り、彼女のお父さんに会う。こちらは、一応、レッスンの内容や進み具合、彼女がとてもいい耳を持っていること、ほかの塾に通わせても、彼女が嫌じゃなければ、遊びに来させて欲しい。彼女がいてくれるとレッスンを引っ張ってくれるので助かるので、ぜひ、お願いします。と伝える。最大限、おとうさんのプライドを傷つけないようにお願いしたつもりだ。子どもだけ相手にしている仕事なら、どんなにらくちんだろうなぁ、楽しいだけだもの、と思う。最近、この仕事もしばらく休みたいなと思う。いや、正直に言えば、疲れた。最初の5年が過ぎたとき、勉強しなおそうと海外にしばらく出かけた。あのときも自分の中のものをすべて出し切ってしまった、と思った。今回は、それ以上。そういう感受性さえ、麻痺するほど疲れている気がする。とはいいつつ、来週から、幼児クラスがひとつ増える。
2005.05.07
尼崎のJR西日本の列車事故が起こったとき、近くにある「日本スピンドル製造」という会社の方々が、レスキュー隊より早くけが人の救助に当たったという。ラジオでその会社の斎藤社長がインタビューを受けているのを聞きました。事故現場のすぐそばにある工場の人が事故の大音響に驚き、現場を見に行ったのが最初。その人は会社に戻ると社内の安全担当を通じて、工場のラインから手が離せる人から救助に向かうように指示。社長も一報を受けて、会議を中止し、職員を大食堂に集めて救助を指示したという。現場では、それぞれがプロとしてできる仕事をお互いにわかっていたからこそ、はしごを用意する人、支える人、はしごに登って乗客を車両から搬出する人、あるいは、一両目付近での異臭がガソリンである可能性を知って、工場から消火器を運んだり、また、工場の敷地内にけが人を移動するなど、それぞれが、上司の指示を待つまでもなく、救助にあたったという。「事故車両に乗り合わせたJR西日本の社員がそのまま立ち去って出社したり、ほかの車掌区の人たちがボーリングをしていたことを聞いてどう思われますか?」という質問にも「JR西日本さんのことはコメントできませんが、企業文化や企業風土というものは、短い時間では作れない。私たちもまた気を引き締めていきたいと思っている。」と答えていた。こんな会社があることに、こういう人たちがいてくれたことに、ほっとする。こういう会社にお勤めしているひとたちがうらやましい。こういう会社の株を買いたい!と思ったら、この3日、株価が上昇しているという。当然だ。この事故があってから、会社ぐるみの「腐り具合」に、げんなりしている。そして、「もういいよ。」というような失態、無神経がまだまだ、掘り起こされてくる。自分の会社の起こした事故にまさに当事者として乗り合わせているにもかかわらず、どうすればいいか、上司に電話で相談する馬鹿。救助しろ、どころか、定時に出社しろという馬鹿。事故を知りながらボーリングする馬鹿。何十人いてもボーリングを辞めましょうと言わない馬鹿。日本中が大騒ぎ、テレビも中継しているのに、酒を飲み続ける馬鹿社員。「腐ってる」としかいいようがない。これが、日本の会社社会の縮図か・・・と胸が悪くなっていたのだが、まだまだ、日本人も捨てたもんじゃないと思わせてくれた。よかった。ほっとした。
2005.05.06
蹴上にある京都府上下水道局には、みごとなつつじの山があり、満開のこの時期、開放されます。ちょっと早かったかな。でも、たくさんのつつじを見ました。喉が渇いたなぁ、と思ったらボトル入りのお水をいただきました。至れり、つくせり。今度は、満開のときに行ってみたいと思います。 「日日是好日」
2005.05.05
欲しかったダイバーズ・ウォッチをするために、スキューバを習って、ダイブ・マスターになった。「形から入るタイプ」なのかもしれない。(^^ゞ何年か前、母と最初に京都に行ったとき、私には手に入れようと決めていたものがあった。錦市場にある調理器具を扱うお店に行って、何種類も何十本もあるなかから選んだ一本の包丁。お店の奥、カウンターのなかにある流しで研ぎ方を教えていただいた。包丁には、母の名前を刻んでもらった。なにかのコマーシャルみたいに、真っ赤なトマトもすーっとみずみずしく切れる。包丁の切れ味がよくなっただけでお料理が楽しくなった。翌月、東京に行ったとき、日本橋のデパートにある、そのお店の東京店で自分用のぺティ・ナイフと京都で勧められた砥石を買った。ぺティ・ナイフに名前を彫ってもらっていると長年使っていた包丁の柄が取れてしまったとお客さんがやってきた。「新しいのを買おうかしら。」というお客さんに、「柄を取り替えたらまだ使えますよ。」とその場で、新しい柄を付け直していた。多分、数百円だったと思う。こういうプロを見るとわくわくする。自分で包丁を研ぐのは、むずかしい。京都で教わったようにやってみるけれどぺティ・ナイフの先端は、まもなく丸くなってしまった。それでも、研げば切れるようになった。夜中、ひとりで包丁を研ぐ・・・。ちょっとしたホラー映画の一シーンだけどなんだか、心が静かになる。家中の包丁を全部、研ぐ。プロと違って毎日研ぐ必要はないから、「包丁研ぎ」は、なかなか上達しなかったけれど少しずつ、短時間で、平均的に研げるようになってきた。ここ2年、お料理らしいお料理をしていない。おさんどんは、母親任せ。包丁も長い間、研いでいなかった。京都に行くとき、母親が「包丁、持って行く?」と言うので、初日、錦市場に向かった。地下鉄の階段で転んだら自分か誰かを刺しそうだし、職務質問されたら銃刀法違反で逮捕されそうだからまっすぐ、そのお店に向かった。「以前に戴いた包丁を持って来ました。それと、同じものを1本戴いていきます。」新しいほうには、妹の名前を彫ってもらう。名前を刻まれて、すぐ使えるように研いでいただいたものとなまくらにしておいた包丁をそれぞれ新聞紙に当てる。新しいほうは、包丁自身の重みだけで新聞紙が切れていく。私の研ぎ方を採点してもらう。「悪くないです。」とおっしゃった社長さんの京都弁の真意は・・・?以前と同じように手入れの仕方を聞き、研ぎ方のコピーを戴いて、母と私の包丁をお預けして店を出る。新たに研ぎだしてもらった包丁は、二十日ほどで宅急便で帰ってくる。そしたら、久しぶりにお料理を始めようかな。
2005.05.04
雲ひとつない快晴!!!朝からお呈茶の準備。今日は、お着物ではなかったのですが、その分、肉体労働?というわけですねぇ。「お茶」のお席が、早朝の倉庫出庫から始まるなんてお客さんには、わかるまい。(泣)しかし、今日の茶席。歩行者天国ではなかったのですが、お花を飾った通りには、ひとがたくさん。そして、無料呈茶、大人気でありました。あらかじめ注文しておいた300のお菓子とお茶は、開始直後から、行列が途切れずに2時間ほどで終了。お菓子を追加しましたが、私たちがお昼をゆっくり食べる間もなく、いやいや、茶筅を振る手を休める間もなく、あっという間に、売り切れ~。(っていうか、タダなんだけど)最初こそ、お運びをしていたのですが、一度、お水屋に入ったら、出られなくなりました。ずっと中腰だったので、さすがに腰が痛いです。タダとはいえ、すっごい人気でした。う~む。なにがしか、誰かに、なにかに、貢献できたんでしょうかね。なんて、あんまり、考えないほうがいいかなぁ。あっ!お菓子、寒氷の「あやめ」、食べ忘れたっ!(号泣)
2005.05.03
おいしいものは、幸せ。とりあえず、手っ取り早く、ひとりでも幸せになれるもの。って、そこまで言っちゃあ、おしまいよ。でもねぇ、おいしいものは、私を幸せにしてくれます。京都の旅、第二弾。おいしいものの旅。和食はいいよねぇ。お酒もいただいちゃいました。 「日々是好日」 です。
2005.05.03
JR西日本の尼崎の事故からもう一週間になる。107名の命が犠牲になったことは本当に心が痛くなるが、「置石説」とか「日勤教育」とか、JRという会社組織の膿が滲み出るような「嫌な感じ」が、なんとも胸の悪くなる、悲しみ以上に、苦しくなるような思いにさせられる。まして、その事故を下り電車の運転士は知らず、砂煙を見た自分の判断で緊急停止。さもなければ、二重の衝突事故になっていたとは・・・。そして、羽田空港。最初は、JAL機が閉鎖中の滑走路に着陸と聞いて、おいおい、大丈夫か、JAL!と思ったら、JAL機の機長たちは、滑走路の閉鎖を知っており、二度にわたって確認を求めたが、管制官が指示を繰り返したという。管制官は、18人。18人全員が2本しかない滑走路のうちの1本が閉鎖されていたのを「失念」していた、という。滑走路は、「工事」のために閉鎖されていた。もし、そこに作業員がいたら、作業用の重機や車両がいたら・・・。いけしゃあしゃあと「失念」していた、なんていっていていいのだろうか。恐ろしい国だ。かと思えば、北朝鮮から日本海に向けてミサイルが発射されたとの情報が、在日米軍司令部から防衛庁に寄せられた、とか。しかし、射程距離が短いので「日本に影響はない。」とか。おいっ!ミサイルが発射されたんだろう?射程距離が短かきゃ、安心していいのか?米軍に知らせてもらわなきゃ、日本はミサイル打たれても気がつかないのか?ほんとに「日本に影響ない」のか?六カ国協議再開を求める日本に対するなんらかの意思表示ではないのか?わ~~~~~~~~~~~、もう、こんなんでいいのかっ!って、誰に怒っていいかわからないけどさ。
2005.05.02
後姿は、自分で見ることはできないので気を抜いてますよね。だからこそ、生き方がでてしまっているような気がします。背中についたお肉、まずいよなぁ。さて、また京都に行ってきました。今度は、日帰りではありませんでした。遅い桜とつつじ、石楠花、そして、新緑を楽しんできました。また、写真を見てくださいね。と、その前に、印象的だった「後姿」5枚をアップしましたよ。 「日日是好日」 クリックしてね。
2005.05.01
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